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2024.11.01

未熟な二人を通じて描かれる、己の在り方に悩む者たち 宮野美嘉『あやかし姫の婚礼』

 幸徳井家の母と九尾の狐の間に生まれ、「あやかし姫」と異名を取る桜子と、妖怪に育てられた柳生家の友景――数奇な運命を背負った二人を描いた『あやかし姫の良縁』の続編です。いよいよ婚礼を迎えることになった二人ですが、その間には隙間風が。そんな中、九尾の狐の尾を狙う謎の男が現れ……

 陰陽道の名門・幸徳井家に生まれ、生まれついての神通力と人間離れした剛力で、「あやかし姫」と呼ばれる桜子。そのあまりの力から、自分が何をしても壊れない相手にしか嫁がないと公言していた彼女は、祖父に柳生家の友景に嫁ぐよう命じられます。
 およそパッとしない友景ですが、幼い頃に妖怪に攫われ、妖怪の両親に育てられたため、妖怪にしか興味を持てない人間。常人離れした肉体に強力な陰陽術の使い手である彼は、桜子とは好一対の人物だったのです。

 そして京を騒がす百鬼夜行騒動の末、互いのことを知った二人はめでたく結ばれることに――という前作を受けて、本作は婚礼の準備が進められる場面から始まります。
 しかし、全く女心を解さない友景の言動に、自分は彼に相応しくないのではと思い始める桜子。そんな中、幸徳井家の上得意であり、桜子のことを昔から知る貴族・八条院智仁が現れ、桜子には自分が相応しいと宣言、今度は友景が不機嫌になるのでした。

 さらに、婚礼衣装を仕立てる妖怪・福鼠のもとを訪れた際、その姫・夜目子に自分とは打って変わった態度で接する友景を見た桜子はいたたまれなさで飛び出し――残された友景は、福鼠の長と夜目子から、それぞれ智仁に対する意外な頼みをされます。

 一方、幸徳井家の近くで行き倒れていた法師・堂馬を助けた桜子。しかし実は堂馬は、幸徳井家の巫女が代々守ってきたという秘宝を狙っていたのです。
 突然知らされた、自分も知らない秘宝の存在に戸惑う桜子。さらに堂馬にはとんでもない秘密があることが明らかになり……


 あの幸徳井友景の若き日の物語――と思って読んでみれば、とてつもない異形のラブストーリーが展開された前作。それに続く本作では、題名通り、その恋の先の婚礼が描かれる――と言いたいところですが、そこに至る大騒動が描かれることになります。
 何しろ二人は色々な意味で並みの人間でないためか、感情表現も未熟というレベルではない――簡単に言ってしまえば、二人のやり取りは、両片思いの中学生(いや小学生?)のそれを見せられる気分になります。

 そんなわけで序盤の展開には、これはどうしたものかな――という気分に正直なところなったのですが、しかし二人以外の登場人物にスポットが当たっていくにつれて、物語の目指すところが見えてくるようになります。
 人間ではあるものの、異常に妖怪に好かれてしまう八条院智仁。妖怪でありながら智仁を慕う夜目子。妖怪を憎み、妖怪を滅ぼすために妖怪の力を求める倒錯した存在である堂馬(その正体は、陰陽師ものファンであればお馴染みの……)。

 さらにそこに、桜子の陰陽道の師匠である安倍晴明(の幽霊)、前作ラストで驚くべき正体を現した女占い師・紅といった前作からの登場人物も加わり、前作の伏線も踏まえて複雑性を増す物語の中で桜子の出生の秘密――桜子の母・雪子と九尾の狐の馴れ初めまでが語られることになります。
 そしてその中で描かれるのは、「人間」と「妖怪」という相容れない存在の間で、自分の在り方に迷い、戸惑い、それでも己の道を貫こうとする――そんな者たちの姿なのです。

 もちろんその代表が主人公カップルであることは間違いありませんが、一歩間違えれば痴話喧嘩で片付けられそうな二人の姿も、周囲の人間と妖怪たちの姿を通すことで、また異なるものとして見えてきます。
 そしてそんな二人をはじめとする「人間」と「妖怪」たちの姿は、もちろんこの物語独特のものではありますが――自分の持つ様々な社会的属性の前で、自分の在り方に悩む現実世界の人々(もちろんその中に我々読者も含まれるわけですが)を映したものに見えるのは、あながち穿った見方ではないと感じられます。

 そんなわけで、時代伝奇小説の形を借りた異形のラブストーリーであった前作から、伝奇性だけでなく、ドラマ性においてもさらに発展した本作。婚礼の時を迎えてもまだまだ未熟なカップルですが、それだからこそ二人の成長していく先を見てみたいと感じます。


 それにしても、実在の人物であり、主人公になってもおかしくないような重要キャラであった八条院智仁。あまりに違和感なく登場してきたので、前作にも登場したかと思えば……


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