2020.06.24

野田サトル『ゴールデンカムイ』第22巻 原点回帰の黄金争奪戦再開

 樺太で再び相棒としての互いの想いを確かめあい、新たな一歩を踏み出した杉元とアシリパ。しかし鶴見中尉がこれを許すはずもなく、北海道への逃避行が始まることになります。そして辿り着いた北海道では路銀のために砂金掘りに挑む杉元一行ですが、そこに迫る影が……

 樺太・ロシアでの冒険を終え、ようやく北海道も目前のところまで来た杉元とアシリパ。しかしアシリパを取り戻すためとはいえ鶴見一派の力を借りたことは、二人のこの先に暗い影を落とします。
 はたして、親切ごかしながらもアシリパを監禁し、利用せんとする鶴見。その意図を感じ取ったアシリパ、そして杉元は、再び相棒として、ただ二人で黄金争奪戦に乗り出すことを誓うのでした。

 もちろん目の前でそんな宣言をされて鶴見が看過するはずもなく、たちまち大泊の町で繰り広げられる一大追跡劇。銃器の使用も辞さない相手に、ついに「不死身の杉元」モードになる杉元に対して、アシリパの選択は……

 と、再開された黄金争奪戦のプロローグとも言うべき戦いが描かれる本書の前半部分。ちょっとした市街戦状態から、連絡船と駆逐艦のチェイスとスケールアップしていくのはまさに本作の面目躍如ともいうべき展開ですが――その中で谷垣や月島といった面々が彼ららしい顔を見せたと思えば、なし崩し的に仲間になった頭巾ちゃんことヴァシリが思わぬ活躍を見せたりと、主人公二人以外のキャラがきっちり存在感をアピールしているのも嬉しいところであります。

 そして何よりも、アシリパを護るためには、戦いから遠ざけるためには狂戦士になることも辞さない杉元と、そんな彼を護るために自分が盾になることも辞さないアシリパと――互いを尊重しつつも、それぞれに覚悟を決める二人の姿が印象に残ります。
 もちろんそれは、一歩間違えれば二人が共に不幸になりかねない道ではあるのですが……


 そんなわけで杉元とアシリパ、そして白石とお馴染みのトリオ(に頭巾ちゃんも加わって……)の珍道中となり、初期のノリに戻った感もある物語。本書の後半に収録されたエピソードもまた、原点回帰感のある内容です。

 路銀を稼ぐため、ウェンカムイ(人を殺した熊)が出没するという雨竜川で砂金採りをすることになった杉元一行。そこで彼らが出会ったのは、一日で50円稼いだという砂金獲りの名人・松田であります。
 崖から落ちかけたところを杉元に救われた恩から、砂金採りのコツを教えてくれる松田。しかし松田は、ウェンカムイに追われていると語り、ことあるごとに怯えた表情を見せるのでした。

 そして松田の周囲で起きる奇怪な出来事の数々。そして杉元たちの前にもウェンカムイが現れ……

 と、ヒグマの脅威と、曰く有りげな(変態っぽい)人物との出会いと――本作のファンには既にお馴染みとなった要素が中心となるこのエピソード。その意味では新味はないのですが、物語が進むにつれて徐々に大きくなっていく違和感と、その果てに明らかになる真実という構成は、定番ながらなかなかに読ませます。
 実はこの真実も似たようなものが以前もあったのですが、しかし全ての真実が明らかになる瞬間のインパクトは、ある意味実に本作らしい絵面と相まって、強烈なものがありました。

 そしてまた、今回描かれた、黄金に目が眩み、アイヌの伝統に敬意を払わぬ(誤って理解した)者の姿は、ある意味杉元たちのネガの姿であると同時に――この先、杉元とアシリパが戦うべき存在を象徴するものなのかもしれません。


 何はともあれ、原点回帰して再び始まった黄金争奪戦。といっても状況は三つ巴、あるいは四つ巴といよいよ混沌とした様相を呈し、残る刺青人皮もあと僅かです。
 その中で杉元とアシリパに逆転の目があるのか――一つだけ言えるのは、これからこの先、いよいよ戦いが激化する、ということのみであります。


『ゴールデンカムイ』第22巻(野田サトル 集英社ヤングジャンプコミックス) Amazon


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2020.05.10

長岡マキ子『降霊会の夜に謎解きを 執事と令嬢の帝都怪奇録』 少女が挑む謎と怪奇と自由への道

 半年前、何者かに父と使用人13人を惨殺された嵯杏院伯爵家令嬢・薔子。事件の真相を求め、自分と共に生き残った執事の統真と探偵業を始めた薔子は、ある日東雲子爵の未亡人・優子からの失せ物探しの依頼を受ける。しかし事件は思わぬ方向に展開し、やがて薔子と統真の追うものにも関わることに……

 ちょっとお転婆な令嬢と、イケメンで毒舌な執事が探偵役となるライトミステリ――と思えば、意外なまでにオカルト展開に驚かされる特異な明治ものであります。

 邸宅に執事の藤代統真とただ二人住み、探偵業を営む嵯杏院薔子――彼女が伯爵令嬢とも思えぬ境遇に身を置いているのは、半年前に嵯杏院家を襲った惨劇のため。
 クリスマス・イブの晩に日本刀を持った何者かが屋敷を襲い、「東洋のメフィストフェレス」と異名を取った嵯杏院伯爵と使用人たち、合わせて十三人を惨殺。生き残ったのは薔子と重傷を負った統真のみだったのです。

 奇妙にもその時の詳細を思い出せない薔子と統真ですが、何としても真相を掴みたい――と始めたのが探偵業。そして今回、薔子の元婚約者が持ち込んだのは、とかくの噂がある東雲公爵家にまつわる事件であります。
 二日前に三人の貴族が毒殺された東雲公爵家。今回の依頼はその調査、ではなく公爵の未亡人・優子のもとから紛失した黄金のイエス像探し――にかこつけた夫人の信仰調査だったのです。

 上流階級の間で流行する「ピラミッド・ルール」なる怪しげな新興宗教。夫人がこの宗教の信徒・ピラミディアンであることの証拠を掴んで欲しい――その依頼を受けて、公爵家に向かった二人ですが、夫人から向けられたのは意外なまでの敵意でありました。
 それにも負けず、何やら妙なムードの漂う公爵家の調査を進め、首尾良くイエス像を見つけ出した薔子。が、それは始まりに過ぎなかったのであります。

 夫人が密かに開いていた「サロン」とは。行く先々に現れる白い仮面に金髪の男の正体は。吉原にいた夫人の隠された過去とは。嵯杏院邸の地下室に隠されていたものとは。そして薔子たちが招かれた九里公爵家の仮面舞踏会で待つものは……


 冒頭に述べたように、令嬢と執事の探偵ものという読む前の印象が、一読すれば大きく変わってくる本作。もちろんミステリとしての要素はしっかり存在するものの、副題の「怪奇」――すなわちオカルト的な要素が、物語の中では大きな要素を占めているのです。

 その象徴が、物語の各章の間に挟まれる「魂の章」と冠された部分でしょう。章題にある人物の一人称で語られるこのパート――実はその人物というのは全て故人、すなわち死者の語りなのですから。
 その意味では一見アンフェアに見えるかもしれませんが、しかし本作においてはその怪奇の事件の背後に存在する人間心理や人間関係を、論理的に解き明かすという意味で、ミステリとして成立していることは間違いありません。

 そしてまた、この点以上に物語のイメージを大きく変えるのは、作中で描かれるその人間心理や人間関係の生々しさでしょうか。
 これは物語の核心に触れる部分も少なくないために詳細は伏せますが、作中で描かれるこれら――時に悪徳と呼ぶべきそれ――は、決して露骨に描かれているわけではないものの、大袈裟に言えばライト文芸という域を超えたものと感じます。


 しかし、こうした要素にもかかわらず、本作から受ける印象が決してネガティブなものに終わらないのは、これは作中で描かれる薔子の成長によることが大きいでしょう。
 それまで華族の令嬢として何不自由なく暮らし、それに疑問を抱いてこなかった薔子。しかしあの惨劇によって実質的に家を喪った彼女の目に映るものは、「華族の令嬢」という立場から見えてこなかったもの――ある種の自由であり、自主性とでも言うべきものであります。

 もちろん、それまでの彼女の身分を「籠の中の鳥」と嘆くのは、これは持てる者の傲慢さと言えるかもしれません。しかし女性が女性として――人が人として生きることを望むことは誰に否定されるものでもなく、そしてそれを選ぶことが難しかった時代に、薔子が選んだ道は大いに共感できるものでしょう。

 そしてそんな薔子の姿は、先に述べた一種独特の要素――非現実的な怪異の世界、あるいは生々しい人間の欲望の世界があるからこそ、より際だって美しく気高く感じられるものでもあります。
 怪奇ミステリでありつつも、同時に一人の少女の成長譚でもある(さらにいえば、この時代が舞台となる必然性もある)、隠れた佳品と言うべき作品です。


『降霊会の夜に謎解きを 執事と令嬢の帝都怪奇録』(長岡マキ子 富士見L文庫) Amazon

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2020.05.06

野村胡堂『江戸の紅葵』 二つの顔の快剣士、安政の大獄に挑む

 井伊直弼による安政の大獄の真っ只中、各地で捕らえられ、江戸に送られる尊攘の志士を救い出す謎の剣士がいた。去った後に残す朱色の三つ葉葵から、人呼んで「紅葵」――間部下総守配下の剣豪・大場剣十郎の姿を借り、美少女・照江を助手に、江戸の紅葵の活躍は続く。

 時々驚かされるのですが、最近は電子書籍で思わぬ作品が刊行されることがあります。本作もそんな作品の一つ――戦前に野村胡堂が雑誌「新少年」に連載した幕末ものの活劇であります。

 各地で尊皇攘夷の動きが活発となり、これに対して大老井伊直弼が強権を以て当たっていた頃――どこからともなく現れ、水際だった腕前で幕府に囚われた志士たちを救って去って行く快剣士・紅葵の活躍を描く本作。
 敵に回すのが革命派か守旧派かという違いこそあれ、権力から人々を救うヒーロー、「紅」という色と植物がシンボルという点を見ると、やはりバロネス・オルツィの『紅はこべ』を参考にしているのだろうな――と感じざるを得ないのですが、当然ながら、本作独自の趣向が凝らされています。

 本作の第1話の冒頭で描かれるのは、尊攘派の学者である桜井月山を連行する大場剣十郎――井伊直弼の下で大獄の直接指揮に当たった間部詮勝配下で一の剣豪――が、月山の弟子のだまし討ちによって討たれる場面。
 しかし直後にその死体は忽然と姿を消し、そしてその後も平然と剣十郎は姿を表すのですが――彼の行く先々には紅葵が現れ、月山ら志士を陰ながら救ってみせるのです。

 果たしてこの謎は――と、これはこの第1話のうちで判明することなので書いてしまいますが、実は紅葵の正体こそは、剣十郎双子の弟・剣作。赤子のうちに引き離され、水戸の侍に預けられた剣作は、兄と同じ剣豪に育ちながらも、思想は正反対(水戸だから)となり、紅葵として密かに活躍していたのです。

 かくて、亡き兄の姿を借りて大場剣十郎と名乗ることとなった剣作は、剣十郎と紅葵の二つの顔を使い分けつつ、月山の娘の照江の手を借り、悪辣な幕吏の陰謀を次々と粉砕していくことに……


 というのが基本設定なのですが、戦前の、それも児童文学らしく――というのは失礼な表現ではありますが、本作では尊攘派=善、幕府=悪の図式が固定化した形で描かれることになります。
 さらに、紅葵と照江のほか、剣十郎の娘である弥生も二人に洗n――感化されて味方となる辺りもどうなのかなあと思いながら読み進めてみれば、しかしこれが各話趣向を凝らしていて、実に面白いのであります。

 序盤こそ頓馬な幕吏の裏をかいて紅葵が志士を救出――とストレートな展開の連続だったのですが、中盤以降にさすがに剣十郎こそが紅葵の正体では? という疑いを周囲から持たれるようになることになり、紅葵もたやすく目的を果たすことはできなくなります(そこでまた、剣十郎と剣作の設定が生きるわけですが……)。
 そこから、敵に捕らえられた照江を身分を隠しながら奪還する、あるいは照江が紅葵となって剣十郎(剣作)と対決するなど、物語にバリエーションが膨らんでいくことになるのが本作の面白いところ。

 この後も、
・負傷した紅葵が、自分の代わりに照江と弥生、さらに中盤からレギュラー入りの少年志士・五郎丸を動かして志士を救出
・京からやってきた尊攘派の女性使者を江戸に入れるため、三つの渡し場で待つ幕吏の罠をくぐり抜ける
 などといったユニークな展開が続き、さらに後半には井伊直弼の右腕・宇津木六之丞(実在の人物)と、彼に雇われた無頼浪人・波戸久楽之助が敵方のレギュラーとして登場することになります。

 これに伴い、偽紅葵を仕立て上げたり(これに対する紅葵の策も痛快)、子供たちばかり五人人質にとったりと敵の作戦も巧妙化、ついには「剣十郎」の正体も暴かれて――と、物語は盛り上がっていくことになります。


 もちろん繰り返しになりますが、あくまでも児童文学としての一定の枠はあり、あまり期待しすぎるとなーんだ、ということにはなりかねません。
― しかし、やはりこうしてこのように趣向が凝らされ、アタックアンドカウンターアタックの物語が楽しめる内容となっているのは、さすがは野村胡堂――と今更ながらに感心してしまった次第です。


『江戸の紅葵』(野村胡堂 くぇい兄弟社) Amazon

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2020.04.25

森谷明子・安萬純一・二階堂黎人『御城の事件 〈西日本篇〉』(その二)

 「城」を舞台とした時代ミステリアンソロジー『御城の事件』の第2弾のご紹介の後半戦であります。失われた城、今に残る城、幻の城――西日本の城を舞台にした作品の数々を、一作品毎に紹介いたします。

『ささやく水』(森谷明子):船上城
 三方を海や川に守られた船上城を、短期間で堅牢な城として作り上げた高山右近。その陰には、海賊によって故郷の島を奪われて右近に拾われた、石積みを得意とする斎の民の尽力がありました。
 そんな中、イエズス会の使者として城を訪れていた日本人武士が、城の中で溺れ死んだ姿で発見されることとなります。しかも周囲には全く水が存在しない場所で……

 デビュー作の『千年の黙 異本源氏物語』以来、幾つもの優れた歴史ミステリを発表している作者ですが、本作はかなり珍しく感じられる戦国もの。今では破却された明石の船上城を舞台に、その生みの親であり名築城家でもあった高山右近を探偵役に描かれます。

 水城であったと言われる船上城を、いわば巨大な密室として起きた不可解な殺人事件。犯人は何となく想像がつくものの、どのようにして、そして何故犯行が行われたのか――この時代ならではのその答えに加え、さらに遙かな歴史の流れを感じさせる真相が作者らしいと感じます。


『影に葵あり』(安萬純一):小浜城
 草の家の人間でありながらも、若くして小浜城の警護の長に任じられた韮山兼明。諸藩の間で使われる暗号を記した巻物の警護に当たる兼明ですが、その前に、江戸の隠密であった彼の実の父を知るという忍び・雷蔵が現れます。
 西国からの忍びが巻物を狙っているという雷蔵。果たして、城の堀に両腕を失った死体が浮かび、さらにその死体がいつの間にか消え失せるという怪事件が起きるのですが……

 『忍者大戦 黒ノ巻』に収録された『死に場所と見つけたり』の続編に当たる本作。内容的に難しそうな作品の続編がとこうして登場したのは少々驚きであります。
 前作で描かれた実の父との別れを経ながらもなおも草としての自分の生き方に悩む兼明が、以前自分が奪おうとした巻物を今度は守ることになるとは皮肉ですが――そんな彼が、腕のない死体、どころかその死体までもが消えるという怪事件、さらに敵忍者の操る忍法の謎解きと、相変わらずミステリと忍者ものとしての絡め方が巧みであります。

 キーとなる人物の正体がわかりやすいのと、兼明が結局あまり成長していないように見えるのが少々気になりますが……


『帰雲城の仙人 伊賀の忍び 風鬼雷神』(二階堂黎人):帰雲城
 かつて天正地震により城下町もろとも消え去ったという帰雲城に隠されているとう金鉱の在処の探索を命じられた凄腕忍びの風鬼と雷神。
 しかし帰雲城では、謎の忍び・暗黒斎率いる暗闇党が暗躍し、風鬼と雷神は暗闇党と死闘を繰り広げることとなります。邪馬台国の時代から生きていると言われる暗黒斎こと秦の方士の正体と目的とは……

 本書の編者によるこちらの作品も、『忍者大戦 黒ノ巻』に収録の『幻獣 伊賀の忍び 風鬼雷神』の続編――というか主人公を同じくする作品。公儀隠密にその人ありと知られる二人組・風鬼と雷神を主人公とするアクション篇です。
 題材となっている帰雲城は、地震の多い我が国でも珍しい、地震によって消滅した城。すなわち物語の時点ですでに存在しない城であります。このいささか変化球な舞台に隠された秘密を巡り、風鬼と雷神が、謎の忍者集団と激突する様が描かれることとなります。

 前作もそうでしたが、色々な意味で漫画チックな忍者バトルが描かれる本作。冒頭からクライマックスに至るまで、様々なシチュエーションで描かれるバトルは楽しいのですが――ミステリとしては、途中で描かれる暗黒斎が帰雲城を消してみせる術の謎解き程度とかなり弱めなのが苦しい。
 もう一つ、クライマックスで語られる邪馬台国の謎解きもあるのですが、これも唐突感が否めないところであります。


 というわけで、東日本篇同様、こちらも城をテーマとして自由に描かれた、バラエティ豊かな作品が収録された本書。東日本篇は、モデルはあるとはいえ架空の城を舞台とした作品も多かったのですが、西日本篇は全て実在の城というのは好感が持てます。

 また、『忍者大戦』収録作の続編が多いのも特徴ですが――あちらも読んでいる私は嬉しい仕掛けでしたが、未読の方には戸惑う部分があるような気がしますし、この辺りはなかなか難しいところかもしれません。


『御城の事件 〈西日本篇〉』(二階堂黎人編 光文社文庫) Amazon

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 高橋由太・山田彩人・松尾由美『御城の事件 〈東日本篇〉』(その一)
 門前典之・霞流一『御城の事件 〈東日本篇〉』(その二)

 『忍者大戦 黒ノ巻』(その一) 本格ミステリ作家による忍者大戦始まる
 『忍者大戦 黒ノ巻』(その二) 忍者でバトルでミステリで
 『忍者大戦 赤ノ巻』(その一) 再びの忍者ミステリアンソロジー
 『忍者大戦 赤ノ巻』(その二) 時代小説ファンとミステリファンに橋を架ける作品集

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2020.03.30

永尾まる『猫絵十兵衛 御伽草紙』第21巻 バラエティに富んだ妖尽くしの楽しい一冊

 久々に新刊登場の『猫絵十兵衛 御伽草紙』は、表紙の一つ目小僧と一つ目猫から察せられるように、妖が登場するエピソードばかりが収められた全9編。妖ばかりと言っても、もちろんバラエティに富んだ内容は変わらず、今回も楽しい一冊であります。

 鼠除けの猫絵を生業とし、人ならぬモノの存在を見聞きする力を持つ青年・十兵衛と、強力な妖力を持つ元・ニタ峠の猫仙人にして、今は酔狂にも十兵衛の相棒として江戸で暮らすニタ。この一人と一匹を、時に主人公に、時に狂言回しとして、人と猫と妖の物語を描いてきた本作も、もう第21巻となりました。
 冒頭に述べたように、この巻は妖尽くしというべき内容が収録されています。以下のように……


 茶太郎・ブチ・ハチのお馴染み猫又三匹が、おいてけ堀よろしく水中から呼びかける怪と出会う「おいてけ堀猫」
 昼寝している最中に異界に迷い込んだ上、片耳がなくなってしまった濃野初風の愛猫・小春の冒険「小春猫」
 いなり寿司売りとともに、大店のお嬢様に惚れてしまった絵師志望の猫又・ムクの奮闘を描く「恋の仇猫」
 病弱で祭見物に行けない子供のために、猫丁長屋の子猫・タケと十兵衛が一肌脱ぐ「祭猫」
 年経りて通力を得た破れ寺の住職の猫が、住職を助けるために思わぬ策を授ける「火車猫」
 大晦日の晩、謎の相手から逃げようとする猫又三匹衆と百代に十兵衛が巻き込まれる「掛け取り猫」
 前話に続き、借金のカタに大森の化け物茶屋で働くことになった四匹の姿を描く「化物茶屋猫」
 タイトルのとおりニタの賑やかな日常を描いた8ページの掌編「ニタの、たまの日常」
 ニタ峠の雛祭りに招かれた十兵衛が、川の化生とそれに顔と大切なモノを奪われた女性と出会う「ひいな猫」


 ご覧のとおり、奇怪な化け物との対決あり、可愛らしく不思議な奇譚あり、泣かせる猫と人のドラマあり――一口に妖といっても様々ですが、それでいて、どれも本作「らしい」物語に仕上がっているのに感心させられます。

 例えば「小春猫」――小春の夢物語のようなファンタスティックなお話ですが、小春が迷い込んだ様々な妖が人間同様の暮らしを送る世界の姿は、ユーモラスでしかし妙に生々しく、我々の世界とは似て非なる空気を感じさせる異界感が素晴らしい。
 この辺りの異界描写は実は作者の得意とするところですが、実在した大森の化け物茶屋に、実は人用の表と化け物用の裏があったという設定の「化物茶屋猫」も、作者ならではの世界観を感じさせるものがあります。

 また、一見ユーモラスで温かい絵柄でありつつも、本気で恐ろしい化け物を描けば、ドキリとするほど恐ろしいのも作者の筆の力。
 本書でいえば、「火車猫」のクライマックス、死人を地獄へ攫っていく火車の大暴れの場面などは、江戸の絵草紙的な味わいを持ちながらも、荒々しく迫力ある絵柄に驚かされるのです。

 ちなみにこの「火車猫」、物語的には有名な昔話「猫檀家」にほとんど忠実な内容なのですが――この妖怪描写の凄まじさと、それとは裏腹の人と猫の細やかな交流の描写(和尚が唱える大悲心陀羅尼の一節が別の意味を持つラストが巧い!)に泣かされる、本書でも屈指の名編と感じます。
 また名編といえば「祭猫」も、互いをいたわり合う両親と子の情(冒頭で描かれる母の表情が何とも見事)に、普通の子猫であるタケの可愛らしさと、十兵衛の猫絵が生み出す優しい奇跡が絶妙のバランスで混ざり合って、不思議人情系の実にグッとくるエピソードとして必見であります。


 と、妖好き、不思議好き、そしてもちろん猫好きには、語り出したら止まらなくなってしまうような充実した内容の本書。

 連続ものではない連作もので、これだけの巻数を重ねながらも、このバラエティとクオリティとは――といつもながら驚かされるのですが、しかしこの点についてはこの先も変わることはないだろうと、無条件に信頼してしまうのであります。


『猫絵十兵衛 御伽草紙』第21巻(永尾まる 少年画報社ねこぱんちコミックス) Amazon


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 永尾まる『猫絵十兵衛 御伽草紙』第16巻 不思議系の物語と人情の機微と
 永尾まる『猫絵十兵衛 御伽草紙』第17巻 変わらぬ二人と少しずつ変わっていく人々と
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 永尾まる『猫絵十兵衛 御伽草紙』第20巻 いつまでも変わらぬ、そして新鮮な面白さを生む積み重ね

 『猫絵十兵衛御伽草紙 代筆版』 三者三様の豪華なトリビュート企画

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2020.03.25

野田サトル『ゴールデンカムイ』第21巻 二人の隔たり、そして二人の新たなる旅立ち

 樺太・ロシア編もいよいよエピローグといったところでしょうか、長い旅を追え、アシリパたちを連れて帰ってきた杉元一行。しかし北海道に帰ってきたところで、果たしてアシリパに平和な暮らしは待っているのでしょうか。鶴見と土方、それぞれの勢力の思惑も交錯する中、彼女の選択は……

 キロランケの死そして尾形の逃走と、波乱に次ぐ波乱の末、ようやくロシアを離れ樺太まで戻ってきた杉元たち。途中、尾形に狙撃対決で敗れたロシアの狙撃兵・ヴァシリが、彼との再戦を期して勝手に着いてきたりもしましたが、まずは帰りの旅は何ごともなく終わるように見えます。

 が、ロシアで一度は姿を消したソフィア(と岩息?)が新たな勢力として北海道を目指し、鯉登少尉は鶴見に対してある疑念を募らせ、そして北海道では前巻から登場した有古一等卒を挟んで鶴見と土方の暗闘が繰り広げられ――と、黄金争奪戦を巡る人間関係はいよいよ複雑になるばかりであります。
 何よりも、今の杉元は鶴見の監視下にある身分であり、アシリパを連れ帰るということは、鶴見に彼女を、彼女の持つ情報を引き渡すということに繋がります。果たしてそれでアシリパがこの争奪戦から解放されるのか? これまでの状況を考えれば、それは疑わしいところであります。


 と、そんな入り組んだ状況にありながらも、杉元たちの帰りの旅は、一見のどかで、楽しげなものに映ります。
 偶然活動写真の興行主と知り合ったことから、アシリパはアイヌの昔話を活動写真に残すと俄然エキサイト、杉元や白石、さらには鯉登や月島(何故か二人で女装)、谷垣まで巻き込んで、てんやわんやの撮影開始――と、この辺りの脇道への逸れ方は、これはこれで本作らしいなあ……

 と思っていれば、ここで谷垣とチカパシの別れの前奏曲が、そしてそれ以上に、アシリパと両親の思わぬ「再会」という大きな大きな出来事が描かれることになるのですから、全く以て油断ができません。
 そしてそこからアシリパが今後歩むべき道へ――そして、彼女に対する杉元の在り方まで繋がっていくに至っては、ただただ唸らされるのみであります。

 思えば成り行きで出会いながら意気投合し、冒険を始めることとなった杉元とアシリパ。それ以来、黄金争奪戦の中で、ほとんど考える間もなく駆け抜けてきた二人ですが――しかしアシリパの父の遺言を聞いた杉元、そしてキロランケとの旅の中でアイヌとしての自分のアイデンティティを見つめ直すことになったアシリパにとって、旅の意味はいつまでも同じではありません。
 何よりも、アイヌとして自分に何ができるのか考えるようになったアシリパと、彼女を戦いから遠ざけようとする杉元の間には、大きな方向性の違いが生まれてしまったのですから……

 もちろん、アシリパに対する杉元の態度は人間として、和人として、実に理想的であり――そこには、アシリパにまさに自分自身の理想を投影する側面もあるものの――好感の持てるものであります。
 しかし、作中では(半ば意図的に)これまで描かれてきませんでしたが、和人の支配下の北海道で暮らすアイヌの苦境は、歴史が示しています(その意味で、アイヌである有古の思わぬ真実と、彼を待ち受ける二重に過酷な運命は、その一つの象徴のように感じられます)。


 そんな二人が、何よりもアシリパが何を選ぶのか――それはこの巻のラストで描かれることになります。アシリパを――アシリパの瞳を前に、普段のメフィストフェレスぶりをかなぐり捨てた鶴見(彼にも人間らしい側面があったのか、とある意味感心させられますが)の態度をきっかけにして。

 そしてその選択の中身は――それはここで言うまでもないでしょう。それは実に二人らしい爽快で痛快な、「そうこなくっちゃ!」と言いたくなるようなものなのですから。
 そこに待つのは、もちろんこれまで以上に困難な闘いではあるのですが、しかし今はただただ、二人の再出発を心から応援したくなる――そんな結末をもって、この巻は幕を閉じます。そこからの道に何が待つのか、それはもちろんまだわかりませんが――しかし二人にとって、どんな道も自分自身が望む道。決して後悔などはないと、信じられるのであります

(そしてその前の場面で、わかっていて言っているのか単なる勢いなのか、杉元にぶつける白石の言葉も、白石という男の在り方を感じさせてくれて実に好きだなあ)


『ゴールデンカムイ』第21巻(野田サトル 集英社ヤングジャンプコミックス) Amazon

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 野田サトル『ゴールデンカムイ』第5巻 マタギ、アイヌとともに立つ
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第6巻 殺人ホテルと宿場町の戦争と
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第7巻 不死の怪物とどこかで見たような男たちと
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第8巻 超弩級の変態が導く三派大混戦
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第9巻 チームシャッフルと思わぬ恋バナと
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第10巻 白石脱走大作戦と彼女の言葉と
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第11巻 蝮と雷が遺したもの
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第12巻 ドキッ! 男だらけの地獄絵図!?
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第13巻 潜入、網走監獄! そして死闘の始まりへ
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第14巻 網走監獄地獄変 そして新たに配置し直された役者たち
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第15巻 樺太編突入! ……でも変わらぬノリと味わい
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第16巻 人斬りとハラキリとテロリストと
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第17巻 雪原の死闘と吹雪の中の出会いと
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第18巻 ウラジオストクに交錯する過去と驚愕の真実!
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第19巻 氷原の出会いと別れ さらば革命の虎
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第20巻 折り返し地点、黄金争奪戦再開寸前?

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2020.02.07

南原幹雄『北の黙示録』下巻 史実の枠を超える全面対決、そして凄絶な結末へ


 奥州六藩同盟と、幕府の秘密諜報機関・中町奉行所との死闘もいよいよ佳境。幕府との緒戦に実質勝利を収めた伊達藩に対し、潜入を試みる赤石百次郎と配下たちが見たものは、そしてついに始まった全面対決の行方は――驚愕の結末が待ち受けます。

 突如として老中の職を辞した松平定信の命により、伊達をはじめとする南部・津軽・上杉・佐竹・二本松の奥州六藩の探索に当たることとなった中町奉行所与力の百次郎。はたして伊達家は次々と不審な動きを見せ、百次郎たちは伊達家に仕える蔵王山伏・伊達山岳党と死闘を繰り広げることとなります。
 一連の六藩の動きの背後に存在していたもの――それははるか百五十年前の伊達政宗の代、当時の六藩藩主によって結ばれた六藩同盟の盟約。徳川幕府成立以来絶えず圧力をかけられてきた奥州の諸藩は、その怨念を胸に、一朝事あらば団結して立ち上がるべく、密かに牙を研いできたのであります。

 さらに幕府との全面対決に向け、江戸屋敷の藩主・斉村の正室と子を密かに脱出させるべく動き出した伊達藩。それを阻むべく行動する百次郎たち中町奉行所の面々ですが、何段構えともなっている伊達藩の策の前に苦戦を強いられることになります。
 さらに、逆に百次郎の近くにまで迫る伊達藩の暗躍。そして百次郎の前に、謎の敵の影が……


 というわけで、下巻(後半)に入り、いよいよ本格化する中町奉行所と奥州六藩同盟の激闘。上巻は相手の出方や真意を窺う探索や情報収集が中心ということもあって比較的地味な展開が続きましたが、六藩同盟の存在とその目的、さらには後ろ盾の存在が中盤で明かされ、それ以降は全面対決に向かい、物語は加速度的に盛り上がっていくことになります。

 この下巻の前半では、伊達家の展開する藩主正室脱出作戦と、それを追う百次郎たちの攻防戦がメインとなりますが、冒頭からここまでやるか!? と驚くような、伊達の暴挙としか言いようがない行動が描かれ、物語はいよいよのっぴきならない局面に突入したことを否応なしに感じさせてくれます。
 そして後半ではいよいよ幕府と六藩同盟の全面対決にエスカレート。もうここまで来ると時代小説というより架空戦記の部類に入ってしまうのでは――と心配になるほどの展開に加え、さらにここに来て、中町奉行所の手の内を知る謎の敵が出現――と、最後までだれることがありません。

 実はこの謎の敵については、勘の良い方であれば正体はすぐにわかる、というより極端なことを言えば、その存在が描かれる前から登場は予測できるものではあったのですが――しかしその行動原理は、この時代背景ならではの説得力が十分であり、単なる暴挙に終わらない六藩同盟の行動に一定の説得力を与えるものとして納得できます。
 それに比べると百次郎の行動原理は、「お役目」だから以上のものが感じられない――もっとも、伊達側も大義名分の下に大変な暴挙を行っているわけであり、このお役目の重要性も言うまでもないのですが――ところがあります。そこは体制側の視点にならざるを得ないスパイものの難しさというものが感じられないでもありませんが……


 しかし本作には、結末に最大の衝撃が待ち受けています。上で述べたとおり、既に史実の枠をはみ出しかねないほどにエスカレートした物語に、如何に決着をつけるのか――その方法は確かにそれ以外ないというものなのですが、まさかこうなるとは! と仰天必至の展開なのです。
 エスカレートにはエスカレートをぶつけるというか――まさしくタイトル通りの黙示録的風景にはただ圧倒されるばかり、その後の歴史を描くラスト数行の内容も相まって、その凄絶さと裏腹の、ある種の虚無感すら感じさせる結末であります。

 あるいはこれも、歴史の陰で命に基づいて動くスパイものとしては相応しい結末なのかもしれませんが……


『北の黙示録』下巻(南原幹雄 講談社文庫) Amazon
北の黙示録(下) (講談社文庫)


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 南原幹雄『北の黙示録』上巻 伊達vs幕府、マクロスケールの伝奇開幕

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2020.01.31

南原幹雄『北の黙示録』上巻 伊達vs幕府、マクロスケールの伝奇開幕


 徳川幕府の秘密諜報機関・中町奉行所の猛者たちが、幕府を揺るがす巨大な陰謀に挑む南原幹雄の中町奉行所もの最大の雄編であります。伊達政宗が150年前に抱いた野望を実現に移すべく、寛政の世に動き出した伊達家をはじめとする奥州諸藩。その陰謀の正体とは……

 江戸で天地一心流の道場を構える赤石百次郎――彼には中町奉行所与力というもう一つの、真の顔がありました。かつて北町南町と並び、江戸に存在していた中町奉行所。既に廃止されて久しいものと思われていた中町奉行所は、しかし幕府の極秘の捜査諜報機関として、地下で活動していたのです。
 やはり中町奉行所与力であった兄が十年前に奥州での任務中に消息を絶って以来、百次郎はその跡を継ぎ、表向きは道場主として暮らしていたのであります。

 そんなある日、小普請組の旗本――実は中町奉行の浦上から呼び出された百次郎は、伊達家に不穏の動きありと聞かされることとなります。その詳細や、そもそもどこから出たものかは不明な情報ながら――しかしそれに備えるため、今をときめく老中・松平定信が老中を辞任したという状況に、百次郎は勇躍立ち上がるのでした。

 しかし部下たちと探索に当たったものの、伊達家の江戸屋敷はいずれも密かに要塞とも言うべきものに仕立て上げられ、容易に内部を窺うことはできない状況。さらに伊達家の秘密戦力である蔵王山伏の集団・伊達山岳党の襲撃により、奉行所側に犠牲者が出ることになります。
 それでもどうやら伊達・南部・津軽・上杉・佐竹・二本松の六藩が何事かを企んでいることが判明し、その中心である伊達家の藩主・斉村の帰国を禁じるとともに、さらに江戸城の修築工事を課そうとする幕府。これに対し、伊達家は仙台から江戸に大量に流入する米の供給をストップし、幕府に揺さぶりをかけることに……


 冒頭に述べたように、江戸の諜報機関として活躍する、作者のシリーズ組織とも言うべき中町奉行所を中心とした本作。これまで様々な時代で、単なる犯罪ではなく幕府の存立に関わる大事件に挑んできた中町奉行所ですが――今回はその中でも最大の戦いというべきでしょう。
 根室へのロシア軍艦エカテリーナ号の来航と、奥州の名門・最上家の末裔が伊達家に関わる大秘事を記した巻物を発見するという二つのプロローグから始まる本作では、その伊達家と幕府――中町奉行所の、打々発止の戦いが描かれることになります。

 果たして伊達家を中心とする奥州六藩が何を企んでいるのか? その詳細はまだこの上巻の時点では見えてこないのですが、しかし垣間見えてくるものだけでも、そのスケールの大きさは歴然。巨大な組織と組織が歴史の陰で暗闘を繰り広げる、いわばマクロスケールの伝奇を得意とする作者ならではの興趣がここにはあります。
 さらにこの上巻の後半で伊達家が仕掛けるいわば経済戦争の姿も実に面白く、これも作者が描いてきた経済(伝奇)小説の趣向を活かしたものと言えるでしょう。

 そしてその陰謀に挑む中町奉行所はといえば、諜報組織ゆえに表立って活動することはできず、そしてまた謎の薄皮を一枚一枚剥がしていくのがやっとなのですが――しかし忍者ものではない、一種のスパイものとしてのサスペンス描写が、その遅々として進まぬ状況を、逆に盛り上げていくのはさすがであります。
 超人的なヒーローではないからこそ、一歩一歩着実に証拠を固め、謎を解き明かしていくしかない――そんな百次郎たちの苦闘の様が、伊達家の巨大な陰謀と並んで本作の魅力であると感じます。
(もっとも、その百次郎のキャラクター造形自体は比較的単純で、ヒロイン格の居酒屋の女将・お蝶が彼にベタ惚れするのが今一つピンとこないのはちと残念)


 さて、伊達家をはじめとする奥州諸藩と徳川幕府の戦いはまだ始まったばかり。この先、いよいよ激化する戦いはどこに向かうのか――下巻も近日中にご紹介いたします。


『北の黙示録』上巻(南原幹雄 講談社文庫) Amazon
北の黙示録(上) (講談社文庫)


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2020.01.25

仁木英之『魔王の子、鬼の娘』  鬼と人の狭間の旅路で織田信忠が見たもの


 以前「読楽」誌に読み切りとして掲載され、アンソロジー『妙ちきりん』にも収録された物語が、長篇として帰ってきました。父とほぼ時同じくしてこの世を去ったはずの織田信忠を主人公に、人と人以外――鬼たちの姿を描く異形の戦国活劇であります。

 明智光秀の謀反により父・信長が本能寺で炎に消え、自分もまた、二条城の炎の中で死を目前とした織田信忠。しかし次に目覚めた時に彼がいたのは信州――かつて彼が妻に迎えようとした人の故郷であり、そして彼が滅ぼした武田家が治めていた地でありました。
 そこで彼の前に現れたのは、武田勝頼と、信忠の義姉の間に生まれたという少女・霧――昼の間の穏やかな人格と、夜の間の皮肉で苛烈な人格の二つを持つ彼女は、ある者の手により、信忠は鬼の王の面をつけて生き延びたことを告げるのでした。

 大きすぎる運命の変転に戸惑う信忠。さらにその前に現れた死んだはずの信長は、自分が魃鬼(おに)たちを従えた魔王となったと宣言するではありませんか。
 この国の安寧のために戦っていたと信じる父の変貌を嘆きつつも、魃鬼の力を用いて天下を狙う父に挑むことを決意した信忠は、霧とともに旅立つことに……

 という短篇版を物語の冒頭部分、第一章として始まる本作。この後、甲府を旅立った信忠と霧は、三日天下で光秀が敗れた末に信長の後継者を巡る駆け引きが始まったことを知り、京に向かうことになります。
 人に似て人ならぬ者、古の民の系譜を継ぐ者たちの道「山の道」を急ぐ二人。しかしその前に現れた童顔に巨躯の異形の存在・鞍馬の月輪が、信忠の前に立ちふさがります。

 織田の旗印を掲げた軍勢により故郷を焼かれたという月輪と激突し、何とかこれを下した信忠は彼を一行に加えますが――同様に何者かによって古の民の末裔たちが襲撃を受けていることを知るのでした。
 その背後に蠢く、人を鬼に変える鬼成りの蟲を操る者の存在。光秀の生存も囁かれる中、旅を続ける信忠たちが最後に出会う者とは……


 信長の天下布武の結末というべき本能寺の変から始まる本作。そこで信長が生存/復活したり、信長が魔性の者となる/であった作品は枚挙に暇がありませんが――しかしそこに信忠が絡む作品は、本作ぐらいではないでしょうか。

 織田信忠――信長の嫡男であり、そして(あるいは名目上のものであっても)信長から織田家の当主を譲られた男。父があまりに有名であるために、そしてその父とほぼ同時にこの世を去ったためにあまり目立たない存在ではありますが、決して無能などではない、実に「面白い」人物であります。
 その信忠が生存して鬼面のヒーロー(?)となり、彼とは因縁深い武田家の娘と行動を共にするという設定の時点で、本作の面白さは半ば約束されたと言えるかもしれません。

 しかし本作のユニークな点は、それに留まりません。本作で描かれる旅の中で、戦いの中で信忠が知るのは、これまで彼とは無縁だった――いや、存在することも知らなかった民たちの存在であり、本作の物語は、そんな人々の姿を描くものでもあるのですから。


 この国に生きるのが歴史に名を残した者たちだけではなく、またこの国の歴史を紡いだのが表舞台に現れた者たちだけではない――それはもちろん武士や貴族といった支配階級に対する庶民のことを指すものではありますが、しかし同時にそれは制外の民、道々の者、まつろわざる者などと呼ばれた者を指すものでもあります。
 本作に登場する、鬼と呼ばれる存在はまさに後者でありますが――ある意味時代伝奇ものにはお馴染みの彼らの存在を、本作は作者らしい筆致で描きます。その暮らしや社会が我々のそれと同じものではなくとも、共にこの世界に生きる、同じ世界の住人として。

 本作で描かれる信忠の冒険は、魔王信長との戦いの旅であると同時に、支配者信長の子として世界を見ていた彼が、そんなこの世界に生きる鬼と人間のことを――この世界の多様性を知る旅でもあるのです。
 そしてそれは、これまで作者が描いてきた様々なファンタジー――特に『まほろばの王たち』『くるすの残光』――の主人公たちの旅路に重なるものでもあります。


 しあしその信忠の物語はまだ始まったばかりであり――その戦いに一つの決着は見られたものの、まだ無数の謎が残った状態であります。
 信忠がこの先何を見て、何を選ぶのか――鬼と人の間に立つ彼の旅の先が描かれることに期待します。


『魔王の子、鬼の娘』(仁木英之 徳間文庫) Amazon
魔王の子、鬼の娘 (徳間文庫)

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2020.01.15

『妖ファンタスティカ2』(その四) 永井紗耶子・日野草


 操觚の会の伝奇アンソロジー『妖ファンタスティカ2』の紹介の最終回であります。後半に至りいよいよ盛り上がる本書ですが、その勢いはまだ続きます。

『精進池』(永井紗耶子)
 霧深い街を彷徨う中、見知らぬ酒場に踏み込んだ池端。そこで不思議な雰囲気の黒い服の男と出会った池端は、目の療養に向かった箱根で無数の石仏に囲まれた精進池という、静かでしかし不気味な雰囲気の池に出会い、そこで奇妙な体験をしたことを語ります。
 その話を聞いた男は、池端に精進池の由来を語るのでした。遙かな昔、精進池の畔で美しい女と出会ったある男の物語を……

 箱根に実在する精進池――作中で語られるように、周囲を磨崖仏に囲まれ、近くには八百比丘尼の墓まであるという奇妙なこの池にまつわる因縁を描く本作。
 「現在」に主人公が経験した奇妙な出来事と、「過去」に起きたという哀しい因縁話――精進池を中心に、二つの怪異がやがて一つに交わっていく構成の巧みさもさることながら、その物語を描く描写の美しさ、もの悲しさが素晴らしい作品であります。

 本作で語られる過去の物語は、基本的に実際に精進池に伝わるそれを敷衍したものなのですが、しかし「その先」を描くに、この描写の見事さは必要不可欠であり、そして物語の余情を高めていると言えるでしょう。
 作者には伝奇ものという印象は全くありませんでしたが、これは嬉しい驚きでした。狂言回し役の黒い服の男の存在も気になるところで、是非またこのような作品を読みたいと感じる名品です。


『ナイトイーグル』(日野草)
 急ぎの旅で夜行列車に飛び乗った前園警部補の前に現れた、謎めいた青年・昴。どうやら前園の娘を人質にとったらしい昴の課すミッションを果たすため、いつの間にか乗客がいなくなった列車の中を、前園は奔走することになります。
 その末にようやく一人の男と出会った前園。不審な態度を見せる男の正体は、そして昴は……

 本書で二つ目の現代ものである本作は、正直に申し上げて伝奇ものという点からすると疑問符はつくものの(間違いなくホラーではありますが)、しかし誰もが心当たりがあるであろう夜行列車の独特の空気――一種の物寂しさと人恋しさ、異界めいた雰囲気――を背景とした、謎めいた物語展開に大いに惹きつけられます。
 結末に明かされる昴の真実も胸締め付けられるようなものであり、文字通りの苦い結末が心に残る一編であります。


 以上十一編――前回の『妖ファンタスティカ』より二編減ってはおりますが、読み応えのある作品が増えた印象で、決して不足は感じません。

 しかし何よりも驚かされるのは、その執筆陣であります。何と今回と前回で重なるのは四名のみ――ゲスト参加を除いても、単純に六割の作者が初参加ということになるのであります。
 操觚の会の参加者は三十名強、前回と今回合わせてその2/3が登場したことになりますが、改めてその層の厚さに驚かされます。

 ちなみに今回は芦辺拓・安萬純一・獅子宮敏彦・高井忍といったの本格ミステリ勢(これは『ヤオと七つの時空の謎』勢かもしれませんが)の活躍が特に目に付いたところで、このような新しい流れの一端が垣間見えるのも楽しいところであります。

 「伝奇」とは何か、という定義は難しいところではありますが、この先も「伝奇ルネサンス」」の名の通り、伝奇ものを復権し、その新たな地平を切り拓く自由な場として、続いていってほしい企画であります。


『妖ファンタスティカ2 書き下ろし伝奇ルネサンス・アンソロジー』(書苑新社ナイトランドクォータリー別冊) Amazon
妖(あやかし)ファンタスティカ2?書下し伝奇ルネサンス・アンソロジー (ナイトランド・クォータリー (別冊))


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 『妖ファンタスティカ2』(その一) 秋山香乃・芦辺拓・安萬純一
 『妖ファンタスティカ2』(その二) 彩戸ゆめ・獅子宮敏彦・杉山大二郎

 『妖ファンタスティカ』(その一) 秋山香乃・神野オキナ
 『妖ファンタスティカ』(その二) 坂井希久子・新美健・早見俊
 『妖ファンタスティカ』(その三) 日野草・誉田龍一・谷津矢車
 『妖ファンタスティカ』(その四) 朝松健・芦辺拓・彩戸ゆめ・蒲原二郎・鈴木英治

 操觚の会書き下ろしアンソロジー『伝奇無双 「秘宝」』(その一) 谷津矢車・神家正成
 操觚の会書き下ろしアンソロジー『伝奇無双 「秘宝」』(その二) 早見俊・秋山香乃・新美健
 操觚の会書き下ろしアンソロジー『伝奇無双 「秘宝」』(その三) 誉田龍一・鈴木英治・芦辺拓
 操觚の会書き下ろしアンソロジー『伝奇無双 「秘宝」』(その四) 朝松健

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