2020.07.03

吉川景都『鬼を飼う』第7巻 大団円 この世界に生きる同じ「いきもの」たちを描く物語

 神話や伝説に登場する様々な妖怪や魔物たちを思わせる幻の獣たち・奇獣との出会いと戦いの物語『鬼を飼う』も、ついにこの第7巻で完結であります。恐るべき力を持つ伝説の奇獣「ナンバー04」の行方は、奇獣商ザイードの目的とは。そして全ての謎と因縁が解き明かされた時、鷹名とアリスの運命は……

 恐るべき殺傷力を持ち、奇獣を食うと言われる「ナンバー04」。かつて日露の戦場でこの奇獣と遭遇し、友人であった三条を殺されて以来、それを追うことのみを目的として来て生きてきた四王天、この04の力を手に入れてクーデターを起こそうとする宍戸、04を求めて日本政府に接近し暗躍するザイード……
 彼ら04を巡る者たちの戦いは、鷹名と司、「夜叉」の面々、マルグリッド、天久と徳永、そして何よりもアリスを巻き込んで、いよいよ決戦に臨むことになります。

 そんな中、ついに異形の奇獣・スキュラと化したアリスと、それでも彼女を受入れ、共に在ろうとする鷹名。しかし何故か彼女を執拗に狙う宍戸にアリスを連れ去られ、四王天と夜叉、鷹名たちは予測される次の04出現場所――富士山麓に向かうのでした。
 そしてそこで待ち受けるザイードと宍戸と対峙した時、ついに出現する04。

 果たして04の正体とは。宍戸の、ザイードの真実とは。そして人間と奇獣の運命は。決戦の地で、全ての真実が明かされた時、アリスと鷹名の選ぶ道は……


 かくて本作は、まさに「大団円」と呼ぶべき結末を迎えることになりました。

 前巻の紹介でも述べたように、終盤に来て、一気に一点に収束していくこととなった作中の要素や登場人物。その収束点こそがナンバー04であり――そして出現の地であることは言うまでもありません。
 そこで次々と明かされていくのは、登場人物たちの、そして物語に散りばめられた秘密また秘密――それが明かされていくたびに、パズルのピースが一つ一つ嵌っていくように、巨大な絵が浮かびあがる様は、まさに伝奇物語の醍醐味というほかありません。

 しかし、それは同時にまったく紹介者泣かせであります。何しろ物語のほとんど全てが秘密でできているようなもので、読みどころを紹介することができないのですから……
(それでも、無力に見えたあの人物が、その背負わされた過酷な運命の力で一矢報いた場面、そして最終決戦の最後の最後で逆転の鍵となったのが、今となっては実に懐かしいものであった場面にはグッと来た――と言うのは許されるでしょう)

 そのため、あいまいな表現となってしまい恐縮ではありますが――しかし鷹名とアリスの物語の結末には触れないわけにはいかないでしょう。
 希少な鬼飼血統の末裔として生まれた鷹名と、奇獣スキュラの幼生であるアリス。二人の出会いから始まった物語は、同じ二人によって幕を閉じることとなります。それがどのような形となったのか――その詳細は述べられませんが、そこに一抹の寂しさが伴うものであったことは否定できません。

 しかしそれを「運命」と評するつもりはありません。ここで二人が選んだ道は、そんなものに――すなわち二人が持って生まれたものに流されたのではなく、これまでの出会いから二人が感じたもの、二人の中に生まれたものを受け止めた上で、自分たちで選んだものなのですから。
 その二人の選択とそこにある意志は、あるいは未来への希望ということができるでしょう。そしてその点において二人の物語は、本作のもう一方の軸でありながら、初めから過去に因われ続け、奇獣に挑み続けた四王天の物語と対象的なものであると感じます。

 そしてまた、その二人の選択に、我々読者の分身とも言うべき司――鷹名に振り回され、その後をついていくのがやっとであった愛すべき凡人の存在が、決して意味がないものではなかったと感じるのも、決して故なきことではないでしょう。


 かくて物語は終わりを告げました。しかしその結末の先には我々の世界が存在します。そしてそのどこかには――そう考える時、どこかホッとした気分になるのは私だけではないでしょう。

 「実在の」妖怪や魔物たちを題材にしつつも、そこに新たな命を与え、既存の神話や伝説とは異なる伝奇物語を生み出してみせる――それだけでなく、同じ世界で暮らすごく普通の人々の姿をも同時に描いてみせた本作。この結末は、そんな物語だからこそ辿り着けたものであると感じられます。
 この世界に生きる同じ「いきもの」たちを描いた物語として……


『鬼を飼う』第7巻(吉川景都 少年画報社ヤングキングコミックス) Amazon


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2020.06.28

木原敏江『王朝モザイク』 身分違いの恋に挑む男女のおとぎ話と現実

 大ベテラン・木原敏江の最新作は、平安時代を舞台とした、男女の身分違いの恋を描く短編集。古典をモチーフとした、内容豊かな三つの物語が収録されています。

 かつて身分の違いから仲を引き裂かれ、行方不明となっていた初恋の人・沙魚と再会した検非違使の然示郎。しかし彼女は自分を治部大輔の萌に仕える上臈・水無瀬と名乗り、然示郎など知らぬ素振りを見せるのでした。
 その晩、鮮やかな手口で京を騒がす夜盗団・梟党を追った然示郎は、首領と一騎打ちの末に手傷を追わせ、後を追うのですが――血の跡を辿っていけば、そこは萌の屋敷。屋敷を調べた然示郎がそこで見たものは……

 というあらすじの第一話。古今著聞集のある説話を題材としているこのエピソードは、物語展開的には途中まで(モチーフがある部分まで)はすぐ予想できるのですが、むしろそこからが物語の本題とすら感じられます。

 生死も不明だった初恋の女性と再会するも、その意外な姿を知った然示郎。しかし今度こそは彼女への愛を貫こうとある場所に向かった彼は、そこである意外な人物と出会い、選択を迫られるのです。
 そこで描かれるのは、青春との決別とでもいうべきシチュエーション。もちろんそれは、この物語ならではの特異なものではあるのですが――しかし同時に、誰でも多かれ少なかれ覚えのある痛みが胸に甦るのは、作者ならではの筆の冴えと言うべきでしょう。


 一方、第二話で描かれるのは、両親を亡くし、我が物顔に振る舞う後見人の叔父夫婦と共に暮らす姫君・揺良の物語であります。

 体が弱く夢見がちな彼女が、重陽の晩に出会った青年・定章。菊の香に誘われて屋敷に入り込んだ彼とたちまちのうちに恋に落ちる揺良ですが、叔父は地下の身分である定章を認めず、二人を引き裂こうとするのでした。
 折しも美濃介として赴任することとなった定章。悩む彼に、揺良は自分の家に結婚にまつわるある掟があると語るのですが……

 と、こちらはお伽草子の、菊の精が変じた公達との悲恋に泣いた姫君を題材とした物語。しかしここではあくまでも生身の男女の物語が描かれることになります(内容的には原典のその後とも取れる設定なのが面白い)。
 悲恋に泣くだけでなく、何とか自分たちの道を切り開こうとドラマチックに奮闘する二人の姿は、ある意味実に作者の作品らしいと感じさせられます。

 こちらもある程度予想できる展開であり、それがいかにも「おとぎ話」的な物語なのですが――しかしラスト数ページで、我々はその先の現実を突きつけられることとなります。
 それは哀しく切なく、しかしある意味避けようのない現実ですが――しかしそれを敢えて描くことにより、本作は「おとぎ話」の意味を、現実に対する一つの救いとして提示しているように感じられます。


 そして前後編構成の最終話は、今昔物語の女盗賊の説話と、鬼女・紅葉伝説を織り交ぜてモチーフとした物語にして、第一話のその後の物語でもあります。

 上役から信濃国までお忍びの旅をする大納言の姫君・皓の護衛を命じられた然示郎。しかし然示郎の前に現れた彼女は、男装の上に剣の達人という個性的な少女でありました。
 身分違いの恋の末に恋人と引き裂かれ、その後病に倒れて亡くなった義兄の形見を、信濃にいるという恋人・楓に届けるという皓。しかし信濃に辿り着いてみれば、楓の実家は国司に謀反人の罪を着せられ、滅ぼされてしまったというではありませんか。

 さらに近頃は鬼もみじ党なる野党が出没し、国司の蔵を荒らし回っていると聞かされた二人。それでも楓の手がかりを求めて山に分け入った二人の前に現れたのは……

 悲しい別れを経験した然示郎の前に現れた、型破りで明るい姫君――とくれば、当然新しい恋の予感ですが、しかし検非違使と大納言の姫君では、身分が違いすぎるのは言うまでもありません(以前は自分の方が身分が高かった彼が今度は逆になるというのも皮肉)。
 この物語はそんな二人の姿を縦糸に、そして野盗団を率いる鬼女・紅葉の復讐譚を横糸に展開するのですが――入り組んだ様々な要素を破綻なくまとめ、波乱万丈な物語を織りなしてみせたのは、やはり見事と言うほかありません。(さらにそこに、然示郎たちだけでなく、幾人もの身分違いの恋が織り交ぜられているのにも嘆息させられます)

 そしてそんな物語の先に待つ結末は――これは言うまでもありませんが、しかし同時に語られるのは一見無常な現実を感じさせる言葉。
 しかしそれは、第三話のみならず、本書に登場した男女たちのおとぎ話が、現実の歴史の中に確かに息づいていることを一種逆説的に語る見事な結びであると――そう私は感じます。


『王朝モザイク』(木原敏江 集英社マーガレットコミックス) Amazon

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2020.06.27

横山光輝『伊賀の影丸 土蜘蛛五人衆の巻』 影丸の「私闘」と彼の人間味と

 半蔵屋敷の門に打ち付けられた影丸の名の藁人形――それは秋月藩での事件で影丸らに壊滅させられた土蜘蛛党の残党、小頭五人衆の仕業だった。狙われているのは自分一人だと単身戦おうとした影丸は手傷を、彼を守るべく配置された精鋭たちも、度重なる攻撃に次々と倒されていく……

 『伊賀の影丸』全エピソード紹介も(長編は)残すところあと二回。今回は(も)異色のエピソード『土蜘蛛五人衆の巻』であります。

 一つ前のエピソード『邪鬼秘帳の巻』で、悪人・黒木弾正に雇われて暗躍した末、影丸に首領・幻斎坊を倒されて壊滅したかに思われた土蜘蛛党。しかし小頭五人――金目・猿彦・勘助・左京・竜三郎――が生き残り、影丸に復讐をせんと江戸に現れたのです。
 夜毎半蔵屋敷に呪いの藁人形を打ち付けていくという、陰湿極まりない嫌がらせを行う五人衆。もちろんそれを黙って見逃せるはずもなく、名指しされた影丸は真っ先に追うのですが――敵の秘術の前に、木の葉隠れの術で痛み分けに持ち込むのがやっとという有様であります。

 かくて半蔵は影丸警護のため、頑鉄・弓彦・善鬼・村雨源太郎の四人の精鋭を選び出し、ここに影丸を含めた五対五の戦いが始まるのですが……


 影丸たち公儀隠密と敵忍者のトーナメントバトルという点では、他のエピソードと大きく変わることはない――むしろかなりオーソドックスですらある今回のエピソード。

 しかし他と異なる特徴の一つは、他のエピソードからの連続性であります。
 本作では基本的に各エピソードは独立しており、共通する登場人物も影丸と半蔵のみ、あとごく僅かな例外が存在するだけですが――後はほとんど死んでしまうので――今回は上述の通り、明確に一つ前のエピソードの後日譚として設定されているのであります。
(しかし私が初めて読んだ秋田コミックスセレクト版では、『邪鬼秘帳』より先に収録されていたのが困ったもの)

 それだけでなく、今回は影丸側のキャラクターとして、『闇一族の巻』で生き残った村雨兄弟の二人、源太郎と十郎太が再登場。
 それもチョイ役ではなく、源太郎は代表選手として、その毒に強い体質を活かして敵の罠を破り、終盤に登場した十郎太も、最後の敵と一騎打ちする影丸を助ける役回りと、実に嬉しい活躍を見せてくれるのであります。

 この辺りは長きに渡るシリーズものならではと言えるかもしれませんが、この村雨兄弟の再登場は、次に述べるもう一つの特徴と繋がる点もあるのではないか――そう考えます。


 そのもう一つの特徴とは、今回のエピソードが、影丸の任務によるものではない――ある意味私闘である点であります。

 もちろん、影丸が五人衆に狙われるきっかけとなったのは、公儀隠密の任務の中で土蜘蛛党を壊滅させたためですが、しかしその後に復讐されることになったのは、これは相手の逆恨み。
 いちいち任務の結果で恨まれても――と作中で半蔵たちが困惑するのは、これは滅ぼした側の道理かもしれませんが(元々土蜘蛛党は、任務の際に儀式を行ったりと結社的な結びつきが強そうなのも理由のようにも思えます)、忍者としては当然の立場でしょう。

 何はともあれ、もちろん襲われたからには反撃しないわけにはいかないのですが、影丸にとってはそれは個人の事情で、すなわち私闘であり――だからこそ、今回の戦いで周囲に犠牲が出た際に、影丸はこれまでのエピソード以上に強い悲しみを見せ、そして強い闘志と憤りを見せていると感じられるのです。
(それは裏返せば、彼が任務の際にはひたすらドライに徹していることの現れでもあるのですが)

 しかし影丸はそんな戦いにおいて、決して孤独ではない。任務ではなく彼のために命を投げ出せるような仲間もいる――その現れが、村雨兄弟の存在であると感じられます。
 作中では珍しく自分の屋敷での描写があり、そして影丸が親しげに軽口まで叩く。そんな村雨兄弟の存在は、影丸の人間味を、そして彼に対する周囲の人間の情を示すものであり、そしてそれは復讐心や集団の掟で動いているであろう土蜘蛛五人衆と影丸の違いを示している――というのは牽強付会に過ぎるでしょうか。

 もちろん、影丸というキャラクターのこうした側面が、殺伐とした潰し合いの中で初めて描かれるというのは、ある意味実に本作らしいと感じますが……


『原作愛蔵版 伊賀の影丸』第8巻(横山光輝 講談社KCデラックス) Amazon

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2020.06.25

山口貴由『衛府の七忍』第9巻 激突、十大忍法vs時淀み 望みを巡る対決

 まつろわぬ者たちの代表者たち・怨身忍者が覇府=徳川幕府と対決する『衛府の七忍』の最新巻では、表紙の七忍勢揃いが示すように、この巻で最後の怨身忍者・雷鬼が登場することになります。その正体は雷小僧こと黒須京馬――真田十勇士の力を背負った彼は、魔剣豪・上泉信綱と激突することに……

 大坂夏の陣で真田幸村に従い、六人までが討ち死にを遂げた真田十勇士。信州上田城のに現れたその生き残り、猿飛佐助・霧隠才蔵・筧十蔵・穴山小助の四人の前に立ち塞がったのは、十勇士の弟分であった少年忍者・黒須京馬であります。
 主命によって佐助たちに挑む京馬は、大忍法「淤能碁呂」を用いると宣言。しかし次の瞬間、彼の肉体はバラバラになって……

 そんな意表を突いた場面から始まるこの巻。佐助たちはその場から消え失せ、残されたのは無惨に京馬の体からもがれた肉片のみ――と、誰が見ても京馬が佐助たちに敗れ去ったと思われた時、その場に現れたのは謎の老剣士であります。
 周囲を取り囲む侍たちに一斉に槍で突かれながらも、一瞬にして侍たちを蹴散らしたその剣士の名は鬼哭隊・上泉信綱――史実であれば数十年前に亡くなっているはずの大剣豪ではありませんか。

 そして信綱がその眼力でもって見抜いたのは、意外な場所に隠れていた京馬の存在。実は京馬は、大忍法「淤能碁呂」によって十勇士の体の各部分を移植されることにより、彼らの忍法を体得しようとしていたのであります。
 いまだ忍法が完成せぬまま捕らえられ、鬼哭隊の前線基地・鬼哭塔に捕らえられた京馬。しかしやがてその身に、十勇士たちの忍法が宿り……

 と、この巻で描かれるのは、十勇士の忍法を意外な形で受け継ぐこととなった(「淤能碁呂」の意味に感心!)京馬と信綱の激突。
 信綱といえば言うまでもなく日本剣法の祖の一人というビッグネームですが、本作では間合いの内の時間の流れを遅らせる「時淀み」を操る魔剣豪として描かれることになります。

 いや、時を淀ませるのは信綱の方ではなくて――とツッコミたくなりますがそれはさておき、これに抗する京馬の方も、一度は捕らわれの身になりつつも、次々と時満ちて宿る十勇士の力を借りて大反撃!
 と、ほとんど十勇士の忍法紹介でこの巻は終始した印象すらありますが、しかし京馬と信綱は、意外な形で対比されることになるのであります。


 この巻の中で「魔剣豪鬼譚」として描かれる信綱の過去。それは史実の信綱の姿をなぞりつつも、大きく途中で姿を変えることになります。
 信玄との絶望的な戦いの最中、陰流の奥義と言うべき時淀みの境地に至った信綱。しかしその無敵の力は、武士の望みの一切を、「命よりやんごとなきもの」を捧げることで授かった霊力であり――それは信綱を他者と隔て、ただ鬼との戦いに駆り立てるものでありました。

 望み――言い替えれば人として生きる理由。本作の信綱は、己の生の上での一切の望みを失った者であり――それに対して京馬は、ただこの一瞬に自分の生を燃やし尽くすことのみを望む者と言えるでしょう。
 共に明日のない身――といってもその意味は大きく違うのですが――でありつつも、その望みは、生の在り方は全く異なる二人。ここで描かれるのは、そんなある意味対極にある二人の激突なのであります。

 そして信綱の時淀みと、京馬の鬼噛みと――ある意味ネタ的な組み合わせではありますが――二人を象徴する技は、そのままそんな二人の生をも象徴しているとすら感じられるのであります。


 しかし京馬には、十勇士から与えられた新たな生が、託された望みがあります。彼はある意味十勇士の「子」であり――もはや子を抱くこともできなくなった信綱とここでも対極にある――そして最後の怨身忍者・雷鬼として生まれ変わったのですから。
 そしてその京馬=雷鬼の前に現れるのは、六人の鬼たちの幻。何とも胸躍る場面ですが、現実に彼らが出会うことも、おそらく遠い先のことではないと感じられます。

 いよいよ本作も折り返し地点と言うべきでしょうか。


『衛府の七忍』第9巻(山口貴由 秋田書店チャンピオンREDコミックス) Amazon

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2020.06.21

「コミック乱ツインズ」2020年7月号(その二)

 白熱の激闘が続く「コミック乱ツインズ」7月号の紹介後編であります。今回紹介する作品も、激闘死闘の連続であります。

『暁の犬』(高瀬理恵&鳥羽亮)
 文字通りの死闘の末に、ターゲットの一人を倒した佐内と根岸のコンビ。報酬を受け取りに益子屋を訪れた二人ですが、佐内は益子屋に、依頼人である水野家江戸家老・拝郷との関係を問うことになります。そして同じ頃、BL侍こと水野家徒目付・相良も、拝郷に益子屋との関係を問うのですが……

 言われてみればなるほど不思議ではある、益子屋と拝郷の出会いが語られる今回。大藩の家老と口入れ屋――それも裏稼業まで持っている男(怖いなあ人材派遣会社)が、直接の繋がりを持っているのは、尋常ではありませんが、そこに更に、佐内の父・小野寺友右衛門が関わるのですから見逃せません。
 これまでは凄惨な骸となった姿ばかり印象に残る友右衛門ですが、在りし日の姿は、佐内から甘さを抜いた渋みを足したような壮漢。そしてその腕前は――まさしく剛剣と呼ぶべき凄まじさであります。

 そして自分と水野家の関わりが、ある種因縁めいたものと知った佐内ですが……


『カムヤライド』(久正人)
 アマツ・ミラール、アマツ・ノリットの急襲に、甚大な被害を受けたヤマト。我等がカムヤライドは深手を負い、オトタチバナ・メタルも倒れた窮地で、黒盾隊を率いてミラーるに挑むヤマトタケルは、出雲に現れた国津神の一部である剣で反撃に転じるのですが――しかしその剣は、かつてイズモタケルを怪物に変えかけた代物。人間が手にすれば、国津神の一部として吸収されてしまう――はずが、逆に剣を吸収したかのような異形の姿に……

 光の巨人――ではないものの、そんな感じになりそうなヤマトタケルにミラールが畏れを感じる一方、カムヤライドは、己の体を全く顧みない、最終回のようなバトルでノリットに肉薄。その執念すら感じさせる凄まじさがノリットを捉えたかに見えたとき――それぞれの前に思わぬ存在が現れることになります。

 と、大波乱の末にひとまず水入りとなったヤマトでの戦い。思わぬ絆が生まれた一方で、さらに深まった謎もあり――そしてヒーローたちは深手を負ったままという状態で、この先物語はどこに向かうのか。特にモンコを巡る物語が気になるところであります。


『政宗さまと景綱くん』(重野なおき)
 ついに秀吉との面会を乗り切った政宗。しかし天下は既に秀吉の手に収まり、そしてその後も天運は政宗に味方せず、ついに大坂の陣に――と、いきなりこの回だけで25年の時が流れることとなりました。
 そして景綱も病に倒れ、戦国最後の戦というべき大坂の陣に政宗と共に臨むのはその息子・重綱――というわけで次回最終回であります。
(しかしこの展開だと、次回は同時に『真田魂』の最終回になるのでは……)


『仕掛人 藤枝梅安』(武村勇治&池波正太郎)
 ようやく小杉さんを捕まえ、一安心して温泉でのんびりしていた梅安ですが、そこに白子屋の配下・山城屋の刺客5人が襲いかかり、露天風呂はたちまち野郎大乱闘の場に――と色々な意味で危険極まりない展開から始まった今回。
 結局、小杉さんが右脇腹というかなりマズい位置を刺されながらも、敵の大半を仕留めるという大活躍を見せますが、もちろんその場に留まるわけにもいかず、また小杉さんの治療も必要であります。

 そんな中、梅安への刺客カップルの片割れ、田島一之助は、自分を置いて女に走った北山への怒りと、やけ食いのおかげで胃痙攣か何かを起こして勝手に窮地に――と、そこに偶然通りかかったのは、小杉さんとともに宿を変えた梅安。
 素性が判れば殺し合うしかない関係でありながら、相手の素性を知らぬまま、医者と患者という関係になった梅安と一之助。そこに北山が現れ、またもや修羅場の予感で次回に続きます。


 次号は久々に『そば屋幻庵』(かどたひろし&梶研吾)が登場。『勘定吟味役異聞』は次回休載ですが、壮絶な殺陣を描いた今号の次では人情ものとは――凄い描き分けだと感心いたします。


「コミック乱ツインズ」2020年7月号(リイド社) Amazon


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2020.06.20

「コミック乱ツインズ」2020年7月号(その一)

 「コミック乱ツインズ」誌も、号数の上では早くも後半戦の7月号。表紙は『鬼役』、巻頭カラーは『勘定吟味役異聞』ですが――内容の方は、夏の激闘号とでも呼びたくなるような激しい戦いを描いた作品が多く並んでおります。今回も印象に残った作品を一作品ずつご紹介いたしましょう。

『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 ついに余人を交えず決着の時を迎えた入江無手斎と浅山鬼伝斎。破れ寺を舞台に激しく切り結ぶ二人の勝負の行方は……
 と、物語的には二人がひたすら戦うのみというシンプルな今回。(無手斎の追想を除けば)登場人物もほとんど完全にこの二人のみという、ある意味異色の回なのですが――これが実に見事なのであります。

 巻頭カラーページの、落日を背に無手斎の前に立ちはだかる鬼伝斎という、一種荘厳さすら感じさせる画から一転、凄まじい迫力で襲いかかる鬼伝斎――という強烈な掴みから、時間を遡って当日朝の無手斎の死闘を前にしながらも恬然と日常を送る見事な挙措、そして決闘の場に至っての緊迫感溢れるにらみ合い(ここから冒頭の場面へ)という前半部分の丹念な構成にまず感心させられますが、ここから一気呵成の死闘がまた凄まじい。

 その一撃必殺ぶりが伝わってくるような鬼伝斎の豪剣の連続と、一瞬の隙をついての無手斎の反撃、そしてその合間の二人の思想と想念のぶつかり合い――圧巻と言うべきか、息つく暇もないというか、とにかく最強の剣士二人の決着回に相応しい壮絶な剣戟が、ここにはあります。
 この原作を漫画化した意味がここにある――とすら言いたくなる、素晴らしい回でした。いや凄いものを見ました。


『はんなり半次郎』(叶精作&篁千夏)
 狐狼狸(コレラ)の流行に対して、無病息災を祈る夜須礼祭に仮装で参加することとなった求善賈堂の面々と土方。歌舞伎役者の衣装を手がける職人に頼んだ装束を受け取りに向かった半次郎たちですが……

 冒頭、何故か全裸で眼病の手術を行う半次郎という謎のエピソードから始まった(と思ったら全裸に理屈付けがされていたのに吃驚)今回、どうなることやら――と思いきや、その後は半次郎や土方がちょっと目を疑うような凄い格好で暴れまわるというまさかのコスプレ回であります。
 シリアスな事態を前に、半次郎と土方がバラエティ番組なみの被りものをして、真剣な面持ちを見せる――という異次元空間にはもうどんな顔をすればよいのやら。ラストにはもう我々にはすっかりお馴染みのアレも登場して、時事ネタかつ何だかいい話に落とし込んでくるのもスゴいエピソードでした。


『いちげき』(松本次郎&永井義男)
 馴染みの女郎・ソノを自由にするために訪れた女郎屋で、宿敵・伊牟田と対峙することとなった丑五郎。もはや自分たちとソノ以外生あるものはいない女郎屋で、二人の最後の対決が始まることに……

 と、もはや自分の命(とソノ)以外失うものなどなくなった丑五郎と伊牟田の激突という、本作の最終章に相応しい殺伐極まりないシチュエーションで繰り広げられる今回。しかしこの明日なき決闘の前に、丑五郎が初めて伊牟田に自分たちの名――「いちげきひっさつたい」の名乗りを上げるのに泣かされます。
 そしてそれに対して、丑五郎たちの戦いを認め、正面から受けて立つ伊牟田も見事なのですが――そこから始まるマラソンバトルが、格好良さや冷静さとは無縁の、ひたすら泥臭い叩き潰しあいとなるのが、これまた実に本作らしいというほかありません。

 もはやなりふりかまわず、女郎屋を破壊しながら繰り広げられる死闘。その行きつく先は――まだまだ見えません。


 残りの作品は次回紹介いたします。


「コミック乱ツインズ」2020年7月号(リイド社) Amazon


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2020.06.07

安達智『あおのたつき』第3巻 魂の姿・想いの形と、魂の救い

 浮世と冥土の境に存在する「鎮守の社」の人間として、吉原で迷える魂を導く元遊女の「あお」の姿を描く時代ファンタジーの最新巻であります。死者と生者、人間と人外――様々な魂の姿が、この巻でも描かれることになります。

 生前は三浦屋を盛り上げた名花魁・濃紫と呼ばれながらも、如何なる故にか命を落とし、子供時代の姿となって鎮守の社を訪れたあお。そこで奉公人として雇われた彼女は、何だかんだと文句を言いつつも、迷える魂を導いていくことに……
 という基本設定の本作ですが、鬼の少年・鬼助とともにおつかいに出たあおが、冥土の吉原を見聞する中で、彼女自身の目的としてきたことを振り返る冒頭のエピソード「廓歩き」に続くのが「芥子坊主」であります。

 宮司の楽丸が二日酔いで寝込んでいるところに現れた芥子坊主の人形。亡くなったばかりで気持ちの整理がつかない子供の霊が姿を変えたこの人形を成仏させるため、あおは子供の母親がいるという現世の吉原の遊女屋に向かうことになります。
 しかし遊女屋で子を持つことを許されるのは、妓楼の主人か上級遊女のみ。しかしそのどちらの子でもない芥子坊主は一体何者なのか――何やら様子のおかしい芥子坊主を追いかけて遊女屋に入っていくあおが見たものは……

 あおが童女の姿となっているように、冥土では生前と異なる形となることが大半である魂の姿。それはその魂がかかえた「わだかまり」の現れでもあり、それを解き放つことが本作の主題といえます。
 言い替えればその魂が何故その姿をしているのか、そして本来は如何なる姿なのか――その謎を解くことが、魂を救うことに繋がるわけですが、このエピソードはその一種の謎解きが、最も見事に機能していると感じます。

 そもそも本来は子作りのための行為の場でありながら、子を生むことがほどんどタブーとされている吉原。その吉原で生まれた子とは何者なのか――という謎を追った末に、答えが明らかになった瞬間の驚きと感動は、直前の描写がホラーテイストであっただけに、非常に大きなものがあります。

 これは詳細は伏せさせていただきますが、○○好きの身としては、遊女と○○が想いを繋ぐというそれだけでもう鼻の奥がツンと来る状態。そこに本作ならではの見事にリアルな○○描写が加わって、これで泣かされないわけがありません。
 これはこれで見事な救いと言うべきラストのあおの粋な処し方も相まって、何とも後味の良いエピソードであります。


 一方、本書の後半に途中まで収録された「女郎蜘蛛」は、依頼人が生者――それも遣手婆という、何とも異色なエピソードであります。

 しかもその依頼人が持ち込んだのは、想いを寄せ合う花魁の新造と妓楼の若い衆を引き裂きたいという内容。
 なるほど、遊女屋内での恋愛は厳然たるタブーであり、それを破った者には凄惨な制裁が待ち受けているのが吉原の掟であります。現代の目から見れば当時の吉原の文化・しきたりは不可思議で、理不尽に感じられるものが多々ありますが、その最たるものかもしれません。

 それを何よりも良く知っているあおですが、しかしこの依頼にどこかやりきれないものを感じてしまう彼女の姿に、こちらも共感してしまうのですが――物語は途中から思わぬ方向に急展開。それがあまりに意外な方向かつ、正直に申し上げて何とも嫌悪感を催すものだけに、強烈なインパクトがあります。
(というか今回はどう考えても宮司が迂闊だったとしか)

 しかしここであおたちに突きつけられる一つの答えは、極めて身勝手なものでありつつも、同時にあおの感じたやりきれなさに応えるものでもあります。
 そしてまた、この事態を生んだ人物の想いを、単なる妄執として片付けてよいものなのか――その答えがこの先で描かれることでしょう。そこにやはりある種の「救い」があることを期待しつつ、次の巻を待ちたいと思います。


『あおのたつき』第3巻(安達智 DeNA) Amazon

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2020.06.05

楠桂『鬼切丸伝』第11巻 人と鬼と歴史と、そしてロマンスと

 不死身の鬼を唯一斬る力を持つ神器名剣・鬼切丸――その刀を持つ少年が、悠久の時の中で様々な人と鬼と出会う連作シリーズの最新巻であります。この巻は「戦国プリンセス特集」(あとがきより)として、戦国史の陰で泣いた女性たちの姿が描かれることになります。

 さて、3つのエピソードで構成されたこの巻の冒頭を飾るのは、土屋惣蔵昌恒と武田勝頼の妻・北条夫人を主人公とした「鬼一本腕千人斬り」であります。

 土屋昌恒といえば、武田家が天目山で滅びるその時まで、武田勝頼に仕えた忠臣中の忠臣。勝頼一行を逃がすため途中の崖道に一人残るや、片手で藤蔓に捕まり、残る片手で追っ手千人を斬って落としたという、片手千人斬りの巷説で知られた猛将です。
 片や北条夫人は、勝頼のもとに北条家から嫁いだ女性。北条氏康の六女というほかは、その名も伝わっていない女性であります。

 史実では家臣と主君の妻、共に天目山で亡くなったという以上の共通項を持たない二人ですが、本作では何と互いに慕いあっていたという設定。
 といっても一人政略結婚で武田家に入り、御館の乱で兄・上杉景虎を、夫の優柔不断さもあって失った孤独な婦人――いや年齢的には少女である北条夫人と、彼女の境遇に同情し、護ることを誓った昌恒という、むしろ精神的な結びつきなのですが……

 しかし武田家の落日が(あと「信勝くんの家庭の事情」による横恋慕が)二人の運命を狂わせ、そしてそれが鬼を生み出すことになって――という展開のこのエピソード。
 本作では、果たして誰が鬼となるのかという点が趣向の一つとなりますが、さてここで鬼になったのは誰であったか――皮肉かつ無惨、そして意外な結末が待つ物語であります。


 続く「武田松姫鬼恋情」は、時系列的には前話と重なる部分――というより武田家滅亡を背景とする点で、大きく重なる物語です。
 織田信忠と武田松姫――織田ロミオと武田ジュリエットというべき二人の戦国一の悲恋を題材としたこのエピソードですが、ユニークなのは、松姫を幽体離脱体質と設定していることでしょう。

 幼い頃、自らの魂を自在に肉体から飛ばして生き霊とする力を持つ松姫。そんなある日、鬼に襲われたところを鬼切丸の少年に救われ、生き霊はいともたやすく鬼と成ると警告された彼女は、以来生き霊を飛ばすのを控えるようになります。
 信忠恋しさに幾度かその禁を破った彼女ですが、しかし結ばれる寸前に信忠は二条城の炎に消え、松姫は八王子で信松尼として武田家の遺児たちを護り育てることに。しかし、やがてその彼女の周囲に鬼の影が……

 本作では、人は一度鬼となれば人には戻れず、そして鬼はほとんどの場合、鬼切丸の少年に斬られて滅びることになります。言い替えれば、史実上の人物が鬼となれば、そこで歴史から消えるほかないのであります。
 しかしここで鬼になると思しき松姫は天寿を全うしたはず――と思いきや、ここで本作ならではの設定が生きてくるのが実に面白い。

 そしてそれだけでなく、クライマックスには些か、いや相当に意外な展開が待ち受けており、今回もまた、人の情の皮肉さと強さに、鬼切丸の少年同様に驚かされるのです。
(にしても少年、松姫を煽るだけ煽った後に彼女がとった行動に、呆然と「やっちゃった……」という表情になるのが可笑しい)


 そしてラストの「黒百合鬼伝説」は、本能寺の変後の混乱期に、佐々成政が冬の立山佐良峠を越えて家康の元に向かった決死の「さらさら越え」にまつわる因縁譚を題材としたエピソード。
 そして題名の元である「黒百合伝説」とは、この出来事の直後、成政が懐妊した最愛の側室・早百合が不義密通し、腹の子も自分の子ではないという噂を信じ、彼女をを吊るし切りにしたという陰惨な伝説のことであります。

 後の成政の不遇はこの時の祟りである、ということで、いかにも本作に相応しい(?)因縁譚と感じられますが――しかしそれで終わらないのが本作らしい一捻り。
 成政の周囲で起きる怪異を引き起こしていたのは何者か、そして鬼切丸の少年の前に現れたのは――少年の境遇を知っていればなるほど、と頷ける展開は、人の愛の強さを何よりもはっきりと浮き彫りにしているといえるでしょう。
(そして今回もそれに驚く少年の表情が……)


 以上、いずれも人の愛の儚さと強さ、皮肉さと哀しさを描いた物語が揃ったこの巻。人と鬼と歴史の物語には、やはり同時にロマンスがよく似合うと、再確認させられた次第です。


『鬼切丸伝』第11巻(楠桂 リイド社SPコミックス) Amazon


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2020.06.04

吉川景都『鬼を飼う』第6巻 結末目前、収束する奇獣を巡る運命

 奇怪な姿と奇妙な能力を持つ幻の獣・奇獣を巡る物語もいよいよクライマックス。2ヶ月連続刊行の第6巻と第7巻で、『鬼を飼う』も完結であります。奉天と東京で繰り広げられていた奇獣を巡る事件はついに一つに収束し、結末に向けて動き出すことに……

 本郷の奇獣商・四王天と、彼の店に入り浸る帝大生・鷹名の周囲で次々と起きる奇獣絡みの事件。彼らや、特高の対奇獣部隊「夜叉」を巻き込んでいく事件の背後には、奉天の怪軍人・宍戸の存在がありました。
 奉天の奇獣商・琳花と結び、奇獣の軍事利用のために暗躍する宍戸。奇獣「ナンバー04」――150年前に目撃されて以来、消息不明であり、恐るべき殺傷力を持つという奇獣の確保が真の狙いであった宍戸は、奇獣商の元締め・ザイードと手を組み、ナンバー04確保に向けて動き出すのでした。

 一方、ナンバー04と深い因縁を持つ四王天も、自分の残りの人生を賭けてこれを追い、実は父が四王天の親友だった夜叉の隊長・三条もまた、不承不承ながら彼と協力することになります。
 そして宍戸の放った奇獣の毒に倒れたアリスと、彼女を救わんとする鷹名と司。自分の運命を狂わせた奇獣を奉天で追う新聞記者・天久と彼を助けようとする中国人姉弟。日本で独自に奇獣を追う天久の親友・徳永と(元)女給の竜江。夜叉の後ろ盾であり、今はザイードの傀儡となりつつある日本政府の六人会議……

 奇獣を追い求め、翻弄されてきた人々の運命が、いよいよ一点に向かい動き始めたのであります。


 かくて、結末に向けて怒濤の如く動き出した感のある本作。事ここに至れば、当初のような奇獣を巡る人情味のある奇譚・怪異譚の要素はほとんどなくなり(この巻の巻末の番外編にそれは残ってはいるのですが)、鷹名と司のコンビの出番もかなり少なくなっているのは少々残念ではあります。

 しかし、これまで物語に登場してきた身分や職業、人種もバラバラな人々の運命が思わぬところで結び付き、物語を貫く秘密に真実の光を当てていく様こそは、伝奇ものの王道。そしてこの巻に横溢しているのは、まさにその伝奇ものの醍醐味であります。
(以前も述べましたが、正直なところ、本作が始まった当初はここまでストレートな、そしてオリジナリティ溢れる伝奇ものになるとは思いもよりませんでした)


 そしてそんなこの巻において、最も印象に残るのは、いまや物語の一つの極とも言うべき(より正確には極であることを隠さなくなった)四王天の過去でしょう。
 これまで断片的に描かれてきた彼の過去――数少ない親友との交流や三条との因縁、そして何よりも、彼が何故奇獣商となったかを描くこのエピソードは、まさしくこの物語の基点を成すものというべきでしょう。

 しかしその一方で、本作にはもう一つの極が――すなわちアリスと鷹名の存在があります。

 四王天にとっては、そしてナンバー04を巡る物語においては、ある意味イレギュラーな存在である二人。そして四王天の物語が過去に縛られているとすれば、二人にはこの先の未来があるという点で、対極的と言えるかもしれません。
 しかし同時に、アリスと鷹名の物語には、未来という言葉とは裏腹の常に暗い影が――血と死の影がつきまとってきたのもまた事実であります。

 果たして二人の迎える未来が如何なるものなのか、いやそもそも二人に未来はあるのか――いや、二人に限らず、全ての登場人物たちの物語がいかなる未来を、結末を迎えるのか。
 残すところあと一巻、少しでも笑顔のある結末を期待したいのですが……


『鬼を飼う』第6巻(吉川景都 少年画報社ヤングキングコミックス) Amazon

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2020.06.03

岡本千紘『鬼切の綱』 鬼退治の勇士と鬼の奇妙な幻想譚

 源頼光配下の四天王の一人として、大江山の酒呑童子退治でも活躍した渡辺綱。手にした名刀・鬼切によって数々の鬼を斬ってきた綱だが、その鬼切には妖艶な鬼・薔薇が憑いていた。薔薇とともに、綱は平安京に跳梁する怪異と対峙する。

 平安時代を舞台とした妖怪退治もの、それも武士が主人公といえば、かなりの確率で登場するのが源頼光と頼光四天王――渡辺綱・坂田金時・碓井貞光・占部季武の面々であります。
 『古今著聞集』『今昔物語集』など題材には事欠かないだけに、彼らの活躍は今なお様々な形で描かれているのですが――本作はその一つでありつつも、一風変わったアプローチの作品であります。


 頼光の下で仲間たちとともに様々な怪異と戦い、その人ありと知られた渡辺綱。しかし彼や仲間たちももう四十路に入り、大江山の酒呑童子討伐を最後に、京で小悪党を取り締まる毎日――のはずが、羅生門で鬼が人を喰らった、江口で橋姫が男を取り殺した等々、怪異の噂があれば呼び出されることになります。

 そんな彼の相棒(?)は、奇縁によって頼光から託された名刀・鬼切に憑いた鬼神・薔薇――月白の髪、瑠璃の瞳、薔薇のような紅い唇の、妖しくも清らかな姿の鬼であります。
 綱の血を好むこの薔薇とともに、様々な怪異に挑む綱――本作は、そんなコンビの姿を描く短編連作集です。


 と書くと、あたかも派手な伝奇活劇のように思えるかもしれませんが、本作で綴られるのはむしろ静かで、時に淡々とした味わいの、そして時に鮮やかに美しい、そんな物語であります。

 本作における綱は、数々の武名を挙げてきた勇者でありつつも、どこか甘く、優しい人物。人を害するような鬼を前にしたとしても、必ずしもそれを滅ぼすのを良しとしない男であります。
 その最たるものが、薔薇との関係でしょう。本来であれば、鬼切で斬られるべき強大な鬼であり、そして本人もそれを望む薔薇。それに対して別の形の償いを与えようとする綱のお人好しとすら言える姿が、本作の独特の味わいを生み出しているとも言えるでしょう。
(そして綱と薔薇には実は一つの因縁があるのですが、それと密接に結びつく薔薇の「正体」は、本作最大の伝奇要素でもあります)

 もっとも、その綱と薔薇の関係性が突き進んで、妖しいムードが漂いまくっている――血を(時には指の傷から直接)呑ませて「旨いか」「旨い」というのが定番のやりとりになっていたり――のはやりすぎ感がなくもありません。
 また、全体のボリューム自体が少ないところに全8話という構成のため、個々のエピソードが食い足りない部分があるのも正直なところでしょう。

 もっとも、そのサラリとした部分が得難いところではあって、特にラストの綱と先祖の源融のエピソードなど、クライマックスの幻想的な場面転換の、何ともいえぬ味わいがあるのもまた事実であります。
 繰り返しになりますが、派手な伝奇活劇ではなく、ちょっと耽美で幻想的な物語が好きな人向けの作品と言えるでしょう。


『鬼切りの綱』(岡本千紘 二見サラ文庫) Amazon

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