2022.06.21

高橋留美子『MAO』第13巻 彼女の死の謎 彼女の復讐の理由

 御降家の後継者を巡る九百年前からの暗闘と、大正時代に御降家を復興しようとする白眉たちとの戦いと――先の見えない二つの戦いが続く『MAO』。この巻ではその始まりの一端というべき、紗那の死を巡る真実が描かれます。そして表紙を飾る白眉の配下・芽生の過去も……

 御降家の呪い(とは別の理由で?)平安時代から生き続ける夏野が、何者かの命で集める体のパーツ。その最後の一つである右腕を、何と猫鬼が現代で、あの菜花の運命を変えた事故現場で発見、御降家の五色堂の地下に眠っていた謎の男のもとに持っていく――という、不可解かつ衝撃的な場面で終わった前巻。
 ここで体の全てが揃い復活した謎の男は、しかし精神は復活していないのか、人事不省のまま歩み去り、一旦物語から姿を消すことになります。

 それに変わって描かれるのは、摩緒たちの師匠――御降家の当主の娘・紗那の死の真実。これまで摩緒に濡れ衣が着せられていたその前後の事情が、ようやくここで整理されることとなります。
 そのきっかけとなったのは、紗那を殺したのが誰か知りたくないかという百火への夏野の言葉。彼女に託された火の呪具・睨み火で陸軍兵舎を狙い(これはこれでいい度胸)、白眉をおびき出さんとする百火の策は当たり、夏野・百火・摩緒・菜花の前に白眉が現れます。

 そもそも、摩緒が紗那を殺したと言い出したのは白眉。しかし実際には摩緒は殺していないわけで、だとすれば白眉が嘘をついていることは間違いありません。そして夏野は、邪気が紗那を殺したと語るのですが、邪気を操るといえば……
 そう、幽羅子であります。かつて幽閉されていた屋敷を抜け出した時に摩緒と出会い、それ以来彼を慕っていた幽羅子。だとすれば、彼女が嫉妬心から摩緒と結ばれる紗那を殺しても不思議ではありません。そして白眉もそれを認めるのですが……

 しかし本当にそれが真実なのか、わからないのが本作の恐ろしいところ。現在のところ確かなのは、白眉が幽羅子に――ありのままの彼女に惹かれているということだけのように思われます。それも、怒らせて平手打ち食らってニヤニヤするような、ちょっとまずい感じの形で……

 そしてさらに百火の口から語られるのは、実はその晩に宝物殿を焼いたのは、紗那の頼みで動いた百火であったこと、そしてそこで殺されていた師匠の手の中から、青い光の玉が飛び去ったという事実。
 はたして師匠は誰が殺したのか、そして青い光の玉とは――一つ謎が解けたと思えば二つ謎が増える。まだまだ本作の闇は深そうです。


 さて、この巻の後半では、芽生を巡る物語が描かれることになります。不知火の館の延命の庭を守る芽生は、一見常に笑みを絶やさない物柔らかな美少女ですが――しかし庭の中に掘られた穴に人間たちを落として争わせ、その怨念を集めるという人間の蠱毒というおぞましい呪法を行っているのですから、常人であるはずもありません。

 それではそんな彼女が呪術に手を染めた理由は――不自然な旱魃が起きた村に現れて雨乞いをするという少年・流石の登場がきっかけで、彼女の過去が語られることになります。
 その村に乗っ取り屋(いわゆる地上げ屋)が現れたと知った芽生と蓮次、そして呪術の存在を感じ取った摩緒と菜花――それぞれ村に向かった両者を待っていたのは、かつて芽生を襲った悲劇の張本人であり、そして芽生が人間の蠱毒を行う理由だったのです。

 ここで語られる過去を見れば、彼女の行為には一定の正当性があるといえるでしょう。しかしそれは、蓮次が復讐から始まり金目当ての暗殺者と化したように、当初の目的を超えて際限なく暴走し、人として引き返せないところまで行きかねないものであります。
 それを助けるのが、いや導くのが御降家の呪具、呪術だとすれば――やはり御降家は存在してはならないもの、終わらせなければいけないものなのでしょう。そしてそれは、前半で語られた紗那の行動の理由と重なるものでもあるのです。


 さて、この巻のラストでは、廃屋の祟りを祓うことになった摩緒たちですが、その源である古井戸から現れたのは――はたしてこの存在が物語の本筋と絡むのか否か、相変わらず物語の先は読めません。


『MAO』第13巻(高橋留美子 小学館少年サンデーコミックス) Amazon

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2022.06.14

「コミック乱ツインズ」2022年7月号

 号数では今年も折り返しに入った「コミック乱ツインズ7月号」は、『そば屋幻庵』が巻頭カラー、新連載の『不便ですてきな江戸の町』が巻中カラー。その他、新連載で『そぞろ源内 大江戸さぐり控え帳』のほか、『軍鶏侍』が掲載されています。今回も印象に残った作品を一つずつ紹介します。

『そば屋 幻庵』(かどたひろし&梶研吾)
 相変わらすびっくりするくらい美しい藤丸姐さんが表紙を飾っていますが(本編には未登場)、今回のヒロインは牧野家の女中のおみつ。買い物帰りに白玉(これがまた本当に美味しそう)に惹かれていたところを玄太郎に見つかり、一緒に辻占煎餅を食べるおみつですが、二日以内に五回転ぶと牧野家にも大災厄が及ぶという占いが……

 思わぬことで窮地に陥ったおみつと牧野家を救うために、玄太郎が幻庵として作った蕎麦は――これがまた猛烈に旨そうなのですが、何よりも印象に残るのは、御家の危機とはいえ、おみつを親身に気遣う玄太郎と牧野家の人々。『勘定吟味役異聞』でイヤな上司を見ているだけに(?)、実に暖かく感じます。


『そぞろ源内 大江戸さぐり控え帳』(叶精作&天沢彰)
 今回からスタートの本作は、タイトルから察せられるように平賀源内を主人公とした探偵もの。まだ高松藩士だった頃、江戸留学中の源内が、その本草学の知識と頭脳の冴えで様々な事件に挑む物語となるようです。
 第一回のサブタイトルは「血を吸う女」――知り合いの同心・浅間和之助から、立て続けに三人見つかった全身から体の血を抜かれた死体の謎解きを依頼された源内が、妖しげな美女に接近することになります。

 初回ながら次々とレギュラーらしきキャラが登場、それが全員顔見知りなのでこれまでにシリーズ連載されていたのかと思ってしまったりしましたが、この時期の源内を主人公とするのはなかなか面白い。
 また面白いといえば、優等生的なイメージのある杉田玄白が、「人を刻んだ後は甘い物がうまい!!」とかいいだす変態監察医系キャラなのも実にユニークであります。


『ビジャの女王』(森秀樹)
 王の死によって、後継者を決めるべく開かれたビジャロマ会議。継承権を持つも明らかにクズのヤヴェ王子と、持たないオッド姫とどちらを後継者とするか、会議は紛糾を続けます。ここでヤヴェを推すジファルの策によってあっさりと民衆はヤヴェに靡き、勝負あったかに見えたのですが……
 以前描かれたジファルの弱点というか良心を意外な人物が動かし、意外な展開に繋がっていくと思いきや、さらにラストにどんでん返しが待ち受ける今回。おそらくラストに登場したのは、前回もチラリと登場したあのキャラだと思いますが、さて事態はどう転ぶことでしょうか。


『かきすて!』(艶々)
 娘三人の江戸への旅から、旅芸人かと思いきや実は隠密だったおナツ一人の江戸からの旅と、意外な方向に物語が展開した本作。第二シリーズの初回というべき今回は、東海道を西に進むおナツが、途中の宿場で特産品を作る父娘と関わり合うことになります。
 その特産品というのが、わかる人には一発でわかるアレで、ナツがある意味大変な目に遭うのが気の毒というか実に可笑しいのですが――おナツ一人になることで、物語の展開も身軽になったのは良かったと思います。


『仕掛人めし噺 藤枝梅安歳食記』(武村勇治&池波正太郎(原案))
 深川と神田明神下を舞台とする今回、梅安たちは全く登場せず、主人公を務めるのはまさかの音羽の半右衛門とおくら。ある意味非常にスピンオフらしい展開ですが、すっぽんと鰻、登場する料理はこれまで以上に旨そうに見えます。
 が、最も印象的なのはそのオチ。こうくる!? と驚かされつつ、何だか可愛らしく見えてしまった時点で、本作の勝ちでしょう。


『列士満』(松本次郎)
 初陣で水戸天狗党討伐に投入されるも、いきなり夜襲を受けて壊滅寸前となった幕府の陸軍歩兵隊。その中で、仲間を逃して一人奮戦するスエキチですが、敵の隊長に大苦戦することに――という今回、スエキチと天狗党の、緊迫感があるんだかのんびりしているんだかわからない妙な空気感の戦いは、この作者ならではというべきでしょう。
 しかしクライマックス、夜の山で繰り広げられる一騎打ち(その理由がまたスゴい)の不穏な迫力はさすがの一言。結末の苦さ虚しさも印象に残ります。


 次号は『暁の犬』『カムヤライド』『勘定吟味役異聞』が連載再開であります。


「コミック乱ツインズ」2022年7月号(リイド社) Amazon

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2022.06.07

千葉ともこ『震雷の人』文庫版の解説を担当いたしました

 SNSでは少し前から告知しておりましたが、本日発売の『震雷の人』(千葉ともこ 文春文庫)の解説を担当いたしました。2020年、第27回松本清張賞受賞作であり、中国唐代の安史の乱を背景に、この大乱に巻き込まれた兄妹の数奇な運命を描いた歴史ロマンであります。

 中国河北・平原郡の軍大隊長の張永、その親友で平原郡太守・顔真卿の甥・顔季明、そして張永の妹で季明の許嫁の采春――それぞれに明るい未来を夢見る三人の運命は、安禄山の蜂起により、大きく狂うことになります。
 常山太守の父を支えて奔走する季明。しかし彼は籠城戦の末に敗れて捕らえられた末、賊に下るのを拒み、その命を散らすことになったのです。

 武術自慢の采春はこの悲報を受けて単身出奔し、燕王を名乗る安禄山を討つために洛陽に潜入。一方、張永は故郷を守るために軍に残り、燕軍と戦いを繰り広げることとなります。
 全く異なる道を歩むことになった兄妹の運命は、やがて思わぬ形で交錯することに……


 という本作は、冒頭に述べたとおり2020年に単行本が刊行された作品。私は題材や物語展開はもちろんのこと、作中で描かれた、理不尽な権力・暴力・圧力に「武」ではなく「文」で抗う人々の姿に惚れ込み、個人的にその年の歴史・時代小説のベストに挙げさせていただいた作品であります。
 その『震雷の人』が文庫化されるに当たり、解説を担当することが出来たのはもう本当に望外の喜びだったのですが――ゲラを手にして大いに驚かされることになりました。

 冒頭から知らないエピソードが描かれている!

 そう、この文庫版は、単行本の内容に大幅な加筆修正が行われています。冒頭と結末の他、物語の途中でも新たなエピソードを加え、それだけでなく随所で台詞や描写の修正が行われているのであります。
(冒頭については、こちらで一部読めますのでご覧下さい)

 文庫化など版が改まった際に加筆修正が行われると大喜び侍としては、たまらない趣向だったのですが――しかし今回行われている加筆修正は、単純なボリュームアップではなく、より物語の主題を明確化し、掘り下げるためのものであります。
 文庫解説では、その辺りに触れさせていただきましたが、基本的に体温が高めの文章になったのは、我が意を得たりというのはあまりにも僭越ですが、加筆修正を経た作品の内容が、今の自分の心に直撃したから、というほかありません。

 文庫版を手に取った方の心にも、直撃することを願っております。


 何はともあれ、今まで本作に触れたことがなかった方はもちろんのこと、単行本をご覧になった方も、ぜひ改めてこの文庫版をご覧いただきたい――『震雷の人』という物語はこういう物語だったのか! と新たな感動があることは請け合います。


 ちなみに蛇足ながら一つだけ言い訳いたしますと、今回の解説では、姉妹作である『戴天』に全く言及しておりません。実は締切の関係で、解説を書いている段階で『戴天』に触れることが出来なかったという理由なのですが……
 もっとも、今回の解説はこれ以上足し引きできない文章だと思っているので、それはそれで頭を抱えたと思います。


『震雷の人』(千葉ともこ 文春文庫) Amazon

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千葉ともこ『戴天』(その一) 舞台は唐、最高権力者に挑む三人の男女
千葉ともこ『戴天』(その二) 権力と人の関係性が生む恐怖 それでも叫ぶ人々

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2022.06.01

千葉ともこ『戴天』(その二) 権力と人の関係性が生む恐怖 それでも叫ぶ人々

 松本清張賞を受賞のデビュー作『震雷の人』に続く、千葉ともこの第二作の紹介の後編であります。唐の玄宗皇帝の時代を舞台に、絶対的な権力者に挑む者たちの戦いを描く波瀾万丈の物語である本作。しかし描かれるのは、彼らの姿だけではないのです。

 本作は同時に、作中における最強・最凶の敵である辺令誠の内面をも克明に描き出します。本作の中盤で描かれる辺令誠の過去――彼もまた、かつて権力に虐げられ、大切なものを奪われたことを示す、あまりに無惨なその内容は、実は彼もまた彼なりのやり方で、この世に、この世の上にあるものに抗う者であったことを、浮かび上がらせるのです。

 その意味では、その抜きん出た存在感も含めて、辺令誠も本作の主人公の一人に相応しい人物というべきかもしれません。しかしあくまでも、彼は崔子龍や真智たちとは対極に位置する者として――先に述べたように、権力を他者に対して振るい、支配することを躊躇わない怪物として存在し続けます。

 実に本作は辺令誠の存在を通じて、ほぼ全編に渡り、権力が人に及ぼす影響を――権力が人からその自由意思を奪っていく様を描き出します。権力が人を従える、動かす――言葉にすれば簡単ですが、その作用が、突き詰めれば人の精神を破壊していく過程であることを、本作は克明に語るのです。
 もちろん、作中で描かれたそれは極端な――ある種、独裁国家の収容所で行われていたという手法を彷彿とさせる――ものであるかもしれません。しかしそれが程度の差こそあれ、我々の暮らす社会でもごく普通に存在していることに気付いた時――そしてそれ以上に、自分が同様の立場に置かれれば、まず抗うことはできないだろうと気付いた時、大きな恐怖が生まれることになります。

 そう、本作は胸躍る歴史ロマンであると同時に、いつの世にも存在する権力と人の関係性を、そしてそこから我々読者も自由ではないことを描き出す、極めて恐ろしい物語でもあるのです。


 しかし、本作で描かれるのは、権力の前に己の意思をすり潰され、ひれ伏す人の姿だけではありません。どれほど権力が強大に見えても、己が無力に見えても、人は権力に屈しない道を選べるのだと、声なき叫びを上げる人々を――たとえ己一人では無理であったとしても、同じ志を持つ人々がそれぞれに小さな勇気を振り絞った時、必ず道は開けるのだと信じる人々を、本作は同時に描くのです。

 本作のタイトルである「戴天」は、物語の冒頭で高仙芝が崔子龍に語る「英雄とは、戴いた天に臆せず胸を張って生きる者だ」という言葉から取られたものでしょう。
 そしてまた、この天こそは、人の上に立つものの象徴でもあります。それは本作で描かれた権力や権力者だけでなく、それ以上に人の身では抗いがたい宿命、まさしく「天然」すら含む――そんな意味を持つのです。
(そして、だからこそ辺令誠は「英雄」を憎むのだと理解できます)

 しかしそれでも、人は人として、自立した一個人として己の意思を持ち、生きることが
できます。そしてそれは決して、いかにも英雄に相応しい高仙芝のみに当てはまるものではありません。
 苦闘の中で心身に幾多の傷を負いながらも屈しない崔子龍、養父の遺志に触れる中で人の真の尊さに気付いた真智、そして己の体を擲ってまでも人が人として生きることを示した夏蝶――彼ら一人一人が英雄なのです。
(そしてそんな真智の言葉と照らし合わせれば、辺令誠の過去の最も痛ましい部分こそが、辺令誠という人間の在り方を、彼がその道を歩む理由を示す、一つの象徴と感じられます)

 そしてそれは、物語の登場人物のみのことではありません。我々一人一人もそうである、そうであろうとすることが出来ると、本作は正面から謳い上げるのです


 波乱に満ちた歴史活劇の中で、権力と人の関係性の恐ろしさを描くと同時に、その恐ろしさにも負けない人の強さと、あるべき人の姿を描いたこの『戴天』という物語。
 『震雷の人』と重なりつつも、そちらで描かれなかったものをさらに掘り下げた印象もある、まさに姉妹編というべき作品であり――そして同様に、今を生きる我々に、勇気と希望を与えてくれる作品であります。


(にしてもアイツ、あれでも丸くなってたんだなあ……)


『戴天』(千葉ともこ 文藝春秋) Amazon

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2022.05.31

千葉ともこ『戴天』(その一) 舞台は唐、最高権力者に挑む三人の男女

 唐の玄宗皇帝の時代、安史の乱を背景に、国を牛耳る宦官に復讐心を燃やす男、その幼馴染で楊貴妃の婢となった娘、義父の遺志を継いで奸臣を告発せんとする少年僧の三人を中心に描かれる歴史ロマン――松本清張賞を受賞し、来月文庫版も発売される『震雷の人』とも世界観を共有する雄編であります。

 親友に罪を着せられた末に男の部分を欠損し、失意のうちに愛する幼馴染・杜夏娘を振り切って従軍した名家の嫡男・崔子龍。宦官中心に構成された監軍(辺境の軍を監察する機関)の一隊を率いることとなった彼は、怛羅斯の戦に参加し、そこで英雄の呼び名に相応しい高仙芝将軍と出会うことになります。
 しかし唐軍は裏切りによって壊走、必死の退却戦を繰り広げる崔子龍は、この敗北の背後に、高仙芝を敵視する監軍使・辺令誠の動きがあったことを知るのでした。それを知らせた友軍の宦官を無惨に殺され、怒りに燃えて辺令誠を襲撃する崔子龍。しかし企ては失敗し、部下とともに逃走することに……

 それから四年後、幼い頃から非凡な頭の冴えを誇り、天童の異名を取る少年僧・真智は、ある事件を切っ掛けに、華清宮に滞在する玄宗皇帝のために驪山で行われる奴婢たちの競争に参加することになります。上位に入れば皇帝と対面できるというこの競争――実は亡き養父が集めていた宰相・楊国忠の不正の証拠を持つ真智は、この競争で入賞し、皇帝に直訴せんとしていたのであります。

 そして競争に参加し、山育ちの俊足で快調に順位を伸ばす真智ですが、その前に現れたのは参加者の一人である楊貴妃の婢・夏蝶。奴婢らしからぬ物腰と足の速さを持つ彼女と競争するうちに、真智はこの競争の裏にある事情を悟ることになります。
 それでも上位に入り、皇帝に直訴するも、思わぬ事態の発生に逆に捕らえられかけた真智。そんな彼に助け船を出したのは夏蝶でした。さらにその混乱の中、皇帝の下に齎された安禄山の挙兵の報。その報は、地下に潜り、幾多の犠牲を出しつつも辺令誠を狙い続ける崔子龍の運命をも変えることに……


 冒頭に触れたように、本作は、『震雷の人』と同様に安史の乱前後を背景とした物語であります。。唐という国の最盛期から一転、皇帝が都を捨てるという事態にまで至ったこの未曾有の戦乱の中で、絶対的権力者の非道に挑む名もない人々の姿を本作は描くのです。
 『震雷の人』に共通するキャラクターも幾人か登場し、まさしく姉妹篇と呼ぶべき本作ですが、しかしその構造は、むしろ対照的なものと感じられます。

 都から離れた河北から始まり、そこに生まれた兄妹の視点から描かれた『震雷の人』が、いわば辺縁から唐という国の姿と安史の乱を描いたとすれば、本作は(冒頭こそさらに辺境の怛羅斯から始まるものの)中央から描かれた物語――長安という都、唐という国を動かす人々の姿を、内側から描いた物語と言うことができるでしょう。
 前作では間接的に言及されるのみであった玄宗皇帝や楊貴妃、楊国忠が、本作では主人公たちの前に現れる――特に楊貴妃の厭なキャラクターは印象に残ります――のはその現れと感じます。

 しかしそうした性質を最も良く示すのは、本作における主人公たちの「敵」である辺令誠その人でしょう。「唐書」などにその名が記された実在の人物である辺令誠は、玄宗に重用された宦官であり、史実でも幾度も高仙芝の監軍を務めた、因縁の人物であります。
 史実では高仙芝絡みで顔を出すことがほとんど(後は安史の乱での行動でしょう)である一方で、本作では楊国忠を陰で操り、皇帝すらも操る、まさしく権力の中枢として、辺令誠は存在しているのです。

 他人を意のままに支配し、それに逆らう者は如何なる手を用いても潰し、排除する辺令誠。そんな辺令誠が執拗に敵視する「英雄」高仙芝が率いる戦において、数多くの戦友たちが命を落とすこととなった崔子龍はもちろんのこと、楊国忠を糾弾しようとする真智、そして楊貴妃の下で生きる夏蝶――本作の主人公たちにとって、辺令誠は、彼らが挑む唐という国、そしてもっと根源的にその権力の象徴であるといえます。

 しかし最高権力者に挑むということが、どれだけ困難なことであるかは言うまでもありません。元軍人として戦う力を持つ崔子龍ですら、幾度も妨害に遭い、さらには裏切り者に苦しめられることになるのですから、物理的な力に乏しい真智や夏蝶が真っ向から抗うことができるはずもありません。
 前作が比較的ストレートな構成であったとすれば、本作はそんな状況の中で、どこに落着するかわからない物語――しかし巧みに、淀みなくストーリーは展開し、一度読み始めたら目が離せない物語なのです。


 しかし――長くなりますので、次回に続きます。


『戴天』(千葉ともこ 文藝春秋) Amazon

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2022.05.26

田中啓文『元禄八犬伝 五 討ち入り奇想天外』 大決戦、左母二郎vs忠臣蔵!

 さもしい浪人、網乾左母二郎と小悪党たちが、八犬士とともに巨悪を粉砕する痛快時代伝奇活劇もいよいよ最終巻であります。徳川光圀が怨霊に加えて茶々が怨霊まで復活し、風雲急を告げる大坂の運命。一方、吉良家討ち入りを企てる赤穂浪士たちの中にも不審な動きが――八犬伝+忠臣蔵の行方や如何に!?

 伏姫を探す丶大法師の依頼で大坂城内に忍び込んだものの、そこでうっかり茶々の怨霊の封印を解いてしまったかもめの並四郎。秀頼を探す茶々の魔力で、大坂の若者たちが次々と倒れていく一方で、幕府転覆を目論む光圀に操られた水戸徳川家は帝に倒幕の密勅を出すことを要求、西国大名にまで働きかけた一大倒幕計画を企むのでした。

 そしてその計画をより確実なものとするため、綱吉がかねてより探してきた隠し子である伏姫を捕らえようとする水戸側と、それを利用して彼らを罠にかけようとする幕府側。
 さらにそこに思わぬ形で、赤穂浪士の一人である矢頭右衛門七が、そして左母二郎や並四郎も巻き込まれることになって……

 そんな本作の第一話「調伏大怨霊」で繰り広げられるのは、幕府・光圀が怨霊と水戸家・茶々が怨霊・赤穂浪士・吉良家・丶大法師と八犬士たちという、実にまあ様々な勢力が入り乱れての大決戦であります。

 しかしそんな争いなど、本来であれば左母二郎たちには無関係のはず。しかしこれまで伏姫探しに巻き込まれた中で、何度も光圀の陰謀を叩き潰してきたこともあってか、左母二郎はまたもや一肌脱ぐ羽目になります。
 はたして大坂と小悪党の運命や如何に――いやはや、第一話の時点で大変な盛り上がりですが、しかし本作はそれだけでは終わりません。続く第二話「仇討ち奇想天外」では、そのサブタイトルの通り、さらに奇想天外なクライマックスが待っているのですから。


 赤穂浪士の討ち入りに向けて人々の期待が高まる中、なおも慎重を期す大石内蔵助と、その態度が歯がゆいと一刻も早い討ち入りを求める堀部安兵衛ら急進派。
 右衛門七はその両者の間に挟まれる形になってしまうのですが、左母二郎にとっては、主君の仇討ちのために若い右衛門七が命を捨てるなどというのはバカバカしいこととしか思えません。

 しかも世間で持て囃される堀部安兵衛は、剣の腕こそ左母二郎と互角以上ながら、酒乱で傲岸不遜、忠義のためというより単に仇討ちがしたいだけ――というとんでもない奴。そんなこともあって、左母二郎のイライラは募るばかりであります。
 一方、いつ討ち入りがあるかもわからないなかで、ある事実を知ったことから、上野介の求めに答え、吉良邸に御成する綱吉。赤穂浪士方と吉良方、双方に不審な動きが見える中、運命の十二月十四日、全ての登場人物たちが吉良邸に集うことに……

 そんなわけで、クライマックスの後にまたもやクライマックスという贅沢すぎる構成の本作ですが、その盛り上がりが最高潮に達するのが、浪士討ち入りであることは言うまでもありません。
 しかしこれまでの舞台は大坂でしたが、討ち入りが行われるのはもちろん江戸。それより何より、忠義が大嫌いな左母二郎が、浪士討ち入りに関わるはずもありません。そして姫探索が任務の八犬士たちもであります。

 それが一体――と思いきや、こうくるか! という展開にはただただ仰天するしかありませんが、実はそこにあるのは、忠臣蔵という日本有数の物語を、別の視点から捉え直してみようとする試みであるとも感じられるのであります。

 ――物語として見れば波乱万丈、多士済済で実に面白い忠臣蔵ですが、しかしその基調を忠義に置く内容は、現代の我々からすれば、どこかお行儀が良く、居心地が悪くも感じられます。それを本シリーズは、そんな忠義とは正反対の立場にある小悪党の視点を以て描くことで一度相対化し、そして物語そのものの面白さを問い直しているのでは、と感じられます。

 そしてその視点は、同時にやはり日本有数の物語でありながら、その基調を仁義礼智信忠孝悌という徳目に置く――そして何よりも左母二郎のホームグラウンド(?)である――八犬伝にも向けられていることは言うまでもない、のですが……


 その二つの物語が出会い、交錯した果てに何が待つのか――その想像を絶する結末は、いやはやここまでやるか、いやここまでやってこそ! というべきか……
 忠臣蔵という物語と見事に対決してみせたさもしい浪人、網乾左母二郎。それでは彼と八犬伝という物語との対決の行方は――ぜひご自分で確認していただければと思います。


『元禄八犬伝 五 討ち入り奇想天外』(田中啓文 集英社文庫) Amazon

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2022.05.17

「コミック乱ツインズ」2022年6月号(その一)

 号数の上ではもう今年も半分になった「コミック乱ツインズ」6月号は、表紙『侠客』、巻頭カラーが『ビジャの女王』。新連載が『列士満』と『江戸時代のちいさな話』、シリーズ連載・読み切りで『風雲ピヨもっこす』『雑兵物語 明日はどっちへ』『玉転師』が掲載と、フレッシュな誌面です。今回も印象に残った作品を一つずつ取り上げましょう。

『ビジャの女王』(森秀樹)
 新展開突入といった印象の今回、これまで幾度か言及されてきたオッド王女の兄・ヤヴェ王子が登場するのですが――そもそもこの王子、この非常事態に今までどこにいたかといえば初めからビジャにいたのですが、これまであまりの不行跡で廃嫡同然に幽閉されていたという状態。貧弱なのに凶暴というどうしようもない人物ですが、そのビジュアルも目つきの悪いうらなりという感じで、これだけ魅力のない人物も珍しいほどであります。

 それでも王亡き後の継承権を持つ王子、しかしこの非常事態に――というわけで重臣たちも頭を抱えますが、ここでジファルの提案で円卓会議が開催されることになります。参加者の大多数によって決定というこの時代には民主的にも見えるシステムですが、ジファルが甘言を弄して重臣たちの間には動揺が広がり、そしてヤヴェ自身もラジンと結んでやろうというどうしようもない状態に……
 しかしそのラジンの側にも身内の敵が――と、この先、再び嵐の予感であります。


『仕掛人めし噺 藤枝梅安歳食記』(武村勇治&池波正太郎(原案))
 本編の合間を縫って描かれる本作、今回は小杉さん登場後――小杉さんが梅安と彦さんの二人をお気に入りの店に連れてくるというエピソード。この店、原作にも登場する鮒宗ですが、子供時代に浪々の身の父とともに極貧に喘いでいた小杉さんが、いかにも曰く有りげな鮒宗の主人に救われたという過去が描かれることになります。
 梅安と彦さんがひと目で鮒宗の主人が只者ではないと見抜く辺りもいいのですが、やはり印象に残るのは料理と、後は妙に可愛い子供時代の小杉さんでしょうか。今ではこんなゴツくなったのに……


『暁の犬』(高瀬理恵&鳥羽亮)
 水野家の御家騒動も行き着くところまで行き、ついに二胴部隊による拝郷家老襲撃という最終手段を使うに至った反お国替え派。家老の命は辛うじて守られたものの、警護の藩士に幾人もの犠牲が――むしろ全滅でなかっただけよかったと思いますが、しかし人死にが出るほどの御家騒動が(あと、無関係の人間を実験台にする殺人部隊を抱えているのも)明るみになれば、御家がタダでは済みません。
 かくてこの二胴の殺人部隊壊滅に向けた動きが進む中、佐内は敵の中核であり、かつて自分を襲撃してきた――そして何よりも父の仇と目される怪剣士・川越恭之介を抑える役目を依頼されるのでした。これにはもちろん佐内も異論はないどころか、立木野らの助勢を断り、一対一の勝負を望む気合いの入れようであります。

 と、そんなことを密談場所の船宿で、終始覚悟の決まりまくった据わった目で語る佐内に対して、他の舟は出払っているので待とう――と飲み会の帰りに巧妙に二人きりになろうとする奴みたいなことを言い出す相楽。いや、久松さんも一緒なのですが、そこで彼らは、佐内にこの仕事を依頼した理由――佐内の父と二胴の刺客の因縁と、それが佐内の剣客としての魂にどのように働くか、それを測っていたという事実を語るのでした。

 それにしても今回の相楽、頼りになる先輩というか兄貴分というか、いつもと違う――という感じですが(でも顔とか首とか触る必要ないよね……)、それに対して、彼も驚くほど覚悟が決まりまくった返事を佐内は返します。
 しかしもはや無関係などとはいえないほどこの件が、そして自分自身が満枝さんと関わっていることを自覚した佐内は、この先何を思うのでしょうか?
(少なくとも、自分が満枝さんを残して亡くなったら、また益子屋が余計なことしそうだしね……)


 やはり長くなりましたので次回に続きます(今回は二回に収めます……)


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2022.05.14

辻灯子『帝都雪月花』『帝都雪月花 昭和怪異始末記』 おかしなコンビの妖怪騒動記

 昭和初期の帝都・東京を舞台に、おんぼろ道場の一人娘・和佳と飼い猫(実は猫又)の寅吉、そして自称妖怪退治屋の青年・秀真を中心に繰り広げられるコミカルな騒動を描く、四コマ漫画とショートコミックの二部作であります。

 まだ震災の爪痕も生々しく残る昭和二年のある日――東京の片隅でおんぼろ道場を営む瓜生家の娘・和佳は、ここ数日行方知れずの飼い猫・寅吉が、洋装の青年に頭から食われるという夢を見て目を覚まします。
 その後父と銀座に出かけた彼女は、そこで夢に現れた青年を目撃。神代秀真と名乗ったその青年は、寅吉の正体が猫又だったと明かし、自分の生業が妖怪退治だと語るのでした。

 この家には妖気が凝っていると告げ、住み込みで対応すると提案する秀真。かくして彼を間借人として置くことになった瓜生家ですが、妖怪騒動はその後も続き……


 という設定で展開するこの『帝都雪月花』シリーズ。じゃじゃ馬かつ締まり屋の和佳と、飄々とした毒舌家の秀真という主役コンビの設定は、普通の(?)妖怪もののように感じられるかもしれませんが、基本的に物語に漂うムードはかなり緩めで、どこか、いやかなりすっとぼけた味わいがあります。

 そもそも普通であればヒーロー役になりそうな秀真自身、妖怪なのか人間なのかちょっと得体の知れない青年。何しろ妖怪退治の方法というか、妖怪を捕らえてどうするのかと思えば、食べてしまう(!)というとんでもないヤツなのですから。(そのほかにも分身が勝手に外をほっつき歩いたり……)
 そんな秀真を前にしてもほとんど動ぜず、普通に(?)ツッコミを入れたり、妖怪よりも家の財政状況に血道を挙げる和佳もある意味ただものではないヒロインというべきでしょう。

 そんな和佳を守ろうとしつつも相手にされず、秀真からは食い物として狙われ――と、実は主人公二人に振り回される猫又の寅吉が一番常識人というシチュエーションも、何とも愉快であります。
 とはいえ、その寅吉自身が油の舐め過ぎで瓜生家の家計を圧迫している(和佳の頭痛の種になっている)のですが……
(もっとも本作では、貧乏なのに次から次へと曰く付きの骨董品に手を出して騒動を起こす和佳の父が、ダメ人間第一位でしょう)

 ちなみに冒頭に述べたとおり、本作の舞台は昭和二年。この時代ならではの事件(史実)そのものが物語の題材となることはありませんが、この時代ならではの風物・風俗がふんだんに背景に散りばめられているのは、なかなか魅力的であります。


 さて本シリーズは、冒頭で軽く触れたように一作目の『昭和余禄』が四コマ漫画、二作目の『昭和怪異始末記』が一話12ページのショートコミックという、いささか変則的な構成となっています。
 実のところ一作目については、ストーリー要素と四コマギャグの部分の食い合わせに今ひとつ部分もあったのですが、二作目はページに余裕があるためか、その辺りは比較的解消されていたかと思います。


 物語的には、作中にそれまで登場してこなかった和佳の母も顔を出して、いささか切ないながらも、まずは大団円を迎えた本作。
(ちなみに一作目の、和佳のフレンドリーファイアオチも愉快)

 最後まで和佳と秀真がほとんどイイ感じにならないというのもまた本作らしい感じで良く、深刻さというのとは縁遠い、肩の力を抜いて読める作品であります。


『帝都雪月花』(辻灯子 芳文社まんがタイムコミックス) Amazon
『帝都雪月花 昭和怪異始末記』(辻灯子 芳文社まんがタイムコミックス) Amazon

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2022.05.10

田中文雄『魔境のツタンカーメン 死人起こし』 少年王と地底都市に彷徨う女王の亡霊

 紀元前14世紀のエジプトを舞台に、凄腕の墓荒らしを主人公に描かれれる冒険活劇の第二弾であります。「死人起こし」の異名も今は昔、墓荒らしを引退したパキが、あのツタンカーメン王とともに、古代の女王の亡霊が彷徨う地底都市を舞台に再び冒険を繰り広げることになります。

 スメンクカラー王の死に端を発し、クレタ島でのミノタウロスとの対決にまで至った冒険から七年後――今は王室出入りの大商人となったパキ。既に墓荒らしからは足を洗ったパキですが、彼の下にかつての同業者が転がり込んできたことから物語は始まります。
 百数十年前に亡くなったハトシェプスト女王の葬祭殿に忍び込んだものの、その女王の亡霊と遭遇したと泡を食って逃げ出してきたその男を匿ったパキ。しかしパキの方も、持ち船の一つが原因不明のまま消息を絶ち、そちらの対応に追われていたのでした。

 船の航路を追って旅立ったパキですが、向かう先の地域で、動くスフィンクスが娘たちを攫っているという奇怪な噂を聞かされることになります。はたして途中立ち寄った港町で、パキたちはスフィンクスが町を襲撃する様を目撃するのですが――しかしそれが幻術と見抜いたパキは、騒ぎの中で引き寄せられるように水辺に向かった娘たちが、巨大なイモリに襲われている現場に遭遇するのでした。
 娘の一人を辛うじて救い、謎の敵を追って舟を出すも、激しい水流に巻き込まれた末に、浮島に辿り着いたパキたち。その前に現れた人物こそは、何とパキもよく知る少年王・ツタンカーメンその人――!


 と、ここまでが全体の四割程度ですが、かなりインパクトが大きい展開であります。前作も終盤はモンスターホラー的な色彩が強くありましたが、本作はこの滑り出しの部分から、動くスフィンクス、鰐ほどもある巨大なイモリや人間大のカエルと大盤振る舞い。
 そして極めつけがツタンカーメン登場! というわけで、タイトルの意味は、魔境にツタンカーメン的人物がいるのかと思いきや、本当に魔境にツタンカーメンが登場するのですから驚かされます。

 もちろん本来であればテーベにいるはずのツタンカーメンですが、この魔境にいたのは、謎の病に苦しむ王妃アンケセナーメンを救うため。以前より謎の神官・ラクダンバから、唯一この病を止める薬を以前より得ていたツタンカーメンですが、薬が残り少なくなったのにいてもたってもいられず、王宮に影武者を置いてきたというのです。
 その途中に船が沈み、ただ一人浮島に辿り着いたというツタンカーメン。しかしパキと出会ってほどなくして浮島も崩壊し、辛うじて何処かに流れ着いた二人は、謎の宮殿に迷い込むのでした。

 その宮殿がある地こそは、死んだはずのハトシェプスト女王が暮らす地底世界。そこで数々の怪異に遭遇しながらも、消えた自分の船の行方と脱出の方法を探るパキですが、しかし地底世界には想像を絶する秘密が……


 前作『迷宮の獣王』が、エジプト内を転々と移動した末に、クレタ島の地下迷宮が舞台になったのに比べれば、中盤以降の舞台は地底世界にほぼ限定され、地理的広がりは抑えめの本作。
 しかしその分、個々のエピソードや描写は掘り下げられ、歴史ホラーというべき独特の世界観がより明確になったと感じます。

 物語の視点も、前作の後半はパキから離れた部分もあって、その分彼の存在感が薄れてしまった感があるのに対し、本作ではほぼ彼の視点に集中しているのも好印象です。
(もっとも、クライマックスはスケールが広がりすぎて、パキは生き延びるのに精一杯となり、事態収拾の役に立ってない印象があるのは、これは前作同様ですが……)

 ただし、前作が古代エジプトとギリシャ(クレタ)を結びつけるという離れ業を見せたのに対し、本作は――こちらも実は他の文明・神話とのリンクが用意されているのですが――その部分については、少々地味に感じられないでもありません。
 もっともクライマックスには、これまでに登場した以上にとんでもない怪物が出現し、そこからさらに思いもよらぬカタストロフィーに展開していくため、地味という印象は全くないのですが……


 古代エジプトを舞台とした冒険ホラーという、日本ではかなり珍しい作品であったこの「死人起こし」二部作。もし第三作があったのであれば、ツタンカーメンの死とそれに伴う第18王朝末期の混乱が描かれたのではないかと感じますが、それは作者亡き後となっては、単なる夢想に過ぎないでしょう。

 何はともあれ「死人起こし」二部作、これにて大団円であります。


『魔境のツタンカーメン 死人起こし』(田中文雄 アドレナライズ) Amazon

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2022.04.26

張六郎『千年狐 干宝「捜神記」より』第7巻 大乱闘のその先の真実と別れ

 齢千年の狐・廣天を狂言回しに、中国の怪談集『捜神記』を題材にして描く『千年狐』、その神異道術場外乱闘編もいよいよこの巻で完結であります。並み居る強豪(?)を倒してついに術比べ大会の勝者となった廣天たち。しかし主催者・商荘に対し、廣天が突きつける真実とは……

 いきなり住居を失った末に多額の借金を背負い、すったもんだの末に、豪商・商荘が治める山里に文字通り流れ着いた廣天と神木、宋定伯と医者。そこで商荘が道士たちを集めて賞金と副賞の山を賭けた道術大会を催そうとしていたことを知った廣天たちは、これに飛び入り参加することになります。

 易断の名人の典風、隠形の術を得意とする怪人・黄極君、禁呪使いの美女・娟玉、不吉な未来を告げる周南、一切が謎の人の楊道和――いずれもただならぬ雰囲気を漂わせた面々ですが、口八丁手八丁でこれを退けた(?)廣天たちは見事に優勝、するのですが……
 いざ商荘と対面した廣天(と神木、医者)は、賞金も山も不要、その代わりに商荘と話がしたいと言い出すのでした。はたして廣天の真意とは――?


 というわけで喉から手が出るほど欲しかったはずの賞金と山を不要と言い出した廣天ですが、彼女が求めるのはただ一つ、屋敷の奥にいる者――すなわち、商荘の新妻と直接話をすること。その理由はひとまず置くとして、確かに商荘の妻、いや商荘自身の周囲には、不審な点が数々ありました。

 禁足地である山中の遺跡に並ぶ、不気味な像は何なのか。その山に夜に入り込んで商荘と妻は何をしていたのか。そして何よりも、人前に姿を見せない(そしてやたら背が高く奇妙な姿をした、ポポポとか言いそうな)彼の新妻とは何者なのか?
 そのほかにも、商荘の里では幽鬼が存在しないこと、意味有りげな態度を見せる商荘の使用人など、考えれば不審な点ばかりであります。

 いやそもそも、商荘は本当に道士たちを金持ちらしい気紛れだけで集めたのか――言い換えれば、道士に何をさせようとしていたのか? この巻の前半では、時にひどく冷然と、容赦ない態度で他人に臨む――かつて冥府で阿紫をド詰めした時のように――廣天が、商荘に迫ることになります。
 その果てに描かれるものは、もはや妖怪退治というより憑き物落としというべきもの。そしてその果てに商荘が語るものは……


 かくて意外な結末を迎えることになった道術大会ですが、しかし物語はそれで終わるわけではなく、むしろここからが本番とすら言えます。
 ある理由からあの山に向かうこととなった廣天と商荘、そして道術大会の参加者たち。呉越同舟、目的のためにそれぞれの特技を活かして進む一行ですが、しかし商荘以外には慣れぬ地で、思わぬ暴風雨に襲われ、大混乱を来してしまうのでした。

 そしてその中でもまた、参加者たちそれぞれのドラマが描かれ、それがまた味わい深いのですが――特にその中の一人にまつわる真実には、必ずや度肝を抜かれることになるでしょう。
 それが誰であるのか、それは物語の興を削ぎかねないために伏せますが――以前さらりと描かれた人物や出来事が思わぬ形で後に繋がっていくという、本作ならではの構造の妙に、今回もまた唸らされたとしか言いようがありません。
(そういえば最初から草食ってたなあ……)

 そしてそれが鬼面人を驚かす態の意外性に終わるのではなく、本作の(特にこのシリーズの)底流にあった「血縁関係」「他者との情愛」――突き詰めれば「人間」と「人間」の関係に繋がっていくのも素晴らしい。
 さらにまたそれが、「人間」ならざる廣天と、あるキャラクターとの決別に繋がっていくという展開は――胸が痛むものの、しかしそれも一つの結末として頷けるのです。


 スタート時には、思わぬトーナメントバトル展開に驚かされ、本当に大丈夫かと心配になったこの神異道術場外乱闘編。しかし完結してみれば、きっちりとバトルものらしい展開を描きつつも、テンポの良いギャグを随所に――かなりシリアスな展開が続いたこの巻においても――散りばめ、本作らしい、本作ならではの物語になったかと思います。

 そして千年狐が次に向かう先は――サブタイトルだけ見れば原点(原典?)回帰の予感ですが、さてどうなることでしょうか。
 一つだけわかるのは、どんな形になるにせよ、決して期待は裏切らないものになるだろうということであります。


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