2022.06.10

『読んで旅する鎌倉時代』(その二) 坂東武者の時代の終わりに

 十三人の作家が、鎌倉幕府成立に関わる十三の史跡を題材とした十三篇を収録したアンソロジーの紹介の後編です。

「ある坂東武者の一生」(吉森大祐)
 昔から問題行動だらけの父・熊谷直実に振り回されっぱなしの直家。十八年前に騒ぎを起こして鎌倉から逐電、京で法然上人に迫って出家した直実も、この数年はおとなしくしていたかに見えたのですが――今度はその父が頼朝と対立する九条兼実に近付いていると聞き、直家は泡を食って京に向かうことになります。
 しかしその途上、直家のもとに届いた報せとは……

 謡曲「敦盛」で知られる熊谷直実。そこでは若武者・平敦盛の最期に哀れを覚えて出家する人物として描かれる直実ですが、史実では土地の境界争いに敗れたのをきっかけに頼朝の前でブチ切れて出奔、出家するなど、むしろいかにも坂東武者らしい豪傑であったようです。
 本作はその後者の直実が描かれ、彼に振り回される直家の姿が何ともペーソスたっぷりに描かれることになります。

 その有様には気の毒になったり可笑しくなったりなのですが、しかし本作の直実の姿に象徴されるのは、荒武者たちが己の気の赴くままに暴れまわった、ある意味おおらかな時代の終わりであります。ここから先は、幕府の統制の下に行きていくしかない直家らの姿には、何ともいえぬほろ苦さがあります。

 しかし「一谷嫩軍記」での自分の扱いを知ったら、直家は何と言ったか……


「由比ガ浜の薄明」(天野純希)
 侍所別当として坂東武者を束ねてきた長老・和田義盛とその一族が、北条義時の度重なる挑発についに暴発し、武力衝突に発展したいわゆる和田合戦。本作はその合戦を、義盛の子・朝比奈三郎義秀の目から描きます。
 妾の子として冷遇され、ただ強くなることのみが己の価値を示す手段であった三郎。そんな彼にとって、この合戦も、ただ父の命じるままに戦う以外の選択肢はありません。しかし義盛の無策に加えて味方の裏切りに遭い、戦で大敗。由比ガ浜にまで退いた三郎は、心の中にあったただ一つの疑念を父に問い質すのですが……

 現代では観光地となっている由比ガ浜を舞台として描かれるのは、武士の家に縛られた三郎と、その家を支配する、いかにも坂東武者らしい義盛の姿です。
 しかし義盛の口から、意外な(というべきか)合戦の真実が語られた先に三郎が選ぶのは――豪勇で知られながらもその死に様は語られず生存伝説すらある三郎のキャラクターを活かし、やりきれない武士の運命を描く物語から一転、希望を感じさせる結末の爽やかさが印象に残る物語です。


「実朝の猫」(砂原浩太朗)
 鶴岡八幡宮を舞台とした本作は、ある意味本書随一の異色作。何しろ物語の語り手は猫――三代将軍実朝の飼い猫なのですから!

 京から源実朝に輿入れした御台所についてきた黒猫の黒麿。子のない二人に可愛がられてきた黒麿は、雪の中、鶴岡八幡宮への拝賀に赴く実朝を見送った直後、猫たちから不穏な噂を聞かされることになります。
 自称・北条義時の飼い猫の六弥太からは、当日列席するはずの義時が急に欠席を決めたこと、そして八幡宮の飼い猫・白妙からは別当――すなわち公暁が不穏な言動を見せていると知った黒麿は、一路八幡宮へ駆けるのでした。

 六弥太、白妙とともに、吹雪の中、矢のように主の下に急ぐ黒麿。ついに実朝を見つけ、急を知らせようとしたその時……

 他の物語から少々時が下った本作の題材となるのは、源氏政権に終止符を打ったあの惨劇――その惨劇を止めるために駆ける黒麿の視点から描かれる物語は、猫ならではの機敏さでもって、スピーディーに、そして緊迫感を以て描かれることになります。
 結末はわかっているものの、しかし何とか避けられないものかと思わず祈ってしまう本作、結末の黒麿の述懐が何ともほろ苦い後味を感じさせます。


 以上、全十三篇の中から六篇を紹介させていただきました。これまで他の時代に比べて題材となることが少なかった鎌倉時代ですが、しかしその鎌倉時代にも色々と興味深い人物・事件があることを示してくれる一冊でありますー

 鎌倉時代に様々な形で分け入っていく道標ともなりそうな本書、執筆陣の豪華さも含めて、これまでもユニークな歴史小説アンソロジーを幾つも送り出してきた講談社ならではの一冊というべきでしょう。

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2022.06.09

『読んで旅する鎌倉時代』(その一) 源平合戦の陰の恋の形

 大河ドラマで個人的に一番楽しみなのは、それに合わせて刊行される、関連した題材を扱った書籍であります。本書はその中でも最もユニークかつ豪華な一冊――十三人の作家が、鎌倉幕府成立に関わる十三の史跡を舞台とした物語を描くアンソロジーであります。

 というわけで、本書は「小説現代」2022年1・2月合併号に掲載された同名の企画を書籍化したもの。ここでは、そのうち特に印象に残った作品を紹介いたします。


「妻の謀」(鈴木英治)
 知人の勧めで、平治の乱で共に戦った源朝長の娘・華子を後妻を娶った大庭景親。実は乱では清盛方と通じ、朝長らを売る形で生き延びたことに後ろめたさを感じていた景親ですが、華子の美しさに目を奪われ、以来、心の底から愛し慈しむのでした。
 しかしその妻は佐殿(頼朝)に味方してほしいと懇願するものの、その言葉に取り合わず、平家に仕え続ける景親。やがて佐殿闇討ちを命じられた彼は、三嶋大社に潜むことに……

 三嶋大社近くの妻塚観音堂を題材とした本作の主人公は、本書でも何度も題材となっている石橋山の合戦で散々に頼朝を打ち破った大庭景親。物語は、明らかに偽りを言って彼に接近してきた妻・華子の思惑を巡って展開することとなります。
 その思惑自体はすぐに予想がつくものの、しかし物語は二転三転、そこに浮かび上がるのは――人間として何を選ぶのか、どちらの選んだ道も決して間違っていないだけに、物悲しくもどこか清々しい後味が残ります。

 ちなみに本作は、本書ではほとんど唯一、頼朝の敵方を主人公とした物語。だからこそ描けた物語と言うべきでしょうか。


「初嵐」(阿部暁子)
 挙兵の際、妻の政子と娘の大姫を伊豆山神社に預けた頼朝。戦勝祈願にやって来た頼朝に対し、政子が語る想いとは……

 というわけで、ある意味史上に残るドラマチックなラブストーリーである頼朝と政子の出会いを中心に描かれる本作。ここで描かれるその経緯は、よく知られたものにほぼ忠実なのですが――しかし、本作はその背後にあったものを語ることになります。
 後ろ盾となるものがない頼朝と、旗頭を必要としていた北条時政。二人の男の嘘と欲に恋を演出された形となった政子ですが、しかしそれを知った上で頼朝に対して昂然と胸を張ってみせる政子の姿は、何とも力強く、そして颯爽としたものに感じられます。

 政子が恋に落ちた瞬間の頼朝の描写も実に巧みで、歴史に名を残す二人のナマの姿が印象に残る物語です。


「恋真珠」(赤神諒)
 自分の叔母であり、出会った時には人妻だった初恋の相手・八重への想いを貫き、ついに結ばれた江間小四郎。
 「恋遊びはできても、自分にはもう本物の恋ができない」と宣言する八重を受け入れながらも、なおも前夫である頼朝のことを語る彼女に嫉妬し、その一方でまさに英雄と言うべき義兄相手では仕方ないと感じるなど、小四郎の胸中には複雑な想いが渦巻きます。

 そんな中、ついに頼朝の挙兵に付き従い、初陣を迎えることとなった小四郎。その彼に対し、「恋は思い出になって、終わるわけじゃない。恋は終わってからだって、花開くのよ」と言い残し、頼朝の元に向かう八重の真意とは……

 政子の陰に隠れがちですが、その前に頼朝と結ばれて子を儲け、その子を身代わりに頼朝を助けるという、決して烈婦ぶりでは負けない八重。しかしその八重を本作は、武士を支える妻という形ではなく、恋に生きる一人の女性として描きます。
 己の恋を真珠に喩え、その恋を頼朝に捧げる八重に翻弄される小四郎ですが、八重の心は、はたしてどこに向いていたのか?

 八重姫の供養塔があるという真珠院を題材に、恋を貫いた八重、その想いの全てを理解していた頼朝、その時には気付けなかった小四郎――三人の不思議な人間関係が、人間の身勝手な、しかし最も美しい感情を浮き彫りにする本作は、異様な感動を与える結末も相まって、個人的には本書の中で最も印象に残った作品でした。

 ちなみに本作の小四郎と八重の関係は、奇しくも(?)、大河ドラマのそれと重なるのですが――むしろ一生に一度の恋、そして貝というモチーフから、作者の戦国もの『空貝』と表裏一体の物語とも感じられる作品です。


 次回に続きます(全二回予定)


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2022.06.06

霜月りつ『あやかし斬り 千年狐は綾を解く』 蘭方医と妖狐が挑むバラエティ豊かな化け物退治

 このブログ的には『神様の用心棒』の霜月りつによる、妖怪時代小説の快作であります。ある日、謎の美貌の薬売りから効果抜群の薬を与えられた蘭方医の多聞。その後再会する二人ですが、その場面はなんと――奇妙なコンビによる化け物退治が始まります。(内容の詳細に触れますのでご了承下さい)

 父の診療所を継いで日々奮闘する若き蘭方医・武居多聞。ある日、大怪我をした男の手当に難儀していた多聞は、突然現れた美貌の薬売りから与えられた、驚くほどよく効く薬に助けられることになります。
 その数日後、往診帰りに獣のような唸り声を聞いた多聞ですが、そこで彼が目にしたものは、見たこともない恐ろしい化け物と対峙するあの薬売り。しかも薬売りは化け物を手もなく捻ると、その口から出てきた光を飲み込んでしまったではありませんか!

 そんな信じられない光景を見た一月後、大川の土手で背中を真っ直ぐに切り裂かれた狐を見つけ、家に連れ帰って手当をすることとした多聞。狐に青と名付けて共に暮らす多聞ですが、その狐はなんと……


 と、ここまでくれば予想がつく方もいらっしゃるかと思いますが、この青こそは実は薬売りの正体。故あって人の姿で化け物を退治をし、そこから薬を作っているという妖狐だった青の話を聞き、多聞は協力を約束するのでした。
 本作ではこの多聞と青、そして多聞の幼馴染で定町廻り同心の硬骨漢・板橋厚仁が、江戸を騒がす事件の数々に挑む全三話が収録されています。

 さて第一話「蟷螂の疵」で描かれるのは、上で述べた青が深手を追わされた事件――大川沿いで次々と発生する通り魔事件の謎。
 厚仁からの依頼で被害者たちの手当を行った多聞は、一見無差別に見える被害者たちに、実は共通点があることに気付くのですが――しかし彼自身も襲撃を受け、対峙したその相手は!? と、その姿にまず驚かされることになります。

 こういう展開では、スレた妖怪ものファン(?)としては、鎌鼬かな、それとも髪切かな――などと考えてしまうのですが、しかしここで描かれるのは、そんな予想など及びもつかないような存在。はたしてこの化け物は何者なのか、そして何故人を襲うのか――人知を超えた力を持つ青でも簡単には倒せないこの化け物に対して、多聞たちはその出現に至る理由、「綾」を探ることになります。

 このように本作に登場するのは、通り一遍の妖怪ではなく、一捻りも二捻りも加えられた独特の存在。そして力押しで倒すのではなく、その正体を解き明かすという謎解きの要素が強いのも、また本作の魅力なのです。


 そんな本作の魅力が最もよく現れているのは、第二話「振り袖夢幻」でしょう。このエピソードでは、あるきっかけで猿若町の宮地芝居の二枚看板・菊山と鹿の輔と知り合った多聞が、二人の愛憎入り混じった関係を知り、さらに町を騒がす足切りの通り魔事件に巻き込まれることになります。

 一見無関係なこの二つの要素を結びつけるのは、役者たちの間で囁かれる「振り袖お化け」の存在。足を失って無念のうちに死んだ役者が化けて出たというこの化け物と取引をすれば、芸が上達するというのですが――しかし青も知らないこの化け物は何者なのか。
 多聞の医者という設定も最大限に活かして展開する物語は二転三転、前話以上に捻りの効いた展開に驚きつつ、ラストではきっちり泣かされるという、実に見事なエピソードなのです。

 そして最後の第三話「狐火の夜」では、人を食い殺しては一滴残らず血を啜る狐の化け物が江戸に出没、この化け物と対峙した多聞は、相手の、そして青の意外な正体を知ってしまい――と、物語は伝奇的に一気にスケールアップすることになります。
 人々が恐慌を来す中、多聞と青を助けるのはなんと――というケレン味溢れる展開も楽しく、ラストに相応しいエピソードであります。(そして冒頭のある描写が活きる展開にもまた涙)


 人間と妖怪がバディとなって妖怪を退治するというのは、妖怪ものでは鉄板の展開ではあります。しかし本作は、主人公たちのキャラクターの楽しさや物語展開の巧みさといった点はもちろんのこと、化け物の――つまりはストーリーの――バラエティの豊かさという点で他にはない魅力を持つと感じます。
(冷静に考えると「綾」が登場するのがほとんど第一話のみなのですが、それもある意味バラエティの現れというべきでしょうか)

 本作だけで終わらず、この先も豊かで意外性に富んだ多聞と青の冒険を読んでみたい――そう強く感じさせられる佳品です。


『あやかし斬り 千年狐は綾を解く』(霜月りつ 小学館文庫キャラブン!) Amazon

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2022.05.23

椎名高志『異伝・絵本草子 半妖の夜叉姫』第2巻 共闘新旧世代 そして親世代の抱える想い

 アニメは数ヶ月前に大団円を迎えましたが、コミカライズの方はまだまだ絶好調――『異伝・絵本草子 半妖の夜叉姫』第二巻の登場です。ついに揃った三人の向かう先は退治屋の里、そして結界の山。そこで三人を待つ者は、懐かしい顔ぶれと、新たな敵――!?

 戦国時代からやってきた生き別れの妹・せつな、そして従姉妹のもろはとともに、自分の本当の故郷である戦国時代に向かった女子中学生・とわ。そこで自分が大妖怪・殺生丸の子だと知った彼女は、突如襲ってきた妖怪との戦いの中で、忘れていた記憶を取り戻すことになります。
 そして時代樹の精霊から、時の歪みを正すため、西の果てに向かえと告げられた三人は、旅立ちの一歩を踏み出すことに……

 というわけでいよいよ始まる三人の旅ですが、西の果てに向かう前に立ち寄ったのは、あの琥珀率いる退治屋の里。ここで里の娘たちからめちゃくちゃ尊がられるせつなととわがまたおかしいのですが、やはり印象に残るのは、殺生丸に対する琥珀の思い入れでしょう。
 アニメでは完全に一歩引いた形であまり目立ちませんでしたが、考えてみれば琥珀は、作中でりんの次に殺生丸とは深い縁のある人間。そんな彼が殺生丸の謎めいた行動に、そしてその二人の娘に感傷を抱かないはずはありません。前巻での草太ともある意味通じる彼の内面描写には、数ページの描写ではあるものの、大いに印象に残るものでした。

 そして、対象こそ違え、同様の想いを抱く者は彼だけではありません。退治屋の里で装備を整えた三人が、次に向かうよう指示された山で待つのは、弥勒と珊瑚――そして鋼牙!
 これまた犬夜叉とかごめと縁深い人物でありながら、アニメではほとんど全く出番がなかった(まあ『犬夜叉』でも途中フェードアウトでしたが……)鋼牙に、ここできっちりと出番があるというのも、実に嬉しいところであります。

 そしてもう一人、この場で三人を待っていたのは、鋼牙と同じ妖狼族の凱風――アニメではもろはの師であった女性であります。
 そんな重要な立ち位置でありつつも、アニメではわずか一話で、しかもあまり格好良くない形で退場してしまった凱風。それがこちらでは(もろはとの因縁はあるものの)また少々異なる立場で登場するのも、アニメ視聴者としてはグッとくるのです。


 さて、ここで弥勒たちは、アニメでもキーアイテムであった虹色真珠(ちなみにこちらでは明確に出自は異なる様子)を使って、ある役目を担っていたのですが――しかし現れるのは、味方たちだけではありません。
 それは麒麟の四凶のうち、饕餮と檮コツ、そしてその息子・若骨丸――アニメでは序盤の敵という印象でしたが、こちらではその場に居合わせた親世代とも互角クラスの強敵という印象であります。

 かくて展開するのは、鋼牙vs若骨丸、弥勒・せつなvs饕餮、凱風・もろはvs檮コツという新旧世代入り乱れてのバトル!
 そこに加わっていないとわは珊瑚とともに雑魚妖怪を引き受けるのですが、二人の前に、かつて殺生丸の屋敷を襲撃し、姉妹を引き裂くきっかけとなった焔も参戦、さらに味方サイドも――と、純粋にバトルものとしても盛り上がりまくる展開であります。

 そしてそのバトルの中で描かれるのは、三人のパワーアップと覚醒――親世代の葛藤と新世代の強化、そして新たなる展開への導入、そしても一つタイトルの回収と、ここまで盛り込んでくるか! と、畳み掛けるような展開には、ただただ感嘆するばかりです。
(饕餮のなんでも喰う能力に、こちらではそう来たか! という由来が設定され、弥勒の複雑な胸中と重なる辺り、ただ唸るしかありません)


 限られたページ数で、元作品の設定を用い、元作品と同様の物語を描く――そんなコミカライズの役割を果たしつつ、元作品では描かれなかった、そしてファンが観たかったものを描いてみせる本作。
(その他アニメでのツッコミどころを埋めてみせる――とわの衣装とか)
 豪華な顔合わせのスピンオフ、などという言葉では収まらない名品であります。

 そしてこの巻のラストでは、あの男と、そして第二期で登場した彼女も登場。物語は加速するのか、新たな道に向かうのか、いよいよ期待は高まります。


 しかし長年ダウンしていた邪見を見事復活させた「妖怪の治療が得意なお方」とは、弟子の顔と口調を見るに、もしかして……


『異伝・絵本草子 半妖の夜叉姫』第2巻(椎名高志&高橋留美子ほか 小学館少年サンデーコミックス) Amazon

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2022.04.25

陶延リュウ『無限の住人 幕末ノ章』第6巻 万次長州へ そして高杉の顔は

 幕末の世に生きる万次を描く本作も、この巻から新展開。新選組との戦いをひとまず終えた万次は、中岡慎太郎とともに長州に向かうことになります。そこで彼を待っていたのは奇兵隊の高杉晋作――しかしその顔は!? 思わぬ出会いと新たな戦いが描かれます。

 坂本龍馬とともに訪れた京で、新選組と幾度となく刃を交えることとなった万次。龍馬・以蔵・彦斎らと共に山南率いる逸番隊と天王山で激突、これを壊滅させた万次は、ひとまず虎口を脱した形となります。
 そして龍馬が海軍操練所閉鎖に伴い会社――すなわち海援隊を設立に向けて奔走し、薩摩の西郷に接近する一方で、万次は長州に向かう中岡慎太郎から用心棒を依頼され、同行することになるのでした。

 思えば長州は万次にとっては因縁の地――かつてアメリカから帰国した際、万次は長州に漂着、野山獄に繋がれ(ほんの数コマですが高須久子が!)、そこで吉田松陰と出会っていたのであります。
 しかし当時の長州藩は下関戦争の敗北に加え、禁門の変を経ての長州征討によって打撃を受け、藩内で佐幕派と勤王派の血で血を洗う争いが続いている状況。その中でも勤王派の旗色が悪く、ほとんど壊滅寸前だったところに、敢えて慎太郎が出向く理由とは……


 一方、新選組は度重なる戦闘の中で失った戦力の補充のために、近藤と平助が江戸に赴くのですが――そこで仲間に加えたのが、北辰一刀流伊東道場の猛者たちであります。
 正直なところ伊東派の面々は、一部の例外を除いて、個人としてはあまり印象に残っていなかったのですが、本作においては皆なかなかの面構え。個人的にはその印象は、むしろ逸番隊よりも逸刀流に近いものを感じさせてくれます。

 しかしそんな面々があっさり近藤たちの下に入るはずもなく、いきなり険悪なムードとなるのですが――何よりもわかりやすい相互理解のために提案されたのは、双方の代表戦。ここで「新選組」側の代表は沖田、一方、伊東側の代表は服部武雄――!
 服部はまさに上に述べた一部の例外、新選組でも二刀流遣いの達人として名を馳せましたが、この二人の激突はまさに名人戦というべきでしょう。剣戟の面ではこの巻のメインというべき激闘は、大いに盛り上がります。

 しかしそれでも、その実力の一部を敢えて伏せてみせる沖田に、何ともいえぬ不穏さも感じるのですが……


 さて、物語は再び万次側に戻り、長州で慎太郎からある男を紹介されるのですが、それこそは高杉晋作。松蔭の弟子の一人であり、そしてこの時期の長州藩の勤王派を一人で支えていたともいうべき人物であります。が、そのビジュアルは――どう見ても尸良。

 これは別に尸良と血縁があるわけでは(たぶん)なく他人の空似ですが、万次も思わず驚くほどのそっくりさんです。
 なるほど「狂」的なイメージのある(そして写真では短髪なこともあって)人物だけに、意外と違和感のない高杉の尸良顔。もっとも性格の方はあまり似ておらず、万次を襲った女刺客と戦った際も、全く容赦はしなかったものの、決して己の快楽のために斬ったりはしない辺り、やはり別人であります。

 とはいえ、であるならば何故同じ顔に――という印象はあるわけで、本作ではこれまでも本編のキャラを思わせるキャラがちょこちょこと顔を出してきましたが、ここまで有名人でというのは初めて。一種のスターシステムとはいえ、やはり違和感は否めません。

 それはさておき、顔に似合わぬ(?)高杉の風雲児ぶりには、万次も感じ入るものがあった様子。それどころか、下関でのクーデター開始早々に刺客によって深手を負った高杉から頼まれ、その影武者を引き受けてしまうのですから驚かされます。
 この辺りは前巻での八百比丘尼との対話もあり、またそもそも万次って意外と人が良いわけですが、武士の理屈とか大義名分とかを嫌う人間だけに、対面してからわずかのうちに、ここまで肩入れするのにも違和感がありますが……(まあ、高杉は他の武士よりもずっと万次に近い人間だとは思います)


 というわけで、これまでとは全く形で歴史に関与することとなった万次ですが、しかし彼を付け狙う怪剣士たちが新たに登場します。あの見廻組の佐々木只三郎率いるその名は「挽斃連」――伊東派が逸刀流だとすれば、こちらは六鬼団を思わせる曲者揃い。
 今は長州の佐幕派に協力しているものの、真の狙いは万次だという彼らの目的は――幕末ノ章、まだまだ先は長そうであります。


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2022.04.18

「コミック乱ツインズ」2022年5月号(その三)

 「コミック乱ツインズ」2022年5月号の紹介のその三、ラストであります。

『ビジャの女王』(森秀樹)
 ビジャが辛うじて蒙古軍の攻撃を退けてきた一方で、蒙古軍に敗れた末に大破壊・大虐殺が行われたバグダード。ビジャにとって大きな痛手となったのは、そこで治療していたオッド姫の父・ハマダン王が、蒙古軍に捕らわれたことであります。はたしてビジャを包囲するラジン軍に引き渡され、磔台に晒し者にされるハマダン王。問題は、その王の安否ですが――と思いきや、意外とハマダン王に関してはあっさりと決着(?)し、今回はなんとジファルの描写がメインとなります。
 ビジャの若き宰相でありながら、王位の簒奪を狙い、蒙古軍と内通して利用せんと企むジファル。その言動は典型的な裏切り小才子という印象でしたが――今回描かれるのは、それとは全く異なる彼の顔なのです。

蒙古軍に完膚なきまでに蹂躙されたバグダードにあった当時世界一の学び舎であり知識の宝庫「知恵の館」――蒙古軍に焼かれ、学者たちも皆殺しの憂き目に遭うことになったそここそは、かつてジファルも学んだ場所。それを知ったジファルは、涙を流して激怒し、蒙古皆殺しを叫ぶではありませんか。
 そしてブブが見せるインド墨家の科学力に素直に尊敬の念を抱き、万が一の時のために自分が写本した学問の書を彼に託し、人類の発展に役立てるよう頼むジファル。もしかしてジファルは実は結構イイやつ、もしくはバグダードを焼かれて目が覚めたのか!? と思いきや、ビジャを簒奪し、蒙古軍を利用して成り上がろうという野心はそのまま……

 今回のサブタイトル「善と悪のジファル」のとおり、大きな二面性を見せたジファル。しかし彼にとってはどちらも自分、二つの顔が矛盾なく尊大しているようですが――典型的などとはとんでもない、複雑なキャラクターを露わにしたジファルもまた、本作の重要人物であることは間違いありません。


『殺っちゃえ!! 宇喜多さん』(重野なおき)
 城を手に入れ浦上宗景の命をこなして信頼を勝ち取った末に、重臣・中山信正の娘と結婚するよう命じられる直家。とりあえずこれで当時の武士としては立派に一人前となり、政略結婚とはいえ妻との間には娘たちも生まれ――と、良いことずくめのようですが、「政略結婚」「娘」と宇喜多的にはズンと重いワードが並びます。

 それはまだ先のこととして、気持ちは通じ合ってはいないものの、それなりに彼のことを理解している妻と、タイプは全く違うもののそれなりに人物であるらしい義父とそつなく付き合ってきた直家ですが、そんなところに宗景からの新たな指令が。それは最近宗景から距離を起き始めた島村盛実の抹殺――直家にとっては仇である盛実を討つ大義名分が出来たと燃える直家ですが、しかし宗景は抹殺対象にもう一人の人物の名を挙げて……

 と、まさに大義親を滅すという状況になってしまった直家。後世のイメージからすれば、喜んでやりかねないような気もしますが、さて……


『カムヤライド』(久正人)
 前回、驚愕の「殖す葬る」対決が描かれた本作。一回で終わりかと思いきや、ノツチの家を急襲した黒盾隊がトラップに翻弄されている間も、まだまだ激闘は続きます。

 ノツチとマリアチ、どちらのチームも戦力になる人間とならない人間がハッキリと分かれる中、モンコを監視に来てマリアチチームの助っ人になった大王の密偵・タケゥチは話術(?)・体術で活躍。もう一人の助っ人にして実は天津神のコヤネは、ぞっこんのモンコに見とれて役に立たずと、もうやりたい放題です(そしてまたキノが例のポーズを)。
 と、本当にどうするんだこれ、という状況ですが、まだまだ試合はエスカレート。手段を選ばないことでは定評のある師匠の能力バトルみたいなトラップ設置から、ついにモンコが、そしてコヤネが……

 いやはや、まだ前回の方がまともに野球(野球言うな)していたというおそろしいことになってしまった今回。しかしそんな中でもタケゥチは目的のものを見つけ、そしてラストにはついに二人が互いの正体を(?)と、次回は死闘待ったなしの状況であります。ここにさらにオウスも加わればどういうことになるのか――本当の戦いはここからです。

 しかしトレホ親方さぁ……


 次号は『雑兵物語 明日はどっちへ』(やまさき拓味)が掲載。『列士満』(松本次郎)、『江戸時代のちいさな話』(笹井さゆり)と新連載もスタートします。


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2022.04.15

坂ノ睦『明治ココノコ』第3巻 突入、黒き楼閣 激突、黒白の狐

 明治の東京を舞台に、元九尾の狐であるビャクと、彼の「尾」たちが物の怪の成れの果てであるニゴリモノと対決する妖怪漫画の第3巻であります。浅草に出現し、次々と怪異を巻き起こす謎の漆黒の楼閣に挑むことになったビャクたち。楼閣に突入したビャクは、そこで己の尾の一本と対峙することに……

 かつて天狐によって封印され、己の八本の尾を奪われた九尾の狐。今は力の多くを失い、ビャクと名乗る少年姿となった彼は、天狐の命で、川路利良配下の特別警察隊として、ニゴリモノと対決することとなります。
 そしてビャクに協力するのは、彼のかつての「尾」たち――いまは一本一本が意思を持ち、それぞれ特技を持った狐の物の怪となった彼らとともに、ビャクは次々と事件を解決していくのでした。

 そんなある日、浅草に出現した漆黒の楼閣。いつの間に建築されたのか誰も知らず、そして誰もそこにあることに違和感を持たないという、明らかに怪しげな建物ですが――その周囲では殺人・自殺・怪死・失踪と、胡乱な事件のオンパレード。
 そしてその背後に物の怪、いやニゴリモノの存在があるとくれば、ビャクも黙ってはいられません(もっとも彼の場合、怒りの理由が少々異なるのですが……)。

 しかし天狐が見せたこの楼閣の正体は、辛うじて帝都に生き残った物の怪を引き寄せ、そしてニゴリモノに変化させてしまうという、恐るべき魔塔。そしてその塔の中心には、尾の一人であるコクがいたのです。
 かくてこの楼閣を叩き潰し、コクを連れ戻すべく、総出で出撃することになったビャクと七人の尾の面々のですが――彼らも物の怪である以上、楼閣の魔力には抗えません。そこで天狐の力を借り、時間制限ありではあるもののパワーアップしたビャクたちは楼閣に足を踏み入れるのですが……


 というわけで、前巻のラストからスタートし、一巻以上をかけて描かれるこの「黒き楼閣」編。楼閣のモデルはまず間違いなく浅草十二階こと凌雲閣かと思いますが(ただし本作は実際に造られる十数年前が舞台)、どこか薄暗いイメージもある凌雲閣を、文字通り魑魅魍魎が蠢く魔塔として描くのはなかなかユニークであります。

 その楼閣での戦いは、これまで限定的な能力に留まっていたビャクと尾たちが、ドーピングとはいえ力の一部を取り戻して、繰り広げるだけあってなかなかの盛り上がり。そしてそのクライマックスに待つのは、謎の黒幕に力を貸し、この楼閣で物の怪をニゴリモノに変えていた尾の一本・コクとビャクとの対決であります。

 これまで、他の尾がまがりなりにもビャクに力を貸していたのに対し、唯一明確に彼に反発し、尾に戻るのであればニゴリモノになる方がマシ、とまで言っていたコク。
 どう考えてもビャクとの対決は避けられない情勢でしたが、ここまで大事になるとは正直予想外でした。

 何はともあれ、そんな二人であるだけに、この対決は一種の思想対決の色彩を帯びることになります。
 物の怪が物の怪であることの誇りを重んじるビャクと、物の怪がニゴリモノになることを一種の進化と考えるコク――この両者の対峙は、(ビャクはこのような表現には怒ると思いますが)明治維新/文明開化というパラダイムシフトを前にした人間たちの精神を、ある意味象徴化したものと感じられます。

 もちろんそれはこれまでも物語の中に存在していた構図ではあります。しかしこれまで登場したニゴリモノがほとんど完全に怪物化していた一方で、コクが自分の意思というものを保っていることで、ようやくこの構図が見えやすくなったと感じます。
 もっとも、相変わらず人間たちには迷惑過ぎる理屈で、ほとんど全く共感できないというのが正直なところなのですが……
(冒頭の浅草グルメのエピソードが、コクへの切り返しに繋がる辺りは巧みなのですが)


 さて、この楼閣での戦いもいよいよ決着か、と思いきや、ラストでは物の怪とも何ともつかぬ黒幕が不気味な姿を見せ、ここからが本題という印象。この黒幕と因縁があるらしいあの人物も参戦し、この「黒き楼閣」編もいよいよクライマックスであります。
(それにしても明治12年という舞台設定がいかにも不穏過ぎる……)

 そしてラストに登場した、日本刀使いで先の戦いでも活躍したという、ちょっとマイペースの警部はやはり……?


『明治ココノコ』第3巻(坂ノ睦 小学館ゲッサン少年サンデーコミックス) Amazon

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2022.04.09

霜月りつ『神様の用心棒 うさぎは桜と夢を見る』 春の訪れとリトルレディの冒険と

 箱館戦争で命を落とし、宇佐伎神社に祀られた神様・ツクヨミの用心棒として甦った青年・兎月の奮闘を描く『神様の用心棒』も、順調に巻を重ねて早くも第四弾であります。この巻では副題にあるとおり、桜にまつわる物語を中心に、時に心温まる、時に恐ろしい全四話が収録されています。

 前巻で描かれた函館の厳しい冬も終わり、その間に厄介になっていたドルイドの血を引く貿易商・パーシバルの屋敷を引き払い、函館山の宇佐伎神社に戻った兎月とツクヨミ。そんなある日、二人はパーシバルから、彼の館に逗留している姪のリズが、夜毎悪夢にうなされていると聞かされます。
 夢の中で日本人の少女になり、蜘蛛の刺青が入った腕に追いかけられているというリズ。しかも夢を見た後には、口から血を垂らした痩せた男の幽霊が現れるというのです。パーシバルと同様、ドルイドの巫の力を持つリズだけにただの夢とも思われず、またリズの女の子を助けて欲しいという願いに、二人は調べを始めることになります。

 やがて、腕に蜘蛛の刺青を入れた凶悪な盗賊・蜘蛛の巣丁次がかつて函館を騒がせた事を知る兎月。しかし既に丁次は捕らえられ、処刑されたというではありませんか。そしてその間もリズの悪夢は続き、やがて夢の中の少女は、桜の木に登って身を隠そうとするのですが……

 そんな第一話「蜘蛛の腕」は、前作で横浜から函館にやってきたリズの存在が中心となるエピソード。好奇心旺盛で賑やかなリズは登場回でも台風の目でしたが、今回も同様に物語を騒がすことになります。
 しかし今回は謎めいた悪夢に加えて、曰く有りげな幽霊に、残虐非道な(しかし死んだはずの)盗賊と、剣呑な内容のオンパレード。元々本シリーズは、どこかほのぼのとした空気の中に、時折真剣に怖いエピソードが混ざるのですが、今回もその流れといえるでしょうか。

 正直なところ、真相は早い段階で気づく方は気付いてしまうと思うのですが、それでも緊迫感に富んだ展開に加え、クライマックスではきっちり泣かせてくる、盛りだくさん一編であります。


 また、第二話「頭の桜」は、いわゆる「頭山」がモチーフとなったエピソード。「頭山」の話を聞かされて、そんな話があるわけないと生真面目に怒るツクヨミですが、そんな彼が町で見かけたのは――という、度肝を抜くような場面が始まりとなる物語です。
 これがまた、私も色々と怪異譚は読んできましたが、これほど奇抜なものは見たことがない――と言いたくなるインパクトながら、しかしその真相がこれまた実にイイ話で、個人的には今回最も印象に残った作品です。

 一方、第三話「花さかずき」は、以前からの約束で一日だけ豊川稲荷の神使になった兎月が、彼女たちの花見を手伝うという幻想的な一編です。深山に春をもたらすために兎月とツクヨミが奮闘する様も可笑しいのですが、やはり本番は花見が始まってから。
 花見に招かれた山の天狗と飲み比べをすることになった兎月ですが、いくら何でも天狗と人間では分が悪いところに――と、ここでこうくるか! というひねりがまた泣かせるエピソードであります。


 そしてラストの「リトル・レディの帰還」は、副題の通り、横浜に帰ることになったリズが、身代金目当ての誘拐事件に巻き込まれる物語であります。
 誘拐犯の足取りを追う兎月ですが、一味を率いるのは、池田屋事件の生き残りと自称する男。一方、リズは誘拐犯のアジトから単身逃げだし、北海道の原野に足を踏み入れるのですが、そこでは死者の念が凝った多数の怪ノモノが徘徊していて……

 と、一難去ってまた一難を地で行くような、先が読めない展開が続くこのエピソード。ちょっと色々と盛り込みすぎのような気もしますが、リズとの別れを控えたツクヨミの複雑な心境あり、意外な助っ人ありと、ラストに相応しく賑やかで、そして爽やかな物語であることは間違いありません。


 本の帯によれば、コミカライズ企画も進行中という本シリーズ。なるほどコミカライズにもぴったりな題材であることは間違いありません。
 そして新たなレギュラーも加わり、そこにちょっと気になる要素も出てきたりして、もちろんシリーズ本編のこれからも楽しみにしているところです。


 にしてもあの人は、甘やかしというより、もはや母親のようになっているような……(まさに慈母の如し)


『神様の用心棒 うさぎは桜と夢を見る』(霜月りつ マイナビ出版ファン文庫) Amazon

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2022.04.02

ししゃも歳三&今川美玖『泣きうた』 歌を切り口に描く幕末群像

 幕末の激動の中に生き、そして死んだ者たちが、辞世をはじめとして、様々な折に詠んだ歌――その歌を切り口に彼/彼女たちの生き様を描く、ユニークなショートコミック集であります。

 2013年・2014年に『幕末 侍たちの三十一文字』『幕末 悲運の戊辰 敗軍編』のサブタイトルで全二巻刊行されたこの『泣きうた』。
 泣きうたとは聞き慣れないワードですが、第二弾の巻頭言を引用すれば「激動の幕末期だからこそ詠まれた泣ける歌を、史実を元にしたオリジナルストーリーで漫画化したもの」とのことです。

 そんな本シリーズは、各十六ページの短編コミックと、題材となった歌とその背景の解説ページで構成されています。

 第一弾『幕末 侍たちの三十一文字』は
「沖田総司」「高杉晋作」「中野竹子」「土方歳三」「伊庭八郎」「久坂玄瑞」「藤堂平助」「土方歳三 恋のうた」の全八篇で構成。顔ぶれ的に圧倒的に幕府側が多いですが、題材となっているのがどうしても辞世の句が多いことを思えば、それもやむなしと言うべきでしょうか。

 ちなみにラストに収録された土方の二話目はタイトルからして「?」となりますが、これが土方の歌としてしばしばネタにされるアレがモチーフ。しかし内容の方は、土方の許嫁として名前が残っているお琴を描くエピソードとなっていて、題材選びの濃さも印象に残ります。

 そして題材という点でいえば、さらに突っ込んだ印象が外れた感があるのが、第二弾の『幕末 悲運の戊辰 敗軍編』。
 「松平容保」「津川喜代美/飯沼貞吉」「山本八重」「西郷細布子」「山川大蔵」「佐川官兵衛」「土方歳三」「佐藤彦五郎」と――戊辰というより(ラスト二人以外は)会津に絞ったチョイスであります。

 恥ずかしながら、津川喜代美や西郷細布子まで来ると、名前だけでは誰のことかわからなかったのですが――津川喜代美は飯盛山で切腹した白虎士中二番隊士の一人、西郷細布子は西郷頼母の長女(敵か味方か尋ねた人、といえばわかるでしょうか)。
 この顔ぶれだけでも、本書の気合の入り方がわかるような気がします。
(その一方で、三回目の登場となった土方の題材が、山南について詠んだと思われる歌なのは、ちょっとカラーから外れている印象なのですが、これはこれで面白いと思います)


 内容的には、上で述べたとおり一人あたりのページ数が少ないこともあり、比較的シンプルなものとならざるを得ないのは確かなのですが――歌という背骨があるために、物足りなさはほとんど感じられませんでした。
 もっとも、その歌という要素も痛し痒しで、おまけページに描かれているように、斎藤一のように、歌がなかったので描けなかった人物がいたのは勿体なく感じられます。といってもこれはもちろん、本書のコンセプトからすれば仕方のないところでしょう。

 そして、様々なエピソードが収録されている中でも、個人的には上に挙げた土方の恋のうたと、意外と知られていない印象のある(真贋もちょっと不明ではある)沖田総司の辞世の句が印象に残ったところですが――もう一つ、忘れがたいのは、掉尾を飾る佐藤彦五郎のエピソードであります。

 日野の名主で土方の姉と結婚し、近藤とは義兄弟の契を交わした佐藤ですが、甲陽鎮撫隊への参加等の例外を除けば、基本的に戦地に赴くことはなく、もちろん戦死もしていません。
 そんな佐藤がここに登場するのは、近藤と土方それぞれへの追悼の歌を詠んでいるからですが――二人への哀惜の念と同時に、激動の時代を傍観せざるを得ず、二人に託してきた夢の終わりを痛感する佐藤の姿が、本シリーズを読んできた自分に重なって感じられるのです。


 冒頭で触れたとおり、十年近く前に刊行されたものではありますが、もしできることなら、同じコンセプトでさらなる物語を読んでみたい――そう感じさせられるシリーズでありました。


『泣きうた 幕末 侍たちの三十一文字』(ししゃも歳三&今川美玖 KADOKAWA) Amazon

『泣きうた 幕末 悲運の戊辰 敗軍編』(ししゃも歳三&今川美玖 KADOKAWA) Amazon

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2022.03.30

瀬川貴次『ばけもの好む中将 十一 秋草尽くし』 二人の絆の危機、老女たちの危機!?

 怪異を愛するあまりばけもの好む中将と呼ばれる左近衛中将・宣能と、彼に毎回付き合わされる十二人の姉がいる右兵衛佐・宗孝の姿を描く本シリーズも、いよいよ佳境に入った感があります。これまで強い絆で結ばれていた(?)二人の間に入った小さなヒビ。さらに思わぬ大事件が発生して……

 「秋草尽くし」とあるとおり、竜胆・桔梗・撫子・女郎花・藤袴・萩・尾花と、葛が竜胆に替わっているほかは秋の七草を副題とした七章から構成されている本作。
 前作は平安初の眼鏡っ子爆誕など愉快な部分もありましたが、今回はかなりの部分でシリアスな物語が展開していくことになります。

 思わぬことから多情丸の告発状を手にしてしまったことをきっかけに、多情丸が宣能にとって仇であり、今も復讐の機会を狙っていると知ってしまった宗孝。
 いつもの怪異巡りの際に、意を決して危険なことは止めるよう訴える宗孝ですが、宣能の決意は固く、二人の間にはぎくしゃくした空気が流れることになります。

 そこでこういう時に頼りになりそうな姉・十郎太に会うため、皇太后に仕える彼女に渡りをつけようと、彼女の部下で元盗賊の双子・朝顔と夕顔と文をやりとりする宗孝ですが――おかげで彼が双子を両天秤にかけているなどと、あらぬ噂が立つこと。
 しかも間が悪いことに、彼女たちへの文が初草の手に渡ってしまったではありませんか。

 しかし本当に困った事態はこれから。以前、初草と東宮と真白の三角関係がきっかけで、稲荷社の暴走老女集団・専女衆が弘徽殿の女御を死霊のふりをして脅かしたことが、当の女御にバレてしまったのであります。
 当然激怒した女御が専女衆へ報復するように右大臣にねじ込み、専女衆に危機が迫る中、宗孝と宣能の絆にも危機が……


 ここのところ、物語の縦糸として展開してきた、宣能と多情丸の因縁。京の暗黒街を支配する男であると同時に、宣能の父である右大臣と結んで後ろ暗い仕事を一手に引き受けてきた多情丸は、悪人というものがほとんど登場しない本シリーズにおいて、唯一、完全な邪悪というべき存在であります。

 そしてかつて自分を庇った乳母を殺した仇であると同時に、自分が最も嫌悪する父の負の部分の象徴というべき多情丸は、宣能にとって、二重の意味で憎んでも余りある相手。しかし宗孝にとって、前者の感情は理解できても、後者は無理(というよりも知らない)というものであります。
 それが今回表面化した二人のすれ違いの原因であり、そして今のところ二人が真に理解し得ない理由といってよいのではないでしょうか。

 もちろんそれは、二人が互いを信頼してないということでは決してありません。それどころか、宣能にとって宗孝は、自分にとってかけがえのない宝でありある意味良心というべき存在――初草を託すに足る相手なのですから。
 しかしそれは同時に、極めて危うい感情とも感じられます。初草を宗孝に託すことができれば、自分は安心して闇落ちできる――宣能はそう考えているのではないか、と。

 そしてそれは宗孝を重んじ、慮っているようでいて、実は彼を完全に信頼していない――さらにキツいことを言ってしまえば、宗孝を自分の良心代わりという名の道具にしているともいえるのではないか、とも感じられます。
 宣能が宗孝に自分の胸中を完全に明かすことができた時――その時こそが、二人が互いを完全に理解したことになるのでしょう。そして宗孝が宣能の複雑な胸中を受け止めることができないはずはないと、これまで二人の姿を見てきた読者であれば、自信を持っていえるはずです。


 しかし、二人にはもはやあまり時間はないように感じられます。クライマックスで宣能が取った行動は、もちろんやむを得ないものであるとはいえ、父親のやり方とあまり変わらないといえるでしょう。そして今回様々な知識を得てしまった多情丸の矛先がどこに向かうか――それを考えただけでゾッとするものがあります。

 夜明け前が最も暗いと申しますが、今がその時であってほしい――心よりそう感じる展開です。


『ばけもの好む中将 十一 秋草尽くし』(瀬川貴次 集英社文庫) Amazon

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