2020.07.06

白鷺あおい『シトロン坂を登ったら 大正浪漫 横濱魔女学校』 魔女の卵にして○○たちの冒険

 『大正浪漫 横濱魔女学校』という副題がそのまま示すとおり、大正時代に、横浜の魔女養成学校を舞台とした一風変わったファンタジー――と思いきや、実は○○ものでもあるという、実にユニークな作品の開幕編であります。横浜に出没する巨大な化け豹の正体を追う、三人の女学生の活躍や如何に!?

 大正の横浜にある横濱女子仏語塾。一見普通の女学校であるこの学校は、実は魔女が創立し、魔女を育成する魔女学校――フランス語の授業はもちろんですが、薬草学や占い、そして何よりダンスという名の箒による飛行術の授業まである、立派な学校なのです。
 その横濱仏語塾に通う丸顔に鼈甲縁の眼鏡の少女・花見堂小春が本作の主人公。故あってダンスはちょっと苦手ですが、夢二風の美女の藤村宮子、見かけは十歳そこそこの樹神透子といった親友たちと、元気に勉学に励む毎日であります。

 さて、本作の物語の始まりは、小春の年上の甥で新聞記者の周太郎が持ち込んできた怪事件の噂。何と横浜のあちこちで、人の言葉を喋る豹が目撃され、中には襲われた者までいるというのであります。
 周太郎の頼みで化け豹のことを調べることとなった小春たちですが、なかなか手がかりは見つからない中、彼女たちはとある富豪が屋敷に作った西洋絵画の展示室を見学に行くことになります。そこで見事な熱帯の密林を描いた絵を見学した小春たちですが、実はこの絵には、描かれた獣たちが動くという噂が……


 というわけで、横浜に出没する化け豹と曰くつきの絵画、この二つを軸に展開していくことになる本作。なるほど、これは小春たち魔女の卵が、その術を使ってこれらの事件解決に挑むお話なのだな――というこちらの予想は、半分当たり、半分外れることになります。
 何故なら――(以下、内容の詳細に触れることになりますのでお気をつけ下さい)


 何故なら、小春たち三人をはじめ、この横濱仏語塾に通う生徒の多くは「妖魅」――簡単にいえば妖怪変化の類。小春は抜け首、透子は幽谷響、宮子は――と、それぞれが特異な能力を持つ妖魅の眷属なのです。
 なるほど、いくら開明な土地柄であり、文明開化からも相当時が経っているとはいえ、さすがに魔女学校に子を通わせる親は少ないのでは――と最初に思いましたが、こうした出自であれば、ある意味納得であります。

 何はともあれ、こうした設定を背景とする本作は魔女もの(?)にして妖怪もの――というより、彼女たちの活躍は魔女として以上に妖魅としての力を発揮しての場合が多いため、実際には変格の妖怪ものという印象が強くあります。
(そしてまた、このジャンルでも賑やかなヒロインたちが中心というのはかなり珍しく、それだけでも十分に個性的と言えるでしょう)

 さらに物語は終盤、化け豹の正体を巡る物語から一転、まさかの××××ものとなるのですが――これはさすがに伏せておきましょう。ウィリアム・ハドソンのある作品を背景とするこの展開は、意外でありつつも、「魔女」という点で、小春たちの物語と重なる部分があるのも、また興味深いところであります。


 と、予想だにしなかった要素や展開が盛り込まれた、実にユニークな物語である本作。
 正直なところ、それらの要素が有機的に活かし合っているとは言い難い印象もあり(特に魔女学校ものと上記の××××ものの組み合わせなど……)、また物語的にも大きく次の巻以降に引いているのもちょっと気になるところではありますが――しかしそれでもなお、本作ならではの魅力があるのは間違いありません。

 予告では三部作とのことですが――それであれば残り二作でどのような物語が描かれることになるのか。本作のラストでまた意外な展開があっただけに、ますます先が読めない物語になることを期待したいと思います。


『シトロン坂を登ったら 大正浪漫 横濱魔女学校』(白鷺あおい 創元推理文庫) Amazon

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2020.06.26

M・R・ジェイムズ『消えた心臓/マグヌス伯爵』 新訳で甦る好古家の怪談集

 私の最も愛する怪奇小説作家の一人、M・R・ジェイムズの作品集が光文社古典新訳文庫から刊行されました。作者の第一作品集である『好古家の怪談集』を、英国怪奇小説の翻訳等で活躍する南條竹則が翻訳した待望の一冊――八編の短編に付録のエッセイ一編が収録された短編集です。

 イートン校、ケンブリッジ大学を卒業の後、写本研究、聖書研究で活躍し、ケンブリッジ大学の博物館長、同大学副長、イートン校校長を務めた堂々たる経歴の学徒であったジェイムズ。しかし彼はその一方で、クリスマスのイベントなどで自らが書き留めた怪談を朗読して評判を取った、いわばアマチュア作家でもありました。
 本書に収められているのは、まさにその評判を取ったものを中心とした作品であります。

 もちろん例外はあるものの、本書の収録作のほとんどは、まさに好古家――自分の職業として、あるいは趣味として古々しいものに興味を抱き、愛する学徒が主人公あるいは語り手となる物語。
 それゆえと言うべきでしょうか、その語り口はあくまでも理性的かつ慎重、落ち着いて柔らかいものであり――その成立過程もあって、ジェイムズその人の語りを聞いているような気分にさせられます。

 しかし「アマチュア」の作品だからといって、落ち着いた作風だからといって、決して怪奇小説として大人しい、あるいは歯ごたえがないというわけでは、決してありません。
 平凡な日常が、平和な旅行記が、徐々に怪しい空気に侵食され、そしてクライマックスに至り不意に語り手の――つまりは我々の前に現れる異界の妖怪の恐怖を描くジェイムズの怪談は、現代にも通用する作品として見事成立しているのであります。
(そして嬉しいことに、題材的に伝奇性が強い作品も実は少なくない――というのはいささか牽強付会かもしれませんが)


 さて、それでは本書の収録作品を簡単に紹介いたしましょう。

 調査に訪れた教会の堂守から中世の貴重な貼込帳を手に入れた主人公が、堂守の不審な態度の理由を思い知らされる『聖堂参事会員アルベリックの貼込帳』
 身寄りを亡くし、遠縁の親戚の屋敷に引き取られた少年が、やがてそこで過去に起きたある出来事の真相を知る『消えた心臓』
 美術商から送られてきた、とある屋敷を描いた何の変哲もない銅版画が示す不気味な変化と、その陰のある史実を描く『銅版画』
 魔女裁判に功を遺しながら奇怪な死を遂げた名士の屋敷で、再び起きた惨事――そのショッキングな真相が印象的な『秦皮の木』
 研究に訪れた先で滞在した宿屋で夜ごと起きる奇妙な出来事と、それとともに出没する幻の部屋の怪『十三号室』
 「黒の巡礼」から戻ったという悪名高き領主の霊廟を訪れた好古家のふとした一言が、恐ろしい運命に彼を誘う『マグヌス伯爵』
 休暇に訪れた海岸地方の遺跡で拾った笛を吹いたことから引き起こされる悪夢のような出来事『「若者よ、口笛吹かばわれ行かん」』
 大量の黄金を隠したという修道院長が遺した暗号を解き明かした男が、その指し示す先で遭遇した恐怖『トマス修道院長の宝』

 これらの作品に、題名どおり作者の構想段階のアイディアの数々を記した付録のエッセイ『私が書こうと思った話』が加わり、実にバラエティに富んだ一冊であります。


 正直なところ、私はジェイムズの作品は、これまで創元推理文庫から二度刊行された作品集、あるいは様々なアンソロジーに収録されたものを何度も読んでおります。
 しかしそれでも何度読んでも面白いのは、やはりそれだけ物語の持つポテンシャルが高く、何よりも愉しさと怖さのバランスが素晴らしいことによるのでしょう。

 それはまさに作者自身が序文で述べているように、「夕暮れに寂しい道を歩む時や、夜中に消えかけた暖炉の火の前に座っている時、愉快にして且つ不安な気持ち」になるような作品群なのであります。

 さて、南條竹則の新訳についてですが、堅苦しい言葉遣いは少なめに、柔らかな言葉と文章を中心に訳されている印象があります。
 この辺りは、かなり堅めに感じられる訳文と合わせて好みが分かれるところかもしれませんが、先に述べたような作者の語り口と重なるような文体は、作品の魅力を引き出すために一役買っていることに間違いありません。

 何よりも作者の名品の多くをこうして手軽に読めるようになったことは、何よりも素晴らしいことだというほかないでしょう。
 既読の方も、これまで作者の作品に触れたことのなかった方も、一度手に取っていただきたい一冊です。


『消えた心臓/マグヌス伯爵』(M・R・ジェイムズ 光文社古典新訳文庫) Amazon

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2020.06.21

「コミック乱ツインズ」2020年7月号(その二)

 白熱の激闘が続く「コミック乱ツインズ」7月号の紹介後編であります。今回紹介する作品も、激闘死闘の連続であります。

『暁の犬』(高瀬理恵&鳥羽亮)
 文字通りの死闘の末に、ターゲットの一人を倒した佐内と根岸のコンビ。報酬を受け取りに益子屋を訪れた二人ですが、佐内は益子屋に、依頼人である水野家江戸家老・拝郷との関係を問うことになります。そして同じ頃、BL侍こと水野家徒目付・相良も、拝郷に益子屋との関係を問うのですが……

 言われてみればなるほど不思議ではある、益子屋と拝郷の出会いが語られる今回。大藩の家老と口入れ屋――それも裏稼業まで持っている男(怖いなあ人材派遣会社)が、直接の繋がりを持っているのは、尋常ではありませんが、そこに更に、佐内の父・小野寺友右衛門が関わるのですから見逃せません。
 これまでは凄惨な骸となった姿ばかり印象に残る友右衛門ですが、在りし日の姿は、佐内から甘さを抜いた渋みを足したような壮漢。そしてその腕前は――まさしく剛剣と呼ぶべき凄まじさであります。

 そして自分と水野家の関わりが、ある種因縁めいたものと知った佐内ですが……


『カムヤライド』(久正人)
 アマツ・ミラール、アマツ・ノリットの急襲に、甚大な被害を受けたヤマト。我等がカムヤライドは深手を負い、オトタチバナ・メタルも倒れた窮地で、黒盾隊を率いてミラーるに挑むヤマトタケルは、出雲に現れた国津神の一部である剣で反撃に転じるのですが――しかしその剣は、かつてイズモタケルを怪物に変えかけた代物。人間が手にすれば、国津神の一部として吸収されてしまう――はずが、逆に剣を吸収したかのような異形の姿に……

 光の巨人――ではないものの、そんな感じになりそうなヤマトタケルにミラールが畏れを感じる一方、カムヤライドは、己の体を全く顧みない、最終回のようなバトルでノリットに肉薄。その執念すら感じさせる凄まじさがノリットを捉えたかに見えたとき――それぞれの前に思わぬ存在が現れることになります。

 と、大波乱の末にひとまず水入りとなったヤマトでの戦い。思わぬ絆が生まれた一方で、さらに深まった謎もあり――そしてヒーローたちは深手を負ったままという状態で、この先物語はどこに向かうのか。特にモンコを巡る物語が気になるところであります。


『政宗さまと景綱くん』(重野なおき)
 ついに秀吉との面会を乗り切った政宗。しかし天下は既に秀吉の手に収まり、そしてその後も天運は政宗に味方せず、ついに大坂の陣に――と、いきなりこの回だけで25年の時が流れることとなりました。
 そして景綱も病に倒れ、戦国最後の戦というべき大坂の陣に政宗と共に臨むのはその息子・重綱――というわけで次回最終回であります。
(しかしこの展開だと、次回は同時に『真田魂』の最終回になるのでは……)


『仕掛人 藤枝梅安』(武村勇治&池波正太郎)
 ようやく小杉さんを捕まえ、一安心して温泉でのんびりしていた梅安ですが、そこに白子屋の配下・山城屋の刺客5人が襲いかかり、露天風呂はたちまち野郎大乱闘の場に――と色々な意味で危険極まりない展開から始まった今回。
 結局、小杉さんが右脇腹というかなりマズい位置を刺されながらも、敵の大半を仕留めるという大活躍を見せますが、もちろんその場に留まるわけにもいかず、また小杉さんの治療も必要であります。

 そんな中、梅安への刺客カップルの片割れ、田島一之助は、自分を置いて女に走った北山への怒りと、やけ食いのおかげで胃痙攣か何かを起こして勝手に窮地に――と、そこに偶然通りかかったのは、小杉さんとともに宿を変えた梅安。
 素性が判れば殺し合うしかない関係でありながら、相手の素性を知らぬまま、医者と患者という関係になった梅安と一之助。そこに北山が現れ、またもや修羅場の予感で次回に続きます。


 次号は久々に『そば屋幻庵』(かどたひろし&梶研吾)が登場。『勘定吟味役異聞』は次回休載ですが、壮絶な殺陣を描いた今号の次では人情ものとは――凄い描き分けだと感心いたします。


「コミック乱ツインズ」2020年7月号(リイド社) Amazon


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2020.06.17

さいとうちほ『輝夜伝』第5巻 月詠の婚儀と血の十五夜の真実

 天女の謎、そして自らにまつわる謎を求めて奮闘する月詠の冒険も、はや第5巻に到達しました。思わぬ展開から子供の身となってしまったかぐや姫の替え玉として婚礼することになった月詠。数々の危難の末、ついに彼女が知った驚くべき真実とは……

 天女であるかぐや姫を巡り、姫を深く愛する帝と、かぐや姫に執着する治天の君の間の争いに巻き込まれる形となった月詠。
 その最中に、治天の君の真の狙いが、天女が人を愛した時に遺す不老不死の霊薬であることが明らかになるのですが――かつて治天の君が天女から得た霊薬の残りをかぐや姫が奪い、舐めてみたところ、子供の姿に戻ってしまうという一大アクシデントが発生してしまうのでした。

 この緊急事態に、かぐや姫の替え玉となった月詠ですが――しかしこれまで彼女が女性であることは北面の同僚の大神しか知らなかったものが、凄王までもがその秘密を知ってしまい、いきなり彼に言い寄られる羽目に。
 さらに悪い時には悪いことが重なるというべきか、新たな霊薬を得んとする治天の君のゴリ押しで、帝と「かぐや姫」の婚儀が行われることになってしまい……


 と、色々な意味で月詠の身が危機に瀕するこの巻。言うまでもなく本作は、かぐや姫の伝説を新解釈する物語でありますが、そのスタイルは、いうなれば「男社会に男装して潜り込んだヒロインもの」(という表現でよいのかしら)といえるでしょう。
 とすれば、自分の正体が他の男にバレてしまう展開というのはある意味定番ではありますが、それをここでこういう形で、物語の展開や舞台背景と自然に結びつけて描いてみせるか、と感心させられました。

 感心といえば、平安時代の貴族の婚礼のややこしさ――三日連続で男が女性のもとに通い、三日目で三日夜餅を食べ、露顕の儀を行う――を、月詠が段階的にクリアしなければならない難関として描くと同時に、帝とかぐや姫の結びつきの強さを示す展開にも唸らされた次第です。


 と、そんな恋愛もの(?)展開が繰り広げられる一方で、独自の動きを見せるのが仮面の西面の武士・梟であります。
 治天の君の腹心でありながら、これまでも主のそれとは別の意図を持つことを匂わせ、そして明らかに月詠のことを過剰に気遣っている梟。その正体はどう考えても――なのですが、この巻において、ついにその正体が明かされることになります。

 さらに彼の口から語られる、月詠のルーツと、血の十五夜事件の真相。特に後者は、この物語の冒頭から、全編を貫く謎として存在してきたものであり、そもそも月詠が男装して都に現れた理由でもあります。
 そしてその真相は、なるほど、梟の正体も含めてこういうことであったか、と感心させられたのですが……


 しかしそれでもなお残るいくつかの謎。そしてその謎こそが、月詠のこの先の運命に繋がるものであることは間違いありません。

 この物語においては――いや、そのベースにある竹取物語においても――その「故郷」の人々(?)からは無視されているように感じられれる天女自身の意志。しかし本作における二人の天女、すなわちかぐや姫と月詠には、明確に彼女たち自身の意志があります。
 その意志を失うことなく、最後まで貫くことができるのか――おそらくはこの先は、そのための戦いの物語となるのではないでしょうか。

 だとすれば、彼女たちが挑むべき相手は、やはりその意志を無視して、己の目的のために利用せんとする者なのだと思いますが――さて、意外な人物にその魔手が伸ばされるという、気になる引きで終わったこの第5巻。
 天女たちだけでなく、その周囲の男たちのドラマも気になるところであります。


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2020.06.10

霜島けい『鬼灯ほろほろ 九十九字ふしぎ屋商い中』 怪異譚と人情譚の巧みな融合の一冊

 いわくつきの品物や出来事ばかりが集まる九十九字屋に奉公する霊感少女・るいの奮闘を描くシリーズの好調第6弾であります。前2巻で描かれた冬吾の過去を巡る事件も解決し、この巻では九十九字屋も通常営業――バラエティに富んだあやかし奇譚が描かれることとなります。

 故あって九十九字屋に奉公することになったるいと、無愛想な九十九字屋の主人・冬吾、死んだ拍子に「ぬりかべ」になってしまったるいの父・作蔵、店に出入りする化け猫で美女に化けるナツ――このユニークな面々を中心として描かれてきた本シリーズですが、この巻には全3話が収録されています。

 冒頭の「五月雨長屋」は、とある長屋に現れた幽霊を巡る奇妙な物語であります。
 長屋に一人で暮らしていた弥吉がある晩急死して以来、彼の部屋で起こる怪異。部屋の戸が開かなくなる、弥吉らしい姿が長屋の周囲に現れる、そして部屋にカエルが降ってくる――相次ぐ怪異に音を上げた差配の頼みで、冬吾とるいは長屋に向かうことになります。

 そこで二人が見たのは、弥吉の部屋はおろか、長屋一帯を埋め尽くすカエルの群れ。さらに弥吉の部屋に佇んでいた幽霊の、その顔は……

 長屋に出没する幽霊というのは、怪談話の定番ではありますが、ここでユニークなのは、もちろん幽霊と共に現れるカエルたちの存在。しかも幽霊の姿までもが――と、何とも強烈なビジュアルに驚かされます。
 この辺りの捻り(この現象が生まれたロジックも含めて)は作者ならではと言うべきと感じますが、それ以上に見事なのは、やはり弥吉の幽霊が抱える事情でしょう。それが語られる時、ちょっとユニークで不気味だった怪異譚が、一転切ない人情譚に変わる――本作ならではの一編です。


 一方、表題作の「鬼灯ほろほろ」は、お盆の支度のため、浅草寺の縁日に出かけたるいとナツが出会った、一人の少年にまつわる物語であります。
 混雑の中、るいの財布を掏ってナツに取り押さえられた少年・寛太。幼い頃から片手が開かず、親を亡くしてからは住む家もなく暮らしているという寛太ですが――るいは彼の周囲に、女の亡者の気配を感じるのでした。

 はたして自分には「姉ちゃん」がいると語る寛太。掏摸も彼女の仕業のようですが、しかし亡者を生者のように見ることができるはずのるいの目に、彼女は映らず……

 という見えない守護者テーマの本作ですが、面白いのは、普段はそうした存在が「見える」はずのるいが見ることができないことでしょう。それによって相手の正体のミステリアスさがいや増しているわけですが――その理由と、寛太との結び付きには唸らされます。
 そしてそれが、救う側の存在が同時に救われていた、という人情ものとしての構図を、鬼灯というアイテムをキーに、美しく描いているのが泣かせるのですが――そこで九十九字屋ならではの何ともすっとぼけたオチがつくのも、愉快なところです。


 そしてラストの「辻地蔵」は、大店の一人娘を襲う恐るべき祟り(?)を描く物語。
 近くの辻に立っている地蔵・おしるべ様を倒してしまったという、東雲屋の一人娘・志乃。するとその晩、夢に男が現れ、志乃は「しのわざわい」を受けなければならないと語ったというではありませんか。

 その祟りをもたらしたと思しきおしるべ様を調べに向かったるいは、そこで出会った人物から、おしるべ様が何者であるかを聞かされるのですが……

 子供の他愛もない行動が、思わぬ結果をもたらす様を描いた本作。それ自体は決して珍しい内容ではないかもしれませんが、しかし子供を見守るはずのお地蔵様が子供に祟りを与えるか? という考えてみれば尤もな問いかけから、物語は思わぬ展開を見せることになります。
 そしてその末についに露わになった「しのわざわい」の正体とは――いやはや、何となく怪しいと思ってはいたのですが、こうきたか、と思わずにっこり。それでいて、子供の心としっかり向き合い、正すべき点は正そうと教え諭すおしるべ様(その正体も泣かされます)には、思わず手を合わせたくなってしまうのです。


 以上三話、いずれもスケールは控えめの、日常系の怪談(?)とでも言うべき内容ではありますが――しかしそこに一ひねりも二ひねりも加えて、本作でなければ読めない物語として成立させているのはいつもながらお見事というほかありません。
 怪奇と人情を巧みに融合させた、逸品揃いの一冊であります。


『鬼灯ほろほろ 九十九字ふしぎ屋商い中』(霜島けい 光文社文庫) Amazon

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2020.05.25

瀬川貴次『ばけもの好む中将 九 真夏の夜の夢まぼろし』 大混戦、池のほとりの惨劇!?

 最近は一年に一度の再会なのが少々寂しいところではありますが、『ばけもの好む中将』の最新巻の登場であります。最近は色々不穏な空気が漂っておりましたが、この巻では原点に返って(?)ばけもの好む中将・宣能と、彼に振り回されまくる宗孝の姿がたっぷりと描かれることになります。

 本シリーズは、右大臣の嫡男にして容姿端麗という恵まれまくった人間であるにも関わらず、寝ても覚めても考えるのは怪異のことばかりという宣能と、タイプの異なる十二人の姉がいるほかはごく平凡な中流貴族の宗孝――このコンビが(というか宣能に宗孝が一方的に引っ張られて)京を騒がす怪異を求めて騒動を繰り広げる連作であります。

 最近は冷酷で陰謀家の父の跡を、その後ろ暗い部分まで含めて継がされることとなった宣能が暗黒面に引きずられかけていたりと、重めの展開もあったのですが(そしてその要素は今回も健在なのですが)、今回のメインは二人の怪異巡りとなります。
 もちろん、収録されている二つのエピソードはどちらも実に個性的。毎度毎度の怪異騒動でありつつも、趣向を凝らしたシチュエーションが今回も展開されます。


 というわけで本作の前半に収録されているエピソード「夏衣つれづれ織り」で描かれるのは、宣能の友人であり、同じく中将である宰相の中将・雅平の物語であります。
 当代きっての色好みとして知られる雅平が暑気あたりで倒れた時に介抱されたのは、とある庵の美しい尼御前。たちまち好き心を発揮した雅平は、満更ではない相手の様子に有頂天となるのですが――豈図らんや、その庵こそは、誰も住まう者がいないのに夜明かりが灯り怪しい人影がよぎるという噂で、宣能が訪れようとしていた魔所だったのです。

 さては雅平が恋したあの女性こそは、かつてこの庵に住みながら病で身罷った尼御前の幽魂であったのか――というのが真実であるかどうか、本シリーズの読者であれば百も承知でしょう。
 しかしそこから転じて、雅平を懲らしめるために宣能たちが一計を案じたことで、さらに騒動が拡大して――というのは、実に「らしい」展開。○○に目覚めた宣能や、さらりと投入されたネタ攻撃、そしてラストでさらにややこしい火種が撒かれたりと、相変わらずの賑やかさであります。


 一方、後半の表題作「真夏の夜の夢まぼろし」は、スケールもややこしさも、そして怪異の愉快さ(?)もさらにパワーアップした、実に楽しいエピソードです。

 皇太后の父が立てた別邸「夏の離宮」――小島が浮かぶ広大な池で知られる、この邸宅で開かれる宴に招かれた宣能や宗孝。しかしそこで耳ざとく宣能は、怪異の噂を聞きつけてきたのであります。
 夜な夜な邸内に現れる怪しい人影やうなり声、不気味な物音に、突然姿を消してしまう女房。実はこの離宮が建てられた土地では、かつてとある殿上人が故なき嫉妬から妻を殺害し、さらに自分の子である二人の姉妹を斧で惨殺、自分も自殺したという陰惨極まりない事件があったというではありませんか!

 広い池のほとりで若い男女が恋愛沙汰を繰り広げているところに、斧を手にした殺人鬼(たぶん何かの面を被ってる)が出現する――かはわかりませんが、とにかくこの手の話を宣能が見逃すはずもありません(そして宗孝が引っ張られないはずもありません)。
 そんな中、この宴を訪れていた春若こと東宮は、宗孝の十二の姉である真白と出会い、逢い引きの約束をして有頂天。周囲の監視の目をかいくぐって真白に接近大作戦を企てることになります。さらに禁断の恋(?)に悩む雅平まで加わり、夏の離宮はいよいよ混戦模様に……

 というわけで閉鎖空間での大騒動という、面白くなること間違いなしのシチュエーションで展開するこのエピソード。まさか如何にこの作者とて平安時代に『○○○の○○○』ネタを投入してくるとは思いもよりませんでしたが、終盤の意外な展開の連続で、大いに楽しませていただきました。
 その一方で、黒宣能ともいうべき彼の顔がチラリと描かれたり、シリーズ最大の鬼札というべき十の姉の謎が少しずつ(本当に少しずつ)明かされていったりと、シリーズを通しての物語も、面白さ・楽しさの背後で着実に動いている印象もあります。

 いやそれだけでなく、宣能と宗孝の周囲の人々の人間関係が着実に動いている様からは、時と物語の流れというものを感じさせられます(個人的には「癒やしの君」こと有光中将のエピソードにそれを強く感じました)。
 果たしてその流れがどこに向かうのか――そんなことも大いに気になる作品であります。


『ばけもの好む中将 九 真夏の夜の夢まぼろし』(瀬川貴次 集英社文庫) Amazon

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2020.05.18

「コミック乱ツインズ」2020年6月号(その二)

 「コミック乱ツインズ」6月号の紹介の後編であります。

『政宗さまと景綱くん』(重野なおき)
 東北の動乱、そして伊達家のお家騒動を収め、ついに秀吉と対面を果たすこととなった政宗。しかし相手は天下人、選択を一歩誤れば、政宗はおろか、伊達家そのものが――という状況であります。
 さて現れた秀吉の言葉は――というわけでついに秀吉が本格的に登場したわけですが、その対面の模様は、ほぼ「史実」どおりに描かれることになります。

 その意味ではあまり意外性はありませんが、しかしあの有名な政宗の白装束をネタにとんでもないギャグを入れてきたり、秀吉の仕打ちに対して人間的な成長を見せる政宗(とどさくさに紛れてアピールかます景綱)など、アレンジの加え方はいつものことながら巧みであります。
 また、いかにも傲慢な天下人然とした態度を見せる秀吉が、年を取って偉くなってもやっぱり「あの」秀吉なのだなあ――と思わされるくだりは、あちらの作品のファンとしては大いにホッとさせられました。

 そして、その秀吉に対して政宗が語る東北の姿とは――次回最終回となっても驚かない盛り上がりぶりであります。


『いちげき』(松本次郎&永井義男)
 単行本第6巻発売&最終章突入ということでセンターカラーの今回。相楽総三暗殺の最終作戦に失敗して一撃必殺隊の大部分は壊滅、隊の抹殺を狙う勝が送り込んだ隠密によって指揮官を失い、友も失った丑五郎。もはや帰る家もない彼は、唯一残ったソノに会うため女郎屋に向かうも、そこには宿敵の薩摩藩士・伊牟田が……
 と、牛五郎の最後の戦いが描かれるであろうこの最終章。導入となる今回は、その大部分を費やして、女郎屋に立て籠もった伊牟田が生み出した惨状が描かれることになります。

 自らも戦いの中で数多くのものを失い、そして深手を負って命も遠からず尽きる伊牟田。その彼が女郎屋で追っ手の薩摩藩士を相手に繰り広げた大立ち回りの凄まじさは、まさしく死屍累々という言葉が似合うほどであります。その惨状が、丑五郎が一歩一歩確認しながら奥に進むに連れて描かれていく様はただ圧巻と言うべきでしょう。
(ただ一人生かされてその惨劇を目の当たりにしたソノが、尋常なようで訳のわからないことを口走る辺りの厭なリアリティ……)

 しかし今回何よりも印象に残るのは、丑五郎と伊牟田の顔に浮かんだ「死相」の凄まじさでしょう。女郎屋の外で丑五郎を呼び止めた益満の「人は心労がたたり精も根も尽きると特徴的な人相になる」という言葉をこの上もなく再現してみせた二人の表情には言葉を失います(と、当の益満も周囲からそう思われているのが笑える)。
 果たして死相を浮かべた二人の対決の行方は――どちらに転んでもただで済むはずがありません。


『カムヤライド』(久正人)
 ヤマトに侵入したアマツ・ノリットとアマツ・ミラールの二人に対し、それぞれ戦いを挑むカムヤライドとオトタチバナ・メタルの二大戦士。しかし幹部格の敵を相手にしては彼らも分が悪く、一度は相手の力を封じたかに見えたものの、反撃によって二人は深手を負うことになります。果たして二人の、ヤマトの運命は……
 と、猛烈に盛り上がってきたヤマト編。これはもうパワーアップでもしなくて無理なのではないか、という状況ですが、しかしそんな安直な展開ではなく、人間の底力を――それも二人ではなく、周囲の人々が見せる流れとなるのがたまりません。

 アマツ・ノリットの見えない攻撃の正体はわかったものの、それを打ち破る手段を見いだせず大苦戦を強いられるモンコ(そもそもあれが応急処置になるのかしら)。そんな彼を救ったものは――ここでこう来たか、という展開ですが、これが実に熱い。いつの世もヒーローが孤独に戦う姿は良いものですが、それが人々に受け入れられた姿というのは、さらに良いものであります。

 一方、アマツ・ミラール戦では、深手を負ったオトタチバナに代わり、ヤマトタケルが黒盾隊を率いて大反撃。技のカムヤライド、力のオトタチバナに対して、知のヤマトタケルという印象ですが、これまでの死闘を糧にした彼の成長が窺える姿は、オトタチバナも惚れること間違いなしでしょう。
 そしてそんなヤマトタケルがミラールに見事な一撃を放つものの、しかし――と、まだまだ波乱含みの展開は続きます。


 次号は表紙は『鬼役』、巻頭カラーは『勘定吟味役異聞』、隔月連載の『はんなり半次郎』が登場とのこと。


「コミック乱ツインズ」2020年6月号(リイド社) Amazon


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2020.05.12

須田狗一『慶喜公への斬奸状』 敗者が残したものが生む悲劇と皮肉

 明治43年、小石川で余生を過ごす徳川慶喜が散歩中に暴漢に襲われ、警備員がこれを射殺する事件が発生した。犯人の身元と動機を調べる小石川警察署の小川巡査部長は、男の懐にあった「遥光の斬奸状は天下の愚書である」を手掛かりに捜査を進めるが、次々と意外な事実が判明。さらに第2の殺人が……

 「島田荘司選 第9回ばらのまち福山ミステリー文学新人賞」受賞作でデビューした作者の第2作目は、明治末の徳川慶喜を題材とした歴史ミステリであります。
 徳川慶喜といえば、言うまでもなく徳川幕府第15代、最後の将軍。そしてその慶喜の後世の評価をある意味決定づけているのは、鳥羽伏見の戦の最中に兵を置いて大坂城を脱出、江戸に退却した一件であることは、多くの方が認めるところではないでしょうか。

 本作はその慶喜の大坂脱出を序章として始まり――そしてそれから40年以上の月日が過ぎ、維新の殊勲者たちの多くが亡くなった時代が本編の舞台となります。

 「第一条、皇室を敬戴すべし」と叫ぶ暴漢に慶喜が襲撃され、犯人はその場で慶喜邸の警備員に射殺された事件。しかしこの男が何者なのか、何故慶喜をそれも今襲ったのか、そして男の懐の半紙に書かれていた「遥光の斬奸状は天下の愚書である」とは何を意味するのか――慶喜邸近くの小石川警察署の巡査部長・小川は、多くの謎が存在するこの事件を担当することになります。

 そして男が以前起こした事件から、その名前が広津光二であること、彼が四谷に住んでいたこと突き止めた小川は、広津の家に向かうのですが――そこで小川が見たのは、先に何者かが家に忍び込んだ跡と、広津が残した「遺書」、二十年近く前の新聞の束、さらには一人分の白骨ともう一つの頭蓋骨という、謎めいた品物の数々だったのです。

 しかしそこで何者かに後頭部を殴られた上、遺書を奪われてしまった小川。支援に回されてきた警視庁高等課検閲係の竹内とともにさらに広津の家を調査した小川は、そこで英文の斬奸状、さらには爆薬の材料を発見することになります。
 かつて無政府主義者たちが米国で発行した「ザ・テロリズム」なる明治天皇への斬奸状とよく似た内容の英文の斬奸状。そして小川と竹内が調査を続ける矢先、広津と関わりのあった男が謎めいた死を遂げることに……


 比較的シンプルなホワイダニットから始まりながら、捜査が進むにつれて次々と事件を複雑化させていくような要素が登場し、思いもよらぬ方向へと繋がっていく本作。
 物語の中心となるトリックは、なるほど種が明かされれば比較的シンプルではあるものの、その意外性と使い方の巧みさで、物語を良い具合にかき乱していると感じます。

 しかし何よりも本作を面白く、そして複雑にしているのが、物語の中心となる徳川慶喜公の存在であることは間違いないでしょう。
 幕末あるいは明治の裏面史、表沙汰に出来ない陰の部分を描く――というのは明治ミステリでは定番ではあります。しかしその陰が、明治の始まりの時点で退場した――むしろその退場によって明治が始まった――慶喜にまつわるものというのは、これはかつてなかった趣向ではないでしょうか。

 確かに、冒頭に述べた経緯から、旧幕臣には人気がない、いや恨まれていても不思議ではないのですが、しかし後世の人間からしてみれば既に明治初期の時点で「終わった」人間という印象がある慶喜。
 その慶喜が明治の末年にもなって狙われた謎を解き明かすことが、同時に幕末史の謎の一つを解き明かすことに繋がっていく展開には、歴史ミステリの醍醐味が溢れていると言えるでしょう。
(ここで慶喜の行動があまりにも――という印象もあるのですが、同時にそれこそが本作を成立させているのも巧みなところです)

 そしてまた、その慶喜と並び、本作のタイトルを構成する「斬奸状」という言葉もまた、実に示唆に富んだものと言えます。
 斬奸状とは「悪者を斬り殺すについて、その理由を書いた文書」ですが――しかし悪を除くのにそのような私刑めいた手段を取る時点で、これを持ち出すのは権力を持った側ではない、つまり勝者ではないことは明らかであります。

 その敗者の記した文書が幾つもの悲劇を生み出し、そしてさらに大きな犠牲を生む――そのあまりにも大きな皮肉の存在が、時代と時代の谷間に落ち込んだ多くの人々の姿と重なり、強く印象に残るのです。


 歴史ミステリとしての面白さはもちろんのこと、歴史そのものを見つめる視点のユニークさ、確かさも魅力的な作品であります。


『慶喜公への斬奸状』(須田狗一 光文社) Amazon

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2020.05.04

須垣りつ『吉原妖鬼談』 青年の成長と遊郭に潜む魔と――幻の快作登場

 生まれつき亡霊や魑魅魍魎が見えてしまう力のせいで、臆病で奥手の六助。ふとしたことから吉原で花魁の足抜けを生業とする男・遼天に見込まれた彼は、彼を手伝う中で、次第に自分の力と向き合っていく。そんな中、想いを寄せる花魁が化け物の巣食う楼に部屋替えになると知った六助だが……

 受賞者が発表されながら、レーベルがなくなった関係で作品が刊行されず、幻となった第2回招き猫文庫時代小説新人賞。その優秀賞受賞者である作者のことを、まことに勝手ながら私は最後の招き猫文庫作家と呼んでおりました。
 と、その受賞作『花街奇譚』が改題・加筆修正されて刊行されたと聞けば、黙ってはいられません。そして手に取った本作は、青年の成長ドラマ+伝奇活劇という、なかなかユニークな内容の佳品でありました。


 本作の主人公・六助は、先祖に「トワズ」――人外と交わり生まれたと言われる者――がいたことから、魑魅魍魎や亡霊が見えてしまう力の持ち主。そのため異常に臆病で、かつ他人(特に女性)とコミュニケーションするのが苦手な彼が、兄に引っ張られて吉原を訪れたことから物語は始まります。

 しかし吉原に来たものの、六助は大見世の花魁に声をかけられてもドギマギするだけで何もできず、さらには吉原の外れで亡霊の花魁道中に出会ってしまうなど散々な目に遭うばかり。
 そんな彼に声をかけてきたのは、人外を感じ取り、祓う力を持つ八卦見の壮漢・遼天。遼天に「トワズ」の力を認められた六助は、彼の裏の稼業である「稲荷隠し」すなわち足抜けの幇助に、躊躇いながらも力を貸すことに……


 そんな六助が、足抜け屋として悪戦苦闘を続ける中で遼天や仲間たちとの絆を深め、また生意気な小見世の女郎・茜と微笑ましい交流をしたりと、少しずつ成長していく様が、本作の前半では描かれることになります。
 先に述べた通り、六助はあまりヒーローらしくない――というより生真面目なのだけが取り柄の青年。そのくせ、女性と知り合うたびに彼女と付き合うことを夢想してしまう姿など、妙にリアルだったりしますが――しかしそれも微笑ましく、彼の真っ直ぐさの表れとして感じられるのは、本作の描き方の巧さでしょう。

 しかし物語は後半に至り、思わぬ方向に展開していくことになります。
 敵対した者が奇怪な死を遂げた、客の男たちが姿を消しているなど、不気味な噂ばかりが流れる見世・瑞雲楼。遼天の頼みでその様子を見に行った六助が見たものは――生ける屍としか見えない花魁たちと見世の中を這い回る透明な巨大な蟻、そして人間大の蟻のような姿をした女将と、鬼の本性を隠した楼主だったのであります。

 そして六助が吉原を初めて訪れた日に声をかけられて以来、恋い焦がれてきた花魁の銀華がその瑞雲楼に部屋替えすることとなり、その前に足抜けをという依頼が入ってくるのですが――六助にとって銀華が他所の男のものになることが面白いはずはありません。
 しかし彼女を救い出さなければ、化け物の餌食になることは必定。それがわかっていても一歩を踏み出せない六助の背中を押したのは……


 と、後半で伝奇ものとしての色彩が一気に強まる本作。
 あるいはこうした展開の物語では、いかにも伝奇時代劇のキャラクター然とした遼天が主人公となるのが相応しいのかもしれません(事実、クライマックスで最も活躍するのは遼天であります)

 しかしそんな中で、その「見てしまう」力以外は荒事に向いていない六助がいかにして戦いに挑むのか――いや、様々な意味でそこに背を向けていた彼が、いかにして立ち上がるのかが、大きな意味を持つことになります。
 その姿は、本作で描かれてきたものの総決算であり――すなわち、六助の成長の姿とその意味であり――そしてその姿は、彼の真っ直ぐな姿と相まって、大きな感動を生むのであります。

 青年の成長ドラマ――言い換えれば一種の人情ものと、吉原に潜む魔を描く(そしてこれがまたなかなかに独創的で、かつ相当にコワい)伝奇もの。
 この相反する要素を、本作は巧みなバランスで描いてみせたと感じます。

 このユニークで、そして内容豊かな快作が、埋もれたまま終わることがなくて本当に良かった――そう感じた次第です。


『吉原妖鬼談』(須垣りつ 二見サラ文庫) Amazon


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2020.04.27

陶延リュウ『無限の住人 幕末ノ章』第2巻 勢揃い新選組! そして池田屋へ

 アニメも無事完結した『無限の住人』ですが、こちらの公式スピンオフはここからが本格始動という印象。幕末の京を舞台に、万次が新選組と激突する『幕末ノ章』第2巻であります。万次を巡る様々な思惑が交錯する中、舞台は池田屋に……

 逸刀流との戦いから数十年――アメリカに漂流して帰ってきてから土佐に隠棲していた万次。そこにやってきた坂本龍馬に連れられ、京に向かった彼はそこで出会った新選組と早速事を構えたり、武市半平太と龍馬の軋轢に巻き込まれたりと早速騒々しい日々を送ることになります。
 しかしその新選組が、死んだはずの山南敬助を中心に異形の使い手を集めた「逸番隊」を結成。半平太を捕らえただけでなく、万次の不死身の肉体を狙って動き出すことになります。

 そしてその一番手、犬を操る奇怪な犬面の剣士・喜多見が万次の前に立ち塞がることに……


 と、万次の肉体を狙う逸番隊との戦いと、維新浪士たちと新選組の戦いが平行して描かれるこの巻。
 もっとも、実は逸番隊との戦いは喜多見戦くらいで、正直なところまだまだ戦力不足の印象は否めません(もっとも、思わぬ大型新人が参加することになるのですが……)。

 とはいえ、逸番隊の背後にいる人物――あの綾目歩蘭人の曾孫である綾目歩蘭なる少女が、この巻では本格始動。というかいきなり暴走。歩蘭人とはまた異なる(歩蘭人にこれやられても困りますが)手段で血仙蟲を求める手段を熱く語る姿には、強烈なインパクトがあります。


 が、この巻でそれ以上にインパクトを与えてくれるのは、ついに勢揃いした新選組オールスターの顔ぶれでしょう。
 これまで登場した近藤・土方・沖田だけでなく、原田・永倉・斎藤・藤堂・源さんが見開きで一堂に会する姿は、いかにも何かの組織の幹部めいた(組織の幹部です)姿で、これが実に格好良いのです。

 その姿やキャラクターも、お馴染みのイメージを踏襲しつつも、いかにも「むげにん」的なアレンジとなっているのが嬉しいところで、新選組好きとしては彼らの活躍を早くみたい――と一瞬何の漫画か忘れて思ってしまったところで、池田屋事件に雪崩れ込むのが実に盛り上がります。
(ちなみに本作では御所焼き打ちは半平太が白状しているのに、歴史と辻褄を合わせるために拷問される古高俊太郎が可哀想すぎる)

 一方、万次の方はといえば、一旦江戸に行くことになった龍馬に頼まれて桂小五郎のボディーガードになった――ちなみに実は吉田松陰とも知人だった万次――ことがきっかけで、「その時」に居合わせることになります。

 これは本作の特徴というか、この時代の万次は随分分別くさい――というより政治的なものに距離を置く性格のためか、維新浪士たちには比較的冷淡。ここでも積極的に戦うことなく、桂を逃がすことを優先する万次ですが――しかしそう簡単に脱出できるはずがありません。

 この巻は、新選組最強のあの剣士が万次の前に出現、いよいよ色々な意味で万次の本領発揮か――? という展開で引きということになりますが、ほとんど逸刀流剣士のような存在感の宮部鼎蔵も気になるところで、次巻ではさらに派手な剣戟を見ることができそうです。


『無限の住人 幕末ノ章』第2巻(陶延リュウ&滝川廉治&沙村広明 講談社アフタヌーンコミックス) Amazon

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 再び動き始めた物語 「無限の住人」第18巻
 「無限の住人」第19巻 怒りの反撃開始!
 「無限の住人」第二十巻 不死力解明編、怒濤の完結!
 「無限の住人」第二十一巻 繋がれた二人の手
 「無限の住人」第二十二巻 圧巻の群像劇!
 「無限の住人」第23巻 これまさに逸刀流無双
 「無限の住人」第24巻 二人の凶獣
 「無限の住人」第25巻 裏返しの万次と凛
 「無限の住人」第26巻 追撃戦と潰し合いの中で
 「無限の住人」第27巻 副将戦の死闘!
 「無限の住人」第28巻 役者は揃った!
 「無限の住人」第29巻 ネオ時代劇、ここに極まる
 「無限の住人」第30巻 そして物語は終わり、旅は続く

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