顕家軍、最後の祭りへ 松井優征『逃げ上手の若君』第18巻
般若坂での高師直軍との戦いの中、師直に斬られた雫。しかし彼女は実は人間ではなく、神であったことが明らかになります。そして戦いは続き、顕家軍の最後の祭りが始まります。石津での師直軍との総力戦の中で、時行と逃若党の戦いや如何に!?
青野原で怪物・土岐頼遠らを打倒し、京に進軍する北畠軍。しかし新田義貞との合流に失敗し、京に裏道から向かうことになった彼らは、連戦の疲れに加え、援軍と称して無能な公家たちが加わったために苦戦を強いられることになります。そして般若坂での戦いにおいて、高師直の一撃によって雫がその身を断たれ……
と思いきや、確かに斬られたにも関わらず、平然と立つ雫。実は彼女の正体は諏訪の御左口神――いわば神力の塊だったのです。
そんなのアリ? といいたくなるような展開ですが、それでも受け入れてしまうのがこの時代、いや時行たち。一度は敗れ、撤退することになったものの、これまで以上の結束でもって、時行たちは京を目指すことになります。
(しかし足利方において雫の能力的なライバルである魅摩、よく見ると神力を使った後に血の涙を流しているように見えるのですが、これはこの巻での雫のある言葉を裏付けているのでしょうか……)
というわけでこの巻では、引き続き京を巡る戦いが描かれるわけですが、その敵となるのは高師直の軍。尊氏の執事という任にある師直ですが、執事という言葉から受けるイメージとはまったく異なり、彼は武将としてもひたすら強い。鎌倉時代までの武士の戦いとは全く異なる合理的な戦いぶりは――彼の冷徹かつ傲慢なキャラクターとも相まって――しばしば非人間的に映りますが、これまでになかった強敵であることは間違いありません。
それに対する顕家の軍も、主だった武将たちに欠けはないものの、満足に補給も受けられない中で、敵地での連戦を強いられ、次第に疲労の色を濃くしていくのは、顕家たちのキャラクターがキャラクターだけに一層辛く感じられます。
しかしそれでも歩みを止めないのが顕家という男です。こちらも執事であり、やはり戦上手である春日顕国が単独で牽制に当たる一方で、あの楠木正成の息子たちが参戦――といっても楠木党に往時の兵はありませんが、堺周辺をよく知る彼らの協力は、頼もしいことこの上もありません。
それだけでなく、こんな状況でも、いやこんな状況だからこそ、配下の東国武者たちと祭り騒ぎを行い、楽しんでみせるのがまた顕家らしい。思えば彼はこれまでも戦いの中に祭りを見出してきましたが――日常と非日常の境目で、人間のプリミティブな感情とエネルギーを爆発させる祭りは、師直の人間性を犠牲にした合理性とは、全く対象的というべきでしょう。
そしてテンションが上がった東国武者たちが、河原を見つけたら何をやらかすか――中世ファンの方であれば予想はつくと思いますが、ビジュアルにしてみれば本当にムチャクチャ。これも中世人の感情とエネルギーの爆発というべきでしょうか。命がけ過ぎますが。
そして力を蓄えた末に、ついに師直との決戦に挑む顕家。ここまでくれば双方ともに総力戦、新田徳寿丸vs高師泰、結城宗弘vs仁木義長、名だたる武将たちが本作らしいスタイルで好勝負を繰り広げます。(そしてその中で炸裂する、上で述べたムチャクチャなアレ)
そしてもちろん、その中で時行も黙ってはいません。顕家に兄のように思っていると告白し、必ずや弟が兄を勝たせると宣言した時行と逃若党もまた、それぞれの形で戦場の各地で暴れまわるのですが――その前に、再び吹雪、いや高師冬が立ち塞がります。
上杉憲顕とはまた別のやり方で師冬を強化人間にしているらしい師直ですが、しかしこの場合恐ろしいのは、記憶を奪っているのではなく、そのエゴを、野心を強化していること。つまり師冬は操られているのではなく、自らの意思で戦っているのです。
そんな師冬に、先の戦いでは瀕死の深手を負わされた時行ですが――彼が負けたままでいるはずもありません。一度は敗れた技を見事に破ってみせた時行の姿を描いて、次の巻に続きます。
しかし時行のあれ、発情で良かったんだ……
あと、今までずっと「逃者党」と書いていました。ごめんなさい。
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