2024.11.04

『青のミブロ』 第2話「泣いていい世界」/第3話「魂の在り処」

 ミブロの一員として、鬼の棲み家と恐れられていた屯所に足を踏み入れたにお。そこに集う若者たちは、世評と裏腹に賑やかな面々だった。しかしその一人・芹沢は、宴会の帰りに隊士の一人を殺害、その始末をにおと同年代の少年・太郎に押し付ける。その命令に従う太郎の行動に驚くにおだが……

 アニメ版『青のミブロ』第二話・第三話をまとめて紹介。におが壬生浪士組に加わるまでを描くプロローグ的内容であった第一話に続き、第二話ではOPで顔を見せているミブロのメンバーたちがいよいよ登場することになります。

 ここで突然相撲大会を始めてしまう彼らの姿は、ほとんど体育会系の部活の合宿というノリで普通に面白い兄ちゃんたち、という印象。永倉・原田・藤堂・山南・井上そして近藤という面子だけでなく、新選組ものでは定番の悪役である芹沢も、見かけは非常にコワモテでも、かなり陽気に振る舞っている姿が意外かつ印象に残ります。
 もちろん楽しい場面だけでなく、不逞浪士が暴れているという報に駆けつけてみれば、土方が容赦なく相手を斬り――と、血なまぐさいところも容赦なく描かれます。さらにその上で、第二話の終盤では、におが不逞浪士から子供を庇い、それに対して(本作では奇人の部類に入りそうな)近藤が実にイイことを言って――と、この回ではミブロの陽の姿が硬軟取り混ぜて描かれたと言えるでしょう。

 しかし第三話では、におたち三人の狼の二人目の登場とともに(三人目は第二話で既に登場はしているのですが)、ミブロの陰の姿が描かれます。
 相撲大会の翌日、前日会わなかった少年・田中太郎と顔を合わせたにおですが、同い年の彼に対しても異常にへりくだる太郎は、芹沢に下僕のように扱われている存在。その晩、酔って屯所に戻ってきた芹沢は、同じ浪士組の人間である殿内義雄を斬ってきたと告げ、太郎にその始末を命じて――という展開は、第二話のミブロの姿が、ある意味新選組の今のパブリックイメージに沿ったものであったのに対し、いきなり暗部を突き付けるような描写が衝撃的です。

 特ににおに次いで登場した(史実に登場しない人物という意味で)オリジナルキャラの太郎は、その光のない死んだような瞳と、卑屈な、そして裏表ある言動が強烈なキャラクター。アニメではキャラクターデザインの関係で瞳はそこまで死んで見えませんし、原作でショッキングだった「奴隷」という表現はさすがに使われませんでしたが、それでも強烈に異彩を放っていることは間違いありません。
 そんな太郎が、証拠隠滅と称して行うのがまた強烈すぎる――直接の描写はないとはいえこの時間帯の番組でやるとは思えない行為なのですが、それを目の当たりにしながら、なんとか少しでもマシな方向に変えていこうとするにおの行動(この時、何だかんだ言って太郎よりもよほどリアリストの面が垣間見えるのが興味深い)がこの回の見どころの一つでしょうか。

 近藤派が浪士組内の権力闘争の末に殺したという説が有力な殿内ですが、本作においては裏切り者であり、それに気づいた芹沢によって斬られたという展開は、ちょっとミブロを美化しすぎているようにも思えますが――記録に残る殿内の死に様を取り込んでの結末はなかなかうまいと感じます。
 そして先に述べたように、第二話で新選組の陽の部分・正の部分を描いた上で、第三話で陰の部分・負の部分を描く構成も巧みと言えるでしょう。

 ――が、こうした部分はほぼ完全に原作に由来するところと言えます。レギュラー陣の声の演技はさすがというべきですが、絵的には第一話のネガティブな印象を覆すには至らない――というより、アクションシーンについてはかなり省エネな演出なのが厳しいところで、「アニメ」としての完成度と言った場合には、かなり厳しいと言わざるを得ません。
 この先、「アニメ」としての本作をどれだけ見せることができるのか――このペースでいけば、まず確実に第一部ラストまでいくはず。それまでにどれだけこの印象を立て直すことができるか、その点が勝負という気がします。


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2024.11.01

未熟な二人を通じて描かれる、己の在り方に悩む者たち 宮野美嘉『あやかし姫の婚礼』

 幸徳井家の母と九尾の狐の間に生まれ、「あやかし姫」と異名を取る桜子と、妖怪に育てられた柳生家の友景――数奇な運命を背負った二人を描いた『あやかし姫の良縁』の続編です。いよいよ婚礼を迎えることになった二人ですが、その間には隙間風が。そんな中、九尾の狐の尾を狙う謎の男が現れ……

 陰陽道の名門・幸徳井家に生まれ、生まれついての神通力と人間離れした剛力で、「あやかし姫」と呼ばれる桜子。そのあまりの力から、自分が何をしても壊れない相手にしか嫁がないと公言していた彼女は、祖父に柳生家の友景に嫁ぐよう命じられます。
 およそパッとしない友景ですが、幼い頃に妖怪に攫われ、妖怪の両親に育てられたため、妖怪にしか興味を持てない人間。常人離れした肉体に強力な陰陽術の使い手である彼は、桜子とは好一対の人物だったのです。

 そして京を騒がす百鬼夜行騒動の末、互いのことを知った二人はめでたく結ばれることに――という前作を受けて、本作は婚礼の準備が進められる場面から始まります。
 しかし、全く女心を解さない友景の言動に、自分は彼に相応しくないのではと思い始める桜子。そんな中、幸徳井家の上得意であり、桜子のことを昔から知る貴族・八条院智仁が現れ、桜子には自分が相応しいと宣言、今度は友景が不機嫌になるのでした。

 さらに、婚礼衣装を仕立てる妖怪・福鼠のもとを訪れた際、その姫・夜目子に自分とは打って変わった態度で接する友景を見た桜子はいたたまれなさで飛び出し――残された友景は、福鼠の長と夜目子から、それぞれ智仁に対する意外な頼みをされます。

 一方、幸徳井家の近くで行き倒れていた法師・堂馬を助けた桜子。しかし実は堂馬は、幸徳井家の巫女が代々守ってきたという秘宝を狙っていたのです。
 突然知らされた、自分も知らない秘宝の存在に戸惑う桜子。さらに堂馬にはとんでもない秘密があることが明らかになり……


 あの幸徳井友景の若き日の物語――と思って読んでみれば、とてつもない異形のラブストーリーが展開された前作。それに続く本作では、題名通り、その恋の先の婚礼が描かれる――と言いたいところですが、そこに至る大騒動が描かれることになります。
 何しろ二人は色々な意味で並みの人間でないためか、感情表現も未熟というレベルではない――簡単に言ってしまえば、二人のやり取りは、両片思いの中学生(いや小学生?)のそれを見せられる気分になります。

 そんなわけで序盤の展開には、これはどうしたものかな――という気分に正直なところなったのですが、しかし二人以外の登場人物にスポットが当たっていくにつれて、物語の目指すところが見えてくるようになります。
 人間ではあるものの、異常に妖怪に好かれてしまう八条院智仁。妖怪でありながら智仁を慕う夜目子。妖怪を憎み、妖怪を滅ぼすために妖怪の力を求める倒錯した存在である堂馬(その正体は、陰陽師ものファンであればお馴染みの……)。

 さらにそこに、桜子の陰陽道の師匠である安倍晴明(の幽霊)、前作ラストで驚くべき正体を現した女占い師・紅といった前作からの登場人物も加わり、前作の伏線も踏まえて複雑性を増す物語の中で桜子の出生の秘密――桜子の母・雪子と九尾の狐の馴れ初めまでが語られることになります。
 そしてその中で描かれるのは、「人間」と「妖怪」という相容れない存在の間で、自分の在り方に迷い、戸惑い、それでも己の道を貫こうとする――そんな者たちの姿なのです。

 もちろんその代表が主人公カップルであることは間違いありませんが、一歩間違えれば痴話喧嘩で片付けられそうな二人の姿も、周囲の人間と妖怪たちの姿を通すことで、また異なるものとして見えてきます。
 そしてそんな二人をはじめとする「人間」と「妖怪」たちの姿は、もちろんこの物語独特のものではありますが――自分の持つ様々な社会的属性の前で、自分の在り方に悩む現実世界の人々(もちろんその中に我々読者も含まれるわけですが)を映したものに見えるのは、あながち穿った見方ではないと感じられます。

 そんなわけで、時代伝奇小説の形を借りた異形のラブストーリーであった前作から、伝奇性だけでなく、ドラマ性においてもさらに発展した本作。婚礼の時を迎えてもまだまだ未熟なカップルですが、それだからこそ二人の成長していく先を見てみたいと感じます。


 それにしても、実在の人物であり、主人公になってもおかしくないような重要キャラであった八条院智仁。あまりに違和感なく登場してきたので、前作にも登場したかと思えば……


『あやかし姫の婚礼』(宮野美嘉 小学館文庫キャラブン!) Amazon

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2024.10.21

『青のミブロ』 第1話「壬生浪と少年」

 文久三年、年端のいかぬ子供たちが攫われるなど世情騒然とした京。その片隅のの団子屋を訪れた壬生浪士組の土方と沖田は、そこで働く利発な少年・におに目を留める。数日後、家に帰る途中のにおと妹を賊が襲撃するが、待ち構えていた土方と沖田に蹴散らされる。翌日、におを浪士組に誘う土方だが……

 原作漫画の方は第二部の「新選組編」に突入し、単行本は現時点で合計十五巻を数える『青のミブロ』のアニメがスタートしました。しかも深夜枠ではなく、土曜の夕方五時半、そして連続二クール放送という、当世では恵まれた枠です。

 さてその第一話は、原作の第一話をほぼ忠実に映像化した内容となっています。団子屋で働くにおと血の繋がらない妹と祖母、そこに現れた土方と沖田の颯爽たる男振りと、それとは裏腹の「ミブロ」の悪評。荒れる京都を象徴するような、子供を狙う人攫いの賊との戦いの中で描かれる、土方と沖田のキャラクターと、におの観察眼。そして土方からのミブロへの誘いと、それに対する答えともいえるにおの叫び……
 細かいセリフや描写の省略はありますが、ほぼ内容は原作に忠実な(その分、プラスもほとんどない)内容です。

 このような(最近では当然の)アニメ化のスタイルは、原作既読者がここで何かを語ろうとするとちょっと困ってしまうのですが、とりあえずキャストにしてはイメージ通りという印象で、特に土方・沖田は、彼らの一種のパブリックイメージに忠実と感じます。
 また、今回のクライマックスである土方と沖田を前にしてのにおの叫びも、正直なところ原作では唐突感とちょっぴり気恥ずかしさがあったのですが、声がついてみるとそういった印象はだいぶ緩和されているのは、さすがと言うべきでしょう。

 その一方で、作画的にはシャープさに欠ける印象が強くありました。これは特に原作のメリハリの効いた絵柄に比べてしまうと、特にそう感じるのかもしれませんが、今後への不安点といえます。
 特に今回はアクションシーンが少なめだから良かったものの、今後本格的にアクションが描かれる場合にどうなるか(もちろん逆にアクションシーンは良くなる可能性も、ないわけではないですが)、気になるところです。
(制作元がファンタジー主体で、時代ものが初めてなのは、これはまあ今日日仕方ないとして……)

 ちなみに今回、ミブロの大半はOPEDとイメージシーンのみの登場だったわけですが、太郎とはじめは、それぞれちょっとマイルドな感じになっているのは面白く感じられるところで、実際の登場を楽しみにしたいと思います。


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2024.10.18

不思議が象徴する多様性の心地よさ 波津彬子『あらあらかしこ』第2巻

 高名な作家に届く、送り手の名のない手紙。そこに綴られた各地の不思議な物語と、書生の少年の体験が交錯する、奇妙で端正な、そして心地よい連作シリーズの第二巻が刊行されました。今日も届いた(届かない時もあります)手紙が語る、不思議の内容は……

 売れっ子の小説家・高村紫汞の住み込み書生として働く少年・深山杏之介。高村の作品の清書も担当する彼は、ある日、奇妙な手紙を題材にした随筆を清書することになります。
 高村の知人によるものらしい、送り手の名前のないその手紙に記されていたのは、送り手が日本中を旅する先々で聞いた、不思議な物語。不思議を信じない性格の杏之介ですが、その物語を清書する彼の周りでも、ちょっと不思議な出来事が……
 
 そんな本作の枠組みは、この巻でも基本的に変わることはありません。(もっとも、巻頭のエピソードでは、手紙が届かないという変化球なのですが……)。

 巡る季節を追いかけるように様々な土地を訪ねる謎の旅人が聞いた、どこか懐かしさと温かみを感じさせる不思議な物語。そして生真面目な杏之介や洒脱な高村、謎めいた猫・櫨染さんたちの日常の、ちょっぴりの不思議。その両者が入り混じって生まれる独特の味わいは、本作ならではのものというほかありません。

 手紙が届かないため、編集者の塩谷と杏之介がそれぞれ怪異譚を語る羽目になる「怪異の話」
 花見の帰りに桜の声を聞いたという老人と出会った杏之介が、同じく桜の声にまつわる手紙に触れる「花見」
 高村の家で消えた本の検印の不思議と、手習いに励む狸の話が交錯する「手習い狸」
 最近妙に高村の家に客が増えた理由は、手紙に記されていた茶にまつわる不思議だった――という「新茶」
 夜の学校にまつわる怪異の思わぬ正体と、杏之介の学校時代の記憶が語られる「夜の学校」
 消えた手白猫を探して庭に入った子供に対し、高村が猫たちが修行する聖地について語る「猫岳」

 「猫岳」などを見ると、基本的に題材となっているのは「実在の」物語なのでしょう。しかし、そこに独自の味わいを加えているのは、名前のない送り手という謎めいた語り手の存在ももちろんですが、聞き手たる杏之介の存在も大きいと感じられます。
 肯定派の語りによる物語そのものの楽しさと、懐疑派の杏之介のリアクションの面白さと(そこにさらにどちらでもない高村の目が入るのが良い)――幾重にも重なることで、物語の味わいはより際立ち、深みが増しているのです。


 そして、その物語に対する杏之介のリアクションが、彼自身の人生にも影響を――それも良い影響を与えていることが語られていくのも、物語の味わいをさらに良いものにしています。

 作中で断片的に語られるように、高村のもとに来る前は、杏之介は決して幸福な暮らしをしていたとは言い難い様子です。しかし、手紙の不思議に触れていく中で、彼が自分の生き方を見直し、少しずつ変わっていく姿は、爽やかな後味を残します。そしてそれは同時に、不思議というものが、この世の良き多様性の象徴として機能しているということであり――そこに、不思議を愛するものとして何やら嬉しくなってしまうのです。

 本作を読んでいる時に感じる「心地よさ」は、こうした点から生まれているのではないかと感じられます。そしてまた、この「心地よさ」にずっと浸っていたいと……


 ちなみに本作のマスコット的存在――というよりもしかしてキーキャラクターかもしれない櫨染さんをはじめとして、本作には様々な猫が登場します。
 愛猫家としてはそれだけでも嬉しくなるのですが、「猫岳」に登場する猫は、うちの猫に柄が少し似ていて(体型は正反対なのですが)、さらに物語が感動的に見えてしまった――というのは全くの蛇足ではあります。


『あらあらかしこ』第2巻(波津彬子 小学館フラワーコミックス) Amazon

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2024.10.16

戦いの場所は心の中!? 横山起也『編み物ざむらい 三 迷い道騒動』

 昨年、第12回歴史時代作家協会文庫書き下ろし新人賞を受賞した、風変わりな人助けと悪人退治のシリーズの第三弾は、横浜を舞台にして米利堅人に絡む「仕組み」を描きます。メリヤス仕事と「仕組み」の対象が同じだったことから、またも騒動に巻き込まれることになった感九郎がその中で見たものは……

 正義感を発揮したのが元で、家から追い出されて牢人となった末に、奇妙な面々が集う墨長長屋に暮らすことになった黒瀬感九郎。持ち前の器用さでメリヤス編みの内職に精を出す感九郎は、やがてその特技を買われて悪党を懲らしめる裏稼業「仕組み」に手を貸すことになり、さらにその中で、人の心の綾を見抜き、それを解く力に目覚めるのでした。
 前作ではその仲間の一人・コキリが失踪したのを追いかけるうち、彼女の、そして「仕組み」の相手である組織・一目連の意外な正体を感九郎は知ることとなりましたが、今回も意外な展開が待ち受けます。

 許嫁で魚問屋の娘・真魚との祝言を間近に控え、「仕組み」に関わるのを辞めようと考えていた感九郎。その矢先、彼は町で侍に絡まれていたのを助けたことがきっかけで、異国の血を引く金髪の少年・朝と知り合います。
 一方、横浜に店を構える米利堅人から、服の直しのメリヤス仕事が指名で入った感九郎は、新たな「仕組み」のために横浜に向かういつもの仲間たち――御前・ジュノ・コキリと共に旅立つのでした。

 そこで明らかになったのは、メリヤス仕事の依頼人である商人のロジャー・スミスこそが、「仕組み」の対象であり、しかもロジャーは朝の父親でもあったという事実。
 そんな関係で、今回も「仕組み」を手伝うことになった感九郎ですが、それと並行して朝とともにロジャーの服を直すうちに、彼は朝の複雑な心中を目の当たりにすることになって……


 本作で三作目となった『編み物ざむらい』ですが、これまでのシリーズでは、悪人退治の裏稼業+メリヤス、さらには異能という意外な取り合わせで、こちらの予想できないような個性的な物語が描かれてきました。
 特に前作は伝奇色濃厚なクローズド・サークルものという意表を突いた展開でしたが、今回は「仕組み」がメインということで、その意味では第一作に近い内容といえるかもしれません。

 しかし本作の主な舞台は横浜――それも幕末の横浜です。既に黒船が来航し、開港した横浜で繰り広げられる今回の「仕組み」は、前作その存在が語られた敵組織「一目連」――将軍家にまで仇なすこの組織が、横浜で企む悪事とは何か? 本作は、これまで以上に、時代背景に密着した内容が描かれることになります。


 しかし物語で描かれるのは、それだけではありません。今回のメインゲストというべきロジャーと朝の親子関係に、感九郎は触れることになるのです。
 ロジャーと日本人遊女の間に生まれ、その出自と外見から周囲から差別されてきた朝。幼いながらも賢く礼儀正しい優等生の朝ですが、そんな彼の心の中には、父への愛憎が入り混じった複雑な想いが渦巻いていたのです。

 本作のサブタイトルである「迷い道騒動」の「迷い道」とは、まさにこの朝の中に存在する入り組んだ想い――心の迷路のことであり、人の心の中をビジョンとして見る力を持つ感九郎は、朝の中のこの迷路を前に悩むことになります。
 実に本作のクライマックスで描かれるのは、「仕組み」の成り行きと、朝の中の迷い道との対峙――この両者が交錯し、一つのドラマを織り成していく様は、本作ならではのものといえるでしょう。


 そしてこうしたドラマを経て、ラストに感九郎が語る言葉は、これまで彼が出会ってきた人々や出来事があったからこその、彼の成長を物語る、ある意味集大成として感じられます。
 あまりに綺麗にまとまっているため、ここで物語が結びとなってしまうのではないか、心配になるほどなのですが――まだまだこの物語には描かれるべきものも多いはずです。
(この幕末という状況と、一目連の中心となる「家」を考えれば、相当ややこしいことになるのではないかと予想できるのですが……)

 今回は結構おとなし目の展開だったこともあり、次なる物語が何を描くのか、注目したいと思います。


『編み物ざむらい 三 迷い道騒動』(横山起也 角川文庫) Amazon

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2024.10.02

ついに終結! 文永の戦い たかぎ七彦『アンゴルモア 元寇合戦記 博多編』第10巻

 長きにわたる戦いも、ついに終わりの時が訪れます。一致団結した日本武士団の逆襲の中、ついに蒙古軍の大将を討ち取った朽木迅三郎。情勢が大きく変わり、撤退に向けて動き出した蒙古軍ですが、その機に乗じて暴発する者が現れます。追撃する迅三郎たちがそこで見たものは……

 一時は太宰府撤退を余儀なくされたものの、なおも抵抗を続ける迅三郎と大蔵太子たち。奇襲作戦は失敗したものの、各地の援軍が駆けつけたことにより、日本軍は互角の情勢まで盛り返します。
 そして、少弐景資のもとに初めて一致団結した日本軍は、ついに蒙古軍との全面対決に突入。当然ながらその先頭に立って切り込んだ迅三郎は、見事に敵の大将・ガルオスを討ち取ったのでした。

 形勢が一気に逆転したかに見えた日本軍ですが、蒙古軍にはまだ幾人もの将が残っているはず。しかし彼らにとって何よりも恐ろしいのは、風の吹く方向――これから冬にかけていよいよ北西の風が強くなれば、海を越えて帰ることは不可能になるのです。
 日本軍との戦いよりも、敵地である日本に取り残される方が恐ろしい。蒙古軍の中には、征服されて戦いに駆り出された高麗や女真の兵も多いのですから、その恐れはなおさらです。

 侵攻の早さもさることながら、引き際の早さも蒙古の兵法とばかりに、撤退を決定する東征軍元帥・クドゥン。しかし勝ちの勢いに乗る日本軍が、その隙を見逃すはずがありません。
 追撃が迫る中、戦いの途中での撤退に不満を抱いた高麗軍の金侁は、蒙古に反旗を翻し暴走を始めます。これに対し、クドゥンの腹心として両蔵は金侁を討たんとするのですが……


 というわけで、前巻の決戦によって戦の趨勢はほぼ決し、蒙古軍の撤退戦が描かれるこの巻。迅三郎も攻撃前夜に随分余裕のあるところを見せますし、どこか消化試合という感もあります。
 そもそも侵略してきたのは向こうとはいえ、逃げる相手に追い打ちをかけるのはあまり気分のいいものではありませんが――しかしそこに倒すべき敵を設定するのは、作劇上の工夫というものでしょうか。

 しかもその相手というのが、迅三郎とは博多編冒頭からの因縁の相手というべき金侁――ヒステリックで卑怯かつ悪辣、しかも蒙古に逆心を抱くという、まさに悪役に相応しい人物です。
 ここでも最後の最後まで憎々しい姿を見せる金侁――といいたいところですが、ここでは彼の別の一面もうかがわれるのが、少々意外なところです。

 確かに相変わらず卑怯でヒステリックな言動ながら、その一方で、彼は高麗人として、侵略者であり支配者である蒙古への逆襲の機会を待ち、ついに立ち上がった――そう書くと何やらヒロイックにすら感じられます。
 これまでも幾度となく描かれ、この巻でもクローズアップされた蒙古軍内の不協和音――蒙古軍の中での征服者と被征服者の上下関係は、攻められる日本側にとってはいい面の皮ですが、物語としては興味深い題材です。せめて金侁が典型的な悪役に描かれていなければ、もう少しこの点は面白い要素になったのではないか、と感じます。
(もっとも、本作の蒙古側のキャラクターは、大体においてあまり魅力的に描かれていないわけですが……)


 何はともあれ、そもそもの目的を果たして迅三郎は対馬に「帰還」し(ある種の余裕か大蔵太子は天草に去って)、ついに物語は平和を取り戻したといえます。
 しかし、クドゥンが語るように、征服するまで何度も繰り返すのが蒙古の兵法であり――そして蒙古軍の侵略がこれで終わりでないことを、我々は知っています。

 かくして、物語は第十一巻、弘安の戦いへと続きます。(「弘安編」にならないのは少々意外ですが……)


『アンゴルモア 元寇合戦記 博多編』第10巻(たかぎ七彦 カドカワコミックス・エース) Amazon

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2024.10.01

一捻り加えられた三つの鬼と人間の物語 楠桂『鬼切丸伝』第20巻

 歴史の陰で繰り広げられてきた、鬼を斬る神器名剣・鬼切丸を持つ少年と鬼たちの戦いを描く本作も、ついに二十巻を迎えました。この巻に収録された三つの物語は、いずれも鬼と人間の物語の中に一捻り加えられたエピソード揃いです。

 巻頭の「淀殿鬼譚」は、サブタイトルからわかる通り、あの淀殿を巡る奇譚。史実に現れるその姿だけでも波乱万丈としか言いようのない生涯を送った淀殿ですが、今回は大坂の陣の「後」の姿が描かれることになります。

 生まれた時から戦国乱世に翻弄され、親兄弟の仇に身を任せることにもなった淀殿。大坂の陣で、そこまでして得た我が子・秀頼を喪った彼女は、ただ一人、秋元長朝に匿われて生き延びるのでした。
 そこで長朝に愛され、生涯初めての安らぎを得た彼女は、しかし……

 秀頼の生存説に比べると、あまり知られていない淀殿の生存説。かなり不幸なこの伝承を、本作では意外な捻りを加えて描きます。そこで描かれる複雑な彼女の姿は、これまで歴史の荒波に翻弄されてきた女性たちを描いてきた本作ならではのものであったというべきでしょう。

 ちなみにこのエピソード、登場する人物や挿話がこれまで本作で描かれたものが多く、一種の総集編的味わいもあり、読者としては感慨深いものがあります。


 一方、「鬼火起請の章」前後編は、同じ戦国時代でも、とある農村に暮らす庶民の物語が描かれます。火起請とは、物事の真偽・是非を問う際、焼けた鉄を持たせて歩かせ、落とさなかったものが正とされる神事。二つの村の争いを収めるために行われることとなったこの神事で、東の村の代表として選ばれたのは、数年前に村に流れ着いた孤児の兄妹の兄・勘太でした。
 妹のあさのためにその役割を引き受けた勘太ですが、公平に神意を問うはずの儀式には人間の恣意がはびこり、それが鬼を生むことになります。

 本作だけでなく、これまでも幾度となく「普通の人間」の悪意を描きてきた作者らしく、鬼よりも醜い人間の姿を描くこのエピソード。火起請の顛末は、最初から最後まで無惨としかいいようのないものなのですが――ここで思わぬひねりが加わり、物語は不思議な味わいを帯びることになります。
 なんだかんだで、他人を慮る人の情に弱い鬼切丸の少年の姿も印象に残ります。
(そして完全に滅んだと思いきや、思わぬところでゲスト出演の信長様。確かに火起請の逸話で知られる方ではあります)


 そしてラストの「延命院鬼事件」前後編は、ぐっと時代は下って19世紀初頭、享和年間(ちなみにこれまで本作に登場した時代としては、百年近く現代に近くなりました)に起きたいわゆる延命院事件――徳川家の祈願所であった延命院の美貌の僧・日潤が数多くの女性参拝者と関係を持ち、その中には大奥の女中もいたことから一大スキャンダルへと発展した事件を題材にしています。

 一説には初代尾上菊五郎の子だったなどという説もある日潤ですが、本作では病に冒され親にも見捨てられた孤児だったという設定。その頃の女たちからの蔑みの視線に対して、美しく成長した今となって女たちを穢すことで恨みを晴らしているという、複雑な内面の男として描かれます。

 延命院事件の摘発にあたっては、寺社奉行・脇坂安董の家臣が、妹を日潤に近づけることで証拠を掴んだと言われていますが、本作もそれを踏襲しています。しかしその妹であるお梛と日潤が、真実の恋に落ちたことが悲劇の始まりとなるのです。
 お梛に嫉妬した周囲の女たちの告発で罪を問われ、処刑された日潤。しかし日潤を失った女たちが鬼と化し、そしてお梛に裏切られたと信じ込んだ日潤もまた鬼に……

 そんな鬼が鬼を呼ぶ地獄絵図の果てに待つものは――無惨で皮肉で哀しく、そして美しい結末。女たちを憎んできた日潤が辿る運命も、一つの救いといえるのかもしれません。


 なお、巻末に収録された特別番外編「鬼童歌」は、鈴鹿御前が鬼を呼ぶかのような童歌を歌う子供たちと出会う掌編。その歌で歌われるものとは――少年のツンデレぶりは既にバレバレとなっていることがうかがわれる、微笑ましい(?)一編です。


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楠桂『鬼切丸伝』第19巻 いよいよ佳境!? 元禄の世に蠢く鬼たち

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2024.09.29

『鬼武者』 第捌話「魂」

 幻魔兵たちをものともせず、激しく激突する武蔵と小次郎。その戦いは伊右衛門の根城を突き抜け、遥か地底でも続く。一方、脱出する道を探していた佐兵衛とさよの前に、小次郎に斬られて半死半生の伊右衛門が現れる。幻魔になるために手を貸せと迫る伊右衛門に、佐兵衛の答えは……

 いよいよ最終回、ラスボスかと思われた伊右衛門は、武蔵との対決のノイズにしかならんとばかりに佐々木小次郎に両腕両足を斬られるという意外な形で退場(?)し、小次郎との戦いが全編に渡り繰り広げられます。武蔵が鬼の篭手を装着した二刀流を振るう一方で、小次郎は両脇から新たに一対の腕を増やした四刀流で大暴れ、周囲をウロウロする幻魔兵たちを巻き込んでのハイスピードなチャンバラが繰り広げられます。
 前回の闘技場からいつの間にか舞台は移り、深い竪穴にかかった橋の上で対峙する二人。そこで小次郎が放つのは、魔剣ツバメアラシと秘剣ツバメシブキ――まるでマップ兵器のような勢いで幻魔兵を蹴散らす小次郎の大技です(しかし求めているのはこういう剣戟ではないんだよなあ……)。それにしても復活して武蔵とやり合えるのがそんなに嬉しいのか、とにかくムチャクチャに暴れまくる小次郎のおかげで橋は崩落、武蔵だけでなく小次郎まで落ちて――まさか今になって「落ちながら戦ってる」武蔵を見ることになるとは……

 一方、眼の前で起きた惨劇に絶望しかかったさよは、佐兵衛の言葉もあって文字通り立ち上がり、二人で出口を目指します。しかしその行く先には、誰か血まみれの者が這いずった跡が。そして二人が見つけたのは死にかけの伊右衛門――両手両足を失ってボロボロになりながらも、執念のみで生き延びた伊右衛門は、佐兵衛に世界を半分やるから! と竜王みたいなことを言いながら、自分に味方しろと言い出します。
 自分が全ての侍を救うとか、世界に冠たる国にするとか、あと「俺を抱け!(俺を抱き上げて連れていけの意)」とか、相変わらずのナニっぷりですが、何を思ったかそれに乗った佐兵衛は、伊右衛門を幻魔になるための儀式を行うという部屋に連れていきます。そして佐兵衛は――伊右衛門を押さえつけると、何やら丸薬を無理やり飲ませた!

 一人だけ平然としているところが怪しい怪しいと思っていれば、やはり怪しかった佐兵衛。実は彼は、藩から金山のことを知る者全員の口を封じるよう、ただ一人密命を受けていたのです。なるほど、かつて机上演習で伊右衛門を完封して結構根に持たれていただけはありますが――しかし武蔵はともかく、幻魔とか山ほど出てきて焦っただろうな、というのはさておき、いいとこなくトドメを刺された伊右衛門に続いて、とりあえず手近に口を封じるべき相手がいます。そう、さよが……
 あまりに突然の状況に凍りつくさよに近づく佐兵衛ですが、気乗りしないのでやめとこっかとあっさり方向転換。意外と軽めの性格だったのか、適当にごまかしておくといい、さよを見逃します。そしてまだやることがあるというさよと別れ、佐兵衛は己の道を行くのでした。

 一方、地底の更にその下まで落下までして戦い続ける武蔵と小次郎。新たな二本の腕を捨て、ついに物干し竿を抜く小次郎を前に、ついに武蔵も人間をやめることにしたのか、鬼の篭手の力を解放し鬼武者へと覚醒――ここに鬼と幻魔の最後の戦いが始まります。早回しみたいな剣戟を続ける二人ですが、そこに割って入ったのはさよ。本当に無謀としかいいようがない行動ですが、彼女は武蔵が人として両親を斬ってくれたから、両親は人として死ぬことができたと、礼を言いに来たのでした。
 その言葉に人間であることを取り戻した武蔵は、鬼の篭手を捨て、人間として小次郎に向き合います。さよを逃がすと、その場に落ちていた櫂を手に、軽口を絶やさず小次郎と対峙する武蔵。地下が崩れ落ちる中、武蔵と小次郎の対決の行方は……


 というわけで、さよ以外は武蔵も小次郎も佐兵衛も、全員生死不明という形で結末を迎えた本作。とりあえず物語冒頭の寺に鬼の篭手は返されたので、おそらくは武蔵は帰ってきたのだとは思いますが――シーズン2狙いの演出という気も大いにいたします。

 しかし、幻魔を操る伊右衛門との対決よりも小次郎との対決がメインになったのは悪くはないとして(武蔵と小次郎の関係がわからない海外の視聴者は大丈夫なのかな、と心配にはなりますが)、肝心の剣戟が、超スピードで打ち合うか、一瞬の大技を打ち込むかという、剣豪同士の技の対決という印象からは程遠いものだったのはまことに残念。なんのために武蔵を題材にしたのか、さらに言えば時代劇をどう考えているのか……
 さよをはじめ、キャラクターデザインや全体の画作りは悪くなかっただけに、最後まで時代劇としての楽しさ、さらにいえば必然性ががあまり感じられなかったという印象が残りました。


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2024.09.24

決着「腸詰男」そして岩元の過去へ 椎橋寛『岩元先輩ノ推薦』第9巻

 特殊能力者たちを保護し、時にはその暴走を止めるべく奔走してきた陸軍栖鳳中学校の岩元先輩の戦いを描く『岩元先輩ノ推薦』の第九巻は、前巻に続く「腸詰男」との死闘から始まり、大能力者の力を得て暴走する腸詰男との決着が描かれます。そして巻の後半では、岩元の過去を知る男が……

 日本各地で家具や人形に封じ込められたバラバラの肉体を蘇らせる怪人「腸詰男」ブルストマン。触れたものを肉に変える能力を持つ彼の正体は、ドイツ軍の命を受けた能力者――かつてその能力を恐れた人々によりバラバラに封印された大能力者「十三夜の風」を復活させるべく来日した彼を止めるべく、岩元は総力戦を挑みます。

 佐々眼、淡魂をはじめとする能力者たちを結集し、ついにブルストマンに痛撃を与えた岩元。しかし「十三夜の風」の顔と片手を手にしたブルストマンは、なおも己の力を求めて暴れ続けます。
 能力を恐れられ、弾圧された過去から、その立場を逆転させようとするブルストマン。岩元は彼に対してまで保護の手を差し伸べようとするのですが――と、物語は少々意外な、しかし岩元のキャラクターを考えれば、ある意味当然の方向に展開していきます。

 しかし、岩元の理想を誰もが理解し、差し伸べた手を握り返すとは限りません。それを痛いほど感じさせながらも、思わぬところから現れたブルストマンの理解者の存在を描くことで、このエピソードは複雑な余韻を残して終わることになります。


 そして、いつもながらのお騒がせ男・原町が、墨使いの烏賊谷を引っ張り出して謎の「蹴鞠男」を追ったことが、中学校全体を巻き込む大騒動に発展していく短編エピソードを挟んで、物語は思わぬ方向に展開していくことになります。

 橘城先生から休暇を命じられ、ただ一人旅に出た岩元。彼が向かった先は、かつて対決した毒男――の娘・瑠璃が潜む地でした。
 毒男とその妻が、文字通りその身の全てを賭けて逃した瑠璃。彼女にとっては岩元は忌むべき追跡者ですが、岩元にとっては恩人ともいうべき男が遺した愛娘であり、最も守りたい相手にほかなりません。

 一瞬想いを交錯させたものの、再び別れることとなった二人。しかし瑠璃を、無数の奇怪な花が襲います。そこに現れたのは、異常に粘着質かつ常人には理解不能な理屈を振りかざす新たな能力者・能野愛生――彼に捕らえられた瑠璃を救うべく駆けつけた岩元は、相手を知って複雑な表情を見せます。
 実は二人は旧知の間柄、いやそれどころか岩元にとっては天敵同然の相手。それでも戦いを挑む岩元は、かつてない苦戦を強いられることになります。

 その強敵の正体は――なるほど言われてみれば、という「立場」の相手ではあるのですが、ここから物語は、岩元が「先輩」になる前の、彼が栖鳳中学校に至る前の過去に突入するようです。

 既に物語が始まった時点で「先輩」として登場し、その能力を自在に使いこなし、各地の能力者を中学校に「推薦」してきた岩元。しかし考えてみれば、誰が彼を「推薦」し、そこに至るまで何があったのかは、ほとんど語られてきませんでした。
 この巻では、まだその端緒についたばかりですが、これまでの物語から考えれば、彼自身がその能力に苦しみ、そして他の能力者に追われ、戦う姿が描かれるのでしょう。

 一方、岩元の側のストーリーが展開する一方で、物語には新たな勢力が登場します。栖鳳中学校そして岩元とは似て(?)非なる立場を取る彼らの目的は何なのか――あるいは岩元にとって、最大の敵が登場したのかもしれません。
 そしてその真相は、おそらく彼の過去にも繋がっているはず。次巻が待ち遠しい展開です。


『岩元先輩ノ推薦』第9巻(椎橋寛 集英社ヤングジャンプコミックス) Amazon

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椎橋寛『岩元先輩ノ推薦』第8巻 異国からの脅威 新たなる腸詰男!

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2024.09.21

三人の少年たちの新たな一歩 安田剛士『青のミブロ 新選組編』第1巻

 いよいよアニメ放送開始も一ヶ月後に迫った『青のミブロ』、その原作は本書より新選組編に突入します。芹沢鴨という巨大な存在を喪いながらも、「新選組」として大きな一歩を踏み出したミブロたち。その中で、三人の少年たちも、それぞれに大きな飛躍を遂げることになります。

 巨大な壁であり、大いなる理想であった芹沢を死闘の末に倒し、心機一転「新選組」として活動を開始した若者たち。近藤・土方・沖田・藤堂・永倉・原田・山南――そんなお馴染みの面々に加えて、新たな仲間が加わります。
 武田観柳斎、谷三十郎、松原忠司、安藤早太郎――色々な意味で今なおその名を残す豪傑たち(人によっては初登場場面で、さりげなくその後を予見させる言動が入るのが面白コワい。具体的には松原)を加え、組織としての偉容を整えた新選組。その中には、当然ながら三人の少年たちがいます。

 それぞれの立場から芹沢暗殺に関わったにお、太郎、はじめ――背負ったもの、受け止めたものは決して軽くはありませんが、しかし新たな道を歩む決意にかけては、他の誰にも負けない三人です。


 この巻では、そんな三人を中心に、比較的
短いエピソードを重ねる形で、新たなミブロ「新選組」の姿が語られていきます。
 ガラス職人になるために新選組脱退を望む馬越三郎ににおが語る言葉、はじめと会津藩士・斎藤の意外な繋がり、剣士として意外な成長を見せる太郎の増上慢がきっかけで開催される剣術大会――いずれもユルさとテンポの良いギャグを交えつつも、同時に新選組もの、そして青春ものとして成立しているという、いつもながらのバランス感覚が楽しいところです。

 特に剣術大会は、近藤と山南以外はほとんど全員参加という、ある意味夢のイベントですが、面白いのはトーナメントなどではなく、全員一斉に戦うバトルロイヤルという点でしょう。
 たとえ強豪でも、集団であるいは死角から襲いかかられればひとたまりもない――そんな大番狂わせの連続のこの戦いですが、そんな中でもやはり注目は土方vs沖田、におvs太郎vsはじめの対決です。

 この戦い、台風の目が三人の少年であることは言うまでもありませんが、初めから図抜けていたはじめ、永倉という師を得た太郎はともかく、におが剣士としての成長を見せるのは、物語冒頭から見ていた読者ほど意外に感じるかもしれません。
 しかしここである人物が告げるにおの強みは、なるほどと納得のいくものであって、その言葉通りににおが成長したとしたら、かなり面白いことになりそうです。


 しかしこの巻の終盤では、そんな新選組内の明るい雰囲気を吹き飛ばすような怪物が登場します。新選組隊士を次々と血祭りにあげる怪剣士の名は岡田以蔵。いうまでもなく土佐の人斬り以蔵、幕末四大人斬りのあの男です。
 歴史に名を残すだけあって、これまで本作に登場してきた剣士たちとはまた別格の強さですが、その怪物の前に沖田総司が立ちます。いうまでもなく、彼もまた本作では別格の強さを誇る天才。激しく切り結ぶ天才と怪物ですが――その果てに、沖田は意外な言葉を語ります。

 果たしてその意味するところとは――次巻は沖田の秘められた過去が語られることになりそうです。


『青のミブロ 新選組編』第1巻(安田剛士 講談社週刊少年マガジンコミックス) Amazon

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