2022.08.07

正子公也&森下翠『絵巻水滸伝 第二部』田虎王慶篇4 田虎篇完結! 太原の「戦争」と二人を結ぶ言葉

 『絵巻水滸伝』第二部のうち、田虎篇もいよいよこの第四巻で完結となります。田虎軍の強敵たちを次々と下し、残るはもはや卞祥と田虎のみという状況まで追い込んだ梁山泊。しかしそんな中、田虎が意外な行動に出ることになります。はたして最後の戦いの行方は……

 田虎軍の非道に怒り、河北の人々を救うため懸命に戦う梁山泊。彼らの戦いは田虎軍の心ある士を動かし、耿恭、唐斌に続き、孫安、喬道清、山士奇を仲間に加えることに成功します。その一方、張清は田虎への復讐に燃えてその懐に入り込まんとする美少女・瓊英と出会って偽装結婚し、密かに機会を窺うことになります。

 そして三眼の怪人・馬霊を下し、残る田虎軍の名のある将は田虎と、晋国右丞相たる卞祥のみ。そもそも田虎が打ち立てた晋国の、国としてのシステムを整備したという卞祥は、梁山泊でいえば呉用に当たる人物。そして右丞相といえば歴とした文官のはずですが――この卞祥に限っては例外というほかありません。

 普段は「牛」と渾名されるほど、朴訥かつ鈍重な印象の卞祥。しかし一度戦場に立てば、漆黒の大斧・開山大斧を振り回して大暴れ、宋江から生け捕りの命が出ていたとはいえ、花栄と董平らを同時に相手にして互角の戦いを繰り広げる豪傑です。
 そして田虎軍の起死回生の策である田虎親征を成就させるため、囮として梁山泊と激突するの卞祥ですが――しかしその陰で、田虎が驚くべき策を巡らしていたのであります。

 それは、自分と妃の白玉夫人が少数の手勢のみを連れて本拠地の威勝を脱出、そして太原の十万の兵のみを引き連れ、金国に逃亡すること――卞祥ら自分の配下を裏切り、捨てるだけでなく、金国に与して大宋国を売るに等しい、卑劣極まりない策であります。
 偶然その企てを知った梁山泊軍は、威勝から消えた田虎の行方を追うとともに、太原攻略に挑むのですが……


 かくてこの巻の中盤では、梁山泊による太原攻略戦が繰り広げられることになります。元々は十節度使の一人・薬師徐京が押さえていた太原ですが、徐京が遼国戦で戦死した後に田虎が漁夫の利を得る形で占領、以後は腹心の兵――すなわち山賊時代から行動を共にしてきた破落戸まがいの連中――十万が好き放題してきたという状況にあります。
 田虎の策を阻むだけでなく、替天行道の旗の下に人々を救うためにも攻略しなければならない太原――しかし兵の数だけでなく、古代から幾多の戦いの舞台となってきたこの城市を攻めるのは、容易なことではありません。そんな中、盧俊義のもとに駆けつけた李俊ら梁山泊水軍による、太原攻略法とは……

 いやはや、この辺りは原典ベースではあるのですが、しかしここでの描写は、原典を遥かに上回る迫力と痛快度。「戦争」になってくるとどうしても見せ場が少なめになってしまう梁山泊水軍ですが、ここでこんな暴れっぷりがあるとは!
 ――が、ここで描かれるのはそれだけではありません。原典を上回るのは、その梁山泊の戦法による被害の大きさ、その惨禍も同様なのです。そこで描かれるのはまさしく、自分たちの思惑とは全く無関係に、力持つ者同士の「戦争」に巻き込まれた庶民たちを襲った、巨大な悲劇の姿なのですから。


 そして幾多の戦いを経て、ついに田虎を追い詰めた梁山泊。田虎の最後の悪あがきというには大規模な反撃に対して、各地に散っていた梁山泊が集結して挑むことになります。

 しかしその中で、復仇の機会にいても立ってもいられずに、暴走に近い形で動いたのは瓊英――襄垣で機会を窺う中、待ちきれずに単身田虎を襲撃する彼女を、張清は追いかけることになります。
 そして無数の敵に囲まれた二人が交わす言葉――中身だけ見ればこの場に相応しくない、しかしこの二人を結ぶのにまことに相応しい愛の言葉は、これまで作中で様々な形で描かれてきた「愛」の形の中で、屈指の印象的なものであることは間違いありません。

 そしてその二人とある意味対照的な存在である田虎が見せた、奇妙な「人間性」もまた、一つの物語の結末に不思議な印象を残します。


 さて、長きにわたる田虎との戦いも終わりました。数多くの犠牲を払いながらも、同時に数々の仲間たちを得た梁山泊ですが――しかし次なる戦いは目前に迫っています。

 解放されたはずの蓋州、いや澤州を襲う謎の集団――急行した梁山泊の面々が見たものは、無秩序に略奪と殺戮を行う謎の軍団だったのです。彼らこそは、西京河南府を陥とした王慶軍――これまでとは全く異なる動きを見せる、異形の敵との戦いが始まります。


『絵巻水滸伝 第二部』田虎王慶篇4(正子公也&森下翠 アトリエ正子房) Amazon

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2022.06.25

正子公也&森下翠『絵巻水滸伝 第二部』田虎王慶篇3 強襲幻魔君! そして出会う運命の二人

 「晋」を僭称する田虎との戦いもいよいよ佳境。田虎王慶篇第三巻の表紙は、昔からの『絵巻水滸伝』ファンには感慨深い、あの二人――いよいよ運命の二人が出会うことになります。

 情報撹乱のために大将の所在地を隠す田虎軍に対し、許貫忠が残した絵図面によって田虎がいるのは威勝であると知った梁山泊軍。そこで相手の裏をかくべく、陽動として盧俊義が大軍で汾陽を目指す一方で、宋江は少数精鋭で威勝に奇襲をかけることになります。
 途中、要害・壺関を守る山士奇に苦戦しつつも、関勝が旧友の唐斌を説得したことで形勢逆転。本書の前半では威勝の手前の拠点である昭徳城を攻める宋江軍ですが、その前に恐るべき敵が姿を見せることになります。

 その名は幻魔君喬道清――晋の軍師にして護国霊感真人の称号を持つ道士、言い換えれば妖術使いであります。
 その力は、幻魔君の二つ名に表れている通り――生きているような黒い霧の中に李逵たちを包み込んで捕らえ、水と氷を自在に操る力は、混沌の法の封印を解いた樊瑞をも退ける。さらには巨大な金人や五色の竜をも呼び出す――と、幻を自在に操る魔人なのです。

 力自慢の梁山泊の豪傑たちが唯一苦手にしているのが、妖術幻術の類であることは、これまでの戦いで描かれてきたところではありますが、それにしても喬道清は桁が違う。ただ一人で戦況を根こそぎひっくり返す――妖術師の恐ろしさがここで存分に描かれることになります。(そしてその術の由来にも仰天!)

 しかし妖術師が相手であれば、梁山泊にはそれを上回る最強の術者がいます。その力を以てすれば、喬道清を討つことも不可能ではないかと思われたのですが――しかし彼を討ってこの戦いは終わるのか。もはや魔道を行く彼を救うことはできないのか……
 ある意味、敵を倒すよりも難しいことを成し遂げたものがなんであったか。盧俊義との激闘の末に敗れた彼の親友・唐斌ともども二人の豪傑の心が辿り着いた場所は、この血で血を洗う死闘の果ての、一つの希望と感じられます。


 さて、一つの死闘が終わった先に描かれるのは、あの復讐の美少女・瓊英の本格始動であります。

 幼い頃に田虎に父を殺され、母を奪われた瓊英。以来、忠僕の葉清に支えられつつ、復讐の牙を研いできた彼女は、田虎の国舅である鄔梨に接近してその養女に収まるのですが、これはまだ序の口であります。
 鄔梨に毒を盛って力を奪い、彼に代わって戦場に立つ瓊英。そこで功名を上げて田虎に近付き、復讐を果たす――冷静に考えれば水滸伝でも屈指のハードな復讐の人生を送る彼女ですが、しかし彼女が功名を上げるということは、梁山泊を倒すということであります。

 現に緒戦では、女には色々な意味で滅法弱い王英と、水滸伝の元祖娘武芸者というべき扈三娘が、あわやというところまで追い詰められたのですが――しかし本来であれば瓊英と梁山泊は田虎を敵にするという点では同志であるはず。
 そしてこの両者を、奇縁が結びつけることになります。

 偽名で鄔梨のもとに潜入した安道全と、その弟子を装うことになった張清。この張清と瓊英の出会いこそは、まさに運命の出会いというべきものでしょう。
 強引に鄔梨の妻が瓊英の婿選びをしていたところに居合わせ、彼女と武術の手合わせをすることとなった張清。瓊英が放った礫を受け止めた張清は、その礫で以て彼女の第二弾を弾き――ここに礫で結ばれた二人が出会うこととなったのであります。
(その直後、張清の「求婚」の際に、張清といえば何かと組まされるアイツが間接的に役立つのに思わずニッコリ)

 もちろんこの時点での二人はいわゆる契約結婚(?)、真実の夫婦ではないのですが――しかし頑なな瓊英の心を、物柔らかな張清の心が受け止め、礫投げの練習を通じて少しずつ二人が心を通わせていく様は、それまでの瓊英の生き様が苛烈だっただけに、ひどく暖かいものとして心に残ります。
 そしてここで明かされる張清の過去が、瓊英に対する一つの決意に繋がっていくのも巧みで――いつか二人が真に結ばれる日が来るのを、心から祈りたくなるのです。


 いよいよ田虎の本拠・威勝も目前。その前に現れた三眼の怪人・馬霊の、これまでとは全く異なる妖術に苦戦しつつもこれを退けた梁山泊に敵はないように思われますが、さて……
 いよいよ次巻、田虎戦の完結であります。


『絵巻水滸伝 第二部』田虎王慶篇3(正子公也&森下翠 アトリエ正子房) Amazon

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2022.06.13

正子公也&森下翠『絵巻水滸伝 第二部』田虎王慶篇2 快進撃梁山泊! 高く掲げる旗の文字は

 官軍としてではなく「梁山泊」として許せぬ奴らと戦う梁山泊の戦いを描く『絵巻水滸伝』田虎王慶篇は、この第二巻でいきなりクライマックス――東京攻略の尖兵たる鈕文忠の守る蓋州攻略が繰り広げられます。さらに登場する田虎軍の豪傑たちとの戦い。そしてあの美少女も本格的に動き出すことに……

 河北で「晋」を僭称し、東京侵攻を開始した田虎。その討伐を命じられた梁山泊は、行く先々で田虎軍の非道を目撃、怒りを燃やすことになります。そして陵川、高平を瞬く間に陥落させた梁山泊は、田虎に与する官吏や富豪たちから不義の財産を奪い、苦しむ人々に分け与えるのでした。
 そんな梁山泊の次なる目標は、田虎の枢密使たる鈕文忠が守る蓋州。幾多の将兵を擁し、蓋州に篭もる鈕文忠を討つことは、田虎討伐の最初の山場ですが……


 というわけで、破竹の勢いで進撃し、悪人たちを相手に痛快な大暴れを繰り広げた梁山泊ですが、この第二巻の前半で激突する鈕文忠は、これまでの田虎軍とは一味違う強敵。
 何しろ「枢密使」(宋でいえば童貫!)に任じられ、東京攻めを担当していたのですから、田虎軍の先鋒ともいえるでしょう。

 しかしこの鈕文忠、元は官軍ながら反逆して田虎に寝返り、賊徒として人々を苦しめてきたという外道。官軍にして賊徒というのは、これは二重に梁山泊の敵というべきで、決して負けるわけにはいかない相手というべきでしょう。
 この相手に対して、梁山泊は蓋州城を包囲して連日連夜攻め立てるという疑兵之計で対抗。しかしそこに田虎軍の援軍が到着し――と、最後は力押しになった気もしますが、しかし総力を挙げての激突は、これはこれで痛快であります。

 しかし梁山泊の「戦い」はそれで終わりではありません。略奪され尽くした蓋州をただ元の住民たちに返すだけではなく、荒れ果てた土地を甦らせる――その手助けをする顔ぶれも、なるほどと感心させられます。
 そしてその末に宋江の命で高く掲げられる旗の文字は――替天行道! まさに弱きを助け強きを挫く梁山泊に相応しい旗印であります。「〝梁山泊〟はこうじゃねえとな!!」と、前巻での燕順の名台詞を繰り返したくなる、この巻きっての名場面というべきでしょう。


 しかし、梁山泊と並び称される田虎軍は、単なる賊徒の集まりではありません。豪傑・好漢――そう呼ぶに相応しい男たちもまた、田虎の下に投じているのです。

 この巻の後半で描かれるのは、燕青が許貫忠から手に入れた河北の絵図を元に、田虎が潜む威勝に奇襲をかける少数精鋭の宋江軍と、陽動として大軍で汾陽を目指す盧俊義軍の戦い。
 晋寧で盧俊義が対峙する竜公こと孫安もまさに好漢というべき男ですが、この巻でクローズアップされるのは、宋江軍を阻む壺背関を守る山士奇、そして抱犢山に依る唐斌という二人の豪傑。
 一百華旗の山士奇は、元富豪ながら役人を殺して逃亡者となった伊達男(「富豪では、腕前はどうだろうかな」「そうだな。うちの副首領も、元は富豪だ」という会話に吹き出す)、そして黒龍の唐斌は、あの関勝と幼い頃から切磋琢磨してきたという硬骨漢であります。

 いずれ劣らぬ二人の勇将が、天険に篭もるのですから易易と落とせるはずもありません。それどころか思わぬ挟撃を受けて絶体絶命の窮地に陥った宋江たちの運命は――いやはやこうくるかという展開に驚かされました。
 この辺り、原典を読んでいれば結末はわかっているのですが、いつもながら、本作のアレンジの抜群のうまさに感心させられるところです。


 さて、その一方で晋のいわば中枢を舞台に描かれるのは、敵の懐に飛び込んで復讐の刃を研ぐ瓊英の姿。そして彼女のその名は知らずとも――いや、彼女の実在を知らずとも、夢に見た彼女に恋する張清。
 そして史進と魯智深がかつて出会った瓊英の存在を思い出し――幼い瓊英の登場に連載時にはファンの間でも話題になりましたが、実に十数年越しの伏線がここで実ったことになります。

 梁山泊の前に立つ次なる強敵は、そして瓊英の復讐の行方、張清の想いの行方は――田虎篇もいよいよ佳境に突入であります。


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2022.06.03

正子公也&森下翠『絵巻水滸伝 第二部』田虎王慶篇1 対田虎開戦 燃えよ梁山泊魂!

 『絵巻水滸伝』第二部もいよいよ佳境、田虎王慶篇の開幕であります。遼国との激突に勝利したのも束の間、朝廷の思惑で和議が成立し、向かう先を見失った梁山泊に下されたのは河北の田虎討伐の命。「同類」とも言える田虎との対決に臨む梁山泊が見たものははたして――梁山泊魂が燃え上がります。

 招安後の初の戦いとして、南下を開始した遼を迎え撃った梁山泊。激闘の果て、遼の守護神・兀顔光を破り勝利を飾った梁山泊ですが、その直後に宋の朝廷は遼との和議を決定――彼らの戦いは思わぬ形で終結し、燕京を基点に独立を狙う呉用の計画も水泡に帰するのでした。

 さらに追い打ちをかけるように、梁山泊の好漢たちをバラバラに各地に追いやり、個別に始末するという、どこかで見たような謀を巡らせる高キュウ。しかしそこに田虎軍の東京侵攻が始まったのは、天の助けというべきでしょうか。
 はたして今度は田虎討伐を命じられることとなった梁山泊ですが――遼国戦の恩賞もほとんど出ないままというのはともかく、対外戦争であった遼国戦とは違い、彼らにとっては「同類」である田虎との戦いは、何とも意気の上がらないものといえるでしょう。

 しかし田虎の勢力圏に近づいた梁山泊の面々が見たものは、救いを求める民衆の姿。恣に略奪や暴行を繰り広げる田虎軍に財や親しい人々を奪われ、それを討伐する官軍は役に立たないどころか、賊のものと称して人々の首を狩り集める――そんな地獄に苦しみ、息を潜めて隠れてきた人々が、梁山泊に救いを求めてきたのであります。
 そんな人々を前にして、好漢たちが黙っていられるはずがありません。血の気の多い面々だけでなく、普段は冷静な李応までが強い怒りを見せる(それがいわゆるノーブレス・オブリージュの点からなのもらしくてイイ)など、俄然闘志を燃やした梁山泊は、田虎軍撃滅のために動き出すことになります。

 官軍から支給された地図がいい加減で全く役に立たないという椿事があったものの(それに気付くのが地元出身の施恩や張青という捻りも嬉しい)、陵川、さらに高平を一日のうちに陥としてみせた梁山泊軍。しかしそこで思わぬ事態が発生することになります。
 先に述べたとおり、田虎の暴戻と官軍の無策に苦しめられてきた二つの街の人々。日々の食事にも事欠く有様の民衆に、まさしく旱天の慈雨の如く食料を支給する梁山泊ですが――しかしそのあまりの多さに、やがては兵糧にも影響が出かねない状況となってしまったのです。

 それではどうするか? その難問の答えは、まさしく梁山泊ならではのものであります。
 ――そう、田虎に与して庶民を苦しめる貪官汚吏からいただく!

 いやはや、破天荒のようでありながら、実に梁山泊らしいこのやり方、作中で燕順が言うとおり、「〝梁山泊〟はこうじゃねえとな!!」と快哉を挙げたくなる痛快な展開であります。
 そしてここで「おとなしい仕事」に、水を得た魚のように精を出す顔ぶれが、本職のメンバー――大規模な戦ではちょっと出番が少なめになってしまう元山賊組なのも、何とも楽しくなってしまうのです。


 田虎軍との戦いの始まりとともに、梁山泊と他の賊徒との違いをこれ以上無いほど明確に描いてみせたこの第一巻。しかし戦いはまだまだ緒戦、この後には、東京攻略の先鋒である田虎軍の「枢密使」鈕文忠と四威将が守る蓋州攻略戦が待っています。
 そしてこれまでも燕青を助けてきた謎の男・許貫忠が燕青に託したものは何か、そして田虎篇といえばこの人というべき、あの美少女も暗躍を始め、物語はこれからが本番というべきでしょうか。


 ちなみに本作では家族を人質にとられ、心ならずも田虎に協力していた陵川の耿恭。蓋州に捕らわれた家族の安否を気遣う彼を見て、黄信が昔の自分を思い出すと語るのは、いい話のようでいて非常に不吉なフラグでは……


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2022.05.12

正子公也&森下翠『絵巻水滸伝 第二部』遼国篇3(その二) 梁山泊と「彼」 表裏一体の勝者と敗者

 『絵巻水滸伝』第二部の遼国篇最終巻の紹介の後編であります。梁山泊と遼国の戦いが決着した後に始まるドラマ――その主人公となる意外な人物とは?

 その人物の名は兀顔延寿。兀顔光の養子であり天寿公主の許婚である青年ですが――そのの正体は、あの曽頭市の五男・曽昇! ――といってもこの事実は第一部の時点で語られていたのですが、しかし彼の存在が、この遼国篇のラストでクローズアップされることになります。

 かつて女真の皇子(=曽弄)に略奪された契丹の公主を母として、漢土で生まれ、漢人として育てられた曽昇。しかし曽頭市は梁山泊に完敗した末に父と兄たちは全て落命し、唯一生き延びた彼は、曽頭市に雇われていた刺客・白骨猫に救われて北に逃れ――その末に兀顔光に拾われ、その養子となったという本作オリジナルの設定があります。
(白骨猫の去就に関して、今回の描写と第一部の描写とちょっと異なる部分があるのはさておき)

 様々な民族が関わる複雑なオリジンを持ち、一度は己の名前すら喪った兀顔延寿。そして今またもう一人の父を喪い、祖国の存在すら危うくなるという、あまりに悲劇的な運命を辿った彼ですが――しかしその姿は、実は梁山泊のそれと奇妙に重なるものがあります。

 生まれも育ちも、職業も身分も違う多用な出自の面々から構成された梁山泊。しかし彼らの集った地ももはやなく、今は招安され官軍という新たな立場となったものの、奸臣たちに睨まれている状況では、いつまた追われる身になるかもわかりません。
 勝者となった梁山泊と敗者となった兀顔延寿。しかし、多様なオリジンを持つ根無し草という点では表裏一体、両者の存在に大きな違いはないといえるでしょう。

 実はこの遼国篇の背景では、この運命から逃れるための呉用の企みが描かれてきました。中央から遠く離れた燕京を落として、監視の名目でそこに駐屯、契丹人を含む周辺の勢力を糾合して勢力を蓄える。奇しくも後周王家の末裔たる柴進がいることを考えれば、陳橋の変を再び起こし、梁山泊を国として打ち立てることも不可能ではないかもしれません。
(この点では、自分の国を求めて遼の乗っ取るための陰謀を張り巡らせた、この戦いの現況というべき慕容貴妃も、梁山泊に近い存在といえるかもしれません)

 兀顔延寿がようやく得た国を倒し、梁山泊が自分たちの国を造る――ここでも両者の皮肉な構図がありますが、しかし結末において、両者の運命は、再び変転するのです。
 全てを喪ったかに見えた中で、それでも残ったたった一つかけがえのないものを見つけ、そしてそれによって愛と自由を得た兀顔延寿。その一方で、宋と遼という国と国との力学の前に、呆気なく建国の野望が潰えた梁山泊……

 それこそ本作においても有数の、希望に満ちたハッピーエンドを迎えた兀顔延寿と、敗北感に文字通り膝を折った呉用と――その姿はあまりにも対照的に感じられます。
 そしてそこからは、招安された梁山泊に、そしてその彼らの戦いに、一体どのような意味があるのかを、改めて考えさせられるのであります。そしてこの先の梁山泊を待つ運命も……


 招安されても変わらぬ梁山泊の痛快な活躍を描きつつ、しかしその一方で、その戦いが本質的にこれまでのそれと違うことを示してみせたこの遼国篇――『絵巻水滸伝』ならではの優れたアレンジが施されたエピソードというべきでしょう。

 しかし、それでも梁山泊の戦いは続きます。この先に待つのは、ある意味梁山泊と同様の存在というべき田虎、そして王慶との戦い――「田虎・王慶篇」についても、近日中にご紹介いたします。


『絵巻水滸伝 第二部』遼国篇3(正子公也&森下翠 アトリエ正子房) Amazon

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2022.05.11

正子公也&森下翠『絵巻水滸伝 第二部』遼国篇3(その一) 対遼国最終決戦! 陣と陣との大激突

 『絵巻水滸伝』第二部の二つ目の物語、遼国篇の最終巻であります。ついに燕雲十六州の中核たる燕京にまで迫った梁山泊軍。しかしその前に立ちふさがるのは、遼の守護神というべき大将軍・兀顔光――最強の敵による最強の陣に挑む梁山泊の運命は?

 遼国軍の大規模な南下に対し、招安後初の戦いを挑むこととなった梁山泊軍。緒戦から快進撃を続け、難攻不落を謳われた覇州も紆余曲折あったものの見事突破、最終目的地たる燕京も目前であります。

 が、ここで梁山泊軍は、太原を攻めていたはずの兀顔光将軍の大軍が――かつて梁山泊と意気投合した節度使・徐京を斃した上で――撤退、一転して燕京に向かっているという青天霹靂の報を受けることになります。
 実は、燕京で燕王を誑かした巫女・蕭輝(実は宋国を追放された妖女・慕容貴妃)が政を壟断、古参の大臣たちを粛清して我が物顔に振る舞っていることを、燕京から脱出した天寿公主が兀顔光に急報。それを受けて兀顔光は燕京に向かうことを即断したのです。

 遼最強の兀顔光が燕京に入れば、燕京攻略は俄然困難となる。いや、燕京攻略中に背後から兀顔光に挟撃されれば、一転窮地に陥る――そうなる前に燕京に急ぐ梁山泊軍ですが、もちろん遼側もそれを指を加えて見ているはずもありません。
 かくてこの巻の前半、第八十五回「迷路」では、先行する宋江隊を追う盧俊義隊が、遼の呪師・賀重宝とその一族が青石峪に作り出した八陣の迷宮に捕らわれ、絶体絶命の窮地に陥る様が描かれます。

 およそ正面からの激突であれば、いかなる強敵にもおさおさ引けを取らない梁山泊の豪傑たちですが、しかし妖術というある意味究極の搦手で来られては話は別。ここで豪傑たちが山中で迷い、散り散りになり、幻夢に悩まされる様は、衝撃的ですらあります。
 しかしそれでも朱武が、解珍・解宝が、白勝が、林冲が、それぞれの形で立ち上がり、妖術を打ち破る様は、まさしく梁山泊の豪傑ならではの痛快な展開といえるでしょう。

 特に林冲の場合、精神攻撃を受けても心に深く抱いたものがあって――というのはある意味定番のシチュエーションであるものの、彼の過去を考えれば、何とも粛然となると同時に、胸が熱くなるのです。
 その一方、命懸けで作中屈指の見せ場に挑んだ白勝は、意外と役立ち度合いが低いようにも感じられてしまうのですが……


 さて、巨大な罠をくぐり抜けて梁山泊軍が急行したにもかかわらず、それをさらに上回る速さで移動し、燕京に帰着した兀顔光。かくて遼国篇最終話である第八十六回「長城」では、梁山泊軍と兀顔光との最終決戦が繰り広げられることになります。

 遼国にその人ありと知られた兀顔光ですが、恐ろしいのはその強さが力押しだけでなく、正当な兵法に裏打ちされていること。そしてここでその兵法を象徴するのが、陣形の数々なのです。
 次から次へと変幻自在の陣形を繰り出す兀顔光(と息子の兀顔延寿)。しかしこちらにも陣形についてはマニアクラスの知識の持ち主・朱武がいます。この遼国側の陣形をひと目で見抜き、それに応じた陣を繰り出す様は、全編を通じて朱武の最大の見せ場というべきでしょう。

 しかしその朱武をしても驚倒させられるのは、かの諸葛亮孔明が編み出したという武侯八陣図の存在。これに対してついに全軍集結した梁山泊軍が九宮八卦陣で応じる様は、実に勇壮、痛快ですらあるのですが――しかし八陣図を打ち破ったかに見えたその中から更に、幻とも言われた伝説の太乙混天陣が出現するという展開には痺れます。
(原典ではこの陣の説明がちょっとクドすぎるのですが、その辺りはサラッと、しかし格好良く処理しているのもいい)

 百八星集結、招安後の水滸伝の展開を指して、戦争の連続で退屈という評はしばしば耳にします。しかし戦争の連続というのは事実としても、この兀顔光戦で描かれた陣形合戦は、そのケレン味といい勇壮さといい、格別なものがあると、改めて感じさせられました。


 しかしその秘術の応酬にも終わりの時がやってきます。その勝者がどちらであるか――それは言うまでもありませんが、敗者の側で、印象的なドラマが展開することになります。
 そのドラマの主人公となるのは――長くなりましたので、次回に続きます。


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2022.03.08

正子公也&森下翠『絵巻水滸伝 第二部』遼国篇2 遼国の「招安」と「宋江」の動きと

 『絵巻水滸伝』第二部の二章というべき『遼国篇』の中盤となる第二巻であります。次なる戦場は、難攻不落で知られる覇州。折しも遼国から持ちかけられた「招安」を利用した策を練る梁山泊軍ですが、その内容が思いもよらぬ大混乱を招くことになります。

 大規模な南下を開始した遼に対し、官軍として初陣を飾ることになった梁山泊。奸臣たちの妨害がきっかけで、駐屯地の陳橋で最初の「犠牲者」が出てしまったものの、緒戦の檀州、続く薊州の戦いで快勝――と思いきや、敵将の一矢に張清が首を貫かれることに……

 というショッキングな場面で終わった前巻ですが、幸い命に別状はなかったものの、張清の意識は戻らないまま。意識はまるで死の世界を彷徨っているようで心配になりますが、その話はこれまでとします。

 何はともあれ、梁山泊が快勝を収めた一方で、宋を巡る状況はいよいよ悪化し、その影響で梁山泊の扱いが良くなったのは不幸中の幸いというべきか――梁山泊に理解のある将たちを後詰に迎え、薊州は二仙山の羅真人と宋江が対面するなど、梁山泊はほんの一時ながら、平穏な時間を得ることになります。
 しかし次なる目的地・覇州は、遼にその人ありと知られた老将・康里定安が守るだけでなく、大軍が常駐する検問、破るのは不可能な鉄扉、そして城塞への唯一の入口が吊り橋と、三段構えの難攻不落の地。果たしてこれを如何にして攻めるか――というところに飛び込んできたのが、何とその覇州からの「招安」の誘いだったのです。

 もちろんこの誘いは論外だとしても、覇州を陥すにはこれ以上の機会はありません。かくて宋江と限られた将兵が、覇州に出向くという先方の要求に乗って城内に潜入、宋江を引き戻しにきた体の盧俊義の軍と呼応して内外から攻める――そんな策を立てた梁山泊ですが、しかしこの策には問題が一つあります。
 宋江が相手の懐に飛び込むということは、彼が人質に取られかねないということ。これに対して、梁山泊側は宋江と瓜二つの影武者を用意し、この「宋江」を覇州に送り込むのですが……


 というわけで、何だか猛烈にイヤな予感がしてきましたが、その予感はもちろん(?)当たることになります。

 元々この遼からの「招安」のくだりは原典にもあったものの、そちらでは非常にあっさりと遼側は梁山泊側の策に欺かれ、敗北を喫することになります。しかしあくまでも遼国は梁山泊が対等に戦うべき強敵として描かれている本作においては、ここでの互いの動きの読み合いが重要な要素となります。
 が、ここで全てをぶち壊しかねない――しかしある意味非常に「らしい」形で「宋江」が動くことによって、事態が予想もできなかった方向に転がっていくのが面白い。

 そして、敵の懐に入り込む宋江・その後を追ってくる呉用・宋江を罵り攻撃してくる盧俊義という、原典にもある三人の構図が、ここで全く異なる意味を持って浮かび上がるのも、実にユニークなところです。
 特に本作の盧俊義は、ある意味宋江以上に掴みどころのない謎めいたキャラクターなのですが、そんな彼がついに大爆発する場面には、何とも不思議な痛快さが溢れていると感じます。


 さて、梁山泊の快進撃が続く一方で、不気味な動きを見せているのが遼――というより燕サイドであります。

 ここで触れておけば、史実ではこの時期の遼の皇帝は天祚帝(耶律延禧)ですが、原典で登場する遼王は耶律輝なる人物。しかも史実の遼の都は上京だったものが、原典では燕京となっています。
 本作ではこの矛盾(というか誤り)を解消するため、遼の侵攻の中心人物を、史実での燕王・耶律淳として描いているのが一つの工夫というべきでしょう。

 史実でも遼に離反し、一国を打ち立てた耶律淳ですが、本作において彼の暴走ともいうべき行動の背後にいるのは、本書の表紙を飾る慕容貴妃(とかつて呼ばれた女)。燕国復興を目論み、兄の慕容彦達とともに暗躍したものの、梁山泊に敗れ、死んだはずの妖女が、今度は燕王を狂わせ、戦いに走らせていたのであります。

 なるほど、遼を単なる侵略者として描かず、人間の顔を持って描くためにこのような形となったのかと感心しつつ、この燕京でのいわば御家騒動が、物語の行方を左右することは間違いありません。
 この遼国篇のヒロインともいうべき天寿公主もようやく動き始め、梁山泊側と並行してこちらのドラマも気になるところです。


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2022.02.10

士貴智志『爆宴』第5巻 決戦 梁山泊の力、「宋江」という存在の意味

 異世界転生水滸伝『爆宴』も、いよいよこの第5巻で完結。梁山泊を奪還するために突入した晶・史進・公孫勝の前に現れたのは、皇帝と高キュウその人――宿敵との対峙の末に晶が知る世界再生の真実とは、梁山泊と「宋江」が持つ力の正体とは……。いま、全てを取り戻すための戦いに決着の時が訪れます。

 ある日突然に失われた自分の世界を取り戻すため、「宋江」として、水滸伝の魔星たちとともに戦ってきた女子高生・晶。公孫勝の導きで梁山泊に向かう晶たちですが、そこは既に官軍に占領された後でした。
 そこで晁蓋・楊志・転生した林冲たちと出会い、仲間となった晶は梁山泊奪還のために攻撃を開始しますが、そこに現れた呼延灼の連環馬部隊の激しい攻撃に苦しめられることになります。

 呼延灼の相手を仲間たちに任せ、相手が打って出た隙を突いて梁山泊に突入する宋江・史進・公孫勝の三人。しかし梁山泊の内部は無人――そしていかにも晶たちを誘うように仕掛けられた転送装置に、三人は敢えて踏み込むことを選びます。
 その先で彼女を待ち受けていたのは、神蟲を放って様々な世界を滅ぼしてきた徽宗皇帝と高キュウ。迷宮都市に次いで再び対峙した宋江に対し、高キュウは自分たちが持つ、ある力の存在を語るのでした。

 そしてそのエネルギーとなるものこそは、徽宗皇帝に憑いた太古の存在・盤古。その力で全てを食い尽くし、世界をリセットせんとする盤古に挑む史進ですが、流石に相手が悪く圧倒されるばかりであります。
 そして晶は、世界を再生するために高キュウの誘いにあえて乗るのですが……


 というわけで、いきなり高キュウとの直接対決に突入することになった晶ですが、しかしその模様は、予想していたものとは大きく異なることになります。この巻の多くの部分を割いて描かれるそれは、「宋江」と高キュウ、そして梁山泊が持つ力の正体の描写――そしてそれを巡る晶と高キュウの対話なのですから。

 その詳しい内容にまではここでは触れませんが、なるほど、既に食い尽くされ、滅ぼされた世界を取り戻すためにできることはこれしかない――というものであることは確かでしょう。
 そしてそれを巡る高キュウと宋江、というより梁山泊の関係も、原典においてある意味高キュウがいなければ梁山泊は存在しなかったことを思えば、それなりに理解できるものと感じます。

 正直にいえば突飛ではありますが、宋江と高キュウ、そして梁山泊と魔星たち――さらには「水滸伝」という物語の意味までも問い直そうというこの試みは、水滸伝ファンとしては大いに胸躍るものがあります。
 特にクライマックスにおいて、全てを失った晶が手にしたものは――という展開は、ある意味お約束ではあるものの、それだけに大いに燃えるのです。
(燃えるといえば、その前に史進が見せた覚醒も、無茶といえば無茶なのですが、本作の設定を踏まえたもので、大いに盛り上がるのです)


 もっとも、全体的に駆け足に見えるのは否めないところで――特にこのような形で宋江や魔星、梁山泊という構造を語るのであれば、その中において晁蓋は何者なのか、という点に触れられなかったのは、やはり残念というほかありません。
 そしてもう一点、やはり他の魔星たちの姿を、モブとしてでもいいから、シルエットだけでなしに見たかった――というのも、水滸伝ファンとしての掛け値なしの印象ではあります。

 というわけで、勿体無い点は色々とあるものの、しかし本作が、「水滸伝」という物語に、意欲的な角度から挑んでみせた作品であることは間違いありません。
 結末の後味もよく、まずは大団円であります。


『爆宴』第5巻(士貴智志&イダタツヒコ 講談社シリウスコミックス) Amazon

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2022.02.04

正子公也&森下翠『絵巻水滸伝 第二部』遼国篇1 「官軍」梁山泊、初の犠牲者

 いよいよ第三部にして完結編「方臘篇」の刊行がスタートする『絵巻水滸伝』。今頃で大変恐縮ですが、その第二部のうち『遼国篇』の第1巻であります。招安され、「官軍」となった梁山泊――その初陣の相手は、北方に存在する「外敵」遼。しかしこの戦いが梁山泊に何をもたらすというのか……

 梁山泊の地を灰燼に帰さしめた激闘の果て、招安を受けることとなった梁山泊。一度は散り散りになりながらも再び集結した百八星が「官軍」となっての最初の敵は、遼――中原史における痛恨の一事ともいえる燕雲十六州を拠点に、宋を脅かしてきた難敵です。
 しかしこれまで散発的な略奪を続けていたのが一転、大規模な南下を開始した遼に対し、梁山泊に迎撃の命が下ったのですが――原典では一揉みという印象の強かったこの遼国戦、こちらでは一筋縄ではいきません。

 陳橋駅に駐屯し、出撃の時を待つ梁山泊。しかし武器や物資の補給や補充の兵の配備は滞り、駐屯中の食事にも事欠く様――招安を心良く思わない高キュウら奸臣たちの妨害が、早くも始まったのであります。
 小役人たちを使嗾して物資を横領させ、梁山泊軍に嫌がらせするだけでなく、不満を高めさせ挑発する高キュウたち。もし梁山泊軍の不満が爆発し役人に手を出せば、それをきっかけに征伐できる――そんな陰険極まりない策が進行することになります。

 そしてついにやってきたその日。怒りに任せて小役人に刃を突き立てた者、それは……


 『遼国編』の冒頭、第八十一回「陳橋之変」で描かれるのは、そんな何とも気が重くなるエピソード。招安されて最初の「犠牲者」として、思わぬ人物が、思わぬ形で命を落とすことになります。
 実はこの陳橋駅での騒動自体は原典にもあるのですが、正直なところあまり印象に残らないエピソード(原典を読み返してみると、宋江の悪い意味での腰の低さが目につきますが……)。それを本作のオリジナルキャラクターを使って、このような悲劇として再構成してみせるとは! と驚かされます。

 しかしさらに唸らされるのは、この事件が起こった陳橋という地に、本作がもう一つの意味を見出してみせること。サブタイトルである陳橋之変――それは後周が滅び宋が興ることになったクーデター。遼国迎撃のため、陳橋に駐屯していた趙匡胤が、周囲から推戴されて皇帝となったという事件であります
 なるほど、これから梁山泊が戦いに向かう相手は遼、そして梁山泊には後周の末裔である柴進がいます。ここに一つの暗合を見出すのは、呉用でなくとも自然かもしれません。

 しかしここで起きたもう一つの陳橋之変は、革命に向けて策を巡らせる呉用の心に衝撃を与えることになります。そしてあるいはそれは、この先の運命を予言するものだったのかもしれません……
(もう一つ、今になってみると、ここでの盧俊義の描写に、大きな意味があったことに気付くのです)


 さて、それにつづく本書の後半、第八十二回「遠征」は、そんなやりきれない空気を吹き飛ばすように、梁山泊軍の大活躍が描かれる展開。緒戦の地として檀州――遼の副都である燕京よりも北、長城近くの都市への奇襲を選んだ梁山泊軍が、極寒の中で激闘を繰り広げることになります。

 原典ではこの辺りはかなりサラッと梁山泊が大勝するのですが、本作では勝つは勝つものの、これまでの鬱憤を晴らすように、好漢たち――特に北方出身あるいは活動領域としていた好漢に言及されたのが嬉しい――の活躍が掘り下げられ、さらに「らしい」戦いが描かれた印象があります。
 さらに遼の側も、原典ではあっさり退場した阿里奇が男を見せたり、契丹人と漢人の対立が描かれたりと、単なる「敵」ではない描写となっているのに注目すべきでしょう。

 また戦場となる檀州も、北方という地理を反映して、雪の中の戦いという、水滸伝の大規模な戦闘では珍しいシチュエーションとなっているのが目を惹くところですが――とかく戦争が多く単調と批判されがちな百八星集結以降の展開ですが、それを巧みに補ってみせるのは、いかにも本作らしいアレンジと感じます。


 しかし、まだまだ遼国との戦いは始まったばかり。この巻の表紙となっている天寿公主と兀顔延寿の本格的な登場はこれからであり、そしてこの戦いの背後には、あの魔女が――という本作オリジナルの要素が気になるところです。
 と、それ以前に、あまりにショッキングな場面で終わるこの巻。まずはこの続きが気になるところですが――さて。


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2021.08.09

士貴智志『爆宴』第4巻 梁山泊への道! 「水滸伝」の自分を超えていけ!

 全ての世界を取り戻すべく、水滸伝の英傑たちが戦いを繰り広げる異世界ファンタジー水滸伝『爆宴』は、この巻から新展開に突入であります。梁山泊に向かう晶たちの前に現れた新たな仲間たちと、強大な敵。梁山泊奪還のための戦いの行方は……

 徽宗皇帝と高キュウに支配された都市の地下迷宮で、伏魔殿に封じられていた洪大尉と対面した晶と仲間たち。その封印を解き、百八人の英傑の再転生を可能とした晶は、解放した都市を後に次の目的地に向かうことになります。
 その目的地とは――そう、梁山泊。全てを取り戻すための戦い、晶=宋江を中心とする百八人の戦いの起点にするに相応しいというより、そうしなければならない地であります。

 が、新たに仲間に加わった公孫勝の術によって梁山泊に転移したはずが、結界に弾かれてしまった一行。そのおかげで外側の転移ゲートを辿って行くことになったのですが――その一つに向かった一行が目にしたのは、半面が痣のようになった獣人と、襤褸を着た少年の対峙でありました。
 その場に割って入った史進は、ゲートを守る獣人に打ち掛かるのですが――しかし力及ばずに完敗を喫することになります。

 それを観ていた謎の少年は、史進の刀を持ち出すと、同じ技を使いながらも獣人を圧倒! そしてそれを観ていた魯智深の口から出た言葉は――「義兄貴」!
 何とこの少年こそは、以前獣人姿――しかも死後に傀儡とされた姿で登場した林冲。伏魔殿を解放したことによって転生し、新たな姿で現れたのであります。

 そしてなおもやる気の獣人――青面獣楊志を止めたのは、新たに現れた長髪黒衣の美女。彼女が名乗ったその名こそは、托塔天王晁蓋……


 というわけで梁山泊到着前に、次々と大物新登場のこの第4巻。上に述べたとおり林冲は再登場ですが(まあ改めて登場扱いということで)、驚かされるのは晁蓋の登場であります。

 言うまでもなく晁蓋は「水滸伝」では宋江の先代の首領。晶が言うように、自身が英傑としての風貌を持つ、正直なところ宋江よりも梁山泊の首領に相応しいようにも感じられる人物です。
 そして晶が(もうどう考えても原典マニアじゃないかというくらいに)「水滸伝」をよく知るからこそ、その実感は強いといえるかもしれません。本作の晁蓋が屈強な男性ではなく、自分と同じ女性、しかもより大人の女性だからからこそ一層……

 そして、自分より優れた相手の出現に不安や焦りに似た想いを抱くのは、晶だけではありません。もう一人、史進もまた同様の想いを、林冲に対して感じることになるのです。
 上で述べたように、楊志に一騎打ちで完敗し、その直後にその楊志を林冲が圧倒するのを目の当たりにした史進。それは、直接戦ったわけではないからこそ、より一層強く、重く感じられる実力差でしょう。

 原典同様、最初に登場した英傑である史進。これまでずっと晶の傍らで、彼女を守って戦ってきた史進ですが、ここで初めて壁にぶち当たったといえます。
 そしてその壁となったのが林冲というのはこれは原典同様。原典の史進は、正直なところ冒頭以外の活躍はいまいちのキャラクターなのですが――はたして彼は「水滸伝」での運命を脱することができるのか? 晶と晁蓋の関係以上に気になるところであります。


 そしてこの巻の後半で展開されるのは、晁蓋と晶たちによる梁山泊奪還のための戦いであります。いま梁山泊を占領しているのはこれまた原典通りに王倫。だとすればそれほど恐るに足らぬ相手と思えますが――しかし彼とは比べものにならぬ意外な強敵が、この段階で登場することになります。
 そしてこの強敵の代名詞というべきあの攻撃により、追い詰められる晶たち。この窮地からの逆転の一手を担うのは、晶と史進――というところでこの巻は幕となります。

 はたして悩める若者二人がここで何を見せてくれるのか、「水滸伝」の自分たちを超えていくことができるか――次の巻も期待であります。


『爆宴』第4巻(士貴智志&イダタツヒコ 講談社シリウスコミックス) Amazon

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