2025.01.05

明治に生きる新撰組――原田・斎藤・山崎は誠を貫けるか!? 矢野隆『至誠の残滓』

 主役になることは少ないものの、新撰組では人気者の一人である原田左之助。本作は、幕末を生き延びていた原田をはじめ、明治の世を生きる新撰組隊士三人を描くハードボイルドタッチの物語です。原田、斎藤一、そして山崎烝(!)――もがきながらもそれぞれの誠を求める三人の向かう先は!?

 東京の片隅にある古物屋「詮偽堂」――その主人・松山勝の正体は、幕末に上野で戦死したはずの元新撰組十番組組長・原田左之助。病身の妻を抱える原田は、高波梓の名でやはり密かに生き延びていた山崎烝と時に酒を酌み交わしながら、静かに暮らしていたのですが――そこにもう一人の元新撰組隊士が現れます。
 それは、かつて三番組組長であり、今は警官となっている藤田五郎こと斎藤一。新撰組時代から斎藤と反りの合わなかった原田は邪険に扱おうとしますが、妻の薬代のため、長州閥と結んで悪事を働く士族の調査を引き受けることに……


 この表題作から始まる本作は、原田・山崎・斎藤の三人が主人公を務める全七話の連作集として構成されています。明治の新撰組といえば、今では即、斎藤一が連想される(次点で永倉新八)わけですが、その斎藤だけでなく、原田と山崎が登場するというのがユニークな点です。
 原田といえば、上野戦争で戦死せずに生き延び、満州に渡って馬賊となったという巷説のある人物だけに、明治以降に登場する作品は皆無ではないのですが――山崎は非常に珍しいといえます。彼については死亡の記録がしっかり残っているだけに、実は生きていたというのは難しいのですが、そこは本作独自の理由を設定している点が面白いところです。

 さて、こうして明治の世に姿を現した新撰組隊士三人ですが、それぞれ実に「らしい」キャラクターとして描かれているのが嬉しくなります。
 難しいことを考えずに直情径行で突っ込む原田、冷徹で非情に見えて内に熱い信念を持つ斎藤、荒事は苦手だけれども監察で鍛えた人間観察眼を持つ山崎――それぞれのキャラクターは決して斬新というわけではありませんが、それだけに納得のいく言動には、新撰組ファンであれば必ずや満足できるでしょう。


 しかし、本作の舞台となる明治11年から18年においては、彼らが活躍した時代は既に過去のものです。それどころか、幕末での新撰組に恨みを持つ者が新政府にも少なくない状況で、かつての自分の名を名乗ることもできず(特に死んだはずの二人は)、彼らは新たな名でそれぞれの生活を営んでいるのです。

 そんな中で、果たして彼らはかつての誠の志を抱いて、生きていくことができるのか――本作はそれを鋭く問いかけるのです。

 特に中盤以降、斎藤そして山崎は、ある人物に絡め取られてその走狗として生きることを余儀なくされます。その人物とは山縣有朋――長州出身の軍閥の首魁ともいうべき男であり、後には元老として絶大な権力を振るった存在です。
 当然というべきか、この時代を描くフィクションでは悪役になることの多い山縣ですが、本作においてもそれは同様――斎藤たちを操り、数々の陰謀を巡らせる、何を考えているのか山崎にすら読ませない不気味な存在として、作中に君臨するのです。

 この明治政府の闇の象徴ともいうべき存在を前にしては、所詮は一人の人間である斎藤も山崎も、無力な存在に過ぎません。それでも己の中の誠と折り合いをつけ、この時代を生き延びようとする彼らの戦いは何ともドライかつ重く、それが本作のハードボイルドな空気を形作っています。

 果たしてこの山縣の闇に、原田までもが飲み込まれてしまうのか。そして彼らはかつての誠を失い、走狗として死ぬまで戦い続けることになるのか……
 それでも山縣が企む最後の陰謀に対して意地を見せる三人ですが――そんな緊迫感溢れる終盤において、読者は本作を誰が書いたのか、改めて思い知らされることになります。

 作者はデビュー作の『蛇衆』以来、様々な形で「戦う者」「戦い続ける者」を描いてきました。
 見ようによってはやり過ぎに感じられるかもしれない本作のクライマックスは、しかしそんな作者のまさしく真骨頂。あまりにも作者らしい展開であり、そしてその先に待ち受ける結末とともに、新撰組ファン、そして作者のファンとしては、思わず笑顔で頷いてしまうのです。

 たとえ時代が変わっても、一度は己を殺すことになっても、決して消えない、変わらない――そんな熱い想いを持った男を描いた快作です。

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2024.12.31

2024年に語り残した歴史時代小説(その二)

 今年まだ紹介できていなかった作品の概要紹介、後編です。

『了巷説百物語』(京極夏彦 KADOKAWA)
 ついに登場した『巷説百物語』シリーズ完結編は、長い間待たされた甲斐のある超大作。千代田のお城に巣食っているでけェ鼠との対決は思わぬ方向に発展し、壮絶な決着を迎えることになります。

 そんな本作の魅力は、何と言ってもオールスターキャストでしょう。山猫廻しのお銀や事触れの治平ら、お馴染みの化け物遣いの面々に加えて、西のチームや算盤の徳次郎が集結――その一方で化け物遣いと対峙する存在として、嘘を見破る洞観屋の藤兵衛、化け物を祓う中禅寺洲斎が登場、さらに謎の悪人集団・七福連も登場し、幾重にも勢力が入り乱れた戦いが繰り広げられます。

 とにかく、過去の登場人物や事件まで全てを拾い上げ、丹念に織り上げた物語は大団円にふさわしい本作ですが、その一方で過去の作品の内容と密接に関わっている部分もあり、単独の作品として読む場合にはちょっと評価が難しいのは否めないところでもあります。


『円かなる大地』(武川佑 講談社)
 アイヌを題材とした作品といえば、その大半が明治時代以降を舞台としていますが、本作は戦国時代というかなり珍しい時期を題材に、その舞台だからこその物語を描いてみせた雄編です。

 些細なきっかけから、蝦夷の戦国大名・蠣崎家から激しい攻撃を受けることとなったシリウチコタンのアイヌたち。悪党と呼ばれるアイヌ・シラウキによって人質にされた蠣崎家の姫・稲は、女性たちをはじめアイヌに対してあまりにも無惨な所業に出る和人を止めるため、ある手段に出ることを決意します。
 しかし、籠城を続けるシリウチコタンが保つのは十五日程度、その間に目的を果たすべく、稲姫とシラウキを中心に、国や人種の境を越えた人々が集い、旅に出ることに……

 戦国時代の一つの史実を題材に、アイヌと和人の間で悲惨な戦いを避けるべく奔走した人々を描く本作。作中でアイヌが置かれた状況のあまりの過酷さに重い気持ちになりつつ、主人公たちが目的を達成できるよう、これほど感情移入して応援した作品はかつてなかったと思います。

 しかし本作は、単純にアイヌと和人を善悪に分けるのではなく、そのそれぞれの心に潜むものを丹念に描いていきます(悪役と思われた人物の思わぬ言葉にハッとさせられることも……)。
 作者はこれまで、戦国ものを描きつつも、武器を取って戦う者たちの視点からではない、また別の立場から戦う者の視点から物語を描いてきました。本作はその一つの到達点と感じます。


『憧れ写楽』(谷津矢車 文藝春秋)
 ここからは最近の作品。来年の大河ドラマの題材が蔦屋重三郎ということで、蔦屋だけでなく彼がプロデュースした写楽を題材とする作品も様々に発表されています。

 その一つである本作は、写楽の正体は斎藤十郎兵衛だけではない、という当人の言葉を元に、老舗版元の若き主人である鶴屋喜右衛門が喜多川歌麿と共にその正体を追う時代ミステリですが――しかし謎を追う過程で喜右衛門がぶつかるのはどこか我々にも見覚えのある「壁」や「天井」です。
 それだけに重苦しい展開が続きますが、だからこそ、その先に描かれる写楽の存在に託されたものが胸に響きます。


『イクサガミ 人』(今村翔吾 講談社文庫)
 Netflixで岡田准一主演で映像化という、仰天の展開が予定されている『イクサガミ』。当初予定の三作では終わりませんでしたが、しかし三作目の本作を読めば、いいからまだまだやってくれ! と言いたくもなります。
 いよいよ「蠱毒」も終盤戦、東京に入れるのは十名までというルールの下、残り僅かな札を求めて強豪たちが集結――前半の島田宿では、まだこれほどの使い手がいたのか! と驚かされるような面子が集結し、激闘を展開します。
 その一方で、主催者側の隠された意図もちらつきはじめ、いよいよ不穏の度を増す戦いは、東京を目前とした横浜でクライマックスを迎えます。文字通り疾走感溢れる決戦の先に何が待つのか――来年刊行される最終巻には期待しかありません。

 最後にもう一作品、『篠笛五人娘 十手笛おみく捕物帳 三』(田中啓文 集英社文庫)については、近々にご紹介の予定ですので、ここでは名前のみ挙げておきます。

それでは良いお年を!

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2024.12.22

二人の復讐劇の結末 地獄の連鎖の先に よしおかちひろ『オーディンの舟葬』第3巻

 恩人を殺した仇を追う「戦狼(ヒルドルヴ)」ことルークと、その仇である一方で自分もヴァイキング王を仇として狙う白髪のエイナル――ヴァイキングのイングランド侵攻を舞台に繰り広げられる壮絶な復讐撃の最終巻です。それぞれ大きな喪失感を抱えつつ、死闘を繰り広げる二人の行き着く先は……

 イングランドとデンマークのヴァイキングの戦いの最中、育ての親である神父をエイナルに惨殺されたルーク。幼い頃から共に育った二匹の狼と共にエイナルを追い、ヴァイキングを狩る彼は、「戦狼」と呼ばれ恐れられるようになります。
 しかしその一方で、返り討ちを狙うエイナルもまた、両親の仇であり、実は叔父であるヴァイキング王・双叉髭のスヴェンを付け狙っていました。

 イングランド軍のアランに利用されるルークと、スヴェンの第二王子・クヌート付きとなったエイナル。アランとスヴェンに翻弄されつつも、ルークとエイナルはなおも激しくぶつかり合います。
 さらにそれぞれ大きな喪失を味わった二人の戦いは、ついに始まったイングランドとデンマークの全面戦争の最中、いよいよエスカレートを続けていくのですが……


 前巻ではイングランドとデンマークの歴史という巨大なうねりの中に飲み込まれた感のあったルークとエイナルの戦い。しかしいきなり冒頭からどうしようもない地獄絵図を繰り広げる両者の対決は、怒り狂うルークの行動によって、思わぬ方向に展開していくことになります。

 恨み重なるエイナルに対して、もはや死すら生ぬるいと恐るべき罰を下したルーク。彼の目論見通りに凄まじい喪失感を抱えたエイナルの行動は、さらなる惨劇を生み出します。二人の暴走が史実と結びついたことにより、さらなる戦禍が生まれる――憎悪が憎悪を呼び、殺戮が殺戮を呼ぶ。二人を結ぶそんな関係性は、国と国のレベルで拡大されていくのです。

 しかし、それは避けられない必然なのか。その地獄の連鎖は、断ち切ることはできないのか――?
 思えばルークもエイナルも、それぞれにかけがえのない存在がありました。それを無惨に奪われたからこその復讐行であることは言うまでもありませんが、しかしその不毛さにルークが気付いたのは、彼にとってのかけがえのない存在の一人が、愛と寛容を語る神父であったからでしょうか。
(一方のエイナルもまた、その喪ったものの大きさには胸が痛むのですが――それがああも歪んでしまったのは、これはヴァイキングという環境故と言うべきかもしれません)

 そして二人の最後の対決において、ルークは以前とは全く異なる言葉をエイナルに語りかけ、全く異なる道を選択します。それに対してエイナルが何を答え、応えたのか、そしてその先にルークを待っていたものは――これはぜひ実際に作品を見ていただきたいと思います。


 正直なところ、前巻でそれぞれ主役を食う存在感を発揮したスヴェンとアランの扱いなど、結末を急いだ感がないでもありません。
 そしてまた、そこで描かれたものには、言葉を失うほかないのですが――しかし、歴史の陰で繰り広げられた二人の青年の復讐劇が、一つの史実につながっていく結末には、小さな光の存在が感じられます。

 たとえか細く、容易にかき消されるものだとしても、確かに闇の中に存在する人間性の光。本作は途方もない喪失感の先に、それを描いた物語であったというべきでしょうか。


『オーディンの舟葬』第3巻(よしおかちひろ コアミックスゼノンコミックス) Amazon

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2024.12.20

またしてもの将軍位争いに振り回される男 ゆうきまさみ『新九郎、奔る!』第18巻

 駿河での跡目争いも決着し、ようやく京に帰ってきた新九郎。しかし不在の間に彼のいる場所は将軍義尚の下にはなくなり、再び失職――と思いきや、そんなことは言っていられないような事態となります。その渦中に思わぬ形で引き込まれることになった新九郎の明日はどっちでしょうか。

 駿河守護の跡目を巡る龍王丸方と小鹿新五郎方の争いは、全面衝突に発展した末、新九郎が後見を務める甥の龍王丸側の勝利に終わります。その後始末も終わり、実に久方ぶりに京に帰ってきた新九郎。しかし彼の本来の主である義尚は、新九郎不在の間、ほぼ鈎の陣で六角氏と対陣中――そこに不参加だった上に、何かと口うるさい新九郎は、ついに義尚と対面することもできず、陣を去ることになります。

 かくて再び無職となってしまった新九郎ですが、しかしその身は既に次代の将軍位争いに巻き込まれていました。既に余命幾ばくもない状態となってしまった義尚の次を窺うのは、堀越公方・足利政知の子である清晃と、足利義視の子である義材――駿河に滞在していた際に政知と縁が生まれ、所領を与えられた新九郎は、望むと望まざるとにかかわらず、清晃派となってしまったのです。

 義尚が倒れれば、次の将軍を定めるのは大御所である義政。しかしこの怪人物の意図を余人のスケールで計れるはずもなく、周囲は散々振り回されることになります。
(そんな中でも、清晃方のために「何か」やっているのが、新九郎の成長というかなんというか)
 そんな中、突然新九郎は義材に呼び出されて……


 というわけで、駿河での奔走が終わったと思いきや、京で二人の将軍候補の間を奔走する羽目となった新九郎。物語が始まって以来、ずっと足利家は将軍位争いをしているなあという感じですが、これが史実なので仕方がない。そしてそんな中で、生真面目で融通の効かない新九郎が周囲の思惑に振り回されるというのもこれまで通りではあります。

 しかし今回の争いは、上で述べたように新九郎は既に政知から所領を得てしまっているからには清晃派にならざるを得ないはず。さらにかつて応仁の乱の折、義材の父・義視のために自分の兄が横死する羽目になったことを思えば、悩むまでもないかと思われたのですが――ここで義材が、足利家の人間とは思えないほど「いいヤツだーっ!!」なのは歴史の皮肉というべきでしょうか。

 この先も新九郎の運命は二転三転、この巻の終盤では、ちょっと予想外の方向に転んでいくのですが――いやはや、新九郎ともども、読者もいいように振り回されている気持ちになるのは、これは作者の技というものでしょう。


 そしてそんな作者の技をこの巻で最も強く感じたのは、この巻の冒頭で示される、新九郎と義尚の関係性の描写です。
 先に述べた通り、義尚への目通りも叶わなくなってしまった新九郎ですが、だからこそ彼が果たそうとしたのは、かつて義尚と交わした約束――木彫りの馬ではなく本物の馬を献じること。なるほど、これがきっかけで新九郎と義尚の絆が甦るのだな、などと予想していれば、そのすぐ先に待ち受けるものに驚かされることになります。

 そんな、ここで馬がドラマに繋がらないとは!? と愕然としていたところに――と、この先の展開は伏せますが、ほとんど不意打ちのように描かれる展開の巧みさには、もはや痺れるしかないのです。
(痺れるといえば、中風で倒れた義政の、ギリギリ感のある天丼描写もまた凄まじいのですが……)

 これまで何度も何度も唸らされてきましたが、ただでさえドラマチックな(しかしとてつもなく入り組んだ)史実を、漫画として見せてくる作者の漫画の巧さに、また改めて唸らされてしまった次第です。


『新九郎、奔る!』第18巻(ゆうきまさみ 小学館ビッグコミックス) Amazon


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2024.12.19

「コミック乱ツインズ」 2025年1月号(その二)

 号数の上ではもう1月、「コミック乱ツインズ」1月号の紹介の後半です。

『老媼茶話裏語』(小林裕和)
 『戦国八咫烏』(懐かしい)による本作は、タイトルのとおり「老媼茶話」を題材とした怪異ものです。「老媼茶話」は18世紀中期に会津の武士が著したもので、タイトルのとおり村の老媼が茶飲み話で語った物語を書き留めた、というスタイルの奇談集です。
 本作はその巻の五「猪鼻山天狗」――後に月岡芳年が浮世絵の題材ともしているエピソードを題材としています。

 猪鼻山に住み着き、空海に封じられた大頭魔王なる妖が周囲の人々を悩ましていると知った武将・蒲生貞秀。貞秀は配下の中でも武勇の誉れ高い土岐元貞に、妖を退治するよう命じます。勇躍山を登り、魔王堂の前についた元貞に襲いかかったのは、巨大な動く仁王像――しかし元貞は全く恐れる風もなく仁王像に斬りつけた上、文字通り叩きのめします。さらに元貞の前には阿弥陀如来が現れるものの、元貞は全く動じず一撃を食らわせるのでした。
 そして山の妖を倒したと貞秀の前に帰還した元貞。しかしその時……

 と、原典の内容を踏まえた物語を展開させつつ、本作はそこで語られなかった事実を描きます。誰もが称賛する配下の猛将・元貞に対して、貞秀が密かに抱いていた心の陰の部分を――と思いきや、それだけでなくもう一つのどんでん返し、原典に描かれた物語のさらに先が語られるという、なかなか凝った構成の作品となっているのです。

 このように、江戸奇談・怪談を題材とした作品でもあまり用いられたことのない題材、そして二度に渡るどんでん返しと、ユニークな作品であることは間違いないのですが――しかしその一方で、クライマックスに登場するのがあまりにも漫画チックな存在で、物語の雰囲気を一気に崩した感があるのが、なんとも残念なところです。
(もう一つ、原典の非常に伝奇的なネタがばっさりオミットされてしまうのも、個人的に残念なところではありますが)


『ビジャの女王』(森秀樹)
 城内に侵入し、地下の娼館街に隠れたオッド姫を追ったモンゴル兵たちも全滅し、ひとまず危機から逃れたビジャ。さらにビジャを包囲するラジンの元に、モンゴルのハーン・モンケからの使者が訪れ、事態は思わぬ方向に展開していきます。

 かつて自分と争ったモンケの娘・クトゥルンを惨殺したラジン。殺らなければ殺られる状況下ではあったとはいえ、いかに実力主義のモンゴルであっても、あれはさすがにやりすぎだったようです。
 かくて、ビジャを落とせば兵の命は助けるという条件でモンケの召還(=処刑)を受け入れることになったラジンですが――しかし彼が黙って死を受け入れるはずがありません。副官の「名無し」に謎の密命を授け(何のことだがわからんと真顔で焦る名無しに、すかさずフォローを入れるのがおかしい)、自分はむしろ意気揚々と去っていきます。

 なにはともあれ、ビジャにとっては最大の強敵が去ったわけですが、しかしモンゴルの包囲は変わらず、そして城内にもまだ侵入した兵が残っている状態。それでもビジャが負けなかったことは間違いありませんが――まだまだ大変な事態は続きそうです。


『江戸の不倫は死の香り』(山口譲司)
 次号では表紙&巻頭カラーと、何気に本誌の連載陣でも一定の位置を占めている本作。今回の舞台となる土屋相模守の下屋敷では、数年前に病で視力を失い隠居した先代・彦直が暮らしていたのですが――その彦直の世話のため、下女のりんがやってきたことから悲劇が始まります。
 婿養子である彦直に対して愛が薄く、ほとんど下屋敷にやって来ることもない正室。そんな中で、心優しいりんに彦直は心惹かれ、やがて二人は愛し合うようになったのです。しかしそれを知った正室は……

 いや、確かに正室はいるものの実質的には純愛に近く、これはセーフでは? と思わされる今回ですが(いつもの話のように、正室を除こうとしたわけでもなく……)しかし待ち受けているのは地獄のような展開。りんがいつもつけていた糸瓜水が仇となった上に、終盤でのある人物の全く容赦のない言葉には愕然とさせられます。
 ラストシーンこそ何となく美しく見えますが、いつも以上に胸糞の悪い結末です。
(こういう時こそ損料屋を呼ぶべきでは!? などと混乱してしまうほどに)


 次号は『雑兵物語 明日はどっちへ』(やまさき拓味)が最終回、特別読切で『すみ・たか姉妹仇討ち』(盛田賢司)と『猫じゃ!!』(碧也ぴんく)が登場の予定です。


「コミック乱ツインズ」2025年1月号(リイド社) Amazon

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2024.12.16

黒幕? 伊達政宗のスカウト わらいなく『ZINGNIZE』第12巻

 超絶豪快バイオレンス忍法活劇『ZINGNIZE』第12巻は、様々な登場人物の視点から、物語が描かれる舞台背景・時代状況を振り返るという趣もある内容。これまでに比べるとバトル少なめではありますが、しかしとんでもない展開連発であることは間違いありません。

 高坂甚内を腕利きの刺客たちが追う状況の中、宗旨替えしたか高坂に賞金をかけた黒幕である本多正信・正純父子を襲う二人の刺客。その前に立ち塞がった奇怪な術使いの顔は、かつて服部半蔵に粉砕されたはずの小幡道牛で――という衝撃的な引きで終わった前巻。
 この巻の冒頭では、その二人の刺客の正体――オネエ言葉のコウモリ男が霧隠才蔵、謎のルチャ侍(礼儀正しい)が猿飛佐助であったのが明らかになっただけでなく、戦いに割って入った槍使いの刺客が後藤又兵衛という豪華すぎる顔ぶれが勢揃い。この時代の伝奇ものファン的にはもう鼻血の出そうな面子です。

 その結果として、道牛のことなどは有耶無耶に終わりましたが、それもまあ本作らしい。むしろ本多正信周りで気になるのは、彼が本能寺の変の直後に目撃した、服部半蔵の群れとそれを従える大久保長安の存在であるわけですが……


 さて、自分の首をかけて場外乱闘が繰り広げられているとも知らずにいた高坂(冷静に考えたら回想シーン以外で登場するのは久しぶり?)の前に現れたのは、ボー・ガルダンを連れたサー・カウラーではなく、伊達成実を連れた伊達政宗。久々の登場ですが、実は彼こそが本作における最大の黒幕(かもしれない)ことが、ここで語られます。

 関ケ原の戦で勝利を収め、天下を手にした家康と、彼にとっては目の上のこぶである大坂の豊臣秀頼――険悪極まりない関係となった徳川と豊臣の対立は、松平忠輝(前巻から後ろ姿しか登場しないものの、異様に格好良い)の仲介で一旦は収まりました。
 しかしその忠輝の付家老は大久保長安、そして忠輝の正室の父であり、イスパニア勢力との結びつきが囁かれる男こそ伊達政宗なのです。

 以前も高坂と復活太田道灌の戦いに乱入した政宗は、豊臣家の箔とイスパニアの技術力、長安の経済力を手に天下を窺っている――いかにも伝奇ものらしい企みといえばその通りですが、しかし史実を繋ぎ合わせるとその絵図が浮かぶのもまた事実ではあります。

 そして本作の政宗は、高坂をもスカウトせんとするのですが――あまりのお耽美ぶりに(?)ドン引きされたりして今回はあっさり引き下がったものの、今後とも政宗は長安と並び、本作の台風の目であることは間違いないでしょう。


 さて、その一方で長安からの命令と高坂への想いの間で悶々とする(本当にそんな感じの)お菊ですが、四条河原の阿国の興行を突如襲った巨大カラクリ相手に大奮戦を繰り広げます。
 その中で、戦いに巻き込まれたメガネっ子を救い出すお菊ですが――なにげにこの巻の表紙を飾っている(にもかかわらず正体不明の)彼女は高坂の知り合いらしく? というところで次巻に続きます。

 第一部に比べるとより歴史の動きに密着した、そして数多くのキャラクターが入り乱れて先が全く見えない展開ですが、それもまた時代伝奇の醍醐味。振り回されるままに、この先の物語を楽しみたいと思います。


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2024.11.29

白虎隊の少年、西部で生きる意味を知る 吉川永青『虎と兎』

 時代劇と西部劇は琴線が響き合うのか、数は多くないものの、サムライがガンマンと共演する作品は途切れません。本作はその中でも、白虎隊の生き残りの少年が西部に渡り、原住民の少女を助けて、カスター中佐やピンカートン探偵社と対決する活劇です。

 白虎隊の一員として会津戦争を戦い、落城に際して切腹しようとしていたところを、最年少であったことから周囲に逃され、心ならずも生き延びた少年・三村虎太郎。
 自分が生き延びた意味を探す彼は、幼馴染みがプロイセン商人・スネルの妻となった縁から、共にカリフォルニアに移住し、茶の栽培に携わることになります。

 新天地の生活で苦労も多い中、行き倒れていたシャイアン族の少女・ルルを助けた虎太郎。しかし彼女がコロニーの生活に慣れた頃、周囲に不審な影が出没します。
 実は、原住民たちを虐待、虐殺するカスター中佐のもとから開発中の秘密兵器の設計図を盗み、逃げてきたというルル。それに対し、カスターはピンカートン探偵社に依頼し、彼女を捕らえようとしていたのです。

 ついに迫るピンカートンの追手に対し、ルルを連れてコロニーから脱出した虎太郎。二人はルルの部族の生き残りを求めて、旅に出ることになります。
 その中で、ピンカートンの追っ手や横暴な白人の戦いを繰り返し、原住民たちと触れ合う中で、彼らの生き方を知り、様々なことを学ぶ虎太郎。さらに売出し中のビリー・ザ・キッドと意気投合し、冒険の旅を続けた二人は、ついにシャイアンの生き残りと合流するのですが……


 冒頭で触れた通り、日本の武士(もしくは武芸者)が開拓時代のアメリカに渡って冒険を繰り広げるというシチュエーションは、異文化同士のファーストコンタクトや、何よりも異種格闘技戦的興味を満たすためか、これまで様々な作品が描かれてきました。
 そんな中で本作が目を引くのは、主人公が白虎隊の生き残りであり、そしてそれ以上に若松コロニーの参加者であることでしょう。

 幕末に奥羽越列藩同盟に接近した怪商スネル兄弟の兄であり、松平容保から平松武兵衛の名を与えられたヘンリー・スネル。その彼が会津藩の敗北後、日本人妻をはじめ会津若松の人々数十名を連れてアメリカに移住した若松コロニー――その辿った運命は本作でも語られるために避けますが、なるほど、会津の若者をアメリカ西部に誘うのに、これ以上相応しい仕掛けはないでしょう。
(ただまあ、このアイディアは本作は最初というわけではないのですが……)

 こうしてアメリカに渡った主人公・虎太郎ですが、まだまだ年若く、そして様々な意味で未熟なキャラクターではあります。
 官軍の横暴に追い詰められた末に全てを失い、自分一人が生き残ってしまった虎太郎。以来、己の命の意味に悩み続ける彼が、白人の横暴で全てを失い、いま命も奪われようとしているルルに己を投影し、彼女を助けて冒険の旅に出るのは納得できます。

 しかしもちろん、彼は一人ではありません。会津戦争で彼を救った人々、若松コロニーの同胞、行く先々で出会う原住民たち――そんな人々が、時に彼に生きるべき方向を示し、時に生きる術を教え(元会津藩士から御式内を教わるのが熱い)、少しずつ彼は自分が生きる意味を――他者と共に生きる意味を知っていくことになります。
 そんな本作、西部劇アクションの変奏曲ではありつつも、それ以上にビルドゥングスロマンの性格を強く持った物語といえます。


 しかし本作の場合少々戸惑ってしまうのは、世界観があまりに白黒はっきり別れたていることで――特にカスターの狂人じみた悪役ぶりには鼻白むものがあります。

 もちろん、彼の行動について、特に本作でも大きな意味を持つウォシタ川の虐殺は全く評価できるものではなく、悪役とするには適任というべきかもしれません。しかし彼一人を強烈な悪人として描くことによって、アメリカという国家と原住民との戦争の――さらに言ってしまえば人間を抑圧するものと人間の尊厳の戦いの――性格がぼやけてしまったのではないか――そんな懸念はあります。

 もう一つ、カスターを敵とする以上、ラストの展開は予想できるのですが、若松コロニーをスタートとしたことで、結構時間的にも地理的にも間が開いてしまうのは、ある意味歴史小説の必然ではあるのですが、やはり歯がゆいところではあります。
 主人公を悩める少年とすることで単純な「日本人救世主」ものになることを回避し、青春小説としての爽やかさを与えている点は評価できるだけに、これらの点は勿体無いと感じたところです。


『虎と兎』(吉川永青 朝日新聞出版) Amazon

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2024.11.20

総司の秘密、山南の秘密 安田剛士『青のミブロ 新選組編』第2巻

 アニメも現在放送中の『青のミブロ』、原作の方は新選組編として新章が展開しています。岡田以蔵との死闘の後、将軍の再上洛に合わせて大坂に向かった新選組。そこで、新選組の未来に関わりかねない一つの事件が起きることに……

 芹沢の死を経て、新選組として新たな道を歩むことになったミブロ。新たに多くの隊士が加わった一方、にお・太郎・はじめはそれぞれに実力を花開かせ、鎬を削ります。
 そんな中、京で次々と新選組隊士を襲う剣士、その名は岡田伊蔵――総身に知恵は回りかねているような男ながら、異常なまでの技を見せる相手に、沖田総司は互角以上の剣を振るって追い詰めるのですが……

 と、そんな戦いの最中に、以蔵に対して「気持ちはわかります 私も同じ天の失敗作ですから」と謎めいた言葉をかけた総司。この巻の冒頭では、そこに秘められた総司の隠された部分が語られることになります。
 本作においては、春画集めが趣味と、少々意外な側面が語られていた総司。しかしここで語られる過去は、その趣味の理由であると同時に、普段から能天気とも取れるような態度を取る総司の中に隠されていた、極めて深刻な秘密を描き出します。

 しかしそれを深刻なだけでは終わらせず、
一つの救いと、そこから始まる新たな――そして現在に至る関係性を描いてみせるのは、本作ならではのドラマ性というべきでしょう。


 そして続くエピソードでは、野口健司の切腹が描かれます。芹沢派でありながらも暗殺を逃れた彼は、最後の芹沢派というべき存在ですが――史実では芹沢暗殺の数ヶ月後によくわからない理由で切腹させられた彼の最期を、本作は独自の解釈で描きます。

 本作においては、暗殺の際に見逃される――別の任務を与えられる形で外され、難を逃れた野口。しかし彼は隊の金を使い込むという意外な行動に出ます。もちろんこれは御法度で切腹もの、驚く周囲に対し、彼は土方と二人で話したいと告げます。
 しかしそこに現れた沖田は、意外な指摘を――と、予想もしていなかったような展開が続くことになります。

 思えば本作の野口は、土方の男ぶりに感動し、強く憧れる姿が描かれていた男。その彼が何故このような挙に出て、そして最期に何を語るのか――そこで描かれる泣きのドラマは、また本作らしいというほかありません。
 そしてそれだけでなく、この事態の下で総司が、藤堂が、永倉が、原田が(芹沢暗殺以降、しばしば意外な顔を見せのには驚かされます)、そして太郎が、はじめが、におが――隊士それぞれが、この悲劇に対して違う反応を見せる姿も、強く印象に残ります。

 それは大げさに言えば新選組が一枚岩ではない証なのかもしれません。そして史実を知っていれば、そこに悲劇の萌芽を見ることも難しくはありません。しかしそれもまた、間違いなく今の彼らの姿であり――それをこのような形で切り取ってみせるのに驚かされるのです。


 しかし野口切腹の際に、一人だけ自分の想いを明らかにしなかった、いやさせてもらえなかった人物がいます。それは山南――本作においては(大抵の新選組ものでもそうなのですが)温厚な良識派であり、それだけにその言動には重みが生まれてしまう立ち位置となった彼に、この巻の後半では脚光が当てられることになります。

 におたちにとっては旧知の間柄である将軍家茂の再上洛に伴い、大坂警護を命じられることになった新選組。そんなある晩、巡回中の山南と総司、そしてにおは、ある商家に賊が押し入ったことを知ります。商家――岩城升屋に。
 新選組ファン、いや山南ファンはその名を聞いたとき、特別の感慨があるのではないでしょうか。というのも、この岩城升屋での一件は、山南の数少ない剣を取っての逸話であると同時に、彼のその後の運命にも影響を与えた(とも言われている)のですから……

 そして本作において描かれるそれは、こちらの想像以上に凄惨なものであると同時に、彼の意外な秘密が描かれることになります。
 そしてこの事件が、山南の意外な変化に繋がっていくようなのですが――この巻の時点ではその内容は予想もできないものの、事件の直後に彼が見せたあまりに唐突な(登場人物だけでなく、こちらも驚かされる)行動をみれば、その一端が感じられます。
(ただ、同じ巻に二人、傾向の似た秘密が描かれるのはどうかな、という気はしますが……)

 そしてこの山南の変化が、新選組最大の事件に繋がっていくのですが――それは次の巻で。


『青のミブロ 新選組編』第2巻(安田剛士 講談社週刊少年マガジンコミックス) Amazon

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2024.11.15

未発見死体の謎を解け! 山本巧次『大江戸科学捜査 八丁堀のおゆう 殺しの証拠は未来から』

 『大江戸科学捜査 八丁堀のおゆう』シリーズ最新刊は、何と現代の四ツ谷で発見された江戸時代の人骨を巡る捜査。ちょうどおゆうの活躍する時代で起きたらしい殺人事件を調査することになったおゆうですが、事件は謎が謎を呼び、意外な方向へと展開していきます。

 現代では元OL、江戸時代では腕利きの女岡っ引きであるおゆう。彼女がコロナ禍の現代の東京で友人の宇田川から見せられたのは、四ツ谷の工事現場で発見されたという人骨でした。
 刺し傷があり、謎の金属片とともに埋まっていたその人骨は、年代測定の結果、ちょうどおゆうの活躍して頃に殺されて埋められたと思しいというのです。

 科学分析でいつも世話になっている宇田川の頼みだけに断れず、江戸時代の四ツ谷近辺を調べ始めるおゆうですが、その辺りは武家屋敷も多く、さっぱり収穫はなし。その上、周辺を縄張りにする悪徳岡っ引きに目をつけられる始末です。

 そんな中、同心の伝三郎から、行方不明になったという紙問屋の若旦那探しを頼まれたおゆうですが――その若旦那には旗本の奥方と不義密通したという噂があり、しかもその旗本の屋敷は四ツ谷にあるというではありませんか。
 いやな予感に調べてみれば、奥方は若旦那が行方不明になったのと同じ頃に変死していたという事実が判明。しかしそれ以上の調査は進まず、おゆうは人骨と一緒に発見された金属片の方を追うことになります。

 奔走した結果、金属片の出処らしきものが明らかになり、関係する人間を追うおゆう。しかしその矢先、彼女は何者かの襲撃を受けて……


 これで十一作目となる本シリーズですが、なんと言っても今回の最大の特徴は、現代で発見された江戸時代の殺人の遺体と遺留品から事件を解明するという趣向でしょう。
(発見された遺体がおゆうの時代のものというのは都合のよい事実かもしれませんが、それは物語の大前提として)

 タイムパラドックスは存在しない、つまり歴史は変えられない世界なので、殺人を防ぐことはできないのですが、せめて犯人を捕らえ、この時代ではまだ見つかっていない死体の謎を解くことはできるかも――といっても、もちろんそれが容易いことではないのはいうまでもありません。

 失踪した紙問屋の若旦那がその遺体なのかと思えばどうやらそうではなく、しかしその失踪事件が密接に絡んで、事件は複雑化していきます。
 元々この件はレギュラーの宇田川が持ち込んだものですが、彼が黙って見ているはずもなく「千住の先生」として江戸に乗り込んできた挙げ句、彼をライバル視する伝三郎と角つき合わせたり――と、シリーズファン的にも楽しい展開が続きます。

 そんな紆余曲折の末に、事件の背後の巨大な犯罪の存在が明らかになるのですが、それが時代ものにはありそうであまりなく、それでいて現代人にはすぐに理解できるもの――真面目な話、これを題材にした時代小説は、今までほとんどないのでは――なのにも感心させられます。
(ここでおゆうの元経理部という経歴が生きるのも楽しい)

 しかし相手のしていることはわかっても、まだまだ硬い犯人の壁を突き崩すために、おゆうたちが取った手段とは――これがまたちょっと豪快すぎて驚くのですが、これはもう現代が発端の事件だからと思うことにしましょう。
 その果てに本物が――とか、今回の事件がとんでもないところに繋がったりと、暴走気味のオチも、これはこれで実に愉快ではあります。


 シリーズ恒例のラストも、おゆうを巡る鞘当ての要素が加わったことで、思わぬ方向に展開したりと、シリーズの巻数が二桁を数えても、まだまだこういう盛り上げ方もあるのか、と全編に渡って楽しめる快作です。


『大江戸科学捜査 八丁堀のおゆう 殺しの証拠は未来から』(山本巧次 宝島社文庫) Amazon

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2024.11.09

清少納言の妹、晴明の弟子に!? 六道慧『安倍晴明くれない秘抄』

 昨年から今年にかけて、大河ドラマ効果で平安ものの作品が数多く発表されましたが、本作もその一つ。清少納言の妹(かもしれない)少女が、霊力を失った安倍晴明を助けて、宮中で続発する怪異と、邪悪な術者に挑むことになります。

 親の顔も知らず、貧民街で育った少女・小鹿は、清原元輔が残した書状に自分の子として名前があったと、元輔の子・清少納言に引き取られることになります。そして御所の中宮定子付きの針子として働くことになり、新しい環境についていくのがやっとの日々を送る小鹿ですが――ある晩、彼女は笛の音と共に奇妙な夢を見ただけでなく、寝ている間に「葉二つ」と文字を書き残したのでした。

 自分の身に起きた出来事に小鹿が戸惑う一方で、宮中では次々と怪事が発生。清少納言たちが定子を追い出そうとする藤原道長一派の仕業と疑う中、定子たちのもとに、安倍晴明と息子の吉平が現れます。
 突然、霊力を失ってしまったという晴明ですが、自分と通じる力を追ってきたという晴明。何故か小鹿が近くにいると力が復活することから、小鹿は弟子という名目で晴明らと共に行動をともにすることになります。

 その矢先に、清涼殿の殿舎で見つかった女房・雪路の死体。美貌で知られた彼女は、しかし目も口もない顔を奪われた姿になっていて……


 安倍晴明が登場する作品は無数にありますが、本作の晴明は既に齢八十を数える老境の姿。それは清少納言の活動時期に合わせるため――というのはメタな視点かもしれませんが、既に陰陽道の蘊奥を極め、世間の酸いも甘いも噛み分けた老賢人の姿は、実に頼もしく感じられます。

 そしてこの時期は、一度は落飾した定子が、一条帝たっての望みで中宮として宮中に残り、それに対して道長が数々の陰湿な嫌がらせをしていた頃でもあります。
 国の上に立つものが専横を続け、そのために周囲の人々が――特に女性たちが泣くことになった、何とも不安定で、どんなことが起きてもおかしくないこの時代。そこに、本作のような物語が成立する余地があるといえます。

 それだけでなく、本作は庶民として育てられた小鹿を主人公とすることで、宮中とは全く異なる市井の視点を物語に加えています。どれだけ宮中で権力闘争が繰り広げられようとも、そこは所詮は衣食住に困ることのない人々の世界。それとは全く異なる、生きることが戦いである世界に暮らしていた彼女の視線は、物語に第三者的な視点を与えています。

 そして、それだけに年齢不相応にシニカルであった彼女の心が、清少納言たちと触れ合うことによって、少しずつ和らいでいくドラマも印象に残ります。


 もっとも、宮中のことを知らない小鹿の視点から描くことで、本作は、逆に物語が見えにくくなってしまった印象は否めません。作中で描かれる謎の数が多く、事態が輻輳した本作においては、この点が物語のテンポを大きく削ぐ結果となっていたといえます。
 特にクライマックス直前までの謎の積み重なり方は、かなり複雑で――それが一気に解ける快感ももちろんあるのですが――一体今は何を追っているのか、何を解けばいいのかがわかりにくい状況であったと思います。

 ユニークな設定であり、結末に明かされる真実も意外かつ納得のものであっただけに、その点は勿体ないのですが――今月、続編の『安倍晴明くすしの勘文』が刊行されたので、そちらも是非読みたいと思います。


 ちなみに本作は、以前に発表され、最近新装版が刊行された作者の『晴明あやかし鬼譚』と同じ世界観に属する物語のようです。
 こちらは本作の約五年後、紫式部をゲストに迎えて描かれる名品ですが――こちらを読んだ後に本作を読むと、共通する登場人物(本作でも活躍する二人)の運命が、何とも言えぬ苦さを持って感じられるところです。


『安倍晴明くれない秘抄』(六道慧 徳間文庫) Amazon

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