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2024.11.30

『鬼切丸』を超えて、なおも続く物語 楠桂『鬼切丸伝』第21巻

 平安以来、長きに渡る時の中で鬼を斬り続けてきた鬼切丸の少年を描いてきた本作も、ついに単行本の巻数で『鬼切丸』を超えました。この巻では、瀬戸内三島の伝説の女傑を巡る悲劇、奇怪な姥ヶ火を巡る因縁譚、鬼を調伏する力を持つ僧侶と少年の出会いを描く三編+αを収録しています。

 この巻の冒頭に収録されている『三島大明神鬼願』前後編は、今なお伝説に残る瀬戸内海の大三島の姫・三島水軍の姫武将にして三島大明神の巫女である鶴姫を巡る物語――この鶴姫は、これまでも様々な物語の題材になっていますが、本作ではこれまでにない奇怪な物語となっています。

 大三島の大山祇神社の大祝の娘として生まれ、父と兄二人に慈しまれてきた鶴姫。しかし父は鶴姫が幼い頃に後を案じながら病没し、そして大内家の侵略の前に下の兄は戦死――悲しみに沈む鶴姫は、遊女に化けて大内家の船に近づき、単身乗り込んで大立ち回りを演じるのでした。
 三島大明神の化身を名乗り、次々と大内の兵を討っていく鶴姫。しかしそこに現れた鬼切丸の少年は、それが彼女の力ではなく、どんな願いも叶えるという大祝家の血のなせる業だと告げます。そしてそれは、例え鬼となろうとも彼女を守ろうと願った父と兄の願いだと……

 これまで作中に様々に登場してきた異能を持つ人間たち。その中でも本作の鶴姫とその家系は、極めて特異な力を持ちます。
 神に願うことにより、人では倒せぬはずの鬼すら倒す力を発揮する鶴姫たち。しかしその願いが誤って用いられたとしたら。いや、本人は誤ったつもりはなくとも、この世の摂理を捻じ曲げるものであるとしたら――後編では、最愛の人を得た鶴姫を襲う、さらなる悲劇が描かれます。

 鬼切丸ですら倒せぬ不死身の鬼を前に、鶴姫は何を願うのか――有名な鶴姫の悲恋伝説を背景にした結末からは、ただ運命の無惨というべきものが感じられます。


 続く『鬼々怪々姥ヶ火首』は、井原西鶴の「西鶴諸国ばなし」中の「身を捨てて油壺」に登場する姥ヶ火を題材とした物語です。

 河内国の暗峠に出没するという、不気味な老婆の死首の怪。鬼切丸の少年と出会った老婆は、己が妖となるまでの過去を語ります。
 美しかった娘が、山の神の祟りか次々と夫を失い、醜く老いさらばえた末に、油泥棒と誤認されて射殺され、その首が妖と化す――という語りは、実はほぼ原典通りの内容。一体このどこに鬼が絡むのか――と思いきや、老婆の語りに対する少年の指摘が、全く異なる物語を浮かび上がらせます。

 同様の趣向はこれまでもありましたが、題材の無惨さだけにどんでん返しが際立ちます。


 そして最後の『天誅鬼仏罰』前後編は、応仁の乱の頃の荒廃した時代を背景に、少年が奇跡的な力を持つ一人の男と出会ったことから物語は始まります。

 その男とは、鬼を読経によって鎮め、勾玉と変える力を持つ僧・光道。鬼となった人に対しても慈悲の心を失わない光道は、所属する醍醐寺に勾玉を収め、供養しようとしていたのです。
 人の醜さをいやというほど見てきた少年が、見たことがないほどの利他心を持つ光道に驚く少年。しかし彼の人間不信の念を裏付けるように、光道の力は他者に利用され、次々と惨劇を引き起こすことに……

 室町時代に実際に起きた(と言われる)二つの寺による呪詛事件を題材とした本作。作中で描かれるその模様は、人を救うべき寺が人を呪い殺すという驚くべきものですが――そんな地獄絵図の中でも、なおも輝く人の心の存在を物語は描きます。
 それはやがて、鬼を滅する人間の誕生を、少年にとっての希望を予告するものとも見えるのですが――最後に語られる『鬼切丸』とのリンクに愕然とさせられます。そういえば確かに勾玉でしたが、しかしあれが希望かといえば……


 なお、巻末の掌編『犬神使い鬼追憶の章』には、以前(第七巻)に登場した犬神使いの兄妹が少し成長した姿で登場。タイトルの通り、以前出会った鬼切丸の少年のことを語り合うのですが――ここで妹の八重が見つけた少年の秘密がこう、微笑ましいというかなんというか……
 前巻の巻末の掌編同様、やはりわかる人にはバレバレなのねと、悲しい物語の連続の中で、少しだけホッとさせられます。


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