薄幸の貴公子の次は肉体派オヤジ!? 出口真人『前田慶次かぶき旅』第17巻
中国路を行く前田慶次の旅はまだまだ続きます。思わぬ成り行きから小早川秀詮のもとに向かうことになった慶次は、余命幾ばくもない秀詮のために粋な計らいをすることになります。そして次なる武将は福島正則――今なお豪腕を誇る正則が語る想いとは……
吉川広家の元で出会った毛利輝元の娘・古満姫を、かつての夫である小早川秀詮に会わせるために一肌脱ぐことになった慶次。
関ヶ原での裏切りから「天下一の不忠者」と呼ばれる秀詮ですが、しかしその内実は、若さに似合わぬ傑物だった――と、前巻で語られたわけですが、この巻でも冒頭から、徳川家康と黒田如水をして「惜しい」と言わしめるほどの秀詮のいくさ人ぶりが語られます。
しかし、秀詮の余命はあとわずか――そして今なお彼を慕う古満姫も、堂々と彼と別れを惜しむわけにはいかない立場にあります。
もちろん、だからといって、慶次がそんな二人に手をこまねいているはずもありません。いつもの横紙破りとは一味異なる、粋なやり方で機会を用意する慶次ですが――それを受けての二人のやりとりは、まことに切なくも、しかし美しく凛としたもの。この別れの姿は、この巻の名場面の一つというべきでしょう。
さて、秀詮そして古満姫と別れを告げ、旅を続ける一行の前に現れたのは、線の細い薄幸の貴公子とは正反対の、ごっつい肉体派オヤジ――そう、秀吉子飼いの中でも武断派で鳴らす福島正則です。
吉川から小早川へ、自分の領地・安芸広島をすっ飛ばして慶次が向かったのに腹を立てた正則。彼は、伝説のかぶき者も何事やあらんとばかりに、自分の下に呼びつけ、力比べをして取り拉いでやろうとしていたのです。
いやはや、全くもって正則ならやりそう、という展開ですが、その結果がどうなるかは言うまでもありません。この物語の頃、史実では正則は約40歳、慶次は約70歳――いくら何でもという気もしますが、本作はいわば講談。これくらいは大アリでしょう。
そしてぶつかった後は酒盛りで親交を深めるのも言うまでもありませんが、しかしその中で正則は意外な側面を見せることになります。
上で述べたように、秀吉子飼いでありながらも、関ケ原では東軍で戦った正則。そこに至るまでに、彼に何があったのか――本作はそれを語るに、豊臣秀次の悲劇を描きます。
秀吉とは従兄弟であり、その秀吉に天下を取らせるために戦ってきた正則。しかし天下を取った後の秀吉の行動は、己の血を憎むかのように、血縁に対して過酷に過ぎるものでした。
その筆頭が秀次であったわけですが――それを恨むことなく、従容と運命を受け入れた秀次の最期に、武人の本懐を見た正則。そしてその彼もまた、武人としての己を貫くために、天下を取ろうとする家康の下で戦った……
明快なようで屈折した正則の想いですが、そんな想いの根底には、タイプとしても立場としても正反対であった小早川秀詮とある意味共通する、血縁者だからこその秀吉への複雑な愛憎があったというのは、興味深い視点です。
その一方で、正則が秀詮とはまた異なる彼なりの道を選んだ理由に、信長と秀吉と出会った幼き日の思い出があった――という展開も、彼に爽やかかつ切ない陰影を与えているといえます。
さて、安芸広島での冒険はまだ少し続くようですが、次の巻では村上海賊との出会いが描かれるとのこと。
この調子で、家康のいる伏見に行くまで旅は続くのではないか、という気がしてきましたが、それもまたよし。この豪傑譚の締めくくりが今から楽しみになっているところです。
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