2024.02.25

山根和俊『黄金バット 大正髑髏奇譚』第2巻

 令和に甦った昭和のヒーローが大正を駆ける、異形のヒーローアクション第二巻であります。黄金バットの依代として復活した月城少尉の前に立ちふさがるもう一人のバット・暗闇バット。任務で欧州に渡った月城たちですが、そこで彼と黄金バットの思惑がすれ違うことに……

 極秘任務で太古の邪神・ナゾーの巫女暗殺に向かったものの、人ならざる力を持つ彼女に返り討ちされ、一度は命を落とした月城少尉。しかし彼はナゾーと戦う謎の怪人・黄金バットの依代として復活。同様に命を落とし、機械人間として再生された先輩・笹倉中尉とともに、ナゾーの眷属たちと戦いを繰り広げることになります。
 しかし軍の内部も一枚岩ではなく、ナゾーに付いた一派の刺客が月城たちを襲います。そしてその中には、太古から黄金バットと戦ってきた暗闇バットの姿が……

 というわけで、二人のバットの戦いから幕を開けたこの第二巻。普通の人間では決して殺せないナゾーの眷属を、いとも容易く倒してしまう黄金バット――と、本作の作中パワーバランスはかなり極端なのですが、そんな中で、黄金バットと同格の存在が登場したことになります。
 いや、この時点の暗闇バットは黄金バットよりも実力は上。月城と黄金バットはあくまでも別の存在、未だに黄金バットと共に在る自分に違和感を持つ月城は、黄金バットと完全に一体化したわけではない一方で、暗闇バットとその依代の連続殺人鬼・白木虎雄は、破壊と殺戮を好むという点で一致しているのですから。

 かくて暗闇バットに圧倒される黄金バット。故あってその場は命を拾った月城ですが、彼と黄金バットとの間の思惑の違いは、続く展開――この巻のメインである、欧州での戦いで明確に示されることになります。

 後に第二次世界大戦と呼ばれる戦いの真っ直中であったこの時代――欧州で激戦が繰り広げられる中、上官から月城と笹倉に下された任務。それは敵国であるはずの独逸に渡り、そこで物資輸送の責任者である将校を護衛するというものでした。一見、利敵行為のようですが、そこにはできるだけこの戦いを長引かせ、そこから得られる利を貪ろうという上層部の思惑があったのです。

 普通のヒーローものであればあり得ないようなシチュエーションですが、しかし月城はヒーローではなく軍人。そして人間の自由意志を重んじる黄金バットも、その理非を意に介さない――と思いきや、ここで思わぬ事態となります。

 そう、この任務で月城が相手にするのは、敵とはいえあくまでも普通の人間。決してナゾーと無関係の人間に力を振るおうとしない黄金バットは、月城に力を貸すのを拒否――そのために月城の肉体もまた、常人に戻ってしまったのです。

 上で述べたように、人間の自由意志を重んじ、それを守ろうとする黄金バット。しかし彼のそれは、その結果、人間が争い滅んでもそれを許容するという、ある意味非常にドラスティックなものでもあります。
 その点で、人類を滅びから回避するために自らの意志の下で(人間の意志は無視しても)完全に管理しようというナゾーと、黄金バットとは非常に対照的な存在であります。そして人類初の世界大戦が行われている時代こそが、この両者の戦いの舞台にふさわしいともいえますが――しかしまさに神の視点としか言いようのない両者の戦いに巻き込まれた人間こそ、いい迷惑といえるでしょう。

 命令とあらば殺人も厭わずも、ナゾーが関わらなければ人間の命が失われていくのを座視する黄金バットに対して、違和感と疑問を抱く月城。しかしそれこそは、黄金バットが守ろうとする人間の意志の表れでしょう。
 だからこそ月城は黄金バットはと共に戦う「相棒」足り得る――この巻の終盤、ドイツから舞台をロシアに移して繰り広げられる戦いの中で描かれる、黄金バットと月城の関係性には、大いに頷けるものがあります。
(まあこの辺り、よせばいいのに月城たちを追ってきた暗闇バットのオウンゴールという印象もありますが……)

 そんな月城に対し、ナゾーの「配下」と化したラスプーチン(!)。両者の戦いはいかなる展開を見せるのか――そこには本作の向かう先があるのかもしれません。


『黄金バット 大正髑髏奇譚』第2巻(山根和俊&神楽坂淳ほか 秋田書店チャンピオンREDコミックス) Amazon


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2024.02.24

安田剛士『青のミブロ』第12巻 決戦の、そして芹沢劇場の始まり

 週刊少年マガジンでの連載はいままさに最高潮ですが、単行本の方でも芹沢暗殺編のクライマックスに突入した『青のミブロ』。暴走する芹沢を暗殺する決意を固めた近藤・土方たちですが、新見の遺志を継いだ芹沢は万全の体制で待ち受けます。そして両者の間に立たされた、におたち三人の選択は……

 幾多の暴走と悲劇を経た末に、新見が自決を遂げ、ついに芹沢排除の意思を固めた土方。それまで抑える側に回ってきた近藤もそれを認める――いや自らが陣頭に立とうとすらする――ことになります。
 いつ、どこで、誰がやるのか、土方が、沖田が、原田が、山南が、藤堂が、永倉が、それぞれの想いを胸に行動する中、におは己が何をなすべきか、一人悩むのでした。

 そして迎えた運命の文久三年九月十六日。八月十八日の政変での活躍を祝する宴会の帰り道で、土方たちは芹沢を暗殺するはずだったのですが――その目論見は次々と崩れていくことになります。
 何事もなく八木邸に戻ってしまった芹沢の寝所に踏み込む決意を固めた土方たちですが、そこに待っていたのは……


 ある意味、この物語が始まった時から、ここに至ることは決定付けられていた芹沢暗殺。それは決して変えられない、厳然たる史実でありますが、しかしそこに至るまでの経緯と、そして戦いが始まってからの経過は、我々が知るものと、大きく異なることになります。

 その分岐点の一つが、新見の死であることは間違いないでしょう。本作においては、芹沢の幼馴染であり、腹心でありつつも一定の距離を置き、むしろ監察役として独自の立ち位置を占めていた新見。その彼も、史実同様に切腹することになりますが――その理由は何であったか。
 前巻のラストでは、その直前に彼が芹沢と正面から向き合い、楽しげな笑みを浮かべながら何やら語り合う姿が描かれましたが、それこそが彼と芹沢が組んだ最後の企ての場だったのです。

 土方たちが密かに暗殺準備を進める一方で、それを完全に読み――いやむしろ誘導すらした上で――万全の体制で待ち受ける芹沢。そう、ここから始まるのは一方的な暗殺などではなく、双方の力と知恵を尽くした戦闘なのです。


 これまで幾度も述べてきましたが、本作の芹沢は単純な暴君ではなく、ガキ大将がそのまま大きくなったような部分と、多くの仲間を惹きつける将器を合わせ持つ人物として描かれてきました。それが、凶暴なのにどこか親しみやすさを感じさせる人物像に繋がってきたといえます。
 そんな彼に相応しい最期とは何か――それは泥酔したところで寝込みを襲われて女と共に殺されるという、ある意味武士にあるまじきものではないでしょう。少なくとも、本作の芹沢と新見はそう考えなかった。それだからこそ、本作の芹沢は、自分の最期に相応しいステージを、自ら作り上げてみせたのであります。

 土方たちを「最高傑作」と呼び、嬉々として迎え撃つ芹沢の姿は、まさに芹沢劇場。役者が違うとしか言いようがありません。

 しかしそれと同時に、これ程自由に見えた芹沢もまた、様々なものに囚われていることが、やがて浮き彫りとなっていきます。己の望むままに生きてきたような芹沢が手に入れられなかったもの――それはなんであったか。
 その一端は、この巻の名場面の一つ、その晩の宴に向かう際、にお・太郎・はじめの三人に対する言葉にも表れているように感じられますが――だとしたら、それに対してにおはどのように相対するのか。

 彼が滅多に見せない激情で以って近藤に挑んだ結果、何が起こるのか。そしてそれが芹沢に何をもたらすのか。八木邸での決戦が続く中、その答えが描かれるのはまだ先であります。


 しかしこれだけ完成度の高いドラマが展開する中、お梅のくだりだけは唐突感が高すぎるのが勿体なさすぎる……


『青のミブロ』第12巻(安田剛士 講談社週刊少年マガジンコミックス) Amazon

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2024.02.22

椎名高志『異伝・絵本草子 半妖の夜叉姫』第6巻 感動、親子の再会 そして理玖の生きる目的

 独自路線を行きつつも、これが見たかった! と言いたくなるような展開が続くコミカライズ版『半妖の夜叉姫』、前巻は親世代復活か!? という引きで終わりましたが、まだまだ意外な展開は続きます。是露を追い、九州に旅立つこととなった夜叉姫一行。その前に、新たな半妖の娘が……

 京で是露の襲撃を受けて辛うじて逃れた中、過去に何が起きたのか、そして自分たちの親が何故姿を消したのか知ったとわたち。さらに「朔」の影響で妖力を失い、苦戦しながらも、彼女たちは是露の配下・魔夜中を打ち破ることに成功します。
 神としての姿を取り戻した魔夜中の加護により力を得たとわたちは、その勢いで是露に挑むものの、流石に相手は大妖――窮地に陥ったその時、犬夜叉・かごめ・りんが現れて……

 と、猛烈に盛り上がったところで終わった前巻でしたが、あくまでもここに現れた犬夜叉たちはかりそめの姿。実際に戦う力はなかったはずなのですが――しかしそこで是露の身に意外な異変が起きることになります。
 しかしそれ以上にこの場面で印象に残るのは、りんの姿でしょう。冷静に考えればここで登場しても戦力にはならないりんですが――しかし彼女が語るとわたちの強さの源は、親と引き離されても決してとわたちは孤独ではなかったことを語るものであり、戦う力を持たない彼女だからこその言葉に大きく頷くしかありません。

 そしてそこに真打ち・殺生丸が登場、ついに是露もその場を逃れるのですが――ここから、この巻のクライマックスの一つというべき場面が描かれることになります。そう、夜叉姫たちとその親たちの束の間の再会、そして別れが……
 ここは一つ一つのやりとりが泣かせの連続なのですが――ここでもその場を攫っていくのが殺生丸。前巻で仄めかされた、殺生丸が置かれたある状況――それを踏まえながらも描かれる、不器用で無愛想な彼なりの妻と子への愛の姿は、もうエモいとかいうレベルではないのであります。


 さて、ここまでがこの巻の三割程度、ここからは新展開となります。肥前国にあるという麒麟丸の根城へと旅することになった三人の夜叉姫と理玖・りおん。堺から西に海路で向かおうとする一行ですが、しかし海に強力な妖怪が出現するようになったため、船が出なくなってしまったというのです。
 そこで海専門の退治屋の船に同乗することになった一行(ここで登場する屍屋の支店のくだりが実に楽しい。足下兄弟か!?)ですが、さてここで登場する海の退治屋を率いるのは――なんと紫織!?

 この紫織、アニメでは第20話に登場しましたが、元々は『犬夜叉』のキャラクター。百鬼蝙蝠の父と人間の母の間に生まれた半妖であり、非常に強力な結界を張る力を持つ少女であります。アニメでは、身寄りのない半妖の子供を匿う隠れ里を作り、子供の頃のせつなが世話になった人物として描かれました。

 それが何故ここで大男を顎で使う海の女に――という気もしますが、しかし元々地黒だった彼女のビジュアルは、妙に似合うのもまた事実であります。
 そして何よりも、半妖の娘としてはとわたちの先輩に当たる彼女が、一種のロールモデルとして活躍するのも、大いに納得できるところでしょう。

 さて、彼女とその一党、そしてとわたち一行の前に現れたのは、ワダツミズチなる女妖。海のメデューサというべきそのビジュアルと能力は、アニメの第26話に登場した海蛇女(元々の名前は「わたつみのたまひ」)がベースでしょう。
 アニメでは悲しい過去の妖怪でしたが、こちらでは特にそういうところもない敵のワダツミズチ。しかしとわたちが総力戦を強いられることになったのですから、かなりの実力者であったことは間違いありません。

 とはいえ、このエピソードで中心となったのは、理玖という印象があります。アニメでは結構立ち位置が曖昧だった理玖ですが、こちらでは早々に殺生丸の協力者として行動、心ならずとはいえ、麒麟丸や是露とは早々に敵対する立場となります。
 しかしそれだけに今の彼の立場は微妙なところにあります。もはや行く先もなく、為すべきこともない理玖。元々、麒麟丸によって作られた存在である彼は、己には心すらないと思い定めていたのですが……

 それがそうではなかったと戦いの中で気付き、そして新たな自分の生の目的を定める姿が、実にいい。そしてそれを形にしてみれば――これにもなるほど、と納得させられるのです。

 そして新たな味方を加えて、いよいよ麒麟丸の城に迫るとわたち。はたしてその前に待つのは――いよいよクライマックスは近いのでしょう。


『異伝・絵本草子 半妖の夜叉姫』第6巻(椎名高志&高橋留美子ほか 小学館少年サンデーコミックス) Amazon

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2024.02.15

『Ebenezer and the Invisible World』 クリスマス・キャロル後日譚!? スクルージ、メトロイドヴァニアに見参

 クリスマスを舞台とした物語として誰もが知るディケンズの『クリスマス・キャロル』。その後日譚に当たる物語が、なんとメトロイドヴァニア(2D探索アクションゲーム)として登場しました。改心したエベニーザ・スクルージが、迷える魂を救うために、ロンドンの見えない世界を奔走します。

 かつて皆の鼻つまみ者の守銭奴だったエベニーザ・スクルージ。しかしあるクリスマス、三人の精霊に自分の過去・現在・未来を見せられた彼は、それまでの自分を悔い改め、クリスマスの博愛の精神を体現した人物として、周囲から敬愛されるようになった――ディケンズの名作『クリスマス・キャロル』であります。

 そして本作はそのスクルージを主人公にしたゲーム。すっかり皆から敬われる紳士となったスクルージの前に現れた幽霊・エリック。大実業家であり巨大な工場主であるマルサス家――その現当主であるキャスパーと生前親友だったエリックは、キャスパーの魂を救ってくれとスクルージに頼むのでした。

 労働者を目の敵にし、彼らを滅ぼして自分たちが豊かになることに血道を上げてきた父・ガイウスの計画を引き継ぐことになったキャスパー。彼の身を案じたエリックは(かつてスクルージの前にジェイコブ・マーレイが現れたように)キャスパーに三人の精霊が現れると警告、その通りにキャスパーは自分の過去・現在・未来を見せられたのです。
 そこで見た己の悲惨な未来に一度は自分の誤りを悟ったキャスパー。しかしその前に現れた邪悪な霊に影響され、彼は改心を思いとどまってしまったのです。しかも一度未来を垣間見たことで、自分が行おうとしていた計画の完成図をも見てしまった彼は、早くもその計画を発動しようとしていたのでした。

 もはや頼れるのは、かつて三人の精霊と出会って改心した過去を持ち、そしてその際の経験から、「見えない世界」――精霊や幽霊たちを見ることにできるようになったスクルージのみと語るエリック。もちろん、今や迷える人に惜しみなく手を差し伸べるスクルージも、これを拒むものではありません。かくてスクルージは、クリスマスを目前にしたロンドンの表と裏を駆け巡ることに……


 いやはや、『クリスマス・キャロル』をゲーム化、それもメトロイドヴァニアにすると聞いた時は、一体頭のどこからそのようなアイディアが出るものか、と驚きましたが、こうして見るとなかなか「らしい」ストーリーなのに感心させられます。
 頼り甲斐のある善人(しかもかなりのイケオジ)として活躍するスクルージを見れるのは嬉しいものですし、未来の精霊が未来を見せたことがマイナスに働いてしまうという設定も、なるほどこう来たか、という印象です。(その他、エベニーザを助けるオプション的な存在として、現在の精霊が連れていた子供たちが協力する設定も巧い)

 何よりもニヤリとさせられたのは、敵役の姓が「マルサス」であることです。我々の知るマルサスといえば、トマス・ロバート・マルサス――ディケンズとほぼ同時代人の経済学者であり、その「人口論」における一種の自己責任論を通じて、弱者救済にネガティブな立場を取った人物でしょう。
 ディケンズの『クリスマス・キャロル』をはじめとするクリスマスを舞台に慈悲・慈愛の精神を謳った作品は、このマルサス的思想に対する一種のカウンターであったとも言われているわけで――ここでそのマルサスを持ってくるのに唸らされた次第です。


 さて、ゲームとしての本作ですが、どこか温かみのある(あるいは凄みのある)手書き調のグラフィックは物語の雰囲気をよく表していると感じますし、そこに登場する様々な幽霊たち(一人一人にフレーバーテキストが用意されている)もなかなかいい。
 そしてスクルージが――華麗なバックステップ回避や身長よりも高いジャンプを見せるのはご愛敬――幽霊たちの力を借りることで、壁を壊したり、二段ジャンプや壁抜け出来るようになるのも面白いところです。

 その一方で、ゲームとしては装備の付け替え等、UIその他が熟れていなかったり、セーブポイントやファストトラベルが微妙に使いにくかったりとストレスが溜まりやすく、妙なところで難易度が上がっているのも事実。また、日本語版はあるものの、肝心なところ(エンディング後の一枚絵とか!)で文字化けしていたり、妙な誤訳があったりするのも残念なところです。

 結局、余程の伝奇マニアか、メトロイドヴァニアファンでもないと勧めにくい作品になってしまっているのですが――それでも名作がこんな形でゲーム化されたというのは、なかなか楽しい気持ちになります。それなりに愛すべき作品というべきでしょうか。


『Ebenezer and the Invisible World』(Play on Worlds PC用ソフトほか)

関連サイト
公式サイト

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2024.02.11

畠中恵『いつまで』 若だんなタイムスリップ!? 厄災の未来を変えろ

 『しゃばけ』シリーズ第22作は、なんと2006年の『うそうそ』以来、実に17年振りの長編であります。西から若だんなと長崎屋に迫る厄災。姿を消した妖のためにある決断を下した若だんなは、なんと五年後の未来に飛び出すことになります。しかしその間に、長崎屋は思わぬ窮地に陥っていて……

 西からやってきた妖怪医師・火幻を迎えてさらに賑やかになった長崎屋。しかし悪夢を食べる場久が、そして火幻が姿を消し、二人の行方を追う若だんなは、西から来た妖・以津真天の仕業だと知るのでした。
 二人を救うためには悪夢の中に飛び込めという以津真天の言葉に従う若だんなですが――飛び出した先は江戸ながら、なんとなく違和感を感じる世界。それもそのはず、若だんなは五年の時を飛び越えてしまったのであります!

 その間、若だんなは行方不明であったことから両親は商いどころではない状態。しかも騒動の直前に若だんなが発明した、長崎屋の薬の調合を簡単にできる薬升が同業の大久呂屋に盗まれ、調合を真似されたことで、長崎屋の経営は大きく傾いていたのであります。
 ようやく若だんなに再会できた長崎屋の妖たちは大喜びですが、しかし問題は山積み。場久と火幻はどこに行ったのか。長崎屋を救うことはできるのか。そして何よりも、若だんなはどうすれば五年前に帰ることができるのか。(そもそも帰るべきなのか?)

 兄やたちは長崎屋にかかりきり、大久呂屋は血眼になって若だんなを探す中、若だんなと妖たちは広徳寺の寛朝や禰々子の手を借りつつ奔走するのですが……


 長きに渡るシリーズでも三作目の長編となった本作は、若だんなと長崎屋に最大の厄災が迫ることになります。それもその引き金となるのがタイムスリップという意表を突いた展開――狂ってしまった未来を変え、正しい世界に変えるために奮闘するというのは、比較的見られるパターンですが、それがまさかこのシリーズで見られるとは! と驚かされました。(ある意味、時間の流れが非常に緩やかなシリーズということもあり……)

 それにしても本作において(大げさに言えば)歴史が狂うきっかけになるのが、若だんなのタイムスリップというのは突飛なようである意味納得ですが――それと同時に、若だんなと妖たちが明るく暮らす世界というのは長崎屋あってのものだというのも、言われてみればまた納得であります。
 そんな長崎屋が傾いている状態で展開する物語は、物語を支えている柱が傾いている状態。そのために物語全体がなんとも不穏かつ不安な空気に満ちており、長きに渡るシリーズの中でも、ここまでのピンチはほとんどなかったのではないかと感じます。

 そんな状況では長崎屋の妖たちもなんとなく精彩を欠くのですが、そこで大暴れしてくれるのが禰々子と河童一党であります。これまでの物語の中でも、颯爽と登場しては気持ちの良い活躍を見せてくれた禰々子姐さんですが、こういう不安な状況での頼もしさはピカイチ。様々な形で若だんなたちを助けてくれるその姿からは、本作における数少ない希望の光が感じられます。(が、それが終盤、とんでもない状況に繋がっていくのですが……)


 というわけで、若だんなと長崎屋の危機どころか、クライマックスには江戸壊滅の危機にまでスケールアップして展開していくという、長編に相応しい実に賑やかな内容であると同時に、「しゃばけ」らしいある種の苦さに満ちた本作。
 確かに、後半まで本当に先が見えない展開ということもあってか、展開が意表を突きすぎていてスッキリしない部分はなきにしもあらずであります。また、事態が深刻すぎて、今回の事件を引き起こした妖の掘り下げがちょっと足りない(そのために扱いに釈然としない)印象はあるのですが――それでも、シリーズの枠を踏まえつつそれを乗り越え、全く新しい物語を描いてみせたのは、大いに評価できるところです。

(シリーズのヒロイン格のはずなのに出番がほとんどなかった「彼女」が、これ以上若だんなに相応しい人はいない、と思えたのも大きな収穫ではないかと思います)


『いつまで』(畠中恵 新潮社) Amazon


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「みぃつけた」 愉しく、心和む一冊
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2024.01.30

倉田三ノ路『アサシンクリード チャイナ』(漫画版)

 以前ご紹介した『アサシン クリード クロニクル チャイナ』の、『天穹は遥か』『薬屋のひとりごと』の倉田三ノ路による漫画化であります。ゲームの内容を踏まえつつ、ゲームになかった現代パートを加えることで、より「アサクリ」っぽさを感じさせる作品です。

 16世紀、明の嘉靖帝(世宗)の時代――テンプル騎士団と結んだ宦官集団・八虎によって中国のアサシン教団は壊滅。そのわずかな生き残りであるシャオ・ユンも、伝説のアサシン・エツィオから託された「箱」を奪われることとなります。
 マスターであるワン・ヤンミン(王陽明)も倒されたシャオ・ユンは、「箱」を取り戻し八虎を壊滅させるべく、孤独な復讐の道を行くことに……

 という内容であった『アサシンクリード クロニクル チャイナ』。本作はその漫画化であり、ゲーム内の流れにほぼ忠実に、シャオ・ユンの戦いを描いています。石窟寺院から始まり、マカオ、紫禁城を経て、長城での決戦まで――正直なところ、ゲームのダイジェスト的な印象は否めないのですが、作中のちょっとしたアクションや場面に、ゲームをプレイしているとニヤリとさせられる部分があるのは、お約束とはいえ嬉しいところではあります。

 この辺りは作者自身がシリーズのファンだという点が大きいと思いますが、冒頭に挙げたように中華(風)世界を舞台とした作品を描いてきた作者を起用したのは適材適所というほかありません。


 しかしこの漫画版の特長は、原作再現のみにあるのではありません。むしろその最大の特長は、原作ゲームにない、しかしアサシンクリードシリーズにはお馴染みの要素――現代編を追加していることにこそあります。

 現代編の主人公となるのは、ある事件がきっかけで学校を退学し、引きこもっている少女・黄里紗。自分の中の暴力衝動に悩む彼女は、世界的大企業アブスターゴ社が運営するクリニックで、DNAから遺伝的記憶(先祖の記憶)を探る装置・アニムスによる「治療」を受けることになります。
 そしてその中で里紗が見たものこそが、彼女の先祖であるシャオ・ユンの戦いだった――というのが本作の基本構造となります。

 実はテンプル騎士団の現代における隠れ蓑であるアブスターゴ社によってアニムスの被験者となったアサシンの子孫が、先祖の記憶を辿る――というのは、シリーズの定番展開。
 しかし実は原作はシリーズの番外編的性格のためか、この現代編が存在しなかったものを、本作においては新たに描いてみせたというのは、これは原作プレイ済の人間にとっても、大いに気になるところであります。

 正直なところ、ゲームをプレイしている時には別になくても(というかむしろない方が……)と思ってしまう現代編ですが、しかしこうして追加されると嬉しくなってしまうのがファン心理――というのはさておき、こういう形で漫画の独自性を出してくるのは大歓迎であります。

 さらにこの現代編、シリーズのアメコミ版(現代編についてはゲームよりも実質こちらがメインになっている部分もあるので恐ろしい)で活躍した日本のヤクザアサシン、キヨシ・タカクラが里紗を導く役どころで登場。
 また、里紗をアニムスにかけるアブスターゴの女性技術者・加賀美は、映画版で描かれた事件がきっかけで左遷された過去があったりと、ゲーム以外のメディアも複雑に絡んでいくシリーズらしい要素が満載されているのも楽しいところです。

 もちろん本作の内容が正史と断言されたわけではないのですが、上記のとおり漫画の設定が公式となっている部分も多く、もちろん本作もUBIの監修を受けていることを思えば、公式となる可能性も大きいと思われます。

 そしてそうしたマニア的な興味だけでなく、自分自身の存在に嫌悪感を抱いていた里紗が、ある意味自分のルーツであるシャオ・ユンの戦いを知ることによって自分自身を肯定し、新たな一歩を踏み出す――そしてそれはシャオ・ユン自身がアサシンとして復讐を超えた道を歩み出すのと重なる――のは、物語の結末として実に美しいと感じます。


 そしてもう一つ、本作オリジナルのシャオ・ユンの弟子・小虎の父が実は日本の三浦氏の出身で、北条早雲との戦(油壺の語源になったあの戦)に敗れて中国に渡ったという設定があり、そして小虎が日本でアサシン教団を作るという展開が本作の結末では語られるのですが――この辺り、戦国時代の日本を舞台とする, ゲームの次回作に関わってくるのかどうか、というのも楽しみにしているところであります。


『アサシンクリード チャイナ』(倉田三ノ路&ユービーアイソフト 小学館サンデーGXコミックス全4巻) Amazon


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2024.01.22

横山起也『編み物ざむらい 二 一つ目小僧騒動』 伝奇ホラーミステリ!? 奇想天外な新たな絵柄の物語

 メリヤス編みが取り柄の青年・感九郎を主人公とした奇想天外な時代小説――第12回歴史時代作家協会文庫書き下ろし新人賞受賞前作に続くシリーズ第二弾であります。感九郎が思わぬ成り行きで参加した、悪党を懲らしめる「仕組み」の仲間の一人で、人気戯作者のコキリが失踪。一つ目小僧に攫われたという噂も流れる中、彼女を探して向かった先で感九郎たちを待つものは……

 持ち前の生真面目さが災いし、不正を告発しようとしてかえって主家と生家から追われてしまった黒瀬感九郎。偶然出会った御前・ジュノ・コキリといった奇妙な面々に誘われた彼は、「仕組み」なる裏稼業に加わり、唯一の取り柄である編み物を活かして悪党を退治するのでした。その中で彼は、自分の中に眠る能力――人の心中にあるわだかまりを解く力に目覚めることに……

 という前作の後もジュノたちの暮らす屋敷に転がり込んで、内職に精を出していた感九郎ですが、本作の冒頭では、突然にコキリが姿を消してしまったことが語られます。
 前作の事件で、コキリと因縁を持つという悪徳医師・久世を制裁しながらも、結局は取り逃がす形となり、それが失踪の原因ではないかと内罰的に気に病んでいた感九郎。そんなこともあって、彼はジュノと共にコキリの行方を探すことになります。

 彼女が一つ目小僧に攫われたらしいという奇妙な噂も流れる中、ようやく彼女が武蔵国五日市宿の大旅籠の離れにいると突き止めた二人。成り行きからついてきた感九郎の許嫁・真魚とともに宿に向かった感九郎とジュノですが、しかしコキリはまたも一つ目小僧に攫われたと騒動になっていたのであります。
 コキリが滞在していた山中の離れ――様々な趣向を凝らした温泉宿で歓待される一行。しかしそこでも次々と奇妙な、そして思わぬ出来事が起きます。離れの隣に立つ「迷い家」という異名で呼ばれる山中の屋敷、辺りから響く異様な叫び声、倒れていく仲間たち、失われた帰り道――その果てに感九郎たちが知る、あまりに意外な真実とは……


 というわけで、一種のクローズドサークルもの的な物語が展開する本作。前作はいわゆる仕事人もの、あるいは不可能ミッションものというテイストであっただけに――そして引き続き感九郎はそこでの仲間たちと行動を共にするだけに――今回も同様の趣向で描かれるとばかり思ってみれば、まさかホラー色、伝奇色も漂うミステリだったとは! と驚かされます。
 特に中盤の、次から次に怪事件が起こり、一体何が起こっているのかわからないままに感九郎たちが翻弄される辺りは、この先一体どこに向かっているのかも全くわからず、(良い意味の)不安にさせられます。

 そしてそんな物語におけるキーパーソンが、コキリであります。前作ではジュノ・感九郎とトリオで「仕組み」を実行した彼女は、どう見ても年若い娘ながら、人気戯作者・乱津可不可の正体と名乗るだけでなく、かつて人魚の肉を食わされたおかげで不老不死になったと自称する、奇妙な人物であります。
 しかし彼女のいうことをどこまで真に受けて良いかは前作の段階では迷うところであります。内容的には(感九郎の「能力」周りの描写はあるものの)比較的地に足のついた世界観の物語だけに、これは眉唾物だと思っていたのですが――ここにきて、彼女の言葉の真実が語られることになります。

 その詳細については伏せますが、その衝撃的な告白に留まらず、さらに――という仕掛けの巧みさには感嘆させられるところで、そこに漂う濃厚な伝奇性も含めて、大いに楽しませていただきました。


 その一方で、○○かと思ったら実は××でした、と腰砕けなオチに終わる展開も多かったり、何よりもコキリの物語のインパクトが大きすぎるためか、感九郎の側の物語の印象が弱まってしまうのは、いささか残念なところではあります。
 特に後者は、感九郎自身だけでなく、コキリへの一つの救いへと繋がっていく要素であるだけに勿体ないと感じさせられます。コキリの過去の重さに比べればを思えば無理もないところではあり、そしてそのどこかアンバランスな物語展開も一つの魅力ではあるのですが……

 そんな部分はありつつも、ある意味普遍的なテーマ――本作においては自分とはなにか、過去と今とはなにかという――を奇想天外な物語の中に織り込み、そして物語が完成した時、それが美しい一つの絵柄として浮かび上がるという前作同様のスタイルは、変わらず魅力的であることは間違いありません。

 さて、第一作を見ていれば、ジュノにもなにやら重い過去がある様子。おそらくは次はそれが描かれるのではないかと思いますが――そんな予想を軽々と超えていくような予感も強くあります。
 今はただ本作の余韻を味わいつつ、次なる物語の絵柄を楽しみにするとしましょう。


『編み物ざむらい 二 一つ目小僧騒動』(横山起也 角川文庫) Amazon


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2024.01.18

「コミック乱ツインズ」2024年2月号(その二)

 今年最初の「コミック乱ツインズ」2月号の紹介の続きです。

『風雲ピヨもっこす』(森本サンゴ)
 シリーズ連載の本作ですが、ここ数回、やたらと印象に残るのが、ピヨ一家(?)の母・ピヨでっぷりの存在。ピヨもっこすの様子を見に行った家族が戻ってこないのに業を煮やして自分もやってきたピヨでっぷりですが、今回はその彼女とピヨもっこすの京見物――といっても当然ながら平和に終わるはずがありません。
 押し込み、拐かしと物騒極まりない京ですが、そんな悪党たちよりも一目でより物騒とわかるピヨでっぷりの暴れっぷりが実に素晴らしい。特に三人の押し込みを相手にしてのアクションは、わずか一ページ、いや実質三コマの中で激しい動きを感じさせるもので、漫画表現というもののセンスを感じさせてくれます。

 しかし確かにピヨ一家のサイズ感は謎――女性の方が体が大きくなる種族なのかしら。


『江戸の不倫は死の香り』(山口譲司)
 不義密通が毎回悲惨な結末を招く様を描くエロ残酷物語というべき本作――今回冒頭で描かれるのは、古道具屋を訪れて刀を探す冴えない中年の男。店の主人が出してきた刀を手にした男は、その刀を抜くと――という、見るからに不穏な場面から始まります。
 そして時を遡って描かれるのは、この男、水油商・越後屋の主人・大介の物語。十三歳年が離れた女郎・お兼を妻に迎えた大介ですが、真面目で気が弱く、男っぷりも悪い大介にお兼が満足するはずもなく――と、見ているだけでお腹が痛くなる展開であります。

 そしてその果てに冒頭に繋がるわけですが――基本的に不義密通の果てに人殺しをして獄門、というパターンが多い本作。たまには違うパターンを見たいと思っていましたが、こういうのじゃない、こういうのじゃないんだ……! と心をかきむしられるような結末であります。


『真剣にシす』(盛田賢司&河端ジュン一・西岡拓哉/グループSNE)
 大坂城での大塩平八郎との勝負もいよいよスタート、カードゲーム「蔵騒動」での対決が始まります。
 金・銀・陶磁器・米・銃・酒の六種類の品札を手札・場札にして行われるこのゲーム、要はそれぞれ点数が設定された品札をできるだけ集めて、より高い点数を集めれば勝ち――ではありますが、この場合非常に面白いのは、ゲームで取った品札と同じものをもらうことができる、という点でしょう。
(ちなみに今回の勝負、ちょっと手札と場札の区別が付きにくいところを除けば比較的状況もわかりやすく、ルールの複雑さもちょうど良いくらいで、これまでのゲームの中でも出色かと感じます)

 相手のプレイヤーが大塩平八郎とくればなんとなく想像できますが、彼が狙うのは金と米と銃――ゲームに勝つだけでなく実際に蜂起のための物資までもらえるのですから、彼にとっては一挙両得でしょう。というか、ルール紹介の時点からそんな気がしていましたが、これはどう考えても主催者が大塩を煽っているのでは……
 審判のビジュアル的に京の香りがしますし、天下博徒御前試合を利用して倒幕とか企んでない? といささか心配になってきました。

 それはさておき、ゲームは大塩優勢、それどころか大塩にスカウトされてしまった夜市ですが、今回わざわざ酒の札を集めているのは、前回の描写合わせて考えれば、もちろん伏線なのでしょう。さて、それが次回炸裂するのか?


『殺っちゃえ!! 宇喜多さん』(重野なおき)
 案外楽勝かと思えば激戦が続く三村元親戦、父子ともどもに苦しめられる形になった直家ですが、謀略家の常か、正面からの力押しに弱いということでしょうか。
 もっとも、彼は一人で戦っているわけではありません。昔から彼を支えてきた異母弟・忠家――普段は兄の言動のツッコミ役、というより不用意なことを口にして粛正されかけ役というべき彼が、ついに本領を発揮するようですが……

 直家と対照的な存在として描かれてきた三村元親もこれから前面に出てくるものと思われますし、まだ一山二山はありそうです。


 次号は表紙が『前巷説百物語』、巻頭カラーが『江戸の不倫は死の香り』とのことです。
(しかし今号、いわゆる剣豪が主人公の作品が『鬼役』のみというのが、ある意味本誌らしくてなかなか印象的ではあります)


「コミック乱ツインズ」2024年2月号(リイド社) Amazon


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2024.01.16

田中啓文『医は仁術というものの 十手笛おみく捕物帳 二』

 ぴーひゃらとにぎやかで痛快な、捕物活劇の待望の続編であります。普段は飴売り、しかし事件が起きれば不思議な十手笛を手に目明かしとして活躍するおみくの物語、今回は人形浄瑠璃と歌舞伎の全面対決の間で起きた人形による歌舞伎役者殺し(?)を描く中編をはじめとする、二編が収録されています。

 数年前に目明かしの父を何者かに殺され、病身の母・ぬいを、笛で客寄せをする飴売りで養うおみく。ある時、彼女は父をはじめとする人々を殺めてきた「見越し入道」の存在を知ることになります。
 ぬいや老同心・江面可児之進、そして先祖代々伝わる仏像の中にあった十手笛から現れた謎の精霊・垣内光左衛門らに助けられ、見事に見越し入道の正体を暴いた彼女は、それからも十手笛を手に事件に挑むことに……

 という基本設定の本シリーズですが、本書に収録された中編「鬼小町譽華十手」は、外題調のタイトルにも表れているように、大坂の演劇界を舞台とした、なかなかにユニークなエピソードであります。

 ある日飴売りの最中に、女目明かしを名乗る女性が、男たちとにらみ合っているところに出くわしたおみく。同業の存在に喜びつつ助太刀に馳せ参じてみれば、実は彼女は人形浄瑠璃作者の横縦衣織――女目明しを主人公とした人形浄瑠璃「鬼小町譽華十手」の狂言を書くため、立ち回りを工夫していたという彼女に、おみくは協力することになります。

 しかし、完成した衣織の台本が、手違いで歌舞伎の座頭・大谷雉右衛門引き渡されてしまったことで大騒動が起きることになります。「鬼小町譽華十手」を上演するのは人形浄瑠璃か歌舞伎のどちらなのか――お互い一歩も譲らぬ言い争いはエスカレートしていきます。
 ついに荒っぽい人間の多い歌舞伎側が人形浄瑠璃の芝居小屋に乱入、売れっ子役者の嵐烏三郎が、人形を刀で斬るという事件が発生。件の人形を持って直談判に乗り込んだ人形浄瑠璃の座長・竹本色太夫を鼻であしらった烏三郎ですが――あろうことかその後、人形の頭が載せられた彼の死体が発見されて……

 という、あたかも人形に役者が噛み殺されたかのような、怪奇風味の殺人事件を描くこのエピソード。しかしそれだけでなく、ミステリとしてもきっちり面白いのが心憎いところであります。

 憎まれ役のボンクラ同心・斧寺伊右衛門に下手人と決めつけられて捕らえられた色太夫。どうしてもそれを信じられないおみくは、彼のアリバイを立証するために奔走することになります。
 はたして色太夫のアリバイは立証できるのか。地道な捜査から真実が浮かび上がっていくのですが、しかしそれがなんと――とここから先はちょっと書けないのですが、ミステリとして、おっ! といいたくなるような仕掛けが用意されているのに驚かされました。

 そしてそれと負けるとも劣らぬこのエピソードの魅力は、当時の大坂の人形浄瑠璃と歌舞伎を取り巻く状況と、それを受けての演劇人たちの想いの描写にあると感じます。
 かつては歌舞伎と比べものにならない人気を誇ったものの、今では逆転され、凋落の一途を辿る人形浄瑠璃。今は人気を独占しているものの、演目がマンネリ化し、人気役者も江戸に取られて下り坂となった歌舞伎――そんな状況を変えようとする人々の意地のぶつかり合いが、物語の背景にはあります。

 そんな意地の掛け違いが悲劇を生み、そして史実をなぞった些か物悲しい結末を迎えることになるのですが――しかしその先にもう一つの史実を描くことで希望を見せるのにもグッとくるところです。


 もう一編の表題作「医は仁術というものの」は、廻船問屋の主人がスズメバチに刺されて死んだことから始まる事件を描きます。

 このエピソードの縦糸横糸になるのは、かつて同じような形で人が死んだ際に、事件性を立証できなかった苦い過去を持つ江面可児之進の姿と、ぬいの治療をきっかけにおみくが出会った二人の対照的な医者の存在。
 ミステリ的にはトリックはストレートなのですが、そこにいくつもの人の情を絡め、サブタイトルに収斂させてみせるのは、さすがというべきでしょう。


 今回の二つのエピソードは、いずれも人死には出るものの、それでもどこかカラッとした味わいを感じさせます。それはもちろん、明るくにぎやかなおみくのキャラの妙と、作品にその彼女の成長物語としての味わいがあるからでしょう。
 正直なところ、今回は垣内光左衛門の出番が少ない(もちろん要所要所でいい仕事をするのですが)のがちょっと残念ではありますが、こちらは次回に期待するとしましょう。


『医は仁術というものの 十手笛おみく捕物帳 二』(田中啓文 集英社文庫) Amazon


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2023.12.31

相田裕『勇気あるものより散れ』第5巻 激突、過去を背負った眷属二人

 不老不死の民・「半隠る化野民」と、その眷属に選ばれた剣士たちの物語はいよいよ混迷の度合いを深めて展開していきます。妖刀・殺生石を巡り相争うことになった不死の兄妹の戦いは、藤田五郎たちも加わって大混戦。その中で激しくぶつかり合う眷属二人の対決の行方は……

 母を不死の運命から解き放つため、化野民を殺す力を持つ妖刀・殺生石「華陽」を奪って逃避行を続けてきた九皐シノと鬼生田春安。しかし争奪戦の末に華陽を手に入れたシノの兄・生松と眷属の鵜飼菊滋は、母の解放を政府に要求して政府高官へのテロを開始することになります。
 この凶行を止めるため、図書掛の山之内は山川浩に推薦された藤田五郎と組んで生松を追跡。さらに殺生石を取り戻すという目的自体は同じである、シノと春安とも協力することに……

 かくて、政府内で化野民の対応を行ってきた図書掛の実働隊長というべき山之内と、その図書掛と幾度となく激突してきたシノと春安――この巻では、その双方が、まさに呉越同舟というべき形で協力して共通の敵に挑むことになります。
 さらにそこに藤田五郎が加わり(完全に無関係だったのに巻き込まれた彼こそ、いい面の皮ですが……)、向かうところ敵なしと言いたいところですが、しかし相手もただ者ではありません。

 何しろ生松も菊滋も神道無念流の達人――かつてシノと生松、春安と菊滋は、それぞれ蒸気船の上で激闘を繰り広げ、辛うじて引き分けとなった間柄であります。特に生松と菊滋が操る立居合の秘剣・アマツバメは、まさに必殺というべき豪剣です。
 山之内と藤田が加わっての四対二とはいえ、この巻の前半で展開する全く先が見えない激闘。その中でも圧巻は、春安と菊滋の激突であります。

 ともに人間時代から名うての剣士であり、人間としての死を迎えてもなお、化野民の眷属として強固な忠誠心と使命感に突き動かされる二人。しかし一方の春安は戊辰戦争で各地を転戦した過去を持つ一方で、菊滋の方の実戦経験は――と思いきや、実は彼は実在の人物だったというのに驚かされます。

 鵜飼菊滋の本名は鵜飼幸吉――史実では元水戸藩士であり、戊午の密勅を届ける使者となったことを以て、安政の大獄で唯一獄門に処されたという人物。それが本作においては、処刑の直前に見せた技を生松に見いだされ、その眷属にして師として、彼の近くに控えることとなったというのであります。

 敵味方様々なキャラクターが入り乱れる本作においては、単純な善人・悪人というのは基本的に存在しません。存在するのは、それぞれに過去を背負いながらも、それでも現在を生きようとする者たちであり――その姿がキャラクターたちに、ひいては物語に厚みを与えているといえます。
 そしてその構図は、やはりどうしても史実を背負った実在の人物の方が、より印象的なものとなります。その意味では、この巻の菊滋は、完全に春安を食っていたといってもよいでしょう。
(特に春安とその主であるシノの場合、最大の目的が生松たちの行動によって阻まれ、敵であった山之内と組んだことで、ある意味行動が迷走している点も大きいのですが……)

 その一方で、生松とシノの姉である煙花が、今回ついにその実力を発揮する場面があるのですが――彼女の場合、そうしたキャラの重み付けがまだ描かれていないためか、絵空事感の方が先立って感じられるのは、いささか残念なところではあります。


 物語の方はいよいよ敵味方が入り乱れ、先が見えない展開となってきましたが、キャラ配置的にも、少しでも薄さを見せたキャラはたちまち他のキャラに食われる印象があります。
 その意味でもはたして誰が生き残るのか、油断ならない作品であります。
(そしてその中で盤石の史実を背負いつつも、矢鱈と立ったキャラを見せる藤田の「強さ」よ……)


『勇気あるものより散れ』第5巻(相田裕 白泉社ヤングアニマルコミックス) Amazon

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