夏祭りが呼ぶ騒動 二人の絆に亀裂が!? 霜月りつ『神様の用心棒 うさぎは祭りの夜に舞う』
既に秋祭りの時期となり、今頃の紹介でまことに恐縮ではありますが、快調『神様の用心棒』シリーズ第六弾は、夏祭りが舞台となります。宇佐伎神社の夏祭りのため、大いに盛り上がる兎月たちですが、ツクヨミが意外な態度を見せたことで、思わぬ事態となります。
箱館戦争で命を落としながらも、明治の世に函館山の宇佐伎神社の神・ツクヨミによって蘇り、神社の用心棒として暮らす兎月の活躍を描いてきた本シリーズ。
シリーズではこれまで、基本的に毎回一作に一つの季節が舞台となってきましたが、本作は前作に引き続き夏の物語が描かれます。
その冒頭の「七夕怪談」は、サブタイトルのとおり、七夕が題材の怪談です。
函館の住人たちが七夕の笹を取りに行く雑木林で最近相次いでいる幽霊の目撃談。ついに行方不明者まで出たという訴えに、林に向かった兎月の前に、身体から笹を生やした土気色の肌の女が現れ――という直球の怪談ですが、何と言えぬ不気味な余韻を残すのが、怖い時は容赦ない、本シリーズらしいといえるでしよう。
そんなエピソードに続いて描かれる「夏祭りことはじめ」では、本作のメインとなる、夏祭りにまつわる物語が描かれます。夏祭りの季節を前に、神社の祭りを盛り上げようと盛り上がる、兎月に大五郎、パーシバルたち。特に大五郎は大張り切りですが――しかし肝心のツクヨミが、そんな人間たちに反発します。
自分たちは祭りを盛り上げ、神社に多くの人に来てもらおうとしているのに――と驚く兎月たちですが、ツクヨミにはツクヨミの想いがあって……
と、いうエピソードですが、実は本作の帯には、「神様と兎月の絆に亀裂が――!?」という、なんとも気になる惹句が書かれていました。
これまで互いにツッコミ合うのは日常茶飯事だったツクヨミと兎月ですが、「亀裂」とは穏やかではありません。一体何が――とハラハラしていたところ、蓋を開けてみたらこの展開だったわけですが、しかしこれはこれで、深刻な問題であることは間違いありません。
特に、町おこしのためにこれまでの風習が変えられたり、新たに作られたりというのは、現代でも無縁ではない話。いや、そんなことよりも、自分が相手のためと考えていることは、本当に相手の望むものなのか――というシンプルな話なのかもしれませんが、いずれにせよ、神様と人間のギャップが、思わぬところで露呈したといえるでしよう。
果たして、この亀裂をどうやって埋めるのか――というのはここでは述べませんが、やはり本作らしい結末のエピソードです。
これに続くのは、兎月がお葉と出かけた盆踊りの晩に、優しい奇跡が起こる「遠い盆唄」――そしてパーシバル所蔵の、手にした者に不思議な事が起きるという夫婦茶碗によって兎月たちが不思議な世界に入り込む「ほたる野の茶碗」という二つのエピソード。
どちらも短いですが心に残る、切なくも優しい物語で、今はここにいない人の幸せを願う想いが印象的です。
(しかし、盆踊りに「あの人」が顔を見せなかったのは、さすがに機会を譲ったのか、まだまだこちらにいる気満々なのか……)
そしてラストの「夏祭り始末」では、いよいよ夏祭りの模様が描かれます。大五郎組の気合の入った支度や、お葉やパーシバルの協力で始まった祭りですが、しかし客の入りはなかなか思うに任せない状況。それどころか、とんでもない横槍まで入って――と荒れ模様です。
この騒動がどのような結末となるか、言うだけ野暮というものですが、「夏祭りことはじめ」でのツクヨミの懸念を吹き飛ばし、神様と人間を繋ぐかのようなクライマックスは、やはりお見事というべきでしょう。
と思いきや、後々のシリーズに影響を与えそうな展開まであって、笑ったり泣いたり驚いたりと、やはり最後まで『神様の用心棒』らしい内容だったといえます。
さて、この結末を受けて、神様と人間の物語が、今後どのような展開を迎えるのか――それが描かれるであろう次作以降も、楽しみにしたいと思います。
『神様の用心棒 うさぎは祭りの夜に舞う』(霜月りつ マイナビ出版ファン文庫) Amazon
関連記事
霜月りつ『神様の用心棒 うさぎは闇を駆け抜ける』 甦った町を守る甦った男
霜月りつ『神様の用心棒 うさぎは玄夜に跳ねる』 兎月が挑む想い、支える想い
霜月りつ『神様の用心棒 うさぎは梅香に酔う』 兎月とツクヨミの函館の冬
霜月りつ『神様の用心棒 うさぎは桜と夢を見る』 春の訪れとリトルレディの冒険と
霜月りつ『神様の用心棒 うさぎは星夜に涼む』 函館の短い夏を彩る三つの物語
| 固定リンク