容疑者は三つ子!? 深まる謎と「歴史」ミステリとしての必然性 潮谷験 『伯爵と三つの棺』
フランス革命の頃、ヨーロッパのさる小国で起きた奇怪な殺人事件を描く、歴史ミステリの傑作です。D伯爵の領地に建てられた「四つ首城」で起きた、元吟遊詩人の射殺事件。何人もの目撃者がいたにもかかわらず、容疑者が三つ子だったことから、捜査は難航を極めるのですが……
ヨーロッパの通称「継水半島」のD伯爵領の四つ首城――貴族の娘と吟遊詩人の間に生まれた私生児である三つ子の兄弟が、城持ちの身分を目指して、廃城を改修した城です。
三兄弟の少年時代からの友人であり、今はD伯爵の下で書記官を務める語り手は、D伯爵との繋ぎに一役買ったこともあり、友人たちの活躍を喜ぶのですが――しかし、思わぬ運命の変転が訪れます。三兄弟が生まれてすぐに姿を消した彼らの父親――フランスに渡り、そこで後ろ盾を得た元吟遊詩人・アダロが、帰ってきて三人と面会したいと連絡をよこしたのです。
複雑な心境の三人ですが、フランス革命直後の微妙な時期に、フランスと繋がりのある人間を邪険にもできません。かくしてD伯爵と語り手をはじめとする人々も同席し、城でアダロを迎えることになったのですが……
しかし、三兄弟が気を落ち着けるためとその場を離れた間に到着したアダロは、D伯爵たちが見ている前で射殺されたではありませんか! しかも偶然垣間見えたその犯人の顔は、三兄弟のそれ――しかし共通のアリバイがある彼らの誰が犯人なのか、一目ではわかりません。
かくしてD伯爵の指揮の下、犯人探しが始まります。しかしアダロが身につけていた手紙に記されていた驚くべき事実が、さらに状況を複雑なものにします。幾度も状況が変化していく中、D伯爵たちはついに犯人を突き止めるのですが……
本格ミステリは、どれだけ複雑な謎が設定された、不可解な事件が起きるかというのが一種の条件と言えますが、本作は、それをきっちりクリアしてみせたといえるでしょう。
何しろ起きる事件は、衆人環視下での殺人――しかも犯人までその顔を露わにしているのです。一見謎などないように見えますが、しかしその容疑者が三つ子なのですから、、事態は一気に複雑なものへと変わります。
もちろん、犯人が実は三つ子だったと後から提示されたらそれは大きなルール違反ですが、本作の場合、物語の初めから三つ子として提示されているのですからフェアというべきでしょう(もっとも、途中でさらに大変なひねりが加わるのですが……)。
舞台は18世紀、科学捜査がほとんど存在しない状況下で、外見だけで判別できない、共通のアリバイがある容疑者三人からいかに犯人を見つけるのか――言い換えれば純粋にロジックで謎を解くことができるのか? 事件そのものはシンプルですが、しかし刻一刻変化する状況下で展開する謎解きは、本格ミステリの興趣に満ちているといえます。
しかし本作がさらに見事なのは、「歴史」ミステリとしての必然性でしょう。舞台となるのは、フランス革命直後のヨーロッパ――フランスほど急激な変化はまだ生じていなくとも、いつそれが伝播し、国内の情勢がどう変わるかわからない時期です。
そんな中で、フランスに縁のある人間が殺されたこの事件は、デリケートなものとなりかねません。そこにD伯爵が自ら捜査の陣頭指揮を取る必然性の一つが生まれるわけですが――しかしこの封建制度、貴族を中心とした身分制度が揺らぐ時代が、物語が進むにつれて、想像以上に大きな意味を持つことがわかります。
これは物語の核心に関わるため、うかつなことは書けませんが――貴族の血を引く子として育てられながら複雑な立場にある三つ子が、この時代に何を思い、どのように行動したか――作中で謎めいた形で描かれるそれは、物語の終盤、この時代背景と照らし合わせることで、驚くほど重く、深刻なものとして立ち上がるのです。
歴史ミステリの最上のものは、単に過去の時代を背景とするだけでなく、その時代であることに必然性があり、その時代性そのものがある種の「動機」となるものだといえます。その意味で本作は最上の歴史ミステリであるといえるでしょう。
(そして物語は謎が解けたその先で、残酷な歴史に回収されることになるのですが……)
しかし本作の恐るべき点は、結末にあります。幾重にも解決が覆されたその先に待つ最後の真実――それが明らかになった時、物語は全くその姿を変えるのですから。
少なくともこの『伯爵と三つの棺』という題名を見た時、我々がそれまでと全く異なる感慨を抱くことは間違いないでしょう。
ちなみに本作は、上に語ったように深刻な物語ではあるのですが、随所に描かれるユーモアが、格好の清涼剤となっています。
特に己の捜査の方向性に悩むD伯爵が「私は×××になりたい」などと言い出すのには爆笑不可避で――途中で描かれるアクションシーンの格好良さといい、ぜひD伯爵の勇姿を他の作品でも見たいものです。
(それが難しいことは、十分承知しているのですが……)
『伯爵と三つの棺』(潮谷験 講談社) Amazon
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