2022.06.14

「コミック乱ツインズ」2022年7月号

 号数では今年も折り返しに入った「コミック乱ツインズ7月号」は、『そば屋幻庵』が巻頭カラー、新連載の『不便ですてきな江戸の町』が巻中カラー。その他、新連載で『そぞろ源内 大江戸さぐり控え帳』のほか、『軍鶏侍』が掲載されています。今回も印象に残った作品を一つずつ紹介します。

『そば屋 幻庵』(かどたひろし&梶研吾)
 相変わらすびっくりするくらい美しい藤丸姐さんが表紙を飾っていますが(本編には未登場)、今回のヒロインは牧野家の女中のおみつ。買い物帰りに白玉(これがまた本当に美味しそう)に惹かれていたところを玄太郎に見つかり、一緒に辻占煎餅を食べるおみつですが、二日以内に五回転ぶと牧野家にも大災厄が及ぶという占いが……

 思わぬことで窮地に陥ったおみつと牧野家を救うために、玄太郎が幻庵として作った蕎麦は――これがまた猛烈に旨そうなのですが、何よりも印象に残るのは、御家の危機とはいえ、おみつを親身に気遣う玄太郎と牧野家の人々。『勘定吟味役異聞』でイヤな上司を見ているだけに(?)、実に暖かく感じます。


『そぞろ源内 大江戸さぐり控え帳』(叶精作&天沢彰)
 今回からスタートの本作は、タイトルから察せられるように平賀源内を主人公とした探偵もの。まだ高松藩士だった頃、江戸留学中の源内が、その本草学の知識と頭脳の冴えで様々な事件に挑む物語となるようです。
 第一回のサブタイトルは「血を吸う女」――知り合いの同心・浅間和之助から、立て続けに三人見つかった全身から体の血を抜かれた死体の謎解きを依頼された源内が、妖しげな美女に接近することになります。

 初回ながら次々とレギュラーらしきキャラが登場、それが全員顔見知りなのでこれまでにシリーズ連載されていたのかと思ってしまったりしましたが、この時期の源内を主人公とするのはなかなか面白い。
 また面白いといえば、優等生的なイメージのある杉田玄白が、「人を刻んだ後は甘い物がうまい!!」とかいいだす変態監察医系キャラなのも実にユニークであります。


『ビジャの女王』(森秀樹)
 王の死によって、後継者を決めるべく開かれたビジャロマ会議。継承権を持つも明らかにクズのヤヴェ王子と、持たないオッド姫とどちらを後継者とするか、会議は紛糾を続けます。ここでヤヴェを推すジファルの策によってあっさりと民衆はヤヴェに靡き、勝負あったかに見えたのですが……
 以前描かれたジファルの弱点というか良心を意外な人物が動かし、意外な展開に繋がっていくと思いきや、さらにラストにどんでん返しが待ち受ける今回。おそらくラストに登場したのは、前回もチラリと登場したあのキャラだと思いますが、さて事態はどう転ぶことでしょうか。


『かきすて!』(艶々)
 娘三人の江戸への旅から、旅芸人かと思いきや実は隠密だったおナツ一人の江戸からの旅と、意外な方向に物語が展開した本作。第二シリーズの初回というべき今回は、東海道を西に進むおナツが、途中の宿場で特産品を作る父娘と関わり合うことになります。
 その特産品というのが、わかる人には一発でわかるアレで、ナツがある意味大変な目に遭うのが気の毒というか実に可笑しいのですが――おナツ一人になることで、物語の展開も身軽になったのは良かったと思います。


『仕掛人めし噺 藤枝梅安歳食記』(武村勇治&池波正太郎(原案))
 深川と神田明神下を舞台とする今回、梅安たちは全く登場せず、主人公を務めるのはまさかの音羽の半右衛門とおくら。ある意味非常にスピンオフらしい展開ですが、すっぽんと鰻、登場する料理はこれまで以上に旨そうに見えます。
 が、最も印象的なのはそのオチ。こうくる!? と驚かされつつ、何だか可愛らしく見えてしまった時点で、本作の勝ちでしょう。


『列士満』(松本次郎)
 初陣で水戸天狗党討伐に投入されるも、いきなり夜襲を受けて壊滅寸前となった幕府の陸軍歩兵隊。その中で、仲間を逃して一人奮戦するスエキチですが、敵の隊長に大苦戦することに――という今回、スエキチと天狗党の、緊迫感があるんだかのんびりしているんだかわからない妙な空気感の戦いは、この作者ならではというべきでしょう。
 しかしクライマックス、夜の山で繰り広げられる一騎打ち(その理由がまたスゴい)の不穏な迫力はさすがの一言。結末の苦さ虚しさも印象に残ります。


 次号は『暁の犬』『カムヤライド』『勘定吟味役異聞』が連載再開であります。


「コミック乱ツインズ」2022年7月号(リイド社) Amazon

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2022.06.05

唐々煙『煉獄に笑う』第14巻 そして三成は往く 曇サーガここに完結

 本作だけで約9年、『曇天に笑う』から数えれば約11年――ついに『煉獄に笑う』完結の時がやってきました。前代未聞の八本首の形態と化したオロチに最後の戦いを挑むのは、天正曇天三兄弟と、秀吉・家康・光秀らの連合軍。持てる力の全てを結集して挑む戦いの行方は……

 真の信長を器としてついに復活したオロチ。オロチ封印の最後の希望、三本の巻物の最後の一本を安土城に突入して見事奪取した佐吉ですが――しかし信長がその意識を残した故か、オロチは牡丹すら知らない形態、八岐大蛇状の怪物に変化するのでした。
 この絶望的な状況下でも、封印の準備に入る牡丹と、彼女を守るべく陣を敷く連合軍。そしてそこに死んだと思われていた芭恋も姿を現し、佐吉・芭恋・阿国の天正曇天三兄弟――石田三成が復活!

 というわけで、今度こそオールスターキャストで臨む最後の最後の決戦が繰り広げられるこの最終巻。
 佐吉・芭恋・阿国の三人(あと後世でいうゲロ吉)に、秀吉・家康・光秀、さらに左近に紀之介(吉継)といった武将たち、百地丹波と浯衛門、桜花と一波、鬼平太、国友の勇真に芦屋弓月と安倍家一門(そしてもう一人)、牡丹――これまでの物語で戦い抜き、生き抜いてきた者たちが恩讐を乗り越えて集うだけで、もう感動的としかいいようがありません。

 たとえほとんど怪獣クラスのオロチの首たちであっても、彼らであれば――と思いたくなる(そして実際どうにかしてしまう)面々が戦う間に、牡丹が死力を振り絞って封印の陣を張る――これで勝利まで後一歩と思いきや、しかし史上最悪のオロチの強さはまだまだ先がありました。
 中心の首が雲を食らった末に全方向に放った熱線(?)によって戦線は一瞬にして崩壊、そしてその首に牡丹と佐吉が飲み込まれてしまったではありませんか。

 そして首の中で佐吉が見たものは、オロチに飲み込まれた安土城の一部と、オロチの中でなおも己の姿を保つ織田信長その人。
 刀を失い、文字通り徒手空拳で信長と対峙することとなりながらも、なおも心は折れない佐吉。そして彼のために芭恋と阿国は、オロチの中に刀を届けるべく奮闘を繰り広げます。あの曇の護り刀を……


 本作において最後の『曇天に笑う』とのリンクというべき護り刀の因縁も登場し、いよいよ終局に向かう物語。しかしそこで描かれたものは――まさか、と言いたくなるような展開であります。ここまで来て、こんなことになるとは――と唖然とさせられる中で、物語は容赦なく展開していくことになります。
 しかしこれもまた、彼らが、石田三成が選んだ道。その果てにある結末であれば、これはもう本作の結末として受け容れるしかない、ということは間違いないでしょう。少なくともエピローグの展開を見れば、だからこその「石田三成」であったか、と舌を巻くしかないのですから。

 そして登場人物それぞれが収まるところに収まったエピローグの最後に待つもの――この『煉獄に笑う』という物語の冒頭にリンクして(今見返すと、絵はもちろん違うものの、台詞は同じなのが感慨深い。だからあのアングルだったのか、とも)描かれる結末には、大きく頷くしかないのであります。

 ちなみにこの単行本は、最終話に連載時に比べて、実に30ページ近い描き足しが為されており、完全版と呼ぶに相応しい内容となっています。ここまでくれば、まさに大団円と呼ぶしかないでしょう。


 冒頭に記した通り『曇天に笑う』から数えて11年、そして単行本総計で24巻という分量となった、この曇サーガともいうべき物語。その中でも本作が質・量ともにその中核を成すことは間違いありません。
 今読み返してみても伊賀のくだりはちょっと長かったな――などと思ったりはしますが、しかしそこまで描き込んだからこその、この最終巻の展開であったことは間違いないでしょう。

 このサーガをほぼリアルタイムで読むことができて良かった――心からそう思った次第です。


『煉獄に笑う』第14巻(唐々煙 マッグガーデンコミックス Beat'sシリーズ) Amazon

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 唐々煙『煉獄に笑う』第6巻 誕生、曇三兄弟!?
 唐々煙『煉獄に笑う』第7巻 開戦、第二次伊賀の乱!
 唐々煙『煉獄に笑う』第8巻 伊賀の乱の混沌に集う者、散る者
 唐々煙『煉獄に笑う』第9巻 彼らの刃の下の心 天正伊賀の乱終結
 唐々煙『煉獄に笑う』第10巻 嵐の前の静けさ!? 復活の三兄弟
 唐々煙『煉獄に笑う』第11巻 本能寺の変に動き出す表と裏の歴史
 唐々煙『煉獄に笑う』第12巻 最終決戦開始! 大団円への前奏曲
 唐々煙『煉獄に笑う』第13巻 クライマックスまったなし かぶき者還る!

 「曇天に笑う」第1巻
 「曇天に笑う」第2巻 見えてきた三兄弟の物語
 「曇天に笑う」第3巻 曇天の時代の行く先は
 「曇天に笑う」第4巻 残された者たちの歩む道
 「曇天に笑う」第5巻 クライマックス近し、されどいまだ曇天明けず
 「曇天に笑う」第6巻 そして最後に笑った者
 「曇天に笑う 外伝」上巻 一年後の彼らの現在・過去・未来
 唐々煙『曇天に笑う 外伝』中巻 急展開、「その先」の物語
 唐々煙『曇天に笑う 外伝』下巻 完結、三兄弟の物語 しかし……
 唐々煙『泡沫に笑う』 鎌倉から明治へ、二人の道の先に待つもの

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2022.06.04

ジョン・ディクスン・カー『火刑法廷』 驚愕の大転回 毒殺魔伝説と忍び寄る不死者の影

 怪奇色の強い不可能犯罪もの、あるいは歴史ミステリの印象が強いジョン・ディクスン・カーが、実在の毒殺魔を題材に描いたホラーミステリ、伝奇ミステリの名品であります。1920年代、フィラデルフィア郊外で起きた奇怪な密室からの消失事件。その背後には不死者の影が――?(作品の趣向に触れる部分があります。ご注意下さい)

 ある週末の晩、フィラデルフィア郊外の別荘に向かっていた編集者スティーヴンズ。殺人実録を得意とする作家ゴーダン・クロスの新作の原稿を列車の中で読もうとした彼は、その中にあった十九世紀に処刑された毒殺犯の写真が、自分の妻マリーと同姓同名、瓜二つであったことに衝撃を受けます。

 一方その晩、スティーヴンズを尋ねてきた隣人マーク・デスパードは、一週間以上前の仮面舞踏会の晩に亡くなった叔父・マイルズが毒殺された疑惑があると告げます。
 舞踏会の晩に叔父が口にした飲み物の中に大量の砒素が含まれていたと語り、叔父の遺体を改めて調べるため、厳重に密閉された納骨堂を開けたいというマーク。スティーヴンズはそれに協力するのですが……

 しかし葬儀の時には確かにマイルズの遺体が収められていたにもかかわらず、霊廟の棺の中は空。そしてマークはさらに、叔父が亡くなった晩、十七世紀の毒殺魔・ブランヴィリエ侯爵夫人のドレスを着た女性が、彼に飲み物を渡したのを使用人が目撃したと語るのですが――しかしその女性は、あるはずのないドアを開けて外に出ていったというのです。

 さらに事態は警察の介入を招き、当日のアリバイなどより細かい捜査が進められるのですが――その中でスティーヴンズはマリーへの恐ろしい疑惑を募らせていくころになります。そしてそれを裏付けるように、マリーはゴーダン・クロスの原稿を抜き取って、何処かに姿を消してしまい……


 特にその初期の作品では、濃厚な怪奇趣味とケレン味溢れる不可能殺人ものが印象に残るカー。本作も(一応)その系譜に属する作品と言ってよいかもしれません。
 本作の中心となる謎は犯人と死体、いずれも密室からの消失ですが――特に犯人消失は、毒殺魔のドレスを来た女性がそこにあるはずのない、後で探してもどこにもないドアを抜けて消えるというシチュエーションは、語り口の妙もあり、ゾクゾクさせられます。

 しかしそれ以上にゾクゾクさせられるのは、作中で語られる不死者伝説の存在です。ここで登場する不死者は、吸血鬼やゾンビのようないわゆる生ける死者ではなく、むしろ一種の転生者――はるか昔に亡くなったはずの人間の精神が、別の(自分の子孫や良く似た)人間の中で蘇り、生前と同様に振る舞うという存在であります。

 そしてその不死者として囁かれるのが、十七世紀の実在の毒殺魔・ブランヴィリエ侯爵夫人(マリー・ドブレー)。愛人ゴーダン・サンクロワから毒薬の使用法を学び、父親をはじめ親族などを次々毒殺、サンクロワの死後に事が露見した末に、毒殺者を裁く「火刑法廷」にかけられ、処刑された人物です。
 本作では、その後、彼女の魂があたかも後世の人間の中で幾度か復活、同様の毒殺事件を起こしたという説を語り、十七世紀、十九世紀、そして現代のマリー・ドブレーとの関係を仄めかすのであります。

 さらに現代のマリーが砒素に関心を示していたこと、事件当日の晩にスティーヴンズが不自然な睡魔に襲われて彼女のアリバイがないこと――さらにマリーが漏斗に異常に恐怖心を示すこと、事件の起きたデスパード家の先祖がブランヴィリエ侯爵夫人捕らえていたことなど、様々な形で不気味な暗合が示されることになります。(侯爵夫人と漏斗の関係についてはドイルの『革の漏斗』でも語られています)
 この辺りの、過去の歴史の話と思っていたものが、突然自分事として目の前に現れる辺りの呼吸は、実に見事と感じます。

 そして読者の側の疑念も最高潮となったところで、意外な探偵役が登場、快刀乱麻を断つ名推理によって――思わぬ波乱があったものの――見事に合理的な謎解きが示されることになります。この辺り、特に件の幻のドアの謎解きなど、実に楽しいのですが……


 しかし本作の名を不朽のものとしたのは、最終章の数ページでしょう。そこで示されるものが何であるか――それはここでは触れませんが、作者の作品であること自体が一種のトリックともいうべき、凄まじい大転回には、ただ絶句させられるばかりなのです。

 同様の趣向は、後年様々な作品で見られるように思いますが、その嚆矢という印象もある本作。わずか数ページで作品の印象が(もしかしたらジャンルも)変わってしまう――そんな恐るべき名品であります。


『火刑法廷』(ジョン・ディクスン・カー ハヤカワ・ミステリ文庫) Amazon

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2022.05.29

たかぎ七彦『アンゴルモア 元寇合戦記 博多編』第6巻 「神風」吹かず そして総司令官時宗の真実

 「神風」は吹かず、真正面から蒙古軍の大群と対決することとなった日本武士団。前巻での迅三郎の奇計により、筥崎勢も合流したものの、不利は変わりません。それでも戦い続ける迅三郎を突き動かすものとは何なのか。そして鎌倉に座す時宗の胸中にあるものとは……

 対馬から博多に上陸し、さっそく蒙古軍に痛撃を与えることに成功した朽井迅三郎。しかしなおも「政治」に拘り、筥崎から動こうとしない大内勢に業を煮やした迅三郎は、なんと筥崎宮を焼くという暴挙に出るのですが――その祟りというべきか、ついに吹いた暴風雨。しかしそれが蒙古船団に影響を与えることなく、無数の船団が博多に迫り……

 と、「神風」を真っ向から否定した末に始まるさらなる戦い。しかしこの巻の冒頭では一端時と場所を変え、鎌倉幕府執権たる北条時宗の姿が描かれることになります。
 かつて迅三郎の運命を変えた二月騒動(無印第四巻)において、北条の分家たる名越時章を討たせた時宗。その際、彼は気弱な若者のふりをして大蔵頼季を使嗾し、その上で全ての責任を頼季にかぶせるという狡猾な姿を見せました。

 その時の印象が強いため、本作では――「政治」に走る武士の象徴として――良い印象がない時宗ですが、今回描かれるのは、元寇十二年前から今に至るまでの彼の姿とその胸中であります。
 幼い頃から北条家の得宗となることを運命づけられ、親族すら油断できない曲者揃いの鎌倉武士の中で生き抜いてきた時宗。己に背負わされたものを理解し、そしてそのために懸命に努力してきた時宗ですが、しかし異国からこの国全てを守るという責任を負わされるとは、さすがに想定の範囲外だったでしょう。

 いや、彼が執権になる前にすでに元からの国書が届いていたことを思えば、彼はそもそも対蒙古戦の総司令官となるために執権になったということ。その重圧たるや想像を絶するものですし、そんな彼に対してそれまで様々な形で指導を行ってきた北条政村の最期の教えなど、実に沁みるものがあります。

 そんなわけでこの巻の1/3かけて描かれるのは、単純な冷酷非常な権力亡者でも策謀家でもなく、彼なりの形で蒙古と戦っていた時宗の姿なのですが――さて、仮にそれを知ることがあったとして、その大義のための犠牲となってきた者たちの一人である迅三郎は何を思うでしょうか。
 いずれあるだろうと個人的に期待している二人の対峙の時を待ちたいと思います。


 さて、この後、時間軸は再び「いま」に移り、嵐にも負けず――いや、これをむしろ「神風(テングリの風)」として総攻撃を開始した蒙古軍二万を迎え撃つ、日本武士団四千の息浜での戦いが描かれることになります。

 しかし少弐景資が期待した援軍は、「神風」によって増水した筑後川を渡ることができず、戦に間に合わない状態。(ここで「間に合わなければ援軍ではない!!」と激昂する景資に対する迅三郎のツッコミがごもっとも過ぎる)
 それでももちろん戦うしかない日本軍の前に現れたのは、蒙古の騎馬兵――軽装による敏速な動きによって重装の武士を翻弄する蒙古兵ですが、ここで一発決めるのが迅三郎。さらに馬の剽悍さでは日本側も負けておらず、戦況は互角と思われたのですが……

 そこに出陣してきたのは、対馬で散々迅三郎と激突してきた副元帥・劉復享。しかも彼が擁する騎馬は、全身を鉄の鎧で覆ったかつての金の騎兵隊・鉄浮屠――鎖で繋いでこそいないものの、これはどう考えても連環馬! と水滸伝ファン的には勝手にテンションも上がります。
 そしてここで迅三郎と劉復享の因縁の対決が――と、この戦いの結末については伏せますが、いやはや、運命というものは皮肉であります。
(そして迅三郎の対鉄浮屠戦法にも、この手があったかと感心)


 しかし息浜での激戦が続く最中、博多の西の河岸にこれまた因縁の高麗の将・金侁が上陸。浮足立つ日本軍ですが、その一帯に対馬出身者たちの集落があることを知った迅三郎は――まだまだ先が見えない戦いは続きます。


『アンゴルモア 元寇合戦記 博多編』第6巻(たかぎ七彦 カドカワコミックス・エース) Amazon

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2022.05.25

かどたひろし『御広敷用人 大奥記録』第1巻 水城聡四郎、「奧」で新たな任に挑む

 以前連載開始時にもご紹介した『御広敷用人大奥記録』の漫画版、その単行本第一巻が刊行されました。上田秀人の代表作である『勘定吟味役異聞』の続編である本作、作画を担当するのは、もちろんかどたひろしであります。大奥に舞台を移した聡四郎の新たな戦いとは……

 勘定吟味役としての激闘の末、結果として徳川吉宗に味方してその将軍継承を助け、そして吉宗を養父とした紅と結ばれた聡四郎。お役目を辞して平和な暮らしを送っていた彼が吉宗に召し出されたことから、新たな物語が始まります。
 吉宗が聡四郎に命じた新たな役目とは、御広敷用人――江戸城大奥の玄関口である御広敷を担当し、大奥と外部との取次ぎを職務とする用人。これまで担当してきた勘定吟味役が「表」とすれば、これはまさしく「奥」――全く異なる世界であります。

 そんなところにいきなり放り込まれることとなった上に、意図や真の任務も教えられず、それどころか「遣える者は酷使する!」「諦めて身分と禄に応じた仕事を致せ!」とブラック上司ぶりを全開する吉宗に、聡四郎はプレッシャーをかけられるのでした。
 実は将軍就任早々、幕政改革に大鉈を振るう吉宗のターゲットの一つが、幕府では聖域扱いとなっていた大奥。その尖兵として送り込まれるのだろうとは想像できるのですが――しかし彼以上に困ったのは、それまで大奥を担当していた者たちであります。

 その中でも実力行使に走ったのは、御広敷伊賀者組頭の藤川義右衛門。ただでさえ御庭番設立で肩身の狭くなった伊賀者の権限を奪われまいと、彼は聡四郎を時に闇討ちし、時に懐柔に走るのですが……


 そんな前途多難な聡四郎の新たな戦いが始まるこの第一巻ですが、内容的にはまだ導入部といった印象。聡四郎にとって、何よりも読者にとっても馴染みの薄い御広敷という場所、御広敷用人の任が紹介されるとともに、この物語の背景となる勢力分布を描くのが、この巻のメインと感じます。

 そんなこともあってか――そしてこれは月刊誌とはまた異なるWeb媒体連載のペースもあるのではないかと想像しますが――この巻では剣戟シーンは控えめ、聡四郎が藤川の闇討ちを受ける場面と、師・浅山一伝斎との道場稽古の場面くらいとなっています。
 その意味では静かな滑り出しといえるかもしれませんが、水城聡四郎ものの――いや上田作品のもう一つの主戦場というべき幕政の闇を描く部分は、これはもう脂が乗りきった筆運びという印象があります。

 吉宗が就任早々に大奥に対して見目麗しい女性をリストアップせよと命じ、側室候補と思って選んでみれば、逆にそれはリストラ対象だった――という有名な逸話は本作でも描かれますが、それはあくまでも表に出た話。
 そもそも吉宗と大奥は、将軍位継承を巡り、月光院は彼を擁立し、天英院は彼と対立したという過去が――この辺りは 現在「コミック乱ツインズ」誌連載中の『勘定吟味役異聞』でこれから描かれるはず――あります。

 そんな、ただでさえ火薬庫のような場所をこじ開けて、松明を放り込むような吉宗の行動ですが、その影響が出始めることとなります。アクションだけでなく、この辺りの動きもじっくりと描けるのは、これはかどたひろしならでは、と言ってよいでしょう。


 ちなみに『勘定吟味役異聞』に登場した面々は、まだ出番が少ないキャラが多いもののこちらにも変わらぬ――唯一、初々しくも美しい若奥様ぶりを見せる紅を除いて――顔を見せているのですが、注目すべきは新顔。
 この第一巻から早くも聡四郎との因縁が発生した藤川は、この先長い付き合いとなる男ですが――油断のならなさとどこか崩れた雰囲気、そして忍び衣装の個性など、なるほどこういう姿になるのか、と感心させられます。

 そしてもう一人、本作のヒロインというべき存在が、この巻のラストに登場することになります。その名は竹姫――五代将軍・綱吉の養女であり、これまで二人の婚約者と婚前に死に別れ、大奥で静かに暮らしていた女性であります。
 実は聡四郎が御広敷用人とされた本当の理由はこの竹姫を吉宗が得るため。今回は文字通り顔見せのみですが、あの吉宗が恋い焦がれるというのですから、どれだけ魅力的な女性なのか、推して知るべしでしょう。約二十歳年下というのはまあ目を瞑るとして……
(にしても、竹姫のことを語る直前、あらぬ相手に気があると聡四郎に誤解された時の吉宗の表情……)


 なにはともあれ、いよいよ始まった聡四郎の新たな戦い。現在クライマックスの『勘定吟味役異聞』ともども、先が楽しみな漫画版です。


『御広敷用人 大奥記録』第1巻(かどたひろし&上田秀人 光文社KJC) Amazon

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「女の陥穽 御広敷用人 大奥記録」 帰ってきた水城聡四郎!

かどたひろし『御広敷用人 大奥記録』漫画版連載スタート!

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2022.05.19

木野麻貴子『妖怪めし』第1巻 料理人兄弟、食で妖怪を鎮める!?

 最近の漫画界では老若男女貴賤上下を問わず、おいしいものを作る/食べる作品が大きなトレンドになっていますが、本作はタイトルの通り、妖怪に(あるいは妖怪が)おいしいものを食べさせようという物語。風変わりな旅の料理人兄弟が、行く先ざきで妖怪と食にまつわる事件に巻き込まれます。

 時はおそらく江戸時代後期、ある目的から旅を続ける料理人兄弟――お人好しで体が頑丈なのが取り柄の忌火と、ひょっとこ顔の子供ながら鋭敏な舌を持つ兵徳の二人は、山越えの途中で見つけた茶屋で、「ヒダル神」について聞かされることになります。
 かつて飢饉で餓死した人々の妄念が凝り、取り憑かれた者は動けないほど激しい空腹に襲われるというヒダル神。しかし握り飯を食べれば逃れられるはずのこの妖怪が凶暴化し、旅人の精気を吸い取って暴れているというのです。

 このヒダル神を鎮めるため、瞬く間に茶屋にあった食材を使って弁当を作ったみせる兄弟。そしてかつてヒダル神を祀ったほこらがあった場所に向かう兄弟に、茶屋の老婆も同行するのですが……

 そんなエピソードから始まる本作ですが、なるほど、料理を食べる相手は空腹、空腹で妖怪といえば――というわけでヒダル神というチョイスには納得できるものがあります。
 ヒダル神に襲われた場合、なにか食べ物を口にすれば助かるというのは定番ですが、しかし本作のヒダル神は故あってパワーアップ版、おにぎりでは足りず――というわけで、兄弟のスペシャル料理の出番と相成る展開も納得です。

 この辺り、妖怪ものでありつつも、調理シーン、そして料理を味わうシーンの描写や台詞回しが、いわゆる「料理もの」のそれなのがちょっと面白いのですが、妖怪を鎮めるのに食を以てするというのは、確かにこれまでほとんどなかったパターンかと思います。


 そして第二話では食べ物関連の妖怪ということか豆富小僧が登場。手にした豆腐を食べると体にカビが生えるなどと言われる豆腐小僧ですが――本作ではやはり暴走・パワーアップして、人間がカビどころではない大変な状態になってしまうのに対し、兄弟が料理で挑むことになります。

 さらにこの巻のラストの第三話では、口にこんにゃくを咥えて橋の上に現れるというこんにゃく橋の幽霊が――と、まことに失礼な言い方ながら、えらくマニアックというかローカルな妖怪の登場に仰天させられます。
(これは本作の監修の妖怪研究家・木下昌美が、この妖怪が現れたという奈良で活動している影響も大でしょう)

 元々この妖怪(幽霊)は、こんにゃくのことが原因で争った末に死んだ妻が化けて出たものと言われますが――ある意味謎多きこの設定を、本作は幽明境を異にする夫婦の愛を描く物語にアレンジ。
 これまでのエピソードでは、主人公兄弟が妖怪に飯を食わせる話でしたが、今回はそれとは異なり――と、物語のバリエーションとしても実に面白いところです。
(個人的には中盤以降の一捻りの内容が、この妖怪の目撃者の職業をベースにしたと思しきものになっているのに感心しました)


 さて、このように第一巻では三つのエピソードが収録された連作スタイルの本作ですが、その縦糸となるのが、兄弟自身の物語であります。
 実は兄弟は半ば妖怪というべき存在――過去のある事件で呪いをかけられてそんな身の上になってしまった二人は、その呪いを解くために、呪いをかけた相手を探しての旅の途中なのです。

 そしてその呪いをかけた相手と思しき存在は、比較的早い段階で登場するのですが――本作に登場する妖怪たちとはちょっとデザインラインが異なるこの妖怪(といっていいのか?)は何者なのか、そしてやっぱり美味しいものを食べて撃退されるのか、だとしたら何を食べるのか……
 少々気が早いのですが、今から気になってしまうのです。


『妖怪めし』第1巻(木野麻貴子&木下昌美 (監修) マッグガーデンコミックスBeat'sシリーズ) Amazon

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2022.05.18

「コミック乱ツインズ」2022年6月号(その二)

 「コミック乱ツインズ」2022年6月号の紹介の続きです。

『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 今回はちょっといつもと違う、玄馬主人公回ともいうべき内容。水城家の隠居(聡四郎の父)の命で、水城家の新たな所領の状況を確認しに行った玄馬が、年貢をお目こぼししてもらおうとする名主から接待攻めに――と、何やら意外な展開であります。それも食べ物だけでなく、何と艶っぽい方面まで……

 もちろんそんな誘惑に負けず、毅然としてこれを跳ね除ける玄馬ですが、単なる拒絶ではなく、その理由がまた彼らしく一途で爽やかなもの。逆に誘惑してきたほうが心から絆されてしまう辺り、これが玄馬という若武者の魅力でしょう(そして聡四郎はさらに責任重大に……)
 しかし玄馬の活躍はそれだけではありません。旅の帰路に謎の刺客たちに襲われる玄馬ですが、金で雇われた連中に遅れを取る彼ではありません。まさに一閃というべき彼の殺陣は、聡四郎ともまた異なる迫力で目を奪われます。

 そしてその刺客を送り込んだのは紀伊国屋配下に使嗾された間部家ですが――しかしそんな無駄なことをしている間に、紀伊国屋の方は将軍家継暗殺のための策を巡らせているのですから、やはり格が違うというべきでしょうか。


 まだまだ紹介したい作品はあるのですが、何ぶん大変な数なので、ちょっと短めで失礼します。


『列士満』(松本次郎)
 『いちげき』を完結させた作者の次なる作品は、やはり幕末に戦った、武士ならざる身の者――幕府の陸軍歩兵隊を描く物語。その第一回では、彼らの陣である水戸天狗隊討伐が描かれるのですが、これが逆に夜襲を受けて這々の体で逃げ惑うことに……
 というわけで格好良くない連中が泥臭く奮闘する様がさすがとしか言いようのない本作。状況説明がほとんど全くなしで始まるのでついて行けない人もいるのでは――とちょっと心配になりますが、互いに撃ち合った後に敵味方でスコスコ弾詰めしているシーンの妙なおかしさが印象に残ります。
(あと「本編に於いても史実に於いても全く無名のこの男」という表現)


『雑兵物語 明日はどっちへ』(やまさき拓味)
 前回は本能寺の変が描かれましたが、そこで思わぬ相手を斃すことになった捨丸と春が、今回なりゆきから加わることとなったのは、瀬田城城主・山岡景隆の重臣・巨樹賢明の下。民百姓のことを重んじ、血を流さずとも戦は出来るはずという信念で、明智軍に談判に向かう賢明ですが……
 瀬田城攻防戦という地味な史実を題材としつつも、そこで無惨に流された血を克明に描いてみせる今回。「大将ッ 戦は血を流すものだぜッ」という最高に格好良い台詞とともに身を張った捨丸の行動が、ある史実に繋がるクライマックスには痺れます。しかし今回の結末は、作品自体の終わりに繋がりかねないものでしたが、さて……


『殺っちゃえ!! 宇喜多さん』(重野なおき)
 仇敵・島村盛実と妻の父・中山信正を共に討つように命じられた直家。まあ直家的に答えは目に見えているわけですが――そこに至るまでの脳内まで目に見える形で描いてしまうのには脱帽です。
 しかし正面からでは苦戦必至の相手を片付けるのに直家が選んだ手段は――これまた目に見えているもの。しかしその結果が作中でどのように描かれることになるのか、大いに気になります。


『玉転師』(有賀照人&富沢義彦)
 女を磨いた上で高く売る、玉転がしならぬ玉転師の活躍を描く特別読切第二弾、今回磨く相手は夜鷹(だけ)ではなく――という変化球が楽しい展開です。
 主人公チームも磨く相手も、幾人も登場する女性たちそれぞれの表情も印象に残りますが(特にラスト一ページ前のあるコマ!)、もう一人、絶対あの人だろうと思っていたらやっぱりそうだったあの人も、別の意味で印象に残るのでした。


 次号は『そば屋幻庵』が登場のほか、新連載で『不便で素敵な江戸の町』(はしもとみつお)と『そぞろ源内 大江戸さぐり控え帳』(叶精作)がスタート。その代わり、『勘定吟味役異聞』『暁の犬』『カムヤライド』はお休みなのは残念……


「コミック乱ツインズ」2022年6月号(リイド社) Amazon

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2022.05.16

劇団☆新感線『神州無頼街』 幕末伝奇! 痛快バディvs最凶カップル、大激突!

 一昨年、新型コロナの影響で公演延期となった『神州無頼街』が、帰ってきました。富士の裾野に築かれた無頼の街を舞台に、クールな腕利きの医者と口八丁手八丁の口出し屋が、正体不明の侠客一家が目論む大陰謀に立ち向かう、幕末伝奇大活劇であります。

 時は幕末、所は清水湊――清水次郎長親分の快気祝いに名だたる親分衆が集まる中、突如現れた男・身堂蛇蝎。妻の麗波、息子の凶介、娘の揚羽を引き連れ、傍若無人に振る舞う蛇蝎に激昂する親分衆は、突如もがき苦しみだし、倒れていくのでした。。
 そこに駆けつけた町医者・秋津永流の手当で次郎長は助かったものの、親分衆は全滅。これ事態を引き起こしたのが、この国にいるはずのない毒蟲・蠍だと見抜いた永流は、蛇蝎に対してある疑いを抱くのでした。

 一方、清水湊をうろついては他人の事情に勝手に口を出し金をせびる「口出し屋」の草臥は、蛇蝎一家の凶介が自分の幼なじみ・甚五と瓜二つだったのに驚くのですが――向こうは草臥のことなど知らず、それどころか逆に刃を向けてくるではありませんか。
 蛇蝎一家を中心に次々と起こる奇怪な事件と不穏な動き――これに対して、永流と草臥は、蛇蝎を探るため、彼が築いたという富士山麓の無頼の街に向かうことを決意します。しかしそこで待ち受けていたものは、彼ら二人の隠された過去に繋がる謎と秘密の数々だったのであります。やがて二人は、この国を揺るがす蛇蝎一家の大陰謀と対峙することに……


 というわけで、42周年興行として上演の運びとなった『神州無頼街』。私も二年待ちましたが、無事観劇することができました。
 物語的には、「無茶苦茶強い正体不明の流れ者が、さらに強くて悪い奴の陰謀を叩き潰すために大暴れする」という、皆大好きなスタイルの本作。しかも今回は、その主人公が二人――つまりバディものなのが最大の魅力でしょう。

 一見クールながら心優しく、医者ながら武芸の腕も立つ永流(福士蒼汰)。そして口から先に生まれたようなお調子者ながら、やはりバカ強い草臥(宮野真守)。そんな二人が、それぞれ実に気持ちよさそうに、物語の中を飛び回ることになります。
 特に歌手としても活躍している宮野真守は、劇中歌の多くを実に気持ちよさそうに歌いまくり。元々歌も踊りもふんだんに投入されているのが劇団☆新感線ですが、今回は特にその度合いが大きかったように感じるのは、このムードメイカーの大活躍があってのことでしょう。

 そして忘れてはいけないのは、本作が時代伝奇ものであること。そもそもタイトルからして古き良き時代伝奇小説の証である(?)「神州」というワードを掲げているわけですが、幕末伝奇とくれば――という二大ネタがどちらも投入されているのがまず嬉しい。
 しかしそれはあくまでもいわば前フリであって、メインはさらにスケールの大きな、とんでもない展開が用意されていたのには、正直に申し上げて唖然としました。
(ちなみに「神州」らしくというべきか、ニヤリとさせられるような用語や場面も幾つか登場するのにも注目)

 しかし本作で最大のインパクトを感じさせるのは、主人公たちが挑む強敵――身堂蛇蝎と妻・麗波であることは間違いありません。
 死と暴力が人間の形をしているような、しかしどこか茶目っ気のある蛇蝎、そして彼を支える妖艶華麗な美女――では終わらない麗波と、強烈極まりないこの二人。そんなカップル好演/怪演/熱演する二人――新感線初登場の高嶋政宏と常連の松雪泰子に目を奪われました。

 特にこの二人こそが、上で触れたとんでもない展開の仕掛人なのですが――いやはや、これまで色々と時代伝奇ものを見てきましたが、ここまで凄まじいことを企んだ奴は見たことがありません。間違いなくいのうえ歌舞伎、いや新感線の舞台史上でも最凶最悪のカップルであることは間違いないでしょう。


 しかし正直なところ、この強烈すぎるカップルの前に、主人公たちの存在感がいささか薄れがちに感じられたのも事実。
 また――この辺りは内容の詳細に触れかねないためにぼかしますが――作中に登場した二つの「家族」の存在が、物語展開や主人公たち(というか草臥)とあまり有機的に結びついていないという印象もありました。

 そんな勿体無い部分はあったものの、本作が新感線の二年遅れのアニバーサリーイヤーに相応しい、ド派手でケレン味たっぷりの時代伝奇活劇であったことは間違いありません。
 特に主人公コンビはこの一作で終わるのはもったいない――彼らの痛快なバディぶりを、是非また見てみたいと心から思います。


関連サイト
公式サイト

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2022.05.13

風野真知雄『いい湯じゃのう 三 ご落胤の真相』 大団円、誰が本当のご落胤?

 何故か登場人物と事件に「湯」「風呂」が絡む、ユニークな風野版天一坊事件の最終巻であります。吉宗がお忍びの銭湯入浴を満喫している一方で、暗躍する天一坊一味と、その正体を求めて東奔西走するお庭番コンビ。物語の三つの軸は、ついに江戸の銭湯で交錯し、思いもよらぬ真実が明らかに……

 とてつもない肩の凝りに悩まされた末、目安箱の一通の投書から、銭湯に興味を持った吉宗。すったもんだの末に江戸の富士乃湯に念願の入湯を果たした吉宗は、そこで様々な市井の事件に遭遇、探偵役を務めることになります。
 一方、その吉宗の御落胤と疑われる天一坊なる山伏の一党が江戸で何やら活動していることを知った幕閣は、天一坊が生まれた頃に吉宗が二人の女性と付き合っていたことを知り、湯煙の権蔵とあけびのお庭番コンビを紀州に派遣することに……


 と、吉宗(と幕閣と風呂屋の客たち)、権蔵とあけび、そして天一坊(というよりその腹心の山内伊賀亮)の主に三つの視点から展開していた本作ですが、この最終巻において、いよいよこの三つが一つにまとまることになります。

 不可解な吉宗の元恋人とその子供の足跡を追い、湯煙り仙人なる怪人の元にまで向かう御庭番コンビ。各地の名湯を潰したり揉み師を抹殺するなどして吉宗の肩凝りを進め、それを天一坊に治療させるのをきっかけに親子の名乗りを挙げさせようとする(冷静に考えるとスゴい企みだ……)伊賀亮。
 唯一、吉宗は相変わらず富士乃湯で常連の丈次や桃子とともに謎解きに興じたりしていたのですが――その一方で幕閣は天一坊の存在に頭を抱えていたのですが――しかしこの三者が、いや関係する登場人物全員が、奇しき因縁の糸に手繰り寄せられるように、富士乃湯に集結することになるのです。

 そしてこのドラマの中心になるのが、天一坊の存在――いや、吉宗のご落胤の存在であることは言うまでもありません。天一坊はさておくとして、上で触れたように本作においては天一坊の産まれる前に、吉宗が同時に二人の女性と付き合っていたのですから。
 というわけで、そこにはもう一人いるのでは? という疑問が当然浮かんでくるのですが……

 はたして本シリーズには、以前から明らかに怪しいキャラクターがいたのですが、さて彼も本当にご落胤なのか。いや、そもそも天一坊も本物のご落胤なのか? 本作最後の、そして最大の謎解きに、吉宗は挑むことになります。
 そしてその真実は――そっち!? と相当意外な結末で、いやはや、完全に裏をかかれました。(それがフェアかどうかは冒頭から読み返してみないとですが……)


 キャラクター総出演の謎解きの後には、クライマックスに相応しい大活劇もあり(ここでこのキャラがこの技を繰り出すか! という見せ場も嬉しい)、エンターテイメントとしていうことなしの本作。
 ユーモラスでペーソス溢れる人物造形も印象的――個人的には天一坊の父にまつわる描写に、強く作者らしさを感じました――で、ライトなミステリ味も含めて、作者らしさ満点の物語であったと感じます。

 正直なところ、意味有りげに登場したのに全く活躍しないキャラがいたり、メインと鳴るご落胤の謎解きがいささか早急に感じられたりと、もう少し分量があればと思う部分もあったのですが、新聞連載ということで難しい部分もあるのかもしれません。

 お庭番コンビの新たな冒険が予告されていたり、何よりも実に気持ちの良い結末であったりと十分楽しませていただいたこの最終巻。『いい湯じゃのう』、大団円であります。


『いい湯じゃのう 三 ご落胤の真相』(風野真知雄 PHP文芸文庫) Amazon

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2022.05.05

小島環『唐国の検屍乙女』 少女は事件現場で自分を見出す

 デビュー以来、中国を舞台とした歴史ものを発表してきた作者の新作は、北宋を舞台に医学を修めた少女・許紅花と、変人美少年・高九曜のバディが奔走するミステリであります。戦場から心身の傷を負って帰ってきた紅花は、妓楼での検屍を引き受けたことがきっかけで思いもよらぬ冒険に飛び込むことに……

 1042年の北宋は開封で、実家に引き籠っていた紅花。医者一家に生まれて自分も医学と武術を修めた彼女は、名医と謳われた父とともに、二年前から西夏戦線に従軍していたのですが――そこで父を庇って負傷、右手に震えが生じるようになり、もう治療はできないと、人生に絶望していたのです。
 そんなある日、依頼で妓院での検屍に行っていた姉が、憤然として帰ってきたのを知った紅花。「髑髏真君」なる人物に言いがかりをつけられたと憤る姉に代わり、検屍を行うことになった紅花ですが――妓楼で見たものは、髑髏を小脇に抱え、役人たちに罵詈雑言を喚き散らす美少年・九曜の姿でした。

 そして紅花が検屍することになったのは、江湖随一と謳われた名妓・蛍火の死体。役人たちは事故による死と結論づけていたのに対し、殺人と判断した九曜の傲岸不遜な九曜の態度に戸惑う紅花ですが――しかし自分も同じ殺人という結論にたどり着くのでした。
 それがきっかけで互いに興味を持ち、事件解決のために共に行動することになった紅花と九曜。そして調査を進める中、何者かのメッセージが届き、二人は同様の手口の事件が起きているという後宮に潜入することに……


 これまで、基本的に中華「風」ではなく、実際の中国史を題材とした作品を描いてきた作者。本作もまたその例に漏れず、北宋とその西北に位置する西夏との戦いが、物語の背景となります。
 そもそもこの西夏との戦いで紅花が負傷、後遺症で医師の道を断念したことが物語の発端ですし、最初の殺人の被害者である蛍火は西夏の出身、そして後宮での事件も――と、この時代ならではのものであるのが印象に残ります。(個人的には、「アフガニスタンに行っておられましたね」がこうなるのかと感心しました)

 そんな歴史ものとしての背景を持つ本作ですが、物語のスタイルは、バディもののミステリというべきでしょう。
 本作における九曜と紅花のコンビ――天才ながら傲岸不遜、奇矯極まりない高機能社会不適合者の探偵役と、その相棒である常識人(の医師)というのは、これは定番中の定番のスタイルにも見えます。しかし本作のユニークな点は、紅花も九曜に負けない観察眼の持ち主として描かれていることでしょう。

 そう、少なくとも検屍という点では、紅花は九曜に劣らぬ腕と眼の持ち主であり、そして自分の見たものを、先入観に囚われず客観的に判断するだけの知性を持っているのです。それだからこそ他者を基本的に自分より下の存在と見做す九曜も彼女に興味を持ち、半ば(いや八割方)強引に相棒として事件に引っ張り込むことになるのであります。


 しかし本作の最大の魅力は、そんな九曜との冒険の中で、紅花が自分自身を見つめ直し、そして本当の自分自身として立ち上がる姿を描く点にあると感じます。

 これまで述べてきたように、戦場での負傷で医者としての道を断念せざるを得なかった紅花。しかし彼女にとって医師の道は――特に従軍してのそれは――父も母も姉も携わる家業であると同時に、女性である自分が自分自身の足で立つための、自己実現の手段でもあったといえます。
 それが喪われるということは、彼女にとっては自分が自分として生きることができなくなるということであり、自分の価値が(彼女の中では)無になったということにほかならないのですから。(それを裏付けるような、父親の弟子であるイケメン・劉天佑の初対面時の態度がキツい)

 しかし彼女は九曜との出会いによって、自分自身の新たな才能を見出すことになります。それが彼女にとってどれだけの支えと救いになったか――それは言うまでもないでしょう。だからこそ彼女と九曜の冒険は、どれだけ危険と隣り合わせであろうとも、どこか胸踊る感覚と、爽やかさがあるのです。

 が、それに加えて、彼女自身も気づかなかったような彼女自身の真実が、九曜によって顕わになるのもまたユニークな点なのですが――なるほど、本作の帯の「私もあなたに暴かれていく」とはよく言ったものだと感心します。


 正直なところ、人物配置や物語展開(特にクライマックス)に強い既視感がある点には戸惑ってしまうのですが、この先のコンビの冒険を見てみたいと思わされることは間違いない作品であります。


『唐国の検屍乙女』(小島環 講談社タイガ) Amazon

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