2024.09.04

伝奇西部劇の極北 黒人ボクサーVS獣人魔族! 技来静也『ブラス・ナックル』

 決して数が多いわけがない伝奇西部劇漫画の中でも、極北と呼ぶべき作品は本作でしょう。人間社会に潜む人食いの獣人魔族を狩るため、元ヘビー級黒人ボクサーが己の拳を武器に孤独な戦いを続けるバイオレンスアクション――『セスタス』シリーズの技来静也のデビュー作です。

 舞台は1885年のアメリカ西部――何人もの白人を無惨に殺した罪で追われる賞金首「血の雨ヴィクター」こと元ヘビー級ボクサー、ヴィクター・フリーマン。今日もまた、酒場に逃げ込んだ女性を無慈悲に撃ち殺して保安官に捕らえられた彼は、自分の身には頓着せず、殺した女の死体を気にするのでした。

 その晩は満月――安置されていた女の死体が突如蘇り、葬儀屋を無惨に食い殺します。実は女の正体は、古くから人間に化けて社会に潜み、夜にその正体を現しては人々を食らう獣人魔族。そして実はこれまでにヴィクターが殺してきたのもまた、全てこの獣人魔族たちだったのです。
 満月の夜に力を最高潮に発揮する獣人魔族には、通常の武器は通用しません。しかし、ヴィクターは身につけたボクシングの技、そして左手に装着した銀の弾丸を発射する鋼鉄製の拳「ブラスターナックル」を武器に、単身で魔族に立ち向かいます。

 死闘の末、魔族を滅ぼしたヴィクター。しかし魔族は死ねば人間の姿に戻ってしまうため、彼は「殺人鬼」としてさらなる汚名を背負うことになります。しかし彼はそれを意にも介さず、新たな狩りへ……


 人間社会に潜む魔物と人知れず孤独に戦い続ける戦士――伝奇ものでは定番のシチュエーションです。
 しかし本作はそれを踏まえつつも、舞台を19世紀のアメリカ西部に置き、主人公ヴィクターを黒人にすることで、物語に異様な緊迫感を生み出しています。

 物語の背景となっているのは、奴隷解放宣言から約二十年後とはいえ、依然として根強い黒人差別が残るアメリカ西部。そんな中、ヴィクターが戦う獣人魔族の多くは、今なお支配的な立場にある白人たちに擬態して、黒人たちを文字通り「食い物」にしているという状況にあります。
 そんな中で、黒人のヴィクターが獣人魔族を追い詰めるのは困難であるだけでなく、相手を倒しても、残るのは白人の死体――人知れぬ戦いであるがゆえに誤解され、逆に追われるという設定も定番ではありますが、ここまで厳しい状況も珍しいでしょう。

 特に二番目のエピソードでは、白人の町長に擬態した魔族が近隣の黒人の村を蹂躙するも、手下として動くのは単に差別感情に駆られた人間であり、そしてそれに抗する黒人たちも、捕らえた手下たちを法で裁くのではなく、私刑にかけて――と、きっかけは魔族であっても、暴力の連鎖を生むのは人間の心という、実に胃の痛くなるような状況が描かれます。

 その一方で、後半展開される長編エピソードでは、ヴィクターの首を狙う賞金稼ぎが集団で登場、様々な技で襲いかかる――という展開もあり、シチュエーションからもアクションの面からも、西部劇として魅力的に感じられます。


 しかし、自分以外は全て敵という絶望的な戦いの中にあって、どのような状況にあっても心折れないだけでなく、己の手で魔族たちを叩きのめすヴィクターのアクションは、見どころであると同時に一つの救いといえます。
 作者はこの作品の後に、古代ローマを舞台に本格ボクシング漫画を描くという離れ技を見せますが、その筆力はこのデビュー作の時点で既に確立されています。さらに必殺のブラスターナックルは、魔物に抗する銀の弾丸という古典的な武器に、新たなカタルシスを与えているといえます。

 とはいえ、そのボクサーとしての技があるとはいえ、なぜ彼が魔族を狩るようになったのか、そもそもその技や装備はどこで得たものなのか――それも物語の中で徐々に明らかになり、やがて巨大な伝奇物語の枠組みが浮かび上がる様も、また見事というべきでしょう。

 単行本全三巻と決して長くはありませんが、高い完成度を持つ本作。もし作者がこの路線を続けていたら――というifを夢見たくなる、異形の西部劇アクションの佳品です。


 とはいえ、人間に擬態し死んだ後には人間の姿に戻る魔物と戦う、腕に武器を仕込んだ孤独な巨漢(後半にはさらにそのものずばりの片手を持つキャラも登場)という設定には、既視感がないでもないですが、作者にはあの作品とも浅からぬ縁があるので、これはまずご愛敬でしょう。
 ここはむしろ、この設定を現実世界を舞台にして、自分の得意な題材で描いてみせたことを、大いに評価すべきと感じます。


『ブラス・ナックル』(技来静也 白泉社ジェッツコミックス) Amazon

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2024.08.26

山根和俊『黄金バット 大正髑髏奇譚』第3巻

 大正の世を舞台に、超古代の神々が激突する新約黄金バット伝の第三巻、最終巻です。ラスプーチンに力を貸すナゾーとの戦いを終え、帰国した月城。しかしナゾーはあの大災害を利用して、おそるべき策を巡らしていました。いま、永劫の戦いにひとまずの終止符が打たれます。

 復活した太古の邪神ナゾーの巫女・美月、そして連続殺人鬼を依代にした暗闇バットとの戦いを続ける、黄金バットの依代・月城少尉。戦いの舞台は欧州に移り、先輩である機械人間の笹倉中尉とともに、月城は日本を離れます。
 そこで人間の命と意思を巡る立場の違いから一度は危機に陥った月城と黄金バットですが、互いを「相棒」と認めて復活……

 というところからこの第三巻が始まりますが、いやもう迷いのなくなった黄金バットは強い。かつては同格であり、一度は依代の迷いのなさから力が上回ったはずの暗闇バットを一蹴――ようやく登場したシルバーバトンを振るう姿は、まさに強い! 絶対に強い!
 笹倉が相変わらず盛大にやられる(やられても死なないので)一方で、ラスプーチンもあっさり退場し、欧州での戦いもここで一段落するのでした。


 そして数年が流れ、大正12年――というわけで、物語のラストステージは、大正伝奇もののクライマックスといえばこれ、というべき関東大震災を背景に展開します。
 笹倉とマリーがその能力を活かして被災者を救助している間に、欧州での敗北から復活した暗闇バットと激突する黄金バット。しかし、真の敵は海上から迫っていました。

 かつて黄金バットとナゾーが眠りについていた古代アトランティス遺跡。そのオーバーテクノロジーを用いて誕生した超弩級戦艦・東亜が、美月の指揮により、震災で大混乱に陥った帝都に向けて進軍を開始して……

 そんな、クライマックスにふさわしい展開のラストバトルですが、正直なところ、駆け足になった印象ばかりが強くあります。
 
 第一次大戦から関東大震災に飛んだのもそうですが、ようやく復活したもののあっさり倒される暗闇バットは、結局何がしたかったのかという感が強いのが悲しい。
 ナゾーに支配される平和と、人類の自由意志の結果の戦争のビジョン――その両方を見せて動揺を誘うという作戦はいいのですが、肝心の暗闇の依代に大問題があったのには、ちょっと同情したくもなりますが……
 
 クライマックスの黄金バット××化まで突き抜けると、もうその絶対的な強さにひれ伏すしかないのですが、人間の自由意志を巡る黄金バットとナゾーの戦いの決着としては、文字通り結論を先送りにして終わらせたのは、不満が残ります。

 大正の黄金バットの戦いが語り伝えられて――というメタな仕掛けは楽しいのですが、結末に至っては、なぜこの二人が、という気持ちになってしまうのでした。


 人間の自由意志を巡る二つの超越者の戦いというテーマ自体は良かったものの、本作の場合、この時代背景とキャラクターで最後まで活かしきれなかったという印象は否めません。
 「依代」から「相棒」へと立場を変え、黄金バットに宗旨替えに近い結末を迎えさせた月城のキャラクターが、それほど強いものでなかったのがその一因とも感じますが――いずれにせよ、勿体ない結末ではあります。


『黄金バット 大正髑髏奇譚』第3巻(山根和俊&神楽坂淳ほか 秋田書店チャンピオンREDコミックス) Amazon

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2024.08.25

鶴淵けんじ『峠鬼』第7巻 激突「誓約(うけい)」バトル!そして神という存在の意味

 どのような願いでも叶える一言主に会うための旅であったはずが、人と神の複雑な思惑が重なり、大事になってきた役小角・善・妙の旅。一度離散し、ようやく合流した三人ですが、今回その前にとんでもない神が登場します。人間側の事情などおかまいなしの神を抑えるため、妙が立ち上がるのですが……

 今は月に棲まうという一言主のもとに向かっていたはずが、アクシデントで散り散りになってしまった役小角・善・妙。
 それぞれに思わぬ真実を知り、再び合流した三人ですが、離れ離れの間に明らかになったのは、近江の直宮方と吉野の東宮方の衝突が目前に迫っていること、そして近江方の背後では三世上人が暗躍しているという事実でした。そして上人の計画は、一言主を癒やすために全ての人間を犠牲にしかねないものだったのです。

 一方、一言主も語れなかった鬼の秘密を知るという上人。しかし彼と短い間とはいえ旅を共にした妙は、その恐るべき正体に思い当たってしまい……

 というわけで、三世上人の存在がいよいよ物語の中心に躍り出てきた感がありますが、この巻では、それがとんでもない神をも引き寄せることになります。
 前巻のラストで、様々な神器を簒奪・濫用しているという者を調査するため、天津神と国津神の衆議によって人界に送り出された神。その名は――須佐之男!

 確かに人界にも縁の深い神ですが、よりにもよってあの荒ぶる神を――と、作中の神々も人間も、そして我々読者も思ってしまう須佐之男。その不安はもちろん(?)的中し、その凄まじいパワー、そしてそれ以上に他者の話を全く聞かないマイペースぶりは、小角一行を振り回しまくることになります。

 お目付け役の思金鐸のおかげで、子供姿には変わったものの、その暴れっぷりは相変わらず。挙げ句の果てに、妙を妻に迎えると言い出した須佐之男に、さすがに堪忍袋の緒が切れた小角と善ですが、二人がかりでも身を守るのがやっとの状態です。
 そんな中、思金鐸から入れ知恵された妙は、須佐之男を抑えるために「誓約(うけい)」を申し入れて……


 というわけで、この巻のクライマックスとなるのは、妙と須佐之男の「誓約(うけい)」。神話においても(それこそ須佐之男自身も)何度も描かれるこの「誓約(うけい)」は、「×××できたならば、△△△ということである」というような、誓いとも占いともいうべきものです。
 しかし、これまで様々な神々と神器を、独特すぎる、そしてSF味とパロディ味の強い描写で料理してきた本作が、ただの誓約を描くはずがありません。

 かくて妙と須佐之男が繰り広げる「誓約(うけい)」は、ゴーグルをつけて仮想空間の中で「草」の崇敬を集めてパワーアップ、より多くの崇敬ポイントを集めて戦で相手を倒した方が勝ち――簡単にいってしまえば(古い例えで恐縮ですが)VRポピュラスとでもいったバトルが繰り広げられることになるのです!

 草たちのために力を振るい、草たちを繁栄させることで、自分もパワーアップし、その振るった力(が草たちの目に映った姿)によって、姿を変えていく妙。思金鐸の助言を受け、最強のステータスになった妙ですが、その前に現れた須佐之男は――という展開も楽しいのですが、しかし本作の油断できないところは、そこに本作を形作る重要な要素の一つである、「神とは何か」を巧みに織り込んでいる点です。

 そう、草すなわち民草を見下ろし、己の力で以て民草を「総体として」繁栄させ、その民草のイメージを反映して姿を変えていく――この「誓約(うけい)」における妙に当たるものこそ、「現実」における「神」にほかなりません。
 「誓約(うけい)」勝利のためとはいえ、草相手に無邪気に力を振るっていた妙は、その事実に慄くのですが――しかし同時に、人は神とは異なる、神にはできぬやり方で、力を発揮できることを、本作は示します。

 そしてそれは、三世上人が神を甦らせるために為そうとしている企てを思った時、それに対するもう一つの道足り得るのではないか――そんなことすら感じさせられます。
(そして、神と人がそうであるとすれば、鬼ははたして――とも考えさせられるのですが)


 三世上人との再びの対峙も近づく中、神と人の関係性を描き直してみせた本作。その上で描かれる、神と人の迎えるべき未来とは――物語のクライマックスも間近というべきでしょう。


『峠鬼』第7巻(鶴淵けんじ KADOKAWAハルタコミックス) Amazon

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2024.08.24

ゆうきまさみ『新九郎、奔る!』第17巻 全面衝突、しかし合戦だけでは終わらぬもの

 いよいよ駿河編もこの第17巻で決着となります。龍王丸方と小鹿新五郎方の対立は、ついに武力による全面衝突に発展、はたしてその中で新九郎は如何に戦うのか――そして戦いは終わったとしても、その後も新九郎の奔走は終わらないのです。

 甥の今川龍王丸の後見人として駿河に入ったものの、既に勢力を固めていた小鹿新五郎範満を戴く一派との折衝に手を焼く新九郎。新五郎本人には対立を深める意図はなかったものの、一派の暴走により、ついに取り返しのつかない全面衝突が始まります。
 かくて、龍王丸の座す丸子と、小鹿邸のある駿府と、両所の間で始まった合戦。そんな中、新九郎は駿府を奇襲すべく、水路を利用して敵地へ……

 と、主人公が前面に立って動き出し、前巻ラストから一気に合戦もの(?)的空気を醸し出す物語ですが、丸子と駿府の状況は表向き一進一退。しかしその背後では、様々な(主に新九郎が仕掛けた)駆け引きが――というわけで、力押しのみでは絶対に終わらないのが、実に本作らしいところといえるでしょう。

 同じ勢力の中でも、時には同じ一族の中でも利害が異なる者を巧みに分断し、自陣に引き入れ、最良のタイミングで動かす――言葉にすると随分と悪辣かつ難易度高く感じられますが、都では長きに渡り行われてきたこの駆け引きを、新九郎は門前の小僧とはいえ実戦でやってみせるのです。
 しかしそこに違和感やチートさを感じないのは、彼のこれまでの苦節を、そしてこれまで彼が目の当たりにしてきたものを、丹念に丹念に描いて来た積み重ねがあるからにほかなりません。

 まさに小鹿新五郎が語ったように「京で生きてきた侍のえげつなさ」を甘く見ていたものの敗北は、必然だったのかもしれません。
(ここで「宴」が象徴的に使われるのもまたお見事)


 しかし結局は一国の中の争い――一族が、朋輩が争った後味の悪さはいうまでもありません。特に龍王丸側には、敵方の大将となった小鹿孫五郎の弟の竹若丸とその母代わりである新五郎の妻・むめが人質となっていたのですから。
 ここで今川家と小鹿家の人々が仲睦まじく寄り添う本書の口絵ページを見ると、ストレスで胃に穴が空きそうになる――というのはさておき、戦場の合戦の有様だけでなく、その後の状況を如何に収めるか(そして収められないとどうなるか)も描いてみせるのは、本作の面目躍如というべきでしょう。

 しかし新九郎も結局は外様――外様だからこそできることがあっても、できないこともあるという状況で、あの方が降臨されるという展開もまた巧みです。
(そしてここでまた、むめとの対比が生きているように見えるのも巧みです)
 何はともあれ、龍王丸もわずかながら成長の証を見せ(ここでちょっと面白い人物解釈があるのですが、この辺りは年代的な齟齬を整理したものなのでしょう)、ひとまずは新九郎の駿府での役目も終わることになります。


 しかし、そこで堀越公方と新たな縁ができ、さらにそれには京の側の深謀遠慮が――というところで、新九郎が京に戻った後の物語に繋がっていくのも心憎い。

 前巻でも触れられていたように、新九郎の本来の主である足利義尚は、六角氏征伐のために鈎の陣に滞在中。駿府に一年以上滞在する羽目になったために、鈎に居ることができなかった新九郎の立場は、当然大きく変わってしまうのですが――さてそれがこの先、彼の運命にどのような影響を及ぼすのか。

 新九郎にとってはトラブルメーカーでしかないあの人物の登場もあって、何とも気になるところで次巻に続きます。


『新九郎、奔る!』第17巻(ゆうきまさみ 小学館ビッグコミックス) Amazon

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2024.08.22

夢路キリコ&冲方丁『シュヴァリエ』 衒学風味溢れる変身ヒーロー西洋伝奇 

 2006年にアニメが放映された『シュヴァリエ』に対して、並行する形で2005年から2009年に「マガジンZ」誌に連載された漫画版が本作です。同じ舞台、同じ登場人物を用いながら、また異なる物語を展開したこの漫画版――異能を持つ「詩人」たちに挑む異形の姉弟の戦いを描く伝奇アクションです。

 時は18世紀、ルイ15世の時代――パリでは「詩人」と称する者たちが大量殺人を繰り広げ、パリ市警はその対処に追われていました。その一人、デオン・ド・ボーモンは、昼行灯とバカにされている怠け者――しかしその正体はルイ15世直属の機密局の一員。
 ひとたび「詩人」が出現するや、彼は今は亡き実姉リア・ド・ボーモンの霊をその身に降ろし、女性剣士シュバリエ・スフィンクスとして「詩人」を滅ぼしていたのです。

 従士のロビン、機密局の同僚であるダグラスやダランベールと共に、「詩人」たちを倒していくデオンですが、次々と特異な能力を持つ高位の「詩人」たちが出現、戦いは激しさを増していきます。
 さらに国の政を一手に握る王の愛妾ポンパドール夫人の幼い娘・ソフィアの身には奇怪な「革命の詩」が浮かび、王を悩ませます。そんな中、謎の錬金術師サン・ジェルマン伯爵も独自の動きを見せ、混迷が深まる中、デオンの戦いの行方は……


 というわけで、本作は異能バトル+変身ヒーローものの骨格に、原作者らしい西洋伝奇ものの衒学風味をたっぷりと振りかけた作品です。
 原作者の西洋伝奇といえば『ピルグリム・イェーガー』が浮かびますが――ちなみに作中でちらりと、予言によりローマが焼かれたことが語られるのが興味深い――舞台的にはそれから約230年後を舞台に、やはり一種の予言を巡る戦いが描かれます。

 何といっても面白いのは、伝奇ものだけに(?)登場人物の多くが実在の人物ということですが――特に主人公のデオン・ド・ボーモンは、王の密偵(外交官)にして竜騎兵隊長、シュヴァリエ(騎士)の称号を得た猛者でありつつも、自らを「女性」と称し、女物のドレスを着て暮らしたという実在の人物。
 そんな一種の怪人を、姉リア(ちなみに史実では、デオンが諜報活動で女装した際に、この名を名乗っています)の霊を降ろして「変身」する剣士として描いた時点で、本作は勝利しているといってよいかと思います。

 そして彼の周囲の人々も、史実での事績を踏まえつつ、アレンジされたもので、この人物が本作ではこうなるか、と驚かされるのは、伝奇ものの醍醐味というべきでしょう。

 さてデオンたちの敵である「詩人」は、人々の血肉を犠牲にすることによって人外の力を得る怪人たち。
 序盤は比較的力押しながらも、中盤以降は一人一芸の異能力を得た上位種が登場して戦いも能力バトルもの的となります。そしてさらなる上位種はタロットの大アルカナを象徴にし、一種の分身である「導きの獣」を連れている――というキャラクター性も魅力です。


 ただし、この「詩人」とのバトルの、そして物語の仕掛けの中心に、アナグラムや掛詞をはじめとした文字を用いた仕掛けの数々が用意されているのが痛し痒し。
 趣向としては非常に面白いものの、いずれもフランス語がベースとなっているため、ほとんど内容に馴染みがない――よりはっきりいってしまえば、ほとんど理解できないのは、こちらの不勉強恥じつつも、残念に感じられます。

 単行本で読んだ場合にはサイズ的なものもあって、さらに読み取りにくくなっているのも厳しいところで――ここは物語の肝であるだけに、非常に勿体なく(といってもちょっと解消しようがないのですが)感じた次第です。

 もう一つ、あくまでもバトルが中心のために、全8巻かけた割にはあまり物語が進んでいない(結局リアにまつわる謎のほとんどが解けていない)のも残念な点ではあります。
 豪華な衣装を身につけたキャラクターが、複雑怪奇な能力を発揮して戦うバトルを描きながらも、見事にわかりやすい夢路キリコの作画が素晴らしかっただけに、こちらも何とも勿体なく感じられます。

 もっとも、一番勿体ないのは、結局漫画で描かれたのはフランス編のみ――本当の戦いはこれからだ、とばかりに、デオンたちが海外に旅立ったところで物語が終わっていることですが……


 などと厳しいことも言いつつも、今でもまだ数少ない西洋伝奇ものとして大いに評価されるべき本作。近日中に小説版も、そしていずれアニメ版も取り上げたいと思います。


『シュヴァリエ』(夢路キリコ&冲方丁 講談社マガジンZコミックス全8巻) Amazon

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2024.08.15

夢枕獏『ヤマンタカ 大菩薩峠血風録』上巻 土方歳三meets大菩薩峠!

 今なお時代小説・大衆小説の高峰としてそびえ立つ中里介山の『大菩薩峠』に、夢枕獏が挑んだ――そんな本作は、原典冒頭の世界に、土方歳三らを投入した異色作です。続発する辻斬り事件に挑んだことをきっかけに、強者たちが集う死と隣り合わせの世界に足を踏み込んだ土方の運命は……

 世情騒然たる安政五年、府中から日野にかけての甲州街道で、三人の剣客が次々と斬殺される事件が発生。三人目と同じ天然理心流道場に顔を出していた土方歳三は、夜毎出歩いた末に、狙い通りついに辻斬りと対面するのですが――しかし壮絶な打ち合いの末に刀が折れた土方は、その場から振り返りもせず逃げるのでした。

 同じ頃、大菩薩峠では、孫娘を連れた老巡礼が放れ駒の紋の深編笠の男に斬殺され、残された孫娘・お松は、通りかかった盗賊の七兵衛に保護されます。そしてお松は、七兵衛が出入りしている土方の実家に預けられることになります。

 折しも御岳の社で開催される四年に一度の奉納試合が近づいていたことから、続発する辻斬りが、試合の出場者の腕試しではないかと睨む土方。一方、天然理心流では、その奉納試合に参加する予定だった剣士が、江戸で丹波の赤犬なる渡世人によって斬られたため、新たに代表を選ぶことになります。
 その候補の剣士たちを江戸に迎えに出た近藤と沖田は、帰りに日野の渡しで机竜之助と名乗る妖しげな剣士が、馬庭念流の剣士を奇妙な太刀で破るのを目撃するのでした。

 そして日野宿で己の懐を狙った掏摸の腕を斬り捨てた竜之助。その掏摸が丹波の赤犬の一味であったことから騒動が起き、赤犬は旅の途中の娘・お浜を人質に立て籠もります。人質を取って立て籠もった赤犬と対決する土方。実はお浜は、奉納試合の出場者・宇津木文之丞の許婚だったのですが……


 41巻に及びながらも未完に終わった『大菩薩峠』。本作はそのうち冒頭部分にして、おそらくは最もよく知られた「甲源一刀流の巻」(のそのまた前半部分)をベースとした作品です。
 そのため、机竜之助をはじめとして、上でで触れた七兵衛やお松、宇津木文之丞とお浜といった登場人物たちも、元々は『大菩薩峠』に登場するキャラクターとなっています。

 しかし本作の最大の特徴は、そこに若き日の土方をはじめ、近藤・沖田といった試衛館の剣士たちを投入した点にあることは間違いありません。

 実は原典に彼らが登場しないわけではありません。特に土方は、同じ「甲源一刀流の巻」の終盤、新徴組(!)の一員として清河八郎を襲撃したはずが、誤って島田虎之助を襲撃してしまい――という、一部で有名な場面に登場しています。その後も京で芹沢派と近藤派の争いが描かれることになるのですが、しかしそれは物語の背景に近い部分。あくまでも原典では脇役であった土方を、本作は主人公として中心に据えているのです。

 その土方たちはそれぞれに性格は異なるものの、己の腕を磨くことに、強者と戦うことに憑かれた男たちであるという共通点を持ちます。つまりは、彼らもまた、作者がこれまで描いてきた格闘技小説の登場人物たちと同じ地平に立つ人物として描かれるのが、いかにも「らしい」ところでしょう。
(ちなみに本作の土方は冒頭から「太い」男として描かれていて、従来の土方像とちょっと異なるのですが、しかし本作のキャラクター像には似合う姿ではないでしょうか)

 それだけでなく、本作の登場人物たちは、原典に登場する者もしない者も、それぞれに作者らしい造形なのですが――特に己の腕に異常な自信を持ち、女性に優しいかと思いきやサディスティックな宇津木文之丞は非常に「らしい」といえます。しかしその中で、独り竜之助のみは、そんな登場人物たちの中でも、全く異なる位置に在ると感じられます。

 上で述べたように、土方たちが、そして登場する剣士たちのほぼ全てが強さを渇望する中で、全く異なる場所を見つめているように感じられる龍之助。その印象は、果たして当たっているのか否か。
 この上巻では、奉納試合直前までの物語が収録されていますが、さて下巻では何が描かれるのか――こちらも近日中に紹介します。


 それはそれとして本作における竜之助の老巡礼斬殺シーンの描写――
「斬るよ……」
 深編笠の武士は、囁くような声で、そう言った。
 はい……
 老巡礼は、心の中でうなずいていた。

 この辺りなどあまりに作者らしくて、思わずニンマリしてしまった次第です。


『ヤマンタカ 大菩薩峠血風録』上巻(夢枕獏 角川文庫) Amazon

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2024.07.30

泰三子『だんドーン』第4巻 桜田門外の陰の諜報戦 そしてギャグと背中わせの無情

 読むたびに「コメディとは……」という顔になってしまう幕末コメディ『だんドーン』、第四巻では、ついに歴史の一大転換点が描かれます。水戸浪士たちと薩摩の有村次左衛門による襲撃は成功するのか? 川路と多賀者の諜報戦の行方は? 桜田門外に、ついに号砲が轟きます。

 政争に破れた末に、勝った側の井伊直弼から、ド詰めされることとなった薩摩藩。何とか藩への矛先を変え、そして藩内をまとめるべく奔走する川路たちですが、その犠牲は決して少なくありません。ついに耐えかねた有村次左衛門は水戸浪士たちに加わって井伊直弼襲撃に動き出すことになります。
 これをサポートすべく動く川路ですが、二重密偵として使っていた多賀者の犬丸が、ついに露呈して処刑された上、彼は死の間際に多賀者頭領・タカに川路の計画を語ってしまい……

 というところから始まるこの巻のメインとなる桜田門外の変。あまりに有名な史実であり、結果はわかっているのですが――しかしそれでも気になるのは、その背後で繰り広げられる、薩摩と多賀者の間の、川路とタカの間の諜報戦です。
 これまで史実の背後で、幾度も激しくぶつかってきた川路とタカ。川路にとってタカは敬愛する主君・島津斉彬を殺した怨敵、タカにとって川路は愛する井伊直弼を狙う大敵――不倶戴天の敵同士であります。

 陰の存在とはいえ、タカ率いる多賀者が本気で動けば、井伊直弼襲撃の成就は極めて困難になります。しかも犬丸を通じて川路の計画は流れてしまい、タカはそれを元に鉄桶の守りを固めている――このあまりに不利な状況を、打開することはできるのか?

 繰り返しになりますが、結果はわかっています。しかし如何にしてそれを成し遂げるのか? それは大きな問題です。
 その答えはもちろんここでは詳細を述べませんが、きちんと伏線も示される川路の策の正体には、ほとんど本格ミステリのような味わい――こう来たか! と驚かされること請け合いです。
(まあ、実は犬丸は前巻のラストで「大老襲撃」と言ってしまっているのですが、それとして)


 そして、ここでタイトルの「だんドーン」が思わぬ形で回収され、ついに始まる桜田門外の変。しかし、いかに川路のフォローがあったとて(ちなみに川路のもう一つのフォローにも、こう来るかと感心)、天下の大老を白昼堂々襲撃するのは難事であることはいうまでもありません。
 ここにおいてはほとんどこの巻の主人公である有村次左衛門と、同志の水戸浪士だけでなく、井伊を警護する名もなき侍たち(というのは言い過ぎで、きっちりと記録に残っているのですが)に至るまで、攻める者守る者が文字通り死闘を繰り広げる様は、ただただ凄惨としかいいようがありません。

 ――が、ここでも隙あらば容赦なくギャグをブッ込んでくるのが本作の恐ろしいところであります。
 「斎藤さん見届け役は!?」など、ここでそれ書く!? と驚かされるようなタイミングで描かれるそれは、人の命が簡単に散っていく中にもかかわらず、こちらを笑わせてくるのですが――同時にそれと背中合わせで存在する、人と人が斬り合うことの皮肉さ、無情さというものが胸に刺さります。
(そして字面だけ見るとギャグの「殿ー! 元気ですかー!」の深刻さよ)


 そして、桜田門外の変は、井伊直弼の首を以て終わるものではありません。
 守るべき者であり、愛する者であった直弼を、自らの失策で喪い、ついに怪物から人間となったタカはこの先何処にいくのか。そして「勝った」薩摩の側も、さらなる犠牲を強いられます。

 そんな無情極まりない(特に後者)現実を経て、この国の歴史はこの先どうなってしまうのか。桜田門外の変は「終わり」なのか、「始まり」なのか――変のクライマックスで、異なる立場から出たそれぞれの言葉の、双方が真実であることを我々は知っています。
 はたして本作がそれを如何に描くのか――この先我々は、それを笑いながら、そして慄きながら目の当たりにすることになるのでしょう。


 ちなみにこの巻では、犬丸の子・太郎のその後について解説ページで触れられます。
 ある意味ネタばらしのそれ自体は感動的なのですが、本当にそれが成り立つのか(少なくともどちらか史実を変えないといけないのでは)、おそらくは本作の最終盤に描かれるそれが、今から気になっているところです。


『だんドーン』第4巻(泰三子 講談社モーニングコミックス) Amazon


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2024.07.21

安田剛士『青のミブロ』第14巻 そして芹沢の死が開いた道へ

 この数巻、物語をグイグイ盛り上げてきた芹沢暗殺編がついに終わり、エピローグとも言うべき内容が描かれる第14巻。心に深い傷を負ったにおと太郎をはじめ、生き残ったミブロたちは、この先をどう生きるのか――第一部が大団円を迎えます。

 土方と沖田との対決で深傷を負いつつも、におの手引きで逃れ、念願だった近藤と刀を交えた芹沢。近藤こそが真の武士と想いの丈を伝えた後、近藤をその場から去らせた芹沢に対し、におは大きな役目を背負うことになります。
 一方、芹沢の下に駆けつけようとした太郎と、彼を止めようとするはじめとの対決は、永倉直伝の燕と、はじめの居合の激突の末に、双方痛み分けに終わるのでした。

 かくて暗殺の夜は明け、芹沢の死は長州による暗殺として処理された(ここで監察がこの処理を受け容れる理由が本作ならではのものなのがちょっと印象的)末に、残された者たちは新たな一歩を踏み出すのですが――当然、それが自他ともに平らかなものであるはずもありません。

 自分の信念を貫いた結果とはいえ、初めて人を斬ったにお。複雑な敬慕の念を抱く芹沢を喪った太郎。その太郎が芹沢の下に行くのを力づくで止めたはじめ。この三人の少年の心の傷とわだかまりは決して浅いものではありません。
 しかし大人たちの変化は、それ以上に大きく、むしろ苛烈というべきでしょう。

 これまでのクールさが「鬼」の方向に加速した土方(芹沢暗殺直後の行動は本当に怖い)はある意味納得ですが、元試衛館組の中でも最も脳天気に見えた原田が間者に取った行動は、彼の普段のイメージとは全く異なるだけにただただ恐ろしく感じられます。
 そんな原田のもう一つの顔に驚き、そしてともすれば過激に走る周囲を止めようとした山南も、事に及んでは全く躊躇うこともなく――もとより肚の据わった面々ではあったものの、後の新選組のイメージの一つをなぞるような果断ぶりには、このまま彼らが突き進んでしまうのではないかと不安になります。


 しかし――少なくとも少年たちは、決して立ち止まったままでも、間違った道を歩もうとしているわけではありません。それを示したのは、意外にもというべきか太郎――芹沢の件で沈んでいるところに、間者の処断に利用されてさらに項垂れるにおの前に現れた太郎は、におに語りかけます。

 本作の中心となる三人の少年の中で、これまで最もパッとしない印象であった太郎。におのような心の強さ・正しさや才知があるわけでもなく、はじめのような剣の腕があるわけでもない。常に死んだ魚のような目で、暴力には怯え、裏では毒を吐く――彼はそんなキャラクターでした。
 しかしこの芹沢暗殺編では、彼こそが芹沢の暴力に怯えつつも、人の知らない芹沢の苦悩を知り、だからこそ最期の時を共にしようと願う姿が――そして芹沢もまた、密かに太郎を息子のように思っていたことが描かれました。

 そんな彼らの想いは叶うことなく、それどころかミブロで最も近い者によって芹沢は介錯された――それが彼にとって、どれだけの衝撃であるか想像に難くありません。正直なところ、芹沢の死とともに彼はこの物語から、少なくともミブロから退場するのではないか――そう思ったほどでした。

 しかし、ここで太郎がにおに語りかけた言葉は、そして彼が見せた表情は、彼が過去に執着しているのでも、怨念に駆られているのでもなく――それどころか、芹沢の死を正面から乗り越え、新しい自分へ、よりよい明日へ向かおうとしていることを示すものでした。
 そしてそれを可能としたのは、太郎とにおを友として案じ、そのために自らの手を汚すことを恐れないはじめの存在であり――そんな二人の友の存在が、におを再び立ち上がらせるのです。


 芹沢が遺した「誠」の旗印――そこに込められたものは様々でしょう。そしてその受け継ぎ方も一つではありません。
 その中で武士の生き様を近藤が継ぎ、それを支える最も苛烈なやり方を土方が継ぎ――そしてまた、理想を真っ直ぐに目指す心性を三人の少年が継いだ。この巻の物語から、そして第一部の結末からは、そんな印象を受けました。

 もちろん、芹沢の死によって開かれたその道が、綺麗なものでも、平坦なものでもあるはずがありません。
 しかしミブロに、新選組に身を置く者たちは、それでも誠の旗印の下に、真っ直ぐ進んでいくのだろう――そしてその姿を見てみたいと、そう思わされる見事な一つの結末でした。


『青のミブロ』第14巻(安田剛士 講談社週刊少年マガジンコミックス) Amazon


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2024.06.26

八瀬惣子『六道辻の冥府返りの寺』 冥官となった青年の戦いと成長の果て

 朝廷に仕える傍ら、閻魔大王の下で冥官として働いていたという伝説でお馴染みの小野篁。本作は明治初期を舞台に、その篁の後継を命じられた青年・千石聖の冒険と成長を描く物語――以前単行本化された際に収録されなかったエピソードを、電子書籍化の際に収録した完全版というべき作品です。

 地獄に通じる井戸があるという京の六道鎮皇寺で、赤子の頃から育てられてきた青年・聖。赤毛の上、赤子の頃に一度死から蘇生したことから、町の人々からバケモノ呼ばわりされ、本人も負けん気が強く育った聖ですが、ある日、思わぬ運命の変転が訪れます。

 捨て子を狙ったかどわかしが横行し、騒然とした空気の町で、故もなく犯人として疑いをかけられた聖。濡れ衣を晴らすために犯人を追う聖ですが、見つけた犯人は、何と人ならざる化け物だったのです。
 冥府返りの大罪人だという子供を探していたという化け物たち。自分がその子供だと悟る聖ですが、それどころか、彼は地獄の冥官・小野篁の没後千年に生まれる後継者だったのです。

 なりゆきで次代の冥官に任命されてしまった聖。以来、京を騒がす悪霊たちを封じる使命を与えられた聖ですが――しかし反骨心の塊の彼は、大人しく篁の言葉には従いません。
 あちこちで衝突し、騒動を起こす聖。しかしその中で出会った、横浜から来た警官で強力な霊感の持ち主・鳴海や、兄を追って京に来た月緒といった人々と触れ合ううちに、彼は少しずつ変わっていくことになります。

 やがて互いに反発していた京の人々とも歩み寄り、自分なりに出来ることを見つけていく聖ですが……


 確かに実在の人物でありながら、冒頭で述べたような奇怪な伝説で知られる小野篁。フィクションでもしばしば登場する人物ですが、本作はその篁を題材にしつつ(そして本人も登場しつつ)、明治初期を舞台とした、かなりユニークな枠組みの物語であります。

 物語の始まりは明治五年、まだまだ新しい時代が始まったばかりであり、政府の制度も完全には定まっていない時期。そして都が京から東京へと移った直後の時期――そんな混沌とした時代を背景に、本作は展開します。
 千年の歴史を持つ町らしく、悪霊や物の怪など怪異には事欠かず、さらに幕末からの様々な騒乱の余燼が残る京。なるほどこれは伝奇活劇の舞台に相応しいといえるでしょう。

 しかし本作の主人公・聖は、篁に頭ごなしに使命を押し付けられるのも嫌ならば、これまで散々疎まれ、排除されてきた京の人々のために動くのも御免――冥官という自分の立場を厭い、機があれば投げ出してしまおうという、主人公にあるまじき青年。
 もちろん、実際にはお人好しで、何よりも自分と同じような身の上の人間は放っておけない性格、そして唯一敬愛する育ての親の和尚と寺のため、何だかんだで冥官の使命を果たすことになるのですが――聖のキャラクターを踏まえて捻りの加わった物語が、本作の前半では描かれます。


 そんな彼のキャラクターは、個性的ではあるものの、正直なところ感情移入しにくいところもあります。しかし物語が進んでいくにつれて、彼も少しずつ変わっていくことになります。

 自分が救った者・救えなかった者の残した想い。変わっていく町の人々の目。京の外に広がる社会の存在。そして自分と正面から接する鳴海や月緒との交流――そんな経験が、狭い世界の中で凝り固まっていた彼の心を解きほぐし、そして自身も思っていなかったような未来への道を歩み始めることになります。
 その姿は、物語開始時点では予想もできなかっただけに、大きな驚きと感動を生み出すのです。

 しかし予想もできなかったのは彼の変化だけではありません。物語終盤に明かされる真実――それは聖の身はおろか、この物語の基本構造すら揺るがすもの。そしてそれは彼がこれまで築いてきたもの、これから目指すものに破壊的な影響を及ぼすのです。
 まさか! と驚かされつつも、なるほどこうきたか、というどんでん返しに感心しつつ突入するクライマックス――その先に待つものは、彼のそれまでの成長があるだけに、かなりの苦味を感じさせます。

 しかしそれもまた、変化には必要な痛みなのかもしれません。明治という大変革の時代と重なり合わせて描かれるそれは、一種のモラトリアムの終わりを感じさせるものであり――その先に不思議な開放感を残します。

 なお本作は、電子書籍化の際に、連載時の『六道辻の冥府返り』から、タイトルを変更していますが――この物語の結末まで読めば、それも一つの象徴として感じられるのです。


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2024.06.22

わらいなく『ZINGNIZE』第11巻 激突! あり得ざる無敵の忍者

 エログロバイオレンスなんでもありありの超絶忍法バトル、はたしてどこに向かうのかまだまだわからない第二部ですが、この巻では謎だった三年前の高坂甚内と服部半蔵の戦いの模様がついに描かれることになります。そして高坂を巡る刺客たちの間にも、複雑な動きが……

 風魔小太郎との死闘の後、片足だけを残して江戸から消えた高坂甚内。三年後、その行方を追う徳川幕府によってかけられた大判二枚の賞金を目当てに、八人の刺客が高坂を追います。
 いかなる事情があったのか、出雲阿国の下で暮らしていた高坂に襲いかかる刺客たち。その一番手・大鳥井逸平を一蹴、次に襲いかかる「ばんばばーん」こと塙団右衛門に辛勝した高坂ですが、その頃、かつて小太郎と共に江戸を襲撃した邪剣士・小妻岩人が阿国とお菊を攫い……

 と、次から次へと飛び出す怪人・超人が繰り広げるバトルはこの巻でも冒頭から続きます。不死身の妖魔と化した小妻岩人を、幻術とも房中術ともつかぬ妖しの技で圧倒した阿国ですが、そこに現れたのは八人の刺客の一人・西洋甲冑の男。そして凄まじい稲妻で小妻を焼き払ったその正体は――三甚内の一人・鳶沢甚内!
 江戸で古着屋として平穏に暮らしていたはずの鳶沢。しかし彼は、その前にいきなりやってきた二代将軍・秀忠の頼み(?)で、暗躍する本多正信の動きを探るべく、刺客の中に紛れていたのであります。
(ここで登場する秀忠、忍者だけでなく武将も超人揃いの本作の中では珍しい凡人ながら、しかしやはり曲者なのが素敵)

 一度は風魔小太郎打倒のために手を携えた三甚内ですが、しかし今ではこの状況。そしてある意味そのきっかけとなったのは、三年前の高坂の失踪ですが――ここでついにその真相が語られることになります。


 三年前、小太郎を倒し、お菊を得てめでたしめでたしとなるところで、お菊を操って暗躍した小幡道牛。激怒した高坂を翻弄する道牛ですが、しかしその場に現れた服部半蔵によって文字通り粉砕され、そして半蔵は高坂にも襲いかかり……
 第8巻のラスト、つまりは第一部のラストシーンの直接の続きが、ここで描かれます。

 伊賀忍者の総帥として名高い(その実像はさておき)服部半蔵。特に本作においては、魔人と化す前とはいえあの風魔小太郎を死の直前まで追いやった(というより小太郎が魔人と化すきっかけを作った)達人として描かれた半蔵の、その実力は――半端ではありませんでした。

 小太郎を倒した「ぬばたま」をはじめとして、超人芸というべき高坂の五右衛門忍法を完封、いや次々とそれを上回る奥義・絶技を繰り出す半蔵。しかし驚くべきは、いや不審に思うべきは、全く流派の異なる忍法を次々と半蔵が繰り出すことであります。
 かつて道牛は全ての流派の忍法を集める的なことを語りましたが、それをまさに体現するあり得ざる無敵の忍者・半蔵に、さしもの高坂も死の淵ギリギリまで追い込まれます。高坂に残された最後の手は……

 いやもう、この辺りは一体自分は何を見せられているんだ、というとてつもなさすぎるビジュアルにもはや笑いすら込み上げるのですが、しかし真に圧倒されるのはその直後。忍者というよりもはやミュータントクラスの超人大戦の後で、滅茶苦茶忍者ものっぽいギミックを見せられるのには、もはや脱帽であります。

 そしてそこからさらに驚かされるのは、半蔵の背後の存在。言われてみれば確かに! という人物ではあるものの、しかし――であります。


 さらに八人の刺客の側でも、オネエ喋りのコウモリ怪人と謎のルチャ侍という強烈ビジュアルコンビが独自の動きを見せ(この二人、コウモリの能力や語る内容からもしかして――)、さらに「敵」方には死んだはずの奴まで……

 と、基本的には三甚内vs小太郎という、シンプルな構図であった第一部に比べ、役者が、それもスタークラスが増えただけに、先が読めない展開が続く第二部。
 物語の柱となるのは、大久保長安と本多正信の対立ですが――いよいよ得体の知れぬ存在となった長安は何を企むのか? そして高坂はその中でどのような役割を果たすのか。

 何でもありありのとんでもない描写と思いきや、意外やかっちりとした史実の背景があったりと、まったく油断のできないこの作品。このままこの勢いで、いけるところまで行って欲しい――心からそう思います。


『ZINGNIZE』第11巻(わらいなく 徳間書店リュウコミックス) Amazon

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