2024.12.31

2024年に語り残した歴史時代小説(その二)

 今年まだ紹介できていなかった作品の概要紹介、後編です。

『了巷説百物語』(京極夏彦 KADOKAWA)
 ついに登場した『巷説百物語』シリーズ完結編は、長い間待たされた甲斐のある超大作。千代田のお城に巣食っているでけェ鼠との対決は思わぬ方向に発展し、壮絶な決着を迎えることになります。

 そんな本作の魅力は、何と言ってもオールスターキャストでしょう。山猫廻しのお銀や事触れの治平ら、お馴染みの化け物遣いの面々に加えて、西のチームや算盤の徳次郎が集結――その一方で化け物遣いと対峙する存在として、嘘を見破る洞観屋の藤兵衛、化け物を祓う中禅寺洲斎が登場、さらに謎の悪人集団・七福連も登場し、幾重にも勢力が入り乱れた戦いが繰り広げられます。

 とにかく、過去の登場人物や事件まで全てを拾い上げ、丹念に織り上げた物語は大団円にふさわしい本作ですが、その一方で過去の作品の内容と密接に関わっている部分もあり、単独の作品として読む場合にはちょっと評価が難しいのは否めないところでもあります。


『円かなる大地』(武川佑 講談社)
 アイヌを題材とした作品といえば、その大半が明治時代以降を舞台としていますが、本作は戦国時代というかなり珍しい時期を題材に、その舞台だからこその物語を描いてみせた雄編です。

 些細なきっかけから、蝦夷の戦国大名・蠣崎家から激しい攻撃を受けることとなったシリウチコタンのアイヌたち。悪党と呼ばれるアイヌ・シラウキによって人質にされた蠣崎家の姫・稲は、女性たちをはじめアイヌに対してあまりにも無惨な所業に出る和人を止めるため、ある手段に出ることを決意します。
 しかし、籠城を続けるシリウチコタンが保つのは十五日程度、その間に目的を果たすべく、稲姫とシラウキを中心に、国や人種の境を越えた人々が集い、旅に出ることに……

 戦国時代の一つの史実を題材に、アイヌと和人の間で悲惨な戦いを避けるべく奔走した人々を描く本作。作中でアイヌが置かれた状況のあまりの過酷さに重い気持ちになりつつ、主人公たちが目的を達成できるよう、これほど感情移入して応援した作品はかつてなかったと思います。

 しかし本作は、単純にアイヌと和人を善悪に分けるのではなく、そのそれぞれの心に潜むものを丹念に描いていきます(悪役と思われた人物の思わぬ言葉にハッとさせられることも……)。
 作者はこれまで、戦国ものを描きつつも、武器を取って戦う者たちの視点からではない、また別の立場から戦う者の視点から物語を描いてきました。本作はその一つの到達点と感じます。


『憧れ写楽』(谷津矢車 文藝春秋)
 ここからは最近の作品。来年の大河ドラマの題材が蔦屋重三郎ということで、蔦屋だけでなく彼がプロデュースした写楽を題材とする作品も様々に発表されています。

 その一つである本作は、写楽の正体は斎藤十郎兵衛だけではない、という当人の言葉を元に、老舗版元の若き主人である鶴屋喜右衛門が喜多川歌麿と共にその正体を追う時代ミステリですが――しかし謎を追う過程で喜右衛門がぶつかるのはどこか我々にも見覚えのある「壁」や「天井」です。
 それだけに重苦しい展開が続きますが、だからこそ、その先に描かれる写楽の存在に託されたものが胸に響きます。


『イクサガミ 人』(今村翔吾 講談社文庫)
 Netflixで岡田准一主演で映像化という、仰天の展開が予定されている『イクサガミ』。当初予定の三作では終わりませんでしたが、しかし三作目の本作を読めば、いいからまだまだやってくれ! と言いたくもなります。
 いよいよ「蠱毒」も終盤戦、東京に入れるのは十名までというルールの下、残り僅かな札を求めて強豪たちが集結――前半の島田宿では、まだこれほどの使い手がいたのか! と驚かされるような面子が集結し、激闘を展開します。
 その一方で、主催者側の隠された意図もちらつきはじめ、いよいよ不穏の度を増す戦いは、東京を目前とした横浜でクライマックスを迎えます。文字通り疾走感溢れる決戦の先に何が待つのか――来年刊行される最終巻には期待しかありません。

 最後にもう一作品、『篠笛五人娘 十手笛おみく捕物帳 三』(田中啓文 集英社文庫)については、近々にご紹介の予定ですので、ここでは名前のみ挙げておきます。

それでは良いお年を!

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2024.12.30

2024年に語り残した歴史時代小説(その一)

 今年も残すところあと二日。こういう時は一年の振り返りを行うものですが――既に読んでいるにもかかわらず、まだ紹介していない作品が(それも重要なものばかり)かなりありました。そこで今回は二日に分けてそうした作品に触れていきたいと思います。(もちろん、今後個別でも紹介します……)

『佐渡絢爛』(赤神諒 徳間書店)
 いきなりまだ紹介していなかったのか、と大変恐縮ですが、今年二つの賞を取り、年末のベスト10記事でも大活躍の本作は、その評判に相応しい大作にして快作です。

 元禄年間、金鉱が枯渇しかけていた佐渡で、謎の能面侍による連続殺人が続発。赴任したばかりの佐渡奉行・荻原重秀は、元吉原の雇われ浪人である広間役に調査を一任し、若き振矩師(測量技師)がその助手を命じられることになります。水と油の二人は、衝突しながらもやがて意外な事件のカラクリを知ることに……

 と、歴史小説がメインの作者の作品の中では、時代小説色・エンターテイメント色が強い本作ですが、しかし作者の作品を貫く方向性はその中でも健在です。何よりも、ミステリ・伝奇・テクノロジー・地方再生・青年の成長といった様々な要素が、一つの作品の中で全て成立しているのが素晴らしい。
 「痛快時代ミステリー」という、よく考えると不思議な表現が全く矛盾しない快作です。


『両京十五日 2 天命』(馬伯庸 ハヤカワ・ミステリ)
 今年のミステリランキングを騒がせた超大作の後編は、前編の盛り上がりをさらに上回る、まさに空前絶後というべき作品。明朝初期、皇位簒奪の企てを阻むため、南京から北京へと急ぐ皇太子と三人の仲間たちの旅はいよいよ佳境に入る――というより、上巻ラストの展開を受けて、三方に分かれることになった旅の仲間たちが、冒頭からいきなりクライマックスを繰り広げます。

 地位や身の安全よりも友情を取るぜ! という男たちの侠気が炸裂したかと思えば、そこに恐るべき血の因縁が絡み、そして絶対的優位な敵に挑むため、空前絶後の奇策(本当にとんでもない策)に挑み――と最後まで楽しませてくれた物語は、最後の最後にそれまでと全く異なる顔を見せることになります。
 そこでこの物語の「真犯人」が語る犯行動機とは――なるほど、これは現代でなければ描けなかった物語というべきでしょう。エンターテイメントとしての魅力に加えて、深いテーマ性を持った名作中の名作です。


『火輪の翼』(千葉ともこ 文藝春秋)
 『震雷の人』『戴天』に続く安史の乱三部作の完結編は、これまで同様に三人の男女を中心に描かれた物語ですが、その一人が乱を起こした史思明の子・史朝義という実在の人物なのもさることながら、前半の中心となるのがその恋人である女性レスラー(!)というのに驚かされます。

 国の腐敗に対し、父たちが起こした戦争。しかしそれが理想とかけ離れた方向に向かう中、子たちはいかにして戦争を終わらせるのか。安史の乱という題材自体はこれまで様々な作品で取り上げられていますが、これまでにない主人公・切り口からそれを描く手法は本作も健在です。

 ただ、歴史小説にはしばしばあることですが、結末は決まっているだけに、主人公たちの健闘が水の泡となる展開が続くのは、ちょっと辛かったかな、という気も……


『最強の毒 本草学者の事件帖』(汀こるもの 角川文庫)
『紫式部と清少納言の事件簿』(汀こるもの 星海社FICTIONS)
 前半最後は汀こるものから二作品を。『最強の毒』は、偏屈者の本草学者と、男装の女性同心見習いが数々の怪事件に挑む――というとよくあるバディもの時代ミステリに見えますが、随所に作者らしさが横溢しています。
 まず表題作からして、これまで時代ものではアバウトに描かれてきた「毒」に、本当の科学捜査とはこれだ! とばかりに切込むのが痛快ですらあるのですが――しかし真骨頂は人物造形。作者らしいセクシャリティに関わる目線を随所で効かせた描写が印象に残ります(特にヒロインの男装の理由は目からウロコ!)

 一方、後者は今年数多く発表された紫式部ものの一つながら、主人公二人の文学者としての「政治的な」立場を、ミステリを絡めて描くという離れ業を展開。フィクションでは対立することの多い二人を、馴れ合わないながらも理解・共感し、それぞれの立場から戦うシスターフッドものの切り口から描いたのは、やはりさすがというべきでしょう。


 以下、次回に続きます。

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2024.11.23

意外な面々が迫るあの日の惨劇の真相 高橋留美子『MAO』第22巻

 『MAO』第22巻は、前巻から続く生人形との戦いから。そして菜花の想いと摩緒の想いを描くエピソードに続いて、物語の核心の一つ――平安時代に起きたあの日の惨劇の真相に、意外な面々が迫ることになります。

 巷を騒がす、生人形による連続殺人。御降家の人形師によるというその生人形を追う摩緒たちは、生人形の動力が、白眉の鉄の案山子から盗まれたものであったことを知って――と、白眉の新御降家ではない第三者の仕業であったこの事件ですが、そこに白眉が現れたことで、混沌とした戦いが繰り広げられることになります。

 摩緒たちと白眉の戦いは、これまで幾度繰り広げられたかわかりませんが、しかしそんな中でも進歩していくのが人間と言うべきか、木剋金で不利なはずの華紋が、技の内容で白眉と互角に戦ってみせるのが印象に残りました。

 そしてこの巻では、この後に菜花が巻き込まれた二つの事件が描かれます。ある日から大量の鼠を喰らうようになり、蛇のような姿と化した女性、調伏しに来た祈祷師に取り憑いて暴れまわる鬼の腕――いずれも摩緒たちのような熟練者にとっては大した事のない相手ですが、しかし菜花にとっては強敵です。
 それでも彼女が逃げずに立ち向かうのは、そんな相手に負けない強さを手にするため――そして摩緒と共に戦うため。その想いで地血丸を手に戦う菜花ですが、しかしその力を思うように使いこなすにはまだ力が足りません。

 そして摩緒と共に戦ってた後者はともかく、偶然遭遇したこともあって前者とただ一人で戦っていた彼女を助けることとなったのはなんと幽羅子。相変わらず真意の読めぬ彼女ですが、その彼女から先日摩緒と会ったことを聞かされたことから――そしてそれを摩緒から聞かされていないことから――激しく菜花は動揺します。

 この辺りの、バトルものと恋愛ものという相反する物語を、キャラクターの感情でもって結びつけ、動かしてみせるという展開には、作者にとっては自家薬籠中の物というべきでしょう。
 とはいえ、菜花が自分の感情をぶつけるには摩緒は重すぎる過去(しかも現在進行形)の持ち主、そして当の摩緒は極め付きの鈍感というわけで、それなりに微笑ましくあるこの両片思いは、まだまだ先が長そうです。


 しかし、そんな悠長なことを言っていられないのは陰謀を巡らせる側です。自分の目的のために夏野を使って大五を蘇らせた猫鬼ですが、しかし大五は己の意のままにならず、それどころか夏野の瞳に魂を宿して、自分自身の目的のために動いている様子。それならばその目的――御降家崩壊の日の真実、いや紗那の死の真相を彼に知らせればよいと考えた猫鬼は、真相を知るであろう唯一の人物である幽羅子を標的に定めたのです。

 かくしてこの巻の終盤では、猫鬼・夏野・幽羅子・白眉という面々によって、「あの日」の真実の一端が語られることになります。

 非常に入り組んでおり、かつ断片的に語られているのでややこしいのですが、当初摩緒の仕業と思われた紗那の死は、実は幽羅子の邪気によるものであり、しかしそれは紗那が望んだことでした。その理由は、愛する大五に先立たれた悲しみと幽羅子は語ったのですが――しかし大五の死は狂言であり、それを紗那も知っていたのです。

 それでは紗那はなぜ自ら死を望んだのか? それを幽羅子が知ると考えた猫鬼は、白眉を引き込んで幽羅子を謀り、ある行動を取らせます。そしてそこに現れた夏野が指摘した事実は、これまでの前提を一変させることに……


 というわけで、またもや波乱含みとなったところで次の巻に続くことになります。

『MAO』第22巻(高橋留美子 小学館少年サンデーコミックス) Amazon

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2024.11.22

薄幸の貴公子の次は肉体派オヤジ!? 出口真人『前田慶次かぶき旅』第17巻

 中国路を行く前田慶次の旅はまだまだ続きます。思わぬ成り行きから小早川秀詮のもとに向かうことになった慶次は、余命幾ばくもない秀詮のために粋な計らいをすることになります。そして次なる武将は福島正則――今なお豪腕を誇る正則が語る想いとは……

 吉川広家の元で出会った毛利輝元の娘・古満姫を、かつての夫である小早川秀詮に会わせるために一肌脱ぐことになった慶次。
 関ヶ原での裏切りから「天下一の不忠者」と呼ばれる秀詮ですが、しかしその内実は、若さに似合わぬ傑物だった――と、前巻で語られたわけですが、この巻でも冒頭から、徳川家康と黒田如水をして「惜しい」と言わしめるほどの秀詮のいくさ人ぶりが語られます。

 しかし、秀詮の余命はあとわずか――そして今なお彼を慕う古満姫も、堂々と彼と別れを惜しむわけにはいかない立場にあります。
 もちろん、だからといって、慶次がそんな二人に手をこまねいているはずもありません。いつもの横紙破りとは一味異なる、粋なやり方で機会を用意する慶次ですが――それを受けての二人のやりとりは、まことに切なくも、しかし美しく凛としたもの。この別れの姿は、この巻の名場面の一つというべきでしょう。


 さて、秀詮そして古満姫と別れを告げ、旅を続ける一行の前に現れたのは、線の細い薄幸の貴公子とは正反対の、ごっつい肉体派オヤジ――そう、秀吉子飼いの中でも武断派で鳴らす福島正則です。
 吉川から小早川へ、自分の領地・安芸広島をすっ飛ばして慶次が向かったのに腹を立てた正則。彼は、伝説のかぶき者も何事やあらんとばかりに、自分の下に呼びつけ、力比べをして取り拉いでやろうとしていたのです。

 いやはや、全くもって正則ならやりそう、という展開ですが、その結果がどうなるかは言うまでもありません。この物語の頃、史実では正則は約40歳、慶次は約70歳――いくら何でもという気もしますが、本作はいわば講談。これくらいは大アリでしょう。

 そしてぶつかった後は酒盛りで親交を深めるのも言うまでもありませんが、しかしその中で正則は意外な側面を見せることになります。
 上で述べたように、秀吉子飼いでありながらも、関ケ原では東軍で戦った正則。そこに至るまでに、彼に何があったのか――本作はそれを語るに、豊臣秀次の悲劇を描きます。

 秀吉とは従兄弟であり、その秀吉に天下を取らせるために戦ってきた正則。しかし天下を取った後の秀吉の行動は、己の血を憎むかのように、血縁に対して過酷に過ぎるものでした。
 その筆頭が秀次であったわけですが――それを恨むことなく、従容と運命を受け入れた秀次の最期に、武人の本懐を見た正則。そしてその彼もまた、武人としての己を貫くために、天下を取ろうとする家康の下で戦った……

 明快なようで屈折した正則の想いですが、そんな想いの根底には、タイプとしても立場としても正反対であった小早川秀詮とある意味共通する、血縁者だからこその秀吉への複雑な愛憎があったというのは、興味深い視点です。
 その一方で、正則が秀詮とはまた異なる彼なりの道を選んだ理由に、信長と秀吉と出会った幼き日の思い出があった――という展開も、彼に爽やかかつ切ない陰影を与えているといえます。


 さて、安芸広島での冒険はまだ少し続くようですが、次の巻では村上海賊との出会いが描かれるとのこと。
 この調子で、家康のいる伏見に行くまで旅は続くのではないか、という気がしてきましたが、それもまたよし。この豪傑譚の締めくくりが今から楽しみになっているところです。


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2024.10.30

朝鮮の巫女と日本の小説家の挑む怪異 戸川四餡『黒巫鏡談』第1巻

 どの国にも民間信仰は存在しますが、特に朝鮮のシャーマニズム・巫俗は、その中でもしばしばフィクションに取り上げられる印象があります。本作は、1930年代の朝鮮を舞台に、朝鮮総督府が存在を秘匿する異端の巫女と、トラブルに進んで首を突っ込む小説家が巻き込まれる奇怪な事件を描くユニークな漫画です。

 一九三七年、朝鮮は京城を訪れたのは、日本で売れない怪奇小説を書いている小説家・巖谷鏡水。彼は、古書店街でたまたま目についた書物――民俗学者が朝鮮の土着信仰について記した「朝鮮の巫女」の、最後のページに手書きで記された「黒衣の巫女」に興味を惹かれ、わざわざ日本からやって来たのです。
 京城への列車内で黒衣をまとう少女と出会い、小説のモデルに――と考えた鏡水でしたが、しかし彼の話を聞いた朝鮮総督府の警官である友人・立花は、険しい表情で関わらないよう忠告します。

 そんな忠告もどこへやら、町に出て黒衣の巫女を探す鏡水は、不気味な世界に迷い込み、何者かに襲われる羽目に。その時、彼を救ったのは列車内で出会った黒衣の少女・崔月子でした。
 彼女こそが黒衣の巫女だと知り、巫堂(ムーダン)としての仕事に強引に同行を申し出る鏡水。月子も彼が「呼ばれる」体質であることを見抜き、同行を許可します。

 そして、以前に巫堂が儀式を行った末に何者かに顔の皮を剥がされて殺された場で、鬼神を招く儀式を執り行う月子。現れた鬼神に対し、月子は別人のような異様な力で戦いを挑み……


 冒頭に述べたように朝鮮独特のシャーマニズムである巫俗。その中心となる巫堂(ムーダン)と呼ばれるシャーマンは、つい最近、日本でも公開された韓国映画『破墓/パミョ』でも大きく取り扱われています。

 本作の主人公・崔月子もその巫堂ではありますが――しかし「黒巫」と呼ばれるだけに、並みの存在ではありません。彼女はその身に「トケビ」なる存在を宿し、魔物に対してはその力を発揮して、文字通り叩き潰す――何しろ手にした得物(?)が、いわゆるネイルハンマー(釘抜き付きハンマー)なのですから凄まじい。
 トケビの、無数の蛸の足を生やしたようなシルエットも相まって、月子の巫堂としての姿は、強烈な印象を残します。

 しかし強烈なのはそれだけではありません。黒衣の巫女とは、朝鮮を支配しながらも現地の超自然的な存在に悩まされる朝鮮総督府からの依頼を受けて活動する巫堂であり、朝鮮の文化・信仰を否定する総督府にとっては暗部ともいうべき存在。そしてその任につく月子は、抗日活動家であり、無惨な死を遂げた父を持つ娘なのです。

 もちろん、この時代の朝鮮を舞台とするのに、日本による支配を描くことは避けては通れませんが、それをこのような形で描いてみせるとは――その踏み込み方には驚かされます。
 そしてこの点、自分の小説のことしか頭にない鏡水の存在も、物語に相応しいとも相応しくないともいえるでしょう。黒巫として「仇」の依頼で戦うことに複雑な思いを抱く月子に対して、その黒巫としての活躍を純粋に称賛する――その無神経さは、彼女の心を傷つけると同時に、救いにもなっているのですから。

 深い「恨」を持ち、その具現化ともいえるトケビを心に宿す月子と、「恨」を持たない極楽とんぼの鏡水――そんな対照的な二人は、互いを補い合う存在なのかもしれません。
(もっとも、鏡水も立花との対決シーンでは、意外な鋭さを見せるのですが――このシーンの妙なテンションは必見です)


 そして結成された奇妙なバディは、この巻の終盤で、済州島を巡る奇怪な事件に挑むことになります。海女の島でもあり、本土とはまた異なる習俗を持つ済州島で起きる怪事とは、その正体は何なのか――何が飛び出すかわからない物語だけに、今後の展開が大いに気になるというものです。


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2024.10.02

ついに終結! 文永の戦い たかぎ七彦『アンゴルモア 元寇合戦記 博多編』第10巻

 長きにわたる戦いも、ついに終わりの時が訪れます。一致団結した日本武士団の逆襲の中、ついに蒙古軍の大将を討ち取った朽木迅三郎。情勢が大きく変わり、撤退に向けて動き出した蒙古軍ですが、その機に乗じて暴発する者が現れます。追撃する迅三郎たちがそこで見たものは……

 一時は太宰府撤退を余儀なくされたものの、なおも抵抗を続ける迅三郎と大蔵太子たち。奇襲作戦は失敗したものの、各地の援軍が駆けつけたことにより、日本軍は互角の情勢まで盛り返します。
 そして、少弐景資のもとに初めて一致団結した日本軍は、ついに蒙古軍との全面対決に突入。当然ながらその先頭に立って切り込んだ迅三郎は、見事に敵の大将・ガルオスを討ち取ったのでした。

 形勢が一気に逆転したかに見えた日本軍ですが、蒙古軍にはまだ幾人もの将が残っているはず。しかし彼らにとって何よりも恐ろしいのは、風の吹く方向――これから冬にかけていよいよ北西の風が強くなれば、海を越えて帰ることは不可能になるのです。
 日本軍との戦いよりも、敵地である日本に取り残される方が恐ろしい。蒙古軍の中には、征服されて戦いに駆り出された高麗や女真の兵も多いのですから、その恐れはなおさらです。

 侵攻の早さもさることながら、引き際の早さも蒙古の兵法とばかりに、撤退を決定する東征軍元帥・クドゥン。しかし勝ちの勢いに乗る日本軍が、その隙を見逃すはずがありません。
 追撃が迫る中、戦いの途中での撤退に不満を抱いた高麗軍の金侁は、蒙古に反旗を翻し暴走を始めます。これに対し、クドゥンの腹心として両蔵は金侁を討たんとするのですが……


 というわけで、前巻の決戦によって戦の趨勢はほぼ決し、蒙古軍の撤退戦が描かれるこの巻。迅三郎も攻撃前夜に随分余裕のあるところを見せますし、どこか消化試合という感もあります。
 そもそも侵略してきたのは向こうとはいえ、逃げる相手に追い打ちをかけるのはあまり気分のいいものではありませんが――しかしそこに倒すべき敵を設定するのは、作劇上の工夫というものでしょうか。

 しかもその相手というのが、迅三郎とは博多編冒頭からの因縁の相手というべき金侁――ヒステリックで卑怯かつ悪辣、しかも蒙古に逆心を抱くという、まさに悪役に相応しい人物です。
 ここでも最後の最後まで憎々しい姿を見せる金侁――といいたいところですが、ここでは彼の別の一面もうかがわれるのが、少々意外なところです。

 確かに相変わらず卑怯でヒステリックな言動ながら、その一方で、彼は高麗人として、侵略者であり支配者である蒙古への逆襲の機会を待ち、ついに立ち上がった――そう書くと何やらヒロイックにすら感じられます。
 これまでも幾度となく描かれ、この巻でもクローズアップされた蒙古軍内の不協和音――蒙古軍の中での征服者と被征服者の上下関係は、攻められる日本側にとってはいい面の皮ですが、物語としては興味深い題材です。せめて金侁が典型的な悪役に描かれていなければ、もう少しこの点は面白い要素になったのではないか、と感じます。
(もっとも、本作の蒙古側のキャラクターは、大体においてあまり魅力的に描かれていないわけですが……)


 何はともあれ、そもそもの目的を果たして迅三郎は対馬に「帰還」し(ある種の余裕か大蔵太子は天草に去って)、ついに物語は平和を取り戻したといえます。
 しかし、クドゥンが語るように、征服するまで何度も繰り返すのが蒙古の兵法であり――そして蒙古軍の侵略がこれで終わりでないことを、我々は知っています。

 かくして、物語は第十一巻、弘安の戦いへと続きます。(「弘安編」にならないのは少々意外ですが……)


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2024.08.20

高橋留美子『MAO』第21巻 三つのエピソードが見せる物語の厚み

 少々意外なキャラクターが表紙を飾る『MAO』第21巻は、御降家継承を巡る因縁と謎は小休止となり、御降家の遺産を中心とした短編エピソードの連続となります。

 土の術者・大五の復活とその背後の猫鬼の暗躍により、一層混沌としていく御降家の弟子たちと新御降家の戦い。そんな中、幽羅子は摩緒にどこまでが真実かわからぬ「本心」と「真実」を語り、彼を悩ませます。

 そんな重苦しい状況で、摩緒は気分転換的に(?)菜花と共に、御降家の呪術を継ぐ宝生家に往診に向かうのですが……
 新御降家のかがりの実家であり、以前彼女から呪いを受けた姉・綾女。この巻の表紙を飾る綾女から、摩緒たちは、かつて彼女が受けた呪いの依頼の、いわば後始末を頼まれることになります。

 親友でもある使用人の少女を騙す、悪い男にかけた呪いが効かないと再度訪ねてきた令嬢。しかし彼女の家で出会った相手の男は、呪いによって確かに異形に変じていて――という奇妙な状況で描かれるのは、はたして誰が誰を呪ったのか、という謎です。
 シチュエーションから考えればその答えはほぼ明白でしょう。しかしかがりの呪いで視力を喪った代わりに綾女が見る力を得た、人の背後の「暗い影」の存在が、このエピソードにアクセントを与えています。

 そこで描かれるものは、この呪いを軸とする物語にも、一つの救いがあると示しているように感じられるのです。


 続いて描かれるのは、村々で相次ぐ、子供たちの集団行方不明事件――昼日中から子供たちが、大人の制止も振り切ってどこかに引き寄せられるように去ってしまうという、ハーメルンの笛吹きを思わせる事件です。

 そして事件の背後にあった御降家の呪具・子寄せの笛を巡り、摩緒と新御降家の蓮次と芽生が激突することに――と、これまで幾度も描かれてきた呪具争奪戦が展開するのですが、ここでは御降家ゆかりの者たちでない、「普通の人間」の悪意が描かれることになります。

 そもそも、その名の通り子供を操り、招き寄せるこの笛は、強力ではある(操られて、誘拐を警戒する大人たちに集団で襲いかかる子供たちの姿が凄まじい)ものの、用途は限定的であるはず。
 しかしその用途の先にあるものは――と、暗澹たる気持ちになったところに、意外な犯人像と背後関係が明らかになったところから、物語は意外な方向に展開していきます。

 そもそも新御降家側から派遣されたのが蓮次と芽生という、ともに幼い頃に大人によって運命を狂わされた二人である点が、一種のヒントでもあるわけですが――このエピソードの結末は、御降家と新御降家がある種の棲み分けを見せると同時に、両者の決して越えられない溝をも示している点が、印象に残ります。

 たとえ一部でも通じ合うところがあったとしても、結局はどちらかが倒れるまで戦うしかないのか――物語の本筋には絡まないものの、そこで続く戦いの行方を予感させる意味で、重要なエピソードといえるでしょうか。


 そしてこの巻の後半では、奇怪な生人形を巡るエピソードが展開します。

 とある男爵が手に入れたという見事な生人形のお披露目に参加した華紋。しかし数日後、男爵は自室であばら骨が何本も折れた姿で発見され、生人形は姿を消していたのでした。そして調査に向かった華紋が現場で感じ取ったのは、強い金の気だったのです。
 その後、幾つかの家が生人形を手に入れたと知り、確かめに行った華紋が見たものは、先日見たものとは異なる人形であり、しかもその家の人間も健在――しかしいずれの家も、御降家の人形師から買ったと語っていて……

 という謎めいた導入のこのエピソードですが、上で触れた殺人が起きた家と起きなかった家の違いというひねりは面白いものの、真相自体は、ここまで読んできた読者にはある程度予想はつくかと思います。

 が、全く予想できなかったのは、その背後に、かつて本作で描かれたある戦いがあったことであります。具体的には第6巻と相当以前ですが、そこで描かれたものがここに繋がってくるというのは、長編漫画だからこその醍醐味というべきでしょうか。


 冒頭に触れた通り、本筋にはほとんど触れないエピソードが続く巻でしたが、それはそれで面白いのは、本作の物語としての厚みというものなのかもしれません。

『MAO』第21巻(高橋留美子 小学館少年サンデーコミックス) Amazon

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2024.07.24

出口真人『前田慶次かぶき旅』第16巻 天下一の不忠者、その素顔

 周防岩国を後に備前岡山に向かった前田慶次一行。彼らの目的は、小早川秀詮に会うこと――関ヶ原の戦で西軍を裏切った「天下一の不忠者」の素顔とは、そしてそんな彼に慶次はどのように接するのか? 意外な小早川秀詮譚が描かれます。

 周防岩国で「天下一のうつけ殿」吉川広家と意気投合、吉川家と毛利家の間の仇討ち騒動に首を突っ込み、痛快に捌いてみせた慶次。しかしその後彼は、思わぬ人物に出会うことになります。
 それはかつて小早川秀詮に嫁いでいた、広家の従兄弟である毛利輝元の娘・古満姫。秀詮に離縁され、この後別の家に再嫁する彼女は、その前に秀詮に一目会っておきたいというのです。

 言うまでもなく小早川秀詮といえば、「天下一の不忠者」と揶揄される人物。しかも小早川は毛利にとっては不倶戴天の仇敵、微妙すぎる状況ですが、そんなことで慶次が困っている女性を見過ごしにするはずはありません。
 自分が姫を備前にお連れすると言い出した慶次は、広家が「なかなかの漢」と評する秀詮に出会うのを大いに楽しみにするのですが……


 というわけで、九州を超えて西国の外様大名総まくりという趣きになってきた本作ですが、これまで登場した細川忠利、吉川広家といった史実の上で微妙な印象があった人物に比べても、レベルが違うのが小早川秀詮(秀秋)であります。

 何しろ、秀詮といえば、秀吉の甥であり、ほんの子供のうちに秀吉の養子になった立場にありながらも、関ヶ原の戦ではその最中に西軍から東軍に鞍替え――西軍敗北の引き金を引いたと言ってもよい人物。
 その関ヶ原の戦でも直前まで鷹狩りをして戦線を離れていたなど素行に問題があり、また慶長の役でも総大将の立場にありながら軽挙があったとして、召喚・減封転封されたなどという説もあります。

 この手の人物を叩きのめすことでは定評がある(?)慶次が、秀詮と出会ったら――と思わず心配してしまいますが、本作の秀詮は世評と異なる傑物として描かれます。
 そもそも古満姫と離縁したのも、自分の養子であった秀次とその一族を血祭りにあげた老耄の秀吉から、彼女と毛利家を守るためだったというのですから……

 そして川で釣りをする秀詮と対面した慶次はたちまち意気投合。元々、幼い頃に秀吉の前での例の傾きっぷりを見ていた秀詮にとって慶次は憧れの人物、そして慶次の目にも秀詮は傑物と映ったようです。
 ところがその直後に、不治の病にかかっていた秀詮は喀血して昏倒、その後回復した秀詮は慶次のみを招き、自分の過去語りをすることになります。

 慶長の役において、蔚山城に立て籠もった加藤清正らを救援するため、秀吉の命に背いても全軍で救援を決断したこと(ちなみにこの時の救援勢の多くが、これまで本作に登場した武将たちなのがちょっと面白い)。
 そして三成の思惑に背くためにうつけを装って直前まで戦から外れ、関ヶ原の戦で必勝の地・松尾山に陣取り、戦いを命運を決したこと……

 戦国武将を基本的に「漢」として描く本作らしいアレンジではありますが、それにしても秀詮を持ち上げ過ぎな印象は正直なところ否めません(そもそも蔚山の戦には参加していないという説もあるわけで)。
 しかし、そう思いつつも、本作において彼が関ヶ原の戦で東軍についた理由は、大きすぎる秀吉の存在に翻弄された、そして秀吉を敬愛していた彼ならではのものであって――これはこれで、本作のドラマとしては大いに納得できるところではあります。


 というわけで、慶次自身はほとんど動かず(刺客に現れた怪人忍者を一蹴したのみ)、完全に秀詮が主役で終わったこの巻。
 はたして次巻ではこの章の結末がどのように締めくくられるのか、そしてご この後に続くという安芸広島・福島正則篇も楽しみです。


『前田慶次かぶき旅』第16巻(出口真人&原哲夫・堀江信彦 徳間書店ゼノンコミックス) Amazon


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2024.07.22

土橋章宏『最後の甲賀忍者』 目指せ、はみ出し者たちの逆転勝利

 伊賀と並び称される甲賀忍者。しかし江戸時代に入ってからの彼らは、存在感を発揮していたとは言い難いものがあります。本作はそんな甲賀忍者たちが、幕末に新政府軍の一員として戦っていたという意外な史実を踏まえた、忍者アクション小説です。

 戦国時代に活躍しながらも、太平の時代では身分と領地を奪われ、百姓同然に暮らしてきた甲賀忍者の末裔たち。幕府に幾度復権を働きかけても無視されてきた彼らは、幕府が大政奉還し、新政府の間で大きな戦が始まろうとする中、新政府側につくことを決めるのでした。
 しかし甲賀といっても忍びの術は失われて久しい状況。そこで甲賀の人々は、甲賀の暗部と呼ばれ避けられてきた朧入道なる忍びに、従軍する若者たちの修行を依頼することになります。

 その修行に志願した、親のいない鬼っ子として周囲に嫌われてきた血気盛んな青年・山中了司。しかし彼だけでなく、修行で同じ組となった面々も曲者揃いであります。
 了司の幼馴染みで大人しい金左衛門、名家の息子でプライドが高い伴三郎、名忍者の末裔の剽軽者・当作、おっさん薬術師の勘解由――同じ甲賀の人間でも生まれ育ちも違う面々は、喧嘩ばかりでチームワークも滅茶苦茶。それでも必要に迫られて力を合わせ、何とか朧入道の修行を終えた五人は、新政府軍の一員として出陣することになります。

 しかしなかなか戦場に立つこともできず、戦功を上げる機会も持てない状況に、忍びの技を用いてあの手この手で手柄を狙う五人。
 その果てに、幕末最強を謳われた庄内藩を向こうに回すことになった五人の運命は……


 戦国時代が終わり、江戸で徳川家に仕えた者たちとは異なり、平民身分として甲賀に暮らした、いわゆる甲賀古士。本作はその甲賀古士にまつわる史実を踏まえつつ、了司をはじめとする五人の忍者の戦いを描いた活劇です。

 もっとも、ここで甲賀古士がその厳しい名前に相応しい秘伝を伝えていればいいのですが、ついていても、百年以上を経るうちに、彼らも一般人と大して変わりのない人間になっているというのが現実。
 本作では、そんな彼らがいわば忍者講座の中で、忍者としての基礎を叩き込まれる姿を全体の四割程度を割いて描きますが――その部分が同時に、忍者にあまり詳しくない読者への解説的役割を果たしているのは、ちょっと面白いところです。

 そしてその先がいよいよ本番、新政府軍に加わった彼らの戦いが描かれる――と思いきや、戦場に出るまでが一苦労。しかしその果てに彼らが挑むの戦いは、傑物として知られた河井継之助のガトリング砲奪取や、幕末最強として知られた庄内藩への奇襲の先鋒役だったりと、実にドラマチックであります。

 考えてみれば、はみだし者たちが努力を重ねて、意外な形で遥かに格上の相手に逆転勝利を収める――というのは、これは最も盛り上がるドラマのスタイルの一つ。本作はまさにそのスタイルであり、そこに賑やかなキャラクターたちの騒動を交えつつ描く手法は、やはり作者らしい作品だと感じます。


 もっとも、うるさいことを言えば気になってしまうところはあります。

 特に、実際には甲賀忍者の中には幕府に百人組として仕官した者たちがいたわけで――彼らもまあ、忍者らしい勤めがあったわけでもなく、幕末には百人組も廃止されているわけですが――彼らの存在が、全く触れられないわけではないものの、ほぼスルーされているのは、ひっかかってしまうところです。
(もちろん、物語展開上そうならざるを得ないのは百も承知ですが……)

 しかしそれ以上に、皮肉な味ももちろん漂うものの、基本的に「色々あったけど俺たち頑張ったよな」で終わるのは、それでこの戦いをあっさり片付けてよいのかな――と、これは好みの問題かもしれませんが、ちょっと驚かされた次第です。
 作中で了司が、河井継之助の思想に、自分たちに通じるものを見出すくだりがなかなか良かっただけに――もちろん、彼らは精神的な自治を勝ち取った、と理解すべきだとは思うのですが。

(さらにもう一ついえば、作中で明らかに死亡フラグを立てたキャラが、その後全く何もなかったのも、ちょっと驚きましたが……)


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2024.07.13

藤堂裕『Xinobi 乱世のアウトローたち』第1巻

 忍者は時代漫画の中でも様々な時代、様々な形で描かれてきましたが、本作は忍者たちが最も活躍した戦国時代を舞台に、しかし決して派手でも颯爽ともしていない生の姿を描いた作品。漫画版『信長を殺した男』の作者による、北条家に仕えた悪党(アウトロー)・風間一党の物語の開幕です。

 諸勢力が激しく争う戦国時代の関東でも、特に諸勢力の激突する戦場となってきた、武蔵国のとある村――一年前、合戦に巻き込まれて父と母を失い、妹を攫われた少年・善太は、今また合戦で北条方の国衆に、残った家まで壊されてしまうのでした。
 激高して食らいついたものの、もちろん敵うはずなく殺されかけた善太は、しかしそこに割って入った一人の飄々とした男に救われることになります。

 彼が率いるのは、合戦で様々な裏の仕事に携わる悪党(アウトロー)たち。北条家に仕える彼らは、長尾家との合戦で、北条家の武士たちが到着するよりも早く、敵方の城を落としてのけます。
 その男――風間出羽守小太郎に憧れ、仲間入りを望む善太。しかしまだ子供だと相手にされず追い払われかけた彼は、思わぬ事態に巻き込まれて……


 忍者が諸流ある中でも、その活躍の華々しさと剽悍ぶりが記録に残っていることで知られている風間(風魔)の忍び。本作は、この最も戦国時代の忍びらしい忍びを題材としています。
 しかし、これだけメジャーである故に、風魔忍びは、これまでフィクションの世界では様々な形で描かれてきました。それをいま、敢えて主役に据えるに当たり、本作はその姿を「リアル」に描くというアプローチを取ります。

 超人的な身体能力を持つわけでも、人智を超えた技を用いるわけでもない。武士が陽だとすれば陰、いや闇として、汚れ仕事を請け負ってきた者たち――そんな悪党として、本作は忍者を描きます。
 この辺り、一歩間違えれば非常に地味な、あるいは泥臭い内容になりかねませんが、それを忍びでも武士でもない、ごく普通の少年のニュートラルな視点から描くことにより、リアリティとドラマ性を両立させているのは、本作の特徴の一つでしょう。

 この時代、農民は(特に善太のように庇護してくれる者もない者は)、支配階級である武士と武士の間の争いに巻き込まれ、ひたすら翻弄されるほかありません。
 そんな身の上から脱出するために、善太が忍びという世の則から外れた存在に加わろうとする導入も、それなりに説得力があるといえるでしょう。
(説得力といえば、小太郎レベルでも、腕利きの忍び数人を同時に相手にすれば危ない、というパワーバランスにも、不思議な説得力があります)


 もっとも、既存の社会制度で底辺にあった人間が、アウトローたちの中に入って成長していく――という構図自体は、特に青年誌においては定番パターンの一つではあり、その意味では新味は少ないかもしれません。

 しかし時代設定、舞台設定の面白さは、それを補ってあまりあるものがあります。
 というのも、本作の舞台となるのは桶狭間の戦から四ヶ月後――北条・今川・武田の三者間の同盟で取られていたバランスが一気に崩れ、長尾家(上杉家)が北条領に侵攻し、武田も信頼できないという状況にあるのですから。

 そしてそんな混沌とした状況下だからこそ、忍びの活躍の余地があります。はたしてその中で風魔忍びたちは、そして善太はどう戦い抜くのか。この先、本作ならではの物語が描かれることに期待したいと思います。


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