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2024.11.12

時代を超えた平安武士が抱え続ける想いは 霜月りつ『いろは堂あやかし語り 怖がり陰陽師と鬼火の宴』

 幕末の江戸を舞台に、駆け出し陰陽師・晴亮と平安時代からタイムスリップしてきた武士・虎丸が、あやかし退治に活躍する『いろは堂あやかし語り』の続編が登場しました。江戸に潜む平安時代の鬼・霞童子を追う一方で、市井の様々な事件に巻き込まれる二人。その中で、虎丸の秘められた想いが……

 廃れた実家を継ぎ、陰陽道を用いたよろず相談所「いろは堂」を営む寒月晴亮。そんなある日、彼は庭の鬼封じの祠から飛び出してきた虎丸と霞童子に出会います。
 大江山の鬼退治から逃れてきた霞童子と、それを追ってきた虎丸。その場から逃れ、江戸の闇に潜んだ霞童子が引き起こすあやかし絡みの事件を追い、晴亮は虎丸と共に数々のあやかしと対峙することに……

 そんな前作のラストで霞童子に深手を負わせた二人ですが、まだまだ江戸にあやかし騒動の種は尽きません。本作は全四話の連作形式でその模様が描かれます。

 最近、奇怪な事件が相次ぐ吾妻橋上流で、釣り好きの老人と共に見事な鯛を釣り上げた二人が、その鯛を巡って思わぬ事件に巻き込まれる「川姫の婚礼」
 吉原のとある妓楼で若い衆が次々と消える事件の調べに向かった二人が、そこで高い窓から部屋を覗き込む顔の怪を目撃したことから、恐ろしい事件に発展していく「覗く顔」
 弟子の少年・伊惟との出会いを晴亮から聞かされて以来、おかしくなった虎丸の様子。そしてある晩、虎丸の周囲に恐ろしい怪異が現れる「鬼火の宴」
 江戸で相次ぐ赤子の神隠しを追うことになった二人が、その果てに思わぬ哀しい母の想いを抱いたあやかしと対峙する「呪母木の祈り」

 レギュラーの紹介は前作で済んでいることから、本作ではその分、複雑な物語が展開する一方で、キャラクターの掘り下げも行われ、それぞれのエピソードには十分な読み応えがあります。

 特に感心させられるのは、各話の内容、そしてそこで描かれる怪異のバラエティでしょうか。微笑ましい話、恐ろしい話、切ない話、哀しくも暖かい話――各話は、様々な要素を組み合わせることで奥行きと深みを生み、こちらの予想を上回る展開が繰り広げられます。

 そんな本作の四編の中でも、ホラー好きにとって特に印象に残るのは、「覗く顔」です。妓楼で行方不明になった四人の男衆の共通項が判明する時点で不穏な空気は、晴亮が折檻部屋に踏み込んだ際の壮絶なリアクションの時点で更にエスカレートします。
 そこから、晴亮が目撃した高窓から覗く不気味な顔と、虎丸が聞きつけた座敷童の噂が交錯し、さらに妓楼が隠していたある事実が明らかになったことから雪崩込むクライマックスの衝撃は――そこから本当に恐ろしいモノを描くラストも含め、完成度の高い一編です。

 このエピソードでは、妓楼の主一家の姿と対比する形で、晴亮の兄弟たちの姿が語られますが、人の善意と暖かさの象徴というべき晴亮と他のキャラクターの対比は、続く「鬼火の宴」でも描かれます。
 貧しくも愛情溢れる子供時代を過ごした晴亮と対照的に、過酷な子供時代を過ごした伊惟、そして虎丸。このエピソードは、晴亮の存在が二人にとって持つ意味が――そして霞童子に欠けているものが何なのか――語られる点で、シリーズ全体でも大きな意味を持つといえるでしょう。

 特に、普段豪放な虎丸がここで見せた意外な側面は、彼のキャラクターに陰影を与えています。実は前作を紹介した際、平安と江戸のジェネレーションギャップをもう少し描いてほしいなどと書きましたが――ここではむしろ、時代を超えても彼が抱え続ける想いを描くことで、彼の内面を浮き彫りにしてみせたのに脱帽です。

 そして本シリーズの舞台が桜田門外の変の後――つまり幕末である点も注目すべきかもしれません。もちろん晴亮たちが知り得ないことですが、この後わずか数年で、武士たちの時代は、そして晴亮たちが暮らす世は、大きな変化を遂げることになります。つまり、いま虎丸や霞童子が味わっている隔絶感を、晴亮もまた味わう日が来るかもしれないのです。
 その時、晴亮はどのようにして、そして何を支えにして生きていくのか――それは、本作の帯に記された言葉が答えの一端を示しているように思えます。

 もちろん、これは勝手な深読みに過ぎません。しかし、この先どのような激動が待ち受けようと、晴亮と虎丸の絆だけは変わらないことだけは、間違いないと思える――本作はそんな物語です。

『いろは堂あやかし語り 怖がり陰陽師と鬼火の宴』(霜月りつ 角川文庫) Amazon

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