永尾まる『猫絵十兵衛 御伽草紙』第24巻 旅路から江戸へ 「帰ってきた」十兵衛
約一年ぶりの『猫絵十兵衛 御伽草紙』は、前々巻から続いてきた旅情編(?)がいよいよ完結――長らく江戸を離れていた十兵衛とニタが、いよいよ江戸に帰ってきます。旅先でも江戸でも変わらぬ人の、猫の、妖の姿が、二人を狂言回しに今日も描かれます。
ふらりと江戸を離れて越後、佐渡を訪れた猫絵師の十兵衛と猫又のニタ。のんびりと旅を続ける二人は、途中で猫絵に奮闘する若き殿様と知り合ったりと、行く先々で様々な人や猫に出会ってきました。
そしてこの巻の半ばまでは、二人が江戸に帰るまでの旅路が描かれることになります。
安中で(猫又に)大人気の名物(とニタ)の思わぬ姿が描かれる「名物猫の巻」
傲慢さが災いして、卒中の療養旅の途中で使用人に放り出された若旦那が、思わぬ猫情に助けられる「報謝猫の巻」
猫絵の殿様と善光寺の門前町を訪れた二人が、人間の赤子を連れた猫又と出会う「猫絵の殿様篇 参の巻」
殿様と別れた二人が、名物住職がいるという寺で目の当たりにした思わぬ「説法」の顛末「説法猫の巻」
何者かの導きで異界に落ち込んだ十兵衛が、奇怪な世界を彷徨った末に出会ったものを描く「青面猫の巻」
前回の疲れも十兵衛に残る中、本書の表紙を飾る撞木娘の導きで碓氷峠を越える「碓日の坂猫の巻」
いずれも旅先ならではというべきか、実にバラエティに富んだエピソード揃いですが、その中で個人的に特に印象に残ったのは、「猫絵の殿様篇 参の巻」と「青面猫」です。
前者は猫絵の殿様といいつつ、むしろ十兵衛たちが出会った風変わりな猫又が主役の物語。可愛がってくれた一家の妻が亡くなり、主人と赤ん坊と共に善光寺詣でに出たものの、主人も旅先で亡くなって残されたのは赤ん坊と猫――というだけで胸が塞がる思いですが、そんな苦難の果てに辿り着いた善光寺で待つものの姿(と猫のリアクション)には、ただ涙涙。泣かせという点では、この巻随一のエピソードです。
一方後者は、何者かに惹き寄せられるようにニタから離れ、異界に足を踏み入れた十兵衛の姿を描く異色作ですが、注目すべきはその異界の、何とも悪夢めいた不条理な、そしてどこか蠱惑的な姿でしょう。
元々、作者は一種のダークファンタジーを得意にする作家という印象もあり、これまでも(本作に限らず)時折描いて来た異界の姿には、魅力的なものがありました。その味わいは、このエピソードにおいても変わらず――そしてそれだけに、異界で十兵衛を待つものの意外かつ納得の正体に頬が緩むのです。
こうして江戸に帰ってきた二人ですが、待つのは相変わらず賑やかな人と猫の姿です。
長いこと留守にしていた十兵衛が、江戸に帰って最初にすることになった「仕事」を描く「初仕事猫の巻」
かつて国府台城の姫君が体験したという不思議な猫の掛け軸を巡る物語「国府台城の猫の巻」
賑やかな花見に出かけた十兵衛とニタが、そこで奇品の鉢植えを売る思わぬ人物と再会する「奇品猫の巻」
毎度お騒がせの猫又三匹衆が、外で粗相をしたのをきっかけに、大変な騒動に発展する「かしわ猫の巻」
ここに登場するのは、西浦さんや猫又たちといった、懐かしい顔ぶれですが、まさしく「実家に帰ったような」感覚で、旅は旅で楽しいけれど、帰ってみると普段の日常がまた愛おしい――という、誰しも経験があるであろう、あの感覚を味わうことができます。
一方、そんな中で異彩を放っているのが「国府台城の猫」。この城があったのは室町後期から末期なので作中から見ても過去の話ですが、その頃に起きたという奇譚を、本作のキャラクターが演じるという一種のコスプレ回といえるかもしれません。
主演の信夫が演じる姫君が、不思議な掛絵から飛び出してくる猫に惚れ込むも、その猫を現実のものにするためには一ヶ月触れてはならず――という、猫好きには拷問のような話ですが(またここで登場する猫(演:百代)が可愛い!)、地元民でもほとんど知らないような話を採話しているのに、個人的には驚かされたところです。
さて、こうして江戸に帰ってきた十兵衛とニタですが、一読者としても「帰ってきた」という想いが強くあります。というのも、本書のラストとその一話前は、掲載誌にして約三年間の休載を挟んでいたのですから。
その間、愛読者としては大いに不安だったのですが、こうして帰ってきたからには(どんなペースでもよいので)また温かい物語たちを、この先も描き続けてほしいと――そう心から願っています。
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