ジュール・ヴェルヌ『氷のスフィンクス』 今明かされるアーサー・ゴードン・ピムの真実!?
その緊迫感溢れる筆致と、急転直下の異様な結末が強く印象に残るエドガー・アラン・ポーの『ナンタケット島出身のアーサー・ゴードン・ピムの物語』。本作はその続編を、海洋冒険小説の名手でもある作者が描いたものです。ピムの冒険の生存者を探し、南極圏へ赴く人々を待つものとははたして?
1839年、南インド洋のケルゲレン諸島での地質調査を終え、帰国の途につこうとしていたわたし(ジョーリング)は、島を訪れたハルブレイン号のレン・ガイ船長に乗船を求めるも、何故か拒絶されることになります。
しかし船長は、わたしがナンタケット島に何度も行ったことがあることを知るや、異常に興味を示すのでした。
数年前、ポーが発表した『ナンタケット島出身のアーサー・ゴードン・ピムの物語』――1828年に南極地方に向かい、壮絶な経験の末に、ただ二人生き残ったピムの半生を描いたこの「小説」を、船長が真実と疑わないことに、わたしは驚かされます。
しかし航海の途中、かつてピムが乗っていた船の生き残りの死体を発見したことで、わたしはピムが実在の人物であったことを信じざるを得なくなるのでした。
そして、実は船長が、ある理由からピムの航海の生き残りを探していることを知ったわたしは、船長に賛同し、そのまま捜索の航海に同行することになります。
途中、フォークランド諸島で追加の船員を募り、準備万端整えて南極に向かうハルブレイン号。しかし手掛かりの少ない航海が続くにつれ、追加の船員たちを中心に不満が高まっていきます。そんな中、ハントと名乗る謎めいた船員のみは、捜索を断固として続けようとするのですが……
友人の父の捕鯨船に密航したものの、隠れているうちに船で反乱が起き、数少ない仲間と船を奪還するも難破、くじ引きで生き残りの一人を殺して食らうという壮絶な経験の末に帰還した少年アーサー・ゴードン・ピム。
しかしそれでも海に惹かれたピムは、同じ生き残りである船員ダーク・ピーターズとともにジェーン・ガイ号に乗り、南極圏の未踏の海域に向かいます。しかしそこで原住民に騙された船員たちは皆殺しに遭い、再びピーターズと生き残ったピムは、何とか脱出した海で、次第に奇怪な世界に迷い込み……
という内容の『ナンタケット島出身のアーサー・ゴードン・ピムの物語』(以下『ピム』)。少年向け冒険小説のような導入かと思えば、読者全員のトラウマになるであろう食人シーンがあったり、今ではむしろクトゥルフ神話で有名となった「テケリ・リ!」という叫び声や、本当に謎しかない場面でバッサリと終わる結末など、異様に心に残る、ある種の問題作です。
それだけに様々な作家を引き寄せるのか、『ピム』の続編的作品はいくつかありますが、本作はその中でおそらく最もストロングスタイルの続編といえるでしょう。
『ピム』は事実であった――というのは、ある意味定番の趣向ですが(しかし当初は語り手のわたしがそれを疑い、徐々に「現実」のことであったと信じていく過程が面白い)、それを受けてジェーン・ガイ号の生き残りを探す捜索航海の模様が、かなり長大な本作の、ほぼ九割を占めるのですから。
正直なところ、『ピム』終盤に繰り広げられた幻妖怪奇な世界の真実を期待すると、あまりに地味な展開続きなのですが――第二部の「南極海域の怪異」という胸踊る副題もほぼ看板倒れ――しかし嵐や遭難、反乱といった海洋冒険もののセオリーを踏まえて丹念に描かれる物語は、こちらを惹きつけて離さないのもまた事実です。
そしてその中で『ピム』とのリンクが少しずつ明らかになっていくのも巧みで、予想もしなかった物語の裏幕が見えていく構成も、さすがはというほかありません。
(ちなみにそのリンクの最たるものは、ある登場人物の正体なのですが――それにしばらく語り手たちは気付かず、しかし判明した後で、読者は相当以前から気付いただろう云々とフォローが入るのが、少々おかしい)
しかし――本作が一つの物語として惹きつけられるのは事実ですが、それも『ピム』のラストに隠された秘密があってこそなのは間違いありません。その点について本作は――少々ネタばらしになりますが、こちらの(勝手な)期待を思い切り裏切る形になっているのがまことに残念であります。
ラストでようやく回収される、妖気溢れるタイトルの真実は、いかにも作者らしく面白くはあるのですが……
終わってみると、『ピム』の、特に科学的視点から辻褄の合わない点のアップデートに終始した感が強く、それもまた作者らしいとはいえるでしょうか。期待する点を間違えなければ楽しめる作品ではあります。
『氷のスフィンクス』(ジュール・ヴェルヌ 集英社文庫) Amazon
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