2024.12.29

北斎死す、そしてお栄が北斎に!? 末太シノ『女北斎大罪記』第1巻

 浮世絵界、いや日本美術界の最高峰というべき葛飾北斎。その北斎が急死し、娘の栄が成り代わっていたとしたら――そんな大胆な設定で描かれる野心作です。偉大な父の作品を遺すために奔走することになった栄の苦闘が始まります。

 今日も尊敬する師である葛飾北斎の下を訪れた駆け出し絵師・渓斎英泉。北斎の娘・栄と英泉は、完成したばかりの「北斎漫画」二巻目に目を輝かせるのですが――その直後に思いもよらぬ悲劇が起こります。
 北斎が屋根の上に作った執筆場所――そこから誤って北斎は転落、そのまま息を引き取ったのです。

 直前まで北斎が手にしていたため、北斎の血に塗れてしまった北斎漫画の画稿。しかし父の画を記憶していたお栄は、その場で北斎そのままの絵を描き直してみせます。
 それを目の当たりにした英泉は、とてつもないことを思い付きます。それは北斎の死を秘密にして、栄が北斎になるということ!

 父の北斎漫画を完成させるため、そして女の自分が絵師を続けるため、栄もその提案に乗り、一か八か、父に成り代わることを決意するのですが……


 北斎の娘であるだけでなく、「吉原格子先之図」など彼女自身の優れた作品により、近年注目が集まっている葛飾栄(応為)。フィクションでも様々な作品に登場している栄ですが、本作のような内容の物語はかなり珍しいといってよいでしょう。
 何しろあの北斎が本来よりも30年以上早く亡くなり、その代わりに栄が北斎を名乗っていたというのですから!

 どう考えても無理――と言っては身も蓋もないのですが、しかしここで示される北斎を死なせるわけにはいかない理由、そして栄が北斎を名乗らなければいけない理由――特に後者、女性であり常人を遥かに上回る画力を持つ栄がこの先も絵筆を握るためには、北斎の助手であり続ける必要がある、という一種逆説的なそれには、不思議な説得力があります。


 そんな本作においてまず目を引きつけるのはもちろん、栄が周囲の目を欺き、「北斎」で在り続けることができるのか、という点であることは間違いありません。
 この第1巻においては、いきなり曲亭馬琴が登場――北斎にとっては最大の理解者であり好敵手ともいえる間柄であり、裏を返せば栄が北斎で在るための巨大な障害というべき存在です。この馬琴の目を如何に眩ませるかが、この巻最大の山場といってもよいでしょう。

 しかしここで描かれるのは、馬琴との対決というサスペンスだけではありません。栄が本当に乗り越えなければならないのは、死してなお巨大な壁として存在する北斎の存在であり、そしてその北斎に対してまだまだ未熟である自分の才能なのですから。

 本作においては冒頭から語られる栄と北斎との違い――それは栄が「見る」天才である一方で、北斎が「観る」天才であるという事実にほかなりません。
 栄の才が一度見たものは決して忘れることなく、忠実に描くことができるものである一方で、一度見たものの内側にある本質を見極め、それを描くことができる北斎の才。この両者は、似ているようで全く異なるものであり、北斎はやはり栄とは格が違うとしか言いようがありません。

 自身も才があるからこそ、父と自分の間に超えられない差があることを理解できてしまう――しかしそれでも父にならなければならない。そんな栄の真摯な悩みこそが、本作に題材のインパクトだけではない、芸道ものとしての味を与えていると感じます。


 史実では北斎が亡くなったのは1849年、その一方でこの第1巻の時点はおそらく1815年。先に述べた通り、30年以上の時間があるわけですが、それが全て本作で描かれるかはわかりません。
 しかし北斎漫画だけに絞るのであれば、刊行年代から見て一区切りがついたのではないかと考えられる十編が刊行されたのが1819年と、あと4年間となります。

 少なくともその間、栄は北斎であり続けることができるのか。そしてその間に栄は北斎になれるのか――予想すらできない栄の画道は、まだ始まったばかりなのです。


『女北斎大罪記』第1巻(末太シノ 講談社ヤングマガジンコミックス) Amazon

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2024.12.21

奪われたものを取り戻すことと、他者から奪うこと 士貴智志『どろろと百鬼丸伝』第11巻

 原作を大きく離れ始め、もはやどこに向かうのか想像もつかない新釈『どろろと百鬼丸』、この第11巻では、前半に第10巻から続く「孤絶の岬の段」、後半に多宝丸を主役とした「霧纏いし魔城の伝」が収録されています。それぞれ運命に逆らい己の道を行く息子たちを見る醍醐景光は何を思うのか……

 どろろの父・火袋が隠した黄金の行方を追う、火袋の元子分にして今は野盗の頭領であるイタチ。黄金の在処を教える代わりに、その黄金を世の中に役立てくれというどろろの願いを受け入れたイタチですが、しかし道案内の少女(!)不知火に騙された野党たちは、死霊・海坊主の餌食となります。実は不知火と妹の二胡は、かつて侍に殺された弟を蘇らせるため、海坊主に人の魂を食わせていたのです。
 そんな中、八年に一度生じる、流氷が凍りついた道を辿り白骨岬に向かうどろろ一行。しかしその途中、死霊の気配を察知した百鬼丸は海坊主に戦いを挑み……

 というわけで、サメの妖怪との対決そして黄金を巡る侍たちとの死闘が描かれた原作とは異なり、百鬼丸と海坊主の対決がクライマックスとなる「孤絶の岬の段」。しかしそれ以上に強調されるのは、自分が奪われたものを取り戻すために、他者から奪うことは許されるのか、という問いかけです。
 弟の命を取り戻すために、数多くの人々の命を奪ってきた不知火。奪う相手を選んでいると語る彼女に対して、どろろはその行いの中のエゴを――さらにいえばそんな状況に人を追い込む世の無情を指弾します。

 それは、これまで様々なものを失ってきたどろろだからこそ言えることであるかもしれません。しかしそれは同時に、己の身体を取り戻すために、死霊とはいえ他者を討ってきた百鬼丸の行いを看過しているという矛盾を孕みます。
 はたしてその矛盾がこの先裁かれることがあるのでしょうか。琵琶法師が語る不吉とも取れる言葉、百鬼丸が海坊主から取り返した部位の謎が、あるいはそれに関わってくるのかもしれません。


 そしてこの巻の後半で描かれるのが、問題作「霧纏いし魔城の伝」です。
 身分を隠して醍醐軍に紛れ込んでいた際、醍醐景光の不可解な行動と、それが姿を見せなくなった正室・お縫の方のためではないか、と耳にした多宝丸。その真偽を問う彼の前に現れた少年足軽のペラ助ことアケビは、景光が人里離れた地に築いた岩城、通称「死禁城」の存在を語ります。

 城というより塔のような姿を見せ、巨大な蛇状の妖怪の襲撃を受け続けながらも揺るぎない死禁城。アケビを供に、奇怪な妖怪や死人たちが蠢く道を抜け、この魔城にたどり着いた多宝丸の前に、景光が姿を現すのですが……

 という、原作を知る人間ほど混乱させられる完全オリジナルのこのエピソード。はたしてこの城は何なのか、そしてもはや天下獲りにあるとは思えない、異常なまでの魂念力を見せる景光の目的は――それは前巻そしてこの巻にわずかに登場した、謎の生人形に関わるものなのでしょうか。
 そして生人形の正体が多宝丸の予想した通りであれば、景光の行動は、この巻の前半で描かれたものと通底するのかもしれません。
(ただしその場合、多宝丸の予想には大きな矛盾が生じるのですが……)

 いずれにせよ、もはや死霊退治している場合ではないとすら思わされる、大きすぎるスケールを誇示する景光に対して、百鬼丸の力は及ぶのでしょうか。おそらくは全編のクライマックスが近づく中、大きく心乱される展開です。


 しかしアケビ(どこかで見たことがあるようなないような、謎のデザインと名前のキャラ)に「あにき」と呼ばれて心を動かしてしまう多宝丸は、どれだけどろろを引きずっているのでしょうか。
(そしておそらくアケビの正体も……)


『どろろと百鬼丸伝』第10巻(士貴智志&手塚治虫 秋田書店チャンピオンREDコミックス) Amazon

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2024.12.18

「コミック乱ツインズ」 2025年1月号(その一)

 号数の上では早くも2025年に入った今月の「コミック乱Twins」1月号、巻頭カラー&表紙は久々登場の『そば屋幻庵』です
。今回ほとんどレギュラー陣ですが、特別読切として『老媼茶話裏語』(小林裕和)が掲載されています。今回も、印象に残った作品を一つずつ紹介しましょう。

『そば屋幻庵』(かどたひろし&梶研吾)
 冒頭から非常に旨そうな力蕎麦(作中で言われている通り、柚子が実に良いかんじです)が登場する今回ですが、この力蕎麦、近々行われる力石大会の応援を込めたもの。しかしこれを食べた石工職人の岩蔵は、かねてから娘のお照と交際している天文学者の鈴平が気に入らず、大会で十位以内に入らないと交際は認めない、しかも自分のところの若い職人・剛太が一位になったら、そちらにお照をやる、などと言い出して……

 と、とんだ横暴親父もあったものですが、まあ職人としては、娘は手に職を持った男に嫁がせたいというのもわからないでもありません。しかし鈴平も、剛太も実に好青年で、一体この勝負の行方が気になるのですが――これが実にあっけらかんと意表を突いたオチがつくのが楽しい。悪人もなく、誰かが割りを食うわけでもない、本作らしい気持ちの良い結末です。(ただ、そばが冒頭のみだったのは残念)


『前巷説百物語』(日高建男&京極夏彦)
 「周防大蟆」編もこの第五回で最終回、前回は立合いの同心たちの口から、仇討ちの場に現れた大ガマの怪と仇討ちの結末が語られましたが、実は大ガマの存在はあくまでも目眩まし、真の仕掛けは――というわけで、又市と山崎の会話で、それが明かされます。
 前回、同心の口から、ガマは見届け人に退治され、そして岩見平七は見事に疋田伊織を相手に仇を討ったと語られましたが、前者はともかく、後者は望まれた結末ではなかったはず。それでは仕掛けは失敗したのかといえば――思いもよらぬトリックの存在が語られます。

 正直なところ大ガマ自体は(後年の又市の仕掛けと比べると)決して出来のいい仕掛けではないわけですが、本当の仕掛けはその先に、というのが面白い。そしてその中身は又市の青臭い、しかし後々にまで続いていく想いに支えられたものであったことが印象に残ります。
 もちろんこれは原作そのままではあるのですが、又市がこの仕掛けに辿り着くまでに、調べ、迷い、悩む姿が描かれるのは漫画オリジナルで、この時代なればのこその描写というべきでしょう。
(ちなみに問題のお世継ぎに対する山崎の言葉が、原作からはかなり大きく異なっているのはちょっと引っかかりますが、このずっと後に登場するある人物の存在を連想させるのは興味深いところです)

 それにしても今回冒頭に登場するおちかさんが、くるくる変わる表情など、相変わらず実に良いのですが――良ければ良いほど、この先を想像してしまい...…


『殺っちゃえ!! 宇喜多さん』(重野なおき)
 前回、一応主君である浦上宗景の奸計により、存在が毛利家にロックオンされてしまった直家。今回はその毛利家がメインとなり、直家はオチ要員で一コマ登場するのみというちょっと珍しい回となっています。

 そんな今回登場するのは、毛利元就の次の代の毛利家を支える「三本の矢」――毛利輝元・吉川元春・小早川隆景の三人。そして三人が直家をいかに攻めるか語り合うその場には、なんとあの三村元親が――と、ある意味タイムリーなビジュアルが懐かしいですが、この三人(というより隆景)を前にしてはレベルが違いすぎるのが哀れです。

 それはさておき、実際に直家を攻めるのは誰か――と思いきや、ここで登場するのは「四本目の矢」こと毛利元清! えらく渋好みのキャラですが、実際に直家とは死闘を繰り広げた好敵手ともいうべき人物です。
 しかし登場するなり突然自虐的過ぎることを言い出すのですが、これがなんとまあ史実とは……(隆景が理解者っぽいのも史実)


 残る作品は、次回紹介します。


「コミック乱ツインズ」2025年1月号(リイド社) Amazon

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2024.12.13

忍者バトルの中の陰のドラマ性 白土三平『カムイ外伝』第一部

 先日何となく読み返したので、今回は白土三平の『カムイ外伝』から第一部を紹介します。大作『カムイ伝』のスピンオフであり、同作のメインキャラクターの一人である抜け忍カムイの孤独な逃避行を描く、忍者漫画の名品です。

 『カムイ伝』において、非人部落・夙谷に生まれ、自由のために強くなる道として忍びとなり、しかしその非人間的な掟に失望して抜け忍となったカムイ。忍びとしての天才的な能力と、変移抜刀霞斬りや飯綱落しといった必殺の秘術によって、彼は次々と現れる刺客を倒していきます。しかし、彼の求める自由はどこに行っても得られず、そして追っ手もまた執拗に彼に迫る――と、いうのが、全編を貫く設定となります。

 ちなみに、今回わざわざ第一部と区切っているのは、第一部(1965-67年に「週刊少年サンデー」に不定期連載)と第二部(1982-1987年に「ビッグコミック」に連載)の間に大きく時間的な隔たりがあり、そして作者の作風・画風の変化と、後述する物語の方向性等、ある意味別作品といってもよい違いがあるからにほかなりません。
(身も蓋もないことを言えば、第一部は全二十回と手頃な分量な点もありますが……)

 さて、基本設定は先に述べたとおりですが、第二部が(掲載誌の違い等もあって)忍者ものというよりも、カムイを狂言回しに、身分制度など社会の在り方に苦しむ様々な階層の人々を描く歴史劇という趣きが強いのに対して、第一部はカムイと追っ手の対決をメインとした忍者バトルものの性格がメインとなっています。

 先に挙げた発表時期には、作者は平行して『ワタリ』『サスケ』、そして(個人的に大好きな)『真田剣流』『風魔』といった忍者アクションを矢継ぎ早に少年誌に連載しており、本作もまた、この作者の少年忍者漫画の名作群の一角を担うものであることは間違いありません。

 特にカムイは、左右どちらの手で抜くかわからせぬまま、すれ違いざまに逆手抜刀を一閃する変移抜刀霞斬り、空中で相手の体を捕らえ、もろともに逆さに落下して相手の脳天を砕く飯綱落しと、実にヒロイックな必殺技(飯綱落としなど、特に後世のゲームでは忍者の体術のアイコンとなった感があります)を持っているのが大きな特徴といえます。
 作者の少年漫画として円熟した筆も相まって、ここで繰り広げられる内容は、今の目で見てもバトルものとしての醍醐味を十二分に感じさせるものであることは、改めて驚かされました。


 しかし、それは、決して本作がドラマ性の薄い、バトルのみの作品であることを意味するわけではありません。先に述べた第二部とは方向性の違いはあれど、非人出身にして抜け忍という、この時代、二重の重荷を背負わされたカムイの旅路はどこまでも重く、索漠としたものがあります。

 時に視力を失い農村に身を寄せても下人として奴隷のように扱われ(そして村人たちのために戦えばその力を忌避され)、時に誰が追っ手かわからぬ疑心暗鬼の中で不要な犠牲者を出し……
 もちろん、旅の中で知り合った漂白の技術者集団である黒鍬者の親方のように理解者はいるものの(しかしこの辺りは『カムイ伝』の展開を考えると、作者がどこに理想を抱いていたか感じられるように思います)、その使う技とは裏腹に、どこまでもヒーローたり得ない逃亡者であるカムイの物語の苛烈さは、少年漫画のフォーマットの中にあるからこそ、より鈍く重い光を放つと感じられます。
(普通こういう時に彼を支えてくれそうな鳥や犬といった動物の供も、容赦なくどんどん退場していく……)

 そして、その陰のドラマ性とでもいいたくなる部分は、敵役である追っ手たちにおいても存分に描かれており――特に序盤に登場し、飯綱落とし破りを狙うものの、それぞれ悲惨な結末を辿る姉弟忍者、中盤の山場である追っ手集団の一員であり、一度はカムイの助けで抜け忍となったものの、神経をすり減らして暴走する若い下忍など、強く印象に残ります。

 抜け忍という概念(名称ではなく)がいつからあるかはわかりませんが、少なくともその抜け忍を主人公とした物語の上流にあると同時に、その代名詞的な作品であることは間違いありません。


 そしてやはりここまで来たら第二部も(全編ではないにせよ)いずれ紹介したいと思います。個人的に好きな「剣風の巻」など……


『カムイ外伝』第一部(白土三平 小学館ビッグコミックススペシャル『カムイ伝全集 カムイ外伝』第1-2巻所収) Amazon

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2024.12.04

呪いと鎮魂の間に舞う 瀬川貴次『もののけ寺の白菊丸 桜下の稚児舞』

 とある曰く付きの寺を舞台に繰り広げられるホラーコメディ待望の続編が刊行されました。帝の御落胤ながら、故あって寺に預けられた十二歳の白菊丸が寺で巻き込まれる騒動はまだまだ続きます。今回はなりゆきから稚児舞の舞い手に選ばれた白菊丸が悪戦苦闘する羽目になるのですが、その裏には……

 帝の最初の子として生まれながらも、母の身分が低かったことから存在を隠され、密かに育てられてきた白菊丸。十二になった年に大和国の勿径寺に預けられ、稚児となった彼は、そこで封印されている大妖怪・たまずさと出会います。
 実は勿径寺は、京から焼け出されたもののけ縁の品が封印された寺。たまずさに妙に気に入られ、自分も懐いた白菊丸は、そんなもののけたち絡みの事件に次々と巻き込まれることに……

 という設定で描かれた前作では、いい加減ながら非常に強い法力を持つ定心和尚、稚児たちのカリスマで白菊丸も憧れる千手丸といった寺の人々、そして正体はあの九尾の狐とも噂される白い獣の大妖・たまずさなど、個性的な人々(?)が登場――作者らしい、時におどろおどろしく基本おかしい、テンション高い物語が展開しました。
 そのノリはそのままに、新たなキャラクターたちを迎えて、物語は展開します。

 奇病に倒れて医者にも見放され、定心和尚を頼ってきた近くの村の悪名高い地主。しかしその正体は奇病ではなく何者かの呪いであり、定心の法力で返された呪いは意外な人物の元に返されることに……
 という第一話において、思わぬ形で呪いと関わることになった白菊丸は、その後、夜の境内を闊歩する巨大なザトウムシのような土地神と遭遇し、それが神楽に聞き惚れている姿を目撃します。

 それを聞いた定心和尚は、たまずさが解放されたことが原因と考え、かねてから進めていた<勿径寺/花の寺計画>の一貫として、鎮魂の法会を開き、桜の下で稚児舞を行うことを発案。たまずさ解放に責任のある(?)白菊丸もその一人に選ばれてしまうのでした。
 舞など全くやったことはないにも関わらず舞い手に選ばれてしまい、悪戦苦闘を続ける白菊丸ですが、その周囲では怪異が相次ぎます。その影には、「呪い」を請け負うある男の存在がが……


 全四話構成の本作ですが、第四話である表題作が全体の半分を占め、前三話はそこに至るまでのプロローグという印象が強い構成となっています。そして物語の内容を一言で表せば、呪いと鎮魂の物語といえるでしょう。

 舞台となるのはおそらく鎌倉時代――戦乱で宇治の寺が焼かれ、そこに封じられていたもののけたち縁の品が勿径寺に移されているという設定があるので――いまだ呪いが力を持つものと信じられ、同時に死者の怨念・無念が力を持つと信じられていた時代です。このように、呪いの実効性と鎮魂の必要性が人々に信じられていたからこそ、本作は成立する物語といえます。

 もっとも本作の場合、呪いを積極的に仕掛ける人物が登場することから、物語はさらにややこしくなります。呪いを引き受ける謎の青年、背中に「禍」の字を染めた衣を着たその名は禍信居士――事の善悪を問わず、依頼を受ければ呪詛を請け負う彼は本作の敵役ではありますが、ターゲットに妙な拘りを持っているのがユニークです。
 もっともその拘りを含めて定心和尚からは生暖かい目で見られてしまうのも、また本作らしいところですが……


 そんな新キャラクターが存在感を発揮する一方で、たまずさはちょっとおとなし目で、ほとんど白菊丸の保護者役に徹していたため、前作ほどの危険性と、それと背中合わせの魅力を感じられなかったのはやや寂しいところではあります。
 もっとも彼女の正体については、九尾の狐かと思えばはっきり異なる点もあり、まだまだ気になる存在であることは間違いありません。

 今回描かれた厄介事は実質的には解決しておらず、まだ尾を引くことを予感させます。この先描かれるであろう物語もまた、楽しみになります。


『もののけ寺の白菊丸 桜下の稚児舞』(瀬川貴次 集英社オレンジ文庫) Amazon

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2024.11.27

最終決戦開始 男たちの奮闘! 椎名高志『異伝・絵本草子 半妖の夜叉姫』第8巻

 このところ泣かせる展開の連続だったコミカライズ版『半妖の夜叉姫』ですが、いよいよ最終決戦に突入することになります。妖霊星に憑かれた麒麟丸を倒し、犬夜叉を救うため、麒麟丸の本拠に到着した三姫たちですが――この巻は男性陣の活躍が目立つ!?

 博多の海を埋め尽くした幽霊船団の中、是露の乗る母船に乗り込み、激闘を繰り広げた三姫。その最中、己の心を見つめ直した是露は自ら消滅を選び、ついに一つの戦いが決着しました。
 その結果、虹色真珠から解放されたかごめとりん、そして犬夜叉とついに涙の対面を果たした三姫。しかし犬夜叉の身には妖霊星の欠片が深く食い込み、立っていることがやっと――そんな状況に、三姫は自分たちで麒麟丸、そして妖霊星と戦うと告げるのでした。

 そんなわけで、この巻の冒頭で描かれるのは、弥勒や珊瑚、楓のもとに帰ってきた犬夜叉・かごめ・りんの再会。親子の再会は非常に泣かせるものがありましたが、犬夜叉と弥勒の戦友同士の再会もグッと来るところで、特に一目で犬夜叉の状態を見抜いての弥勒のリアクションは、この二人の長年の仲を感じさせます。
(しかしこの様子だと、弥勒と珊瑚は参戦しないようで、残念と言えば残念)

 一方、決戦の地・肥前の麒麟丸の城に到着した三姫一行ですが、気付けばかなりの大所帯――三姫に理玖とりおん、琥珀と翡翠、
竹千代(阿久留が憑依)と雲母(あと冥加)、さらにそこに殺生丸と邪見も加わり、なんと十人強のパーティーです。

 これだけの人数がいれば、いかに麒麟丸とて――と思いますが、彼女たちの前に、理玖も知らなかったという麒麟丸の秘密部隊の一員にして小姓頭の冥道丸が立ち塞がります。
 「冥道」という、『犬夜叉』世界では意味を持つ言葉を冠し、アニメでは時の風車の守護者でありながらも、作中では単発の敵キャラに留まっていた感のある冥道丸。しかしこちらでは麒麟丸の腹心に相応しい強力な能力の使い手として、これだけの面々を向こうに回して一歩も引かず暴れ回るのです。

 しかし、その強敵との戦いの中で、大いに印象に残ったのが、翡翠と琥珀です。
 弥勒と珊瑚の子である翡翠は、琥珀の下で妖怪退治屋として活動する少年ながら、これまでは、せつなに気のあるところ以外はあまり印象に残らなかったキャラクターでした。

 アニメに比べると合流が遅かったことや、弥勒との確執がないことがその一因かもしれませんが――しかしここで彼はある役割を果たすことになります。
 それを「活躍」と呼んでいいかは意見が分かれるかもしれませんが――その最中で描かれる、子供時代のせつなとのエピソードには、彼の善き部分が描かれ、グッとくること必至です。

 そしてグッとくるといえばもう一人――琥珀の一世一代の活躍がここで描かれます。本作においては(アニメも含めて)、親世代と子世代の中間の立ち位置で、どうにも割りを食っていた感のある琥珀。そんな彼が、ここで『犬夜叉』からの年月を感じさせるドラマを展開するのがたまりません。
 それはもしかすると(かつて原作者が彼に対して語っていたことを考えると)、描きすぎなのかもしれません。しかし「あれから」の琥珀を描くに、避けては通れない部分を敢えて正面から描き、そして彼の「勝利」を描くのには、ただただ頭が下がるとしか言いようがないのです。
(そして決着シーンで、本作では触れられていない、しかしかつて琥珀と同じ苦しみを抱えていた、あのキャラクターの存在を確かに感じさせる演出の見事さ!)


 もちろん三姫も、アニメ版とはまた異なる(そして考えてみれば本作にはこちらの方が相応しいという印象もある)禍一族と激闘を繰り広げるという見せ場があったのですが、やはりこの巻の主役は翡翠と琥珀――そしてもう一人、決して前面には出ないものの、それが逆にその成長を感じさせるようになった殺生丸だったという印象があります。

 この巻のラストではいよいよその殺生丸と麒麟丸が対峙、因縁の対決が始まることになります。
 しかしもちろん、三姫たちも親たちに負けてはいないはず。殺生丸の戦いと同様、いやそれ以上に、この先の彼女たちの戦いが大いに楽しみです。


『異伝・絵本草子 半妖の夜叉姫』第8巻(椎名高志&高橋留美子ほか 小学館少年サンデーコミックス) Amazon

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2024.11.19

「コミック乱ツインズ」2024年12月号(その二)

 号数の上では今年最後の「コミック乱ツインズ」12月号の紹介の続きです。

『よりそうゴハン』(鈴木あつむ)
 売れない絵師・歌川芳芳と妻のヨリを主人公とした江戸グルメまんがの本作、最近は同じ作者の作品では『口八丁堀』の方が目立っていた感がありましたが、こちらはこちらでやはり味があります。
 今回は長屋に越してきた嘉兵衛とイネの老夫妻を招いてのサツマイモ料理二品が描かれます。なんば煮とサツマイモ炒め、シンプルながらそれだけに実に旨そうな料理もいいのですが、やはり印象に残るのはゲストキャラクターの二人でしょう。

 言ってしまえば嘉兵衛は認知症の気がある老人で、話しているうちに段々とその内容が怪しくなっていく(それに合わせて瞳の描写が変わっていくのが恐ろしくも、どこかリアル)のですが――イネや主人公夫婦の包み込むようなリアクションによって、切なさを描きつつも、悲しさまでは感じさせないのに唸りました。
 イネのことを語る終盤の嘉兵衛のセリフも、典型的な認知症のそれなのですが、しかしその中に温かみを感じさせる言葉を交えることで、二人がこれまで歩んできた道のりを感じさせるのが巧みです。ラストページの美しい幻のような二人の姿も印象に残るエピソードでした。


『前巷説百物語』(日高建男&京極夏彦)
 「周防大蟆」の第四回、いよいよ岩見平七による、疋田伊織への仇討ちが描かれるわけですが――今回は又市たちは(表向き)登場せず、それどころか既に敵討ちが、つまり仕掛けが終わった後に、志方同心と目撃者たちのやり取りによってその顛末が語られることになります。
 それもそれを裏付けるのは、町中の無責任な噂などではなく、仇討ちに立ち会った同心の、いわばオフィシャルな発言。その内容がまた、まず伊織のビジュアルなど大げさな噂は否定しておいて、しかし一番信じがたい、大蛙の出現は事実だと告げる構成は、巧みというべきでしょう。

 ちなみにここで原作にない(はず)異臭が立ち込めるという演出(?)が入るのも面白いのですが――しかし原作にない、この漫画版ならではの描写で印象に残るのは、何と言っても仇人である伊織を目の当たりにした時の、平七の表情でしょう。仇を前にしたとは思えないその表情の意味は――それも含めて、事の真相は次回以降に続きます。


『古怪蒐むる人』(柴田真秋)
 何かと怪異に縁を持ってしまう役人・喜多村による怪異見聞記、今回は「怪竈の事」というサブタイトル通り、竈にまつわる怪異が描かれます。
 知人の山田に、屋敷の下女の弟・甚六が古道具屋で買った竃から、汚い法師が手をのばすと相談された喜多村。早速甚六の長屋に出向いて話を聞いてみると、竃で飯を炊こうとすると、中から二つの目が睨みつけ、さらに竃から二本の腕が出るというのです。そこで竃を買ったという古道具屋に向かった喜多村は、主人の立ち会いの下、ある試みをするのですが……

 と、怪異的にはシンプルながら、その描写がなかなかに迫力に満ちた今回。無害そうで、きっちり実害がある怪異も恐ろしいのですが、それに対して果断な行動に出る喜多村も結構恐ろしいように思います。


 次号はレギュラー陣の他、特別読み切りで小林裕和の『老媼茶話裏語』が登場。「老媼茶話」といえば江戸時代の奇談集ですが、今号の『古怪蒐むる人』といい、こちらの路線を重視しているということでしょうか。個人的にはもちろん大歓迎です。
(まあ、そもそも『前巷説百物語』が連載されているわけで……)


「コミック乱ツインズ」2024年12月号(リイド社) Amazon

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2024.11.18

「コミック乱ツインズ」2024年12月号(その一)

 今月の「コミック乱ツインズ」は表紙が二ヶ月連続の『鬼役』、巻頭カラーは『ビジャの女王』となります。レギュラー陣の他、シリーズ連載は『よりそうゴハン』『古怪蒐むる人』が掲載されています。今回も印象に残った作品を一つずつご紹介します。

『ビジャの女王』(森秀樹)
 オッド姫が地下の娼館街に隠れたものの、ジファルの手引きでそこに乱入したモンゴル兵たち。その一人でありジファルと繋がるドルジの槍がオッド姫に襲ったところで続いた今回、別の意味で襲いかかろうとしたドルジの魔手から姫を救ったのは何と――と、意外なキャラが活躍しながらも、惜しくもここで退場することになります。
 ブブの怒りは大爆発、ドルジを文字通り粉砕し、娼館街の女主人たちによってモンゴル兵も片付けられ、新たな味方も加わって――とこの場は一件落着ですが、喪われた命は帰りません。ここで墨者の弔い(懐かしい)をするブブの姿が印象に残ります。

 しかし最大の危機は去ったかに見えたものの、天には不吉な赤い月が。そしてブブとオッド姫が目の当たりにした異変とは――まだまだ戦いは続きます。


『不便ですてきな江戸の町』(はしもとみつお&永井義男)
 いよいよ本作も今回で最終回。色々あった末にすっかりと江戸時代に馴染んだ島辺と会沢、特に島辺はこの時代で出会ったおようと愛し合うようになって――と、いつまでも続きそうだった日常は、ある日起きた火事で一変することになります。
 長屋の人々も避難したものの、かつて島辺に贈られた思い出のかんざしを探して火に巻かれるおよう。おようを追ってきた島辺は、彼女を連れてタイムトンネルのある祠まで逃げるのですが……

 というわけで、不便ですてきなどとは言っていられない、江戸のおっかない面が描かれることになった最終回。もう火事から逃げるには未来(現代)に行くしかありませんが、しかし島辺はともかく、おようは――本当にこれで良かったのかしら!? という豪快なオチではありますが(大変さは島辺たちの比じゃないと思います)が、これはこれで大団円なのでしょう。


『殺っちゃえ!! 宇喜多さん』(重野なおき)
 最近、宇喜多さんの快進撃が続いていましたが、そういえば主君の浦上宗景は――と思っていたらタイトルが「忘れちゃいけないこの男」で吹き出した今回。しかし宗景がパリピのフリしてかなり陰湿なのは今まで描かれてきた通りで、いよいよ直家追い落としにかかることになります。
 家臣の明石行雄を直家のもとに送り込み、色々と探らせる宗景ですが――この後の歴史を考えると、これが結構逆効果だったのでは、という気がしないでもありません。しかしここで毛利と敵対する尼子に接近していることが明らかになってしまったのは、直家にとってはプラスにはならないでしょう。

 しかしこう言ってはなんですが、ローカルだった話が一気に表舞台の歴史と繋がった感があり(あの有名武将も登場!)、いよいよここからが本番、という気もいたします。


 残りの作品は次回にご紹介いたします。


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2024.11.16

平安伝奇! 陸奥に潜む紅い瞳の鬼 さいとうちほ『緋のつがい』第1巻

 『とりかえ・ばや』『輝夜伝』と平安ものの長編を発表してきた作者の最新作は、やはり平安時代、それも末期を舞台とした伝奇色の強い物語。平家に家を滅ぼされた姫・瑠璃が落ち延びた陸奥で出会ったのは、紅い瞳の血を吸う鬼――自分と「つがい」になろうとする相手に抗う瑠璃の運命は……

 源守綱の娘に生まれ、平和に暮らしてきた瑠璃姫。しかし、凶事の起きる前に彼女の前に決まって現れる青い目の幽霊を目撃した日、惨劇が起きます。
 専横を極める平家に対する鹿ヶ谷の陰謀に兄が連座したことで、軍勢に取り囲まれる屋敷。瑠璃は乳兄妹で守役の三守らわずかな供と、母が生まれた陸奥に落ち延びる錦毛虎ことになります。

 瑠璃の母の一族に縁があるという玉響宮に向かう一行ですが、その途中で襲いかかってきたのは紅い瞳の男・少彦率いる一党。身代わりとなって瑠璃を逃がす三守ですが――彼を置いて行けずに戻った瑠璃が見たのは、少彦に血を吸われ、三守をはじめ供の者たちが肌を紅藤色に変えて死んでいる姿でした。
 そして瑠璃にも襲いかかる少彦。しかしそこに現れたもう一人の紅い瞳の男・暁は、弟である少彦を追い払い、瑠璃を救います。その暁に、三守を救って欲しいと頼む瑠璃ですが、その代わりに暁は「おまえの天命をくれるか?」と問いかけます。

 三守のためにそれを受け入れた瑠璃。しかしそれは、暁と「つがい」になることを意味していたのです。
 そのまま暁の治める絶壁の渓谷の上の地に連れ去られ、彼の城に幽閉される瑠璃。そこで彼女は、暁たち紅い瞳の民のことを聞かされることになります。そして三守とも再会した瑠璃ですが、再び青い目の幽霊が現れ……


 このように第一巻、いや瑠璃と暁が出会う第一話までの時点で、一気に駆け抜けるように物語が展開していく本作。「つがい」とはまた刺激的なフレーズですが、本作の紹介文には「禁断の異類婚姻譚、開幕!」と掲げられており、やはりそれが物語の焦点になることがうかがえます。

 そもそも本作の「異類」――紅い瞳の民、「紅つ鬼」(あかつき)は、一言で表せば吸血鬼。人の血を吸うことによって命永らえ、それによって同族を(あるいは配下を)増やし、人間よりも遥かに強靭な力を持つ存在です。
 しかし日の下でも自由に行動し、紅い瞳を除けば常人と変わることはない――それどころか暁は土地の民から「紅頭巾の上様」と慕われているほど――謎めいた民として描かれます。
(その出自が語られる場面で、なんとなく不穏なビジュアルがありましたが……)

 しかし、瑠璃に対してあくまでも紳士的に振る舞う暁に対して、己の欲のままに行動する少彦のような男もおり――いや、暁の方が少数派であり、人間に対する態度について、同じ紅つ鬼いや兄弟の間でも路線対立が生じているというのは、ある意味定番ではありますが、やはり魅力的な設定です。

 平家に生家を滅ぼされた挙げ句、このような魔界に足を踏み入れることになった瑠璃こそ災難ですが――しかし彼女の瞳、月夜に青く輝く瞳にも、何やら因縁がある様子。いや、それよりも何よりも、冒頭で描かれていた活動的な姿を見ていれば、彼女がこのまま黙って周囲に翻弄されているだけとは思えません。

 この巻の時点で、暁と少彦、三守、そして京に居た頃から彼女に目を付けていたらしい謎の藤原氏の男と、彼女の周囲は個性的な男性ばかりで、そちらとの展開も大いに気になります。(しかし何故か、三守が可哀想なことになるのだけははっきりわかる……)
 しかし彼女は、男の下で黙って守られるだけの存在であるとは、つまり「天命」に翻弄されるだけの存在では決してないでしょう。

 これまで作者がその作品の中で描いてきた女性たち――苦境の中でも自分自身として起ち、毅然として自分の道を選ぶ女性たちの中に、瑠璃も加わることは間違いありません。
 まだまだ物語は謎だらけの中、瑠璃がこの先どのような道を行くのか――また先が楽しみな物語が登場しました。


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2024.11.12

時代を超えた平安武士が抱え続ける想いは 霜月りつ『いろは堂あやかし語り 怖がり陰陽師と鬼火の宴』

 幕末の江戸を舞台に、駆け出し陰陽師・晴亮と平安時代からタイムスリップしてきた武士・虎丸が、あやかし退治に活躍する『いろは堂あやかし語り』の続編が登場しました。江戸に潜む平安時代の鬼・霞童子を追う一方で、市井の様々な事件に巻き込まれる二人。その中で、虎丸の秘められた想いが……

 廃れた実家を継ぎ、陰陽道を用いたよろず相談所「いろは堂」を営む寒月晴亮。そんなある日、彼は庭の鬼封じの祠から飛び出してきた虎丸と霞童子に出会います。
 大江山の鬼退治から逃れてきた霞童子と、それを追ってきた虎丸。その場から逃れ、江戸の闇に潜んだ霞童子が引き起こすあやかし絡みの事件を追い、晴亮は虎丸と共に数々のあやかしと対峙することに……

 そんな前作のラストで霞童子に深手を負わせた二人ですが、まだまだ江戸にあやかし騒動の種は尽きません。本作は全四話の連作形式でその模様が描かれます。

 最近、奇怪な事件が相次ぐ吾妻橋上流で、釣り好きの老人と共に見事な鯛を釣り上げた二人が、その鯛を巡って思わぬ事件に巻き込まれる「川姫の婚礼」
 吉原のとある妓楼で若い衆が次々と消える事件の調べに向かった二人が、そこで高い窓から部屋を覗き込む顔の怪を目撃したことから、恐ろしい事件に発展していく「覗く顔」
 弟子の少年・伊惟との出会いを晴亮から聞かされて以来、おかしくなった虎丸の様子。そしてある晩、虎丸の周囲に恐ろしい怪異が現れる「鬼火の宴」
 江戸で相次ぐ赤子の神隠しを追うことになった二人が、その果てに思わぬ哀しい母の想いを抱いたあやかしと対峙する「呪母木の祈り」

 レギュラーの紹介は前作で済んでいることから、本作ではその分、複雑な物語が展開する一方で、キャラクターの掘り下げも行われ、それぞれのエピソードには十分な読み応えがあります。

 特に感心させられるのは、各話の内容、そしてそこで描かれる怪異のバラエティでしょうか。微笑ましい話、恐ろしい話、切ない話、哀しくも暖かい話――各話は、様々な要素を組み合わせることで奥行きと深みを生み、こちらの予想を上回る展開が繰り広げられます。

 そんな本作の四編の中でも、ホラー好きにとって特に印象に残るのは、「覗く顔」です。妓楼で行方不明になった四人の男衆の共通項が判明する時点で不穏な空気は、晴亮が折檻部屋に踏み込んだ際の壮絶なリアクションの時点で更にエスカレートします。
 そこから、晴亮が目撃した高窓から覗く不気味な顔と、虎丸が聞きつけた座敷童の噂が交錯し、さらに妓楼が隠していたある事実が明らかになったことから雪崩込むクライマックスの衝撃は――そこから本当に恐ろしいモノを描くラストも含め、完成度の高い一編です。

 このエピソードでは、妓楼の主一家の姿と対比する形で、晴亮の兄弟たちの姿が語られますが、人の善意と暖かさの象徴というべき晴亮と他のキャラクターの対比は、続く「鬼火の宴」でも描かれます。
 貧しくも愛情溢れる子供時代を過ごした晴亮と対照的に、過酷な子供時代を過ごした伊惟、そして虎丸。このエピソードは、晴亮の存在が二人にとって持つ意味が――そして霞童子に欠けているものが何なのか――語られる点で、シリーズ全体でも大きな意味を持つといえるでしょう。

 特に、普段豪放な虎丸がここで見せた意外な側面は、彼のキャラクターに陰影を与えています。実は前作を紹介した際、平安と江戸のジェネレーションギャップをもう少し描いてほしいなどと書きましたが――ここではむしろ、時代を超えても彼が抱え続ける想いを描くことで、彼の内面を浮き彫りにしてみせたのに脱帽です。

 そして本シリーズの舞台が桜田門外の変の後――つまり幕末である点も注目すべきかもしれません。もちろん晴亮たちが知り得ないことですが、この後わずか数年で、武士たちの時代は、そして晴亮たちが暮らす世は、大きな変化を遂げることになります。つまり、いま虎丸や霞童子が味わっている隔絶感を、晴亮もまた味わう日が来るかもしれないのです。
 その時、晴亮はどのようにして、そして何を支えにして生きていくのか――それは、本作の帯に記された言葉が答えの一端を示しているように思えます。

 もちろん、これは勝手な深読みに過ぎません。しかし、この先どのような激動が待ち受けようと、晴亮と虎丸の絆だけは変わらないことだけは、間違いないと思える――本作はそんな物語です。

『いろは堂あやかし語り 怖がり陰陽師と鬼火の宴』(霜月りつ 角川文庫) Amazon

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