2022.06.25

正子公也&森下翠『絵巻水滸伝 第二部』田虎王慶篇3 強襲幻魔君! そして出会う運命の二人

 「晋」を僭称する田虎との戦いもいよいよ佳境。田虎王慶篇第三巻の表紙は、昔からの『絵巻水滸伝』ファンには感慨深い、あの二人――いよいよ運命の二人が出会うことになります。

 情報撹乱のために大将の所在地を隠す田虎軍に対し、許貫忠が残した絵図面によって田虎がいるのは威勝であると知った梁山泊軍。そこで相手の裏をかくべく、陽動として盧俊義が大軍で汾陽を目指す一方で、宋江は少数精鋭で威勝に奇襲をかけることになります。
 途中、要害・壺関を守る山士奇に苦戦しつつも、関勝が旧友の唐斌を説得したことで形勢逆転。本書の前半では威勝の手前の拠点である昭徳城を攻める宋江軍ですが、その前に恐るべき敵が姿を見せることになります。

 その名は幻魔君喬道清――晋の軍師にして護国霊感真人の称号を持つ道士、言い換えれば妖術使いであります。
 その力は、幻魔君の二つ名に表れている通り――生きているような黒い霧の中に李逵たちを包み込んで捕らえ、水と氷を自在に操る力は、混沌の法の封印を解いた樊瑞をも退ける。さらには巨大な金人や五色の竜をも呼び出す――と、幻を自在に操る魔人なのです。

 力自慢の梁山泊の豪傑たちが唯一苦手にしているのが、妖術幻術の類であることは、これまでの戦いで描かれてきたところではありますが、それにしても喬道清は桁が違う。ただ一人で戦況を根こそぎひっくり返す――妖術師の恐ろしさがここで存分に描かれることになります。(そしてその術の由来にも仰天!)

 しかし妖術師が相手であれば、梁山泊にはそれを上回る最強の術者がいます。その力を以てすれば、喬道清を討つことも不可能ではないかと思われたのですが――しかし彼を討ってこの戦いは終わるのか。もはや魔道を行く彼を救うことはできないのか……
 ある意味、敵を倒すよりも難しいことを成し遂げたものがなんであったか。盧俊義との激闘の末に敗れた彼の親友・唐斌ともども二人の豪傑の心が辿り着いた場所は、この血で血を洗う死闘の果ての、一つの希望と感じられます。


 さて、一つの死闘が終わった先に描かれるのは、あの復讐の美少女・瓊英の本格始動であります。

 幼い頃に田虎に父を殺され、母を奪われた瓊英。以来、忠僕の葉清に支えられつつ、復讐の牙を研いできた彼女は、田虎の国舅である鄔梨に接近してその養女に収まるのですが、これはまだ序の口であります。
 鄔梨に毒を盛って力を奪い、彼に代わって戦場に立つ瓊英。そこで功名を上げて田虎に近付き、復讐を果たす――冷静に考えれば水滸伝でも屈指のハードな復讐の人生を送る彼女ですが、しかし彼女が功名を上げるということは、梁山泊を倒すということであります。

 現に緒戦では、女には色々な意味で滅法弱い王英と、水滸伝の元祖娘武芸者というべき扈三娘が、あわやというところまで追い詰められたのですが――しかし本来であれば瓊英と梁山泊は田虎を敵にするという点では同志であるはず。
 そしてこの両者を、奇縁が結びつけることになります。

 偽名で鄔梨のもとに潜入した安道全と、その弟子を装うことになった張清。この張清と瓊英の出会いこそは、まさに運命の出会いというべきものでしょう。
 強引に鄔梨の妻が瓊英の婿選びをしていたところに居合わせ、彼女と武術の手合わせをすることとなった張清。瓊英が放った礫を受け止めた張清は、その礫で以て彼女の第二弾を弾き――ここに礫で結ばれた二人が出会うこととなったのであります。
(その直後、張清の「求婚」の際に、張清といえば何かと組まされるアイツが間接的に役立つのに思わずニッコリ)

 もちろんこの時点での二人はいわゆる契約結婚(?)、真実の夫婦ではないのですが――しかし頑なな瓊英の心を、物柔らかな張清の心が受け止め、礫投げの練習を通じて少しずつ二人が心を通わせていく様は、それまでの瓊英の生き様が苛烈だっただけに、ひどく暖かいものとして心に残ります。
 そしてここで明かされる張清の過去が、瓊英に対する一つの決意に繋がっていくのも巧みで――いつか二人が真に結ばれる日が来るのを、心から祈りたくなるのです。


 いよいよ田虎の本拠・威勝も目前。その前に現れた三眼の怪人・馬霊の、これまでとは全く異なる妖術に苦戦しつつもこれを退けた梁山泊に敵はないように思われますが、さて……
 いよいよ次巻、田虎戦の完結であります。


『絵巻水滸伝 第二部』田虎王慶篇3(正子公也&森下翠 アトリエ正子房) Amazon

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 「絵巻水滸伝」第1巻 日本水滸伝一方の極、刊行開始
 「絵巻水滸伝」第2巻 正しきオレ水滸伝ここにあり
 「絵巻水滸伝」第3巻 彷徨える求道者・武松が往く
 「絵巻水滸伝」第四巻 宋江、群星を呼ぶ
 「絵巻水滸伝」第五巻 三覇大いに江州を騒がす
 「絵巻水滸伝」第六巻 海棠の華、翔る
 「絵巻水滸伝」第七巻 軍神独り行く
 「絵巻水滸伝」第八巻 巨星遂に墜つ
 「絵巻水滸伝」第九巻 武神、出陣す
 「絵巻水滸伝」第十巻 百八星、ここに集う!

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2022.06.16

宮内悠介『かくして彼女は宴で語る 明治耽美派推理帖』 事件の中に浮かぶ「美」と「現実」の相剋

 明治時代末期に実在した耽美派の芸術家たちの集い「パンの会」。この会合を舞台に、木下杢太郎を始めとする芸術家たちが様々な怪事件を語り合い、謎解きに頭を悩ますという趣向の連作ミステリであります。この謎を解くのは誰か、そして謎の先にあるものは……

 明治41年、医学か芸術かに迷いながらも、友人たちと芸術活動に勤しむ木下杢太郎。彼は北原白秋、吉井勇、石井柏亭、山本鼎、森田恒友ら、詩人・歌人・洋画家といった面々で、ベルリンの芸術家運動の名にちなんだ「パン(牧神)の会」を結成することになります。
 隅田川をパリのセーヌ川に見立て、川沿いの洋食店「第一やまと」で第一回の会合を開いた木下たち。その宴席で、杢太郎はかつて森鴎外から聞いた奇妙な事件のことを語るのでした。

 当時、団子坂で盛んに行われていた菊人形展で、混雑していたにもかかわらず、いつの間にか乃木将軍の菊人形に日本刀が突き立てられていたというこの事件。鴎外が関係者たちから話を聞いて回ったにもかかわらず、謎のままだったこの事件の謎解きに頭を悩ます一同ですが、そこで店の給仕・あやのが口を開くのでした。
 彼女が語る事件の真相とは……


 という第一回「菊人形遺聞」から始まる全六回の本作。これは既にあちこちで紹介されていることでもあり、何よりも作者がこの回の解説で明言していることなので書いてしまえば、本作はアイザック・アシモフの『黒後家蜘蛛の会』を範に取った作品であります。
 様々なバックグラウンドの紳士たちが集まる会合で謎解きが行われ、彼らでは解けなかった謎を、横で話を聞いていた給仕が鮮やかに解決する――そんな一種の安楽椅子探偵もののスタイルを、本作は踏襲しているのです。

 以降、本作で描かれるのは……
 磯部忠一を語り手に、印刷局に勤める男・武富とその妻、そして二人の幼馴染の三人が浅草を訪れ、男二人で上った浅草十二階から、武富が謎めいた転落死を遂げた真相を解き明かす第二回「浅草十二階の眺め」
 栗山茂を語り手に、彼がさる華族で外交官の邸を訪問した晩にそこで起きた、生まれたばかりの子供が無残な姿で発見された事件を描く第三回「さる華族の屋敷にて」
 山本鼎を語り手に、数年前の東京勧業博覧会を友人と訪れた彼が台湾館の喫茶室で遭遇した、銃殺事件の犯人の奇妙な行動を描く第四回「観覧車とイルミネーション」
 石川啄木を語り手に、日露戦争終結の頃に鳴るはずのない時刻にニコライ堂の鐘が鳴り、人死があったという事件を与謝野晶子が追う第五回「ニコライ堂の鐘」
 森鴎外が遭遇した陸軍士官学校の校長自決と、士官学校生や教官が見た奇怪な夢、そして北原白秋と吉井勇が四谷の細民窟で出会った少女の怪死事件が交錯する最終回「未来からの鳥」

 密室ものあり、猟奇殺人あり、日常の謎的内容ありと、語られる内容も様々であれば、語り手や探偵役(調査役)も様々かつ実在、そして背景に描かれる風物や出来事も全て史実通りと、実にバラエティに富んだ、そしてこの時代が好きな人間であればたまらない内容となっています。


 しかし本作の真に見事な点は、ミステリとしてのみで終わるのではなく――というよりもミステリという形式を十二分に活かしつつも――そこからさらに「美」というものの在り方、そして杢太郎自身の美に対する葛藤を描くところにあると感じます。

 実のところ、本作で描かれる事件はそのほとんどにおいて、直接的間接的に「美」に関わるものといえます。
 しかし先に述べたとおり、この時代の風物や出来事に関わる事件の内容が、当時の社会の「現実」を描いたものであるとすれば――それは「美」とは、杢太郎たちのパンの会が求める「美」とは対極にあるといえるでしょう。そう、パンの会は、美のための美を求める耽美派の集まりなのですから。
 「現実」の中で起きる「美」に関わる事件――そこに生じるのは必然的に両者の相剋であるといえます。そしてそれは同時に、両者の間で揺れる杢太郎の姿に重ね合わされることになるのです。さらにその構図が、ある意味本作最大の謎であるあやのの正体(仰天かつ納得!)を結びつく時――本作は、杢太郎の物語は一つの結末を迎えるのです。

 ミステリというよりも、それを一種の手段として「美」を、その周囲にある「現実」――人間の姿、社会の姿と、その相剋を描く本作。
 その手法には、些か難解な部分もあるのも事実ですが――しかしその点を含めて、いやその点こそが逆に本作をして見事にこの時代の「現実」を浮き彫りにした時代ミステリとして成立させているとも感じられるのです。


『かくして彼女は宴で語る 明治耽美派推理帖』(宮内悠介 幻冬舎) Amazon

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2022.06.14

「コミック乱ツインズ」2022年7月号

 号数では今年も折り返しに入った「コミック乱ツインズ7月号」は、『そば屋幻庵』が巻頭カラー、新連載の『不便ですてきな江戸の町』が巻中カラー。その他、新連載で『そぞろ源内 大江戸さぐり控え帳』のほか、『軍鶏侍』が掲載されています。今回も印象に残った作品を一つずつ紹介します。

『そば屋 幻庵』(かどたひろし&梶研吾)
 相変わらすびっくりするくらい美しい藤丸姐さんが表紙を飾っていますが(本編には未登場)、今回のヒロインは牧野家の女中のおみつ。買い物帰りに白玉(これがまた本当に美味しそう)に惹かれていたところを玄太郎に見つかり、一緒に辻占煎餅を食べるおみつですが、二日以内に五回転ぶと牧野家にも大災厄が及ぶという占いが……

 思わぬことで窮地に陥ったおみつと牧野家を救うために、玄太郎が幻庵として作った蕎麦は――これがまた猛烈に旨そうなのですが、何よりも印象に残るのは、御家の危機とはいえ、おみつを親身に気遣う玄太郎と牧野家の人々。『勘定吟味役異聞』でイヤな上司を見ているだけに(?)、実に暖かく感じます。


『そぞろ源内 大江戸さぐり控え帳』(叶精作&天沢彰)
 今回からスタートの本作は、タイトルから察せられるように平賀源内を主人公とした探偵もの。まだ高松藩士だった頃、江戸留学中の源内が、その本草学の知識と頭脳の冴えで様々な事件に挑む物語となるようです。
 第一回のサブタイトルは「血を吸う女」――知り合いの同心・浅間和之助から、立て続けに三人見つかった全身から体の血を抜かれた死体の謎解きを依頼された源内が、妖しげな美女に接近することになります。

 初回ながら次々とレギュラーらしきキャラが登場、それが全員顔見知りなのでこれまでにシリーズ連載されていたのかと思ってしまったりしましたが、この時期の源内を主人公とするのはなかなか面白い。
 また面白いといえば、優等生的なイメージのある杉田玄白が、「人を刻んだ後は甘い物がうまい!!」とかいいだす変態監察医系キャラなのも実にユニークであります。


『ビジャの女王』(森秀樹)
 王の死によって、後継者を決めるべく開かれたビジャロマ会議。継承権を持つも明らかにクズのヤヴェ王子と、持たないオッド姫とどちらを後継者とするか、会議は紛糾を続けます。ここでヤヴェを推すジファルの策によってあっさりと民衆はヤヴェに靡き、勝負あったかに見えたのですが……
 以前描かれたジファルの弱点というか良心を意外な人物が動かし、意外な展開に繋がっていくと思いきや、さらにラストにどんでん返しが待ち受ける今回。おそらくラストに登場したのは、前回もチラリと登場したあのキャラだと思いますが、さて事態はどう転ぶことでしょうか。


『かきすて!』(艶々)
 娘三人の江戸への旅から、旅芸人かと思いきや実は隠密だったおナツ一人の江戸からの旅と、意外な方向に物語が展開した本作。第二シリーズの初回というべき今回は、東海道を西に進むおナツが、途中の宿場で特産品を作る父娘と関わり合うことになります。
 その特産品というのが、わかる人には一発でわかるアレで、ナツがある意味大変な目に遭うのが気の毒というか実に可笑しいのですが――おナツ一人になることで、物語の展開も身軽になったのは良かったと思います。


『仕掛人めし噺 藤枝梅安歳食記』(武村勇治&池波正太郎(原案))
 深川と神田明神下を舞台とする今回、梅安たちは全く登場せず、主人公を務めるのはまさかの音羽の半右衛門とおくら。ある意味非常にスピンオフらしい展開ですが、すっぽんと鰻、登場する料理はこれまで以上に旨そうに見えます。
 が、最も印象的なのはそのオチ。こうくる!? と驚かされつつ、何だか可愛らしく見えてしまった時点で、本作の勝ちでしょう。


『列士満』(松本次郎)
 初陣で水戸天狗党討伐に投入されるも、いきなり夜襲を受けて壊滅寸前となった幕府の陸軍歩兵隊。その中で、仲間を逃して一人奮戦するスエキチですが、敵の隊長に大苦戦することに――という今回、スエキチと天狗党の、緊迫感があるんだかのんびりしているんだかわからない妙な空気感の戦いは、この作者ならではというべきでしょう。
 しかしクライマックス、夜の山で繰り広げられる一騎打ち(その理由がまたスゴい)の不穏な迫力はさすがの一言。結末の苦さ虚しさも印象に残ります。


 次号は『暁の犬』『カムヤライド』『勘定吟味役異聞』が連載再開であります。


「コミック乱ツインズ」2022年7月号(リイド社) Amazon

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2022.06.13

正子公也&森下翠『絵巻水滸伝 第二部』田虎王慶篇2 快進撃梁山泊! 高く掲げる旗の文字は

 官軍としてではなく「梁山泊」として許せぬ奴らと戦う梁山泊の戦いを描く『絵巻水滸伝』田虎王慶篇は、この第二巻でいきなりクライマックス――東京攻略の尖兵たる鈕文忠の守る蓋州攻略が繰り広げられます。さらに登場する田虎軍の豪傑たちとの戦い。そしてあの美少女も本格的に動き出すことに……

 河北で「晋」を僭称し、東京侵攻を開始した田虎。その討伐を命じられた梁山泊は、行く先々で田虎軍の非道を目撃、怒りを燃やすことになります。そして陵川、高平を瞬く間に陥落させた梁山泊は、田虎に与する官吏や富豪たちから不義の財産を奪い、苦しむ人々に分け与えるのでした。
 そんな梁山泊の次なる目標は、田虎の枢密使たる鈕文忠が守る蓋州。幾多の将兵を擁し、蓋州に篭もる鈕文忠を討つことは、田虎討伐の最初の山場ですが……


 というわけで、破竹の勢いで進撃し、悪人たちを相手に痛快な大暴れを繰り広げた梁山泊ですが、この第二巻の前半で激突する鈕文忠は、これまでの田虎軍とは一味違う強敵。
 何しろ「枢密使」(宋でいえば童貫!)に任じられ、東京攻めを担当していたのですから、田虎軍の先鋒ともいえるでしょう。

 しかしこの鈕文忠、元は官軍ながら反逆して田虎に寝返り、賊徒として人々を苦しめてきたという外道。官軍にして賊徒というのは、これは二重に梁山泊の敵というべきで、決して負けるわけにはいかない相手というべきでしょう。
 この相手に対して、梁山泊は蓋州城を包囲して連日連夜攻め立てるという疑兵之計で対抗。しかしそこに田虎軍の援軍が到着し――と、最後は力押しになった気もしますが、しかし総力を挙げての激突は、これはこれで痛快であります。

 しかし梁山泊の「戦い」はそれで終わりではありません。略奪され尽くした蓋州をただ元の住民たちに返すだけではなく、荒れ果てた土地を甦らせる――その手助けをする顔ぶれも、なるほどと感心させられます。
 そしてその末に宋江の命で高く掲げられる旗の文字は――替天行道! まさに弱きを助け強きを挫く梁山泊に相応しい旗印であります。「〝梁山泊〟はこうじゃねえとな!!」と、前巻での燕順の名台詞を繰り返したくなる、この巻きっての名場面というべきでしょう。


 しかし、梁山泊と並び称される田虎軍は、単なる賊徒の集まりではありません。豪傑・好漢――そう呼ぶに相応しい男たちもまた、田虎の下に投じているのです。

 この巻の後半で描かれるのは、燕青が許貫忠から手に入れた河北の絵図を元に、田虎が潜む威勝に奇襲をかける少数精鋭の宋江軍と、陽動として大軍で汾陽を目指す盧俊義軍の戦い。
 晋寧で盧俊義が対峙する竜公こと孫安もまさに好漢というべき男ですが、この巻でクローズアップされるのは、宋江軍を阻む壺背関を守る山士奇、そして抱犢山に依る唐斌という二人の豪傑。
 一百華旗の山士奇は、元富豪ながら役人を殺して逃亡者となった伊達男(「富豪では、腕前はどうだろうかな」「そうだな。うちの副首領も、元は富豪だ」という会話に吹き出す)、そして黒龍の唐斌は、あの関勝と幼い頃から切磋琢磨してきたという硬骨漢であります。

 いずれ劣らぬ二人の勇将が、天険に篭もるのですから易易と落とせるはずもありません。それどころか思わぬ挟撃を受けて絶体絶命の窮地に陥った宋江たちの運命は――いやはやこうくるかという展開に驚かされました。
 この辺り、原典を読んでいれば結末はわかっているのですが、いつもながら、本作のアレンジの抜群のうまさに感心させられるところです。


 さて、その一方で晋のいわば中枢を舞台に描かれるのは、敵の懐に飛び込んで復讐の刃を研ぐ瓊英の姿。そして彼女のその名は知らずとも――いや、彼女の実在を知らずとも、夢に見た彼女に恋する張清。
 そして史進と魯智深がかつて出会った瓊英の存在を思い出し――幼い瓊英の登場に連載時にはファンの間でも話題になりましたが、実に十数年越しの伏線がここで実ったことになります。

 梁山泊の前に立つ次なる強敵は、そして瓊英の復讐の行方、張清の想いの行方は――田虎篇もいよいよ佳境に突入であります。


『絵巻水滸伝 第二部』田虎王慶篇2(正子公也&森下翠 アトリエ正子房) Amazon

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2022.06.08

松井優征『逃げ上手の若君』第6巻 新展開、逃者党西へ

 逃げて逃げて(作中時間で)早くも二年が経過した『逃げ上手の若君』。信濃を舞台とした合戦を経て、結束を固めた諏訪神党の決起の時は近い――と思われたところに、次々と新キャラが顔を見せることになります。さらに足利の手が迫り、時行たちは一転京に向かうことに……

 帝の命により親北条勢力討伐を開始した国司・清原信濃守と守護・小笠原貞宗に対し、総力を挙げて戦いを挑んだ諏訪神党。諏訪頼重直属の諏訪神党三大将も加わっての激闘の中で、時行と逃者党は伝令の役目を与えられ、戦場を駆けることになります。
 目まぐるしく変わる戦況は、最終的には諏訪神党が撤退、大きく領地を奪われたものの将クラスは誰も討ち取られず、かえって結束を固める結果となったのでした。

 そんな戦いの後、この巻の冒頭で新たに登場するのは「神」――諏訪の現人神の座を継いだ諏訪頼継。頼重の子・時継のそのまた子、つまり頼重の孫であります。
 頼重、孫がいるのにあんな感じなの!? とドン引きしたのはともかく、頼継は時行よりもさらに幼い少年。そんな頼継にとって、時行は自分の祖父たちの関心を自分から奪っていった憎い相手――というわけで、諏訪追放をかけた勝負を挑んでくるのですが……

 が、その勝負が、自分が逃げる側とはいえ鬼ごっこなのはマズかった。この勝負はあっさり決着するのですが、しかし自分も父親のように頼重を慕う時行にとっては、頼継は兄弟のような存在。そんな共通点もあって二人は心を通わせ、時行には新たな味方(?)ができたようです。


 そして次なる新顔は、何と北条家の生き残り、時行の叔父の北条泰時。この泰時、一門が皆自決した時に一人生き延びてきた――というのはさておき、思っていることが全て顔に出てしまう面白叔父さんであります。

 しかしこの状況下で鎌倉を脱出し、東北で残党を糾合して二年間戦ってきた人物が、単なる面白キャラであるはずがありません。
 なるほど戦闘力は大して高いわけではありませんし(しかし弧次郎とどっこい――これはむしろ弧次郎が低いのか)、馬鹿にされたら殺すの鎌倉武士とは思えないほどプライドは低い。

 それでも、色々な意味で生き残りのために全振りしたかのようなスキル構成は、彼もまたこの時代の武士なのだな、と感心させられるのです。(そしてこういう武士のバリエーションを出して作品そのものも)

 さて、何やらデカい計画を考えているらしい泰家の登場で前進したかに見える北条家復興ですが、しかしもちろん敵はこの国を掌中に収めようという相手だけに、このままうまくいくはずもありません。
 泰時の諏訪来訪と時を同じくして風間玄蕃の前に現れた不気味な天狗面の男。彼こそは足利直属の忍集団「天狗衆」――かつて尊氏の挙兵時に京の情報を迅速に伝達し、新田義貞の鎌倉攻めを助けたとも言われる相手の出現に、もはや安全ではなくなった諏訪から、時行は離れざるを得なくなります。

 そこで彼が向かう先は京――折しも泰家が「計画」の打ち合わせに向かうのに合わせ、時行は逃者党とともに京に入ることに――というわけで、この巻のラスト1/3からは京での物語が始まることとなります。


 ――が、京に入ったと思えば(調子に乗った玄蕃が博打で身ぐるみ剥がされたので助けるために)いきなり双六勝負が始まることになります。
 そしてその相手となるのは、人様にざぁこざぁこ言うようなイキった上に奇天烈な服を着た少女・魅摩。しかしやたらと婆娑羅なのも道理、なんと彼女の父は元祖婆娑羅なあの人物なのですから――間接的とはいえ、いきなり京らしい大物登場であります。

 それはさておき魅摩は神力の使い手、しかも双六では時行が力を発揮する場もない――というわけで、ここで出番が回ってきたのは、頼重の娘である雫。しかし同じ神力の使い手とはいえ、格上の相手を前に明らかに分が悪い……
 と思いきや、えっ君たち一体何してるの? と唖然とするような戦法を繰り出す雫。もう公式が薄い本になったような展開ですが、これまで弧次郎や亜也子にスポットが当たってきたように、ここで雫にスポットが当たるのは納得ではあります。


 何はともあれ思わぬ緒戦をくぐり抜けた時行たちですが、最初がこれではこの先何が待っているか予想もつきません。個人的には、これまで名前しか出ていない楠木正成の存在が気になるところですが――さてこの先どうなるか。この先の展開にも期待できそうであります。


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2022.06.03

正子公也&森下翠『絵巻水滸伝 第二部』田虎王慶篇1 対田虎開戦 燃えよ梁山泊魂!

 『絵巻水滸伝』第二部もいよいよ佳境、田虎王慶篇の開幕であります。遼国との激突に勝利したのも束の間、朝廷の思惑で和議が成立し、向かう先を見失った梁山泊に下されたのは河北の田虎討伐の命。「同類」とも言える田虎との対決に臨む梁山泊が見たものははたして――梁山泊魂が燃え上がります。

 招安後の初の戦いとして、南下を開始した遼を迎え撃った梁山泊。激闘の果て、遼の守護神・兀顔光を破り勝利を飾った梁山泊ですが、その直後に宋の朝廷は遼との和議を決定――彼らの戦いは思わぬ形で終結し、燕京を基点に独立を狙う呉用の計画も水泡に帰するのでした。

 さらに追い打ちをかけるように、梁山泊の好漢たちをバラバラに各地に追いやり、個別に始末するという、どこかで見たような謀を巡らせる高キュウ。しかしそこに田虎軍の東京侵攻が始まったのは、天の助けというべきでしょうか。
 はたして今度は田虎討伐を命じられることとなった梁山泊ですが――遼国戦の恩賞もほとんど出ないままというのはともかく、対外戦争であった遼国戦とは違い、彼らにとっては「同類」である田虎との戦いは、何とも意気の上がらないものといえるでしょう。

 しかし田虎の勢力圏に近づいた梁山泊の面々が見たものは、救いを求める民衆の姿。恣に略奪や暴行を繰り広げる田虎軍に財や親しい人々を奪われ、それを討伐する官軍は役に立たないどころか、賊のものと称して人々の首を狩り集める――そんな地獄に苦しみ、息を潜めて隠れてきた人々が、梁山泊に救いを求めてきたのであります。
 そんな人々を前にして、好漢たちが黙っていられるはずがありません。血の気の多い面々だけでなく、普段は冷静な李応までが強い怒りを見せる(それがいわゆるノーブレス・オブリージュの点からなのもらしくてイイ)など、俄然闘志を燃やした梁山泊は、田虎軍撃滅のために動き出すことになります。

 官軍から支給された地図がいい加減で全く役に立たないという椿事があったものの(それに気付くのが地元出身の施恩や張青という捻りも嬉しい)、陵川、さらに高平を一日のうちに陥としてみせた梁山泊軍。しかしそこで思わぬ事態が発生することになります。
 先に述べたとおり、田虎の暴戻と官軍の無策に苦しめられてきた二つの街の人々。日々の食事にも事欠く有様の民衆に、まさしく旱天の慈雨の如く食料を支給する梁山泊ですが――しかしそのあまりの多さに、やがては兵糧にも影響が出かねない状況となってしまったのです。

 それではどうするか? その難問の答えは、まさしく梁山泊ならではのものであります。
 ――そう、田虎に与して庶民を苦しめる貪官汚吏からいただく!

 いやはや、破天荒のようでありながら、実に梁山泊らしいこのやり方、作中で燕順が言うとおり、「〝梁山泊〟はこうじゃねえとな!!」と快哉を挙げたくなる痛快な展開であります。
 そしてここで「おとなしい仕事」に、水を得た魚のように精を出す顔ぶれが、本職のメンバー――大規模な戦ではちょっと出番が少なめになってしまう元山賊組なのも、何とも楽しくなってしまうのです。


 田虎軍との戦いの始まりとともに、梁山泊と他の賊徒との違いをこれ以上無いほど明確に描いてみせたこの第一巻。しかし戦いはまだまだ緒戦、この後には、東京攻略の先鋒である田虎軍の「枢密使」鈕文忠と四威将が守る蓋州攻略戦が待っています。
 そしてこれまでも燕青を助けてきた謎の男・許貫忠が燕青に託したものは何か、そして田虎篇といえばこの人というべき、あの美少女も暗躍を始め、物語はこれからが本番というべきでしょうか。


 ちなみに本作では家族を人質にとられ、心ならずも田虎に協力していた陵川の耿恭。蓋州に捕らわれた家族の安否を気遣う彼を見て、黄信が昔の自分を思い出すと語るのは、いい話のようでいて非常に不吉なフラグでは……


『絵巻水滸伝 第二部』田虎王慶篇1(正子公也&森下翠 アトリエ正子房) Amazon

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 「絵巻水滸伝」第2巻 正しきオレ水滸伝ここにあり
 「絵巻水滸伝」第3巻 彷徨える求道者・武松が往く
 「絵巻水滸伝」第四巻 宋江、群星を呼ぶ
 「絵巻水滸伝」第五巻 三覇大いに江州を騒がす
 「絵巻水滸伝」第六巻 海棠の華、翔る
 「絵巻水滸伝」第七巻 軍神独り行く
 「絵巻水滸伝」第八巻 巨星遂に墜つ
 「絵巻水滸伝」第九巻 武神、出陣す
 「絵巻水滸伝」第十巻 百八星、ここに集う!

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2022.05.27

町田とし子『紅灯のハンタマルヤ』第1巻 丸山遊郭の娘たち、人ならぬ怪異を討つ!?

 江戸時代、海外に唯一開かれた窓であった長崎を舞台に、長崎奉行所の同心、そして丸山遊郭の太夫と三人の禿が人ならぬ怪異を討つ退魔活劇であります。人ならぬ怪異に抗する力を持つのは、同じ力を持つ者。だとすれば太夫と禿たちは……

 19世紀初頭の長崎の奉行所に江戸から赴任してきた同心・相模壮次郎。しかし着任して間もない彼が出くわしたのは、全身の血を抜かれ、「ミルラ」状態となった人間の死体でした。
 その現場で、あることに気付いた相模がその足で向かったのは「山」――すなわち丸山遊郭。その中の遊女屋・まるた屋を訪ねた相模は、見世の菊花太夫に、禿たちの貸し出しを要請するのでした。

 そしてその晩、郭の若い衆に化けて、死体が発見された店の若旦那の応対をしたものの、正体がばれて窮地に陥る相模。その前に駆けつけた禿たちが見せた力とは……


 江戸時代の鎖国下にあって、出島という唯一海外との貿易を許されていた長崎。その極めて特異な性質(と、それに伴う独特の制度)のため、この江戸時代の長崎は、数え切れないほどのフィクションの舞台になってきました。
 そして多くの場合、それらの作品の中で大きなウェイトを占めるのが丸山遊郭とその遊女の存在。何故なら、彼女たちの客は日本人だけでなくオランダ人や清国人も含まれ、出島や唐人屋敷といった、一般の日本人が立ち入りを禁止されていた場所にも、足を踏み入れていたのですから。

 本作はそんないくつもの意味で特異な地であった長崎と丸山遊郭を舞台とする物語ですが――その最大の特徴が、その遊郭の遊女と禿たちが、異国から渡ってきた妖退治を行うことであるのは、言うまでもありません。
(丸山の遊女たちが裏の顔として隠密を持つという作品はこれまで目にしたことがありましたが、妖退治を行うという作品には、初めて触れた気がします)

 人間離れした美しさを持つ菊花太夫、芸事は下手だが人懐っこい雛あられ、三味線が得意で普段は頭巾をかぶっている清、引っ込み思案で顔にシミのあるこもれび――それぞれの特技を持って、人ならぬ妖を打倒する個性的な美(少)女たち。
 しかし、人ならぬもの――それも異国から渡ってきたものに対して、常人の力が通用するはずもありません。そう、実は彼女たちもまた――なのであります。
(第一話でその一端が明かされるシーンのインパクトたるや――その後の、雛あられと清が見開きで見せるアクションも実に格好良い)

 そしてそんな彼女たちの妖退治が、あくまでも長崎奉行所の指揮/依頼の下で行われるのもユニークなところであります。
 長崎奉行所の同心として彼女たちとの繋ぎをつけ、そして陣頭指揮を取る相良。基本的に妖への止めとなるモノを使用できるのは彼のみという設定も良いのですが――何よりも、相良と太夫や禿たちとの関係が、一種チャーリーズ・エンジェル的であるのが、印象に残ります。

 いや、本作の場合、それよりももっと危うい関係と言えるかもしれません。何故なら相良の場合は、自分の役目以上に、彼女たちの身の上を慮り、彼女たちに(恋愛的な意味でなく)感情移入している節がありありとあるのですから……


 この巻のラストのエピソードでは、菊花太夫の正体の一端と、彼女と禿たちの関係性が語られ、妖との戦いが決して綺麗事では済まされないものであることが浮き彫りとなっていく本作。
 そんな中で、相良が、禿たちが、太夫がいかにして妖と戦い、いかなる運命を辿るのか――また一つ、先が楽しみな作品が増えました。


 細かいこと(?)を言えば、他は全員きちんと剃っているのに、相模だけ月代を剃っていないのが目について仕方ないのですが、これはまあ仕方がないということで……
(パイロット版を読んだ後だと、余計な疑いをかけたくなるのですが、これはまあ考えすぎとして)


『紅灯のハンタマルヤ』第1巻(町田とし子 講談社シリウスKC) Amazon

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2022.05.22

桃野雑派『老虎残夢』(その二) 史実を背景に描き出された歴史と人の姿

 第67回江戸川乱歩賞受賞作にして武侠小説+本格ミステリの意欲作『老虎残夢』の紹介の後編であります。武侠ものの登場人物らしい造形でありつつも、それだけでは終わらない本作の登場人物。その最たるものは……

 本作の登場人物たちの中でも、最も陰影に富んだ姿が描かれる者――それは、主人公である紫蘭その人であります。

 前回述べたとおり、被害者である泰隆の唯一の弟子である紫蘭。しかし奥義を伝授されず――いやそれどころかその存在すら知らされていなかったことに、彼女は深い屈託を抱くことになります。
(それが、他人から見れば彼女が師殺しを行う動機になるのも巧みな設定です)

 そしてその悩みは、そもそも泰隆にとって自分は何者だったのか、自分は弟子として愛されていたのかという想いにまで繋がっていくことになるのですが――本作においては、彼女のみならず、この被害者たる泰隆と、他の登場人物との繋がり・結びつきが、物語の後半部分を動かしていくことになるのです。

 金国に理不尽に家族を奪われ、一人生きてきたところを紫苑と泰隆に拾われた恋華。泰隆と複雑な想いで結びついた関係にあった祥纏。ある事件がきっかけで泰隆と激しく仲違いしていた文和。流派は異なるにもかかわらず泰隆と深い繋がりを持つという為問……
 本作の謎解きは、同時に、紫苑も含めた登場人物一人ひとりを通じて、泰隆とはいかなる人物であったのか、というのを描くものでもあるのです。


 そしてその果てに紫苑たちが知る真実とは――それはもちろんここでは明かすことはできませんが、こちらが当初予想していた以上に、物語の時代背景と密接に結びついているということは述べても許されるでしょう。

 冒頭に述べたように、舞台は南宋――それも13世紀初頭、北宋が滅亡してから数十年が経つ間に金とは和議が結ばれ、国家として空前の繁栄を謳歌していた時代。しかしその一方で、モンゴルではチンギスハンが力を蓄えて金を圧迫する状況にありました。
 そしてその金と宋との関係も、様々な矛盾を孕んだ、危うい均衡状態のもとに成り立っていたのです。

 それがこの物語にいかなる形で影響を与えることになるのか? 物語の終盤において、物語を構成する要素が、この史実を背景に、全てがピタリと一枚の絵に収まるのには、ただ圧倒されるばかりです。
 そしてその絵に描かれているのは、殺人事件の謎解きだけではありません。そこにあるのは、いかなる武術の達人でも及ばぬ歴史の暴力的なまでに巨大な力であると同時に、その力に対する人間の小さな希望の姿である――その事実が、大きな感動を生むのです。


 武侠ものとして、本格ミステリとして、歴史ドラマとして、様々な顔を持ち、そしてそれが見事に有機的に結びついている本作。
(個人的には、武侠もの独自の用語・要素をサラリとわかりやすく描く語り口にも感心させられました)

 もっともその一方で、後半の意外な真実とキャラ掘り下げの連続によって、前半の武侠ものらしいケレン味は薄れてしまった感は否めません。
 それでも、本作に唯一無二の魅力が存在することは間違いないことでしょう。そしてデビュー作である本作以降も、できればこのような武侠ものを、武侠ミステリを生み出してほしいと、作者には期待してしまうのです。


 最後に、蛇足で恐縮ながら本作の百合要素、紫苑と恋華の愛の必然性についてですが――確かに二人が男女カップルであっても、弟子と師の娘という、江湖では禁断の関係という点には変わりがないことから、必然性は薄いようにも感じられます。

 しかし――物語の詳細に触れる部分があり、あまり詳しくは述べられないのですが――紫苑を男性とした場合、本作の物語が成り立たないこと(もしくは相当大きく構成・要素を変える必要があること)、かといって恋華を男性にしても物語により不自然な点が生じること、二重の禁忌があった方がより強い犯行動機がある(と周囲に見做され得る)ことから、多少危なっかしい部分はあるものの、必然性はあると、私は感じました。
 もちろん、そこに必然性を求めるという視点もまた、(メタではあるものの)紫苑を苦しめるものの一つではあるのですが……

 ちなみに作中で師弟関係に関するこの禁忌を説明する際、武侠ファンであれば思わずニヤリとさせられるくだりがあるのですが、実は時系列的には本作の方が先(この時点ではまだ起きていない出来事)――と、これは本当の蛇足であります。


『老虎残夢』(桃野雑派 講談社) Amazon

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2022.05.21

桃野雑派『老虎残夢』(その一) 被害者は武術の達人 武侠小説+本格ミステリ!

 第67回江戸川乱歩賞受賞作は「館」×「孤島」×「特殊設定」×「百合」――そしてその特殊設定が「武侠」なのですから見逃せません。奥義を伝授すると三人の武侠を集めた達人が孤島の楼閣で殺害され、謎を追うのはその弟子――本格ミステリにして武侠ものという極めてユニークな作品です。

 時は13世紀初頭、南宋の時代――大海に浮かぶ小島・八仙島に隠棲する達人・碧眼飛虎こと梁泰隆が、己の奥義を受け継がせるとして、旧知の三人を招いたことから物語は始まります。
 泰隆の妹弟子にして大手飯店を切り盛りする紫電仙姑こと楽祥纏、泰隆の同門で海幇(海賊)の幇主である烈風神海のこと蔡文和、そして外功の達人であり孤月無僧の異名を持つ為問――いずれも凄まじい武功を持つ達人ですが、三人を迎える泰隆の弟子・蒼紫苑の胸中は複雑であります。

 幼い頃に両親を失い、師に拾われて以来十八年、厳しい修行を重ね、内功については達人の域に達した紫苑。それなのに師は自分ではなく他人に奥義を伝授しようというのか? ある事件で負った傷が元でほとんど外功が使えない身とはいえ、何故自分ではないのか――と。
 そしてもう一つ、師の養女・梁恋華との秘密の恋愛関係も、彼女を悩ませていたのです。

 それでも平静を装い、いずれ劣らぬ個性的な三人を迎え、恋華と二人でもてなしの宴を準備する紫苑。宴は盛会のうちに終わったものの、その翌日、師が起居する島の中央部の八仙楼に向かった紫苑は、冷たくなった師の亡骸を目の当たりにするのでした。
 何者かに毒を飲まされた上、腹を匕首で刺されていた泰隆。はたしていつ誰がどうやって、そして何故師を殺したのか? 自分も恋華も容疑者であることを承知の上で、紫苑は調べを始めるのですが……


 武術の奥義とその伝授のために集められた達人たち、そしてその現場で起きる殺人――本作は、不謹慎ながら(?)武侠ものファンであればニッコリとしたくなるようなシチュエーションが描かれる物語であります。
 しかしそれと同時に本作は、本格ミステリとしても、しっかりとした格好を整えた作品でもあります。

 何しろ舞台となる八仙島は、本土との往来は頻繁にあるものの、船でなければ行き来はできない孤島。そして犯行現場の八仙楼は、その島の湖の中央に建てられ、常人であればこれまた舟がなければ行き来できない建物なのです。
 それに加えて犯行が起きたのは寒い雪の晩とくれば、これはもう定番中の定番シチュエーション、孤島+雪の山荘ではありませんか!

 しかしここで「常人であれば」とわざわざ書いたのは、常人でない人間がゴロゴロしているのが武侠ものであるからにほかなりません。
 そもそも軽功の達人である泰隆と紫苑であれば、湖を跳んで楼に入ることは可能ですし、他の面々も(全く修行していない恋華を除けば)そこまでの芸当は無理にせよ、例えば軽功で雪の上に足あとを残さずに歩くなどはお手の物であります。

 そして被害者が達人であることは、同時に、犯行にさらなる不可能性を与えることでもあります。何故ならば内功の達人であれば、体内に入った毒など、半ば自動的に体外に排出してしまうのですから!


 ――このように本作は、武侠ものとしての要素が、特殊設定ミステリのそれとしても、非常に効果的に働いています。
 もちろん武侠ものとミステリというのは実は相性が良く、古龍や金庸といった本場の大御所の作品でも連続殺人や暗号等のミステリ要素が少なくないほか、日本でも秋梨惟喬の『もろこし銀侠伝』に始まる武侠ミステリの名作シリーズがありますが――本作はそうした先行作品に勝るとも劣らぬ内容であります。

 そして本作において、本格ミステリや武侠ものとしての面白さに加えて特に印象に残るのは、その人物描写の妙でしょう。物語冒頭で描かれる登場人物たちの、特に三人の達人の、いかにも「らしい」描写も楽しいのですが――しかし物語が進むにつれて、そんな登場人物たちのキャラクターは掘り下げられ、それにつれて最初の印象がガラリと変わっていくことになるのです。そしてそれが、謎解きに密接に関わっていくことも言うまでもありません。

 そしてそんな陰影に富んだキャラクターの最たるものが――と、最近やたらと文章が長くなって恐縮ですが、次回に続きます。


『老虎残夢』(桃野雑派 講談社) Amazon

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2022.05.17

「コミック乱ツインズ」2022年6月号(その一)

 号数の上ではもう今年も半分になった「コミック乱ツインズ」6月号は、表紙『侠客』、巻頭カラーが『ビジャの女王』。新連載が『列士満』と『江戸時代のちいさな話』、シリーズ連載・読み切りで『風雲ピヨもっこす』『雑兵物語 明日はどっちへ』『玉転師』が掲載と、フレッシュな誌面です。今回も印象に残った作品を一つずつ取り上げましょう。

『ビジャの女王』(森秀樹)
 新展開突入といった印象の今回、これまで幾度か言及されてきたオッド王女の兄・ヤヴェ王子が登場するのですが――そもそもこの王子、この非常事態に今までどこにいたかといえば初めからビジャにいたのですが、これまであまりの不行跡で廃嫡同然に幽閉されていたという状態。貧弱なのに凶暴というどうしようもない人物ですが、そのビジュアルも目つきの悪いうらなりという感じで、これだけ魅力のない人物も珍しいほどであります。

 それでも王亡き後の継承権を持つ王子、しかしこの非常事態に――というわけで重臣たちも頭を抱えますが、ここでジファルの提案で円卓会議が開催されることになります。参加者の大多数によって決定というこの時代には民主的にも見えるシステムですが、ジファルが甘言を弄して重臣たちの間には動揺が広がり、そしてヤヴェ自身もラジンと結んでやろうというどうしようもない状態に……
 しかしそのラジンの側にも身内の敵が――と、この先、再び嵐の予感であります。


『仕掛人めし噺 藤枝梅安歳食記』(武村勇治&池波正太郎(原案))
 本編の合間を縫って描かれる本作、今回は小杉さん登場後――小杉さんが梅安と彦さんの二人をお気に入りの店に連れてくるというエピソード。この店、原作にも登場する鮒宗ですが、子供時代に浪々の身の父とともに極貧に喘いでいた小杉さんが、いかにも曰く有りげな鮒宗の主人に救われたという過去が描かれることになります。
 梅安と彦さんがひと目で鮒宗の主人が只者ではないと見抜く辺りもいいのですが、やはり印象に残るのは料理と、後は妙に可愛い子供時代の小杉さんでしょうか。今ではこんなゴツくなったのに……


『暁の犬』(高瀬理恵&鳥羽亮)
 水野家の御家騒動も行き着くところまで行き、ついに二胴部隊による拝郷家老襲撃という最終手段を使うに至った反お国替え派。家老の命は辛うじて守られたものの、警護の藩士に幾人もの犠牲が――むしろ全滅でなかっただけよかったと思いますが、しかし人死にが出るほどの御家騒動が(あと、無関係の人間を実験台にする殺人部隊を抱えているのも)明るみになれば、御家がタダでは済みません。
 かくてこの二胴の殺人部隊壊滅に向けた動きが進む中、佐内は敵の中核であり、かつて自分を襲撃してきた――そして何よりも父の仇と目される怪剣士・川越恭之介を抑える役目を依頼されるのでした。これにはもちろん佐内も異論はないどころか、立木野らの助勢を断り、一対一の勝負を望む気合いの入れようであります。

 と、そんなことを密談場所の船宿で、終始覚悟の決まりまくった据わった目で語る佐内に対して、他の舟は出払っているので待とう――と飲み会の帰りに巧妙に二人きりになろうとする奴みたいなことを言い出す相楽。いや、久松さんも一緒なのですが、そこで彼らは、佐内にこの仕事を依頼した理由――佐内の父と二胴の刺客の因縁と、それが佐内の剣客としての魂にどのように働くか、それを測っていたという事実を語るのでした。

 それにしても今回の相楽、頼りになる先輩というか兄貴分というか、いつもと違う――という感じですが(でも顔とか首とか触る必要ないよね……)、それに対して、彼も驚くほど覚悟が決まりまくった返事を佐内は返します。
 しかしもはや無関係などとはいえないほどこの件が、そして自分自身が満枝さんと関わっていることを自覚した佐内は、この先何を思うのでしょうか?
(少なくとも、自分が満枝さんを残して亡くなったら、また益子屋が余計なことしそうだしね……)


 やはり長くなりましたので次回に続きます(今回は二回に収めます……)


「コミック乱ツインズ」2022年6月号(リイド社) Amazon

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