2022.05.26

田中啓文『元禄八犬伝 五 討ち入り奇想天外』 大決戦、左母二郎vs忠臣蔵!

 さもしい浪人、網乾左母二郎と小悪党たちが、八犬士とともに巨悪を粉砕する痛快時代伝奇活劇もいよいよ最終巻であります。徳川光圀が怨霊に加えて茶々が怨霊まで復活し、風雲急を告げる大坂の運命。一方、吉良家討ち入りを企てる赤穂浪士たちの中にも不審な動きが――八犬伝+忠臣蔵の行方や如何に!?

 伏姫を探す丶大法師の依頼で大坂城内に忍び込んだものの、そこでうっかり茶々の怨霊の封印を解いてしまったかもめの並四郎。秀頼を探す茶々の魔力で、大坂の若者たちが次々と倒れていく一方で、幕府転覆を目論む光圀に操られた水戸徳川家は帝に倒幕の密勅を出すことを要求、西国大名にまで働きかけた一大倒幕計画を企むのでした。

 そしてその計画をより確実なものとするため、綱吉がかねてより探してきた隠し子である伏姫を捕らえようとする水戸側と、それを利用して彼らを罠にかけようとする幕府側。
 さらにそこに思わぬ形で、赤穂浪士の一人である矢頭右衛門七が、そして左母二郎や並四郎も巻き込まれることになって……

 そんな本作の第一話「調伏大怨霊」で繰り広げられるのは、幕府・光圀が怨霊と水戸家・茶々が怨霊・赤穂浪士・吉良家・丶大法師と八犬士たちという、実にまあ様々な勢力が入り乱れての大決戦であります。

 しかしそんな争いなど、本来であれば左母二郎たちには無関係のはず。しかしこれまで伏姫探しに巻き込まれた中で、何度も光圀の陰謀を叩き潰してきたこともあってか、左母二郎はまたもや一肌脱ぐ羽目になります。
 はたして大坂と小悪党の運命や如何に――いやはや、第一話の時点で大変な盛り上がりですが、しかし本作はそれだけでは終わりません。続く第二話「仇討ち奇想天外」では、そのサブタイトルの通り、さらに奇想天外なクライマックスが待っているのですから。


 赤穂浪士の討ち入りに向けて人々の期待が高まる中、なおも慎重を期す大石内蔵助と、その態度が歯がゆいと一刻も早い討ち入りを求める堀部安兵衛ら急進派。
 右衛門七はその両者の間に挟まれる形になってしまうのですが、左母二郎にとっては、主君の仇討ちのために若い右衛門七が命を捨てるなどというのはバカバカしいこととしか思えません。

 しかも世間で持て囃される堀部安兵衛は、剣の腕こそ左母二郎と互角以上ながら、酒乱で傲岸不遜、忠義のためというより単に仇討ちがしたいだけ――というとんでもない奴。そんなこともあって、左母二郎のイライラは募るばかりであります。
 一方、いつ討ち入りがあるかもわからないなかで、ある事実を知ったことから、上野介の求めに答え、吉良邸に御成する綱吉。赤穂浪士方と吉良方、双方に不審な動きが見える中、運命の十二月十四日、全ての登場人物たちが吉良邸に集うことに……

 そんなわけで、クライマックスの後にまたもやクライマックスという贅沢すぎる構成の本作ですが、その盛り上がりが最高潮に達するのが、浪士討ち入りであることは言うまでもありません。
 しかしこれまでの舞台は大坂でしたが、討ち入りが行われるのはもちろん江戸。それより何より、忠義が大嫌いな左母二郎が、浪士討ち入りに関わるはずもありません。そして姫探索が任務の八犬士たちもであります。

 それが一体――と思いきや、こうくるか! という展開にはただただ仰天するしかありませんが、実はそこにあるのは、忠臣蔵という日本有数の物語を、別の視点から捉え直してみようとする試みであるとも感じられるのであります。

 ――物語として見れば波乱万丈、多士済済で実に面白い忠臣蔵ですが、しかしその基調を忠義に置く内容は、現代の我々からすれば、どこかお行儀が良く、居心地が悪くも感じられます。それを本シリーズは、そんな忠義とは正反対の立場にある小悪党の視点を以て描くことで一度相対化し、そして物語そのものの面白さを問い直しているのでは、と感じられます。

 そしてその視点は、同時にやはり日本有数の物語でありながら、その基調を仁義礼智信忠孝悌という徳目に置く――そして何よりも左母二郎のホームグラウンド(?)である――八犬伝にも向けられていることは言うまでもない、のですが……


 その二つの物語が出会い、交錯した果てに何が待つのか――その想像を絶する結末は、いやはやここまでやるか、いやここまでやってこそ! というべきか……
 忠臣蔵という物語と見事に対決してみせたさもしい浪人、網乾左母二郎。それでは彼と八犬伝という物語との対決の行方は――ぜひご自分で確認していただければと思います。


『元禄八犬伝 五 討ち入り奇想天外』(田中啓文 集英社文庫) Amazon

関連記事
田中啓文『元禄八犬伝 一 さもしい浪人が行く』 八犬伝パロディ ヒーローは小悪党!?
田中啓文『元禄八犬伝 二 天下の豪商と天下のワル』の解説を担当しました
田中啓文『元禄八犬伝 三 歯?みする門左衛門』 小悪党ども、外道狂言に挑む!?
田中啓文『元禄八犬伝 四 天から落ちてきた相撲取り』 さもしい小悪党、真剣に怒る!

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

|

2022.05.17

「コミック乱ツインズ」2022年6月号(その一)

 号数の上ではもう今年も半分になった「コミック乱ツインズ」6月号は、表紙『侠客』、巻頭カラーが『ビジャの女王』。新連載が『列士満』と『江戸時代のちいさな話』、シリーズ連載・読み切りで『風雲ピヨもっこす』『雑兵物語 明日はどっちへ』『玉転師』が掲載と、フレッシュな誌面です。今回も印象に残った作品を一つずつ取り上げましょう。

『ビジャの女王』(森秀樹)
 新展開突入といった印象の今回、これまで幾度か言及されてきたオッド王女の兄・ヤヴェ王子が登場するのですが――そもそもこの王子、この非常事態に今までどこにいたかといえば初めからビジャにいたのですが、これまであまりの不行跡で廃嫡同然に幽閉されていたという状態。貧弱なのに凶暴というどうしようもない人物ですが、そのビジュアルも目つきの悪いうらなりという感じで、これだけ魅力のない人物も珍しいほどであります。

 それでも王亡き後の継承権を持つ王子、しかしこの非常事態に――というわけで重臣たちも頭を抱えますが、ここでジファルの提案で円卓会議が開催されることになります。参加者の大多数によって決定というこの時代には民主的にも見えるシステムですが、ジファルが甘言を弄して重臣たちの間には動揺が広がり、そしてヤヴェ自身もラジンと結んでやろうというどうしようもない状態に……
 しかしそのラジンの側にも身内の敵が――と、この先、再び嵐の予感であります。


『仕掛人めし噺 藤枝梅安歳食記』(武村勇治&池波正太郎(原案))
 本編の合間を縫って描かれる本作、今回は小杉さん登場後――小杉さんが梅安と彦さんの二人をお気に入りの店に連れてくるというエピソード。この店、原作にも登場する鮒宗ですが、子供時代に浪々の身の父とともに極貧に喘いでいた小杉さんが、いかにも曰く有りげな鮒宗の主人に救われたという過去が描かれることになります。
 梅安と彦さんがひと目で鮒宗の主人が只者ではないと見抜く辺りもいいのですが、やはり印象に残るのは料理と、後は妙に可愛い子供時代の小杉さんでしょうか。今ではこんなゴツくなったのに……


『暁の犬』(高瀬理恵&鳥羽亮)
 水野家の御家騒動も行き着くところまで行き、ついに二胴部隊による拝郷家老襲撃という最終手段を使うに至った反お国替え派。家老の命は辛うじて守られたものの、警護の藩士に幾人もの犠牲が――むしろ全滅でなかっただけよかったと思いますが、しかし人死にが出るほどの御家騒動が(あと、無関係の人間を実験台にする殺人部隊を抱えているのも)明るみになれば、御家がタダでは済みません。
 かくてこの二胴の殺人部隊壊滅に向けた動きが進む中、佐内は敵の中核であり、かつて自分を襲撃してきた――そして何よりも父の仇と目される怪剣士・川越恭之介を抑える役目を依頼されるのでした。これにはもちろん佐内も異論はないどころか、立木野らの助勢を断り、一対一の勝負を望む気合いの入れようであります。

 と、そんなことを密談場所の船宿で、終始覚悟の決まりまくった据わった目で語る佐内に対して、他の舟は出払っているので待とう――と飲み会の帰りに巧妙に二人きりになろうとする奴みたいなことを言い出す相楽。いや、久松さんも一緒なのですが、そこで彼らは、佐内にこの仕事を依頼した理由――佐内の父と二胴の刺客の因縁と、それが佐内の剣客としての魂にどのように働くか、それを測っていたという事実を語るのでした。

 それにしても今回の相楽、頼りになる先輩というか兄貴分というか、いつもと違う――という感じですが(でも顔とか首とか触る必要ないよね……)、それに対して、彼も驚くほど覚悟が決まりまくった返事を佐内は返します。
 しかしもはや無関係などとはいえないほどこの件が、そして自分自身が満枝さんと関わっていることを自覚した佐内は、この先何を思うのでしょうか?
(少なくとも、自分が満枝さんを残して亡くなったら、また益子屋が余計なことしそうだしね……)


 やはり長くなりましたので次回に続きます(今回は二回に収めます……)


「コミック乱ツインズ」2022年6月号(リイド社) Amazon

関連記事
「コミック乱ツインズ」2022年1月号(その一)
「コミック乱ツインズ」2022年1月号(その二)
「コミック乱ツインズ」2022年1月号(その三)
「コミック乱ツインズ」2022年2月号(その一)
「コミック乱ツインズ」2022年2月号(その二)
「コミック乱ツインズ」2022年3月号(その一)
「コミック乱ツインズ」2022年3月号(その二)
「コミック乱ツインズ」2022年4月号(その一)
「コミック乱ツインズ」2022年4月号(その二)
「コミック乱ツインズ」2022年4月号(その三)
「コミック乱ツインズ」2022年5月号(その一)
「コミック乱ツインズ」2022年5月号(その二)
「コミック乱ツインズ」2022年5月号(その三)

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

|

2022.05.14

辻灯子『帝都雪月花』『帝都雪月花 昭和怪異始末記』 おかしなコンビの妖怪騒動記

 昭和初期の帝都・東京を舞台に、おんぼろ道場の一人娘・和佳と飼い猫(実は猫又)の寅吉、そして自称妖怪退治屋の青年・秀真を中心に繰り広げられるコミカルな騒動を描く、四コマ漫画とショートコミックの二部作であります。

 まだ震災の爪痕も生々しく残る昭和二年のある日――東京の片隅でおんぼろ道場を営む瓜生家の娘・和佳は、ここ数日行方知れずの飼い猫・寅吉が、洋装の青年に頭から食われるという夢を見て目を覚まします。
 その後父と銀座に出かけた彼女は、そこで夢に現れた青年を目撃。神代秀真と名乗ったその青年は、寅吉の正体が猫又だったと明かし、自分の生業が妖怪退治だと語るのでした。

 この家には妖気が凝っていると告げ、住み込みで対応すると提案する秀真。かくして彼を間借人として置くことになった瓜生家ですが、妖怪騒動はその後も続き……


 という設定で展開するこの『帝都雪月花』シリーズ。じゃじゃ馬かつ締まり屋の和佳と、飄々とした毒舌家の秀真という主役コンビの設定は、普通の(?)妖怪もののように感じられるかもしれませんが、基本的に物語に漂うムードはかなり緩めで、どこか、いやかなりすっとぼけた味わいがあります。

 そもそも普通であればヒーロー役になりそうな秀真自身、妖怪なのか人間なのかちょっと得体の知れない青年。何しろ妖怪退治の方法というか、妖怪を捕らえてどうするのかと思えば、食べてしまう(!)というとんでもないヤツなのですから。(そのほかにも分身が勝手に外をほっつき歩いたり……)
 そんな秀真を前にしてもほとんど動ぜず、普通に(?)ツッコミを入れたり、妖怪よりも家の財政状況に血道を挙げる和佳もある意味ただものではないヒロインというべきでしょう。

 そんな和佳を守ろうとしつつも相手にされず、秀真からは食い物として狙われ――と、実は主人公二人に振り回される猫又の寅吉が一番常識人というシチュエーションも、何とも愉快であります。
 とはいえ、その寅吉自身が油の舐め過ぎで瓜生家の家計を圧迫している(和佳の頭痛の種になっている)のですが……
(もっとも本作では、貧乏なのに次から次へと曰く付きの骨董品に手を出して騒動を起こす和佳の父が、ダメ人間第一位でしょう)

 ちなみに冒頭に述べたとおり、本作の舞台は昭和二年。この時代ならではの事件(史実)そのものが物語の題材となることはありませんが、この時代ならではの風物・風俗がふんだんに背景に散りばめられているのは、なかなか魅力的であります。


 さて本シリーズは、冒頭で軽く触れたように一作目の『昭和余禄』が四コマ漫画、二作目の『昭和怪異始末記』が一話12ページのショートコミックという、いささか変則的な構成となっています。
 実のところ一作目については、ストーリー要素と四コマギャグの部分の食い合わせに今ひとつ部分もあったのですが、二作目はページに余裕があるためか、その辺りは比較的解消されていたかと思います。


 物語的には、作中にそれまで登場してこなかった和佳の母も顔を出して、いささか切ないながらも、まずは大団円を迎えた本作。
(ちなみに一作目の、和佳のフレンドリーファイアオチも愉快)

 最後まで和佳と秀真がほとんどイイ感じにならないというのもまた本作らしい感じで良く、深刻さというのとは縁遠い、肩の力を抜いて読める作品であります。


『帝都雪月花』(辻灯子 芳文社まんがタイムコミックス) Amazon
『帝都雪月花 昭和怪異始末記』(辻灯子 芳文社まんがタイムコミックス) Amazon

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

|

2022.05.10

田中文雄『魔境のツタンカーメン 死人起こし』 少年王と地底都市に彷徨う女王の亡霊

 紀元前14世紀のエジプトを舞台に、凄腕の墓荒らしを主人公に描かれれる冒険活劇の第二弾であります。「死人起こし」の異名も今は昔、墓荒らしを引退したパキが、あのツタンカーメン王とともに、古代の女王の亡霊が彷徨う地底都市を舞台に再び冒険を繰り広げることになります。

 スメンクカラー王の死に端を発し、クレタ島でのミノタウロスとの対決にまで至った冒険から七年後――今は王室出入りの大商人となったパキ。既に墓荒らしからは足を洗ったパキですが、彼の下にかつての同業者が転がり込んできたことから物語は始まります。
 百数十年前に亡くなったハトシェプスト女王の葬祭殿に忍び込んだものの、その女王の亡霊と遭遇したと泡を食って逃げ出してきたその男を匿ったパキ。しかしパキの方も、持ち船の一つが原因不明のまま消息を絶ち、そちらの対応に追われていたのでした。

 船の航路を追って旅立ったパキですが、向かう先の地域で、動くスフィンクスが娘たちを攫っているという奇怪な噂を聞かされることになります。はたして途中立ち寄った港町で、パキたちはスフィンクスが町を襲撃する様を目撃するのですが――しかしそれが幻術と見抜いたパキは、騒ぎの中で引き寄せられるように水辺に向かった娘たちが、巨大なイモリに襲われている現場に遭遇するのでした。
 娘の一人を辛うじて救い、謎の敵を追って舟を出すも、激しい水流に巻き込まれた末に、浮島に辿り着いたパキたち。その前に現れた人物こそは、何とパキもよく知る少年王・ツタンカーメンその人――!


 と、ここまでが全体の四割程度ですが、かなりインパクトが大きい展開であります。前作も終盤はモンスターホラー的な色彩が強くありましたが、本作はこの滑り出しの部分から、動くスフィンクス、鰐ほどもある巨大なイモリや人間大のカエルと大盤振る舞い。
 そして極めつけがツタンカーメン登場! というわけで、タイトルの意味は、魔境にツタンカーメン的人物がいるのかと思いきや、本当に魔境にツタンカーメンが登場するのですから驚かされます。

 もちろん本来であればテーベにいるはずのツタンカーメンですが、この魔境にいたのは、謎の病に苦しむ王妃アンケセナーメンを救うため。以前より謎の神官・ラクダンバから、唯一この病を止める薬を以前より得ていたツタンカーメンですが、薬が残り少なくなったのにいてもたってもいられず、王宮に影武者を置いてきたというのです。
 その途中に船が沈み、ただ一人浮島に辿り着いたというツタンカーメン。しかしパキと出会ってほどなくして浮島も崩壊し、辛うじて何処かに流れ着いた二人は、謎の宮殿に迷い込むのでした。

 その宮殿がある地こそは、死んだはずのハトシェプスト女王が暮らす地底世界。そこで数々の怪異に遭遇しながらも、消えた自分の船の行方と脱出の方法を探るパキですが、しかし地底世界には想像を絶する秘密が……


 前作『迷宮の獣王』が、エジプト内を転々と移動した末に、クレタ島の地下迷宮が舞台になったのに比べれば、中盤以降の舞台は地底世界にほぼ限定され、地理的広がりは抑えめの本作。
 しかしその分、個々のエピソードや描写は掘り下げられ、歴史ホラーというべき独特の世界観がより明確になったと感じます。

 物語の視点も、前作の後半はパキから離れた部分もあって、その分彼の存在感が薄れてしまった感があるのに対し、本作ではほぼ彼の視点に集中しているのも好印象です。
(もっとも、クライマックスはスケールが広がりすぎて、パキは生き延びるのに精一杯となり、事態収拾の役に立ってない印象があるのは、これは前作同様ですが……)

 ただし、前作が古代エジプトとギリシャ(クレタ)を結びつけるという離れ業を見せたのに対し、本作は――こちらも実は他の文明・神話とのリンクが用意されているのですが――その部分については、少々地味に感じられないでもありません。
 もっともクライマックスには、これまでに登場した以上にとんでもない怪物が出現し、そこからさらに思いもよらぬカタストロフィーに展開していくため、地味という印象は全くないのですが……


 古代エジプトを舞台とした冒険ホラーという、日本ではかなり珍しい作品であったこの「死人起こし」二部作。もし第三作があったのであれば、ツタンカーメンの死とそれに伴う第18王朝末期の混乱が描かれたのではないかと感じますが、それは作者亡き後となっては、単なる夢想に過ぎないでしょう。

 何はともあれ「死人起こし」二部作、これにて大団円であります。


『魔境のツタンカーメン 死人起こし』(田中文雄 アドレナライズ) Amazon

関連記事
田中文雄『迷宮の獣王 死人起こし』 紀元前14世紀、エジプトとギリシャを繋ぐ魔神

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

|

2022.04.26

張六郎『千年狐 干宝「捜神記」より』第7巻 大乱闘のその先の真実と別れ

 齢千年の狐・廣天を狂言回しに、中国の怪談集『捜神記』を題材にして描く『千年狐』、その神異道術場外乱闘編もいよいよこの巻で完結であります。並み居る強豪(?)を倒してついに術比べ大会の勝者となった廣天たち。しかし主催者・商荘に対し、廣天が突きつける真実とは……

 いきなり住居を失った末に多額の借金を背負い、すったもんだの末に、豪商・商荘が治める山里に文字通り流れ着いた廣天と神木、宋定伯と医者。そこで商荘が道士たちを集めて賞金と副賞の山を賭けた道術大会を催そうとしていたことを知った廣天たちは、これに飛び入り参加することになります。

 易断の名人の典風、隠形の術を得意とする怪人・黄極君、禁呪使いの美女・娟玉、不吉な未来を告げる周南、一切が謎の人の楊道和――いずれもただならぬ雰囲気を漂わせた面々ですが、口八丁手八丁でこれを退けた(?)廣天たちは見事に優勝、するのですが……
 いざ商荘と対面した廣天(と神木、医者)は、賞金も山も不要、その代わりに商荘と話がしたいと言い出すのでした。はたして廣天の真意とは――?


 というわけで喉から手が出るほど欲しかったはずの賞金と山を不要と言い出した廣天ですが、彼女が求めるのはただ一つ、屋敷の奥にいる者――すなわち、商荘の新妻と直接話をすること。その理由はひとまず置くとして、確かに商荘の妻、いや商荘自身の周囲には、不審な点が数々ありました。

 禁足地である山中の遺跡に並ぶ、不気味な像は何なのか。その山に夜に入り込んで商荘と妻は何をしていたのか。そして何よりも、人前に姿を見せない(そしてやたら背が高く奇妙な姿をした、ポポポとか言いそうな)彼の新妻とは何者なのか?
 そのほかにも、商荘の里では幽鬼が存在しないこと、意味有りげな態度を見せる商荘の使用人など、考えれば不審な点ばかりであります。

 いやそもそも、商荘は本当に道士たちを金持ちらしい気紛れだけで集めたのか――言い換えれば、道士に何をさせようとしていたのか? この巻の前半では、時にひどく冷然と、容赦ない態度で他人に臨む――かつて冥府で阿紫をド詰めした時のように――廣天が、商荘に迫ることになります。
 その果てに描かれるものは、もはや妖怪退治というより憑き物落としというべきもの。そしてその果てに商荘が語るものは……


 かくて意外な結末を迎えることになった道術大会ですが、しかし物語はそれで終わるわけではなく、むしろここからが本番とすら言えます。
 ある理由からあの山に向かうこととなった廣天と商荘、そして道術大会の参加者たち。呉越同舟、目的のためにそれぞれの特技を活かして進む一行ですが、しかし商荘以外には慣れぬ地で、思わぬ暴風雨に襲われ、大混乱を来してしまうのでした。

 そしてその中でもまた、参加者たちそれぞれのドラマが描かれ、それがまた味わい深いのですが――特にその中の一人にまつわる真実には、必ずや度肝を抜かれることになるでしょう。
 それが誰であるのか、それは物語の興を削ぎかねないために伏せますが――以前さらりと描かれた人物や出来事が思わぬ形で後に繋がっていくという、本作ならではの構造の妙に、今回もまた唸らされたとしか言いようがありません。
(そういえば最初から草食ってたなあ……)

 そしてそれが鬼面人を驚かす態の意外性に終わるのではなく、本作の(特にこのシリーズの)底流にあった「血縁関係」「他者との情愛」――突き詰めれば「人間」と「人間」の関係に繋がっていくのも素晴らしい。
 さらにまたそれが、「人間」ならざる廣天と、あるキャラクターとの決別に繋がっていくという展開は――胸が痛むものの、しかしそれも一つの結末として頷けるのです。


 スタート時には、思わぬトーナメントバトル展開に驚かされ、本当に大丈夫かと心配になったこの神異道術場外乱闘編。しかし完結してみれば、きっちりとバトルものらしい展開を描きつつも、テンポの良いギャグを随所に――かなりシリアスな展開が続いたこの巻においても――散りばめ、本作らしい、本作ならではの物語になったかと思います。

 そして千年狐が次に向かう先は――サブタイトルだけ見れば原点(原典?)回帰の予感ですが、さてどうなることでしょうか。
 一つだけわかるのは、どんな形になるにせよ、決して期待は裏切らないものになるだろうということであります。


『千年狐 干宝「捜神記」より』第7巻(張六郎 KADOKAWA MFコミックスフラッパーシリーズ) Amazon

関連記事
 張六郎『千年狐 干宝「捜神記」より』第1巻 怪異とギャグと絆が甦らせる新しい古典の姿
 張六郎『千年狐 干宝「捜神記」より』第2巻 妖狐、おかしな旅の末に己のルーツを知る……?
 張六郎『千年狐 干宝「捜神記」より』第3巻 「こちら側」と「それ以外」の呪縛が生む悲劇
 張六郎『千年狐 干宝「捜神記」より』第4巻 妖狐、冥府に「魂」の在不在、滅不滅を問う
 張六郎『千年狐 干宝「捜神記」より』第5巻 新展開!? 道術バトル編開幕……?
 張六郎『千年狐 干宝「捜神記」より』第6巻 決着、神異道術場外乱闘編!?

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

|

2022.04.24

田中文雄『迷宮の獣王 死人起こし』 紀元前14世紀、エジプトとギリシャを繋ぐ魔神

 小説家としてはホラーを中心に活躍した田中文雄が、実に紀元前14世紀のエジプトから地中海を舞台に描く冒険ファンタジーであります。名うての墓荒らし・パキが巻き込まれたのは、謎の王・スメンクカラーの死にまつわる陰謀。そして冒険の果てに待つものはクレタ島に潜む獣神の謎……

 紀元前1350年、イクナテン王の改革がエジプト王国に波乱を招いていた頃――王族や貴族専門の墓荒らしにして「死人起こし」の異名を持つパキは、恋人で高級娼婦のハトホルの元に最近通ってくる男の貢物が、どこかの王家の墓の副葬品と気付きます。
 それがもとで兵に追われ瀕死の傷を追った男と、ハトホルを成り行きで助けたパキ。彼は、実はミイラ師だった男の死の間際に、宝の奇怪な由来を聞かされるのでした。

 半年ほど前、偶然出会った一行から、若くして死んだ貴人のミイラ作りを命じられた男。しかしその王の頭には二本の小さな角があり、足の指は蹄状になっていたというのです。そして完成したミイラを貴人の妻らとともに埋葬に向かう途中、隙を見て男は宝物を手に逃げ出したというのですが……

 この貴人が、イクナテンの共同統治者のスメンクカラー王であると見抜き、ハトホルとともにその墓に向かったパキ。彼はそこで王妃メリタテンと出会い、彼女から王を殺したのがアメンの神官ゴランであると聞かされるのでした。
 メリタテンとともに新都アケタテンを訪れたパキたちですが、そこで彼らを待っていたのは、複雑怪奇な宮中の勢力分布とイクナテン暗殺の陰謀。その中に巻き込まれたパキは、メリタテンの依頼でスメンクカラーの心臓をクレタまで届けることになるのですが……


 長きに渡る古代エジプト王国でも、最盛期として知られる第18王朝。その中でイクナテン(アメンホテプ四世)は、王権に匹敵する力を持っていたアメンの神官と真っ向から対立し、数々の改革を行った(そして失敗した)ことで、一際異彩を放つ王です。
 本作はこのイクナテンの時代を舞台に、この王朝の権力闘争と、王家を巡る様々な人々、そしてエジプトと諸外国との関係性を描く、実にユニークな物語であります。

 しかし本作は歴史小説ではなく、むしろ伝奇ホラーというべき側面を強く持つ物語。何しろ、イクナテンの子にして現在ではその記録がほとんど残されていない謎の王・スメンクカラーが、角と蹄状の手足を持つ人物として描かれるのですから。
 あたかも「牛」のような特徴を持つスメンクカラーは何者なのか、そして何故そのような体を持っていたのか? その秘密は物語後半、クレタ島に向かったパキを通じて描かれることになります。

 クレタ島、牛、そして本書のタイトルたる「迷宮の獣王」――その意味するところは明らかでしょう。そう、本作は実に、エジプトを飛び出し、ギリシャ神話の世界にまで繋がっていくのです。


 紀元前数千年の古代文明といえばどうしてもエジプトが浮かびますが、本作の舞台となる時代には、ギリシャではミケーネ文明が、そしてクレタ島ではミノア文明がそれぞれ存在していました。
 冷静に考えればさまで地理的な距離はないにもかかわらず、(フィクションの世界であっても)無関係の存在と考えがちのこのエジプトとギリシャを、伝奇的想像力でもって――世界中に散らばる牛神信仰によって――結びつけてみせた点こそが、本作の最大の魅力と感じます。

 そしてその物語の主人公が、世の権威権力からは一定の距離をおいた、一介の墓荒らしというのもユニークなのですが――この点は逆に権力者の世界の奥深くまでは彼が入れず、後半の陰謀劇が彼の預かり知らぬところで展開することになっているのは、少々残念なところではあります。

 それでも終盤、ギリギリまで出番を抑えた超自然的存在が一気に跳梁するモンスターホラー的クライマックスは、伝奇者としてはたまらないところで、題材の面白さと合わせて、十分満足出来た作品です。


『迷宮の獣王 死人起こし』(田中文雄 アドレナライズ) Amazon

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

|

2022.04.17

「コミック乱ツインズ」2022年5月号(その二)

 「コミック乱ツインズ」2022年5月号の紹介その二であります。

『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 謎の支援者をあぶり出すため、聡四郎が町で絡まれた破落戸たちを叩きのめし、敢えて自分の名を出してみたら思わぬ波紋が――という展開となった前回。読者にはそれが誰の差し金かわかっているのですが、しかし聡四郎にとってはとんでもない大物が関わっていることしかわからないという、これはこれで実に尻の座りの悪い状況であります。

 しかしそんな中でもお役目は果たさねばならないのが勤め人の大変なところ。聡四郎は、元々のお役目である米相場高騰の原因を探ることになりますが――といっても町を歩き回るだけでそうそう簡単に掴めるはずもなく、むしろ役に立ったのは、家に帰ってからの紅さんの言葉。そこで聡四郎は紀伊国屋に向かうのですが――いやいや、基本的に宿敵の元に飛び込むとは博打打ちすぎでは、と心配になります。案の定、うかつに敵を増やすことには定評がある聡四郎らしく、ここで紀文の配下が独自に動くことに……

 そうとは知らず、師・入江無手斎の特訓に協力する聡四郎。本作の迫力担当(?)というべき無手斎だけあって、片手とは思えぬ強烈な技を見せて聡四郎をたじろがせますが、しかしそれ以上に畏れるべきは、宿敵であり自分が倒した鬼伝斎の技をも取り入れるその柔軟性ではないでしょうか。
 そして特訓につきあわされた上に怒られるというちょっと理不尽な目にあった聡四郎ですが、しかしその教えは思わぬ形ですぐに役立つことに――と、新たな強敵の出現を描きつつ、次回に続きます。


『かきすて!』(艶々)
 娘三人の江戸に向かう旅日記としてスタートした本作ですが、既に江戸に到着して久しく、ここ数回は三人娘が江戸で出会った事件が描かれています。今回もそのパターンと思いきや……

 男に騙され、悲惨な最期を迎えたというお町。彼女とは幼馴染だった三人娘のおゆきとおはるは、お町の妹とともに、お町を騙した男を懲らしめるため、幽霊騒動を仕掛けることに――という今回の展開。
 これはどう考えても失敗してマズいことになるパターンでは、と思っていたところに、同じく三人娘のナツに何やら意味深なシーンが描かれ――という展開を受けて、ラストに思いもよらぬ大どんでん返しが描かれることになります。

 正直に言ってかなり唐突な展開に驚きましたが、おそらく本作でほとんど初めてであろうアクションシーンのキレもよく、これはこれでアリかな、という気もいたします。しかしこの展開は最終回かな、と思いきや、次回もあるようで、三人旅から今度は一人旅に変わるということでしょうか。


『しくじり平次』(所十三&野村胡堂)
 ヤンキー漫画と恐竜漫画のベテランによる特別読み切りは、前作から(おそらく)7年ぶりに登場の、漫画版『銭形平次捕物控』であります。

 雪の夜の翌朝、山谷の寮で何者かに刺し殺された姿で見つかった遊女屋・佐野喜の主・弥八。因業で周囲から数多くの恨みを買い、誰に殺されてもおかしくない人物でしたが、三輪の万七親分にしょっぴかれたのは、以前平次の下っ引きをしていた田圃の勝太郎だったのです。
 吉原で火事があった際、言い交わした仲だった妓を見世の納戸に閉じ込めて死なせた弥八を殺すと公言し、事件当日も近くで目撃されていたことから、圧倒的に不利な立場の勝太郎。平次は寮の周囲の人々から聞き込みを始めるのですが……

 原作の「雪の夜」を基本的に忠実に漫画化した本作ですが、ここで描かれる平次は、タイトルに相応しくというべきか、かなり三枚目的な色彩の強いキャラクター。下女のお鶴から話を聞き出す際に一緒に折り鶴を折るくだりや、お馴染み三輪の万七親分と漫才のようなやり取りをしながら推理の穴を突いていく場面など、何ともユーモラスな味わいがあり、親しみやすさという点では群を抜いています。

 そんな味付けをしつつも、原作ではちょっと勘に近かった謎解きを、トリックは基本的にそのままに、一ひねり加えてみせる点なども巧みな本作。「しくじり平次」という原作にあるもう一つの、そしてあまり知られていない呼び名を冠してあえて銭投げを外しつつ、読後感の良い人情推理として成立させてみせた作品です。


 次回でラストです。


「コミック乱ツインズ」2022年5月号(リイド社) Amazon

関連記事
「コミック乱ツインズ」2022年1月号(その一)
「コミック乱ツインズ」2022年1月号(その二)
「コミック乱ツインズ」2022年1月号(その三)
「コミック乱ツインズ」2022年2月号(その一)
「コミック乱ツインズ」2022年2月号(その二)
「コミック乱ツインズ」2022年3月号(その一)
「コミック乱ツインズ」2022年3月号(その二)
「コミック乱ツインズ」2022年4月号(その一)
「コミック乱ツインズ」2022年4月号(その二)
「コミック乱ツインズ」2022年4月号(その三)

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

|

2022.04.16

「コミック乱ツインズ」2022年5月号(その一)

 今月の「コミック乱ツインズ」は、表紙が『勘定吟味役異聞』、巻頭カラーが『はんなり半次郎』。また、久々に『かきすて』が登場です。今回も印象に残った作品を一つずつ紹介していきます。

『はんなり半次郎』(叶精作&篁千夏)
 求善賈堂のいつもの面々に助けを求めてきた、祇園の料亭の次板・太郎左。店の主人が患い込み、太郎左が恋仲の店の娘と結婚して暖簾を継ぐはずが、既に暖簾分けされた兄弟子の藤吉が現れて、料理勝負することになったというのですが――料理の腕はどう考えてもあちらが上。弱りきっている太郎左に、半次郎は南蛮渡来の食材と調味料の数々を提供して……

 本作で骨董品ネタと並んで多かった印象のある南蛮渡来の風物ネタに料理ネタが絡んだ、読んでいてお腹が空く今回。正直なところ、これは腕の勝負ではなく、食材と調味料の差で勝負しているようにしか見えないのですが――まあ話の裏はほとんど見えている状態でしたし、展開として非常に爽やかなのでこれはこれでOKでしょう。

 ……と、最終ページまで来てひっくり返ったのですが、本作は今回が最終回。これから明るい未来が来るかもしれないから頑張ろう的なラストですが、そこで半次郎たちとニコニコしている土方はこの後――と思うと、ちょっと落ち着かない気分になったというのが正直なところです。


『暁の犬』(高瀬理恵&鳥羽亮)
 二胴の暗殺者との激突に向け、己の生を擲つ覚悟で剣を磨いていた最中の佐内のもとに飛び込んできた悲報。それは数日前から行方不明となっていた根岸が、恐れていた通りの姿で見つかったという報せでした。その発見場所に向かった佐内が見たのは、根岸が、おびき出しに使われた馴染みの女とともに、こう、二胴の実験台にされた後で……(露骨に描かれなくても、顔や体の位置関係でどんな状態かわかってしまうのがキツい)
 しかしここで真の鬼っぷりを感じさせたのは、彼らの雇用主たる益子屋。この惨憺たる有様のところに、根岸の妻女を招いて根岸と対面させるという――いやいや、もう少し色々な意味で整えてからにしましょうよ!

 それはさておき、これは曲がりなりにも彼の許嫁である満枝が、同様に自分を誘き出すための犠牲にされかねないという、佐内にとっては最も恐ろしい事態を示すものでもあります。そうとは知らず、最近ろくに食事も取っていないという佐内のために甲斐甲斐しく手料理を作って待つ満枝ですが、彼女が心配すぎる(さりとて事情を打ち明けるわけにもいかない)佐内に頭から怒鳴りつけられ、一人家路を辿ることに――と、これはかなりマズいシチュエーションではありませんか。
 はたして惨劇がまたも繰り返されるのか!? と不安になりましたが、これは彼女のことも知っているあの人の手配りでしょうか――本作でひたすらシブく仕事をキメてきたあの人がここでもナイスフォロー。まずはホッと一息であります。

 しかし、状況は佐内一人の思惑など関係ない場所で動き始めます。元々この暗闘は、水野忠邦家中での勢力争い――その片割れであり、二胴の暗殺者たちを擁する二本松・大道寺派が決着を急ぎ、ラストには思わぬ大殺陣が展開することになります。一歩間違えれば佐内の戦いも全く事情が変わりかねないこの状況がどちらに転ぶことになるのか――クライマックスは目前という印象であります。

 ちなみに今回、水野忠成の用人・土方なる人物が登場しましたが、時代ものでは悪役が多い土方縫殿助のことでしょう。本作では結構普通のおじさんでしたが……


『仕掛人 めし噺 藤枝梅安歳食記』(武村勇治&池波正太郎(原案))
 前回からスタートしたグルメスピンオフ、今回描かれるのは、梅安の相棒といえばもちろんこの人、彦さんとの二人旅。タイミング的には本編の「殺しの四人」と「秋風二人旅」の間のエピソード――というか「秋風二人旅」の冒頭の語られざる物語であります。

 といっても内容の方は、梅安と彦さんがお伊勢参りの前後に芋川うどんを、伊賀のぼたん鍋を食べまくるという食デート回。いやはや、こんなに楽しく生きてるんだったら仕掛けなんて手を染めなくてもいいのに――と勝手なことを考えてしまいますが、そこで彦さんがフッと重い影を覗かせたところで、ラストは「秋風二人旅」に繋がって終わります。

 前回の内容も考えると、このまま本編の流れを追いながら、その合間の梅安たちの食の姿が描かれるということになる様子で、これはなかなか楽しい企画です。


 恐縮ですが長くなりますので次回に続きます(全三回予定)。


「コミック乱ツインズ」2022年5月号(リイド社) Amazon

関連記事
「コミック乱ツインズ」2022年1月号(その一)
「コミック乱ツインズ」2022年1月号(その二)
「コミック乱ツインズ」2022年1月号(その三)
「コミック乱ツインズ」2022年2月号(その一)
「コミック乱ツインズ」2022年2月号(その二)
「コミック乱ツインズ」2022年3月号(その一)
「コミック乱ツインズ」2022年3月号(その二)
「コミック乱ツインズ」2022年4月号(その一)
「コミック乱ツインズ」2022年4月号(その二)
「コミック乱ツインズ」2022年4月号(その三)

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

|

2022.04.05

千葉ともこ「二翼の娘」 現実主義者の目に映った神獣譚

 『震雷の人』で松本清張賞を受賞、デビューした作者が、中国の神獣を題材として描く短編シリーズの第二弾であります。今回描かれることとなるのは水の神獣、その神獣の子を宿したと信じる娘とその兄の辿る運命とは……

 貢挙試を来年に控え、将来の立身出世に燃える青年・陵。彼にとって、美しいがどこか浮世離れした妹の桂子は、その婚姻が自分の人生を左右しかねない(としか考えていない)存在でありました。
 しかしそんな桂子に名家との縁談が決まった矢先、彼女がどこの誰ともわからぬ男の子を身ごもっていることが判明したではありませんか。

 陵たちが母を失った十年前の旱魃の最中に、干からびかけていた不思議な生き物――大きな爪のある四本の足と黒く光る尾、背には二つの翼を持つ生き物を助けたと語ってきた桂子。お腹の子は、眼帯をつけた貴公子となって現れたその二翼の獣の子だと、彼女は語るのでした。
 当然そんな話は信じず、不名誉な噂が立つ前に――と考えた陵は桂子を川に突き落としたものの、不可解な現象によって彼女は助かることになります。

 そしてほどなく現れた、桂子の腹の子の父を名乗る貴公子・段機。かくて段機の妻となった桂子ですが、しかし段機は陵に対して思わぬことを告げるのでした。
 実は桂子の本当の夫は、自分の双子の弟であると語る段機は、陵に対して、ある恐ろしい企てを持ちかけるのですが……


 立身出世を追い求める、あまりにエゴイスティックな青年――そのためであれば妹は道具扱い、そして己より優れた弟は容赦なく除こうとする――である陵の視点から描かれる本作。極めて現実主義者的な感覚を持つその彼の目を通すことで、物語は不思議な像を結ぶことになります。

 何しろ妹が語る物語は、あたかもおとぎ話(あるいは「中華ファンタジー」)のような内容。かつて命を助けた神獣が、美青年となって現れ、彼と契った――などと言われたら、陵でなくとも疑わしく思うのが当然というものでしょう。

 しかし物語が進んでいくにつれて、徐々に彼女の言っていることが真実であると信じざるを得ないような出来事が起き、そしてその貴公子本人が登場。
 しかもその貴公子にもまた秘密が――と、自分が見ているものがどこまで現実のものなのか、やはり陵同様に、こちらも混乱させられるのです。

 しかし悲しいかなというべきか、そこでも極めて現実的主義的思考を捨てない彼は、その状況を自分の有利に利用としようとするのですが――その代償は決して小さなものではないのであります。

 そんな本作は、己の狭い視野に映るものしか信じない者を嗤う、一種寓話的性格を持つ物語であることは間違いありません。しかしそれ以上に断罪されるのは、己の血を分けた家族をも、己の道具と考えて恥じない精神というべきでしょう。

 物語の結末に描かれるのは、そんな人間たち――さらにはそんな人間たちがはびこる社会に対する、痛快な反撃の一撃であります。そしてそれは、いるかいないか定かではない神獣(のみ)ではなく、現実を生きる者。そして道具とされてきた者の力によるものなのであります。


 ミステリアスで一筋縄ではいかない神獣譚であると同時に、エンパワメントの精神溢れる物語である本作。物語そのものの魅力はもちろんのこと、この先何が飛び出してくるのかわからないシリーズ自体にも期待をもたせてくれる快作であります。


「二翼の娘」(千葉ともこ 「オール讀物」2021年6月号掲載) Amazon

関連記事
千葉ともこ「一角の涙」 正義の神獣を戴く男の末路

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

|

2022.04.03

武川佑『かすてぼうろ 越前台所衆 於くらの覚書』 移り変わっていく時代の人々を救う料理

 これまで戦国ものを中心に、独自の視点の歴史小説を発表してきた作者の最新作の題材は、なんと料理。関ヶ原前後の時期を舞台に、サブタイトルのとおり、越前国で台所衆(料理人等、台所で働く使用人)として奮闘する少女の姿を通じて、この時代の姿を浮き彫りにするユニークな物語です。

 越前の田舎で育ち、府中城の台所で下女働きを始めた十三歳の於くら。日頃から意地悪な他の台所衆に折檻されてばかりの於くらの運命は、ある晩台所につまみ食いにやってきた初老の武士の相手をしたことによって、大きく変わることになります。

 実はこの武士こそは府中に移封されたばかりの城主・堀尾吉晴その人。そしてこれがきっかけで、於くらは吉晴から「かすてぼうろ」作りを命じられることになったのです。
 折しも関ヶ原直前の時期、徳川方についた吉晴が、同じ越前の北ノ庄城城主・青木一矩説得の饗応の膳に出そうとしているかすてぼうろ。於くらは、吉晴から与えられた南蛮料理書を頼りに、小姓の前場三郎と共に懸命にかすてぼうろ作りに打ち込むことに……


 この第一話「かすてぼうろ」から始まり、全六話で構成される本作。ここでの経験をきっかけに、台所衆――それも腹だけでなく心をも満たす台所衆を目指すことになった於くらは、その後も料理の腕と創意工夫、そして何よりも食べる相手を思いやる心で活躍することになります。

 ついに始まった関が原の前哨戦で、大谷吉継との戦に従軍することとなった於くらが、目の前での知り人の死を乗り越えて戦場で食事を作る「里芋田楽」
 吉晴の移封に伴い、新たに結城秀康が入る北ノ庄城の台所衆に推薦された於くらが、気難しい家老・本多富正の心を動かそうと奮闘する「越前蕎麦」
 包丁役就任の条件として包丁式披露を命じられた於くらが、式次第を学ぶために向かった丹生郡で、隠居した包丁役の娘と漁師の恋路を助ける「一番鰤」
 婚礼を間近に控えた於くらが、秀康の養父・晴朝から秀康の苦い思い出を聞かされ、秀康に甘い握り飯を作ろうとする「甘う握り飯」
 徳川と豊臣の架け橋になろうと決意した秀康と家康との対立に巻き込まれた三郎を救うため、於くらが家康相手の本膳料理と太閤さまの鯛料理に挑む「本膳料理」

 いずれのエピソードも、サブタイトルに掲げられた料理だけでなく、様々な料理が登場(その際に考証を踏まえた解説が入るのも楽しい)。そしてもちろん料理を作るだけでなく、於くらは周囲の善意に助けられてつつ様々な試練をくぐり抜け、料理で人々を救い、そして愛する人と出会うことになるのです。


 現在の歴史時代小説のトレンドとして、料理もの、特に本作のように女性が主人公の作品は、かなりの数が存在しています。そしてその中では、上に挙げたような展開は、一つの定番といってよいでしょう。
 しかし料理もののほとんどは、江戸時代の市井を舞台としている作品であって、本作のような舞台設定はかなり珍しいといえます。(戦国時代が舞台の料理ものもありますが、こちらは男性が主人公となる傾向が強い)

 そして感心させられるのは、本作が関ヶ原の戦の直前から戦の五年後までという、戦乱から太平の時代に移り変わっていく時代を舞台としている点であります。

 本作は、於くらの活躍を描く一方で、かつて柴田勝家の台所衆であった老人、伏見から隠居してきた庖丁役、かつて朝倉の落ち武者に飯を運んだことがある於くらの母といった、戦国を生きてきた人々の姿をも、さらりと、しかし極めて印象的に描きます。
 そしてそんな戦国ならではの食の記憶を背負う人々がいる一方で、於くらが北ノ庄で世話になる北ノ庄の煮売茶屋の女将・哉ゑのように、新しい時代に食で挑んでいこうという人間もいるのです。

 そう、人々が生き延びるだけで必死であった時代から、生きることが当たり前となりそれを楽しむ時代へ――そんな時代の流れの中でも、かつての時代を引きずった者もいれば、これからの時代に戸惑う者もいる。本作で於くらが料理を通じて救うのは、そんなこの時代ならではの人々なのです。
 そしてそれは、これまでの作者の作品で描かれてきたもの――戦国時代に在ったのは、「武者」「武将」といった属性ではなく、一個の生きた人間であるという、本当は当たり前ながら見過ごされがちな事実を、食を通じて捉えたものであると感じます。


 定番のようでいて、材料も調理法も変えることで、全く新しい味――それも新奇なだけでなく、どこかホッとさせられるもの――を生み出してみせる。本作はそんな作品であります。


『かすてぼうろ 越前台所衆 於くらの覚書』(武川佑 ) Amazon

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

|

より以前の記事一覧