2023.12.03

楠桂『鬼切丸伝』第18巻 美しく とても美しく 美しすぎる姫が招く鬼

 鬼を斬るために永遠をさすらう鬼切丸の少年を通じて、人の歴史の陰の部分を描く『鬼切丸伝』の最新巻は、美しすぎる姿が周囲に不幸を招く姫、妻への愛のために千人斬りを志す男、人々のために起った義民を襲う悲劇――三つの物語が収録されています。

 この世で唯一鬼を斬ることができる神器名剣・鬼切丸を振るう名のない少年――彼が様々な時代で出会う鬼と、様々な人の愛憎の姿を描く本作。
 この巻の冒頭の「鬼観音初音姫」は、戦国時代の伝説の姫、九鬼澄隆の娘である初音姫にまつわる物語であります。

 生まれついて周囲の者を惹きつけずにはおかない美しさを持ち、結婚を求める者が引きも切らなかった初音姫。そんな彼女には、越賀玄蕃允という相思相愛の相手がおりました。
 しかし玄蕃允は九鬼家にとっては敵方、父の決めた相手に嫁がされそうになったのを拒んだ初音は、城に幽閉されることになります。己の美しさが不幸を招いたことを嘆いた彼女は、以後はこの地に美しい女が生まれないようにと願いながら、井戸に飛び込んだ……

 概略このように伝わる初音姫の伝説。本作もそれをほぼ敷衍しているのですが――作中で逃げる初音に斬りつけた相手の刀が、逸れて地蔵の首に当たるのも伝説通りであります――しかし本作で「美しく とても美しく 美しすぎて」と現される初音姫の存在感は、伝説を遙かに上回るものといえます。
 何しろその美しさは無自覚に周囲を惑わせ、彼女を守ろうとするあまりに周囲の者が鬼と化すほどなのですから。

 もちろんそんな初音の存在を、少年が放っておくはずがありません。作中で触れられるように、これまでその美によって、無自覚に鬼を生み出す者はおりました。あるいは、自分は無垢のまま、人を追にに変える者もいました。
 初音もそんな存在と見做して、命を絶とうとする少年ですが――しかし初音姫の場合は、それとはまた異なる、そして桁違いの力を持つ存在であるといえます。あの、人間も女も嫌いな少年が、思わず言うことに従いそうになるのですから、尋常ではありません。

 そんな彼女が自ら命を絶つのは、その絶望ゆえですが、実はここまでが前編。本作の愛読者であれば予想がつくと思いますが、彼女が死の際に残した願いは強固な呪いと化し、この地に更なる災いと悲しみを招く模様が、後編で描かれることとなります。
 その呪いの有り様たるや、実に本作らしいというべきか作者らしいというべきか――その残酷さには、胸が痛むほどであります。

 正直なところ、後編の結末はかなり甘いようにも思われるのですが、しかし怪異としての己と初めて向き合った初音姫の姿は確かにこの上なく美しく、そこに一つの救いを感じるのです。


 また、辻斬りにあって死んだはずの妻から、千人を斬れば自分は蘇生できると告げられた男が、辻斬りの鬼と化す「辻斬り鬼願」は、江戸時代に実在したらしい辻斬りを題材としたエピソード。
 物語自体はシンプルに見えますが、終盤にガラリと全ての構図が変わる展開が巧みであります。

 一方、ラストの「佐倉鬼義民伝」は、千葉県民であれば誰もが知っている(?)佐倉惣五郎伝説を題材としたエピソードです。
 領主・堀田正信の苛政を将軍に直訴した末に妻子ともども処刑された惣五郎が、怨霊と化し、ついには正信を狂わせて藩を滅ぼした――という伝説自体が、既に祟りの物語であるわけですが、本作ではそこに鬼の存在を絡め、新たな物語を描き出します。

 本作に登場する、惣五郎の叔父であり、鬼と化して修羅道に堕ちた者すら成仏させる高僧・光善和尚――しかし、惣五郎一家の処刑に際し、この少年すら驚かせた高僧が抱いた絶望が、物語をさらに苦いものに変えていくことになります。
 同じ生者が変じた存在であっても、既に人ならざる存在である鬼と、あくまでも人である怨霊は、本作では明確に区分された存在ですが――それを踏まえた皮肉極まりない結末も印象に残るエピソードです。


 連載の方はついに百話を数えたとのことですが、歴史に鬼の種は尽きまじ――はたして現代に辿り着くまでに、少年がどれほどの鬼と出会うのか、まだまだ見守る必要がありそうです。


『鬼切丸伝』第18巻(楠桂 リイド社SPコミックス) Amazon

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2023.11.19

「コミック乱ツインズ」2023年12月号

 号数でいえば今年ラストとなる「コミック乱ツインズ」12 月号は表紙が何と『江戸の不倫は死の香り』、巻頭カラーは『鬼役』。『勘定吟味役異聞』が最終回を迎える一方で、、ラズウェル細木『大江戸美味指南 うめえもん!』がスタートします。今回も印象に残った作品を紹介しましょう。

『ビジャの女王』(森秀樹)
 ジファルの過去編も終わり、今回から再び描かれるのは、ビジャの城壁を巡る攻防戦。そこで蒙古側が繰り出すのは、攻城塔――重心が危なっかしいものの、装甲を固め、火矢も効かないこの強敵を前に、ブブがまだ戦線に復帰しないビジャは窮地に……

 しかし、インド墨者はブブだけではありません。そう、モズがいる! というわけで、これまではその嗅覚を活かした活躍がメインだった彼が、ついに墨者らしい姿を見せます。攻城塔撃退に必要なのは圧倒的な火力、それを限られた空間で発揮するには――ある意味力技ながら、なるほどこういう手があるのかと感心。ビジュアル的に緊張感がないのも、それはそれで非常に本作らしいと感じます。


『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 ついに今回で最終回、「父」吉保の置土産である将軍暗殺の企ての混乱の中で、徳川家の正当な血統の証を手に入れた柳沢吉里。しかしその証も、事なかれ主義の幕閣の手で――と、大名として残る吉里はともかく、ある意味同じ幕臣の手で夢を阻まれた永渕にとっては、口惜しいどころではありません。

 死を覚悟した永渕は、最後に聡四郎に死合を挑み、最終回になって聡四郎は宿敵の正体を知ることになります。聡四郎にとっては降りかかる火の粉ですが、師の代からの因縁もあり、ドラマ性は十分というべきでしょう。
 しかし既に剣士ではなく官吏となった彼の剣は――と、最後の最後の決闘で、彼の生き方が変わったこと、さらにある意味モラトリアムが終わったことを示すのに唸りました。

 そして流転の果てに、文字通り一家を成した聡四郎。晴れ姿の紅さんも美しく(吉宗は相変わらず吉宗ですが)、まずは大団円であります。が、もちろんこの先も聡四郎の戦いは続きます。その戦いの舞台は……
(と、既にスタートしている続編の方はしばらくお休み状態ですが――さて)


『口八丁堀』(鈴木あつむ)
 特別読切と言いつつ先月から続く今回、売られていく幼馴染を救うために店の金に手を付けた男を救うため、店の主から赦免嘆願を引き出した例繰方同心・内之介。しかしその前に切れ者で知られる上司が現れ――という前回の引きに、なるほど今回はこの上司との仕合なのだなと思えば、あに図らんや、上司は軽い調子で内之介の方針を承認します。
 むしろそれで悩むのは内之介の方――はたして法度を字義通りに解釈せず、人を救うために法度の抜け道を探すのは正しいのか? と悩む内之介は、いつもとは逆に自分が責める側で、イメージトレーニングを行うのですが――その相手はなんとあの長谷川平蔵!?

 という意外な展開となった今回。正直にいえば、二回に分けたことで、内之介が見つけた抜け道のインパクトが薄れた気がしますが――しかし、ここで内之介が法曹としての自分の在り方を見つめ直すのは、彼にとっても、作品にとっても、大きな意味があるといえるでしょう。単純なハッピーエンドに終わらない後日談の巧みさにも唸らされます。


『カムヤライド』(久正人)
 東に向けて進軍中、膳夫・フシエミの裏切によって微小化した国津神を食わされ、モンコたちを除いて全滅したヤマト軍。そして合体・巨大化した国津神が出現し――という展開から始まる今回ですが、ここでクローズアップされるのは、フシエミの存在であります。
 かつてヤマトでモンコに命を救われたというフシエミ。その彼が何故モンコの命を狙うのか――その理由には思わず言葉を失うのですが、それを聞いた上でのモンコがかける言葉が素晴らしい。自分の力足らずとはいえ、ほぼ理不尽な怒りであっても、全て受け止め、相手の生きる力に変える――そんな彼の言葉は、紛れもなくヒーローのものであります(そしてタケゥチも意外とイイこという)。

 その一方で、前回のある描写の理由が思わぬ形で明かされるのですが――そこから突然勃発しかかるカムヤライドvs神薙剣。また神薙剣の暴走かと思いきや、そこには意外な理由がありました。ある意味物語の始まりに繋がる要素の登場に驚くとともに、なるほどこれで二人の対決にも違和感がない――という点にも感心させられました。


 次号は創刊21周年特別記念号。今回お休みだった『真剣にシす』が巻頭カラーで登場。『軍鶏侍』は完結とのことです。


「コミック乱ツインズ」2023年12月号(リイド社)


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2023.11.07

清音圭『化け狐の忠心』第2巻 人と狐の両片思い、これにて完結

 戦国時代のとある国を舞台に、厳しい立場に立たされながらも心正しく生きる領主の嫡男・直澄と、どこまでも真っ直ぐな彼の姿に惹かれてしまった傾国の妖狐・玉藻の想いの行方を描く物語もこれにて完結。自分の存在が直澄を危うくしかねないと知りつつも、彼を巡る陰謀の存在を知った玉藻の選択は……

 かつて数々の国を傾けた末、封印された化け狐・玉藻。戦乱の中で解放された玉藻が再び暴れ回ろうとした矢先、彼女は若武者・梅多直澄と出会うことになります。
 自分を戦乱で焼き出された女性と思いこみ、城に置いた直澄を利用しようとした玉藻ですが――直純が実の父や継母から命を狙われていると知った玉藻は、思わず直純を守ってしまうのでした。

 そんな日々を過ごすうちに、直純から離れがたくなっていく玉藻。しかし、直純の血の繋がらない叔父であり、切れ者として知られる幸満から正体を疑われることとなった玉藻は、化け狐の自分が近くにいれば、直純の立場を危うくすると悟ることに……

 という、狐の美女と人間の武士の間に生まれた想いの行方を描く本作。文字通り玉藻の毒気を抜くほどの清廉さを持つ直澄ですが、それだけに生き馬の目を抜く戦国の世を渡っていくには危なっかしすぎる彼を守るための玉藻の奮闘は、相変わらず続くことになります。

 何しろ直澄の両親自体が彼の最大の敵という状況の上、一見彼の味方のように見える幸満も何やら怪しく、家中での彼の立場はほとんど四面楚歌。そんな彼を救うために、彼を食い物にしようとしていた玉藻が、配下の妖怪たちを動員してまで頑張ってしまうのが、おかしいというか微笑ましというか、何ともニヤニヤさせられるのですが……

 しかしこの巻では、直澄の周囲で怪しげな陰謀が動き始めることになります。自分の嫡男を廃しようとするくらいですから、支配下の国でも人望のない直澄の父――そんな彼を遂に除かんとする動きが出るのですが、彼らが代わりに直澄を戴こうというのが大問題。
 何しろ直澄は自分の命が狙われても相手を信じようとするお人好し、ましてや相手が自分の父親であれば、そんな動きに乗るはずもありません。

 しかしそれでも彼をのっぴきならぬ立場に追い込もうとする奸策の存在を知った玉藻は、見るに見かねて自ら動こうとするのですが――しかし玉藻が直澄を救うためには、自らの化け狐としての力を見せなければなりません。
 しかし化け狐の正体を顕せば、直澄が自分を側に置いておくはずもない――その玉藻の悩みこそが本作の最大のクライマックスであるといえるでしょう。
(この陰謀が、成功した方が直澄にも玉藻にも利があるというのが、また巧みなところであります)

 自分が恋する相手の側にいられることを選ぶか、相手の身と心を守ることを選ぶか? これはある意味、人間と異類の恋愛ものでは定番の、そして究極の選択ではありますが――しかしその答えは常に決まっているのもまた事実。それではその答えを選んだ結果は……


 まあ、直澄と玉藻は両片思いである、というのを思えば、結末は見えているのですが――本作の場合、それは誰もが望む、唯一の結末であることもまた事実でしょう。
 正直なところ、終盤の展開はトントン拍子過ぎる気もするのですが、美しいファンタジーとしては、これでよいのだ、と大きく肯くほかありません。

 むしろ本作の場合は、もっと甘々にしてよかった、というか両片思いの間をもっとじっくり描いてほしい、あるいは物語のその先をもっと描いてほしい、という気持ちにもなるのですが、しかしそれは野暮というものかもしれません。
 単行本の巻末に収められたおまけを見れば、その想いの一端は、十分に満たされるのですから……


『化け狐の忠心』第2巻(清音圭 白泉社花とゆめコミックス) Amazon

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2023.08.29

コナン・ドイル『クルンバの悲劇』

 コナン・ドイルの代表作がシャーロック・ホームズ譚であることは言うまでもありませんが、もちろんその他にも、興味深い作品が数多くあります。本作はその一つ、荒涼としたスコットランド南西部を舞台に、奇矯な言動をとる館の主の秘密を描く物語であります。

 叔父の所有する土地と財産管理のため、父や妹のエスタとともに、ウイグタウン州ブランクサムに引っ越してきた青年ジョン・フォザギル・ウエスト。荒涼とした土地で日々を過ごすウエスト家の人々ですが、近くの無人であったクルンバ館に、ある晩、灯が点っているのを目撃することになります。
 クルンバ館に向かったジョンは、そこに新たな住人であるヘザストン少将一家が越してきたことを知るのですが――四十年前、インドで輝かしい戦果を上げたという少将は、極めて猜疑心の強い、奇矯な言動をとる人物だったのです。

 館の周囲に高い塀を巡らせたと思えば、夜には館中に煌々と灯りを灯す――そんなヘザストンの行動を不審に思うジョンですが、やがてほとんど軟禁同然だったヘザストンの息子・モーダントと娘のゲブリエルと知り合い、密かに交流を深めていくことになります。
 そしてモーダントから、毎年10月5日に少将の恐怖が頂点に達すると聞かされたジョンですが――その日の数日前に近くの湾で船が難破し、遭難したと思われたものの奇跡的に生還した三人のインド人僧侶の存在を知ることになります。

 その一人と言葉を交わし、極めて高い知性と、高潔な人柄に感銘を受けるジョン。しかし僧侶たちの存在を知った少将の反応は……


 荒涼とした僻地に立つ館、何かに怯える奇矯な住人、そして異国からの使者――一種の典型といえる要素で構成された本作。シチュエーション的に、同じドイルの『四つの署名』を連想される方も多いと思いますが、はっきり言ってしまえば、そちらと近い内容の物語であることは間違いありません。

 尤も本作は、探偵による理性的な謎解きの物語ではなく、超自然的な要素が含まれる、一種の怪奇小説であります。
 今の目で見れば、作中で描かれるその要素自体は控えめで、鐘の音に象徴される一種の前兆と、そして仄めかしによるものなのですが――しかしそれでも一種の重苦しさすら感じさせる迫力があるのは、舞台設定と、第三者の視点を通じた物語展開の妙でしょう。

 ちなみに作中の一種の心霊科学を肯定する視線からは、てっきりドイル晩年の作品と思ったのですが、それどころか本作は『緋色の研究』と前後して執筆された、最初期の作品だというのが面白い。
 場合によっては、ドイルはホームズではなく最初からこちらの方向に進む可能性があったのでは――と想像するのは、なかなか面白いものです。


 というわけで最初期の作品ながら十分に読ませる本作なのですが、実は途中からどこかで本作を読んだことがある、という気分になりました。その謎は、三人の僧の登場の辺りでようやく解けたのですが――実は本作は、水木しげるの長編怪奇漫画『鈴の音』の翻案元なのであります。
 水木しげるの初期作品に、欧米の怪奇小説の翻案がしばしば含まれているのは有名な話ですが、初読時には気付かなかった『鈴の音』にも元があったとは……

 比べてみると、なるほどこのように翻案するのか、とその巧みさに感心させられるのですが――特にラストに登場するある場所の描写の凄まじさ、そしてあの世への不思議な憧憬などは、水木しげるならではのものがあり、機会があればぜひ読み比べていただきたいと思います。


 ちなみに本作を読んでいなかったのは、長い間絶版になっていたためでしたが――元々収録されていた新潮文庫のドイル傑作集の中で、本作は他よりも再版に恵まれなかったのでは?――現在は電子書籍として容易にアクセス可能なのは、実にありがたいところであります。


『クルンバの悲劇』(コナン・ドイル 新潮文庫) Amazon

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2023.08.19

「コミック乱ツインズ」2023年9月号(その二)

 「コミック乱ツインズ」9月号の紹介の後編であります。

『そば屋幻庵』(かどたひろし&梶研吾)
 一年二ヶ月ぶりの登場となった今回は、今回は玄太郎の嫡男で牧野家の現当主・栄次郎を中心としたエピソード。勘定方として部下の分まで代わって仕事を片付けたりと非常に忙しい日常を送る栄次郎ですが、ようやく休暇を与えられたと思えば、お役目上の接待のために、駿河や伊豆の食材を調べに行くことに――と、そこに玄太郎と平吉が同行するという趣向です。

 こうした流れのために、どちらかというとそばよりも、三島の鰻や沼津のギンデイなど、各地の名物が印象に残るのですが――しかししかしそれがどれを見ても旨そうなのがたまりません。もちろんそばの方も、大磯の生しらすと大根おろしを載せたそばなど、実に食べたくなるのですが、しかしラストに描かれる「かけ」が一番に思えるのは、本作ならではのマジックでしょう。

 そしてそんな流れの中で、お堅い栄次郎が徐々にほぐれていき、そして一見正反対の玄太郎という人物を、誰よりも理解していることが描かれるのも実にいい(まあ、確かに玄太郎は色々とズルい!)。
 しかしそれ以上に、藤丸姐さんが幻庵のそばを一言で評する言葉はこれ以上ないほど的確で、幻庵の方の最大の理解者はこの方だなあと感心するのです。


『真剣にシす』(盛田賢司&川端ジュン一・西岡拓哉/グループSNE)
 前回、騙し合いの末に長州を破った夜市ですが、今度の相手は薩摩。交易路を賭けての対戦に、薩摩に向かう夜市一行ですが――いきなりそこでチェストォな武士たちの歓待を受けることになります。そして薩摩隼人の宴会といえば、そう肝練り――というわけで(?)、点火した火縄銃を上から吊してグルグル回しながら飲むという、あたおかな状況になるわけですが、隣の人間が頭打ち抜かれても平然としている夜市もまた大概であります。
 そんなこんなで島津斉興と対面した夜市ですが、ここで姿を現した薩摩の真剣士は――調所広郷! 広郷が博奕というのは意外なようなそうでもないような、という感じですが、しかし駆け引きの上手さと修羅場を潜った胆力という点では、納得の人選ではないでしょうか。

 そしてここで繰り広げられる勝負は「菱刈勇士」――プレーヤーは金山に潜る鉱夫となって、坑道に模した襖を開けるか止めるかを宣言、開けて宝を持った腰元が出てくればポイント、山賊役の武士が出てくれば(物理的にも)ダメージ――というルールであります。
 今回はルール紹介のため勝負はこれからですが(宝が出るか山賊が出るかはどうやって決まるのか?)、さて今回から既に勝負の伏線が張られているような気がするだけに、油断はできません。


『カムヤライド』(久正人)
 天津神との五対五の激闘に辛うじて勝利を収め、一時の安らぎを得たかと思いきや、ヤマトの兵たちに捕らえられてしまったモンコたち。「殖す葬る」をしたりしていたのですっかり忘れていましたが、モンコたちはお尋ね者――特にモンコはすぐに処刑されてもおかしくない身ですが、何と大王にストップをかけたのはタケゥチだというではありませんか。

 実は、モンコと同一人物だとばかり思われていたたノミの宿禰の足跡を追う中で、逆に同一人物ではありえない証拠を見つけてしまったタケゥチ。彼の職業倫理からすれば、その事実を無視したままモンコを殺させるわけにはいきません。折しも国津神と蝦夷が同盟を組んだ情報を掴んだ彼は、東征軍を率いるヤマトタケル=神薙剣のパワーアップ手段として、大王にある提案を……

 と、先にノツチとモンコの出会いが描かれたことで、既に解決したような気分になっていたモンコの過去と彼の正体。しかしここでタケゥチが提示した数々の事実により、改めて、いやこれまで以上にその謎は深まることになります。
 特に驚かされるのは、モンコ本人とは別にノミの宿禰が存在し、しかも第三勢力的に活動しているらしきことですが――それは何を意味しているのか。とりあえず、ネガカムヤライド登場の可能性が高まったのでは、と勝手に期待しているところです。

 何はともあれ次回から新展開、再び共に旅することになったモンコとヤマトタケルですが、はたして二人の関係はかつてのように戻ることができるのか。ヤマトタケルが救われる日を祈りたいと思います。
(にしてもトレホ親方さぁ……)


 次号は表紙が『鬼役』、巻頭カラーが『真剣にシす』であります。


「コミック乱ツインズ」2023年9月号(リイド社) Amazon

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2023.08.12

清音圭『化け狐の忠心』第1巻

 人間と異類のロマンスは古今を問わず多くの人々を惹きつけるものですが、本作もその一つ。戦国時代のとある国を舞台に、生真面目でお人好しな若武者と、人間に恨みを持つ強大な化け狐の間に、ちょっと変わったドラマが生まれることになります。はたして化け狐が抱くのは忠心か恋心か……

 時は戦国、とある城の落城の混乱の中で、封印から解き放たれた化け狐の玉藻。かつて人間に一族を滅ぼされ、その恨みから数々の国を傾けてきた彼女は、解放されたのをこれ幸いと、再び暴れ回ろうとするのですが――しかしそんな玉藻の前に現れた若武者・梅多直澄は、彼女を戦に巻き込まれた不幸な女性と信じ込むと、彼女を自分の城に連れ帰って住まわせるのでした。

 ひとまず、直澄の近くで周囲の目から隠れて――と考える玉藻ですが、愚直なまでに清廉で生真面目な直澄は、実の父や継母をはじめとする人々に疎まれ、密かに命を狙われる身の上でした。それを知った玉藻は、全く周囲を疑おうとしない直澄を守ろうと奔走するのですが……


 という基本設定の本作は、戦国時代のとある国を舞台としたファンタジー色の強い作品。人間の男性と狐の女性というのは、これはもう一千年以上前からの定番(?)ですが、本作の面白いところは、(今のところ)男性=直澄の方が、全く女性=玉藻が狐であると気付いていないところでしょう。
 ラブコメで、片方が度を超した鈍感で、相手の想いに気付かないというのは定番展開ですが、本作はそれに相手の想いだけでなく、正体までも気付かないという、二つのシチュエーションを重ね合わせているのが、何とも楽しく、切ないところです。

 想いを知られれば相手に拒まれるかもしれないどころか、正体を知られたら確実に相手に拒まれる――恋する相手に自分のことを知ってほしいというのは極めて自然な想いですが、それが叶わない、というよりその時が別れの時というのは、実に悩ましいところであります。

 もっとも、本作のさらに面白いところは、(少なくとも初めは)玉藻の側も直澄に恋心を抱いているわけではない点でしょう。というより、自分の食い物のはずがどうにも危なっかしい相手を、他の連中に取られぬように世話を焼いているうちに、どうにも気になるようになって――という、これも人間と異類の関係性では定番ではありますが、やはり良いものは良いというほかありません。

 そんな何ともくすぐったくも尊い、忠心と恋心のせめぎ合いが、本作の最大の魅力というべきでしょう。


 しかし、ただでさえその立場が危うい直澄の傍らに、化け狐がいるということが明らかになれば――直澄がその事実を知るか知らぬかを問わず――大問題であることは間違いありません。
 そんな危なっかしい状況の中で、また別の意味で危なっかしい二人の関係はどうなってしまうのか――鈍感美青年武士とツンデレ化け狐の行く末を見守りたくなってしまう物語であります。


『化け狐の忠心』第1巻(清音圭 白泉社花とゆめコミックス) Amazon

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2023.07.23

梶川卓郎『信長のシェフ』第35巻

 ついに本能寺に向け動き出した光秀。光秀の真意を悟り、止めるために奔走するケンと、ケンが己の意図を察知したことに気付き、阻もうとする光秀の、静かな攻防戦が始まります。そしてケンは、高松城を攻略中の秀吉に全てを打ち明け、協力を仰ぐのですが――いよいよ歴史が動き始めます。

 本能寺の変を未然に防ぐため、最後の現代人・望月に会いに土佐に渡ったケン。望月との再会には意味は(今のところ)ありませんでしたが、しかしそこでの経験から、初めてケンは光秀が信長弑逆に至る思考を理解することになります。
 そして光秀を阻むべく、ただ一人動き始めるケン。自分が京に戻るまでに、何とか信長に事態を知らせようとするケンですが、しかし相手は屈指の智将・光秀であります。逆にケンが謀反を察知したことを悟った彼は、ケンを阻むべく、様々な布石を打ち……

 と、ケンと光秀の水面下の戦いが始まった本能寺の変前哨戦。しかし既に一大軍団を擁している光秀に対しては、ケンは分が悪いとしか言いようがありません。ここでケンが頼ることとしたのは――秀吉。
 考えてみれば、この後の歴史を鑑みてだけでなく、ケンがこの時代に現れた直後からの付き合いである秀吉はこの事態を――そしてそれを知るケンの正体を明かすのに、最も相応しい人物というべきでしょう。

 もちろん、話したとしてもすんなりとはいかないものの、秀吉もただものではありません。かつて信長が語った天下布武後の計画を思い出し、光秀が十分に謀反を行う可能性があると理解した彼は、ケンの言を容れ、京への帰還を決意します。いわば史実よりも早い中国大返し――ここに歴史は大きく変わることになりますが、しかし問題があります。

 そもそもこの時秀吉は、毛利の備中高松城を攻略中。史実では、高松城を挟んで膠着状態が続き、その打開策という形で毛利と和睦し、大返しを行ったわけですが――史実より早いこのタイミングでは和睦を結ぶのは難しい。それでも待ってはおれぬと秀吉が撤退を開始したため、毛利側が勢いづいてしまったのであります。

 ここで毛利の追撃を阻むよう命じられたのはケンと黒田官兵衛のコンビ――これまで作中で顔見せはしていましたが、ケンとは初対面の官兵衛。はじめはケンを胡散臭いヤツと信用せず――と何だか懐かしいノリであります。
 それでも何とか毛利方との、停戦交渉に持ち込むケンですが、しかし相手は毛利の心とも称される難物・小早川隆景。これに対してケンが繰り出したのは――お弁当!?

 と、最近は状況に流されていた感もあったものの、ついに自分の意志で歴史を動かし始めたケン。そしてこの備中高松城での和睦交渉も、初期のノリを思わせる、思いも寄らぬ料理とそれを食べる人間の情(そして歴史秘話と言いたくなるような意外な展開)が絡み合って実に楽しく、この巻のクライマックスといってよいでしょう。
(撤退開始前に、密かに用意していたFSRを秀吉に差し出すのも、その用途も相まってシビレます)


 しかし、如何に一つの局面を打開したとしても、変えなければいけないのは歴史の巨大な流れ。いやそれ以前に、直接の相手はあの光秀であります。秀吉を動かしただけでなく、様々な形で信長に急を知らせ、光秀を阻もうとするケンですが、もちろん光秀が黙っているはずもありません。
 ここに繰り広げられるのは、ケンと光秀の頭脳戦とでもいうべき展開。備中で再会した楓を進物の使者に仕立てて京に送るケンですが、光秀は家康警護を口実に京の守りを固め――と、丁々発止の駆け引きがたまりません。

 そしてここで久々に登場した楓ですが――織田家の忍びである彼女も、ケンとは長いつきあいであります。そしてケンには複雑な感情を抱いてきた楓ですが――ここにきて彼女のケンに対する想いが、改めてクローズアップされることになります。
 この辺り、物語も終わりに近づいているのだな、と感慨深くなりますが、そんなこちらの感慨を(そして楓の想いを)ブチ壊すように「やはり贈り物といえば○○だと思うんです」とか言い出すケンは、最後の最後まで変わらないような気が……

 それはさておき、この先も続くケンと光秀の頭脳戦の中で、楓の役割はまだある様子。いよいよ本能寺目前、次巻も波乱の予感です。


『信長のシェフ』第35巻(梶川卓郎 芳文社コミックス) Amazon

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2023.07.20

「青春と読書」8月号で神永学『火車の残花 浮雲心霊奇譚』の書評を担当しました

 本日(20日)発売の「青春と読書」8月号の書評欄「本を読む」にて、明日発売の『火車の残花 浮雲心霊奇譚』(神永学 集英社文庫)の書評を担当しました。幕末ホラーミステリシリーズの第七弾にして、第二シーズンのスタートに当たる作品の文庫化です。

 江戸で腕利きの憑きもの落としとして知られる男・浮雲。彼は白い着流しに赤い帯、そして墨で眼の模様を描いた赤い布で両眼を覆った異相の上、守銭奴で皮肉屋で酒飲みという何とも個性的な人物であります。
 その憑きもの落としの手法は、普段隠している眼――幽霊を見る力を持つ赤い両眼で見た幽霊を現世に縛り付けているものを推理し、そこから解き放つというもの。つまり、幕末の心霊探偵というべき存在なのです。

 この浮雲を主人公とした作品は、今まで単行本が八冊刊行され、そのうち六冊が文庫化されましたが、今回、七作目である本作が文庫化されることになります。
 前作のラストで京に向けて旅立った浮雲と、相棒(?)の土方歳三ですが、この巻は江戸を離れての最初の作品。土方ら数名を除き、レギュラーキャラを一新してスタートした、いわば第二シーズンの開幕編となります。

 くわしいあらすじなどは、是非こちらの記事をご覧いただきたいのですが、意外なゲストキャラクターあり、従来のキャラを新たな角度から描いたりと、様々な趣向が凝らされた本作。もちろんホラーミステリという点でも面白く、これまでのシリーズ作から大きくステップアップした印象もある作品であります。

 本作はプロモーションにもかなり力が入っており、落語化(!?)などもされていますが、この書評も、僭越ながら少しでも作品に興味を持っていただくよすがになれば――と思いながら書かせていただきました。どうぞよろしくお願いいたします。


『火車の残花 浮雲心霊奇譚』(神永学 集英社文庫) Amazon

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2023.07.19

「コミック乱ツインズ」2023年8月号(その二)

 「コミック乱ツインズ」8月号の紹介の後編であります。

『真剣にシす』(盛田賢司&河端ジュン一・西岡拓哉/グループSNE)
 小倉藩と長州藩の代理戦争を演じることとなった夜市と高杉の「海亀」勝負もついにクライマックスであります。自分は穴の空いた小舟に鎖で繋がれた状態で、六艘の小舟に載せられた箱の中の銃と鍵を奪い合い、押しつけ合うという、この「海亀」。非常に簡単にいえば、先に鍵を三つ取ってしまえば負け、先に銃を三つ取れば勝ちという状況で、高杉も夜市も、一つの箱の中に二つのアイテムを入れる、もしくはアイテムを入れないという、ルールのギリギリをついた仕掛けで、白熱の勝負を繰り広げます。

 しかしこのゲームでは一日の長がある高杉にとっては、箱の載った座布団の沈み具合で中身を見抜くことが――沈み方が浅ければ鍵、深ければ銃――できます。しかも前回、夜市は高杉の策で鍵を二つ取らされ、既に後がない状態なのですが――しかしここからが夜市の恐ろしさであります。満腔の自信を持って高杉が取った箱の中身は……
 前回以上にそれはありなのか!? と言いたくなるようなテクですが、しかしきっちり伏線も張られていて(!?)なるほどそうきたか、とひっくり返りました。

 そしてこの戦いの最中、勝手に夜市が、この先生まれる高杉の孫の名前を考えるのですが――やっぱり、とニンマリであります。


『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 紀文は潔く舞台から降りた一方で、醜い権力争いは、ついに大奥を舞台に最終局面を迎えることになります。柳沢吉保の命を受けた紀文最後の罠というべき、暗殺者・庵が、ついに家継暗殺に動き出したのであります。
 そしてこれも運命というべきか、まさにその日その時、大奥に監査に入っていた聡四郎(この辺りの描写は、何だかお腹が痛くなりそうな緊張感)は、騒動を聞きつけて自ら刀を手に駆けつけることに……

 という展開なのですが、驚かされるのは庵の強さ。紀文の最後の切り札が只者のはずはありませんが、御広敷伊賀者や別式女たちが立ち塞がるのもものとはせず、真っ向から切って落とすその姿は、闇から襲いかかる暗殺者というイメージとはほど遠い強豪ぶりであります。はたしてこの強敵を相手に聡四郎は――と、次回はひさびさに『そば屋幻庵』登場で一回お休みとなります。


『カムヤライド』(久正人)
 この号と同時に発売となった単行本第九巻の内容からすぐ続く今回は、激闘に次ぐ激闘であった人間vs天津神の五対五決戦のエピローグともいうべき内容であります。

 それぞれ、因縁の相手であるカムヤライドと神薙剣を倒すため、己の身が消滅するのも覚悟の上で全力を尽くしたアマツ・ノリットとミラール――しかしその覚悟を、これまでの戦いの、「二人」での旅路の経験が上回るという、激アツな展開の末、戦いについに決着がつきました。
 そしてその間、アマツ・シュリクメを足止めして勝利に貢献したオトタチバナ・メタルですが――こともあろうに彼女の副官であったワカタケが、かつてシュリクメが分離した分身であったことが判明、ワカタケを「戻す」ことによって完全体となったシュリクメの爆導索(仮)によって大陥没が生まれた隙に、天津神たちは退却することに……

 かくて五人の天津神と正面切って(ない人もいましたが)渡り合い、そのうち二人を倒すという大戦果を挙げた人間側。しかしその代償は、決して小さなものではありません。上で触れたワカタケもそうですが、人間の身で神に格闘戦を挑んだあの男も――って、そんなシステムが!? と仰天させられた直後に、思わずグッとくる描写が用意されているのが心憎い。

 そしてグッとくるといえば、アマツ・ノリットの人間体であるコヤネですが――そうと知らぬ間にモンコに惹かれ、そして殖す葬るを通じて全力で戦うことの素晴らしさを知り、そして最初に述べたとおり、カムヤライドに全力で挑んで力を使い果たしたコヤネが最後に取った行動はなんであったか……
 先に触れた人物同様、殖す葬るでの全力プレイが心に遺した、哀しくも爽やかな後味は見事というほかなく、最初はいったい何が起きているのか!? という印象だった殖す葬るに、まさかこんな意味があったとは――というのは師匠(大概不死身だなこの人……)に騙されているのかもしれませんが、やはり見事な結末というべきでしょう。


 次号は表紙が久々登場の『そば屋幻庵』、巻頭カラーは堂々最終回の『暁の犬』です。


「コミック乱ツインズ」2023年8月号(リイド社) Amazon

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2023.07.12

神永学『浮雲心霊奇譚 妖刀の理』

 今月、シリーズ第七弾『火車の残花』の文庫版が発売される『浮雲心霊奇譚』の第二弾のご紹介であります。赤眼の憑きもの落としが今回挑むのは、妖刀が引き起こした惨劇をはじめとする三つの事件。事件の陰に存在する幽霊――死者の想いを、幕末の心霊探偵が解き明かします。

 姉が幽霊に取り憑かれたのをきっかけに、顔見知りの薬屋・土方歳三の紹介で、腕利きと評判の憑きもの落としである浮雲と知り合った絵師志望の青年・八十八。守銭奴で皮肉屋で毒舌家の浮雲に振り回される八十八ですが、赤い布の下に隠された赤い両眼で幽霊を見るというその力は本物であると、身を以て知ることになります。
 幽霊をこの世に縛り付けているものを推理し、解き放っていく浮雲と共に、八十八は様々な人の心の裏と表を見ることに……

 という本シリーズですが、既に前作でこの基本設定と、浮雲&八十八に土方、伊織や玉藻といったメインのキャラクターたちは紹介されていることもあり、この巻からはより自由に、さらに入り組んだ物語が展開していくことになります。

 夜道で兄と辻斬りに遭遇した際に、異様な殺気をまとった老人の幽霊と出会った伊織。さらにその幽霊が兄に取り憑いたらしい――という彼女の依頼で、浮雲と八十八が続発する辻斬りを追う「辻斬の理」
 とある廃墟近くの沼に現れる幽霊を見た者は祟り殺されるという噂が流れる中、幽霊を見てしまった男からの依頼を断った浮雲。彼の代わりに幽霊の正体を追う八十八が窮地に陥る「禍根の理」
 妖刀・村正を手にした男による無差別殺人の場に居合わせた八十八が、事件を仕掛けた狩野遊山と対面、危険な誘惑を受ける「妖刀の理」

 いずれのエピソードも、有名な古典怪談をモチーフとしつつも、幽霊の存在を手がかりにして生きている人間の企てを暴くという、特殊設定ミステリとして成立しているのが本作のユニークな点でしょう。

 その中でも表題作の「妖刀の理」は、八十八のキャラクターを掘り下げたエピソードとして印象に残ります。
 老舗呉服屋の息子であながらも、絵師を目指す八十八。各エピソードのラストでは、彼が事件にまつわる絵を描くというのが定番ですが、今回はその八十八が、絵師としての壁につきあたることなります。

 知人の絵師・町田天明に自分の作品を見てもらったものの、絵に心が入っていないと断じられ、落ち込む八十八。その矢先に村正による無差別殺人が発生し、そちらに注意を引かれた八十八ですが――八十八の絵と村正の殺人は、意外なところで繋がることとなります。
 その仕掛人となるのが、シリーズを通じての敵役である狩野遊山。その姓から察せられるように元は狩野派の絵師でありながらも、今は呪術師として人を呪い殺すことを生業とする怪人であります。

 しかしこの遊山、呪い殺すといっても直接人の息の根を止めたり寿命を縮めたりするわけではありません。彼の手法は、標的の近くに居る者の心を言葉巧みに誘導して操り、自らは手を下す事なく標的を殺す――そんな一種の間接殺人を得意とする男であります。
 かねてより浮雲と、そして土方とも因縁を持つという遊山。絵師でもある遊山と一対一で対峙することによって、八十八は否応なしに自分の内面を見つめさせられることになるのです。

 この八十八は、浮雲や土方、玉藻に比べれば、圧倒的に一般人寄り――というより、読者目線に立ったキャラクターであります。しかし、そんなある意味ニュートラルな立場である彼も、物語を構成する欠かせない登場人物であることが、このエピソードでは浮き彫りになっているといえるでしょう。
 そして遊山との対峙を通じて、これまで慇懃ながら何やら得体の知れない人物として描かれてきた土方の、心に秘めたものが描かれるのですが――この辺りはむしろ、シリーズがある程度進んだ今振り返ってみると、なるほど、と感じさせられます。
(物語のラスト、村正を回収した土方を心配する八十八に対して、浮雲が問題ないと答えた時の、「土方の心はすでに……」という台詞もまた、不穏でイイ)


 前巻同様、時代ものとして見るともう少し踏み込んでよいのでは、という部分はあるものの、特殊設定ミステリとしての完成度はさすがは、と思わされる本作。
 もちろん「辻斬の理」では、おや? と思わされる名前の人物が登場するなど、歴史好きであればさらに楽しめる作品であることは言うまでもありません。


『浮雲心霊奇譚 妖刀の理』(神永学 集英社文庫) Amazon

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