2020.07.11

細川雅巳『逃亡者エリオ』第5巻 彼らの戦いの理由、彼らが戦いに見出したもの

 エリオと仲間たちの戦い、カスティージャ王位を巡るエンリケとペドロの戦いもいよいよ決戦であります。この最終巻をほとんど全て使って描かれるのはこの決戦の模様――その最中で描かれるエリオたちにとっての戦いの意味は、そしてペドロの向かう先は……

 カスティージャ王位を巡り、いよいよ激しさを増すエンリケとペドロの戦い。自らに指図する母マリアを追放し、ただ一人王としての道を征こうとするペドロと、彼に一度は大敗を喫しながらも、仲間たちと再起を図るエンリケ――対象的な二人の戦いは、ついに決戦の日を迎えることとなりました。
 以前ペドロと結び、エンリケ軍を苦しめた英国のエドワード黒太子がペドロと決別した今こそ好機と、エンリケとエリオ、バルド、デボラ、ゴルディ――固い絆で結ばれた仲間たちは、モンティエルの地でついに対峙することになります。

 と、ここまでくれば、もはやできることは激突あるのみ。エンリケとペドロの一騎打ちから始まった戦いは乱戦に発展し、その中で描かれるのは、戦いに臨む者たちの想い――一人ひとりがエリオと出会った時に比べて変わったもの、変わらぬものを描くエピソードが続くことになります。

 それはすなわち、何のために戦うのか、戦いの中に何を見出すのか? を問うことでもあります。
 厳格な法の守護者であったバルド、「先生」の命じるまま暗殺を繰り返していたデボラ、ひたすら戦いの生を送ってきたゴルディ、そして何よりも拳を弟の血で染めて以来運命に逆らってきたエリオ。この戦いは、彼らにとっての戦いの意味を問うものでもあるのです。

 そして戦いの末、ついに追い詰められたペドロ。これまでとは違った形でエンリケと対峙することを余儀なくされながらも、なおも王として戦おうとするペドロの前に立ったエリオの言葉とは……

 「逃亡者」という言葉をタイトルに冠しつつも、結果的には物語のかなりの部分で、それとは無縁に見えてしまったエリオの生き方(せめてエンリケ軍が大敗を喫した戦いのエピソードが、もう少し詳細に語られれば……)。
 やはり王位を巡る戦いという巨大な歴史の中では、個人の逃亡というものは目立たなくなってしまうものなのか――というこちらの想いは、ここに来て、意外な形で否を突きつけられることになります。

 エリオにとって、逃亡は負けではない。逃亡もまた、己に対して生き方を強いる運命を否定する手段、すなわち戦い方の一つである――そんなことを思わせる彼の言葉に、なるほどそうであったか! と大いに感心させられた次第であります。


 正直なところ、前巻同様、この巻でもかなり駆け足な印象は否めず、とにかく乱戦また乱戦で終わった感はあります。
 上でも触れたように重要な戦いの内容が回想シーンで終わったのも(レギュラーの一人がここで退場しているだけに)残念なところですし、何よりもせっかく新デザインとなったキャラクターたちの活躍をもっと見たかった、という気持ちは強くあります。

 特にデボラなど、新コスチューム自体が彼女の生き方の変化を大きく表すもの――ということ自体は、一話を使って明確に描かれているのですが――だけに、勿体無いと感じます。
(正直なところ馴染めなかったエリオのオールバックも、また印象が変わったかも――というのは考え過ぎかもしれませんが)

 しかしそれでも、ギリギリのところで本作は描くべきものを――各自の戦う意味とその変化を――きっちり描いて終わったことは間違いありません。
 特にデボラについては、彼女自身の内面を描いたものに加えてもう一話、彼女を近くから見つめてきた、しかし非常に意外なキャラクターの視点から描かれているのには――私自身が〇〇好きということもあって――大いに感心した次第です


 かくて終わりを告げた本作。毎回のように人死が――それも景気よく首や胴が飛んで――出た物語ではありますが、その結末はキャラクター一人ひとりが辿り着くべきところに辿り着いた、爽快なものであったと感じます。
 まずは大団円――そう言いたいと思います。


『逃亡者エリオ』第5巻(細川雅巳 秋田書店少年チャンピオン・コミックス) Amazon

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 細川雅巳『逃亡者エリオ』第4巻 弟殺しの真実 そして運命への抵抗へ

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2020.07.10

細川雅巳『逃亡者エリオ』第4巻 弟殺しの真実 そして運命への抵抗へ

 14世紀のカスティージャの王位争いを背景に、監獄帰りの青年エリオと仲間たちの戦いを描く本作も、同時発売されたこの第4巻・第5巻で以て完結となります。まずご紹介する第4巻で描かれるのは、エリオの過去編の続き――彼が監獄に送られることとなった弟殺しの真実であります。

 無実の罪を着せられたララを助けたのをきっかけに、彼女の兄であるエンリケとペドロの王位争いに巻き込まれることとなったエリオ。ペドロに追い詰められたエンリケを助けて窮地を脱した彼は、エンリケらの求めに応じて、自らの過去を語り始めることになります。

 5年前、武術の達人である厳格な父・ビクトルの下で、王衣――王族の護衛を務める武術使いとなるべく、修行していたエリオと弟のパブロ。王位選抜の闘技会に参加することとなった二人は、過酷な予選の末、自分たちを含めた8人によるトーナメントに参加することのなります。
 二人以外の参加選手は、戦場仕込みの技を操る傭兵に、代々王位を務める名門の達人、幼い姿で残酷な技を操る少年や得体の知れぬ美少女と多士済々。

 その第一回戦でそれぞれ勝利を収めたエリオとパブロですが、しかしその戦いぶりは大きく異なります。方や、相手の身に不必要なダメージを与えることなく倒そうとし、試合が終わればノーサイドのエリオ。方や、容赦なく相手を叩き潰し、勝負が着いた後にも相手の命を奪うパブロ。

 そしてこの二人の戦い方は、その生き方の象徴ともいえるもの。お人好しと言えるほど相手のことを慮るエリオと、ただひたすらに力を求め、孤高に生きるパブロと――対象的な兄弟ながら、エリオはそんなパブロを愛し、彼の身を案じるのでした。
 しかしそんな二人に対して、王位としての指名を果たせと厳しく接するビクトル。そしてそれがついにパブロを激昂させ、骨肉の悲劇が演じられることに……


 物語冒頭から触れられていたエリオの罪――弟殺し。それだけに結末は決まっているとはいえ、どのような経緯を経てそこに至るのかが、この過去編の眼目といえるでしょう。
 そして描かれたその悲劇の引き金は、表向きはパブロの暴走に見えますが――しかしそれは、使命や運命といったものに縛られ、己の未来を決められた少年の心の叫びというべきものと感じられます。

 あるいは彼が一人であれば、結果はまた違ったかもしれません。しかし同じものを背負っているはずのエリオはどこまでも明るく人々を助け、それでいて自分には手を差し伸べない――それはあくまでも弟の自由を重んじるがゆえだったのですが――ことが、パブロを凶行に走らせたといえるでしょう。
 だとすれば、その幕を引いたエリオが、運命に――すなわち、自分以外の者に自分の生き方を決められることに激しく反発するのは、むしろ当然とも感じられます。


 と、エリオの過去としては納得の内容だったのですが、一つの物語として見ると、かなり駆け足に感じられたのも正直なところであります。
 このトーナメントの陰に、ララの母の命を狙ったペドロの母・マリアの存在が在ったり、デボラの師である暗殺者の元締め「先生」の弟子がトーナメントに参加していたりと、盛り上がる要素があっただけに、せめてトーナメントがもう少し進んでも――という印象は否めません。

 この過去編の、トーナメントの参加キャラもなかなか個性的であっただけに、結果的にここでフェードアウトになってしまったのも、何とももったいなく感じられるところであります。
(特に、いかにも「先生」の弟子らしかったけれども実は、というあのキャラ)。


 何はともあれ、この巻の終盤で舞台は「現在」に戻り、さらに数年の月日が流れることとなります。
 ペドロに戦いを挑んだものの、敗残の身となったエンリケが、乾坤一擲の大勝負を見せようとする中、それぞれ成長し、新コスチュームとなったエリオと仲間たちは、いよいよ最後の戦いに臨むことに……

 と、残すところはあと1巻、最終第5巻も近々にご紹介いたします。


『逃亡者エリオ』第4巻(細川雅巳 秋田書店少年チャンピオン・コミックス) Amazon

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2020.07.02

ブラッドリー・ハーパー『探偵コナン・ドイル』 ジャックを生み出したもの、ドイルが生み出したもの

 『緋色の研究』を発表したばかりのコナン・ドイルに前首相から舞い込んできた依頼――それはホワイトチャペルを騒がす連続殺人事件の調査に関するものだった。ホームズのモデルである恩師ベル博士、現場に詳しい男装の女性作家マーガレットとともに、「切り裂きジャック」に挑むドイルだが……

 歴史上の実在の人物が探偵役となって事件に挑む、いわゆる有名人探偵ものは枚挙に暇がありませんが、史上最も有名な探偵の生みの親であるコナン・ドイルも、幾度かそうした物語の主人公として(あるいは登場人物として)顔を見せています。
 この非常にストレートな訳題の本作も、もちろんそんな作品の一つ。そして本作でドイルが挑むのは、ホームズ自身が幾度もパスティーシュの中で対決している史上最も有名な殺人鬼・切り裂きジャックなのですから、期待するなという方が無理でしょう。


 初のホームズ譚『緋色の研究』を発表したものの、この先も犯罪小説を書くことに躊躇いを感じていたドイル。そんな彼のもとに舞い込んだのは、前首相グラッドストーンからのロンドンへの招待状でありました。
 内容を示さぬ依頼に興味を抱いたドイルの前に現れたのは、グラッドストーンの個人秘書・ウィルキンズ。かねてよりホワイトチャペルでの慈善活動に力を入れてきた前首相は、近頃連続する残忍な売春婦殺しに心を痛め、科学的な推理によって事件を解決する小説を執筆したドイルに白羽の矢を立てたというのです。

 到底自分の手には負えないと思いつつ、断る口実に、自分の恩師でありホームズのモデルでもあるジョゼフ・ベル博士も一緒ならばと条件をつけたドイルですが、しかしベル博士はあっさりと受諾。
 そしてもう一人、案内人としてホワイトチャペルに住み、貧民の生活に詳しい男装の女性作家マーガレット・ハークネスを仲間に加えた三人は、後に「切り裂きジャック」と呼ばれる殺人鬼を追うことになるのですが……


 というわけで、ドイル自身は「探偵」というよりむしろその助手――すなわちワトスン役を務め、上に述べたとおりホームズのモデルであるベルが探偵役となる本作。そこに実在の作家(恥ずかしながら本作を読むまで存じ上げなかったのですが……)であるマーガレットが加わり、個性的な「三銃士」の冒険が繰り広げられることになります。

 しかし切り裂きジャックとその殺人については――何よりもその最大の謎が未解決ではあるものの――かなり詳細に記録が残され、研究が進んでいます。
 そのために、ジャックの二度目の犯行後から最後の犯行までと並行して展開していく本作においては、大きくフィクションとして膨らませるのは難しい部分があるのも事実であります。

 その点に対して本作は、事件そのものだけではなく、事件の舞台となった土地を、そしてそこに生きた人々と、事件が起こした波紋を、丹念に描くことによって応えていくことになります。
 それはややもすれば事件の背景事情や周辺部分として扱われがちなものといえるかもしれません。しかし本作を読み進めていくうちに、それを知ることが、切り裂きジャックの殺人を理解する上で不可欠であり――そして何が切り裂きジャックという存在を生み出したかの答えでもあるように感じられます。

 もちろん、ジャックは言ってみれば一人の快楽殺人者に過ぎないのでしょう。しかし、その彼に犠牲者を与え、育て上げ、そして跳梁を許してきた要因が確かに存在するのであり――本作でドイルが追うのはジャックだけでなく、その要因の存在なのです。
 そしてその存在を――「最暗黒のロンドン」の姿を最もよく知るマーガレットが、本作において単なる「ヒロイン」にとどまらない、大きな位置を占めるのも実に納得できるのであります。


 そしてまた驚かされるのは、性別・人種・職業に対する差別をはじめとして、ここに描かれたものたちが、まさに現代の、今我々の暮らすこの時代のニュースに連日姿を見せるものであることであります。
 これには大いに暗澹たる気持ちにさせられるというほかないのですが――しかしその中で、本作は一つの希望を描くのです。

 本作の舞台となるのは、ホームズ譚第一作目の『緋色の研究』と第二作目の『四つの署名』の間の時代であります。そこでドイルが見たものが、その後の彼にどのような影響を与えたのか――言い替えればそこから何が生み出され、そこに何が込められているのか?
 結末で描かれるそれを目にした時、本作を手に取るような方であれば、必ずや胸を熱くすることでしょう。人間悪が、社会の腐敗が存在したとしても、それを許さず、戦いを挑む者が確かに存在する――それを本作は高らかに謳い上げてみせるのですから。


『探偵コナン・ドイル』(ブラッドリー・ハーパー ハヤカワ・ポケット・ミステリ) Amazon

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2020.07.01

久正人『ジャバウォッキー』第6-7巻 エジソンと石油と来るべき「明日」と

 リリー・アプリコットとサバタ・ヴァンクリフの冒険も、いよいよ最後のエピソードを迎えることとなりました。第6巻から第7巻にかけて収録の「ETERNAL FLAME」――ラストに相応しく繰り広げられる壮絶な三つ巴の死闘とその先の巨大な陰謀の物語の紹介であります。

 アメリカとの休戦協定調印のためにニューヨークを訪れたイフの城のトップ、モンテ・クリスト三世を襲った何者かの銃弾。その犯人がルイジアナ州のモンコなる地に関係していると知ったリリーとサバタは、早速現地に飛ぶことになります。
 途中出会ったバッファロー・ビル(!)のワイルド・ウエスト・ショー一座に潜り込んだ二人は、「何か」を採掘して潤っているという新興の町外れにあった秘密工場に潜入。しかし潜入者は彼女たちだけでなく、バッファロー・ビルたちも既に潜入していたのであります。

 彼らの正体はアメリカのスパイ組織CIA――Crusaders In Americaのメンバー。このモンコで石油を使った「何か」を造り出そうとしている者がいること、そしてそれが宿敵・有翼の蛇教団であることを知った二人は、CIAと手を組み、探索を始めるのですが……
 果たして「役に立たない」石油を使って恐竜たちが何をしようとしているのか? その謎に辿り着く前にエジソンの放った産業スパイ・99部隊が工場を強襲、イフの城&CIA・有翼の蛇教団・99部隊の三つ巴の大乱戦が始まるのですが……


 西部劇(というよりイーストウッド)味漂うこのエピソードで展開するのは、エジソンをゲストに迎えての、石油とそれを用いる「ある発明」を巡る戦い。
 いかにも本作らしく、史実で伝わるネガティブ面をぐぐっと広げて造形されたエジソンの姿は、むしろ痛快ですらあるのですが――しかしそんな彼の行動が、物語の、いや歴史の行方を大きく変えることになるとは!

 「ある発明」の正体については中盤で判明するのですが、しかしそれはまだ物語の謎の半分。それでは何故有翼の蛇教団が(彼らにとっては不要である)それを発明していたのか――その真実はまさに圧巻というほかありません。
 このエピソードのタイトルであるETERNAL FLAME――永遠の火種とは何なのか、そしてそれが燃え移った先にあるものは――これまでも任務を成功させながらも苦い後味が残るエピソードはありましたが(やはり未来に繋がる物語であった「RED STAR」など)、しかしここで描かれたものは、かつてないスケールでもって、我々の(そう、我々自身の)「明日」にも重くのし掛かってくるのであります。


 とはいえリリーとサバタはひとまずは任務を終えて生き延び、途中ギクシャクした二人の関係も明るい「明日」を予想させて――本作はここに結末を迎えることとなります。

 正直なところ、有翼の蛇教団との、そして何よりもサバタの宿敵中の宿敵であるジャンゴとの決着はついておらず、その点には――掲載誌が途中で休刊、その後は配信にて連載という状況はあったものの――食い足りなさは残りますが、この結末は、これはこれで「らしい」と言うべきかもしれません。

 もっとも、ここで燃え移った火種の辿り着くところ、そしてジャンゴの「20世紀が楽しみだ」という言葉の意味は、続編・後日談である『ジャバウォッキー1914』で描かれることとなるわけですが――それはまた、時を改めてご紹介させていただきます。


『ジャバウォッキー』(久正人 泰文堂アース・スターコミックス) 第6巻 Amazon / 第7巻 Amazon

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2020.06.30

久正人『ジャバウォッキー』第5-6巻 有翼の蛇と黄燐マッチと白鯨と

 進化した二足歩行の恐竜が人類の歴史の影で暗躍する19世紀末を舞台に、人間の女スパイと恐竜のガンマンが、人間と恐竜の未来のために奮闘する伝奇アクションのラスト3巻、3エピソードを一挙に紹介いたします。

 人間と恐竜の間で世界の平和を守る――「明日を救う」ために活動するイフの城のエージェントとして活躍するリリーとサバタ。
 すっかりコンビとして息の合った二人が第5巻以降で挑むのは、恐竜による人間支配を企む「有翼の蛇教団」――以前もアダムの肋骨を巡る事件で対決した彼らの陰謀を粉砕するため、二人は世界を股にかけた冒険を繰り広げることとなります


 第4巻末から第5巻にかけて収録される「MATCH/POMP」で描かれるのは、「たった一発の狙撃で地球上全ての恐竜を殺す」計画を画策する(マンダムな感じの)怪人サックスマンとの対決であります。
 黄燐マッチ事業に失敗し、財産を失ったのは恐竜のせいと信じ込む狂的な実業家・アングレームを抱き込んだサックスマン。アングレームを捕らえてその荒唐無稽な計画を聞きだしたリリーとサバタですが、計画の背後には、恐ろしい真の狙いがあったのです。

 計画を阻むために敵の本拠に急いだ二人の前に現れるサックスマンを倒したものの、彼は傀儡に過ぎず……

 バーナード彗星、パリ万博、黄燐マッチ――と、この時代ならではのガジェットを散りばめて描かれるこのエピソードは、ある意味これまでで最も規模の大きい陰謀が描かれていると言えるでしょうか。
 それに相応しく敵の正体も――なのですが、無茶苦茶な個性を発揮するアングレームが全てを持っていった印象もあります(さすがにあの身体能力はいかがなものか――というのは野暮でしょうか)。もちろん、ラストはサバタがきっちりと決めてくれるのですが……


 続いて第6巻にかけて展開する「BUCK&DICK」の題材は、あのモビーディック――言うまでもなくあの『白鯨』でエイハブ船長と死闘を繰り広げたモビーディックですが、しかしその正体が、実はリオプレウロドンだった、というのは、まさに本作ならではの仕掛けでしょう。

 沈没船を巡る詐欺の陰にモビーディックの存在があると知り、調査に乗り出すリリーとサバタ。二人とモビーディック専門家のスターバックは乗っていた潜水艦をモビーディックに撃沈され、孤島に漂着することになります。
 そして、捕らえられたリリーとスターバックは、有翼の蛇教団の守銭奴にして狂信者・キンスキが主催する恐竜闇賭博場の賭けのネタにされ、徒手空拳でモビーディックに挑むことに……

 闇賭博場で繰り広げられる恐竜たちの狂気のギャンブル、これまでにない巨獣・モビーディックとの死闘と見所の多いこのエピソードですが、何と言っても印象に残るにはゲストキャラのスターバック。
 このスターバックは『白鯨』に登場した一等航海士ですが、本作で描かれるその姿は何と女性――しかもエイハブ船長を(一方的に)愛していたという設定なのであります。そんな彼女は、モビーディックへの強い思い入れもあって、リリーと事ある毎に対立、それが物語の原動力ともなっていきます。

 もっとも、激しく対立していた二人が最後には強い女の友情で結ばれる――というのは定番ではありますが、格好つけまくっているようでいてどこか抜けているサバタとの対比で描かれるその姿はどこまでも痛快。そしてそれが、スターバックの「解放」に繋がっていくドラマも泣かせます。
 もちろんサバタの方も、キンスキとの最後の賭けを見事に決めて見せるのですが、今回ばかりは二人に大きく譲った感があります。

 そしてもう一つ、個人的に面白かったのは、イフの城の潜水艦の航海長がコンラッドの『闇の奥』のマーロウであったこと。
 『白鯨』もそうですが、他の物語の内容が「現実」の出来事として作中に取り入れられているのは、伝奇ファンとしては何とも嬉しい趣向であります。


 と、エピソード2つの紹介までで随分長くなってしまいました。中途半端で恐縮ですが、残る第6巻から第7巻にかけて収録のラストエピソード「ETERNAL FLAME」は、次回ご紹介いたします。


『ジャバウォッキー』(久正人 泰文堂アース・スターコミックス) 第5巻 Amazon / 第6巻 Amazon

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2020.06.23

廣嶋玲子『妖怪の子預かります 10 千弥の秋、弥助の冬』 大団円 そして「子」は成長して――

 謳い文句のついに大団円! と不穏極まりない言葉にドキッとさせられますが、その言葉に偽りはなく、『妖怪の子預かります』シリーズ第10巻目にして、区切りとなる作品であります。徐々におかしくなっていく千弥と、そんな彼に苛立ちを隠せない弥助。ついに決別した二人の運命は……

 今日も変わらず、妖怪の子預かり屋として奮闘する弥助。しかし彼と共に暮らす千弥は、異常なまでに過保護な態度が目立つようになります。いや、以前から過保護だったのは間違いありませんが、いまの千弥はまるで弥助が幼く体が弱かった頃のように扱うなど、度が過ぎるのです。
 その上、物忘れが激しかったり、ぼうっとしていたりと、明らかに不審な様子の千弥。当然心配する弥助に対して、何でもないと言うだけの千弥ですが――そんな千弥の行動が、妖怪の子に危害を加えかねないものとなったことから、ついに弥助の怒りが爆発することになります。

 それでも何とか和解した二人ですが、その後も続く千弥の異常な行動。そしてついに決定的な瞬間が訪れ、千弥は弥助の前から姿を消すことに……


 これまで弥助のことになると過保護ではあるものの、それ以外では普段は冷徹とすらいえるほど落ち着いた態度を見せていた千弥。そんな彼の弥助に対する態度が徐々におかしくなっていき、それどころか日常生活までも――と、不穏極まりない展開から始まる本作。
 作中でもさらりと触れられているように、この辺り、年配の親を持つ読者であればグサリとくるような描写なのですが――しかしその理由がなんであるか、これまでシリーズを読んできた読者であればよく知っています。

 前々作において、月夜公に執着するあまりに千弥を逆恨みした狂気の女妖・紅珠――彼女の毒に倒れた弥助を救うため、千弥はかつて捨て去った自分の目玉を取り戻し、その力を振るったことがありました。しかしそれは妖怪にとっては致命的な、誓いを破る行為――その報いが、現れたのであります。

 過去のある出来事から一度は全てを失って抜け殻のようになった千弥に救われ、そして救った弥助。一時は共依存のような状態だった二人ですが、しかし弥助が妖怪の子預かり屋として奮闘するうち、その関係は徐々に落ち着いたものとなっていきました。
 それがここに来て、千弥の中から弥助の存在が、最も残酷な形で奪われていくとは――これまでユーモラスで楽しげな妖怪たちを描くと同時に、辛く重く残酷なこの世の有様を描いてきた本シリーズですが、ここに来てその最たるものが描かれたというべきでしょうか。

 もちろん、そんな二人を、周囲の人々と妖々が放っておくはずもありません。
 特に弥助にとっては天敵であった――しかしある意味作中で最も男を上げた――久蔵、そして千弥とは倶に天を戴かざる間柄であった(しかしその実、誰よりも心の奥底で結びついている)月夜公、この二人が弥助と千弥のために誰よりも心を砕く様は、大いに胸に響く名シーンであります。
(にしても、いつもながら千弥と月夜公の間の感情は重すぎる……)

 いや、この二人だけでなく、これまで弥助に関わった者たち、弥助に助けられた者たちが総登場で力を貸す姿は、まさに大団円に相応しいものであるといえるでしょう。
 その果てに何が待つ結末――それは実のところ、予想できなくもなかったのですが――あ、この物語であればこれ以外ない、というもので、一抹の物悲しさを遺しつつも、それ以上に力強い希望を与えてくれるのです。

 これまでどこか歪んだ、擬似的な親子関係にあった千弥と弥助。しかし「子」であった弥助が、妖怪の子預かり屋となることによって「親」となり、大きく成長する姿を、本シリーズは描いてきました。
 その物語のひとまずの締めくくりとして、この結末はいささか皮肉ではあるかもしれませんが、大いに頷けるものであるといえるでしょう。


 さて、ひとまずの締めくくり、と書いたのは、『妖怪の子預かります』は本作までを第一シーズンとし、次作から第二シーズンを開始する意向とのこと。そうであるならば、千弥と弥助の――いや、弥助と千弥の新たな物語に、心より期待したいと思います。

(にしてもラストの申し出は――月夜公、本当に感情が重い男よ)

『妖怪の子預かります 10 千弥の秋、弥助の冬』(廣嶋玲子 創元推理文庫) Amazon


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2020.06.21

「コミック乱ツインズ」2020年7月号(その二)

 白熱の激闘が続く「コミック乱ツインズ」7月号の紹介後編であります。今回紹介する作品も、激闘死闘の連続であります。

『暁の犬』(高瀬理恵&鳥羽亮)
 文字通りの死闘の末に、ターゲットの一人を倒した佐内と根岸のコンビ。報酬を受け取りに益子屋を訪れた二人ですが、佐内は益子屋に、依頼人である水野家江戸家老・拝郷との関係を問うことになります。そして同じ頃、BL侍こと水野家徒目付・相良も、拝郷に益子屋との関係を問うのですが……

 言われてみればなるほど不思議ではある、益子屋と拝郷の出会いが語られる今回。大藩の家老と口入れ屋――それも裏稼業まで持っている男(怖いなあ人材派遣会社)が、直接の繋がりを持っているのは、尋常ではありませんが、そこに更に、佐内の父・小野寺友右衛門が関わるのですから見逃せません。
 これまでは凄惨な骸となった姿ばかり印象に残る友右衛門ですが、在りし日の姿は、佐内から甘さを抜いた渋みを足したような壮漢。そしてその腕前は――まさしく剛剣と呼ぶべき凄まじさであります。

 そして自分と水野家の関わりが、ある種因縁めいたものと知った佐内ですが……


『カムヤライド』(久正人)
 アマツ・ミラール、アマツ・ノリットの急襲に、甚大な被害を受けたヤマト。我等がカムヤライドは深手を負い、オトタチバナ・メタルも倒れた窮地で、黒盾隊を率いてミラーるに挑むヤマトタケルは、出雲に現れた国津神の一部である剣で反撃に転じるのですが――しかしその剣は、かつてイズモタケルを怪物に変えかけた代物。人間が手にすれば、国津神の一部として吸収されてしまう――はずが、逆に剣を吸収したかのような異形の姿に……

 光の巨人――ではないものの、そんな感じになりそうなヤマトタケルにミラールが畏れを感じる一方、カムヤライドは、己の体を全く顧みない、最終回のようなバトルでノリットに肉薄。その執念すら感じさせる凄まじさがノリットを捉えたかに見えたとき――それぞれの前に思わぬ存在が現れることになります。

 と、大波乱の末にひとまず水入りとなったヤマトでの戦い。思わぬ絆が生まれた一方で、さらに深まった謎もあり――そしてヒーローたちは深手を負ったままという状態で、この先物語はどこに向かうのか。特にモンコを巡る物語が気になるところであります。


『政宗さまと景綱くん』(重野なおき)
 ついに秀吉との面会を乗り切った政宗。しかし天下は既に秀吉の手に収まり、そしてその後も天運は政宗に味方せず、ついに大坂の陣に――と、いきなりこの回だけで25年の時が流れることとなりました。
 そして景綱も病に倒れ、戦国最後の戦というべき大坂の陣に政宗と共に臨むのはその息子・重綱――というわけで次回最終回であります。
(しかしこの展開だと、次回は同時に『真田魂』の最終回になるのでは……)


『仕掛人 藤枝梅安』(武村勇治&池波正太郎)
 ようやく小杉さんを捕まえ、一安心して温泉でのんびりしていた梅安ですが、そこに白子屋の配下・山城屋の刺客5人が襲いかかり、露天風呂はたちまち野郎大乱闘の場に――と色々な意味で危険極まりない展開から始まった今回。
 結局、小杉さんが右脇腹というかなりマズい位置を刺されながらも、敵の大半を仕留めるという大活躍を見せますが、もちろんその場に留まるわけにもいかず、また小杉さんの治療も必要であります。

 そんな中、梅安への刺客カップルの片割れ、田島一之助は、自分を置いて女に走った北山への怒りと、やけ食いのおかげで胃痙攣か何かを起こして勝手に窮地に――と、そこに偶然通りかかったのは、小杉さんとともに宿を変えた梅安。
 素性が判れば殺し合うしかない関係でありながら、相手の素性を知らぬまま、医者と患者という関係になった梅安と一之助。そこに北山が現れ、またもや修羅場の予感で次回に続きます。


 次号は久々に『そば屋幻庵』(かどたひろし&梶研吾)が登場。『勘定吟味役異聞』は次回休載ですが、壮絶な殺陣を描いた今号の次では人情ものとは――凄い描き分けだと感心いたします。


「コミック乱ツインズ」2020年7月号(リイド社) Amazon


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 「コミック乱ツインズ」2020年4月号
 「コミック乱ツインズ」2020年5月号
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2020.05.26

原哲夫『いくさの子 織田三郎信長伝』第14巻 小さな戦の二つの大きな出来事

 いよいようつけの仮面をかなぐり捨て、戦国の世に立つこととなった信長。その視線の先にあるのは、当然ながら今川義元であります。尾張に侵攻する今川方が築いた砦に挑む信長は、本領発揮の戦を繰り広げるのですが……

 相変わらず尾張の内憂外患が続く中、萱津の戦で勝利を収め、真の姿の一端を示した信長。それを警戒する美濃の斎藤道三との対面を、平手政秀の切腹という大きな犠牲によって実現した信長は、その桁外れの器の大きさを見せ、道三を味方につけることに成功するのでした。
 さて、美濃の憂いがなくなったところで、挑む相手は今川義元と、今川方に靡く尾張の諸将たち――というわけでこの巻で描かれるのは村木城の戦であります。……と言われても「?」となる方も多いと思いますが、この戦国史から見れば小さな戦では、二つの大きな出来事が起きており、そしてそれは本作においても存分に活かされているのです。


 尾張と駿河の境に位置し、今は織田方に属する水野信元の緒川城を攻めるため、今川方が築いた村木砦。砦といっても鉄桶の構え、さらにはその砦に続く陸路は、今川方に寝返った諸将によって寸断された状態にあります。
 この状況で敵の油断を突くため、信長は荒れ狂う海に乗り出すという源義経のような手段に打って出ると、信元そして叔父の織田信光(本作ではかなりいい人)と共に、三方から砦を攻めるのですが――たどり着いたはいいものの、砦は難攻不落。これを落とすための信長の切り札――それこそが鉄砲であります。かつて織田家当主となって初の戦いである赤塚の戦いでは封印していた鉄砲を、ここに至りついに信長はフル活用するのです。

 相手の矢の届かないところに陣取り、相手が顔を見せたところに斉射を食らわせる――いかにも信長らしい合理的かつ慎重な戦法ですが、食らう方はたまったものではありません。実にこの戦は信長が実戦で鉄砲を使った初めての戦と言われており、後の信長の戦で鉄砲が果たした役割を思えば、この出来事が大きな成功体験であったと言えるのではないでしょうか。


 しかし、それだけでは戦には勝てません。鉄砲で相手を怯ませ、その隙に壁を乗り越えて中に突入し、門をこじ開ける――城攻めの定石ですが、それがどれだけ危険であるかは言うまでもないでしょう。もちろんそれを恐れるような信長の母羅衆ではありませんが、しかしそこでついに、大きな犠牲が支払われることとなります。

 ここで描かれるのは、以前から信長に従ってきた二人の男の死――うち一人は、正直なところこれまであまり目立った活躍はなかったのですが(信長のリアクションも小さくて切ない)、もう一人は、物語のかなり初期から信長とともに冒険を繰り広げてきたレギュラーであり、ここで命を落とすとは、かなり意外な展開でありました。

 戦には勝ったものの、彼らを初めとする多くの犠牲に、さすがに衝撃を隠せない信長。その彼の目には熱い涙が……
 実はこの戦の結末は、太田牛一の「信長公記」でも珍しい、信長が「泣いた」と記録されている特徴的な出来事。意地の悪い見方をすれば、そこから逆算しての――という気がしないでもありませんが、これまで快進撃を続けてきた信長が、涙を見せるに相応しい場面であることは間違いありません。


 そして去る者がいれば、来る者――来るサルあり。そう、ここでついにあの男が――信長に猿と呼ばれ、愛された人物が登場することになります。
 正直なところ、ここでの登場はいささか唐突感は否めないのですが――あるいは彼が後のこの人物では? というキャラが二人ほどいただけに――まずは本作らしいデザインで(それでいていきなり結構エグい策を実行したりして)、先が楽しみなキャラクターであることは間違いありません。

 そして信長が戦と成長を続ける中、相変わらず悪役一直線の信行とその周辺ですが、ただ一人、柴田勝家のみは信長の勝利に感じ入ったことがある様子。
 これがこの先どのような展開に繋がるか――その辺りは次巻のお楽しみであります。


『いくさの子 織田三郎信長伝』第14巻 (原哲夫&熊谷雄太&北原星望 徳間書店ゼノンコミックス) Amazon

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2020.05.18

「コミック乱ツインズ」2020年6月号(その二)

 「コミック乱ツインズ」6月号の紹介の後編であります。

『政宗さまと景綱くん』(重野なおき)
 東北の動乱、そして伊達家のお家騒動を収め、ついに秀吉と対面を果たすこととなった政宗。しかし相手は天下人、選択を一歩誤れば、政宗はおろか、伊達家そのものが――という状況であります。
 さて現れた秀吉の言葉は――というわけでついに秀吉が本格的に登場したわけですが、その対面の模様は、ほぼ「史実」どおりに描かれることになります。

 その意味ではあまり意外性はありませんが、しかしあの有名な政宗の白装束をネタにとんでもないギャグを入れてきたり、秀吉の仕打ちに対して人間的な成長を見せる政宗(とどさくさに紛れてアピールかます景綱)など、アレンジの加え方はいつものことながら巧みであります。
 また、いかにも傲慢な天下人然とした態度を見せる秀吉が、年を取って偉くなってもやっぱり「あの」秀吉なのだなあ――と思わされるくだりは、あちらの作品のファンとしては大いにホッとさせられました。

 そして、その秀吉に対して政宗が語る東北の姿とは――次回最終回となっても驚かない盛り上がりぶりであります。


『いちげき』(松本次郎&永井義男)
 単行本第6巻発売&最終章突入ということでセンターカラーの今回。相楽総三暗殺の最終作戦に失敗して一撃必殺隊の大部分は壊滅、隊の抹殺を狙う勝が送り込んだ隠密によって指揮官を失い、友も失った丑五郎。もはや帰る家もない彼は、唯一残ったソノに会うため女郎屋に向かうも、そこには宿敵の薩摩藩士・伊牟田が……
 と、牛五郎の最後の戦いが描かれるであろうこの最終章。導入となる今回は、その大部分を費やして、女郎屋に立て籠もった伊牟田が生み出した惨状が描かれることになります。

 自らも戦いの中で数多くのものを失い、そして深手を負って命も遠からず尽きる伊牟田。その彼が女郎屋で追っ手の薩摩藩士を相手に繰り広げた大立ち回りの凄まじさは、まさしく死屍累々という言葉が似合うほどであります。その惨状が、丑五郎が一歩一歩確認しながら奥に進むに連れて描かれていく様はただ圧巻と言うべきでしょう。
(ただ一人生かされてその惨劇を目の当たりにしたソノが、尋常なようで訳のわからないことを口走る辺りの厭なリアリティ……)

 しかし今回何よりも印象に残るのは、丑五郎と伊牟田の顔に浮かんだ「死相」の凄まじさでしょう。女郎屋の外で丑五郎を呼び止めた益満の「人は心労がたたり精も根も尽きると特徴的な人相になる」という言葉をこの上もなく再現してみせた二人の表情には言葉を失います(と、当の益満も周囲からそう思われているのが笑える)。
 果たして死相を浮かべた二人の対決の行方は――どちらに転んでもただで済むはずがありません。


『カムヤライド』(久正人)
 ヤマトに侵入したアマツ・ノリットとアマツ・ミラールの二人に対し、それぞれ戦いを挑むカムヤライドとオトタチバナ・メタルの二大戦士。しかし幹部格の敵を相手にしては彼らも分が悪く、一度は相手の力を封じたかに見えたものの、反撃によって二人は深手を負うことになります。果たして二人の、ヤマトの運命は……
 と、猛烈に盛り上がってきたヤマト編。これはもうパワーアップでもしなくて無理なのではないか、という状況ですが、しかしそんな安直な展開ではなく、人間の底力を――それも二人ではなく、周囲の人々が見せる流れとなるのがたまりません。

 アマツ・ノリットの見えない攻撃の正体はわかったものの、それを打ち破る手段を見いだせず大苦戦を強いられるモンコ(そもそもあれが応急処置になるのかしら)。そんな彼を救ったものは――ここでこう来たか、という展開ですが、これが実に熱い。いつの世もヒーローが孤独に戦う姿は良いものですが、それが人々に受け入れられた姿というのは、さらに良いものであります。

 一方、アマツ・ミラール戦では、深手を負ったオトタチバナに代わり、ヤマトタケルが黒盾隊を率いて大反撃。技のカムヤライド、力のオトタチバナに対して、知のヤマトタケルという印象ですが、これまでの死闘を糧にした彼の成長が窺える姿は、オトタチバナも惚れること間違いなしでしょう。
 そしてそんなヤマトタケルがミラールに見事な一撃を放つものの、しかし――と、まだまだ波乱含みの展開は続きます。


 次号は表紙は『鬼役』、巻頭カラーは『勘定吟味役異聞』、隔月連載の『はんなり半次郎』が登場とのこと。


「コミック乱ツインズ」2020年6月号(リイド社) Amazon


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2020.05.15

久正人『ジャバウォッキー』第3-4巻 アダムの肋骨、切り裂きジャック――恐竜伝奇絶好調!

 人間の美女と恐竜のナイスガイのコンビが、歴史の背後に蠢く恐竜たちの陰謀に挑む『ジャバウォッキー』も、この第3巻・第4巻まで来ると完全にエンジン全開――歴史上の人物・事件を絡めた奇怪かつ意外な「真実」と、スタイリッシュなアクションの連発に酔いしれるほかありません。

 ある任務の最中、恐竜たちが絶滅することなく、二足歩行に進化して人類史の裏側で暗躍していたことを知った英国情報部員のリリー。人類と恐竜の架け橋として活動する「イフの城」のエージェントにして恐竜のガンマン・サバタに命を救われたリリーは、サバタとともに様々な事件に挑むことに……
 という基本設定で展開する本作、第3巻では、生まれたばかりの毛沢東暗殺を狙う清朝の暗殺者・ミクロラプトルの女王と対決する「RED STAR」の事件を冒頭で解決し、メインとなるのは「ADAMS RIB」――すなわちアダムの肋骨にまつわる事件です。

 トロイの遺跡を発掘したことがきっかけで、ピンカートン探偵社に命を狙われるハインリヒ・シュリーマン。
 アメリカ政府の要請でトロイ遺跡を発掘したシュリーマンですが、発掘の最中に最初の恐竜エオラ(人間語でアダム)の肋骨――すなわち旧約聖書が恐竜たちの伝説の焼き直しである証拠――発見してしまった彼は、イフの城に保護を求めてきたのであります。

 ピンカートン探偵社のメンバー(複数いるのに全員同じ名前で呼び合うのが楽しい)を蹴散らし、シュリーマンを保護したリリーとサバタ。しかしアロサウルスのガンマン・ジャンゴの狙撃によってシュリーマンは死亡、アダムの肋骨も奪われることになります。
 実はジャンゴこそはかつてサバタの妹を殺し、彼の右手を奪った(そしてお返しにサバタに左目を奪われた)男――そしてイフの城の宿敵である恐竜たちの狂信者集団・有翼の蛇教団のメンバー。宿敵を倒し、アダムの肋骨を奪い返すため、リリーとサバタは傷を負った身を押して、敵地に乗り込むことに……

 と、二重の意味で宿敵が登場し、作品全体としても大きな意味を持つこのエピソードですが、しかし物語としても負けていない伝奇強度(?)を持っているのが楽しいところでしょう。
 何しろゲストがあのシュリーマン(それも本作ならではのとびきりエキセントリックなキャラ)であるだけでも嬉しいのに、メインとなるのがアダムの肋骨というとんでもない大ネタ。もちろん本作に登場してただで済まされるはずもなく、どちらも大変な扱いになるのですが――神も悪魔もあるものか、なリリーとサバタの活躍は痛快の一言であります。


 そして第4巻では、ロンドンを舞台にこれまた有名人の切り裂きジャック、そしてナイチンゲールという意外な顔合わせが実現する「ONE FOR THE ROAD」が収録されています。
 イフの城の連絡員であるプロトケラトプスのアボラ・サンダ(……)の、切り裂きジャックの正体はヴェロキラプトルのバニラス・ガイラ(……)という報により、ロンドンにやってきたリリーとサバタ。

 ロンドン地下恐竜街の住人であったガイラを追う二人ですが、死を装って英国情報部を抜けてきたリリーにとって、いまやロンドンは敵地同然。しかも切り裂きジャックを追って動き出した情報部が送り込んできたのは、実はスパイであったフローレンス・ナイチンゲールその人だったのであります。
 しかもリリーにとってナイチンゲールは様々な形で因縁深い人物。思わぬ強敵に動揺を隠せないリリーですが……

 と、前回のサバタの側の因縁に対して、リリーの側の因縁が描かれる今回。舞台となる1890年のナイチンゲールは既に老人ですが、ここに登場するのはやはり本作らしく凶悪にパワーアップされた怪人であります。
 なるほど、因縁抜きにしてもリリーが手こずるわけだ――と思いきや、思いもよらぬ泣かせが用意されているのも、クールなようで熱い展開の多い本作らしいと感じます。
(にしても今回、ジャックの声明文のミスや5番目の殺人の時差まで題材になっているのには、改めて感心させられます)

 しかし個人的にそれに負けぬほど印象的だったのは、人間に圧倒されたロンドンの恐竜たちが潜む地下恐竜街の姿であります。
 元々切り裂きジャックが跳梁したイーストエンドは、ロンドンでも貧民街として知られる地域ですが――ここで描かれる地下恐竜街は、それをさらにカリカチュアしたような、まさしく最暗黒の倫敦。

 かつての地球の覇者であり、人間同様の知性を持つ恐竜たちが泥にまみれてのたうつ姿には、何とも暗澹たる想いを抱かされるものがあり――リリーとサバタの前に立ちはだかる恐竜たちの背負うものの大きさというものを、すなわち本作が内包するものを、改めて感じさせられるところであります。


『ジャバウォッキー』(久正人 泰文堂アース・スターコミックス) 第3巻 Amazon / 第4巻 Amazon

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