2022.06.11

あずま京太郎『THE KING OF FIGHTERS外伝 炎の起源 真吾、タイムスリップ! 行っきまーす!』第1巻 いま描かれる660年の因縁!

 突然どうした、というチョイスかもしれませんが、格闘ゲームの最大手の一つ、ザ・キング・オブ・ファイターズ(KOF)シリーズのスピンオフにして、660年の過去を描く物語であります。現代まで続く草薙家と八神家の因縁の源とは――現代からタイムスリップしてしまった矢吹真吾が見届けます。

 以前のKOFで八神庵に負わされた傷も癒え、草薙京の父・柴舟の下で修行に励む矢吹真吾。そんなある日、自主練中に謎の空間に引きずり込まれた真吾が意識を取り戻してみればそこは見覚えのない場所――それどころか、見たこともないような不気味な怪物が襲いかかってくるのでした。
 自分の技も通じず、窮地に陥った彼の前に現れたのは真っ赤な炎を操る男――怪物を焼き払ったその男は、八尺瓊と名乗るのでした。

 訳のわからぬまま八尺瓊についていった真吾はそのまま、八尺瓊邸の牢に放り込まれることに。そこでようやく自分がタイムスリップしたことに気付いた真吾は、今が鎌倉幕府が倒れた後の時代だと知るのですが……


 1994年稼働の第1作から今年の第15作まで、長きに渡り展開してきたKOFシリーズ。そのストーリーの中心には、一つの伝奇的設定があります。

 シリーズの(初代)主人公である草薙京とその宿命のライバル・八神庵――彼らは共に約1800年前に「オロチ」なる存在を封印した「三種の神器」と呼ばれる家系のうち、草薙家・八尺瓊家の末裔。
 しかし約660年前にオロチの力に魅せられた八尺瓊家の者がオロチの封印の一部を解き、さらに妻が草薙家に殺されたと騙された末にオロチと血の契約を結び、八神と名を改めた――大まかにいえば、これが両者の、いや両家の因縁の始まりなのです。

 そして本作はまさにその瞬間を描く物語なのですが――それを見届けるのが真吾というのが、なるほど、と感心させられます。
 KOF97が初登場の真吾は、京に憧れて押しかけ弟子になった(京的にはパシリにした)という設定のキャラクター。別に京や庵のように手から炎を出せるわけでもない、ちょっと体が頑丈なだけの本当にごく普通の高校生なのであります。

 しかし何かと事件に巻き込まれやすい京の近くにいるためか、真吾も様々な戦いに首を突っ込み、ついにはKOF XIでは京と庵の緩衝役としてチームを組むことに――まあ、その結果、暴走した庵から京を庇って深手を負い、以降大会に出場していないのですが……
(ちなみに本作では、この時の傷(とKOF97ドラマCDで山崎竜二に刺された時の傷)にある意味が与えられているのが実に面白い)

 それはともかく、物語の渦中近くにいながら、あくまでも立場は傍観者の一般人的という彼のスタンスは、本作のような物語には非常にマッチしているというべきでしょう。
 まあ、庵は(京も)『THE KING OF FANTASY 八神庵の異世界無双 月を見るたび思い出せ!』で異世界転生しているので、今回は別のキャラの方が――というのはともかく。


 さて、そんな本作ですが、キワモノめいたタイトルに対して、内容の方はかなりしっかりとしている印象があります。オロチの誘惑に堕ちる前の八尺瓊とはどのような存在だったのか、いやそもそも歴史の中で(陰で)草薙・八尺瓊両家は何をしていたのか――そんな部分がきっちり描かれているのは、ファンとして嬉しい限りです。(何故形の上では八尺瓊家がどこの者とも知れぬ真吾を一応保護しているのか、という説明も面白い)

 そしてその中で、真吾が懸命に自分なりの道を、自分なりの戦いを見つけようと努力するという、成長物語としての側面が描かれているのも、好印象であります。
 もっとも、お前あれだけ京や庵の近くにいて、八神=八尺瓊って知らなかったのか!? などとも思いますが、そこは先に述べたように、一般人代表としての役割なのでしょう。
(そもそも初出が30年近く前の設定、最近のファンは知らないのかも……)

 この巻の時点では、まだまだ660年前の因縁そのものの真実は描かれておらず、それは最終巻であろう次巻に送られていますが、それがどのように描かれるのか楽しみになる――KOFファンにはオススメできる作品です。


 ちなみに作中に「鎌倉幕府が滅びてから争いばかり」「武力を持ちながら戦に加担せぬ我々は公家側からも将軍側からも良く思われてはいない」という台詞があるのを見ると、本作は後醍醐帝と足利尊氏が対立し、幕府ができる直前が舞台のように思われます。
 仮に庵が初登場した1995年から660年前とすると1335年と、見事に平仄が合うのですが――KOFで年代を云々するのは野暮とはいえ、興味深いところではあります。


『THE KING OF FIGHTERS外伝 炎の起源 真吾、タイムスリップ! 行っきまーす!』第1巻(あずま京太郎&SNK 講談社マガジンポケットコミックス) Amazon

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2022.06.10

『読んで旅する鎌倉時代』(その二) 坂東武者の時代の終わりに

 十三人の作家が、鎌倉幕府成立に関わる十三の史跡を題材とした十三篇を収録したアンソロジーの紹介の後編です。

「ある坂東武者の一生」(吉森大祐)
 昔から問題行動だらけの父・熊谷直実に振り回されっぱなしの直家。十八年前に騒ぎを起こして鎌倉から逐電、京で法然上人に迫って出家した直実も、この数年はおとなしくしていたかに見えたのですが――今度はその父が頼朝と対立する九条兼実に近付いていると聞き、直家は泡を食って京に向かうことになります。
 しかしその途上、直家のもとに届いた報せとは……

 謡曲「敦盛」で知られる熊谷直実。そこでは若武者・平敦盛の最期に哀れを覚えて出家する人物として描かれる直実ですが、史実では土地の境界争いに敗れたのをきっかけに頼朝の前でブチ切れて出奔、出家するなど、むしろいかにも坂東武者らしい豪傑であったようです。
 本作はその後者の直実が描かれ、彼に振り回される直家の姿が何ともペーソスたっぷりに描かれることになります。

 その有様には気の毒になったり可笑しくなったりなのですが、しかし本作の直実の姿に象徴されるのは、荒武者たちが己の気の赴くままに暴れまわった、ある意味おおらかな時代の終わりであります。ここから先は、幕府の統制の下に行きていくしかない直家らの姿には、何ともいえぬほろ苦さがあります。

 しかし「一谷嫩軍記」での自分の扱いを知ったら、直家は何と言ったか……


「由比ガ浜の薄明」(天野純希)
 侍所別当として坂東武者を束ねてきた長老・和田義盛とその一族が、北条義時の度重なる挑発についに暴発し、武力衝突に発展したいわゆる和田合戦。本作はその合戦を、義盛の子・朝比奈三郎義秀の目から描きます。
 妾の子として冷遇され、ただ強くなることのみが己の価値を示す手段であった三郎。そんな彼にとって、この合戦も、ただ父の命じるままに戦う以外の選択肢はありません。しかし義盛の無策に加えて味方の裏切りに遭い、戦で大敗。由比ガ浜にまで退いた三郎は、心の中にあったただ一つの疑念を父に問い質すのですが……

 現代では観光地となっている由比ガ浜を舞台として描かれるのは、武士の家に縛られた三郎と、その家を支配する、いかにも坂東武者らしい義盛の姿です。
 しかし義盛の口から、意外な(というべきか)合戦の真実が語られた先に三郎が選ぶのは――豪勇で知られながらもその死に様は語られず生存伝説すらある三郎のキャラクターを活かし、やりきれない武士の運命を描く物語から一転、希望を感じさせる結末の爽やかさが印象に残る物語です。


「実朝の猫」(砂原浩太朗)
 鶴岡八幡宮を舞台とした本作は、ある意味本書随一の異色作。何しろ物語の語り手は猫――三代将軍実朝の飼い猫なのですから!

 京から源実朝に輿入れした御台所についてきた黒猫の黒麿。子のない二人に可愛がられてきた黒麿は、雪の中、鶴岡八幡宮への拝賀に赴く実朝を見送った直後、猫たちから不穏な噂を聞かされることになります。
 自称・北条義時の飼い猫の六弥太からは、当日列席するはずの義時が急に欠席を決めたこと、そして八幡宮の飼い猫・白妙からは別当――すなわち公暁が不穏な言動を見せていると知った黒麿は、一路八幡宮へ駆けるのでした。

 六弥太、白妙とともに、吹雪の中、矢のように主の下に急ぐ黒麿。ついに実朝を見つけ、急を知らせようとしたその時……

 他の物語から少々時が下った本作の題材となるのは、源氏政権に終止符を打ったあの惨劇――その惨劇を止めるために駆ける黒麿の視点から描かれる物語は、猫ならではの機敏さでもって、スピーディーに、そして緊迫感を以て描かれることになります。
 結末はわかっているものの、しかし何とか避けられないものかと思わず祈ってしまう本作、結末の黒麿の述懐が何ともほろ苦い後味を感じさせます。


 以上、全十三篇の中から六篇を紹介させていただきました。これまで他の時代に比べて題材となることが少なかった鎌倉時代ですが、しかしその鎌倉時代にも色々と興味深い人物・事件があることを示してくれる一冊でありますー

 鎌倉時代に様々な形で分け入っていく道標ともなりそうな本書、執筆陣の豪華さも含めて、これまでもユニークな歴史小説アンソロジーを幾つも送り出してきた講談社ならではの一冊というべきでしょう。

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2022.06.09

『読んで旅する鎌倉時代』(その一) 源平合戦の陰の恋の形

 大河ドラマで個人的に一番楽しみなのは、それに合わせて刊行される、関連した題材を扱った書籍であります。本書はその中でも最もユニークかつ豪華な一冊――十三人の作家が、鎌倉幕府成立に関わる十三の史跡を舞台とした物語を描くアンソロジーであります。

 というわけで、本書は「小説現代」2022年1・2月合併号に掲載された同名の企画を書籍化したもの。ここでは、そのうち特に印象に残った作品を紹介いたします。


「妻の謀」(鈴木英治)
 知人の勧めで、平治の乱で共に戦った源朝長の娘・華子を後妻を娶った大庭景親。実は乱では清盛方と通じ、朝長らを売る形で生き延びたことに後ろめたさを感じていた景親ですが、華子の美しさに目を奪われ、以来、心の底から愛し慈しむのでした。
 しかしその妻は佐殿(頼朝)に味方してほしいと懇願するものの、その言葉に取り合わず、平家に仕え続ける景親。やがて佐殿闇討ちを命じられた彼は、三嶋大社に潜むことに……

 三嶋大社近くの妻塚観音堂を題材とした本作の主人公は、本書でも何度も題材となっている石橋山の合戦で散々に頼朝を打ち破った大庭景親。物語は、明らかに偽りを言って彼に接近してきた妻・華子の思惑を巡って展開することとなります。
 その思惑自体はすぐに予想がつくものの、しかし物語は二転三転、そこに浮かび上がるのは――人間として何を選ぶのか、どちらの選んだ道も決して間違っていないだけに、物悲しくもどこか清々しい後味が残ります。

 ちなみに本作は、本書ではほとんど唯一、頼朝の敵方を主人公とした物語。だからこそ描けた物語と言うべきでしょうか。


「初嵐」(阿部暁子)
 挙兵の際、妻の政子と娘の大姫を伊豆山神社に預けた頼朝。戦勝祈願にやって来た頼朝に対し、政子が語る想いとは……

 というわけで、ある意味史上に残るドラマチックなラブストーリーである頼朝と政子の出会いを中心に描かれる本作。ここで描かれるその経緯は、よく知られたものにほぼ忠実なのですが――しかし、本作はその背後にあったものを語ることになります。
 後ろ盾となるものがない頼朝と、旗頭を必要としていた北条時政。二人の男の嘘と欲に恋を演出された形となった政子ですが、しかしそれを知った上で頼朝に対して昂然と胸を張ってみせる政子の姿は、何とも力強く、そして颯爽としたものに感じられます。

 政子が恋に落ちた瞬間の頼朝の描写も実に巧みで、歴史に名を残す二人のナマの姿が印象に残る物語です。


「恋真珠」(赤神諒)
 自分の叔母であり、出会った時には人妻だった初恋の相手・八重への想いを貫き、ついに結ばれた江間小四郎。
 「恋遊びはできても、自分にはもう本物の恋ができない」と宣言する八重を受け入れながらも、なおも前夫である頼朝のことを語る彼女に嫉妬し、その一方でまさに英雄と言うべき義兄相手では仕方ないと感じるなど、小四郎の胸中には複雑な想いが渦巻きます。

 そんな中、ついに頼朝の挙兵に付き従い、初陣を迎えることとなった小四郎。その彼に対し、「恋は思い出になって、終わるわけじゃない。恋は終わってからだって、花開くのよ」と言い残し、頼朝の元に向かう八重の真意とは……

 政子の陰に隠れがちですが、その前に頼朝と結ばれて子を儲け、その子を身代わりに頼朝を助けるという、決して烈婦ぶりでは負けない八重。しかしその八重を本作は、武士を支える妻という形ではなく、恋に生きる一人の女性として描きます。
 己の恋を真珠に喩え、その恋を頼朝に捧げる八重に翻弄される小四郎ですが、八重の心は、はたしてどこに向いていたのか?

 八重姫の供養塔があるという真珠院を題材に、恋を貫いた八重、その想いの全てを理解していた頼朝、その時には気付けなかった小四郎――三人の不思議な人間関係が、人間の身勝手な、しかし最も美しい感情を浮き彫りにする本作は、異様な感動を与える結末も相まって、個人的には本書の中で最も印象に残った作品でした。

 ちなみに本作の小四郎と八重の関係は、奇しくも(?)、大河ドラマのそれと重なるのですが――むしろ一生に一度の恋、そして貝というモチーフから、作者の戦国もの『空貝』と表裏一体の物語とも感じられる作品です。


 次回に続きます(全二回予定)


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赤神諒『空貝 村上水軍の神姫』の解説を担当しました

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2022.05.30

岩崎陽子『無頼 魔都覚醒』第2巻 無頼完結 池田屋事件、そして斎藤が見せた顔

 岩崎陽子による新選組漫画『無頼 魔都覚醒』の第二巻にして最終巻であります。天海外法陣の封印が解かれたためか、不穏な空気が漂う京。その京を焼き払おうという暴挙に対して立ち上がる新選組の戦いが、池田屋を舞台に繰り広げられます。しかしその最中に沖田が血を吐いたことを知った斎藤は……

 謎の水晶髑髏争奪戦に巻き込まれたことがきっかけで、京の霊的封印・天海外法陣の存在を知った斎藤と沖田。幕府からその解放を依頼された医師・平賀に協力することとなった二人は、儀式の警護に当たるのですが――しかし儀式は河上彦斎の妨害によって中途半端な形で終わり、斎藤は封印の不完全な解放が、かえって悪影響を招く可能性があると聞かされるのでした。

 そんな中、新選組は枡屋喜右衛門こと古高俊太郎を捕縛、長州志士によって京の町を焼き払う計画が進められていることを知ることに……

 というわけで、この巻の一つのクライマックスとして描かれるのが池田屋事件。新選組史においてもクライマックスの一つというべき事件ですが、本作においては、さらに大きな意味を持つといえます。
 何故ならば本作の主人公・斎藤一の親友であり、もう一人の主人公ともいえる沖田総が、戦いの中で吐血、昏倒するのですから……

 これまで、何かと悩み込み沈み込みがちな斎藤に対して、時にツッコミを入れ、時に手荒い叱咤激励を行い、友情を育んできた沖田。この巻の冒頭でも、封印解除失敗のことを悩んだ末に切腹(極端)しようとした斎藤を、「半端な死に方だけは許さない」と叱咤していたのですが――その彼が、明日をも知れぬ命となるとは。

 (体調維持のための努力はするけれども、今と変わらず任務をこなしたいにという沖田の無茶なオーダーの下での)平賀の見立てでは一年が限界――偶然その事実を知ってしまった斎藤が、動揺しないはずがありません。
 しかしある意味作中一の強情っぱりの沖田が、養生しろという斎藤の言葉を聞くはずもなく、ついに斎藤は沖田に言うことを聞かせるために勝負を挑むことに……


 互いを親友と認めつつも、それぞれ不器用かつ面倒くさい性格故に、しばしばぶつかり合ってきた二人。しかしここでの激突ほど、緊迫感に満ちたものはこれまでなかったといえるでしょう。そしてその決着の後に、斎藤が見せた顔ほど、印象に残るものはなかったとも。
 斎藤と沖田の関係性がある意味最も鮮烈に描かれたこの場面は、結果として『無頼』『魔都覚醒』を通じて最大のクライマックスであったと感じます。


 その後に描かれるのは、河上彦斎との対決と不思議な共感(有名な彦斎の「はじめて「人」を斬った」発言がこう使われるとは!)や山南の悩み、そして禁門の変。
 そして平賀と勝海舟、坂本龍馬の密談によって、日本の霊的改造が始動することが匂わされるのですが――ここでなんと、掲載誌の路線変更により、物語は唐突に連載終了。いやはや、まだまだ新選組の、そして斎藤と沖田のドラマはこの先もあったはずなのに……


 しかしこの電子書籍版には、その後発表された「菊一文字」「蒼天」の二編が収録されています。

 「菊一文字」は、池田屋事件から三ヶ月後を舞台に、その時に加州清光を折ってしまった沖田と、とある神社から新選組に持ち込まれた「菊一文字」を巡る物語。沖田が菊一文字を手にしていたというよく知られた巷説をベースに一捻り加えた展開もさることながら、沖田が神社に死蔵されていた菊一文字に己を重ねる姿と、変わらぬ斎藤との友情が印象に残ります。

 また「蒼天」は、本編では出番の少なかった藤堂平助の視点から、油小路事件を描く一編。ある意味「新選組」の終わりを痛切に感じさせるこの事件ですが、そこに「先駆け先生」と異名を取った藤堂の複雑な内心と、その先の皮肉かつ切ない結末を絡めた内容は、本作の青春ものの側面が色濃く出ています。
 そしてラストでは鳥羽・伏見の戦いの戦いが描かれるのですが――そこでのある史実を一種の餞として捉える結末も見事としか言いようがありません。
(にしても御陵衛士襲撃を土方が決断した理由も凄い……)

 そんなわけでボーナストラック的な扱いながら、本編のその後を描く物語として、見事な内容であったこの二編。できればこういうスタイルでも構わないので、さらにこの先を読みたかった――というのはもちろん読者の我儘なのですが、しかし改めてそんなことを考えさせられてしまう佳品なのです。


『無頼 魔都覚醒』第2巻(岩崎陽子 ナンバーナイン) Amazon

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2022.05.28

音中さわき『明治浪漫綺話』第5巻 恋する乙女の最大の敵と最大の理解者?

 異国のヴァンパイアと彼に恋した女学生の波乱万丈の運命を描く本作も、クライマックス目前――鹿鳴館の舞踏会から一転、ヴァンパイアを憎む者の手によって深手を負ったルイスと、その陰で糸引く者によって洋上に拉致された十和。彼女を救うために駆けつけたルイスと東ですが……

 女学院の麗子、女高師のちよたちと鹿鳴館の舞踏会に臨むこととなった十和。色々あったものの舞踏会は無事に終わるかと思われましたが、そこに国粋主義者の爆弾テロが発生、その混乱の中でルイスは銀の弾丸で胸を撃たれてしまうのでした。
 一命を取り留めたものの人事不省の状況のルイス。そんな中で十和はフランスの(元)ヴァンパイア・ハンターであり、スパイでもあったモーリスによって洋上に拉致されてしまい……

 というわけで、十和の家を傾かせた元凶も現れ、いよいよクライマックスといった展開ですが、復活したルイスと彼に従う東は、はっきり言って作中では最強キャラ。そんな二人が本気になって十和を救いに来たのですから、敵う相手がいるはずもありません。
 かくてこの巻の冒頭で十和は救出されるのですが――真の敵は別にいたのです。

 それは世間の目。世間では、十和がモーリスに拉致されていた期間(ルイスが人事不省になっていたこともあり)、彼女はルイスと駆け落ちしていたこととされてしまっていたのであります。
 華族のお嬢様と政府のお雇い外国人のスキャンダルというのは、世の口さがない人々にとっては格好の騒ぎの種。もちろん伊藤総理大臣がバックにいるルイスだけに、やがて政府から否定の発表が出たものの、ルイスは責任を取って教壇を降りることになるのでした。

 そして十和の記憶を消すために、彼女の首を噛もうとするルイスですが――そこに折悪しく現れたのは、十和の婚約者である国門青年!


 そんなわけで、命の危機が迫った以上に十和を苦しめるのが世間の目であるというのが、ある意味実に本作らしい展開ですが、この巻の後半は、この状況下で、自分の想いに戸惑う十和、そしてルイスの姿が描かれることになります。

 これまで長きに渡る生を送ってきたルイスにとっては、このような状況はある程度経験済みといえるでしょう。しかし思春期の十和にとっては、異国のヴァンパイアであり学校の教師である(そして一時期家に寄宿していた)という色々と要素が多いルイスへの想いは、あまりに大きく重いものであります。

 もちろん麗子もちよも、十和の良き理解者として彼女を支え、応援してくれるのですが、いまや十和には家の決めた相手とはいえ婚約者がいるのです。
 しかもこの婚約者の国門青年、名門の出のイケメンで、常に紳士的に十和に接し、悩み多き彼女を何くれとなく支える好青年(十和に嫉妬する元婚約者が家の門に呪いの御札を貼っていくほど)。そしてルイスのことにも非常に理解があり――?

 と、彼女の最大の理解者であるといっても、ここまで来るとさすがに気味が悪くなってくる国門の好青年ぶり。ルイスに嫉妬心を抱かないというのは人間が出来ているから、と理解できても、むしろ十和とルイスを会わせるために積極的に行動するとまで来ては、ちょっとおかしいぞ、と疑いたくなります。

 そしてこの巻のラストで明かされる国門の真実とは……
 なるほど、確かにそれはあり得ることですし、それ自体をどうこう言う気は全くありませんが、だからといって十和がそれに乗ったりしたらかなり最低だぞ、というものであります。
(しかしここでむしろ十和に謝る国門青年、真剣に好青年過ぎます)

 とはいえ、八方丸く収まるには国門の存在は渡りに舟であるわけで――いやはやどうやら次巻が最終巻のようですが、はたしてどのように物語の結末を迎えるのか。
 正直なところ、吸血鬼ものとしてはこれ以上物語の山は描きにくいような気もしますが、ロマンスとしては、はたして――最後まで物語を見届けたいと思います。


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2022.05.03

岩崎陽子『無頼 魔都覚醒』第1巻 天海外法陣! 水晶髑髏! 第二シリーズスタート

 岩崎陽子が斎藤一を主人公に描く新選組漫画『無頼』の第二シリーズの第一巻であります。物語のテイストは第一シリーズの冒頭にグッと近づき、斎藤と沖田は、謎の天海外法陣と水晶髑髏を巡る争いに巻き込まれることになります。京都の封印が解かれる時、はたして何が起きるというのか……

 芹沢鴨の粛清など紆余曲折を経つつも、近藤勇の元に団結した新選組。その名を慕って様々な者たちが集まりつつある一方で、隊としては具体的な成果を挙げることができず、隊士の間には徐々に不安が広がりつつありました。が、そこに奇怪な噂が次々と飛び込んでくることになります。
 相次ぐ新選組の怪我人の陰の呪詛、薪炭商・桝屋の周りで目撃されたという蝙蝠男、屯所近くの空き家で目撃された怪火――いずれの噂にも疑いの目を向けながらも、浪士が潜んでいてはと、件の空き家に調査に向かった斎藤は、そこで蝙蝠を思わせる黒い西洋服をまとった男と出会うのでした。

 そんな中、市内で密偵を行っていた最中に「京都封じ」「天海外法陣」という謎の言葉を聞きつけてきた山崎。一方斎藤は、謎の水晶でできた髑髏を手に逃走した浪士を追うも、浪士は行く手に現れた謎の武士に斬られるのですが――謎の武士の素顔が、自分のよく見知った相手であったことに、大きな衝撃を受けるのでした。

 そして斎藤と沖田の前にあの水晶髑髏片手に現れた西洋服の男――平賀は、二人に自分の手伝いをするように呼びかけ……


 新選組版Xファイルといった赴きで、超常現象や伝奇的要素をふんだんに取り入れてスタートした前作『無頼 BURAI』。しかし物語が進むに連れて、そうした要素はフェードアウトし、歴史ものとしての顔が全面に押し出されることとなりました。
 もちろんそれはそれで斎藤と沖田の絆など、本作ならではの要素を、作者ならではの美麗な画で読むことができたので不満はないのですが、やはり(私のような人間には)一抹の寂しさがあったのは事実であります。

 さて、前作は芹沢鴨の粛清(と、それに対する斎藤の屈託とその解消)を描いて終わりましたが、もちろん新選組にとってそれはあくまでも最初の一区切りにすぎません。
 かくて本作ではその後の新選組が描かれるのですが――これが副題に示されているように、嬉しいことにこれまで以上に伝奇色濃厚な内容なのです。

 謎の黒マントの医師・平賀深雪、京都封じの天海外法陣、その鍵となる謎の水晶髑髏、斎藤の隠された出自――と、もう嬉しくなってしまうようなガジェットと展開が目白押し。さらに新たな宿敵としてあの幕末四大人斬りの一人・河上彦斎(もちろん白皙の美形)が登場、沖田と激突するのですからたまらないのです。

 もちろん新選組要素についても言うまでもありません。この巻の舞台となっているのは、芹沢粛清から池田屋事件までのある意味大きな事件がなかった時期。その時期特有の隊士たちの倦怠や動揺を物語に取り込むことにより、土方の言葉を借りればまだ馬のホネだった新選組の姿を、ここでは巧みに浮き彫りにしていると感じます。

 もちろんそんな時期だからといって、怪しげな天海の京都封じ探しに斎藤たちが巻き込まれるのは飛躍した展開にも見えるのですが、そこにきっちり伝奇的エクスキューズが入っているのも嬉しいところであります。
 そして物語のクライマックスにおいて、ついにその妖異極まりない姿を顕わにした封印の門。その封印が――という展開も、ビジュアルも相まって非常に印象的な名場面と感じます。


 その一方で、あの「桝屋」が登場したり、長州浪士たちが怪しげな動きを見せていたりと、この後の展開の準備も着々と進められているこの巻(そして沖田の体調も……)。
 いよいよ次巻では池田屋事件が描かれ、この『無頼』という物語の一つのクライマックスを迎えるのですが――そちらについてはまた次の機会に。

(そしてまあ、次巻が最終巻ではあるのですが……)


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2022.04.20

青木朋『天上恋歌 金の皇女と火の薬師』第5巻 ひとまずの別れ そして舞台は戦場へ

 金の皇女アイラが宋で繰り広げてきた恋と冒険を描いてきた本作も、この第5巻で一つの節目を迎えます。宋の秘密兵器開発も絡んだ宋の後継者争いに巻き込まれ、白凛之が仕える皇太子のために力を貸すことになったアイラ。一方、遼との戦いが激化する中、思わぬ事態から物語の舞台は金に移ることに……

 親善大使として宋に残って暮らす中、康王とともに宋の火薬を使った新兵器の秘密にまつわる争いに巻き込まれたアイラ。初めは自分たちが新兵器を開発しているという第三皇子のウン王の言葉を信じた二人ですが、真実は皇太子が担当している新兵器開発を、ウン王が妨害していたと知ることになります。

 さらにウン王の妨害はエスカレートし、放火により焼け落ちてしまう工廠。皇帝に直訴しようとしたアイラも、円珠の秘密を握ったウン王が康王を揺さぶったために断念することに……


 というわけで、口封じに自分に毒を盛ろうとまでしてきたウン王の卑劣な策略にもめげず、凛之たちを助けるため奔走するアイラたちの姿が描かれるこの巻の前半。

 しかし新兵器のために最も重要な原材料が焼け落ちてしまい大ピンチという状況に、さすがにアイラが協力できるはずもなく――とおもいきや、という展開はいかにもお話的に感じますが、なるほどこういう効用があったのか! という打開策は、女性主人公ならでは――といっても許されるでしょうか。
(恥ずかしながら、現代でも使用されているとは知りませんでした……)

 さて、不承不承手を康王も力を貸して、ついに迎えた皇帝の親閲式での新兵器お披露目ですが――その成否もさることながら、ここで印象に残るのは、皇帝の側近くに仕える者たちの顔ぶれであります。
 宰相にして最高実力者の蔡京、その息子で徽宗の最側近の蔡居安、宦官ながら軍事のトップの童貫――とこの時代を舞台にした物語ではお馴染みの面々。特に童貫はこういうビジュアルになるのか! と感心させられます。

 しかしもう一人気になるのは、皇帝の秘書というべき内省夫人の閻月琴――怜悧な美人という印象の彼女は、なんと凛之の元許嫁! この月琴、どうやら宮廷のかなり後ろ暗い部分にも関わっているらしく、凛之との過去も含めて、この先、注目のキャラというべきでしょうか。
(ちなもに凛之の真の姓が今回語られましたが、この時代でこの姓、そして今は没落しているということは、彼の縁者は……)


 さて、皇帝と皇族だけでなく、この国を実際に動かしている者たちの登場に、本作が歴史ものであることを再確認させられた思いですが、この巻の後半では、さらに歴史が動き始めることになります。
 いよいよ遼を圧倒する金軍を率いる、アイラやウジュ、オリブたちの父である金国皇帝。その父が病に倒れたという思わぬ報せに、アイラは急遽金に帰国することになるのです。

 しかし遼と金・宋の戦いがいよいよ佳境に入った上、もともと金と宋も(特に後者は)互いを窺い合う状況。そんな中で皇帝が病に倒れたと知られるわけにはいかないのは言うまでもありません。
 かくて、凛之はもちろんのこと、宋の人々には祖母が倒れたという名目で宋を離れたアイラ。しかし蔡居安は、康王を見舞いに向かわせるという名目で、(康王本人にはそれと知らせぬまま)、金の内情を探らんと企むのでした。

 一方、金が遼に攻勢を強める中、宋のみ手をこまねいているわけにはいきません。金との盟約に従い、遼の首都・燕京を攻めることとなった宋軍ですが、その決め手として、凛之たちも新兵器を携えて戦場に向かうこととなるのです。


 これまでは宋の国内、それも皇室が中心ということで、作中では直接的にはほとんど描かれてきませんでしたが、アイラの物語の背後では、三つの国の激しい戦いが繰り広げられてたのは史実が示すとおり。
 この巻の後半の展開は、その戦いが、ここからアイラ自身の物語に関わってくるということなのでしょう。

 そして歴史の中で金と宋という国が、そしてそこに暮らす人々がどのような運命を辿るかも――そしてその過酷さも、我々は知っています。そこでアイラが、凛之が、登場人物たちがどのような役割を果たし、どのような結末を迎えるのか――いよいよ物語は佳境に近づいているというべきでしょうか。


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2022.04.14

うちはら香乃『異界譚里見八犬伝 番外編 刹那の奇跡』 信乃、戦場帰りの父に出会う

 「朝日小学生新聞」連載中の『異界譚里見八犬伝』の番外編であります。序章と一章の間の時期に、信乃が垣間見た父と母のかつての姿とは――犬塚家のルーツを描く短編であります。

 山犬討伐に向かった先で、その山犬たちを操る謎の美女・玉梓に襲われ、伏姫神の加護で辛うじてこれを打ち破った信乃。その伏姫神から、信乃は里見の犬士としての自分の宿命を教えられ、孝の玉を授かることに……

 という序章から、信乃が古河に旅立つ一章の間に位置するこの番外編。荘助から、かつて父・番作が里見家の人々とともに結城城に立て籠もっていたと聞かされた信乃は、躊躇いながらもかつての話を聞いてみることを決意します。
 が、番作は手習いの授業(の最中に居眠り)中。そして信乃は浜路とわちゃわちゃやっているうちに縁側から転落してしまうのでした。

 と、気がつけば信乃は一人夜の道に。そこで兵士たちに追われるボロボロの若者と出会った信乃は、それが父の若き日の姿だと気付きます。そしてその後を追いかけた先で、父と母の出会いを目撃することに……


 『南総里見八犬伝』では冒頭に語られた、結城合戦から始まる過去の物語。一方本作は、信乃の物語として始まったことで、この序章ともいうべき部分は、一旦省略されることとなりました。

 そのうち伏姫伝奇に当たる部分は、後に三章で、信乃たちがヽ大法師から聞かされるという形で描かれましたが、もう一つの結城落城にまつわる物語――信乃の父・番作と母・手束の過去については、これまで語られてきませんでした。
 それがここで描かれるとは、と少々驚きつつも、この後の物語の流れを思えば、描くとしたら、このスタイルになるのは頷けます。

 さて、その内容の方は、いかなる奇瑞か結城落城後の時代に現れた信乃が、村雨を持ち三つの包みを携えた父・番作と出会い――と、原典の第二集で描かれた番作の姿を踏まえて描かれます。
 もっともここでの出会いは、サブタイトルの通り、まさしく「刹那」――というより目撃に近いものではあります。しかしここでの番作の姿は、この時点の信乃にとっては最も縁遠い、戦の空気を漂わせたもの。それが彼の心に強い印象を残したことは疑いようもありません。

 ことに番作が抱えている包みの中身について気付いたこと(そして村雨は落としても包みは落とさなかったこと)は、信乃にとっては――そして主たる読者層にとっても――大きなインパクトを与えたことでしょう。
(そしてあと二つの包みについては特に触れられていないのは、これは本作ならではの視点ではあると思います)


 本編ではこの後、大塚村を襲った惨劇で、落命した(とはいえ明示はされていませんし、浜路の例もありますが……)番作と手束ですが、図らずも大切な人を失うこととなった信乃が、両親のことをどのように思い出すのか――ページ数としてはごく短いものながら、そんなことも考えさせてくれる一編です。


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2022.04.13

相田裕『勇気あるものより散れ』第2巻 生き残った武士の姿、会津武士の姿

 明治初頭、数奇な運命に翻弄されてきた不死の民の少女・シノと死に損ねた会津の武士・春安の主従の戦いを描く物語の第二巻であります。不死の一族を殺す力を持つ妖刀・殺生石を手に入れたものの、その代償に倒れ伏した春安。はたして春安の運命は、そして彼らは無事に脱出することができるのか……

 戊辰戦争で生き残り、死に場所を求めた末に、大久保利通暗殺の企てに加わった元会津藩士・鬼生田春安。しかしその企てを九皐シノと名乗る少女剣士に阻まれ、一度は命を失った末に、春安は彼女に蘇生させられるのでした。
 実はシノは「半隠る化野民」と呼ばれる不死の一族の末裔。その眷属とされた春安は、幕府にその身を利用され尽くした末に心が壊れた母の命を絶つというシノに、協力を誓うのでした。

 そして不死殺しと呼ばれる妖刀・殺生石を奪取するため、仲間たちと宮城に潜入した春安は、そこでシノの兄・隗と対決。殺生石の力で辛うじて勝利したものの、その代償で力尽きて……


 と、いきなりクライマックスのような展開でヒキとなった前巻ですが、しかし春安が力尽きた場所は、彼らにとってはいわば敵地というべき場所。目的である殺生石を奪取したとしても、ここから脱出できなくては意味がありません。

 しかし捨てる神あれば――というべきでしょうか、偶然出会った会津出身の陸軍幼年学校生徒・鉄馬に救われ、春安たちは元会津藩家老・山川大蔵(この時点では山川浩)のもとに身を寄せることになります。
 ここで感心させられるのは山川大蔵というチョイス。なるほど、知恵者として数々の逸話を持ち、そして明治政府でも会津出身として異数の出世を遂げたこの人物であれば、主人公の後ろ盾となってもおかしくはないと感じます。

 しかし、春安とシノが挑む相手は、いわば政府。二人が山川の元に潜伏していることを察知した太政官図書掛の山之内は、銀座の街中で銃撃戦も辞さない強引な攻撃で、脱出した春安たちに追撃を仕掛け……


 というわけで、前半では春安たちと会津出身の人々との交流(そしてそれを通した明治の武士たちの姿)が描かれ、そして後半では春安たちと新政府との激突が描かれるこの巻。
 前巻が半化野民にまつわる物語が中心となる伝奇性の強い内容であったとすれば、この巻は比較的歴史ものとしての性格が強めであると言えるかもしれません。

 もちろんそれは物語がおとなしいということとイコールなどではなく、特に後半の、とんでもない武器まで飛び出してほとんど市街戦のような様相を呈する戦闘シーンは、インパクト十分といえるでしょう。

 しかしそんな物語の中で気になってしまうのは、人間側のキャラクターへの感情移入のしにくさであります。
 確かにこの時代に生き残ってきた武士の窮状――特に会津武士の理不尽ともいえる状況――は、知識として頭に入ってはいますが、それが作中の描写から、キャラクターの行動原理として納得できるかというと、いささか疑問があります。

 特にこの巻の終盤の展開では、この行動原理がキャラクターの生死にまで関わってくるのですが、そこに感情移入できなければ、行動が極端な人間、という印象で終わってしまうので……


 この巻のラストでは再び物語が伝奇サイドに大きく動き出す予感がありますが、さてその中で明治の武士たちの物語を、ここからどれだけ力強く描くことができるのか。正念場と感じます。


『勇気あるものより散れ』第2巻(相田裕 白泉社ヤングアニマルコミックス) Amazon


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2022.04.08

秋本治『BLACK TIGER』第1-3巻 最強の女ガンマン、西部(と幕末)を行く

 『こちら葛飾区亀有公園前派出所』の秋本治が、同作の終了後に連載中の西部劇アクション漫画であります。南北戦争直後の時代、殺しの許可証を持つブラックメンバーの一人にして美貌の超人的ガンマン・ブラックティガーの活躍を描く連作シリーズです。

 西部のとある町で、20人の賞金首が待ち受ける酒場に真っ正面からたった一人で乗り込んだ全身黒ずくめの女ガンマン。瞬く間に全員を片づけてのけた彼女、ブラックティガーこそは、合衆国政府が選んだブラックナンバーの一人――南北戦争後に急激に悪化した南部の治安維持のため、殺人許可証を与えられた凄腕の賞金稼ぎだったのであります。

 そして酒場に居合わせた闇医者のドクター・ウエキを証人に、賞金30万ドルを受け取ったブラックティガーしかしその晩、墓場に埋葬した賞金首の死体が墓場から起き上がり、保安官を殴り殺すという怪事件が発生することになります。
 生ける死体はブラックティガーが倒したものの、その直後に襲撃された彼女は、不意を突かれて捕らわれ、ある研究施設に連行されることになります。

 そこは人体に特殊なウィルスを寄生させて不死の兵士を産み出す秘密兵器・覚醒人間の研究を行っていた南軍残党の研究所。実は「南」のスパイだったウエキを巻き込んで拘束からは逃れたものの、覚醒人間たちの群れが迫る中、ブラックティガーの運命は……


 これまで読切やシリーズ連載作品でしばしばアクションものを描き、また「こち亀」作中でも折りに触れてアクション志向と、ミリタリーやガンマニアぶりをアピールしてきた作者。本作は、そんな作者の趣味がギュッと詰まったハードアクション漫画であります。

 上に述べた第1話はかなり伝奇風味、というかSF風味も入っていますが(そしてそれはそれで本作の基調にもなっているのですが)、しかし本作の基本はあくまでも西部劇。この後に続くエピソードは、ロングドライブあり、ゴールドラッシュあり、騎兵隊と原住民の争いあり――ブラックティガーはウエキを子分代わりに駆け抜けるのは、このどこか懐かしい世界なのです。

 それにしても、時代劇がいまでもそれなり以上に命脈を保っている一方で、(特に国産という点では)非常に寂しい状況にある西部劇。その西部劇を、それも娯楽路線まっただ中を行く作品が、こうして描かれるとは、と思わず感慨深くなります。

 ちなみに以前より望月三起也ファンを公言している作者ですが、本作はその望月ガンアクションへのオマージュの色彩も強い作品。
 特に、スミス&ウェッソンのオリジナルカスタムリボルバーを使うブラックティガーと、同じブラックナンバーである自動拳銃使いのブラックジャガーの決闘の結末など、大いに「らしさ」を感じるところであります。

 その一方で、あまりにブラックティガーの超人的身体能力(むしろその超人ぶりは寺沢武一的なものを感じます)が前面に出すぎていて、もう少し銃撃戦にテクニカルな面が描かれてくれれば、というのも正直な感想ではあるのですが……
 とはいえ、拳銃だけでなく、鉄道や船なども含めた大小さまざまなガジェットを見ているだけで楽しくなってしまうのは、間違いのないところであります。


 さて、本作は現時点で第9巻まで発売されているのですが、今回第3巻まで取り上げたのは、第3巻になんと日本編が収録されているからであります。

 宿敵である「南」のマッドサイエンティスト、ドクター・ノアを追って(第2巻に収録されたこの前のエピソードではフランスでティガーと対決)、実は日本人であったウエキを案内役に、海援隊の教官という名目で来日したティガー。
 折しも京では沖田総司が何者かに殺され(!)、その背後にドクター・ノアが開発したある兵器の影が……

 と、物語はここから竜馬暗殺、鳥羽・伏見の戦いへと突入、その背後で異形の戦いが――と、一大時代伝奇活劇に展開。上で西部劇云々と言っておいて結局それか、という流れになって大変恐縮ですが、しかしこれはこれで、番外編としては大いに魅力的な内容なのであります。
(そして何故か脇役で宮川伸吉が登場するのにちょっとびっくり)

 ちなみに沖田のことについては結局何のフォローもなかったのですが、それはそれで伝奇ものにはよくあることということで……


『BLACK TIGER』(秋本治 集英社ヤングジャンプコミックス) 第1巻 Amazon/ 第2巻 Amazon/ 第3巻 Amazon

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