2020.07.14

横田順彌『幻綺行 完全版』(その二) 世界を股にかけた秘境また秘境の冒険

 世界一周無銭旅行を成し遂げた実在の痛快男児・中村春吉を主人公とした秘境冒険SF『幻綺行』の紹介の後編であります。今回は残る4話について、紹介いたしましょう。

「流砂鬼」
 ペルシャの砂漠を自転車で横断途中、思わぬことから食料を失ってしまった春吉・志保・石峰。窮地を奇特な富豪・マファッド氏に助けられた春吉たちは、彼が悪魔の砂漠に宝探しに出かけた息子を探していると知り、手助けを申し出るのでした。
 しかし途中、マファッド氏は大砂嵐に吹き飛ばされ、春吉たちも流砂に飲み込まれることに。流砂によって巨大な地底の洞窟に運ばれた彼らを待つものは!?

 密林、岩山と来て今回は砂漠! 次々と大自然の脅威に晒される春吉たちですが、しかしその果てに現れたのは、超自然、いや超科学的とも言うべき存在。その強敵を相手に、シリーズでも屈指の死闘を繰り広げる春吉ですが、決め手が何とも――なのもまた、豪傑の春吉らしいというべきでしょうか。

 そして本作の結末は、作者の明治SFによっくあるパターンなのですが――途中で描かれたガジェットが我々の世代には何とも懐かしいものを連想させるだけに、一層の不条理感を感じさせるのが面白いところです。


「麗悲妖」
 欧州に向かい、ロンドンに入った春吉。しかしそこで春吉と志保は、新婚の旧友・松尾を訪ねて一人ペテルブルグに向かった石峰から至急の呼び出しを受けることになります。
 仲睦まじい様子ながら、最近妻のエヴグーニヤに不審の目を向けているという松尾氏。彼はある晩、風呂場で血の海に浮かぶ女性のバラバラ死体を目撃したというのですが……

 作中では最も秘境要素の薄い本作。内容的にも、舞台が舞台だけに冒険よりも謎解き色が色濃いものとなります(それでもラストは大乱闘になるのが春吉らしい)。
 その謎自体はなかなか豪快で奇想天外なのですが――作者の他の明治SFを連想させるものがあるのがちょっと気にかかるところです。もっとも、結末の物悲しさと微かな温もり(そしてそこで志保が果たす役割)は何とも味わい深いのですが……


「求魂神」
 ケープタウンに向かう船から、思わぬ成り行きで途中のマデイラ島に降ろされてしまった春吉一行。次の便までの時間に、島の火山に登る春吉たちですが、そこでは上空に奇怪な球体が目撃され、英国の探検家夫婦が行方不明になっていたのでした。
 山中をさまよう中、不思議な空間に飲み込まれた春吉と志保。そこで二人を待ち受けていた恐るべき秘密とは……

 ここから以前刊行された単行本未収録の作品ですが、本作では神を名乗るモノが春吉の前に登場。その「神」は、遠く日露戦争の戦場であるものを集めていたというのですが――と、何と本作は○○○○テーマというべき作品であります。

 しかし真に驚くべきは、本作が、作者の明治SFシリーズのある作品の裏面に位置すると(も感じられる)内容であることです。
 といっても、屈指の恐怖エピソードだったあちらに対して、こちらはまた随分と――という印象。そして志保の過去が、また思わぬ形で皆を救うことになるのも印象的です。
(しかし本作が本当にあの作品の裏面であれば、結局脅威は去っていなかったことに……)


「古沼秘」
 ついにアフリカ入りを果たした春吉一行。ザンジバルに向けて密林を行く途中、黒い砂の沼近くにテントを張った春吉ですが、そこは現地人たちが悪い神が居ると恐れる場所でありました。はたしてその晩、沼から巨大な影が現れ……

 掉尾を飾る本作では、秘境の本場・アフリカ大陸についに到達。途中の春吉の史実に基づく冒険は楽しいのですが、肝心の謎と怪奇の方はいささか薄味という印象です。
 しかし春吉たちの前に立ちはだかるのは、これまででも屈指の強敵、はたして打つ手はあるのかと思いきや――もはや完全にチームの知恵袋担当の志保が見事な閃きで勝利に貢献。いやこれは現代人でもなかなか気付かないのではないでしょうか。


 以上、いささか駆け足になってしまいましたが、単行本収録済みの4話に加えて2話を収録し、さらに単行本や雑誌掲載時のバロン吉元の挿絵も収めた、まさに「完全版」に相応しい本書で、久々に春吉の豪快な活躍を存分に楽しむことができました。
 本シリーズには長編の『大聖神』がありますが、こちらも是非復刊していただきたいものです。もちろん、本書のような装丁で!


『幻綺行 完全版』(横田順彌 竹書房文庫) Amazon

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2020.07.13

横田順彌『幻綺行 完全版』(その一) 帰ってきた自転車世界一周無銭旅行の豪傑!

 昨年逝去した横田順彌の第三の明治SFシリーズが帰ってきました。明治時代、自転車による世界一周無銭旅行を敢行した実在の人物・中村春吉。その春吉が、世界各地の秘境で謎と怪物に挑む短編連作シリーズが、単行本未収録の二編を加えてここに復活したのであります。

 押川春浪を中心に、明治時代のバンカラ人脈の人々が活躍する明治SFを数多く発表してきた作者。その作品の大半が日本を舞台とした作品であったのに対して、このシリーズは、その主人公の活動に合わせ世界各地を舞台としていることに大きな特徴があります。
 収録された6話はいずれも「SFアドベンチャー」誌に掲載されたものですが、単行本では4話のみの収録であったものを全話収録し、「完全版」と銘打ったのがこの文庫版であります。

 その装幀たるや、「新刊なのに古書」としかいいようのない凝りに凝ったもので、判っていても一瞬ギョッとさせられるほどの見事なものなのですが――現代に甦った明治の冒険譚に、これほど相応しいものはないといえるでしょう。

 さて、前置きはこれくらいにして、収録各話を一話ずつ紹介させていただきます。


「聖樹怪」
 探検に訪れたスマトラ島の町で、廓から飛び降りようとしていた日本人娼婦・雨宮志保を成り行きから助けた春吉。そのために人から預かった金を使ってしまった彼は、現地で働く青年・石峰省悟から、ボルネオの密林に眠るという山田長政の秘宝探しを持ちかけられるのでした。
 かくてボルネオ島に向かった春吉・志保・石峰は、現地の人々が恐れる密林に分け入っていくのですが……

 記念すべき第一話である本作では、シリーズのレギュラー三人の登場からその人物のキ紹介、初めての冒険が手際よく盛り込まれた物語であります。
 一身是胆の豪傑でありながらどこか抜けたところのある春吉、日本から拐かされて辛酸を嘗めながら勇気と知恵なら負けない志保、謹厳実直そうでいてお家再興のために宝探しに燃える石峰青年――全く異なる境遇ながら冒険心は共通する三人が挑むのは、冒険ものの王道というべき密林の奥地です。

 そこで彼らを待ち受けるものは――詳細は伏せますが、数十年前の少年誌の秘境探検もののグラビアなどで、読者を震え上がらせたあの怪物というのが嬉しい。
 もっとも、一般誌らしく(?)その力はより嫌らしいものとなっていますが、それを乗り越える志保の機転が、ある意味彼女の設定に即したものとなっているのも、何とも凄まじく感じられます。

 それにしてもその志保を、花和尚魯智深ばりの活躍で救出した春吉ですが――さすがにこの結末は悪党の方にちょっと同情してしまいます。


「奇窟魔」
 石峰青年と別れ、ビルマからカルカッタ、そしてネパール、チベットに向かった春吉と志保。そこで山中のラマ寺院が、近隣の娘たちを理不尽に召し上げていることを知った二人は、志保を身代わりに立てて、寺院に乗り込むことになります。
 そこで謎の地下通路に入り込んだ春吉の前に現れた奇怪な怪物たちの正体とは……

 毎回バラエティに富んだ舞台設定は本シリーズの特色ですが、今回は密林から一転、チベットの山中へ。しかしこの当時のチベットは鎖国状態、作中でも言及のある河口慧海が幾多の苦難を乗り越えて乗り込んだ、歴とした秘境といえるでしょう。
 さてそこで繰り広げられるのは――これまた色々な意味で何とも凄まじい悪事を働く一党との対決。まさに因果応報とも言うべき結末は痛快ですが、しかしさすがに春吉たちは楽観的過ぎるようにも感じます。

 ちなみに本シリーズの雑誌掲載時・単行本時のバロン吉元の見事な挿絵は、嬉しいことに本書にも収録されているのですが、本作の前半、インドの平原を一人行く春吉が狼に襲われるくだりの挿絵が、特に素晴らしい迫力で印象に残ります。

 それにしても、「いまこそ、真の蛮勇をふるう時ですわ」はもの凄いキラーフレーズ……


 残る4話は次回ご紹介いたします。


『幻綺行 完全版』(横田順彌 竹書房文庫) Amazon

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2020.07.09

矢島綾&吾峠呼世晴『鬼滅の刃 風の道しるべ』 風柱の過去、語られざる過去

 同日に原作単行本、ノベライゼーション(の電子版)、そして本書と、都合3点が発売された『鬼滅の刃』関連書籍。本書はこれまでもご紹介してきた矢島綾による小説版第3弾であります。これまで以上に踏み込んだエピソードの多い本書、キメツ学園を含めた全5話構成であります。

 これまで、(キメツ学園以外は)原作の語られざるエピソードを短編形式で収録してきたこの小説版ですが、今回もそのスタイルは健在。しかしその原作とのリンクの仕方は、より大きく、あるいは絶妙なところを突いていくようになった印象があります。

 その最たるものが、表題作であり、本書の4割を占めるボリュームの第1話「風の道しるべ」。風柱・不死川実弥の鬼殺隊入隊から、柱昇格までを中心に描く物語ですが――原作ファンであればよくご存じのとおり、そこにはもう一人の人物が大きく絡むこととなります。

 それは実弥にとって親しい人物であった粂野匡近――実弥を鬼殺隊に紹介し、そして二人で下弦の壱を倒したものの、自らはその戦いで命を落とした(そして結果的に実弥は柱に昇格することとなった)人物であります。
 この匡近、原作ではわずか2ページの出番(アップは一コマのみ!)ながら、実弥の人生に大きな影響を与えたことを窺わせるキャラだったのですが――このエピソードでは、彼の人となりや実弥との関係性が大きくクローズアップされることになります。

 原作にあるとおり、ただ一人力任せで鬼と戦っていた実弥と出会い、育手である自分の師を紹介した――すなわち実弥にとって兄弟子に当たる――匡近。自分とは正反対の、明るく軽薄にすら感じられる匡近に反発を抱きながらも、やがて名前で呼び合う仲になっていく実弥ですが、中堅にまで成長した二人は、ある日共同で任務に当たることになります。
 それは子供ばかりが行方不明になるという空き屋敷の調査――そこにはかつて、夫に虐待され、娘を病で失った末に姿を消した美しい女性が住んでいたというのであります。しかし屋敷に一歩足を踏み入れた実弥と匡近は、いつの間にか離ればなれとなって……

 先に述べた通り二人を待つ運命は明確なわけですが、そこに至るまでを丹念に描いていくこのエピソード。実弥と対照的に脳天気ですらある匡近の言動が漫画的ではあるのですが、しかしそれが実は――という展開は、予想はできたものの、グッとくるものがあります。
 そして本作オリジナルの下弦の壱も、シチュエーション的にちょっとだけ原作の別の鬼を思わせる部分はあるものの、実に厭なキャラクターと能力は印象的な造形。そして何よりもこの鬼が実弥を狙う理由が、彼の戦う理由に繋がる辺り、実弥の語られざる物語の敵として、納得できたところであります。


 と、第1話で大きく分量を取ってしまったので、簡単に他のエピソードを紹介すれば――
 鋼鐵塚蛍37歳のポンコツぶりを矯正するために周囲が仕組んだ見合いの顛末「鋼鐵塚蛍のお見合い」
 蝶屋敷で起きたある出来事をきっかけに生まれた伊之助とカナヲの交流「花と獣」
 移転間近の刀鍛治の里で、無一郎と小鉄が壊れた絡繰人形を直す姿を通じて無一郎の成長と夢を描く「明日の約束」
 学園で噂される怪談の内容を確かめに夜の校舎に向かった宇随・煉獄・カナエ・義勇が起こす騒動「中高一貫☆キメツ学園物語!! ミッドナイト・パレード」
 と、硬軟取り混ぜた内容であります

 これらのエピソードもさすがに手慣れた内容という印象なのですが、個人的にはちょっと驚いたのは第3話と第4話であります。
 第3話では、カナエが童磨戦直後に髪が乱れていたのが善逸と再会時には髪飾りをつけていた描写。そして第4話では、刀鍛治の里編で戦った面子と善逸・伊之助が賑やかに騒いでいるという、冷静に考えればこれ何時だ!? な第21巻冒頭の無一郎の回想の一コマ――このそれぞれにフォローが入っているのであります。

 細かいといえば非常に細かい点であり、(これまで同様)原作の小ネタを拾いすぎるのが鼻につく面もなきにしもあらずですが――しかし原作の語られざる物語を描くものとして、大いに納得できるスタンスではあります。


 というわけで今回も楽しめた小説版なのですが、唯一の問題は、原作完結の後に振り返ると(特に同時発売の原作第21巻の後だと)色々と曇らされる点でしょうか。
 いや、これは全く以て本作の責任ではないのですが……


『鬼滅の刃 風の道しるべ 』(矢島綾&吾峠呼世晴 集英社JUMP j BOOKS) Amazon


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 吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第21巻 無惨復活、そして二人の「超人」の間の相違

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2020.07.03

吉川景都『鬼を飼う』第7巻 大団円 この世界に生きる同じ「いきもの」たちを描く物語

 神話や伝説に登場する様々な妖怪や魔物たちを思わせる幻の獣たち・奇獣との出会いと戦いの物語『鬼を飼う』も、ついにこの第7巻で完結であります。恐るべき力を持つ伝説の奇獣「ナンバー04」の行方は、奇獣商ザイードの目的とは。そして全ての謎と因縁が解き明かされた時、鷹名とアリスの運命は……

 恐るべき殺傷力を持ち、奇獣を食うと言われる「ナンバー04」。かつて日露の戦場でこの奇獣と遭遇し、友人であった三条を殺されて以来、それを追うことのみを目的として来て生きてきた四王天、この04の力を手に入れてクーデターを起こそうとする宍戸、04を求めて日本政府に接近し暗躍するザイード……
 彼ら04を巡る者たちの戦いは、鷹名と司、「夜叉」の面々、マルグリッド、天久と徳永、そして何よりもアリスを巻き込んで、いよいよ決戦に臨むことになります。

 そんな中、ついに異形の奇獣・スキュラと化したアリスと、それでも彼女を受入れ、共に在ろうとする鷹名。しかし何故か彼女を執拗に狙う宍戸にアリスを連れ去られ、四王天と夜叉、鷹名たちは予測される次の04出現場所――富士山麓に向かうのでした。
 そしてそこで待ち受けるザイードと宍戸と対峙した時、ついに出現する04。

 果たして04の正体とは。宍戸の、ザイードの真実とは。そして人間と奇獣の運命は。決戦の地で、全ての真実が明かされた時、アリスと鷹名の選ぶ道は……


 かくて本作は、まさに「大団円」と呼ぶべき結末を迎えることになりました。

 前巻の紹介でも述べたように、終盤に来て、一気に一点に収束していくこととなった作中の要素や登場人物。その収束点こそがナンバー04であり――そして出現の地であることは言うまでもありません。
 そこで次々と明かされていくのは、登場人物たちの、そして物語に散りばめられた秘密また秘密――それが明かされていくたびに、パズルのピースが一つ一つ嵌っていくように、巨大な絵が浮かびあがる様は、まさに伝奇物語の醍醐味というほかありません。

 しかし、それは同時にまったく紹介者泣かせであります。何しろ物語のほとんど全てが秘密でできているようなもので、読みどころを紹介することができないのですから……
(それでも、無力に見えたあの人物が、その背負わされた過酷な運命の力で一矢報いた場面、そして最終決戦の最後の最後で逆転の鍵となったのが、今となっては実に懐かしいものであった場面にはグッと来た――と言うのは許されるでしょう)

 そのため、あいまいな表現となってしまい恐縮ではありますが――しかし鷹名とアリスの物語の結末には触れないわけにはいかないでしょう。
 希少な鬼飼血統の末裔として生まれた鷹名と、奇獣スキュラの幼生であるアリス。二人の出会いから始まった物語は、同じ二人によって幕を閉じることとなります。それがどのような形となったのか――その詳細は述べられませんが、そこに一抹の寂しさが伴うものであったことは否定できません。

 しかしそれを「運命」と評するつもりはありません。ここで二人が選んだ道は、そんなものに――すなわち二人が持って生まれたものに流されたのではなく、これまでの出会いから二人が感じたもの、二人の中に生まれたものを受け止めた上で、自分たちで選んだものなのですから。
 その二人の選択とそこにある意志は、あるいは未来への希望ということができるでしょう。そしてその点において二人の物語は、本作のもう一方の軸でありながら、初めから過去に因われ続け、奇獣に挑み続けた四王天の物語と対象的なものであると感じます。

 そしてまた、その二人の選択に、我々読者の分身とも言うべき司――鷹名に振り回され、その後をついていくのがやっとであった愛すべき凡人の存在が、決して意味がないものではなかったと感じるのも、決して故なきことではないでしょう。


 かくて物語は終わりを告げました。しかしその結末の先には我々の世界が存在します。そしてそのどこかには――そう考える時、どこかホッとした気分になるのは私だけではないでしょう。

 「実在の」妖怪や魔物たちを題材にしつつも、そこに新たな命を与え、既存の神話や伝説とは異なる伝奇物語を生み出してみせる――それだけでなく、同じ世界で暮らすごく普通の人々の姿をも同時に描いてみせた本作。この結末は、そんな物語だからこそ辿り着けたものであると感じられます。
 この世界に生きる同じ「いきもの」たちを描いた物語として……


『鬼を飼う』第7巻(吉川景都 少年画報社ヤングキングコミックス) Amazon


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2020.06.27

横山光輝『伊賀の影丸 土蜘蛛五人衆の巻』 影丸の「私闘」と彼の人間味と

 半蔵屋敷の門に打ち付けられた影丸の名の藁人形――それは秋月藩での事件で影丸らに壊滅させられた土蜘蛛党の残党、小頭五人衆の仕業だった。狙われているのは自分一人だと単身戦おうとした影丸は手傷を、彼を守るべく配置された精鋭たちも、度重なる攻撃に次々と倒されていく……

 『伊賀の影丸』全エピソード紹介も(長編は)残すところあと二回。今回は(も)異色のエピソード『土蜘蛛五人衆の巻』であります。

 一つ前のエピソード『邪鬼秘帳の巻』で、悪人・黒木弾正に雇われて暗躍した末、影丸に首領・幻斎坊を倒されて壊滅したかに思われた土蜘蛛党。しかし小頭五人――金目・猿彦・勘助・左京・竜三郎――が生き残り、影丸に復讐をせんと江戸に現れたのです。
 夜毎半蔵屋敷に呪いの藁人形を打ち付けていくという、陰湿極まりない嫌がらせを行う五人衆。もちろんそれを黙って見逃せるはずもなく、名指しされた影丸は真っ先に追うのですが――敵の秘術の前に、木の葉隠れの術で痛み分けに持ち込むのがやっとという有様であります。

 かくて半蔵は影丸警護のため、頑鉄・弓彦・善鬼・村雨源太郎の四人の精鋭を選び出し、ここに影丸を含めた五対五の戦いが始まるのですが……


 影丸たち公儀隠密と敵忍者のトーナメントバトルという点では、他のエピソードと大きく変わることはない――むしろかなりオーソドックスですらある今回のエピソード。

 しかし他と異なる特徴の一つは、他のエピソードからの連続性であります。
 本作では基本的に各エピソードは独立しており、共通する登場人物も影丸と半蔵のみ、あとごく僅かな例外が存在するだけですが――後はほとんど死んでしまうので――今回は上述の通り、明確に一つ前のエピソードの後日譚として設定されているのであります。
(しかし私が初めて読んだ秋田コミックスセレクト版では、『邪鬼秘帳』より先に収録されていたのが困ったもの)

 それだけでなく、今回は影丸側のキャラクターとして、『闇一族の巻』で生き残った村雨兄弟の二人、源太郎と十郎太が再登場。
 それもチョイ役ではなく、源太郎は代表選手として、その毒に強い体質を活かして敵の罠を破り、終盤に登場した十郎太も、最後の敵と一騎打ちする影丸を助ける役回りと、実に嬉しい活躍を見せてくれるのであります。

 この辺りは長きに渡るシリーズものならではと言えるかもしれませんが、この村雨兄弟の再登場は、次に述べるもう一つの特徴と繋がる点もあるのではないか――そう考えます。


 そのもう一つの特徴とは、今回のエピソードが、影丸の任務によるものではない――ある意味私闘である点であります。

 もちろん、影丸が五人衆に狙われるきっかけとなったのは、公儀隠密の任務の中で土蜘蛛党を壊滅させたためですが、しかしその後に復讐されることになったのは、これは相手の逆恨み。
 いちいち任務の結果で恨まれても――と作中で半蔵たちが困惑するのは、これは滅ぼした側の道理かもしれませんが(元々土蜘蛛党は、任務の際に儀式を行ったりと結社的な結びつきが強そうなのも理由のようにも思えます)、忍者としては当然の立場でしょう。

 何はともあれ、もちろん襲われたからには反撃しないわけにはいかないのですが、影丸にとってはそれは個人の事情で、すなわち私闘であり――だからこそ、今回の戦いで周囲に犠牲が出た際に、影丸はこれまでのエピソード以上に強い悲しみを見せ、そして強い闘志と憤りを見せていると感じられるのです。
(それは裏返せば、彼が任務の際にはひたすらドライに徹していることの現れでもあるのですが)

 しかし影丸はそんな戦いにおいて、決して孤独ではない。任務ではなく彼のために命を投げ出せるような仲間もいる――その現れが、村雨兄弟の存在であると感じられます。
 作中では珍しく自分の屋敷での描写があり、そして影丸が親しげに軽口まで叩く。そんな村雨兄弟の存在は、影丸の人間味を、そして彼に対する周囲の人間の情を示すものであり、そしてそれは復讐心や集団の掟で動いているであろう土蜘蛛五人衆と影丸の違いを示している――というのは牽強付会に過ぎるでしょうか。

 もちろん、影丸というキャラクターのこうした側面が、殺伐とした潰し合いの中で初めて描かれるというのは、ある意味実に本作らしいと感じますが……


『原作愛蔵版 伊賀の影丸』第8巻(横山光輝 講談社KCデラックス) Amazon

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2020.06.25

山口貴由『衛府の七忍』第9巻 激突、十大忍法vs時淀み 望みを巡る対決

 まつろわぬ者たちの代表者たち・怨身忍者が覇府=徳川幕府と対決する『衛府の七忍』の最新巻では、表紙の七忍勢揃いが示すように、この巻で最後の怨身忍者・雷鬼が登場することになります。その正体は雷小僧こと黒須京馬――真田十勇士の力を背負った彼は、魔剣豪・上泉信綱と激突することに……

 大坂夏の陣で真田幸村に従い、六人までが討ち死にを遂げた真田十勇士。信州上田城のに現れたその生き残り、猿飛佐助・霧隠才蔵・筧十蔵・穴山小助の四人の前に立ち塞がったのは、十勇士の弟分であった少年忍者・黒須京馬であります。
 主命によって佐助たちに挑む京馬は、大忍法「淤能碁呂」を用いると宣言。しかし次の瞬間、彼の肉体はバラバラになって……

 そんな意表を突いた場面から始まるこの巻。佐助たちはその場から消え失せ、残されたのは無惨に京馬の体からもがれた肉片のみ――と、誰が見ても京馬が佐助たちに敗れ去ったと思われた時、その場に現れたのは謎の老剣士であります。
 周囲を取り囲む侍たちに一斉に槍で突かれながらも、一瞬にして侍たちを蹴散らしたその剣士の名は鬼哭隊・上泉信綱――史実であれば数十年前に亡くなっているはずの大剣豪ではありませんか。

 そして信綱がその眼力でもって見抜いたのは、意外な場所に隠れていた京馬の存在。実は京馬は、大忍法「淤能碁呂」によって十勇士の体の各部分を移植されることにより、彼らの忍法を体得しようとしていたのであります。
 いまだ忍法が完成せぬまま捕らえられ、鬼哭隊の前線基地・鬼哭塔に捕らえられた京馬。しかしやがてその身に、十勇士たちの忍法が宿り……

 と、この巻で描かれるのは、十勇士の忍法を意外な形で受け継ぐこととなった(「淤能碁呂」の意味に感心!)京馬と信綱の激突。
 信綱といえば言うまでもなく日本剣法の祖の一人というビッグネームですが、本作では間合いの内の時間の流れを遅らせる「時淀み」を操る魔剣豪として描かれることになります。

 いや、時を淀ませるのは信綱の方ではなくて――とツッコミたくなりますがそれはさておき、これに抗する京馬の方も、一度は捕らわれの身になりつつも、次々と時満ちて宿る十勇士の力を借りて大反撃!
 と、ほとんど十勇士の忍法紹介でこの巻は終始した印象すらありますが、しかし京馬と信綱は、意外な形で対比されることになるのであります。


 この巻の中で「魔剣豪鬼譚」として描かれる信綱の過去。それは史実の信綱の姿をなぞりつつも、大きく途中で姿を変えることになります。
 信玄との絶望的な戦いの最中、陰流の奥義と言うべき時淀みの境地に至った信綱。しかしその無敵の力は、武士の望みの一切を、「命よりやんごとなきもの」を捧げることで授かった霊力であり――それは信綱を他者と隔て、ただ鬼との戦いに駆り立てるものでありました。

 望み――言い替えれば人として生きる理由。本作の信綱は、己の生の上での一切の望みを失った者であり――それに対して京馬は、ただこの一瞬に自分の生を燃やし尽くすことのみを望む者と言えるでしょう。
 共に明日のない身――といってもその意味は大きく違うのですが――でありつつも、その望みは、生の在り方は全く異なる二人。ここで描かれるのは、そんなある意味対極にある二人の激突なのであります。

 そして信綱の時淀みと、京馬の鬼噛みと――ある意味ネタ的な組み合わせではありますが――二人を象徴する技は、そのままそんな二人の生をも象徴しているとすら感じられるのであります。


 しかし京馬には、十勇士から与えられた新たな生が、託された望みがあります。彼はある意味十勇士の「子」であり――もはや子を抱くこともできなくなった信綱とここでも対極にある――そして最後の怨身忍者・雷鬼として生まれ変わったのですから。
 そしてその京馬=雷鬼の前に現れるのは、六人の鬼たちの幻。何とも胸躍る場面ですが、現実に彼らが出会うことも、おそらく遠い先のことではないと感じられます。

 いよいよ本作も折り返し地点と言うべきでしょうか。


『衛府の七忍』第9巻(山口貴由 秋田書店チャンピオンREDコミックス) Amazon

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 山口貴由『衛府の七忍』第6巻 あの惨劇を描く作者の矜持
 山口貴由『衛府の七忍』第7巻 好青年・総司と、舌なき者らの声を聴く鬼と
 山口貴由『衛府の七忍』第8巻 総司が見た幕府の姿、武士の姿 そして十人の戦鬼登場!

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2020.06.19

ゆうきまさみ『新九郎、奔る!』第4巻 地方から見る応仁の乱の空間的、時間的広がり

 若き日の北条早雲――伊勢新九郎の青春を描く『新九郎、奔る!』もこの第4巻で新章に突入。都を離れ、父の名代として所領である荏原に入った新九郎を待つのは、意外な事態――これまでとは異なる苦難に新九郎は挑むことになります。

 京で暮らすようになってほどなく勃発した応仁の乱に巻き込まれ、戦火の中で元服した新九郎。彼なりに乱と向き合おうとする新九郎ですが――今出川様に仕えていた兄・八郎が、主に従って京を離れようとした時、伯父の盛景に殺害されるという事件が、新九郎に大きな衝撃を与えることになります。
 そしてその悲劇から数年、少しだけ逞しくなった新九郎は、父の名代として、領地の東荏原に向かうことになったのであります。

 実はこの頃には(細川勝元の策の結果)応仁の乱は洛中から地方に飛び火し、各地の守護と土地の諸勢力の争いが激化。
 備中と備後の国境の荏原はその争いとは直接の関係はなかったものの、備後で勃発した乱の余波がいつこちらに来るかわからない――そんな状況で、京を離れられない父に代わり、新九郎は荏原での対応に当たることになったのです。

 しかしいざ荏原に着いてみれば、父の領地である東荏原と、伯父(あの盛景)の領地である西荏原の境界が曖昧な上、年貢の取り分も不明瞭。何よりも、父が――そして新九郎が東荏原の領主として民に認識されていないのであります。
 これは父が京での政争に明け暮れて、領地を顧みなかったためではあるのものの、当然そのままにはしておけません。何とか状況を打開しようとする新九郎ですが、空回りするばかりで……


 これまで、応仁の乱の最中の京洛という、歴史が音を立てて動くど真ん中で――もちろんその視点は、中心から少しずらした本作独特のものではあったのですが――描かれてきた本作。しかしこの巻は、そこから大きく外れた地方が舞台となります。
 正直なところ、いきなりミクロな展開となるのではないか、地味なお話になるのではないか――とも読む前は思ったのですが、もちろんそんな心配は無用のものでありました。

 もちろん、この巻の物語が、いきなり領主の名代という大役を背負わされた、そして京洛という、深いようで狭い世界しか知らなかった少年・新九郎の成長物語として面白いのは言うまでもありません。
 しかし何よりも感心させられるのは、一旦中央から離れた地方に舞台を移すことで、室町時代後期の世相・社会像の変化を――その引き金となった応仁の乱の広がりという点を含めて――物語と有機的に絡めて提示してみせた点であります。

 応仁の乱と言った場合、どうしても連想してしまうのは、その引き金となった複雑怪奇な室町政界の有様と、文字通り京洛が灰燼に帰することとなった激しい戦いの様相でしょう。
 しかし乱はそこだけで行われたものではなく、それだけに終わったものでもない――そんな乱の空間的、時間的広がりを、本作はこの荏原での物語と絡めて、巧みに描いてみせるのです。

 そしてその先にあるのが、新九郎が大活躍する戦国の世であることは言うまでもありませんが――その縮図を、荏原における伊勢家内部の争いという、一種過激なホームドラマとして描いてみせるのも、また本作らしいところであるといえるでしょう。


 おそらくは、この荏原での新九郎の経験が、後の北条早雲としての国造りに役立つことになるのだとは思いますが――さてそこに至るまでに何があるのか。ヒロイン的なキャラクターの登場もあり、新九郎のこの先が、今まで同様、いやそれ以上に気になってしまうのであります。


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2020.06.13

輪渡颯介『祟り神 怪談飯屋古狸』 凶盗と首縊りの木と――魚屋と!?

 怪談を聞かせると無代になる飯屋・古狸。古狸に今日も通う虎太は、かつて盗賊・蝦蟇蛙の吉一味に住人が皆殺しにされた店で行方不明になった若旦那の謎を調べるため、その家に泊まることになる。さらに、神木が切り倒されて以来、奇怪な首縊りが相次ぐ社を調べることになった虎太だが……

 怪談+ミステリ+コメディ(+猫)を描かせれば右に出るものがいない――というより斯界唯一の作者の新シリーズ『怪談飯屋古狸』、待望の第2弾であります。

 行方不明になった怪談マニアの父を探す兄弟が営む飯屋・古狸――父の手掛かりを得るため、怪談を聞かせるか怖い話に出た場所を訪れると無代になるという奇妙なルールがあるこの店に通うのは、主人公で檜物職人修行中の虎太であります。
 無職だった以前とは違い飯代の心配はなくなったものの、店主兄弟の妹で看板娘のお悌目当てにせっせと通い続ける虎太。しかし正義感と腕っ節は強いものの、大の怖がりで強い霊感持ち、おまけに阿呆のおかげで、虎太は大騒動に巻き込まれて――というのが、本シリーズの基本設定であります。

 さて、本作のメインとなるのは、押し入った先の人間は皆殺しにするという凶行を繰り返しながら、未だに捕らえられていない、盗賊・蝦蟇蛙の吉一味にまつわる空き店の怪であります。
 住人が一味に皆殺しにされて以来、住む人もない店で肝試しをするといって行方不明になった若旦那。古狸の常連であり、実は定町廻りの同心・千村の口利き(というか命令)で、虎太はこの店に岡っ引きの権左と泊まり込む羽目になります。

 その晩見た不気味な夢がきっかけで、若旦那の行方はわかったものの、今度は権左が持ち込んだ「首縊りの木」を調べることになった虎太。
 神木の欅が切り倒されて以来、切り倒した男を皮切りに、次々と人々がその隣の松の木で首を吊るという社で、早速恐ろしい体験をしてしまった虎太ですが……


 というわけで、今回も非常に洒落にならない物件に次々と関わることにまってしまう虎太。本人にとってはたまったものではないのですが、彼が次々と恐ろしい体験をして悲鳴を上げる羽目になるのは、こちらにとっては期待通りであります。
 シチュエーション自体は陰惨極まりないものの、関わる人間の妙にすっとぼけた個性のおかげで、怖いけれども後味は悪くない――というのは作者の作品の特徴ですが、本作でもその個性は十分発揮され、怖いのだけれど楽しいという、ちょっと矛盾した気持ちで、最後までひっぱられていってしまうのです。

 特に今回楽しいのは、団子こと千村の存在でしょう。普段は着流し姿で団子ばかり食べているものの、店には隠したその正体は町奉行所の切れ者同心である(ご丁寧にわざわざ店の外でこっそり着替えてくる)千村。
 前作である事件に巻き込まれ、千村に助けられた虎太は、それ以来頭が上がらず、今回のようにこき使われたりもするのですが――本来であれば手下には困らないはずの千村が、わざわざ虎太に声をかけてくる理由というのが、ロジカルなようで本作ならではの無茶苦茶さで実に面白いのです。

 そして散々危ない目に遭わせておいて、「俺が虎太に期待しているのは、こういうのじゃないんだよなあ」といけしゃあしゃあと言ってくるのも愉快なところで、なるほど作者の作品でお馴染みの、主人公を振り回すイイ性格のキャラ枠は、今回はこの人か――とニヤニヤしてしまった次第です。

 また、本シリーズの、いや作者の作品の面白さといえばミステリ的な仕掛けの部分ですが――あまり踏み込んでは書きませんが、冒頭で語られる夜毎出現する女幽霊のエピソードも含め、バラバラのピースがピタリピタリとはまり合って、一つの怪奇な因縁の姿が浮かび上がっていくのは、もちろん本作でも健在であります。


 そしてもう一つ――本作のゲストキャラについても触れておくべきでしょう。探索の途中、あるきっかけで虎太が知り合ったのは、鬼のように怖い面と巨体で、しかし猫大好きの通りすがりの魚屋。
 そう、作者のファンであればよくご存知のあの男が、本作で思わぬ――そして非常に「らしい」――形で登場してくれるのです。

 一歩間違えれば虎太とかぶるキャラだけにちょっと心配しましたが、十分節度ある登場で一安心。クロスオーバー好きとしては、何とも嬉しいファンサービスであります。


『祟り神 怪談飯屋古狸』(輪渡颯介 講談社) Amazon

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2020.06.04

吉川景都『鬼を飼う』第6巻 結末目前、収束する奇獣を巡る運命

 奇怪な姿と奇妙な能力を持つ幻の獣・奇獣を巡る物語もいよいよクライマックス。2ヶ月連続刊行の第6巻と第7巻で、『鬼を飼う』も完結であります。奉天と東京で繰り広げられていた奇獣を巡る事件はついに一つに収束し、結末に向けて動き出すことに……

 本郷の奇獣商・四王天と、彼の店に入り浸る帝大生・鷹名の周囲で次々と起きる奇獣絡みの事件。彼らや、特高の対奇獣部隊「夜叉」を巻き込んでいく事件の背後には、奉天の怪軍人・宍戸の存在がありました。
 奉天の奇獣商・琳花と結び、奇獣の軍事利用のために暗躍する宍戸。奇獣「ナンバー04」――150年前に目撃されて以来、消息不明であり、恐るべき殺傷力を持つという奇獣の確保が真の狙いであった宍戸は、奇獣商の元締め・ザイードと手を組み、ナンバー04確保に向けて動き出すのでした。

 一方、ナンバー04と深い因縁を持つ四王天も、自分の残りの人生を賭けてこれを追い、実は父が四王天の親友だった夜叉の隊長・三条もまた、不承不承ながら彼と協力することになります。
 そして宍戸の放った奇獣の毒に倒れたアリスと、彼女を救わんとする鷹名と司。自分の運命を狂わせた奇獣を奉天で追う新聞記者・天久と彼を助けようとする中国人姉弟。日本で独自に奇獣を追う天久の親友・徳永と(元)女給の竜江。夜叉の後ろ盾であり、今はザイードの傀儡となりつつある日本政府の六人会議……

 奇獣を追い求め、翻弄されてきた人々の運命が、いよいよ一点に向かい動き始めたのであります。


 かくて、結末に向けて怒濤の如く動き出した感のある本作。事ここに至れば、当初のような奇獣を巡る人情味のある奇譚・怪異譚の要素はほとんどなくなり(この巻の巻末の番外編にそれは残ってはいるのですが)、鷹名と司のコンビの出番もかなり少なくなっているのは少々残念ではあります。

 しかし、これまで物語に登場してきた身分や職業、人種もバラバラな人々の運命が思わぬところで結び付き、物語を貫く秘密に真実の光を当てていく様こそは、伝奇ものの王道。そしてこの巻に横溢しているのは、まさにその伝奇ものの醍醐味であります。
(以前も述べましたが、正直なところ、本作が始まった当初はここまでストレートな、そしてオリジナリティ溢れる伝奇ものになるとは思いもよりませんでした)


 そしてそんなこの巻において、最も印象に残るのは、いまや物語の一つの極とも言うべき(より正確には極であることを隠さなくなった)四王天の過去でしょう。
 これまで断片的に描かれてきた彼の過去――数少ない親友との交流や三条との因縁、そして何よりも、彼が何故奇獣商となったかを描くこのエピソードは、まさしくこの物語の基点を成すものというべきでしょう。

 しかしその一方で、本作にはもう一つの極が――すなわちアリスと鷹名の存在があります。

 四王天にとっては、そしてナンバー04を巡る物語においては、ある意味イレギュラーな存在である二人。そして四王天の物語が過去に縛られているとすれば、二人にはこの先の未来があるという点で、対極的と言えるかもしれません。
 しかし同時に、アリスと鷹名の物語には、未来という言葉とは裏腹の常に暗い影が――血と死の影がつきまとってきたのもまた事実であります。

 果たして二人の迎える未来が如何なるものなのか、いやそもそも二人に未来はあるのか――いや、二人に限らず、全ての登場人物たちの物語がいかなる未来を、結末を迎えるのか。
 残すところあと一巻、少しでも笑顔のある結末を期待したいのですが……


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2020.05.24

横山光輝『伊賀の影丸 邪鬼秘帖の巻』 影丸と邪鬼 宿敵同士がお家騒動に挑む異色編

 秋月藩で横行する辻斬り――その正体は、お家乗っ取りを企む次席家老・黒木弾正に雇われた阿魔野邪鬼ら四人の武芸者だった。ついに主席家老まで暗殺された中、江戸から派遣された影丸は、武芸者たちと対決する。さらに、口封じを企む黒木弾正が雇った忍者集団・土蜘蛛党が両者を狙うことに……

 『伊賀の影丸』全エピソード紹介の第七弾は、ある意味異色作の『邪鬼秘帖の巻』。タイトルから察せられるとおり、あの不死身の甲賀忍者・阿魔野邪鬼が三度登場するのですが――準主役として、これまでとは少々変わった役回りを果たすことになります。

 舞台となるのは城主が原因不明の病気に見舞われ、床から離れられない状態にある秋月藩。さらに主席家老が辻斬りに殺され、幼い藩主の嫡男までもが何者かに命を狙われる――という、まず典型的なお家騒動になりそうな状況にある藩です。
 ……そう、このエピソードはまさしくお家騒動もの。藩内の不穏な動きを察知した服部半蔵から派遣された影丸は、お家乗っ取りを企む次席家老の黒木弾正の陰謀に立ち向かうのであります。

 それでは邪鬼はといえば、黒木弾正が雇った四人の凄腕武芸者の一人として登場することになります。
 自分を含めた甲賀七人衆が影丸に敗れて若葉藩は改易、その後由比正雪と影丸の戦いに割って入るもこの時も一歩及ばず――と、その後どうやら自分の腕を頼りに諸国を放浪していたと思しき邪鬼。ここであからさまに悪人の弾正に雇われ、人斬りをしているというのも、邪鬼らしいと言えば言えます。

 もっとも200年生きているという彼にとっては、この稼業にも特に拘りがないらしく、同僚の他の三人が金だ酒だと言っているのにも一歩引いた形でクールさを崩さないのもまた「らしい」ところ。
 そんなある意味自由な立場の彼の存在が、物語をかき回していくことになるのです。


 さて、物語は影丸と邪鬼たちの戦いで展開していく――と思いきや、面白いのはここで両者共通の敵として、土蜘蛛党なる忍者集団が登場することでしょう。
 藩を探りに来た影丸と、自分を強請にかかるようになってきた雇われ武芸者たち――その双方を除くため弾正に雇われた土蜘蛛党。かくて展開する、影丸と邪鬼、そして土蜘蛛党の三つ巴の戦いが、お家騒動という定番の物語を複雑に、そしてより面白くしているのです。

 そして何よりも盛り上がるのは、こうした戦いの中で、影丸と邪鬼の共闘――とまではいかないものの、お互いが相手を好敵手として意識し、それぞれの危機にフォローに入るくだりでしょう。
 特に邪鬼はラストに至り、別にお前が好きだから助けたわけじゃないからね! と見事なツンデレぶりを発揮。お約束の倒されて復活――という展開もあるため、影丸に比べると少々割りを食った印象もありますが、終始このエピソードでは邪鬼が楽しそうにしているのが、何だかこちらも嬉しくなってくるのであります。


 その一方で、忍者アクションとしては、土蜘蛛党が集団戦主体であること、名のある敵が頭領の幻斎坊と小頭の勘助しかいない(しかも勘助は途中でフェードアウト)こともあり今ひとつに感じられるのですが――その代わり、邪鬼以外の三人の武芸者が、槍・鎖鎌・刀とそれぞれの得物で、並みの忍者では歯が立たない強豪ぶりを見せてくれるのが楽しい。
 忍者ものである、武士の活躍がほとんど見られない本作ですが、そんなこともあってここで描かれる手練れの武士のアクションは実に新鮮で、この点も、定番のようでいてユニークなこのエピソードを盛り上げる一因となっているといえるでしょう。

 一方、忍者アクションの方は、後日譚である『土蜘蛛五人衆の巻』で描かれることとなりますが――こういう物語の引きも含め、やはり本作の中では異色のエピソードであります。


『原作愛蔵版 伊賀の影丸』第7巻(横山光輝 講談社KCデラックス) Amazon

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