2024.03.02

白井恵理子『黒の李氷・夜話』第4巻

 時を超えて生き続ける黒衣の少年・李氷と、様々な時代に転生して彼と出会い、惹かれ合い、そして憎しみ別れる美女・セイの物語もこの巻で折り返し地点となります。前漢の武帝の時代を舞台に展開する悲劇の中、二郎真君が語る大いなる謎とは……

 古代から近代に至るまで、中国大陸の歴史の様々な場面に現れる少年・李氷。老師こと太上老君を親代わりとし、妖鳥・畢方が変化した黒衣をまとう、皮肉な少年である彼は、夏朝末期に出会った美女・成湯に強く惹かれるものの、皮肉な成り行きで引き裂かれ――その後も、転生した「セイちゃん」と出会い、別れる運命にあります。

 そしてこの巻の前半の「蠱」の舞台となるのは、前漢の武帝の時代。川で溺れていた子供・阿古を助けた李氷。実は阿古が武帝の孫だったことから、李氷はその護衛役である霍子侯(霍去病の子)として転生したセイと出会い、阿古のもとに留まることになります。

 そんな李氷の前に現れ、天界から逃げ出した邪気が、災いを起こそうとしていると語る二郎真君。はたして長安の周辺では奇怪な巫蠱――呪いのかけられた木彫りの人形を手にしたものは、たちどころに顔が崩れ落ちて死ぬ――が流行していたのです。
 これに対し、武帝の寵臣・江充は、これが皇太子・劉拠の仕業と唱え、ついに武帝と劉拠の軍が激突するに至るのでした。
 巫蠱を放っているのは何者なのか。そして何故、誰を狙っているのか。やがてあまりに残酷な真実を知った李氷は……


 前漢の全盛期であった武帝の時代の末期、長安を騒がした巫蠱が、ついには骨肉の争いにまで発展することとなった巫蠱の禍(あるいは巫蠱の乱)。
 これまでも様々な呪術・妖術を題材としてきた本作ですが、実在の(?)呪術を扱ったこのエピソードで描かれる巫蠱は、老若男女を問わず顔が崩れ落ちるというビジュアル的にインパクトの大きなもの――しかも李氷ですら手を焼く凶悪さで、天界から二郎真君が乗り出すのも納得であります。
(ちなみに二郎真君がセイと初めて出会ったのは、彼女が荊軻に転生した時なので、彼にとっては「荊ちゃん」なのが可笑しい)

 しかし真に凶悪なのは、クライマックスに明かされる、その巫蠱の術者であります。あるタブーが元で生まれたという、何ともやりきれない存在である上に、およそ普通の主人公であれば手出しできそうにない相手なのですが――だからこそ李氷が、ということになるものの、しかしそれでも彼の選択は、あまりにもやりきれないものであります。
 どこか似たもの同士である故か、二郎真君を前にしては生の感情を出す傾向にある李氷ですが――本作のラストでの叫びは強く印象に残るのです。

 しかしもう一つ見逃せないのは、作中で二郎真君が口にする、ある疑問でしょう。何故天帝はセイを――それも大陸に異変が起きる時に――転生させるのか。そして李氷は何者で、誰が仕組んで何故セイの転生を追わされているのか?
 これまである意味自明のものと思われていた李氷とセイの関係性の謎は、この先、後半の物語を引っ張っていくこととなります。


 そしてこの巻の後半の「妖貴妃」は、サブタイトルで察せられるように、唐の楊貴妃を題材とした物語であります。

 おかしな縁で、天才的な腕を持つ彫り物師・柳青と出会った李氷。そこで彼が出会ったのは、柳青の幼馴染の少女・玉環でした。
 幼いうちから李氷を驚かせるほどの無意識の蠱惑的な魅力を持ち、成長していくにつれてさらにその力は強くなっていく玉環。しかし柳青は玉環から寄せられる好意を拒み、彼女はやがて宮中に上がることになります。

 そしてその後の彼女の運命は歴史が示すとおり――ついに国を乱すまでとなった彼女の存在。誰もが彼女に惹かれ、そして憎む中、自分の心の中と向き合った柳青が彫った彼女の姿は……

 セイは登場しない、いわば脇筋ではあるものの、それぞれ一方方向に終わる男女の情の哀しさが印象に残るこのエピソード。
 玉環の妙にリアルな存在感(安禄山が、彼女のあまりに蠱惑的な美を恐れて逃げ出し、乱を起こす描写に不思議な説得力)もさることながら、クライマックスに柳青が彫った彼女の姿が、不思議な余韻を残します。

 あれはやはり真実の姿だったのか、それともそれもまた、男の勝手な視線に過ぎなかったのか、と……
(ちなみにラストを見るに、柳青の存在は、天津の楊柳青木版年画からの逆算なのでしょう)


『黒の李氷・夜話』第4巻(白井恵理子 eBookJapan Plus) Amazon

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2024.02.28

平谷美樹『貸し物屋お庸謎解き帖 髪結いの亭主』

 白泉社招き猫文庫で四作、そしてこのだいわ文庫で四作目、通算八作目となり、長期シリーズとなってきた『貸し物屋お庸』。江戸のレンタルショップを舞台に、品物を借りに来る客たちの人間模様が、そしてそれにまつわる幾つもの謎が、今回も描かれることになります。

 故あって貸し物屋・湊屋の両国出店を預かっている少女・お庸。顔は可愛いが口は悪い、そして好奇心とおせっかい焼きでは右に出るもののない彼女は、手代の松之助や店を手伝う陰間長屋の面々を振り回しつつ、今日も威勢よく働いております。

 そんなある日、店にやって来たのは、台箱(髪結いの道具を入れる箱)を借りたいという初老の男。以前髪結いをしていたが、今は棒手振りをしているという男は、髪結いを再開するために道具を借りにきたというのですが――お庸の勘は、何やら裏の事情があることを感じとるのでした。
 そこで男の様子を調べた追いかけ屋(店が詐欺にかけられたり、品物が犯罪に使われたりするのを避けるため、客の身辺調査を行う役)によって、おかしな状況が判明するのでした。

 折角借りた台箱を使うこともなく、住処に置きっぱなしだという男。しかも男は棒手振りの傍ら、面体を隠して、普段商売に行くのとは別の町を歩いているというではありませんか。
 はたして男は何のために台箱を借りたのか。そして男は何のために町を歩いているのか――やがてお庸は、男の過去にまつわる、ある事情を知ることに……

 本書はそんな表題作「髪結いの亭主」から始まります。髪結いの亭主といえば、妻に働かせて自分は左うちわの男を指す言葉ですが、さて本作では――と、一種の「日常の謎」が描かれることになります。
 そしてその謎の先にあるのは、何ともほろ苦く、そして切ない事情――ある一つの事実から、男の行動の意味が明らかになっていくミステリ味はもちろんのこと、そこに強く漂う人情味も含めて、ある意味本シリーズらしいエピソードといえるでしょう。


 そして本書には、この他に以下の四編、全部で五編が収録されています。

 割れた鼈甲櫛を拾った少年の枕元に若い女の幽霊が出現、少年が櫛を店に持ち込んだことをきっかけに、お庸が人のエゴのぶつかり合いに巻き込まれる「割れた鼈甲櫛」
 幼なじみの叔父が、店から上物の釣り竿を借りたものの、家に置いたまま毎夕出かけていくという謎に挑む「六尺の釣り竿」
 火の用心の拍子木を借りに来た元鳶の親方とお庸の短い道行きを描く「火の用心さっしゃりやしょう」
 法事で親戚が集まるので大火鉢を借りたいという呉服屋にお庸が感じた小さな違和感が大事件に発展する「凶刃と大火鉢」

 今回も人情あり、幽霊との対峙あり、事件の謎解きありと、バラエティに富んだ内容であります。(特に本物の幽霊が登場するのは、本シリーズならではの特色の一つでしょう)
 正直なところ、ちょっと内容的に小粒かな、という印象もあるのですが、しかしどのエピソードも、作中にキラリと光るものがあるのは間違いありません。

 特に「火の用心さっしゃりやしょう」は、掌編といっていい分量ながら、個人的には今回のベストと感じる作品です
 若い衆が自分愛用の拍子木を忘れてきてしまったので、代わりを借りに来たという隠居した鳶の親方。若ぇ者を鍛えるという親方を面白がり、番屋まで同行することになったお庸は、言葉を交わしながら夜道を行くのですが……

 実は同様の趣向のエピソードは以前にもあったのですが、もちろんこちらはまた別の一捻りが加わった内容。もの悲しいようで、どこか粋さを感じさせる結末が印象に残ります。

 また、「凶刃と大火鉢」は、本書の掉尾を飾るのに相応しいオールスターキャストのエピソード。これまでお庸を支えてきた面々が力を合わせてのクライマックスは、ある意味彼女のこれまで辿ってきた成長の道のりを示すものかもしれません。

 その一方で気になるのは、主の清五郎に対するお庸の想いの変化であります。他の面ではまだまだ大人らしさよりも自分らしさ優先のお庸ですが、はたして彼女は彼女はこのまま「成長」して終わってしまうのか。まだまだ先が気になる物語です。


『貸し物屋お庸謎解き帖 髪結いの亭主』(平谷美樹 だいわ文庫) Amazon


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2024.02.18

「コミック乱ツインズ」2024年3月号

 「コミック乱ツインズ」2024年3月号は、ちょっと気の早い桜をバックにした若又市の『前巷説百物語』が表紙、『江戸の不倫は死の匂い』が巻頭カラーであります。今回も印象に残った作品を一つずつ取り上げます。

『前巷説百物語』(日高建男&京極夏彦)
 というわけで花を背負って表紙を飾った又市ですが、本編の方は、提灯一つの灯りのみの暗闇の中、登場人物たちの言葉のやり取りが続くという、ちょっと舞台劇的な味わいのある回。主要キャラクターたちが揃ったところで、首を吊ろうとしていたお葉の口から、そののっぴきならない理由が語られることになります。

 聞けば、彼女が慕う音吉がかみさんに殺され、さらに彼女から自分まで殺されかかったところで逆に殺してしまったという状況。そんな八方塞がりのお葉を、後の又市であれば妖怪の仕業にして救ってみせるところですが、今の又市にできるのは、狡かろうが汚かろうが惨めたらしかろうが人は生きてこそ、と『必殺必中仕事屋稼業』の最終回みたいな言葉をかけるくらいしかできません。
 そんな中、この損を三十両で買うと角助が言い出して――いよいよ次回、仕掛けが始まります。


『ビジャの女王』(森秀樹)
 まだまだまだ続くモンゴル軍の総攻撃、三本の攻城塔の一本は倒し、モンゴル軍の突撃戦法を何とか防いではいるものの、やはりビジャ側がジリ貧であることは否めません。そしてついに攻城塔が城壁に取り付き、こういう時に役に立ちそうな火矢の攻撃もしっかりと対策が取られているという危機的な状況で、モズが取った策とは……

 なるほど、確かにちょっと勿体ないですが、こういう風にすればいいのか! と勉強になる(いや、利用する機会はないですが)展開。何とか一矢報いたものの、しかしまだ逆転にはほど遠い状況で、頼みの綱はモンゴル軍の中のインド墨者の働き以外にないと思われますが……


『真剣にシす』(盛田賢司&河端ジュン一・西岡拓哉/グループSNE)
 大坂城で大塩平八郎を相手に繰り広げられるカードゲーム「蔵騒動」もいよいよ佳境。大塩が金と米、銃の札を集めてゲームの勝利と実利を求める一方で、夜市は何故か酒の札を集めるのに拘って――という展開からは明らかに大塩有利に見えますが、夜市の場合はここからが怖いのはいうまでもありません。

 大塩のスカウトも煙に巻き、飄々とプレイを続ける夜市の真意と勝算は――と、白熱の勝負が繰り広げられるのですが、ちょっとルールがややこしくて点数の計算が頭の中で追いつかないのが辛い。ゲーム自体はよくできているのですが、プレイの内容自体は札のやり取りなので、地味に見えてしまうのも勿体ないところです。

 そしてゲームの方は思わぬ展開を迎えたところで、次回最終回――ってここで!? ちょっとどころではなく残念ですが、どのように締めくくるのか見届けたいと思います。


『カムヤライド』(久正人)
 ヤマトタケルの東征に対して、いよいよ激化する蝦夷&国津神連合軍の攻撃。もっともこちらはモンコ・ヤマトタケル・オトタチバナ・タケゥチとたった四人とはいえ、国津神特効持ちが二人に、無敵のタンク役、さらに速度と技術に全振りした攪乱役もいるという構成で、隙はありません。
 コール付きの新フォームを二つも披露と、神薙剣も絶好調ですが――しかしここで(国津)神絶対殺すマンである彼の、意外な弱点が判明することとなります。

 一歩間違えれば文字通り命取りになるこの弱点ですが、それを知りながら何故モンコが放置しているか――その理由が、彼の揺るがないヒーロー精神、いやそれ以上にヤマトタケルへの友情と信頼を示すようで、大いにグッときます。

 が、グッと来るのはそれだけではありません。オオウスを奪われて以来、殺伐とした気配を隠さず、その苛立ちを蝦夷たちにぶつけようとしたオトタチバナ。その彼女にモンコが差し出したのは……
 モンコのキャラクターのある側面が大きな意味を持つこの展開には、そう来たか! と大いに納得&テンションが上がりました。

 飄々としつつも、さらりと人を守り救うことへの固く熱い信念を見せるモンコを見ていると、本作がヒーロー漫画である所以は、単にカムヤライドという変身ヒーローが登場するからだけでないと、改めて感じるのです。


 次号は『ビジャの女王』が表紙、 巻頭カラーは『そぞろ源内』とのことです。


「コミック乱ツインズ」2024年3月号(リイド社) Amazon

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2024.02.17

久正人『カムヤライド』第10巻 嵐の前の静けさ!? 新たなる敵の影

 連載五十回突破、単行本もこれで第十巻と、長期連載となった『カムヤライド』、この巻は天津神との全面対決が終わり、嵐の前の静けさという印象ですが――しかしそこで語られるものは、驚くべき事実の数々。モンコたちを更なる戦いに誘う、新たなる(?)敵とは……

 驚愕の「殖す葬る」から一転、ヒーローたちと怪人たち、五対五の頂上決戦が描かれてきた本作。それぞれに犠牲を払いつつ繰り広げられた激闘は、アマツ・ノリットとミラールをカムヤライドと神薙剣がそれぞれ撃破――これにより天津神たちが撤退したことから、ひとまず終わりを告げることになります。

 この巻の冒頭では、そのアマツ・ノリットとミラールが、それぞれの好敵手、あるいは想いを寄せた相手との別れが描かれるのですが――特にノリットにとっては、あの殖す葬るは、戦いにも血を流したり相手を傷つけたりせず、終わればノーサイドになるものがあることを教えるものだったのか、と感心させられます。
(……ん、師匠なんかやってなかったか?)
 しかしこれで戦いが終わったわけではありません。よく考えればモンコはヤマトのお尋ね者、そもそも神薙剣とヤマトヒメたちも、モンコを追って現れたのですから。

 かくて捕らえられた上、トレホ親方たちを人質にされたモンコですが、ここで意外な事実を語ったのがタケゥチであります。
 彼が手に入れたノミの宿禰の指の指紋とモンコの指紋の間のある関係性を、そして東国の民と国津神が同盟を締結、その仲立ちとなったのは以前に彼が追っていた謎の三人の老人と、「ノミ様」なる人物であったことを!

 しかしノミの宿禰は、ヤマトでの処刑からは生き延びたものの、その後確かに死んだはず。それは今回、色々とノミの宿禰(の造形)には詳しいトレホ親方によっても確認されたはず。だとすれば、東国に現れたのは何者なのか。そして何よりも、モンコとの関係は――?

 かくて東国征伐に向かうヤマトタケルの軍に同行することになったモンコ。それは人質を取られた囚われ人としての旅ではあります。しかしそれ以上に彼にとっては、ヤマトタケルの目を覚まさせる――出会った頃の彼に戻すための旅というのがまた泣かせるところであります。
 そして誰かを取り戻すための旅というのは、オトタチバナも同じ。かつて己の力を誰にも受け容れられずに荒れ狂っていた彼女を認め、「盾」とし生きることを教えてくれたワカタケを天津神から奪還するために、彼女もまた東征に加わります。


 かくて旅立つ三大ヒーロー+タケゥチ。しかし相変わらず飄々としたモンコと、何を考えているかわからないヤマトタケル、殺気立つオトタチバナと、向いている方向がバラバラ。あのタケゥチがツッコミ役に回らざるを得ないのですから先が思いやられます。
 そしてそこに意外なところから「敵」が襲いかかります。その「敵」の戦う理由の哀しさに対し、モンコが語るのは――ヒーローという存在がある意味必然的に抱えざるを得ない陰を、「守る」という言葉で全て受け止めてみせる彼の姿には、ひたすら痺れるしかありません。

 そこからカムヤライドの新たな能力と神薙剣との対峙、そしてさらに物語の始まりに繋がる存在の提示――と、物語は一気にアクセルを入れて展開。再び嵐に突入したその先はまだまだ見えないのであります。


 それにしてもこの巻で思いもよらぬ活躍――というより要所要所を押さえて見せるのがタケゥチです。この巻では彼の思わぬ秘密が明かされますが、それを以て記紀の描写との整合性を取ってみせるのには脱帽であります。
(そしてこの巻のラストでは、彼が思わぬ人情を見せますが、あれはあれである種のフラグを背負わせたような……)


『カムヤライド』第10巻(久正人 リイド社SPコミックス) Amazon

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2024.02.13

白井恵理子『黒の李氷・夜話』第3巻

 長きに渡る時の中で、様々な時と場所に現れる黒衣の少年・李氷――彼と永遠の美女・セイの、歴史の中で繰り返される出会いと別れを描く連作の第三巻であります。秦の始皇帝の時代、意外な姿に転生していたセイと出会った李氷。のっぴきならぬ運命の彼女を救おうとする李氷の前にライバルが……

 天に赤気が現れ、五行が乱れる中、秦の国に出現した李氷。神薙剣赤気により思うように力を発揮できない李氷は、荊軻に転生したセイに助けられることになります。
 父の名を継いで荊軻を名乗る彼女は、父を殺した秦王・政に復讐を誓い、剣の腕を磨いていたのですが――李氷の前に、荊軻の親友・高漸離、実は天界の神将・顕聖二郎真君が現れます。

 天に赤気現れる時、地上に現れる妖刀「徐夫人の匕首」――人の運命を変え歴史を変えてしまうこの匕首が荊軻の手に渡り、後の始皇帝である政を殺すことを阻止するため、二郎真君は地上に降り立ったのです。
 しかし荊軻を殺し匕首を奪うはずが、彼女に恋してしまったため手を下せなくなってしまった二郎真君。しかし、いよいよ政のもとに向かう荊軻に対して、彼が一計を案じたことを知り、激しい怒りをぶつける李氷ですが……


 これまで四度セイと巡り合いながらも、その度に皮肉な運命によって引き裂かれ、時に憎まれまですることになった李氷。しかしこの「徐夫人の匕首」では、その彼の前に、恋のライバルが登場することになります。
(ちなみにこの前に元にいたのに今回秦なのは、単に時系列をシャッフルして描いているためかと思いきや、李氷自身が時を遡ったことに戸惑っている様子なのがちょっと面白い)

 それがまた顕聖二郎真君という天界の超大物というのが面白いのですが、よりによって荊軻に転生したセイ(「あんたってどうしていっつもそんな重い人生を…」という李氷の言葉にはただただ同意)を挟んで、彼女を救うか、政を救うかというある意味究極の二択となるのが、このエピソードの見どころでしょう。

 その果てに二郎真君が選んだ道が、ある意味実に神様らしい冷徹なものである一方で、普段は斜に構えて皮肉な態度を見せてきた李氷が、心の底から愛を叫ぶという対比も良いのですが――この人知を超えた両者の激突と、史記に記された荊軻の姿を並行して描くというクライマックスは、実は政と荊軻が幼馴染であり、政が唯一心を許した相手だったという設定も相まって、大いに盛り上がるところです。

 そしてその果てに、真の姿を見せて秦の宮殿に殴り込んだ李氷が、これはある地味実に彼らしい皮肉な態度を見せる結末もまた、本作らしいといえるでしょう。
 その一方で、これまで作中で老師として登場してきた李氷の育ての親(?)がその正体を現したことで、李氷自身にも大きな秘密があることが窺われるなど、ある意味作品のターニングポイントというべきエピソードであります。


 また、続く「殺気神」は、漢の景帝の時代を舞台に、中山靖王劉勝と、彼に仕える異民族の少女剣士・暁珍を巡る奇譚。皇帝の後継者レースから脱落した無能者で色好みの劉勝と、彼を狙う呪詛と対決することになった李氷と暁珍の姿が描かれることになります。

 ここでのヒロイン・暁珍はセイに似ているけれども別人で、つまりは本筋を離れてはいるのですが、それだけにこのエピソードは気軽に読めるものがあります。
 その一方で、サブタイトルの殺気神――暁珍の部族で語られる、武器を持った人に宿る狂気の存在と、底抜けのお人好しというべき劉勝を対比して、人の在るべき姿を思わぬ形で浮かび上がらせるのもユニークなところです。
(ちなみにこの劉勝の子孫こそが、あの劉備玄徳であって――その意味では、実に作者らしい題材というべきかもしれません。)

 またこの巻の巻末には、第二次大戦中を題材にした掌編「死相船」を収録。李氷は顔見せ程度の登場ですが、殺気神の行き着く果てを描いたともいうべき内容で、「殺気神」と対応する内容と言ってよいのかもしれません。


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白井恵理子『黒の李氷・夜話』第2巻

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2024.02.01

白井恵理子『黒の李氷・夜話』第2巻

 永きに渡る中国(時々日本)の歴史に幾度となく顔を出す不老不死の少年・李氷を狂言回しとした全七巻の連作シリーズの第二巻であります。幾度も悲劇を招いてきた李氷が愛してやまぬ永遠の美女・セイとの出会いは、今回思わぬ形で描かれることに…

 皮肉屋で女好き、強力な呪術の力を持ち、飄々と世を渡る少年・李氷。歴史上の様々な時と場所に現れる李氷は、暴政で人々を苦しめる夏を倒そうとする美女・成湯と出会い、力を貸すことになります。
 彼女と強く惹かれあうもののすれ違い、憎まれすらして別れることとなった李氷。その後も彼は、後漢、唐と様々な時代で、成湯――セイちゃんが転生した美女と出会い、その度に別れを経験することに……


 そんな設定で展開する本作ですが、第二巻に収録された「鬼神来迎」では、元寇を背景に、奇怪な転生が招く悲劇が描かれることになります。

 ある日、着衣のまま水に飛び込んだ娘を助けた李氷。セイの転生である彼女は元の軍人・胡凱を名乗り、皇帝フビライの命により、近々水軍を率いて日本に侵攻することになると語るのでした。
 フビライが日本の神のお告げで侵攻を決めたと知り、一足先に日本に渡った李氷は、鎌倉で神に祈る者たちを束ねる陰陽師・安倍晴亮と対面。しかし李氷が神から感じたのは血なまぐさい気配でした。

 そして鎌倉で李氷が出会った武士・竹崎季長の顔は、胡凱と瓜二つで……

 元寇という、これまでに比べると日本でも馴染み深い題材を扱うこのエピソードですが、何と言っても目を惹くのは、セイの魂が二つに分かれ、元と日本に同時に転生しているというシチュエーションでしょう。
 はたして愛する者が二人同時に存在した時に、李氷はいかなる道を選ぶのか――というのは興味深いところですが、しかし物語はそちらの方面よりも、むしろ李氷と安倍晴亮、そして謎の神との対決の方にフォーカスされることになります。

 正直なところこのエピソード、神の正体も企ても、真相が分かっても今ひとつピンとこない(さらにいえば安倍家がこの神を奉じているという設定もどうかと)ため、物語自体もスッキリしないものとなっているのが何とも残念であります。
 神に人々が翻弄された末に爆発する李氷の激情が――という結末自体は悪くないだけに、勿体ない印象が残ります。


 また、この巻に収録された「随尸鏡」は時代を遡って後漢末が舞台の中編。育ての親である老師がかつて碁で負けたカタで持ち去られた秘宝・随尸鏡を取り戻すため、李氷江東の有力者・喬国老のもとに向かうという物語であります。
 実は喬国老には大喬・小喬という美しい二人の娘がいて――とくれば、なるほど『STOP! 劉備くん』をはじめとして硬軟様々に三国志を題材にしている作者らしいと納得できるところであります。

 ここで三国志の世界に足を踏み入れた李氷が、大喬に婿入りすることになる、というだけで大変ですが、さらに大喬が何者かの襲撃を受け、大喬・小喬といえば当然あの人物も登場して物語を引っかき回す――と三国志外伝として、非常にユニークな物語が展開していくことになります。

 実はこのエピソードはセイが登場しないという、ある意味脇筋の内容ではありますが、長い長い時を舞台とする本作であれば、それもまた大いにありだといえるでしょう。

 ちなみにこの巻にはもう一編、第一次大戦後の日本を舞台とした短編「赤い風車」を収録しています。ページの都合で李氷がSDになってしまったという人を喰ったシチュエーションですが、描かれる物語はかなり重いファンタジーといったところ。
 こうした趣向の物語も、人の世界の外側に立つ李氷が主人公だからこそできる物語というべきかもしれません。


『黒の李氷・夜話』第2巻(白井恵理子 eBookJapan Plus) Amazon

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2024.01.26

コナン・ドイル『霧の国』 啓蒙かプロパガンダか チャレンジャー教授、心霊の世界に挑む

 コナン・ドイル晩年の作品にしてチャレンジャー教授ものの第三作、そして大いなる異色作(というか問題作)であります。今回チャレンジャー教授とマローンたちが挑む驚異は心霊の世界――はたして心霊は、死後の世界は存在するのか? 激烈に反発するチャレンジャー教授ですが……

 新聞の取材で、近頃話題の心霊教会を取材することになったエドワード・マローンと、チャレンジャー教授の娘・イーニッド。初めは心霊の存在を胡散臭く思っていたマローンですが、今は亡き盟友・サマリー教授の霊が現れた事に衝撃を受けます。
 その後も交霊会への出席や霊媒たちとの交流、ロクストン卿も加わっての幽霊屋敷での冒険を経て、マローンは心霊の世界は存在すると確信するようになるのでした。

 しかしチャレンジャー教授は、心霊の存在を真っ向から否定し、心霊主義を激烈に攻撃するのですが……


 『失われた世界』で登場し、それ以降も『毒ガス帯』(本作の後の)『地球の叫び』『物質分解器』でも活躍するチャレンジャー教授。明晰な頭脳と類い希な行動力を持ちつつつも、そのエキセントリックかつ攻撃的な性格から、周囲との間で軋轢を引き起こさずにはいられない名物男であります。

 本作はそんなチャレンジャー教授ものではありますが、物語の実質的な主人公は『失われた世界』以来、チャレンジャー教授の冒険に同行する新聞記者マローンとなります。
 初登場時は血気盛んな青年だった彼も、ある程度の年月を経て落ち着いてきた姿が描かれ、あろうことか(?)チャレンジャー教授の愛娘イーニッドとの間にロマンスを育んでいるのですが――本作はそんな彼が出会う様々な心霊現象と、その存在を信じるに至った彼がチャレンジャー教授を「改宗」させようと奮闘する姿が描かれます。

 という粗筋で何となく想像がつくのではないかと思いまずが、本作は良くいえば心霊主義の啓蒙小説、悪くいえばプロパガンダにほかなりません。当時(でも)色眼鏡で見られていた心霊主義の科学性とその主張の正当性、素晴らしさを謳い上げる――その目的のために描かれているのですから。
 特にその晩年、ドイルが心霊主義に深く傾倒したことはつとに知られていますが、その一つの表れが、本作なのであります。

 正直なところ、当時の読者がどのような反応を見せたかは寡聞にしてわからないのですが、しかし戸惑う読者が多かったのではないか、というのは容易に想像できます。
 個人的にも、「人々を善導する、そして語る事が絶対的に正しい心霊」という存在に大きな疑わしさを感じてしまうだけに、本作を読み通すのはなかなかに骨であったというのが正直なところであります。

 ところがその一方で、本作は二つの点でそれなりに面白い(あるいは興味深い)のもまた事実です。その一つは、小説としての面白さ――正直なところ、心霊主義者たちの主張は(訳文が古いこともあって)辛いのですが、それ以外の部分は意外に面白いのです。

 本作はある種連作短編的に様々なエピソードが描かれるのですが、マローンとロクストン卿の幽霊屋敷探検は、さすがにホラー小説においても数々の佳品を著したドイルならではという迫力であります。(また、交霊会の最中に、得体の知れない類人猿めいた存在が現れる場面の理不尽さもいい)
 また、本作に登場する霊媒の中でも中心的な人物である善良なリンデン氏が警察のおとり捜査にひっかかり告訴されるくだり、またボクサー崩れで霊媒詐欺をもくろむリンデン氏の弟のどうしようもない悪党ぶりなど、なかなか読ませる内容で、この辺りはエンターテイメント作家・ドイルの地力を感じます。

 そしてもう一点は、当時の心霊主義界隈のルポルタージュとしての側面であります。もちろん本作で描かれている個々の内容はフィクションではありますが、本作の目指すところを思えば、それはかなりのところ、当時の「現実」を示すものと思うべきでしょう。
 そしてそれは心霊主義のポジティブな面だけでなく、上で触れた詐欺のような悪用する者やその危険性、また心霊主義に対する世間の目をも克明に描いているのです。
(惜しむらくは、邦訳にその辺りの注釈が乏しく、どこまでが現実でどこまでがフィクションかわからない点ですが……)


 思えば恐竜生存説、エーテル宇宙観、地球生命体説と、異説と呼ばれた科学にその名の通り挑戦してきたチャレンジャー教授。その挑戦者ぶりは、本作も健在であったというべきでしょうか。(結局、いずれも異説は異説だったわけですが……)
 決して万民にはお勧めできませんし、現在ある意味幻の作品となっているのも納得ではありますが、興味深い作品ではあります。


『霧の国』(コナン・ドイル 創元SF文庫) Amazon

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2024.01.14

鳥羽亮『剣狼の掟』 剣豪が人を斬る者であった頃の物語たち

 今なお時代小説界のトップランナーの一人である鳥羽亮の、比較的珍しい短編を集めた作品集であります。作者のシリーズキャラクターによるハードな剣豪小説を中心とした全五編が収録されています。

 1990年に江戸川乱歩賞を受賞、デビュー当初の現代ミステリから、1994年の『三鬼の剣』以降は剣豪ものを中心に、時代小説で活躍を続ける鳥羽亮。ここしばらくの時代小説界のトレンドを反映してか、長編(連作短編)が圧倒的割合を占める作者ですが、本作はその中でも独立した作品、シリーズの外伝的作品を中心に収録されています。

 個人的に楽しみにしてたのは、なんといっても「人斬り佐内 秘剣腕落し」――タイトルだけでピンとくる方もいるかと思いますが、昨年大団円を迎えた高瀬理恵による漫画『暁の犬』の原作『必殺剣「二胴」』と主人公を同じくする物語です。

 江戸で相次ぐ、腕を斬られた辻斬り事件――それが自分の富田流居合術の秘剣・腕落しを意識したものではないかと考える道場主と刺客の二つの顔を持つ小野寺佐内。その前に現れた材木問屋を名乗る男・藤兵衛は、正規のルートを経由せずに佐内に高砂の森蔵なるやくざの親分を斬るよう依頼するのでした。
 依頼が深川を巡る縄張り争いに関するものと知った佐内は、かつて道場を訪れた一刀流の使い手・斎藤十左衛門が辻斬りの下手人であり、森蔵側に雇われているものと推測。首尾良く森蔵は斬ったものの、十左衛門が現れなかったことに不審を抱く佐内ですが……

 『必殺剣「二胴」』に先立つ1995年に雑誌掲載され、アンソロジーに収録された本作。よく読むと「二胴」とは別ユニバース(?)の物語なのですが――佐内の面倒を見る口うるさいおしまや、名前のみの登場ながら益子屋の存在、そして下戸で役者のような風貌の佐内と、馴染みのある設定となっています。
 そして何よりも、剣で人を斬る刺客を生業とすることに半ば自嘲的でありながらも、剣客としての意地と闘志を失わない佐内のキャラクターは、この時点で完成していることがわかります。(おそらくは本作がパイロット版的位置づけなのでしょう)

 そして物語の方も、作者の初期の作品らしく、ミステリ的な一ひねりも二ひねりもある内容。はたして辻斬りは十左衛門なのか。何故彼は現れなかったのか。そして彼の秘剣・鳥影と腕落しの対決の行方は……
 剣客としての決闘に加え、刺客としての落とし前をつける佐内の姿も印象的で、ハードボイルドともノワールともいうべきハードな物語であります。
(そしてこれも同じ作者で漫画化してもらいたい……)


 その他印象に残ったのは、市井の試刀家にして介錯人(時々刺客)でもある狩谷唐十郎が登場する「首斬御用承候」。唐十郎は長編主体の「介錯人・野晒唐十郎」シリーズの主人公ですが、本作は独立した短編です。

 名刀の収集家である幕府の役人・横瀬外記から、養女を連れて逃げた家臣・八郎左衛門を斬ってほしいと依頼された唐十郎。しかも外記の持つ備州長船で、という条件に違和感を持ちつつも、唐十郎は心隠刀流の達人である八郎左衛門と対決することに……
 そんな剣客同士のハードな対決に加え、複雑な人の心理に彩られた、ひねりの入った物語展開が魅力の本作。そしてその中で、介錯人にして試刀家という立場から意地を貫く唐十郎の姿が、痛快ですらあります。

 また、2016年発表と収録作中一番新しい「怒りの簪」は、山田浅右衛門の高弟・片桐京之助が、首を斬ることになった死罪人の女から、激しい怒りの言葉と共に簪を託されたことから始まる物語。
 真相自体はあまり意外ではありませんが、そこにたどり着くまでの丹念な積み重ねと、その上で京之助が選ぶある意味スマートな決着の付け方が、印象に残ります。


 その他、実在の剣豪・秋山要助を主人公にした『剣狼秋山要助 秘剣風哭』の一編であり、宿場町で泥臭く殺し合う剣客たちを描く「剣狼」、時代ミステリ『波之助推理日記』の一編であり、相次ぐ幽霊の出現と大金の盗難の謎を解く「幽霊党」の、全五編が収録された本書。
 ここしばらくのトレンドでは、剣豪ものもだいぶマイルドになった印象がありますが(「怒りの簪」の内容はそれを踏まえたものといえるかもしれません)、それ以前の昏くギラギラとした剣豪ものを――剣豪が人を斬る者であった頃の物語を、久々に見せてもらった思いです。


『剣狼の掟』(鳥羽亮 角川文庫) Amazon


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2024.01.03

逢坂みえこ『獣医者正宗捕物帳』第5巻 「その先の部分」を描く換骨奪胎の巧みさ

 獣医者兼岡っ引きの正宗と子分の佐助が、様々な古典ミステリを題材とした事件に挑む時代ミステリ漫画シリーズの最新巻が刊行されました。数々の怪事件の背後に見え隠れする人間の心理の綾を、正宗の推理が解き明かします。

 獣医者を営む傍ら、怪事件があれば岡っ引きとして子分の佐助とともに乗り出す正宗を主人公とした本シリーズ。今回もこれまで同様、全三話が収録されています。

「失踪当時のお着物は」
 正宗の顔馴染みの女絵師・鱗粉亭小蝶が持ち込んできた一揃いの衣装――木のウロの中にあったのを、遊んでいた子供たちが見つけたというその衣装は、材木問屋に婿入りした若旦那のものだと小蝶は証言します。
 捜査に向かった正宗と佐助は、現場近くで様子を窺う、妙に足の早い老人を発見。後を追った二人は、旅芸人一座と出会うのですが、若旦那の手がかりはつかめません。

 一旦、若旦那の妻のもとに向かった二人は、彼から明日戻るという手紙が届いているのを見せられるのですが……


「見知らぬ浴客」
 湯屋に行った帰り、知らない男に追われているというお米に助けを求められた正宗と佐助。権左というその男を取り押さえてみれば、権左は、お米に「女房はダメでも、あんただけでも助かってくれ」とわけのわからないことをいうばかり。
 話を聞いてみれば、夫婦仲の悪いことに悩んでいた権左は、ある日出かけた湯屋で、同じように悪妻に苦しんでいるという男・涼太郎と出会い意気投合――しかしそのうちに女房たちは死んで当然と言い出した涼太郎は、それぞれの女房を交換殺人しようと言い出したというのです。

 その場は逃げ出した権左ですが、翌日家に帰れば、まさに涼太郎が妻を殺した直後。妻殺しで捕らえられたくなければ、妻のお米を殺せと涼太郎に脅された権左は、悩んだ末にお米に警告に及んだというのですが……


「幻の蝶」
 ある日突然、自身番に連れて行かれ、見知らぬ男・吉之介の面通しをさせられた小蝶。同居していた恋人の男・夕夜が殺された翌朝、血のついた足で帰ってきたところを正宗に捕らえられた吉之介ですが――しかし愛する夕夜を殺すはずがない、何より前の晩、ずっと小蝶と一緒だったと主張しているというのです。

 吉之介の無罪を信じた小蝶は、自分を騙る別の女がいるに違いないと、正宗や吉之介の親友・信三郎を交えて、前夜の吉之介の足取りを追うのですが……


 衣服を残して失踪した男、見知らぬ男が持ちかける交換殺人、アリバイの証人となる幻の女――と聞けば、ミステリファンの方であれば、おや? と思われるかもしれません。
 それもそのはず、冒頭に触れたように、本作は海外ミステリを江戸時代を舞台に描いてみせるという趣向。第三巻まではシャーロック・ホームズものが中心でしたが(この巻にも一話ホームズものがあるものの)、この巻ではウォー、ハイスミス、アイリッシュといった作家の作品が題材となっています。

 しかしいつもながらに感心させられるのは、その換骨奪胎の巧みさです。

 ミステリのオマージュ/パロディということは、元作品を知っていればその内容はある程度想像がついてしまうのではないか――と思われるかもしれません。
 もちろん、原典そのままでなく、ある程度アレンジされているのは当然ですが(「見知らぬ浴客」の冒頭のシチュエーションの不可解さはお見事)――それ以上に本作が見事なのは、事件が解決したその先の部分、謎を解いた後の人物描写の巧みさにあると感じられます。

 ハウダニット、ホワイダニット――事件そのものの謎は解けたとしても、それで全てが解決したわけではない。その後も被害者や関係者の、いや犯人自身の心にも事件の爪痕は残ります。
 正宗であってもどうにもできない、その複雑な心の綾に、人々が如何に向き合うか――その答えの出ない問題を描くことで、本作は切ない余韻を生み出すのです。


 残念ながらこれまでとは違い、現在のところこの巻は電子書籍のみの発売のようですが――これからも巧みな「その先の部分」を描いていってほしいと、心から願う次第です。


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2023.12.30

冬野ケイ『神様の用心棒』第2巻

 箱館戦争で命を落としながら、神使として甦った青年・兎月の奮闘を描く、霜月りつの『神様の用心棒』のコミカライズ第2巻であります。神使として活躍する中、失われていた記憶を取り戻した兎月。その一方で、その記憶と密接な関係を持つ刀を用いた事件が発生して……

 箱館戦争から十年後、函館山の宇佐伎神社の祭神・ツクヨミによって甦らされた旧幕府軍の青年・兎月こと海藤一条之介。思わぬ状況に戸惑いつつも、兎月は氏子というべき函館の人々を助けるべく奮闘することに……

 という基本設定を踏まえて展開する本作。人助けもあれば、怪ノモノ――函館山から降りてくる人の負の念が生んだ魔――との対決もありと、なかなかにバラエティに富んだ物語が展開される原作ですが、漫画版は、第一巻に引き続き、この原作に忠実に描かれています。
 といっても、やはりダイレクトにビジュアルで描かれるのは、大きなアドバンテージであることは言うまでもありません。特に本作の場合、脇役も含めて個性的なキャラが登場するだけに、それがビジュアルで描かれるのはうれしいところです。

 たとえばこの巻の前半のエピソード「狐のくれた赤ん坊」は、親に捨てられた赤子を預けられた兎月が、子育てに悪戦苦闘するという人情噺ですが――彼に赤子を預けたのが「狐」、つまり稲荷というのが実に本作らしいところであります。
 そしてその彼女の様々な表情が画で描かれるのも楽しいところで、特に彼女が激した時に見せる「顔」たるや……(この辺りは素直に兎月に同情してしまいます)


 しかし画の力をさらに強く感じさせるのは、後半のエピソード「剣の約束」であることは間違いありません。

 元々、死から甦った際に記憶が一部欠落していた兎月。しかし復活から時間が経ったためか、ようやく記憶を取り戻した彼は、旧幕府軍で自分の「師」であった人物のことを思い出すのでした。
 師といっても剣ではなく(剣も教わってはいたのですが)、俳句の師だったとくれば、ピンとくる方もいるでしょう。そう、その人物の名は土方歳三――今更言うまでもない超有名人であります。

 そして兎月の記憶の中に土方が登場するわけですが、この土方が実に「らしい」ビジュアルであるのは当然として、本作ならではの姿を見せてくれるのが嬉しいところなのです。
 土方の俳句については、史実ではあるものの、何というかその内容的なものもあって、フィクションの世界ではネタ的に扱われることがほとんどといえるでしょう。しかし本作においては、そこに意外とも言える形でポジティブな――土方自身のキャラクターとしても、兎月との関係性においても――意味付けが為されているのにまず感心させられます。

 なるほど、これだけお馴染みの題材にもこういう描き方があったか! と思わされるこの土方の想いは、内容が内容だけに、画がつくことで、より印象的に感じられた次第です。

 そして更に印象的なのはこのエピソード後半の展開なのですが――これは是非実際に見ていただきたいと思います。
 この展開は画で見てみたい、と思わされた名場面が、まさに満を持して、というべき形できっちり画で描かれているのは、実に嬉しいところです。

(ちなみに前巻も凄かったカバー下のおまけ漫画は、今回それに輪をかけて凄いことに――これもやはり漫画でなければ描けない内容ではあります)


 そしてもう一つ嬉しいのは、この漫画版が第二巻では終わらず、この先も続いているところであります。
 原作第一巻『神様の用心棒 うさぎは闇を駆け抜ける』の内容は、この巻までで描かれていますが、現在は第二巻「うさぎは玄夜に跳ねる」分が連載されている模様。

 基本的にシリーズもの小説の漫画化は、第一巻だけ扱ってそれまで、というパターンが非常に多いのですが、本作はそれを打ち破ってくれているというのは大いに嬉しくなってしまうのです。


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霜月りつ『神様の用心棒 うさぎは桜と夢を見る』 春の訪れとリトルレディの冒険と
霜月りつ『神様の用心棒 うさぎは星夜に涼む』 函館の短い夏を彩る三つの物語

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