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2024.12.12

正義の快速船、いま出航! 早川隆『幕府密命弁財船・疾渡丸 一 那珂湊 船出の刻』

 海に囲まれている国を舞台としつつも、さほど多くはない海を舞台とした歴史時代小説。その中に快作が加わりました。江戸時代を舞台に、諸国を旅しながら、各地の湊の平和を守ることを目的とした快速弁財船と、その個性豊かな乗組員たちの活躍を描くシリーズの開幕です。

 江戸時代は慶安年間、父を海で亡くして孤児となり、寺で暮らす那珂湊の少年・鉄平は、湊の河口近くで高い塀に囲まれた造船所に興味を持ちます。そこで秘密の船を建造していると考えた鉄平は、海への強い憧れから、建造を差配する船大工の頭領・岩吉に直訴し、炊として現場で働くことになるのでした。

 実はここで造られていた弁財船こそは、商船を装って諸国を旅し、湊の平和を乱すものたちを摘発する幕府の密命を帯びた弁財船――様々な新技術を導入した快速船・疾渡丸。幕府の隠密としてこの任に当たる仁平、そして彼にスカウトされた凄腕の船頭・虎之介ら、いずれも一芸に秀でた者たちを迎えて、疾渡丸はついに完成の日を迎えます。

 その一方、那珂湊を牛耳る商人・坂本屋嘉兵衛は、自分の手の及ばぬ疾渡丸を敵視。さらに外国人商人を装う幕府の隠密・鄭賢を捕らえたことをきっかけに、造船所襲撃を企てます。その動きを察知した虎之介たちは、疾渡丸の緊急出港を決定するのですが……


 天網恢恢疎にして漏らさず――法の目をかいくぐって悪事を働く者を誰かに懲らしめてほしいというのは、古今東西を問わず大衆の夢。そしてそれを叶えるヒーローは、時代ものの世界でも様々な形で描かれてきました。
 本作もその一つではあるのですが、いうまでもなく他と全く異なる特徴は、その中心にあるのが密命弁財船であることです。

 江戸時代前期、海運の発展と経済の発展が直結していた時代、ある意味当然のようにそれに伴って起きる湊での犯罪や陰謀。それを取り締まるには、船を以てするに如くはない――その考えの下、幕府が密命弁財船を造るというのがまず面白いですが、さらにそれが取り外し式の帆など、当時の日本の船舶では革新的なアイディアを投入した快速船というのは胸踊ります。

 そして船という舞台が魅力的なのは、様々な人間が、様々なプロフェッショナルが乗り合わせていることでしょう。本作においても、船頭を務める破天荒な好漢・虎之介、密命の中心人物でありつつも船の上では一歩引いてみせる隠密・仁平、謎の明国人・鄭賢、連絡手段である鳩を操る鳥飼いの姉妹など、船に乗るのは多士済済――その面々が、持てる特技を活かして活躍する様は、職人芸を見る時の気持ちよさがあります。


 しかし本作の巧みなのは、その設定の新奇性だけでなく、様々な登場人物が織りなすドラマも疎かにしない点でしょう。

 例えば、本作の前半のエピソードの中心人物である船大工の岩吉は、かつて自らも船頭として活躍しながらも、ある出来事が元で海を離れ、船大工になった男。作中で語られるその出来事の説得力もさることながら、それがこの弁財船の名である疾渡(はやと)丸に繋がっていくのには思わず膝を打ちます。
 さらに、実は岩吉とは血縁関係にある人物がラストに見せる粋な計らいには、胸が熱くなりました。

 そしておそらくは虎之介と並び、全編を通じての中心人物となるであろう鉄平は、初めて海に出る少年という設定ですが、それだからこそ読者に近い目線の登場人物として、その成長に期待が持てます。
 また、陰謀論を題材とした(!)後半のエピソードでは、彼のニュートラルな視線が複雑な事態を解きほぐす鍵ともなっており、物語においてその存在は貴重といえるでしょう。
(この陰謀論、あまりに突飛で説得力がないのが気になりましたが――しかしそれだからこそ、ここでは意味があるというべきかもしれません)


 さて、大海原に乗り出した疾渡丸ですが、まだまだ本作での冒険は肩慣らしといったところでしょう。本来の任務に当たるであろう、次巻は既に発売されており、こちらも近日中に紹介したいと思います。


『幕府密命弁財船・疾渡丸 一 那珂湊 船出の刻』(早川隆 中公文庫) Amazon

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