列車砲を輸送せよ! 軍事冒険小説にしてロードノベルの快作 野上大樹『ソコレの最終便』
かつて霧島兵庫の筆名で作品を発表してきた作者による本作は、今年の細谷正充賞受賞作の一つにして、終戦直前の満州を舞台に特命を受けて駆ける装甲列車を描く軍事冒険小説です。ソ連軍が迫る中、七日間で二千キロ先の地まで巨大列車砲を輸送する「ソコレ」に乗った者たちの死闘が繰り広げられます。
昭和二十年八月九日、日ソ中立条約を破棄して満州国に侵攻を開始したソ連軍。その大混乱の中、田舎町・牡丹江に駐屯していた朝倉九十九大尉率いる一〇一装甲列車隊「マルヒト・ソコレ」に、関東軍総司令官直々の特命が下ります。
特命――それは、輸送中に空襲を受けて国境地帯で立ち往生してしまった日本軍唯一の巨大列車砲を回収し、本土防衛に用いるため大連港に送り届けよ、というものでした。
部隊の部下たちとともにただちに現地へ急行し、列車砲と砲兵隊に合流した九十九。しかし本当の苦難の道のりはそこから始まります。
日本への輸送船が出航するのは七日後――それまでに、T34戦車部隊を擁するソ連軍の猛攻が続く中、大連へと辿り着かなければならない。しかも、往路の橋が敵の侵攻を防ぐために落とされたため、北へ、西へと、実に二千キロの迂回路を取らなければならないのです。
既に製造から二十年が経過した老ソコレに鞭打ちながら進む一行。その道中では、エリート軍医や老整備士、避難民の赤ん坊までも加わりながら、大連を目指します。悲惨な戦場を突破するたびに仲間を次々と失い、人も機械も傷ついていく旅路の果てに待つものは……
十九世紀後半に実用化され、第二次世界大戦まで特に欧州を中心に運用された列車砲。鉄路さえあれば迅速に移動可能な超遠距離砲台という魅力的なコンセプトは、しかしその射程以上の航続距離を持つ航空戦力の発達や弾道ミサイル等の登場による巨砲兵器の退潮、運用に必要な人員と物資の多さ――そして何よりも、鉄路がなければ移動が不可能という致命的な欠点により、急速に歴史の表舞台から消えていきました。
その点では(このような表現が適切かはわかりませんが)、列車砲は一種のロマン兵器であり、鉄路に輸送を依存する時代を過ぎて消えていった(しかしその名前の物々しさが印象に残る)装甲列車ともども、時代の徒花という印象が強くあります。だからこそ、本作のような物語の「主役」に相応しいとも言えるでしょう。
本作は、日本軍がその列車砲――九〇式二四センチ列車カノンを満州の虎頭要塞に配備していたという史実を背景としつつ、ソ連軍の猛攻を掻い潜って目的地を目指す軍事冒険小説にして、鉄路という鉄道の制約を活かしたロードノベルの快作です。
軍事冒険小説――特に不可能ミッションものの魅力といえば、不可能と評される状況の過酷さ、そしてそれに挑む主人公と仲間たちの個性と奮闘ぶりでしょう。その点、本作は列車という多くの人間が乗り合わせるという舞台設定ならでは多士済々ぶりが魅力の一つといえます。
重い過去を背負いながらも諧謔味を見せる主人公・九十九を初め、「仏」と呼ばれる専任曹長、明朗で生真面目な偵察警戒班班長、随所でエネルギッシュに活躍する砲兵少尉といった軍人たち。それだけでなく、人類愛に燃える若き看護婦や、ある理由で人生を投げ出した整備の名人など、本来であればこの場に居合わせなかったであろう人々が列車という限られた空間の中で織りなす群像劇が展開されます。
物語の中では、痛快な戦果といったものはほとんどなく、目を覆いたくなるような悲惨な戦禍が数多く描かれます。しかし、それだからこそ、極限の状況下で顕れる(本作の場合は主に善き)人間性が一際印象に残るのです。
また、本作では、主役であるソコレが中盤で――というサプライズや、クライマックスで繰り広げられるソ連軍との決戦の構図など、戦争ものとして新しいアイディアが盛り込まれているのも目を引くところです(特に前者については、作者の世代的にある意味当然のようにたどり着いたアイディアなのではないかと想像します)。
しかしその一方で非常に残念なのは、物語の展開がわかり易すぎる点です。この舞台で研究者肌の軍医が登場すればアレの関わりだな、といった具合に、このジャンルに触れたことがある読者であれば容易に予測できてしまう要素や、ここでこれが描かれたということは後で意味を持つな、というように伏線があまりにも明白な部分(先述のサプライズも、正直なところ予想の範囲内ではありました)など――物語展開の意外性に乏しいために、本作が類型的な内容に見えてしまうのは、勿体ないとしか言いようがありません。
冒頭で触れたように、本作は作者が単行本化に際して筆名を改め、心機一転を図った一作。それだけに、文句のつけようのない作品を期待したかったというのは、厳しすぎる評価かもしれませんが、偽らざる心境でもあります。
(霧島兵庫名義で発表された『信長を生んだ男』などもよくできていただけに……)
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