怪談好きのお嬢様が追う白い幽霊の謎 波津彬子『お嬢様のお気に入り』
端正な不思議の世界を描かせれば右に出るものがいない作者が、オリジナルの原案を迎えて描くという一風変わったスタイルの――しかし変わらない魅力の連作集です。19世紀末のイギリスを舞台に、怪談好きのお嬢様・キャロラインが、様々な騒動に巻き込まれる姿を描きます。
新興ブルジョアジーの父と、没落貴族の母の間に生まれたお嬢様のキャロライン。彼女のお気に入りの物語はウォルポールのゴシック小説『オトラント城奇譚』――そう、彼女は怪談やおとぎ話といった、怖い話や不思議な話がお気に入りなのです。
キャロラインがそんな好みになったのは、母の実家から仕えている執事のロバートの趣味。持ち前の好奇心から様々な騒動を引き起こして怒られたり落ち込んだり、眠れない夜を迎えるたびに、彼女はロバートに物語をねだるのです。
やがてキャロラインが興味を持ったのは、かつてロバートが母の実家の城で目撃したという――そして彼女が自邸でも目撃した「白い貴婦人の幽霊」。美しいレディに成長した後も、彼女はその幽霊の謎を追いかけるのですが……
日本を舞台とした作品と同程度以上に、イギリスを舞台とした作品も多いのではないかという印象もある(のは『うるわしの英国シリーズ』のためかもしれませんが)作者ですが、本作もその一つとなります。
舞台は19世紀末の新興富裕層の家庭、広大な屋敷に住んで執事や大勢の使用人がいて――と、我々が想像する「豊かな英国」のイメージを具現化したような世界を舞台としつつ、恐ろしくも魅力的怪談をメインとした物語が展開していくことになります。
第二巻までの基本的な物語の流れは、好奇心旺盛かつおてんばなキャロラインが、その生活の中でちょっとした事件に出会い(多くの場合は彼女が騒動を起こすのですが)、その結果、夜眠れなくなったところに、執事のロバートに怪談話をねだって――という展開。
つまりメインとなるキャロラインの物語の中に、別の怪談が挿入され、そしてそれがキャロラインの物語にも影響していくという構造となっています。
元々作者の作品では、恐ろしいものと美しいもの、物悲しいものと微笑ましいものといったように、様々な、時に相反する要素が入り混じり、複雑で豊かな味わいを生み出しています。
作者の作品は、これまで古今の名作を原作として漫画化することはあっても、オリジナルの原案がつくという形式はほとんどなかったのではないかと思いますか――本作においては、この形式と物語構造が噛み合って、これまでになかった妙味が生まれていると感じます。
個人的には、キャロラインの周囲の人々が、個性的ではあっても基本的に愛情豊かな善人ばかりで、それが一種の人情話的とでもいいましょうか、強い温かみを持った物語に繋がっていくのが心に残りました。
さて、本作は全三巻ですが、最終巻となる第三巻では、キャロラインの成長した姿が描かれ、物語もこれまでとは少々異なる展開となります。
そこで描かれるのは、キャロラインの母の城で長きに渡り語り継がれてきた「白い貴婦人の幽霊」の謎。この物語の冒頭から、幾度か登場してきたこの幽霊の正体は、そして彼女はどのような想いを秘めているのか――その謎解きとともに、物語は大団円を迎えます。
この辺りの展開は、正直なところ、少々出来過ぎに感じる部分もあります。(もっとも、終盤に登場するある人物の描き方はかなりユニークで意表を突かれましたが)。
しかしキャロラインが愛してきたおとぎ話のように「めでたしめでたし」となった物語の後味は非常に心地よく、本作の結末に相応しいものであることは、間違いないでしょう。分量こそ多くはありませんが、愛すべき作品です。
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