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2025.01.03

敵は異国の笛と、へのへのもへじの怪!? 田中啓文『篠笛五人娘 十手笛おみく捕物帳 三』

 時は江戸時代、所は大坂。日夜喧しい月面町で、不思議な十手笛を振るうこの娘。飴売り娘にして女目明しのおみく――だが人は彼女を「十手笛おみく」と呼ぶ! というわけで、時代伝奇捕物帳シリーズの第三弾は、異国の笛の音と共に現れるへのへのもへじの怪との対決をはじめとする全二話+αです。

 目明しの父をある事件で喪った後、笛で客寄せをする飴売りと、先祖伝来の仏像の中から現れた十手笛を手にした目明しという二足のわらじで活躍してきたおみく。父の代からの手下であるおっと清八とちょかの喜六、老同心・江面可児之進、そして十手笛に封じられていた謎の精霊・垣内光左衛門の力を借りて、おみくは様々な事件を解決してきました。

 そんな彼女が今回挑むのは、大坂の夜を騒がす奇怪な化け物騒動です。十尺もあるだんだら模様の大ウナギ、何もないところから現れる目がデメキンのように突き出したトカゲ、そして肌が疥癬のようなものに覆われたへのへのもへじ――いくらなんでも突飛すぎる話と一笑に付されそうですが、目撃者は多く、おみくは可児之進から対応を命じられます。

 やる気の出ないまま調べを始めたおみくですが、その最中に偶然異国の笛を拾います。吹こうとすると何故か「嫌な気分」になるその笛が、唐物問屋・宝岩堂の蔵から盗み出されたものと知るおみく。しかし、宝岩堂の主人はそれを届け出なかったばかりか、店に雇われた専任の笛吹きが変死を遂げていたというではありませんか。
 化け物騒動のほうは手下に調べを任せ、宝岩堂と笛の謎を追うおみくですが、二つの事件は関わりがあるどころか、事態は垣内光左衛門までも巻き込んでいくことに……

 表題作である第一話は、そんな摩訶不思議な事件が描かれます。本シリーズが捕物帖にして伝奇時代小説でもあるのは、第一に十手笛にお助け精霊が宿っている点によりますが、これはとりもなおさず、描かれる事件が尋常な存在が相手ではない(こともある)ことを意味するといってもよいでしょう。
 その点、本作では冒頭である存在のモノローグが描かれ、続くプロローグでは二人組の盗人(この片割れの元相撲取りがまた非常に愉快なキャラなのですが、それはさておき)が、宝岩堂の蔵で恐怖の体験を――という導入部から、大いに「それっぽさ」を醸し出しているのがたまりません。
 その一方で、単純な化け物騒動では終わらないのも作者らしいところで、大坂の夜を騒がす化け物の正体を知った時には、思わず天を仰いでしまうこと請け合いです。

 しかし本作で描かれるのはそれだけではありません。サブタイトルの「篠笛五人娘」は、普段は飴売りで篠笛を吹くおみくと、彼女の奏でる笛の音に惹かれて弟子入りした四人の女の子たちを指します。
 粗末な篠笛ながら楽しく笛を吹き鳴らす彼女たちですが――しかし作中に登場する能楽師の笛方・坂巻七五郎は、能管に比べれば篠笛などただの遊びであり、笛方には男しか就けぬと憎々しげに言い放つのです。

 ここで描かれるおみくと七五郎の対比は、楽しみのための笛と権威・権力のための笛の対比であり、その関係性は劇中で思わぬ形でリプライズされることになります。
 楽器は楽しむためにあってはいけないのか、笛を吹くことに男女の違いがあるのか――その答えを描く結末は、理想主義的ではあるものの、こちらを笑顔にしてくれる温かさがあります。


 さて、本書にはこの他に、中編「刀を抜かないのはなぜ?」と短編「一九郎親分捕物帳」が収録されています。

 前者は、暗愚な藩主に取り入って藩政を壟断する城代家老を排除せんと血盟を結んだ、次席家老と大坂留守居役派の剣豪たちが次々と何者かに襲撃を受け、刀も抜かずに正面から倒された謎を主軸とした物語です。
 この謎解きが主軸になるのはもちろんですが(そこに巻き込まれるのが、いつも頓珍漢な推理ばかりのご隠居・謎解き甚兵衛と、おみくのライバル目明し・十変舎一九郎なのが非常に愉快)、しかしそこに、昨今を思わせる混沌とした政治を巡る状況を重ね合わせているようにも感じられるのが興味深いところです。

 また、後者はタイトルのとおり、普段は憎々しげに振る舞う一九郎が主人公という異色作。いわゆる「悪い岡っ引き」で、やりすぎて江戸に居られなくなった一九郎が、江戸へ戻れるかを賭けて、職人だった父が残した寄木細工に挑むという一編です。
 そこにおみくも絡んで謎解き勝負になるのですが――その謎解き部分はちょっとどうかなあと思うものの、一九郎の株がちょっとだけ上がる結末の後味は爽やかです。


 というわけで、今回もバラエティに富んだ内容の「十手笛おみく」。新春の賑やかで楽しい気分の時に読むのにぴったりな一冊でした。

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