2022.04.22

野田サトル『ゴールデンカムイ』第29巻 解かれたなぞ そして最終決戦開始!

 連載の方はいよいよ残すところあと一話、読者が全員固唾を呑んでいる『ゴールデンカムイ』。全話をネット上で一挙公開という思い切ったキャンペーンも話題ですが、それでも欲しい単行本の方は、本書を入れて残り三巻であります。ついに明かされるアイヌの黄金の行方とは、そして最終決戦の行方は……

 揃った刺青人皮から、ついに刺青の秘密を解き明かしたアシリパと鶴見。その一方で、杉元と菊田、そして尾形の弟・花沢勇作を巡る過去の因縁が語られ、思わぬ形で杉元と鶴見がすれ違っていたことが描かれました。
 そして過去も現在も、全ての因縁が集う黄金の在処こそは五稜郭だった――と判明したところで、物語の舞台は最後の地・函館に移ることになります。

 冒頭こそ焼きイカに舌鼓をうつヒマもありましたが(もしかしなくても最後のグルメか……)、時間的に余裕があるかと思いきや、既に第七師団は各地から五稜郭に集結を開始していたことを知った杉元たち。

 しかしまだ金塊の正確な隠し場所もわからず、しかも見つけ出しても分量的にすぐ運び出すのは不可能というほかありません。やむなく五稜郭に篭城を決意したものの、戦力的にさすがに無茶ではと思いきや、そこにソフィアとパルチザンの猛者たちがやってくる――という冒頭部分から、既に痺れる展開であります。
(そして同時に尾形と頭巾ちゃんも同時に五稜郭に向かっているのもまた……)

 そんな開戦目前でも、なおも一行は金塊を探し続け、ついに厳重に梱包された品物をアシリパは見つけるのですが、その正体はなんと――なるほど、こう来たか! と唸らされるものでありました。

 確かに白石たちがガクッとくるのもわかるのですが、しかし戦わずしてアイヌが自分たちの文化を守る手段として、これ以上のものはないと感じます。そして当時の状況からして、決してあり得ないものではないというのがまた心憎い。
 そしてまた、鶴見が呪いとして放った言葉を、アシリパが自分たちへの救いとして受け止め直すのもまた、グッとくるところであります。
(もちろん、実際にはそうなってはいないという現実はあるのですが、大事なのはこの物語の時点で、物語の中で成立し得る希望であったということでしょう)


 と、一気に大団円ムードが高まったところで、いきなりそれをぶち壊しにする砲弾の雨。なんと駆逐艦まで持ち出してきた第七師団の攻撃開始で、否応なしに最終決戦が始まることとなります。
 パルチザンを加えても圧倒的な戦力差がある中で、いかにして杉元は、いや土方は持ちこたえようとするのか? ここで永倉が、そして門倉が、いかにもらしいあるいはらしくない動きでそれぞれ活躍するのもまた、グッと決戦ムードを感じさせるところです。
(それにしても永倉、史実との絡みでここで早々に脱落するかと思いきや……)

 そしてその一方で、五稜郭に隠されたものに、いわばもう一段奥があることが明かされることになります。そのきっかけも実にイイのですが、ここで土方の回想から――全土方ファンの脳に刻み込まれるパワーワード「爽やかニシパ」とともに――彼の真意が明かされるのも、これまたグッときます。
 初登場時はもうちょっと裏がありそうなキャラクターに感じられたものの、しかしやっぱり爽やかニシパは義の人だった! というのは、やはりファンには嬉しいものであります。


 かくてついに最初の目的をはたした杉元とアシリパ。しかし純粋に喜ぶ杉元に対して、アシリパの目に浮かぶものは、喜びだけのようには見えません。そしてそんな人々の想いを呑みこむように、ついに描き下ろしで真の目的(用途?)を明らかにした鶴見の号令一下、第七師団の突撃が始まることになります。

 敵も味方もあっけなく斃れていく中も降り注ぐ艦砲射撃。対して函館山に隠された土方の奥の手とは――その意外かつ痛快な正体が明らかになったところで、この巻は幕となります。
 残すところはわずか二巻、最終決戦はここからが本番であります。


『ゴールデンカムイ』第29巻(野田サトル 集英社ヤングジャンプコミックス) Amazon

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2021.12.24

野田サトル『ゴールデンカムイ』第28巻 「ノラ坊」と「菊田さん」――意外な前日譚!

 連載誌の方では最終章が最高潮、アニメ第4期も決定し、ノリにノッているとしかいいようがない『ゴールデンカムイ』。その最新巻では、最終章を目前に、思わぬ過去の物語が描かれることになります。不死身の杉元と彼を「ノラ坊」と呼ぶ菊田、両者の過去に何があったのか――思わぬ因縁が語られます。

 札幌ビール工場での大乱戦の末、鶴見に拉致され、アイヌの黄金を巡る血塗られた因縁を聞かされることとなったアシリパとソフィア。その中心に常にいたのが父であったことを知って衝撃を受けたアシリパは、ついに黄金の在り処を示すキーワードと思しき父のアイヌ名を鶴見に告げてしまい……

 という場面を受けて始まるこの巻ですが、ここで事態を大きく動かすこととなったのは、有古力松――鶴見派と土方派の間に挟まれた二重スパイであり、何よりもアイヌ、そしてアシリパの父の行動に巻き込まれて父を亡くした男であります。

 自らがアイヌであることについて、ある意味アシリパ以上に複雑な想いを抱く有古。その彼が取った行動は、その結果以上に重い意味を持つといえるかもしれません。
 そしてその先も衝撃の連続。連載時は読んでいてこれほど祈りを込めて次回を待ったことはない――というくらいに感情を動かされまくった展開ですが、このインパクトは改めて読んでみても変わりません。(この後の展開を知ればなおさら……)


 そして江渡貝が作った偽物人皮の判別方法も明らかとなり、いよいよ両派が黄金の在り処を求めて最後の謎解きに挑む中、杉元の夢の形を借りて、意外な過去の物語が描かれることとなります。
 この巻のメインとなるそれは、杉元と菊田の過去――それも、あの尾形の弟・花沢勇作に絡んだもの。花沢家を巡るある事情が、杉元たちを巻き込み、大騒動に発展するのです。

 故郷を飛び出し、当て所なく放浪を続けた(京都の優しいおじさんは誰? 誰なの?)末に、東京で士官候補生を相手に大乱闘を繰り広げたことをきっかけに菊田と出会った杉元。菊田から「ノラ坊」と呼ばれることになった杉元は、ある仕事を持ちかけられるのでした。

 それは花沢勇作の身代わりとしてお見合いに臨むこと――勇作を戦場で旗手にしまいとする母の差し金で、彼との結婚を狙う華族の娘・金子花枝子から勇作(のDT)を守るため、杉元は士官候補生のふりで帝国ホテルに向かうことになったのです。
 しかしそこに鶴見・宇佐美・月島・尾形が絡み、何故か杉元は全裸で大乱闘を繰り広げる羽目に……

 と、ある意味実に本作らしいスラップスティックな大騒動が展開するこの過去編。しかしそこで描かれるのは、杉元と菊田の因縁だけではなく、「いま」にまで繋がる様々な因縁の始まりなのです。

 何故鶴見一派はアイヌの黄金探しに本腰を入れることになったのか。菊田がスパイとして鶴見に近づくこととなったきっかけは。そしてこれまで故人として直接触れられることのなかった花沢勇作とはいかなる人物だったのか。何故菊田は鹵獲癖を持つに至ったのか、さらにはノラ坊は何故不死身の杉元となったのか……

 ここにあるのはプリクエルの醍醐味――ある程度独立した過去の物語を描きつつも、物語のミッシングリンクを埋め、現在描かれているものを掘り下げるというそれが、この展開では巧みになされているといえます。
 そしてそれと密接に絡みあいながら同時に描かれるのは、杉元の根幹にある情の一つであり、そして菊田という本作では数少ない「大人」の男の抱えたものであり――ここでも本作の水際立ったキャラクター描写は健在だと唸らされました。

 さらにいえば、今回非常に損な役回りの花枝子も、単なる賑やかしの愚かな人物に終わらせず、一個の人間として描くのには、大いに好感を抱いたところであります。
(そしていかなる時にも女性に対する礼儀を忘れない杉元の好漢っぷり!)


 そんな過去編を経て、ついに描かれる黄金の在り処。しかしその前に、この過去編を読んだからこそ、極めてショッキングな一つの結末が、待ち受けることになります。
 これも、時に極めて読者にとって残酷な展開を平然と描く本作ならではのものかもしれませんが――しかし悲しく辛いだけで終わらないのは、そこに志を受け継ぐ者、未来を託された者がいるからだと感じます。

 新たな因縁とともに、物語はいよいよ次巻より最終章に突入であります。


『ゴールデンカムイ』第28巻(野田サトル 集英社ヤングジャンプコミックス) Amazon

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2021.12.10

奈々巻かなこ『神域のシャラソウジュ 少年平家物語』第3巻 そして少年は当たり前の滅びに抗う

 平家を守る神人として育てられた少年・千珠丸と、平清盛の娘であり安徳天皇の母となった徳子、そして源氏の神人・遮那王を軸に描く異形の平家物語もついに完結。千珠丸に見放された平家が滅びに向かう中、徳子の運命は、そして少年たちの想いの行方は……

 いつからか平清盛の下にあって、平家に幸運と守護を与えてきた神人・千珠丸。いつまでも変わらぬ少年の姿を持つ千珠丸は、清盛の娘・徳子と心を通わせますが、彼女は清盛の命で高倉天皇に入内し、安徳天皇を授かることになります。
 一方、源氏方の神人である遮那王と出会い、神人とは神への生贄だったと聞かされて清盛らへの不信感を募らせる千珠丸。それでも遮那王の攻撃から清盛を守った千珠丸は、平家の前から姿を消し……

 という展開を受けたこの第3巻では、冒頭から清盛がこの世を去り、いよいよ平家は滅びに向かって突き進んでいくことになります。

 今や源氏の守り神として連戦連勝を重ねる遮那王と、疫神を操り高倉院や清盛の命を奪った静――二人の神人の力により次々と人物を失い、戦いに敗れていく平家。
 そして、まだ年端もいかぬ安徳天皇と共に彦島まで落ち延びてきた徳子の前に、数年ぶりに千珠丸が現れるのですが――彼が語るのは、失われていた記憶、すなわち自分と静が神人となった際の出来事だったのです。

 厳島の神の怒りに触れた重盛の身代わりとして、自分たちが清盛によって生贄に捧げられ、その末に神人として生まれ変わったことを知った千珠丸。自分の家族のように思ってきた清盛たちに裏切られていたことを知った彼にとって、もはや平家に味方する理由はありません。
 しかしそんな彼にとって唯一心残りとなる存在が徳子であります。千珠丸は、安徳帝も連れて逃げようと彼女に訴えるのですが……


 もはや全てを失った千珠丸に唯一残された、徳子への想い。しかし徳子は家のため、家の人々のため逃げることを拒絶します。かくて徳子のために壇ノ浦に参戦する千珠丸と、彼を嬉々として迎え撃つ遮那王。
 己の過去を思い出した代わりに、神人としての自分の居場所を失った千珠丸と、忌み嫌っていた源氏の神人として、自分の居場所を得た遮那王――ある意味、二人の立ち位置は逆転してしまったといえるかもしれません。

 しかし立場の逆転こそあれ、二人の姿は、あくまでも人間に――自分が何者であるか、何者になれるのか、何者にならなければいけないのかわからない少年のそれに他ならないと感じられます。(遮那王(と静)が、自分たちの行為は「正当」だと語るのは、それ自身が心の揺れの現れでしょう)
 そしてその一方で、自分自身が平家の娘であること、そして一人の子の母であることを受け容れ、それに殉じようとする徳子は、既に大人になっているのでしょう。

 この三人の、少年と大人の心の心のすれ違いと、壇ノ浦の戦いが二重写しとなって描かれるクライマックスはまさに圧巻――登場する平家の人々の個性が巧みに描かれていることもあり、このような描き方があったか! と唸らされました。
(平家の人々といえば、かつて千珠丸を生贄にし、そしてその後庇護した清盛と重盛の心情描写も、また実に巧みと感じます)

 しかし戦いの果て、千珠丸は文字通り自らの心身をすり減らした末に、厳島の神と対峙することになります。その中で語られたもの、そしてそこから千珠丸が掴んだもの――その中身は、千珠丸が自分自身の在り方を、真に求めるものを見出したというべきでしょう。さらにいえば、それは彼が少年だからこそできたことだとも。

 そして運命に翻弄された人々を描いたこの物語の結末に、これほど相応しいものはないと信じます。
 そこにあるのは、「家」や「血」ではなく「人」との繋がりを求める真っ直ぐな想いであり――それは千珠丸だけでなく、徳子にとっての救いであったことは間違いないのですから。(そしてもう一人の少年・遮那王はその想いを掴むことができたのか――史実を思えばいささか悲しい気分になるのですが)


 諸行無常の響きあり。娑羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。おごれる人も久しからず、唯春の夜の夢のごとし。たけき者も遂にはほろびぬ、偏に風の前の塵に同じ。
 確かにそのとおりなのかもしれません。しかしそんな言葉で人の命を、生の結末を当たり前のものとして受け容れていいのか――本作で描かれたものは、その異議申し立てだったのではないか、という想いを抱きました。

 少年たちを通して、当たり前の滅びに抗い、小さくとも確かな希望を描いた物語――ここに大団円であります。


『神域のシャラソウジュ 少年平家物語』第3巻(奈々巻かなこ 秋田書店ボニータコミックス) Amazon

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2021.10.04

奈々巻かなこ『神域のシャラソウジュ 少年平家物語』第2巻 悩める少年/神人たちの物語は何処へ

 平安時代末期、「神人」として平家を守る少年・千珠丸を通じて、平家の隆盛と落日を描く異形の平家物語、待望の続巻であります。平家と敵対する同じ神人・遮那王から神人誕生の秘密を聞かされ、動揺する千珠丸。徳子が帝の子を産み、さらなる栄華を極めるかと思われた平家にもついに翳りが……

 六波羅の平清盛の屋敷の奥に住まう少年・千珠丸。平治の乱の頃から変わらぬ姿で在り続け、大怪我を負ってもやがて治ってしまう彼は、「神人」と呼ばれ、平家の守り神として、その隆盛を支えてきたのであります。

 そんな中、彼と同じ神人を名乗る少年・遮那王と出会った千珠丸。以来、何かとちょっかいをかけてくる遮那王と、成り行きから彼は鞍馬山で一時の共同生活を送ることになります。そこで遮那王から、自分たち神人は生贄として一度は神に捧げられ、再びこの世に還された人間と聞かされ、衝撃を受ける千珠丸ですが……
 というわけで、平清盛に始まる平家の隆盛を陰ながら支えてきた千珠丸の視点から、平安時代末期の争乱を描く本作。この第2巻では、その威光が頂点に達した平家が、いよいよ下り坂に向かっていく姿が描かれることになります。

 千珠丸不在の中、彼と瓜二つの顔を持つ謎の少女によって、疫神を憑けられて倒れた徳子。悪夢の中で自分の子が浪の下へ沈む姿を目の当たりにして苦しむ徳子は、帰還した千珠丸によって助けられたものの、今度は遮那王の呼び出した雷獣に重盛がその身を焼かれ、瀕死の重傷を負うことになります。
 暗いムードとなりつつも、それでも徳子が帝の子を授かるという大逆転のチャンスを掴んだ平家。しかしその矢先に重盛が死に、千珠丸はその最期の言葉に神人の真実を感じ取るとともに、自分が遮那王の父の仇であると知ってしまうことになります。平家を守る理由がなくなったと沈む千珠丸ですが、しかし……


 後白河院との対立や、高倉帝への践祚の要求など、その隆盛の頂点で朝廷と衝突を繰り返し、やがて高転びに転ぶことになる平家。
 その姿はこれまでネガティブに描かれることがほとんどでしたが、本作はその平家の人々をどこまでも人間臭く――というよりごく普通の人間たちとして描くことによって、彼らもまた、混沌の時代に懸命に生きるうちに、運命に翻弄された者たちとして描きます。

 そしてその運命から彼らを守り、あるいはその運命の代理人のような形で彼らを襲う神人の存在ですが――前巻ラストで語られたその正体が真実であったと判明したことが、その神人たる千珠丸自身の運命を狂わせていくことになります。
 自分が家族と信じていた者たち、自分の居場所だったと信じていた場所が、全て偽りであったとしたら――その姿と同様、少年の心を持ち続ける千珠丸にとって、それはあまりに大きな衝撃であることは間違いなく、そこから更なる悲劇が生まれる展開にも納得です。


 そしてこの第2巻で、完全にもう一人の主人公として存在しているのが遮那王です。言うまでもなく彼こそは源義経――源義朝と常盤御前の間の子ですが、その母に文字通り捨てられ、彼はただ一人、強がりでその身を鎧って生きていくことになります。
 そんな中でようやく見つけた自分と同じ存在である千珠丸ですが、彼にはたくさんの家族と帰る家がある存在。そんな彼に憧れつつも拒否され、そしてついに千珠丸の家族を傷つけてしまう遮那王の屈折した想いは、やがて千珠丸の敵となることにとって対等の存在となれると考えるまでに……

 本作のサブタイトルは少年平家物語ですが、なるほど、千珠丸と遮那王のナイーブな心の揺れは子供でも大人でもない、「少年」ならではのもの。そしてその「少年」らしさで自らを傷つけ、周囲を傷つける遮那王の姿は、「少年義経記」と言いたくなるほど、印象的なのです。


 それにしても本作の登場人物たちは、大きくカリカチュアされているにもかかわらず、平家物語等に描かれれた姿から不思議なほどに違和感なく、そして人間としての陰影すら感じられるのが素晴らしい。
 本作において最も「漫画」的に感じられる後白河院も、その本作ならではの人物造形が、逆に極めてリアルな存在として感じられるのには感心させられました。
(そしてそんな彼の執着が、頑なな遮那王の心をある意味溶かすくだりは圧巻!)

 そんな人間たちと、悩める神人たちの物語はどこに行き着くのか――いよいよ次巻にて物語は結末を迎えることとなります。


『神域のシャラソウジュ 少年平家物語』第2巻(奈々巻かなこ 秋田書店ボニータコミックス) Amazon

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2021.09.26

野田サトル『ゴールデンカムイ』第27巻 解かれゆく謎と因縁 そして鶴見の真意――?

 連載の方ではいよいよ最終章に突入、先日まで全話一挙ネット公開が話題となった『ゴールデンカムイ』。その最新巻ではいよいよ札幌決戦も終わり、物語最大の謎――アイヌの黄金を巡る過去の出来事が描かれることになります。そこで語られる鶴見中尉の真意とは――?

 残る刺青人皮を巡り、札幌ビール工場で三つ巴四つ巴で展開された大乱戦。その結果、切り裂きジャックことマイケル・オストログは杉元らに斃され、上エ地圭二は自滅、そして最後の人皮の持ち主が門倉と判明という、意外な結末を迎えることになります。

 しかし刺青人皮を巡る戦いはひとまず終わったとはいえ、その暗号を解く鍵を握るアシリパが鶴見一派に拉致されたことでまだまだ戦いは終わらず――というところから始まるこの巻。
 前巻で杉元たちを裏切り、一人で鯉登と月島を向こうに回して死闘を繰り広げた海賊房太郎が、あっさり杉元に降参したのは意外なようでいてちょっとらしい気もしますが――房太郎・杉元・白石の三人組が、札幌麦酒の宣伝車に乗って、消防隊に化けて逃走する鶴見一派とデッドヒートを繰り広げるのは、これはまさに本作ならではのシュールな味わいであります。

 そしてその追跡行の果てに、ついにあの男が斃れるのですが――飄々とした、どこか物悲しさを感じさせる態度はそのまま最期の時まで変わらず、妙に仲の良かった白石に後事を託す姿は、実に印象的でした。
(ここで雑誌掲載時は白石のヒドいギャグが入っていたのですが、単行本ではカット……)

 一方、鶴見の車に飛び乗った杉元は、そこで菊田と激突するのですが――菊田のある言葉をきっかけに、「菊田さん?」「「ノラ坊」だったのか?」と呼び合うという意外な関係性がここに来て示されるのにも、驚かされるばかりなのです。


 しかしこの巻のメインとなるのはこの後の展開です。杉元の追跡を振り切り、さらに追ってきたソフィアを捕らえて、郊外の教会に身を潜めた鶴見――その鶴見が、アシリパとソフィアを前に語るその内容こそが圧巻なのであります。

 そもそもかつてウラジオストクに潜伏したウイルク・キロランケ・ソフィアと接触した過去があった鶴見。その接触は、当時長谷川と名乗っていた鶴見の妻子の死という悲しむべき結果となったのですが――その因縁も踏まえて鶴見が語るのは何か。
 それは、アイヌの金塊がどこからやってきたのか、誰が金塊を集めたアイヌたちを殺したのか、ウイルクは何故網走監獄ののっぺら坊となったのか、そして何故キロランケはウイルクを殺したのか――これまで謎となってきた物語の根源、過去にまつわる真実なのです。

 その一つ一つについてはここでは触れませんが、もはや物語の背景設定として所与のものという感があった金塊の出自とその金塊を見つけたアイヌたちの運命、のっぺら坊の誕生は、改めて聞かされてみればあまりもドラマチック、あまりにも重い内容。
 そしてそれだけでなく、それがウイルクの子であるアシリパという存在に密接に関わり、さらにかつて志を共にしたウイルクとキロランケの決別に繋がっていくのには、言葉を失います。

 派手な展開や仕掛けが次々と描かれながらも、その根底には、必ず登場人物の複雑で、しかし十分に理解できる心理が存在し――そしてそれこそがこちらの心を揺さぶってきた本作。
 ここで描かれるものは、その真骨頂というべきと感じます。


 とはいえ、その中でただ一人、その心理状態がこちらの理解を遥かに超えている――一旦理解できたかと思えば、それを遥かに超えていく――のが鶴見中尉。
 この感の終盤で見せたある行動のおぞましさには言葉を失いますが、しかし真に恐るべきは、過去の出来事を客観的に語るようでいて、いつの間にかアシリパに責任と罪悪感を背負わせる悪魔的話法でしょう。

 そしてアシリパとソフィア、さらに密かに鍵穴から伺う鯉登と月島を観客に演じられる鶴見劇場は、劇的な本作のタイトル回収においてその頂点を迎えますが――さてその行き着く先はどこなのか。そして鶴見の前に屈したアシリパを救う者は……
 まだまだクライマックスは続きます。


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2021.09.02

松浦だるま『太陽と月の鋼』第3巻 激突、「護る」ために通力を振るう者たち

 近づいた金属が全て曲がってしまうという力を持つ武士・竜土鋼之助と、彼女を愛する美女・月を巡る謎めいた物語――その第3巻で描かれるのは、無数の蟲を操る通力を持つ刺客との対決であります。鋼之助と未来を見る通力を持つイチコ・明が、この強敵と小塚原で死闘を繰り広げることになります。

 その生まれついての奇怪な力ゆえに、武士としての勤めがままならず、うだつの上がらない暮らしを送っていた鋼之助。しかし押しかけ女房の月の登場によって、徐々に彼の運命は上向いてきたかに見えたのですが――ある日彼らの前に現れた、物質の水分を操る奇怪な術者によって月は攫われ、鋼之助は絶望に沈むことになります。
 そんな彼の前に現れたのは、奥州からやってきたイチコ(巫女)の明。かつて鋼之助の母に自分の母を助けられたという明もまた、未来を見るという通力の持ち主――そして彼女は、その力で鋼之助の未来を見てしまうのでした。

 そして月を攫った術者が残した呪符から、月の向かう先が自分の故郷であると知った明。鋼之助は、明を道案内に月の後を追おうとするのですが、突然二人に奇怪な術者たちが襲いかかり……


 という場面から始まるこの巻では、ほぼ全編に渡っていわゆる能力バトルが繰り広げられることになります。

 思わぬなりゆきからバディとなった鋼之助と明ですが、彼らにとってはまだまだ未知の存在である敵は、陰陽道宗家・土御門家に連なる者たち。
 この当時の土御門家は、市井の占い師や修験者、門付けの芸人たちを支配する存在――そしてその配下に潜む様々な通力を持つ者たちが、土御門の命によって鋼之助たちに立ちはだかることになるのです。

 この安倍晴明にも繋がる土御門家は、陰陽道を扱った作品では定番中の定番ではありますが、それはやはり平安時代を舞台とした作品がほとんど。
 史実では土御門家は平安時代以降も連綿と存続し、そして江戸時代には上で述べたような役割を果たしてきたわけですが――小説はさておき、漫画でこの点に触れた作品は、ほとんどないように思います。

 しかも、その能力故に世間から爪弾きにされることが多い通力を持つ者たちが、それ故にいわゆる常民ではない職業者として、土御門家に束ねられている――この設定は、題材的になかなか扱いが難しいようにも思いますが、実にユニークで魅力的なものであることは間違いありません。


 しかし市井の芸人・宗教者が襲ってくるのはまだ序の口、この巻のメインとなるのは、襲撃を逃れて逃げるように屋敷を飛び出した鋼之助と明を小塚原刑場で待ち受ける刺客・斑との死闘。

 彼女の能力は蟲使い――ほとんどありとあらゆる昆虫を操り、その昆虫が持つ特殊能力を行使することができる通力の持ち主であります。
 蟲使いというのは、山田風太郎の昔から能力バトルではお馴染みの、由緒正しき(?)能力ですが、いささか地味で、非力な印象があったのも事実でしょう。しかし、全力で殺しに来た時、それがどれほど恐ろしいものであるか――そのビジュアルも含めて、斑との戦いでは、嫌というほど目の当たりにすることになります。

 しかしその通力の恐ろしさと同時に強く印象に残るのは、斑という人物が歩んできた道のり、背負ってきたものの重みであります。
 生まれつき蟲を異常に惹きつけ(彼女の誕生時のエピソードは実に強烈……)、そのために周囲の人々から忌避され、身を寄せた寺においても苛烈な差別に晒されてきた斑。自分を虫けらと思い定めてきた彼女を救い、人間扱いしてくれた土御門の当主・晴雄のために、彼女は戦うのであります。

 斑の口から土御門の目的が月の抹殺であると知り、月を護るためについに己の持てる通力を使う鋼之助と、晴雄とその理想を信じ、それを護るために通力を使う斑……
 「護る」という行動理由では等しい二人の激突は、それ故にどこか物悲しくも感じられるのです。(ただ、明の通力の使い方は身も蓋もなさすぎるような……)


 本作において月の存在が持つ意味(鋼之助にとってのそれと、土御門にとってのそれと双方)をはじめ、数々の謎が存在する本作。しかしそれでも物語は、一つの方向性を持って走り始めたと感じます。
 もっとも、鋼之助と明はようやく江戸を出たというところ。まだまだ二人の、そして物語の向かう先は見えないのであります。

(それにしても、この巻のラストで明が見たものの美しさときたら!)


『太陽と月の鋼』第3巻(松浦だるま 小学館ビッグコミックス) Amazon

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2021.06.26

野田サトル『ゴールデンカムイ』第26巻 ほとんどトーナメントバトルの札幌決戦!

 刺青人皮争奪戦もいよいよ最終盤――札幌で娼婦殺しを繰り返すマイケル・オストログ、実は切り裂きジャック(!)を追い、杉元・土方連合軍と鶴見一派がついに全面衝突することとなります。もう一人の殺人鬼・上エ地圭二も不可解な動きを見せる中、ビール工場を舞台に大混戦が始まります。

 切り裂きジャックの次の出現地が札幌麦酒工場であると知り、駆けつけた杉元・土方チームと、鶴見一派の先遣隊。これにジャックを加え、大乱戦が始まることに――と、比較的静かだった前巻に比べ、全編ほとんどトーナメントバトルのこの巻、滅多にやらないのですが、箇条書きで紹介します。

・牛山vs宇佐美
 インファイター同士の激突は、第七師団の援軍の登場ですぐに水入りとなるものの、一瞬で互いの本質を見破る二人が印象的です。
・杉元vs鯉登・二階堂ら第七師団
 牛山が逃げ込んだ工場内で始まる因縁の対決。ここでビール樽の上から杉元に銃を向ける菊田を阻むため、牛山が豪快に樽を転がしたおかげで樽が大崩壊、戦士たちのシリアスな死闘が、一転酔っぱらい同士の低レベルなケンカに……

・尾形vsヴァシリ
 菊田が確保しかけたアシリパに狙撃の銃口を向ける尾形。しかしそこに現れた亡霊(?)に驚いていたおかげで、頭巾ちゃんの狙撃から難を逃れるのでした。

・アシリパvs菊田
 逃げようとするアシリパを菊田が説得する隙に、後ろから襲いかかる宇佐美。それを身を挺したタックルで阻む門倉ですが、おかげでただでさえ異常な関心を寄せられている宇佐美に追われることになります。
 ついに捕まり、隠し持った刺青人皮を奪うという名目で脱がされ、尻をスパンキングされる門倉(そして何故か自分も脱ぎかける宇佐美)。しかし次の瞬間、宇佐美は何かを見て怪訝な表情を浮かべることに……

・尾形vs宇佐美
 そこに現れた尾形にいきなり襲いかかる宇佐美。陣営の違いを超え、犬猿の中の二人は激しくやりあうのですが、格闘では尾形が圧倒的不利であります。しかしそこで言ってはならない挑発の言葉を吐いた宇佐美に対し、ほとんどホラーめいたドス黒い表情を浮かべた尾形が、思わぬ形で逆転の一撃を……

・アシリパvsジャック
 逃走中に見かけたアシリパに対し、処女受胎が絡んだ異常なアイヌへの関心を吐露するジャック。しかしアシリパはそんな妄言には取り合わず、痛快フルスイング一撃!
・杉元vsジャック
 そこに鬼より怖い相棒が現れて処刑開始。どちらが殺人鬼がわからない酷い目に遭わされた挙げ句、牛山がジャック(前巻で娼婦に約束したとおり)とどめを刺すのでした。

・尾形vs宇佐美
 人皮と、ある事実を伝えるべく、馬で鶴見の下に急ぐ宇佐美を冷徹な狙撃で仕留める尾形。あの亡霊は現れなかったということは、やはり良心が見せる幻影なのでしょうか。 
 一方、落馬した宇佐美を鶴見がキャッチ、最期の言葉を交わすのですが――ある意味この巻のハイライトであるこの場面、前巻でそんなことをされたら笑ってしまうと言っていた通りの鶴見劇場になったのは、宇佐美にとって幸いだったのでしょうか?

・上エ地圭二自爆
 追い詰められたジャックが火をつけていた大火事となった工場。梯子を奪って煙突に登った圭二は、自分が刺青で上書きしたことで地図が失われたことをアピールし、皆のがっかり顔を見ようとするのですが――実は自分の刺青は既に不要だったことがわかり、自分ががっかりした末に、まさに犬死……
 その一方でいきなり最後の刺青人皮が登場したり、正面から遭遇したにもかかわらず何故かスルーし合う菊田と尾形の姿が描かれたりと、気になる場面が続きます。

・海賊房太郎vs杉元
 工場の中で煙に巻かれた杉元とアシリパの救出に、自慢の肺活量を活かして救出に現れた房太郎――と思いきや杉元に一撃、アシリパを強奪。アシリパに菊田と違うベクトルで説得する房太郎と、窮地の杉元を救いに白石の姿が印象に残ります。
・海賊房太郎vs鯉登
 そこに現れた鯉登に斬られた房太郎ですが、ビールの川の中に鯉登を引きずり込んで逆襲。その場に残されたアシリパの確保と窮地の鯉登の救出と、月島が選んだのは……


 と、一人脱出したアシリパは、二階堂の秘密兵器(?)で捕らえられ、ついに鶴見の手に落ちることに。
 そして崩壊する工場に一人取り残された門倉は――と、ものすごいオチがついてこの巻は終わりますが、しかしまだまだ札幌決戦は続くのであります。


『ゴールデンカムイ』第26巻(野田サトル 集英社ヤングジャンプコミックス) Amazon

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 『ゴールデンカムイ公式ファンブック 探究者たちの記録』 濃すぎる作品の濃すぎるファンブック!

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2021.06.09

ファー「冬の蝶」/中村茉莉子「花桐」 バラエティに富んだ漫画版『百夜・百鬼夜行帖』

 電子書籍として刊行され、既に百話を突破した平谷美樹の『百夜・百鬼夜行帖』シリーズの漫画版が、「いわてマガジン」の第6号と第7号に掲載されました。ファーによる「冬の蝶」、中村茉莉子による「花桐」――描き手が異なれば味わいも異なる、そして原作ファンも納得の二編であります。

 岩手在住であり、岩手や東北を題材とした作品が少なくない平谷美樹。津軽の修法師・百夜を主人公としたこの『百夜・百鬼夜行帖』シリーズもその一つです。
 そのシリーズを、「岩手マンガ家を応援する」をキャッチフレーズとする「いわてマガジン」で漫画化したのがこの二編であります。

 まず「冬の蝶」(ファー)は、記念すべきシリーズ第一作の漫画化。薬種屋・倉田屋の裏庭に現れた季節外れの白い蝶――主人の徳兵衛からその正体調べを依頼された百夜が、手代の左吉を助手代わりに謎解きに挑む物語であります。
 主人公である百夜、そしてシリーズレギュラーである左吉と徳兵衛の紹介が描かれるということもあってか物語的には比較的シンプルですが、しかし白い蝶に見えたものが実は――という謎解きは、漫画化に適したものといえるでしょう。

 そしてもちろん、百夜のビジュアルも良くできています。
 盲目で侍言葉を操る美少女修法師(本作ではちらりとしか見せませんが仕込み杖の達人でもある)という、ある意味実に濃いキャラクターである百夜。原作の方では挿絵のベリーショートの印象もあってかなり凜々しい彼女を、本作は適度に娘らしく描いているのは、これは違和感ないアレンジといえるでしょう。(この世ならぬものを見る時に彼女の目が開く、という描写も良いのです)

 また、左吉も元々がコメディリリーフだけあって、漫画的なデフォルメが主体なのも楽しく、ストーリーだけ見れば重く湿った物語になりかねないところに、うまく緩急をつけていると感じます。


 一方、奇しくも岩手の県花を題名に冠した原作第37話「花桐」(中村茉莉子)は、吉原を舞台とした物語であります。
 吉原で客や金棒引きが、己の顔をした花魁という奇怪極まりない存在に出くわすという事件が続発。「影の病」(ドッペルゲンガー)ではないかと怖れる客の依頼で吉原常磐楼を訪れた百夜は、俎(前帯)に桐の花の刺繍がされていたというその花魁の姿から、景迹を巡らせることになります。

 原作では吉原という舞台、そして何よりも怪異のビジュアルが印象的なエピソードですが、本作はそれをグッと頭身の上がった、落ち着いたビジュアルで漫画化。決して華やかなだけではない、かといって暗いだけでもない吉原の空気を、巧みに描いていると感じます。

 さらに、今回初登場であり、シリーズのサブレギュラーとなる花魁の七瀧と、老女の亀女のビジュアルも秀逸。特に、若い頃はさぞや――と思わせる亀女のちょっとした表情などは、原作だけではなかなかイメージできなかったものだけに、感心いたしました。
 また、これは原作にもあったシーンですが、七瀧の前で娘らしい顔を見せる百夜の姿も印象に残ります。

 そしてクライマックス、花魁衣装に身を包んだ百夜が怪異と対峙する場面の見開きは、こうくるか! というビジュアルで、こちらも大いに納得であります。
(ちなみに作者の作品としては同誌の第6号にオリジナルの「運命の道成寺」が掲載されています)


 というわけで、どちらの作品もファンの目から見ても納得のいくものであった今回の漫画化。
 今後の予定はわかりませんが、原作もバラエティに富んだ内容だけに、なろうことなら、この先もバラエティに富んだ執筆陣による漫画化を見てみたいものであります。


「冬の蝶」(ファー&平谷美樹 「いわてマガジン」第6号掲載)
「花桐」(中村茉莉子&平谷美樹 「いわてマガジン」第7号掲載)

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 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第7章の1『花桐』 第7章の2『玉菊灯籠の頃』 第7章の3『雁ヶ音長屋』
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 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第8章の1『笑い榎』 第8章の2『俄雨』 第8章の3『引きずり幽霊』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第8章の4『大川のみづち』 第8章の5『杲琵墅』 第8章の6『芝居正月』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第9章の1『千駄木の辻刺し』 第9章の2『鋼の呪縛』 第9章の3『重陽の童』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第9章の4『天気雨』 第9章の5『小豆洗い』 第9章の6『竜宮の使い』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第10章の1『光り物』 第10章の2『大筆小筆』 第10章の3『波』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第10章の4『瓢箪お化け』 第10章の5『駒ヶ岳の山賊』 第10章の6『首無し鬼』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第11章の1『紅い花弁』 第11章の2『桜色の勾玉』 第11章の3『駆ける童』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第11章の4『桑畑の翁』 第11章の5『異形の群(上)』 第11章の6『異形の群(下)』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第12章の1『犬張子の夜』 第12章の2『梅一番』 第12章の3『還ってきた男(上)』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第12章の4『還ってきた男(下)』 第12章の5『高野丸(上)』 第12章の6『高野丸(下)』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第13章の1『百夜の霍乱』 第13章の2『溶けた黄金』 第13章の3『祈りの滝』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第13章の4『四十七羽の鴉』 第13章の5『錆』 第13章の6『あきらめ聖』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第14章の1『あぐろおう』 第14章の2『妖刀』 第14章の3『幽霊屋敷』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第14章の4『強請(上)』 第14章の5『強請(中)』 第14章の6『強請(下)』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第15章の1『白い影(上)』 第15章の2『白い影(中)』 第15章の3『白い影(下)』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第15章の4『水琴』 第15章の5『千鬼夜行』 第15章の6『三つ巴の戦い』
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 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第16章の4『鐵次』 第16章の5『白木村のなみ』 第16章の6『首くくり村』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 通算第100話記念特別長編『邪教の呪法』

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2021.05.13

鳴神響一『おんな与力 花房英之介 二』 男性と女性、公と私――二つの軸から生まれる幾重もの変化

 亡き兄に代わり、北町奉行所の与力として生きる「花房英之介」の活躍を描くシリーズ第2弾であります。築地上柳原町で連続する事件を追うものの、苦闘を強いられる英之介。さらに無二の親友が同輩殺しの罪で捕らえられ、彼の無実を晴らすために奔走することになるのですが……

 五年前に事故死した双子の兄・英之介に代わり、お家存続のために女を捨て、兄に成り代わった志乃。苦心の末に男になりきり、父の後を継いで北町奉行所の番方与力となった英之介は、曰くありげな浪人たちによる町娘の拐かし事件の背後を探ることになります。

 そんな中、上柳原町の長屋に火付けした廉で捕らえられた男の存在を知った英之介は、その近くの大店で残忍な押込みがあったことを知ります。
 亡き父に恩義を受け「英之介」を助けるよう頼まれたという幇間の茶ら平と船宿の女将・ユキの助けを得て密かに一連の事件を探るも、なかなか決定的な証拠を掴めない英之介。さらに幼馴染であり、今は火付盗賊改を務める熱田雄之進が、同役を斬って捕らえられたという知らせが入り……

 と、事件と謎の連続のまま、クリフハンガーで終わった第1作に続く本作。
 浪人にしては秩序だった動きを見せる下手人たちによる娘の拐かし、容疑者に当日アリバイがあったにもかかわらず犯人に仕立て上げられた火付け、子供に至るまで一家皆殺しにするという残忍な押込み、そして雄之進の同輩殺し――一つでも厄介な謎の数々に、英之介は挑むことになります。

 その助けになるのは、何やら訳ありの幇間・茶ら平と女将のユキ。町方では聞き出せない情報でも、見目麗しい女性としてなら――と、二人の助けで英之介は辰巳芸者の花吉に扮して、情報収集に当たることになります。
 その一方では、火盗改の腐敗の証拠を追い、男として吉原の浮雲花魁を訪ねた末に、思わぬ事態となって――と、本作では英之介は、男と女、二つの顔を使い分けて事件に挑むのであります。


 思えば、昔懐かしい女性主人公の時代活劇においては、場面毎にそれぞれ異なる姿に扮して活躍する七変化シーンは定番の趣向でした。一見本作もそれと同様の趣向に思えますが、しかし本作は、そもそも主人公が女性であることを捨てることによって始まる物語であります。

 自身が女性を捨て、男性に変化することによって悪と戦う力を手に入れた(もっとも、実際に女性を捨てたのはお家存続のためなのですが)英之介が、捜査上の行き詰まりを、女性に変化することで打開していく――そんないささかややこしい構造は本作には存在します。
 さらに実は本作のクライマックスにおいては、英之介は第三の姿と名前を手に入れて活躍することになります。そしてこの変化によって英之介は、町奉行所の役人という公の立場では行使できない力――一種自警団的な力を手にすることになるのです。

 すなわち、男性と女性、公と私――二つの軸から生まれる幾重もの変化が、そしてそこから生まれるダイナミズムこそが、本シリーズのユニークな点であり、魅力というべきものと感じます。
 そしてそこにあるのは、昔ながらの七変化とは似て非なる、一種現代的な変化の在り方というべきものなのでしょう。


 ただし、本作のみを見た限りでは、英之介の男の部分、公の部分の出番が(特に後者について)かなり少ないというのも事実であります。
 確かにこの変化は英之介にしかない、英之介しか出来ない力の使い方ではあるのですが――あまり女性の部分、私的な部分が力を持ってくると、そもそも男装しているという必要性が揺らいで来るのではないか、という印象は否めません。

 もっとも、先に述べたように、英之介が女性を捨てたのはお家存続のためである、という設定上のエクスキューズはあるために、英之介は英之介で在り続ける必要は確かにあります。しかしこの先、二つの軸の間で英之介が決断を迫られるようなことがあれば、面白いかもしれません。

 ――と、何だか評価を先走ってしまいましたが、この第2巻までは紹介篇という印象もある本シリーズ。この先で何が描かれるのか、どこに向かうのか、見届けたいと思います。


『おんな与力 花房英之介 二』(鳴神響一 双葉文庫) Amazon

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鳴神響一『おんな与力 花房英之介 一』 奇想天外、おんな与力颯爽の登場

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2021.04.13

鳴神響一『おんな与力 花房英之介 一』 奇想天外、おんな与力颯爽の登場

 最近は警察小説等、現代を舞台とした作品での活躍が目立つ作者ですが、もちろん時代ものも健在です。「おいらん若君」の次は「おんな与力」――故あって亡き双子の兄に代わり北町奉行所の与力に身をやつした主人公「花房英之介」の活躍が始まります。

 亡き父の後を継ぎ、北町奉行所の番方与力として活躍する花房英之介は、頭脳明晰で剣の達人、そして町を歩けば女性たちから黄色い声援が飛ぶ美貌の青年。しかしそんな英之介には、とてつもない秘密がありました。
 それは「彼」が実は「彼女」――英之介の双子の妹・花房志乃であること。五年前に兄が事故死した際、志乃はお家存続のため自ら父に願い出て、死んだのは自分ということにすると、以来英之介として生きてきたのです。

 そんな中、初の出役で娘たちを拐かしている一味の根城に踏み込んだ英之介。しかしそこで待ち受けていたのは、凄まじい剣を操る四人の浪人――そして英之介らに捕らえられそうになった彼らは、全員自決して果ててしまったのであります。
 ただの浪人とは思えぬ彼らの行動に不審を抱いた英之介は、奉行からも引き続き事件を追うよう命を受けるのですが――その矢先、英之介は店の金を失った腹いせに長屋に火を付けたという男・鶴吉の存在を知ることになります。

 思わぬ味方の存在を得て、鶴吉の無実を晴らすため隠密に探索を始める英之介。しかし手掛かりを掴んだのも束の間、思わぬ制度の壁に阻まれ、苦闘を強いられることになります。さらに彼の周囲で、思いもよらぬ事件が発生して……


 『おいらん若君徳川竜之進』全5巻に続き、双葉文庫でスタートした本作。尾張徳川家の御落胤が吉原で太夫を張っているという前作にも驚かされましたが、本作は北町奉行所の与力が実は男装した女性という、ある意味それ以上に奇想天外な物語であります。
 何しろ町奉行所の与力といえば、いわば歴とした警察官僚。その与力が実は女性だったとなったら、お家断絶では済まない一大スキャンダルであります(作中でも与力ではないにせよ、実際に性別を偽って問題となった事例が紹介されています)。

 この不可能事に対して、本作は真正面から様々な描写を積み重ねることによって挑戦することになります。もちろんそれはエンターテイメントの枠内だからこそ許されるものであるでしょう。そして「英之介」の企てには色々と危なっかしさもあるのですが――しかし本作はむしろその点を面白さに変えていると感じられます。
 例えば同心は朝、女湯に入っていたという時代ものではお馴染みの史実が、英之介にとっては思わぬ窮地に繋がるという展開など、本作ならではのユニークなアイディアといえるでしょう
(しかもそれを言い出すのが同心株を買った元陰間の部下(ちょっと無茶かもしれませんが)というのもややこしくて面白い)


 そして本作をさらに面白くしているのが、一種の警察小説的な味付けであります。

 もちろん時代小説の奉行所ものというサブジャンル自体、警察小説・刑事小説の時代劇版という趣が強いのですが――本作では、主人公を同心ではなくいわばキャリア官僚である与力に設定することで、より組織内での縦横の関係性・軋轢に晒されやすい設定としているのが、英之介自身のややこしい立場と相まって、印象に残ります。
 さらに面白いのは、そこにさらに組織外、すなわち火付盗賊改との一種の所轄争いも絡んでくる点なのですが――そんなライバルである火盗改側に、英之介の幼馴染で今も親友である熱田雄之進がいるという人物配置もまた、実に巧みといえるでしょう。
(そして志乃が雄之進を内心気にしていたり、雄之進の妹が「英之介」を慕っていたりと、ある意味お約束の関係もまた楽しい)

 冒頭に述べたように、最近は警察小説での活躍が印象的な作者ですが、そのフィードバックが本作に生かされている感じられます。


 と、設定のインパクトだけではない魅力の本作ですが、一つ気になったのは、クリフハンガー的に物語の謎が全て第2巻に持ち越しになっている点でしょうか。
 そのため、本作だけ見ると、英之介がスッキリと活躍していない印象があるのですが――その辺りは二ヶ月連続刊行の第2巻に持ち越しなのでしょう。

 少なくともこの続きが大いに気になってしまうことは間違いない本作。続巻での英之介の大活躍に期待したいと思います。


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