2020.08.11

天野純希『紅蓮浄土 石山合戦記』(その二) 生き抜いた果てに見る浄土の姿

 本願寺と織田信長の間に繰り広げられた石山合戦を、一人の忍びの少女・千世と、今は商人のいくさ人・大島新左衛門の視点を中心に描く『紅蓮浄土』の紹介の後編であります。二人の視点を通じて、本願寺の姿を客観的に、いやむしろ批判的に描く本作ですが、しかし……

 しかし、浄土真宗を信じる人々が拠り所とする本願寺が、欲と保身にまみれた存在(もちろん本作では、下間頼廉のように、それとはまた異なる立場の本願寺の人間の姿もまた描くのですが)であるとすれば、そこに寄せられた人々の想いは――すなわち信仰は、無意味な、あるいは有害なものに過ぎないのでしょうか。所詮は乱世において弱者が縋る幻、強者が用いる方便に過ぎないのでしょうか。

 本作はこうした疑問に対して明確に否を突きつけ――そして信仰の意味を示すのであります。戦国という乱世、いやいつの時代であっても、弱い立場に置かれ苦しみながら生きる者たち、自力では救いを得られず他者を頼らざるを得ない者たちにとって、信仰が持つ意味を。
 たとえが想いが歪められ、利用されることがあっても、その意味が失われ、否定されることはない――本作の終盤の展開は、それを強く高らかに謳い上げるのです。

 そしてもう一つ、人が他者に利用されることなく――すなわち信仰に耽溺することなく――自分自身として生きるために必要な生き方もまた。


 ……などと申し上げれば、本作は何やら抹香臭く、説教っぽい物語と感じられるかもしれませんが――しかしこの終盤の展開は、それとは正反対の、むしろ凄まじいまでのエンターテインメント性を持った盛り上がりで以て描かれることになります。

 巨大な力のぶつかり合いの中で膨れ上がっていく犠牲。その合戦が泥沼に向かう中、これ以上、戦で無用の人死にを出したくない――そんな想いを胸に、たとえ微力であっても生きることを諦めず、奔走する人々。
 しかしそんな人々の決死の努力が、恩讐を超えた想いがまさに実を結ぼうとした時に、それを水泡に帰すような動きが現れることになります。

 やはり結局は弱き者たちの努力は無駄なのか、人は歴史に――強者に流されて生きるしかないのか?
 否、断じて否! といわんばかりに、そこから展開される最終作戦。千世や新左衛門、その他の物語を彩る人々――それぞれのドラマが一点に集約され、歴史から半歩踏み出した形で繰り広げられる姿から生まれるカタルシスは必見の一言であります。
(出番はあまり多くないものの、ここぞというところで最高の行動を取ってくれるあのキャラクターがまた……)


 作者は元々、歴史小説としての史実の描写とエンターテイメント性のさじ加減が絶妙な作家であります。それはファンとして百も承知ではありましたが――しかし本作でこれほどエンターテイメント度の高い展開が用意されているとは、全く予想していなかっただけに、やられた! という嬉しい裏切りを味わった気分であります。

 題材的に決して軽いものではない――それどころか、悲惨な人の死が無数に描かれる物語ではあります。
 しかしそれだけに終わらない、石山合戦の中で生き抜いた人々を描く物語として、そんな人々にとって信仰の意味を描く物語として、自分が自分であるために戦う者たちを描く物語として――本作は、数多くの魅力を持つ物語であります。

 そして結末において千世が見るもの――それは、そんな物語を締めくくるに相応しい極楽浄土の姿として、強く心に残るのであります。


 それにしても――史実の大島新左衛門のその後を知れば、ただ天を仰ぐしかありません。これもまた、生きること、生き抜いたことの帰結の一つなのでしょうか。


『紅蓮浄土 石山合戦記』(天野純希 KADOKAWA) Amazon

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2020.08.10

天野純希『紅蓮浄土 石山合戦記』(その一) 少女忍びが見た戦場の地獄

 織田軍によって家族を皆殺しにされ、本願寺の忍び・護法衆に拾われた千世。信長への復讐と、極楽浄土に行ったと信じる家族との再会のため、護法衆として篤い信仰心と高い戦闘技術を身に着けた千世は、頭の命により派遣された長島で、元武将の商人・大島新左衛門と出会うが……

 織田信長と本願寺顕如が十年にわたり繰り広げた石山合戦。本作は副題の通り、この合戦の始まりから結末を描く物語ではありますが、それを一人の忍びの少女・千世をはじめとして様々な者たちの視点から描くことにより、複雑な味わいを醸し出してみせた作品であります。

 信長に反抗する勢力への見せしめのため、伊勢の国人であった父をはじめとする家族を皆殺しにされた少女・千世。本願寺の忍び・護法衆の頭・如雲に拾われた彼女は、仲間同士血で血を洗う修行の末に持って生まれた戦闘の才を開花させ、いつか極楽浄土に行った家族と再会するのを夢見て、苛烈な忍びとしての日々を送るようになります。
 しかし本願寺と信長の合戦は熾烈を極め、任務で派遣された比叡山や長島で信長が作り出した地獄を見た末に、さらに人間の感情を捨て、戦闘機械じみた存在と化していく千世。そんな中、越前での任務で思いもよらぬ人物と対峙することとなった彼女は……


 というあらすじを見れば、本作はいわゆる戦闘少女もの、すなわち時代と舞台が本作と一部重なる、同じ作者の『剣風の結衣』(旧題『風吹く谷の守人』)のような作品――苛烈な過去と、類まれた人殺しの才を持つ少女が、自らの過去と対峙し、それを乗り越えて人間性を獲得していくという物語のように感じられるかもしれません。

 その印象は決して間違いではありませんが、しかしそれはあくまでも本作の要素の一つである、というのが正しいでしょう。冒頭で述べたように、彼女は、石山合戦という戦いを見つめる視点の一つではあるものの、唯一というわけではないのですから。
 そして本作において千世と並んで大きな――時に彼女以上の位置を占めるのが、大島
新左衛門親崇という男であります。

 元々は阿波三好家の一門であり、武将として三好家の隆盛に貢献した新左衛門。しかし三好家の内訌の中で父と妻と子を無惨な形で失った彼は、放浪の末に長島に移り住み、商人として暮らす中で、本願寺と信長との戦いに巻き込まれることになります。
 「生きる」という妻との約束を果たすために日々を送ってきたところに始まったこの合戦。自分たちの欲と保身のため、信者たちを駒として使って顧みない本願寺の坊官たちに反発を覚えながらも、武将としての経験を活かし、彼は長島を守る軍の一端を担うのであります。

 このようにして、石山合戦の中でも激戦として知られる長島一向一揆の中で力を振るうこととなった新左衛門。この長島で、新左衛門と千世は出会うのですが――忍びといくさ人という立場の違い以上に、この二人は石山合戦に対して、そして本願寺に対して大きく異なる態度を見せます。
 すなわち千世が本願寺の教えを一心に守り、極楽浄土に行くために戦うのに対し、新左衛門は本願寺のやり方に違和感を抱きつつも、それでもただ生き延びるために戦う――そんな二人の姿は、この合戦に本願寺側から参加した者たちの、それぞれある種の典型と言えるかもしれません。

 確かに石山合戦には、信長の圧力に対して本願寺が信仰を守るために立ち上がった側面があります。しかしそれだからといって、信長が悪で本願寺が善と、単純に割り切れるわけではないことは言うまでもありません。
 いや本作は、石山合戦における坊官たちの振る舞いの方に、むしろ強く厳しい視点を向けている印象すらあるのです(それは先述の『剣風の結衣』や『信長、天が誅する』に描かれた本願寺像と共通する、作者の姿勢でもあるといえるでしょう)。

 そんな中で、本願寺に盲目的に従って人を殺す千世と、信仰と生活のためにやむなく戦う新左衛門の姿は、その石山合戦における本願寺側の、坊官――すなわち、史実の表面上に現れる本願寺の立場――以外の立場を代表するものであり、その複層的な視点が、本作を歴史小説として、魅力的なものとしていると感じられるのです。


 しかし――長くなりますので次回に続きます。


『紅蓮浄土 石山合戦記』(天野純希 KADOKAWA) Amazon

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2020.07.29

天野純希『信長、天が誅する』 「定番の」信長像が照らし出す人々の陰影

 木下昌輝の『信長、天を堕とす』と表裏一体を為す連作短編集――『信長、天を堕とす』が信長視点で描かれていたのに対して、信長と対峙した者たちの視点から描かれる全5話を収録した連作短編集であります。

 「小説幻冬」誌で約二年半にわたり展開された「信長プロジェクト」――これは二人の作家が、互いに補完し合うそれぞれの作品において織田信長を描くという、非常にユニークな試みでありました。
 冒頭に述べたとおり、木下昌輝の『信長、天を堕とす』が信長の視点からその生涯を描いた作品であるのに対し、本作は信長に抗し、信長によって運命を変えられた五人を主人公として描くのです。すなわち、以下のように――

 今川家の下でいいように使われる自分に諦めを感じていた井伊直盛が、桶狭間で信長と遭遇する「野望の狭間」
 兄の命じるままに浅井長政に嫁いだ市が、浅井家の最期を前に織田家の滅亡を我が子に託す「鬼の血統」
 弥陀の存在を疑わず、極楽往生を信じて長島で信長と戦った、本願寺の下間頼旦の心の揺らぎを描く「弥陀と魔王」
 信長にどこか親近感を抱きながらも孤独な戦いを続けた武田勝頼が、滅亡を前に自分の行くべき道を見出す「天の道、人の道」
 自分の才を試すために放浪を続けた末、信長の下で力を発揮しながらも、信長の意外な顔に限界を悟った明智光秀の選択「天道の旗」

 桶狭間、姉川、長島、設楽原・天王山、そして本能寺――本作においては、いずれも信長の生涯で大きな意味を持つ合戦を背景に、様々な視点から起伏に富んだ物語が描かれることになります。
(第1話がちょっと意外な人物ですが、発表時期を見てまあ納得)


 ただ、文字通り恐れを知らぬ「超人」信長の人知れぬ悩み描いた『信長、天を堕とす』に比べると、そうした彼の素顔の見えぬ本作の方は、従来の信長像――合理性を重んじ、伝統を破壊して顧みない峻厳苛烈な魔王――に忠実な印象で、意外性や新鮮味という点でいささか物足りないものがあるのも事実であります。

 その意味では、本作はむしろやはり信長と敵対し、敗れていった者たちを描いた、作者の『信長嫌い』と大きく重なるものを、どうしても感じてしまう点はあります。
(本作の方が、よりメジャーな人物を主役に据えているという違いはありますが)


 もちろんそうした中にも、作者らしい視点、魅力は様々に存在しています。

 例えばある意味信長と同じ悩みを抱えながらも、あくまでも「人間」として生き抜いてみせた武田勝頼の姿を描いた第4話は、彼を巷説にいうような単なる愚将などとして描かず、彼の最後の決断に至るまでを丹念に描く物語が強く印象に残ります。

 また、掉尾を飾る第5話は、本作の中で最も特に『信長、天を堕とす』とのリンクが濃厚な物語だけあって、勝頼とは全く別の意味でもう一人の信長ともいうべき光秀の内面を、信長が秘めた顔と照らし合わせ――そしてそれが光秀の最後の選択に繋がっていく姿に、何とも言えぬ説得力を与えていたと感じます。

 この辺りはやはりさすがこの作者ならではと言うほかないものであって、その他の主人公たちも、特にお市など、これまでありそうでなかった人物像を浮き彫りにしていることに注目すべきでしょう。
 あるいは、あえて定番の信長像を描くことにより、それに照らし出される人々の意外な陰影を描き出してみせた物語――そう本作は評するべきかもしれません。


『信長、天が誅する』(天野純希 幻冬舎) Amazon


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2020.07.05

岡村星『テンタクル』第1巻 謎また謎に挑む杖術 幕末アクション開幕

 時は幕末、福岡藩で側用人・黒田の元から宝刀を奪った賊を追う命を受けた津春と聡吾。二刀流を操る少女を得意の杖で撃退し、二人が取り返した刀には、想いもよらぬ秘密が隠されていた。その秘密を知ったことをきっかけに相次ぐ人死にと謎の数々。恐るべき事態に巻き込まれた津春の運命は……

 恥ずかしながら連載時にはチェックしていなかったのですが、単行本発売時の「本格幕末ミステリー×異色アクション」という謳い文句に、一も二もなく手に取った本作。なるほど、どこから何が飛び出してくるかわからない、驚きに満ちた物語でありました。

 冒頭から描かれるのは、藩の追っ手を次々と斬殺して逃亡する遣い手を追う二人の青年――一人は医学生の津春、もう一人は城下一の剣士・聡吾。二人は目の前に現れた二刀使いの美少女を得意の杖術で倒したものの、処遇を巡って二人が争う間に、少女には逃げられてしまうことになります。
 それでもそもそもの目的であった刀を取り返した二人ですが――その刀には思わぬ秘密が。その晩、刀の持ち主である側用人の黒田に呼び出された二人ですが、二人に自分の目論みが露見したことを悟った黒田はその場で切腹を遂げることに……


 と、第一話の時点で次から次へと想定外の事態が飛び出す本作。
 さらに第二話では城内に潜んだ真の「敵」の巨大すぎる野望が示され、第三話では更なる秘密の存在と恐るべき刺客の手腕と哀しい別れ、そして第四話では刺客との死闘と「敵」の行動の真意(?)が語られ――と、毎回毎回ラストに衝撃的すぎるヒキが用意されているのですから、息つく暇がありません。

 正直なところ、この巻の時点では、この衝撃的な「事実」の提示に終始している感が強く、「本格幕末ミステリー」というには未だしという印象は否めないのですが、しかしここまで大風呂敷を広げてくれれば、その謎解きが楽しみにならないはずがありません。

 一方、残る「異色アクション」の方ですが――こちらは現時点でなかなかのものであります。そもそも「異色」の理由は何かと言えば、それは主人公の用いるのが刀ではなく、杖である点にと言ってよいでしょう。
 そう、津春の武器は杖――彼は神道夢想流杖術の遣い手なのです。

 神道夢想流杖術といえば、宮本武蔵と死闘を繰り広げたという夢想権之助が生み出した流派。一度は敗れた権之助が、再度立ち会った際に武蔵を破ったという伝承もある武術であります。
 そもそも聡吾はともかく、性格的に向かぬ津春が追っ手に選ばれたのは、このように神道夢想流杖術が、二刀流の天敵とも言うべき流派だから、という設定の時点でシビれるのですが――その独特の動きは、時代ものでメインに扱われることが珍しい技だけに、大いに興味をそそるものがあります。
(基本的に人を殺さぬ技が、津春の性格にマッチしているのも良いと思います)


 さて、「謎」は配置され、それを飾るアクションも用意されました。後はそれを動かして、どのような物語が紡がれるのか――先が全く読めないだけに、楽しみも大きな作品であります。


『テンタクル』(岡村星 白泉社ヤングアニマルコミックス) Amazon

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2020.07.04

伊藤正臣『恋とマコトと浅葱色』第3巻 彼女と左之助の恋路の結末に待つもの

 スマホ越しに幕末を覗き込むことになった女子中学生改め高校生・マコトと新選組の原田左之助の恋を描く奇想天外な物語もこの第3巻でついに完結。池田屋事件に立ち会うこととなったマコトは左之助を救えるのか、そして二人は絶対的な時間の壁を超えることができるのか――驚きの結末が待っています。

 修学旅行で訪れた八木邸でスマホに雷が落ちたことがきっかけで、時を隔てた幕末で同時に(?)脇差に雷が落ちた原田左之助と、スマホと脇差越しに出会うこととなったマコト。
 芹沢鴨の粛正を目撃した後、一度は東京に帰ったマコトは、翌年の6月に再び京都を訪れ、左之助と再会するのですが――彼は池田屋に突入。そこで短筒を持つ相手に追い詰められた左之助を、新米隊士の大木とともに助けようと奮闘するマコトですが……


 と、しっかり参加していたにもかかわらず、フィクションの世界では取り上げられることの少ない左之助の池田屋事件の顛末を通じて、これまで以上に絆を深めたマコトと左之助。しかし二人の間には、時間に留まらず、空間の壁が変わらず立ち塞がります。
 つまり、スマホと脇差が通じ合うのは、空間的に近い――簡単に言えば同じ京都にいる間のみ。あくまでも東京の中学生であるマコトは、旅行が終われば京都を離れなければならないわけですが――ここでそう来るか! の力業でクリアしてみせたのにはむしろ感服いたしました。

 かくて始まる高校編、早速山口県出身の長門さんという、旧前川邸の住人である新選組マニアのおじさん・田部さん並みに面白い(というよりライバル)キャラが愉快な活躍を見せるのですが、しかしマコトにはそれどころでない悩みが重くのしかかることになります。
 それは左之助の結婚――史実では池田屋事件の翌年春、新選組屯所が西本願寺に移った後に「菅原まさ」なる女性と結婚している左之助。だとすれば、今まさに左之助はまさと結婚直前のはずなのです。

 これまで、恋する左之助の身に危険が迫ることはあっても、厳しい言い方をすれば傍観者であるマコトにはダメージはありませんでした。しかしまさに傍観者であるがゆえに、いま(精神的に)深刻なダメージを負おうとしているマコト。
 果たして物語始まって以来の危機をどう乗り越えるのか――といっても敵は史実というあまりに強大な相手。その証拠に彼女の手元のスマホには、左之助はまさと結婚したというネットの画面が冷たく表示されているのですから……


 と、ここから先の展開については詳しくは書けないのですが――正直に申し上げれば、これはさすがに豪快に過ぎるのではないか、という印象であります。こちらの一番見たかった部分を(冒頭に繋がる部分まで含めて)一気に突き抜けていったのには、さすがに驚かされました。

 この辺りは――特にどの時点で物語が終わるのかについては――対象とする読者層を考えると、この結末はやむなしなのかな、という気がしないでもありませんが、やはり少々寂しい気持ちになるのは否めません。

 ただ――それはそれとして、左之助の純情さ、一途さ、男っぷりの良さは、これはこれまでフィクションで描かれてきた左之助の中でも相当上位に入ることは間違いないのではないかと思います。
 だからこそ、この物語の中で、左之助の生の全てを見届けたかった、という気持ちはあるのですが……


『恋とマコトと浅葱色』第3巻(伊藤正臣 LINEコミックス) Amazon

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2020.06.07

安達智『あおのたつき』第3巻 魂の姿・想いの形と、魂の救い

 浮世と冥土の境に存在する「鎮守の社」の人間として、吉原で迷える魂を導く元遊女の「あお」の姿を描く時代ファンタジーの最新巻であります。死者と生者、人間と人外――様々な魂の姿が、この巻でも描かれることになります。

 生前は三浦屋を盛り上げた名花魁・濃紫と呼ばれながらも、如何なる故にか命を落とし、子供時代の姿となって鎮守の社を訪れたあお。そこで奉公人として雇われた彼女は、何だかんだと文句を言いつつも、迷える魂を導いていくことに……
 という基本設定の本作ですが、鬼の少年・鬼助とともにおつかいに出たあおが、冥土の吉原を見聞する中で、彼女自身の目的としてきたことを振り返る冒頭のエピソード「廓歩き」に続くのが「芥子坊主」であります。

 宮司の楽丸が二日酔いで寝込んでいるところに現れた芥子坊主の人形。亡くなったばかりで気持ちの整理がつかない子供の霊が姿を変えたこの人形を成仏させるため、あおは子供の母親がいるという現世の吉原の遊女屋に向かうことになります。
 しかし遊女屋で子を持つことを許されるのは、妓楼の主人か上級遊女のみ。しかしそのどちらの子でもない芥子坊主は一体何者なのか――何やら様子のおかしい芥子坊主を追いかけて遊女屋に入っていくあおが見たものは……

 あおが童女の姿となっているように、冥土では生前と異なる形となることが大半である魂の姿。それはその魂がかかえた「わだかまり」の現れでもあり、それを解き放つことが本作の主題といえます。
 言い替えればその魂が何故その姿をしているのか、そして本来は如何なる姿なのか――その謎を解くことが、魂を救うことに繋がるわけですが、このエピソードはその一種の謎解きが、最も見事に機能していると感じます。

 そもそも本来は子作りのための行為の場でありながら、子を生むことがほどんどタブーとされている吉原。その吉原で生まれた子とは何者なのか――という謎を追った末に、答えが明らかになった瞬間の驚きと感動は、直前の描写がホラーテイストであっただけに、非常に大きなものがあります。

 これは詳細は伏せさせていただきますが、○○好きの身としては、遊女と○○が想いを繋ぐというそれだけでもう鼻の奥がツンと来る状態。そこに本作ならではの見事にリアルな○○描写が加わって、これで泣かされないわけがありません。
 これはこれで見事な救いと言うべきラストのあおの粋な処し方も相まって、何とも後味の良いエピソードであります。


 一方、本書の後半に途中まで収録された「女郎蜘蛛」は、依頼人が生者――それも遣手婆という、何とも異色なエピソードであります。

 しかもその依頼人が持ち込んだのは、想いを寄せ合う花魁の新造と妓楼の若い衆を引き裂きたいという内容。
 なるほど、遊女屋内での恋愛は厳然たるタブーであり、それを破った者には凄惨な制裁が待ち受けているのが吉原の掟であります。現代の目から見れば当時の吉原の文化・しきたりは不可思議で、理不尽に感じられるものが多々ありますが、その最たるものかもしれません。

 それを何よりも良く知っているあおですが、しかしこの依頼にどこかやりきれないものを感じてしまう彼女の姿に、こちらも共感してしまうのですが――物語は途中から思わぬ方向に急展開。それがあまりに意外な方向かつ、正直に申し上げて何とも嫌悪感を催すものだけに、強烈なインパクトがあります。
(というか今回はどう考えても宮司が迂闊だったとしか)

 しかしここであおたちに突きつけられる一つの答えは、極めて身勝手なものでありつつも、同時にあおの感じたやりきれなさに応えるものでもあります。
 そしてまた、この事態を生んだ人物の想いを、単なる妄執として片付けてよいものなのか――その答えがこの先で描かれることでしょう。そこにやはりある種の「救い」があることを期待しつつ、次の巻を待ちたいと思います。


『あおのたつき』第3巻(安達智 DeNA) Amazon

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2020.06.03

岡本千紘『鬼切の綱』 鬼退治の勇士と鬼の奇妙な幻想譚

 源頼光配下の四天王の一人として、大江山の酒呑童子退治でも活躍した渡辺綱。手にした名刀・鬼切によって数々の鬼を斬ってきた綱だが、その鬼切には妖艶な鬼・薔薇が憑いていた。薔薇とともに、綱は平安京に跳梁する怪異と対峙する。

 平安時代を舞台とした妖怪退治もの、それも武士が主人公といえば、かなりの確率で登場するのが源頼光と頼光四天王――渡辺綱・坂田金時・碓井貞光・占部季武の面々であります。
 『古今著聞集』『今昔物語集』など題材には事欠かないだけに、彼らの活躍は今なお様々な形で描かれているのですが――本作はその一つでありつつも、一風変わったアプローチの作品であります。


 頼光の下で仲間たちとともに様々な怪異と戦い、その人ありと知られた渡辺綱。しかし彼や仲間たちももう四十路に入り、大江山の酒呑童子討伐を最後に、京で小悪党を取り締まる毎日――のはずが、羅生門で鬼が人を喰らった、江口で橋姫が男を取り殺した等々、怪異の噂があれば呼び出されることになります。

 そんな彼の相棒(?)は、奇縁によって頼光から託された名刀・鬼切に憑いた鬼神・薔薇――月白の髪、瑠璃の瞳、薔薇のような紅い唇の、妖しくも清らかな姿の鬼であります。
 綱の血を好むこの薔薇とともに、様々な怪異に挑む綱――本作は、そんなコンビの姿を描く短編連作集です。


 と書くと、あたかも派手な伝奇活劇のように思えるかもしれませんが、本作で綴られるのはむしろ静かで、時に淡々とした味わいの、そして時に鮮やかに美しい、そんな物語であります。

 本作における綱は、数々の武名を挙げてきた勇者でありつつも、どこか甘く、優しい人物。人を害するような鬼を前にしたとしても、必ずしもそれを滅ぼすのを良しとしない男であります。
 その最たるものが、薔薇との関係でしょう。本来であれば、鬼切で斬られるべき強大な鬼であり、そして本人もそれを望む薔薇。それに対して別の形の償いを与えようとする綱のお人好しとすら言える姿が、本作の独特の味わいを生み出しているとも言えるでしょう。
(そして綱と薔薇には実は一つの因縁があるのですが、それと密接に結びつく薔薇の「正体」は、本作最大の伝奇要素でもあります)

 もっとも、その綱と薔薇の関係性が突き進んで、妖しいムードが漂いまくっている――血を(時には指の傷から直接)呑ませて「旨いか」「旨い」というのが定番のやりとりになっていたり――のはやりすぎ感がなくもありません。
 また、全体のボリューム自体が少ないところに全8話という構成のため、個々のエピソードが食い足りない部分があるのも正直なところでしょう。

 もっとも、そのサラリとした部分が得難いところではあって、特にラストの綱と先祖の源融のエピソードなど、クライマックスの幻想的な場面転換の、何ともいえぬ味わいがあるのもまた事実であります。
 繰り返しになりますが、派手な伝奇活劇ではなく、ちょっと耽美で幻想的な物語が好きな人向けの作品と言えるでしょう。


『鬼切りの綱』(岡本千紘 二見サラ文庫) Amazon

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2020.06.02

石川優吾『BABEL』第6巻 地獄のひえもんとり そして黙示録の死闘!

 もはや八犬伝とは何か、という問いかけを凌駕する勢いで展開する『BABEL』――その薩摩編もいよいよクライマックスであります。激闘の末に薩摩に捕らえられた小文吾、同じく囚われの身の信乃(あと左母二郎)とともに駆り出された「ひえもんとり」。その恐るべき姿とは……

 奇しき因縁から屋久島に流され、そこで琉球の姫君・按司加那志と出会った犬田小文吾。しかし魔に憑かれた島津貴久の軍勢の前に島は蹂躙され、「悌」の宝珠の力に目覚めた小文吾も、奮戦空しく(フランキ砲の連打を喰らって)力尽き、貴久の内城に捕らえることになります。
 一方、伏姫のお告げにより南に向かった信乃(と左母二郎)は、犬の導きで薩摩に辿り着いたものの、早速虜囚の憂き目に。そして彼らは、小文吾と同じくひえもんとりの贄として引きずり出されることになったのです。

 かくてこの巻で展開するのは薩摩武士の恐るべき風習・ひえもんとり――死罪人の腹から肝を奪い合うという、文字通りの肝試しであります。
 が、本作のひえもんとりは、城下全てを狩り場として、そこに罪人たちを解き放ち、それを騎馬武者たちが追いかけるという完全な人間狩り。追跡を逃れて城下から脱出すれば無罪放免、捕らえられればその場で生き肝を食われるという、司馬遼太郎や平田弘史もびっくりのグレートハンティングです。

 実のところ、魔に憑かれた城主による殺人ゲームという点では佐倉編と重なる部分はあるのですが、しかしあちらが囚人同士の殺し合いであったのに対して、こちらは囚人側が完全に無力――別の意味で無力感と残酷さを感じさせるのが悍ましいところであります。


 しかし、この人間狩りから始まるのは驚異の一大バトル。死闘の最中に再び悌の珠の力に目覚めた小文吾、そしてそれと呼応して孝の珠の力を発揮する信乃――二人は、魔の化身たる島津貴久を倒すため、城下の家々の屋根の上を突っ走って大逆襲に転じるではありませんか。
 それに対して、島津側は種子島の銃弾の雨あられ、いやそれどころか城下の兵や民を巻き添えにしてのフランキ砲の連打連打! さらにキリスト教を騙る邪悪は許せんと大友勢が参陣(こんなに頼もしい大友義鎮(たぶん)は初めて見た!)、そこに桜島まで大噴火と、もう大変な状況です。

 この大混戦を普通の作家が描けば収拾がつかなくなりかねませんが、しかしそれを描くのは作者一流の超画力。地獄絵図――というよりもはや黙示録の世界と化した戦いの姿は、一種荘厳さすら感じさせる凄まじさなのであります。


 しかし、それでも戦いは続きます。ここまでやるか!? と言いたくなるような正体を露わにした貴久の怪物ぶりに対して、善の力も集結。いよいよエスカレートする善悪の決戦の行き着くところは――もはや誰にも予想できないとしか言いようがありません。


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2020.05.28

大西実生子『フェンリル』第2巻 新たなる仲間とテムジンの求める世界を結ぶもの

 かのテムジン=チンギス・カンが、宇宙からやって来た美女の助けを借りて世界統一に乗り出すという、奇想天外なSF歴史漫画の第2巻であります。

 偶然落ちた湖の底で、青く輝く狼と、美しい裸女に出会った青年テムジン。自らを「地を揺らすもの(フェンリル)」の化身と語る彼女こそは、かつて宇宙からこの星に墜落した金属生命体であり、地球の引力圏から脱するために、テムジンに近づいたのであります。
 テムジンがフェンリルを水中から引き上げようとする最中、集落を襲うタイチュウト族。皆を逃がすために戦った末に力尽きたテムジンに、フェンリルは自らの命を分け与えるのでした。

 復活したテムジンは、タイチュウト族の将を討つと、かつて自分の父の盟友であったケレイト族の長老トオリル・カンの力を借り、タイチュウトと戦うことを決意するのですが……


 かくて、フェンリルの導きによって、世界の王となるべく第一歩を踏み出したテムジン。この巻の冒頭で語られるのは、その彼にトオリル・カンから与えられた兵――三人の蛮戸兵との出会いであります。
 一人が二十騎に匹敵する力を持ちながらも、そのあまりの異文化ぶり、そして何よりも剽悍さでケレイトでも持て余し、獣のような扱いをされていた蛮戸兵。ファーストコンタクトからその力に圧倒されるテムジンですが、しかしその後の彼の反応こそは、ある意味この巻の白眉と言うべきでしょう。

 フェンリルの導きもさることながら、それ以前から、単なる草原の一部族の若者に収まらない、独特の視点を持っていたテムジン。いやその彼の視点は、フェンリルとの出会いによって、遙か世界の彼方まで広がる視野となったと言うべきでしょうか。
 いずれにせよ、彼にとっては生まれも育ちも文化も信仰も異なる、女戦士すら存在する蛮戸兵の存在は、彼が求める多様性の象徴、彼の求める世界の縮図なのであります。

 ほとんど裸一貫から身を起こした若者が、異能の仲間たちの力を借りて戦場に風雲を起こす――というのは、これは古今東西を問わず、国盗りもの、戦国ものの定番であります。
 しかしその定番の中でテムジンの非凡さを浮き彫りにしてみせるのは、これは本作ならではの独自性と言うべきでしょう。

 世界帝国を築いた英雄であると同時に、情け容赦のない征服者としてのイメージも強いチンギス・カンですが――その若き日の姿を描くに、このようなアプローチで描くというのは(その実像がどうであれ)面白い試みであると思います。


 もっともそのテムジンの先進性と器の大きさが、あまりにも優等生に見えてしまうのもまた事実。
 特にここでの敵であるタイチュウト族長のタルグタイが、ビジュアルといい言動といい、あまりにもわかりやすい悪役として描かれているだけに、主人公の優遇ぶりが際立って感じられてしまうのは、残念に感じられるのですが……

 何はともあれ、いよいよ次の巻で描かれるであろうテムジンとタルグタイの激突の中で何が描かれるのか――注目であります。


 ちなみに基本的に歴史上の人物がほとんどの本作の中で(蛮戸兵はともかく)タイチュウト側の弓使い・ラキザミは聞いたことがない名前だと思ったら……


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2020.05.09

赤神諒『北前船用心棒 赤穂ノ湊 犬侍見参』 出し惜しみ一切なしの忠臣蔵異聞開幕!

 生類憐みの令に人々が苦しむ元禄時代、犬を自在に操り最強の侍として知られる犬侍の一人・千日前伊十郎は、北前船・蓬莱丸の用心棒に雇われる。乗り組み早々、炊(炊事役)の権左とともに、改易直後の赤穂に買い付けした塩の受け取りに向かった伊十郎だが、次々と厄介事に巻き込まれることに……

 「大友サーガ」を初めとしてフレッシュな歴史小説を次々と発表している作者初の文庫書き下ろし時代小説は、忠臣蔵異聞とも言うべき極めてユニークな作品です。
 何しろ本作の中心になるのが、タイトルにもある「犬侍」なる存在。本作の舞台となるのは犬公方と呼ばれた綱吉の生類憐れみの令が猛威を振るい、犬がお犬様と呼ばれた元禄時代――その犬を従えた武士が、犬侍なのであります。

 なるほど、お犬様を手にかければ首が飛ぶというこの時代、犬を盾にされれば攻撃しようがない――というだけでなく、犬にそれぞれの技を仕込み、攻防自在の存在として操るのが、百八の流派に分かれて全国に存在するいう犬侍。
 そしてその中でも最強の天下六犬士の一人が、主人公たる千日前伊十郎――と、基本設定の時点でKOされそうなパワフルさではありませんか。

 しかし「犬侍」といえば、普通はネガティブな意味で使われる言葉。そして本作における意味でも、彼らはどこか得体の知れぬ存在として周囲からは畏怖と敬遠が入り交じった目で見られることとなります。
 ところがこの伊十郎は、酒と煙草と羊羹をこよなく愛し、誰に対しても偉ぶることのない飄々とした好漢。それでいてとてつもなく重く哀しい過去(この辺りは文庫書き下ろし時代小説的)を持つという、実に魅力的なキャラクターなのであります。


 さて、その伊十郎が本作で挑む事件も一筋縄ではいきません。用心棒として彼が乗り込むこととなった北前船・蓬莱丸は、一流の腕利きのみを集めながら、どのようなバックがあるか得体の知れない船。そんな蓬莱丸で新米に属する炊(炊事役)の少年・権左とともに、伊十郎は赤穂に向かうことになります。

 昨年、赤穂で塩を買い付けた蓬莱丸。しかしつい先日、藩は松の廊下の刃傷で改易が決定し、今まさに藩内が恭順開城派・籠城玉砕派・殉死嘆願派・復仇派の四つに分かれて大混乱の状況にあります。
 そんな中で塩を無事に受け取り、持ち帰ることができるか――しかもその交渉相手は吝嗇かつ貪欲で知られる次席家老の大野九郎兵衛。はたして権左と伊十郎は、九郎兵衛に散々振り回された上に、藩内のもめ事に次々と巻き込まれることになります。

 さらに九郎兵衛が秘匿するという塩の製法の秘伝を記したという巻物を狙い、甲斐犬を従えた犬侍・黒虎毛が出現。同じ犬侍を相手に、さしもの伊十郎も苦戦を強いられることに……


 というわけで、本作の題材となっているのは、忠臣蔵の物語においても、まだまだ浪士たちの討ち入りまでは間がある赤穂城明け渡しのくだり。しかし、派手さはないものの、城明け渡しがどれだけの難事であるかは、事務仕事に従事している現代人の方がむしろ理解し易いかもしれません。

 そしてそんな物語世界のいわば史実サイドの中心となるのは、この城明け渡しの中心となった大石内蔵助と大野九郎兵衛の家老コンビ。本作では昼行灯に夏火鉢と、あまりありがたくない渾名で呼ばれる二人ですが、しかし――という、典型的な描写に終わらない人物造形の面白さ、着眼点の巧みさは、歴史小説家としての作者の手腕でしょう。

 そしてそれに留まらず、前述の塩の秘伝書争奪戦という趣向や、そもそもの松の廊下の刃傷の真相、さらには生類憐みの令の背後の存在、次代将軍を巡る紀文・鴻池・柳沢の密謀と伝奇的な方向にも物語はどんどんエスカレート。
 それに加えて伊十郎の運命を変えた事件や行方不明の権左の父の行方、次なる目的地・下津井に眠る謎の存在と、今後の伏線もガンガン張られ、とにかく全てにおいて出し惜しみなし、というほかありません。


 はじめはその勢いに戸惑うかもしれませんが、一度乗ってしまえば止まらないこと間違いなしの本作。ぜひともこの世界の赤穂浪士たちの辿り着くところを、そしてその背後での犬侍・千日前伊十郎の活躍を見てみたい――そう思わずにはいられない快作であります。


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