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2024.10.18

不思議が象徴する多様性の心地よさ 波津彬子『あらあらかしこ』第2巻

 高名な作家に届く、送り手の名のない手紙。そこに綴られた各地の不思議な物語と、書生の少年の体験が交錯する、奇妙で端正な、そして心地よい連作シリーズの第二巻が刊行されました。今日も届いた(届かない時もあります)手紙が語る、不思議の内容は……

 売れっ子の小説家・高村紫汞の住み込み書生として働く少年・深山杏之介。高村の作品の清書も担当する彼は、ある日、奇妙な手紙を題材にした随筆を清書することになります。
 高村の知人によるものらしい、送り手の名前のないその手紙に記されていたのは、送り手が日本中を旅する先々で聞いた、不思議な物語。不思議を信じない性格の杏之介ですが、その物語を清書する彼の周りでも、ちょっと不思議な出来事が……
 
 そんな本作の枠組みは、この巻でも基本的に変わることはありません。(もっとも、巻頭のエピソードでは、手紙が届かないという変化球なのですが……)。

 巡る季節を追いかけるように様々な土地を訪ねる謎の旅人が聞いた、どこか懐かしさと温かみを感じさせる不思議な物語。そして生真面目な杏之介や洒脱な高村、謎めいた猫・櫨染さんたちの日常の、ちょっぴりの不思議。その両者が入り混じって生まれる独特の味わいは、本作ならではのものというほかありません。

 手紙が届かないため、編集者の塩谷と杏之介がそれぞれ怪異譚を語る羽目になる「怪異の話」
 花見の帰りに桜の声を聞いたという老人と出会った杏之介が、同じく桜の声にまつわる手紙に触れる「花見」
 高村の家で消えた本の検印の不思議と、手習いに励む狸の話が交錯する「手習い狸」
 最近妙に高村の家に客が増えた理由は、手紙に記されていた茶にまつわる不思議だった――という「新茶」
 夜の学校にまつわる怪異の思わぬ正体と、杏之介の学校時代の記憶が語られる「夜の学校」
 消えた手白猫を探して庭に入った子供に対し、高村が猫たちが修行する聖地について語る「猫岳」

 「猫岳」などを見ると、基本的に題材となっているのは「実在の」物語なのでしょう。しかし、そこに独自の味わいを加えているのは、名前のない送り手という謎めいた語り手の存在ももちろんですが、聞き手たる杏之介の存在も大きいと感じられます。
 肯定派の語りによる物語そのものの楽しさと、懐疑派の杏之介のリアクションの面白さと(そこにさらにどちらでもない高村の目が入るのが良い)――幾重にも重なることで、物語の味わいはより際立ち、深みが増しているのです。


 そして、その物語に対する杏之介のリアクションが、彼自身の人生にも影響を――それも良い影響を与えていることが語られていくのも、物語の味わいをさらに良いものにしています。

 作中で断片的に語られるように、高村のもとに来る前は、杏之介は決して幸福な暮らしをしていたとは言い難い様子です。しかし、手紙の不思議に触れていく中で、彼が自分の生き方を見直し、少しずつ変わっていく姿は、爽やかな後味を残します。そしてそれは同時に、不思議というものが、この世の良き多様性の象徴として機能しているということであり――そこに、不思議を愛するものとして何やら嬉しくなってしまうのです。

 本作を読んでいる時に感じる「心地よさ」は、こうした点から生まれているのではないかと感じられます。そしてまた、この「心地よさ」にずっと浸っていたいと……


 ちなみに本作のマスコット的存在――というよりもしかしてキーキャラクターかもしれない櫨染さんをはじめとして、本作には様々な猫が登場します。
 愛猫家としてはそれだけでも嬉しくなるのですが、「猫岳」に登場する猫は、うちの猫に柄が少し似ていて(体型は正反対なのですが)、さらに物語が感動的に見えてしまった――というのは全くの蛇足ではあります。


『あらあらかしこ』第2巻(波津彬子 小学館フラワーコミックス) Amazon

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