2022.05.25

かどたひろし『御広敷用人 大奥記録』第1巻 水城聡四郎、「奧」で新たな任に挑む

 以前連載開始時にもご紹介した『御広敷用人大奥記録』の漫画版、その単行本第一巻が刊行されました。上田秀人の代表作である『勘定吟味役異聞』の続編である本作、作画を担当するのは、もちろんかどたひろしであります。大奥に舞台を移した聡四郎の新たな戦いとは……

 勘定吟味役としての激闘の末、結果として徳川吉宗に味方してその将軍継承を助け、そして吉宗を養父とした紅と結ばれた聡四郎。お役目を辞して平和な暮らしを送っていた彼が吉宗に召し出されたことから、新たな物語が始まります。
 吉宗が聡四郎に命じた新たな役目とは、御広敷用人――江戸城大奥の玄関口である御広敷を担当し、大奥と外部との取次ぎを職務とする用人。これまで担当してきた勘定吟味役が「表」とすれば、これはまさしく「奥」――全く異なる世界であります。

 そんなところにいきなり放り込まれることとなった上に、意図や真の任務も教えられず、それどころか「遣える者は酷使する!」「諦めて身分と禄に応じた仕事を致せ!」とブラック上司ぶりを全開する吉宗に、聡四郎はプレッシャーをかけられるのでした。
 実は将軍就任早々、幕政改革に大鉈を振るう吉宗のターゲットの一つが、幕府では聖域扱いとなっていた大奥。その尖兵として送り込まれるのだろうとは想像できるのですが――しかし彼以上に困ったのは、それまで大奥を担当していた者たちであります。

 その中でも実力行使に走ったのは、御広敷伊賀者組頭の藤川義右衛門。ただでさえ御庭番設立で肩身の狭くなった伊賀者の権限を奪われまいと、彼は聡四郎を時に闇討ちし、時に懐柔に走るのですが……


 そんな前途多難な聡四郎の新たな戦いが始まるこの第一巻ですが、内容的にはまだ導入部といった印象。聡四郎にとって、何よりも読者にとっても馴染みの薄い御広敷という場所、御広敷用人の任が紹介されるとともに、この物語の背景となる勢力分布を描くのが、この巻のメインと感じます。

 そんなこともあってか――そしてこれは月刊誌とはまた異なるWeb媒体連載のペースもあるのではないかと想像しますが――この巻では剣戟シーンは控えめ、聡四郎が藤川の闇討ちを受ける場面と、師・浅山一伝斎との道場稽古の場面くらいとなっています。
 その意味では静かな滑り出しといえるかもしれませんが、水城聡四郎ものの――いや上田作品のもう一つの主戦場というべき幕政の闇を描く部分は、これはもう脂が乗りきった筆運びという印象があります。

 吉宗が就任早々に大奥に対して見目麗しい女性をリストアップせよと命じ、側室候補と思って選んでみれば、逆にそれはリストラ対象だった――という有名な逸話は本作でも描かれますが、それはあくまでも表に出た話。
 そもそも吉宗と大奥は、将軍位継承を巡り、月光院は彼を擁立し、天英院は彼と対立したという過去が――この辺りは 現在「コミック乱ツインズ」誌連載中の『勘定吟味役異聞』でこれから描かれるはず――あります。

 そんな、ただでさえ火薬庫のような場所をこじ開けて、松明を放り込むような吉宗の行動ですが、その影響が出始めることとなります。アクションだけでなく、この辺りの動きもじっくりと描けるのは、これはかどたひろしならでは、と言ってよいでしょう。


 ちなみに『勘定吟味役異聞』に登場した面々は、まだ出番が少ないキャラが多いもののこちらにも変わらぬ――唯一、初々しくも美しい若奥様ぶりを見せる紅を除いて――顔を見せているのですが、注目すべきは新顔。
 この第一巻から早くも聡四郎との因縁が発生した藤川は、この先長い付き合いとなる男ですが――油断のならなさとどこか崩れた雰囲気、そして忍び衣装の個性など、なるほどこういう姿になるのか、と感心させられます。

 そしてもう一人、本作のヒロインというべき存在が、この巻のラストに登場することになります。その名は竹姫――五代将軍・綱吉の養女であり、これまで二人の婚約者と婚前に死に別れ、大奥で静かに暮らしていた女性であります。
 実は聡四郎が御広敷用人とされた本当の理由はこの竹姫を吉宗が得るため。今回は文字通り顔見せのみですが、あの吉宗が恋い焦がれるというのですから、どれだけ魅力的な女性なのか、推して知るべしでしょう。約二十歳年下というのはまあ目を瞑るとして……
(にしても、竹姫のことを語る直前、あらぬ相手に気があると聡四郎に誤解された時の吉宗の表情……)


 なにはともあれ、いよいよ始まった聡四郎の新たな戦い。現在クライマックスの『勘定吟味役異聞』ともども、先が楽しみな漫画版です。


『御広敷用人 大奥記録』第1巻(かどたひろし&上田秀人 光文社KJC) Amazon

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2022.05.19

木野麻貴子『妖怪めし』第1巻 料理人兄弟、食で妖怪を鎮める!?

 最近の漫画界では老若男女貴賤上下を問わず、おいしいものを作る/食べる作品が大きなトレンドになっていますが、本作はタイトルの通り、妖怪に(あるいは妖怪が)おいしいものを食べさせようという物語。風変わりな旅の料理人兄弟が、行く先ざきで妖怪と食にまつわる事件に巻き込まれます。

 時はおそらく江戸時代後期、ある目的から旅を続ける料理人兄弟――お人好しで体が頑丈なのが取り柄の忌火と、ひょっとこ顔の子供ながら鋭敏な舌を持つ兵徳の二人は、山越えの途中で見つけた茶屋で、「ヒダル神」について聞かされることになります。
 かつて飢饉で餓死した人々の妄念が凝り、取り憑かれた者は動けないほど激しい空腹に襲われるというヒダル神。しかし握り飯を食べれば逃れられるはずのこの妖怪が凶暴化し、旅人の精気を吸い取って暴れているというのです。

 このヒダル神を鎮めるため、瞬く間に茶屋にあった食材を使って弁当を作ったみせる兄弟。そしてかつてヒダル神を祀ったほこらがあった場所に向かう兄弟に、茶屋の老婆も同行するのですが……

 そんなエピソードから始まる本作ですが、なるほど、料理を食べる相手は空腹、空腹で妖怪といえば――というわけでヒダル神というチョイスには納得できるものがあります。
 ヒダル神に襲われた場合、なにか食べ物を口にすれば助かるというのは定番ですが、しかし本作のヒダル神は故あってパワーアップ版、おにぎりでは足りず――というわけで、兄弟のスペシャル料理の出番と相成る展開も納得です。

 この辺り、妖怪ものでありつつも、調理シーン、そして料理を味わうシーンの描写や台詞回しが、いわゆる「料理もの」のそれなのがちょっと面白いのですが、妖怪を鎮めるのに食を以てするというのは、確かにこれまでほとんどなかったパターンかと思います。


 そして第二話では食べ物関連の妖怪ということか豆富小僧が登場。手にした豆腐を食べると体にカビが生えるなどと言われる豆腐小僧ですが――本作ではやはり暴走・パワーアップして、人間がカビどころではない大変な状態になってしまうのに対し、兄弟が料理で挑むことになります。

 さらにこの巻のラストの第三話では、口にこんにゃくを咥えて橋の上に現れるというこんにゃく橋の幽霊が――と、まことに失礼な言い方ながら、えらくマニアックというかローカルな妖怪の登場に仰天させられます。
(これは本作の監修の妖怪研究家・木下昌美が、この妖怪が現れたという奈良で活動している影響も大でしょう)

 元々この妖怪(幽霊)は、こんにゃくのことが原因で争った末に死んだ妻が化けて出たものと言われますが――ある意味謎多きこの設定を、本作は幽明境を異にする夫婦の愛を描く物語にアレンジ。
 これまでのエピソードでは、主人公兄弟が妖怪に飯を食わせる話でしたが、今回はそれとは異なり――と、物語のバリエーションとしても実に面白いところです。
(個人的には中盤以降の一捻りの内容が、この妖怪の目撃者の職業をベースにしたと思しきものになっているのに感心しました)


 さて、このように第一巻では三つのエピソードが収録された連作スタイルの本作ですが、その縦糸となるのが、兄弟自身の物語であります。
 実は兄弟は半ば妖怪というべき存在――過去のある事件で呪いをかけられてそんな身の上になってしまった二人は、その呪いを解くために、呪いをかけた相手を探しての旅の途中なのです。

 そしてその呪いをかけた相手と思しき存在は、比較的早い段階で登場するのですが――本作に登場する妖怪たちとはちょっとデザインラインが異なるこの妖怪(といっていいのか?)は何者なのか、そしてやっぱり美味しいものを食べて撃退されるのか、だとしたら何を食べるのか……
 少々気が早いのですが、今から気になってしまうのです。


『妖怪めし』第1巻(木野麻貴子&木下昌美 (監修) マッグガーデンコミックスBeat'sシリーズ) Amazon

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2022.05.18

「コミック乱ツインズ」2022年6月号(その二)

 「コミック乱ツインズ」2022年6月号の紹介の続きです。

『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 今回はちょっといつもと違う、玄馬主人公回ともいうべき内容。水城家の隠居(聡四郎の父)の命で、水城家の新たな所領の状況を確認しに行った玄馬が、年貢をお目こぼししてもらおうとする名主から接待攻めに――と、何やら意外な展開であります。それも食べ物だけでなく、何と艶っぽい方面まで……

 もちろんそんな誘惑に負けず、毅然としてこれを跳ね除ける玄馬ですが、単なる拒絶ではなく、その理由がまた彼らしく一途で爽やかなもの。逆に誘惑してきたほうが心から絆されてしまう辺り、これが玄馬という若武者の魅力でしょう(そして聡四郎はさらに責任重大に……)
 しかし玄馬の活躍はそれだけではありません。旅の帰路に謎の刺客たちに襲われる玄馬ですが、金で雇われた連中に遅れを取る彼ではありません。まさに一閃というべき彼の殺陣は、聡四郎ともまた異なる迫力で目を奪われます。

 そしてその刺客を送り込んだのは紀伊国屋配下に使嗾された間部家ですが――しかしそんな無駄なことをしている間に、紀伊国屋の方は将軍家継暗殺のための策を巡らせているのですから、やはり格が違うというべきでしょうか。


 まだまだ紹介したい作品はあるのですが、何ぶん大変な数なので、ちょっと短めで失礼します。


『列士満』(松本次郎)
 『いちげき』を完結させた作者の次なる作品は、やはり幕末に戦った、武士ならざる身の者――幕府の陸軍歩兵隊を描く物語。その第一回では、彼らの陣である水戸天狗隊討伐が描かれるのですが、これが逆に夜襲を受けて這々の体で逃げ惑うことに……
 というわけで格好良くない連中が泥臭く奮闘する様がさすがとしか言いようのない本作。状況説明がほとんど全くなしで始まるのでついて行けない人もいるのでは――とちょっと心配になりますが、互いに撃ち合った後に敵味方でスコスコ弾詰めしているシーンの妙なおかしさが印象に残ります。
(あと「本編に於いても史実に於いても全く無名のこの男」という表現)


『雑兵物語 明日はどっちへ』(やまさき拓味)
 前回は本能寺の変が描かれましたが、そこで思わぬ相手を斃すことになった捨丸と春が、今回なりゆきから加わることとなったのは、瀬田城城主・山岡景隆の重臣・巨樹賢明の下。民百姓のことを重んじ、血を流さずとも戦は出来るはずという信念で、明智軍に談判に向かう賢明ですが……
 瀬田城攻防戦という地味な史実を題材としつつも、そこで無惨に流された血を克明に描いてみせる今回。「大将ッ 戦は血を流すものだぜッ」という最高に格好良い台詞とともに身を張った捨丸の行動が、ある史実に繋がるクライマックスには痺れます。しかし今回の結末は、作品自体の終わりに繋がりかねないものでしたが、さて……


『殺っちゃえ!! 宇喜多さん』(重野なおき)
 仇敵・島村盛実と妻の父・中山信正を共に討つように命じられた直家。まあ直家的に答えは目に見えているわけですが――そこに至るまでの脳内まで目に見える形で描いてしまうのには脱帽です。
 しかし正面からでは苦戦必至の相手を片付けるのに直家が選んだ手段は――これまた目に見えているもの。しかしその結果が作中でどのように描かれることになるのか、大いに気になります。


『玉転師』(有賀照人&富沢義彦)
 女を磨いた上で高く売る、玉転がしならぬ玉転師の活躍を描く特別読切第二弾、今回磨く相手は夜鷹(だけ)ではなく――という変化球が楽しい展開です。
 主人公チームも磨く相手も、幾人も登場する女性たちそれぞれの表情も印象に残りますが(特にラスト一ページ前のあるコマ!)、もう一人、絶対あの人だろうと思っていたらやっぱりそうだったあの人も、別の意味で印象に残るのでした。


 次号は『そば屋幻庵』が登場のほか、新連載で『不便で素敵な江戸の町』(はしもとみつお)と『そぞろ源内 大江戸さぐり控え帳』(叶精作)がスタート。その代わり、『勘定吟味役異聞』『暁の犬』『カムヤライド』はお休みなのは残念……


「コミック乱ツインズ」2022年6月号(リイド社) Amazon

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2022.05.16

劇団☆新感線『神州無頼街』 幕末伝奇! 痛快バディvs最凶カップル、大激突!

 一昨年、新型コロナの影響で公演延期となった『神州無頼街』が、帰ってきました。富士の裾野に築かれた無頼の街を舞台に、クールな腕利きの医者と口八丁手八丁の口出し屋が、正体不明の侠客一家が目論む大陰謀に立ち向かう、幕末伝奇大活劇であります。

 時は幕末、所は清水湊――清水次郎長親分の快気祝いに名だたる親分衆が集まる中、突如現れた男・身堂蛇蝎。妻の麗波、息子の凶介、娘の揚羽を引き連れ、傍若無人に振る舞う蛇蝎に激昂する親分衆は、突如もがき苦しみだし、倒れていくのでした。。
 そこに駆けつけた町医者・秋津永流の手当で次郎長は助かったものの、親分衆は全滅。これ事態を引き起こしたのが、この国にいるはずのない毒蟲・蠍だと見抜いた永流は、蛇蝎に対してある疑いを抱くのでした。

 一方、清水湊をうろついては他人の事情に勝手に口を出し金をせびる「口出し屋」の草臥は、蛇蝎一家の凶介が自分の幼なじみ・甚五と瓜二つだったのに驚くのですが――向こうは草臥のことなど知らず、それどころか逆に刃を向けてくるではありませんか。
 蛇蝎一家を中心に次々と起こる奇怪な事件と不穏な動き――これに対して、永流と草臥は、蛇蝎を探るため、彼が築いたという富士山麓の無頼の街に向かうことを決意します。しかしそこで待ち受けていたものは、彼ら二人の隠された過去に繋がる謎と秘密の数々だったのであります。やがて二人は、この国を揺るがす蛇蝎一家の大陰謀と対峙することに……


 というわけで、42周年興行として上演の運びとなった『神州無頼街』。私も二年待ちましたが、無事観劇することができました。
 物語的には、「無茶苦茶強い正体不明の流れ者が、さらに強くて悪い奴の陰謀を叩き潰すために大暴れする」という、皆大好きなスタイルの本作。しかも今回は、その主人公が二人――つまりバディものなのが最大の魅力でしょう。

 一見クールながら心優しく、医者ながら武芸の腕も立つ永流(福士蒼汰)。そして口から先に生まれたようなお調子者ながら、やはりバカ強い草臥(宮野真守)。そんな二人が、それぞれ実に気持ちよさそうに、物語の中を飛び回ることになります。
 特に歌手としても活躍している宮野真守は、劇中歌の多くを実に気持ちよさそうに歌いまくり。元々歌も踊りもふんだんに投入されているのが劇団☆新感線ですが、今回は特にその度合いが大きかったように感じるのは、このムードメイカーの大活躍があってのことでしょう。

 そして忘れてはいけないのは、本作が時代伝奇ものであること。そもそもタイトルからして古き良き時代伝奇小説の証である(?)「神州」というワードを掲げているわけですが、幕末伝奇とくれば――という二大ネタがどちらも投入されているのがまず嬉しい。
 しかしそれはあくまでもいわば前フリであって、メインはさらにスケールの大きな、とんでもない展開が用意されていたのには、正直に申し上げて唖然としました。
(ちなみに「神州」らしくというべきか、ニヤリとさせられるような用語や場面も幾つか登場するのにも注目)

 しかし本作で最大のインパクトを感じさせるのは、主人公たちが挑む強敵――身堂蛇蝎と妻・麗波であることは間違いありません。
 死と暴力が人間の形をしているような、しかしどこか茶目っ気のある蛇蝎、そして彼を支える妖艶華麗な美女――では終わらない麗波と、強烈極まりないこの二人。そんなカップル好演/怪演/熱演する二人――新感線初登場の高嶋政宏と常連の松雪泰子に目を奪われました。

 特にこの二人こそが、上で触れたとんでもない展開の仕掛人なのですが――いやはや、これまで色々と時代伝奇ものを見てきましたが、ここまで凄まじいことを企んだ奴は見たことがありません。間違いなくいのうえ歌舞伎、いや新感線の舞台史上でも最凶最悪のカップルであることは間違いないでしょう。


 しかし正直なところ、この強烈すぎるカップルの前に、主人公たちの存在感がいささか薄れがちに感じられたのも事実。
 また――この辺りは内容の詳細に触れかねないためにぼかしますが――作中に登場した二つの「家族」の存在が、物語展開や主人公たち(というか草臥)とあまり有機的に結びついていないという印象もありました。

 そんな勿体無い部分はあったものの、本作が新感線の二年遅れのアニバーサリーイヤーに相応しい、ド派手でケレン味たっぷりの時代伝奇活劇であったことは間違いありません。
 特に主人公コンビはこの一作で終わるのはもったいない――彼らの痛快なバディぶりを、是非また見てみたいと心から思います。


関連サイト
公式サイト

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2022.05.13

風野真知雄『いい湯じゃのう 三 ご落胤の真相』 大団円、誰が本当のご落胤?

 何故か登場人物と事件に「湯」「風呂」が絡む、ユニークな風野版天一坊事件の最終巻であります。吉宗がお忍びの銭湯入浴を満喫している一方で、暗躍する天一坊一味と、その正体を求めて東奔西走するお庭番コンビ。物語の三つの軸は、ついに江戸の銭湯で交錯し、思いもよらぬ真実が明らかに……

 とてつもない肩の凝りに悩まされた末、目安箱の一通の投書から、銭湯に興味を持った吉宗。すったもんだの末に江戸の富士乃湯に念願の入湯を果たした吉宗は、そこで様々な市井の事件に遭遇、探偵役を務めることになります。
 一方、その吉宗の御落胤と疑われる天一坊なる山伏の一党が江戸で何やら活動していることを知った幕閣は、天一坊が生まれた頃に吉宗が二人の女性と付き合っていたことを知り、湯煙の権蔵とあけびのお庭番コンビを紀州に派遣することに……


 と、吉宗(と幕閣と風呂屋の客たち)、権蔵とあけび、そして天一坊(というよりその腹心の山内伊賀亮)の主に三つの視点から展開していた本作ですが、この最終巻において、いよいよこの三つが一つにまとまることになります。

 不可解な吉宗の元恋人とその子供の足跡を追い、湯煙り仙人なる怪人の元にまで向かう御庭番コンビ。各地の名湯を潰したり揉み師を抹殺するなどして吉宗の肩凝りを進め、それを天一坊に治療させるのをきっかけに親子の名乗りを挙げさせようとする(冷静に考えるとスゴい企みだ……)伊賀亮。
 唯一、吉宗は相変わらず富士乃湯で常連の丈次や桃子とともに謎解きに興じたりしていたのですが――その一方で幕閣は天一坊の存在に頭を抱えていたのですが――しかしこの三者が、いや関係する登場人物全員が、奇しき因縁の糸に手繰り寄せられるように、富士乃湯に集結することになるのです。

 そしてこのドラマの中心になるのが、天一坊の存在――いや、吉宗のご落胤の存在であることは言うまでもありません。天一坊はさておくとして、上で触れたように本作においては天一坊の産まれる前に、吉宗が同時に二人の女性と付き合っていたのですから。
 というわけで、そこにはもう一人いるのでは? という疑問が当然浮かんでくるのですが……

 はたして本シリーズには、以前から明らかに怪しいキャラクターがいたのですが、さて彼も本当にご落胤なのか。いや、そもそも天一坊も本物のご落胤なのか? 本作最後の、そして最大の謎解きに、吉宗は挑むことになります。
 そしてその真実は――そっち!? と相当意外な結末で、いやはや、完全に裏をかかれました。(それがフェアかどうかは冒頭から読み返してみないとですが……)


 キャラクター総出演の謎解きの後には、クライマックスに相応しい大活劇もあり(ここでこのキャラがこの技を繰り出すか! という見せ場も嬉しい)、エンターテイメントとしていうことなしの本作。
 ユーモラスでペーソス溢れる人物造形も印象的――個人的には天一坊の父にまつわる描写に、強く作者らしさを感じました――で、ライトなミステリ味も含めて、作者らしさ満点の物語であったと感じます。

 正直なところ、意味有りげに登場したのに全く活躍しないキャラがいたり、メインと鳴るご落胤の謎解きがいささか早急に感じられたりと、もう少し分量があればと思う部分もあったのですが、新聞連載ということで難しい部分もあるのかもしれません。

 お庭番コンビの新たな冒険が予告されていたり、何よりも実に気持ちの良い結末であったりと十分楽しませていただいたこの最終巻。『いい湯じゃのう』、大団円であります。


『いい湯じゃのう 三 ご落胤の真相』(風野真知雄 PHP文芸文庫) Amazon

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2022.05.05

小島環『唐国の検屍乙女』 少女は事件現場で自分を見出す

 デビュー以来、中国を舞台とした歴史ものを発表してきた作者の新作は、北宋を舞台に医学を修めた少女・許紅花と、変人美少年・高九曜のバディが奔走するミステリであります。戦場から心身の傷を負って帰ってきた紅花は、妓楼での検屍を引き受けたことがきっかけで思いもよらぬ冒険に飛び込むことに……

 1042年の北宋は開封で、実家に引き籠っていた紅花。医者一家に生まれて自分も医学と武術を修めた彼女は、名医と謳われた父とともに、二年前から西夏戦線に従軍していたのですが――そこで父を庇って負傷、右手に震えが生じるようになり、もう治療はできないと、人生に絶望していたのです。
 そんなある日、依頼で妓院での検屍に行っていた姉が、憤然として帰ってきたのを知った紅花。「髑髏真君」なる人物に言いがかりをつけられたと憤る姉に代わり、検屍を行うことになった紅花ですが――妓楼で見たものは、髑髏を小脇に抱え、役人たちに罵詈雑言を喚き散らす美少年・九曜の姿でした。

 そして紅花が検屍することになったのは、江湖随一と謳われた名妓・蛍火の死体。役人たちは事故による死と結論づけていたのに対し、殺人と判断した九曜の傲岸不遜な九曜の態度に戸惑う紅花ですが――しかし自分も同じ殺人という結論にたどり着くのでした。
 それがきっかけで互いに興味を持ち、事件解決のために共に行動することになった紅花と九曜。そして調査を進める中、何者かのメッセージが届き、二人は同様の手口の事件が起きているという後宮に潜入することに……


 これまで、基本的に中華「風」ではなく、実際の中国史を題材とした作品を描いてきた作者。本作もまたその例に漏れず、北宋とその西北に位置する西夏との戦いが、物語の背景となります。
 そもそもこの西夏との戦いで紅花が負傷、後遺症で医師の道を断念したことが物語の発端ですし、最初の殺人の被害者である蛍火は西夏の出身、そして後宮での事件も――と、この時代ならではのものであるのが印象に残ります。(個人的には、「アフガニスタンに行っておられましたね」がこうなるのかと感心しました)

 そんな歴史ものとしての背景を持つ本作ですが、物語のスタイルは、バディもののミステリというべきでしょう。
 本作における九曜と紅花のコンビ――天才ながら傲岸不遜、奇矯極まりない高機能社会不適合者の探偵役と、その相棒である常識人(の医師)というのは、これは定番中の定番のスタイルにも見えます。しかし本作のユニークな点は、紅花も九曜に負けない観察眼の持ち主として描かれていることでしょう。

 そう、少なくとも検屍という点では、紅花は九曜に劣らぬ腕と眼の持ち主であり、そして自分の見たものを、先入観に囚われず客観的に判断するだけの知性を持っているのです。それだからこそ他者を基本的に自分より下の存在と見做す九曜も彼女に興味を持ち、半ば(いや八割方)強引に相棒として事件に引っ張り込むことになるのであります。


 しかし本作の最大の魅力は、そんな九曜との冒険の中で、紅花が自分自身を見つめ直し、そして本当の自分自身として立ち上がる姿を描く点にあると感じます。

 これまで述べてきたように、戦場での負傷で医者としての道を断念せざるを得なかった紅花。しかし彼女にとって医師の道は――特に従軍してのそれは――父も母も姉も携わる家業であると同時に、女性である自分が自分自身の足で立つための、自己実現の手段でもあったといえます。
 それが喪われるということは、彼女にとっては自分が自分として生きることができなくなるということであり、自分の価値が(彼女の中では)無になったということにほかならないのですから。(それを裏付けるような、父親の弟子であるイケメン・劉天佑の初対面時の態度がキツい)

 しかし彼女は九曜との出会いによって、自分自身の新たな才能を見出すことになります。それが彼女にとってどれだけの支えと救いになったか――それは言うまでもないでしょう。だからこそ彼女と九曜の冒険は、どれだけ危険と隣り合わせであろうとも、どこか胸踊る感覚と、爽やかさがあるのです。

 が、それに加えて、彼女自身も気づかなかったような彼女自身の真実が、九曜によって顕わになるのもまたユニークな点なのですが――なるほど、本作の帯の「私もあなたに暴かれていく」とはよく言ったものだと感心します。


 正直なところ、人物配置や物語展開(特にクライマックス)に強い既視感がある点には戸惑ってしまうのですが、この先のコンビの冒険を見てみたいと思わされることは間違いない作品であります。


『唐国の検屍乙女』(小島環 講談社タイガ) Amazon

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2022.04.29

楠桂『鬼切丸伝』第15巻 鬼おろしの怪異、その悲しき「真実」

 神器名剣・鬼切丸で永劫の時を生きながら鬼を斬る少年を描く『鬼切丸伝』もこれで第15巻。今回は、前巻に登場した奇怪極まりない存在である鬼おろしの怪異・柊との最後の対決、そしてあの楠木正成が鬼と化す物語と、二編が収録されています。

 秀吉による天下統一の締めくくりとして行われた小田原征伐――籠城戦が中心で、それゆえ大規模な戦闘は少ない印象のある戦いですが、その中でも屈指の凄惨な戦いとなった八王子城の戦いを描くのが、この巻の前半の「八王子城鬼惨劇」全三話であります。

 なかなか陥ちない小田原城に業を煮やした秀吉が、見せしめのために殲滅を命じた八王子城。しかし折悪しく城主以下主だった戦力は小田原に援軍に入っており、城に残っていたのは女子供が中心――かくてひとたまりもなく城は一日で陥落、しかし城の人々は許されることなく、ある者は無残に殺され、ある者は自ら命を絶ち、凄まじい数の死者が出たのです。

 まさに鬼哭啾啾たる有様の中、今まさに命を絶とうとする城主・北条氏照の側室とその赤子の前に現れたのは、柊と名乗る少女。彼女は生きたいと望む側室に手を差し伸べて……

 前巻の「三木の干殺し鬼」「鳥取の飢え殺し鬼」に登場した鬼おろしの怪異こと柊。彼女は文字通り他者の身に鬼をおろす――他者を鬼に変える能力を持つ、この世のものならぬ存在であります。
 しかし彼女がこれまで作中に登場した、他者を鬼に変える力を持つ者たちと大きく異なる点は、業や強い怨念などを持っていない相手をも鬼に変えてしまうことなのです。

 そしてそれ以上に恐ろしいのは、あくまでも彼女にとってはそれは救済――弱者にとっては過酷すぎる戦国の世で、鬼にも成れず、しかしなおも生きたいと望む者を、生き延びさせたいという念の現れであることでしょう。
 悪意でも無意識でもなく、善意で以て人を鬼に変える――しかも本人は既に死んで幽鬼のような状態であり、鬼切丸でも斬れない。そんな彼女は、ある意味鬼切丸の少年にとっては最悪の敵といえるでしょう。

 その力の極まるところ、鬼と化した怨霊を元に戻し、死体をも鬼に変える――そんな力を持つ柊。しかし極めて残酷かつ皮肉なことに、人を救うために鬼に変える彼女が、自分自身を救えない――鬼になれないのです。
 そんな彼女を描く物語の完結編ともいうべきこのエピソードでは、少年と柊と鬼のいつ果てるとも知れぬ地獄絵図に、鬼姫・鈴鹿御前と、もう一人の鬼が加わることによって、この構図が大きく変わることになります。

 以前のエピソードで描かれていた伏線を完全に失念していたこともあってか、この辺りの展開は少々唐突に感じられたところはあります。しかしこれ以外の展開はないのも事実であり――そしてその中で浮かび上がる柊の「真実」は、ある意味作中で最大の悲劇であったと感じられます。

 彼女に別の生き方が許されていれば、あるいは鬼切丸の少年の母のような存在(という表現はそれはそれで誤解を招きそうですが)になっていたのではないか――そんな印象すら受けるのです。


 そしてもう一篇、前後編で収録されている「鬼七生滅賊」は、ぐっと時代を遡って鎌倉時代末から室町時代初期を舞台とする物語であります。
 倒幕を目指す後醍醐天皇の下に馳せ参じ、そして建武の新政に反発して挙兵した足利尊氏らを相手に奮戦した末、壮絶に散った楠木正成。本作では、そんな姿が鬼と変ずるのであります。

 七生滅賊――七度生まれ変わっても国賊を滅ぼすという念をとともに、弟の正季と自刃した正成。その念が凝った末に鬼と化した正成は、鬼切丸で斬られても滅びない――いや、七度まで復活する、という展開には、その手があったかと驚かされます。
 しかしこのエピソードは、その先にさらなる捻りを加えてくるのです――「忠義の人」と自他ともに認める正成の真の想いを描くことによって。

 鬼と化すほどの強い念の陰に秘められたもう一つの想いと、それによる一種の救済というのは、本作ではしばしば見られるシチュエーションではあります。
 今回は正成が後世背負うこととなったイメージをそこに織り込むことで、人間の生の皮肉さと――そしてある種の希望の存在を描いていると感じた次第です。


『鬼切丸伝』第15巻(楠桂 リイド社SPコミックス) Amazon

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 『鬼切丸伝』年表・改

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2022.04.28

『鬼切丸伝』年表・改

 この忙しいときに何をやってるんだ、という感じですが、『鬼切丸伝』の作中年表をアップデートしました(単行本第15巻まで)。以前はブログ記事に掲載しましたが、かなりの分量になったのと扱い易さの関係で、自分のdokuwikiサイトの方に掲載しています。

 鬼切丸の少年が誕生したのは995年ですが、作中に登場する年代ではそれ以前、明記されているものでいえば764年、明記されていないものであれば古代まで遡る本作。エピソードは年代順ではないのでなかなか大変ですが、こうして並び替えてみるのもなかなか面白いかな――と野暮を承知で作成しております。
 それにしても、以前の版を作成した時にも思いましたが、やはり題材になっている人物・事件のバラエティは驚異的で、決してメジャーどころだけではない(というよりもむしろそちらの方が少ない?)のには感心させられます。

 こうしてみると作中に登場しているのは17世紀末まで、それ以降はまだ描かれていないのですが――おそらくはこの先で少年の心境に色々と変化があったのでは? と今から想像するのもなかなか楽しいところです。


 ちなみにこの鬼切丸伝年表、私が作っている虚実織り交ぜの年表サイト「妖異の日本史」に置いております。その他のページもご覧いただければ幸いです。


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2022.04.21

国枝史郎『暁の鐘は西北より』 帝政ロシアの野望! 人体建築! 色々な意味で国枝的物語

 天明期の江戸と浅間山の怪建築を舞台に、帝政ロシアからの逃亡者とその追っ手との争いに巻き込まれた者たちの運命を描く、色々な意味で実に国枝史郎らしい時代伝奇小説であります。人体建築の心臓の間に秘められた悍ましくも魅惑的な秘密とは……

 田沼時代まっただ中の江戸――風流志道軒と塙保己一が異国からの刺客団の策動を耳にし、杉田玄白が平賀源内から山中の奇怪な境地にターヘルアナトミがあると聞かされていた頃。
 名与力・十二神貝十郎は、美男で逞しい男ばかりを狙う辻斬りが人を斬る現場に居合わせるも、これを取り逃がすことになります。数日後、とある屋敷の部屋にまつわる奇怪な言葉を口走る狂人と出会った貝十郎は、狂人があの辻斬りに斬られる現場に行き当たり……


 という、何とも謎めいた導入部の本作。そこから物語は一年ほど前に遡り、辻斬り――泉東十郎を中心に、冒頭に至るまでの物語が語られることになります。

 一種の高等遊民である東十郎は、茶屋娘を巡っての決闘を制止した塙保己一の後についていくうち、とある屋敷に入り込み、そこで日本人離れした魅力を持つ娘・ニナ小夜子と出会うのでした。
 かつてロシアに漂着し、セントピータースブルグで暮らしたという小夜子の父・村上嘉右衛門。しかしロシアの極東政策を記した極秘文書を手にした嘉右衛門は、それを手に小夜子とともに逃亡、東十郎も旧知の武士・坂部軍之進の庇護の下、江戸に潜伏しているというのです。

 小夜子に一目惚れしたことから、彼女たちを狙うロシアの密偵・オリガ桜子率いる「鷲の旗」との対決を決意する東十郎。しかしいざ鷲の旗の襲撃があった際に彼は意識を失い、その間に嘉右衛門たちは、「人体建築」へと落ち延びていくのでした。

 人体建築――それは浅間山の谷間に、溝呂木信兵衛なる男が作った、人間の体を模した構造の屋敷。その周囲には、桃源郷を求める彼の信奉者たちが集落を作ったものの、いつしか信兵衛は狂気に陥り、夜な夜な奇怪な行動に耽っているのでした。
 そんな中に江戸からやって来た嘉右衛門・小夜子・軍兵衛らの一党。さらに東十郎も彼らの後を追ってきた東十郎ですが……


 と、山中のユートピアと怪建築、救いを求めて彷徨う若者と道に迷った凶剣士、天衣無縫な聖女と血吸鬼めいた妖女、汚濁の中の聖人――といった国枝史郎お馴染みの要素に、遥かロシアのエカテリナ二世の野望が絡み展開していく本作。

 極めて印象的なタイトルは、物語の序盤で塙保己一が東十郎らに語る「……鐘が鳴るのでございますよ。さよう、西北の方角から! ……暁の鐘でありましたら、日本の国は興こりましょう。……もし晩鐘でありましたら、日本の国は滅びます」から取られたもので、ロシアから日本に押し寄せる波乱の予兆を示したものと思われます。

 このように設定や登場人物、ガジェットなど、実に壮大、魅力的な本作なのですが――登場人物の人生哲学が延々と語られたり、ディテールを追うあまりに物語があまり展開しなかったり、その果てにあっさりと結末を迎えたりと、国枝作品の困った部分をしっかり備えてしまっているのには、微妙な表情になります。

 「国枝史郎伝奇全集」の解説によれば、本作はもっと長大な作品として構想があったのが、序盤部分で終了してしまったものだということ。過去に遡る前に置かれた、現在の事を描く冒頭部分(と結末部分)も、単行本化の際に書き足されたとのことであります。
 そのような良くも悪くも国枝作品らしい本作ですが――しかし寄り道的な描写(特に情景描写の豊かさよ)が不思議に印象的だったり、いま見られる作品構成も、物語を盛り上げる上で実に効果的であったりと、魅力的な部分が多いのも事実であります。

 万人にはおすすめし難い作品ではありますが、それはそれとしても国枝作品は面白い――そんなことを再確認させられる作品です。


『暁の鐘は西北より』(国枝史郎 講談社国枝史郎伝奇文庫) Amazon

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2022.04.17

「コミック乱ツインズ」2022年5月号(その二)

 「コミック乱ツインズ」2022年5月号の紹介その二であります。

『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 謎の支援者をあぶり出すため、聡四郎が町で絡まれた破落戸たちを叩きのめし、敢えて自分の名を出してみたら思わぬ波紋が――という展開となった前回。読者にはそれが誰の差し金かわかっているのですが、しかし聡四郎にとってはとんでもない大物が関わっていることしかわからないという、これはこれで実に尻の座りの悪い状況であります。

 しかしそんな中でもお役目は果たさねばならないのが勤め人の大変なところ。聡四郎は、元々のお役目である米相場高騰の原因を探ることになりますが――といっても町を歩き回るだけでそうそう簡単に掴めるはずもなく、むしろ役に立ったのは、家に帰ってからの紅さんの言葉。そこで聡四郎は紀伊国屋に向かうのですが――いやいや、基本的に宿敵の元に飛び込むとは博打打ちすぎでは、と心配になります。案の定、うかつに敵を増やすことには定評がある聡四郎らしく、ここで紀文の配下が独自に動くことに……

 そうとは知らず、師・入江無手斎の特訓に協力する聡四郎。本作の迫力担当(?)というべき無手斎だけあって、片手とは思えぬ強烈な技を見せて聡四郎をたじろがせますが、しかしそれ以上に畏れるべきは、宿敵であり自分が倒した鬼伝斎の技をも取り入れるその柔軟性ではないでしょうか。
 そして特訓につきあわされた上に怒られるというちょっと理不尽な目にあった聡四郎ですが、しかしその教えは思わぬ形ですぐに役立つことに――と、新たな強敵の出現を描きつつ、次回に続きます。


『かきすて!』(艶々)
 娘三人の江戸に向かう旅日記としてスタートした本作ですが、既に江戸に到着して久しく、ここ数回は三人娘が江戸で出会った事件が描かれています。今回もそのパターンと思いきや……

 男に騙され、悲惨な最期を迎えたというお町。彼女とは幼馴染だった三人娘のおゆきとおはるは、お町の妹とともに、お町を騙した男を懲らしめるため、幽霊騒動を仕掛けることに――という今回の展開。
 これはどう考えても失敗してマズいことになるパターンでは、と思っていたところに、同じく三人娘のナツに何やら意味深なシーンが描かれ――という展開を受けて、ラストに思いもよらぬ大どんでん返しが描かれることになります。

 正直に言ってかなり唐突な展開に驚きましたが、おそらく本作でほとんど初めてであろうアクションシーンのキレもよく、これはこれでアリかな、という気もいたします。しかしこの展開は最終回かな、と思いきや、次回もあるようで、三人旅から今度は一人旅に変わるということでしょうか。


『しくじり平次』(所十三&野村胡堂)
 ヤンキー漫画と恐竜漫画のベテランによる特別読み切りは、前作から(おそらく)7年ぶりに登場の、漫画版『銭形平次捕物控』であります。

 雪の夜の翌朝、山谷の寮で何者かに刺し殺された姿で見つかった遊女屋・佐野喜の主・弥八。因業で周囲から数多くの恨みを買い、誰に殺されてもおかしくない人物でしたが、三輪の万七親分にしょっぴかれたのは、以前平次の下っ引きをしていた田圃の勝太郎だったのです。
 吉原で火事があった際、言い交わした仲だった妓を見世の納戸に閉じ込めて死なせた弥八を殺すと公言し、事件当日も近くで目撃されていたことから、圧倒的に不利な立場の勝太郎。平次は寮の周囲の人々から聞き込みを始めるのですが……

 原作の「雪の夜」を基本的に忠実に漫画化した本作ですが、ここで描かれる平次は、タイトルに相応しくというべきか、かなり三枚目的な色彩の強いキャラクター。下女のお鶴から話を聞き出す際に一緒に折り鶴を折るくだりや、お馴染み三輪の万七親分と漫才のようなやり取りをしながら推理の穴を突いていく場面など、何ともユーモラスな味わいがあり、親しみやすさという点では群を抜いています。

 そんな味付けをしつつも、原作ではちょっと勘に近かった謎解きを、トリックは基本的にそのままに、一ひねり加えてみせる点なども巧みな本作。「しくじり平次」という原作にあるもう一つの、そしてあまり知られていない呼び名を冠してあえて銭投げを外しつつ、読後感の良い人情推理として成立させてみせた作品です。


 次回でラストです。


「コミック乱ツインズ」2022年5月号(リイド社) Amazon

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