「武俠小説」として再構築された物語 分解刑『東離劍遊紀 上之巻 掠風竊塵』
2016年のスタート以来好評を博し、現在TVシリーズ第四期が放送中の『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』、その第一期がノベライズされました。破魔の名刀を巡り繰り広げられる武林のはぐれ者たちの戦いを描く、シリーズの原点が蘇ります。
偶然の成り行きから、邪宗門・玄鬼宗に追われる少女・丹翡を助けた風来坊・殤不患。かつて魔神を封じた神誨魔械・天刑劍を代々守る護印師である丹翡は、兄をはじめとする一族を玄鬼宗に皆殺しにされた上、天刑劍の柄を奪われたのです。
その丹翡に手助けを申し出たのは、鬼鳥と名乗る謎の美青年。その鬼鳥にけしかけられた上、方方に玄鬼宗の手が回ったことから、殤不患もやむなく丹翡らと行動を共にすることになります。
しかし蔑天骸が潜む七罪塔までには数々の関門が待ち受けます。その関門を突破するために鬼鳥が集めたのは、冷静沈着な弓の達人・狩雲霄とその弟分の血気盛んな青年・捲殘雲、鬼鳥に深い恨みを持つ死霊術使いの妖魔・刑亥、同じく鬼鳥の首を狙う冷酷非情の剣鬼・殺無生――鬼鳥と殤不患を加えて六人の「義士」は、丹翡とともに七罪塔に向かうことに……
第一期のストーリーのうち、前半六話に当たる内容が描かれるこの上巻。その内容は、後述するようにオリジナルエピソードもあるものの、ほぼ原作に忠実であり(サブタイトルもほぼ同一)、第一期からの視聴者にとっては懐かしい物語が蘇ります。
しかし、本作は原作を追体験するためのファンアイテムという枠には、到底収まらない完成度を持った作品といえます。その理由は極めてシンプル――本作は「武侠小説」として、独立した作品として再構築されているのです。
本作は一口で言えば「武侠もの」です。しかし「武侠もの」といっても実際には(例えば「時代劇」がそうであるように)千差万別ではありますが、しかしそこには最大公約数的な空気というものがあり、それはいわゆる武侠用語を用いただけで再現できるというものではありません。
また、本作の原作は、人形劇――それも台湾の霹靂布袋劇をベースとしたもの。それ故のタイトルに『Thunderbolt Fantasy』を冠している(そして本作にはその部分が省かれている)わけですが、いずれにせよ、おなじ「武侠もの」であっても、その表現様式は、人形劇と小説で自ずと異なるべきでしょう。
つまり、原作の内容を(例えば脚本を)そのまま文章に移し替えればいいわけではない――その難事を、本作は見事に達成しているのです。必要なもの以外は削ぎ落とした文章によって、そして映像では表現しきれない登場人物の内面――心意気というべきものを描くことによって。
特に、第五章での殤不患と殺無生の対峙のくだりなどは、映像では抑えめだった二人の心中を余さず描くことにより、原作以上に武侠ものらしさを生み出しているものとなっているのには、つくづく感心させられます。
もっとも、本作の文章はかなりの割合で古龍オマージュと思われることもあり、独特の文体・言い回しに慣れるまで時間がかかるかもしれませんが……
さらに、本作の魅力をもう一つ挙げれば、作中では若輩者である丹翡と捲殘雲の二人に関する描写の膨らませ方があります。
海千山千の他の面々に比べれば、明らかに心身とも未熟であり、それぞれ「世間知らず」「意気がり」の一言で済まされかねない二人。しかし本作は、それぞれの内面描写を重ねることにより、決して単純なものではない(捲殘雲はそれなりに……)若者たちの姿を浮き彫りにします。
特に終盤のオリジナルエピソード――悪辣な金持ちに囲われていた母娘の逃走劇に二人が手を貸して大立ち回りを演じるくだりは、その中で二人の想いの重なる部分、そして決して重ならない部分を描くことで、「江湖」という概念を浮き彫りにしてみせる、大きな意味を持つと感じます。
そしてこの二人の視線と、先輩格の「義士」――実際にはそれとは程遠い曲者たちの姿の交錯するところに、逆説的に「武侠」という概念の何たるかが照らし出されるのではないでしょうか。
……というのは牽強付会に過ぎるかもしれませんが、この曲者たちが真の顔を見せることになる下巻で何が描かれるのか、原作以上に楽しみであることだけは間違いありません。
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