いま始まる、儚い美姫と四聖獣の物語 中澤泉汰『楊貴妃、綺羅羅』第1巻
世界三大美女の一人であり、文字通り傾国の美女というべき楊貴妃。本作はその楊貴妃の数奇な運命をファンタジー要素を加えて描いた、夢枕獏原作の歴史漫画の第一巻です。その美貌ゆえに周囲に翻弄される楊玉環の前に現れた巨大な怪物。それは後に意外な形で再び彼女の前に姿を現して……
洛陽一の美女とされ、道を歩くだけで人々の目を奪う楊玉環。養父からは名家への輿入れを期待されている彼女は、しかし幼い頃に死別した両親のような仲睦まじい家庭を夢見ていました。
そんな玉環のもとに、皇子への輿入れの話が舞い込みます。顔も知らぬ相手に戸惑い、拒もうとする玉環ですが、養父に叱りつけられ、さらに信頼していた幼馴染みには輿入れ前に彼女を我が物にしようと襲われかけることになります。
しかし、そこに突然現れた巨大な亀の怪物が幼馴染みを喰らい、姿を消します。リュウキという名を残して。
そして皇子・李瑁の婚約者として驪山の温泉宮に迎えられた玉環。ある晩、彼女は自分を呼ぶ声に導かれ、宮殿の奥に足を踏み入れた先で、一人の男と出会います。その名は唐第六代皇帝・李隆基(りゅうき)……
夢枕獏の作品で楊貴妃といえば、真っ先に思い浮かぶのは大作『沙門空海唐の国にて鬼と宴す』でしょう。しかしそれ以外にも、天野喜孝のイラストによる『楊貴妃』、そこに叶松谷の陶器が加わった『楊貴妃の晩餐』(この二点は本作の原案にクレジットされています)、さらに坂東玉三郎のための舞踊『楊貴妃』と、様々な形でこの歴史上の美姫を描いてきました。
楊貴妃がそれだけ魅力的な題材であることは間違いありませんが、本作はそこに新たに加わった作品と言えるでしょう。
この第一巻の時点では、まだ楊玉環が楊貴妃になる前――皇子に輿入れするはずだった玉環が、その父である李隆基と出会い、ついに結ばれるまでが描かれることになります。
しかし中澤泉汰の画による玉環は、既にこの時点で周囲の目を惹かずにはいられないほど美しく、そして運命に翻弄される儚い存在として、強く印象に残ります。(史実ではだいぶ豊満だったようですがそれはさておき)
そして本作のユニークなところは、こうした玉環の存在を中心に置きつつも、その周囲に四人の男性を配置している点です。
本作の冒頭においては、玉環が生まれた時に東西南北の四聖獣が現れる様が描かれます。そして彼らはそれぞれに告げます。
東の青龍は「私はこの娘を守らずにはおられぬ」
西の白虎は「私はこの娘を歌わずにはおられぬ」
南の朱雀は「私はこの娘を亡き者にせずにはおられまい」
北の玄武は「私はお前に恋をせずにはおられまい」
と……
これら四聖獣が人間の姿で楊貴妃の周囲に現れることが、ここでは予告されているのですが――北の玄武に当たるのが李隆基であるのは明らかですが、実はこの第一巻の時点で、残る三人もすでに登場していると思われます。
驪山の街で玉環が出会った阿倍仲麻呂が青龍、この巻のラストで顔見せした李白が白虎――朱雀が少しわかりにくいですが、その言葉の内容と口元から高力士でしょうか(この巻の終盤で怪しげな動きを見せる安禄山かと思いましたが、外見が違うように感じます)。
なるほど、みな楊貴妃とは同時代人であり、それぞれに彼女と接点を持つ人々です。その彼らがこの先、どのように彼女と関わり、本作ならではの物語を紡いでいくのか――この巻での李隆基の描写を見れば、この先の展開に期待しても良さそうです。
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