珍道中! 川路と半次郎(と太郎) 泰三子『だんドーン』第5巻
読めば読むほど「この人が日本の警察の祖って……」という気持ちになる『だんドーン』、桜田門外の変の成功により、幕府と薩摩を巡る状況が一層混迷を深める中、川路利良に新たな命が下されます。それは、恐るべき新たな薩摩人との珍道中の始まりでもあります。
井伊家の多賀者との諜報戦を制し、多くの犠牲を払いながらも、桜田門外で井伊直弼暗殺を成功させた川路。大老が白昼堂々暗殺されたことで、幕府の威信は地に墜ち、同時に薩摩を巡る情勢はますます混沌としていきます。
そんな状況の中、島津久光の上洛に際して薩摩兵千人分の米を買い付けるため、川路は下関まで2万4千5百両を運ぶことになります。しかし、それだけの黄金を小判で運べばとてつもない分量――内外の過激派に目をつけられてあらぬ誤解を招いたり、奪い取られたりしては目も当てられません。
かくて小松帯刀から川路が命じられたのは、黄金を溶かし、地蔵のような田の神に偽装した像に加工し、背負って運ぶ奇策でした。しかし分量的に田の神は二つ、つまり運び手は二人必要です。
薩摩藩を絶対に裏切らず、そして腕が立つ者――この条件に当てはまったもう一人の男・半次郎は、川路とは水と油の性格で……
というわけで、作品始まって以来の凄絶な流血が描かれた第四巻に続く本書で描かれるのは、趣きをガラッと変えての黄金輸送大作戦。その珍妙な内容も愉快ですが、しかし何よりも目を引くのは、そこで川路の相棒となるのが、あの中村半次郎であることです。
幕末四大人斬りの一人にも数えられ、明治に入ってからは陸軍少将を務めた(そしてその後……)薩摩の中村半次郎。幕末の薩摩を語るに欠かせない人物が、満を持してこの巻から登場します。
何かと逸話に事欠かない豪傑だったという半次郎ですが、しかし本作におけるその姿は、豪傑というより脳筋。犬丸の遺児である太郎や、周囲の娘たちを虐げる山くぐり衆を問答無用で叩き斬る(そしてしれっと隠蔽しようとする)姿は、戦闘民族・薩摩人のタチの悪い部分の具現化のようです。
しかし、そんな良くも悪くも豪放な半次郎が、まず猜疑心から入るインテリジェンスの川路と反りがあうはずもありません。互いに任務のためとはいえ行動を共にしつつ、相手が裏切ったら即殺す――そんな二人の間に挟まることになった太郎が不憫極まりない、殺伐窮まりない珍道中が、この巻のメインとなります。
しかし(ドラマ的にはお約束ではありますが)川路と半次郎、正反対の二人が、旅を続けるうちに互いを理解し、徐々に近づいていく姿は、なかなかに感動的です。特に薩摩の幽霊寺や熊本城の石垣にまつわるエピソードは完成度が高く、私のように「薩摩はちょっと……」という人間でもグッときました。
そしてグッとくるといえば、この巻の巻末に収録された番外長州編――桂小五郎と彼の師・吉田松陰を中心に、長州の若き志士たちの姿を描く物語も見事です。
エキセントリック過ぎる松陰の個性を本作らしいギャグで際立たせつつも、物語の中では松陰と門人、いや諸友たちとの感動的な交流の姿が描かれます。
薩摩に劣らぬクセつよ面子の長州勢を主役に、「長州はちょっと……」という人間にも胸に刺さる物語を描く業前には、ただ脱帽です。
とはいえ、フィクションならではの感動というものには、やはりちょっと身構えたくなるものです。その一つが、この巻で描かれる伊牟田の姿です。
本作においてはほぼ冒頭からサブレギュラーとして登場してきた伊牟田。その彼が過激浪士へ潜入するうちに――という展開は、史実の伊牟田に比べると「いい人」度が大幅に高いのに少々警戒してしまいます。
ヒュースケン暗殺を語るくだりで、その(悪い意味の)おかしさが垣間見られるものの、このまま彼は「実はいい人」という扱いで進むのでは――と、本作のドラマ描写が巧みであるだけに、フィクションの怖さを何となく感じてしまったところです。
(井伊直弼を単純な悪役にしなかった本作だけに、美化するだけでは終わらないと思いますが……)
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