2024.08.13

「コミック乱ツインズ」2024年9月号(その二)

 「コミック乱ツインズ」2024年9月号の紹介の後半です。

『猫じゃ!!』(碧也ぴんく)
 今年の5月号に掲載された碧也ぴんくの猫漫画が嬉しいことに続編登場――江戸の猫絵師といえば今でも知らぬ人のいない歌川国芳を主人公に、猫好き悲喜こもごもが今回も描かれます。

 前回国芳の家にやってきたメス猫のおこま。しかしおこまはどうしても畳一畳の距離を国芳と置いて、なかなか近くで絵に描けない状態(冷静に考えると絵を描くのが前提な時点で既におかしい)なのが悩みの種です。
 しかもおこまは女房のおせいには猫吸いすらさせると知った国芳は、何とかおこまとお近づきになろうとするのですが……

 と、猫飼いの夢にして醍醐味・猫吸いが一つのフックとなっている今回。実際にやってみるとそこまで楽しくなかったりするのですが――しかしそれも一つのネタとしてきっちり描かれているのが楽しい――猫に好かれようとして逆に引かれるというのは、おそらく古今東西の猫好きの共通の悩みであって、思わずあるあると頷いてしまいます。
 そしてラストの国芳の決断(?)もまた……

 主人公とその周りが基本的に野郎どもなのでゴツめのキャラが多い一方で、いかにも美猫のおこまのビジュアル、そして仕草も可愛らしく(その一方でゴツ猫のトラも、また滅茶苦茶猫らしい……)、猫好きには何とも楽しい一編です。

(しかし途中で登場する国芳の弟子で美男の「雪」は、やはり美男で知られた国雪なのでしょうね)


『ビジャの女王』(森秀樹)
 ついに蒙古兵が城内になだれ込み、いよいよクライマックスという感じになってきた本作ですが、前回ブブがオッド姫に語った、ラジンが姉の仇という言葉の意味の一端が、ついに明かされることになります。

 姉が「あるもの」に取り憑かれたことをきっかけに、母と姉とともに放浪を余儀なくされたブブ。しかしその最中にラジンの父・フレグ麾下の蒙古軍に襲われ、ブブの姉は連れ去られて――と、以前突然登場して???となった「あるもの」が、ここで物語に繋がるのか!? と大いに驚かされること請け合いであります。
 しかし今回は全てが語られたわけではなく、ブブの父についても意味深に語られていることを考えると、この辺りはこの先まだまだ絡んでくることになるのでしょう。

 そして後半、物語の舞台はオッド姫が避難した地下街に移るのですが――ここでまたジファルが登場したことで、物語はややこしい方向に転がっていきそうです。


『カムヤライド』(久正人)
 オトタチバナの犠牲(?)で大怪獣フトタマは倒したものの、すっかり忘れられかけていたモンコ。カムヤライドへの変身時にウズメに絡みつかれ、動きを封じられたモンコですが、しかし驚いているのはむしろウズメの方で――という引きから続く今回は、モンコの体の秘密(?)から始まります。

 そもそも、ヒーロー時の変身時を狙うというのは一種の定番ですが、土からできているカムヤライドスーツに対して、土属性の(そして能力を全開にした)ウズメが一体化して――というその変身阻止ロジックが実に作者らしく面白い。しかしそれだけではなく、一体化できちゃったのはスーツだけではなかった!? という展開が巧みです。
 さらにそこから、変身阻止パターンがヒーロー洗脳パターンに繋がっていく――そしてそれが対「神」兵器である神薙剣攻略法となるという、流れるように全てが繋がっていく展開には、気持ちよさすら感じます。

 かくて始まったカムヤライドvs神薙剣のヒーロー対決ですが、操られながらも抵抗してみせるのもヒーローの美学。(一転してマスコットキャラみたいになった)オトタチバナの信頼がその引き金になるというのがまた泣かせますが、本当に泣かせるのはそこからです。
 図らずもこの物語の始まりとなった、開ける者・閉じる者・奪った者の出会いが再び――なるほど、この顔ぶれは! と唸るひまもあらばこそ、畳み掛けるような演出の先に待つものは……

 いやはや、こちらも泣くほかない感動の場面なのですが、次回からwebに移籍というのはちょっと涙が引っ込みました。本誌の楽しみの一つが……


 そんなわけでちょっぴり凹んでいますが、次号は『前巷説百物語』と『そば屋 幻庵』が復活とのことです。


「コミック乱ツインズ」2024年9月号(リイド社) Amazon


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2024.08.12

「コミック乱ツインズ」2024年9月号(その一)

 今月の「コミック乱ツインズ」誌は、表紙が『鬼役』、巻頭カラーは単行本第一巻発売記念の『口八丁堀』。今回も印象に残った作品を一つずつ紹介します。

『口八丁堀』(鈴木あつむ)
 というわけで巻頭カラーは、単行本第一巻が発売、そしてシリーズ連載化記念で三ヶ月連続掲載の二回目となる本作。前回は非常にシリアス&言の刃仕合なしというちょっと異例の内容でしたが、今回は本作らしいユニークな形で言の刃仕合が繰り広げられます。

 まだ幼く、わがまま放題で周囲を振り回す北町奉行の若君と、その学問指南役として手を焼く内与力の伊勢小路。ある日、ついに若君に手を上げかけた伊勢小路ですが、運悪くそこを厳罰主義の吟味役与力・玄蕃に目撃され、主人への反逆としてあげつらわれることになります。
 そこに居合わせた例繰方与力・瀬戸の命で調べに当たった平津は、あくまでも厳罰を主張する玄蕃に対して、言の刃仕合を挑むことに……

 と、本来でいえば犯罪ともいえない出来事ながら、江戸時代の法理論でいえば重罪になってしまうという、実に本作らしい内容を扱ったエピソードである今回。厳罰主義という正反対の立場の玄蕃に対する、平津の反撃も見事なのですが――それだけで終わらず、そこから先の腹芸と、もう一つの芸が炸裂するオチも実にユニークでした。
(いや、突然飛び出したなこの技!? とか言わない)

 しかし本編には全く関係ありませんが、今回の『江戸の不倫は死の香り』、平津の裁きが見たかったな……


『不便ですてきな江戸の町』(はしもとみつお&永井義男)
 すっかり江戸の暮らしにも慣れ、およう(江戸時代人)のおようともよろしくやっている現代人の鳥辺。しかしもう一人、全く別の意味で江戸の暮らしに慣れてしまった奴が――というわけで、今月は久々に現代からやってきた犯罪者・佐藤の再登場編にして完結編。
 現代から偶然「穴」を通って江戸時代に来たものの、過去の時代に来たことが馴染めず、周囲の人間は全てもう死んだ人間=ゾンビと思うことで精神のバランスを取っていた佐藤ですが、それが行き過ぎて完全に凶賊に成り果てて――と、過去の時代に行った人間が、テクノロジーの力で暴君然として振る舞う物語は様々あるように思いますが、過去の人間を人間と思わない精神性の点で暴走するというのは、なかなか面白い視点だったと思います。

 しかし現代に帰ろうとする(それが金を使うため、というのがまた厭にリアル)佐藤は、おようを人質にして島辺を誘き出して――とまあ、この先の展開は予想通りではありますが、結局物を言うのは未来(現代)の科学とフィジカルの強さという、身も蓋もなさは、本作らしいといえばらしい気もいたします。


『風雲ピヨもっこす』(森本サンゴ)
 今日も今日とて京でゴロゴロしているピヨもっこす。そこにやってきたいとこは、肥後の漢たるもの稚児くらい持っているべき! と無茶苦茶な理屈で、雪乃丞という美少年をあてがってきて――と何だかスゴいことになった今回。
 「稚児? 男の彼女か」という直球過ぎる台詞にもひっくり返りますが、ここまで稚児ネタを投入できるのは、ギャグ漫画で、しかも動物擬人化ものだから――というべきでしょうか。
(稚児といえばやはり薩摩ですが、西国の肥後熊本も結構――だったかと思います)

 とはいえ、クライマックスの展開はなるほど女性キャラではできないこともないですが(ピヨもっこすの母がいるし!)、男性の方が自然といえなくもないわけで――と真面目に考えるのもなんですが、色々と心乱される回だったことは間違いありません。

 そして、わざわざ巻頭のハシラに、一回休みと書かれる母……


 残りの作品はまた次回紹介いたします。


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2024.07.17

「コミック乱ツインズ」2024年8月号

 今月の「コミック乱ツインズ」は、表紙が『鬼役』、巻頭カラーが『江戸の不倫は死の香り』。いつもよりもページ数が少ないですが、今回も印象に残った作品を一つずつ紹介します。

『ビジャの女王』(森秀樹)
 インド墨家の策により父からの攻撃中止命令が出たのも無視して、ビジャ総攻撃を続行するラジンに、ものすごい勢いでブブが矢を放って――という場面から始まった今回、あまりの弓勢にさしものラジンも焦りを隠せないところに、ブブはさらに矢を放ちます。
 これまでいかなる時も冷静沈着だった彼が、(ほとんど無言ながら)ここまで感情を示したことはなかったように思いますが――ブブはここで初めてオッド姫にある因縁を語ります。なるほど、ここでジファルの過去話の描写と関わるのか、と納得です。
(敵の攻勢に対して、後ろに下がることを拒否したオッドが、これを聞いてブブに従うのもイイ)

 しかし戦況は決して思わしいものではありません。限られた数とはいえ、既に城内には蒙古兵が突入した状況で、何が起こるかわかりませんが――ある意味墨攻的にはここからが本番であります。


『口八丁堀』(鈴木あつむ)
 頻度が結構高い特別読切から、ついにシリーズ連載となった本作、今号から三回連続掲載ですが――その初回は、与力たちの会話を通じて、内之介の御仕置案が軽め、特に死罪を避けようとする理由が描かれます。

 かつて見習い時代に幼馴染と結ばれ、待望の一子が生まれた内之介。しかしその直後に起きた惨劇が、彼の全てを変えることになって――と、これはもしかして『江戸の不倫は死の香り』案件かと思えば、それがさらなる悲劇を呼ぶのに驚かされる今回。なるほど前回、子殺しの犯人に怒りを燃やし、そして子供らしき墓に語りかけている内之介の姿が描かれましたが、こう繋がるか、と納得です。

 しかし今回、これまでのように言葉で切り結ぶ場面はなく、ひたすらシリアスな(悪くいえば普通の時代もの的な)展開で終始してしまったのは痛し痒しの印象。特にいまSNSで初期の回を宣伝しているのを見るに、仕方ないとはいえ、シリーズ連載の初回にこの内容は勿体無いな、とは感じたところです。


『古怪蒐むる人』(柴田真秋)
 幕府の役人・喜多村一心を狂言回しとした怪異譚、シリーズ連載の第二話は「龍馬石」。知人から屋敷に招かれた喜多村が見せられた、龍馬石なる目のような黒い部分がある石――その石が屋敷に来て以来、水に関する怪異が次々と起こるというではありませんか。
 対処を相談された喜多村は、「目」が動くのを見て、一計を案じるのですが……

 第一話では旅先で喜多村が遭遇した怪異が描かれましたが、今回の描写を見るに、彼はその手の経験が豊富な人物と認識されている様子。そんな彼が謎の石にどう挑むのか――面白いのはその「結果」でしょう。
 内容そのものもさることながら、その描かれたビジュアルが出色で、そこから繋がるあっけらかんとした(どこか岡本綺堂の怪談を思わせる)結末も、むしろ爽やかすら感じさせます。


『前巷説百物語』(日高建男&京極夏彦)
 二つ目のエピソード「周防大蟆」に入った今回のメインとなるのは、えんま屋の裏仕事のメンバーの一人・山崎寅之助。正月早々、彼のことを呼びに来た又市との会話が前半描かれ、後半は彼らも加わったえんま屋の面々に、今回の依頼が語られることになります。

 今回はまだその実力と技は伏せられている山崎ですが、荒事専門の浪人でありながら、差料を持たない奇妙な男。そんな彼と又市の、一見とりとめのない会話は、実に京極作品らしい分量の多さですが、それを山崎の実に味のある表情と共に描くことによって、読み応えのあるものにしているのが、この漫画版ならではの魅力でしょう。(それにしても、面長で鼻と口が印象的な山崎の顔、これは……)
 そんな中で、原作にない又市の青臭い台詞と、それに対する山崎のリアクションがまた実にイイのであります。

 そしてもう一つ原作にプラスアルファで楽しかったのは、又市が前話から今回までに片付けた四つの仕事のくだりです。この仕事そのものは原作通りなのですが、そこに付されたカットは本作のオリジナル。特に業突く張りの質屋の件は、これ一体何があったの!? と一コマだけで滅茶苦茶気になる、ナイスカットというべきでしょう。


 次号は特別読切で碧也ぴんくの『猫じゃ!!』が掲載されるとのこと。初登場時も楽しかった作品だけに、再登場は嬉しいところです。


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2024.07.15

羽生飛鳥『歌人探偵定家 百人一首推理抄』 名探偵、和歌で世の荒みに挑む!?

 平清盛の異母弟・平頼盛を主人公とした歴史ミステリ『平家物語推理抄』シリーズの実質続編というべき作品が登場しました。頼盛の長男・保盛はワトスン役に回り、だホームズ役はなんとあの藤原定家――意外なコンビが今日を騒がす数々の謎に挑みます。

 前年に平家一門は滅亡し、鎌倉には源氏政権が樹立された1186年――一族の本流から外れ、源頼朝に接近したことで生き延びた頼盛も亡くなってほどなく、頼盛の長男・保盛は、都の松木立で女性のバラバラ死体が発見された現場に出くわします。
 しかもその死体の生首には、針で止められた紫式部の和歌が。そんなところに現れた保盛の友人・藤原定家は、和歌を汚す所業に、普段の大人しさをかなぐり捨てて怒りを爆発させるのでした。

 その勢いで、事件を調べることになった二人。父親譲りの検屍の知識を持つ保盛と、優れた観察眼と推理力を持つ定家は、それぞれの才能を活かして真相に迫ることに……


 藤原定家――鎌倉時代の公卿にして歌人。「新古今和歌集」「新勅撰和歌集」の二つの撰者であり、源氏物語研究や日記「明月記」でも知られる。そして何より「小倉百人一首」の撰者――あとは能の「定家」を含めて、我々が定家の名を聞いて思うのは、このようなところでしょう。
 しかし本作の定家は、才知に溢れた人物であることは間違いありませんが、それ以上に個性的(すぎる)人物として描かれます。

 何しろ外見からして、痩せた体に土気色の顔、青黒い隈という有り様――姿を遠目に見た保盛が、一門の怨霊が出たかと勘違いしてしまうのですから、よほどであります。
 一方、性格の方は生真面目で律儀ではあるのですが、しかし和歌のことになると文字通り黙ってはいられなくなるのが最大の問題。長文早口になるだけでなく、特に和歌が汚されるような事態には、ほとんど絶叫状態で、誰も手がつけられなくなるのですから……

 しかしそんな定家には、もう一つ隠れた才があります。それは推理の才――どんな細かい事実であっても見逃さず、一つ一つの事実を組み合わせて、巨大な推理を組み立てる才が、本作の定家にはあるのです。
 その一方で、保盛には『平家物語推理抄』読者にはお馴染みの、父・頼盛譲りの検屍の目と腕があり、いわば定家の知恵と保盛の知識、二つを合わせて様々な事件に挑むことになります。

 そして本書は、上に紹介した第一話を含む、全五話から構成されています。
 武士であった頃、さる女性と道ならぬ恋の関係にあった西行が、密会の最中に踏み込まれて相手を隠した塗籠から、彼女が忽然と姿を消した謎に、定家が挑む第二話
 胸に在原業平の歌を記した高札が刺さった女性の他殺体が発見されたことをきっかけに、下手人と思しき盗賊が前夜押し入った屋敷に二人が赴く第三話
 かつて頼盛が清盛から解明を命じられたにもかかわらず、途中で手を引いたという安元の大火の火元の謎を、頼盛が残した和歌を手掛かりに定家が解き明かす第四話
 式子内親王の御前で行われた庚申待の最中、女房が相次いで怪死し、懐に内親王の和歌の一節が収められていた謎に、庚申待に因縁を持つ定家が決死の覚悟で挑む第五話

 猟奇殺人、見立て殺人、密室からの消失、安楽椅子探偵、衆人環視下での殺人――と、様々なシチュエーションで展開する物語には、まさに本格ミステリの見本市とでもいうべき楽しさがあります。
 そしてそれだけでなく――これは詳細は伏せますが、本作は一度読み終わったら、すぐにまたもう一度読みたくなる、そんな仕掛けが施されています。この仕掛けには、やられた! と仰天必至であります。


 このように魅力の多い本作ですが、個人的には、定家のキャラクターがエキセントリック過ぎて(特にいちいち絶叫するところが)、ちょっと鼻白むものがありましたが――この辺りはまあ好き好きでしょう。

 そうした点もある一方で、それほど和歌を愛する定家が随所でエキセントリックに語る理想――「和歌を通じて世の荒みを止める」というその理想が、源平合戦直後の荒んだ世相を象徴するような数々の事件を通じて、大きな意義あるものと感じられるようになっていくのが、印象深いところです。
 それは、これまでから一変してしまった世界を嘆き、ただ眼の前の(これまでの作品で頼盛が守ってきた)ものを維持するのに汲々とする保盛の姿とは対照的であり――そんな二人の道が一つに交わる結末は、大きな希望を感じさせてくれるのです。

 優れた本格ミステリであると同時に、当時の世相とそれに挑む試みを描く優れた歴史小説でもある――作者ならではの快作です。


『歌人探偵定家 百人一首推理抄』(羽生飛鳥 東京創元社) Amazon


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羽生飛鳥『揺籃の都 平家物語推理抄』

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2024.07.11

ふくやまけいこ『東京物語』 日常と非日常を結ぶ優しい眼差しの探偵譚

 昭和初期の東京を舞台に、二人の青年が時に人情豊かな、時に不可思議な事件に挑む姿を描く、ふくやまけいこの代表作の一つがこの『東京物語』であります。お人好しの出版社社員・平介と、飄々とした風来坊の草二郎――凸凹コンビの冒険が温かいタッチで描かれます。

 缶詰になっている作家の原稿を取りに行った池之端の旅館で、宝石の盗難事件があったことを知った桧前平介。密室での事件に関心を抱いて調べ始めた平介は、旅館のそばの空き地でぼーっとしていた青年・牧野草二郎と出会います。
 たまたまその場に居合わせただけながら、平介を手伝うと言い出した草二郎。まるで関係ない話を聞いているだけにみえたにもかかわらず、近所の聞き込みだけで見事に犯人を探し当ててみせるのでした。

 それ以来、気の置けない友人となった平介と草二郎は、町を騒がす様々な事件を追いかけることに……


 作者の作品は、一目見ただけでホッとさせられるような、温かく柔らかな絵柄に相応しいストーリーという印象が強くありますが、本作もまたその例外ではありません。
 ジャンルでいえばミステリ、探偵ものになるものの、本作に流れるのは、どこかのんびりとした、温かい空気なのです。

 タイトル通り、本作の主な舞台となるのは東京――それも浅草や上野近辺といった下町。そこで主人公二人が出くわすのは、犯罪捜査というよりも(もちろんそうしたエピソードもありますが)、むしろ「日常の謎」的出来事が中心となります。
 そしてそこで描かれるのは、事件だけではありません。草二郎が想いを寄せるそば屋の看板娘のフミちゃんをはじめ、東京で懸命に生きる人々――そんな人々に寄り添い、温かく見守る本作の視点は、古き良き東京の情景と相まって、何とも心地よい読後感を残します。


 しかし本作ではその一方で、そうしたムードとは大きく異なる、何やら黒ぐろとしたものを感じさせる、本作の縦糸ともいうべき物語も描かれます。

 フミちゃんを誘拐した、洋館に潜むピエロ姿の怪人。不思議な力を持つサーカスの美形兄妹。次々と巨大な機械で宝石店を襲う怪人・機械男爵。中国奥地の崑崙機関なる組織で行われていた謎の研究。政財界に隠然たる影響を及ぼす不老不死の少女……
 草二郎の周囲で起きる不可解な出来事、そしてそこで蠢く怪しげな人物たちを描く中で徐々に明らかになっていくのは、草二郎自身の大きな秘密と、その秘められた過去なのです。

 これはこれで、舞台となる昭和初期に描かれた探偵小説や科学小説を思わせる、伝奇ムード濃厚で、私などはそれだけで嬉しくなってしまうのですが――何よりも素晴らしいのは、こうした非日常的なエピソードもまた、その他の日常的なものと違和感なく、地続きの世界として描かれていることです。

 もちろんその日常と非日常は、草二郎という共通項で繋がっているものではあります。しかしそれだけでなく、本作においては、非日常の物語であっても、その中に在る人々の営みや想いを温かく見つめる視線があるからこそ、そう感じられるのでしょう。


 日常の謎と伝奇的活劇と、相反するようなそれを違和感なく一つの世界で描き、そこで暮らす人々の営みとして優しく受け止めてみせる本作。
 現在、ハヤカワ文庫全三巻で刊行されているものが一番手に取りやすい版ですが、こちらには描き下ろしで本編終了後であろうワンカットが収録されています。それがまた、温かい余韻を感じさせるものなのも嬉しいところです。


『東京物語』(ふくやまけいこ ハヤカワコミック文庫全3巻) Amazon

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2024.07.03

響眞『荒野のゴーレム』 石の巨人がそこにいる世界の西部劇

 決して数が多いわけではない日本の西部劇漫画ですが、そんな中には当ブログ好みの伝奇性の(あるいはSF性の)強い作品も幾つもあります。本作はその一つ、ゴーレムと呼ばれる岩人形が運用されるアメリカで、少年ガンマン、ビリー・ザ・キッドが繰り広げる戦いを描く物語です。

 人型に組み合わせた石と石の間に置くことで、人の命令で動く人形を作り出すゴーレム結晶(クリスタル)。このゴーレムの利用で発展してきたアメリカ――1877年のテキサス州ダラスの農場で、荷運び用のゴーレムが暴走する事件が発生します。

 それも命令を聞かなくなっただけでなく、物質の性質を変える特性を利用して反撃してくる「第二段階」、さらに周囲の者に積極的に襲いかかる「第三段階」に移行したゴーレムに対し、犠牲を出すばかりの保安官たち。
 その時、単身ゴーレムの前に立ち塞がった少年ガンマンは、的確な射撃でゴーレムの体の接合点を粉砕――瞬く間に暴走ゴーレムを拳銃一丁で破壊してのけたのでした。

 ビリーと名乗るその少年は、賞金を受け取るとお供のゴーレムと共に、暴走ゴーレムを追って次の町へ。しかしそのビリーを追う二人の影がありました。
 それは立て続けにビリーに獲物を横取りされた、ゴーレムの追跡・破壊を生業とする集団「スレッジハンマー」の腕利き、マーガレットとジェームズ――「壊し屋」として知られる腕利きと、ビリーは対決を余儀なくされます。

 一方、各地でゴーレムを暴走させてきた謎の集団「解放者たち(リベレイターズ)」は、再びダラスで危険極まりないゴーレムを暴走させることを企み……


 ユダヤ教の伝説に登場する泥人形・ゴーレム。ゲームや漫画などで、動く像の代名詞のように使われているゴーレムですが、本作はそのゴーレム(と呼ばれる存在)が日常的に存在する、アメリカ西部を舞台に展開する活劇であります。
 もちろん現実にはゴーレムなどは存在しないわけで、その意味では架空史ともいえる本作の世界観ですが――しかし注目すべきは、その一点を除けば、文化・風俗・社会制度・そして何より武器と、本作が丹念にこの時代を再現した「西部劇」として成立していることでしょう。

 言い換えれば、本作はゴーレムという異物が投入された点のみが異なる西部劇。テクノロジーレベル的にはダイナマイトが発明されたばかり(そしてその史実を作中に取り入れているのも心憎い)の状態で、いかにして暴走する石の巨人を倒すか――一種の怪獣もの的な味わいすら漂う異形のバトルは必見です。
(その意味では、作者の最新作『神蛇』が怪獣漫画であったのも納得です)

 そしてそんな中でも、拳銃一丁でゴーレムを制圧してのけるビリー(そう、あのビリー・ザ・キッド!)の戦いぶりは見事というほかありませんが、しかし実は彼も完全な常人ではなく、人には見えないものを観る左目を持つ人間であります。
 さらに、ビリーとは複雑な関係に立つ壊し屋コンビも、それぞれ異形の力を持ち――と、異能バトルの要素を持つのもまた、ユニークな点でしょう。

 実はこの異能はゴーレム結晶と密接な関係を持つもの。いや、それだけでなく、ビリーがゴーレムをただの拳銃で倒せる理由、彼がその銃でゴーレムを狩る旅を続ける理由――そしてビリーのお供のゴーレムが意思を持ち、彼を「お兄ちゃん」と呼ぶ理由、全てに関わってくることになるのです。
 こうして散りばめられた謎が、ストーリーが進むに連れて語られ、そしてあたかもゴーレム結晶が石と石を繋げてゴーレムを生み出すように、一つの巨大な物語を生み出す姿――それこそが、本作の最大の魅力なのです。


 ――しかし残念なのは、本作はその巨大な物語の序章ともいうべき部分を描いたところで、完結してしまったことでしょう。
 単行本でわずか二巻分――そこに込められたものの濃密さ、そしてラストに提示された新たな謎の濃厚なSF色を考えれば、この先の物語が描かれたとしたら、どれだけの傑作になったかと口惜しくてなりません。

 もっとも、その二巻だけでも本作が名品であることは間違いありません。西部劇というジャンルで何を描くことができるのか――その問いへの一つの答えというべき作品です。


『荒野のゴーレム』(響眞 小学館裏サンデーコミックス全2巻) 第1巻 / 第2巻

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2024.06.18

「コミック乱ツインズ」2024年7月号(その二)

 「コミック乱ツインズ」2024年7月号の紹介の続きです。

『ビジャの女王』(森秀樹)
 今回も続くモンゴル軍のビジャ攻め――最後の攻城塔を倒したものの、それがかえって城壁を崩壊させて、窮地に陥ったビジャ。城内に潜入してオッド姫を狙った敵兵は、密かに彼女の傍らに控えていたブブが撃退したものの、まだまだ蒙古軍の攻勢は続きます。
 さしものモズも「こりゃあ、まいったな!」と冷や汗タラリしている一方で、オッド姫の豹とブブの仲間の巨大イナゴ・墨蝗(やっぱり虫部隊の成果だったりするんですかね……)が仲良く戯れるという異常な状況ですが、それはさておきラジンの父・フレグからの伝令が状況を動かします。

 伝令が伝えたフレグの指令とは、そしてその原因となったものは――なるほど、ここでこう繋がるのか、といったところですが、多民族混成部隊というモンゴル軍の特徴を突くのは、さすがは、とうべきでしょう。(そして本当に久しぶりに登場、言われなければ誰だかわからなかったノグス!)
 これで戦いは振り出しにと思いきや、状況はまだまだ転がり、さてラストシーンの先に描かれるのは――これまた気になる引きです。


『かきすて!』(艶々)
 任務のため、鵜沼宿(今の岐阜県各務原)に向かったナツ。子宝祈願の祈祷に向かう、とある武家の奥方の護衛が今回の任務ですが、新たに側室を立てようとする一派が、神社に奉納する御神体を奪うなどの妨害を企んでいる――というわけで、その御神体の守りをナツは任されることになります。
 しかし問題は、その祈祷が行われるのが田縣神社の豊年祭で――と、ここで噴き出す人もいるかもしれません。

 田縣神社の豊年祭とは、要するに男性自身を模した神輿を担いで練り歩くという奇祭。それを女性が撫でるとご利益があるという――昔はおおらかというかなんというかですが、ナツにとっては目のやり場に困る祭りであります。そしてこの手の話となるとやっぱり登場するのは、敵方に雇われたナツのライバル(?)、スタイルは良いけれどもそっちの知識はどっこいどっこいのイト!
 というわけで、跡継ぎの不在からのお家騒動というのはよくある話ですが、奇祭の盛り上がりを背景に、おぼこい忍び同士がわちゃわちゃ戦うという微笑ましさは、非常に本作らしいと思います。

 御神体争奪戦のオチは誰もが予想する通りなのですが、今回はそれがいい。主人公の性格と任務、そして艶笑要素が見事に結びついて、個人的にはこれまでの本作の中でもベストエピソードかもしれません。(そんなに気に入った!?)


『殺っちゃえ!! 宇喜多さん』(重野なおき)
 三村家との激闘に勝利し、さらにお福さんを娶ってと、ノリに乗っている直家。しかし一応主家の浦上宗景に目をつけられ――と、まだまだ前途多難な状況で、直家は松田元輝・元賢を次の狙いに定めます。
 しかし問題も問題、大問題は、先妻との娘が、元賢に嫁いでいることで……

 と、いつかは出るだろうと思われた、娘の嫁入り先攻略、いわゆる『宇喜多の捨て嫁』話。女性が政略の道具に使われる戦国の世らしく、自分の娘が嫁いだ先を攻撃するという話自体はあまり珍しくないような気もしますが(それはそれで本当にひどい世界ですが)、直家の場合に特に問題視されるのは――少なくとも本作の場合は、娘の母つまり先妻が、彼女の父を直家が攻め滅ぼしたことで命を落としているためでしょう。

 当然というべきか、そんな父に反発する娘ですが、それをあの子も自分の意思を持つように――といい話のように描くのは、ギャグとはいえブラックすぎるかと思います。しかしそれ以上にインパクトがあったのは、そんな直家の策を平然と受け入れるお福で――いや、直家よりもよっぽどこの人の方が真剣に怖いです。


『カムヤライド』(久正人)
 運命の走水決戦もついに決着――海水と一体化して巨体で迫る、フトタマことアマツ・シュリクメに取り込まれたワカタケを救うため、メタルボディに魂を宿す時のロジックで、自らの魂とワカタケのそれを入れ替えるという荒技を見せたオトタチバナ。オトタチバナの肉体に宿ったワカタケが見守る中、彼女の最後の戦いが始まります。
 その絵柄が本当にシュールなのはさておき、水と一体化して不定形となった相手(さらに言えば、明確には描かれていないものの、自らの存在を幾つにも分けることができる相手)の動きを封じるために、この手があったか! というか、この人しか使えないなこの手段――というところからの、説得力十分のフィニッシュは、決戦に相応しいものであったかと思います。

 その後のオチもホッとさせられる(かなあ……)ものですが、その一方で今回はツッコミなのかボケなのか、妙な立ち位置だったのがタケゥチ。「ええと?」連発は仕方ないにせよ、「忘れていました」は流石にいかがなものか。いや確かに、あまりにも描かれないのでこちらももう解決したのかと思っていましたが……
 そんなこんなで、次回、重要な真実が明かされそうです。


 次号は、3号連続掲載の特別読み切り(読み切りとは?)『口八丁堀』(鈴木あつむ)が掲載。シリーズ連載の『~江戸に遺る怪異譚~古怪蒐むる人』(柴田真秋)も掲載とのことで、楽しみです。


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2024.06.17

「コミック乱ツインズ」2024年7月号(その一)

 早くも今年も(号数の上では)もう後半戦、「コミック乱ツインズ」7月号は、表紙&巻頭カラーが連載再開の『そば屋幻庵』。レギュラー陣もほぼ勢揃いであります。今回も、印象に残った作品を一つずつ取り上げます。

『そば屋幻庵』(かどたひろし&梶研吾)
 というわけでVIP待遇でお帰りなさいの幻庵ですが、お話の方は普段着の内容なのが、これはこれで実にらしいところでしょう。

 網五郎の語る名物・出雲そばに興味津々の玄太郎。当然の如く幻庵でも早速チャレンジしますが、意外にもちょっと物足りない味と、磯吉に言われてしまうのでした。
 おりょうの方が上手いと言われ、常磐家に押しかける玄太郎。おりょうはおりょうで、この機会を利用して、常磐家から逃げ出そうとするのですが……

 というわけで、常磐家の人々にフォーカスされた印象もある今回ですが、その中でもやっぱり台風の目はおりょう。本作の女性陣の中でも、バイタリティでは一番の彼女らしく、今回も周囲を引っ掻き回しますが、しかしお人好しなのもいつも通りであります。
 おりょうにかかれば玄太郎もウザいオヤジ扱いなのが愉快ですが、物語は収まるべきところに収まって、微笑ましい結末を迎えます。実に安心できる「いつもの味」というべきでしょう。


『鬼役』(橋本孤蔵&坂岡真)
 気が付けば連載陣で唯一の剣士(というか真っ当なお侍)が主人公の本作は、今回から新章「商館長の従者」に突入。タイトルから察せられるように、物語の背景となるのは、長崎出島のオランダ商館長(カピタン)――その江戸参府から、矢背蔵人介の新たな戦いが始まります。

 ことの起こりは、カピタンの将軍拝礼の後の「蘭人御覧」――要は幕府の人々がカピタンらオランダ人を見物するというイベントですが、そこでカピタンが自分が連れてきた武芸自慢の男を披露(「〝鉄の棒〟が如き異人じゃ!!」という将軍家慶の表現がおかしい)。二本の棒を自在に操るこの男は、攘夷大好きの水戸藩が送り込んだ藩士を一蹴するのですが――ここで橘右近が、次なる対戦相手として、蔵人介をいきなり推薦するのでした。
 相変わらず碌なことをしない橘ですが、異国の武術者との決闘は、ある意味剣豪ものの華。もちろん主人公の貫目をきっちり見せる蔵人介ですが――もちろんこれが発端となって、またもや蔵人介は新たな役目を背負い込むことになります。本当に何でもやらされる鬼役……(というか何でもやらせる橘)


『前巷説百物語』(日高建男&京極夏彦)
 原作完結編の発売も目前ですが、こちらは又市最初の仕掛け「寝肥」の完結編。お葉の殺しは、睦美屋で起きた寝肥の怪事に紛れて有耶無耶になりましたが――今回はその真相だけでなく、損料屋・ゑんま屋のお甲の口から、さらに意外なもう一つの真実が語られることになります。

 夫の音吉を殺し、さらに自分を殺そうとした睦美屋の女将・おもとをはずみで殺してしまった――そんな境遇に陥ったお葉を救うためにゑんま屋が仕組んだ寝肥の怪事。その真相は、角助・仲蔵をはじめとする面々によなはる仕掛けで――というのは、話の流れ的に明らかでしたが、今回はそれを又市の目から描く点がユニークです。
 もっともそれは原作の時点で同様なのですが、読み比べてみるとこの漫画版においては、そのディテールを独自の描写(又市をはじめとする一味のやり取りなど)で補完しているのが面白いところでしょう。そして何よりも印象的なのは、又市が音吉の顔を見ようとして、結局果たせない――そしてその後も音吉の顔は作中ではぼかして描かれる点であります。この辺りは、漫画だからこその表現というべきでしょうか。

 その描写の補完は今回の後半――お甲が語る今回の依頼の裏側、音吉・おもとそしてお葉の関係の真実を描く中でも効果的に働いています。特におもとの「人間性」の描写は、一歩間違えるとまさに不良子犬理論になりかねないところを、彼女の不安定な人間性の表れとして描いていたのが印象に残るところです。
 そして結末では、その本作ならではの描写でもって又市の青臭さを描いた上で、又市の仕掛け稼業の始まりがきっちり決まっており、ここから始まる『前巷説百物語』のこの先も期待できそうです。


 残りの作品は次回に紹介します。


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2024.06.05

平松伸二『大江戸ブラック・エンジェルズ』第5巻 ついに登場! 二人の黒い天使

 まだまだ戦いの種は尽きない江戸の黒い天使たちですが、この巻では、いつかは登場するだろうと思われたあの二人がついに登場します。その美貌で知られる辰巳芸者・麗羅と、彼女の忠僕・水鵬――幕府に恨みを持つ二人の運命が、雪士そして松田と交錯します。

 天の裁きは待ってはおれぬ、はらせぬ恨みを四(死)両で晴らすという深川のお晴らし地蔵。鷹屋の紹介で評判の辰巳芸者の麗羅と知り合った雪士は、ある事件がきっかけで、お晴らし地蔵の正体が、麗羅と彼女に仕える水鵬であることを知るのでした。
 しかも彼女にはさらなる秘密がありました。かつて次々と藩主一族が暗殺され、お取り潰しとなった越前海原藩。実は零羅は藩の姫君であり、水鵬は幼馴染の水城鵬一郎であったのです。そして二人の仇は、鷹屋の仇でもある将軍御側御用人・鬼橋芥舟でした。

 一方、百畳の紙に絵を描くための筆を求めて品川にやってきた松田は、沖に迷い込んできた鯨のヒゲで筆を作るために鯨と対決。水鵬の助けで見事鯨を仕留めるのでした。
 その筆で富岡八幡宮で百畳の紙に挑む松田ですが、それを風紀紊乱と見て取り締まろうとする鬼橋は、配下の公儀隠密・叢雲主膳に妨害を命令。そしてその叢雲こそは、かつて海原藩お取り潰しに動いた隠密で……


 本作の原典(?)ともいうべき『ブラック・エンジェルズ』で、雪藤・松田と並び、ブラック・エンジェルズの主力として活躍したナイフ使いの麗羅と、水使いの水鵬。リアルタイムの読者としては、特にその壮絶すぎる最期もあいまって、水鵬には特に思い入れがあります。
 松田を挟んで微妙な関係にあったこの二人は、続編(といっていいのかなあ……)の『ザ・松田 ブラックエンジェルズ』にも登場しており、いずれこちらにも登場することは間違いないと思っていましたが――ここに満を持しての登場であります。

 しかも麗羅は相変わらず(?)四の付く数字で悪人退治を請負い、水鵬はその麗羅に秘めた想いを寄せ――と、『ブラック・エンジェルズ』を踏まえた設定なのも心憎いところです(さすがに水鵬は水は操れないようですが、「水流×××」という名の技を見せてくれるのも嬉しい)。


 さてこの二人、物語の縦糸であろう御用人・鬼橋芥舟の陰謀に立ち向かうという点で、鷹屋たちとも同志というべき存在。当然ながら、物語の方は、鬼橋との戦いが前面に出てくるのですが、その流れに、当人は全く意識せず飛び込んでくるのが松田であります。
 今回は(今のところ)悪人退治には噛まず、本人はでっかいことをしたいだけで鯨獲りや百畳の絵に挑戦するわけですが、当然ながらそれが滅茶苦茶目立ちます。それが結果としては鬼橋に目の敵にされて、麗羅たちと同じ敵に襲われるわけですが――物語の流れに関係なかった松田がいきなり中心に飛び込んでくるのは、違和感をかんじないでもありません。

 確かにそれはそれで実に松田らしいのですが、『ブラック・エンジェルズ』より後の作品で、松田のウェイトが大きくなりすぎて、他を完全に食ってしまったのを思い出すと、ちょっと複雑な気分になります。


 そしてもう一点、全く関係ないところでうるさいことを言うと、敵方のキャラクターの髪型が奇抜すぎて、物語よりもそちらの方が気になってしまったりするのも、ちょっと困りました。
 特に(これはまだ現時点では敵か味方かわかりませんが)今回初登場の将軍・徳川家福の髪型は、これはさすがに……


 などとあれこれ書きましたが、やはりこのメンバーが異能の暗殺者たちと激突するのは、大いに盛り上がります。いよいよ敵の存在を知ることになった松田、そして今回は出番は控えめだった雪士が、敵といかなる戦いを見せるのか、楽しみにしたいと思います。

(ちなみに細かいところですが、浅草の貧民窟の住人が、麗羅たちの仕事の後始末をしているという設定は、この手の作品としてかなりユニークだと思います)


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2024.05.30

冬野ケイ『神様の用心棒』第3巻 その先を描いた漫画版、ここに完結

 順調に原作小説が巻と版を重ねている『神様の用心棒』、漫画版の第三巻・最終巻であります。宇佐伎神社に祀られたツクヨミと、その神使――用心棒の兎月が、函館の人々を守るために繰り広げる活躍も、ひとまず見納めであります。

 箱館戦争で命を落としてから十年後、ツクヨミによって神使として甦った青年・海藤一条之介改め兎月。思わぬ状況に戸惑いながらも、函館で菓子屋を営む未亡人・お葉や店で働くおみつ、ドルイドの血を引く英国人商人・パーシバルといった人々と触れ合いながら、兎月は今を生きる人々のために、奔走することになります。

 そんな設定で展開する第三巻では――
 兎月が招かれたパーシバル邸でのクリスマスパーティーに、客の一人が古い鏡を持ち込んだことをきっかけに、残忍な猟奇殺人が連続する「フロイスの鏡」
 豊川に誘われて山中での花見に加わった兎月とツクヨミが、稲荷や天狗らと宴を楽しむ「花さかずき」
 この二編が収録されています。

 ここで原作既読の方は「おっ」と思われるかもしれませんが、これら二編は、原作ではそれぞれ別々の巻――「フロイスの鏡」は第二巻の「うさぎは玄夜に跳ねる」、「花さかずき」は第四巻の「うさぎは桜と夢を見る」に収録されているものです。
 これは第二巻の紹介でも触れましたが、実は原作第一巻「うさぎは闇を駆け抜ける」収録のエピソードは、この漫画版の第二巻までで全て収録済み。コミカライズの場合、第一巻分を描いたら完、というケースが非常に多いのですが、こうして本作がその先が描かれているのは、やはりそれだけ本作が支持されているということでしょうか。

 もう少し収録作品に触れますと、この巻の大部分を占める「フロイスの鏡」は、主な舞台がパーシバル邸、さらに函館の外国人居留者社会が背景となるという変わり種のエピソード。それだけでなく、かなり血腥い猟奇殺人が発生するという物語のでもあります。
 元々原作の時点で『神様の用心棒』という作品は、シビアな内容、重い内容も多く含まれており、それが魅力の一つでもあったのですが、このエピソードもその一つの現れであることは間違いないでしょう。

 そしてもう一つ、このエピソードにおいては、「外見」が実は大きな要素となっているのですが、それを描くのには漫画という媒体が相応しい、という判断もあるのかもしれません。
(ちなみにこのエピソード、原作と本作では、事件の中心となった人物の処遇が大きく異なるのですが――これはどちらが良いか、ちょっと悩ましいところではあります)

 また、もう一つの「花さかずき」は、分量的には短編ですが、稲荷や天狗たちとの花見という、実にビジュアル映えする内容ですので、これは漫画化にピッタリといえるでしょう。
 さらにビジュアル的な華やかさだけでなく、かつて箱館戦争で戦った(そして命を落とした)旧幕府軍の兵士という兎月の設定を踏まえた物語をここで改めて描くのは、この漫画版のラストに相応しいと感じます。


 というわけで、原作読者としても楽しい漫画版だったわけですが、冒頭に触れたように原作はまだまだ展開中。今回漫画化されなかったエピソードもいくつもあれば、魅力的なキャラクターも幾人もいます。いつかまた、この漫画版の続きにも会えたら嬉しい――そんな気持ちであります。


 ちなみに毎回カバー下のお楽しみだった、兎月の転生後予想図(?)ですが、今回ついに兎月大好きなあの人が参戦。しかしそのクオリティは――それでいいんか兎月! と笑顔でツッコんで終わるのも、またらしいかもしれません。


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