2024.12.23

『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀4』 第12話「魔族の誇り」

 再び魔界に降り立った殤不患の前に現れ、共闘を持ちかける凜雪鴉。封印された裂魔弦を救い出し、浪巫謠の行方を知る二人だが、その前に刑亥が現れる。葛藤の末、魔王の征く道の障害になるとして、刑亥は三つの魔宮印章の力で不完全ながら魔神の力を宿し、三人に襲いかかる……

 第4期も全13話だと思いきや、もう最終回でちょっと驚いた今回。最終章が控えているとはいえ、残り一話で何を描くのか――と思っていましたが、冒頭から今期本当に久しぶりの殤不患と凜雪鴉の再会は、やはり胸躍るものがあります。
 それにしてもメリー・ポピンズよろしく降りてきた殤不患を平然と出迎える凜雪鴉といい、(睦天命に聞いていたであろうとはいえ)魔界で待ち受けていた凜雪鴉を見ても驚かない殤不患といい、どちらもそれぞれのことをある意味信頼している感じなのが微笑ましい。しかし冷静に考えれば、殤不患は魔界についてほとんど知らない状況――そもそも浪巫謠が魔族との混血なのを初めて聞いたくらいなのですから。

 それでも、ほとんど全く動じないのが殤不患の殤不患たる所以。生まれがどうであれあいつは人として正しい道を志してた、流れている血が何色だろうと関係ない――こんな好漢過ぎる殤不患に、妙にマジな顔で反応を見ていた(ように澱んだ目には見えた)凜雪鴉もニッコニコ。「一度友誼を結べば、人も魔物も関係なしか。全くお前は私の見込んだ通りの男だよ」とやたらと馴れ馴れしく殤不患に近付いたと思えば(初見で見逃していましたが、よく見るとさりげなく殤不患と背中合わせに寄りかかる凜雪鴉)、殤不患の方も「よせやぁい」と言わんばかりのリアクション。
 拙者、互いに主義主張は正反対で馴れ合わないけれども、相手の能力や信念には深く信頼していて、いざ戦いの時には背中を預けられる関係性大好き侍――という向きにはたまらない描写ではないでしょうか。

 そんなわけで冒頭でもう満腹になってしまったのですが、この後、えらく雑に(本当に雑に)裂魔弦を逢魔漏から解放した凜雪鴉たちの前に現れたのは刑亥――前回、凜雪鴉の出自に驚きつつ、勝利のためとはいえ魔族に新たな道を強いる魔王と、ある意味魔族の核である享楽を求める凜雪鴉と、両者の間で揺れていた刑亥ですが、ついに魔族の未来を選び、凜雪鴉抹殺に動き出したのです。

 しかしもはや刑亥=ポンコツという印象がついたところに、主人公二人+裂魔弦という状況で、彼女に勝ち目があるとは思えませんが――そこで取り出したのは三つの魔宮印章。四つ揃うと新たな魔神が現れるというのは、使うと魔神に転生できるということのようですが、刑亥は三つという不完全な状態ながらこれを己に使用、半分異形の姿と化して襲いかかります。しかしこれ、神蝗盟の二人がブーケ代わりに置いていったものにガチギレして文字通り放り投げた凜雪鴉の失策なわけですが、それを一瞬で見抜いた殤不患はさすがというか何というか……

 不完全とはいえさすがに今回のラスボス、主人公サイドでは最強クラスの三人を向こうに回してむしろ圧倒する刑亥。しかしこんな時に頼りになるのが凜雪鴉です。切り札としてしれっと取り出したのは、神蝗盟カップルが置いていった二振りの神誨魔械(同じブーケ代わりでも、印章は捨ててもこっちは持ってるのな……)。そうきたか! とこちらが驚いているところに、久々のウォウウォウをBGMに裂魔弦と怒雷斧を手にした殤不患が道を切り開き(ここで萬将軍の技を借りる殤不患と、その動きに重なる萬将軍のシルエット!)、そして玲瓏劍を手にした凜雪鴉が刑亥に肉薄し――第一期ラスト以来、本当に久しぶりの天霜・煙月無痕が炸裂! いや、以前は舐めプの寸止めだったものが初めて完全な形で、しかも神誨魔械でもってクリーンヒット、その威力は無痕どころか豪快に真っ二つ……

 かくて斃れた刑亥ですが、凜雪鴉に作中ほとんど初の本気の剣を使わせたのは、以て瞑すべきと評すればよいでしょうか(「殺無生にあの世で自慢するといい」などと、この期に及んでなお引き合いに出され、辱められる殺無生くん……)。その一方で、悪党は殺さない凜雪鴉が初めて完全に斬ったことには、色々と考えさせられるものがありますが……

 しかし刑亥は捨て石の役割を果たしたと言うべきか、その間に魔王と阿爾貝盧法は地上侵攻の準備を固め――そして禍世螟蝗はついに嘲風に自らの正体を明かし(ここで幽皇としての静かな喋りから、徐々にはま寿司のハロウィン限定音声のようなドスの効いた声にかわっていくのがお見事)、娘に神蝗盟の法師としての紋章を与え、それぞれに最後の戦いに臨む態勢を整えます。
 もっとも嘲風の場合、与えられたのがよりによって空席になっていた蠍の紋章の上に、間違った魔法少女(謎の指ハートマークポーズ付き)のようなビジュアルなのが、原作者的に不安ですが……

 そして物語の真の決着は全くつかないまま、二ヶ月後の劇場版、最終章に続く!


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『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀4』 第11話「魔王の秘密」

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2024.12.15

『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀4』 第11話「魔王の秘密」

 ついに姿を現した魔王・阿契努斯。その素顔は凜雪鴉と瓜二つだった。そして魔王は、同盟を結ぼうという禍世螟蝗の求めに応じて、窮暮之戰の真実を語る。一方、地上では任務を果たした殤不患が、魔剣目録を丹翡に託して再び魔界に向かおうとしていた。浪巫謠を救い出すために……

 ついにその素顔を現した魔王。しかしその素顔は――という、さすがに驚天動地のヒキで終わった前回。その驚きも覚めやらぬまま、冒頭ではこの『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』という物語の根幹に関わる真実が語られることになります。

 そもそも、禍世螟蝗が魔王と手を組もうというのは、魔族に東離を差し出すかわりに西幽の安寧を得て、世界の一方の覇者となろうという、およそ人間とは思えぬ企てによるもの。その同盟者たる魔王に対して、禍世螟蝗は窮暮之戰で魔王が軍を退き――そして以後二百年、地上侵攻を行わなかったその理由を問います。
 自らの最大の秘密である、禍世螟蝗=幽皇という素顔を示した相手に対し、同盟の証として魔王が語った真実。それは人間との戦いの中で、彼らに魔族にはない同胞を、弱者を労り慈しむ心――そして人間同士を結びつける心である「仁」があることを知った魔王が、魔族には互いを結びつける心をがないことを悟ったことによるものでした。このままではたとえ一度は地上を制したとしても、魔族たちが欲望のままに争っている隙に、仁の心で結びついた人々が立ち上がり、地上を奪還するだろう――そう気付いた魔王は、魔族たちを結びつける心性を育むために兵を退き、魔界に魔神を放って魔族たちが互いを必要とするように仕向けたというのです。
 そしてそれに先駆けて自らも変わるべく、己の中の欲望である「愉悦」と「享楽」の心を切り捨て、地上に捨ててきたと……

 いやはや、魔王が窮暮之戰の後に変わってしまったのは、地上で仁愛の心にでも触れたからかしらと思っていましたが、当たらずとも全然遠いというか、きっかけは同じでも目指すところは大違い。自分たちの地上侵攻のため、いや自分が永劫の支配者になるために、魔族の精神を改めようとしていたからだった――というとてつもない理由でした。
 そして問題の凜雪鴉との瓜二つ問題も、実は魔王の魂の一部が転生したものだったから(らしい)という驚愕の真実。しかし魔王にとってはその魂はゴミ同然の部分、地上に捨てたそれが犬や猿に生まれ変わっていても知ったことではない――とまで言われては、さしもの凜雪鴉も、歯をギリっと噛み締め、拳をワナワナと震えさせざるを得ません。(ここで異飄渺の顔だったおかげでイメージは崩れませんでしたが……)

 しかし魔王まで地上の女性と子を成していたら境遇被りで浪巫謠の立場がありませんでしたが、いずれにせよ魔族が碌でもないことは間違いありません。そして浪巫謠の繭を回収に向かった阿爾貝盧法を前に、人間モードになり、新たな名乗りを上げてノリノリで暴れまわる聆牙改め裂魔弦はやる気満々でしたが――あっさりと刑亥の術で封じられ、その間に阿爾貝盧法に繭を奪われてしまうのでした。そして彼は自分のものを含めた四つの魔宮印章を示して語ります。浪巫謠こそが魔神の器に相応しいと……
 四つの魔宮印章で新たな魔神が生まれるというのは以前から言われていましたが、また巨大な奴が出てくるとか思ったら、少し異なるシステムなのでしょうか。いやそれ以上に、あの阿爾貝盧法が素直に魔王の覇道に手を貸すとは到底思えないのですが……


 さて、そんな魔界と西幽が風雲急を告げる事態になっているとも知らず、東離の宮殿では呑気に観兵式の打ち合わせの真っ最中。そして吉の方角が西と聞いた皇弟殿下は、こともあろうに鬼歿之地で観兵式をやると決めて聞きません。もうこれはどう考えても、観兵式の最中にアトミックバズーカを打ち込まれるフラグだとしか思えません。

そんなポンコツのどうしようもない企てが進んでいるとも知らず、最後の神誨魔械を見つけるという目的を果たした殤不患は、魔剣目録を丹翡に託して魔界に旅立ちます。なるほど、「実際はあまり強くない」「世間知らずなので騙されやすい」のを除けば(それ第一期と第二期がややこしくなった理由)、その手のものの扱いに慣れている護印師に魔剣を託すのは、理に叶っているのかもしれません。
 そしてごく僅かな、しかし深い想いの籠もった言葉を睦天命と交わし、魔界に再び降りていく殤不患。行け! 人間には「侠」の心があることを見せてやれ!


 そしてさすがに凜雪鴉のことが気になって来た(チョロい)刑亥が見たもの――それは、自分自身を相手におちょくれるなんてもう最高! と歓喜に震える凜雪鴉の姿。彼女の声なき「へ、変態だ!」という声が聞こえたような気がします。


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2024.12.14

武侠ものの何たるかと原作の掘り下げと 分解刑『東離劍遊紀 下之巻 刃無鋒』

 TVシリーズ第四期もいよいよクライマックスの『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』、その第一期のノベライズの下巻が本書です。神誨魔械・天刑劍を巡り繰り広げられる「義士」たちと玄鬼宗の戦いは、七罪塔を舞台にいよいよ激化。その中で、それぞれの秘めた思惑が明らかになっていきます。

 かつて魔神・妖荼黎を滅ぼした天刑劍を我が物にせんとする玄鬼宗首領・蔑天骸に、兄をはじめ一族を皆殺しにされた少女・丹翡。彼女は謎の美青年・鬼鳥の助けで、風来坊・殤不患と鬼鳥の下に集った「義士」たちと共に、蔑天骸の根城・七罪塔に向かいます。
 しかし七罪塔に至るまでには、亡者の谷・
傀儡の谷・闇の迷宮の三つの関門があります。ところがこれを突破するために集められたはずの仲間たちは実力を発揮せず、一人で戦わされた上に嘲りを受けた殤不患は激怒し、一人別の道を選びます。

 その後を追ってきた丹翡と鬼鳥と共に、一足早く七罪塔に足を踏み入れた殤不患ですが、そこで鬼鳥の裏切りを知ることになります。さらに捕らわれた殤不患と丹翡の前に現れた狩雲霄から、鬼鳥の正体が東離にその名を轟かせる大怪盗・凜雪鴉であり、全ては天刑劍を奪うための企てだと知らされて……


 上巻が舞台設定の説明と「義士」たちの集結を描くものであったとすれば、下巻はいよいよ彼らが玄鬼宗の本拠地に乗り込み、激闘を繰り広げる――と思いきや、その予想を裏切るような意外な展開が連続します。

 確かに癖は強く単純な正義の味方ではないものの、頼もしい味方と思われた「義士」の面々は、様々な形で殤不患そして丹翡を裏切り、それどころか全ては凜雪鴉の奸計であったと明かされる始末。我々読者も振り回しながら、物語は悪党同士の騙し合いへと突入していきます。
 これはもちろん原作(人形劇)のままではありますが、改めて見ても展開の皮肉さ、ドライさは強烈で、この辺りの味わいは、ある意味実に原作者らしいといえるでしょう。

 しかし、そんな悪党ばかりの渡世だからこそ、その中で正しきものが輝くのもまた事実。殤不患の侠気、丹翡の清心、捲殘雲の熱血――この三人の姿は、大きな試練に遭ってさらに光を増すことになります。
 特に上巻でも描写が大幅に補強されていた丹翡と捲殘雲は、この下巻において、さらに丹念にその心の動きが描かれます。江湖の何たるかを知らずにいた丹翡と、江湖に理想を抱いていた捲殘雲。この二人が江湖の現実にぶつかり、打ちのめされ、しかしそこで互いに通じるものを見つけ、手を携えて立ち上がる――それは、そのまま二人の人間としての成長の過程であり、そしてラストで描かれる二人の姿に大きな説得力を与えています。

 そしてそんな二人の前に巨大な背中を見せて立つ真の好漢、傷の痛みも患わず、謀られてなお笑う奴――誰もが親指を立てて讃えたくなる痛快無比な殤不患は、「武侠」という概念を人間の姿にしたとすら感じられます。
(ちなみに本作からは、生き様という点では、殤不患と凜雪鴉が根を同じくする一種のあわせ鏡であることに気付くのですが……)

 上巻の紹介で、本作は悪党たちを描くことにより、逆説的に「武侠」という概念の何たるかを描くものではないかと書きましたが、その予感は間違っていなかったと感じます。
 本作は見事に武侠ものの味わいを再現した文章のみならず、マニアであってもなかなか説明しにくい、「武侠」の精神を浮き彫りにしてみせた――武侠ものに初めて触れる者(そしてそれは丹翡と捲殘雲の視点に重なることは言うまでもありません)にとって、その何たるかを示した、一種の入門書とすら言えるのではないでしょうか。


 さて、本作を楽しめるのは、そんな武侠ものに、そして『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』の世界に初めて触れる読者だけではもちろんありません。特に終盤の展開は、既に作品をよく知るファンにとっても新鮮に楽しめるものとなっています。
 その中でも、実は作中でその人物像があまり掘り下げられなかった、ある登場人物の過去について語られる意外な真実は、その描かれるシチュエーションも含め必見です。

 そして原作とは全く異なる展開を辿るラストバトルも――原作の野放図で豪快極まりない結末も素晴らしいのですが、本作のそれは、あくまでも剣を振るう者は人間であることを示すものとして、納得のいくものといえるでしょう。(少々描写がわかりにくいきらいはありますが)

 武侠ものの何たるかを、作品を通じて無言のうちに示すとともに、原作の物語世界そのものを大きく掘り下げてみせる――ノベライズという媒体の中でも最良のものの一つである、というのは褒め過ぎかもしれませんが、偽らざる心境でもあります。


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2024.12.09

『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀4』 第10話「託された心」

 殤不患の頼みで、謎の少年に稽古をつける捲殘雲。その頃丹翡たちは、鬼歿之地にあって邪気を浄化する祠の中で、遂に最後の神誨魔械を見つける。一方、魔界では阿爾貝盧法の手引きにより、魔王と禍世螟蝗が会見に臨もうとしていた。しかし遂に姿を現した魔王の顔は……

 残すところ三分の一を切って、なお物語が落着するところが見えない本作。特に敵方は幹部クラスがほぼ退場という状況ですが……

 そんな中である意味一番よくわからない動きをしているのが殤不患ですが、前回その頼みで謎の少年――公式サイトによれば任少游に捲殘雲は稽古をつけます。といっても任少游の技はつぎはぎだらけのでたらめ、捲殘雲から見ても未熟ですが、そんな相手に捲殘雲は何故強さを求めるのか、ひいては勝利することの意味を問いかけ、何を以て勝利とするか、道は一つではないことを語ります。
 ここで捲殘雲が語る内容は、初めて登場した時の、江湖で腕と名を上げることしか考えていなかった彼であれば、全く考えてもいなかったことでしょう。そして彼がそう考えるに至ったきっかけを与えたのは、まず間違いなく殤不患と思われます。これは小説版の『東離劍遊紀』で明確ですが、本作が、実は捲殘雲という青年が好漢の何たるかを知り、それを目指していく物語でもあることを思えば――ここで捲殘雲が求めるものが、任少游に託されたことには、大きな大きな意味があることでしょう。

 自分の故郷を求めて、逢魔漏を用いて様々な世界を渡り歩いている任少游――捲殘雲との出会いを経て、自分自身の武術、名付けて「拙剣無式」を会得することを目指すと決めた彼の正体が何者であるか、それは我々の予想通りだと思います。だとすればいささか奇妙な関係にも思われますが、さて……
(というか刃無鋒といい、どれだけ捲殘雲からいただいているんですか殤不患)

 そんな思わぬところで未来の大侠が生まれた(?)とは知らず、睦天命がその鋭敏な感覚で植物の存在を察知し、向かった先にあったのは、この鬼歿之地にあるとは思えないオアシスのような場所。そしてそれを成立させていた清浄な気を放っていたのは石造りの祠――その中に安置されていた最後の神誨魔械を、ついに殤不患は手にするのでした。

 さて、ついに丹翡たちが目的を果たした一方で、護印師の偉い人は予想通り朝廷の説得に失敗。いや、これは危機感の全く無い朝廷の人間がいけないのですが、そんな連中に対して護印師たちは自分の力で鬼歿之地に陣地を作ると宣言――かなり無茶をしている感がありますが、新たに鬼歿之地に向かう護印師たちの中には、かの萬軍破将軍の元部下たちが加わっていたのがアツい。将軍の遺志を受け継ぎ、魔界の脅威に立ち向かおうという彼らの決意は、これも「託された心」なのでしょう。

 一方、何だか繭になってずっと寝ているので当初思ったよりは存在感が薄れてきた浪巫謠ですが、そんな彼に迫るのは悍狡の群れ。哀れ黒い人も休德里安も、骸になってしまえば餌と同じ、さらに繭まで襲いかかってきた悍狡を前にしては、聆牙は手も足も出ない――と思いきや、何だか不吉なことを言い出したので、これはもしや!? と思いきや、本当に手足が出た!
 いや、あの状態から変形して手足が出るのかと焦ったら、なんかいきなり小西克幸の声で喋る(当たり前)イケメンに変化! 魔界パワーを吸収してパワーアップしたらしく、こればかりは楽器らしいというべきか、妖糸を放ってノリノリで大暴れする美麗の魔人の姿は、天工詭匠ロボに並ぶサプライズというか、再び武侠とは――と深遠なる問いに頭を悩ますことになりそうです。

 そんなヒーロー側が何だかよくわからない状況になっている一方で、手勢がどんどん失われていく禍世螟蝗猊下は、異飄渺の凜雪鴉に長々と実は気付いていましたよアピール。実は本当に気付いていないんじゃないかとハラハラさせられましたが一安心、しかし自分の手駒であれば別に正体が誰でも構わん的なことをインチキキセル野郎に対して言い出すのには、大変な不安が残ります。
 そしてその大物ぶりを発揮して、異飄渺の凜雪鴉を連れて魔界に赴く禍世螟蝗。阿爾貝慮法と刑亥の導きで魔宮に足を踏み入れた二人の前に、魔王がついにその姿を現すのですが、刑亥も知らなかったその素顔は――凜雪鴉!?


 というわけで、聆牙イケメン化が今回のハイライトかと思いきや、最後の最後に全てを攫っていった魔王様。殤不患と凜雪鴉、二人の主人公のルーツ的なものが同じ回で何となく描かれたわけですが、風来坊主人公好きとしては、別に出自はわからなくても――と思います。もちろん、そういう人間は少数派だと理解していますので、黙って成り行きを見守ります。


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2024.12.02

『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀4』 第9話「覚醒」

 繭状態のところに襲いかかってきた休德里安を、半ば無意識のうちに斃した浪巫謠。一方、深手を負った霸王玉と花無蹤は、神蝗盟より互いとの暮らしを選び、任務を放棄して姿を消し、凜雪鴉を苛立たせる。そして睦天命たちを連れて地上に戻った殤不患は、捲殘雲に奇妙な頼みをするのだが……

 サブタイトルのとおり、冒頭に浪巫謠のさらなる魔族化が描かれる今回。前回、どう考えても死亡フラグを打ち立てていた休德里安は、やはりあっさりと散るのですが、それが浪巫謠に敵と認識されてではなく、彼が夢うつつの中で禍世螟蝗と戦っているつもりで暴れたいたら、その攻撃をくらってある意味とばっちり的に殺されたというのが哀れです。
 ちなみにこの夢うつつの中では、禍世螟蝗の巻き添えで殤不患と睦天命も死んでいるようですが――それは夢の中で阿爾貝盧法が告げるように、彼が魔族だから周囲の人々を不幸にしてしまうのでしょうか。魔族にだって愛情はあるんだーっと、一番言って欲しがってるのは阿爾貝盧法のような気もしますが……

 さて、愛情といえば歪んだ愛情では右に出る者のない嘲風は、凜雪鴉によってやはり西幽に戻されていましたが――浪巫謠を取り戻すために西幽の全軍で魔界を攻めると言い出したものの、さすがに周囲からは可哀想な人を見る目で扱われる始末。ある意味無力化したともいえますが、これが凜雪鴉の企みなのでしょうか。

 そして愛情といえば、意外なところで花開いた愛情が一つ――前回、互いの力を合わせた芙爾雷伊との決死の戦いの中で、互いの真価を認めあい、何だかイイ感じになっていた霸王玉と花無蹤。二人は、なんとせっかく手に入れた魔宮印章と禍世螟蝗から託された神誨魔械を異飄渺の凜雪鴉に返却してしまいます。
 二人が、忠誠心よりも使命よりも大切な人を見つけたので寿退職して東離で静かに暮らします! と言い出したのには、さすがの凜雪鴉も「話を聞け!」と異飄渺の演技を忘れて叫びますが、もはや固い絆で結ばれた二人には届きません。空間転移術(便利)で二人が魔界から消えた後には、ワナワナ震える凜雪鴉が残されるのみ――と、凜雪鴉がこうなるのは久々ですが、彼が大悪党をハメること以上に、彼の見込みが狂って冷静さをかなぐり捨てて荒れる様は、大変気持ちが良いものです。心の底からザマあと言いたいと思います。
(しかし絶対に凜雪鴉の餌食になると思っていた花無蹤が見事に笑傲江湖してしまうとは、全く予想が外れて感服しました)

 一方、魔界でかつての仲間たちと再会した殤不患は、そのまま魔界の奥に殴り込み! はせず、前回とは逆パターンで(嵩張りそうな天工ロボを引き上げつつ)鬼歿之地に戻ります。当分ウォウウォウはお預けのようで残念ですが……
 そこで第二期にあっさり騙された護印師の偉い人に東離の宮廷を動かすように頼み(たぶん無理)自分たちは本来の任務である、最後の神誨魔械を探すことにした殤不患ですが――捲殘雲が見つけてきた謎の洞窟が、彼に奇妙な行動を取らせます。

 捲殘雲に防瘴気マスクを被ってここで待っていて、やって来た若僧の相手をしてやってほしいという殤不患。捲殘雲相手に三拝して殤不患が去った後、はたしていずこからか現れた幼さを残した剣士が捲殘雲に戦いを挑みます。しかし捲殘雲相手に軽くあしらわれた彼は、弟子入りを志願。共感性羞恥に震える捲殘雲も、殤不患の頼みとあらば仕方なく、共に稽古することになるのですが――どう見ても正体がバレバレのこの若僧の正体は如何に、というよりどうやってここに来たのか。気になると言えば、次回のナレーションではまるで捲殘雲が遺志を託しそうな勢いで、むしろこちらが心配です。


 にしても主人公(の片割れ)が全く知らぬ間に、魔宮貴族と神蝗盟という二大敵組織が幹部ほぼ全滅しているとは、意表を突いた展開です。
 何となく魔界編は第四期でカタが付きそうな気がしますが、それでは完結編では何が描かれるのか。残り四話の行方が気になります。


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2024.11.24

『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀4』 第8話「再会」

 魔宮会議の場で、魔界の行方を左右するような策を献じる阿爾貝盧法。一方、異空間に囚われ、芙爾雷伊の襲撃を受けた霸王玉と花無蹤は、それぞれ深手を負いながらも手を携えて戦う。そして凜雪鴉に誘い出された嘲風を探す睦天命たちに襲いかかる魔族。そこに現れた男こそは……

 一人討たれた上に三人欠席(実際にはうち二人死亡)して、御前に集うのはたった三人とすっかり寂しくなった魔宮会議。そんな状況で阿爾貝盧法は、魔宮印章で復活する魔神だけでなく、魔界に眠る魔神全てが復活したら――と、聞いたこともない仮定の話を始めます。しかしそうなっても魔神たちを人間界に送ってしまえば問題なし、今度は人間界の半分の王=西幽の帝=禍世螟蝗と手を組んでるので――という彼の発言は、前々回の会談の結果なのでしょう。一見魔界に有利な提案ですが、阿爾貝盧法の場合、真意を全て喋っているなどとは到底思えませんが……

 さて、そんな会議の最中に、魔宮貴族二人を神蝗盟の二人が殺したと知り、激怒して二人が捕えられた異空間に向かう魔宮三位・芙爾雷伊。彼女の挑戦を真っ向から受け止める霸王玉ですが、なんと芙爾雷伊の洋傘(!)を前に完全に力負け、しかも肩の骨を折られるという信じられない展開となります。しかしトドメを刺されんとした彼女を救ったのは、意外にも花無蹤でした。
 しかも、剛力を失った自分には何も残されていない――と心まで折られた霸王玉に対して、花無蹤は自分の敗北の過去を語ると共に、勇猛な気骨ことがお前の真骨頂だと、まさかの叱咤激励。そして追撃してきた芙爾雷伊に対し、花無蹤は霸王玉に化けて芙爾雷伊の攻撃を両足の骨をバッキバキに折りながらも受け止め、その隙に霸王玉が芙爾雷伊に乾坤一擲の一撃――しかも互いの役割を果たすため、神誨魔械を交換するという、まさかのコンビネーションで逆転勝利を飾ります。

 今度は自分が自慢の足を失って自嘲する花無蹤に対し、貴様は忍び足だけが取り柄ではなく、勇気と知略の男だと讃える霸王玉。大事なものを失った者同士で手を取り合って、何だかいきなりイイ感じですが、逆に盛大に別のフラグを立てたようで不安になります。
(とりあえず、縦合体して互いを補えばいい線いくのでは――って鬼か!)
 そしてまさかの一話で退場となった芙爾雷伊ですが、実力では完全に二人を上回る姿にはようやく魔宮貴族の凄みを見せてもらえましたし、ゴス衣装にどこか歌舞伎を思わせる台詞回しも面白く、惜しいキャラであったことは間違いありません。

 ちなみに二人が仕える禍世螟蝗はといえば、表の方の顔で嘲風の行方を心配――というより手駒が一人いなくなって不便という感じですが――して捜索を厳命。そしてその禍世螟蝗に、わざわざ嘲風は魔界にいると教えた異飄渺の凜雪鴉(真剣に驚く禍世螟蝗にちょっと不安感が漂います)は、睦天命たちから言葉巧みに嘲風を引き離して、さっそく禍世螟蝗の下に送り返した様子。手駒に使うと言っていたわりにはあっさり手放しましたが、これもまた策士の手管なのでしょう。

 しかし、この凜雪鴉の行動が意外な波紋を呼びます。嘲風を追ってきた睦天命と天工詭匠は、前回辛くも逃れた魔族に再び見つかり大ピンチ。追い詰められた二人ですが、そこに現れたのは「殤!」「不患!」――鬼歿之地からはるばる下ってきた主人公、ようやく魔界に見参です。
 久々の念白付き、しかも「His/Story」(というか久々のウォウウォウ)をバックに大立ち回り――と最高の見せ場で魔界デビューの殤不患。しかしまさか、ノリノリで奥の手のサウンドブースターを披露した天工詭匠ロボと、その力を借りて「His/Story」を熱唱する睦天命にその場を攫っていかれるとは、予想もしていなかったでしょう。

 なにはともあれサブタイトル通りに再会した殤不患と睦天命。しかし、いきなり自分のところから消えたことにメラメラ来ている睦天命という強敵を迎えた殤不患の運命は……
(さらにそこにわざとしくチラっと顔を出す凜雪鴉という、殤不患的には衝撃映像)

 そしてあまりの盛りだくさんぶりに忘れかけていましたが、前回変な薬を飲まされて繭になった浪巫謠は、相変わらず繭の中で唸っている最中。そしたその繭の前でご満悦の安索亞特ですが、魔宮会議をサボってまで見物していたのが祟り、魔宮第二位・休德里安に不意打ちを受けてあっさり命を落とすことになります。
 浪巫謠が手も足も出ない状況で、黒い人が退場してしまい焦る聆牙を尻目に、休德里安は繭に手をかけようとして――と、どう考えても魔宮第二位も退場しそうなところで次回に続きます。


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2024.11.17

『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀4』 第7話「魔道の果て」

 魔族の襲撃を受けた睦天命一行の窮地を救った凜雪鴉。一方、一連の謎めいた行動を訝しむ刑亥に、阿爾貝盧法は時空魔術によって因果を改竄した末の呪いを語る。そんな中、それぞれの動きを見せる魔宮貴族たち。そして鬼歿之地では、瘴気の谷の底を探るため殤不患が谷底に向かう……

 早くも一クールの折り返し地点に到達した今回ですが、冒頭描かれるのは、魔族から襲われる睦天命一行の危機。どこかの誰かさんによる恨みを八つ当たりされる羽目になった一行ですが、見るからに雑魚っぽい相手にもかかわらず、天工詭匠ロボは一撃でダウンし、睦天命は得物でもある琴を破壊され、無力な嘲風はちょっとか弱い女性にやり過ぎではないかと思うような殴打を受け――と思ったらそれは全部幻でした、と文字通り煙に巻いたのはインチキキセル野郎。
 もちろん善意で助けたわけではなく、利用する気満々――凜雪鴉のことを知らない三人が出会ってしまったのが(特に一番利用のしがいがありそうな嘲風)運の尽きという気もしますが、利用価値のあるうちは一番頼もしい相手なのかもしれません。利用価値のあるうちは。

 一方、前回ついに神蝗盟にまで手を伸ばしたのに対し、さすがに不審というか不安感を隠せない刑亥に対し、阿爾貝慮法は驚くべき真実を語ります。魔界の最下層に生まれた非力な存在であった自分がここに至るまでの苦労と苦闘――を彼が全くしていないことを。
 端から見れば凄まじい天賦と幸運の結果に見えるそれは、彼が到達した時空魔術の秘奥、因果律すら捻じ曲げる彼の技によるもの。しかしその末に、自分自身にとって辛い記憶、不都合な過去は、自分でも意識できないレベルで全て消し去られてしまったのです。そんな彼にとって、もはや魔宮貴族という輝かしい地位に象徴される自分の人生は、自分の力で勝ち取ったものではなく、別の世界線の自分とはいえ、人が引いたレールの上を歩んでいるのみ。彼のように気位の高い男にとって、それはどれだけ味気無いものでしょうか。

 単なる愉快犯ではないことが明らかになった阿爾貝盧法ですが、彼が息子である浪巫謠に固執する理由もそこにあります。浪巫謠は自分の人生にとっては予想外の異物、自分自身の運命を知り尽くした自分でもわからぬ存在の登場に、彼は歓喜に震えていたのです。
 つまりこれまでの一連の行動は、単なる悪趣味ではなかったということになりますが――本人は全く理解の範疇外だと思いますが、自分自身の予想もつかない子供の成長を心待ちにするというのは、これはもう普通の父親の心境ではないでしょうか。
(そして、そんな身の上を聞いたら、喜んでオモチャにしようとするヤツが一人いるわけで……)

 そんな思いもよらぬ魔族模様が語られているかと思えば、元気に暗躍している魔宮貴族たちは、ある意味悩みがないといえるでしょう。しかしその筆頭である烏蕾娜と佩雷斯は、本心を隠しながら酒を酌み交わしている間に、それぞれ霸王玉と花無蹤にびっくりするくらいあっさりと暗殺される有り様(そしてその後、刑亥によって雑に異空間に封じられる神蝗盟組)。

 一方、安索亞特は浪巫謠にパワーアップのためと称して怪しげな薬を勧めますが――聆牙が止めたにもかかわらずあっさり飲み干した浪巫謠は、悪夢の中でかつて殺した相手(たぶん)や睦天命、そして殤不患にさんざん詰られることになります。
 これで人間の心を捨ててパワーアップするということなのかな、と思いますが、何だか自分の人生に迷って他人の甘言に乗せられた挙げ句、結果的に自分と周囲を傷つけるというのは既視感がありますが――もう少し成長しようよ、というのはさすがに酷でしょうか。

 そして鬼歿之地では、瘴気の谷底が魔界に繋がっているのではないかという疑いを確かめるために、殤不患が谷底に降りることになります。予告を観た限りではいきなり飛び降りていたので、さすがに心配になりましたが、第二期で婁震戒に折られた空飛ぶ神誨魔械・誅荒劍(完璧に存在を忘れてました)を丹翡から託され、辛うじて剣に残っている浮遊能力を使って降りていくことに……
 いや、やっぱり蛮勇にも程がありますし、なにかあったら残された二人もただでは済まないと思うのですが、ここで躊躇しないのが江湖の男伊達というものでしょうか。

 かくて混沌にもほどがある魔界に降りていく(であろう)殤不患ですが、そこで待ち受けるものは――まさか顔馴染みがほとんど全員揃っているとは思ってもいないでしょう。特にインチキキセル野郎。


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2024.11.10

『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀4』 第6話「謀略の渦」

 人間たちによる阿爾貝盧法の城の襲撃は衝撃を呼び、魔王は魔界に入り込んだ人間の排除を命ずる。しかし花無蹤と霸王玉の前にそれぞれ魔宮貴族・烏蕾娜と佩雷斯が現れて取り引きを持ちかけ、安索亞特も浪巫謠に接近する。一方、鬼歿之地の高地に辿り着いた殤不患はある推測を語る……

 気がつけばもう第六話になった本作ですが、まだまだ状況は混迷の一途を辿ります。前回のラストで、阿爾貝盧法の居城に踏み込んだ浪巫謠と花無蹤が激突することになりますが、なるほど共に西幽の有名人らしく互いを知る二人の戦いは、本来の目的には関係ないと見切った浪巫謠が無駄に父親の部屋を破壊しつつ撤退。残された花無蹤と、後からやって来た霸王玉も城を去ります。

 しかし、少なくとも浪巫謠についてはほとんど自作自演に近い阿爾貝盧法は、しれっと魔宮会議に被害者面で出席。犯人は神誨魔械を持った人間と告げたことで、一同を困惑させます。専守防衛に目覚めた魔王様は、この状況に侵入者の人間排除を命じるのですが――それを受けてバックレた安索亞特に放り出された形なのは神蝗盟の二人です。
 しかしそこに現れた異飄渺の顔をしたインチキキセル野郎が、「盟主の狙いは魔宮印章なんですよ。あれ、聞いてなかったですかあ?」と煽りを入れた(また、「魔宮印章を集めると魔神の力が得られる」と、絶妙にずらしたことを言うのがイヤらしい)ことで、二人の間はさらにヒビが入っていきます。

 それぞれ手分けして安索亞特を探そう、などと手がかりもないのに言い出すあたり、既自認するほど冷静ではなくなっている花無蹤ですが、一人になった彼の前に現れたのは、魔宮第五位の烏蕾娜。そして霸王玉の前にも魔宮第六位の佩雷斯が現れ、それぞれ安索亞特の時と同じような取り引きを持ちかけます。公式サイトのキャラクター紹介によれば、共に今の魔王の路線に反発する過激派、そして互いをライバル視している二人が、同様に犬猿の仲である神蝗盟の二人に近づけば、碌なことにならないのはめにみえています。

 一方、徒労感に打ちひしがれる浪巫謠の前には安索亞特が登場。浪巫謠の耳で接近を察知できない辺り、大物感を感じさせますが、むしろ彼の得意技は陰謀。全く懲りていないように、阿爾貝盧法を敵にする者同士、手を組もうと浪巫謠に持ちかけますが――それを密かに覗いながら、安索亞特の策を学ぶのも息子にはよい修行、などと放置している阿爾貝盧法の方が大物であることはいうまでもありません。
 むしろ神蝗盟の二人の存在を知った阿爾貝盧法は、第三期で神蝗盟と手を組んでいた刑亥を使って、禍世螟蝗に渡りをつけるのですが――イケボ同士、いやラスボス級の悪党の顔合わせが何を生むのか、現時点では想像もつきません。
(しかし、今回も阿爾貝盧法の秘書、というより腰巾着であった刑亥ですが、インチキキセル野郎に操られていないか、不安が残ります)

 そして今回も鬼歿之地で苦労している殤不患・丹翡・捲殘雲ですが、瘴気の薄れる高所に登った殤不患は、この瘴気が、以前迷い込んだ魔界のものと同じであると語ります。そして三人の目に映るのは、瘴気を吐き出す巨大な谷。つまり、この下には――ようやく、主人公がメインの舞台に立つ術が見えてきました。

 一方、相変わらず同担拒否(そもそも同担ではない)の嘲風が、睦天命に対してお前らのせいで浪巫謠が――と八つ当たりしていたところに現れたのは、名前も覚えていませんが、その殤不患が魔界に迷い込んだ時に倒した魔族の縁者。じゃないかなあ、たぶん。
 八つ当たりのようで関係性的にはそうでもない形で魔族たちが襲いかかってきたところで、続きます。


 というわけで、相変わらず体感時間が短い展開ですが、ここのところ魔宮貴族たちの陰謀が続いて話の流れが固まってきた印象もあります。ここは一つ、折り返し地点になる次回では、後半の原動力になる爆弾の投下を期待したいところです。
(予告を見た限り、実際に爆弾=殤不患が魔界に降ってきそうですが……)


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2024.11.08

「武俠小説」として再構築された物語 分解刑『東離劍遊紀 上之巻 掠風竊塵』

 2016年のスタート以来好評を博し、現在TVシリーズ第四期が放送中の『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』、その第一期がノベライズされました。破魔の名刀を巡り繰り広げられる武林のはぐれ者たちの戦いを描く、シリーズの原点が蘇ります。

 偶然の成り行きから、邪宗門・玄鬼宗に追われる少女・丹翡を助けた風来坊・殤不患。かつて魔神を封じた神誨魔械・天刑劍を代々守る護印師である丹翡は、兄をはじめとする一族を玄鬼宗に皆殺しにされた上、天刑劍の柄を奪われたのです。
 その丹翡に手助けを申し出たのは、鬼鳥と名乗る謎の美青年。その鬼鳥にけしかけられた上、方方に玄鬼宗の手が回ったことから、殤不患もやむなく丹翡らと行動を共にすることになります。

 しかし蔑天骸が潜む七罪塔までには数々の関門が待ち受けます。その関門を突破するために鬼鳥が集めたのは、冷静沈着な弓の達人・狩雲霄とその弟分の血気盛んな青年・捲殘雲、鬼鳥に深い恨みを持つ死霊術使いの妖魔・刑亥、同じく鬼鳥の首を狙う冷酷非情の剣鬼・殺無生――鬼鳥と殤不患を加えて六人の「義士」は、丹翡とともに七罪塔に向かうことに……


 第一期のストーリーのうち、前半六話に当たる内容が描かれるこの上巻。その内容は、後述するようにオリジナルエピソードもあるものの、ほぼ原作に忠実であり(サブタイトルもほぼ同一)、第一期からの視聴者にとっては懐かしい物語が蘇ります。
 しかし、本作は原作を追体験するためのファンアイテムという枠には、到底収まらない完成度を持った作品といえます。その理由は極めてシンプル――本作は「武侠小説」として、独立した作品として再構築されているのです。

 本作は一口で言えば「武侠もの」です。しかし「武侠もの」といっても実際には(例えば「時代劇」がそうであるように)千差万別ではありますが、しかしそこには最大公約数的な空気というものがあり、それはいわゆる武侠用語を用いただけで再現できるというものではありません。
 また、本作の原作は、人形劇――それも台湾の霹靂布袋劇をベースとしたもの。それ故のタイトルに『Thunderbolt Fantasy』を冠している(そして本作にはその部分が省かれている)わけですが、いずれにせよ、おなじ「武侠もの」であっても、その表現様式は、人形劇と小説で自ずと異なるべきでしょう。

 つまり、原作の内容を(例えば脚本を)そのまま文章に移し替えればいいわけではない――その難事を、本作は見事に達成しているのです。必要なもの以外は削ぎ落とした文章によって、そして映像では表現しきれない登場人物の内面――心意気というべきものを描くことによって。
 特に、第五章での殤不患と殺無生の対峙のくだりなどは、映像では抑えめだった二人の心中を余さず描くことにより、原作以上に武侠ものらしさを生み出しているものとなっているのには、つくづく感心させられます。

 もっとも、本作の文章はかなりの割合で古龍オマージュと思われることもあり、独特の文体・言い回しに慣れるまで時間がかかるかもしれませんが……


 さらに、本作の魅力をもう一つ挙げれば、作中では若輩者である丹翡と捲殘雲の二人に関する描写の膨らませ方があります。
 海千山千の他の面々に比べれば、明らかに心身とも未熟であり、それぞれ「世間知らず」「意気がり」の一言で済まされかねない二人。しかし本作は、それぞれの内面描写を重ねることにより、決して単純なものではない(捲殘雲はそれなりに……)若者たちの姿を浮き彫りにします。

 特に終盤のオリジナルエピソード――悪辣な金持ちに囲われていた母娘の逃走劇に二人が手を貸して大立ち回りを演じるくだりは、その中で二人の想いの重なる部分、そして決して重ならない部分を描くことで、「江湖」という概念を浮き彫りにしてみせる、大きな意味を持つと感じます。

 そしてこの二人の視線と、先輩格の「義士」――実際にはそれとは程遠い曲者たちの姿の交錯するところに、逆説的に「武侠」という概念の何たるかが照らし出されるのではないでしょうか。
 ……というのは牽強付会に過ぎるかもしれませんが、この曲者たちが真の顔を見せることになる下巻で何が描かれるのか、原作以上に楽しみであることだけは間違いありません。


『東離劍遊紀 上之巻 掠風竊塵』(分解刑&虚淵玄 星海社FICTIONS) Amazon

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2024.11.03

『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀4』 第5話「魔宮貴族」

 最後の神誨魔械を探し、鬼歿之地を苦心しながら征く殤不患一行。一方、魔界に飛ばされた睦天命たちは、浪巫謠を探すため一時休戦する。その頃、阿爾貝盧法を狙い、それぞれのやり方で侵入を試みる霸王玉・花無蹤・浪巫謠。そして刑亥と再会した凜雪鴉は、思わぬことを彼女に告げる……

 第5話まで来ましたが、相変わらず各勢力が独自の動きを見せることもあり、毎回体感10分くらいの展開が続く本作。それでも西幽組が魔界に来たことで、だいぶ登場人物たちが集結してきた感があります。その西幽組は、可哀想なお付きの人は狂乱した末にあっさり退場、残った睦天命・天工詭匠・嘲風は、浪巫謠という共通の目的があるため、一時休戦することになります。ここで睦天命が殤不患並みの懐の深さを見せる一方で、「あれは身を守る術すら知らぬ小鳥だった」とか一見しおらしいことを言い出す(けれどもその小鳥に殺し合いをさせていた)嘲風のさりげないヤバさが光ります(この人こそ照君臨の血を引いているのでは……)。
 一方、ひたすら鬼歿之地を歩いている殤不患・丹翡・捲殘雲組は、今回も少しアクションがあったきりで出番がわずかなのが、そろそろ寂しいところです。

 そんなわけで今回メインの舞台は魔界なのですが、安索亞特の依頼を奇貨として、ついに神蝗盟組が阿爾貝盧法の城に殴り込み。花無蹤は盗賊らしく密かに忍び込む一方で、霸王玉はまさに異飄渺でなくとも「いや少しは考えましょうよ」と言いたくなる勢いで正面から突っ込んだところで、刑亥と浪巫謠がやって来て――と、いつの間にかこの二人(というか行動を共にしていたはずの刑亥)が阿爾貝盧法に置いて行かれているのが妙におかしい。

 その阿爾貝盧法はどこに、と思いきや、城の中ではなく魔王様の御前。魔宮貴族たちの会議の招集を受けて――とうことでついに前回退場した迦麗以外の、未登場だった魔宮第二位から第六位までの貴族が登場します(第一位の魔王様はシルエットのみ登場)。こうしてみると安索亞特だけが人外めいたシルエットで、皆さん案外普通の印象を受けます。
 ここでの新情報は、前回浪巫謠が迦麗から奪った魔宮印章は、四つ集めると新たな魔神を呼び出せるという事実。全部で八つあるので、魔神が二体呼び出されるのは確定のようなもの――などと言ったら、「この魔界がついに手に入れた太平の世」などと魔王とは思えないことを言っている魔王様に申し訳ないでしょうか。

 さて、本来であればこの情報は結構大きなインパクトがあるはずですが、しかしそれを大きく上回るサプライズが今回待ち受けています。
 遅れてやって来た浪巫謠と刑亥の前に現れ、二人の前で異飄渺の擬態を解いて姿を見せたインチキキセル野郎。散々警戒されながらも、浪巫謠を先に城に忍び込ませた彼は、刑亥に問いかけます。魔界に来てから妙に体が軽い、普通の人間にこういうことはあるのか、と。それを聞いた刑亥は即座に否定、そんなのは魔族だけだということになるのですが――ということは凜雪鴉に魔族の血が!?

 ……などとは全く素直に驚けず、また適当にフカしてるんじゃあいの? と思われるのがインチキキセル野郎たる所以ですが――その言葉を聞いて、こんなヒドい奴が人間なはずはないから、それなら理解出来る! とうっかり思ってしまうのが刑亥の刑亥たる所以。もう少し人を疑う心を――と魔族に言うのも何ですが、これまで何度痛い目に遭わされたのか忘れたのでしょうか。
 というより、刑亥が信じ込んだ時点でもう嘘確定のような気がしますが、今のところ人間とは異なる思考回路を持っていそうなのが阿爾貝盧法くらいで、あとは意外と人間っぽいのも影響しているように思います。個人的には、そんなことになっても全くケロッとしている凜雪鴉が魔族だと、散々悩んでいた浪巫謠の立場がなくなりますし、あっさり敗れ去った蔑天骸に「仕方ない」感が生まれてしまうので、人間であって欲しいところですが――やっぱり、浪巫謠の話を聞いて適当に思いついたのではないかしら。

 などと、刑亥ならずとも色々迷わされている間に、浪巫謠の身に花無蹤の鎖が迫る場面で次回に続きます。


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