惜別の時 土方、二股口へ 赤名修『賊軍 土方歳三』第12巻
いよいよ長きに渡る土方の戦いにも結末が近づいてきました。起死回生の甲鉄奪取に失敗して後がない旧幕府軍に対し、ついに蝦夷地に上陸した新政府軍。五稜郭に迫る敵を迎え撃つため、土方は二股口に出陣します。既に死病に侵され、あの男とも袂を分かった土方の戦いの行方は……
五稜郭を奪取し、蝦夷地に地歩を固めた旧幕府軍。しかし新政府軍の新鋭鑑・甲鉄を奪取せんとしての宮古湾の戦いで敗北し、一気に窮地に立たされます。
そしてついに蝦夷地に上陸した新政府の大軍。五稜郭に三方向から迫る敵軍の対応に追われる土方ですが、その中でも最も重要なの
は最短距離である二股口。その二股口を巡る激闘が、この巻では描かれます。
もはや戦力の上では新政府軍には比べようもない旧幕府軍ですが、しかし闘志においては決して譲るものではない、いや死を決意した者の強さがあります。そして戦術においては、これまでの戦いの経験を積んだ土方が、その才能を全開にして当たるのですから、易易とこの要衝を抜かれるはずもありません。
二股口周囲の山中に幾つもの胸壁を築いた土方は、部隊を縦横無尽に動かし、防衛戦の常道というべき十字砲火で、数に勝る新政府軍を次々に撃破していきます。
(正確には十字砲火という概念自体はこれから半世紀近く後のものかと思いますが、同様の戦術としてはもちろんアリということで)
ここで「熱くなった銃身を桶水で冷やしながら」というのは有名な逸話ですが、凄まじい銃撃戦の末に、旧幕府軍は新政府軍を圧倒、敵の指揮官・駒井政五郎を討つという大戦果を挙げます。とはいえ、もちろん無傷であるはずもありません。
この駒井を討つ際の戦いで、思わぬ深手を負った市村鉄之助。彼に対し、ついに土方は己の遺品を託して戦線離脱を命じることになります。
深手云々はともかく、箱館戦争の最中に土方が市村を逃し、故郷に送ったのは史実です。しかし本作における市村とは、その実、本物の死後にその名を名乗った沖田総司のこと――そしてそもそもこの物語が、江戸で療養中の沖田を土方が迎えに来て、共にパリを目指すところから始まったことを思えば、その彼の戦線離脱は、物語の一つの終わりを痛感させられます。
いかにも彼らしい形で名残を惜しむ市村いや沖田と、彼に対し惜別の言葉を送る土方――その内容を見れば、この二人の別れはもはや決定的であると言わざるを得ません。
そんなわけで、もう読者としてはエピローグに突入した感すらありますが、もちろん土方の戦いは終わりません。
打ち続く新政府軍の猛攻撃の中、次々と犠牲を出しながらも、なおも抗い続ける旧幕府軍。その犠牲の中には、(まだ命はあるものの)前巻登場したばかりの伊庭八郎も――というのは残念ながら史実であるため仕方がありませんが、ここで箱館の病院に収容された伊庭の土方に対する軽口は、まさしく彼なればこそと、悲しい中にもある種の嬉しさがあります。
(そしてその言葉をなぞるように、この状況でモテパワーを発揮する土方よ……)
同志を失い、友を喪い、愛する人に背を向け、なおも戦いに赴く土方。既に死病に侵された彼にとってもはや命は惜しむものではなく、いよいよ次巻、完結となります。
なお、この巻では二股口で戦った旧幕府軍の滝川充太郎と大川正次郎の対立も描かれるのですが――滝川の暴走行為(これは実際は冤罪という説もありますが)によって大川が激昂したともいうこの逸話を、本作はとんでもない方向にパワーアップ。
ここを格好良く仲裁したといわれる土方も、本作では火に油を注ぐような対応を取っていて、これはこれで実に本作らしい展開かもしれません。
もう一つ、甲鉄攻略の秘密兵器が文字通り不発だったり、弱気の虫に取り憑かれたりと本作ではロクなことになっていない榎本武揚はこの巻でも相変わらず(終盤の土方チックなムーブの不発は何といってよいのやら)。最後の最後に男を見せてくれることを期待したいところです。
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