2022.05.26

田中啓文『元禄八犬伝 五 討ち入り奇想天外』 大決戦、左母二郎vs忠臣蔵!

 さもしい浪人、網乾左母二郎と小悪党たちが、八犬士とともに巨悪を粉砕する痛快時代伝奇活劇もいよいよ最終巻であります。徳川光圀が怨霊に加えて茶々が怨霊まで復活し、風雲急を告げる大坂の運命。一方、吉良家討ち入りを企てる赤穂浪士たちの中にも不審な動きが――八犬伝+忠臣蔵の行方や如何に!?

 伏姫を探す丶大法師の依頼で大坂城内に忍び込んだものの、そこでうっかり茶々の怨霊の封印を解いてしまったかもめの並四郎。秀頼を探す茶々の魔力で、大坂の若者たちが次々と倒れていく一方で、幕府転覆を目論む光圀に操られた水戸徳川家は帝に倒幕の密勅を出すことを要求、西国大名にまで働きかけた一大倒幕計画を企むのでした。

 そしてその計画をより確実なものとするため、綱吉がかねてより探してきた隠し子である伏姫を捕らえようとする水戸側と、それを利用して彼らを罠にかけようとする幕府側。
 さらにそこに思わぬ形で、赤穂浪士の一人である矢頭右衛門七が、そして左母二郎や並四郎も巻き込まれることになって……

 そんな本作の第一話「調伏大怨霊」で繰り広げられるのは、幕府・光圀が怨霊と水戸家・茶々が怨霊・赤穂浪士・吉良家・丶大法師と八犬士たちという、実にまあ様々な勢力が入り乱れての大決戦であります。

 しかしそんな争いなど、本来であれば左母二郎たちには無関係のはず。しかしこれまで伏姫探しに巻き込まれた中で、何度も光圀の陰謀を叩き潰してきたこともあってか、左母二郎はまたもや一肌脱ぐ羽目になります。
 はたして大坂と小悪党の運命や如何に――いやはや、第一話の時点で大変な盛り上がりですが、しかし本作はそれだけでは終わりません。続く第二話「仇討ち奇想天外」では、そのサブタイトルの通り、さらに奇想天外なクライマックスが待っているのですから。


 赤穂浪士の討ち入りに向けて人々の期待が高まる中、なおも慎重を期す大石内蔵助と、その態度が歯がゆいと一刻も早い討ち入りを求める堀部安兵衛ら急進派。
 右衛門七はその両者の間に挟まれる形になってしまうのですが、左母二郎にとっては、主君の仇討ちのために若い右衛門七が命を捨てるなどというのはバカバカしいこととしか思えません。

 しかも世間で持て囃される堀部安兵衛は、剣の腕こそ左母二郎と互角以上ながら、酒乱で傲岸不遜、忠義のためというより単に仇討ちがしたいだけ――というとんでもない奴。そんなこともあって、左母二郎のイライラは募るばかりであります。
 一方、いつ討ち入りがあるかもわからないなかで、ある事実を知ったことから、上野介の求めに答え、吉良邸に御成する綱吉。赤穂浪士方と吉良方、双方に不審な動きが見える中、運命の十二月十四日、全ての登場人物たちが吉良邸に集うことに……

 そんなわけで、クライマックスの後にまたもやクライマックスという贅沢すぎる構成の本作ですが、その盛り上がりが最高潮に達するのが、浪士討ち入りであることは言うまでもありません。
 しかしこれまでの舞台は大坂でしたが、討ち入りが行われるのはもちろん江戸。それより何より、忠義が大嫌いな左母二郎が、浪士討ち入りに関わるはずもありません。そして姫探索が任務の八犬士たちもであります。

 それが一体――と思いきや、こうくるか! という展開にはただただ仰天するしかありませんが、実はそこにあるのは、忠臣蔵という日本有数の物語を、別の視点から捉え直してみようとする試みであるとも感じられるのであります。

 ――物語として見れば波乱万丈、多士済済で実に面白い忠臣蔵ですが、しかしその基調を忠義に置く内容は、現代の我々からすれば、どこかお行儀が良く、居心地が悪くも感じられます。それを本シリーズは、そんな忠義とは正反対の立場にある小悪党の視点を以て描くことで一度相対化し、そして物語そのものの面白さを問い直しているのでは、と感じられます。

 そしてその視点は、同時にやはり日本有数の物語でありながら、その基調を仁義礼智信忠孝悌という徳目に置く――そして何よりも左母二郎のホームグラウンド(?)である――八犬伝にも向けられていることは言うまでもない、のですが……


 その二つの物語が出会い、交錯した果てに何が待つのか――その想像を絶する結末は、いやはやここまでやるか、いやここまでやってこそ! というべきか……
 忠臣蔵という物語と見事に対決してみせたさもしい浪人、網乾左母二郎。それでは彼と八犬伝という物語との対決の行方は――ぜひご自分で確認していただければと思います。


『元禄八犬伝 五 討ち入り奇想天外』(田中啓文 集英社文庫) Amazon

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2022.05.25

かどたひろし『御広敷用人 大奥記録』第1巻 水城聡四郎、「奧」で新たな任に挑む

 以前連載開始時にもご紹介した『御広敷用人大奥記録』の漫画版、その単行本第一巻が刊行されました。上田秀人の代表作である『勘定吟味役異聞』の続編である本作、作画を担当するのは、もちろんかどたひろしであります。大奥に舞台を移した聡四郎の新たな戦いとは……

 勘定吟味役としての激闘の末、結果として徳川吉宗に味方してその将軍継承を助け、そして吉宗を養父とした紅と結ばれた聡四郎。お役目を辞して平和な暮らしを送っていた彼が吉宗に召し出されたことから、新たな物語が始まります。
 吉宗が聡四郎に命じた新たな役目とは、御広敷用人――江戸城大奥の玄関口である御広敷を担当し、大奥と外部との取次ぎを職務とする用人。これまで担当してきた勘定吟味役が「表」とすれば、これはまさしく「奥」――全く異なる世界であります。

 そんなところにいきなり放り込まれることとなった上に、意図や真の任務も教えられず、それどころか「遣える者は酷使する!」「諦めて身分と禄に応じた仕事を致せ!」とブラック上司ぶりを全開する吉宗に、聡四郎はプレッシャーをかけられるのでした。
 実は将軍就任早々、幕政改革に大鉈を振るう吉宗のターゲットの一つが、幕府では聖域扱いとなっていた大奥。その尖兵として送り込まれるのだろうとは想像できるのですが――しかし彼以上に困ったのは、それまで大奥を担当していた者たちであります。

 その中でも実力行使に走ったのは、御広敷伊賀者組頭の藤川義右衛門。ただでさえ御庭番設立で肩身の狭くなった伊賀者の権限を奪われまいと、彼は聡四郎を時に闇討ちし、時に懐柔に走るのですが……


 そんな前途多難な聡四郎の新たな戦いが始まるこの第一巻ですが、内容的にはまだ導入部といった印象。聡四郎にとって、何よりも読者にとっても馴染みの薄い御広敷という場所、御広敷用人の任が紹介されるとともに、この物語の背景となる勢力分布を描くのが、この巻のメインと感じます。

 そんなこともあってか――そしてこれは月刊誌とはまた異なるWeb媒体連載のペースもあるのではないかと想像しますが――この巻では剣戟シーンは控えめ、聡四郎が藤川の闇討ちを受ける場面と、師・浅山一伝斎との道場稽古の場面くらいとなっています。
 その意味では静かな滑り出しといえるかもしれませんが、水城聡四郎ものの――いや上田作品のもう一つの主戦場というべき幕政の闇を描く部分は、これはもう脂が乗りきった筆運びという印象があります。

 吉宗が就任早々に大奥に対して見目麗しい女性をリストアップせよと命じ、側室候補と思って選んでみれば、逆にそれはリストラ対象だった――という有名な逸話は本作でも描かれますが、それはあくまでも表に出た話。
 そもそも吉宗と大奥は、将軍位継承を巡り、月光院は彼を擁立し、天英院は彼と対立したという過去が――この辺りは 現在「コミック乱ツインズ」誌連載中の『勘定吟味役異聞』でこれから描かれるはず――あります。

 そんな、ただでさえ火薬庫のような場所をこじ開けて、松明を放り込むような吉宗の行動ですが、その影響が出始めることとなります。アクションだけでなく、この辺りの動きもじっくりと描けるのは、これはかどたひろしならでは、と言ってよいでしょう。


 ちなみに『勘定吟味役異聞』に登場した面々は、まだ出番が少ないキャラが多いもののこちらにも変わらぬ――唯一、初々しくも美しい若奥様ぶりを見せる紅を除いて――顔を見せているのですが、注目すべきは新顔。
 この第一巻から早くも聡四郎との因縁が発生した藤川は、この先長い付き合いとなる男ですが――油断のならなさとどこか崩れた雰囲気、そして忍び衣装の個性など、なるほどこういう姿になるのか、と感心させられます。

 そしてもう一人、本作のヒロインというべき存在が、この巻のラストに登場することになります。その名は竹姫――五代将軍・綱吉の養女であり、これまで二人の婚約者と婚前に死に別れ、大奥で静かに暮らしていた女性であります。
 実は聡四郎が御広敷用人とされた本当の理由はこの竹姫を吉宗が得るため。今回は文字通り顔見せのみですが、あの吉宗が恋い焦がれるというのですから、どれだけ魅力的な女性なのか、推して知るべしでしょう。約二十歳年下というのはまあ目を瞑るとして……
(にしても、竹姫のことを語る直前、あらぬ相手に気があると聡四郎に誤解された時の吉宗の表情……)


 なにはともあれ、いよいよ始まった聡四郎の新たな戦い。現在クライマックスの『勘定吟味役異聞』ともども、先が楽しみな漫画版です。


『御広敷用人 大奥記録』第1巻(かどたひろし&上田秀人 光文社KJC) Amazon

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2022.05.23

椎名高志『異伝・絵本草子 半妖の夜叉姫』第2巻 共闘新旧世代 そして親世代の抱える想い

 アニメは数ヶ月前に大団円を迎えましたが、コミカライズの方はまだまだ絶好調――『異伝・絵本草子 半妖の夜叉姫』第二巻の登場です。ついに揃った三人の向かう先は退治屋の里、そして結界の山。そこで三人を待つ者は、懐かしい顔ぶれと、新たな敵――!?

 戦国時代からやってきた生き別れの妹・せつな、そして従姉妹のもろはとともに、自分の本当の故郷である戦国時代に向かった女子中学生・とわ。そこで自分が大妖怪・殺生丸の子だと知った彼女は、突如襲ってきた妖怪との戦いの中で、忘れていた記憶を取り戻すことになります。
 そして時代樹の精霊から、時の歪みを正すため、西の果てに向かえと告げられた三人は、旅立ちの一歩を踏み出すことに……

 というわけでいよいよ始まる三人の旅ですが、西の果てに向かう前に立ち寄ったのは、あの琥珀率いる退治屋の里。ここで里の娘たちからめちゃくちゃ尊がられるせつなととわがまたおかしいのですが、やはり印象に残るのは、殺生丸に対する琥珀の思い入れでしょう。
 アニメでは完全に一歩引いた形であまり目立ちませんでしたが、考えてみれば琥珀は、作中でりんの次に殺生丸とは深い縁のある人間。そんな彼が殺生丸の謎めいた行動に、そしてその二人の娘に感傷を抱かないはずはありません。前巻での草太ともある意味通じる彼の内面描写には、数ページの描写ではあるものの、大いに印象に残るものでした。

 そして、対象こそ違え、同様の想いを抱く者は彼だけではありません。退治屋の里で装備を整えた三人が、次に向かうよう指示された山で待つのは、弥勒と珊瑚――そして鋼牙!
 これまた犬夜叉とかごめと縁深い人物でありながら、アニメではほとんど全く出番がなかった(まあ『犬夜叉』でも途中フェードアウトでしたが……)鋼牙に、ここできっちりと出番があるというのも、実に嬉しいところであります。

 そしてもう一人、この場で三人を待っていたのは、鋼牙と同じ妖狼族の凱風――アニメではもろはの師であった女性であります。
 そんな重要な立ち位置でありつつも、アニメではわずか一話で、しかもあまり格好良くない形で退場してしまった凱風。それがこちらでは(もろはとの因縁はあるものの)また少々異なる立場で登場するのも、アニメ視聴者としてはグッとくるのです。


 さて、ここで弥勒たちは、アニメでもキーアイテムであった虹色真珠(ちなみにこちらでは明確に出自は異なる様子)を使って、ある役目を担っていたのですが――しかし現れるのは、味方たちだけではありません。
 それは麒麟の四凶のうち、饕餮と檮コツ、そしてその息子・若骨丸――アニメでは序盤の敵という印象でしたが、こちらではその場に居合わせた親世代とも互角クラスの強敵という印象であります。

 かくて展開するのは、鋼牙vs若骨丸、弥勒・せつなvs饕餮、凱風・もろはvs檮コツという新旧世代入り乱れてのバトル!
 そこに加わっていないとわは珊瑚とともに雑魚妖怪を引き受けるのですが、二人の前に、かつて殺生丸の屋敷を襲撃し、姉妹を引き裂くきっかけとなった焔も参戦、さらに味方サイドも――と、純粋にバトルものとしても盛り上がりまくる展開であります。

 そしてそのバトルの中で描かれるのは、三人のパワーアップと覚醒――親世代の葛藤と新世代の強化、そして新たなる展開への導入、そしても一つタイトルの回収と、ここまで盛り込んでくるか! と、畳み掛けるような展開には、ただただ感嘆するばかりです。
(饕餮のなんでも喰う能力に、こちらではそう来たか! という由来が設定され、弥勒の複雑な胸中と重なる辺り、ただ唸るしかありません)


 限られたページ数で、元作品の設定を用い、元作品と同様の物語を描く――そんなコミカライズの役割を果たしつつ、元作品では描かれなかった、そしてファンが観たかったものを描いてみせる本作。
(その他アニメでのツッコミどころを埋めてみせる――とわの衣装とか)
 豪華な顔合わせのスピンオフ、などという言葉では収まらない名品であります。

 そしてこの巻のラストでは、あの男と、そして第二期で登場した彼女も登場。物語は加速するのか、新たな道に向かうのか、いよいよ期待は高まります。


 しかし長年ダウンしていた邪見を見事復活させた「妖怪の治療が得意なお方」とは、弟子の顔と口調を見るに、もしかして……


『異伝・絵本草子 半妖の夜叉姫』第2巻(椎名高志&高橋留美子ほか 小学館少年サンデーコミックス) Amazon

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2022.05.17

「コミック乱ツインズ」2022年6月号(その一)

 号数の上ではもう今年も半分になった「コミック乱ツインズ」6月号は、表紙『侠客』、巻頭カラーが『ビジャの女王』。新連載が『列士満』と『江戸時代のちいさな話』、シリーズ連載・読み切りで『風雲ピヨもっこす』『雑兵物語 明日はどっちへ』『玉転師』が掲載と、フレッシュな誌面です。今回も印象に残った作品を一つずつ取り上げましょう。

『ビジャの女王』(森秀樹)
 新展開突入といった印象の今回、これまで幾度か言及されてきたオッド王女の兄・ヤヴェ王子が登場するのですが――そもそもこの王子、この非常事態に今までどこにいたかといえば初めからビジャにいたのですが、これまであまりの不行跡で廃嫡同然に幽閉されていたという状態。貧弱なのに凶暴というどうしようもない人物ですが、そのビジュアルも目つきの悪いうらなりという感じで、これだけ魅力のない人物も珍しいほどであります。

 それでも王亡き後の継承権を持つ王子、しかしこの非常事態に――というわけで重臣たちも頭を抱えますが、ここでジファルの提案で円卓会議が開催されることになります。参加者の大多数によって決定というこの時代には民主的にも見えるシステムですが、ジファルが甘言を弄して重臣たちの間には動揺が広がり、そしてヤヴェ自身もラジンと結んでやろうというどうしようもない状態に……
 しかしそのラジンの側にも身内の敵が――と、この先、再び嵐の予感であります。


『仕掛人めし噺 藤枝梅安歳食記』(武村勇治&池波正太郎(原案))
 本編の合間を縫って描かれる本作、今回は小杉さん登場後――小杉さんが梅安と彦さんの二人をお気に入りの店に連れてくるというエピソード。この店、原作にも登場する鮒宗ですが、子供時代に浪々の身の父とともに極貧に喘いでいた小杉さんが、いかにも曰く有りげな鮒宗の主人に救われたという過去が描かれることになります。
 梅安と彦さんがひと目で鮒宗の主人が只者ではないと見抜く辺りもいいのですが、やはり印象に残るのは料理と、後は妙に可愛い子供時代の小杉さんでしょうか。今ではこんなゴツくなったのに……


『暁の犬』(高瀬理恵&鳥羽亮)
 水野家の御家騒動も行き着くところまで行き、ついに二胴部隊による拝郷家老襲撃という最終手段を使うに至った反お国替え派。家老の命は辛うじて守られたものの、警護の藩士に幾人もの犠牲が――むしろ全滅でなかっただけよかったと思いますが、しかし人死にが出るほどの御家騒動が(あと、無関係の人間を実験台にする殺人部隊を抱えているのも)明るみになれば、御家がタダでは済みません。
 かくてこの二胴の殺人部隊壊滅に向けた動きが進む中、佐内は敵の中核であり、かつて自分を襲撃してきた――そして何よりも父の仇と目される怪剣士・川越恭之介を抑える役目を依頼されるのでした。これにはもちろん佐内も異論はないどころか、立木野らの助勢を断り、一対一の勝負を望む気合いの入れようであります。

 と、そんなことを密談場所の船宿で、終始覚悟の決まりまくった据わった目で語る佐内に対して、他の舟は出払っているので待とう――と飲み会の帰りに巧妙に二人きりになろうとする奴みたいなことを言い出す相楽。いや、久松さんも一緒なのですが、そこで彼らは、佐内にこの仕事を依頼した理由――佐内の父と二胴の刺客の因縁と、それが佐内の剣客としての魂にどのように働くか、それを測っていたという事実を語るのでした。

 それにしても今回の相楽、頼りになる先輩というか兄貴分というか、いつもと違う――という感じですが(でも顔とか首とか触る必要ないよね……)、それに対して、彼も驚くほど覚悟が決まりまくった返事を佐内は返します。
 しかしもはや無関係などとはいえないほどこの件が、そして自分自身が満枝さんと関わっていることを自覚した佐内は、この先何を思うのでしょうか?
(少なくとも、自分が満枝さんを残して亡くなったら、また益子屋が余計なことしそうだしね……)


 やはり長くなりましたので次回に続きます(今回は二回に収めます……)


「コミック乱ツインズ」2022年6月号(リイド社) Amazon

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2022.05.13

風野真知雄『いい湯じゃのう 三 ご落胤の真相』 大団円、誰が本当のご落胤?

 何故か登場人物と事件に「湯」「風呂」が絡む、ユニークな風野版天一坊事件の最終巻であります。吉宗がお忍びの銭湯入浴を満喫している一方で、暗躍する天一坊一味と、その正体を求めて東奔西走するお庭番コンビ。物語の三つの軸は、ついに江戸の銭湯で交錯し、思いもよらぬ真実が明らかに……

 とてつもない肩の凝りに悩まされた末、目安箱の一通の投書から、銭湯に興味を持った吉宗。すったもんだの末に江戸の富士乃湯に念願の入湯を果たした吉宗は、そこで様々な市井の事件に遭遇、探偵役を務めることになります。
 一方、その吉宗の御落胤と疑われる天一坊なる山伏の一党が江戸で何やら活動していることを知った幕閣は、天一坊が生まれた頃に吉宗が二人の女性と付き合っていたことを知り、湯煙の権蔵とあけびのお庭番コンビを紀州に派遣することに……


 と、吉宗(と幕閣と風呂屋の客たち)、権蔵とあけび、そして天一坊(というよりその腹心の山内伊賀亮)の主に三つの視点から展開していた本作ですが、この最終巻において、いよいよこの三つが一つにまとまることになります。

 不可解な吉宗の元恋人とその子供の足跡を追い、湯煙り仙人なる怪人の元にまで向かう御庭番コンビ。各地の名湯を潰したり揉み師を抹殺するなどして吉宗の肩凝りを進め、それを天一坊に治療させるのをきっかけに親子の名乗りを挙げさせようとする(冷静に考えるとスゴい企みだ……)伊賀亮。
 唯一、吉宗は相変わらず富士乃湯で常連の丈次や桃子とともに謎解きに興じたりしていたのですが――その一方で幕閣は天一坊の存在に頭を抱えていたのですが――しかしこの三者が、いや関係する登場人物全員が、奇しき因縁の糸に手繰り寄せられるように、富士乃湯に集結することになるのです。

 そしてこのドラマの中心になるのが、天一坊の存在――いや、吉宗のご落胤の存在であることは言うまでもありません。天一坊はさておくとして、上で触れたように本作においては天一坊の産まれる前に、吉宗が同時に二人の女性と付き合っていたのですから。
 というわけで、そこにはもう一人いるのでは? という疑問が当然浮かんでくるのですが……

 はたして本シリーズには、以前から明らかに怪しいキャラクターがいたのですが、さて彼も本当にご落胤なのか。いや、そもそも天一坊も本物のご落胤なのか? 本作最後の、そして最大の謎解きに、吉宗は挑むことになります。
 そしてその真実は――そっち!? と相当意外な結末で、いやはや、完全に裏をかかれました。(それがフェアかどうかは冒頭から読み返してみないとですが……)


 キャラクター総出演の謎解きの後には、クライマックスに相応しい大活劇もあり(ここでこのキャラがこの技を繰り出すか! という見せ場も嬉しい)、エンターテイメントとしていうことなしの本作。
 ユーモラスでペーソス溢れる人物造形も印象的――個人的には天一坊の父にまつわる描写に、強く作者らしさを感じました――で、ライトなミステリ味も含めて、作者らしさ満点の物語であったと感じます。

 正直なところ、意味有りげに登場したのに全く活躍しないキャラがいたり、メインと鳴るご落胤の謎解きがいささか早急に感じられたりと、もう少し分量があればと思う部分もあったのですが、新聞連載ということで難しい部分もあるのかもしれません。

 お庭番コンビの新たな冒険が予告されていたり、何よりも実に気持ちの良い結末であったりと十分楽しませていただいたこの最終巻。『いい湯じゃのう』、大団円であります。


『いい湯じゃのう 三 ご落胤の真相』(風野真知雄 PHP文芸文庫) Amazon

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2022.05.12

正子公也&森下翠『絵巻水滸伝 第二部』遼国篇3(その二) 梁山泊と「彼」 表裏一体の勝者と敗者

 『絵巻水滸伝』第二部の遼国篇最終巻の紹介の後編であります。梁山泊と遼国の戦いが決着した後に始まるドラマ――その主人公となる意外な人物とは?

 その人物の名は兀顔延寿。兀顔光の養子であり天寿公主の許婚である青年ですが――そのの正体は、あの曽頭市の五男・曽昇! ――といってもこの事実は第一部の時点で語られていたのですが、しかし彼の存在が、この遼国篇のラストでクローズアップされることになります。

 かつて女真の皇子(=曽弄)に略奪された契丹の公主を母として、漢土で生まれ、漢人として育てられた曽昇。しかし曽頭市は梁山泊に完敗した末に父と兄たちは全て落命し、唯一生き延びた彼は、曽頭市に雇われていた刺客・白骨猫に救われて北に逃れ――その末に兀顔光に拾われ、その養子となったという本作オリジナルの設定があります。
(白骨猫の去就に関して、今回の描写と第一部の描写とちょっと異なる部分があるのはさておき)

 様々な民族が関わる複雑なオリジンを持ち、一度は己の名前すら喪った兀顔延寿。そして今またもう一人の父を喪い、祖国の存在すら危うくなるという、あまりに悲劇的な運命を辿った彼ですが――しかしその姿は、実は梁山泊のそれと奇妙に重なるものがあります。

 生まれも育ちも、職業も身分も違う多用な出自の面々から構成された梁山泊。しかし彼らの集った地ももはやなく、今は招安され官軍という新たな立場となったものの、奸臣たちに睨まれている状況では、いつまた追われる身になるかもわかりません。
 勝者となった梁山泊と敗者となった兀顔延寿。しかし、多様なオリジンを持つ根無し草という点では表裏一体、両者の存在に大きな違いはないといえるでしょう。

 実はこの遼国篇の背景では、この運命から逃れるための呉用の企みが描かれてきました。中央から遠く離れた燕京を落として、監視の名目でそこに駐屯、契丹人を含む周辺の勢力を糾合して勢力を蓄える。奇しくも後周王家の末裔たる柴進がいることを考えれば、陳橋の変を再び起こし、梁山泊を国として打ち立てることも不可能ではないかもしれません。
(この点では、自分の国を求めて遼の乗っ取るための陰謀を張り巡らせた、この戦いの現況というべき慕容貴妃も、梁山泊に近い存在といえるかもしれません)

 兀顔延寿がようやく得た国を倒し、梁山泊が自分たちの国を造る――ここでも両者の皮肉な構図がありますが、しかし結末において、両者の運命は、再び変転するのです。
 全てを喪ったかに見えた中で、それでも残ったたった一つかけがえのないものを見つけ、そしてそれによって愛と自由を得た兀顔延寿。その一方で、宋と遼という国と国との力学の前に、呆気なく建国の野望が潰えた梁山泊……

 それこそ本作においても有数の、希望に満ちたハッピーエンドを迎えた兀顔延寿と、敗北感に文字通り膝を折った呉用と――その姿はあまりにも対照的に感じられます。
 そしてそこからは、招安された梁山泊に、そしてその彼らの戦いに、一体どのような意味があるのかを、改めて考えさせられるのであります。そしてこの先の梁山泊を待つ運命も……


 招安されても変わらぬ梁山泊の痛快な活躍を描きつつ、しかしその一方で、その戦いが本質的にこれまでのそれと違うことを示してみせたこの遼国篇――『絵巻水滸伝』ならではの優れたアレンジが施されたエピソードというべきでしょう。

 しかし、それでも梁山泊の戦いは続きます。この先に待つのは、ある意味梁山泊と同様の存在というべき田虎、そして王慶との戦い――「田虎・王慶篇」についても、近日中にご紹介いたします。


『絵巻水滸伝 第二部』遼国篇3(正子公也&森下翠 アトリエ正子房) Amazon

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 正子公也&森下翠『絵巻水滸伝 第二部』招安篇5 集え! 「梁山泊」の下に!

 「絵巻水滸伝」第1巻 日本水滸伝一方の極、刊行開始
 「絵巻水滸伝」第2巻 正しきオレ水滸伝ここにあり
 「絵巻水滸伝」第3巻 彷徨える求道者・武松が往く
 「絵巻水滸伝」第四巻 宋江、群星を呼ぶ
 「絵巻水滸伝」第五巻 三覇大いに江州を騒がす
 「絵巻水滸伝」第六巻 海棠の華、翔る
 「絵巻水滸伝」第七巻 軍神独り行く
 「絵巻水滸伝」第八巻 巨星遂に墜つ
 「絵巻水滸伝」第九巻 武神、出陣す
 「絵巻水滸伝」第十巻 百八星、ここに集う!

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2022.05.11

正子公也&森下翠『絵巻水滸伝 第二部』遼国篇3(その一) 対遼国最終決戦! 陣と陣との大激突

 『絵巻水滸伝』第二部の二つ目の物語、遼国篇の最終巻であります。ついに燕雲十六州の中核たる燕京にまで迫った梁山泊軍。しかしその前に立ちふさがるのは、遼の守護神というべき大将軍・兀顔光――最強の敵による最強の陣に挑む梁山泊の運命は?

 遼国軍の大規模な南下に対し、招安後初の戦いを挑むこととなった梁山泊軍。緒戦から快進撃を続け、難攻不落を謳われた覇州も紆余曲折あったものの見事突破、最終目的地たる燕京も目前であります。

 が、ここで梁山泊軍は、太原を攻めていたはずの兀顔光将軍の大軍が――かつて梁山泊と意気投合した節度使・徐京を斃した上で――撤退、一転して燕京に向かっているという青天霹靂の報を受けることになります。
 実は、燕京で燕王を誑かした巫女・蕭輝(実は宋国を追放された妖女・慕容貴妃)が政を壟断、古参の大臣たちを粛清して我が物顔に振る舞っていることを、燕京から脱出した天寿公主が兀顔光に急報。それを受けて兀顔光は燕京に向かうことを即断したのです。

 遼最強の兀顔光が燕京に入れば、燕京攻略は俄然困難となる。いや、燕京攻略中に背後から兀顔光に挟撃されれば、一転窮地に陥る――そうなる前に燕京に急ぐ梁山泊軍ですが、もちろん遼側もそれを指を加えて見ているはずもありません。
 かくてこの巻の前半、第八十五回「迷路」では、先行する宋江隊を追う盧俊義隊が、遼の呪師・賀重宝とその一族が青石峪に作り出した八陣の迷宮に捕らわれ、絶体絶命の窮地に陥る様が描かれます。

 およそ正面からの激突であれば、いかなる強敵にもおさおさ引けを取らない梁山泊の豪傑たちですが、しかし妖術というある意味究極の搦手で来られては話は別。ここで豪傑たちが山中で迷い、散り散りになり、幻夢に悩まされる様は、衝撃的ですらあります。
 しかしそれでも朱武が、解珍・解宝が、白勝が、林冲が、それぞれの形で立ち上がり、妖術を打ち破る様は、まさしく梁山泊の豪傑ならではの痛快な展開といえるでしょう。

 特に林冲の場合、精神攻撃を受けても心に深く抱いたものがあって――というのはある意味定番のシチュエーションであるものの、彼の過去を考えれば、何とも粛然となると同時に、胸が熱くなるのです。
 その一方、命懸けで作中屈指の見せ場に挑んだ白勝は、意外と役立ち度合いが低いようにも感じられてしまうのですが……


 さて、巨大な罠をくぐり抜けて梁山泊軍が急行したにもかかわらず、それをさらに上回る速さで移動し、燕京に帰着した兀顔光。かくて遼国篇最終話である第八十六回「長城」では、梁山泊軍と兀顔光との最終決戦が繰り広げられることになります。

 遼国にその人ありと知られた兀顔光ですが、恐ろしいのはその強さが力押しだけでなく、正当な兵法に裏打ちされていること。そしてここでその兵法を象徴するのが、陣形の数々なのです。
 次から次へと変幻自在の陣形を繰り出す兀顔光(と息子の兀顔延寿)。しかしこちらにも陣形についてはマニアクラスの知識の持ち主・朱武がいます。この遼国側の陣形をひと目で見抜き、それに応じた陣を繰り出す様は、全編を通じて朱武の最大の見せ場というべきでしょう。

 しかしその朱武をしても驚倒させられるのは、かの諸葛亮孔明が編み出したという武侯八陣図の存在。これに対してついに全軍集結した梁山泊軍が九宮八卦陣で応じる様は、実に勇壮、痛快ですらあるのですが――しかし八陣図を打ち破ったかに見えたその中から更に、幻とも言われた伝説の太乙混天陣が出現するという展開には痺れます。
(原典ではこの陣の説明がちょっとクドすぎるのですが、その辺りはサラッと、しかし格好良く処理しているのもいい)

 百八星集結、招安後の水滸伝の展開を指して、戦争の連続で退屈という評はしばしば耳にします。しかし戦争の連続というのは事実としても、この兀顔光戦で描かれた陣形合戦は、そのケレン味といい勇壮さといい、格別なものがあると、改めて感じさせられました。


 しかしその秘術の応酬にも終わりの時がやってきます。その勝者がどちらであるか――それは言うまでもありませんが、敗者の側で、印象的なドラマが展開することになります。
 そのドラマの主人公となるのは――長くなりましたので、次回に続きます。


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 「絵巻水滸伝」第1巻 日本水滸伝一方の極、刊行開始
 「絵巻水滸伝」第2巻 正しきオレ水滸伝ここにあり
 「絵巻水滸伝」第3巻 彷徨える求道者・武松が往く
 「絵巻水滸伝」第四巻 宋江、群星を呼ぶ
 「絵巻水滸伝」第五巻 三覇大いに江州を騒がす
 「絵巻水滸伝」第六巻 海棠の華、翔る
 「絵巻水滸伝」第七巻 軍神独り行く
 「絵巻水滸伝」第八巻 巨星遂に墜つ
 「絵巻水滸伝」第九巻 武神、出陣す
 「絵巻水滸伝」第十巻 百八星、ここに集う!

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2022.04.29

楠桂『鬼切丸伝』第15巻 鬼おろしの怪異、その悲しき「真実」

 神器名剣・鬼切丸で永劫の時を生きながら鬼を斬る少年を描く『鬼切丸伝』もこれで第15巻。今回は、前巻に登場した奇怪極まりない存在である鬼おろしの怪異・柊との最後の対決、そしてあの楠木正成が鬼と化す物語と、二編が収録されています。

 秀吉による天下統一の締めくくりとして行われた小田原征伐――籠城戦が中心で、それゆえ大規模な戦闘は少ない印象のある戦いですが、その中でも屈指の凄惨な戦いとなった八王子城の戦いを描くのが、この巻の前半の「八王子城鬼惨劇」全三話であります。

 なかなか陥ちない小田原城に業を煮やした秀吉が、見せしめのために殲滅を命じた八王子城。しかし折悪しく城主以下主だった戦力は小田原に援軍に入っており、城に残っていたのは女子供が中心――かくてひとたまりもなく城は一日で陥落、しかし城の人々は許されることなく、ある者は無残に殺され、ある者は自ら命を絶ち、凄まじい数の死者が出たのです。

 まさに鬼哭啾啾たる有様の中、今まさに命を絶とうとする城主・北条氏照の側室とその赤子の前に現れたのは、柊と名乗る少女。彼女は生きたいと望む側室に手を差し伸べて……

 前巻の「三木の干殺し鬼」「鳥取の飢え殺し鬼」に登場した鬼おろしの怪異こと柊。彼女は文字通り他者の身に鬼をおろす――他者を鬼に変える能力を持つ、この世のものならぬ存在であります。
 しかし彼女がこれまで作中に登場した、他者を鬼に変える力を持つ者たちと大きく異なる点は、業や強い怨念などを持っていない相手をも鬼に変えてしまうことなのです。

 そしてそれ以上に恐ろしいのは、あくまでも彼女にとってはそれは救済――弱者にとっては過酷すぎる戦国の世で、鬼にも成れず、しかしなおも生きたいと望む者を、生き延びさせたいという念の現れであることでしょう。
 悪意でも無意識でもなく、善意で以て人を鬼に変える――しかも本人は既に死んで幽鬼のような状態であり、鬼切丸でも斬れない。そんな彼女は、ある意味鬼切丸の少年にとっては最悪の敵といえるでしょう。

 その力の極まるところ、鬼と化した怨霊を元に戻し、死体をも鬼に変える――そんな力を持つ柊。しかし極めて残酷かつ皮肉なことに、人を救うために鬼に変える彼女が、自分自身を救えない――鬼になれないのです。
 そんな彼女を描く物語の完結編ともいうべきこのエピソードでは、少年と柊と鬼のいつ果てるとも知れぬ地獄絵図に、鬼姫・鈴鹿御前と、もう一人の鬼が加わることによって、この構図が大きく変わることになります。

 以前のエピソードで描かれていた伏線を完全に失念していたこともあってか、この辺りの展開は少々唐突に感じられたところはあります。しかしこれ以外の展開はないのも事実であり――そしてその中で浮かび上がる柊の「真実」は、ある意味作中で最大の悲劇であったと感じられます。

 彼女に別の生き方が許されていれば、あるいは鬼切丸の少年の母のような存在(という表現はそれはそれで誤解を招きそうですが)になっていたのではないか――そんな印象すら受けるのです。


 そしてもう一篇、前後編で収録されている「鬼七生滅賊」は、ぐっと時代を遡って鎌倉時代末から室町時代初期を舞台とする物語であります。
 倒幕を目指す後醍醐天皇の下に馳せ参じ、そして建武の新政に反発して挙兵した足利尊氏らを相手に奮戦した末、壮絶に散った楠木正成。本作では、そんな姿が鬼と変ずるのであります。

 七生滅賊――七度生まれ変わっても国賊を滅ぼすという念をとともに、弟の正季と自刃した正成。その念が凝った末に鬼と化した正成は、鬼切丸で斬られても滅びない――いや、七度まで復活する、という展開には、その手があったかと驚かされます。
 しかしこのエピソードは、その先にさらなる捻りを加えてくるのです――「忠義の人」と自他ともに認める正成の真の想いを描くことによって。

 鬼と化すほどの強い念の陰に秘められたもう一つの想いと、それによる一種の救済というのは、本作ではしばしば見られるシチュエーションではあります。
 今回は正成が後世背負うこととなったイメージをそこに織り込むことで、人間の生の皮肉さと――そしてある種の希望の存在を描いていると感じた次第です。


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 『鬼切丸伝』年表・改

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2022.04.28

『鬼切丸伝』年表・改

 この忙しいときに何をやってるんだ、という感じですが、『鬼切丸伝』の作中年表をアップデートしました(単行本第15巻まで)。以前はブログ記事に掲載しましたが、かなりの分量になったのと扱い易さの関係で、自分のdokuwikiサイトの方に掲載しています。

 鬼切丸の少年が誕生したのは995年ですが、作中に登場する年代ではそれ以前、明記されているものでいえば764年、明記されていないものであれば古代まで遡る本作。エピソードは年代順ではないのでなかなか大変ですが、こうして並び替えてみるのもなかなか面白いかな――と野暮を承知で作成しております。
 それにしても、以前の版を作成した時にも思いましたが、やはり題材になっている人物・事件のバラエティは驚異的で、決してメジャーどころだけではない(というよりもむしろそちらの方が少ない?)のには感心させられます。

 こうしてみると作中に登場しているのは17世紀末まで、それ以降はまだ描かれていないのですが――おそらくはこの先で少年の心境に色々と変化があったのでは? と今から想像するのもなかなか楽しいところです。


 ちなみにこの鬼切丸伝年表、私が作っている虚実織り交ぜの年表サイト「妖異の日本史」に置いております。その他のページもご覧いただければ幸いです。


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2022.04.23

安田剛士『青のミブロ』第2巻 少年たちの光と影 そして三人目の少年

 幕末の京を駆け抜けた壬生狼こと新選組――その中で歴史に名を残さなかった三人の少年を中心に描く、異色の新選組漫画の第二巻であります。土方にスカウトされて新選組(浪士組)に加わった少年・におと、芹沢の下僕としてこき使われる太郎、そして第三の少年とは。新たな波乱がにおを待ち受けます。

 血の繋がらない妹とともに団子屋で働く中で、京を騒がす人攫いの一味と土方・沖田の対決に巻き込まれたにお。その中で、自分たち子供が犠牲になる世の中と、無力な自分への怒りを爆発させたにおは、土方から誘われて新選組に加わるのでした。
 そんなにおが見た新選組は、豪快で賑やかな若者たちの群れだったのですが――その一人・芹沢が、同志であるはずの殿内を殺害。その死体の始末を命じられたのは、芹沢から奴隷扱いされている少年・太郎でした。

 自分と同年代の太郎に関心を持ったにおは、太郎に無理やり同行するのですが……


 第一巻では基本的に格好良い姿、明るく豪快な姿が描かれた新選組。しかし早速その陰の姿が、このエピソードでは描かれることになります。それが殿内義雄の粛清――定説では近藤たちに斬られたとされる殿内ですが、本作では酒に酔った芹沢が斬ったという展開。そしてその隠蔽ににおと太郎が駆り出されることになります。(正確にはにおは無理やり押しかけただけなのですが……)

 主人公であるにおは、幼い頃に両親を失いながらも親切な老婆に拾われ、すぎるほど真っ直ぐに育った少年。一方の太郎は、におのようには周囲に恵まれず、時に卑屈に、時に冷淡に、己を押し殺して生きてきた少年であります。
 いわば光と影のような二人ですが、その姿は同時に、新選組という組織の持つ二つの顔を象徴しているような印象があります。

 そしてその影の側に立つ太郎が、強引に殿内の死体を始末しようとしたのに対し、におがどのように対処したか――それも興味深いのですが、むしろメインとなるのはその後。その対処に激怒した芹沢に呼び出されたにおが芹沢に対して何を語るか――それがこのエピソードのクライマックスといえるでしょう。

 正直なところ、ここで描かれるのは「新選組」にとってはかなり都合の良い展開ではあります。しかし土方のフォローもさることながら、単純な暴君でもなさそうな芹沢の素顔が、「大人」たちの一筋縄ではいかない顔を示しているようでユニークに感じられます。


 そして続くエピソードでフィーチャーされるのは、第三の(正確には第二の)少年――はじめこと斎藤はじめであります。前巻でも相撲でにおと対決した少年ですが、いうまでもなく彼こそが斎藤一(なのでしょう、おそらく)。
 京に着いてから近藤がどこかから連れてきたという彼は、基本的にはただの少年にすぎないにおや太郎とは別格の、既に達人の風格すらある剣士であります。
 そんなはじめと、彼に物怖じせず積極的に絡んでいくにおの小さな冒険がここでは描かれることになります。

 相次ぐ不運からノイローゼのような状態となり、自分の子を人質に立て籠もった男と遭遇した二人。「俺たちの敵の名前がわかるか!?」と荒れる男を容赦なく斬り捨てようとするはじめに対し、におは何とか命を奪わずに済ませようとするのですが……

 と、ここでも、ある意味理想論的というか、優等生的な態度を見せるにおなのですが、しかしここで「俺たちの敵の名前」を問う男の姿は、自分の正義を求めて悩むにおの姿の裏返しというべきものなのでしょう。
 だからこそ、ここで男を見捨てず、真摯に応えようとするにおの姿には、嫌味ではない等身大の少年の感情が感じられるのです。


 というわけでついに揃った三人の少年。生真面目で優等生のにお、臆病で卑屈な太郎、冷徹な剣士のはじめと、全く異なる個性の三人が、この先新選組で何を見ることになるのか――何よりも、どうしても綺麗事で済ませられないこの先の新選組の歴史を、におがどのように受け止めるのか、大いに気になるところです。

 しかし題材が題材なだけにヘビーな印象は否めない本作ですが、合間合間に挟まれるギャグのテンポが非常に良く、そういう面でもなかなか魅力的な作品であります。
(特に近藤の鉄面皮の変人キャラがいいのです)


『青のミブロ』第2巻(安田剛士 講談社週刊少年マガジンコミックス) Amazon

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