吉原+大女+グルメ!? 安達智『あおのたつき』第15巻
異界から吉原の裏表を描いてきた『あおのたつき』も、巻を重ねてこれで第15巻。前巻、前々巻と重いエピソードが続いてきましたが、この巻では比較的コミカルな――しかし当事者にとっては深刻この上ない物語が描かれます。
ある日、冥土の薄神白狐社に迷い込んできた三十路も近い役人・作之輔。生真面目な性格で周囲の評判も上々ながら、自分に自信が持てず、何よりも女性に全く接したことがない――そんな彼のために、あおと冥土の覗き常習犯・豆右衛門が色道指南に乗り出して……
という前半部分が描かれた「手入らずの筆」ですが、この巻では、作之輔の初めての(となるかもしれない)体験が描かれます。
といってもあおは野暮はせず、敵娼に玉くしという女郎を選んだだけで、あとはほとんど見守るだけなのですが――しかしそのチョイスの理由はなるほど、と言いたくなるもの。これで後は彼女の手練手管で、と言いたいところですが、それでも先に進まないのがこじらせ男の面倒なところで、さて、この状況をどう収めるのか……
と、いかにもな艶笑譚の題材ではありますが、しかし見ようによってはこれは(これまでも作中で様々に描かれてきた)コミュニケーション不全にまつわる内容といえます。
それに対して、作之輔を笑いものにするのでもなく、玉くしがボランティア的に受け止める「イイ話」にするのでもなく――一定のバランスを取った物語展開は、本作ならではというべきでしょう。
そしてこの巻の後半には、冥土の花魁・恋山の深い悩みを描くエピソード「白飯比翼」が展開します。
ある晩、薄神白狐社にやってきた妓楼・大黒屋からの使者。大黒屋といえば筆頭の恋山は冥土の吉原でも名高い花魁ながら、ここしばらくその姿を見た者はなく、そして見世も閉まっている状況――そこであおと楽丸は大黒屋に向かうことになります。
そこであおと楽丸が見たものは、総出で料理を作る見世の人々。そしてそれを片っ端から食べていくのは、二階の天井にまで頭がつきそうなほど巨大な恋山だったのです。
そう、悩み事とは恋山の食い気――彼女は満たされぬまま食べ続けた果てに、そんな巨大な姿に化してしまったのです。そしてそこまで至った彼女が抱えたわだかまり、叶えたい望みとは、ほかほかの白飯に合う最高のお菜を見つけること!
――いやはや、吉原+大女+グルメという、なんだか別の漫画が始まってしまいそうなキャッチーな(?)展開に驚かされますが、しかし恋町の巨大化は、冥土の吉原だからこうなるのであって、これが現実世界であればどういう状態になっているのか、語るまでもないでしょう。
過酷な現実に対して、冥土の吉原という異界を舞台とすることによって一種のフィルターをかけ、漫画として描いてみせる――本作ではこれまでもこうした形で様々なエピソードが描かれましたが、今回はその中でも特にユニークなものの一つであることは間違いありません。
正直なところ、彼女にとっての最高のお菜というオチは読めないでもないのですが、わだかまりを乗り越え、ラストに蘇った恋町の美しさには思わず見とれてしまうものがあります。
なお、単行本恒例の巻末番外編ですが、今回のエピソードは「筏流し」。新吉原への恋文配達を頼まれた筏流しの男の旅を描く物語は、シンプルではあります、途中の難所でのダイナミックな描写には思わず目を奪われるものがある掌編です。
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