2024.02.25

山根和俊『黄金バット 大正髑髏奇譚』第2巻

 令和に甦った昭和のヒーローが大正を駆ける、異形のヒーローアクション第二巻であります。黄金バットの依代として復活した月城少尉の前に立ちふさがるもう一人のバット・暗闇バット。任務で欧州に渡った月城たちですが、そこで彼と黄金バットの思惑がすれ違うことに……

 極秘任務で太古の邪神・ナゾーの巫女暗殺に向かったものの、人ならざる力を持つ彼女に返り討ちされ、一度は命を落とした月城少尉。しかし彼はナゾーと戦う謎の怪人・黄金バットの依代として復活。同様に命を落とし、機械人間として再生された先輩・笹倉中尉とともに、ナゾーの眷属たちと戦いを繰り広げることになります。
 しかし軍の内部も一枚岩ではなく、ナゾーに付いた一派の刺客が月城たちを襲います。そしてその中には、太古から黄金バットと戦ってきた暗闇バットの姿が……

 というわけで、二人のバットの戦いから幕を開けたこの第二巻。普通の人間では決して殺せないナゾーの眷属を、いとも容易く倒してしまう黄金バット――と、本作の作中パワーバランスはかなり極端なのですが、そんな中で、黄金バットと同格の存在が登場したことになります。
 いや、この時点の暗闇バットは黄金バットよりも実力は上。月城と黄金バットはあくまでも別の存在、未だに黄金バットと共に在る自分に違和感を持つ月城は、黄金バットと完全に一体化したわけではない一方で、暗闇バットとその依代の連続殺人鬼・白木虎雄は、破壊と殺戮を好むという点で一致しているのですから。

 かくて暗闇バットに圧倒される黄金バット。故あってその場は命を拾った月城ですが、彼と黄金バットとの間の思惑の違いは、続く展開――この巻のメインである、欧州での戦いで明確に示されることになります。

 後に第二次世界大戦と呼ばれる戦いの真っ直中であったこの時代――欧州で激戦が繰り広げられる中、上官から月城と笹倉に下された任務。それは敵国であるはずの独逸に渡り、そこで物資輸送の責任者である将校を護衛するというものでした。一見、利敵行為のようですが、そこにはできるだけこの戦いを長引かせ、そこから得られる利を貪ろうという上層部の思惑があったのです。

 普通のヒーローものであればあり得ないようなシチュエーションですが、しかし月城はヒーローではなく軍人。そして人間の自由意志を重んじる黄金バットも、その理非を意に介さない――と思いきや、ここで思わぬ事態となります。

 そう、この任務で月城が相手にするのは、敵とはいえあくまでも普通の人間。決してナゾーと無関係の人間に力を振るおうとしない黄金バットは、月城に力を貸すのを拒否――そのために月城の肉体もまた、常人に戻ってしまったのです。

 上で述べたように、人間の自由意志を重んじ、それを守ろうとする黄金バット。しかし彼のそれは、その結果、人間が争い滅んでもそれを許容するという、ある意味非常にドラスティックなものでもあります。
 その点で、人類を滅びから回避するために自らの意志の下で(人間の意志は無視しても)完全に管理しようというナゾーと、黄金バットとは非常に対照的な存在であります。そして人類初の世界大戦が行われている時代こそが、この両者の戦いの舞台にふさわしいともいえますが――しかしまさに神の視点としか言いようのない両者の戦いに巻き込まれた人間こそ、いい迷惑といえるでしょう。

 命令とあらば殺人も厭わずも、ナゾーが関わらなければ人間の命が失われていくのを座視する黄金バットに対して、違和感と疑問を抱く月城。しかしそれこそは、黄金バットが守ろうとする人間の意志の表れでしょう。
 だからこそ月城は黄金バットはと共に戦う「相棒」足り得る――この巻の終盤、ドイツから舞台をロシアに移して繰り広げられる戦いの中で描かれる、黄金バットと月城の関係性には、大いに頷けるものがあります。
(まあこの辺り、よせばいいのに月城たちを追ってきた暗闇バットのオウンゴールという印象もありますが……)

 そんな月城に対し、ナゾーの「配下」と化したラスプーチン(!)。両者の戦いはいかなる展開を見せるのか――そこには本作の向かう先があるのかもしれません。


『黄金バット 大正髑髏奇譚』第2巻(山根和俊&神楽坂淳ほか 秋田書店チャンピオンREDコミックス) Amazon


関連記事
山根和俊『黄金バット 大正髑髏奇譚』第1巻

|

2024.02.24

安田剛士『青のミブロ』第12巻 決戦の、そして芹沢劇場の始まり

 週刊少年マガジンでの連載はいままさに最高潮ですが、単行本の方でも芹沢暗殺編のクライマックスに突入した『青のミブロ』。暴走する芹沢を暗殺する決意を固めた近藤・土方たちですが、新見の遺志を継いだ芹沢は万全の体制で待ち受けます。そして両者の間に立たされた、におたち三人の選択は……

 幾多の暴走と悲劇を経た末に、新見が自決を遂げ、ついに芹沢排除の意思を固めた土方。それまで抑える側に回ってきた近藤もそれを認める――いや自らが陣頭に立とうとすらする――ことになります。
 いつ、どこで、誰がやるのか、土方が、沖田が、原田が、山南が、藤堂が、永倉が、それぞれの想いを胸に行動する中、におは己が何をなすべきか、一人悩むのでした。

 そして迎えた運命の文久三年九月十六日。八月十八日の政変での活躍を祝する宴会の帰り道で、土方たちは芹沢を暗殺するはずだったのですが――その目論見は次々と崩れていくことになります。
 何事もなく八木邸に戻ってしまった芹沢の寝所に踏み込む決意を固めた土方たちですが、そこに待っていたのは……


 ある意味、この物語が始まった時から、ここに至ることは決定付けられていた芹沢暗殺。それは決して変えられない、厳然たる史実でありますが、しかしそこに至るまでの経緯と、そして戦いが始まってからの経過は、我々が知るものと、大きく異なることになります。

 その分岐点の一つが、新見の死であることは間違いないでしょう。本作においては、芹沢の幼馴染であり、腹心でありつつも一定の距離を置き、むしろ監察役として独自の立ち位置を占めていた新見。その彼も、史実同様に切腹することになりますが――その理由は何であったか。
 前巻のラストでは、その直前に彼が芹沢と正面から向き合い、楽しげな笑みを浮かべながら何やら語り合う姿が描かれましたが、それこそが彼と芹沢が組んだ最後の企ての場だったのです。

 土方たちが密かに暗殺準備を進める一方で、それを完全に読み――いやむしろ誘導すらした上で――万全の体制で待ち受ける芹沢。そう、ここから始まるのは一方的な暗殺などではなく、双方の力と知恵を尽くした戦闘なのです。


 これまで幾度も述べてきましたが、本作の芹沢は単純な暴君ではなく、ガキ大将がそのまま大きくなったような部分と、多くの仲間を惹きつける将器を合わせ持つ人物として描かれてきました。それが、凶暴なのにどこか親しみやすさを感じさせる人物像に繋がってきたといえます。
 そんな彼に相応しい最期とは何か――それは泥酔したところで寝込みを襲われて女と共に殺されるという、ある意味武士にあるまじきものではないでしょう。少なくとも、本作の芹沢と新見はそう考えなかった。それだからこそ、本作の芹沢は、自分の最期に相応しいステージを、自ら作り上げてみせたのであります。

 土方たちを「最高傑作」と呼び、嬉々として迎え撃つ芹沢の姿は、まさに芹沢劇場。役者が違うとしか言いようがありません。

 しかしそれと同時に、これ程自由に見えた芹沢もまた、様々なものに囚われていることが、やがて浮き彫りとなっていきます。己の望むままに生きてきたような芹沢が手に入れられなかったもの――それはなんであったか。
 その一端は、この巻の名場面の一つ、その晩の宴に向かう際、にお・太郎・はじめの三人に対する言葉にも表れているように感じられますが――だとしたら、それに対してにおはどのように相対するのか。

 彼が滅多に見せない激情で以って近藤に挑んだ結果、何が起こるのか。そしてそれが芹沢に何をもたらすのか。八木邸での決戦が続く中、その答えが描かれるのはまだ先であります。


 しかしこれだけ完成度の高いドラマが展開する中、お梅のくだりだけは唐突感が高すぎるのが勿体なさすぎる……


『青のミブロ』第12巻(安田剛士 講談社週刊少年マガジンコミックス) Amazon

関連記事
安田剛士『青のミブロ』第1巻 少年の叫びとそれを導く壬生の狼たち
安田剛士『青のミブロ』第2巻 少年たちの光と影 そして三人目の少年
安田剛士『青のミブロ』第3巻 対決、五人の暗殺者 正義vs正義!?
安田剛士『青のミブロ』第4巻 におの求める強さと、もう一人の少年
安田剛士『青のミブロ』第5巻 におと菊千代の絆 そして「彼」は何者なのか
安田剛士『青のミブロ』第6巻 ダメな大人の金策騒動と近藤の心中
安田剛士『青のミブロ』第7巻 七つの橋の決戦 そしてミブロたちの原点
安田剛士『青のミブロ』第8巻 「敵」たちが抱えたもの、背負ったもの
安田剛士『青のミブロ』第9巻 再び立ち上がる少年と新選組の闇を引き受ける男
安田剛士『青のミブロ』第10巻
安田剛士『青のミブロ』第11巻 迫る対決の時 そして二人の悪友の悪巧み

|

2024.02.19

柳川一『三人書房』 乱歩と有名人たちの探偵秘録

 その業績故か、フィクションの中では自身が探偵役を務めることも少なくない江戸川乱歩。本作もそんな作品の一つですが、シチュエーションのユニークさが印象に残ります。乱歩が乱歩になる前、平井太郎と二人の弟が団子坂上で開いていた古本屋・三人書房を舞台とした連作であります。

 三重から上京し、弟の通と敏男の三人で、団子坂上に古本屋「三人書房」を開業していた平井太郎。彼の三重時代からの友人であり、三人書房の二階に居候していた井上青年や通と共に、太郎は探偵小説談義を戦わせる毎日を送っていたのですが――そこにある謎が持ち込まれます。

 恋人の島村抱月の跡を追うように自殺した松井須磨子――その死の衝撃がまだ世間に残っていた折り、太郎たちが買い取った須磨子の随筆集の中に挟まれていた、一通の手紙が事の発端でした。
 「私はやっぱり先生の所へ行かなければならないのです」と書きつつ、相手への想いを綴ったその手紙。それがもし須磨子のものであったとしたら、自殺の意味も大きく変わってくる――そう考えた太郎たちは、手紙の真偽を調べ始めます。

 その際に問題になったのは、手紙の末尾に記された「十二」という数字。本文と関係のないこの数字に何の意味があるのか? 太郎が解き明かしたその意味が示すものとは……


 この表題作「三人書房」から始まる本作は、乱歩が三人書房を営んでいた時代を中心に、彼が探偵役を務める全五編から構成される連作短編集であります。

 浮世絵研究の第一人者が写楽の贋作売買に関わったというスキャンダルの謎を、同じ浮世絵愛好家である宮沢賢治の示唆によって乱歩が解き明かす「北の詩人からの手紙」
 町を騒がす奇妙な娘師(土蔵破り)の出没と、敏男が入れあげる浅草の美人怪力芸人の舞台での失敗が、奇妙な形で交錯する「謎の娘師」
 ある寺の秘仏堂に忍び込んだ盗賊が、化け物を見て逃げ出したという事件を宮武外骨から聞いた乱歩が、寺に関わるある絵師にまつわる謎を横山大観に明かす「秘仏堂幻影」
 高村光太郎の作ったブロンズ像の首ばかりが盗まれ、さらにそのモデルの一人が人が変わったようになってしまった謎を、乱歩が解く「光太郎の〈首〉」

 ここに収められた物語の何よりもユニークな点は、登場人物の多くが、実在の人物であるという点でしょう。乱歩と二人の弟や、上に挙げた宮沢賢治、宮武外骨、横山大観、岡倉天心はもちろんのこと、乱歩の友人の井上も、乱歩のエッセイに記された人物なのですから。
 そんな実在の人物たちがデビュー前後の乱歩と出会い、ある者は乱歩に謎の解決を託し、ある者は共に謎に挑む――有名人探偵ものでは定番の趣向ではありますが、やはり大いに盛り上がるところであります。

 もちろんミステリとしても魅力的であることは間違いなく、特に表題作は、松井須磨子の死の謎にまつわる「暗号」解読と、さらにその先に――という構成の巧みさが印象に残ります。
 また混沌としたムードの浅草を背景に、日常の謎的出来事から展開していく「謎の娘師」なども(乱歩の趣味のおかげである真相に辿り着くのも含め)乱歩らしさの漂う作品であったかと思います。


 その一方で、本作の最大の特徴である乱歩と有名人の邂逅に違和感があるのも正直なところです。史実の上では(私の知る限りでは)関わりのなかった人物と乱歩との取り合わせ自体は興味深いのですが――それが何故表に出なかったのか、という点で本作は説得力が弱いものが多かったのが残念でした。
(また、「秘仏堂幻影」の真相も、さすがに飛躍のしすぎではないかと……)

 さらにいえば、「光太郎の〈首〉」は(既に三人書房を閉めた後の話であることもあって)そもそも乱歩が探偵役を務める必然性も薄いのでは――と、色々厳しいことを書いてしまいましたが、魅力的な題材だけに(そしてこういう趣向が個人的に大好きなだけに)気になってしまった、というのが正直なところです。

 できれば、三人書房時代の語られざるエピソードを見てみたい――そう感じた次第です。


『三人書房』(柳川一 東京創元社ミステリ・フロンティア) Amazon

|

2024.01.31

和夏弘雨『粛清新選組』第2巻 異形の山﨑烝と異形の物語 新選組譚の極北、完結

 新選組の監察方を題材としつつ、隊規に背いて粛清された隊士たちの姿を描く、新選組漫画数ある中でもある意味極北の作品――その第二巻にして最終巻であります。士道不覚悟を処断する山崎烝と林信太郎、彼らの非情のルーツとは……

 幕末最強の武闘派集団である一方で、粛清により多くの隊士が命を落とすことになった新選組。その粛清をある意味支えた存在が、隊士たちの監視・不正の摘発等を行った諸士調役兼監察、いわゆる監察方であります。
 本作はその監察方として後世に名を残す山﨑烝、そして彼の従弟である林信太郎の視点から描かれた物語――彼ら二人によって粛清の対象となった隊士たちを描く、いわば負の新選組隊士列伝というべき物語です。

 鋭敏な頭脳と記憶力を持ちながらも、スキンヘッドにひん剥いた四白眼、冷淡で皮肉な態度と、一目見たら絶対忘れられない強烈なキャラクターである本作の山﨑。
 そしてその彼が、隊士たちを冷徹に調査し、時に罠に嵌めてまで裁く姿はそれ以上に強烈で、悪事を働いた隊士の外道ぶりも相まって、ほとんどトラウマもののインパクトを残す――そんな作品であります。


 この巻の冒頭で描かれるのは前巻から続く「国事探偵方」後編、そして今弁慶と異名を取った松原忠司のエピソード。そして残りの分量約3/4では時系列を遡り、林信太郎・山崎烝の入隊秘話、そして新選組とほぼ同時に誕生することになった監察方の初期の、そして最大の粛清を描くことになります。

 その対象は芹沢鴨――いうまでもなく新選組の前身である壬生浪士組の筆頭局長にして、その傍若無人ぶりから近藤一派に暗殺された芹沢は、なるほど『粛清新選組』という作品の結末にして始まりを飾るに、これ以上の適任はいないでしょう。

 かくて在りし日の芹沢の姿を描きつつ、佐々木愛次郎・佐伯又三郎(登場する時はほとんどワンセットで描かれ、そしてイヤな気分になる話の多い二人)、そして新見錦のエピソードを経て、芹沢の最期が描かれるのですが――しかしこの一連のエピソードで描かれる芹沢像が、「いかにも」な悪役ではないのが、実に本作らしく面白いのです。
 確かに本作の芹沢も、狷介な性格であり、酒が入ればさらに粗暴になる人物ではありますが――しかしその欠点を除けば一軍の将に相応しい大人物(しかも子供好き)。ほとんどのフィクションでは犬猿の仲である土方が、むしろ心酔するほどの人物であり、それは非情の山﨑ですら同様なのであります。

 思えば本作は、粛清という行為を招く人間の昏い部分を描きつつも、それだけに留まらない複雑な心理の在り方を描いてきました。そして同時に、粛清という結末(を予感させる言葉)があるからこそ、その裏を行くような意外性のあるエピソードをも幾つも描いてきた作品でもあります。
 そしてこの芹沢鴨の粛清は、そうした本作の総決算というべき内容となっていることは間違いありません。暴走する芹沢の胸中にある想いは何か、そしてその芹沢の想いを、土方は、山﨑は如何に受け止めるのか?

 ここで山﨑は芹沢暗殺には加わっていない――という史実をこう話に活かしてくるか、と驚かされるような、まさに「鬼」のような展開も見事であります。
 しかしそこからさらに一歩踏み込んで最後の最後に示されるものは、まさに本作の結末に相応しいものであったといえるでしょう。


 隊士の死――それも仲間に与えられる死である粛清を描きつつも、その時だからこそ浮かび上がる命の姿を生々しく描く。主人公の山﨑同様、異形でありつつも、その中に人の情を感じさせる物語であります。


『粛清新選組』第2巻(和夏弘雨&荒木俊明 日本文芸社ニチブンコミックス) Amazon

関連記事
和夏弘雨『粛清新選組』第1巻 粛清を通じて描く、唯一無二の新選組

|

2024.01.22

横山起也『編み物ざむらい 二 一つ目小僧騒動』 伝奇ホラーミステリ!? 奇想天外な新たな絵柄の物語

 メリヤス編みが取り柄の青年・感九郎を主人公とした奇想天外な時代小説――第12回歴史時代作家協会文庫書き下ろし新人賞受賞前作に続くシリーズ第二弾であります。感九郎が思わぬ成り行きで参加した、悪党を懲らしめる「仕組み」の仲間の一人で、人気戯作者のコキリが失踪。一つ目小僧に攫われたという噂も流れる中、彼女を探して向かった先で感九郎たちを待つものは……

 持ち前の生真面目さが災いし、不正を告発しようとしてかえって主家と生家から追われてしまった黒瀬感九郎。偶然出会った御前・ジュノ・コキリといった奇妙な面々に誘われた彼は、「仕組み」なる裏稼業に加わり、唯一の取り柄である編み物を活かして悪党を退治するのでした。その中で彼は、自分の中に眠る能力――人の心中にあるわだかまりを解く力に目覚めることに……

 という前作の後もジュノたちの暮らす屋敷に転がり込んで、内職に精を出していた感九郎ですが、本作の冒頭では、突然にコキリが姿を消してしまったことが語られます。
 前作の事件で、コキリと因縁を持つという悪徳医師・久世を制裁しながらも、結局は取り逃がす形となり、それが失踪の原因ではないかと内罰的に気に病んでいた感九郎。そんなこともあって、彼はジュノと共にコキリの行方を探すことになります。

 彼女が一つ目小僧に攫われたらしいという奇妙な噂も流れる中、ようやく彼女が武蔵国五日市宿の大旅籠の離れにいると突き止めた二人。成り行きからついてきた感九郎の許嫁・真魚とともに宿に向かった感九郎とジュノですが、しかしコキリはまたも一つ目小僧に攫われたと騒動になっていたのであります。
 コキリが滞在していた山中の離れ――様々な趣向を凝らした温泉宿で歓待される一行。しかしそこでも次々と奇妙な、そして思わぬ出来事が起きます。離れの隣に立つ「迷い家」という異名で呼ばれる山中の屋敷、辺りから響く異様な叫び声、倒れていく仲間たち、失われた帰り道――その果てに感九郎たちが知る、あまりに意外な真実とは……


 というわけで、一種のクローズドサークルもの的な物語が展開する本作。前作はいわゆる仕事人もの、あるいは不可能ミッションものというテイストであっただけに――そして引き続き感九郎はそこでの仲間たちと行動を共にするだけに――今回も同様の趣向で描かれるとばかり思ってみれば、まさかホラー色、伝奇色も漂うミステリだったとは! と驚かされます。
 特に中盤の、次から次に怪事件が起こり、一体何が起こっているのかわからないままに感九郎たちが翻弄される辺りは、この先一体どこに向かっているのかも全くわからず、(良い意味の)不安にさせられます。

 そしてそんな物語におけるキーパーソンが、コキリであります。前作ではジュノ・感九郎とトリオで「仕組み」を実行した彼女は、どう見ても年若い娘ながら、人気戯作者・乱津可不可の正体と名乗るだけでなく、かつて人魚の肉を食わされたおかげで不老不死になったと自称する、奇妙な人物であります。
 しかし彼女のいうことをどこまで真に受けて良いかは前作の段階では迷うところであります。内容的には(感九郎の「能力」周りの描写はあるものの)比較的地に足のついた世界観の物語だけに、これは眉唾物だと思っていたのですが――ここにきて、彼女の言葉の真実が語られることになります。

 その詳細については伏せますが、その衝撃的な告白に留まらず、さらに――という仕掛けの巧みさには感嘆させられるところで、そこに漂う濃厚な伝奇性も含めて、大いに楽しませていただきました。


 その一方で、○○かと思ったら実は××でした、と腰砕けなオチに終わる展開も多かったり、何よりもコキリの物語のインパクトが大きすぎるためか、感九郎の側の物語の印象が弱まってしまうのは、いささか残念なところではあります。
 特に後者は、感九郎自身だけでなく、コキリへの一つの救いへと繋がっていく要素であるだけに勿体ないと感じさせられます。コキリの過去の重さに比べればを思えば無理もないところではあり、そしてそのどこかアンバランスな物語展開も一つの魅力ではあるのですが……

 そんな部分はありつつも、ある意味普遍的なテーマ――本作においては自分とはなにか、過去と今とはなにかという――を奇想天外な物語の中に織り込み、そして物語が完成した時、それが美しい一つの絵柄として浮かび上がるという前作同様のスタイルは、変わらず魅力的であることは間違いありません。

 さて、第一作を見ていれば、ジュノにもなにやら重い過去がある様子。おそらくは次はそれが描かれるのではないかと思いますが――そんな予想を軽々と超えていくような予感も強くあります。
 今はただ本作の余韻を味わいつつ、次なる物語の絵柄を楽しみにするとしましょう。


『編み物ざむらい 二 一つ目小僧騒動』(横山起也 角川文庫) Amazon


関連記事
横山起也『編み物ざむらい』 特技はメリヤス編み!? 生きづらさを解きほぐし、編み直す侍

|

2024.01.18

「コミック乱ツインズ」2024年2月号(その二)

 今年最初の「コミック乱ツインズ」2月号の紹介の続きです。

『風雲ピヨもっこす』(森本サンゴ)
 シリーズ連載の本作ですが、ここ数回、やたらと印象に残るのが、ピヨ一家(?)の母・ピヨでっぷりの存在。ピヨもっこすの様子を見に行った家族が戻ってこないのに業を煮やして自分もやってきたピヨでっぷりですが、今回はその彼女とピヨもっこすの京見物――といっても当然ながら平和に終わるはずがありません。
 押し込み、拐かしと物騒極まりない京ですが、そんな悪党たちよりも一目でより物騒とわかるピヨでっぷりの暴れっぷりが実に素晴らしい。特に三人の押し込みを相手にしてのアクションは、わずか一ページ、いや実質三コマの中で激しい動きを感じさせるもので、漫画表現というもののセンスを感じさせてくれます。

 しかし確かにピヨ一家のサイズ感は謎――女性の方が体が大きくなる種族なのかしら。


『江戸の不倫は死の香り』(山口譲司)
 不義密通が毎回悲惨な結末を招く様を描くエロ残酷物語というべき本作――今回冒頭で描かれるのは、古道具屋を訪れて刀を探す冴えない中年の男。店の主人が出してきた刀を手にした男は、その刀を抜くと――という、見るからに不穏な場面から始まります。
 そして時を遡って描かれるのは、この男、水油商・越後屋の主人・大介の物語。十三歳年が離れた女郎・お兼を妻に迎えた大介ですが、真面目で気が弱く、男っぷりも悪い大介にお兼が満足するはずもなく――と、見ているだけでお腹が痛くなる展開であります。

 そしてその果てに冒頭に繋がるわけですが――基本的に不義密通の果てに人殺しをして獄門、というパターンが多い本作。たまには違うパターンを見たいと思っていましたが、こういうのじゃない、こういうのじゃないんだ……! と心をかきむしられるような結末であります。


『真剣にシす』(盛田賢司&河端ジュン一・西岡拓哉/グループSNE)
 大坂城での大塩平八郎との勝負もいよいよスタート、カードゲーム「蔵騒動」での対決が始まります。
 金・銀・陶磁器・米・銃・酒の六種類の品札を手札・場札にして行われるこのゲーム、要はそれぞれ点数が設定された品札をできるだけ集めて、より高い点数を集めれば勝ち――ではありますが、この場合非常に面白いのは、ゲームで取った品札と同じものをもらうことができる、という点でしょう。
(ちなみに今回の勝負、ちょっと手札と場札の区別が付きにくいところを除けば比較的状況もわかりやすく、ルールの複雑さもちょうど良いくらいで、これまでのゲームの中でも出色かと感じます)

 相手のプレイヤーが大塩平八郎とくればなんとなく想像できますが、彼が狙うのは金と米と銃――ゲームに勝つだけでなく実際に蜂起のための物資までもらえるのですから、彼にとっては一挙両得でしょう。というか、ルール紹介の時点からそんな気がしていましたが、これはどう考えても主催者が大塩を煽っているのでは……
 審判のビジュアル的に京の香りがしますし、天下博徒御前試合を利用して倒幕とか企んでない? といささか心配になってきました。

 それはさておき、ゲームは大塩優勢、それどころか大塩にスカウトされてしまった夜市ですが、今回わざわざ酒の札を集めているのは、前回の描写合わせて考えれば、もちろん伏線なのでしょう。さて、それが次回炸裂するのか?


『殺っちゃえ!! 宇喜多さん』(重野なおき)
 案外楽勝かと思えば激戦が続く三村元親戦、父子ともどもに苦しめられる形になった直家ですが、謀略家の常か、正面からの力押しに弱いということでしょうか。
 もっとも、彼は一人で戦っているわけではありません。昔から彼を支えてきた異母弟・忠家――普段は兄の言動のツッコミ役、というより不用意なことを口にして粛正されかけ役というべき彼が、ついに本領を発揮するようですが……

 直家と対照的な存在として描かれてきた三村元親もこれから前面に出てくるものと思われますし、まだ一山二山はありそうです。


 次号は表紙が『前巷説百物語』、巻頭カラーが『江戸の不倫は死の香り』とのことです。
(しかし今号、いわゆる剣豪が主人公の作品が『鬼役』のみというのが、ある意味本誌らしくてなかなか印象的ではあります)


「コミック乱ツインズ」2024年2月号(リイド社) Amazon


関連記事
「コミック乱ツインズ」2024年1月号

|

2024.01.15

ゆうきまさみ『新九郎、奔る!』第15巻 帰駿の最大の敵は龍王丸自身!?

 時代の情勢に、周囲の思惑に振り回されてきた新九郎ですが、またもや転機が、それも大きな転機が訪れます。いよいよ帰還することになった甥の今川龍王丸の後見人として、駿河に向かう新九郎。しかし長らく離れていた者が容易く受け入れられるはずもなく、そして龍王丸本人も問題だらけで……

 役を得た次にはついに結婚し、さらに嫡男にも恵まれた新九郎。家庭内はまず円満ですが――しかし家庭といえば問題は同じ姉の子・龍王丸の帰駿であります。
 父・義忠を早くに失い、家中を二分する争いの末に、母親ともども新九郎、というか京の伊勢家を頼ってきた龍王丸。そんな彼も元服ともなれば、いよいよ駿河に戻り、駿河守護の座を継ぐことになります。

 とはいえ、そもそもの京に出てきた事情を考えれば、帰還が諸手を挙げて賛成されるはずもないのは、もちろんの話。彼が成人するまで家督代行してきたのは小鹿新五郎範満――本人は野心がないとしても、彼の与党が黙っているはずがありません。
 もっとも、不利な点ばかりではありません。義忠の死の直後には様々な形で干渉してきた扇谷家や堀越公方ですが、あれから周囲の状況も様々に変わりました。何よりも、最大の強敵であり新五郎の後ろ盾であった太田道灌が前巻のラストで退場した今、「敵」の勢力は大きく減じたといえるでしょう。

 ――が、ここで最大の障害となるのが龍王丸自身だったとは! これまでも物語の中で、折に触れてマイペース――というより何を考えているのかわからない姿が描かれてきましたが、それが収まるどころか、むしろ帰駿を怖がるのですから、武家の長としては大問題であります。そしてそんな彼の姿は、駿河に帰り家臣や土地の武士たちと対面した時も全く変わらず……


 冒頭に触れた通り、伊勢新九郎の生涯において、大きな転機となる今川龍王丸を奉じての駿河入り。甥云々を抜きにしても、一国の守護の座を左右する立場は、これまでで一番の大きなお役目と言ってよいでしょう。

 しかし駿河入りする以前に、まず京を離れるだけで一苦労。何しろ今や新九郎は将軍義尚の申次という歴とした役付き、勝手に休んで駿河に行くわけにはいきません。
 この辺り、社会人としては身につまされる話ですが、それだけではありません。将軍という座に強いこだわりを持つ義尚の場合、自分に仕える新九郎が、ある意味「私事」で駿河に行くことを面白く思わないという状況があるのですから。

 実際、目の上のたんこぶであった大御所・義政の存在だけでなく、将軍位を別の者にすげ替えようという動きが義尚の周囲にはあったわけですが――ここでその張本人である細川政元が絡んでくるのが面白い。
 新九郎とも面識のある堀越公方・足利政知の子を次の将軍位に据えようと目論む政元。政知とのいわば繋ぎとなることを条件に、その政元の口利きで新九郎はようやく駿河に向かえることになります。

 本作はこれまでも、中央が中央だけで、地方が地方だけで存在しているのではなく、その複雑な相互作用の中で両者が存在する様を折に触れて描いてきました。そして都と駿河(あるいは都と領地の荏原)の間で頭を悩ます新九郎の姿は、その象徴といえます。
 どうしても駿河一国の行方を巡るエピソードとして捉えてしまう今回の展開ですが、しかしやはり駿河だけで収まる話ではなく、中央の動きとも直接・間接的に関わるものであった――それを新九郎が京を離れるくだりを通じて描いてしまうところに、本作の巧みさと面白さがあると、一体何度目かわからない感心をしてしまうのです。


 いや、本作の中で相互作用するのは中央と地方だけではありません。もう一つ本作において核となるのは伊勢家――つまりは家族・一族であります。
 これまでは伊勢家の中でのそれが描かれてきましたが、新九郎と龍王丸を繋ぐのが、主従関係ではなく血縁関係であることを思えば、新九郎の駿河入りにも、この要素が大きく作用していることは間違いありません。

 実際、新九郎が龍王丸の煮えきらない――というより客観的に見ればやはり「うつけ」にしか見えない態度に頭を悩ませる姿は、将来の守護を支える後見人というより、甥を教育する叔父として映ります。
 以前も感じましたが、これまで教えられる側だった新九郎が、教え育てる側に回っているというのには一つの感慨があるのですが――それがうまくいくとは限りません。

 どうやら龍王丸としてもそれに応えようとしているようですが、はたして彼のやる気がこの先ポジティブに働くのか。既に彼を挟んで、新九郎を含めた大人たちはついに刀を抜いてしまったのですが……


『新九郎、奔る!』第15巻(ゆうきまさみ 小学館ビッグコミックススペシャル) Amazon


関連記事
ゆうきまさみ『新九郎、奔る!』第1巻 ややこしい時代と世界を描く「漫画」の力
ゆうきまさみ『新九郎、奔る!』第2-3巻 応仁の乱の最中のホームドラマが生み出す「共感」
ゆうきまさみ『新九郎、奔る!』第4巻 地方から見る応仁の乱の空間的、時間的広がり
ゆうきまさみ『新九郎、奔る!』第5巻 「領主」新九郎、世の理不尽の前に立つ
ゆうきまさみ『新九郎、奔る!』第6巻 続く厄介事と地方武士の「リアル」
ゆうきまさみ『新九郎、奔る!』第7巻 室町のパンデミックと状況を変えようとする意思
ゆうきまさみ『新九郎、奔る!』第8巻 去りゆく人々、そして舞台は東へ
ゆうきまさみ『新九郎、奔る!』第9巻 新九郎戦国に立つ!?
ゆうきまさみ『新九郎、奔る!』第10巻 舞台は駿河から京へ そして乱の終わり
ゆうきまさみ『新九郎、奔る!』第11巻 想い出の女性と家督の魔性
ゆうきまさみ『新九郎、奔る!』第12巻 家督問題決着!? そして感じる主人公の成長と時間の経過
ゆうきまさみ『新九郎、奔る!』第13巻 ついに借財ゼロ、三冠王返上!?
ゆうきまさみ『新九郎、奔る!』第14巻 新九郎、社会的に色々と成長す!?

|

2023.12.31

相田裕『勇気あるものより散れ』第5巻 激突、過去を背負った眷属二人

 不老不死の民・「半隠る化野民」と、その眷属に選ばれた剣士たちの物語はいよいよ混迷の度合いを深めて展開していきます。妖刀・殺生石を巡り相争うことになった不死の兄妹の戦いは、藤田五郎たちも加わって大混戦。その中で激しくぶつかり合う眷属二人の対決の行方は……

 母を不死の運命から解き放つため、化野民を殺す力を持つ妖刀・殺生石「華陽」を奪って逃避行を続けてきた九皐シノと鬼生田春安。しかし争奪戦の末に華陽を手に入れたシノの兄・生松と眷属の鵜飼菊滋は、母の解放を政府に要求して政府高官へのテロを開始することになります。
 この凶行を止めるため、図書掛の山之内は山川浩に推薦された藤田五郎と組んで生松を追跡。さらに殺生石を取り戻すという目的自体は同じである、シノと春安とも協力することに……

 かくて、政府内で化野民の対応を行ってきた図書掛の実働隊長というべき山之内と、その図書掛と幾度となく激突してきたシノと春安――この巻では、その双方が、まさに呉越同舟というべき形で協力して共通の敵に挑むことになります。
 さらにそこに藤田五郎が加わり(完全に無関係だったのに巻き込まれた彼こそ、いい面の皮ですが……)、向かうところ敵なしと言いたいところですが、しかし相手もただ者ではありません。

 何しろ生松も菊滋も神道無念流の達人――かつてシノと生松、春安と菊滋は、それぞれ蒸気船の上で激闘を繰り広げ、辛うじて引き分けとなった間柄であります。特に生松と菊滋が操る立居合の秘剣・アマツバメは、まさに必殺というべき豪剣です。
 山之内と藤田が加わっての四対二とはいえ、この巻の前半で展開する全く先が見えない激闘。その中でも圧巻は、春安と菊滋の激突であります。

 ともに人間時代から名うての剣士であり、人間としての死を迎えてもなお、化野民の眷属として強固な忠誠心と使命感に突き動かされる二人。しかし一方の春安は戊辰戦争で各地を転戦した過去を持つ一方で、菊滋の方の実戦経験は――と思いきや、実は彼は実在の人物だったというのに驚かされます。

 鵜飼菊滋の本名は鵜飼幸吉――史実では元水戸藩士であり、戊午の密勅を届ける使者となったことを以て、安政の大獄で唯一獄門に処されたという人物。それが本作においては、処刑の直前に見せた技を生松に見いだされ、その眷属にして師として、彼の近くに控えることとなったというのであります。

 敵味方様々なキャラクターが入り乱れる本作においては、単純な善人・悪人というのは基本的に存在しません。存在するのは、それぞれに過去を背負いながらも、それでも現在を生きようとする者たちであり――その姿がキャラクターたちに、ひいては物語に厚みを与えているといえます。
 そしてその構図は、やはりどうしても史実を背負った実在の人物の方が、より印象的なものとなります。その意味では、この巻の菊滋は、完全に春安を食っていたといってもよいでしょう。
(特に春安とその主であるシノの場合、最大の目的が生松たちの行動によって阻まれ、敵であった山之内と組んだことで、ある意味行動が迷走している点も大きいのですが……)

 その一方で、生松とシノの姉である煙花が、今回ついにその実力を発揮する場面があるのですが――彼女の場合、そうしたキャラの重み付けがまだ描かれていないためか、絵空事感の方が先立って感じられるのは、いささか残念なところではあります。


 物語の方はいよいよ敵味方が入り乱れ、先が見えない展開となってきましたが、キャラ配置的にも、少しでも薄さを見せたキャラはたちまち他のキャラに食われる印象があります。
 その意味でもはたして誰が生き残るのか、油断ならない作品であります。
(そしてその中で盤石の史実を背負いつつも、矢鱈と立ったキャラを見せる藤田の「強さ」よ……)


『勇気あるものより散れ』第5巻(相田裕 白泉社ヤングアニマルコミックス) Amazon

関連記事
相田裕『勇気あるものより散れ』第1巻 死ねなかった男と死なない娘の冒険譚開幕
相田裕『勇気あるものより散れ』第2巻 生き残った武士の姿、会津武士の姿
相田裕『勇気あるものより散れ』第3巻 船上の剣戟! 不死者vs不死者、眷属vs眷属
相田裕『勇気あるものより散れ』第4巻 化野民の想いと人間の想い、そして新たな剣士

|

2023.12.24

輪渡颯介『闇試し 古道具屋 皆塵堂』 幽霊にいかに挑むか? 二人の「探偵」の対決!?

 曰く付きの品物ばかり集まる古道具屋・皆塵堂を舞台としたコミカルな時代ホラーシリーズ、第十一作はシリーズレギュラーの太一郎を主人公として展開します。強力な霊能を持つ太一郎が依頼されたのは、札差の娘・お縫に対する幽霊への対処指南。小さなトラブルメーカーに振り回される彼の運命は……

 旧知の間柄である庄三郎から札差・大和屋の養女お縫を紹介された古道具屋銀杏屋の若旦那・太一郎。売りたい香炉があるというお縫ですが、強い霊感を持つ太一郎は、その香炉に執着している幽霊の存在を感じ取るのでした。
 その香炉の扱いについてお縫から問われた太一郎は香炉を買い取ると答えるのですが、お縫は幽霊の前で予想もしなかった行動を取ることに……

 というわけで、十巻を超えても非常に女っ気の少ない(女性の幽霊はほぼ毎回登場しますが)本シリーズに久々に登場した、物語に大きく絡む生身の女性キャラ・お縫。しかし作者の作品の女性キャラは何故かトラブルメーカーが多いのですが、やはりお縫も例外ではなく、皆塵堂――というより太一郎に面倒事を持ち込むことになります。

 とある武家屋敷に屋敷奉公に出ることになったというお縫。しかしその屋敷には幽霊が出る――というより、幽霊が出るからこそ、彼女はそこに奉公に行く気になったというではありませんか。
 そこで屋敷に行く前に自分が幽霊を相手にやり合うことができるか、腕試ししたいと考えたお縫の審判兼用心棒として、太一郎に声がかけられたのであります。

 実はお縫はシリーズのあるキャラの縁者、その関係で太一郎の話を聞いて幽霊に興味を持ったという、ほとんどとばっちりのような理由で、太一郎はお縫に引っ張り回されて江戸中の幽霊スポットを巡る羽目に――というのが、本作の趣向であります。


 シリーズファンには言うまでもありませんが、太一郎は毎回主人公が変わる本シリーズの記念すべき第一作『古道具屋皆塵堂』の主人公にして、シリーズ最強の霊能力を持つ切り札というべき人物であります。
 単に幽霊を見るだけでなく、遠くからでもその存在を感じる、そして幽霊の正体や意図をも見抜くことができる――幽霊絡みの品物にまつわる事件が中心となる本シリーズにおいては、あまりに便利すぎるキャラクターといえます。

 正直なところ、彼が最初から動けばほとんどの事件が解決してしまう(その辺りを逆手に取った作品もあるのですが)わけで、扱いが段々難しくなってきた感があった――と思いきや、たとえ幽霊の正体や存在がわかっても、大きな危険がなければ見ているだけ、という本作の設定は納得で、なるほどこの手があったかと大いに感心いたしました。

 その一方で面白いのは、いかに太一郎でも幽霊のことがすべてわかるわけではない――相手が伝えようとしていないことまでは読み取れないという点でしょう。この設定において、本シリーズの妙味の一つであるミステリ要素が効いてくることになります。
 さらに、幽霊を見ることと、その幽霊にどう対処するかはまた別の話であります。言い換えれば太一郎の対処が必ずしも正しいわけではなく、お縫の対処の方が正しいこともあるのです。

 というわけで、幽霊という「事件」を如何に解決するかという、二人の「探偵」の知恵比べ的な味わいもあるのが何よりも楽しく、そして実に本シリーズらしいひねりの効かせ方と感じるのです。
(そしてエピソードの中には、えらく意外な「探偵」まで登場することに!)


 正直なことをいえば、いささか苦肉の策という印象がないわけではありませんが、しかし「太一郎の幽霊に対する能力、強くなりすぎ問題」を見事に逆手に取って、起伏と意外性に富んだ物語を描きつつ、それでいてシリーズのいつもの味をきっちり見せてくれる本作。
 変化球にして王道の味わいの快作であります。


『闇試し 古道具屋 皆塵堂』(輪渡颯介 講談社文庫) Amazon

関連記事
「古道具屋 皆塵堂」 ちょっと不思議、いやかなり怖い古道具奇譚
「猫除け 古道具屋 皆塵堂」 帰ってきたコワくてイイ話
「蔵盗み 古道具屋皆塵堂」 人情譚と怪異譚、そしてミステリの隠し味
「迎え猫 古道具屋皆塵堂」 猫が招いた幽霊譚?
輪渡颯介『祟り婿 古道具屋皆塵堂』 怪異を信じない男と怪異を見せたくない男たち
輪渡颯介『影憑き 古道具屋皆塵堂』 亡魂という究極の人情
輪渡颯介『夢の猫 古道具屋皆塵堂』 これで見納め!? オールスターキャストの猫騒動
輪渡颯介『呪い禍 古道具屋 皆塵堂』 帰ってきた皆塵堂、帰ってきたコワ面白い物語!?
輪渡颯介『髪追い 古道具屋 皆塵堂』(その一) 最凶の怪異に最悪の因縁!?
輪渡颯介『髪追い 古道具屋 皆塵堂』(その二) 皆塵堂総力戦、シリーズ最高傑作誕生!?
輪渡颯介『怨返し 古道具屋 皆塵堂』 非情の取り立て屋の遺産の正体!?

|

2023.12.07

よしおかちひろ『オーディンの舟葬』第1巻 戦狼vs白髪 激突する復讐鬼

 十一世紀初頭、ヴァイキングのヴァイキングの侵攻に揺れるイングランドを舞台に、ヴ愛する者を奪われた隻眼の少年・ルークがヴァイキングに壮絶な戦いを挑む、歴史バイオレンスアクションであります。二頭の狼を連れ、「戦狼(ヒルドルヴ)」と呼ばれることとなったルークの戦いの行方は……

 ヴァイキングの侵攻と、イングランド王家の報復の板挟みとなっていた北イングランドの小村で見つかった少年・ルーク――兄弟同然に育った二匹の狼と共に村の牛を襲っていたルークは、村の神父クロウリーに保護されることになります。
 慈愛に満ちたクロウリーの下で暮らし、村の人々と触れ合ううちに、人間性を取り戻していくルーク。しかし、イングランド王のヴァイキング虐殺の報復を命じられたヴァイキング・「白髪」のエイナルの軍勢が、村を襲います。

 深手を負ったクロウリーを助けようとするも、エイナルに眼前で彼の首を落とされ、自らも片目を潰されたルーク。
 それから十年、本格的な侵攻を始め、イングランド各地を制圧するデンマーク王・スヴェンの軍――しかし復讐に燃えるルークは白髪の男を求めてヴァイキングたちを次々に襲撃、壊滅させていくのでした。

 やがて二匹の狼を連れた隻眼の男――オーディンを彷彿とさせるその姿に、「戦狼(ヒルドルヴ)」と呼ばれるようになったルーク。その前に、ついに「白髪」のエイナルが現れることに……


 エンターテイメントの世界でも、様々な作品に登場してきたヴァイキング。北欧というルーツや、海を越える勇猛な戦士というイメージなど、大いにロマンをかき立てられる存在であり、こうして題材になるのも納得できるものがあります。
 とはいってもそれはあくまでもヴァイキング側に立っての見方――ヴァイキングの侵攻を受ける側としては、とてもロマンなどとは言っていられなかったことは間違いありません。

 本作はその侵攻を受けた側、つまりイングランド側の視点から描かれた、比較的珍しい作品であります。舞台は十一世紀初頭、「双叉髭王」の異名を持つデンマーク王・スヴェンがイングランドを掌中に収めた時代――その歴史の陰で繰り広げられた「戦狼」と呼ばれる男と「白髪」の男の激突を中心に、物語は展開していくことになります。

 異常な力を持つ主人公が、慈愛に満ちた人間に育てられることによって一度は人間らしさを得るも、その恩人を無惨に殺されて復讐鬼と化す――本作で描かれるのは、復讐ものの一つの定番パターンではありますが、この史実と重ね合わせることで、凄まじい迫力と臨場感を持って感じられます。
 そしてその復讐鬼たるルークが、ヴァイキングたちの主神というべきオーディンと擬えられる運命の皮肉も巧みであります。

 しかし本作のさらに巧みな点は、ルークの復讐のターゲットであるエイナルの存在でしょう。冒頭から憎むべき鬼畜ぶりが存分に描かれるエイナル――しかし詳しくは伏せますが、この巻の後半で描かれる彼の壮絶な過去は、実はエイナルとルークが、ある意味同質の存在であることを示すのです。
 もちろん、だからといって彼の所業が許容されるものではありません。しかし同質の存在だからこそ、エイナルとルークの激突は、血生臭さだけでなく、どこかやるせなさを感じさせるのであります。
(そして出自を考えると、彼はあるいは後の――という予想もできるのですが、そうするとこの先の物語は……)


 とはいえ、まだ復讐劇は始まったばかり。はたして復讐されるのは、復讐するのは誰なのか。そして舟葬――ヴァイキングにとっての名誉ある葬儀で送られるのは誰なのか。この先描かれる物語が気になります。


『オーディンの舟葬』第1巻(よしおかちひろ コアミックスゼノンコミックス) Amazon

|

より以前の記事一覧