2024.02.18

「コミック乱ツインズ」2024年3月号

 「コミック乱ツインズ」2024年3月号は、ちょっと気の早い桜をバックにした若又市の『前巷説百物語』が表紙、『江戸の不倫は死の匂い』が巻頭カラーであります。今回も印象に残った作品を一つずつ取り上げます。

『前巷説百物語』(日高建男&京極夏彦)
 というわけで花を背負って表紙を飾った又市ですが、本編の方は、提灯一つの灯りのみの暗闇の中、登場人物たちの言葉のやり取りが続くという、ちょっと舞台劇的な味わいのある回。主要キャラクターたちが揃ったところで、首を吊ろうとしていたお葉の口から、そののっぴきならない理由が語られることになります。

 聞けば、彼女が慕う音吉がかみさんに殺され、さらに彼女から自分まで殺されかかったところで逆に殺してしまったという状況。そんな八方塞がりのお葉を、後の又市であれば妖怪の仕業にして救ってみせるところですが、今の又市にできるのは、狡かろうが汚かろうが惨めたらしかろうが人は生きてこそ、と『必殺必中仕事屋稼業』の最終回みたいな言葉をかけるくらいしかできません。
 そんな中、この損を三十両で買うと角助が言い出して――いよいよ次回、仕掛けが始まります。


『ビジャの女王』(森秀樹)
 まだまだまだ続くモンゴル軍の総攻撃、三本の攻城塔の一本は倒し、モンゴル軍の突撃戦法を何とか防いではいるものの、やはりビジャ側がジリ貧であることは否めません。そしてついに攻城塔が城壁に取り付き、こういう時に役に立ちそうな火矢の攻撃もしっかりと対策が取られているという危機的な状況で、モズが取った策とは……

 なるほど、確かにちょっと勿体ないですが、こういう風にすればいいのか! と勉強になる(いや、利用する機会はないですが)展開。何とか一矢報いたものの、しかしまだ逆転にはほど遠い状況で、頼みの綱はモンゴル軍の中のインド墨者の働き以外にないと思われますが……


『真剣にシす』(盛田賢司&河端ジュン一・西岡拓哉/グループSNE)
 大坂城で大塩平八郎を相手に繰り広げられるカードゲーム「蔵騒動」もいよいよ佳境。大塩が金と米、銃の札を集めてゲームの勝利と実利を求める一方で、夜市は何故か酒の札を集めるのに拘って――という展開からは明らかに大塩有利に見えますが、夜市の場合はここからが怖いのはいうまでもありません。

 大塩のスカウトも煙に巻き、飄々とプレイを続ける夜市の真意と勝算は――と、白熱の勝負が繰り広げられるのですが、ちょっとルールがややこしくて点数の計算が頭の中で追いつかないのが辛い。ゲーム自体はよくできているのですが、プレイの内容自体は札のやり取りなので、地味に見えてしまうのも勿体ないところです。

 そしてゲームの方は思わぬ展開を迎えたところで、次回最終回――ってここで!? ちょっとどころではなく残念ですが、どのように締めくくるのか見届けたいと思います。


『カムヤライド』(久正人)
 ヤマトタケルの東征に対して、いよいよ激化する蝦夷&国津神連合軍の攻撃。もっともこちらはモンコ・ヤマトタケル・オトタチバナ・タケゥチとたった四人とはいえ、国津神特効持ちが二人に、無敵のタンク役、さらに速度と技術に全振りした攪乱役もいるという構成で、隙はありません。
 コール付きの新フォームを二つも披露と、神薙剣も絶好調ですが――しかしここで(国津)神絶対殺すマンである彼の、意外な弱点が判明することとなります。

 一歩間違えれば文字通り命取りになるこの弱点ですが、それを知りながら何故モンコが放置しているか――その理由が、彼の揺るがないヒーロー精神、いやそれ以上にヤマトタケルへの友情と信頼を示すようで、大いにグッときます。

 が、グッと来るのはそれだけではありません。オオウスを奪われて以来、殺伐とした気配を隠さず、その苛立ちを蝦夷たちにぶつけようとしたオトタチバナ。その彼女にモンコが差し出したのは……
 モンコのキャラクターのある側面が大きな意味を持つこの展開には、そう来たか! と大いに納得&テンションが上がりました。

 飄々としつつも、さらりと人を守り救うことへの固く熱い信念を見せるモンコを見ていると、本作がヒーロー漫画である所以は、単にカムヤライドという変身ヒーローが登場するからだけでないと、改めて感じるのです。


 次号は『ビジャの女王』が表紙、 巻頭カラーは『そぞろ源内』とのことです。


「コミック乱ツインズ」2024年3月号(リイド社) Amazon

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2024.02.04

松井優征『逃げ上手の若君』第14巻 時行、新たな戦いの構図へ

 時行たちの大敗北という結果で「中先代の乱」は終わり、そしてプレ南北朝の動乱というべき争いが始まった本作。新章というべき展開の中で、時行も再び動き出します。伊豆に潜伏していた時行の前に単身現れたのは新たなる変態、いや英傑。彼の導きで時行が向かう戦場とは……

 尊氏の神懸かった力の前に惨敗した末、諏訪頼重父子をはじめとする人々の貴い犠牲の末に、鎌倉から落ち延びることとなった時行と逃者党の面々。最高の忠臣であり、父親というべき存在でもあった頼重を失う痛みに耐えながらも、時行は、仲間たちと伊豆に潜むことになります。
 一方、時行の蜂起をきっかけに後醍醐帝に反旗を翻した尊氏は、時に敗北を喫しながらもまたも神懸かった力で大逆転。逃げるという点では時行以上であったはずの楠木正成も戦場に散り、もはや尊氏を阻む者はないように見えますが……

 という中、温泉に入ったり海の幸に舌鼓を打ったり、新技を開発したりUNKを収集したり仮面の下は実はイケメンだったのがわかったり――と、伊豆で色々やっていた時行たちも、ついにこの戦いの中に加わることになります。

 後醍醐帝に自己アピール文を送った時行の前に、供を一人連れただけで現れた人物。その正体は――北畠顕家!
 貴顕の身でありながら卓越した武を誇る傑物、後醍醐帝の下では義良親王を奉じて奥羽に下り、そして尊氏造反後は鎮守府将軍として一度は尊氏を九州にまで追いやった超人的人物を、本作はどう描いたか?

 ――花を背負ったキメキメの超美形にして、超上から目線で言葉責め大好きの変態でした。


 というわけで、主人公が大敗北からの雌伏を経ての奮起という、超盛り上がる展開を前に、一人で全てをかっさらった感のある顕家。前巻で文字通り顔見せがあった際には、そのあまりに「らしい」ビジュアルに感心しましたが、本作が歴史上の有名人でも(いやだからこそ)大変なアレンジをしてくるのを忘れていました……

 しかし本作の極端なアレンジは、キャラ立てのためというのはもちろんですが、当時の時代背景を描くためのものでもあります。ここでの顕家の超高飛車ウエメセキャラは、当時の公家と武士の関係性の一端を示すものであり――そして基本的に武士vs武士という武士の主導権争いであったこれまでの戦いから、物語の中心が公家・武士vs武士という国の在り方を巡るものに移っていくことを示してもいるのでしょう。
(しかしこの時代も相変わらずバーサーカー扱いの東国武士……)

 そしてその戦いの新たな構図の中に、時行も置かれることになります。時行はこれまで頼重の指揮監督下とはいえ、武士の一方の頂点に立つ者として活躍してきました。
 しかしその彼が公家の配下の一武士として、まさに「さぶらふ」立場として動かされることには、正直なところ違和感を感じるところではあります。

 とはいえ、それでもなお、時行には戦う理由があり、戦う意思があるということなのでしょう。そして何より、彼の前には倒すべき敵が待ち受けます。
 かつて中先代の乱において時行たちの前に立ち塞がり、その多くが命を落とした関東庇番衆の一人・斯波孫二郎改め家長。その後、直義の跡を継ぐ形で奥州総大将兼関東執事となった彼が、同じく今は副執事となった上杉憲顕と共に、鎌倉防衛のために顕家をそして時行を阻むことになります。

 かつての戦いでもその才を活かして時行を苦しめましたが、敗北からさらに成長して今では顕家を翻弄するほどになった家長。緒戦の利根川での戦いでは、生存を伏せていた時行の登場もあって勝利することができたものの、彼の本領発揮はこれからでしょう。

 しかしもちろん顕家の、そしてパワーアップした時行たちの本領発揮もこれからであります。特に今回はまだ顔見せ段階の顕家麾下の将たちの変態――いや活躍ぶりも楽しみなところ、再起した時行の戦いは、いきなりクライマックスに突入したという印象で次巻に続きます。


 それにしても顕家麾下の変態といえば、誰もが驚く結城宗広でしょう。以前登場していた保科配下のモブ顔殺人鬼がまさかの伏線だったというのがまず驚きですが、原作(?)再現しただけなのにインパクトありすぎるこの設定に、もはやこの先、彼から目が離せないのであります。

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2024.01.18

「コミック乱ツインズ」2024年2月号(その二)

 今年最初の「コミック乱ツインズ」2月号の紹介の続きです。

『風雲ピヨもっこす』(森本サンゴ)
 シリーズ連載の本作ですが、ここ数回、やたらと印象に残るのが、ピヨ一家(?)の母・ピヨでっぷりの存在。ピヨもっこすの様子を見に行った家族が戻ってこないのに業を煮やして自分もやってきたピヨでっぷりですが、今回はその彼女とピヨもっこすの京見物――といっても当然ながら平和に終わるはずがありません。
 押し込み、拐かしと物騒極まりない京ですが、そんな悪党たちよりも一目でより物騒とわかるピヨでっぷりの暴れっぷりが実に素晴らしい。特に三人の押し込みを相手にしてのアクションは、わずか一ページ、いや実質三コマの中で激しい動きを感じさせるもので、漫画表現というもののセンスを感じさせてくれます。

 しかし確かにピヨ一家のサイズ感は謎――女性の方が体が大きくなる種族なのかしら。


『江戸の不倫は死の香り』(山口譲司)
 不義密通が毎回悲惨な結末を招く様を描くエロ残酷物語というべき本作――今回冒頭で描かれるのは、古道具屋を訪れて刀を探す冴えない中年の男。店の主人が出してきた刀を手にした男は、その刀を抜くと――という、見るからに不穏な場面から始まります。
 そして時を遡って描かれるのは、この男、水油商・越後屋の主人・大介の物語。十三歳年が離れた女郎・お兼を妻に迎えた大介ですが、真面目で気が弱く、男っぷりも悪い大介にお兼が満足するはずもなく――と、見ているだけでお腹が痛くなる展開であります。

 そしてその果てに冒頭に繋がるわけですが――基本的に不義密通の果てに人殺しをして獄門、というパターンが多い本作。たまには違うパターンを見たいと思っていましたが、こういうのじゃない、こういうのじゃないんだ……! と心をかきむしられるような結末であります。


『真剣にシす』(盛田賢司&河端ジュン一・西岡拓哉/グループSNE)
 大坂城での大塩平八郎との勝負もいよいよスタート、カードゲーム「蔵騒動」での対決が始まります。
 金・銀・陶磁器・米・銃・酒の六種類の品札を手札・場札にして行われるこのゲーム、要はそれぞれ点数が設定された品札をできるだけ集めて、より高い点数を集めれば勝ち――ではありますが、この場合非常に面白いのは、ゲームで取った品札と同じものをもらうことができる、という点でしょう。
(ちなみに今回の勝負、ちょっと手札と場札の区別が付きにくいところを除けば比較的状況もわかりやすく、ルールの複雑さもちょうど良いくらいで、これまでのゲームの中でも出色かと感じます)

 相手のプレイヤーが大塩平八郎とくればなんとなく想像できますが、彼が狙うのは金と米と銃――ゲームに勝つだけでなく実際に蜂起のための物資までもらえるのですから、彼にとっては一挙両得でしょう。というか、ルール紹介の時点からそんな気がしていましたが、これはどう考えても主催者が大塩を煽っているのでは……
 審判のビジュアル的に京の香りがしますし、天下博徒御前試合を利用して倒幕とか企んでない? といささか心配になってきました。

 それはさておき、ゲームは大塩優勢、それどころか大塩にスカウトされてしまった夜市ですが、今回わざわざ酒の札を集めているのは、前回の描写合わせて考えれば、もちろん伏線なのでしょう。さて、それが次回炸裂するのか?


『殺っちゃえ!! 宇喜多さん』(重野なおき)
 案外楽勝かと思えば激戦が続く三村元親戦、父子ともどもに苦しめられる形になった直家ですが、謀略家の常か、正面からの力押しに弱いということでしょうか。
 もっとも、彼は一人で戦っているわけではありません。昔から彼を支えてきた異母弟・忠家――普段は兄の言動のツッコミ役、というより不用意なことを口にして粛正されかけ役というべき彼が、ついに本領を発揮するようですが……

 直家と対照的な存在として描かれてきた三村元親もこれから前面に出てくるものと思われますし、まだ一山二山はありそうです。


 次号は表紙が『前巷説百物語』、巻頭カラーが『江戸の不倫は死の香り』とのことです。
(しかし今号、いわゆる剣豪が主人公の作品が『鬼役』のみというのが、ある意味本誌らしくてなかなか印象的ではあります)


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2024.01.17

「コミック乱ツインズ」2024年2月号(その一)

 先日1月号が出たと思ったらもう2月号――と、正月が終わったことをしみじみと感じる、今年最初の「コミック乱ツインズ」2月号であります。表紙は『そぞろ源内大江戸さぐり控え帳』、巻頭カラーは『玉転師』、そして新連載は『前巷説百物語』であります。今回も印象に残った作品を一つずつ取り上げます。

『玉転師』(有賀照人&富沢義彦)
 というわけで久々登場の『玉転師』、今回の舞台は江戸を離れて安房白浜――現代でも名物として知られるあわびを巡るお話であります。
 仕事で安房白浜にやってきたものの、あわびを食べたくて仕方がない十郎。しかしあわびは売り切れで落ち込んでいたところに、通りすがりの海女の娘・潮にあわび取りを頼むも――と、結構ツンデレな潮との出会いから、玉転師たちが動くことになります。

 玉転がしが女性を売り飛ばして金を得る稼業なら、玉転師は女性を磨き上げて本人も買い主も(もちろん自分たちも)満たされる稼業。それだけにその売り方・買い方も一通りではありません。今回の結末は特にそれを感じさせますが、美人になりました、好きな人と一緒になりましたというだけでない、自己実現の姿を描いているのに納得いたしました。
 心なしかこれまでよりも力が入って見える描線も印象的で、久々の登場に相応しい回であったかと思います。

 しかしあわび料理――絶対やるとは思いました。


『前巷説百物語』(日高建男&京極夏彦)
 新連載の本作は、久々登場の『巷説百物語』シリーズ――第四作の漫画化であります。原作は京極夏彦、そして作画を担当するのは言うまでもなく日高建男――これまでシリーズを『後巷説百物語』(の前半)まで漫画化してきた、この人しかいないという組み合わせであります。

 日高版の又市は、御行姿も決まったクールなイケメンという印象で実に良かったのですが、『前』では御行になる前の「双六売り」の又市。はたしてどんな姿かと思えば、これが実に威勢だけはいい口先だけの若造感溢れるキャラクター。又市も昔はこんな感じだったのかと感慨深くなります。
 そして顔といえば次々と登場するキャラクターたちも印象に残ります。日高版では初登場の長耳の仲蔵(アニメ版の印象が強いですがこれはこれで)、角助、そして林蔵――って林蔵、『巷説百物語』で登場した時と全然顔が違う! 一体何があったんだ林蔵(この後あるんですよ)というのはともかく、それぞれ「らしい」ビジュアルで楽しませてくれます。
(ちなみに顔といえば、おちかさんのビジュアルがまた絶品なのですが――この先のことを考えるとちょっと……)

 物語は顔見せ&導入編ですが、四度も身請けされた女という魅力的な謎を語っておいてのこの引きは、この先がやはり楽しみであります。


『ビジャの女王』(森秀樹)
 まだまだ続くビジャへのモンゴル軍の総攻撃――三本の攻城塔の一つは倒したものの、残る二本はまだまだ健在。そして対攻城塔の切り札と思われた弩砲は、門から出てきたらすかさず突入するという、結構プリミティブなモンゴル軍の戦法に封じられた形で――と、双方膠着状態であります。

 もちろんインド墨者がこの事態を予想していないとは思えず、残る四人の墨者が陰で動いているはずなのですが――それはまだまだ見えません。そんな状況で印象に残るのは、だいぶ復活した様子のブブとジファルの会話であります。
 先に描かれた過去編を踏まえて、ブブ・ジファル・ラジンの奇縁を語るジファルですが――何を想うかブブが黙して語らぬのに対して、色々と複雑な内面を見せ、そして何よりもブブに対する言葉使いが丁寧なものに変わっていく彼の姿は、注目に値します。

 そして奇縁のもう一人、ラジンも一歩も退かぬ構えですが……


 次回に続きます。


「コミック乱ツインズ」2024年2月号(リイド社) Amazon


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2024.01.13

美谷尤『鉄腕ザビエル』第1巻

 おそらくは日本で最も知られている宣教師フランシスコ・ザビエル。戦国時代の日本にキリスト教を伝えたこのザビエルが、超人的な肉体を持った男だった、という設定で繰り広げられるギャグ(?)漫画であります。日本人青年アンジロウが見た、ザビエルの真実とは……

 戦国時代の堺で配下を連れて練り歩くうつけ者・信長。火縄銃に目を留めて買い入れた信長に対し、そこに居合わせた一人の南蛮人は、「剣を持つ取る者は皆剣で滅びる」と説くのでした。
 生意気な、とその南蛮人に対して信長が十丁もの火縄銃を向けた次の瞬間――南蛮人がその拳で大地を打てば、砕かれた土塊が信長や兵たちを吹き飛ばしたではありませんか!
 そう、その南蛮人こそはフランシスコ・ザビエル――厳しい修行を積んだイエズス会の猛者たちの中でも、その膂力を以て知られた豪の者であります。

 そして彼の通訳を務めるアンジロウがザビエルに出会ったのは、遡ること四年前、マラッカの教会での結婚式。そこでザビエルが見せたのは、壊れた椅子を空気椅子でしのぎ、花嫁を奪いにやってきた幼馴染を遠くに放擲し、サイズ違いの指輪を握力で縮め、そして天高く飛び上がると落雷を受け止め――明らかに常人ではない行動でありました。

 そんなザビエルを怪しみ、監視のために彼と行動を共にするうち、布教のためにザビエルと薩摩に上陸したアンジロウ。そこでは島津家を二つに割った合戦の真っ只中――その最中で、図らずも貴久の勝利に貢献してしまったザビエルは、貴久に歓待されるのですが……


 キリスト教を日本に伝えたという業績もさることながら、教科書に載っているあの(誰もが落書きしたくなる)肖像画のインパクトで、多くの人の記憶に残るザビエル。
 本作は、そのザビエルが異能の持ち主だった――というより、力こそパワーの人だったという、ある意味設定の時点で勝利している作品であります。
(ちなみに本作のザビエルは頭頂部を剃ったトンスラにしていませんが、件の肖像画自体後世のもので、正確性については疑問符がついている、ということで)

 元々、本作にもちょこちょこ顔を出す創始者イグナチオ・デ・ロヨラの前半生が軍人だったこともあり、イエズス会は体育会系のノリが強い組織。その特徴である「霊操」が、「体操」で身体を鍛える如く、霊魂を鍛えるべし、という概念であることからも推して測るべきでしょう。
 そしてキリスト教が伝わっていない≒西欧人が足をあまり踏み入れていない地は、何かと危険が大きいことは言うまでもありません。そこで本作のロヨラのように、「宣教師こそが最強でなければならない」という主張が生まれるのも、まあ理解できます。

 が、本作のザビエルはある意味その言葉を忠実に実現してしまった男――地を割り、空を駈け、海(上)を走る、先に述べたように超人的な肉体の持ち主なのであります。そんな彼が、戦国時代の日本という修羅の国に解き放たれたのですから、これはただですむはずがないでしょう
 それも(これは史実通りですが)よりによってあの島津の領地に……


 というわけで、バイオレンスでナンセンスなザビエルの空気を読まない活躍ぶりに、アンジロウ同様ただただ驚かされる本作ですが――正直なところ、まだノリが中途半端という印象があるのも事実ではあります。

 (これは個人の趣味の問題かもしれませんが)現実世界に超人を放り込むのであれば、それはあくまでも限られた存在であってほしいものですし、そしてその超人性にも、一定の理屈はほしいと感じます。
 その意味では、島津貴久がザビエル並みの膂力を誇るのはともかく、(馬というブースターありとはいえ)ザビエルと互角に空中戦を演じるのはどうかなあと思いますし――海上走りの時に付された、無茶苦茶ながら現実に即したロジックをもっと見せてほしいと感じるのです。

 ザビエルの日本で最初に洗礼を行ったベルナルドがさりげなく(?)登場したりと、史実を踏まえてニヤリとさせられる部分は嬉しいのですが、現実は現実として描いたほうが、より本作のザビエルの暴れっぷりが楽しめるのではないか――そう感じたところです。


『鉄腕ザビエル』第1巻(美谷尤 講談社コミックDAYSコミックス) Amazon

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2024.01.11

宮本福助『三島屋変調百物語』第2巻

 宮本福助による、宮部みゆきの『おそろし 三島屋変調百物語事始』の漫画化、第二巻であります。おちかが聞き手となって始まった奇妙な百物語のうち、この巻では「凶宅」の中盤以降と「邪恋」全編を収録。そこでおちかは聞くだけでなく、ついに自ら語ることに……

 ある事件をきっかけに、実家を離れて叔父の伊兵衛が営む江戸の袋物屋・三島屋に身を寄せるおちか。ある日、伊兵衛の代わりに来客の応対をすることになったおちかは、そこで曼珠沙華を異様に恐れる客の過去に秘められた物語の聞き役となります。
 その出来事をきっかけに、不思議な話を知っている人間を集めて、おちかに相手から話を聞かせる場を作ると言い出した伊兵衛。戸惑いを感じながらも、その最初の客を迎えたおちかですが……

 という形で、ついに始まった三島屋変調百物語。しかしその最初の物語「凶宅」の時点で、大きな波乱を招くことになります。

 その最初の語り手であるおたかという美しい女性が語るのは、かつて自分が経験したというお化け屋敷の物語であります。
 ある日偶然足を踏み入れた屋敷で、番頭から珍しい木製の錠前の鍵をこしらえてほしいという依頼を受けたおたかの父で錠前直しの辰二郎。彼から相談を受けた錠前職人の清六親方はその錠前を預かるも、何かに取り憑かれたようになった末に、錠前を火に焼べてしまうのでした。

 その謝罪に屋敷を訪れた辰二郎は、そこで番頭から、思わぬ提案をされることになります。一年間、一家でこの屋敷に住んでくれれば百両やろう、と。周囲からは反対されながらも、百両という大金に動かされた辰二郎に引っ張られ、その屋敷に住むことになったおたかたちでしたが……

 と、明らかに危険で異常な状況に、おちか同様、読んでいるこちらも身構えてしまう物語ですが、おたかの語りは思わぬ結末を迎えることになります。しかしもちろん物語はそこで終わりではありません。おちかに対しておたかが告げる言葉をきっかけに、物語は思わぬ方向に向かっていくのですから。

 この先については詳細は伏せますが、ここで語られるのは、幽霊屋敷もの怪談でも有数の恐ろしさを持つ、時代劇版シャイニングともいうべき物語――あまりにも恐ろしく忌まわしい物語であります。
 そして原作の時点で猛烈に怖いこの「凶宅」ですが、本作は内容を原作に忠実に描きつつ、しかしそれ以上の恐ろしさを加えてみせます。それを生み出したのは人の表情――第一話の「曼珠沙華」でも唸らされたその描写が、本作においても存分に活かされているのであります。

 特に原作では特に怖いと思わなかったある部分が、そこで表情を描かれると爆発的に恐ろしいものとなる――ほとんど不意打ち状態のそのシーンには、思わず涙目になってしまったほどであります。


 そしてこの表情の妙は、続く第三話「邪恋」において、さらに効果を発揮することになります。おちかが聞き手ではなく語り手として登場するこのエピソードは、冒頭からほのめかされてきた彼女の過去に起きた事件――彼女の心に消せない傷を残した事件を描くことになります。

 川崎宿の旅籠・丸千の娘として生まれ育ったおちか。彼女の周囲には兄の喜一と、幼い頃から共に育ってきた松太郎がいました。
 ある寒い冬の晩、街道沿いの斜面に引っかかっていたところを助けられた松太郎。己の過去の事をほとんど全く語らないものの、丸千で家族同様に遇されてきた彼に、おちかは恋心を抱いていたのですが――しかし同じ宿の旅籠の息子・良助との縁談が持ち上がった時に、彼女は家族の真意を知ることになるのです。

 特に超自然的な出来事が起きるわけでもないこの「邪恋」ですが、しかしそこでは時にそれよりも遙かに恐ろしい人の情――それも悪意などではなく、時に善意とすら見えるものの存在が描かれることになります。
 この辺り、原作者が得意とするところではありますが――本作はそれが静かに積み重ねられた末に、ついに不幸な形で爆発する様には震えが来るばかりであります。

 しかしそこにあるのは恐怖だけではありません。同時に強くこちらの心に突き刺さるのは、どうしようもない哀しみ――ふとしたすれ違いから取り返しのつかない状況に追い込まれていく人間という存在への哀しみであります。
 特にここでのもう一人の主人公というべき、松太郎が終盤で見せる表情たるや……


 というわけで、とにかく今回も圧倒されるばかりだったこの漫画版。原作は残すところあと二話ですが、そのクライマックスを如何に描くのか――いよいよ期待は高まるばかりなのです。

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2023.12.29

三萩せんや『大正陰陽師 屍鬼の少年と百年の復讐』

 最近はライトノベル・ライト文芸で大人気の大正時代ですが、本作はその大正の東京に、陰陽師が活躍するユニークな作品。表向き世間から姿を消した陰陽師を養成する学び舎設立のため東京に向かった陰陽師の青年が、金色の髪を持つ少年姿の鬼と出会ったことから、思わぬ事件に巻き込まれます。

 明治に入り陰陽寮が廃止され、表向きは姿を消した陰陽師。しかし文字通りこの世の裏側に潜んでいた彼らは、その命脈を保つため、帝都に陰陽師養成の学び舎を立てようとしていたのであります。
 その先触れとして選ばれたのは、奔放な言動によって土御門一門の異端児と見なされていた青年・安倍晴雪。一門を束ねる叔父には頭の上がらぬ彼は、嫌々ながら東京に向かうことになります。

 とある華族の屋敷の離れに居を定めた晴雪は、早速学び舎設置に相応しい場所を探して東京を巡るのですが――そこで見たのは、維新の動乱の影響か、結界がほころびかけ、妖が闇に潜む帝都の姿でした。
 さらに、街で「金色夜叉」なる妖の噂を聞きつけ、目撃場所に向かった晴雪は、そこで金色の髪を持つ少年姿の鬼と遭遇することになります。

 強力な鬼を辛うじて制した晴雪ですが、菊丸と名乗るその鬼は、意外な申し出をしてきます。かつては人間だったものが、百年以上前に謎の陰陽師たち「道摩の血脈」の術によって、鬼に変えられたという菊丸。これまで道摩の血脈を一人ずつ屠ってきた彼は、
晴雪の式神となる代わりに、行方をくらました最後の一人探しに協力してほしいというのであります。

 帝都の結界の異変が、道摩の血脈の仕業と見て、菊丸と協力することにした晴雪。しかし人間の常識を知らない菊丸に手を焼くことに……


 今なおフィクションの世界では根強い人気を持ち、次々と作品が発表されている陰陽師もの。しかしその舞台のほとんどは平安時代であり、明治以降の近代を舞台とする作品は、非常に少ない状況にあります。
 それもそのはず、上で触れたように陰陽寮は明治の初期に廃止、そして陰陽道は迷信として禁止されたため、それ以来「陰陽師」は公的には存在しないことになったのですから。

 しかし、だとすればそれまで存在した陰陽師たちはどこに消えたのか? というのはある意味当然の疑問でしょう。それに対して、陰陽師たちはこの世の裏側の世界――一種の異界に身を潜め、密かにこの世を守護していた、という答えを用意してみせたのが、本作のまずユニークな点であります。

 その一方で、本作は大正の陰陽師だけでなく、もう一人の主人公として、江戸時代から生き続ける鬼――それも生まれついての(?)鬼ではなく、術によって人間から変えられた鬼を設定しているのが目を惹きます。
 人間と人間以外のコンビというのは、バディものでは定番の一つ、陰陽師が「鬼」を連れるのも違和感はありません。しかし陰陽師と鬼がある意味対等の関係で手を組むのが(そして鬼の側が年齢は経ているけれどもその外見同様に無邪気な存在なのが)面白いところであります。


 物語的にはこの晴雪・菊丸コンビが、謎の陰陽師・道摩の血脈に挑むのがメインとなっていき、学び舎設立が背景となってしまうのがいささか残念ではありますし、道摩の血脈についても、存分に描かれたわけではないという印象があります。
 その意味では、今後続編を期待したいところですが――しかし物語の中で陰陽師と鬼が互いを少しずつ理解していく姿はなかなか魅力的ですし、何よりもその中で浮かび上がる晴雪の屈託が、クライマックスのかなり意外などんでん返しに繋がっていくのは、大いに読ませるところであります。
(また、物語中盤の意外なビッグネームの登場にも驚かされました)


 なお、本作は現代を舞台とした同じ作者の『陰陽師学園』の前史に当たる物語とのこと。私は恥ずかしながらそちらは読んでおりませんでしたが、読んでいればさらに楽しめるのかもしれません。


『大正陰陽師 屍鬼の少年と百年の復讐』(三萩せんや マイナビ出版ファン文庫) Amazon

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2023.12.23

松原利光&青崎有吾『ガス灯野良犬探偵団』第1巻 推理対決、名探偵vs浮浪児!?

 作品が次々とアニメ化・ドラマ化と、最近波に乗っている青崎有吾原作の、ユニークなミステリ漫画であります。19世紀末のロンドンを舞台に、シャーロック・ホームズの「猟犬」となった浮浪児の少年・リューイが、ホームズを激しく憎み、張り合いながらも、難事件に挑むことになります。

 靴磨きをして暮らす浮浪児・リューイは、持ち前の観察眼から、相手の靴から様々なことを見抜く力を持つ少年。しかしその力を活かす機会もなく日々を送る彼の生活は、ある日突然大きく変わることになります。
 彼よりも遙かに腕の立つ、姉貴分的存在だったニナ――最近は割りのいい仕事を見つけ街から犯罪をなくす手伝いをしていると語っていた彼女が、何者かに刺されて命を落としたのであります。

 ニナが手にしていたボタンを唯一の手がかりに、必死に犯人を追い、ついに突き止めたリューイ。彼の復讐の刃が犯人に向けられたに見えたとき、横合いから突然現れた男が……

 というわけで、図らずもかのシャーロック・ホームズと張り合うこととなったリューイ。
 ニナを雇っていたのもホームズであると知った彼は、自分たち下層階級を「野良犬」と呼び、人間扱いしないホームズに激しい敵意を抱くのですが――ホームズのやり方を全て盗み、その上で殺すため、ホームズの猟犬として雇われることになります。


 さて、ホームズと浮浪児といえば、ファンなら当然思い浮かぶのはベイカー街不正規連隊でしょう。ホームズが自分や警察では手に入らないような情報を浮浪児たちを使って集める姿は、彼のデビュー作である『緋色の研究』で描かれていましたが、本作がそれをベースにしていることはまず間違いないでしょう。
 しかし原典で「スコットランドヤードの警官一ダースよりも有用」とある種賞賛しているのに対し、本作のホームズはそんな言葉とはまったく裏腹の人物であります。何しろ、浮浪児たちを人間扱いせずに犬と呼び――それどころか、リューイの靴磨きの客として初めて現れた時、彼が自分の靴から推理をしたのを不快に思ってか、いきなり彼の顔を蹴りつけているのですから。
(まあ、原典の時点でけっこう浮浪児たちに偉そうな態度ではあるのですが)

 もとよりホームズは奇矯で気難しい人物ではありますが、しかしこれはあまりにも――と憤るのは、既に作者の術中に嵌まっているということなのでしょう。いうまでもなく、本作でシャーロック・ホームズと名乗る人物は、あくまでも本作ならではのホームズなのですから。
(だからたぶん、後に生首探偵とともにルパンや怪物団と対決したりはしない――いやもちろん、世界観が違うわけですが)。

 というより、少なくとも本作のホームズは、明らかにアングロサクソンではない造形の人物。単純にデザイン的にそう見えるだけかと思いきや、ある人物に出身を問われて、「国籍は英国だよ」と答えているところを見れば、なにやらこの辺り、色々とありそうですが……


 と、ホームズのことばかり触れてしまいましたが、本作の主人公はあくまでもリューイであります。
 少なくとも靴についてはホームズに負けぬ観察眼を持ち、そして浮浪児ならではの知識と処世術を持つリューイ。そんな彼が、ある意味ニナの仇であるホームズを乗り越えるためにも、その猟犬として奔走する――本作はそんな物語なのですから。

 そんな構造の物語の中で面白いのは、一つの真実に対し、リューイとホームズが、それぞれの立場から推理を行い、それぞれに正しい(そしてそれぞれに足りていない)という点であります。
 決して口には出さないものの、ホームズなりにリューイを認めていると思しきところもあり、そんな二人の推理と緊張関係が、本作の一番の魅力と呼んでよいのではないでしょうか。
(しかし、二人のキャラがそれぞれ推理を行うという、それだけ手間となる趣向をやってのけるのには感心するほかありません)

 もちろんホームズ譚として見ても、作中で描かれる「タールトン殺人事件」「アルミニウムの松葉杖」と、原典中の語られざる事件をふまえたものであったりと――そして先に述べたようになにやら曰くがあるらしい「シャーロック・ホームズ」の存在も含めて――実に楽しい本作。
 まだこの第一巻の時点では、「探偵団」といいつつもリューイ一人の状態ですが、果たして、この先彼に仲間が現れるのかどうかも含めて、期待するしかない物語です。


『ガス灯野良犬探偵団』第1巻(松原利光&青崎有吾 集英社ヤングジャンプコミックス) Amazon

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2023.12.20

「コミック乱ツインズ」2024年1月号

 号数の上ではついに2024年に突入してしまって少々ショックではありますが、それはさておき「コミック乱ツインズ」1月号であります。表紙は『鬼役』、巻頭カラーは『真剣にシす』、『軍鶏侍』が最終回となります。今回も印象に残った作品を一つずつ取り上げます。

『真剣にシす』(盛田賢司&河端ジュン一・西岡拓哉/グループSNE)
 今回から新章突入となった本作、舞台は九州から大きく離れて大坂――今回夜市は、大坂東町奉行からの依頼で、代打ちをすることになります。しかし小倉小笠原家の真剣士である夜市が何故と思えば、跡部良弼→水野忠邦→小笠原長和→小笠原忠固という、水野家の兄弟と唐津藩主、小笠原宗家・分家にまつわる、実にややこしくもある意味江戸時代らしい人脈リレーで引っ張り出されたとの模様。
 しかしこの時代の大坂、しかも跡部良弼とくれば――やはり今回の勝負の相手は大塩平八郎。幕府に対して米を要求してきた大塩と夜市の勝負は、「蔵騒動」なる一種のカードゲームで行われることになります。

 金・銀・陶磁器・米・銃・酒の六種類×αの品札から五枚ずつを手札として配り、五枚を場札として「市場」に置く。そしてプレイヤーは「市場に行く」(=手札を増やす/交換する)か「民に施す」(=品札を点数と交換する)、どちらかの行動を取り、点数が高い方が勝ちというルールであります。面白いのは品札によって獲得した点数は、そのぶん大坂城の蔵の中にある現物をもらえるという点で――いや、銃とかありますよね?
 どうもこの辺り、審判側にうさんくささを感じるのですが、何はともあれゲーム開始――の前に、既に夜市が何やら仕掛けをしたように見えるのですが、さて。


『ビジャの女王』(森秀樹)
 ブブが深手を負い戦線離脱状態の中で、決戦を挑んできたモンゴル軍の攻城塔に窮地に陥るビジャ。しかし第二のインド墨者・モズの策というか面白人海戦術で、ビジャ側は大型弩砲を連射、攻城塔の一つの破壊に成功することになります。
 しかし攻城塔は残すところあと二つ、そして弩砲のために開いた城門にラジン(の馬)が突撃、さらにモンゴル兵が押し寄せて――というところでビジャ側の微妙に厭な策が炸裂。と、前回ほどのインパクトはありませんが、まだまだ戦いは続く本作であります。


『かきすて!』(艶々)
 公儀隠密として、ご公儀が必要とする品を中山道は武佐宿に運ぶことになったナツですが、しかしその途中、品を狙って謎のくのいちが襲いかかってきて――という今回。ビジュアル的には正反対(?)の艶っぽさの上に、戦闘力も互角以上の相手に苦戦するナツですが……

 と、考えてみればくのいちはナツのみ、あとの女性キャラは基本的に一般人だった本作ですが、ついに今回敵くのいちが登場したことになります。しかし本作は艶笑譚、はたしてシリアスな勝負で終わるだろうか――と思いきや、とんでもないオチが!
 いやーこれは確かにナツの方が一日の長がないこともないですが、ほとんど紙一重の差を、すんごいドヤ顔で隠して見せたナツの度胸勝ちでしょう。面白キャラの登場に、次回以降も期待が高まります。


『カムヤライド』(久正人)
 東征の途中、モンコに複雑な感情を抱く復讐者によって、大井川で兵の全てを失ったヤマト軍。そして国津神との戦いの中で、不思議な青い炎を放ったカムヤライドに、何故か神薙剣が襲いかかり――という状況から今回語られるのは、200年前の天孫降臨の際の真実であります。
 宇宙の彼方からやって来たニ=ギが地球に接近した時、地球の守護者ともいうべき「邪魔する者」サ・ルタが――と、思わぬところで記紀神話との符合が描かれることになりましたが、もちろんそれは「いま」のモンコたちが与り知らぬ話。しかしニ=ギの力を継ぐ神薙剣が拒否反応を示すということは、カムヤライドいやモンコは……

 そんな深まるばかりのモンコの謎に追い打ちをかけるように、ラストではモンコとの関係が疑われる「敵」の首魁・ノミが登場。その姿はなんと――一体これはどういうことなのか、大いに混乱させられます。ノミに仕える三老人がモンコを評する言葉も何やら不穏で、まだ一山二山ありそうな予感です。


 次号は何と新連載で京極夏彦原作の『前巷説百物語』がスタート。もちろん作画は日高建男――これは期待するしかありません(そういえば『後巷説百物語』は後半漫画化されていないように記憶していますが……)。
 また、巻頭カラーは久々登場の『玉転師』で、こちらも楽しみなところです。


「コミック乱ツインズ」2024年1月号(リイド社) Amazon

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2023.12.16

みなと菫『白き花の姫王 ヴァジュラの剣』 天平の少女と時空を超えた秘宝

 天平の頃を舞台に、幼い頃の不幸な出来事で言葉を失った姫王が、思わぬことから帝の座を狙う一派の陰謀に巻き込まれる、ファンタジー要素も強い児童文学であります。姫王が知ってしまった怪僧の企みとは、海の向こうからもたらされたという滅びの剣の正体は、そして姫王の想いの行方は……

 王の家に生まれたものの、幼い頃に父が何者かに目の前で殺された場面を目撃し、それ以来、歌を詠むこと以外、口が利けなくなった音琴姫王。母も亡くなり、後ろ盾を失った彼女は、長らく心を病んでいた皇后に采女として仕えることになります。
 しかし皇后は幻恍法師なる僧の治療で回復し、その快気祝いの席で音琴は、その才気と気取らない人柄で人気を集める帝の甥・雄冬王から突然の求婚を受け、彼の妻となるのでした。

 しかし妻になったとはいえ何事があるわけでもなく屋敷に放っておかれ、引き続き采女の仕事を続ける音琴。そんなある日、彼女は、幻恍がただならぬ雰囲気の中で、次の帝を帝の望むのとは別人にすべしと皇后に吹き込んでいるのを聞いてしまうのでした。
 しかしその事実を雄冬王に伝えたものの姫王は相手にされず、それどころか彼は彼女を置いて、遣唐使として海を渡ってしまうのでした。

 途方に暮れる音琴に、彼女の父が、かつて唐で異端の仙道を学んだ上、異国の秘宝を奪い帰ったと告げる幻恍。混乱する音琴は、幻恍の寺の様子を窺う不思議な天竺の僧・ヴァジュラと従者の少年・羽鳥と出会います。盗まれた滅びの剣を探し、異国からやって来たというヴァジュラの言葉に驚く音琴ですが……


 如何にもファンタジー的で、そして異国のムードがあるタイトルながら、物語は開始後しばらくは純和風に(?)展開していく本作。しかし中盤から物語は一気にそのスケールを広げ、そのタイトルに相応しい物語となっていきます。
 当時の日本に比較的近い関係にあった唐だけでなく、崑崙、そして天竺まで――少女の苦労譚として始まったものが、時空を超えた宝剣を巡る物語に変わっていくのには驚かされますが、それが違和感なく、一つの物語として成立しているのが、本作の巧みなところでしょう。

 そしてそんな本作を彩るキャラクター設定も印象に残ります。
 何よりも特徴的なのは、やはり主人公の音琴姫王であります。幼い頃の心の傷によって喋ることが出来なくなった一方で、類い希な歌の才を持ち、そして歌のみは美しい声で歌うことができる――ハンデを負った主人公が懸命な努力と周囲の助けで幸せを掴むというのは定番ですが、ここまで重く、それでいてある種の雅やかさを持った設定は珍しいと感じます。

 中盤の雄冬王との喧嘩のくだりも、深刻なはずが、その設定によって独特のムードとなっているのが実に面白いのですが――その雄冬王が、姫琴の前に突然現れて求婚してくる強引で言葉足らずなイケメンという、ある意味定番の王子様キャラなのも楽しい。
 読者としては彼の心中は容易に予想はつくのですが、本当にもう少し口に出して――と色々な意味でハラハラさせられます。
(終盤で明かされるある事実にはひっくり返りましたが)

 そしてもう一人、忘れてはいけないのがヴァジュラであります。本作のタイトルに名が挙がる彼は、中盤以降の登場にもかかわらず、物語の鍵を握る謎めいたキャラクター。作中では最も超然とした存在ではあるのですが――ラストで明かされるその胸中は、なかなかに印象に残るものがありました。


 個人的な拘りをいえば、天平二年から十二年の間と年代設定が明確であるに関わらず、帝周辺の人物設定は完全に史実とはパラレルなものとなっているのは気になるところではあります。

 帝のモデルは聖武天皇、彼が次の帝に望む皇女は孝謙天皇だとは思いますが事績は年代に合わず、また、幻恍のモデルは玄昉だと思われるものの、彼が治療したのは帝の室ではなく母であるなど――
 もちろん、内容的にこの辺りはパラレルで処理しないと描けないのは仕方ないところではありますが、ファンタジーの部分がなかなか面白かっただけに、もう少し史実と摺り合わせてもらえればなお嬉しかった――というのはマニアの勝手な感想ではありますが。


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