平安伝奇! 陸奥に潜む紅い瞳の鬼 さいとうちほ『緋のつがい』第1巻
『とりかえ・ばや』『輝夜伝』と平安ものの長編を発表してきた作者の最新作は、やはり平安時代、それも末期を舞台とした伝奇色の強い物語。平家に家を滅ぼされた姫・瑠璃が落ち延びた陸奥で出会ったのは、紅い瞳の血を吸う鬼――自分と「つがい」になろうとする相手に抗う瑠璃の運命は……
源守綱の娘に生まれ、平和に暮らしてきた瑠璃姫。しかし、凶事の起きる前に彼女の前に決まって現れる青い目の幽霊を目撃した日、惨劇が起きます。
専横を極める平家に対する鹿ヶ谷の陰謀に兄が連座したことで、軍勢に取り囲まれる屋敷。瑠璃は乳兄妹で守役の三守らわずかな供と、母が生まれた陸奥に落ち延びる錦毛虎ことになります。
瑠璃の母の一族に縁があるという玉響宮に向かう一行ですが、その途中で襲いかかってきたのは紅い瞳の男・少彦率いる一党。身代わりとなって瑠璃を逃がす三守ですが――彼を置いて行けずに戻った瑠璃が見たのは、少彦に血を吸われ、三守をはじめ供の者たちが肌を紅藤色に変えて死んでいる姿でした。
そして瑠璃にも襲いかかる少彦。しかしそこに現れたもう一人の紅い瞳の男・暁は、弟である少彦を追い払い、瑠璃を救います。その暁に、三守を救って欲しいと頼む瑠璃ですが、その代わりに暁は「おまえの天命をくれるか?」と問いかけます。
三守のためにそれを受け入れた瑠璃。しかしそれは、暁と「つがい」になることを意味していたのです。
そのまま暁の治める絶壁の渓谷の上の地に連れ去られ、彼の城に幽閉される瑠璃。そこで彼女は、暁たち紅い瞳の民のことを聞かされることになります。そして三守とも再会した瑠璃ですが、再び青い目の幽霊が現れ……
このように第一巻、いや瑠璃と暁が出会う第一話までの時点で、一気に駆け抜けるように物語が展開していく本作。「つがい」とはまた刺激的なフレーズですが、本作の紹介文には「禁断の異類婚姻譚、開幕!」と掲げられており、やはりそれが物語の焦点になることがうかがえます。
そもそも本作の「異類」――紅い瞳の民、「紅つ鬼」(あかつき)は、一言で表せば吸血鬼。人の血を吸うことによって命永らえ、それによって同族を(あるいは配下を)増やし、人間よりも遥かに強靭な力を持つ存在です。
しかし日の下でも自由に行動し、紅い瞳を除けば常人と変わることはない――それどころか暁は土地の民から「紅頭巾の上様」と慕われているほど――謎めいた民として描かれます。
(その出自が語られる場面で、なんとなく不穏なビジュアルがありましたが……)
しかし、瑠璃に対してあくまでも紳士的に振る舞う暁に対して、己の欲のままに行動する少彦のような男もおり――いや、暁の方が少数派であり、人間に対する態度について、同じ紅つ鬼いや兄弟の間でも路線対立が生じているというのは、ある意味定番ではありますが、やはり魅力的な設定です。
平家に生家を滅ぼされた挙げ句、このような魔界に足を踏み入れることになった瑠璃こそ災難ですが――しかし彼女の瞳、月夜に青く輝く瞳にも、何やら因縁がある様子。いや、それよりも何よりも、冒頭で描かれていた活動的な姿を見ていれば、彼女がこのまま黙って周囲に翻弄されているだけとは思えません。
この巻の時点で、暁と少彦、三守、そして京に居た頃から彼女に目を付けていたらしい謎の藤原氏の男と、彼女の周囲は個性的な男性ばかりで、そちらとの展開も大いに気になります。(しかし何故か、三守が可哀想なことになるのだけははっきりわかる……)
しかし彼女は、男の下で黙って守られるだけの存在であるとは、つまり「天命」に翻弄されるだけの存在では決してないでしょう。
これまで作者がその作品の中で描いてきた女性たち――苦境の中でも自分自身として起ち、毅然として自分の道を選ぶ女性たちの中に、瑠璃も加わることは間違いありません。
まだまだ物語は謎だらけの中、瑠璃がこの先どのような道を行くのか――また先が楽しみな物語が登場しました。
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