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2024.10.24

ホワイダニットの妙が光る貸し物譚 平谷美樹『貸し物屋お庸 夏至の日の客』

 白泉社招き猫文庫時代から数えれば通算九作目と、作者の単行本化された連作シリーズの中では最長となった『貸し物屋お庸』の最新巻です。江戸のレンタルショップ・湊屋の両国出店を任されたお庸が、今回も貸し物にまつわる様々な事件に首を突っ込むことになります。

 大工だった両親が盗賊に殺されたことをきっかけに、主の清五郎のもとで湊屋の出店を任されるようになったお庸。それ以来、彼女は持ち前の好奇心と気風の良さで、店に訪れる様々な人々に絡んだ事件や騒動の数々を解決してきました。
 今日も、手代の松之助や、怪しい客の素性を調べる追いかけ屋で陰間の綾太郎と共に、お庸は様々な謎に挑んでいきます。

 というわけで、本作にはお庸の奮闘を描く全五篇の物語が収録されています。
 親の代から世話になってきた名棟梁が年を取って寝込みがちになったと知り、屋敷にいながらにして花見を楽しんでもらおうとお庸たちが奔走する「花の宴」
 按摩の家に貸した炬燵の中に猫が住み着いたと思いきや、思いもよらぬその正体が明らかになり、一転して恐ろしい事態にお庸が巻き込まれる「炬燵の中」
 一年前の夏至の日に、ギヤマンの杯を借りてすぐに返した若き蘭学者の不審な行動を巡り、お庸たちが真相を追う「夏至の日の客」
 湊屋の吉原揚屋町の出店に「赤ん坊を貸してくれ」と現れた遊女に対し、その理由をお庸が解き明かす「揚屋町の貸し物」
 家に幽霊が出るようになったので引っ越しをするという常連客の話を聞いたお庸が、幽霊出現の謎を解く「宿替え始末」

 今回も、人情ものあり、ミステリあり、ホラーありと、いかにも本シリーズらしい盛りだくさんの内容ですが、個人的に特に印象に残ったのは「花の宴」と「揚屋町の貸し物」でした。

 「花の宴」は、仕事はきっちりこなすが遊びも派手という名棟梁が、息子に跡目を譲って隠居して以来、どうにも元気がない(作中で疑われるその理由もスゴいのですが)のを励ますために、本人に気付かれないうちに庭に花見の準備をしてしまう――という、大げさにいえば一種の不可能ミッションもの。
 その難題に挑むお庸たちの細工も楽しいのですが、そこに関わる人々それぞれのプロフェッショナルぶりと心意気が実に気持ちよい、巻頭にふさわしい一篇です。

 一方、「揚屋町の貸し物」は、貸し物屋に遊女が赤ん坊を、それも三人も借りたいと言ってくるという、前代未聞の導入が強烈に印象に残ります(しかし、その気になればそれにも対応できるという湊屋……)。しかも、遊女が名乗った名前は別人のものとわかり、遊女の行動の理由はますます謎めいてきて――と、極めてユニークな一種のホワイダニットものとなっています。
 その謎解きの末に、遊女が口にした理由にはハッと胸を突かれ――そこから終盤の(ある意味反則ではあるのですが)に至り、物語のトーンが全く変わる展開には脱帽です。

 貸し物屋だから成立する設定と、ホワイダニットの妙、そして物語展開の巧みさが見事に融合した、本作でも随一、いやシリーズでも有数の名品と言えるでしょう。


 このように、巻を重ねても、まだまだシリーズとしての可能性を感じさせる物語が飛び出してくる『貸し物屋お庸』。この先も大いに期待してしまうのですが――ただ一つ寂しいのは、お庸が清五郎への恋心を完全に封印してしまった点でしょうか。
 それももちろん彼女の成長の姿ではありますが、しかし仕事以外にも前向きに突き進んでいく彼女の姿も見てみたい、というのも正直な気持ちです。

 今回はなりを潜めていたさる大名家のちょっかいも合わせて、今後のドラマを展開してくれた――というのは、まことに贅沢な望みかもしれませんが、それだけ魅力があるシリーズであることは間違いありません。


『貸し物屋お庸 夏至の日の客』(平谷美樹 だいわ文庫) Amazon

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