2024.12.31

2024年に語り残した歴史時代小説(その二)

 今年まだ紹介できていなかった作品の概要紹介、後編です。

『了巷説百物語』(京極夏彦 KADOKAWA)
 ついに登場した『巷説百物語』シリーズ完結編は、長い間待たされた甲斐のある超大作。千代田のお城に巣食っているでけェ鼠との対決は思わぬ方向に発展し、壮絶な決着を迎えることになります。

 そんな本作の魅力は、何と言ってもオールスターキャストでしょう。山猫廻しのお銀や事触れの治平ら、お馴染みの化け物遣いの面々に加えて、西のチームや算盤の徳次郎が集結――その一方で化け物遣いと対峙する存在として、嘘を見破る洞観屋の藤兵衛、化け物を祓う中禅寺洲斎が登場、さらに謎の悪人集団・七福連も登場し、幾重にも勢力が入り乱れた戦いが繰り広げられます。

 とにかく、過去の登場人物や事件まで全てを拾い上げ、丹念に織り上げた物語は大団円にふさわしい本作ですが、その一方で過去の作品の内容と密接に関わっている部分もあり、単独の作品として読む場合にはちょっと評価が難しいのは否めないところでもあります。


『円かなる大地』(武川佑 講談社)
 アイヌを題材とした作品といえば、その大半が明治時代以降を舞台としていますが、本作は戦国時代というかなり珍しい時期を題材に、その舞台だからこその物語を描いてみせた雄編です。

 些細なきっかけから、蝦夷の戦国大名・蠣崎家から激しい攻撃を受けることとなったシリウチコタンのアイヌたち。悪党と呼ばれるアイヌ・シラウキによって人質にされた蠣崎家の姫・稲は、女性たちをはじめアイヌに対してあまりにも無惨な所業に出る和人を止めるため、ある手段に出ることを決意します。
 しかし、籠城を続けるシリウチコタンが保つのは十五日程度、その間に目的を果たすべく、稲姫とシラウキを中心に、国や人種の境を越えた人々が集い、旅に出ることに……

 戦国時代の一つの史実を題材に、アイヌと和人の間で悲惨な戦いを避けるべく奔走した人々を描く本作。作中でアイヌが置かれた状況のあまりの過酷さに重い気持ちになりつつ、主人公たちが目的を達成できるよう、これほど感情移入して応援した作品はかつてなかったと思います。

 しかし本作は、単純にアイヌと和人を善悪に分けるのではなく、そのそれぞれの心に潜むものを丹念に描いていきます(悪役と思われた人物の思わぬ言葉にハッとさせられることも……)。
 作者はこれまで、戦国ものを描きつつも、武器を取って戦う者たちの視点からではない、また別の立場から戦う者の視点から物語を描いてきました。本作はその一つの到達点と感じます。


『憧れ写楽』(谷津矢車 文藝春秋)
 ここからは最近の作品。来年の大河ドラマの題材が蔦屋重三郎ということで、蔦屋だけでなく彼がプロデュースした写楽を題材とする作品も様々に発表されています。

 その一つである本作は、写楽の正体は斎藤十郎兵衛だけではない、という当人の言葉を元に、老舗版元の若き主人である鶴屋喜右衛門が喜多川歌麿と共にその正体を追う時代ミステリですが――しかし謎を追う過程で喜右衛門がぶつかるのはどこか我々にも見覚えのある「壁」や「天井」です。
 それだけに重苦しい展開が続きますが、だからこそ、その先に描かれる写楽の存在に託されたものが胸に響きます。


『イクサガミ 人』(今村翔吾 講談社文庫)
 Netflixで岡田准一主演で映像化という、仰天の展開が予定されている『イクサガミ』。当初予定の三作では終わりませんでしたが、しかし三作目の本作を読めば、いいからまだまだやってくれ! と言いたくもなります。
 いよいよ「蠱毒」も終盤戦、東京に入れるのは十名までというルールの下、残り僅かな札を求めて強豪たちが集結――前半の島田宿では、まだこれほどの使い手がいたのか! と驚かされるような面子が集結し、激闘を展開します。
 その一方で、主催者側の隠された意図もちらつきはじめ、いよいよ不穏の度を増す戦いは、東京を目前とした横浜でクライマックスを迎えます。文字通り疾走感溢れる決戦の先に何が待つのか――来年刊行される最終巻には期待しかありません。

 最後にもう一作品、『篠笛五人娘 十手笛おみく捕物帳 三』(田中啓文 集英社文庫)については、近々にご紹介の予定ですので、ここでは名前のみ挙げておきます。

それでは良いお年を!

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2024.12.29

北斎死す、そしてお栄が北斎に!? 末太シノ『女北斎大罪記』第1巻

 浮世絵界、いや日本美術界の最高峰というべき葛飾北斎。その北斎が急死し、娘の栄が成り代わっていたとしたら――そんな大胆な設定で描かれる野心作です。偉大な父の作品を遺すために奔走することになった栄の苦闘が始まります。

 今日も尊敬する師である葛飾北斎の下を訪れた駆け出し絵師・渓斎英泉。北斎の娘・栄と英泉は、完成したばかりの「北斎漫画」二巻目に目を輝かせるのですが――その直後に思いもよらぬ悲劇が起こります。
 北斎が屋根の上に作った執筆場所――そこから誤って北斎は転落、そのまま息を引き取ったのです。

 直前まで北斎が手にしていたため、北斎の血に塗れてしまった北斎漫画の画稿。しかし父の画を記憶していたお栄は、その場で北斎そのままの絵を描き直してみせます。
 それを目の当たりにした英泉は、とてつもないことを思い付きます。それは北斎の死を秘密にして、栄が北斎になるということ!

 父の北斎漫画を完成させるため、そして女の自分が絵師を続けるため、栄もその提案に乗り、一か八か、父に成り代わることを決意するのですが……


 北斎の娘であるだけでなく、「吉原格子先之図」など彼女自身の優れた作品により、近年注目が集まっている葛飾栄(応為)。フィクションでも様々な作品に登場している栄ですが、本作のような内容の物語はかなり珍しいといってよいでしょう。
 何しろあの北斎が本来よりも30年以上早く亡くなり、その代わりに栄が北斎を名乗っていたというのですから!

 どう考えても無理――と言っては身も蓋もないのですが、しかしここで示される北斎を死なせるわけにはいかない理由、そして栄が北斎を名乗らなければいけない理由――特に後者、女性であり常人を遥かに上回る画力を持つ栄がこの先も絵筆を握るためには、北斎の助手であり続ける必要がある、という一種逆説的なそれには、不思議な説得力があります。


 そんな本作においてまず目を引きつけるのはもちろん、栄が周囲の目を欺き、「北斎」で在り続けることができるのか、という点であることは間違いありません。
 この第1巻においては、いきなり曲亭馬琴が登場――北斎にとっては最大の理解者であり好敵手ともいえる間柄であり、裏を返せば栄が北斎で在るための巨大な障害というべき存在です。この馬琴の目を如何に眩ませるかが、この巻最大の山場といってもよいでしょう。

 しかしここで描かれるのは、馬琴との対決というサスペンスだけではありません。栄が本当に乗り越えなければならないのは、死してなお巨大な壁として存在する北斎の存在であり、そしてその北斎に対してまだまだ未熟である自分の才能なのですから。

 本作においては冒頭から語られる栄と北斎との違い――それは栄が「見る」天才である一方で、北斎が「観る」天才であるという事実にほかなりません。
 栄の才が一度見たものは決して忘れることなく、忠実に描くことができるものである一方で、一度見たものの内側にある本質を見極め、それを描くことができる北斎の才。この両者は、似ているようで全く異なるものであり、北斎はやはり栄とは格が違うとしか言いようがありません。

 自身も才があるからこそ、父と自分の間に超えられない差があることを理解できてしまう――しかしそれでも父にならなければならない。そんな栄の真摯な悩みこそが、本作に題材のインパクトだけではない、芸道ものとしての味を与えていると感じます。


 史実では北斎が亡くなったのは1849年、その一方でこの第1巻の時点はおそらく1815年。先に述べた通り、30年以上の時間があるわけですが、それが全て本作で描かれるかはわかりません。
 しかし北斎漫画だけに絞るのであれば、刊行年代から見て一区切りがついたのではないかと考えられる十編が刊行されたのが1819年と、あと4年間となります。

 少なくともその間、栄は北斎であり続けることができるのか。そしてその間に栄は北斎になれるのか――予想すらできない栄の画道は、まだ始まったばかりなのです。


『女北斎大罪記』第1巻(末太シノ 講談社ヤングマガジンコミックス) Amazon

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2024.12.28

鬼と人の間に立つ者・茨木童子の悲恋譚 木原敏江『大江山花伝』

 木原敏江の代表作の一つである歴史ファンタジー連作『夢の碑』の番外編と(後に)銘打たれた「大江山花伝」は、タイトルの通り大江山の酒呑童子伝説を基にした悲恋譚。ここでは、その前日譚に当たる「鬼の泉」と合わせて紹介いたします。

 都を騒がす鬼・酒呑童子を退治するため、単身、山伏に扮して大江山に潜入した渡辺綱。しかし彼は、何故かついてきた下働きの娘・藤の葉ともども、鬼に捕らわれてしまうのでした。
 そんな二人の前に現れたのは、綱にかつて片腕を斬られたことのある鬼にして、酒呑童子の息子・茨木童子。綱を牢に入れ、藤の葉を己のものとしようとした茨木童子ですが、片面に火傷を負った彼女の顔を見て何故か激しい驚きを見せるのでした。

 捕らわれの中、綱は、鬼たちがかつて異国からこの国に渡ってきた者たちであり、人間によって一族を虐殺されたために復讐を誓っていること――そして茨木童子が、かつて人間の母によって鬼の隠れ里から逃れ、人として育てられたものの、酒呑童子に連れ戻されて鬼と化したことを知ります。

 やがて仲間たちによって救い出され、源頼光の大江山攻めに加わった綱。しかし鬼たち、特に茨木童子に同情する彼は、何とか茨木童子を救おうとします。そして綱は、事が終わった暁には、藤の葉を妻に迎えようと考えるのですが――実は藤の葉と茨木童子の間には深いつながりが……


 御伽草子や能・歌舞伎などの題材となっている渡辺綱と茨木童子の因縁譚。女性に化けて襲いかかってきた茨木童子の片腕を綱が落とし、厳重に保管していたものの、乳母に化けて現れた茨木童子に腕を取り返される――本作は、有名なこのエピソードをプロローグとして描かれます。
 しかし本作は(結末は大江山の酒呑童子伝説を踏まえながらも)、綱よりも茨木童子の方に重点を起きつつ、伝説とは全く異なる物語を展開していくことになります。

 今は鬼の一味として、文字通り悪鬼の所業を働きながらも、十五歳になるまでは人間として育った茨木童子。その時の幼い恋が長じて後思わぬ形で甦り、悲劇へと繋がっていく――というのは作者の得意とする展開ですが、本作は人間と対立する鬼である茨木童子を主役とし、人間と鬼の間に理解者となる綱を立たせることで、より深い物語性を醸し出しています。
 はたして悪いのは鬼だけなのか。鬼と人間の間に和解の道はないのか――何ともやりきれない物語ながら、しかしだからこそ高い叙情性と儚い美しさが漂うのはやはり、作者の筆の力と感じます。


 そして前日譚である「鬼の泉」は、父の下に連れ戻された茨木童子が、鬼となることを拒否して大江山を出奔した際の物語です。

 酷薄な荘園領主とその弟に捕らわれ、下人として扱われながらも、そこで同じ下人の少年・小朝丸と、貴族に売る遊女とするために育てられている娘・萱乃と出会った茨木童子。三人で暮らす中、人のぬくもりに触れ、小朝丸と萱乃と共に生きていこうとする茨木童子ですが、盗賊となっていた萱乃の恋人が領主に捕らわれたことで、運命の歯車が狂っていくことに――という物語です。

 「大江山花伝」に比べれば、ほとんど人間とも言える心を持っていた茨木童子が、何故変貌してしまったのか――終盤に描かれる彼の心の動きは、理不尽でありながらも、しかしそれだけに不思議なリアリティを感じさせます。
 こちらもさらにやり切れない物語ではありますが、しかしそれだけに終わらない余韻を残す点では、「大江山花伝」と同様といえます。


 なお、本作で描かれる鬼の出自――北欧から日本にやって来た民の末裔――は、「夢の碑」シリーズと共通するものですが、発表時期はこちらが先立っているためか(「大枝山花伝」は週刊少女コミック昭和53年第27号、「鬼の泉」はララ昭和57年1月号、一方「夢の碑」シリーズ第一弾の「桜の森の桜の闇」はプチフラワー昭和59年5月号)シリーズには直接含まれないながらも、単行本によっては番外編と冠されているところです。

 また、フラワーコミックスα版では、この二作のほか、やはり歴史ファンタジーの「花伝ツァ」と「夢幻花伝」が収録されていますが、こちらについてはまた機会を改めて紹介したいと思います。

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2024.12.22

二人の復讐劇の結末 地獄の連鎖の先に よしおかちひろ『オーディンの舟葬』第3巻

 恩人を殺した仇を追う「戦狼(ヒルドルヴ)」ことルークと、その仇である一方で自分もヴァイキング王を仇として狙う白髪のエイナル――ヴァイキングのイングランド侵攻を舞台に繰り広げられる壮絶な復讐撃の最終巻です。それぞれ大きな喪失感を抱えつつ、死闘を繰り広げる二人の行き着く先は……

 イングランドとデンマークのヴァイキングの戦いの最中、育ての親である神父をエイナルに惨殺されたルーク。幼い頃から共に育った二匹の狼と共にエイナルを追い、ヴァイキングを狩る彼は、「戦狼」と呼ばれ恐れられるようになります。
 しかしその一方で、返り討ちを狙うエイナルもまた、両親の仇であり、実は叔父であるヴァイキング王・双叉髭のスヴェンを付け狙っていました。

 イングランド軍のアランに利用されるルークと、スヴェンの第二王子・クヌート付きとなったエイナル。アランとスヴェンに翻弄されつつも、ルークとエイナルはなおも激しくぶつかり合います。
 さらにそれぞれ大きな喪失を味わった二人の戦いは、ついに始まったイングランドとデンマークの全面戦争の最中、いよいよエスカレートを続けていくのですが……


 前巻ではイングランドとデンマークの歴史という巨大なうねりの中に飲み込まれた感のあったルークとエイナルの戦い。しかしいきなり冒頭からどうしようもない地獄絵図を繰り広げる両者の対決は、怒り狂うルークの行動によって、思わぬ方向に展開していくことになります。

 恨み重なるエイナルに対して、もはや死すら生ぬるいと恐るべき罰を下したルーク。彼の目論見通りに凄まじい喪失感を抱えたエイナルの行動は、さらなる惨劇を生み出します。二人の暴走が史実と結びついたことにより、さらなる戦禍が生まれる――憎悪が憎悪を呼び、殺戮が殺戮を呼ぶ。二人を結ぶそんな関係性は、国と国のレベルで拡大されていくのです。

 しかし、それは避けられない必然なのか。その地獄の連鎖は、断ち切ることはできないのか――?
 思えばルークもエイナルも、それぞれにかけがえのない存在がありました。それを無惨に奪われたからこその復讐行であることは言うまでもありませんが、しかしその不毛さにルークが気付いたのは、彼にとってのかけがえのない存在の一人が、愛と寛容を語る神父であったからでしょうか。
(一方のエイナルもまた、その喪ったものの大きさには胸が痛むのですが――それがああも歪んでしまったのは、これはヴァイキングという環境故と言うべきかもしれません)

 そして二人の最後の対決において、ルークは以前とは全く異なる言葉をエイナルに語りかけ、全く異なる道を選択します。それに対してエイナルが何を答え、応えたのか、そしてその先にルークを待っていたものは――これはぜひ実際に作品を見ていただきたいと思います。


 正直なところ、前巻でそれぞれ主役を食う存在感を発揮したスヴェンとアランの扱いなど、結末を急いだ感がないでもありません。
 そしてまた、そこで描かれたものには、言葉を失うほかないのですが――しかし、歴史の陰で繰り広げられた二人の青年の復讐劇が、一つの史実につながっていく結末には、小さな光の存在が感じられます。

 たとえか細く、容易にかき消されるものだとしても、確かに闇の中に存在する人間性の光。本作は途方もない喪失感の先に、それを描いた物語であったというべきでしょうか。


『オーディンの舟葬』第3巻(よしおかちひろ コアミックスゼノンコミックス) Amazon

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2024.12.19

「コミック乱ツインズ」 2025年1月号(その二)

 号数の上ではもう1月、「コミック乱ツインズ」1月号の紹介の後半です。

『老媼茶話裏語』(小林裕和)
 『戦国八咫烏』(懐かしい)による本作は、タイトルのとおり「老媼茶話」を題材とした怪異ものです。「老媼茶話」は18世紀中期に会津の武士が著したもので、タイトルのとおり村の老媼が茶飲み話で語った物語を書き留めた、というスタイルの奇談集です。
 本作はその巻の五「猪鼻山天狗」――後に月岡芳年が浮世絵の題材ともしているエピソードを題材としています。

 猪鼻山に住み着き、空海に封じられた大頭魔王なる妖が周囲の人々を悩ましていると知った武将・蒲生貞秀。貞秀は配下の中でも武勇の誉れ高い土岐元貞に、妖を退治するよう命じます。勇躍山を登り、魔王堂の前についた元貞に襲いかかったのは、巨大な動く仁王像――しかし元貞は全く恐れる風もなく仁王像に斬りつけた上、文字通り叩きのめします。さらに元貞の前には阿弥陀如来が現れるものの、元貞は全く動じず一撃を食らわせるのでした。
 そして山の妖を倒したと貞秀の前に帰還した元貞。しかしその時……

 と、原典の内容を踏まえた物語を展開させつつ、本作はそこで語られなかった事実を描きます。誰もが称賛する配下の猛将・元貞に対して、貞秀が密かに抱いていた心の陰の部分を――と思いきや、それだけでなくもう一つのどんでん返し、原典に描かれた物語のさらに先が語られるという、なかなか凝った構成の作品となっているのです。

 このように、江戸奇談・怪談を題材とした作品でもあまり用いられたことのない題材、そして二度に渡るどんでん返しと、ユニークな作品であることは間違いないのですが――しかしその一方で、クライマックスに登場するのがあまりにも漫画チックな存在で、物語の雰囲気を一気に崩した感があるのが、なんとも残念なところです。
(もう一つ、原典の非常に伝奇的なネタがばっさりオミットされてしまうのも、個人的に残念なところではありますが)


『ビジャの女王』(森秀樹)
 城内に侵入し、地下の娼館街に隠れたオッド姫を追ったモンゴル兵たちも全滅し、ひとまず危機から逃れたビジャ。さらにビジャを包囲するラジンの元に、モンゴルのハーン・モンケからの使者が訪れ、事態は思わぬ方向に展開していきます。

 かつて自分と争ったモンケの娘・クトゥルンを惨殺したラジン。殺らなければ殺られる状況下ではあったとはいえ、いかに実力主義のモンゴルであっても、あれはさすがにやりすぎだったようです。
 かくて、ビジャを落とせば兵の命は助けるという条件でモンケの召還(=処刑)を受け入れることになったラジンですが――しかし彼が黙って死を受け入れるはずがありません。副官の「名無し」に謎の密命を授け(何のことだがわからんと真顔で焦る名無しに、すかさずフォローを入れるのがおかしい)、自分はむしろ意気揚々と去っていきます。

 なにはともあれ、ビジャにとっては最大の強敵が去ったわけですが、しかしモンゴルの包囲は変わらず、そして城内にもまだ侵入した兵が残っている状態。それでもビジャが負けなかったことは間違いありませんが――まだまだ大変な事態は続きそうです。


『江戸の不倫は死の香り』(山口譲司)
 次号では表紙&巻頭カラーと、何気に本誌の連載陣でも一定の位置を占めている本作。今回の舞台となる土屋相模守の下屋敷では、数年前に病で視力を失い隠居した先代・彦直が暮らしていたのですが――その彦直の世話のため、下女のりんがやってきたことから悲劇が始まります。
 婿養子である彦直に対して愛が薄く、ほとんど下屋敷にやって来ることもない正室。そんな中で、心優しいりんに彦直は心惹かれ、やがて二人は愛し合うようになったのです。しかしそれを知った正室は……

 いや、確かに正室はいるものの実質的には純愛に近く、これはセーフでは? と思わされる今回ですが(いつもの話のように、正室を除こうとしたわけでもなく……)しかし待ち受けているのは地獄のような展開。りんがいつもつけていた糸瓜水が仇となった上に、終盤でのある人物の全く容赦のない言葉には愕然とさせられます。
 ラストシーンこそ何となく美しく見えますが、いつも以上に胸糞の悪い結末です。
(こういう時こそ損料屋を呼ぶべきでは!? などと混乱してしまうほどに)


 次号は『雑兵物語 明日はどっちへ』(やまさき拓味)が最終回、特別読切で『すみ・たか姉妹仇討ち』(盛田賢司)と『猫じゃ!!』(碧也ぴんく)が登場の予定です。


「コミック乱ツインズ」2025年1月号(リイド社) Amazon

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2024.12.07

吉原+大女+グルメ!? 安達智『あおのたつき』第15巻

 異界から吉原の裏表を描いてきた『あおのたつき』も、巻を重ねてこれで第15巻。前巻、前々巻と重いエピソードが続いてきましたが、この巻では比較的コミカルな――しかし当事者にとっては深刻この上ない物語が描かれます。

 ある日、冥土の薄神白狐社に迷い込んできた三十路も近い役人・作之輔。生真面目な性格で周囲の評判も上々ながら、自分に自信が持てず、何よりも女性に全く接したことがない――そんな彼のために、あおと冥土の覗き常習犯・豆右衛門が色道指南に乗り出して……

 という前半部分が描かれた「手入らずの筆」ですが、この巻では、作之輔の初めての(となるかもしれない)体験が描かれます。
 といってもあおは野暮はせず、敵娼に玉くしという女郎を選んだだけで、あとはほとんど見守るだけなのですが――しかしそのチョイスの理由はなるほど、と言いたくなるもの。これで後は彼女の手練手管で、と言いたいところですが、それでも先に進まないのがこじらせ男の面倒なところで、さて、この状況をどう収めるのか……

 と、いかにもな艶笑譚の題材ではありますが、しかし見ようによってはこれは(これまでも作中で様々に描かれてきた)コミュニケーション不全にまつわる内容といえます。
 それに対して、作之輔を笑いものにするのでもなく、玉くしがボランティア的に受け止める「イイ話」にするのでもなく――一定のバランスを取った物語展開は、本作ならではというべきでしょう。


 そしてこの巻の後半には、冥土の花魁・恋山の深い悩みを描くエピソード「白飯比翼」が展開します。

 ある晩、薄神白狐社にやってきた妓楼・大黒屋からの使者。大黒屋といえば筆頭の恋山は冥土の吉原でも名高い花魁ながら、ここしばらくその姿を見た者はなく、そして見世も閉まっている状況――そこであおと楽丸は大黒屋に向かうことになります。
 そこであおと楽丸が見たものは、総出で料理を作る見世の人々。そしてそれを片っ端から食べていくのは、二階の天井にまで頭がつきそうなほど巨大な恋山だったのです。

 そう、悩み事とは恋山の食い気――彼女は満たされぬまま食べ続けた果てに、そんな巨大な姿に化してしまったのです。そしてそこまで至った彼女が抱えたわだかまり、叶えたい望みとは、ほかほかの白飯に合う最高のお菜を見つけること!

 ――いやはや、吉原+大女+グルメという、なんだか別の漫画が始まってしまいそうなキャッチーな(?)展開に驚かされますが、しかし恋町の巨大化は、冥土の吉原だからこうなるのであって、これが現実世界であればどういう状態になっているのか、語るまでもないでしょう。
 過酷な現実に対して、冥土の吉原という異界を舞台とすることによって一種のフィルターをかけ、漫画として描いてみせる――本作ではこれまでもこうした形で様々なエピソードが描かれましたが、今回はその中でも特にユニークなものの一つであることは間違いありません。

 正直なところ、彼女にとっての最高のお菜というオチは読めないでもないのですが、わだかまりを乗り越え、ラストに蘇った恋町の美しさには思わず見とれてしまうものがあります。


 なお、単行本恒例の巻末番外編ですが、今回のエピソードは「筏流し」。新吉原への恋文配達を頼まれた筏流しの男の旅を描く物語は、シンプルではあります、途中の難所でのダイナミックな描写には思わず目を奪われるものがある掌編です。


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2024.12.06

『大友の聖将』(赤神諒 ハルキ文庫)の解説を担当しました

 12月13日発売の『大友の聖将』(赤神諒 角川春樹事務所ハルキ文庫)解説を担当しました。戦国時代末期、九州の大友宗麟に仕えた実在の武将にして「大友の聖将(ヘラクレス)」と呼ばれた天徳寺リイノの生涯を描く歴史小説です。
 その名が示す通り敬虔なキリスト教徒であり、大友家が斜陽の一途を辿った末に、九州制覇を目指す島津家に追い詰められた時もなお、宗麟の下で戦い続けたリイノ。しかしその前半生は、裏切りと殺人を繰り返した悪鬼のような男だった――という設定の下、戦国レ・ミゼラブルというべきドラマが描かれます。


 この作品は刊行順では作者の第二作に当たる作品ですが、私が初めて読んだ赤神作品でもあります。その際に大きな感銘を受け、作者のファンになった作品であり、その文庫版の解説ということで、大いに気合を入れて書かせていただきました。

 文庫の帯には「赤神作品の原点」とありますが(解説のタイトルの一部でもあります)、単純にデビュー直後の作品だからというわけではなく、初読時には意識していなかった(当たり前ではあるのですが)現在に至るまで作者の作品を貫くあるテーマについて、解説では触れさせていただいています。
 私が作者の作品をこよなく愛する理由である(そして作者の作品に悲劇が多いことの理由でもある)そのテーマとは何か――それはぜひ解説をご覧いただきたいのですが、単行本刊行から六年を経てもなお、それが古びておらず、むしろいまこの時に大きな意味を持つものであることは発見でした。


 というわけで赤神作品ファンの方にも、これから触れられる方にもおすすめの『大友の聖将』、作品を楽しまれる際の一助になれば、本当に嬉しいです。
 どうぞよろしくお願いいたします。


『大友の聖将』(赤神諒 角川春樹事務所ハルキ文庫) Amazon

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2024.11.30

『鬼切丸』を超えて、なおも続く物語 楠桂『鬼切丸伝』第21巻

 平安以来、長きに渡る時の中で鬼を斬り続けてきた鬼切丸の少年を描いてきた本作も、ついに単行本の巻数で『鬼切丸』を超えました。この巻では、瀬戸内三島の伝説の女傑を巡る悲劇、奇怪な姥ヶ火を巡る因縁譚、鬼を調伏する力を持つ僧侶と少年の出会いを描く三編+αを収録しています。

 この巻の冒頭に収録されている『三島大明神鬼願』前後編は、今なお伝説に残る瀬戸内海の大三島の姫・三島水軍の姫武将にして三島大明神の巫女である鶴姫を巡る物語――この鶴姫は、これまでも様々な物語の題材になっていますが、本作ではこれまでにない奇怪な物語となっています。

 大三島の大山祇神社の大祝の娘として生まれ、父と兄二人に慈しまれてきた鶴姫。しかし父は鶴姫が幼い頃に後を案じながら病没し、そして大内家の侵略の前に下の兄は戦死――悲しみに沈む鶴姫は、遊女に化けて大内家の船に近づき、単身乗り込んで大立ち回りを演じるのでした。
 三島大明神の化身を名乗り、次々と大内の兵を討っていく鶴姫。しかしそこに現れた鬼切丸の少年は、それが彼女の力ではなく、どんな願いも叶えるという大祝家の血のなせる業だと告げます。そしてそれは、例え鬼となろうとも彼女を守ろうと願った父と兄の願いだと……

 これまで作中に様々に登場してきた異能を持つ人間たち。その中でも本作の鶴姫とその家系は、極めて特異な力を持ちます。
 神に願うことにより、人では倒せぬはずの鬼すら倒す力を発揮する鶴姫たち。しかしその願いが誤って用いられたとしたら。いや、本人は誤ったつもりはなくとも、この世の摂理を捻じ曲げるものであるとしたら――後編では、最愛の人を得た鶴姫を襲う、さらなる悲劇が描かれます。

 鬼切丸ですら倒せぬ不死身の鬼を前に、鶴姫は何を願うのか――有名な鶴姫の悲恋伝説を背景にした結末からは、ただ運命の無惨というべきものが感じられます。


 続く『鬼々怪々姥ヶ火首』は、井原西鶴の「西鶴諸国ばなし」中の「身を捨てて油壺」に登場する姥ヶ火を題材とした物語です。

 河内国の暗峠に出没するという、不気味な老婆の死首の怪。鬼切丸の少年と出会った老婆は、己が妖となるまでの過去を語ります。
 美しかった娘が、山の神の祟りか次々と夫を失い、醜く老いさらばえた末に、油泥棒と誤認されて射殺され、その首が妖と化す――という語りは、実はほぼ原典通りの内容。一体このどこに鬼が絡むのか――と思いきや、老婆の語りに対する少年の指摘が、全く異なる物語を浮かび上がらせます。

 同様の趣向はこれまでもありましたが、題材の無惨さだけにどんでん返しが際立ちます。


 そして最後の『天誅鬼仏罰』前後編は、応仁の乱の頃の荒廃した時代を背景に、少年が奇跡的な力を持つ一人の男と出会ったことから物語は始まります。

 その男とは、鬼を読経によって鎮め、勾玉と変える力を持つ僧・光道。鬼となった人に対しても慈悲の心を失わない光道は、所属する醍醐寺に勾玉を収め、供養しようとしていたのです。
 人の醜さをいやというほど見てきた少年が、見たことがないほどの利他心を持つ光道に驚く少年。しかし彼の人間不信の念を裏付けるように、光道の力は他者に利用され、次々と惨劇を引き起こすことに……

 室町時代に実際に起きた(と言われる)二つの寺による呪詛事件を題材とした本作。作中で描かれるその模様は、人を救うべき寺が人を呪い殺すという驚くべきものですが――そんな地獄絵図の中でも、なおも輝く人の心の存在を物語は描きます。
 それはやがて、鬼を滅する人間の誕生を、少年にとっての希望を予告するものとも見えるのですが――最後に語られる『鬼切丸』とのリンクに愕然とさせられます。そういえば確かに勾玉でしたが、しかしあれが希望かといえば……


 なお、巻末の掌編『犬神使い鬼追憶の章』には、以前(第七巻)に登場した犬神使いの兄妹が少し成長した姿で登場。タイトルの通り、以前出会った鬼切丸の少年のことを語り合うのですが――ここで妹の八重が見つけた少年の秘密がこう、微笑ましいというかなんというか……
 前巻の巻末の掌編同様、やはりわかる人にはバレバレなのねと、悲しい物語の連続の中で、少しだけホッとさせられます。


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2024.11.28

怪談好きのお嬢様が追う白い幽霊の謎 波津彬子『お嬢様のお気に入り』

 端正な不思議の世界を描かせれば右に出るものがいない作者が、オリジナルの原案を迎えて描くという一風変わったスタイルの――しかし変わらない魅力の連作集です。19世紀末のイギリスを舞台に、怪談好きのお嬢様・キャロラインが、様々な騒動に巻き込まれる姿を描きます。

 新興ブルジョアジーの父と、没落貴族の母の間に生まれたお嬢様のキャロライン。彼女のお気に入りの物語はウォルポールのゴシック小説『オトラント城奇譚』――そう、彼女は怪談やおとぎ話といった、怖い話や不思議な話がお気に入りなのです。
 キャロラインがそんな好みになったのは、母の実家から仕えている執事のロバートの趣味。持ち前の好奇心から様々な騒動を引き起こして怒られたり落ち込んだり、眠れない夜を迎えるたびに、彼女はロバートに物語をねだるのです。

 やがてキャロラインが興味を持ったのは、かつてロバートが母の実家の城で目撃したという――そして彼女が自邸でも目撃した「白い貴婦人の幽霊」。美しいレディに成長した後も、彼女はその幽霊の謎を追いかけるのですが……


 日本を舞台とした作品と同程度以上に、イギリスを舞台とした作品も多いのではないかという印象もある(のは『うるわしの英国シリーズ』のためかもしれませんが)作者ですが、本作もその一つとなります。
 舞台は19世紀末の新興富裕層の家庭、広大な屋敷に住んで執事や大勢の使用人がいて――と、我々が想像する「豊かな英国」のイメージを具現化したような世界を舞台としつつ、恐ろしくも魅力的怪談をメインとした物語が展開していくことになります。

 第二巻までの基本的な物語の流れは、好奇心旺盛かつおてんばなキャロラインが、その生活の中でちょっとした事件に出会い(多くの場合は彼女が騒動を起こすのですが)、その結果、夜眠れなくなったところに、執事のロバートに怪談話をねだって――という展開。
 つまりメインとなるキャロラインの物語の中に、別の怪談が挿入され、そしてそれがキャロラインの物語にも影響していくという構造となっています。

 元々作者の作品では、恐ろしいものと美しいもの、物悲しいものと微笑ましいものといったように、様々な、時に相反する要素が入り混じり、複雑で豊かな味わいを生み出しています。
 作者の作品は、これまで古今の名作を原作として漫画化することはあっても、オリジナルの原案がつくという形式はほとんどなかったのではないかと思いますか――本作においては、この形式と物語構造が噛み合って、これまでになかった妙味が生まれていると感じます。

 個人的には、キャロラインの周囲の人々が、個性的ではあっても基本的に愛情豊かな善人ばかりで、それが一種の人情話的とでもいいましょうか、強い温かみを持った物語に繋がっていくのが心に残りました。


 さて、本作は全三巻ですが、最終巻となる第三巻では、キャロラインの成長した姿が描かれ、物語もこれまでとは少々異なる展開となります。
 そこで描かれるのは、キャロラインの母の城で長きに渡り語り継がれてきた「白い貴婦人の幽霊」の謎。この物語の冒頭から、幾度か登場してきたこの幽霊の正体は、そして彼女はどのような想いを秘めているのか――その謎解きとともに、物語は大団円を迎えます。

 この辺りの展開は、正直なところ、少々出来過ぎに感じる部分もあります。(もっとも、終盤に登場するある人物の描き方はかなりユニークで意表を突かれましたが)。
 しかしキャロラインが愛してきたおとぎ話のように「めでたしめでたし」となった物語の後味は非常に心地よく、本作の結末に相応しいものであることは、間違いないでしょう。分量こそ多くはありませんが、愛すべき作品です。


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2024.11.20

総司の秘密、山南の秘密 安田剛士『青のミブロ 新選組編』第2巻

 アニメも現在放送中の『青のミブロ』、原作の方は新選組編として新章が展開しています。岡田以蔵との死闘の後、将軍の再上洛に合わせて大坂に向かった新選組。そこで、新選組の未来に関わりかねない一つの事件が起きることに……

 芹沢の死を経て、新選組として新たな道を歩むことになったミブロ。新たに多くの隊士が加わった一方、にお・太郎・はじめはそれぞれに実力を花開かせ、鎬を削ります。
 そんな中、京で次々と新選組隊士を襲う剣士、その名は岡田伊蔵――総身に知恵は回りかねているような男ながら、異常なまでの技を見せる相手に、沖田総司は互角以上の剣を振るって追い詰めるのですが……

 と、そんな戦いの最中に、以蔵に対して「気持ちはわかります 私も同じ天の失敗作ですから」と謎めいた言葉をかけた総司。この巻の冒頭では、そこに秘められた総司の隠された部分が語られることになります。
 本作においては、春画集めが趣味と、少々意外な側面が語られていた総司。しかしここで語られる過去は、その趣味の理由であると同時に、普段から能天気とも取れるような態度を取る総司の中に隠されていた、極めて深刻な秘密を描き出します。

 しかしそれを深刻なだけでは終わらせず、
一つの救いと、そこから始まる新たな――そして現在に至る関係性を描いてみせるのは、本作ならではのドラマ性というべきでしょう。


 そして続くエピソードでは、野口健司の切腹が描かれます。芹沢派でありながらも暗殺を逃れた彼は、最後の芹沢派というべき存在ですが――史実では芹沢暗殺の数ヶ月後によくわからない理由で切腹させられた彼の最期を、本作は独自の解釈で描きます。

 本作においては、暗殺の際に見逃される――別の任務を与えられる形で外され、難を逃れた野口。しかし彼は隊の金を使い込むという意外な行動に出ます。もちろんこれは御法度で切腹もの、驚く周囲に対し、彼は土方と二人で話したいと告げます。
 しかしそこに現れた沖田は、意外な指摘を――と、予想もしていなかったような展開が続くことになります。

 思えば本作の野口は、土方の男ぶりに感動し、強く憧れる姿が描かれていた男。その彼が何故このような挙に出て、そして最期に何を語るのか――そこで描かれる泣きのドラマは、また本作らしいというほかありません。
 そしてそれだけでなく、この事態の下で総司が、藤堂が、永倉が、原田が(芹沢暗殺以降、しばしば意外な顔を見せのには驚かされます)、そして太郎が、はじめが、におが――隊士それぞれが、この悲劇に対して違う反応を見せる姿も、強く印象に残ります。

 それは大げさに言えば新選組が一枚岩ではない証なのかもしれません。そして史実を知っていれば、そこに悲劇の萌芽を見ることも難しくはありません。しかしそれもまた、間違いなく今の彼らの姿であり――それをこのような形で切り取ってみせるのに驚かされるのです。


 しかし野口切腹の際に、一人だけ自分の想いを明らかにしなかった、いやさせてもらえなかった人物がいます。それは山南――本作においては(大抵の新選組ものでもそうなのですが)温厚な良識派であり、それだけにその言動には重みが生まれてしまう立ち位置となった彼に、この巻の後半では脚光が当てられることになります。

 におたちにとっては旧知の間柄である将軍家茂の再上洛に伴い、大坂警護を命じられることになった新選組。そんなある晩、巡回中の山南と総司、そしてにおは、ある商家に賊が押し入ったことを知ります。商家――岩城升屋に。
 新選組ファン、いや山南ファンはその名を聞いたとき、特別の感慨があるのではないでしょうか。というのも、この岩城升屋での一件は、山南の数少ない剣を取っての逸話であると同時に、彼のその後の運命にも影響を与えた(とも言われている)のですから……

 そして本作において描かれるそれは、こちらの想像以上に凄惨なものであると同時に、彼の意外な秘密が描かれることになります。
 そしてこの事件が、山南の意外な変化に繋がっていくようなのですが――この巻の時点ではその内容は予想もできないものの、事件の直後に彼が見せたあまりに唐突な(登場人物だけでなく、こちらも驚かされる)行動をみれば、その一端が感じられます。
(ただ、同じ巻に二人、傾向の似た秘密が描かれるのはどうかな、という気はしますが……)

 そしてこの山南の変化が、新選組最大の事件に繋がっていくのですが――それは次の巻で。


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