幻の中国服の美女を追った先に 波津彬子『レディシノワズリ』
人と人以外の存在の関わりを儚く美しく描いてきた波津彬子が、英国を舞台とした作品の一つが本作――曰く付きの中国の美術品があるところに現れる謎の美女、レディ・シノワズリと、彼女を追いかける青年ウィリアムの姿を中心に描かれる連作シリーズです。
年の離れたいとこで道楽者・チャールズのアリバイ作りのため、彼と共に訪れた屋敷で、中国服をまとった金髪碧眼の美女と出会ったウィリアム少年。しかし、その屋敷でウィリアムがチャールズから離れていた間に、チャールズが以前付き合っていたバレリーナが殺されるという事件が発生します。
元々、亡くなった祖父のコレクションを処分したいという相談に乗るために件の屋敷を訪れ、中国服の美女と会ったというチャールズ。殺人の嫌疑を晴らすため、アリバイ証言を求めて美女を再び訪ねたチャールズですが――しかし屋敷はもぬけの殻だったのです。
自分で確かめるために再び屋敷を訪れたウィリアムの前に姿を現したあの美女。そこでウィリアムが屋敷の中で大きな動物の尻尾を見たと告げた途端、彼女は奇妙な態度を取ります。彼女の助言で真犯人を見つけたウィリアムですが、そこには数々の謎が残ります。そして「レディ・シノワズリ」と名付けた彼女にもう一度会うことが、彼の人生の目標となって……
かくして、ウィリアムが少年期から青年期に至るまで、一度どころか幾度も謎のレディ・シノワズリに出会い、美術品にまつわる奇妙な事件に遭遇する様を中心に、本作は展開していきます。
もちろんレディに出会うのはウィリアムだけではありません。彼の学友であるリンジーやその母、同じ骨董クラブの才媛・ガートルードやその父といった様々な人々の前にも、彼女は謎めいた姿を現すのです。
「シノワズリ」とは、17世紀から18世紀にかけてヨーロッパで流行したヨーロッパで流行した中国趣味の美術様式のことを指します。なるほど、明らかに東洋人ではないにもかかわらず中国服に身を包んだ彼女には、相応しい呼び名かもしれません。
しかし、彼女は明らかに只者ではない存在です。冒頭のエピソードのように、しばしば中国の美術品を用いた詐欺に関わったと思えば、幻のように姿を消してしまう――いや、それどころか、ウィリアムのようにごく一部の人間しか見ることができない、ハクという白い虎を連れ、さらに何よりも、ウィリアムがいつ出会う時も、いやそのはるか以前から、彼女の姿は変わらぬままなのですから。
美術品にまつわる、どこまで人間なのかわからぬ美貌の存在――というと、どこかの骨董品店の少年を思い出しますが、本作のレディは、そちらよりも遥かに謎めいていて、ガードの高い存在です。これではウィリアムならずとも、彼女が何者なのか、その後を追いたくなってしまう――という時点で、我々は彼女の掌の上で踊らされているのでしょう。
さて本作は、最終話を除けば、すべてのエピソードでレディと関わり合う人物(あるいは家系)の名が冠されたエピソードが展開していきますが、やがてその中で、彼女の目的が朧気に見えてくることになります。それは、中国にまつわる何らかの美術品――彼女は自分がしばしば扱うような中国趣味の偽物ではなく、「本物」の品物を探しているようなのです。
これ以上相応しい名はないと感じられるサブタイトルの最終話「別れ」において、ウィリアムがレディから聞かされた言葉――それは必ずしも我々が望んだ答えではないかもしれません。しかし、舞台となっていた1930年代(というのはここで初めて語られたように思いますが)という一つの区切りの時代が終わる時には、相応しいものであったと感じられます。
「その後」のえもいわれぬ余韻も含め、まさしく佳品と呼ぶべき作品といってよいでしょう。
| 固定リンク