2022.05.24

ゆうきまさみ『新九郎、奔る!』第10巻 舞台は駿河から京へ そして乱の終わり

 ずいぶんと骨っぽくなった新九郎の横顔が表紙の『新九郎、奔る!』第10巻は、前巻での今川家の御家騒動の後始末(?)と、京に帰った新九郎の姿が描かれることになります。相変わらず無位無冠無役の三冠王のまま奮闘する新九郎に待つのは、如何なる明日なのか――?

 義兄である今川義忠の横死がきっかけの後継者争いの中で、姉の伊都と甥・龍王丸を守るために調停役に志願した新九郎。しかし対する小鹿新五郎派にはあの太田道灌がつき、大苦戦を強いられることになります。
 ようやく調停に漕ぎ着けたものの、道灌からは「しかし小僧、自分の力で勝ったのではないぞ。 その幕府の御威光のおかげだということを忘れるな!」などと言われ(言われてない)悔しさを噛みしめることに……

 かくて新九郎にとっては苦い表舞台デビューとなったこの御家騒動ですが、しかしあくまでもこの調停は一つの区切りに過ぎません。新五郎が当主代行となり、しかし龍王丸はいまだ当主を名乗れぬままという、双方にとってある意味中途半端な状況で、血の気の多いこの時代の武士が黙っているはずもないのです。
 伊都と龍王丸を狙い、二人が身を寄せた代官屋敷を襲う何者かの兵。そしてその中で、新九郎の家来が犠牲に――?

 と、いきなり緊迫した展開となったこの巻ですが、しかし転んでもただでは起きなくなったのは、今回の経験を経ての新九郎の成長でしょうか。これから自分は京に戻らなければならない中で、伊都たちを守りつつ、家督争いを有利に進める、自分だけができるその手段とは……
 なるほど、こう来るか! という新九郎の一石三鳥の妙手には感心しますが、しかし策を思いつくのと実行することはまた別物であります。

 さらに自分や父も暮らす京の伊勢貞宗邸に戻ってみれば、色々あって幼い将軍義尚も何故かひとつ屋根の下に――となんだかややこしい状況になっているではありませんか。

 元々父が大御所義政に睨まれている一方で、自分は義尚に懐かれている新九郎。義政と義尚の二重体制がまさかこんなところで新九郎に累を及ぼすとは――と驚かされましたが、この辺りの新九郎の家庭の(?)事情と、幕府の事情を並行して、そして絡み合わせて描く趣向は、元々本作の特徴ですが、改めて感心させられました。
(そしてここで不意打ちで投入されるつげオチが可笑しい)

 そして本作ならではの趣向といえば、以前の荏原のエピソードがそうであったように、中央(京)のみではなく、地方のみでもなく、その両者を有機的に絡めつつ、この時代の武士の――政治の在り方を描く手法は、もちろんここでも健在です。
 冷静に考えれば、中央だけでも、地方だけでも存在し得ない当たり前ではあります。しかしその当たり前に、物語として一定の流れをつつ描いてみせるという作者の歴史作家としての手腕に――そしてその主人公に後の北条早雲を選ぶという着眼点に――何度めかの感心をしたところです。

 そして、その中央と地方の関係の最たるものであり、そしてそれを徹底的に狂わせたのが、本作の冒頭から描かれてきた応仁の乱であることは言うまでもありません。
 この巻において、この乱がついに終結することになるのですが――しかしそれではこの乱とは一体何だったのか? その一端を示すものとして、伊都が語る「この大乱で討ち死にした守護大名はゼロなんだって!」という言葉が、印象に残ります。(その後には「無関係な戦で討ち死にしたうちのが馬鹿みたいじゃない!!」と続くのですが)

 もちろん死ななかったのは守護大名のみ、そのほかは武士も庶民も、無数の犠牲が出たことは言うまでもありません。そしてその一人――かつて今出川殿(足利義視)のために兄が無残な死を遂げた新九郎が、まさに都落ちしていく今出川殿にぶつける言葉は、そんな時代への怒りとやるせなさの吐露として、印象に残るのです。


 そしてその乱の終わりは、新九郎自身の身の上にも影響を与えるようなのですが――いよいよ彼も無位無冠無役の三冠王からの脱出なるか、気になるところです。そしてもう一つの乱が終局に向かう関東の情勢もまた……(練馬とか豊島というワードが出てくると胸がときめく八犬伝ファン)

 ちなみにこの巻でほとんどヒロインといってよい印象であったのが伊都ですが――その彼女に対する義政の言葉は(この時代からすれば当然のものだったのかもしれませんが)、この時代の女性の生きづらさを象徴するものとして、こちらも印象に残ったところであります。


『新九郎、奔る!』第10巻(ゆうきまさみ 小学館ビッグコミックススペシャル) 

関連記事
ゆうきまさみ『新九郎、奔る!』第1巻 ややこしい時代と世界を描く「漫画」の力
ゆうきまさみ『新九郎、奔る!』第2-3巻 応仁の乱の最中のホームドラマが生み出す「共感」
ゆうきまさみ『新九郎、奔る!』第4巻 地方から見る応仁の乱の空間的、時間的広がり
ゆうきまさみ『新九郎、奔る!』第5巻 「領主」新九郎、世の理不尽の前に立つ
ゆうきまさみ『新九郎、奔る!』第6巻 続く厄介事と地方武士の「リアル」
ゆうきまさみ『新九郎、奔る!』第7巻 室町のパンデミックと状況を変えようとする意思
ゆうきまさみ『新九郎、奔る!』第8巻 去りゆく人々、そして舞台は東へ
ゆうきまさみ『新九郎、奔る!』第9巻 新九郎戦国に立つ!?

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

|

2022.05.08

山崎峰水『くだんのピストル』弐 時代を打破する力に魅せられた二人の青年

 人の心を読み取る力を持つ少年・くだんを狂言回しとした獣人幕末時代漫画、二ヶ月連続刊行の単行本第二巻は、表紙の高杉晋作と、もう一人――岡田以蔵を中心に描かれることになります。剣術が時代に取り残されていく中、二人の青年はピストールの力に魅せられることに……

 桜田門外の変が起きた年、九州豊後の山中で一人剣を振るっていた岡田以蔵。藩命で武者修行にやってきた彼は、修行先の道場で相手を半殺しの目に遭わせ、一人山に入って獣相手に剣を磨いていたのです。
 しかし最後の相手に選んだ巨大なイノシシには剣が通じないどころか、剣を踏み折られ、絶体絶命となった以蔵。その彼を結果的に救ったのは、山の民の猟師たちの鉄砲――そして山の民たちと共に以蔵の前に現れたのは、あのくだんだったのです。


 主人公とも狂言回しともいうべきくだん以外、ほとんどのキャラクターが擬人化した犬として描かれる本作。その第二巻の前半に登場するのは、第一巻でもわずかに顔を見せていた岡田以蔵――ハイエナをモチーフとした顔が実に似合う(といっては申し訳ないのですが)青年剣士であります。

 しかし幕末四大人斬りの一人などと言われ、凄まじい剣の腕を披露する――特に豊後の道場での相手を叩き潰した後に文字通り獣のような表情を見せた場面、一度も触れさせずにスズメバチの群れを全て叩き落とす場面は印象的――以蔵ですが、しかし本作では意外な側面を見せることになります。

 それは己の剣の無力さを、そして銃の強さを知ること――如何に己が剣を持った相手には無敵であっても、飛び道具を前にしてはその技は無に等しい。以蔵はそのことをくだんとの出会いで以て痛感するのです。
 それは象山のようなテクノロジー志向からでも、くだんのようなどこか運命的なものでもなく、純粋に戦闘で勝利するためではありますが――しかし新たな力が自分に必要であることを直感してのものである点には変わりはありません。

 そしてもう一人、この巻でピストールの力に目覚め、求めるようになるのが、表紙の高杉晋作です。
 後年の狂的な人物のイメージとはいささか異なり、ダックスフンドがモチーフという、穏やかさを感じさせる本作の晋作ですが――この巻で描かれるのは、彼が往くべき道を見失い、彷徨う姿であります。

 象山の塾を離れた後に師事した吉田松陰はあっさり処刑され、操船術を学ぼうとすれば船酔い、剣術を極めようと思えば聖徳太子流の佐藤一(!)なる人物に一撃で敗れ――己の道に散々迷った晋作。
 しかし町でくだんの描いた猫絵を見たことで、自分の未来は銃とともにあることに気付き、松代で蟄居する佐久間象山のもとを訪ねることに……

 と、剣術の限界に気付き、ピストールの力を求めるようになる二人の若者。冒頭の桜田門外の変で描かれているように、剣術が既存の武士階級を――彼らが支配する時代を象徴しているとすれば、ピストールはそれを打破する新たな力の象徴だといえるでしょう。
 しかしそれが真実なのか。仮に真実だとして、その力は彼らに与えられるのか、そして彼らが旧来の力の打破を成し遂げることができるのか――それはこの先描かれることになるのでしょう。


 そして現時点でもう一人、ピストールを求める者が本作にはいます。それは言うまでもなくくだんその人ですが――この巻のラストではふたたび彼に物語の焦点が移り、コロリの大流行で死の街となった江戸に戻ってきたくだんの姿が描かれることとなります。
(前巻で松陰と行動を共にした後のことが描かれなかったのは、ちょっと意外でしたが……)

 この江戸の姿に不気味な既視感があるのにはさておき、奇妙なすたすた坊主――これがまた素顔を隠しているだけにものすごく曰く有りげに感じられる――と行動することとなったくだん。
 人の(心の)声を聞く力で以て、その名のとおりの不吉な予言を行ってみせるくだんが求めるものは――コロリ以上に不気味な病が流行を始める中、物語は東禅寺事件へと繋がっていくことを予告して続くことになります。


『くだんのピストル』弐(山崎峰水&大塚英志 KADOKAWA角川コミックス・エース) Amazon

関連記事
山崎峰水『くだんのピストル』壱 少年の目に映った幕末を生きる者たちの姿

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

|

2022.05.07

和月伸宏『るろうに剣心 明治剣客浪漫譚・北海道編』第7巻(その二) いま描かれる明治の「新選組」の姿

 札幌で斬奸と称した人斬りを繰り返す劍客兵器に挑む斎藤一と永倉新八、そして阿部十郎を中心に描かれる「札幌新選組哀歌」編を収録した第7巻の紹介の続きであります。この北海道編で描かれる、斎藤の、新選組隊士たちの姿とは……

 思えば『るろうに剣心』という作品は、無印の頃から、これまでいかにも少年漫画らしい派手なアクションと物語を描きつつも、その背後に、幕末という時代を生き、そこで様々なものを背負った者たちの姿を描いてきました。そしてここでは、明治の「新選組」を、このアプローチで描いているといえます。

 新選組隊士といえば、本作ではもちろん斎藤がその立場を代表してきました。のでしかし実は彼の場合、既に完成されたキャラとして、作中ではほとんど掘り下げられてこなかった――というよりお馴染みの「悪・即・斬」で済まされてきた感があります。
(ちなみにこの巻でこのワードを、バカじゃねえのと言わんばかりに嫌みったらしく持ち出す阿部十郎の姿が実にイイ)

 幕末から明治に至る今まで変わらず、「悪・即・斬」を貫いてきた斎藤。しかし本当に彼の斬ってきた者全てが悪だったのか? 彼に対立する立場にあった剣心がそれに悩み、償いのために心身を削ってきた一方で、彼はほとんどぶれることなくその道を貫いてきました。
 しかしそれは本当に間違いのない道だったのか? この巻では、それが御陵衛士との決戦――油小路の変をかなりのページを割いて描く中で、問いかけ直されることになります。主義主張は異なるとはいえ、かつての同志が、友が切り結んだこの戦いは、迷いなき存在に見えた斎藤や、飄々と過去を受け流してきた永倉が今なお背負い続けるものとして描かれるのです。

 そしてその戦いでの「敵」であり、敗者となった阿部たち御陵衛士にとっても、この戦いは消せない痛みであることは間違いないのですが……


 と、そんな重いものを内包しながらも、この油小路の変で御陵衛士側の守護神ともいうべき二刀流の服部武雄が、敵味方他の面子が普通の格好をしている中で一人半裸バトルスーツで出現、ヌンヌンヌンと二刀を振り回して奮戦する――そしてそれがまた実に名勝負というべきものとなっているのが実に本作らしいというべきでしょう。

 そしてこの巻の終盤、ついに陰に潜むのを止めて真正面から虐殺を始めた雹辺に、山県有朋直属部隊(!)の面白集団戦法といい――ケレン味溢れるキャラとアクションが次々と投入されてくる辺り、とにかく求められているものをきっちり理解した上で、それを期待以上のクオリティで描いてみせる業には舌を巻きます。
 もちろんそれは無印の時点でも行われていたことではありますが、この北海道編では、そこにキャラクター個々人のドラマを絡めた上で描いてみせる印象があり、確実に作品として進歩していると感じるのです。

 そしてその頂点が、この巻のラストで描かれる阿部十郎の姿でしょう。その想像を絶する(いや、彼が登場した時にここまでやると予想した人間は皆無でしょう。さすがの斎藤と永倉を瞠目させたその凄まじさを思うべし)アクションもさることながら、ここでこれまで阿部が幕末以来抱えてきた様々な想いが一気に爆発するのには、ただただ唸るしかないのであります。

 はたして阿部の想いは雹辺双に、そして斎藤と永倉に勝ることができるのか!? そして阿部が新選組史に名を残すこととなったあの言葉はどのようなシチュエーションで語られるのか?(語られないということはないと信じています)。
 全く予想していなかったところで思わぬところで盛り上がりまくる本作、この先の展開にももう期待しかありません。


『るろうに剣心 明治剣客浪漫譚・北海道編』第7巻(和月伸宏&黒碕薫 集英社ジャンプコミックス) Amazon

関連記事
和月伸宏『るろうに剣心 明治剣客浪漫譚・北海道編』第1巻 再び始まる物語 帰ってきた流浪人!
和月伸宏『るろうに剣心 明治剣客浪漫譚・北海道編』第2巻 劍客兵器の正体と来たるべき「未来」
和月伸宏『るろうに剣心 明治剣客浪漫譚・北海道編』第3巻 役者は揃った! そして過去と現在が交錯する戦いへ
和月伸宏『るろうに剣心 明治剣客浪漫譚・北海道編』第4巻 尋問試合!? 次なる実検戦闘は何処
和月伸宏『るろうに剣心 明治剣客浪漫譚・北海道編』第5巻 雅桐倫倶驚愕の正体! そして物語を貫く「理」の存在
和月伸宏『るろうに剣心 明治剣客浪漫譚・北海道編』第6巻 見よ、金の亡者の覚悟と矜持!

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

|

2022.05.06

和月伸宏『るろうに剣心 明治剣客浪漫譚・北海道編』第7巻(その一) 札幌で斎藤・永倉を待つ者、その名は――

 大波乱の小樽編が終わったるろ剣北海道編、この巻では札幌での斎藤一&永倉新八という、新選組最強チームが主役を務める「札幌新選組哀歌」編が展開することになります。官吏ばかりを狙う二刀流の剣鬼に挑むのは、この二人と――明治の世に生き残った「新選組」の姿が描かれることになります。

 剣心たちの(というか雅桐倫倶の)奮戦により小樽での実検戦闘の被害が最小限で終わった一方、札幌で「斬奸」を掲げて次々と官吏を血祭りに挙げる劍客兵器部隊将・雹辺双を追うことになった斎藤と永倉。
 この姿なき敵に対し、官吏を囮として自分たちが護衛につくという作戦を提案した二人ですが、それに対して札幌県庁が用意した囮役こそは、彼にとって因縁深い人物――その名は阿部十郎!

 と言っても、知名度という点では、決して阿部十郎の知名度は高くないでしょう。簡単にいえば彼は新選組の砲術師範にして、あの御陵衛士の一人――油小路の血戦を生き残って伏見での近藤狙撃に参加、その後は薩摩方に付き、明治時代は官吏となり、北海道開拓使等に奉職した人物です。
 この阿部、二度に渡って「新選組」と戦った経歴や、赤報隊への参加の事実(といっても相楽の一番隊ではなく二番隊なので左之助とはニアミスですが)、そしてもう一つ、ある有名な言葉なども含め、考えてみれば本作に登場していなかったのが、不思議なくらいの人物と感じます。

 その阿部ですが――本作での描写は、鋭い目に気障とすら感じられるような細い口髭と顎髭、そして洋装に身を固めた、見るからに狷介固陋な人物。そしてその印象通り、斎藤と永倉に対しても全く物怖じすることなく、上から目線で接するという、ある意味根性の入った男であります。(というか純粋に阿部が最年長という衝撃の事実)
 もちろん、阿部にとって御陵衛士の仲間たちを血祭りにあげた(斎藤に至っては獅子身中の虫であった)彼らは不倶戴天の敵、親しく接するはずもないのですが……

 しかし考えてみればこの囮という任務、阿部にとっては命懸けである上に、その命をこの不倶戴天の敵たちに託さなければならないという、ある意味理不尽極まりない状態であります。それでも阿部は黙々とこの囮を務めるのですが――しかし彼らの行動も虚しく、劍客兵器の魔手は別の官吏たちを次々と血祭りに挙げていくことになります。

 そこで斎藤は阿部の内通を疑い、栄次に監視を命じるのですが、その中で栄次が見たものは……


 冒頭で触れたように、「札幌新選組哀歌」のサブタイトルが冠されたこの巻収録のエピソード。これだけ見れば、斎藤と永倉の姿が描かれるものと考えてしまいますが――もちろんそれも間違いではないものの、描かれるのは彼らだけではありません。

 実は阿部十郎のほかにも、この巻では元新選組隊士たちが登場することになります。同じく元御陵衛士として多くの行動を共にした加納鷲雄、一時期永倉と行動を共にした前野五郎――今送っている暮らし、そしてそこに至るまでの経緯は全く異なれど、明治の北海道に集った新選組隊士なのです。
 そう、ここで描かれるのは、斎藤と永倉を含め、明治の世に生き残った、生き残ってしまった新選組隊士たちの姿なのであります。
(ここで暖かい一家を設けた阿部の姿を見届けるのが、かつてそれを失った栄次というシチュエーションが素晴らしい)


 そして――何だか語っているうちに止まらなくなってきたので次回に続きます。


『るろうに剣心 明治剣客浪漫譚・北海道編』第7巻(和月伸宏&黒碕薫 集英社ジャンプコミックス) Amazon

関連記事
和月伸宏『るろうに剣心 明治剣客浪漫譚・北海道編』第1巻 再び始まる物語 帰ってきた流浪人!
和月伸宏『るろうに剣心 明治剣客浪漫譚・北海道編』第2巻 劍客兵器の正体と来たるべき「未来」
和月伸宏『るろうに剣心 明治剣客浪漫譚・北海道編』第3巻 役者は揃った! そして過去と現在が交錯する戦いへ
和月伸宏『るろうに剣心 明治剣客浪漫譚・北海道編』第4巻 尋問試合!? 次なる実検戦闘は何処
和月伸宏『るろうに剣心 明治剣客浪漫譚・北海道編』第5巻 雅桐倫倶驚愕の正体! そして物語を貫く「理」の存在
和月伸宏『るろうに剣心 明治剣客浪漫譚・北海道編』第6巻 見よ、金の亡者の覚悟と矜持!

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

|

2022.05.01

輪渡颯介『髪追い 古道具屋 皆塵堂』(その二) 皆塵堂総力戦、シリーズ最高傑作誕生!?

 復活を遂げた『古道具屋 皆塵堂』シリーズ、その復活後第二作、通算第九作の紹介の続きであります。茂蔵が開けてしまった祠の中の箱から現れたのは、深い恨みの籠もった女性の黒髪。はたしてその怨念を止めることができるのか……

 というわけで、三十年前に備前屋によって全てを奪われた末に亡くなったお此の怨念の籠もった黒髪の行方を追うことになった茂蔵と皆塵堂の面々。
 以降、茂蔵が巳之助、太一郎とともに古道具屋を回る中、太一郎が髪の気配を察知するも――という「髪絡み」、箱を手に入れた呉服屋から箱をもらう代わりに、茂蔵たちが死神に憑かれたという若旦那を助ける羽目になる「死神憑き」、峰吉と二人箱を追う中でついに箱を見つけた茂蔵(と読者)がとてつもない恐怖に遭遇する「髪つき首」、そしてお此が狙う三人目の行方と、全ての怨念の結末が描かれる「花の祠」と、物語は展開していくことになります。

 先に述べたように本作の背景となっているのは非常に胸糞案件ではありますが、それでもきっちりと笑わしてくれるのが本作です。
 どんどん増えていく巳之助の長屋の猫ですとか、茂蔵が目指す「もう一段上の遊び人」といった小ネタだけでなく、「死神憑き」で若旦那に生きる気力が湧くような物を持ち寄ったら大惨事が――という展開は、重くなりがちな本作でも随一の清涼剤というべき内容であったと思います。
(しかしこの若旦那、キャラが妙に立っていて、またシリーズに再登場しそうな……)

 しかし本作で最も凄まじいギャグは、その胸糞案件を聞いている最中の巳之助たちの怒りを描くくだりでしょう。思わず読者も共感してしまうその怒りの大きさを描きつつ、同時に何ともいえぬ脱力感とおかしみを産み出す――一歩間違えれば雰囲気を壊しかねないところに、絶妙のさじ加減で描かれるこの場面には、真剣に唸らされました。


 さて――そんな相変わらずの楽しさもある本作ですが、もちろん中心にあるのは、怨霊による殺人を食い止めるという、非常にシリアスな事態であります。
 しかしここには大きなジレンマがあります。お此の髪に狙われているのは、そうされても仕方がない(そして法ではその悪業を裁けない)ような連中ばかり。確かに無関係な人間の被害は避けなければなりませんが、復讐そのものは放っておいてよいのでは――正直なところ、そんな気持ちにもなります。

 基本的に本シリーズの登場人物はその辺りにはドライなのですが、しかしそんな中で、(実害がありそうな)茂蔵とともに太一郎は積極的に髪を追って動くことになります。
 記念すべき本シリーズ初の主人公にして、作中最強の霊能者である太一郎――作中でも彼がいなければ解決できない事態が多数あった太一郎は、本作でもその力を遺憾なく発揮。お此の髪の在処を察知して、率先して動くのです。

 シリーズにおいてはその能力とは反比例して、一番常識人な印象のある太一郎。なるほど彼であれば背景はともかく、これ以上の犠牲者が出る前に動こうとするだろうな、と納得できます。
 が、その一方で、その能力が強力過ぎて、この人一人いればいいんじゃないのかな、と思ってしまうのも――これは本作に限ったことではなく、シリーズ全体に共通する点なのですが――事実ではあります。

 本作には、そんな二つのどこか釈然としない想いもあったのですが――しかしその詳細は述べられないものの、本作においてはこれらの点はきっちり解消される、とだけは申し上げたいと思います。
 本シリーズの、そしてこれまた作者の作品全体のもう一つの特徴は、超自然の怪異を描きつつも、そこに合理的なミステリとしての趣向を必ず入れ込む点ですが――本作におけるそれは、まさにこの点にあったのか!? とすら思わされる、見事な展開だと、つくづく感じ入った次第です。


 そしてシリーズ的にも、いつも毒舌を吐きながら店から動くことがなかった小僧の峰吉が(主人の伊平次がフラフラ出かけちゃうもんだから)ついに出馬することになったり、その伊平次が実に良い感じに存在感を見せたりと、総力戦の印象もある本作。
 個性的なキャラクターたちによるユーモアと、真剣に恐ろしい怨霊が引き起こす恐怖、そして物語の真実を巡るミステリ――本シリーズの持ち味が十二分に活かされた、シリーズ最高傑作と言って良いのではないかとすら感じさせられる作品です。


 ちなみに毎回密かに楽しみにしているのが作者のあとがきなのですが――この巻はあとがきもインパクト十分。確かにそんな理由でシリーズが××したら前代未聞であります。


『髪追い 古道具屋 皆塵堂』(輪渡颯介 講談社文庫) Amazon

関連記事
 「古道具屋 皆塵堂」 ちょっと不思議、いやかなり怖い古道具奇譚
 「猫除け 古道具屋 皆塵堂」 帰ってきたコワくてイイ話
 「蔵盗み 古道具屋皆塵堂」 人情譚と怪異譚、そしてミステリの隠し味
 「迎え猫 古道具屋皆塵堂」 猫が招いた幽霊譚?
 輪渡颯介『祟り婿 古道具屋皆塵堂』 怪異を信じない男と怪異を見せたくない男たち
 輪渡颯介『影憑き 古道具屋皆塵堂』 亡魂という究極の人情
 輪渡颯介『夢の猫 古道具屋皆塵堂』 これで見納め!? オールスターキャストの猫騒動
 輪渡颯介『呪い禍 古道具屋 皆塵堂』 帰ってきた皆塵堂、帰ってきたコワ面白い物語!?

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

|

2022.04.30

輪渡颯介『髪追い 古道具屋 皆塵堂』(その一) 最凶の怪異に最悪の因縁!?

 前作でめでたくリスタートを遂げた『古道具屋 皆塵堂』、その第九作となる今回は、とある祠に封印されていた箱が開けられたことから始まる恐怖の物語。箱を開けてしまった巳之助の弟分・茂蔵といつもの面々は、箱に込められた怨念を止めることができるのか? というか止める必要があるのか?

 以前は遊び人としてふらふらしていたものの、魚屋の巳之助の弟分となり、今は小間物屋で真面目に働いている茂蔵。ある日、花見の帰りに向島を通った彼は、酔った勢いでそこにあった祠の戸を開け、中にあった厳重に封じられていた箱を開けてしまうのでした。
 しかし箱一杯に入っていたのは、長い女性の黒髪――しかもその髪は、茂蔵の足に絡みついてきたではありませんか! 辛うじて逃れた茂蔵ですが、翌日おそるおそる祠に行ってみれば、既に箱はどこかに消えた後だったのでした。

 正体は不明なものの、髪の封印が解けた気配、遠くから太一郎が感じ取るほど強力なもの。そして散々巳之助にどやされた茂蔵が、祠の由来を調べてみれば、そこにはかつて履物問屋・備前屋の寮があったものの、大分前に火事で焼け落ちてしまったというのです。
 そこで備前屋を尋ねた太一郎・巳之助・茂蔵、そして皆塵堂の主人の伊平次は、現在の主である徳五郎から、先代と髪の因縁を聞かされることに……


 シリーズ第3弾『蔵盗み』に登場し、第4弾『迎え猫』の「観音像に呪われた男」で観音像との奇妙な因縁が描かれた茂蔵。その後、彼は以前皆塵堂で働いた益治郎が開いた小間物屋で働いていたのですが――今回、思わぬ形で物語の中心となります。
 この茂蔵、かつては「遊び人」と呼ばれて悦に入っていたようなしょうもない人間ですが、変人揃いの本シリーズではむしろ一般人に近いレベル。しかし本作ではそんな彼が、シリーズ最凶の怪異に遭遇することになるのです。

 何故彼が――というのはさておき、まず何よりも強烈に印象に残るのは、その怪異を生むに至った過去の出来事であります。
 これは物語冒頭で明かされる内容なのでここに紹介してしまいますが――簡単にいえば備前屋の先代は、同業者の店を時に乗っ取り、時に陥れ、時に潰して店を大きくしてきた大悪人。それも単に同業者の財や客を奪うだけでなく、その家族までも不幸のどん底に叩き落とすというド外道だったのであります。

 そして因縁の髪の主・お此もその犠牲者の一人。備前屋の同業者・下田屋のおかみさんだった彼女は、夫が備前屋の策略で借金漬けにされて店を失った末に蒸発、幼い娘と二人残された彼女はどん底の生活を送った末に娘も失い、そして自らも命を……
 その後、彼女のものと思しき黒髪によって次々と備前屋に怪異が起きた上に先代も怪死を遂げ、徳五郎が様々な術者に請うてついに祠にお此の髪を封じたのが三十年前。そんなところに茂蔵が――というわけなのです。

 正直に申し上げて、ダイジェストしてもかなり厭な内容ですが、本編ではこれがかなり詳細に描かれ、熱血漢(というか短気)の巳之助はもちろんのこと、温厚な太一郎までが怒りを燃やすことになります

 本シリーズでは――というより作者の作品では、主人公側の登場人物たちはどこかユーモラスで間が抜けているのですが、登場する怪異は洒落にならないほど怖く、そしてそこに絡む悪人たちもまた、皆真剣に邪悪です。
 だからこそ、作者の作品は真剣に怖い怪談にしてユーモア時代小説であるという、離れ業を成し遂げているわけですが――それにしても今回の備前屋は本当に胸糞が悪い、としか言いようがありません。最凶の怪異に相応しい最悪の因縁というべきでしょうか。


 さて、封印から解かれたお此の髪ですが、彼女が狙うべき相手がまだ三人残っていると徳五郎は語ります。うち二人は先代の配下だった青八・赤八と呼ばれていた男たち、そしてもう一人は、お此たちを置いて蒸発した夫だと。
 しかし彼女の怨念の深さを考えれば、この三人だけで済むとは限りません。現に茂蔵も襲われているのですから――というわけで、徳五郎の依頼もあり、皆塵堂の面々は、お此の髪が収められた箱を探すことになります。そして茂蔵も、勤め先を休んで、代わりに皆塵堂で働きながら箱を探す羽目に……


 という第一話「朽ち祠」の紹介だけでずいぶんと長くなってしまいました。続きは次回。


『髪追い 古道具屋 皆塵堂』(輪渡颯介 講談社文庫) Amazon

関連記事
 「古道具屋 皆塵堂」 ちょっと不思議、いやかなり怖い古道具奇譚
 「猫除け 古道具屋 皆塵堂」 帰ってきたコワくてイイ話
 「蔵盗み 古道具屋皆塵堂」 人情譚と怪異譚、そしてミステリの隠し味
 「迎え猫 古道具屋皆塵堂」 猫が招いた幽霊譚?
 輪渡颯介『祟り婿 古道具屋皆塵堂』 怪異を信じない男と怪異を見せたくない男たち
 輪渡颯介『影憑き 古道具屋皆塵堂』 亡魂という究極の人情
 輪渡颯介『夢の猫 古道具屋皆塵堂』 これで見納め!? オールスターキャストの猫騒動
 輪渡颯介『呪い禍 古道具屋 皆塵堂』 帰ってきた皆塵堂、帰ってきたコワ面白い物語!?

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

|

2022.04.27

東直輝『警視庁草紙 風太郎明治劇場』第2巻 敵たる「警視庁」こそを描く物語

 山田風太郎の記念すべき明治もの第一作である『警視庁草紙』――その漫画版待望の続巻であります。不平士族たちが起こした岩倉具視暗殺未遂。思わぬなりゆきで、警視庁よりも早くその下手人たちを見つけ出さなければならなくなった兵四郎たちですが、はたしてそううまくいくでしょうか?

 隣家で起きた奇怪な密室殺人の容疑者にされた三遊亭圓朝を救い、警視庁の鼻を明かすため、三河町の半七や冷酒かん八とともに動いた元八丁堀同心の千羽兵四郎。
 その最中に、事件の背後に元旗本の娘・雪を巡る男たちの愛憎があったことを知った兵四郎は、この事件を題材に怪談を仕立て上げて、ひとまず丸く収めることに成功して……

 という第一章「明治牡丹燈籠」に続く、「黒闇淵の警視庁」がメインとなるこの第二巻。前巻のラストでは、牛鍋屋で泥酔した挙げ句、人一人斬り殺した土佐士族の一件が描かれ、これが嵐の前兆ではないかと兵四郎が考える姿が描かれましたが――はたしてその予感は的中することとなります。

 赤坂仮御所から馬車で帰宅しようとしたところを、赤坂喰違坂で刺客たちの襲撃を受け、辛うじて命永らえた岩倉具視。右大臣襲撃に激怒した大久保利通の命で下手人捕縛に動きだした警視庁ですが――それが兵四郎たちに思わぬ影響を与えることになったのです。

 というのも前話のヒロイン・お雪の夫・源次郎は、岩倉暗殺を狙っており、今回の企てに間違いなく加わっている人物。ここで源次郎が捕らえられれば、そこから芋蔓式に圓朝、そして兵四郎たちがお縄になりかねない上に、お雪も自害しかねないのであります。
 かくてお雪のため、そして自分たちのために下手人たちを探す羽目になった兵四郎たち。しかし組織も人員も遥かに上の警視庁を出し抜いて見つけられるはずもなく、兵四郎が頼ったのは「隅の御隠居」こと元江戸南町奉行・駒井相模守で……


 と、前巻ではほのめかされる程度であった兵四郎たちの知恵袋である隅の御隠居がついに登場するこのエピソード。
 警視庁に抗する元同心と元岡っ引き・元下っ引きの上にいるのが元町奉行というのはある意味道理ですが――しかし何やら維新とともに旧幕の役人たちはどこかに吹き飛んでしまった印象が勝手にあるなかで、こうした人物配置を用意してみせるのは、やはり見事というほかありません。

 そしてその一方で、兵四郎たちにとっては敵方に当たる警視庁側の描写もいよいよ気になってくるところで、特に幕末ファンにとっておっと思わされるのは、やはり藤田五郎巡査の「活躍」であります。
 前巻でもちょい役ですが顔を見せていたこの人物が誰であるか、多くの人がご存知かと思いますが――今となっては定番となった感のある、明治を舞台とした作品でのこの人物の登場は、この原作が嚆矢ではないものの、初期のものであることは間違いないでしょう。

 この漫画版での藤田氏は、むしろ飄々としたものを感じさせる容姿と言動ながら、時に凄みを感じさせるという存在感で、この後の第三章冒頭での出番も、実にいい感じであります。(そしてこの場面で登場する元見廻組の「今井」巡査も……)

 今更ではありますが、本作はそのタイトルが示すとおり、実は敵方たる「警視庁」こそがメインとなる物語。警視庁の面々を如何に描くかというのは、本作の成否にもかかわってくるのですが――それはいまのところ成功していると感じます。


 さて、第一章に比べるとトリックや仕掛けといった点ではちょっと薄味であったものの、時代のうねりに翻弄される人々を描くという点においては、なかなか印象に残るものがあったこのエピソード。
 特に原作からアレンジされた結末は、時代の闇の中に消えた者たちへの鎮魂の念と、兵四郎の屈託を感じさせる巧みなものであったと感じます。

 そして前巻同様、今回も物語の大筋は変えぬまま、その場に登場する人物の顔ぶれや台詞を語る者、描写の時系列を巧みに入れ替えて、独立した漫画としての面白さを生み出しているのにも、大いに好感が持てるところです。
(しかし半七の口調は相変わらず違和感……)

 さて、この巻の後半からは第三章「人も獣も天地の虫」がスタート。警視庁による地獄(私娼)摘発が、鎮台兵との思わぬ衝突を招き、そしてさらに事態は兵四郎の恋人・お蝶の周囲にまで波及し――と、これまたまだ先は見えないものの、これから何が起きるのか、そしてそこで兵四郎と警視庁がいかに動くのか、早くも大いに興味をそそられる展開なのです。

『警視庁草紙 風太郎明治劇場』第2巻(東直輝&山田風太郎 講談社モーニングコミックス) Amazon

関連記事
東直輝『警視庁草紙 風太郎明治劇場』第1巻 漫画として生まれ変わった山風明治もの第1作

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

|

2022.04.23

安田剛士『青のミブロ』第2巻 少年たちの光と影 そして三人目の少年

 幕末の京を駆け抜けた壬生狼こと新選組――その中で歴史に名を残さなかった三人の少年を中心に描く、異色の新選組漫画の第二巻であります。土方にスカウトされて新選組(浪士組)に加わった少年・におと、芹沢の下僕としてこき使われる太郎、そして第三の少年とは。新たな波乱がにおを待ち受けます。

 血の繋がらない妹とともに団子屋で働く中で、京を騒がす人攫いの一味と土方・沖田の対決に巻き込まれたにお。その中で、自分たち子供が犠牲になる世の中と、無力な自分への怒りを爆発させたにおは、土方から誘われて新選組に加わるのでした。
 そんなにおが見た新選組は、豪快で賑やかな若者たちの群れだったのですが――その一人・芹沢が、同志であるはずの殿内を殺害。その死体の始末を命じられたのは、芹沢から奴隷扱いされている少年・太郎でした。

 自分と同年代の太郎に関心を持ったにおは、太郎に無理やり同行するのですが……


 第一巻では基本的に格好良い姿、明るく豪快な姿が描かれた新選組。しかし早速その陰の姿が、このエピソードでは描かれることになります。それが殿内義雄の粛清――定説では近藤たちに斬られたとされる殿内ですが、本作では酒に酔った芹沢が斬ったという展開。そしてその隠蔽ににおと太郎が駆り出されることになります。(正確にはにおは無理やり押しかけただけなのですが……)

 主人公であるにおは、幼い頃に両親を失いながらも親切な老婆に拾われ、すぎるほど真っ直ぐに育った少年。一方の太郎は、におのようには周囲に恵まれず、時に卑屈に、時に冷淡に、己を押し殺して生きてきた少年であります。
 いわば光と影のような二人ですが、その姿は同時に、新選組という組織の持つ二つの顔を象徴しているような印象があります。

 そしてその影の側に立つ太郎が、強引に殿内の死体を始末しようとしたのに対し、におがどのように対処したか――それも興味深いのですが、むしろメインとなるのはその後。その対処に激怒した芹沢に呼び出されたにおが芹沢に対して何を語るか――それがこのエピソードのクライマックスといえるでしょう。

 正直なところ、ここで描かれるのは「新選組」にとってはかなり都合の良い展開ではあります。しかし土方のフォローもさることながら、単純な暴君でもなさそうな芹沢の素顔が、「大人」たちの一筋縄ではいかない顔を示しているようでユニークに感じられます。


 そして続くエピソードでフィーチャーされるのは、第三の(正確には第二の)少年――はじめこと斎藤はじめであります。前巻でも相撲でにおと対決した少年ですが、いうまでもなく彼こそが斎藤一(なのでしょう、おそらく)。
 京に着いてから近藤がどこかから連れてきたという彼は、基本的にはただの少年にすぎないにおや太郎とは別格の、既に達人の風格すらある剣士であります。
 そんなはじめと、彼に物怖じせず積極的に絡んでいくにおの小さな冒険がここでは描かれることになります。

 相次ぐ不運からノイローゼのような状態となり、自分の子を人質に立て籠もった男と遭遇した二人。「俺たちの敵の名前がわかるか!?」と荒れる男を容赦なく斬り捨てようとするはじめに対し、におは何とか命を奪わずに済ませようとするのですが……

 と、ここでも、ある意味理想論的というか、優等生的な態度を見せるにおなのですが、しかしここで「俺たちの敵の名前」を問う男の姿は、自分の正義を求めて悩むにおの姿の裏返しというべきものなのでしょう。
 だからこそ、ここで男を見捨てず、真摯に応えようとするにおの姿には、嫌味ではない等身大の少年の感情が感じられるのです。


 というわけでついに揃った三人の少年。生真面目で優等生のにお、臆病で卑屈な太郎、冷徹な剣士のはじめと、全く異なる個性の三人が、この先新選組で何を見ることになるのか――何よりも、どうしても綺麗事で済ませられないこの先の新選組の歴史を、におがどのように受け止めるのか、大いに気になるところです。

 しかし題材が題材なだけにヘビーな印象は否めない本作ですが、合間合間に挟まれるギャグのテンポが非常に良く、そういう面でもなかなか魅力的な作品であります。
(特に近藤の鉄面皮の変人キャラがいいのです)


『青のミブロ』第2巻(安田剛士 講談社週刊少年マガジンコミックス) Amazon

関連記事
安田剛士『青のミブロ』第1巻 少年の叫びとそれを導く壬生の狼たち

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

|

2022.04.12

山崎峰水『くだんのピストル』壱 少年の目に映った幕末を生きる者たちの姿

 『黒鷺死体宅配便』、そしてこのブログ的には『松岡國男妖怪退治』の山崎峰水&大塚英志コンビによる新作は幕末時代漫画。人の心の声を聞く力を持つ少年・くだんを通じて、坂本龍馬ら幕末を駆け抜けた者たちが描かれます。が、くだんの目に映るその姿は……

 時は嘉永六年、人の心の声を文字として読み取り、絵にして描く力を持つ浮浪児・くだんは、黒船来航を感じ取り、そのイメージを紙に描くことになります。偶然それを目に留めた坂本龍馬と名乗る土佐藩士に引きずられ浦賀に向かったくだんは、自分の目で黒船の姿を目撃するのでした。

 そして龍馬の依頼で、黒船の見たままの姿を描くよう依頼されたくだんですが――その絵を受け取りに現れたのは佐久間象山を名乗る学者。その後、偶然象山に命を救われたくだんは、象山からピストールの分解図を描くよう依頼されることになります。
 絵を描く傍ら、象山の弟子たちへの指導を目撃するくだん。その弟子の中には、高杉晋作という青年が……


 この二年ばかりで急にメジャーになったいわゆる予言獣の代表格である件(くだん)。牛から生まれる人面の子牛であり、生まれてすぐに人語で(多くの場合不吉な)予言を為すという存在であります。

 本作の主人公・くだんは、言うまでもなくこの件の言い伝えを踏まえた少年ですが、牛身などではなく歴とした人間。
 しかし陰惨な経緯(この辺り、このコンビらしい感触)によってこの世に生まれ、そして何よりも育ての親から「世界の終わりを予言する」と言われている点において、その名にふさわしい存在であります。

 本作は、人の心を読みそれを絵にする力を持つ彼が、幕末の有名人たちと出会い、時代の動きを目撃する、という物語なのですが――しかし強烈に印象に残るのは、くだんやごくわずかの例外を除けば、登場するキャラクターが全て「犬」であることでしょう。
 そう、龍馬も象山も松陰も晋作も、その他の武士も町人も、皆、擬人化された犬なのであります。

 これは宮崎駿の『名探偵ホームズ』のように擬人化された犬の世界の物語ではなく、あくまでもくだんの目には、他者が犬に見えるということのようなのですが――歴史ものとしては、それが一種のデフォルメの役割を果たしているのが、非常に面白く感じられます。

 というのも、本作に登場する幕末の有名人たちは、犬の顔をしながらもほとんど全く違和感がない――その顔と一緒に名前を挙げられれば、ああなるほど! と言いたくなる面構えなのであります。
 その最たるものが、この巻の表紙の龍馬ですが、強面ながら大人の風格のある象山、怜悧な中に危うさが感じられる松陰、今はまだ純朴そうな中に時折勁さと狂気が浮かぶ晋作――と、その他のキャラクターも、実に「らしく」感じられます。

 もちろん現実の彼らは、よくて写真が数枚残っている程度ではあります。そのため「らしい」といっても、それは彼らの事績を踏まえて我々が頭に思い浮かべるイメージと比較してのものなのですが――しかし、犬という極端なディフォルメによって、このイメージ化がより強烈になされているのです。
 そして突き詰めれば、歴史ものがこのイメージの集約の産物であることを思えば、本作におけるイメージ化は、物語る上での強い武器になっていることは間違いありません。

 しかしそのイメージ化であるくだんの力は、決して客観的な、現実のあるがを描くものではありません。それは(自分を含めて)誰かの目で見て、そして心で受け止めた、主観的なものにほかならないのです。
 そこにはイメージ化というものがもつ、ある種の危険性が潜んでいるのであり――深読みすれば、本作はこれを通じて、歴史ものというジャンルが持つ本質的な危険性に、自己言及しているようにも感じられます。

 そしてもう一つ、本作の登場人物のほとんどが犬であるというのは、あくまでもくだんの目を通したものであるというその意味も……
(くだんと龍馬との会話を通じて、この点を明確に示したシーンには、不思議な感動があります)


 実は本作の冒頭では、黒船来航から十三年後の慶応二年、寺田屋で襲撃を受けた坂本龍馬から、くだんがピストルを譲り受ける姿が描かれることになります。

 はたしてそこに至るまでに何があるのか、そしてくだんは手にしたピストルで何を撃つのか――この先も、本作ならではのものを見せてもらえるものと、期待しています。


『くだんのピストル』壱(山崎峰水&大塚英志 KADOKAWA角川コミックス・エース) Amazon

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

|

2022.03.25

山崎峰水『松岡國男妖怪退治』単行本未収録分 あるいは『黒鷺死体宅配便』収録分

 異色の幕末時代劇『くだんのピストル』もいよいよ4月に単行本第1巻が発売予定の大塚英志・山崎峰水コンビ。その『松岡國男妖怪退治』について、『黒鷺死体宅配便』単行本に収録されたエピソードのご紹介であります。時系列的に初期のものと、最新(最後?)のものと、2篇取り上げます。

 現代を舞台に、死者にまつわる異能を持った青年たちが、死体たちの願いを叶えていくホラー『黒鷺死体宅配便』のスピンオフである本作は、明治時代を舞台に、若き日の柳田(松岡)國男を主人公とした連作。
 松岡と田山録弥(花袋)、そして本編では主人公の背後霊(?)として登場する少年・やいちと、その育ての親である笹山和尚が、数々の怪異に挑む物語であります。

 この『松岡國男妖怪退治』の単行本は現時点で第4巻まで刊行されていますが、今回ご紹介するのは冒頭に述べたとおり『黒鷺死体宅配便』に収録された――それ故『松岡國男妖怪退治』の単行本には収録されていないエピソードです。

 その一つ目は、『黒鷺死体宅配便』第6巻に収録されたエピソード――浅草十二階下の娼婦猟奇殺人を描いた物語であります。

 犯人が逮捕されても、次々と同様の手口で殺人者が現れるという奇怪な事件に興味を抱き、たまたま東京を訪れたやいちと調査を始めた松岡。
 その過程で、人類学者の坪井正五郎が提唱する重ね録りによる観相法――すなわち人間の顔は人格を現すという観点から、殺人者たちの顔を重ね録りした写真を作ってみれば、そこに映っていたものは!

 という流れから、この手の事件ではお馴染みのあの人物が登場するのですが、何故この人物が、それもこのような形で現れるのか――その謎解きの豪快さも楽しいこのエピソード。
 上述の坪井正五郎だけでなく、松岡が柳谷なる所以というべき柳田こうなど、実在の人物への目配せも「らしい」というべきでしょう。


 一方、内容的にシリーズの最終編ともいうべき物語が、『黒鷺死体宅配便』第26巻収録の「昭和編」です。
 舞台は昭和11年、笹山和尚が呪いの茄子という触れ込みの奇怪な形の茄子を持ち込んできたことから、今や学者として官僚として功成り遂げた柳田國男は、またもや奇怪な事件に巻き込まれることになるのであります。

 『多重人格探偵サイコ』を思い出させる猟奇殺人、赤マント伝説、貰い子殺し――そしてそこから思いもよらぬ存在が出現するこのエピソード、全3話(分量的には単行本の約6割)というだけあって、物語の情報量はかなりのもの。
 昭和11年という時代を反映して、特高警察は首を突っ込んでくる、軍部は暗躍する――と、ノリは本シリーズらしくコミカルかつ派手な部分はありつつも、描かれるのは大塚伝奇というべき内容であるのがたまりません。

 そしてまた、シリーズ的にも、いまや青年となった(というか年齢的には中年か)やいちや、すっかりお馴染みのビジュアルになった柳田、年は取ったがまあ相変わらずの笹山といったレギュラー陣(田山は既に――ですが)のその後も興味深いのですが、それだけではありません。

 何しろヒロインとなる女性新聞記者の姓が、『黒鷺』のヒロイン・佐々木碧と同じ佐々木であり、ラストには――という展開で、さらにそのまた後には『黒鷺』本編に意外な繋がることが暗示(というより明示)されることになるのですから、この繋がり方にはさすがに驚かされました。
 そういえばやいちは本編でも碧のことも助けていたな――などと、スピンオフであった物語が、ここに来て本編に回帰していったという印象があります。

 そんなわけで何度か述べたとおり、シリーズのラストエピソードという印象が強いこの「昭和編」ですが、今後の大塚作品で大きな意味を持つであろう大陸に繋がっていくことが仄めかされたりとまだまだ気になるところは多くあります。

 あまり期待しすぎると痛い目に遭うことは十分に理解しつつも、やはりこの先の展開も気になってしまうところなのであります。


『黒鷺死体宅配便』(山崎峰水&大塚英志 ) 第6巻 Amazon/ 第26巻 Amazon

関連記事
「黒鷺死体宅配便スピンオフ 松岡國男妖怪退治」第1巻 テーマなき伝奇世界
「黒鷺死体宅配便スピンオフ 松岡國男妖怪退治」第2巻 文壇・民俗学・オカルト三題噺
「黒鷺死体宅配便スピンオフ 松岡國男妖怪退治」第3巻 そして彼ら自身の事件に
「黒鷺死体宅配便スピンオフ 松岡國男妖怪退治」第4巻 とんでもないゲストのとんでもないインパクト

『代筆屋中川恭次郎の奇っ怪なる冒険』 消費される「私」への鎮魂

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

|

より以前の記事一覧