清代の舞台に描く、はぐれ者たちの事件帖 青木朋『龍陽君始末記』
丹念な考証とユニークな題材による中国歴史漫画を発表している作者が、十五年ほど前に「ミステリーボニータ」誌に連載した作品です。清の時代、龍陽県に赴任してきた新任の知県が、くせ者揃いの仲間たちと共に様々な事件や騒動に挑みます。しかし「龍陽君」とはどこかで聞いたような……
時は十九世紀前半、清の広東省広州府龍陽県。その龍陽県の新任の知県・趙天麟は着任以来、難事件を次々と解決する名裁きで、街でも大の人気者となっています。今日も、同じ部屋に寝ていた妻の首を斬り落としたという夫をお白州で取り調べた天麟は、一目で夫の無罪を見抜き、真犯人の捜査に乗り出します。
しかし、天麟がこの事件に強い関心を示す理由には裏がありました。実は天麟は男色家でイケメンにはめっぽう弱いたち。今回も容疑者の夫に一目惚れした天麟は、事件を解決して親しくなろうと目論むのですが……
中国の戦国時代、魏王に深く愛された公子・龍陽君。その故事から「龍陽」は後代に男色を意味する言葉として使われるようになりましたが――その名をタイトルに冠した本作は、まさにその通りというべきか、男色家を主人公としたユニークな物語です。
(タイトルの直球ぶりには驚かされますが、単行本第三巻のあとがきによれば、誰からも特に指摘はなかったというのがちょっと面白い)
主人公の天麟はこのように惚れっぽいのが玉に瑕ですが、しかし八旗の出身で若くして官僚となったエリート。決して清廉潔白ではないものの、その分世情にも通じ、役人離れした発想で事件を裁く姿には好感が持てます。
そんな彼を支える幕友(私設秘書)たちもまた一筋縄ではいきません。通訳を担当する、纏足をしていないことにコンプレックスを抱く少女・汪来嘉、財政担当の中年で意外なもう一つの顔を持つ無塩、司法担当ながら作中ではむしろ科学捜査で活躍する薛良佐と、主に負けず個性的な顔ぶれです。
いや、彼らの場合、個性的というよりもはぐれ者と称した方が似合うかもしれませんが――そんな彼らが正義を行う痛快さもさることながら、はぐれ者ならでの葛藤と向き合い、あるいは受け容れ、あるいは乗り越えようとする姿は、物語のアクセントとなっています。
しかし本作の最大の魅力は、この時代、この地ならではの題材の数々にあります。
纏足、北京語と広東語の違い、芝居、貢茶、袖犬、科挙、男院(妓楼の男娼版)、紅旗幇、そして阿片――最終巻を除き、ほとんど一話完結の連作である本作ですが、その各話の中心あるいは背景に、これほどまでに多彩な文化・風俗、歴史的事実が散りばめられていることには感嘆させられます。
特に、作中で大きな位置を占めるのが阿片です。清の歴史において、阿片がどのような役割を果たしたか――それは言うまでもありませんが、終盤の物語において、天麟たちが立ち向かうこととなる阿片の存在は、この歴史的背景を反映し、物語に重く、深刻な影を落とすことになります。
(そして、だからこそ舞台が広州だったのか! と感心させられるのです)
その果てに、物語は意外な結末を迎えるのですが――そこで描かれる時代の移り変わりある種の切なさを感じつつも、しかしその中でもしたたかに、そして胸を張って生きていくはぐれ者たちの姿は、重い史実に爽快な風穴を開けてくれる存在として印象に残ります。
単行本三巻と、決して分量は多くありませんが、しかし登場人物といい物語といい、完成度の高い名品です。
(いや、唯一、キャラクターが辮髪でないという問題があるのですが――商業上の要請では仕方ない、か?)
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