2024年に語り残した歴史時代小説(その二)
今年まだ紹介できていなかった作品の概要紹介、後編です。
『了巷説百物語』(京極夏彦 KADOKAWA)
ついに登場した『巷説百物語』シリーズ完結編は、長い間待たされた甲斐のある超大作。千代田のお城に巣食っているでけェ鼠との対決は思わぬ方向に発展し、壮絶な決着を迎えることになります。
そんな本作の魅力は、何と言ってもオールスターキャストでしょう。山猫廻しのお銀や事触れの治平ら、お馴染みの化け物遣いの面々に加えて、西のチームや算盤の徳次郎が集結――その一方で化け物遣いと対峙する存在として、嘘を見破る洞観屋の藤兵衛、化け物を祓う中禅寺洲斎が登場、さらに謎の悪人集団・七福連も登場し、幾重にも勢力が入り乱れた戦いが繰り広げられます。
とにかく、過去の登場人物や事件まで全てを拾い上げ、丹念に織り上げた物語は大団円にふさわしい本作ですが、その一方で過去の作品の内容と密接に関わっている部分もあり、単独の作品として読む場合にはちょっと評価が難しいのは否めないところでもあります。
『円かなる大地』(武川佑 講談社)
アイヌを題材とした作品といえば、その大半が明治時代以降を舞台としていますが、本作は戦国時代というかなり珍しい時期を題材に、その舞台だからこその物語を描いてみせた雄編です。
些細なきっかけから、蝦夷の戦国大名・蠣崎家から激しい攻撃を受けることとなったシリウチコタンのアイヌたち。悪党と呼ばれるアイヌ・シラウキによって人質にされた蠣崎家の姫・稲は、女性たちをはじめアイヌに対してあまりにも無惨な所業に出る和人を止めるため、ある手段に出ることを決意します。
しかし、籠城を続けるシリウチコタンが保つのは十五日程度、その間に目的を果たすべく、稲姫とシラウキを中心に、国や人種の境を越えた人々が集い、旅に出ることに……
戦国時代の一つの史実を題材に、アイヌと和人の間で悲惨な戦いを避けるべく奔走した人々を描く本作。作中でアイヌが置かれた状況のあまりの過酷さに重い気持ちになりつつ、主人公たちが目的を達成できるよう、これほど感情移入して応援した作品はかつてなかったと思います。
しかし本作は、単純にアイヌと和人を善悪に分けるのではなく、そのそれぞれの心に潜むものを丹念に描いていきます(悪役と思われた人物の思わぬ言葉にハッとさせられることも……)。
作者はこれまで、戦国ものを描きつつも、武器を取って戦う者たちの視点からではない、また別の立場から戦う者の視点から物語を描いてきました。本作はその一つの到達点と感じます。
『憧れ写楽』(谷津矢車 文藝春秋)
ここからは最近の作品。来年の大河ドラマの題材が蔦屋重三郎ということで、蔦屋だけでなく彼がプロデュースした写楽を題材とする作品も様々に発表されています。
その一つである本作は、写楽の正体は斎藤十郎兵衛だけではない、という当人の言葉を元に、老舗版元の若き主人である鶴屋喜右衛門が喜多川歌麿と共にその正体を追う時代ミステリですが――しかし謎を追う過程で喜右衛門がぶつかるのはどこか我々にも見覚えのある「壁」や「天井」です。
それだけに重苦しい展開が続きますが、だからこそ、その先に描かれる写楽の存在に託されたものが胸に響きます。
『イクサガミ 人』(今村翔吾 講談社文庫)
Netflixで岡田准一主演で映像化という、仰天の展開が予定されている『イクサガミ』。当初予定の三作では終わりませんでしたが、しかし三作目の本作を読めば、いいからまだまだやってくれ! と言いたくもなります。
いよいよ「蠱毒」も終盤戦、東京に入れるのは十名までというルールの下、残り僅かな札を求めて強豪たちが集結――前半の島田宿では、まだこれほどの使い手がいたのか! と驚かされるような面子が集結し、激闘を展開します。
その一方で、主催者側の隠された意図もちらつきはじめ、いよいよ不穏の度を増す戦いは、東京を目前とした横浜でクライマックスを迎えます。文字通り疾走感溢れる決戦の先に何が待つのか――来年刊行される最終巻には期待しかありません。
最後にもう一作品、『篠笛五人娘 十手笛おみく捕物帳 三』(田中啓文 集英社文庫)については、近々にご紹介の予定ですので、ここでは名前のみ挙げておきます。
それでは良いお年を!
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