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2024.11.25

さらば長崎 ブラック上司たちの狭間で 上田秀人『辻番奮闘記 六 離任』

 江戸で、長崎で、辻番として奮闘を繰り広げてきた斎弦ノ丞の奮闘もこれで第六巻。長崎辻番として剣を振るってきた弦ノ丞ですが、ついに江戸の松平伊豆守に呼び出されることとなります。しかし主君と伊豆守、そして長崎奉行・馬場三郎右衛門の三者の争いは簡単に収まるはずもなく……

 寛永年間、平戸藩松浦家の辻番として江戸で起きた数々の事件から主家を救った弦ノ丞。国元に栄転した彼は、しかし松浦家が命じられた長崎警固の先遣隊として長崎に向かうことになります。
 しかし当時の長崎は島原の乱と鎖国の煽りを受けて治安は悪化の一途、人手不足に悩む長崎奉行から目をつけられた彼は、長崎辻番を命じられるのでした。

 さらにそこに、大老・土井大炊守の追い落としを図る老中・松平伊豆守から、かつて平戸藩も関わった外交事件・タイオワン事件と大炊守の関連を調べるように密命が下されることに。かくて弦ノ丞は幾重にも危ない橋を渡る羽目になるのですが……


 というわけで、江戸でも長崎でも辻番を命じられるという数奇な運命を辿ることになった弦ノ丞ですが、彼の受難はまだまだ続きます。というのも、目の上のたんこぶである大炊守排除を急ぐ伊豆守が、平戸藩主である松浦重信に対し、ついに弦ノ丞の江戸召喚と貸出しを命じたのです。
 江戸召喚はともかく、伊豆守への貸出しは、無償でこき使われるであろうことを思えば、弦ノ丞にとってありがたくないことこの上ない話。主君である重信にとっても、自分のところの藩士を差し出せと言われて面白いはずがないでしょう。

 そもそも主君でもない(禄を支払っていない)人間が他所の藩士を使おうというのは、武士の根本である御恩と奉公のシステムに反する行為。そんな横紙破りを平然と行う辺り、伊豆守の人間性というものが窺えますが――しかし弦ノ丞の災難はそれだけではありません。
 もはや長崎の治安維持には不可欠となった長崎辻番の要である弦ノ丞を手放すことを渋り、長崎奉行の威光で都合よくこき使おうとする馬場三左衛門。しかも三左衛門は大炊守派閥の人間であることから、状況はいよいよややこしくなります。

 かくて本作の大半では、弦ノ丞の頭の上での権力者同士がやり合う様が描かれることになります。もちろん、その才を買われ、求められるというのは名誉ではありますが、しかし弦ノ丞の場合は、ただそれを都合よく利用しようとする者たちばかりなのが不幸としかいいようがありません。
 この辺り、人の使い方として考えさせられるところではありますが――いずれにせよ、ブラック上司にこき使われるのは上田作品の主人公ではいつものことですが、ここまでブラック上司同士の間に挟まれるのも珍しい。あるいは弦ノ丞は、上田作品の中でも不幸度が相当に高い主人公かもしれません。

 そんなわけで、本作の終盤、部下であり先輩に当たる志賀一蔵に対して己の立場の味気なさを愚痴る弦ノ丞の姿には、同情する以外ないのです。


 しかしそれでも、結局は長崎を離れ、江戸に向かうことになる弦ノ丞(ここで長崎奉行の追求を躱すための松浦家側の策がなかなか面白いのですがそれはさておき)。おそらく次巻からは江戸が舞台になるはずですが、さてそこで何が描かれるのでしょうか。

 正直なところこの巻では、弦ノ丞の頭上での空中戦が大半となり、物語そのものの展開に乏しかった印象があるだけに、(たとえこき使われたとしても)彼自身の活躍をもっと見たいものです。


『辻番奮闘記 六 離任』(上田秀人 集英社文庫) Amazon

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