2022.06.23

野田サトル『ゴールデンカムイ』第30巻 五稜郭決戦に消えゆく命 そして決戦第二ラウンドへ!

 連載は大団円を迎えましたが、まだまだ単行本が完結するまで油断できないのがこの『ゴールデンカムイ』。残すところは本書を入れてわずか二冊ですが、この巻でも驚くほどの加筆修正が施されています。いよいよ始まった五稜郭包囲戦の中、次々と失われていく命。はたして最後に残るのは?

 刺青人皮が示す黄金の在処、五稜郭に集うことになった生き残りの全勢力。先に五稜郭に入った杉元・アシリパ・白石と土方一派、さらにソフィアとパルチザンに対して、鶴見も第七師団を招集、鯉登父の駆逐艦まで加わっての全面対決は、もはや戦争というレベルにまでエスカレートすることになります。
 アイヌのために残された土地の権利書、そして土方のアイヌとの繋がりからようやく発見された黄金――長きに渡り求めてきたものをついに発見したアシリパたちは、決して退けない戦いに挑むのですが……

 と、まさしく死闘がひたすら続くこの巻。ここでは名前は挙げませんが、一人、また一人とキャラクターが退場していくのは、もはや仕方がないこととはいえ、やはり胸が痛みます(もっともそんな中、新たに、そして最高のタイミングで駆けつける律儀すぎるマタギには胸が躍るのですが)。

 しかしそんな死と暴力の最中でも、一人一人のキャラクターの輝きを見せてくれるのが本作の魅力であります。
 特にこの巻の序盤、キラウシが懸命に戦う姿は、彼がほとんど巻き込まれてここまで来たようなキャラクターだからこそ、彼の中に生まれた希望を感じさせる名場面だったと感じます。
(そしてその想いが、ある人物の最期に繋がる無情さもまた……)


 しかしこの巻で圧倒的なのは、冒頭に述べたように単行本における加筆修正シーンでしょう。それこそ細かいところまで挙げれば数限りないのですが(例えば上のキラウシのシーンも、わずか一つの台詞を追加しただけで印象がさらに強くなっています)、やはり数ページにわたる追加部分は、特に強烈に印象に残ります。

 その一つは、五稜郭の元陸軍訓練所での鶴見と鯉登との対峙であります。かつて鯉登が鶴見に命を救われ、彼に心酔するきっかけとなった地で、彼のつく嘘と――いや、嘘をつかずにはいられない彼の心(この辺り、連載最終回時の雑誌附録を見ているとニヤリ)と正面から対峙する鯉登の言葉は、途中で一部が薩摩弁になる部分も含めて、彼のこれまでのドラマが凝縮されているようで、胸に迫るものがあります。
(そしてアッここに繋がるのか――と驚かされるのですが、それはまだ先)

 そしてもう一つ胸に刺さったのは、実に6ページにわたり、ソフィアの内面を、過去を描いた場面であります。
 五稜郭で斃れたパルチザンの仲間たちの名前を呼ぶ姿から始まり、彼女の脳裏に浮かぶ、かつてのロシア皇帝暗殺の場面。そこでは、ウイルクが顔に傷を負うこととなったもう一つの理由、そしてその理由がソフィアの心に終生残った傷の理由と通底するものであったことが、語られることになります。

 そんな彼女が背負ったものを顕わにした果てにソフィアが呼んだのは――いやはや、このページを見たときには、思わず声が出そうになりました。個人的にはこの巻のハイライトと感じた次第です。


 さて、そんな数多くの生と死が描かれた五稜郭決戦も、この巻の後半でアシリパと杉元たちが五稜郭から脱出したことで、否応なしに終わりを迎えることになります――が、それは最終決戦が終わったという意味ではありません。
 決戦の第二ラウンドの舞台、それは函館駅に向かう列車の中。逃亡中偶然出会った列車に乗り込んだ杉元たちが見たものは、中にすし詰めになった第七師団の第二陣たちだったのであります。

 鶴見たちも追いつき、もはや逃げ場のない車内、そして頭巾ちゃんとの対決を終えた尾形も乗り込み、もはや大混乱の中、暴走列車は地獄へと一直線に向かうことになります。
 その先に待つものは――いよいよ次巻大団円であります。


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2022.06.20

仁木英之『モノノ怪 執』(その三) 作品世界への新たな風となったスピンオフ

 アニメ『モノノ怪』のスピオンオフ小説『モノノ怪 執』の紹介のラストです。今回は「饕餮」「ぬっぺらほふ」の二話をご紹介いたします。

「饕餮」
 九州・月ヶ瀬藩の三老と呼ばれる家柄ながら、かつての島津家との戦いで両親をはじめとする多くの親族を喪い、落魄した山中家の若き当主・甚次郎。同年代の若衆の中でも浮いた存在である彼は、父祖が命を落とした古戦場に、饕餮と呼ばれる怪異が出没すると聞かされ、逆に興味を覚えます。
 国替えとなる先についていくことを認められず、憑かれたように父祖たちの活躍の痕跡を古戦場で求める甚次郎。彼は饕餮によって父祖の最後の戦いを見せられるのですが……

 これもある意味歴史・時代小説の一典型というべき、地方の小藩もの(?)といった趣きのある本作(舞台となるのが九州の月ヶ瀬藩なのは、このサブジャンルの名作である葉室麟『銀漢の賦』のオマージュでしょうか)。
 このサブジャンルの定番として描かれるように、地方に暮らす若者の鬱勃たる想いが中心となる本作ですが、それがモノノ怪に憑かれ、過去の記憶に惑溺する主人公の姿として描かれるのは、本作ならではでしょう。

 何が真であるのか、二転三転した末に甚次郎が掴んだ想いと、それの果てのモノノ怪との戦いの有様が不思議な感動を呼びます。


「ぬっぺらほふ」
 かつて母と姉が行方不明となり、今は父・忠義の叱咤激励の下、大奥に入るために日夜文武に励む楓。刻苦の末、若年寄・堀田掃部に気に入られ、書院番組に抜擢された忠義は、楓の大奥入りへの口利きの条件として、掃部からある怪異退治を命じられるのでした。
 本郷の加賀藩邸近くに現れるというぬっぺらほふ――見目よい男女が通ると置いてけと袖を引く、目鼻も口もない妖――をおびき寄せるため、父に協力する楓ですが……

 ラストを飾る本作に登場するのはぬっぺらほふ――作中でも言及されるようにのっぺらぼうの異称であり、同時に目鼻もない肉の塊であるぬっぺふほふを連想させる名のモノノ怪であります。(のっぺらぼうといえば――それは後で触れます)

 あまりに酸鼻な過去の一幕から一転、どこかコミカルさすら感じさせる姿で大奥入りを目指す楓を中心に展開していく本作ですが、そんな彼女の心の隙間とモノノ怪が出会った時に何が起こるか……
 胸が悪くなるような過去の事件の真相(これはこれで「らしい」という気もします)と、ある意味ストレートなモノノ怪の真と理を描きつつ、そこから楓との関係性で一捻り加える展開にも唸らされます。

 ちなみに「のっぺらぼう」といえば、アニメ『モノノ怪』のエピソードの一つ。「家」に押しつぶされ、自分というものを喪った女性を描いた物語でしたが、さてそれとよく似たタイトルの本作は――その結末には大いにギョッとさせられると同時に、なるほどと納得させられるのです。


 以上全六話――『モノノ怪』という作品の新たなエピソードとして違和感ない内容であると同時に、歴史・時代小説の文法で『モノノ怪』という作品を捉え直す試みとして、大いに楽しませていただきました。(ただ数カ所、用語の使い方の点でちょっと不思議な部分があるのですが、これは意図的なものなのでしょう、やはり)
 第一話で触れたように、薬売りを狂言回しとして展開したアニメ『モノノ怪』とは異なり、各話の主人公を中心に、その視点から展開する内容も、スピンオフとしてみれば、納得がいくものであります。

 また、これは以前作者の『くるすの残光 最後の審判』の文庫解説を書いた時に感じたことですが、作者の作品には、超越者の力による救済を以て事足れりとしないという印象があります。
 その点は、『モノノ怪』という作品の構造と――最終的には薬売りの退魔の剣によるものの、単なる力押しではモノノ怪は倒せず、人の心に関わるモノノ怪の真と理を解き明かす必要があることと、想像以上に相性が良かったと感じます。
(というのは牽強付会に過ぎるかもしれませんが……)

 願わくば、『モノノ怪』という作品世界に新たな風を吹き込んだこのスピンオフの続編も、ぜひ読みたいと思います。モノノ怪が人の世にある限り、薬売りはいつでも、どこにでも現れるのですから……


『モノノ怪 執』(仁木英之 角川文庫) Amazon

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2022.06.19

仁木英之『モノノ怪 執』(その二) 薬売り、史実と邂逅す!?

 仁木英之による『モノノ怪』のスピンオフ小説の紹介の第二回であります。今回は「亀姫」「玉藻前」「文車妖妃」の三話をご紹介いたします。

「亀姫」
 少年の頃から従ってきた主君・加藤嘉明を喪い、その子・明成に仕える堀主水。しかし明成は父と違い、都普請と同時に会津若松城の修築を大々的に進めるように厳命を下し、老臣たちと距離感が生まれることとなります。
 そんな中、藩家老で猪苗代城城主・堀辺主膳の子・石右衛門は、恋人で筆頭家老の娘・善を猪苗代城に棲む怪異・亀姫に仕立て上げ、明成を操ろうと企むのでした。

 その事実を知った主水は、覚悟を決めて会津若松城に乗り込むのですが……

 薬売り、史実と邂逅! と言いたくなってしまう本作。冒頭からしてしれっと薬売りが病の加藤嘉明の枕頭に侍っているのに驚かされますが、何よりも本作の中心となるのは、何と堀主水――歴史・時代小説ファンであればお馴染み、いわゆる会津騒動の中心人物として後世に名を残す実在の人物なのです。

 つまり本作はこの会津騒動の秘史、前日譚というべき物語――アニメ『モノノ怪』が歴史的事実と一定の距離を持った作品であったことは前回述べましたが、本作は第一話の方向性をさらに推し進め、史実の中に立つ薬売りの姿を描いたといえます。もちろんこれも、スピンオフならではの趣向ですが……
 物語の方は、ややクライマックスが慌ただしくなってしまった感はあるものの、美しいモノノ怪の形が印象に残る一編であります。
(ちなみに『怪 ayakashi』の「天守物語」では亀姫の姉が登場しているのもある意味因縁でしょうか)


「玉藻前」
 深川の数町離れた裏店長屋に住む仲の良い友達同士の小春と花。小春の父で浪人の藤川高春は、つくり花師のまとめ役、花の母・桂は、つくり花師――仕事と称し、度々桂のもとを訪れる高春に疑いの目を向ける母に命じられて、仕事の様子を見に行こうとする小春に対し、花はそれを止めようとするのでした。
 そんなある日、不気味な影に追われた小春の前に現れた薬売りは、彼女に二つの賽を渡して……

 妖の中でも大物中の大物である玉藻前=九尾の狐。ネームヴァリューの点では最大のこの存在と薬売りが対決する本作は、しかし意外にもその舞台を下町――人情時代劇の定番中の定番である深川に設定しています。
 しかしそこで展開されるのは、妻子ある浪人と道ならぬ関係となった寡婦、親友同志である二人それぞれの娘といった、人情ものというには少々湿っぽすぎる人間関係なのです。

 はたしてそこにいかにして九尾の狐が絡むのか――と思いきや、物語は終盤で大転回。ここで正体を現す九尾の狐の正体は、まさに本作ならではのものといえるでしょう。
 ここにキーアイテムとして登場してきた賽が絡んで展開する世界は、まさに『モノノ怪』ならではのカラフルで不条理な世界であり――そしてその中を切り開いていく少女たちの想いが印象に残ります。ぜひビジュアルで見てみたい物語であります。


「文車妖妃」
 幼い頃、祖父に連れられて講釈を聞いて以来、物語に取り憑かれた為永春水。以来、講釈師と作家の世界に飛び込んだ春水ですが、なかなか芸は上達せず、苛立ちは募るばかり。彼の近くには、書き損じを食らう小さな妖・文車妖妃が出没するようになります。
 そんなある日、かつての修行仲間であるお文から、柳亭種彦への恋文を託された春水。彼は恋文を渡さずに自分が返事を代筆するようになりますが、そのうちに種彦への恋慕に狂ったお文は……

 再び実在の人物と薬売りが邂逅することとなる本作は、一種の芸道ものもいえそうな作品。後に『春色梅児誉美』で人情本の第一人者と呼ばれることとなる為永春水の若き日を描いた物語であります。
 あらすじだけ見るとほとんど春水の伝記のようですが、己の才のなさにもがく彼のある意味分身というべき文車妖妃は、才も無いのに書くことに取りつかれた人間の執着を喰らいにくるという、何とも胸に刺さる妖です。

 しかし妖としては無害な文車妖妃が、いかにしてモノノ怪となるのか――その理は、まさに人の情とそれに憑かれた者の姿を浮き彫りにしたものであり、『モノノ怪』という作品世界を用いた芸道小説に相応しいものであると感じます。
 結末で語られる薬売りの、二重の意味で意外な言葉も必見です。


 次回でラストです。


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2022.06.18

仁木英之『モノノ怪 執』(その一) 時代小説の文法で描かれた『モノノ怪』

 十五周年ということで、にわかに慌ただしくなってきたアニメ『モノノ怪』周辺。その先陣を切る形となったのが、このスピンオフ小説『モノノ怪 執』であります。全六話が収録された本作を担当したのは、なんと歴史・時代小説でも活躍する仁木英之。はたして小説で描かれる『モノノ怪』の世界とは……

 2006年、オムニバス『怪 ayakashi』の一編「化猫」で初登場した薬売り。奇抜な化粧と衣装で身を飾ったこの美青年、モノノ怪の気配があるところに、場所・時代を問わずどこからともなく現れては、その形・真・理を見顕して退魔の剣でモノノ怪を斬る、奇妙なゴーストハンターであります。
 この薬売りのキャラクター、和紙のテクスチャを用いた美術、そして怪異の陰の人の心の綾を巧みに織り込んで二転三転するミステリアスな物語が受けて、2007年には『モノノ怪』として五つのエピソードが放送されることとなりました。

 以降、ファンの間では続編を求める声が根強くあったのですが――十五年間沈黙を守った末(その間、蜷川ヤエコによるアニメに忠実な漫画版がありましたが)、今年動きを見せ始めたのは冒頭に触れたとおりであります。
 そして本作は仁木英之による小説ですが、なるほど『僕僕先生』をはじめとする壮大なファンタジー、『くるすの残光』などの伝奇時代小説、人情ファンタジー『黄泉坂案内人』、さらには文アルのノベライズ等を手がけた作者は、うってつけかもしれません。

 私も『モノノ怪』ファン、仁木英之ファンとして大いに本作を楽しみにしていたのですが、その期待は裏切られることはありませんでした。以下、全六話を一つずつ紹介していきましょう。


「鎌鼬」
 新年、管狐の加護を得たという奥三河の村の庄屋のもとを訪れた三河万歳の門付け芸人・徳右衛門。同じく訪れていた熊野神人、傀儡師、角兵衛獅子、そして薬売りとともに宴席に招かれた徳右衛門ですが、自分たちが客間から出られなくなっていることに気付くのでした。
 そこに現れて昨年家宝の管が盗まれたと語ると、最も優れた芸を見せたものが座敷を出て富を得ることができると告げる屋敷の主。かくて、芸人たちの芸比べが始まることに……

 「御久」の文字が見えるような気がするこの第一話。中心となるのが閉鎖空間に閉じ込められた人間たちのエゴのぶつかり合いという、ある意味『モノノ怪』らしい展開が描かれることになりますが――そのぶつかり合いが異能の芸人たちの技比べの形で描かれるというのは、映像で見てみたいと感じます。

 しかし興味深いのは、舞台背景や徳右衛門たち芸人の技の内容や由来を、本作が丹念に史実・現実を踏まえて描いていることでしょうか。アニメの『モノノ怪』は、特に無国籍的とすらいえるようなその美術や設定において、意図的に時代考証との距離感を醸し出していた一方で、本作は、時代小説の文法で『モノノ怪』を書いたという印象があります。
(もっとも、続くエピソードを読んでみれば実は本作が一番アニメに近いという印象なのですが……)

 その意味では確かにスピンオフを感じさせる本作ですが、もう一つ、本作においては完全に徳右衛門視点で物語が進行し、薬売りは完全に傍観者であり、アニメで時折見られた人間味も極力抑え気味という印象があるのも、面白いところです。
 あの決め台詞が登場しないのには最初驚かされましたが、これもまた、スピンオフゆえというべきでしょう。もっとも、芸人たちの中にちゃっかりと混じっていたり、意外に(?)芸達者なところを見せたりと、やっぱり薬売りは薬売りだと思わされるのですが……

 結末とそこに至る過程に、どこかスッキリとしない、考える余地を残す内容といい、実に『モノノ怪』らしい第一話だったというべきでしょうか。


 第二話以降は次回・次々回に紹介いたします。


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2022.04.22

野田サトル『ゴールデンカムイ』第29巻 解かれたなぞ そして最終決戦開始!

 連載の方はいよいよ残すところあと一話、読者が全員固唾を呑んでいる『ゴールデンカムイ』。全話をネット上で一挙公開という思い切ったキャンペーンも話題ですが、それでも欲しい単行本の方は、本書を入れて残り三巻であります。ついに明かされるアイヌの黄金の行方とは、そして最終決戦の行方は……

 揃った刺青人皮から、ついに刺青の秘密を解き明かしたアシリパと鶴見。その一方で、杉元と菊田、そして尾形の弟・花沢勇作を巡る過去の因縁が語られ、思わぬ形で杉元と鶴見がすれ違っていたことが描かれました。
 そして過去も現在も、全ての因縁が集う黄金の在処こそは五稜郭だった――と判明したところで、物語の舞台は最後の地・函館に移ることになります。

 冒頭こそ焼きイカに舌鼓をうつヒマもありましたが(もしかしなくても最後のグルメか……)、時間的に余裕があるかと思いきや、既に第七師団は各地から五稜郭に集結を開始していたことを知った杉元たち。

 しかしまだ金塊の正確な隠し場所もわからず、しかも見つけ出しても分量的にすぐ運び出すのは不可能というほかありません。やむなく五稜郭に篭城を決意したものの、戦力的にさすがに無茶ではと思いきや、そこにソフィアとパルチザンの猛者たちがやってくる――という冒頭部分から、既に痺れる展開であります。
(そして同時に尾形と頭巾ちゃんも同時に五稜郭に向かっているのもまた……)

 そんな開戦目前でも、なおも一行は金塊を探し続け、ついに厳重に梱包された品物をアシリパは見つけるのですが、その正体はなんと――なるほど、こう来たか! と唸らされるものでありました。

 確かに白石たちがガクッとくるのもわかるのですが、しかし戦わずしてアイヌが自分たちの文化を守る手段として、これ以上のものはないと感じます。そして当時の状況からして、決してあり得ないものではないというのがまた心憎い。
 そしてまた、鶴見が呪いとして放った言葉を、アシリパが自分たちへの救いとして受け止め直すのもまた、グッとくるところであります。
(もちろん、実際にはそうなってはいないという現実はあるのですが、大事なのはこの物語の時点で、物語の中で成立し得る希望であったということでしょう)


 と、一気に大団円ムードが高まったところで、いきなりそれをぶち壊しにする砲弾の雨。なんと駆逐艦まで持ち出してきた第七師団の攻撃開始で、否応なしに最終決戦が始まることとなります。
 パルチザンを加えても圧倒的な戦力差がある中で、いかにして杉元は、いや土方は持ちこたえようとするのか? ここで永倉が、そして門倉が、いかにもらしいあるいはらしくない動きでそれぞれ活躍するのもまた、グッと決戦ムードを感じさせるところです。
(それにしても永倉、史実との絡みでここで早々に脱落するかと思いきや……)

 そしてその一方で、五稜郭に隠されたものに、いわばもう一段奥があることが明かされることになります。そのきっかけも実にイイのですが、ここで土方の回想から――全土方ファンの脳に刻み込まれるパワーワード「爽やかニシパ」とともに――彼の真意が明かされるのも、これまたグッときます。
 初登場時はもうちょっと裏がありそうなキャラクターに感じられたものの、しかしやっぱり爽やかニシパは義の人だった! というのは、やはりファンには嬉しいものであります。


 かくてついに最初の目的をはたした杉元とアシリパ。しかし純粋に喜ぶ杉元に対して、アシリパの目に浮かぶものは、喜びだけのようには見えません。そしてそんな人々の想いを呑みこむように、ついに描き下ろしで真の目的(用途?)を明らかにした鶴見の号令一下、第七師団の突撃が始まることになります。

 敵も味方もあっけなく斃れていく中も降り注ぐ艦砲射撃。対して函館山に隠された土方の奥の手とは――その意外かつ痛快な正体が明らかになったところで、この巻は幕となります。
 残すところはわずか二巻、最終決戦はここからが本番であります。


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2021.12.24

野田サトル『ゴールデンカムイ』第28巻 「ノラ坊」と「菊田さん」――意外な前日譚!

 連載誌の方では最終章が最高潮、アニメ第4期も決定し、ノリにノッているとしかいいようがない『ゴールデンカムイ』。その最新巻では、最終章を目前に、思わぬ過去の物語が描かれることになります。不死身の杉元と彼を「ノラ坊」と呼ぶ菊田、両者の過去に何があったのか――思わぬ因縁が語られます。

 札幌ビール工場での大乱戦の末、鶴見に拉致され、アイヌの黄金を巡る血塗られた因縁を聞かされることとなったアシリパとソフィア。その中心に常にいたのが父であったことを知って衝撃を受けたアシリパは、ついに黄金の在り処を示すキーワードと思しき父のアイヌ名を鶴見に告げてしまい……

 という場面を受けて始まるこの巻ですが、ここで事態を大きく動かすこととなったのは、有古力松――鶴見派と土方派の間に挟まれた二重スパイであり、何よりもアイヌ、そしてアシリパの父の行動に巻き込まれて父を亡くした男であります。

 自らがアイヌであることについて、ある意味アシリパ以上に複雑な想いを抱く有古。その彼が取った行動は、その結果以上に重い意味を持つといえるかもしれません。
 そしてその先も衝撃の連続。連載時は読んでいてこれほど祈りを込めて次回を待ったことはない――というくらいに感情を動かされまくった展開ですが、このインパクトは改めて読んでみても変わりません。(この後の展開を知ればなおさら……)


 そして江渡貝が作った偽物人皮の判別方法も明らかとなり、いよいよ両派が黄金の在り処を求めて最後の謎解きに挑む中、杉元の夢の形を借りて、意外な過去の物語が描かれることとなります。
 この巻のメインとなるそれは、杉元と菊田の過去――それも、あの尾形の弟・花沢勇作に絡んだもの。花沢家を巡るある事情が、杉元たちを巻き込み、大騒動に発展するのです。

 故郷を飛び出し、当て所なく放浪を続けた(京都の優しいおじさんは誰? 誰なの?)末に、東京で士官候補生を相手に大乱闘を繰り広げたことをきっかけに菊田と出会った杉元。菊田から「ノラ坊」と呼ばれることになった杉元は、ある仕事を持ちかけられるのでした。

 それは花沢勇作の身代わりとしてお見合いに臨むこと――勇作を戦場で旗手にしまいとする母の差し金で、彼との結婚を狙う華族の娘・金子花枝子から勇作(のDT)を守るため、杉元は士官候補生のふりで帝国ホテルに向かうことになったのです。
 しかしそこに鶴見・宇佐美・月島・尾形が絡み、何故か杉元は全裸で大乱闘を繰り広げる羽目に……

 と、ある意味実に本作らしいスラップスティックな大騒動が展開するこの過去編。しかしそこで描かれるのは、杉元と菊田の因縁だけではなく、「いま」にまで繋がる様々な因縁の始まりなのです。

 何故鶴見一派はアイヌの黄金探しに本腰を入れることになったのか。菊田がスパイとして鶴見に近づくこととなったきっかけは。そしてこれまで故人として直接触れられることのなかった花沢勇作とはいかなる人物だったのか。何故菊田は鹵獲癖を持つに至ったのか、さらにはノラ坊は何故不死身の杉元となったのか……

 ここにあるのはプリクエルの醍醐味――ある程度独立した過去の物語を描きつつも、物語のミッシングリンクを埋め、現在描かれているものを掘り下げるというそれが、この展開では巧みになされているといえます。
 そしてそれと密接に絡みあいながら同時に描かれるのは、杉元の根幹にある情の一つであり、そして菊田という本作では数少ない「大人」の男の抱えたものであり――ここでも本作の水際立ったキャラクター描写は健在だと唸らされました。

 さらにいえば、今回非常に損な役回りの花枝子も、単なる賑やかしの愚かな人物に終わらせず、一個の人間として描くのには、大いに好感を抱いたところであります。
(そしていかなる時にも女性に対する礼儀を忘れない杉元の好漢っぷり!)


 そんな過去編を経て、ついに描かれる黄金の在り処。しかしその前に、この過去編を読んだからこそ、極めてショッキングな一つの結末が、待ち受けることになります。
 これも、時に極めて読者にとって残酷な展開を平然と描く本作ならではのものかもしれませんが――しかし悲しく辛いだけで終わらないのは、そこに志を受け継ぐ者、未来を託された者がいるからだと感じます。

 新たな因縁とともに、物語はいよいよ次巻より最終章に突入であります。


『ゴールデンカムイ』第28巻(野田サトル 集英社ヤングジャンプコミックス) Amazon

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 野田サトル『ゴールデンカムイ』第27巻 解かれゆく謎と因縁 そして鶴見の真意――?

 『ゴールデンカムイ公式ファンブック 探究者たちの記録』 濃すぎる作品の濃すぎるファンブック!

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2021.12.10

奈々巻かなこ『神域のシャラソウジュ 少年平家物語』第3巻 そして少年は当たり前の滅びに抗う

 平家を守る神人として育てられた少年・千珠丸と、平清盛の娘であり安徳天皇の母となった徳子、そして源氏の神人・遮那王を軸に描く異形の平家物語もついに完結。千珠丸に見放された平家が滅びに向かう中、徳子の運命は、そして少年たちの想いの行方は……

 いつからか平清盛の下にあって、平家に幸運と守護を与えてきた神人・千珠丸。いつまでも変わらぬ少年の姿を持つ千珠丸は、清盛の娘・徳子と心を通わせますが、彼女は清盛の命で高倉天皇に入内し、安徳天皇を授かることになります。
 一方、源氏方の神人である遮那王と出会い、神人とは神への生贄だったと聞かされて清盛らへの不信感を募らせる千珠丸。それでも遮那王の攻撃から清盛を守った千珠丸は、平家の前から姿を消し……

 という展開を受けたこの第3巻では、冒頭から清盛がこの世を去り、いよいよ平家は滅びに向かって突き進んでいくことになります。

 今や源氏の守り神として連戦連勝を重ねる遮那王と、疫神を操り高倉院や清盛の命を奪った静――二人の神人の力により次々と人物を失い、戦いに敗れていく平家。
 そして、まだ年端もいかぬ安徳天皇と共に彦島まで落ち延びてきた徳子の前に、数年ぶりに千珠丸が現れるのですが――彼が語るのは、失われていた記憶、すなわち自分と静が神人となった際の出来事だったのです。

 厳島の神の怒りに触れた重盛の身代わりとして、自分たちが清盛によって生贄に捧げられ、その末に神人として生まれ変わったことを知った千珠丸。自分の家族のように思ってきた清盛たちに裏切られていたことを知った彼にとって、もはや平家に味方する理由はありません。
 しかしそんな彼にとって唯一心残りとなる存在が徳子であります。千珠丸は、安徳帝も連れて逃げようと彼女に訴えるのですが……


 もはや全てを失った千珠丸に唯一残された、徳子への想い。しかし徳子は家のため、家の人々のため逃げることを拒絶します。かくて徳子のために壇ノ浦に参戦する千珠丸と、彼を嬉々として迎え撃つ遮那王。
 己の過去を思い出した代わりに、神人としての自分の居場所を失った千珠丸と、忌み嫌っていた源氏の神人として、自分の居場所を得た遮那王――ある意味、二人の立ち位置は逆転してしまったといえるかもしれません。

 しかし立場の逆転こそあれ、二人の姿は、あくまでも人間に――自分が何者であるか、何者になれるのか、何者にならなければいけないのかわからない少年のそれに他ならないと感じられます。(遮那王(と静)が、自分たちの行為は「正当」だと語るのは、それ自身が心の揺れの現れでしょう)
 そしてその一方で、自分自身が平家の娘であること、そして一人の子の母であることを受け容れ、それに殉じようとする徳子は、既に大人になっているのでしょう。

 この三人の、少年と大人の心の心のすれ違いと、壇ノ浦の戦いが二重写しとなって描かれるクライマックスはまさに圧巻――登場する平家の人々の個性が巧みに描かれていることもあり、このような描き方があったか! と唸らされました。
(平家の人々といえば、かつて千珠丸を生贄にし、そしてその後庇護した清盛と重盛の心情描写も、また実に巧みと感じます)

 しかし戦いの果て、千珠丸は文字通り自らの心身をすり減らした末に、厳島の神と対峙することになります。その中で語られたもの、そしてそこから千珠丸が掴んだもの――その中身は、千珠丸が自分自身の在り方を、真に求めるものを見出したというべきでしょう。さらにいえば、それは彼が少年だからこそできたことだとも。

 そして運命に翻弄された人々を描いたこの物語の結末に、これほど相応しいものはないと信じます。
 そこにあるのは、「家」や「血」ではなく「人」との繋がりを求める真っ直ぐな想いであり――それは千珠丸だけでなく、徳子にとっての救いであったことは間違いないのですから。(そしてもう一人の少年・遮那王はその想いを掴むことができたのか――史実を思えばいささか悲しい気分になるのですが)


 諸行無常の響きあり。娑羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。おごれる人も久しからず、唯春の夜の夢のごとし。たけき者も遂にはほろびぬ、偏に風の前の塵に同じ。
 確かにそのとおりなのかもしれません。しかしそんな言葉で人の命を、生の結末を当たり前のものとして受け容れていいのか――本作で描かれたものは、その異議申し立てだったのではないか、という想いを抱きました。

 少年たちを通して、当たり前の滅びに抗い、小さくとも確かな希望を描いた物語――ここに大団円であります。


『神域のシャラソウジュ 少年平家物語』第3巻(奈々巻かなこ 秋田書店ボニータコミックス) Amazon

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2021.10.04

奈々巻かなこ『神域のシャラソウジュ 少年平家物語』第2巻 悩める少年/神人たちの物語は何処へ

 平安時代末期、「神人」として平家を守る少年・千珠丸を通じて、平家の隆盛と落日を描く異形の平家物語、待望の続巻であります。平家と敵対する同じ神人・遮那王から神人誕生の秘密を聞かされ、動揺する千珠丸。徳子が帝の子を産み、さらなる栄華を極めるかと思われた平家にもついに翳りが……

 六波羅の平清盛の屋敷の奥に住まう少年・千珠丸。平治の乱の頃から変わらぬ姿で在り続け、大怪我を負ってもやがて治ってしまう彼は、「神人」と呼ばれ、平家の守り神として、その隆盛を支えてきたのであります。

 そんな中、彼と同じ神人を名乗る少年・遮那王と出会った千珠丸。以来、何かとちょっかいをかけてくる遮那王と、成り行きから彼は鞍馬山で一時の共同生活を送ることになります。そこで遮那王から、自分たち神人は生贄として一度は神に捧げられ、再びこの世に還された人間と聞かされ、衝撃を受ける千珠丸ですが……
 というわけで、平清盛に始まる平家の隆盛を陰ながら支えてきた千珠丸の視点から、平安時代末期の争乱を描く本作。この第2巻では、その威光が頂点に達した平家が、いよいよ下り坂に向かっていく姿が描かれることになります。

 千珠丸不在の中、彼と瓜二つの顔を持つ謎の少女によって、疫神を憑けられて倒れた徳子。悪夢の中で自分の子が浪の下へ沈む姿を目の当たりにして苦しむ徳子は、帰還した千珠丸によって助けられたものの、今度は遮那王の呼び出した雷獣に重盛がその身を焼かれ、瀕死の重傷を負うことになります。
 暗いムードとなりつつも、それでも徳子が帝の子を授かるという大逆転のチャンスを掴んだ平家。しかしその矢先に重盛が死に、千珠丸はその最期の言葉に神人の真実を感じ取るとともに、自分が遮那王の父の仇であると知ってしまうことになります。平家を守る理由がなくなったと沈む千珠丸ですが、しかし……


 後白河院との対立や、高倉帝への践祚の要求など、その隆盛の頂点で朝廷と衝突を繰り返し、やがて高転びに転ぶことになる平家。
 その姿はこれまでネガティブに描かれることがほとんどでしたが、本作はその平家の人々をどこまでも人間臭く――というよりごく普通の人間たちとして描くことによって、彼らもまた、混沌の時代に懸命に生きるうちに、運命に翻弄された者たちとして描きます。

 そしてその運命から彼らを守り、あるいはその運命の代理人のような形で彼らを襲う神人の存在ですが――前巻ラストで語られたその正体が真実であったと判明したことが、その神人たる千珠丸自身の運命を狂わせていくことになります。
 自分が家族と信じていた者たち、自分の居場所だったと信じていた場所が、全て偽りであったとしたら――その姿と同様、少年の心を持ち続ける千珠丸にとって、それはあまりに大きな衝撃であることは間違いなく、そこから更なる悲劇が生まれる展開にも納得です。


 そしてこの第2巻で、完全にもう一人の主人公として存在しているのが遮那王です。言うまでもなく彼こそは源義経――源義朝と常盤御前の間の子ですが、その母に文字通り捨てられ、彼はただ一人、強がりでその身を鎧って生きていくことになります。
 そんな中でようやく見つけた自分と同じ存在である千珠丸ですが、彼にはたくさんの家族と帰る家がある存在。そんな彼に憧れつつも拒否され、そしてついに千珠丸の家族を傷つけてしまう遮那王の屈折した想いは、やがて千珠丸の敵となることにとって対等の存在となれると考えるまでに……

 本作のサブタイトルは少年平家物語ですが、なるほど、千珠丸と遮那王のナイーブな心の揺れは子供でも大人でもない、「少年」ならではのもの。そしてその「少年」らしさで自らを傷つけ、周囲を傷つける遮那王の姿は、「少年義経記」と言いたくなるほど、印象的なのです。


 それにしても本作の登場人物たちは、大きくカリカチュアされているにもかかわらず、平家物語等に描かれれた姿から不思議なほどに違和感なく、そして人間としての陰影すら感じられるのが素晴らしい。
 本作において最も「漫画」的に感じられる後白河院も、その本作ならではの人物造形が、逆に極めてリアルな存在として感じられるのには感心させられました。
(そしてそんな彼の執着が、頑なな遮那王の心をある意味溶かすくだりは圧巻!)

 そんな人間たちと、悩める神人たちの物語はどこに行き着くのか――いよいよ次巻にて物語は結末を迎えることとなります。


『神域のシャラソウジュ 少年平家物語』第2巻(奈々巻かなこ 秋田書店ボニータコミックス) Amazon

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2021.09.26

野田サトル『ゴールデンカムイ』第27巻 解かれゆく謎と因縁 そして鶴見の真意――?

 連載の方ではいよいよ最終章に突入、先日まで全話一挙ネット公開が話題となった『ゴールデンカムイ』。その最新巻ではいよいよ札幌決戦も終わり、物語最大の謎――アイヌの黄金を巡る過去の出来事が描かれることになります。そこで語られる鶴見中尉の真意とは――?

 残る刺青人皮を巡り、札幌ビール工場で三つ巴四つ巴で展開された大乱戦。その結果、切り裂きジャックことマイケル・オストログは杉元らに斃され、上エ地圭二は自滅、そして最後の人皮の持ち主が門倉と判明という、意外な結末を迎えることになります。

 しかし刺青人皮を巡る戦いはひとまず終わったとはいえ、その暗号を解く鍵を握るアシリパが鶴見一派に拉致されたことでまだまだ戦いは終わらず――というところから始まるこの巻。
 前巻で杉元たちを裏切り、一人で鯉登と月島を向こうに回して死闘を繰り広げた海賊房太郎が、あっさり杉元に降参したのは意外なようでいてちょっとらしい気もしますが――房太郎・杉元・白石の三人組が、札幌麦酒の宣伝車に乗って、消防隊に化けて逃走する鶴見一派とデッドヒートを繰り広げるのは、これはまさに本作ならではのシュールな味わいであります。

 そしてその追跡行の果てに、ついにあの男が斃れるのですが――飄々とした、どこか物悲しさを感じさせる態度はそのまま最期の時まで変わらず、妙に仲の良かった白石に後事を託す姿は、実に印象的でした。
(ここで雑誌掲載時は白石のヒドいギャグが入っていたのですが、単行本ではカット……)

 一方、鶴見の車に飛び乗った杉元は、そこで菊田と激突するのですが――菊田のある言葉をきっかけに、「菊田さん?」「「ノラ坊」だったのか?」と呼び合うという意外な関係性がここに来て示されるのにも、驚かされるばかりなのです。


 しかしこの巻のメインとなるのはこの後の展開です。杉元の追跡を振り切り、さらに追ってきたソフィアを捕らえて、郊外の教会に身を潜めた鶴見――その鶴見が、アシリパとソフィアを前に語るその内容こそが圧巻なのであります。

 そもそもかつてウラジオストクに潜伏したウイルク・キロランケ・ソフィアと接触した過去があった鶴見。その接触は、当時長谷川と名乗っていた鶴見の妻子の死という悲しむべき結果となったのですが――その因縁も踏まえて鶴見が語るのは何か。
 それは、アイヌの金塊がどこからやってきたのか、誰が金塊を集めたアイヌたちを殺したのか、ウイルクは何故網走監獄ののっぺら坊となったのか、そして何故キロランケはウイルクを殺したのか――これまで謎となってきた物語の根源、過去にまつわる真実なのです。

 その一つ一つについてはここでは触れませんが、もはや物語の背景設定として所与のものという感があった金塊の出自とその金塊を見つけたアイヌたちの運命、のっぺら坊の誕生は、改めて聞かされてみればあまりもドラマチック、あまりにも重い内容。
 そしてそれだけでなく、それがウイルクの子であるアシリパという存在に密接に関わり、さらにかつて志を共にしたウイルクとキロランケの決別に繋がっていくのには、言葉を失います。

 派手な展開や仕掛けが次々と描かれながらも、その根底には、必ず登場人物の複雑で、しかし十分に理解できる心理が存在し――そしてそれこそがこちらの心を揺さぶってきた本作。
 ここで描かれるものは、その真骨頂というべきと感じます。


 とはいえ、その中でただ一人、その心理状態がこちらの理解を遥かに超えている――一旦理解できたかと思えば、それを遥かに超えていく――のが鶴見中尉。
 この感の終盤で見せたある行動のおぞましさには言葉を失いますが、しかし真に恐るべきは、過去の出来事を客観的に語るようでいて、いつの間にかアシリパに責任と罪悪感を背負わせる悪魔的話法でしょう。

 そしてアシリパとソフィア、さらに密かに鍵穴から伺う鯉登と月島を観客に演じられる鶴見劇場は、劇的な本作のタイトル回収においてその頂点を迎えますが――さてその行き着く先はどこなのか。そして鶴見の前に屈したアシリパを救う者は……
 まだまだクライマックスは続きます。


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2021.09.02

松浦だるま『太陽と月の鋼』第3巻 激突、「護る」ために通力を振るう者たち

 近づいた金属が全て曲がってしまうという力を持つ武士・竜土鋼之助と、彼女を愛する美女・月を巡る謎めいた物語――その第3巻で描かれるのは、無数の蟲を操る通力を持つ刺客との対決であります。鋼之助と未来を見る通力を持つイチコ・明が、この強敵と小塚原で死闘を繰り広げることになります。

 その生まれついての奇怪な力ゆえに、武士としての勤めがままならず、うだつの上がらない暮らしを送っていた鋼之助。しかし押しかけ女房の月の登場によって、徐々に彼の運命は上向いてきたかに見えたのですが――ある日彼らの前に現れた、物質の水分を操る奇怪な術者によって月は攫われ、鋼之助は絶望に沈むことになります。
 そんな彼の前に現れたのは、奥州からやってきたイチコ(巫女)の明。かつて鋼之助の母に自分の母を助けられたという明もまた、未来を見るという通力の持ち主――そして彼女は、その力で鋼之助の未来を見てしまうのでした。

 そして月を攫った術者が残した呪符から、月の向かう先が自分の故郷であると知った明。鋼之助は、明を道案内に月の後を追おうとするのですが、突然二人に奇怪な術者たちが襲いかかり……


 という場面から始まるこの巻では、ほぼ全編に渡っていわゆる能力バトルが繰り広げられることになります。

 思わぬなりゆきからバディとなった鋼之助と明ですが、彼らにとってはまだまだ未知の存在である敵は、陰陽道宗家・土御門家に連なる者たち。
 この当時の土御門家は、市井の占い師や修験者、門付けの芸人たちを支配する存在――そしてその配下に潜む様々な通力を持つ者たちが、土御門の命によって鋼之助たちに立ちはだかることになるのです。

 この安倍晴明にも繋がる土御門家は、陰陽道を扱った作品では定番中の定番ではありますが、それはやはり平安時代を舞台とした作品がほとんど。
 史実では土御門家は平安時代以降も連綿と存続し、そして江戸時代には上で述べたような役割を果たしてきたわけですが――小説はさておき、漫画でこの点に触れた作品は、ほとんどないように思います。

 しかも、その能力故に世間から爪弾きにされることが多い通力を持つ者たちが、それ故にいわゆる常民ではない職業者として、土御門家に束ねられている――この設定は、題材的になかなか扱いが難しいようにも思いますが、実にユニークで魅力的なものであることは間違いありません。


 しかし市井の芸人・宗教者が襲ってくるのはまだ序の口、この巻のメインとなるのは、襲撃を逃れて逃げるように屋敷を飛び出した鋼之助と明を小塚原刑場で待ち受ける刺客・斑との死闘。

 彼女の能力は蟲使い――ほとんどありとあらゆる昆虫を操り、その昆虫が持つ特殊能力を行使することができる通力の持ち主であります。
 蟲使いというのは、山田風太郎の昔から能力バトルではお馴染みの、由緒正しき(?)能力ですが、いささか地味で、非力な印象があったのも事実でしょう。しかし、全力で殺しに来た時、それがどれほど恐ろしいものであるか――そのビジュアルも含めて、斑との戦いでは、嫌というほど目の当たりにすることになります。

 しかしその通力の恐ろしさと同時に強く印象に残るのは、斑という人物が歩んできた道のり、背負ってきたものの重みであります。
 生まれつき蟲を異常に惹きつけ(彼女の誕生時のエピソードは実に強烈……)、そのために周囲の人々から忌避され、身を寄せた寺においても苛烈な差別に晒されてきた斑。自分を虫けらと思い定めてきた彼女を救い、人間扱いしてくれた土御門の当主・晴雄のために、彼女は戦うのであります。

 斑の口から土御門の目的が月の抹殺であると知り、月を護るためについに己の持てる通力を使う鋼之助と、晴雄とその理想を信じ、それを護るために通力を使う斑……
 「護る」という行動理由では等しい二人の激突は、それ故にどこか物悲しくも感じられるのです。(ただ、明の通力の使い方は身も蓋もなさすぎるような……)


 本作において月の存在が持つ意味(鋼之助にとってのそれと、土御門にとってのそれと双方)をはじめ、数々の謎が存在する本作。しかしそれでも物語は、一つの方向性を持って走り始めたと感じます。
 もっとも、鋼之助と明はようやく江戸を出たというところ。まだまだ二人の、そして物語の向かう先は見えないのであります。

(それにしても、この巻のラストで明が見たものの美しさときたら!)


『太陽と月の鋼』第3巻(松浦だるま 小学館ビッグコミックス) Amazon

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