2022.06.24

安田剛士『青のミブロ』第3巻 対決、五人の暗殺者 正義vs正義!?

 新選組に加わった京の三人の少年の目を通じて描かれる異色の新選組伝の第三巻であります。会津藩の者ばかりを狙う辻斬り五人を追うことになった壬生浪士組(ミブロ)。その一員として下手人を追うにおとはじめですが、逆に待ち伏せを受けて窮地に陥ります。はたして反撃の機会は……

 同じ地元からミブロに加わった少年である太郎、そしてはじめと、紆余曲折はありながらも距離を縮めてきたにお。そんな中、芹沢・近藤以下ミブロの面々は、京都守護職たる会津藩藩主・松平容保と対面の機会を得るのですが――そこで会津藩から、会津藩士ばかりを狙い、その目を抉っていくという暗殺者退治を依頼されることになります。

 ミブロの面々が五人組だという彼らを捕らえるべく腕を撫す一方で、におとはじめはこの暗殺者に対して情報を持っているらしい大店の跡取りの少年・世都と対面。しかしその帰りに、暗殺者に待ち伏せを受けて……

 しかし、におたちが子供と見て説得にかかる暗殺者。隣の清国のように、いまこの国が外国に狙われていること、そしてミブロの面々がそれをにおたちに教えず、無知につけこんでいると語る暗殺者、いや倒幕の志士ですが――しかしそれでにおが退くはずもありません。
 他の四人の情報を聞き出すため、無謀にも殺さず捕らえると言い出すにおですが、何とそこに暗殺者がもう一人出現。はじめがそちらと対峙している間に、におは最初の一人と対峙するものの、到底敵うべくもなく……

 というわけで、単なる破落戸や悪党ではなく、ある意味自分の思想、自分の正義を持つ相手と、初めて対峙することとなったにお。しかし思想――とまではいえないまでも、自分自身の正義という点でははっきりと自己を確立しているのがにおというキャラクターの特徴であり強みであります。

 たとえ一見正論を言っているようでいても、自分よりも遥かに上の腕前であっても、自分自身の正義と照らして、偽りや矛盾があれば絶対に屈しない――そんなにおの姿勢は、ここでも崩れることはありません。
 ありませんが、それでも敵わない相手は敵わないわけで――この辺り、一歩間違えればにおが口先だけの理想論キャラになってしまうのが悩ましいところですが、しかしそこをフォローするのは兄貴分たちの役目というところでしょうか。

 その兄貴分である沖田と土方の姿勢――におのことを否定するのでも矯めようとするのでもなく、彼の方向性を受け止め、伸ばそうという姿は、理想の先輩像であることは間違いありません。
 そしてそれを受けて改めて自分の原点を確かめ、まだまだ未熟で八方破れながらも、なおも前に進もうとするにおの姿も、青春ものの主人公としてみれば納得いくものがあります。

 さらに、そんなにおのことを口では散々言いながらも、その最大の長所がどこにあるかを直感的に認め、一度は及ばなかった相手を前に自分自身の真の力を見せるはじめの姿も、実にイイ。
 そして近藤も芹沢も、それぞれ「らしさ」を見せて暗殺者を対峙し、そしてラストはオールスターキャストを揃えつつも、近藤の信頼の下、におが一皮むけた強さを見せる――と、実にいい形で五人の暗殺者編は決着することになります。


 正直なところ、先に述べたようなにおの良くも悪くも青臭いキャラクターは、読者によって好き嫌いがハッキリ出るものだと感じます。
 また、時にミブロの面々のキャラクターが賑やかすぎて、物語の枠をはみ出して暴走しそうな危なっかしさもあるのですが――それでも長所短所併せ持った本作の空気は実に楽しく、その空気にもっと触れてみたいと思わされるのは、間違いがないところではあります。

 青春ものとしての新選組をどこまで貫くことができるか――この先の展開を待ちたいと思います。


『青のミブロ』第3巻(安田剛士 講談社週刊少年マガジンコミックス) Amazon

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2022.06.22

横田順彌『日露戦争秘話 西郷隆盛を救出せよ』 バンカラ快男児、シベリアの大地を駆ける

 これまで竹書房文庫で復刊されてきた横田順彌の「中村春吉秘境探検記」、最後の長編が登場しました。日露の対決も近づく中、シベリアで生存していることが判明した西郷隆盛を救出するため、バンカラ快男児が決死行に挑む冒険小説であります。

 明治34年、宮内大臣・田中光顕に突然呼び出された中村春吉。田中と対面した春吉は、信じがたい言葉を聞かされることになります。
 西南戦争で命を落としたはずの西郷隆盛がロシアに生存している――それだけでも驚くべき内容であるところに、西郷が今はシベリアに幽閉されていることを知った明治天皇から救出の勅命が下され、その白羽の矢が春吉に立ったというのであります。

 信じがたい話ではありますが、尊敬する西郷の救出、それも明治天皇の勅命によってとあらば、春吉が拒むはずもありません。かくて春吉は勇躍海を渡り、商業視察を名目にシベリアに足を踏み入れることになります。
 原住民との交流、猛獣との対決などの冒険を繰り返しつつ、シベリアを往く春吉。その前に、難攻不落の骸骨監獄・幽霊監獄が立ち塞がり……


 自転車世界一周無銭旅行を繰り広げた実在の快人・中村春吉。押川春浪の天狗倶楽部とも交流が深かった彼を主人公に、横田順彌は「中村春吉秘境探検記」というシリーズを展開してきました。
 これまで竹書房文庫で復刊された短編集『幻綺行』と長編『大聖神』では、海外で知り合った雨宮志保、石峰省吾ら仲間とともに世界を巡る春吉が、様々な怪物や事件に遭遇する姿が描かれましたが、本作は時系列的にはこの二冊の前に位置する物語となります。

 そのために志保と省吾は登場しない――さらにいえば、春吉の代名詞というべき自転車世界一周無銭旅行出発前である――本作ですが、それ以上に最大の特徴は、SF要素のない、純粋な(という言い方が正しいかはわかりませんが)冒険小説という点でしょう。
 先に触れたとおり、世界中で春吉が遭遇する様々な怪物との戦いや事件を描いた前二作ですが、その背景には必ずSF的要素が織り込まれておりました。それに対して本作はそうした要素はなく、西郷隆盛生存説という伝奇的アイディアこそあるものの、あとはひたすらに現実の枠内での冒険が描かれるのです。
(これは初出のレーベルが、懐かしの光栄歴史キャラクターノベルズであるためかもしれません)

 というとスケールが小さいように見えるかもしれませんが、さにあらず。現実といっても、あくまでもこの世ならぬものが登場しないということであって、盗賊団との対決あり、二度に渡る牢獄破りあり、猛獣との交流あり(ネコかわいいよネコ)と、春吉の桁外れの暴れっぷりが存分に堪能できるのですから。
 その暴れっぷりたるや、押川春浪の海底軍艦シリーズで、やはりロシアに幽閉された西郷隆盛を救出するために、獅子をお供に大暴れした蛮勇侠客・段原剣東次を彷彿とさせるものがあります。(というよりそのオマージュであろうとは思いますが……)

 何はともあれ、SF的という縛り抜きの方が、春吉の冒険は純粋に楽しめるのではないか――というのは言いすぎかもしれませんが、実在の人物であるにもかかわらず、春吉という主人公が、史実・伝奇・空想科学の枠などお構いなしに暴れまわるポテンシャルの持ち主であることは間違いないでしょう。

 残念ながら本シリーズは本作でもって結果として終了した形となりますが、横田順彌の明治SF長編でまだ復刊されていない

がゲスト出演している『火星人類の逆襲』『人外魔境の秘密』もぜひ復刊していただきたいものです(後者には春吉とは一字違いの探検家・中村直吉も登場するので――というのは強引ですが)。


 ちなみに本書は本編のほか、エッセイ「中村春吉波瀾の人生」、ショート・ショート/短篇5篇(うち未収録4篇)を併録。エッセイ以外は本編と全く関係ないボーナストラックではありますが、作者の熱烈なファンにはありがたいプレゼントでしょう。

 そしてもう一つ、このシリーズといえば、新刊なのに古本にしか見えないその凝りに凝った(凝りすぎた)装丁ですが、今回は全く普通――と思いきや、意外な(?)ところでそれっぽさを出しているのに脱帽です。(『幻綺行』でも施されている仕掛けではありますが……)


『日露戦争秘話 西郷隆盛を救出せよ』(横田順彌 竹書房文庫) Amazon

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2022.06.10

『読んで旅する鎌倉時代』(その二) 坂東武者の時代の終わりに

 十三人の作家が、鎌倉幕府成立に関わる十三の史跡を題材とした十三篇を収録したアンソロジーの紹介の後編です。

「ある坂東武者の一生」(吉森大祐)
 昔から問題行動だらけの父・熊谷直実に振り回されっぱなしの直家。十八年前に騒ぎを起こして鎌倉から逐電、京で法然上人に迫って出家した直実も、この数年はおとなしくしていたかに見えたのですが――今度はその父が頼朝と対立する九条兼実に近付いていると聞き、直家は泡を食って京に向かうことになります。
 しかしその途上、直家のもとに届いた報せとは……

 謡曲「敦盛」で知られる熊谷直実。そこでは若武者・平敦盛の最期に哀れを覚えて出家する人物として描かれる直実ですが、史実では土地の境界争いに敗れたのをきっかけに頼朝の前でブチ切れて出奔、出家するなど、むしろいかにも坂東武者らしい豪傑であったようです。
 本作はその後者の直実が描かれ、彼に振り回される直家の姿が何ともペーソスたっぷりに描かれることになります。

 その有様には気の毒になったり可笑しくなったりなのですが、しかし本作の直実の姿に象徴されるのは、荒武者たちが己の気の赴くままに暴れまわった、ある意味おおらかな時代の終わりであります。ここから先は、幕府の統制の下に行きていくしかない直家らの姿には、何ともいえぬほろ苦さがあります。

 しかし「一谷嫩軍記」での自分の扱いを知ったら、直家は何と言ったか……


「由比ガ浜の薄明」(天野純希)
 侍所別当として坂東武者を束ねてきた長老・和田義盛とその一族が、北条義時の度重なる挑発についに暴発し、武力衝突に発展したいわゆる和田合戦。本作はその合戦を、義盛の子・朝比奈三郎義秀の目から描きます。
 妾の子として冷遇され、ただ強くなることのみが己の価値を示す手段であった三郎。そんな彼にとって、この合戦も、ただ父の命じるままに戦う以外の選択肢はありません。しかし義盛の無策に加えて味方の裏切りに遭い、戦で大敗。由比ガ浜にまで退いた三郎は、心の中にあったただ一つの疑念を父に問い質すのですが……

 現代では観光地となっている由比ガ浜を舞台として描かれるのは、武士の家に縛られた三郎と、その家を支配する、いかにも坂東武者らしい義盛の姿です。
 しかし義盛の口から、意外な(というべきか)合戦の真実が語られた先に三郎が選ぶのは――豪勇で知られながらもその死に様は語られず生存伝説すらある三郎のキャラクターを活かし、やりきれない武士の運命を描く物語から一転、希望を感じさせる結末の爽やかさが印象に残る物語です。


「実朝の猫」(砂原浩太朗)
 鶴岡八幡宮を舞台とした本作は、ある意味本書随一の異色作。何しろ物語の語り手は猫――三代将軍実朝の飼い猫なのですから!

 京から源実朝に輿入れした御台所についてきた黒猫の黒麿。子のない二人に可愛がられてきた黒麿は、雪の中、鶴岡八幡宮への拝賀に赴く実朝を見送った直後、猫たちから不穏な噂を聞かされることになります。
 自称・北条義時の飼い猫の六弥太からは、当日列席するはずの義時が急に欠席を決めたこと、そして八幡宮の飼い猫・白妙からは別当――すなわち公暁が不穏な言動を見せていると知った黒麿は、一路八幡宮へ駆けるのでした。

 六弥太、白妙とともに、吹雪の中、矢のように主の下に急ぐ黒麿。ついに実朝を見つけ、急を知らせようとしたその時……

 他の物語から少々時が下った本作の題材となるのは、源氏政権に終止符を打ったあの惨劇――その惨劇を止めるために駆ける黒麿の視点から描かれる物語は、猫ならではの機敏さでもって、スピーディーに、そして緊迫感を以て描かれることになります。
 結末はわかっているものの、しかし何とか避けられないものかと思わず祈ってしまう本作、結末の黒麿の述懐が何ともほろ苦い後味を感じさせます。


 以上、全十三篇の中から六篇を紹介させていただきました。これまで他の時代に比べて題材となることが少なかった鎌倉時代ですが、しかしその鎌倉時代にも色々と興味深い人物・事件があることを示してくれる一冊でありますー

 鎌倉時代に様々な形で分け入っていく道標ともなりそうな本書、執筆陣の豪華さも含めて、これまでもユニークな歴史小説アンソロジーを幾つも送り出してきた講談社ならではの一冊というべきでしょう。

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2022.06.02

柳広司『ゴーストタウン 冥界のホームズ』 ホームズとワトスン、死後の「冒険」と「帰還」!?

 シャーロック・ホームズのパスティーシュは無数にありますが、本作はその中でも相当異彩を放つ作品でしょう。なんとライヘンバッハの滝で本当に死んでいたホームズが、ワトスンとともに冥界のロンドンで死者の謎を解くというのですから! さらにあの男も現れ、はたして物語はどこに向かうのか……

 ホームズが宿敵モリアーティ教授とライヘンバッハの滝に姿を消した後のある日、目覚めたワトスンは、自分がベーカー街221Bにいると知ったばかりか、死んだはずのホームズと対面することになります。
 しかしそのホームズはなんと骸骨姿、そればかりか自分自身も犬の姿に変わっていることに気付くワトスン。ホームズによればここは死者の街、冥界のロンドン――ここでは死者たちが、生前自分をどう見ていたか、周囲からどう思われていたかによって、姿が変わるというのです。

 肉体は、頭脳と捜査に使う手足さえあればいいとばかりに、骸骨になったことをむしろ喜び、この死者の街でも探偵を続けているというホームズ。はたして彼のもとには、豚女や首なし紳士、火焔人間など、異形の死者たちがひっきりなしに訪れ、生前抱えていた謎の解明を依頼してくるのでした。

 この街でホームズが出会ったという「バリツ」の達人・カトー(姿は猫)とともに、ホームズの助手を務めることとなったワトスンですが、しかし彼もまた、何故自分が死んだのかという大きな謎を抱えている状態。
 さらに、これまでホームズが謎を解決した依頼者たちに奇怪な異変が起きていることを知ったホームズとワトスンですが――その前に現れたのは、不気味な姿に変じた、あのモリアーティ教授だったのであります

 恐るべき力を振るうモリアーティから辛うじて逃れ、大英博物館に逃げ込んだ二人。しかしそこで、この街にいるはずのない人物に出会うことに……


 これまで、ホームズパスティーシュとしては『吾輩はシャーロック・ホームズである』を、さらに名作そのものの謎を(一種メタフィクション的に)解く物語としては『贋作『坊っちゃん』殺人事件』、『虎と月』といった作品を発表している作者。本作は実に、その両方の系譜を継ぐ作品にあるということができるでしょう。

 そう、本作はあくまでもパロディではなく、あくまでも聖典の隙間を埋める語られざる事件であり、そして同時に、「最後の事件」から「空き家の冒険」までの新たな解釈として――さらにはもう一つ、聖典の『○○○○○』に隠された驚くべき秘密までも解き明かす物語なのであります。

 それにしても、冥界の死者の街という舞台で、聖典と連結してみせる――それも「ホームズ亡き後」という後日譚で終わらず(死後のホームズを描く作品は本作が初ではなかったかと思います)、そこからホームズを復活させてみせるというのは、まさしく豪腕としか言いようがありません。

 それだけでなく、モリアーティの著作として知られる『小惑星の力学』の恐るべき内容や彼の犯罪組織の正体、そして何よりもあの人物の驚くべき謎まで――聖典のそこを拾うか、というレベルまで踏み込んで描くスタイルは、まさしく伝奇ものというべきでしょう。
 聖典というもう一つの「現実」を、イマジネーションによって新たに解釈してみせた物語として……


 元々がアニメ企画だったという性質ゆえか、ミステリとしては少々もの足りない部分は正直なところ否めない内容ではあります(むしろ機転や推理で窮地を切り抜けるイメージ)。また、もう一人の助手であるカトー――ご丁寧に目の周りに仮面のような模様がある猫――が有能すぎるのも、気になるところではあります。

 しかし、作中の出来事と、ある史実の関係性を巧みに用いた上で、物語の力を、そして物語の不滅性をこの上ないほど讃えることでもたらされる大団円は、個人的には極めて好ましいものに感じられます。
(まさに「理性」を上回る「愛」の存在を描いたものとしても……)

 ミステリという性質上、そしてそのあまりに伝奇ものとして限界突破した内容上、詳しい内容に触れるのは難しいのですが、一見、外連の極地のようでいて、ホームズファンであればあるほど楽しめる――そして感動させられる作品であることは間違いありません。


『ゴーストタウン 冥界のホームズ』(柳広司&竹清仁 角川文庫) Amazon

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2022.05.24

ゆうきまさみ『新九郎、奔る!』第10巻 舞台は駿河から京へ そして乱の終わり

 ずいぶんと骨っぽくなった新九郎の横顔が表紙の『新九郎、奔る!』第10巻は、前巻での今川家の御家騒動の後始末(?)と、京に帰った新九郎の姿が描かれることになります。相変わらず無位無冠無役の三冠王のまま奮闘する新九郎に待つのは、如何なる明日なのか――?

 義兄である今川義忠の横死がきっかけの後継者争いの中で、姉の伊都と甥・龍王丸を守るために調停役に志願した新九郎。しかし対する小鹿新五郎派にはあの太田道灌がつき、大苦戦を強いられることになります。
 ようやく調停に漕ぎ着けたものの、道灌からは「しかし小僧、自分の力で勝ったのではないぞ。 その幕府の御威光のおかげだということを忘れるな!」などと言われ(言われてない)悔しさを噛みしめることに……

 かくて新九郎にとっては苦い表舞台デビューとなったこの御家騒動ですが、しかしあくまでもこの調停は一つの区切りに過ぎません。新五郎が当主代行となり、しかし龍王丸はいまだ当主を名乗れぬままという、双方にとってある意味中途半端な状況で、血の気の多いこの時代の武士が黙っているはずもないのです。
 伊都と龍王丸を狙い、二人が身を寄せた代官屋敷を襲う何者かの兵。そしてその中で、新九郎の家来が犠牲に――?

 と、いきなり緊迫した展開となったこの巻ですが、しかし転んでもただでは起きなくなったのは、今回の経験を経ての新九郎の成長でしょうか。これから自分は京に戻らなければならない中で、伊都たちを守りつつ、家督争いを有利に進める、自分だけができるその手段とは……
 なるほど、こう来るか! という新九郎の一石三鳥の妙手には感心しますが、しかし策を思いつくのと実行することはまた別物であります。

 さらに自分や父も暮らす京の伊勢貞宗邸に戻ってみれば、色々あって幼い将軍義尚も何故かひとつ屋根の下に――となんだかややこしい状況になっているではありませんか。

 元々父が大御所義政に睨まれている一方で、自分は義尚に懐かれている新九郎。義政と義尚の二重体制がまさかこんなところで新九郎に累を及ぼすとは――と驚かされましたが、この辺りの新九郎の家庭の(?)事情と、幕府の事情を並行して、そして絡み合わせて描く趣向は、元々本作の特徴ですが、改めて感心させられました。
(そしてここで不意打ちで投入されるつげオチが可笑しい)

 そして本作ならではの趣向といえば、以前の荏原のエピソードがそうであったように、中央(京)のみではなく、地方のみでもなく、その両者を有機的に絡めつつ、この時代の武士の――政治の在り方を描く手法は、もちろんここでも健在です。
 冷静に考えれば、中央だけでも、地方だけでも存在し得ない当たり前ではあります。しかしその当たり前に、物語として一定の流れをつつ描いてみせるという作者の歴史作家としての手腕に――そしてその主人公に後の北条早雲を選ぶという着眼点に――何度めかの感心をしたところです。

 そして、その中央と地方の関係の最たるものであり、そしてそれを徹底的に狂わせたのが、本作の冒頭から描かれてきた応仁の乱であることは言うまでもありません。
 この巻において、この乱がついに終結することになるのですが――しかしそれではこの乱とは一体何だったのか? その一端を示すものとして、伊都が語る「この大乱で討ち死にした守護大名はゼロなんだって!」という言葉が、印象に残ります。(その後には「無関係な戦で討ち死にしたうちのが馬鹿みたいじゃない!!」と続くのですが)

 もちろん死ななかったのは守護大名のみ、そのほかは武士も庶民も、無数の犠牲が出たことは言うまでもありません。そしてその一人――かつて今出川殿(足利義視)のために兄が無残な死を遂げた新九郎が、まさに都落ちしていく今出川殿にぶつける言葉は、そんな時代への怒りとやるせなさの吐露として、印象に残るのです。


 そしてその乱の終わりは、新九郎自身の身の上にも影響を与えるようなのですが――いよいよ彼も無位無冠無役の三冠王からの脱出なるか、気になるところです。そしてもう一つの乱が終局に向かう関東の情勢もまた……(練馬とか豊島というワードが出てくると胸がときめく八犬伝ファン)

 ちなみにこの巻でほとんどヒロインといってよい印象であったのが伊都ですが――その彼女に対する義政の言葉は(この時代からすれば当然のものだったのかもしれませんが)、この時代の女性の生きづらさを象徴するものとして、こちらも印象に残ったところであります。


『新九郎、奔る!』第10巻(ゆうきまさみ 小学館ビッグコミックススペシャル) 

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2022.05.08

山崎峰水『くだんのピストル』弐 時代を打破する力に魅せられた二人の青年

 人の心を読み取る力を持つ少年・くだんを狂言回しとした獣人幕末時代漫画、二ヶ月連続刊行の単行本第二巻は、表紙の高杉晋作と、もう一人――岡田以蔵を中心に描かれることになります。剣術が時代に取り残されていく中、二人の青年はピストールの力に魅せられることに……

 桜田門外の変が起きた年、九州豊後の山中で一人剣を振るっていた岡田以蔵。藩命で武者修行にやってきた彼は、修行先の道場で相手を半殺しの目に遭わせ、一人山に入って獣相手に剣を磨いていたのです。
 しかし最後の相手に選んだ巨大なイノシシには剣が通じないどころか、剣を踏み折られ、絶体絶命となった以蔵。その彼を結果的に救ったのは、山の民の猟師たちの鉄砲――そして山の民たちと共に以蔵の前に現れたのは、あのくだんだったのです。


 主人公とも狂言回しともいうべきくだん以外、ほとんどのキャラクターが擬人化した犬として描かれる本作。その第二巻の前半に登場するのは、第一巻でもわずかに顔を見せていた岡田以蔵――ハイエナをモチーフとした顔が実に似合う(といっては申し訳ないのですが)青年剣士であります。

 しかし幕末四大人斬りの一人などと言われ、凄まじい剣の腕を披露する――特に豊後の道場での相手を叩き潰した後に文字通り獣のような表情を見せた場面、一度も触れさせずにスズメバチの群れを全て叩き落とす場面は印象的――以蔵ですが、しかし本作では意外な側面を見せることになります。

 それは己の剣の無力さを、そして銃の強さを知ること――如何に己が剣を持った相手には無敵であっても、飛び道具を前にしてはその技は無に等しい。以蔵はそのことをくだんとの出会いで以て痛感するのです。
 それは象山のようなテクノロジー志向からでも、くだんのようなどこか運命的なものでもなく、純粋に戦闘で勝利するためではありますが――しかし新たな力が自分に必要であることを直感してのものである点には変わりはありません。

 そしてもう一人、この巻でピストールの力に目覚め、求めるようになるのが、表紙の高杉晋作です。
 後年の狂的な人物のイメージとはいささか異なり、ダックスフンドがモチーフという、穏やかさを感じさせる本作の晋作ですが――この巻で描かれるのは、彼が往くべき道を見失い、彷徨う姿であります。

 象山の塾を離れた後に師事した吉田松陰はあっさり処刑され、操船術を学ぼうとすれば船酔い、剣術を極めようと思えば聖徳太子流の佐藤一(!)なる人物に一撃で敗れ――己の道に散々迷った晋作。
 しかし町でくだんの描いた猫絵を見たことで、自分の未来は銃とともにあることに気付き、松代で蟄居する佐久間象山のもとを訪ねることに……

 と、剣術の限界に気付き、ピストールの力を求めるようになる二人の若者。冒頭の桜田門外の変で描かれているように、剣術が既存の武士階級を――彼らが支配する時代を象徴しているとすれば、ピストールはそれを打破する新たな力の象徴だといえるでしょう。
 しかしそれが真実なのか。仮に真実だとして、その力は彼らに与えられるのか、そして彼らが旧来の力の打破を成し遂げることができるのか――それはこの先描かれることになるのでしょう。


 そして現時点でもう一人、ピストールを求める者が本作にはいます。それは言うまでもなくくだんその人ですが――この巻のラストではふたたび彼に物語の焦点が移り、コロリの大流行で死の街となった江戸に戻ってきたくだんの姿が描かれることとなります。
(前巻で松陰と行動を共にした後のことが描かれなかったのは、ちょっと意外でしたが……)

 この江戸の姿に不気味な既視感があるのにはさておき、奇妙なすたすた坊主――これがまた素顔を隠しているだけにものすごく曰く有りげに感じられる――と行動することとなったくだん。
 人の(心の)声を聞く力で以て、その名のとおりの不吉な予言を行ってみせるくだんが求めるものは――コロリ以上に不気味な病が流行を始める中、物語は東禅寺事件へと繋がっていくことを予告して続くことになります。


『くだんのピストル』弐(山崎峰水&大塚英志 KADOKAWA角川コミックス・エース) Amazon

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2022.05.07

和月伸宏『るろうに剣心 明治剣客浪漫譚・北海道編』第7巻(その二) いま描かれる明治の「新選組」の姿

 札幌で斬奸と称した人斬りを繰り返す劍客兵器に挑む斎藤一と永倉新八、そして阿部十郎を中心に描かれる「札幌新選組哀歌」編を収録した第7巻の紹介の続きであります。この北海道編で描かれる、斎藤の、新選組隊士たちの姿とは……

 思えば『るろうに剣心』という作品は、無印の頃から、これまでいかにも少年漫画らしい派手なアクションと物語を描きつつも、その背後に、幕末という時代を生き、そこで様々なものを背負った者たちの姿を描いてきました。そしてここでは、明治の「新選組」を、このアプローチで描いているといえます。

 新選組隊士といえば、本作ではもちろん斎藤がその立場を代表してきました。のでしかし実は彼の場合、既に完成されたキャラとして、作中ではほとんど掘り下げられてこなかった――というよりお馴染みの「悪・即・斬」で済まされてきた感があります。
(ちなみにこの巻でこのワードを、バカじゃねえのと言わんばかりに嫌みったらしく持ち出す阿部十郎の姿が実にイイ)

 幕末から明治に至る今まで変わらず、「悪・即・斬」を貫いてきた斎藤。しかし本当に彼の斬ってきた者全てが悪だったのか? 彼に対立する立場にあった剣心がそれに悩み、償いのために心身を削ってきた一方で、彼はほとんどぶれることなくその道を貫いてきました。
 しかしそれは本当に間違いのない道だったのか? この巻では、それが御陵衛士との決戦――油小路の変をかなりのページを割いて描く中で、問いかけ直されることになります。主義主張は異なるとはいえ、かつての同志が、友が切り結んだこの戦いは、迷いなき存在に見えた斎藤や、飄々と過去を受け流してきた永倉が今なお背負い続けるものとして描かれるのです。

 そしてその戦いでの「敵」であり、敗者となった阿部たち御陵衛士にとっても、この戦いは消せない痛みであることは間違いないのですが……


 と、そんな重いものを内包しながらも、この油小路の変で御陵衛士側の守護神ともいうべき二刀流の服部武雄が、敵味方他の面子が普通の格好をしている中で一人半裸バトルスーツで出現、ヌンヌンヌンと二刀を振り回して奮戦する――そしてそれがまた実に名勝負というべきものとなっているのが実に本作らしいというべきでしょう。

 そしてこの巻の終盤、ついに陰に潜むのを止めて真正面から虐殺を始めた雹辺に、山県有朋直属部隊(!)の面白集団戦法といい――ケレン味溢れるキャラとアクションが次々と投入されてくる辺り、とにかく求められているものをきっちり理解した上で、それを期待以上のクオリティで描いてみせる業には舌を巻きます。
 もちろんそれは無印の時点でも行われていたことではありますが、この北海道編では、そこにキャラクター個々人のドラマを絡めた上で描いてみせる印象があり、確実に作品として進歩していると感じるのです。

 そしてその頂点が、この巻のラストで描かれる阿部十郎の姿でしょう。その想像を絶する(いや、彼が登場した時にここまでやると予想した人間は皆無でしょう。さすがの斎藤と永倉を瞠目させたその凄まじさを思うべし)アクションもさることながら、ここでこれまで阿部が幕末以来抱えてきた様々な想いが一気に爆発するのには、ただただ唸るしかないのであります。

 はたして阿部の想いは雹辺双に、そして斎藤と永倉に勝ることができるのか!? そして阿部が新選組史に名を残すこととなったあの言葉はどのようなシチュエーションで語られるのか?(語られないということはないと信じています)。
 全く予想していなかったところで思わぬところで盛り上がりまくる本作、この先の展開にももう期待しかありません。


『るろうに剣心 明治剣客浪漫譚・北海道編』第7巻(和月伸宏&黒碕薫 集英社ジャンプコミックス) Amazon

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和月伸宏『るろうに剣心 明治剣客浪漫譚・北海道編』第3巻 役者は揃った! そして過去と現在が交錯する戦いへ
和月伸宏『るろうに剣心 明治剣客浪漫譚・北海道編』第4巻 尋問試合!? 次なる実検戦闘は何処
和月伸宏『るろうに剣心 明治剣客浪漫譚・北海道編』第5巻 雅桐倫倶驚愕の正体! そして物語を貫く「理」の存在
和月伸宏『るろうに剣心 明治剣客浪漫譚・北海道編』第6巻 見よ、金の亡者の覚悟と矜持!

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2022.05.06

和月伸宏『るろうに剣心 明治剣客浪漫譚・北海道編』第7巻(その一) 札幌で斎藤・永倉を待つ者、その名は――

 大波乱の小樽編が終わったるろ剣北海道編、この巻では札幌での斎藤一&永倉新八という、新選組最強チームが主役を務める「札幌新選組哀歌」編が展開することになります。官吏ばかりを狙う二刀流の剣鬼に挑むのは、この二人と――明治の世に生き残った「新選組」の姿が描かれることになります。

 剣心たちの(というか雅桐倫倶の)奮戦により小樽での実検戦闘の被害が最小限で終わった一方、札幌で「斬奸」を掲げて次々と官吏を血祭りに挙げる劍客兵器部隊将・雹辺双を追うことになった斎藤と永倉。
 この姿なき敵に対し、官吏を囮として自分たちが護衛につくという作戦を提案した二人ですが、それに対して札幌県庁が用意した囮役こそは、彼にとって因縁深い人物――その名は阿部十郎!

 と言っても、知名度という点では、決して阿部十郎の知名度は高くないでしょう。簡単にいえば彼は新選組の砲術師範にして、あの御陵衛士の一人――油小路の血戦を生き残って伏見での近藤狙撃に参加、その後は薩摩方に付き、明治時代は官吏となり、北海道開拓使等に奉職した人物です。
 この阿部、二度に渡って「新選組」と戦った経歴や、赤報隊への参加の事実(といっても相楽の一番隊ではなく二番隊なので左之助とはニアミスですが)、そしてもう一つ、ある有名な言葉なども含め、考えてみれば本作に登場していなかったのが、不思議なくらいの人物と感じます。

 その阿部ですが――本作での描写は、鋭い目に気障とすら感じられるような細い口髭と顎髭、そして洋装に身を固めた、見るからに狷介固陋な人物。そしてその印象通り、斎藤と永倉に対しても全く物怖じすることなく、上から目線で接するという、ある意味根性の入った男であります。(というか純粋に阿部が最年長という衝撃の事実)
 もちろん、阿部にとって御陵衛士の仲間たちを血祭りにあげた(斎藤に至っては獅子身中の虫であった)彼らは不倶戴天の敵、親しく接するはずもないのですが……

 しかし考えてみればこの囮という任務、阿部にとっては命懸けである上に、その命をこの不倶戴天の敵たちに託さなければならないという、ある意味理不尽極まりない状態であります。それでも阿部は黙々とこの囮を務めるのですが――しかし彼らの行動も虚しく、劍客兵器の魔手は別の官吏たちを次々と血祭りに挙げていくことになります。

 そこで斎藤は阿部の内通を疑い、栄次に監視を命じるのですが、その中で栄次が見たものは……


 冒頭で触れたように、「札幌新選組哀歌」のサブタイトルが冠されたこの巻収録のエピソード。これだけ見れば、斎藤と永倉の姿が描かれるものと考えてしまいますが――もちろんそれも間違いではないものの、描かれるのは彼らだけではありません。

 実は阿部十郎のほかにも、この巻では元新選組隊士たちが登場することになります。同じく元御陵衛士として多くの行動を共にした加納鷲雄、一時期永倉と行動を共にした前野五郎――今送っている暮らし、そしてそこに至るまでの経緯は全く異なれど、明治の北海道に集った新選組隊士なのです。
 そう、ここで描かれるのは、斎藤と永倉を含め、明治の世に生き残った、生き残ってしまった新選組隊士たちの姿なのであります。
(ここで暖かい一家を設けた阿部の姿を見届けるのが、かつてそれを失った栄次というシチュエーションが素晴らしい)


 そして――何だか語っているうちに止まらなくなってきたので次回に続きます。


『るろうに剣心 明治剣客浪漫譚・北海道編』第7巻(和月伸宏&黒碕薫 集英社ジャンプコミックス) Amazon

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2022.05.01

輪渡颯介『髪追い 古道具屋 皆塵堂』(その二) 皆塵堂総力戦、シリーズ最高傑作誕生!?

 復活を遂げた『古道具屋 皆塵堂』シリーズ、その復活後第二作、通算第九作の紹介の続きであります。茂蔵が開けてしまった祠の中の箱から現れたのは、深い恨みの籠もった女性の黒髪。はたしてその怨念を止めることができるのか……

 というわけで、三十年前に備前屋によって全てを奪われた末に亡くなったお此の怨念の籠もった黒髪の行方を追うことになった茂蔵と皆塵堂の面々。
 以降、茂蔵が巳之助、太一郎とともに古道具屋を回る中、太一郎が髪の気配を察知するも――という「髪絡み」、箱を手に入れた呉服屋から箱をもらう代わりに、茂蔵たちが死神に憑かれたという若旦那を助ける羽目になる「死神憑き」、峰吉と二人箱を追う中でついに箱を見つけた茂蔵(と読者)がとてつもない恐怖に遭遇する「髪つき首」、そしてお此が狙う三人目の行方と、全ての怨念の結末が描かれる「花の祠」と、物語は展開していくことになります。

 先に述べたように本作の背景となっているのは非常に胸糞案件ではありますが、それでもきっちりと笑わしてくれるのが本作です。
 どんどん増えていく巳之助の長屋の猫ですとか、茂蔵が目指す「もう一段上の遊び人」といった小ネタだけでなく、「死神憑き」で若旦那に生きる気力が湧くような物を持ち寄ったら大惨事が――という展開は、重くなりがちな本作でも随一の清涼剤というべき内容であったと思います。
(しかしこの若旦那、キャラが妙に立っていて、またシリーズに再登場しそうな……)

 しかし本作で最も凄まじいギャグは、その胸糞案件を聞いている最中の巳之助たちの怒りを描くくだりでしょう。思わず読者も共感してしまうその怒りの大きさを描きつつ、同時に何ともいえぬ脱力感とおかしみを産み出す――一歩間違えれば雰囲気を壊しかねないところに、絶妙のさじ加減で描かれるこの場面には、真剣に唸らされました。


 さて――そんな相変わらずの楽しさもある本作ですが、もちろん中心にあるのは、怨霊による殺人を食い止めるという、非常にシリアスな事態であります。
 しかしここには大きなジレンマがあります。お此の髪に狙われているのは、そうされても仕方がない(そして法ではその悪業を裁けない)ような連中ばかり。確かに無関係な人間の被害は避けなければなりませんが、復讐そのものは放っておいてよいのでは――正直なところ、そんな気持ちにもなります。

 基本的に本シリーズの登場人物はその辺りにはドライなのですが、しかしそんな中で、(実害がありそうな)茂蔵とともに太一郎は積極的に髪を追って動くことになります。
 記念すべき本シリーズ初の主人公にして、作中最強の霊能者である太一郎――作中でも彼がいなければ解決できない事態が多数あった太一郎は、本作でもその力を遺憾なく発揮。お此の髪の在処を察知して、率先して動くのです。

 シリーズにおいてはその能力とは反比例して、一番常識人な印象のある太一郎。なるほど彼であれば背景はともかく、これ以上の犠牲者が出る前に動こうとするだろうな、と納得できます。
 が、その一方で、その能力が強力過ぎて、この人一人いればいいんじゃないのかな、と思ってしまうのも――これは本作に限ったことではなく、シリーズ全体に共通する点なのですが――事実ではあります。

 本作には、そんな二つのどこか釈然としない想いもあったのですが――しかしその詳細は述べられないものの、本作においてはこれらの点はきっちり解消される、とだけは申し上げたいと思います。
 本シリーズの、そしてこれまた作者の作品全体のもう一つの特徴は、超自然の怪異を描きつつも、そこに合理的なミステリとしての趣向を必ず入れ込む点ですが――本作におけるそれは、まさにこの点にあったのか!? とすら思わされる、見事な展開だと、つくづく感じ入った次第です。


 そしてシリーズ的にも、いつも毒舌を吐きながら店から動くことがなかった小僧の峰吉が(主人の伊平次がフラフラ出かけちゃうもんだから)ついに出馬することになったり、その伊平次が実に良い感じに存在感を見せたりと、総力戦の印象もある本作。
 個性的なキャラクターたちによるユーモアと、真剣に恐ろしい怨霊が引き起こす恐怖、そして物語の真実を巡るミステリ――本シリーズの持ち味が十二分に活かされた、シリーズ最高傑作と言って良いのではないかとすら感じさせられる作品です。


 ちなみに毎回密かに楽しみにしているのが作者のあとがきなのですが――この巻はあとがきもインパクト十分。確かにそんな理由でシリーズが××したら前代未聞であります。


『髪追い 古道具屋 皆塵堂』(輪渡颯介 講談社文庫) Amazon

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2022.04.30

輪渡颯介『髪追い 古道具屋 皆塵堂』(その一) 最凶の怪異に最悪の因縁!?

 前作でめでたくリスタートを遂げた『古道具屋 皆塵堂』、その第九作となる今回は、とある祠に封印されていた箱が開けられたことから始まる恐怖の物語。箱を開けてしまった巳之助の弟分・茂蔵といつもの面々は、箱に込められた怨念を止めることができるのか? というか止める必要があるのか?

 以前は遊び人としてふらふらしていたものの、魚屋の巳之助の弟分となり、今は小間物屋で真面目に働いている茂蔵。ある日、花見の帰りに向島を通った彼は、酔った勢いでそこにあった祠の戸を開け、中にあった厳重に封じられていた箱を開けてしまうのでした。
 しかし箱一杯に入っていたのは、長い女性の黒髪――しかもその髪は、茂蔵の足に絡みついてきたではありませんか! 辛うじて逃れた茂蔵ですが、翌日おそるおそる祠に行ってみれば、既に箱はどこかに消えた後だったのでした。

 正体は不明なものの、髪の封印が解けた気配、遠くから太一郎が感じ取るほど強力なもの。そして散々巳之助にどやされた茂蔵が、祠の由来を調べてみれば、そこにはかつて履物問屋・備前屋の寮があったものの、大分前に火事で焼け落ちてしまったというのです。
 そこで備前屋を尋ねた太一郎・巳之助・茂蔵、そして皆塵堂の主人の伊平次は、現在の主である徳五郎から、先代と髪の因縁を聞かされることに……


 シリーズ第3弾『蔵盗み』に登場し、第4弾『迎え猫』の「観音像に呪われた男」で観音像との奇妙な因縁が描かれた茂蔵。その後、彼は以前皆塵堂で働いた益治郎が開いた小間物屋で働いていたのですが――今回、思わぬ形で物語の中心となります。
 この茂蔵、かつては「遊び人」と呼ばれて悦に入っていたようなしょうもない人間ですが、変人揃いの本シリーズではむしろ一般人に近いレベル。しかし本作ではそんな彼が、シリーズ最凶の怪異に遭遇することになるのです。

 何故彼が――というのはさておき、まず何よりも強烈に印象に残るのは、その怪異を生むに至った過去の出来事であります。
 これは物語冒頭で明かされる内容なのでここに紹介してしまいますが――簡単にいえば備前屋の先代は、同業者の店を時に乗っ取り、時に陥れ、時に潰して店を大きくしてきた大悪人。それも単に同業者の財や客を奪うだけでなく、その家族までも不幸のどん底に叩き落とすというド外道だったのであります。

 そして因縁の髪の主・お此もその犠牲者の一人。備前屋の同業者・下田屋のおかみさんだった彼女は、夫が備前屋の策略で借金漬けにされて店を失った末に蒸発、幼い娘と二人残された彼女はどん底の生活を送った末に娘も失い、そして自らも命を……
 その後、彼女のものと思しき黒髪によって次々と備前屋に怪異が起きた上に先代も怪死を遂げ、徳五郎が様々な術者に請うてついに祠にお此の髪を封じたのが三十年前。そんなところに茂蔵が――というわけなのです。

 正直に申し上げて、ダイジェストしてもかなり厭な内容ですが、本編ではこれがかなり詳細に描かれ、熱血漢(というか短気)の巳之助はもちろんのこと、温厚な太一郎までが怒りを燃やすことになります

 本シリーズでは――というより作者の作品では、主人公側の登場人物たちはどこかユーモラスで間が抜けているのですが、登場する怪異は洒落にならないほど怖く、そしてそこに絡む悪人たちもまた、皆真剣に邪悪です。
 だからこそ、作者の作品は真剣に怖い怪談にしてユーモア時代小説であるという、離れ業を成し遂げているわけですが――それにしても今回の備前屋は本当に胸糞が悪い、としか言いようがありません。最凶の怪異に相応しい最悪の因縁というべきでしょうか。


 さて、封印から解かれたお此の髪ですが、彼女が狙うべき相手がまだ三人残っていると徳五郎は語ります。うち二人は先代の配下だった青八・赤八と呼ばれていた男たち、そしてもう一人は、お此たちを置いて蒸発した夫だと。
 しかし彼女の怨念の深さを考えれば、この三人だけで済むとは限りません。現に茂蔵も襲われているのですから――というわけで、徳五郎の依頼もあり、皆塵堂の面々は、お此の髪が収められた箱を探すことになります。そして茂蔵も、勤め先を休んで、代わりに皆塵堂で働きながら箱を探す羽目に……


 という第一話「朽ち祠」の紹介だけでずいぶんと長くなってしまいました。続きは次回。


『髪追い 古道具屋 皆塵堂』(輪渡颯介 講談社文庫) Amazon

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