2023.05.31

神永学『殺生伝 一 漆黒の鼓動』 開幕、命を吸う石を巡る争奪戦

 神永学といえば、『心霊探偵八雲』をはじめとするミステリの印象がありますが、『浮雲心霊奇譚』のような時代ものも手がける作家でもあります。そして本作もその一つ――戦国時代を舞台に、九尾の狐の怨念が籠もった殺生石を宿した姫君を中心に繰り広げられる、伝奇アクションであります。

 甲斐の武田晴信の大軍に攻められ、風前の灯火となった笠原家の志賀城――そこからただ二人落ち延びた笠原の姫・咲弥と警護役の紫苑は、山賊に襲われた末にはぐれ、紫苑は二人組の忍び・無名と矢吉に助けられるのでした。
 一方、川に転落した咲弥は、山奥で親代わりの老人・真蔵と共に暮らす少年・一吾に助けられます。咲弥を助けることを誓う一吾ですが、武田家の武将・穴山信友に仕える忍者集団・百足衆が襲いかかります。

 そこに現れた無名たちによって辛くも難を逃れた一吾と咲弥。合流した一行は、咲弥が追われるのは、彼女が生まれながら殺生石――かつて世を騒がせた九尾の狐が変じた石の欠片を宿しているためだと知ることになります。
 武田晴信を操り、持つ者に恐るべき力を与えるという殺生石を狙うのは、晴信の軍師を自称する怪人・山本勘助。彼が放った邪悪な妖魔たちを前に、咲弥たちは絶体絶命に……


 都で悪の限りを尽くした果てに追い詰められた九尾の狐が変じ、周囲に毒気を放って近づく者たちを死に至らしめたという殺生石。その後、玄翁和尚によって打ち砕かれたというこの伝説の魔石を巡る戦いが、本作の軸であります。

 莫大な価値を持つ秘宝を巡り、善魔様々な勢力が入り乱れての争奪戦は、時代伝奇小説の華であり、一つの典型といえるでしょう。その中でも本作がユニークなのは、何といっても秘宝――殺生石の危険極まりない性質によります。
 何しろ、この殺生石を宿す者は、たとえ深手を負ったとしても、周囲の者の命を吸収して回復し、決して死ぬことはありません。ある意味、己を守る最強の盾にして矛、それが殺生石なのです。

 つまり、殺生石を宿す者から、強引にそれを奪うことはできない。しかし宿す者もまた、それをその身から引き剥がすこともできない。そんな何とも皮肉な存在の殺生石と、それを宿した咲弥――本人の意思とは無関係に発動する殺生石に悩み苦しむ姿が痛ましい――の複雑な関係性が、本作の最大の特徴といえるでしょう。


 一方、一吾もまた、秘密を背負った少年であります。生まれたときから両親を知らず、ただ真蔵に育てられてきた一吾。自然の中で伸び伸びと育った明朗な野生児である彼もまた、(咲弥ほどではないようには思えますが)一つの宿命を背負った存在なのです。
 さらには油断のならなさと男らしさを併せ持つ自称上杉の忍び・無名、一吾の育ての親であり実は無名とも面識を持つ真蔵(その正体は何と!)、咲弥を守ることに命をかける美女・紫苑と登場人物も多士済々。敵対する武田側も決して一枚岩ではなく、穴山信友が一種第三勢力的な立ち位置となっているのも面白いところであります。


 正直なところ、物語はまだ始まったばかりといった印象で、主人公たちが追い詰められる展開がほとんどなのが何とも歯がゆいところではあります。
 しかしこのユニークな秘宝争奪戦がどこに落着するのか、そして物語の中心となる少年少女がその中で何を経験し、どのように成長するのか――この先が気になる物語ではあります(もっとも、現時点では第三巻までが刊行されたところで中断しているのですが……)


『殺生伝 一 漆黒の鼓動』(神永学 幻冬舎文庫) Amazon

|

2023.05.28

エリザベス・コーツワース『極楽にいった猫』 涅槃図と猫と優しい奇跡と

 今から100年近く前の1931年に米国人作家が発表し、米国で最も重要な児童文学賞の一つであるニューベリー賞を受賞した作品――むかしむかしの日本を舞台に、涅槃図を描くことになった貧乏な絵師と飼い猫の交流が思わぬ奇跡を呼ぶ、猫好き必読の美しい物語であります。

 むかしむかしの日本に、全く仕事が入らず、貧乏に苦しむ絵師がいました。身の回りの世話をするばあやと二人、かつかつ暮らしを送っていた絵師ですが、ある日ばあやは、一匹の三毛猫をもらってくるのでした。
 その猫に「福」と名付けて飼い始めた絵師ですが、ある日不思議な巡り合わせで、近所の寺の住職から、涅槃図を描くよう依頼されることになります。寺に飾る涅槃図を描けば、名が上がり、生活も楽になる――絵師もばあやも大喜びです。

 涅槃図を描く前に、王子時代から出家、悟りを経て、入滅に至るお釈迦様の生涯を思い描き、まさに精魂込めて絵を描き始めた絵師。お釈迦様を、弟子たちを描いた絵師は、いよいよ動物たちに着手することになります。
 かたつむり、象、馬、白鳥、水牛、犬、猿、虎――お釈迦様の逸話に登場し、入滅の時に駆けつけた動物たちを次々と描いていく絵師。しかし絵師が画を描くのをずっと傍らで見ていた福は、何やら悲しげです。

 そう、涅槃図には猫はいない――気位が高かったせいで、お釈迦様の入滅に立ち会わず、極楽に迎え入れてもらえなかったという猫。いくら福が可愛くても、涅槃図に猫を描くわけにはいかないのです。
 しかし段々と弱っていく福を前に、絵師は覚悟を固めます。そして涅槃図を完成させた絵師を待つものは……


 お釈迦様が入滅する際、菩薩や弟子、そして様々な動物たちが集まり、嘆き悲しむ様を描いた涅槃図。その中に猫がいないというのは、日本人でもご存じない方は少なくないかもしれません(もちろん、猫が描かれた涅槃図もあるのですが)。
 一番よく知られた理由は、お釈迦様に母親が薬を届けようとしたところ、木の枝にひっかかってしまい、それを取ろうとした鼠が猫に追いかけられたために、結局薬が間に合わなかったから――というものですが、その他にもいくつか理由は語られており、いささかすっきりしないところではあります。

 何はともあれ本作は、そんな涅槃図と猫にまつわるある種トリビアルな知識を柱として展開する物語であります。100年近く前の米国人作家がこの涅槃図を題材として選んだことにまず驚かされますが、作中で語られるむかしむかしの日本の姿にも大きな違和感はなく、また、「しっぺい太郎」の逸話なども取り込まれているのにも感心させられます。
(ちなみに本作では、しっぺい太郎に討たれるのは狒々ではなく化け猫となっているのですが――どうもこれは、これは明治時代にしっぺい太郎の物語が海外に紹介された際、猿から猫にリライトされたのに影響を受けているようです)

 しかし何よりも心動かされるのは、作中における猫の、猫と人間の関わりの細やかな描写であります。
 絵師の前に初めて現れた福の姿(それまでは何だかんだで飼うのを渋っていたのに、手のひらを返す絵師が微笑ましい)、そして絵師との日常での穏やかな姿――ふとした拍子に絵師に触れてくる猫、絵師が一心不乱に画を描く横で静かに過ごす猫等々、猫好きであればすぐにその情景が頭に浮かぶことは間違いありません。

 その一方で、猫好きほど、物語が進むに連れて心かき乱されるのもまた事実。どれだけ福が愛らしくとも、絵師が福を愛そうとも、絵師は自分の入魂の作品に、福の姿を描けないのですから。
 そんな悲しみとやるせなさを、本作は容赦ないといってよいような筆致で語ります。
「生き物のなかで、猫だけが、お釈迦さまの御心にかなわなかったんだよ。」
「とても優しく可愛らしいのに、永遠に呪われた生き物なのです」
「ほかの動物は釈迦に受け入れられ、慈悲を受け、極楽にいくことができたのに、猫のまえで極楽へと通じる扉は閉まってしまったのです」と……

 その果てに絵師が下した決断は、いくつもの悲劇を彼にもたらします。しかし――しかしその果てに彼を待っていたものがなんであったか。ラスト五行に示された優しい奇跡は、絵師への、福への、いや全ての猫への救いとして感じられるのです。


 日本語訳も上質で、猫好きであればぜひ一度手に取っていただきたい、優しい童話であります。
(ただ一つだけ贅沢をいえば、本作はぜひ日本人の手になる絵本で読んでみたかった、という気もいたしますが……)


『極楽にいった猫』(エリザベス・コーツワース 清流出版) Amazon

|

2023.05.25

金井たつお『天保六花撰 悪いヤツら』 悪党復活 ピカレスクと成長物語と

 大ベテラン・金井たつおによる新釈・天保六花撰というべき物語、これまで全話が単行本にまとめられたことがなかった作品を、コンビニコミックの形で取りまとめたものです。二枚目だけが取り柄の御家人・片岡直次郎が、お数寄屋坊主の河内山宗俊と出会った時、ピカレスクストーリーが始まります。

 御家人の家に生まれながらも侍の世界を嫌い、弟分の暗闇の丑松と遊び暮らす片岡直次郎。ある日、手元不如意になり、恋人の一人である美濃屋のお加代に無心に出かけた彼は、彼女が横恋慕した岩館藩主の息子によって拐われたと知ることになります。
 早速お加代を奪い返そうとする直次郎と丑松ですが、あわや藩士たちに斬り捨てられかける羽目に。そこに現れた容貌魁偉な坊主・河内山宗俊に救われた二人は、お加代を取り返す算段があるという河内山の企ての、片棒を担ぐことに……


 講談、そして何よりも河竹黙阿弥の歌舞伎によって今なお知られる天保六花撰――河内山宗俊・片岡直次郎・三千歳・金子市之丞・暗闇の石松・森田屋清蔵ら六人の悪党。最近では物語の主役になることは少ない印象がありますが、しかし特に河内山は、今でもその存在感は抜群であります。

 本作はそんな天保六花撰を題材に、金井たつおが「コミック乱」誌の2004年6月号から2005年10月号にかけて連載した作品。
 金井たつおといえばその作品は硬軟様々(後者の印象が強いですが)であるものの、時代漫画という印象が薄い作家(工藤かずや原作の『新選組』がありますが)ですが――さすがはというべきか、天保六花撰の物語を換骨奪胎して、自分の物語としている印象であります。

 特に本作の天保六花撰の設定は、随所にアレンジが施されています。宗俊・直次郎・丑松辺りはベースとなる物語から大きくは離れていない印象ですが、特に三千歳は直次郎の恋人ではなく深川の岡場所で妓楼・妖花楼を営む美女という設定なのが大きく異なるところでしょう。
 悪事を働く前に、三千歳が市井の、宗俊が武家の情報を集め、それを元に宗俊が描いた絵図面を、直次郎や丑松たちが実行する――というのが一つのスタイルとなっています。
(また、金子市之丞は宗俊の用心棒を務めるワケありの剣客という設定で、一味のある意味切り札的存在というのも面白い)


 しかしさらに面白いのは、本作が一種の成長物語としての側面を持つことでしょう。
 宗俊と並び本作の主人公である直次郎は、初登場の時点では、いわばジゴロを気取った小悪党という人物。悪党を食い物にする大悪党である宗俊に比べれば、ほんのヒヨッコであり、手足のように利用される存在であります。

 その貫目の違いは、はもちろん彼の人生経験の不足によるものでもありますが、それ以上に覚悟の不足に由来するものといえます。
 しかし物語の中盤、自分の考えの甘さから悪女・紫乃――三千歳のかつての姉貴分であり、今は女子供も皆殺しにする凶賊の頭領――によって、自分を慕う茶屋の娘を殺されたことをきっかけに、直次郎は変わっていくことになります。

 彼が宗俊から学んだ、悪党であるということの意味、そして己が悪党になることへの覚悟。それはそれでどうなのだろうという気もしますが――しかし本作の宗俊が悪党でありつつも外道ではなく、そして自分の行動の結果は全て自分で受け止める覚悟を決めている、一種の大人物であることを思えば、やはりこれも成長というべきでしょう。

 そして自分なりの覚悟を固めた直次郎が、宗俊を利用して自分の仕事を成し遂げてみせるエピソードは、不思議な感動があります。もっとも、宗俊は更にその上を行ってみせるのですが……


 そして本作は終盤、大坂の元締めと呼ばれる西の大悪党であり、紫乃の後ろ盾でもある森田屋清蔵と宗俊たちが対決。宗俊がひとまず勝利を収め、清蔵も宗俊を認める――というところで終わりを迎えることになります。
 つまり本作は、天保六花撰誕生直前で終わってしまうのですが、六花撰の顔見せ自体は済んだわけで、これはこれで一つの幕引きのタイミングなのかもしれません。

 何はともあれ、これまで何故か単行本されてこなかった(冒頭六話のみ、数年前に電子書籍されたのですが、後が続かず)本作が、こうして一つにまとまって読めるというのは、まことにありがたい話であります。


『天保六花撰 悪いヤツら』(金井たつお&桜小路むつみ リイド社SPポケットワイド) Amazon

|

2023.05.19

「コミック乱ツインズ」2023年6月号

 今月の「コミック乱ツインズ」誌は、久々に『軍鶏侍』が登場のほか、特別読切で『口八丁堀』が掲載。表紙は『鬼役』、巻頭カラーは『勘定吟味役異聞』です。今回も、印象に残った作品を一つずつ取り上げます。

『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 聡四郎が己を裏切った(と思いこんだ)白石と、吉宗の影響力を排除したい詮房の思惑が合致し、伊賀者を紀州屋敷の紅暗殺に差し向けた詮房。直接聡四郎を狙えばよいようなものですが、聡四郎をただ殺すよりも紀州屋敷で暮らす紅を殺した方が、聡四郎と吉宗を反目させ、吉宗の力を削ぐことができる――と、一石二鳥を狙ったものであります。
 さらにいえば、聡四郎を暗殺するにはいささかハードルが高い――と思ったのかもしれませんが、しかし上田作品では基本的にやられ役である伊賀者が、御庭番に勝てるかといえば……

 というわけで、奇襲したつもりが待ち伏せをされ、ダイナミックに叩き斬られた伊賀者たち。伊賀者側も一矢報いたものの、しかしほとんど完敗に近い結果といえるでしょう。(しかも本来業務である大奥の警護の方では、まだ暗殺者を見つけ出せず……)
 そして自分を巡ってそんな死闘が繰り広げられていたとは知らぬ紅は、晴れて聡四郎への輿入れが決まり――と、昨日までハブっていた同僚たちが、突然聡四郎に寄ってくるのは、いつの時代も勤め人というのは変わらぬもので……


『殺っちゃえ!! 宇喜多さん(重野なおき)
 ついに三村家親狙撃という前代未聞の挙に出ることとなった遠藤兄弟。家親が無駄にナイスガイっぷりを見せる一方で、遠藤兄弟の方は、思わぬ苦難の連続で――と、今回は土肥経平の「備前軍記」の内容がメインとなっているようですが、ホントにこんな面白展開だったの!? といいたくなるような、コントの如き(もちろん本人たちは必死な)事態が進行することになります。

 そんな中で光るのは、火種がなくなった状況からの遠藤弟の文字通り捨て身の機転ですが――さて、今回だけでは終わらなかった暗殺劇の成否は……


『口八丁堀』(鈴木あつむ)
 減らず口の口八丁で知られる例繰方同心・「減らず口之介」こと平津内之助が、過去の判例にまつわる論争を「言の刃仕合」で解決(?)するシリーズ第三弾は、自分の刑を重くしてほしいという、それもわずか六歳の咎人の申し出から始まる物語。
 そもそも何故わずか六歳の子供が罪に問われ、そして刑を重くしてほしいなどと言い出したのか? それはなるほど江戸時代ならではの理由があるわけですが、心情的にはそれを認めたくても――というわけで、今回は権威を笠に着る同じ例繰方同心・人呼んで「世渡りの沢渡」と内之助は対決することになります。

 厳然たる法の論理、しかも前例という権威を前にして、内之助に打つ手はあるのか――切れ味良い逆転劇もさることながら、結局は人情家の内之助の晴れ晴れした顔が印象に残ります。


『カムヤライド』(久正人)
 カムヤライド(モンコ)とアマツ・ノリット(コヤネ)、神薙剣(ヤマトタケル)とアマツ・ミラール(イシコリドメ)――ヤマトからの因縁を抱える二組の決戦もいよいよ終盤。相手に打ち勝つため、己の身が散り果てるのも構わずスーツを脱ぎ捨てた天津神二人との死闘は続きます。
 超音速の激突の果てに推音速狗(オオトバイ)が大破したカムヤライドは、何だかディープストライカーみたいな新モードで爆走するも、それでもまだノリットには及ばず。一方、神薙剣も、ミラールの奧の「手」によってアーマーを失い――と、それぞれ追い込まれていくことになります。

 その窮地からの二人の行動は――この状況でこうくるか、というシチュエーションからの逆転劇にはシビれること間違いなし。そしてシビれるといえば、ヒーローものの華であるマスク割れを見せたカムヤライドが割れたマスクから見るものは/見られるものは――次回必見であります。


 次号は、今号お休みだった『暁の犬』と『真剣にシす』が復活。鶴岡孝雄の特別読み切りも掲載とのことです。


「コミック乱ツインズ」2023年6月号(リイド社) Amazon

関連記事
「コミック乱ツインズ」2023年1月号
「コミック乱ツインズ」2023年2月号(その一)
「コミック乱ツインズ」2023年2月号(その二)
「コミック乱ツインズ」2023年3月号(その一)
「コミック乱ツインズ」2023年3月号(その二)
「コミック乱ツインズ」2023年4月号(その一)
「コミック乱ツインズ」2023年4月号(その二)
「コミック乱ツインズ」2023年4月号(その三)
「コミック乱ツインズ」2023年5月号(その一)
「コミック乱ツインズ」2023年5月号(その二)
「コミック乱ツインズ」2023年5月号(その三)

|

2023.04.29

楠桂『鬼切丸伝』第17巻 深すぎる愛が生み出した鬼たちの姿

 本伝と連載期間ではほぼ並び、単行本の巻数もあと少しで並ぶ『鬼切丸伝』第17巻の登場です。いつ終わるとも知れぬ旅を続ける鬼切丸の少年が今回出会うのは、深すぎる愛が生み出した鬼たちの姿であります。

 この世で唯一鬼を斬ることができる神器名剣・鬼切丸を振るう少年を描く連作シリーズである本作では、これまで様々な時代、様々な場所で鬼切丸を振るう少年を姿を描いてきました。そんな中でもこの巻では、なかなかユニークな趣向のエピソードが全3話5回構成で描かれます。

 まず冒頭の前後編「伽婢子鬼縁結び帯」は、戦国時代を舞台に、奇怪な男女三人の縁を描いた物語であります。越前の元武士の子であり、父同士の縁で、隣家の二人娘の姉・お朝と幼い頃に許婚となった平次。しかし彼は信長の侵攻を恐れた両親と共に、お朝を残して敦賀を離れることになります。
 それから五年、両親が相次いで奇怪な死を遂げ、身寄りをなくした平次は敦賀に帰るのですが――既にお朝もまた、同様に死を遂げていたのであります。

 彼女の親の厚意で共に暮らすことになった平次ですが、ある夜彼の下に忍んできたのはお朝の妹・お夕。強引に迫る彼女と契りを結んだ彼は、やがて二人で敦賀を出奔するのですが――それから一年、敦賀に戻り、お夕の親に結婚の許しを請うことにした平次。そこで彼が知った奇怪な真実とは……

 と、サブタイトルのとおり、浅井了意の仮名草子「伽婢子」から、巻之二「真紅撃帯」をベースとした本作。物語の大半(上で紹介した部分)は、奇怪な恋愛譚というべき原典をほぼ踏まえているのですが、最初に敦賀に戻る平次の前に鬼切丸の少年が現れる時点で、物語は不穏の度を高めます。
 お朝が平次に贈った縁結びの真紅の打帯。しかし彼の行く先々に現れるそれは、むしろ不吉な影として、彼にまとわりつくことになります。はたしてそれは誰の想いを込めたものであったのか――鬼切丸の物語としてはシンプルではありますが、結末の皮肉な味わいが印象に残ります。


 続く「偕老同穴鬼契りの章」は、仲睦まじい老夫婦の妻が倒れ、共にこの先も一緒にいるために、壁の中に埋めてくれと言い残して逝ったことから始まる怪異譚。
 毎晩必ず声をかけると言ったその通りに、毎晩壁の中から声をかけてくる妻にやがて恐怖を抱く夫ですが、それだけでなく……

 という本作のベースは、おそらく『まんが日本昔ばなし』で「爺さん、おるかい」として放送された民話(今となっては「ヒップホップババア」の方が有名ですが……)ではないかと思われます。しかし恐ろしくももの悲しかった原典を、鬼を絡めることでまた別の恐怖を生み出している(埋めた壁から――という辺りの怖さは本作の独壇場かと)といえます。
 それでいてどこか不思議な安らぎが漂う幻想的な結末もまた、見事な一編であります。


 そしてラストの「千姫鬼事件の章」「千姫鬼乱行の章」は、サブタイトルからわかるように、豊臣秀頼の妻であった千姫の数奇な運命を巡る物語であります。

 地獄絵図と化した大坂城から千姫を救い出したものの、その際に見殺しにした侍女たちに祟られて鬼のような面貌と化した坂崎出羽守が、結婚の約束を違えた千姫に本物の鬼と化して襲いかかる「千姫鬼事件の章」。
 本多忠刻に嫁いだものの、子も夫も奇怪な死を遂げ、死のうとしても死ねぬ呪いをかけられた千姫が、吉田御殿で乱行に走る「千姫鬼乱行の章」――その美貌故に苦しむ千姫の姿が二話に渡り描かれることになります。

 巷説である吉田御殿を、真っ正面から取り上げるのか――正直なところ意外に思いきや、そこに本作ならではの意外な意味づけを与える展開も面白いこのエピソード。
 また坂崎出羽守も、如何にも鬼になりそうな(失礼!)人物ではありますが、彼が死した後に明かされるその真情と役割など、定番を踏まえつつも、鬼を絡めることでそこから大きく踏み出してみせる本作ならではの味わいがあります。


 それにしてもこの巻で鬼に襲われるのは基本的に本人に非がない者ばかりなのですが、そんな人々に対する鬼切丸の少年の態度はいささか辛辣に過ぎるのではないか――とも感じるられます。しかしつまるところ他人の色恋沙汰に、そこに鬼が絡むというだけで出張らなくてはならないと思えば、なるほど少年にも同情させられる――というのは蛇足かもしれませんが。
(坂崎出羽守との対決の際、思わず自分の行為に疑いを抱いてしまうという珍しい姿を見せられればなおさら……)


『鬼切丸伝』第17巻(楠桂 リイド社SPコミックス) Amazon


関連記事
楠桂『鬼切丸伝』第8巻 意外なコラボ!? そして少年の中に育つ情と想い
楠桂『鬼切丸伝』第9巻 人でいられず、鬼に成れなかった梟雄が見た地獄
楠桂『鬼切丸伝』第10巻 人と鬼を結ぶ想い――異形の愛の物語
楠桂『鬼切丸伝』第11巻 人と鬼と歴史と、そしてロマンスと
楠桂『鬼切丸伝』第12巻 鬼と芸能者 そして信長鬼復活――?
楠桂『鬼切丸伝』第13巻 炎と燃える鬼と人の想い
楠桂『鬼切丸伝』第14巻 鬼切丸の少年に最悪の敵登場!?
楠桂『鬼切丸伝』第15巻 鬼おろしの怪異、その悲しき「真実」
楠桂『鬼切丸伝』第16巻 人と鬼、怨念と呪いの三つの物語

|

2023.04.18

「コミック乱ツインズ」2023年5月号(その二)

 「コミック乱ツインズ」2023年5月号の紹介、その二であります。

『玉転師』(有賀照人&富沢義彦)
 玉(女性)を転がして金を儲け、同時に相手の女性を幸せにする/望みを叶える東豪・お芳・十郎の玉転師の活躍を描くシリーズ、今回の舞台は吉原。なるほど、一番舞台になりそうな場所ではありますが、しかし一筋縄ではいかない物語が展開することになります。

 以前、東豪に世話されて、万亀楼で花魁となった白菊。しかし万亀楼は代替わりで主人が因業な男となり、白菊も横暴な町方同心・可児を客とすることとなります。そんな彼女を案じる十郎ですが、しかし彼女をまた「転がす」にも、一度は身請けする必要があります。
 そんなことをしても金にならないと東豪が冷たい態度を取る一方、キワモノの枕絵ばかり描く女浮世絵師・千絵にまとわりつかれて弱るお芳。他の誰にも描けない絵を描こうとする千絵に対して、東豪は……

 と、今回のゲストヒロインは二人。それも花魁と絵師と、女性であるほかは一見全く接点のない二人ですが――こう来たか、と驚かされる一石二鳥の手管が飛び出します。もっともそれも、可児の存在あってのことですが――容疑者が責め問いにかけられる姿に目をギラつかせてゾクゾクしている姿が、こう転がるか! とひっくり返りました。
 しかし千絵にとってこれで良いのか、という気もしますが、まあ楽しそうなので良いのかな――と、『ムザンエ』を読んだ後だと心配になったりもします。


『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 この号の発売と合わせて電子書籍も解禁となった本作(Kindle版の本誌でもようやく読める……)。前回、紀州に潜入した永渕は、柳沢吉保の遺命で吉宗を狙うも失敗、自分を罰しようともしない吉宗に、貫目の違いを思い知らされることになります。
 一方江戸城内での不穏な動きに対して、間部詮房が、何とか家継を守ろうとしますが――その一方で、聡四郎が自分の思い通りに動かぬことに苛立つ新井白石は、紅が吉宗の養女になった=聡四郎が吉宗に付いたと思いこみ、本作でこれまで描かれた中でも最高、いや最低のゲス極まりない表情を見せることに……

 かくて紅抹殺を決意した白石に詮房も乗り、詮房の命で紅を狙う伊賀組。しかし紅が吉宗の養女であるということは、当然ながら玉込め役に守られているということでもあって――というわけで、、次代の将軍位をねらう動きがいよいよ激化する中で、紅が思わぬとばっちりを受けることになります。
 とばっちりを受けた方ももちろんのこと、それで動かされる忍びたちもいい面の皮ですが、まあそれは上田作品ではいつものこと。今のところほとんど無敵の玉込め役を相手に、伊賀組の安否が気づかわれます。


『ビジャの女王』森秀樹
 いきなり冒頭から「冬人夏草」なるものの存在が四ページかけて語られるものの、詳細が秘されているので一体本編とどんな関係があるのか全くわからない――という大胆なオープニングとなった今回。メインとなるのは、ついにこの戦いに勝つために「攻」に出たインド墨者たちの姿であります。
 忘れかけていましたがラジンの父・フレグの軍に潜入していたインド墨者五人はある事(詳細は秘す)でフレグを怒らせて同士討ちを演じさせ、そしてラジン軍の中の墨者四人も、何やら活動を開始。そしてブブもまた、かつてのオッド姫との旅の記憶を元に、「攻」を始めることに……

 と、やっぱり墨者が一人だけではないと心強いなあ、と以前(って約千四百年前ですが)の時に比べると安心して見ていられるわけですが、しかしもちろんこの先、墨者たちの策通りに行くかはわかりません。オッド姫と遊女屋の女主人の間に生まれた不思議な関係性ともども、今後が気になるところです。


 次回、5月号紹介の最終回に続きます。


「コミック乱ツインズ」2023年5月号(リイド社) Amazon

関連記事
「コミック乱ツインズ」2023年1月号
「コミック乱ツインズ」2023年2月号(その一)
「コミック乱ツインズ」2023年2月号(その二)
「コミック乱ツインズ」2023年3月号(その一)
「コミック乱ツインズ」2023年3月号(その二)
「コミック乱ツインズ」2023年4月号(その一)
「コミック乱ツインズ」2023年4月号(その二)
「コミック乱ツインズ」2023年4月号(その三)

|

2023.04.08

賀来ゆうじ『地獄楽 勿怪の森』 二重に「らしい」後日談

 アニメ化、小説第二弾刊行と最近ファンには嬉しい展開が続いていた『地獄楽』ですが、まさかの新作短編の発表であります。短編といっても77ページの大ボリューム、描かれるのは本編終了後の画眉丸の姿――と大いに気になるところですが、内容のとんでもなさもまた本作らしい作品です。

 アキの住む村の外れの森に住み着いた白髪のよそ者。村の和尚から聞いた、最近解放された奇怪な島帰りの罪人ではないかと考えたアキをはじめとする子供たちは、村を守るためにこの男を殺そうと決意するのですが――振り降ろされた鍬が体に刺さっても平然としている男は、「ワシを殺したければ殺していい ただし一回殺すごとに野菜の作り方を教えてくれ」と告げるのでした。

 かくて始まった白髪の男とアキたちの奇妙な交流――大岩を落とされても、首を締められても、水中に沈められても平然としている男に、野菜の作り方を教える中、いつしか男とアキたちは友達のような関係になっていくのでした。
 そんなある日、アキを家まで送る途中に、村の大人たちが流行病で倒れて身動き取れなくなっていることを知る白髪の男。そしてその前に現れた和尚に招かれて寺を訪れた彼が語るのは……


 というわけで、本編終了後、ようやく平穏を手に入れた画眉丸が巻き込まれた出来事を描く本作。

 内容的には「舐めてた世捨て人が実は殺人マシンでした」ものなのですが――そこに子供ならではの残酷な無邪気さ・生真面目さと、忍びとして異常な生活を送ってきた画眉丸の「常識」が妙な形で噛み合ってしまったおかげで、えらくブラックな笑いを生み出しているのが『地獄楽』らしいというべきでしょうか。
 しかし、画眉丸の相変わらずの底知れぬ戦闘力を描きつつも、子供たちとの物騒な触れ合いの中で彼が人間として再生していく様を描てみせるドラマ部分もまた、実に『地獄楽』らしいと感じます。
(そしてまた、さらりと本編の総集編的語りも入れているのが心憎い)

 何はともあれ、物語が終わったその後を覗き見るのは野暮だと言われようとも、やはり好きだった作品のその後を(本編の幸せな結末を崩すことなく)見ることができるというのは嬉しいもの。
 画眉丸のその後が描かれたからには、ぜひ佐切のその後も――と思ってしまうのは、これは野暮というより欲張りではありますが、ファンとしての正直な気持ちであります。


関連サイト
配信サイト


関連記事
賀来ゆうじ『地獄楽』第1巻 デスゲームの先にある表裏一体の生と死
賀来ゆうじ『地獄楽』第2巻 地獄に立つ弱くて強い人間二人
賀来ゆうじ『地獄楽』第3巻 明かされゆく島の秘密、そして真の敵!?
賀来ゆうじ『地獄楽』第4巻 画眉丸の、人間たちの再起の時!
賀来ゆうじ『地獄楽』第5巻 激突、天仙対人間 そして内なる不協和音と外なる異物と
賀来ゆうじ『地獄楽』第6巻 怪物二人の死闘、そして新たなる来訪者
賀来ゆうじ『地獄楽』第7巻 決戦開始、前門の天仙・後門の追加組!
賀来ゆうじ『地獄楽』第8巻 人間の心、天仙の心
賀来ゆうじ『地獄楽』第9巻 天仙との死闘終結 そしてその先の更なる絶望
賀来ゆうじ『地獄楽』第10巻 三つ巴の大乱戦の果ての更なる混沌と絶望
賀来ゆうじ『地獄楽』第11巻 呉越同舟 それぞれの戦い、それぞれの想い
賀来ゆうじ『地獄楽』第12巻 最後の戦いに「人」を駆り立てる「想い」
賀来ゆうじ『地獄楽』第13巻 大団円 地獄と極楽の島での戦いの先に

菱川さかく『地獄楽 うたかたの夢』 死罪人と浅ェ門 掬い上げられた一人一人の物語

賀来ゆうじ『地獄楽 解体新書』 最高のタイミングで発売されたファンブック
おおはし『じごくらく 最強の抜け忍 がまんの画眉丸』 公認パロディ!? 強烈なキャラ変で辿る地獄楽

|

2023.04.06

柿本みずほ『狐小僧、江戸を守る』 対立する人間と妖怪の間に立つ新ヒーロー!

 妖怪が明確に人間の敵と認識され、取り締まられる江戸で、人間も妖怪も守るために戦うヒーロー「狐小僧」の戦いを描く妖怪時代小説であります。様々な事件の陰に存在する妖怪たちと、その妖怪たちを取り締まる孔雀組――その間に立つ狐小僧の戦いの行方は……

 幕府が怨霊怪異改方、通称・孔雀組を組織し、妖怪と妖怪に味方する人間を厳しく取り締まる江戸に、夜な夜な出没する狐面の男。人に仇なす妖怪から人間を守るだけでなく、孔雀組から妖怪を守るこの狐面を、世の人々は狐小僧と呼び、喝采を送るのでした。

 そんな中、上野の禅寺で住職の天暁と暮らす十四歳の少年・弥六は、見目は良いが人の倍は食べる力持ちの少年。日頃は寝坊してばかりで天暁に文句ばかり言われている弥六ですが、彼こそは狐小僧の正体――かつて幕府と盟約を結んでいた大妖怪・白仙と人間の女の間に生まれた半妖の子だったのです。
 七年前、妖怪たちとともに江戸を襲撃した末に姿を消し、孔雀組が設立されるきっかけとなった白仙。しかし弥六は人間と妖怪の共存を目指し、烏天狗の黒鉄をお供に、夜毎江戸の安寧のために戦っていたのであります。

 そんな弥六の周囲で次々と起こる妖怪絡みの事件。弥六は孔雀組や火盗改と対峙しつつも、事件解決のため奔走することに……


 妖怪が絡む事件を解決するため、妖怪の力を持つ/妖怪に抗する力を持つ主人公が活躍する――これはいわゆる妖怪時代小説では定番のスタイルの一つであります。本作もそれを踏まえた作品ですが、しかしそのある意味ドライでシビアな世界観において、他の作品と決定的に異なるといえるでしょう。

 妖怪時代小説での人間と妖怪は、ほとんどの場合、緩やかな共存関係にあるといってよいでしょう。人間が妖怪の存在を知らず、あるいは知っていても積極的に近づきも排除もしない――言ってみれば現実世界のそれを敷衍した関係であります。
 しかし本作においては、七年前の白仙の乱をきっかけに、(それまで盟約を結んで共存していた)人間と妖怪が決定的に対立し、人間が妖怪たちを積極的に取り締まり、退治しているという、大きなIFの世界観となっているのです。

 ここで妖怪を取り締まる孔雀組は、いわば火盗改の対妖怪版といえるかもしれません。しかし火盗改が犯罪者を容赦なく取り締まる組織である一方で、孔雀組はたとえ害はなくとも妖怪であるというだけで退治するだけでなく、妖怪と関わりのある人間も容赦なく責め問いにかけるという、恐ろしい一種の秘密警察として描かれます。
 ある意味、この世界観を象徴する存在であり、狐小僧の最大の敵といっても過言ではありません。


 しかしもちろん、狐小僧が戦う相手は、孔雀組だけではなく、人に害なす妖怪、妖怪を利用する人間といった江戸の平和を乱す者たちです。しかしそれと同時に、平和を望む人間と妖怪を守り、両者の架け橋となることもまた――いやこれこそが彼の本当の役目といえるでしょう。
 本作に収録されている以下のエピソードは、いずれもそんな彼の活躍を描くものであります。

 布切れを飲み込んだ姿で亡くなった若い武士が見つかり、さらに妖怪のその弟が妖怪に襲われた事件を描く「白うねり」
 禅寺の僧ばかりが何者かに襲われ、肩に強い打撃を受けるという事件の中で、天暁の意外な過去が明らかになる「蟹坊主」
 弥六の顔見知りの火盗改・鷹之助が恋した女性・お七の周囲で怪火が連続し、姿を消してしまったお七を追った弥六が知る真実「飛縁魔」
 夜ごと狐小僧の偽物が出現し町の人々を襲う事件が発生、狐小僧の名が地に落ちた中で、弥六の幼馴染み・まつまでもが孔雀組に捕らえられてしまう「化け狐」

 いずれもサブタイトルの妖怪たちは比較的メジャーなものばかりですが、彼らが人間たちと関わり合うことで生まれるドラマはどれも個性的で、本作独自のものばかりといえるでしょう。
 特に本作で妖怪ごとの行動原理として描かれる「よすが」の概念はユニークで、よすが故に事件を起こし、事件に巻き込まれる妖怪たちを如何にして救うかが、本作の重要な要素となっているのも印象に残るところです。


 こうして江戸の平和を守り、人間と妖怪の架け橋となるために戦い続ける狐小僧。しかし彼の戦いは、まだ終わりを告げたわけではありません。
 この先、彼がその役目を果たし、妖怪と人間が再びわかり合える日は来るのか。そして七年前の白仙の乱の真実は――この先の物語にも期待したいと思います。


『狐小僧、江戸を守る』(柿本みずほ 角川春樹事務所時代小説文庫) Amazon

|

2023.03.22

木野麻貴子『妖怪めし』第2巻 妖怪たちを満たし癒やす料理と、一ひねり効いた物語の冴え

 妖怪時代漫画+グルメという、ありそうでなかった作品『妖怪めし』の第二巻であります。ある目的のために諸国をさすらう旅の飯屋兄弟の前に立ち塞がる謎の怪物・不浄の王。不浄の王によって暴走した妖怪たちを満たし、癒やす二人の奮闘は続きます。

 子供のような体にひょっとこのような顔つきの兄・兵徳と、色の変わった前髪で怪力の弟・忌火の兄弟――かつて母が殺された場で謎の骨仮面の男と遭遇し、異形の体に変えられてしまったという過去を持つ二人は、仇と思しきこの男を探す旅の最中。
 その途中、妖怪たちが起こす事件に巻き込まれた二人は、得意の料理で妖怪たちの胃を満たし、心を癒やしていくことになります。

 そんな中、各地で妖怪たちを暴走させている異形の存在・不浄の王と出会った二人は、自分に呪いをかけた男に通じるものを感じて……


 というわけで、妖怪を料理するのではなく、妖怪に料理する兄弟を描く本作。二人の旅の目的は母の仇討ちと自分たちにかけられた呪いを解くことですが、その仇との繋がりがあると思しい不浄の王の情報を得るため、彼に暴走させられた妖怪たちを餌付けする――という、ある意味身も蓋もない目的の二人の奮闘が、この巻では描かれることになります。

 が、兄弟と妖怪たちの対峙は、いずれも一ひねりが加えられたエピソードなのが実に面白いところです。
 たとえばこの巻の冒頭のエピソードは、ガタロー(河童)のガタにまつわる物語。最近人間や馬を襲うようになったガタと出くわし、冬の川に落ちた兄弟は、薬師の堤と出会うことになります。兄弟がガタを捕まえようとする一方で、堤がかつて赤子の頃の自分を人質に両親を殺し、河童の秘伝薬を奪ったと告げるガタ。はたして兄弟は堤の薬草保管庫でガタの言葉を裏付けるものを見つけるのですが……

 人に危害を及ぼしていた妖怪に実はよんどころない事情があった、あるいは妖怪の側の方が被害者だったというのは、妖怪ものでしばしばあるシチュエーションであります。特に単純に退治して終わり、とはならない本作の場合、妖怪側の事情にも力を入れて描かれるため、こうしたケースが多いようにも思えてしまいますが――しかしそれだけに終わらないのが本作の面白さです。
 このガタのエピソードも、次から次へと状況が一転二転し、そしてようやく語られた真実を伝えるために兄弟の料理が、という展開が印象に残ります。

 もちろんそれだけでなく、人間の側が本当に悪いエピソードもあるのですが――いずれにせよ、単純にパターン化されていない物語が展開されるのは大歓迎であります。

 そして、本作の最大の特長である料理が実に美味しそうというのは、もちろんのことであります。料理を食べた妖怪のリアクションが、ほとんどグルメ漫画のそれというのはちょっと――という気もしますが、例えばこの巻に収録の「食わず女房」のエピソードのように、料理を食べること自体が物語で重要な意味を持つ物語もあり、料理で妖怪を満たし、癒やすことの意味が、様々な形で描かれているのに好感が持てます。


 そして物語の軸である骨仮面の男ですが――真相はある程度予想できるものの、さて本作の場合、それが本当にその通りになるのか、まだまだ予断を許さないところであります。(あと、意外と抜けているのがちょっとおかしい)

 この先、骨仮面の男、そして不浄の王にまつわるいかなる物語が描かれるのか、そしてそこでいかなる料理が振る舞われるのか――各回のエピソード同様、大きな物語の方も気になるところです。


『妖怪めし』第2巻(木野麻貴子&木下昌美 (監修) マッグガーデンコミックスBeat'sシリーズ)  Amazon

関連記事
木野麻貴子『妖怪めし』第1巻 料理人兄弟、食で妖怪を鎮める!?

|

2023.03.21

梶川卓郎『信長のシェフ』第34巻 ついにわかった犯人と動機!? ケンと光秀の攻防始まる

 いよいよ運命の時が近づく中、歴史を変えるために織田家を離れてまで、最後の未来(現代)人・望月を探したケン。ついに土佐で望月と再会したものの、あまりに意外な結果に終わり、安土に戻ろうとするケンですが、様々な障害が待ち受けます。その一方で、光秀は着実に策を進めていくことに……

 本能寺の変の時が刻一刻と近付く中、歴史を変えるため、不安定要因である自分たち未来人の最後の一人、望月を探すケン。ついには織田家を半出奔状態になってまで、望月がいる土佐までやって来たケンですが、当の望月は歴史には滅茶苦茶疎かった――という、ギャグみたいなオチにケンも愕然、仕方なく安土に帰ろうとするも、今度は船がない! という二重にどうしようもない状態からこの巻は始まります。

 仕方なく望月の下に戻ってみれば、ケンがあげた菓子がもとで村の子供たち二人が大喧嘩、そこに親まで、いや領主である一条兼定まで出てきて――と、この非常事態に一体何が始まったのか、と思いますが、ここで久々に「名誉を汚されたら殺す」というヘル中世ぶりを垣間見たケンは、それを切っ掛けに、ようやく光秀が本能寺の変を起こすに至る思考回路を理解するのでした。
 信長のことは誰よりも慮っている忠臣であり、この時代の常識人、そしてやはり名誉を命よりも重んじる光秀。一方、普段から非常識なことばかりしているので、周囲から理解されなくても慣れっこになってしまっている信長。この二人の間に生じた文字通り致命的な誤解を解けるのは、自分しかいない! とケンは決意を新たにすることになります。

 しかし結局は一料理人に過ぎないケンが、智謀に優れ、一大軍団を擁する光秀を自分の力のみで止めることができるはずもありません。そこでケンが頼った相手とは……


 と、前巻から始まった堂々巡りが一体どこに落着するのかハラハラさせられましたが、ケンがようやく光秀の真意に気付いたことで、一気に動き出した感のある物語。
 しかし「犯人」と「動機」がわかったとして、「犯行」そのものを止められるかは別問題であります。タイムスリップした人間が、歴史上の悲劇を避けるために奔走するというのは、これはもうタイムスリップものの定番中の定番ですが、ある意味本作もその基本に立ち戻った感があります。

 ケンの側のアドバンテージは、料理の腕を除けば、史実を知っているという点のみ。それを如何に利用していくかという一方で、光秀も己の策を現実のものとするために、二重三重の備えを――という、一種の攻防戦が始まるのも面白いところです。
 一方の光秀の方にもまだ心に迷いがあったものの、あたかも彼を助けるするかのように、彼にとって有利な偶然が発生、ついに彼は「あの歌」を詠むことに……


 そんなケンにとってはいまだに圧倒的に不利な状況ですが、そんな中でもしかして不確定要因になるのが望月の存在であります。

 なんだかんだでケンの後を追いかけて、ある意味彼以上の冒険をする羽目になった望月。はたして彼が現代でケンの父から預けられた謎の品が意味を持つのか、あるいはケンが忘れていった特大の鍋が!?
 と、本当に彼が役に立つかはまだまだ謎ですが、さすがに意味がないことはないと思いたい。そんな望月の動向にも期待したいと思います。


『信長のシェフ』第34巻(梶川卓郎 芳文社コミックス) Amazon

関連記事
 「信長のシェフ」第1巻
 「信長のシェフ」第2巻 料理を通した信長伝!?
 「信長のシェフ」第3巻 戦国の食に人間を見る
 「信長のシェフ」第4巻 姉川の合戦を動かす料理
 「信長のシェフ」第5巻 未来人ケンにライバル登場!?
 「信長のシェフ」第6巻 一つの別れと一つの出会い
 「信長のシェフ」第7巻 料理が語る焼き討ちの真相
 「信長のシェフ」第8巻 転職、信玄のシェフ?
 「信長のシェフ」第9巻 三方ヶ原に出す料理は
 「信長のシェフ」第10巻 交渉という戦に臨む料理人
 『信長のシェフ』第11巻 ケン、料理で家族を引き裂く!?
 『信長のシェフ』第12巻 急展開、新たなる男の名は
 梶川卓郎『信長のシェフ』第13巻 突かれたケンの弱点!?
 梶川卓郎『信長のシェフ』第14巻 長篠への前哨戦
 梶川卓郎『信長のシェフ』第15巻 決戦、長篠の戦い!
 梶川卓郎『信長のシェフ』第16巻 後継披露 信忠のシェフ!?
 梶川卓郎『信長のシェフ』第17巻 天王寺の戦いに交錯する現代人たちの想い
 梶川卓郎『信長のシェフ』第18巻 歴史になかった危機に挑め!
 梶川卓郎『信長のシェフ』第19巻 二人の「未来人」との別れ、そして
 梶川卓郎『信長のシェフ』第20巻 ケン、「安心」できない歴史の世界へ!?
 梶川卓郎『信長のシェフ』第21巻 極秘ミッション!? 織田から武田、上杉の遠い道のり
 梶川卓郎『信長のシェフ』第22巻 ケンの決意と二つの目的と
 梶川卓郎『信長のシェフ』第23巻 思わぬ攻防戦、ケンvs三好!?
 梶川卓郎『信長のシェフ』第24巻 大坂湾決戦の前哨戦にケン動く
 梶川卓郎『信長のシェフ』第25巻 新たな敵に挑む料理探偵ケ
 
梶川卓郎『信長のシェフ』第26巻 ケンと村上父子の因縁、決着!?
 梶川卓郎『信長のシェフ』第27巻 本願寺への道? ケン、料理人から××へ!?
 梶川卓郎『信長のシェフ』第28巻 石山合戦終結 そして数多くの謎と伏線
 梶川卓郎『信長のシェフ』第29巻 今明かされるヴァリニャーノ真の目的!?
 梶川卓郎『信長のシェフ』第30巻 ようやく繋がった道筋? そしてケン生涯の一大事
 梶川卓郎『信長のシェフ』第31巻 滅びゆく武田家 東奔西走するケン
 梶川卓郎『信長のシェフ』第32巻 武田家滅亡 松姫の答え、勝頼の答え
 梶川卓郎『信長のシェフ』第33巻 対面! 最後の現代人

|

より以前の記事一覧