2025.01.04

幻の中国服の美女を追った先に 波津彬子『レディシノワズリ』

 人と人以外の存在の関わりを儚く美しく描いてきた波津彬子が、英国を舞台とした作品の一つが本作――曰く付きの中国の美術品があるところに現れる謎の美女、レディ・シノワズリと、彼女を追いかける青年ウィリアムの姿を中心に描かれる連作シリーズです。

 年の離れたいとこで道楽者・チャールズのアリバイ作りのため、彼と共に訪れた屋敷で、中国服をまとった金髪碧眼の美女と出会ったウィリアム少年。しかし、その屋敷でウィリアムがチャールズから離れていた間に、チャールズが以前付き合っていたバレリーナが殺されるという事件が発生します。

 元々、亡くなった祖父のコレクションを処分したいという相談に乗るために件の屋敷を訪れ、中国服の美女と会ったというチャールズ。殺人の嫌疑を晴らすため、アリバイ証言を求めて美女を再び訪ねたチャールズですが――しかし屋敷はもぬけの殻だったのです。

 自分で確かめるために再び屋敷を訪れたウィリアムの前に姿を現したあの美女。そこでウィリアムが屋敷の中で大きな動物の尻尾を見たと告げた途端、彼女は奇妙な態度を取ります。彼女の助言で真犯人を見つけたウィリアムですが、そこには数々の謎が残ります。そして「レディ・シノワズリ」と名付けた彼女にもう一度会うことが、彼の人生の目標となって……


 かくして、ウィリアムが少年期から青年期に至るまで、一度どころか幾度も謎のレディ・シノワズリに出会い、美術品にまつわる奇妙な事件に遭遇する様を中心に、本作は展開していきます。
 もちろんレディに出会うのはウィリアムだけではありません。彼の学友であるリンジーやその母、同じ骨董クラブの才媛・ガートルードやその父といった様々な人々の前にも、彼女は謎めいた姿を現すのです。

 「シノワズリ」とは、17世紀から18世紀にかけてヨーロッパで流行したヨーロッパで流行した中国趣味の美術様式のことを指します。なるほど、明らかに東洋人ではないにもかかわらず中国服に身を包んだ彼女には、相応しい呼び名かもしれません。
 しかし、彼女は明らかに只者ではない存在です。冒頭のエピソードのように、しばしば中国の美術品を用いた詐欺に関わったと思えば、幻のように姿を消してしまう――いや、それどころか、ウィリアムのようにごく一部の人間しか見ることができない、ハクという白い虎を連れ、さらに何よりも、ウィリアムがいつ出会う時も、いやそのはるか以前から、彼女の姿は変わらぬままなのですから。

 美術品にまつわる、どこまで人間なのかわからぬ美貌の存在――というと、どこかの骨董品店の少年を思い出しますが、本作のレディは、そちらよりも遥かに謎めいていて、ガードの高い存在です。これではウィリアムならずとも、彼女が何者なのか、その後を追いたくなってしまう――という時点で、我々は彼女の掌の上で踊らされているのでしょう。


 さて本作は、最終話を除けば、すべてのエピソードでレディと関わり合う人物(あるいは家系)の名が冠されたエピソードが展開していきますが、やがてその中で、彼女の目的が朧気に見えてくることになります。それは、中国にまつわる何らかの美術品――彼女は自分がしばしば扱うような中国趣味の偽物ではなく、「本物」の品物を探しているようなのです。

 これ以上相応しい名はないと感じられるサブタイトルの最終話「別れ」において、ウィリアムがレディから聞かされた言葉――それは必ずしも我々が望んだ答えではないかもしれません。しかし、舞台となっていた1930年代(というのはここで初めて語られたように思いますが)という一つの区切りの時代が終わる時には、相応しいものであったと感じられます。

 「その後」のえもいわれぬ余韻も含め、まさしく佳品と呼ぶべき作品といってよいでしょう。

|

2024.12.30

2024年に語り残した歴史時代小説(その一)

 今年も残すところあと二日。こういう時は一年の振り返りを行うものですが――既に読んでいるにもかかわらず、まだ紹介していない作品が(それも重要なものばかり)かなりありました。そこで今回は二日に分けてそうした作品に触れていきたいと思います。(もちろん、今後個別でも紹介します……)

『佐渡絢爛』(赤神諒 徳間書店)
 いきなりまだ紹介していなかったのか、と大変恐縮ですが、今年二つの賞を取り、年末のベスト10記事でも大活躍の本作は、その評判に相応しい大作にして快作です。

 元禄年間、金鉱が枯渇しかけていた佐渡で、謎の能面侍による連続殺人が続発。赴任したばかりの佐渡奉行・荻原重秀は、元吉原の雇われ浪人である広間役に調査を一任し、若き振矩師(測量技師)がその助手を命じられることになります。水と油の二人は、衝突しながらもやがて意外な事件のカラクリを知ることに……

 と、歴史小説がメインの作者の作品の中では、時代小説色・エンターテイメント色が強い本作ですが、しかし作者の作品を貫く方向性はその中でも健在です。何よりも、ミステリ・伝奇・テクノロジー・地方再生・青年の成長といった様々な要素が、一つの作品の中で全て成立しているのが素晴らしい。
 「痛快時代ミステリー」という、よく考えると不思議な表現が全く矛盾しない快作です。


『両京十五日 2 天命』(馬伯庸 ハヤカワ・ミステリ)
 今年のミステリランキングを騒がせた超大作の後編は、前編の盛り上がりをさらに上回る、まさに空前絶後というべき作品。明朝初期、皇位簒奪の企てを阻むため、南京から北京へと急ぐ皇太子と三人の仲間たちの旅はいよいよ佳境に入る――というより、上巻ラストの展開を受けて、三方に分かれることになった旅の仲間たちが、冒頭からいきなりクライマックスを繰り広げます。

 地位や身の安全よりも友情を取るぜ! という男たちの侠気が炸裂したかと思えば、そこに恐るべき血の因縁が絡み、そして絶対的優位な敵に挑むため、空前絶後の奇策(本当にとんでもない策)に挑み――と最後まで楽しませてくれた物語は、最後の最後にそれまでと全く異なる顔を見せることになります。
 そこでこの物語の「真犯人」が語る犯行動機とは――なるほど、これは現代でなければ描けなかった物語というべきでしょう。エンターテイメントとしての魅力に加えて、深いテーマ性を持った名作中の名作です。


『火輪の翼』(千葉ともこ 文藝春秋)
 『震雷の人』『戴天』に続く安史の乱三部作の完結編は、これまで同様に三人の男女を中心に描かれた物語ですが、その一人が乱を起こした史思明の子・史朝義という実在の人物なのもさることながら、前半の中心となるのがその恋人である女性レスラー(!)というのに驚かされます。

 国の腐敗に対し、父たちが起こした戦争。しかしそれが理想とかけ離れた方向に向かう中、子たちはいかにして戦争を終わらせるのか。安史の乱という題材自体はこれまで様々な作品で取り上げられていますが、これまでにない主人公・切り口からそれを描く手法は本作も健在です。

 ただ、歴史小説にはしばしばあることですが、結末は決まっているだけに、主人公たちの健闘が水の泡となる展開が続くのは、ちょっと辛かったかな、という気も……


『最強の毒 本草学者の事件帖』(汀こるもの 角川文庫)
『紫式部と清少納言の事件簿』(汀こるもの 星海社FICTIONS)
 前半最後は汀こるものから二作品を。『最強の毒』は、偏屈者の本草学者と、男装の女性同心見習いが数々の怪事件に挑む――というとよくあるバディもの時代ミステリに見えますが、随所に作者らしさが横溢しています。
 まず表題作からして、これまで時代ものではアバウトに描かれてきた「毒」に、本当の科学捜査とはこれだ! とばかりに切込むのが痛快ですらあるのですが――しかし真骨頂は人物造形。作者らしいセクシャリティに関わる目線を随所で効かせた描写が印象に残ります(特にヒロインの男装の理由は目からウロコ!)

 一方、後者は今年数多く発表された紫式部ものの一つながら、主人公二人の文学者としての「政治的な」立場を、ミステリを絡めて描くという離れ業を展開。フィクションでは対立することの多い二人を、馴れ合わないながらも理解・共感し、それぞれの立場から戦うシスターフッドものの切り口から描いたのは、やはりさすがというべきでしょう。


 以下、次回に続きます。

|

2024.12.18

「コミック乱ツインズ」 2025年1月号(その一)

 号数の上では早くも2025年に入った今月の「コミック乱Twins」1月号、巻頭カラー&表紙は久々登場の『そば屋幻庵』です
。今回ほとんどレギュラー陣ですが、特別読切として『老媼茶話裏語』(小林裕和)が掲載されています。今回も、印象に残った作品を一つずつ紹介しましょう。

『そば屋幻庵』(かどたひろし&梶研吾)
 冒頭から非常に旨そうな力蕎麦(作中で言われている通り、柚子が実に良いかんじです)が登場する今回ですが、この力蕎麦、近々行われる力石大会の応援を込めたもの。しかしこれを食べた石工職人の岩蔵は、かねてから娘のお照と交際している天文学者の鈴平が気に入らず、大会で十位以内に入らないと交際は認めない、しかも自分のところの若い職人・剛太が一位になったら、そちらにお照をやる、などと言い出して……

 と、とんだ横暴親父もあったものですが、まあ職人としては、娘は手に職を持った男に嫁がせたいというのもわからないでもありません。しかし鈴平も、剛太も実に好青年で、一体この勝負の行方が気になるのですが――これが実にあっけらかんと意表を突いたオチがつくのが楽しい。悪人もなく、誰かが割りを食うわけでもない、本作らしい気持ちの良い結末です。(ただ、そばが冒頭のみだったのは残念)


『前巷説百物語』(日高建男&京極夏彦)
 「周防大蟆」編もこの第五回で最終回、前回は立合いの同心たちの口から、仇討ちの場に現れた大ガマの怪と仇討ちの結末が語られましたが、実は大ガマの存在はあくまでも目眩まし、真の仕掛けは――というわけで、又市と山崎の会話で、それが明かされます。
 前回、同心の口から、ガマは見届け人に退治され、そして岩見平七は見事に疋田伊織を相手に仇を討ったと語られましたが、前者はともかく、後者は望まれた結末ではなかったはず。それでは仕掛けは失敗したのかといえば――思いもよらぬトリックの存在が語られます。

 正直なところ大ガマ自体は(後年の又市の仕掛けと比べると)決して出来のいい仕掛けではないわけですが、本当の仕掛けはその先に、というのが面白い。そしてその中身は又市の青臭い、しかし後々にまで続いていく想いに支えられたものであったことが印象に残ります。
 もちろんこれは原作そのままではあるのですが、又市がこの仕掛けに辿り着くまでに、調べ、迷い、悩む姿が描かれるのは漫画オリジナルで、この時代なればのこその描写というべきでしょう。
(ちなみに問題のお世継ぎに対する山崎の言葉が、原作からはかなり大きく異なっているのはちょっと引っかかりますが、このずっと後に登場するある人物の存在を連想させるのは興味深いところです)

 それにしても今回冒頭に登場するおちかさんが、くるくる変わる表情など、相変わらず実に良いのですが――良ければ良いほど、この先を想像してしまい...…


『殺っちゃえ!! 宇喜多さん』(重野なおき)
 前回、一応主君である浦上宗景の奸計により、存在が毛利家にロックオンされてしまった直家。今回はその毛利家がメインとなり、直家はオチ要員で一コマ登場するのみというちょっと珍しい回となっています。

 そんな今回登場するのは、毛利元就の次の代の毛利家を支える「三本の矢」――毛利輝元・吉川元春・小早川隆景の三人。そして三人が直家をいかに攻めるか語り合うその場には、なんとあの三村元親が――と、ある意味タイムリーなビジュアルが懐かしいですが、この三人(というより隆景)を前にしてはレベルが違いすぎるのが哀れです。

 それはさておき、実際に直家を攻めるのは誰か――と思いきや、ここで登場するのは「四本目の矢」こと毛利元清! えらく渋好みのキャラですが、実際に直家とは死闘を繰り広げた好敵手ともいうべき人物です。
 しかし登場するなり突然自虐的過ぎることを言い出すのですが、これがなんとまあ史実とは……(隆景が理解者っぽいのも史実)


 残る作品は、次回紹介します。


「コミック乱ツインズ」2025年1月号(リイド社) Amazon

関連記事
「コミック乱ツインズ」2024年1月号
「コミック乱ツインズ」2024年2月号(その一)
「コミック乱ツインズ」2024年2月号(その二)
「コミック乱ツインズ」2024年3月号
「コミック乱ツインズ」2024年4月号(その一)
「コミック乱ツインズ」2024年4月号(その二)
「コミック乱ツインズ」2024年5月号(その一)
「コミック乱ツインズ」2024年5月号(その二)
「コミック乱ツインズ」2024年6月号(その一)
「コミック乱ツインズ」2024年6月号(その二)
「コミック乱ツインズ」2024年7月号(その一)
「コミック乱ツインズ」2024年7月号(その二)
「コミック乱ツインズ」2024年8月号
「コミック乱ツインズ」2024年9月号(その一)
「コミック乱ツインズ」2024年9月号(その二)
「コミック乱ツインズ」2024年10月号
「コミック乱ツインズ」2024年11月号
「コミック乱ツインズ」2024年12月号(その一)
「コミック乱ツインズ」2024年12月号(その二)

|

2024.12.14

武侠ものの何たるかと原作の掘り下げと 分解刑『東離劍遊紀 下之巻 刃無鋒』

 TVシリーズ第四期もいよいよクライマックスの『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』、その第一期のノベライズの下巻が本書です。神誨魔械・天刑劍を巡り繰り広げられる「義士」たちと玄鬼宗の戦いは、七罪塔を舞台にいよいよ激化。その中で、それぞれの秘めた思惑が明らかになっていきます。

 かつて魔神・妖荼黎を滅ぼした天刑劍を我が物にせんとする玄鬼宗首領・蔑天骸に、兄をはじめ一族を皆殺しにされた少女・丹翡。彼女は謎の美青年・鬼鳥の助けで、風来坊・殤不患と鬼鳥の下に集った「義士」たちと共に、蔑天骸の根城・七罪塔に向かいます。
 しかし七罪塔に至るまでには、亡者の谷・
傀儡の谷・闇の迷宮の三つの関門があります。ところがこれを突破するために集められたはずの仲間たちは実力を発揮せず、一人で戦わされた上に嘲りを受けた殤不患は激怒し、一人別の道を選びます。

 その後を追ってきた丹翡と鬼鳥と共に、一足早く七罪塔に足を踏み入れた殤不患ですが、そこで鬼鳥の裏切りを知ることになります。さらに捕らわれた殤不患と丹翡の前に現れた狩雲霄から、鬼鳥の正体が東離にその名を轟かせる大怪盗・凜雪鴉であり、全ては天刑劍を奪うための企てだと知らされて……


 上巻が舞台設定の説明と「義士」たちの集結を描くものであったとすれば、下巻はいよいよ彼らが玄鬼宗の本拠地に乗り込み、激闘を繰り広げる――と思いきや、その予想を裏切るような意外な展開が連続します。

 確かに癖は強く単純な正義の味方ではないものの、頼もしい味方と思われた「義士」の面々は、様々な形で殤不患そして丹翡を裏切り、それどころか全ては凜雪鴉の奸計であったと明かされる始末。我々読者も振り回しながら、物語は悪党同士の騙し合いへと突入していきます。
 これはもちろん原作(人形劇)のままではありますが、改めて見ても展開の皮肉さ、ドライさは強烈で、この辺りの味わいは、ある意味実に原作者らしいといえるでしょう。

 しかし、そんな悪党ばかりの渡世だからこそ、その中で正しきものが輝くのもまた事実。殤不患の侠気、丹翡の清心、捲殘雲の熱血――この三人の姿は、大きな試練に遭ってさらに光を増すことになります。
 特に上巻でも描写が大幅に補強されていた丹翡と捲殘雲は、この下巻において、さらに丹念にその心の動きが描かれます。江湖の何たるかを知らずにいた丹翡と、江湖に理想を抱いていた捲殘雲。この二人が江湖の現実にぶつかり、打ちのめされ、しかしそこで互いに通じるものを見つけ、手を携えて立ち上がる――それは、そのまま二人の人間としての成長の過程であり、そしてラストで描かれる二人の姿に大きな説得力を与えています。

 そしてそんな二人の前に巨大な背中を見せて立つ真の好漢、傷の痛みも患わず、謀られてなお笑う奴――誰もが親指を立てて讃えたくなる痛快無比な殤不患は、「武侠」という概念を人間の姿にしたとすら感じられます。
(ちなみに本作からは、生き様という点では、殤不患と凜雪鴉が根を同じくする一種のあわせ鏡であることに気付くのですが……)

 上巻の紹介で、本作は悪党たちを描くことにより、逆説的に「武侠」という概念の何たるかを描くものではないかと書きましたが、その予感は間違っていなかったと感じます。
 本作は見事に武侠ものの味わいを再現した文章のみならず、マニアであってもなかなか説明しにくい、「武侠」の精神を浮き彫りにしてみせた――武侠ものに初めて触れる者(そしてそれは丹翡と捲殘雲の視点に重なることは言うまでもありません)にとって、その何たるかを示した、一種の入門書とすら言えるのではないでしょうか。


 さて、本作を楽しめるのは、そんな武侠ものに、そして『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』の世界に初めて触れる読者だけではもちろんありません。特に終盤の展開は、既に作品をよく知るファンにとっても新鮮に楽しめるものとなっています。
 その中でも、実は作中でその人物像があまり掘り下げられなかった、ある登場人物の過去について語られる意外な真実は、その描かれるシチュエーションも含め必見です。

 そして原作とは全く異なる展開を辿るラストバトルも――原作の野放図で豪快極まりない結末も素晴らしいのですが、本作のそれは、あくまでも剣を振るう者は人間であることを示すものとして、納得のいくものといえるでしょう。(少々描写がわかりにくいきらいはありますが)

 武侠ものの何たるかを、作品を通じて無言のうちに示すとともに、原作の物語世界そのものを大きく掘り下げてみせる――ノベライズという媒体の中でも最良のものの一つである、というのは褒め過ぎかもしれませんが、偽らざる心境でもあります。


『東離劍遊紀 下之巻 刃無鋒』(分解刑&虚淵玄 星海社FICTIONS) Amazon

関連記事
「武俠小説」として再構築された物語 分解刑『東離劍遊紀 上之巻 掠風竊塵』 Amazon

『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』 第7話「魔脊山」
『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』 第8話「掠風竊塵」
『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』 第9話「剣の神髄」
『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』 第10話「盗賊の矜恃」
『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』 第11話「誇り高き命」
『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』 第12話「切れざる刃」
『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』 第13話「新たなる使命」(その一)
『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』 第13話「新たなる使命」(その二) と全編を通じて

|

2024.12.12

正義の快速船、いま出航! 早川隆『幕府密命弁財船・疾渡丸 一 那珂湊 船出の刻』

 海に囲まれている国を舞台としつつも、さほど多くはない海を舞台とした歴史時代小説。その中に快作が加わりました。江戸時代を舞台に、諸国を旅しながら、各地の湊の平和を守ることを目的とした快速弁財船と、その個性豊かな乗組員たちの活躍を描くシリーズの開幕です。

 江戸時代は慶安年間、父を海で亡くして孤児となり、寺で暮らす那珂湊の少年・鉄平は、湊の河口近くで高い塀に囲まれた造船所に興味を持ちます。そこで秘密の船を建造していると考えた鉄平は、海への強い憧れから、建造を差配する船大工の頭領・岩吉に直訴し、炊として現場で働くことになるのでした。

 実はここで造られていた弁財船こそは、商船を装って諸国を旅し、湊の平和を乱すものたちを摘発する幕府の密命を帯びた弁財船――様々な新技術を導入した快速船・疾渡丸。幕府の隠密としてこの任に当たる仁平、そして彼にスカウトされた凄腕の船頭・虎之介ら、いずれも一芸に秀でた者たちを迎えて、疾渡丸はついに完成の日を迎えます。

 その一方、那珂湊を牛耳る商人・坂本屋嘉兵衛は、自分の手の及ばぬ疾渡丸を敵視。さらに外国人商人を装う幕府の隠密・鄭賢を捕らえたことをきっかけに、造船所襲撃を企てます。その動きを察知した虎之介たちは、疾渡丸の緊急出港を決定するのですが……


 天網恢恢疎にして漏らさず――法の目をかいくぐって悪事を働く者を誰かに懲らしめてほしいというのは、古今東西を問わず大衆の夢。そしてそれを叶えるヒーローは、時代ものの世界でも様々な形で描かれてきました。
 本作もその一つではあるのですが、いうまでもなく他と全く異なる特徴は、その中心にあるのが密命弁財船であることです。

 江戸時代前期、海運の発展と経済の発展が直結していた時代、ある意味当然のようにそれに伴って起きる湊での犯罪や陰謀。それを取り締まるには、船を以てするに如くはない――その考えの下、幕府が密命弁財船を造るというのがまず面白いですが、さらにそれが取り外し式の帆など、当時の日本の船舶では革新的なアイディアを投入した快速船というのは胸踊ります。

 そして船という舞台が魅力的なのは、様々な人間が、様々なプロフェッショナルが乗り合わせていることでしょう。本作においても、船頭を務める破天荒な好漢・虎之介、密命の中心人物でありつつも船の上では一歩引いてみせる隠密・仁平、謎の明国人・鄭賢、連絡手段である鳩を操る鳥飼いの姉妹など、船に乗るのは多士済済――その面々が、持てる特技を活かして活躍する様は、職人芸を見る時の気持ちよさがあります。


 しかし本作の巧みなのは、その設定の新奇性だけでなく、様々な登場人物が織りなすドラマも疎かにしない点でしょう。

 例えば、本作の前半のエピソードの中心人物である船大工の岩吉は、かつて自らも船頭として活躍しながらも、ある出来事が元で海を離れ、船大工になった男。作中で語られるその出来事の説得力もさることながら、それがこの弁財船の名である疾渡(はやと)丸に繋がっていくのには思わず膝を打ちます。
 さらに、実は岩吉とは血縁関係にある人物がラストに見せる粋な計らいには、胸が熱くなりました。

 そしておそらくは虎之介と並び、全編を通じての中心人物となるであろう鉄平は、初めて海に出る少年という設定ですが、それだからこそ読者に近い目線の登場人物として、その成長に期待が持てます。
 また、陰謀論を題材とした(!)後半のエピソードでは、彼のニュートラルな視線が複雑な事態を解きほぐす鍵ともなっており、物語においてその存在は貴重といえるでしょう。
(この陰謀論、あまりに突飛で説得力がないのが気になりましたが――しかしそれだからこそ、ここでは意味があるというべきかもしれません)


 さて、大海原に乗り出した疾渡丸ですが、まだまだ本作での冒険は肩慣らしといったところでしょう。本来の任務に当たるであろう、次巻は既に発売されており、こちらも近日中に紹介したいと思います。


『幕府密命弁財船・疾渡丸 一 那珂湊 船出の刻』(早川隆 中公文庫) Amazon

|

2024.11.28

怪談好きのお嬢様が追う白い幽霊の謎 波津彬子『お嬢様のお気に入り』

 端正な不思議の世界を描かせれば右に出るものがいない作者が、オリジナルの原案を迎えて描くという一風変わったスタイルの――しかし変わらない魅力の連作集です。19世紀末のイギリスを舞台に、怪談好きのお嬢様・キャロラインが、様々な騒動に巻き込まれる姿を描きます。

 新興ブルジョアジーの父と、没落貴族の母の間に生まれたお嬢様のキャロライン。彼女のお気に入りの物語はウォルポールのゴシック小説『オトラント城奇譚』――そう、彼女は怪談やおとぎ話といった、怖い話や不思議な話がお気に入りなのです。
 キャロラインがそんな好みになったのは、母の実家から仕えている執事のロバートの趣味。持ち前の好奇心から様々な騒動を引き起こして怒られたり落ち込んだり、眠れない夜を迎えるたびに、彼女はロバートに物語をねだるのです。

 やがてキャロラインが興味を持ったのは、かつてロバートが母の実家の城で目撃したという――そして彼女が自邸でも目撃した「白い貴婦人の幽霊」。美しいレディに成長した後も、彼女はその幽霊の謎を追いかけるのですが……


 日本を舞台とした作品と同程度以上に、イギリスを舞台とした作品も多いのではないかという印象もある(のは『うるわしの英国シリーズ』のためかもしれませんが)作者ですが、本作もその一つとなります。
 舞台は19世紀末の新興富裕層の家庭、広大な屋敷に住んで執事や大勢の使用人がいて――と、我々が想像する「豊かな英国」のイメージを具現化したような世界を舞台としつつ、恐ろしくも魅力的怪談をメインとした物語が展開していくことになります。

 第二巻までの基本的な物語の流れは、好奇心旺盛かつおてんばなキャロラインが、その生活の中でちょっとした事件に出会い(多くの場合は彼女が騒動を起こすのですが)、その結果、夜眠れなくなったところに、執事のロバートに怪談話をねだって――という展開。
 つまりメインとなるキャロラインの物語の中に、別の怪談が挿入され、そしてそれがキャロラインの物語にも影響していくという構造となっています。

 元々作者の作品では、恐ろしいものと美しいもの、物悲しいものと微笑ましいものといったように、様々な、時に相反する要素が入り混じり、複雑で豊かな味わいを生み出しています。
 作者の作品は、これまで古今の名作を原作として漫画化することはあっても、オリジナルの原案がつくという形式はほとんどなかったのではないかと思いますか――本作においては、この形式と物語構造が噛み合って、これまでになかった妙味が生まれていると感じます。

 個人的には、キャロラインの周囲の人々が、個性的ではあっても基本的に愛情豊かな善人ばかりで、それが一種の人情話的とでもいいましょうか、強い温かみを持った物語に繋がっていくのが心に残りました。


 さて、本作は全三巻ですが、最終巻となる第三巻では、キャロラインの成長した姿が描かれ、物語もこれまでとは少々異なる展開となります。
 そこで描かれるのは、キャロラインの母の城で長きに渡り語り継がれてきた「白い貴婦人の幽霊」の謎。この物語の冒頭から、幾度か登場してきたこの幽霊の正体は、そして彼女はどのような想いを秘めているのか――その謎解きとともに、物語は大団円を迎えます。

 この辺りの展開は、正直なところ、少々出来過ぎに感じる部分もあります。(もっとも、終盤に登場するある人物の描き方はかなりユニークで意表を突かれましたが)。
 しかしキャロラインが愛してきたおとぎ話のように「めでたしめでたし」となった物語の後味は非常に心地よく、本作の結末に相応しいものであることは、間違いないでしょう。分量こそ多くはありませんが、愛すべき作品です。


『お嬢様のお気に入り』(波津彬子&門賀美央子 小学館フラワーコミックススペシャル全3巻) Amazon

|

2024.11.19

「コミック乱ツインズ」2024年12月号(その二)

 号数の上では今年最後の「コミック乱ツインズ」12月号の紹介の続きです。

『よりそうゴハン』(鈴木あつむ)
 売れない絵師・歌川芳芳と妻のヨリを主人公とした江戸グルメまんがの本作、最近は同じ作者の作品では『口八丁堀』の方が目立っていた感がありましたが、こちらはこちらでやはり味があります。
 今回は長屋に越してきた嘉兵衛とイネの老夫妻を招いてのサツマイモ料理二品が描かれます。なんば煮とサツマイモ炒め、シンプルながらそれだけに実に旨そうな料理もいいのですが、やはり印象に残るのはゲストキャラクターの二人でしょう。

 言ってしまえば嘉兵衛は認知症の気がある老人で、話しているうちに段々とその内容が怪しくなっていく(それに合わせて瞳の描写が変わっていくのが恐ろしくも、どこかリアル)のですが――イネや主人公夫婦の包み込むようなリアクションによって、切なさを描きつつも、悲しさまでは感じさせないのに唸りました。
 イネのことを語る終盤の嘉兵衛のセリフも、典型的な認知症のそれなのですが、しかしその中に温かみを感じさせる言葉を交えることで、二人がこれまで歩んできた道のりを感じさせるのが巧みです。ラストページの美しい幻のような二人の姿も印象に残るエピソードでした。


『前巷説百物語』(日高建男&京極夏彦)
 「周防大蟆」の第四回、いよいよ岩見平七による、疋田伊織への仇討ちが描かれるわけですが――今回は又市たちは(表向き)登場せず、それどころか既に敵討ちが、つまり仕掛けが終わった後に、志方同心と目撃者たちのやり取りによってその顛末が語られることになります。
 それもそれを裏付けるのは、町中の無責任な噂などではなく、仇討ちに立ち会った同心の、いわばオフィシャルな発言。その内容がまた、まず伊織のビジュアルなど大げさな噂は否定しておいて、しかし一番信じがたい、大蛙の出現は事実だと告げる構成は、巧みというべきでしょう。

 ちなみにここで原作にない(はず)異臭が立ち込めるという演出(?)が入るのも面白いのですが――しかし原作にない、この漫画版ならではの描写で印象に残るのは、何と言っても仇人である伊織を目の当たりにした時の、平七の表情でしょう。仇を前にしたとは思えないその表情の意味は――それも含めて、事の真相は次回以降に続きます。


『古怪蒐むる人』(柴田真秋)
 何かと怪異に縁を持ってしまう役人・喜多村による怪異見聞記、今回は「怪竈の事」というサブタイトル通り、竈にまつわる怪異が描かれます。
 知人の山田に、屋敷の下女の弟・甚六が古道具屋で買った竃から、汚い法師が手をのばすと相談された喜多村。早速甚六の長屋に出向いて話を聞いてみると、竃で飯を炊こうとすると、中から二つの目が睨みつけ、さらに竃から二本の腕が出るというのです。そこで竃を買ったという古道具屋に向かった喜多村は、主人の立ち会いの下、ある試みをするのですが……

 と、怪異的にはシンプルながら、その描写がなかなかに迫力に満ちた今回。無害そうで、きっちり実害がある怪異も恐ろしいのですが、それに対して果断な行動に出る喜多村も結構恐ろしいように思います。


 次号はレギュラー陣の他、特別読み切りで小林裕和の『老媼茶話裏語』が登場。「老媼茶話」といえば江戸時代の奇談集ですが、今号の『古怪蒐むる人』といい、こちらの路線を重視しているということでしょうか。個人的にはもちろん大歓迎です。
(まあ、そもそも『前巷説百物語』が連載されているわけで……)


「コミック乱ツインズ」2024年12月号(リイド社) Amazon

関連記事
「コミック乱ツインズ」2024年1月号
「コミック乱ツインズ」2024年2月号(その一)
「コミック乱ツインズ」2024年2月号(その二)
「コミック乱ツインズ」2024年3月号
「コミック乱ツインズ」2024年4月号(その一)
「コミック乱ツインズ」2024年4月号(その二)
「コミック乱ツインズ」2024年5月号(その一)
「コミック乱ツインズ」2024年5月号(その二)
「コミック乱ツインズ」2024年6月号(その一)
「コミック乱ツインズ」2024年6月号(その二)
「コミック乱ツインズ」2024年7月号(その一)
「コミック乱ツインズ」2024年7月号(その二)
「コミック乱ツインズ」2024年8月号
「コミック乱ツインズ」2024年9月号(その一)
「コミック乱ツインズ」2024年9月号(その二)
「コミック乱ツインズ」2024年10月号
「コミック乱ツインズ」2024年11月号

|

2024.11.18

「コミック乱ツインズ」2024年12月号(その一)

 今月の「コミック乱ツインズ」は表紙が二ヶ月連続の『鬼役』、巻頭カラーは『ビジャの女王』となります。レギュラー陣の他、シリーズ連載は『よりそうゴハン』『古怪蒐むる人』が掲載されています。今回も印象に残った作品を一つずつご紹介します。

『ビジャの女王』(森秀樹)
 オッド姫が地下の娼館街に隠れたものの、ジファルの手引きでそこに乱入したモンゴル兵たち。その一人でありジファルと繋がるドルジの槍がオッド姫に襲ったところで続いた今回、別の意味で襲いかかろうとしたドルジの魔手から姫を救ったのは何と――と、意外なキャラが活躍しながらも、惜しくもここで退場することになります。
 ブブの怒りは大爆発、ドルジを文字通り粉砕し、娼館街の女主人たちによってモンゴル兵も片付けられ、新たな味方も加わって――とこの場は一件落着ですが、喪われた命は帰りません。ここで墨者の弔い(懐かしい)をするブブの姿が印象に残ります。

 しかし最大の危機は去ったかに見えたものの、天には不吉な赤い月が。そしてブブとオッド姫が目の当たりにした異変とは――まだまだ戦いは続きます。


『不便ですてきな江戸の町』(はしもとみつお&永井義男)
 いよいよ本作も今回で最終回。色々あった末にすっかりと江戸時代に馴染んだ島辺と会沢、特に島辺はこの時代で出会ったおようと愛し合うようになって――と、いつまでも続きそうだった日常は、ある日起きた火事で一変することになります。
 長屋の人々も避難したものの、かつて島辺に贈られた思い出のかんざしを探して火に巻かれるおよう。おようを追ってきた島辺は、彼女を連れてタイムトンネルのある祠まで逃げるのですが……

 というわけで、不便ですてきなどとは言っていられない、江戸のおっかない面が描かれることになった最終回。もう火事から逃げるには未来(現代)に行くしかありませんが、しかし島辺はともかく、おようは――本当にこれで良かったのかしら!? という豪快なオチではありますが(大変さは島辺たちの比じゃないと思います)が、これはこれで大団円なのでしょう。


『殺っちゃえ!! 宇喜多さん』(重野なおき)
 最近、宇喜多さんの快進撃が続いていましたが、そういえば主君の浦上宗景は――と思っていたらタイトルが「忘れちゃいけないこの男」で吹き出した今回。しかし宗景がパリピのフリしてかなり陰湿なのは今まで描かれてきた通りで、いよいよ直家追い落としにかかることになります。
 家臣の明石行雄を直家のもとに送り込み、色々と探らせる宗景ですが――この後の歴史を考えると、これが結構逆効果だったのでは、という気がしないでもありません。しかしここで毛利と敵対する尼子に接近していることが明らかになってしまったのは、直家にとってはプラスにはならないでしょう。

 しかしこう言ってはなんですが、ローカルだった話が一気に表舞台の歴史と繋がった感があり(あの有名武将も登場!)、いよいよここからが本番、という気もいたします。


 残りの作品は次回にご紹介いたします。


「コミック乱ツインズ」2024年12月号(リイド社) Amazon

関連記事
「コミック乱ツインズ」2024年1月号
「コミック乱ツインズ」2024年2月号(その一)
「コミック乱ツインズ」2024年2月号(その二)
「コミック乱ツインズ」2024年3月号
「コミック乱ツインズ」2024年4月号(その一)
「コミック乱ツインズ」2024年4月号(その二)
「コミック乱ツインズ」2024年5月号(その一)
「コミック乱ツインズ」2024年5月号(その二)
「コミック乱ツインズ」2024年6月号(その一)
「コミック乱ツインズ」2024年6月号(その二)
「コミック乱ツインズ」2024年7月号(その一)
「コミック乱ツインズ」2024年7月号(その二)
「コミック乱ツインズ」2024年8月号
「コミック乱ツインズ」2024年9月号(その一)
「コミック乱ツインズ」2024年9月号(その二)
「コミック乱ツインズ」2024年10月号
「コミック乱ツインズ」2024年11月号

|

2024.11.08

「武俠小説」として再構築された物語 分解刑『東離劍遊紀 上之巻 掠風竊塵』

 2016年のスタート以来好評を博し、現在TVシリーズ第四期が放送中の『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』、その第一期がノベライズされました。破魔の名刀を巡り繰り広げられる武林のはぐれ者たちの戦いを描く、シリーズの原点が蘇ります。

 偶然の成り行きから、邪宗門・玄鬼宗に追われる少女・丹翡を助けた風来坊・殤不患。かつて魔神を封じた神誨魔械・天刑劍を代々守る護印師である丹翡は、兄をはじめとする一族を玄鬼宗に皆殺しにされた上、天刑劍の柄を奪われたのです。
 その丹翡に手助けを申し出たのは、鬼鳥と名乗る謎の美青年。その鬼鳥にけしかけられた上、方方に玄鬼宗の手が回ったことから、殤不患もやむなく丹翡らと行動を共にすることになります。

 しかし蔑天骸が潜む七罪塔までには数々の関門が待ち受けます。その関門を突破するために鬼鳥が集めたのは、冷静沈着な弓の達人・狩雲霄とその弟分の血気盛んな青年・捲殘雲、鬼鳥に深い恨みを持つ死霊術使いの妖魔・刑亥、同じく鬼鳥の首を狙う冷酷非情の剣鬼・殺無生――鬼鳥と殤不患を加えて六人の「義士」は、丹翡とともに七罪塔に向かうことに……


 第一期のストーリーのうち、前半六話に当たる内容が描かれるこの上巻。その内容は、後述するようにオリジナルエピソードもあるものの、ほぼ原作に忠実であり(サブタイトルもほぼ同一)、第一期からの視聴者にとっては懐かしい物語が蘇ります。
 しかし、本作は原作を追体験するためのファンアイテムという枠には、到底収まらない完成度を持った作品といえます。その理由は極めてシンプル――本作は「武侠小説」として、独立した作品として再構築されているのです。

 本作は一口で言えば「武侠もの」です。しかし「武侠もの」といっても実際には(例えば「時代劇」がそうであるように)千差万別ではありますが、しかしそこには最大公約数的な空気というものがあり、それはいわゆる武侠用語を用いただけで再現できるというものではありません。
 また、本作の原作は、人形劇――それも台湾の霹靂布袋劇をベースとしたもの。それ故のタイトルに『Thunderbolt Fantasy』を冠している(そして本作にはその部分が省かれている)わけですが、いずれにせよ、おなじ「武侠もの」であっても、その表現様式は、人形劇と小説で自ずと異なるべきでしょう。

 つまり、原作の内容を(例えば脚本を)そのまま文章に移し替えればいいわけではない――その難事を、本作は見事に達成しているのです。必要なもの以外は削ぎ落とした文章によって、そして映像では表現しきれない登場人物の内面――心意気というべきものを描くことによって。
 特に、第五章での殤不患と殺無生の対峙のくだりなどは、映像では抑えめだった二人の心中を余さず描くことにより、原作以上に武侠ものらしさを生み出しているものとなっているのには、つくづく感心させられます。

 もっとも、本作の文章はかなりの割合で古龍オマージュと思われることもあり、独特の文体・言い回しに慣れるまで時間がかかるかもしれませんが……


 さらに、本作の魅力をもう一つ挙げれば、作中では若輩者である丹翡と捲殘雲の二人に関する描写の膨らませ方があります。
 海千山千の他の面々に比べれば、明らかに心身とも未熟であり、それぞれ「世間知らず」「意気がり」の一言で済まされかねない二人。しかし本作は、それぞれの内面描写を重ねることにより、決して単純なものではない(捲殘雲はそれなりに……)若者たちの姿を浮き彫りにします。

 特に終盤のオリジナルエピソード――悪辣な金持ちに囲われていた母娘の逃走劇に二人が手を貸して大立ち回りを演じるくだりは、その中で二人の想いの重なる部分、そして決して重ならない部分を描くことで、「江湖」という概念を浮き彫りにしてみせる、大きな意味を持つと感じます。

 そしてこの二人の視線と、先輩格の「義士」――実際にはそれとは程遠い曲者たちの姿の交錯するところに、逆説的に「武侠」という概念の何たるかが照らし出されるのではないでしょうか。
 ……というのは牽強付会に過ぎるかもしれませんが、この曲者たちが真の顔を見せることになる下巻で何が描かれるのか、原作以上に楽しみであることだけは間違いありません。


『東離劍遊紀 上之巻 掠風竊塵』(分解刑&虚淵玄 星海社FICTIONS) Amazon

関連記事
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』 第1話「雨傘の義理」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』 第2話「襲来! 玄鬼宗」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』 第3話「夜魔の森の女」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』 第4話「迴靈笛のゆくえ」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』 第5話「剣鬼、殺無生」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』 第6話「七人同舟」

|

2024.10.28

厳島合戦に「怪獣」乱入!? 星野泰視『戦国怪獣記ライゴラ』第1巻

 『哲也』の星野泰視と『凍牌』の志名坂高次が組んだ新作は当然麻雀もの――では全くなく、戦国時代を舞台とした怪獣漫画(怪獣が出てくる戦国漫画)。この第一巻では、かの厳島合戦を舞台に、海から現れた正体不明の怪獣が、戦国武将たちの思惑を完膚なきまでに叩き壊します。

 厳島を舞台に睨み合う、毛利元就と陶晴賢。両者が相手を引きずり出し奇襲をかけるべく繰り広げられた駆け引きは、陶方の読み勝ちに終わり、おびき出された毛利方に陶方が襲いかかった時――異変は起きました。

 突如として海が異常に盛り上がり、そこから現れたのは、巨大な怪獣としかいいようのない存在――二足で立ち上がったトカゲのような巨体の背中に、幾本もの蜘蛛を思わせる足を生やしたその怪獣は、陶方・毛利方を問わず手当たりしだいに人々を蹴散らし、暴れ回るのでした。

 そんな中、剣での成り上がりを夢見て陶方の陣に加わっていた男・十郎太は、かつて師から受け継いだ名刀を手に、単身怪獣に挑むのですが……


 時代劇というのは、おそらく一般に想像されるよりもはるかに柔軟なジャンルで、およそ時代劇とは関係ないと思われる題材であっても貪欲に飲み込み、作品を成立させることがあります。

 決して数は多くはないものの「怪獣」もその対象の一つであって、これまで様々な作品を生み出してきましたが、本作はその最新の成果といえるでしょう。
 何しろ本作は、(この第一巻の時点では)怪獣が厳島合戦に乱入し、ひたすらに蹂躙する姿を描いた物語。大砲はおろか鉄砲もない中で、弓矢と刀槍のみで戦う人間たちを、ひたすらに謎の怪獣が叩き潰す様が描かれます。

 そんな中でまず感心させられるのは、その怪獣の姿が、まさしく「怪獣」と呼ぶしかないものである点です。完全にこの世ならざる「魔物」でもなく、どこか生々しさを感じさせる「クリーチャー」でもない、現実的な存在感を持ちながらも、決して存在しない巨大な怪物――まさしく「怪獣」が、本作では大暴れするのです。
 そのデザインもまた実に魅力的で、マニアの戯言ではありますが、「中に人が入ってそう」なバランスの体型がたまりません。本作の怪獣デザインは、ウルトラマンシリーズを中心に活躍している丸山浩が担当しているとのことですが、なるほど納得です。


 そんな怪獣が暴れまわる本作は、時代劇と怪獣もの、両方が大好きでたまらないという人間の夢が形になった――というのはもちろん言い過ぎですが、リアルと絵空事のギリギリを行く姿に、大いに痺れます。
 もちろんそれも、漫画としての描写の巧みさあってであることは言うまでもありません。まさに始まろうとしていた戦国時代の合戦(実に冒頭50ページは、普通の歴史漫画といっても通用する内容です)の中に、突然怪獣が現れる――言葉にすれば簡単ながら、絵にすれば途方もない虚構を、本作は巧みに描いてみせるのですから。

 しかしその虚構の中で、怪獣が人間を蹂躙する姿をひたすらに描きつつも、本作は同時に不思議な爽快感すら感じさせます。
 それは、自分たち以外を人間とも思わぬ武士たち――陶晴賢は十郎太と同じ村の兵たちを己の策の「撒き餌」として平然と利用し、毛利元就は捕らえたその兵たちを平然と拷問の末に殺す――が、怪獣たちの前では、武士も農民も、皆等しい存在(等しく粉砕される肉の塊)に過ぎないことを描く点によります。
(ちなみに史実とは異なり、本作では陶方が奇襲を成功させかけていたという展開がなかなか面白い)

 人間と人間が騙し合い殺し合う合戦の中に、怪獣が放り込まれることによって、逆説的な人間性が生まれる――時代劇と怪獣ものを融合させたからそこ生まれる味わいが、本作にはあります。


 しかしもちろん、人間の人間たる所以はそれだけではないでしょう。この巻で描かれたあまりの惨劇を見れば、怪獣を許さざる敵と誓った十郎太のこの先の戦いは、人間というものの意地を見せてくれるものになるのではないか――そう期待したくもなります。

 そして次なる舞台は――厳島合戦と並ぶ、いや日本史上に残る奇襲戦となるようです。
 そこで描かれる怪獣の怪獣らしい暴れぶり、人間の人間らしい逆襲が、今から楽しみです。


『戦国怪獣記ライゴラ』第1巻(星野泰視&志名坂高次ほか 秋田書店ヤングチャンピオン・コミックス) Amazon

|

より以前の記事一覧