2020.06.29

田中ほさな『川島芳子は男になりたい』第1巻 なりたい自分になるための冒険の始まり

 時は1924年、17歳の川島芳子は、ある夢を抱いて一人上海に渡った。上海の顔役・イヴに対してその夢――「男になりたい」を語り、そのための施術を受けた芳子。そして紫禁城から皇帝溥儀を脱出させようとする軍人・田中隆吉と、冒険を求めて行動を共にする芳子だが、体は一向に男に変わらぬままで……

 川島芳子といえば、愛新覚羅の姓を持つ清朝皇族の出身にして、端正な容姿を男物の服に包んだ男装の麗人、そして「東洋のマタ・ハリ」の異名を取った日本軍工作員――と、冷静に考えてみればあまりにも盛り過ぎなキャラクター。そのためか、日中戦争を題材としたエンターテインメントにはしばしば登場する人物です。

 本作はその芳子の若き日を描いた物語ですが――お色気(エロに非ず)漫画を得意とする作者だけに、一筋縄ではいかない作品となっているのは、言うまでもないのであります。


 清の皇族である実の父と、日本の活動家である育ての父――二人の父の薫陶を受け、国家の大業を担うような冒険に憧れる芳子。しかし冒険ができるのは男のみ、それであれば男になりたい――と上海を訪れた彼女は、男性になるための施術を受けることになります。
 ただし、まずはお試し期間として一時的に。

 そしてその代金代わりに、軟禁状態にある溥儀を紫禁城から逃がす任務に当たる軍人・田中隆吉を助けることとなった芳子ですが――しかし肝心の隆吉は借金まみれのダメ男、そして何よりも芳子の体は男に変わらず、女のままだったのであります。
 施術の時芳子が聞かされた、「忘我の境地」に達した時、男になれるという言葉。果たしてそれは一体……

 まあ、大体の人は想像がつくと思いますが、そういうことであります。


 つまりは「エロい感じ」になると男になっちゃうという、特異体質(?)になってしまった芳子。
 なるほど、こういう設定であればお色気シーンが自然に入れられる――と感心してよいかどうかはともかく、男装ではなく性別そのものが変わってしまう変生、しかも自分自身の意志では変生できないという縛りは、なかなか面白い設定であると言えるでしょう。

 何しろ女性としての芳子は才色兼備の上に清朝皇族としての身分持ち、一方、男性としての芳子は超人的な身体能力を持つスーパーマン(というか設定的にはむしろハルク)。
 この二つの力を持ってさえすれば、大冒険も夢ではない――のですが、そこに「エロい感じ」というどデカい欠点が加わることによって、物語が何ともややこしいことになっているのであります。

 この辺りの設定は当然ながら評価が分かれるとは思いますし(個人的には最初の変生シーンが妙に生々しかったのがちょっと……)、そもそもの芳子が男になってまで冒険を求める動機というのが、今ひとつ伝わりにくいのは、いささか残念なところではあります。

 しかし、男になりたいと願っていた――言い替えれば自分が女であることにとらわれていた――芳子が、どちらの自分も自分であることを知り、真になりたい自分自身として冒険=人生に一歩踏み出す姿は、実に美しい。
 第一話ラストの「冒険は男だけのものじゃない」という台詞は、そんな意味が込められていると取ってよいかと思います。


 さて、この巻では無事に最初のミッションを終え、こらから本当に男でも女でもない「川島芳子」としての冒険が始まることになります。
 しかし紫禁城には奇怪な影が跳梁し、そしてまた彼女の力を利用せんとする者の存在も窺われ、この先の道も、決して平らかなものではないでしょう。

 もちろんそれこそ芳子の求めるものなのかもしれませんが……

(しかし史実では芳子と隆吉は――と言われていますが、本作ではその辺りどうなるのかなあ……)


『川島芳子は男になりたい』第1巻(田中ほさな 講談社シリウスKC) Amazon

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2020.06.21

「コミック乱ツインズ」2020年7月号(その二)

 白熱の激闘が続く「コミック乱ツインズ」7月号の紹介後編であります。今回紹介する作品も、激闘死闘の連続であります。

『暁の犬』(高瀬理恵&鳥羽亮)
 文字通りの死闘の末に、ターゲットの一人を倒した佐内と根岸のコンビ。報酬を受け取りに益子屋を訪れた二人ですが、佐内は益子屋に、依頼人である水野家江戸家老・拝郷との関係を問うことになります。そして同じ頃、BL侍こと水野家徒目付・相良も、拝郷に益子屋との関係を問うのですが……

 言われてみればなるほど不思議ではある、益子屋と拝郷の出会いが語られる今回。大藩の家老と口入れ屋――それも裏稼業まで持っている男(怖いなあ人材派遣会社)が、直接の繋がりを持っているのは、尋常ではありませんが、そこに更に、佐内の父・小野寺友右衛門が関わるのですから見逃せません。
 これまでは凄惨な骸となった姿ばかり印象に残る友右衛門ですが、在りし日の姿は、佐内から甘さを抜いた渋みを足したような壮漢。そしてその腕前は――まさしく剛剣と呼ぶべき凄まじさであります。

 そして自分と水野家の関わりが、ある種因縁めいたものと知った佐内ですが……


『カムヤライド』(久正人)
 アマツ・ミラール、アマツ・ノリットの急襲に、甚大な被害を受けたヤマト。我等がカムヤライドは深手を負い、オトタチバナ・メタルも倒れた窮地で、黒盾隊を率いてミラーるに挑むヤマトタケルは、出雲に現れた国津神の一部である剣で反撃に転じるのですが――しかしその剣は、かつてイズモタケルを怪物に変えかけた代物。人間が手にすれば、国津神の一部として吸収されてしまう――はずが、逆に剣を吸収したかのような異形の姿に……

 光の巨人――ではないものの、そんな感じになりそうなヤマトタケルにミラールが畏れを感じる一方、カムヤライドは、己の体を全く顧みない、最終回のようなバトルでノリットに肉薄。その執念すら感じさせる凄まじさがノリットを捉えたかに見えたとき――それぞれの前に思わぬ存在が現れることになります。

 と、大波乱の末にひとまず水入りとなったヤマトでの戦い。思わぬ絆が生まれた一方で、さらに深まった謎もあり――そしてヒーローたちは深手を負ったままという状態で、この先物語はどこに向かうのか。特にモンコを巡る物語が気になるところであります。


『政宗さまと景綱くん』(重野なおき)
 ついに秀吉との面会を乗り切った政宗。しかし天下は既に秀吉の手に収まり、そしてその後も天運は政宗に味方せず、ついに大坂の陣に――と、いきなりこの回だけで25年の時が流れることとなりました。
 そして景綱も病に倒れ、戦国最後の戦というべき大坂の陣に政宗と共に臨むのはその息子・重綱――というわけで次回最終回であります。
(しかしこの展開だと、次回は同時に『真田魂』の最終回になるのでは……)


『仕掛人 藤枝梅安』(武村勇治&池波正太郎)
 ようやく小杉さんを捕まえ、一安心して温泉でのんびりしていた梅安ですが、そこに白子屋の配下・山城屋の刺客5人が襲いかかり、露天風呂はたちまち野郎大乱闘の場に――と色々な意味で危険極まりない展開から始まった今回。
 結局、小杉さんが右脇腹というかなりマズい位置を刺されながらも、敵の大半を仕留めるという大活躍を見せますが、もちろんその場に留まるわけにもいかず、また小杉さんの治療も必要であります。

 そんな中、梅安への刺客カップルの片割れ、田島一之助は、自分を置いて女に走った北山への怒りと、やけ食いのおかげで胃痙攣か何かを起こして勝手に窮地に――と、そこに偶然通りかかったのは、小杉さんとともに宿を変えた梅安。
 素性が判れば殺し合うしかない関係でありながら、相手の素性を知らぬまま、医者と患者という関係になった梅安と一之助。そこに北山が現れ、またもや修羅場の予感で次回に続きます。


 次号は久々に『そば屋幻庵』(かどたひろし&梶研吾)が登場。『勘定吟味役異聞』は次回休載ですが、壮絶な殺陣を描いた今号の次では人情ものとは――凄い描き分けだと感心いたします。


「コミック乱ツインズ」2020年7月号(リイド社) Amazon


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2020.06.18

東郷隆『邪馬台戦記 Ⅲ 戦火の海』 決戦、幾多の人々の生が交錯した果てに

 東郷隆による古代史活劇『邪馬台戦記』三部作の完結編であります。ナカツクニ(邪馬台国)打倒の野望に燃えるクナ国王クコチヒコの大船団による総攻撃が迫る中、ワカヒコはこれを阻むことができるのか。タイトル通り戦火は海に拡大し、壮絶な決戦が繰り広げられることになります。

 貿易のため東に進出したナカツクニの船団に海霧の中から襲いかかり、次々と船を沈めるという謎の巨人の噂。その調査を命じられた勇者ススヒコ(第1巻の主人公)の子・ワカヒコは、謎の巨船に襲われた末、水先案内人の少女・サナメとともに辛くも生き延びるのでした。
 その巨船こそは、かつて九州を追われたクナ国の新王・ヒミココことクコチヒコが建造を進めていた秘密兵器。遙かローマ(!)からの渡来人「きうす」の技術により巨大な投石機を装備したその巨船により、彼はナカツクニ打倒を目指していたのであります。

 その巨船建造のために神木を狙い、クシロ村を襲撃したクナ国の兵を、ワカヒコとサナメは、それぞれその軍略と弓術を活かして見事に撃退したのですが――しかしこれは局地戦に過ぎません。
 クナ国の野望を知り、更なる攻撃に備えて守りを固める二人。しかしその間にもクコチヒコはその力を蓄え、投石機を装備した二隻目の巨船が動き出したのであります。

 奇しくもその船に乗っていたのは、ワカヒコとともにナカツクニを旅立ちながら、途中ではぐれた末にクナ国に拾われた渡来人・彭。彭はそこで「きうす」――ローマの解放奴隷ルキウス・ルグドネンシスと出会い、彼の数奇な運命を知ることになります。
 一方、ワカヒコらの奮闘と、クナ国の動きを知った卑弥呼と弟のオトウトカシは、クナ国に苦しめられる諸国を糾合し、決戦を決意。しかし、当時の日本ではオーバーテクノロジーである投石機を擁するクナ国との彼我の戦力差はあまりに大きく……


 と、これまでの2作が、ナカツクニとクナ国の争いを背景にしつつも、比較的主人公たち個人の冒険物語の色彩が強かったのに対して、いよいよ二つの国の本格的な戦さが描かれることとなる本作。
 クライマックスはもちろん両国の水軍による決戦が描かれることになりますが、そこに至るまでも、ワカヒコを中心に集結した各地の人々とクナ国軍の戦いが描かれ、全編にわたり戦闘の連続という印象があります。

 しかしそんな中でも、ワカヒコが存在感を失わないのが本作の巧みなところで、彼自身は一人の少年に過ぎないものの、大人も及ばないような軍略と知識を発揮。そして直接の戦闘は、彼のパートナーである体育会系ヒロインのサナメが担うという形で、それぞれの長所を活かした痛快な活躍が描かれることになります。
 それでいて、年相応にサナメの姿にドキドキしてしまうワカヒコや、あっけらかんと彼に迫るサナメなど、ちょっとドキドキする要素が織り込まれているのもまた良いのであります。

 そしてそれだけでなく、本作ではさらに大人たちの――それも敵味方それぞれの、様々な立場の人々の――視点も織り込まれることで、物語に一定の深みを与えているのもまた見事といえるでしょう。
 卑弥呼とオトウトカシ、クコチヒコと配下の将、きうすと彭、さらには彼らの戦いに巻き込まれる周囲の人々も含めて、それぞれの物語が、それぞれの人生が――完全な善も完全な悪もなく――描かれ、交錯することにより、そこには単なる敵と味方の戦いという図式を超えた、人間ドラマが浮かび上がるのです。


 そしてそれらの背景として機能するのが、この時代の日本――大陸や南方など、各地から文字通り流れ着いた人々により、人種と文化の坩堝のような姿の日本の姿であります。

 恥ずかしながら、ここで描かれているものにどれだけの裏付けがあるかは、私には判断できません(しかしこの作者であればしっかりと根拠があって描いているのだろうと信じてしまうのですが)。
 しかし登場する人々や事物の名称、登場する兵器や乗物、果ては言葉遣いや様々な風習に至るまで、その緻密なディテールにはただ圧倒されるばかり。それは極端な言い方をしてしまえば、現代の我々からみればファンタジー世界とあまり変わらないような――しかし間違いなく地続きの――世界に、強いリアリティを与えているのであります。


 物語運びの面白さとキャラクター描写の妙、そして綿密な考証に裏付けされた世界設定――いずれも作者ならではというべき本作。結末の、高揚感と寂寥感が入り交じったどこか不思議な味わいも、強く印象に残ります。
 古代も作者が描けばこうなる――そう評すべき佳品であります。


『邪馬台戦記 Ⅲ 戦火の海』(東郷隆 静山社) Amazon

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2020.06.11

たみ『幕末隠密伝 ブレイガール』第1巻 無礼上等、三人の美女が幕末の悪を斬る!

 これまで『さんばか』『クロボーズ』など、個性的な時代漫画を生み出してきた、たみと富沢義彦のコンビが送る新たな作品――幕末の京を舞台に、勝海舟に見込まれた青年剣士と、無礼なくのいち三人組が許せぬ悪を人知れず裁く、痛快アクション時代劇であります。

 尊皇攘夷の嵐が吹き荒れる文久三年の京で評判の南蛮菓子屋・朝陽屋――看板娘のマサナとコザサ、菓子作り担当のアンジュと小此木一真を中心に、今日もも忙しく南蛮菓子を売るこの店の正体は、京の町の情勢を探り、そして市井の名もなき人々を守る公儀隠密零番隊『八咫烏』の根城。かの勝海舟が設置した秘密機関であります。

 伊賀のマサナは忍びの本家 地駆け天飛び軽業無双
 根来のアンジュはからくり上手 わけて銃には覚えあり
 甲賀のコザサは惑いに誘う 古き忍びの元祖なり

 今日も乱暴狼藉を重ねる自称・志士の若侍たちと、彼らと裏で結んだ同心たちによって父を殺され、苦しむ一家の存在を知った一真たち。三人の無礼上等のくノ一は、得意の技を用いて悪党退治に向かうことに……

 時代が動く京都の闇で、悪の笑いがこだまする。声を殺して泣く人の、涙背負って悪事の始末。公儀隠密『八咫烏』。お呼びとあらば、即参上!


 と、一定の年齢以上の方には特徴的なジングルが聞こえてきそうなタイトルの本作。
 内容的にはむしろチャーリーズ・エンジェル+ブライガーといったところか――というのはさておき、三人の美女が法で裁けぬ悪を裏で葬る痛快活劇であります。

 しかし、一定のフォーマットに則った作品のように見えても、常に仕掛けを用意してくるのが本作の原作者。
 この第1巻の前半では、自称志士の武家のドラ息子や、芝居小屋を根城に娘たちを拐かす人買い一味といった、ある意味定番の悪役との対決が描かれますが、後半で彼女たちが対決するのは――なんと壬生浪士組なのですから驚かされます。

 この文久三年は、清河八郎と決別した浪士組が、壬生浪士組として――すなわち新選組の前身として活動していた時代。そしてその局長であった芹沢鴨とその一派が、町の商家で押し借りを行い、町を騒がせていたのは、よく知られた話であります。
 なるほど、芹沢一派であれば三人のくノ一が相手にするのに不足なし――と言いたいところですが、しかしここで描かれるのは彼女たちの意外な苦戦なのです。

 そもそも同じ忍びであっても流派は異なるくノ一三人。八咫烏での活躍で流派の再興を成し遂げようという望みは共通するものの、チームワークや信頼関係というものは、寄せ集めであり、ある意味ライバルである彼女たちには存在しません。
 そしてそれは一真も同様。チームの司令塔であり、上官の立場であっても彼はあくまでも武士――忍びである彼女たちとは立場も考え方も、自ずと異なるのですから。

 そんな三人、いや四人が、集団戦という点においては幕末屈指の相手に苦戦を強いられるのは、むしろ当然と言うべきでしょう。


 そしてまた、元々は武士ではない者たちも在籍し、そして武士であっても破落戸のような行動を見せる壬生浪士組と、武士であっても菓子屋に身をやつし、しかし真の武士たらんと志を抱く一真に率いられる八咫烏――この両者は、ある種の合わせ鏡のようにも感じられます。

 そしてそんな対照的な両者が激突する先に浮かびあがる――それは一真にとっての、八咫烏にとっての真に戦う理由であり、それまでの八咫烏に欠けていたものといえるでしょう。
 この第1巻のラストでようやくその一端が見えた八咫烏が、この先どのような活躍を見せるのか――ようやく勝海舟からの正式な指令を受け、いよいよ新たな任務に挑む彼女たちのこれからの活躍に期待であります。


『幕末隠密伝 ブレイガール』第1巻(たみ&富沢義彦 集英社ジャンプコミックスDIGITAL) Amazon

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2020.05.27

武内涼『源平妖乱 信州吸血城』 霊宝を巡る絶望の死闘

 京の殺生鬼を壊滅させたものの、自分たちも大打撃を受けた義経ら畿内の影御先。濃尾の影御先に身を寄せた義経と巴は、邪鬼と結ぶ立川流の寺院を急襲するが、そこに待ち受けていたのは不死鬼・黒滝の尼の罠だった。木曾義仲らに辛うじて救われた義経たちだが、影御先の霊宝を狙う敵の魔手が迫る……

 平安時代を舞台に血吸い鬼たちとの死闘を描く『源平妖乱』待望の続巻であります。
 古代に海を渡り日本に渡来した血を吸う鬼たち――人を殺さず人と共存する不殺生鬼と、人を吸い殺し仲間を増やさんとする殺生鬼、そして一度死んだ殺生鬼が復活し邪悪な力を得た不死鬼。このうち、殺生鬼と不死鬼(合わせて邪鬼と呼称)を敵とし、人知れず死闘を繰り広げてきた者たちが「影御先」であります。(東欧世界でクルースニックと呼ばれる者、と明言されているのが熱い)

 本作の主人公・源義経は、恋人を殺した殺生鬼・熊坂長範を追って鞍馬山を下り、影御先に参加した若者。長範の娘であり、長範を母の仇と狙う静らとともに京の邪鬼を倒し、仇を討った――のが前作の物語でありました。
 しかしその代償に畿内の影御先も壊滅、義経は静らと別れて濃尾の影御先に加わり、それから一年後の物語が本作となります。

 邪教として名高い真言立川流が、邪鬼と結び、勢力を拡大していることを知った濃尾の影御先たち。彼らは立川流の、邪鬼たちの根城と目される熊井長者の屋敷に急襲をかけるのですが――地下の破戒壇に突入した義経たちは、邪鬼たちを取りまとめる謎の魔人・黒滝の尼の罠と仲間の裏切りにより、一転窮地に立たされます。

 一方、屋敷の外を固める巴たちの前には、半ば不死鬼、半ば餓鬼(死人の血を吸い、異形と化した邪鬼)という怪物・屍鬼王が出現。血吸い鬼としての弱点を持たない屍鬼王に、影御先は次々と屠られていくことになります。
 義経と弓使いの娘・氷月は仲間たちの犠牲により辛うじて地底の地獄を脱出、巴も異変に駆けつけた木曾義仲・今井兼平ら、木曾の荒武者たちによって救出されたものの、濃尾の影御先はほぼ壊滅状態となるのでした。

 しかしそれでも彼らは戦いを止めるわけにはいきません。影御先の秘宝である四種の霊宝のうち、戸隠山に隠された豊明の鏡、そして東の影御先が守る小角聖香を狙い、黒滝の尼が動き出したのですから。
 かくて身を休める間もなく、義経・氷月・巴らは、絶望的な戦いに挑むことに……


 というわけで、冒頭から結末まで、ほとんど全編に渡り、影御先と血吸い鬼の死闘が描かれる本作。基本的な設定は既に前作に語られている分、本作では思い切りバトルに振った印象で、一時たりとも息は抜けません。
 特に本作の前半部分、熊井長者屋敷地下は、何が飛び出すかわからない、まさしく地底魔城というべき地獄。罠の詰まったまさに敵の根城で、しかも味方と様々な形で分断されての戦いは、主人公側が苦闘を強いられることが非常に多い作者の作品の中でも、屈指の絶望度と言うべきでしょう。

 一方、そんな中で数少ない救いとなっているのが、木曾義仲と今井兼平の存在です。
 言うまでもなく、木曾義仲は河内源氏の出身で、義経とは従兄弟同士――後に義経同様平家に対して挙兵し、朝日将軍とも呼ばれた人物。そして今井兼平は義仲の乳兄弟であり、四天王とも呼ばれた勇将であります。
 そんな彼らの後の姿はここでは置いておくとして――本作の義仲は、不器用でぶっきら棒な荒武者ながら、心は熱く温かいものを持った好漢。そして兼平は冷静沈着ながら民を愛し慈しむ心を持つ人物として描かれます。

 そんな二人の姿は、邪悪な人外の魔物や、人間でも醜い権力や金の亡者たちが蠢く物語の中で、数少ない「生きた人間」として描かれ、こちらの胸を熱くさせてくれるのです。


 その他、徐々に明らかになる黒滝の尼の伝奇的な正体や、いわば本作版のゾンビというべき餓鬼や様々な動物の血吸い鬼の登場、そして最終兵器ともいうべき四種の霊宝の存在と――ぎっしりと詰め込まれたアイディアと起伏に富んだ展開で、最後まで一気に読まされてしまう本作。

 まさにこれぞ時代伝奇と言うべき内容なのですが、黒滝の尼という、明確に「悪」との戦いに終始した印象が強く、前作にあった、血吸い鬼という存在を通した人間性への問いかけとも言うべき要素が薄く感じられた――そしてそのために義経の戦いがさらに苦く感じられた感は否めません。

 まだまだ邪鬼たちとの戦いが続く中、義経が武士として、人として辿り着く道はどこにあるのか――この先の物語で、険しくとも希望の光が描かれることを期待したいと思います。


『源平妖乱 信州吸血城』(武内涼 祥伝社文庫) Amazon

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2020.05.22

高橋留美子『MAO』第4巻 現代-大正-平安 1000年を結ぶ謎と呪い

 『犬夜叉』続編アニメ化が話題となりましたが、同じ作者の大正伝奇アクションも好調に巻を重ねて第4巻。関東大震災の業火の中で明らかになった因縁、そして平安時代の摩緒の兄弟子の出現と次々と新たな事実が判明する中、摩緒と菜花の戦いは続きます。

 関東大震災の混乱の最中、封印から解かれた猫鬼の呪いを受けながらも、その器として生かされたことが明らかになった菜花。
 その一方、摩緒の前には数百年前――彼が呪禁道を継ぐ御降家で修行中だった頃の兄弟子・百火が現れ、摩緒が師匠の娘・紗那を殺したと詰るのでした。

 御降家の弟子の中でも末席でありながら、紗那の婿に選ばれ、破軍星の太刀を与えられた摩緒。しかしその実、彼は御降家に伝わる呪禁の秘宝の後継者選びの生贄として――百火をはじめとする五人の弟子のターゲットとされていたのであります。
 お人好しの百火とは和解(?)した摩緒ですが、しかし残るのは幾つもの謎。紗那を殺したのは本当に摩緒なのか、百火が不死身――いや死んでも生き返ってしまう理由は何なのか。そしてその他の兄弟子たちはどこにいるのか……


 と、現代と大正の約90年どころか、大正と平安の約900年にもわたるスケールの伝奇ものとしての色彩を強めてきた本作。
 最大の敵と思われた猫鬼もある意味何者かに利用された存在であり――その意味では、摩緒だけでなく菜花も利用されていることになります。それが何者かはまだわかりませんが――この巻で描かれるのは、新たな兄弟子(と思われる者)との戦いの始まりであります。

 前巻ラストで登場した、慇懃無礼な美青年・朽縄。植物を自在に操る彼の正体は、やはり摩緒の兄弟子、木属性の陰陽師である華紋でありました。
 今はその術を用いて殺し屋紛いのことまでして暮らす華紋と、摩緒たちとの戦いが始まるか――と思いきや万事拘りの薄そうな華紋はあっさりと摩緒を見逃し、その場は収まったのですが、しかしすぐに襲いかかる新たな敵。何者かが式神を使役して人々を次々と蛙人間に変え、摩緒と百火を襲撃してきたのであります。

 これを退けて新たな攻撃を迎え撃つ摩緒の前に現れたのは、悍ましい姿をした巨大な魔物。そしてその正体は――兄弟子ではない!?
 という捻りも面白いのですが、ここで語られるのは、平安時代の御降家にまつわる更なる謎。果たして御降家を――摩緒を真に狙い、害しようとしているのは何者なのか? 状況は、いよいよますます混沌としてきました。

 そんな中で、菜花はともかく摩緒が受け身の状態になっているのが気になるところですが――強気ヘタレとも言うべき百火のような面白いキャラクターも登場したことでもあり、ここからの更なる盛り上がりに期待したいと思います。


『MAO』第4巻(高橋留美子 小学館少年サンデーコミックス) Amazon

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2020.05.17

「コミック乱ツインズ」2020年6月号(その一)

 号数の上では今年ももう半分過ぎたことになる「コミック乱ツインズ」誌、表紙&巻頭カラーは単行本第7巻が発売された『仕掛人 藤枝梅安』、センターカラーは同じく第6巻が発売された『いちげき』であります。掲載作品はレギュラー陣のみですが、今号はかなりの充実ぶりという印象であります。

『仕掛人 藤枝梅安』(武村勇治&池波正太郎)
 梅安vs白子屋の激突を描く「梅安乱れ雲」編もこれで第3話、冒頭でようやく彦さんが登場して安心しましたが、メインとなるのはようやく出会った梅安と小杉さんであります。

 出会うなり痛烈な顔面パンチを食らわせる梅安ですが、これも友を思うが故。暴走する小杉さんを引き留めて、のんびり二人で温泉に浸かりながら江戸に帰ることにした梅安ですが――そこに忍び寄るのは山城屋の配下五人であります。
 呑気に温泉に浸かっていて丸腰どころか丸裸の状態では、さしもの手練れ二人も大ピンチ――というところで次回に続きます。

 ところで二人で温泉といえば思い出すのは(思い出すな)、一部で話題の白子屋の刺客カップル・北山&田島ですが、故あって今月は別行動。これが後々思わぬ事態を招くのです――それはまた今後のお楽しみであります。


『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 本人の任とはほとんど無関係なところで、将軍位を巡って紀伊と尾張で繰り広げられる暗闘に巻き込まれることになった聡四郎。しかし今回正式に白石からの命で尾張吉通を暗殺した側女と側用人を追うことになるのですが――やはりどう考えても勘定吟味役の任ではないものの、何はともあれ(紀文たちが密かについてきたとも知らず)京都出張へ……

 と、聡四郎の出立とほぼ時同じくして江戸で荒れ狂うのは鬼伝斎の邪剣。次々と道場破り――というより道場潰しを繰り返す鬼伝斎に、ついに無手斎は果たし状を叩きつけ、最後の戦いに臨むことになります。
 ここで印象に残るのは、決闘の前に相模屋を訪れた無手斎を前にした紅さんの応対。死闘を目前に控えた相手への細やかな気遣いはさすがというべきで、師も弟子の嫁と太鼓判を押すのももっともだと思います。
(しかしこの会話が、ある意味今後の伏線ではあるのですが……)


『軍鶏侍』(山本康人&野口卓)
 軍鶏侍最初の活躍の相手であった親友・秋山精十郎の忘れ形見・園に仇として刃を向けられた源大夫――という場面から始まった今回ですが、源大夫がこれくらいで動じるはずもなく、むしろ園の方が躊躇い、刃を引くことに。
 そしてその園の前に現れたのは、(おそらく前回「凄腕の刺客」とだけ呼ばれていた)秋山家からの刺客。ポッと出のわりには異常に強く、丁寧な口調でキャラ立ちしたこの刺客は、園を子供扱いすると源大夫に挑戦を……

 というわけで源大夫が女性に刃を向けるはずもなく、源大夫が秘剣「蹴殺し」を披露するのは刺客相手となった今回。弟子二人に秘剣の正体を教えつつ、真剣勝負に臨むという余裕っぷりですが、ここで描かれる秘剣の姿にはなるほど、と思わされます。
 が、むしろ源大夫の教えはここから。一般に剣豪ものであれば何よりも尊ばれる「秘剣」を、彼は何と評したか……その内容には大いに唸らされましたし、今回の結末の爽やかさも、そんな源大夫の精神性ゆえと言ってよいのでしょう。


 次回に続きます。


「コミック乱ツインズ」2020年6月号(リイド社) Amazon


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2020.04.26

殿ヶ谷美由記『だんだらごはん』第6巻 新たな一歩を踏み出した若者たちの真実と嘘

 「食事」を題材にして新選組を描く異色の青春模様『だんだらごはん』の最新巻であります。これまで芹沢鴨の横暴と攘夷派の暗躍に苦しめられてきた斎藤一と試衛館組ですが、この巻においてついに新たな一歩を踏み出すことになります。「新選組」の誕生、そして芹沢との別れという形で……

 京で浪士組に参加した試衛館の面々と再会し、再び仲間に加わった斎藤一。しかし芹沢一派の暴走は続き、その一方で会津候追い落としを狙う長州や公家たちの暗躍もまた続くことになります。
 そんな中でも会津候を支えるために懸命に奮闘してきた斎藤たちですが、ここで大きく運命が動き出すことになります。尊攘派の公家と長州勢力を御所から排除すべく幕府が兵を動かした、いわゆる八月十八日の政変――ここに壬生浪士組も参加することになったのであります。

 ここでの成果によって新たな名を――「新選組」の名を与えられた壬生浪士組。しかしそれと時を同じくして、会津藩から近藤たちにある命が下されることになります。それは大和屋の焼き打ちなど横暴を極めた芹沢一派の排除……


 というわけで大きな動きが描かれることとなったこの第6巻ですが、ここまで引っ張ったわりには、存外芹沢の退場はあっさりしていた――という印象があります。
 その代わりというべきか、本作においては、ある男の姿を通じて、一つの結末を描くことになります。芹沢とは旧知の間柄であり、そして彼の身を深く案じていた男・永倉新八を通じて。

 神道無念流の同門として芹沢と出会い、明日を考えぬような彼の暴走に心を痛めていた永倉。何とか芹沢を救えないか、一度は斎藤を頼ったこともある永倉ですが――しかしその想いは空しく、芹沢は土方らによって暗殺されることとなります。
 永倉はその企てを知ることなく、そして暗殺は新選組に潜入した長州の間者によるものとされたのですが――その「真実」を前に永倉が取った行動が何であったか……

 「真実」の陰にあるものを知りながら、それでも仲間の「嘘」を信じる道を選んだ永倉の姿には、芹沢という男への手向けとして、何とも言えぬ余韻が残るのです。


 ――と、史実をなぞりながらも、青春ものの色濃い展開が印象に残るこの巻ですが、その一方で本作の最大の特徴である「食事」の要素が薄めになっているのは残念なところではあります。
 もちろん、八月十八日の政変前の待機時に賑やかに焼きおにぎりを食べる場面や、年越しの煤払いが終わった後のくじら汁、そして永倉と芹沢の思い出の――と食事は「日常」の象徴として登場しているのですが……

 新選組が誕生したこの先、彼らに日常がどれほどあるというのか――いや、戦いが日常となっていく中で、食事がどれだけ描けるのか、それはわかりません。
 しかしそれでもなお、本作が戦いだけでない若者たちの姿を描くものであるとすれば、そこに日常の、食事の余地があると信じたいところであります。


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2020.04.23

出口真人『前田慶次かぶき旅』第3巻 舞台は天草へ 新たなる敵剣士の名は!?

 その後の前田慶次を描く本作も3巻目に突入であります。肥後での騒動は解決したものの、そこで天草の不穏な動きを知ることになった慶次。もちろん黙っていられるはずもなく、早速天草に乗り込んだ慶次の前に現れたのは、なんと……

 関ヶ原の戦の後、飄然と九州に旅立った慶次。肥後で加藤清正と出会い、たちまち意気投合した慶次ですが、土地の盗人島で、地元の民数十人が南蛮海賊に殺されるという事件が発生することになります。
 一触即発の状況を収めるために慶次が提案したのは清正の前での御前試合。海賊側は事件の張本人である剣士・ガルシア、日本側は立花宗茂――この異次元対決はいくさ人の貫禄で宗茂の圧勝に終わったのですが、それが新たな事件の火種となります。

 御前試合の結果をもって双方遺恨は水に流す――はずが、納得がいかぬと海賊側に迫る島の人々。その場は清正自身の出馬で治まったものの、その背後には天草のキリシタン勢力の暗躍があったのであります。
 それと時を同じくして、土地の役人が天草の海中で発見した巨大な黄金の十字架。しかし役人一行は、そこに現れた異国人・ガルシア神父に連れられた剣士によって皆殺しにされるのでした。

 驚くべきほどの長さの刀を操るその剣士の名は、なんと……


 というわけで、新章突入という印象のこの巻。肥後編(?)と同様、異国人が敵という展開になりますが、しかし九州のキリシタンをエスパニアの隠れ戦力とも言うべき存在として描く視点はそれなりに面白いと感じます。

 しかしそれ以上に面白いのは、やはりなんと言っても、今回の「敵」であろう日本人剣士の存在。ほとんど長刀、というより長巻サイズの刀を自在に操るその剣士こそは、佐々木小次郎! それも後に宮本武蔵と戦う小次郎の先代、初代小次郎という設定であります。
 なるほど、本作に小次郎が登場すると聞いた時には、時代が合うような合わないような――と思いましたが、こういう設定にしてきたか、と感心いたしました。

 ちなみに本作には、前の巻から徳川の密偵という設定で、柳生兵庫助が登場。剣の腕はさすが――というべき若者ですが、しかし本作に登場するのは慶次をはじめとして清正、宗茂と化け物クラスのいくさ人なので、いささか分が悪く、まだまだ未熟な若者という描写であります。

 考えてみれば慶次は完全に成長の余地がないキャラクターであるだけに、これから成長する若者の視点というのを担うことになるのかな――という印象ですが、作中の描写的には、もしかするとコメディリリーフなのかもしれないのが本作の恐ろしいところで……


 さて、そんな強敵や若者たちが登場してくる中で、一人余裕――というよりほとんど狂言回し兼焚付役という印象があるのが、本作の慶次であります。

 上で述べたように、今から成長する要素がない――というより最初から完全なキャラクターとして描かれている慶次(なるほど、退屈するわけだ――と今頃になって感心)。
 この巻でも、天草の残党相手に相変わらず無茶苦茶な無双ぶりを発揮したほかは特にアクションもなく、ほとんど状況を面白がっていただけと言ってもいい状態です。

 だがそれがいい、それでこそ慶次であります。
 果たして初代佐々木小次郎がついに慶次を本気で動かすことになるのか――それはまだもちろんわかりませんが、慶次が現れた以上、この先ただではすまないことだけは確かでしょう。


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2020.04.16

「コミック乱ツインズ」2020年5月号

 「コミック乱ツインズ」5月号は、青をベースとしたタッチが印象的な『暁の犬』が表紙。巻頭カラーは『鬼役』、シリーズ連載は『軍鶏侍』が掲載されています。今回もまた、印象に残った作品を取り上げましょう。

『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 次代どころか次々代将軍の座をめぐる争いが激化する中、毒殺された尾張徳川家の当主・吉通。それをきっかけに尾張藩内の後継争いも激化し、流血沙汰に――という実に混沌とした状況となってきた本作。

 そんな中で聡四郎は、全面衝突寸前の尾張藩士数十人の中に一人割って入って――と、これまでの戦いの中で積んだ経験値の高さをはっきりと見せつけることになります。
 が、冷静に考えると、(ヒーローだからという理由以外で)何故聡四郎はこんな行動を――という気がしないでもないのも正直なところで、これまで切っ掛けだけでも上司の命令によって動いていただけに、ちょっと混乱してきました。もっとも、一番困っているのは聡四郎自身なのは間違いないのですが……


『暁の犬』(高瀬理恵&鳥羽亮)
 本誌と同時に単行本第1巻発売(本誌の表紙画は単行本のもの)となり、絶好調の本作ですが、今回はほとんど一話を使って二つの壮絶な決闘が描かれることとなります。

 根岸大隅に真のターゲットである鳥居を討たせるため、邪魔となる同役の小堀の相手を買って出た佐内。しかも、まともに戦えば全く敵ではない小堀を、「二胴」に対する恐怖を克服するための練習台として使おうという舐めプぶりであります。
 一方根岸の方は、これまでの置物のタヌキ然とした姿からついに気迫に満ちた剣士としての顔を見せ、鳥居と互角の勝負を展開。カウンター狙いの下段を使う鳥居の剣を冷静に捌く姿は、やはり人斬りで喰ってきた者の迫力というものを感じさせます。

 かくて、登場人物たちがほとんど瞬きしていないようにすら感じられる、読んでいるこちらが疲れるほどの気迫で繰り広げられた二組の死闘。その結果は言うまでもありませんが、その後の二人の言動に、それぞれのキャラクターが出ているのが実に面白いところ。
 ますます豪快で馴れ馴れしい根岸もさることながら、意外と潔癖症で、そして恐怖を乗り越えたことに満足げな佐内のキャラクターはやはり実に独特で、そこがまた彼の魅力であると再確認させられました。


『カムヤライド』(久正人)
 ヤマトを強襲した敵の幹部クラス「コヤネ」と「イシコリドメ」とそれぞれ激突するモンコとヤマトタケル。強力な音波を武器とするコヤネに対し、モンコは土を操って防音壁を造り出し、埴輪作りらしい特殊能力で反撃を開始するのですが――ここで轆轤を回すポーズ(いや本職なんですが)を取りながら、早口で聞かれていないことをしゃべり出すモンコは確かにキモいと思います。
 一方、イシコリドメの光線攻撃に生身で挑むのはさすがに辛かったヤマトタケルですが、盾サーフィンで格好良く出撃したオトタチバナが駆けつけてお姫様抱っこ(もちろん抱かれるのはタケルの方)。オトタチバナ・メタルが強烈な一撃を叩き込むのでした。

 が――もちろん幹部クラスがこれで沈むはずもなく、致命的なダメージを食らってしまった二人のヒーロー。果たしてこの先、打つ手があるのか。そして戦いを目の当たりにしたオシロワケ大王の記憶をよぎる巨大な影とは――毎回実に気になるヒキであります。


『政宗さまと景綱くん』(重野なおき)
 色々あった末に、ようやく秀吉の待つ小田原に向かうこととなった政宗・景綱主従。詰問の使者として訪れた浅野長吉・前田利家を前に、政宗の抗弁が始まって……
 と書くと実に真っ当な展開なのですが、政宗・秀吉双方が時々ものすごいボケをかますのが本当に可笑しい本作。しかし、だからこそラストに見せる政宗の巧みな切り返しが映えることは言うまでもないでしょう。


 そのほか、『軍鶏侍』(山本康人&野口卓)は最初のエピソードでの敵であり、かつての親友の娘が軍鶏侍の前に現れ――という展開。その娘の凄まじいまでの美しさが強烈に印象に残るのですが――この作品の場合、顔である程度先の運命が読める気がします。
 『仕掛人 藤枝梅安』(武村勇治&池波正太郎)は、いよいよ白子屋との抗争がスタート。白子屋を討とうとする小杉さんと止めようとする梅安、小杉さんを狙う男色剣客コンビ、さらには白子屋自身までも動き出し――と盛り上がりますが、一番怖いのは、さりげなく一番えげつない手を使う音羽の元締めであることは衆目の一致するところではないでしょうか。


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