2022.05.20

平谷美樹『貸し物屋お庸謎解き帖 桜と長持』 帰ってきたお庸! 少女店主の奮闘再び!

 かつて白泉社招き猫文庫で第四弾まで刊行されながら、レーベルの終了とともに中断していた『貸し物屋お庸』が復活しました。貸し物屋(レンタル屋)の出店を営む、口は悪いが情に厚い江戸っ子娘・お庸が、貸し物にまつわる様々な事件解決のために奔走する連作であります。

 「無いものはない」という看板で知られる江戸有数の貸し物屋・湊屋。お庸は若年ながらその両国出店を預かり、日夜威勢よく奮闘する少女であります。
 元々は大工の棟梁の娘だったものが押し込みに両親を殺され、仇討ちに力を借りた代金代わりに、湊屋の主・清五郎の下で働くことになったお庸。以来、清五郎に付けられた手代の松之助とともに、お庸は小さくとも一店の主として奮闘してきました。

 基本的には客の要望に応じて品物を貸し、代金を取る貸し物屋。しかし貸した物が返ってこなかったり、犯罪などに使われては大問題――その上、生来の好奇心と義侠心も手伝って、これまでお庸は様々な客とその貸し物にまつわる事件や騒動に首を突っ込み、解決してきました。
 その対象範囲は、市井の謎から歴とした犯罪、はては亡魂や物の怪が関わるものまで様々(そもそも、生まれずに亡くなったお庸の姉が半ば守護霊状態なのです)。男以上の口の悪さを発揮しつつ、心の内には清五郎への思慕を秘めて、今日もお庸は大奮闘……


 という『貸し物屋お庸』シリーズでしたが、本作は出版社を変え『謎解き帖』となったとはいえ、物語の内容・スタイル的には全く変わらず――いわばシリーズ第五弾というべき作品となっています。
(第四弾のエピソードなどにもそのまま言及しているのにはちょっと驚きました)
 しかし元々が短編連作スタイルということもあり、ここから読んでも全く問題や違和感はなし。貸し物屋という独特の稼業、そしてお庸の尖ったキャラが、かえって初めての読者にも受け入れやすい物語として成立しているのではないかと感じます。

 さて、そんな本作に収められているのは全六話。
 同業者から、長持の借り主の住所氏名がデタラメだったと調べを依頼されたお庸が、長持の中に桜の花びらを見つけたことから景迹を巡らせる表題作「桜と長持」
 遠眼鏡を借りていった若い男の態度に不審を抱いたお庸が用途を探ってみれば実は男はストーカー、しかしつきまとっている相手は実は――という「遠眼鏡の向こう」
 余興のためといって小猿の面を借りていった客の家で妙なことが起きていると知り、調べに向かったお庸が不思議な出来事に遭遇する「小猿の面」
 店で借りられたつぐらが捨て子に使われたと知ったお庸が、赤子が捨てられた長屋の面々と共に親を探す「つぐらの損料」
 嘘をついて歯がちびた下駄を借りていった相手の正体を探る中で、下駄が使われる用途と思わぬ真実が明かされる「ちびた下駄」
 大晦日に、長らく会っていなかった息子と会うために膳と器を借りにきた老人に付き添うことになったお庸が知る真実「大歳の客」

 最初の二編が中編と言ってよい長さ、以降は短編という印象の六話ですが、いずれも共通するのは、ちょっとしたきっかけから始まる謎解きの面白さと、その背後にある人の情・想い、そしてそれに触れたお庸の成長――それを、人情ものからジェントル・ゴースト・ストーリーまで様々な形で、本作は描いていくことになります。

 エピソードの中には、必ずしも完全なハッピーエンドに終わらない、苦い現実の姿を見せるものも幾つかあるのですが――しかしその現実を受け止め、それでも結果を少しでも救いのあるものに変えようとするお庸の姿が、強く印象に残ります。

 そして印象に残るといえば、「遠眼鏡の向こう」以降本作全般で活躍する、そしてこの先もレギュラーになりそうなキャラクターが今回登場します。
 「遠眼鏡の向こう」の内容にも関わるのでここでは詳細は伏せますが、本人だけでなく、所属するコミュニティの存在も含めて(特に後者については、少々理想化されている印象はあるものの、このような形で描かれるのはかなり珍しいのではないかと感じます)、この先も気になる存在になりそうです。


 さて、第四弾までの展開では、どうやらお庸の出自に何やら秘密を匂わせるものが描かれましたが、復活第一作の本作ではそれはお預け。おそらくそれは、今後再び描かれることになるのでしょう。
 再び走り始めたお庸の向かう先を、今度こそ最後まで見届けたいと、心から思います。


『貸し物屋お庸謎解き帖 桜と長持』(平谷美樹 大和書房だいわ文庫) Amazon

関連記事
『貸し物屋お庸 江戸娘、店主となる』 貸し物が生み出すモノと人のドラマ
『貸し物屋お庸 娘店主、奔走する』 プロとして、人として
平谷美樹『貸し物屋お庸 娘店主、捕物に出張る』 物語を貫く縦糸登場?
平谷美樹『貸し物屋お庸 娘店主、想いを秘める』 お庸の成長と彼らの正体と

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

|

2022.05.18

「コミック乱ツインズ」2022年6月号(その二)

 「コミック乱ツインズ」2022年6月号の紹介の続きです。

『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 今回はちょっといつもと違う、玄馬主人公回ともいうべき内容。水城家の隠居(聡四郎の父)の命で、水城家の新たな所領の状況を確認しに行った玄馬が、年貢をお目こぼししてもらおうとする名主から接待攻めに――と、何やら意外な展開であります。それも食べ物だけでなく、何と艶っぽい方面まで……

 もちろんそんな誘惑に負けず、毅然としてこれを跳ね除ける玄馬ですが、単なる拒絶ではなく、その理由がまた彼らしく一途で爽やかなもの。逆に誘惑してきたほうが心から絆されてしまう辺り、これが玄馬という若武者の魅力でしょう(そして聡四郎はさらに責任重大に……)
 しかし玄馬の活躍はそれだけではありません。旅の帰路に謎の刺客たちに襲われる玄馬ですが、金で雇われた連中に遅れを取る彼ではありません。まさに一閃というべき彼の殺陣は、聡四郎ともまた異なる迫力で目を奪われます。

 そしてその刺客を送り込んだのは紀伊国屋配下に使嗾された間部家ですが――しかしそんな無駄なことをしている間に、紀伊国屋の方は将軍家継暗殺のための策を巡らせているのですから、やはり格が違うというべきでしょうか。


 まだまだ紹介したい作品はあるのですが、何ぶん大変な数なので、ちょっと短めで失礼します。


『列士満』(松本次郎)
 『いちげき』を完結させた作者の次なる作品は、やはり幕末に戦った、武士ならざる身の者――幕府の陸軍歩兵隊を描く物語。その第一回では、彼らの陣である水戸天狗隊討伐が描かれるのですが、これが逆に夜襲を受けて這々の体で逃げ惑うことに……
 というわけで格好良くない連中が泥臭く奮闘する様がさすがとしか言いようのない本作。状況説明がほとんど全くなしで始まるのでついて行けない人もいるのでは――とちょっと心配になりますが、互いに撃ち合った後に敵味方でスコスコ弾詰めしているシーンの妙なおかしさが印象に残ります。
(あと「本編に於いても史実に於いても全く無名のこの男」という表現)


『雑兵物語 明日はどっちへ』(やまさき拓味)
 前回は本能寺の変が描かれましたが、そこで思わぬ相手を斃すことになった捨丸と春が、今回なりゆきから加わることとなったのは、瀬田城城主・山岡景隆の重臣・巨樹賢明の下。民百姓のことを重んじ、血を流さずとも戦は出来るはずという信念で、明智軍に談判に向かう賢明ですが……
 瀬田城攻防戦という地味な史実を題材としつつも、そこで無惨に流された血を克明に描いてみせる今回。「大将ッ 戦は血を流すものだぜッ」という最高に格好良い台詞とともに身を張った捨丸の行動が、ある史実に繋がるクライマックスには痺れます。しかし今回の結末は、作品自体の終わりに繋がりかねないものでしたが、さて……


『殺っちゃえ!! 宇喜多さん』(重野なおき)
 仇敵・島村盛実と妻の父・中山信正を共に討つように命じられた直家。まあ直家的に答えは目に見えているわけですが――そこに至るまでの脳内まで目に見える形で描いてしまうのには脱帽です。
 しかし正面からでは苦戦必至の相手を片付けるのに直家が選んだ手段は――これまた目に見えているもの。しかしその結果が作中でどのように描かれることになるのか、大いに気になります。


『玉転師』(有賀照人&富沢義彦)
 女を磨いた上で高く売る、玉転がしならぬ玉転師の活躍を描く特別読切第二弾、今回磨く相手は夜鷹(だけ)ではなく――という変化球が楽しい展開です。
 主人公チームも磨く相手も、幾人も登場する女性たちそれぞれの表情も印象に残りますが(特にラスト一ページ前のあるコマ!)、もう一人、絶対あの人だろうと思っていたらやっぱりそうだったあの人も、別の意味で印象に残るのでした。


 次号は『そば屋幻庵』が登場のほか、新連載で『不便で素敵な江戸の町』(はしもとみつお)と『そぞろ源内 大江戸さぐり控え帳』(叶精作)がスタート。その代わり、『勘定吟味役異聞』『暁の犬』『カムヤライド』はお休みなのは残念……


「コミック乱ツインズ」2022年6月号(リイド社) Amazon

関連記事
「コミック乱ツインズ」2022年1月号(その一)
「コミック乱ツインズ」2022年1月号(その二)
「コミック乱ツインズ」2022年1月号(その三)
「コミック乱ツインズ」2022年2月号(その一)
「コミック乱ツインズ」2022年2月号(その二)
「コミック乱ツインズ」2022年3月号(その一)
「コミック乱ツインズ」2022年3月号(その二)
「コミック乱ツインズ」2022年4月号(その一)
「コミック乱ツインズ」2022年4月号(その二)
「コミック乱ツインズ」2022年4月号(その三)
「コミック乱ツインズ」2022年5月号(その一)
「コミック乱ツインズ」2022年5月号(その二)
「コミック乱ツインズ」2022年5月号(その三)

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

|

2022.05.08

山崎峰水『くだんのピストル』弐 時代を打破する力に魅せられた二人の青年

 人の心を読み取る力を持つ少年・くだんを狂言回しとした獣人幕末時代漫画、二ヶ月連続刊行の単行本第二巻は、表紙の高杉晋作と、もう一人――岡田以蔵を中心に描かれることになります。剣術が時代に取り残されていく中、二人の青年はピストールの力に魅せられることに……

 桜田門外の変が起きた年、九州豊後の山中で一人剣を振るっていた岡田以蔵。藩命で武者修行にやってきた彼は、修行先の道場で相手を半殺しの目に遭わせ、一人山に入って獣相手に剣を磨いていたのです。
 しかし最後の相手に選んだ巨大なイノシシには剣が通じないどころか、剣を踏み折られ、絶体絶命となった以蔵。その彼を結果的に救ったのは、山の民の猟師たちの鉄砲――そして山の民たちと共に以蔵の前に現れたのは、あのくだんだったのです。


 主人公とも狂言回しともいうべきくだん以外、ほとんどのキャラクターが擬人化した犬として描かれる本作。その第二巻の前半に登場するのは、第一巻でもわずかに顔を見せていた岡田以蔵――ハイエナをモチーフとした顔が実に似合う(といっては申し訳ないのですが)青年剣士であります。

 しかし幕末四大人斬りの一人などと言われ、凄まじい剣の腕を披露する――特に豊後の道場での相手を叩き潰した後に文字通り獣のような表情を見せた場面、一度も触れさせずにスズメバチの群れを全て叩き落とす場面は印象的――以蔵ですが、しかし本作では意外な側面を見せることになります。

 それは己の剣の無力さを、そして銃の強さを知ること――如何に己が剣を持った相手には無敵であっても、飛び道具を前にしてはその技は無に等しい。以蔵はそのことをくだんとの出会いで以て痛感するのです。
 それは象山のようなテクノロジー志向からでも、くだんのようなどこか運命的なものでもなく、純粋に戦闘で勝利するためではありますが――しかし新たな力が自分に必要であることを直感してのものである点には変わりはありません。

 そしてもう一人、この巻でピストールの力に目覚め、求めるようになるのが、表紙の高杉晋作です。
 後年の狂的な人物のイメージとはいささか異なり、ダックスフンドがモチーフという、穏やかさを感じさせる本作の晋作ですが――この巻で描かれるのは、彼が往くべき道を見失い、彷徨う姿であります。

 象山の塾を離れた後に師事した吉田松陰はあっさり処刑され、操船術を学ぼうとすれば船酔い、剣術を極めようと思えば聖徳太子流の佐藤一(!)なる人物に一撃で敗れ――己の道に散々迷った晋作。
 しかし町でくだんの描いた猫絵を見たことで、自分の未来は銃とともにあることに気付き、松代で蟄居する佐久間象山のもとを訪ねることに……

 と、剣術の限界に気付き、ピストールの力を求めるようになる二人の若者。冒頭の桜田門外の変で描かれているように、剣術が既存の武士階級を――彼らが支配する時代を象徴しているとすれば、ピストールはそれを打破する新たな力の象徴だといえるでしょう。
 しかしそれが真実なのか。仮に真実だとして、その力は彼らに与えられるのか、そして彼らが旧来の力の打破を成し遂げることができるのか――それはこの先描かれることになるのでしょう。


 そして現時点でもう一人、ピストールを求める者が本作にはいます。それは言うまでもなくくだんその人ですが――この巻のラストではふたたび彼に物語の焦点が移り、コロリの大流行で死の街となった江戸に戻ってきたくだんの姿が描かれることとなります。
(前巻で松陰と行動を共にした後のことが描かれなかったのは、ちょっと意外でしたが……)

 この江戸の姿に不気味な既視感があるのにはさておき、奇妙なすたすた坊主――これがまた素顔を隠しているだけにものすごく曰く有りげに感じられる――と行動することとなったくだん。
 人の(心の)声を聞く力で以て、その名のとおりの不吉な予言を行ってみせるくだんが求めるものは――コロリ以上に不気味な病が流行を始める中、物語は東禅寺事件へと繋がっていくことを予告して続くことになります。


『くだんのピストル』弐(山崎峰水&大塚英志 KADOKAWA角川コミックス・エース) Amazon

関連記事
山崎峰水『くだんのピストル』壱 少年の目に映った幕末を生きる者たちの姿

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

|

2022.05.05

小島環『唐国の検屍乙女』 少女は事件現場で自分を見出す

 デビュー以来、中国を舞台とした歴史ものを発表してきた作者の新作は、北宋を舞台に医学を修めた少女・許紅花と、変人美少年・高九曜のバディが奔走するミステリであります。戦場から心身の傷を負って帰ってきた紅花は、妓楼での検屍を引き受けたことがきっかけで思いもよらぬ冒険に飛び込むことに……

 1042年の北宋は開封で、実家に引き籠っていた紅花。医者一家に生まれて自分も医学と武術を修めた彼女は、名医と謳われた父とともに、二年前から西夏戦線に従軍していたのですが――そこで父を庇って負傷、右手に震えが生じるようになり、もう治療はできないと、人生に絶望していたのです。
 そんなある日、依頼で妓院での検屍に行っていた姉が、憤然として帰ってきたのを知った紅花。「髑髏真君」なる人物に言いがかりをつけられたと憤る姉に代わり、検屍を行うことになった紅花ですが――妓楼で見たものは、髑髏を小脇に抱え、役人たちに罵詈雑言を喚き散らす美少年・九曜の姿でした。

 そして紅花が検屍することになったのは、江湖随一と謳われた名妓・蛍火の死体。役人たちは事故による死と結論づけていたのに対し、殺人と判断した九曜の傲岸不遜な九曜の態度に戸惑う紅花ですが――しかし自分も同じ殺人という結論にたどり着くのでした。
 それがきっかけで互いに興味を持ち、事件解決のために共に行動することになった紅花と九曜。そして調査を進める中、何者かのメッセージが届き、二人は同様の手口の事件が起きているという後宮に潜入することに……


 これまで、基本的に中華「風」ではなく、実際の中国史を題材とした作品を描いてきた作者。本作もまたその例に漏れず、北宋とその西北に位置する西夏との戦いが、物語の背景となります。
 そもそもこの西夏との戦いで紅花が負傷、後遺症で医師の道を断念したことが物語の発端ですし、最初の殺人の被害者である蛍火は西夏の出身、そして後宮での事件も――と、この時代ならではのものであるのが印象に残ります。(個人的には、「アフガニスタンに行っておられましたね」がこうなるのかと感心しました)

 そんな歴史ものとしての背景を持つ本作ですが、物語のスタイルは、バディもののミステリというべきでしょう。
 本作における九曜と紅花のコンビ――天才ながら傲岸不遜、奇矯極まりない高機能社会不適合者の探偵役と、その相棒である常識人(の医師)というのは、これは定番中の定番のスタイルにも見えます。しかし本作のユニークな点は、紅花も九曜に負けない観察眼の持ち主として描かれていることでしょう。

 そう、少なくとも検屍という点では、紅花は九曜に劣らぬ腕と眼の持ち主であり、そして自分の見たものを、先入観に囚われず客観的に判断するだけの知性を持っているのです。それだからこそ他者を基本的に自分より下の存在と見做す九曜も彼女に興味を持ち、半ば(いや八割方)強引に相棒として事件に引っ張り込むことになるのであります。


 しかし本作の最大の魅力は、そんな九曜との冒険の中で、紅花が自分自身を見つめ直し、そして本当の自分自身として立ち上がる姿を描く点にあると感じます。

 これまで述べてきたように、戦場での負傷で医者としての道を断念せざるを得なかった紅花。しかし彼女にとって医師の道は――特に従軍してのそれは――父も母も姉も携わる家業であると同時に、女性である自分が自分自身の足で立つための、自己実現の手段でもあったといえます。
 それが喪われるということは、彼女にとっては自分が自分として生きることができなくなるということであり、自分の価値が(彼女の中では)無になったということにほかならないのですから。(それを裏付けるような、父親の弟子であるイケメン・劉天佑の初対面時の態度がキツい)

 しかし彼女は九曜との出会いによって、自分自身の新たな才能を見出すことになります。それが彼女にとってどれだけの支えと救いになったか――それは言うまでもないでしょう。だからこそ彼女と九曜の冒険は、どれだけ危険と隣り合わせであろうとも、どこか胸踊る感覚と、爽やかさがあるのです。

 が、それに加えて、彼女自身も気づかなかったような彼女自身の真実が、九曜によって顕わになるのもまたユニークな点なのですが――なるほど、本作の帯の「私もあなたに暴かれていく」とはよく言ったものだと感心します。


 正直なところ、人物配置や物語展開(特にクライマックス)に強い既視感がある点には戸惑ってしまうのですが、この先のコンビの冒険を見てみたいと思わされることは間違いない作品であります。


『唐国の検屍乙女』(小島環 講談社タイガ) Amazon

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

|

2022.05.01

輪渡颯介『髪追い 古道具屋 皆塵堂』(その二) 皆塵堂総力戦、シリーズ最高傑作誕生!?

 復活を遂げた『古道具屋 皆塵堂』シリーズ、その復活後第二作、通算第九作の紹介の続きであります。茂蔵が開けてしまった祠の中の箱から現れたのは、深い恨みの籠もった女性の黒髪。はたしてその怨念を止めることができるのか……

 というわけで、三十年前に備前屋によって全てを奪われた末に亡くなったお此の怨念の籠もった黒髪の行方を追うことになった茂蔵と皆塵堂の面々。
 以降、茂蔵が巳之助、太一郎とともに古道具屋を回る中、太一郎が髪の気配を察知するも――という「髪絡み」、箱を手に入れた呉服屋から箱をもらう代わりに、茂蔵たちが死神に憑かれたという若旦那を助ける羽目になる「死神憑き」、峰吉と二人箱を追う中でついに箱を見つけた茂蔵(と読者)がとてつもない恐怖に遭遇する「髪つき首」、そしてお此が狙う三人目の行方と、全ての怨念の結末が描かれる「花の祠」と、物語は展開していくことになります。

 先に述べたように本作の背景となっているのは非常に胸糞案件ではありますが、それでもきっちりと笑わしてくれるのが本作です。
 どんどん増えていく巳之助の長屋の猫ですとか、茂蔵が目指す「もう一段上の遊び人」といった小ネタだけでなく、「死神憑き」で若旦那に生きる気力が湧くような物を持ち寄ったら大惨事が――という展開は、重くなりがちな本作でも随一の清涼剤というべき内容であったと思います。
(しかしこの若旦那、キャラが妙に立っていて、またシリーズに再登場しそうな……)

 しかし本作で最も凄まじいギャグは、その胸糞案件を聞いている最中の巳之助たちの怒りを描くくだりでしょう。思わず読者も共感してしまうその怒りの大きさを描きつつ、同時に何ともいえぬ脱力感とおかしみを産み出す――一歩間違えれば雰囲気を壊しかねないところに、絶妙のさじ加減で描かれるこの場面には、真剣に唸らされました。


 さて――そんな相変わらずの楽しさもある本作ですが、もちろん中心にあるのは、怨霊による殺人を食い止めるという、非常にシリアスな事態であります。
 しかしここには大きなジレンマがあります。お此の髪に狙われているのは、そうされても仕方がない(そして法ではその悪業を裁けない)ような連中ばかり。確かに無関係な人間の被害は避けなければなりませんが、復讐そのものは放っておいてよいのでは――正直なところ、そんな気持ちにもなります。

 基本的に本シリーズの登場人物はその辺りにはドライなのですが、しかしそんな中で、(実害がありそうな)茂蔵とともに太一郎は積極的に髪を追って動くことになります。
 記念すべき本シリーズ初の主人公にして、作中最強の霊能者である太一郎――作中でも彼がいなければ解決できない事態が多数あった太一郎は、本作でもその力を遺憾なく発揮。お此の髪の在処を察知して、率先して動くのです。

 シリーズにおいてはその能力とは反比例して、一番常識人な印象のある太一郎。なるほど彼であれば背景はともかく、これ以上の犠牲者が出る前に動こうとするだろうな、と納得できます。
 が、その一方で、その能力が強力過ぎて、この人一人いればいいんじゃないのかな、と思ってしまうのも――これは本作に限ったことではなく、シリーズ全体に共通する点なのですが――事実ではあります。

 本作には、そんな二つのどこか釈然としない想いもあったのですが――しかしその詳細は述べられないものの、本作においてはこれらの点はきっちり解消される、とだけは申し上げたいと思います。
 本シリーズの、そしてこれまた作者の作品全体のもう一つの特徴は、超自然の怪異を描きつつも、そこに合理的なミステリとしての趣向を必ず入れ込む点ですが――本作におけるそれは、まさにこの点にあったのか!? とすら思わされる、見事な展開だと、つくづく感じ入った次第です。


 そしてシリーズ的にも、いつも毒舌を吐きながら店から動くことがなかった小僧の峰吉が(主人の伊平次がフラフラ出かけちゃうもんだから)ついに出馬することになったり、その伊平次が実に良い感じに存在感を見せたりと、総力戦の印象もある本作。
 個性的なキャラクターたちによるユーモアと、真剣に恐ろしい怨霊が引き起こす恐怖、そして物語の真実を巡るミステリ――本シリーズの持ち味が十二分に活かされた、シリーズ最高傑作と言って良いのではないかとすら感じさせられる作品です。


 ちなみに毎回密かに楽しみにしているのが作者のあとがきなのですが――この巻はあとがきもインパクト十分。確かにそんな理由でシリーズが××したら前代未聞であります。


『髪追い 古道具屋 皆塵堂』(輪渡颯介 講談社文庫) Amazon

関連記事
 「古道具屋 皆塵堂」 ちょっと不思議、いやかなり怖い古道具奇譚
 「猫除け 古道具屋 皆塵堂」 帰ってきたコワくてイイ話
 「蔵盗み 古道具屋皆塵堂」 人情譚と怪異譚、そしてミステリの隠し味
 「迎え猫 古道具屋皆塵堂」 猫が招いた幽霊譚?
 輪渡颯介『祟り婿 古道具屋皆塵堂』 怪異を信じない男と怪異を見せたくない男たち
 輪渡颯介『影憑き 古道具屋皆塵堂』 亡魂という究極の人情
 輪渡颯介『夢の猫 古道具屋皆塵堂』 これで見納め!? オールスターキャストの猫騒動
 輪渡颯介『呪い禍 古道具屋 皆塵堂』 帰ってきた皆塵堂、帰ってきたコワ面白い物語!?

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

|

2022.04.30

輪渡颯介『髪追い 古道具屋 皆塵堂』(その一) 最凶の怪異に最悪の因縁!?

 前作でめでたくリスタートを遂げた『古道具屋 皆塵堂』、その第九作となる今回は、とある祠に封印されていた箱が開けられたことから始まる恐怖の物語。箱を開けてしまった巳之助の弟分・茂蔵といつもの面々は、箱に込められた怨念を止めることができるのか? というか止める必要があるのか?

 以前は遊び人としてふらふらしていたものの、魚屋の巳之助の弟分となり、今は小間物屋で真面目に働いている茂蔵。ある日、花見の帰りに向島を通った彼は、酔った勢いでそこにあった祠の戸を開け、中にあった厳重に封じられていた箱を開けてしまうのでした。
 しかし箱一杯に入っていたのは、長い女性の黒髪――しかもその髪は、茂蔵の足に絡みついてきたではありませんか! 辛うじて逃れた茂蔵ですが、翌日おそるおそる祠に行ってみれば、既に箱はどこかに消えた後だったのでした。

 正体は不明なものの、髪の封印が解けた気配、遠くから太一郎が感じ取るほど強力なもの。そして散々巳之助にどやされた茂蔵が、祠の由来を調べてみれば、そこにはかつて履物問屋・備前屋の寮があったものの、大分前に火事で焼け落ちてしまったというのです。
 そこで備前屋を尋ねた太一郎・巳之助・茂蔵、そして皆塵堂の主人の伊平次は、現在の主である徳五郎から、先代と髪の因縁を聞かされることに……


 シリーズ第3弾『蔵盗み』に登場し、第4弾『迎え猫』の「観音像に呪われた男」で観音像との奇妙な因縁が描かれた茂蔵。その後、彼は以前皆塵堂で働いた益治郎が開いた小間物屋で働いていたのですが――今回、思わぬ形で物語の中心となります。
 この茂蔵、かつては「遊び人」と呼ばれて悦に入っていたようなしょうもない人間ですが、変人揃いの本シリーズではむしろ一般人に近いレベル。しかし本作ではそんな彼が、シリーズ最凶の怪異に遭遇することになるのです。

 何故彼が――というのはさておき、まず何よりも強烈に印象に残るのは、その怪異を生むに至った過去の出来事であります。
 これは物語冒頭で明かされる内容なのでここに紹介してしまいますが――簡単にいえば備前屋の先代は、同業者の店を時に乗っ取り、時に陥れ、時に潰して店を大きくしてきた大悪人。それも単に同業者の財や客を奪うだけでなく、その家族までも不幸のどん底に叩き落とすというド外道だったのであります。

 そして因縁の髪の主・お此もその犠牲者の一人。備前屋の同業者・下田屋のおかみさんだった彼女は、夫が備前屋の策略で借金漬けにされて店を失った末に蒸発、幼い娘と二人残された彼女はどん底の生活を送った末に娘も失い、そして自らも命を……
 その後、彼女のものと思しき黒髪によって次々と備前屋に怪異が起きた上に先代も怪死を遂げ、徳五郎が様々な術者に請うてついに祠にお此の髪を封じたのが三十年前。そんなところに茂蔵が――というわけなのです。

 正直に申し上げて、ダイジェストしてもかなり厭な内容ですが、本編ではこれがかなり詳細に描かれ、熱血漢(というか短気)の巳之助はもちろんのこと、温厚な太一郎までが怒りを燃やすことになります

 本シリーズでは――というより作者の作品では、主人公側の登場人物たちはどこかユーモラスで間が抜けているのですが、登場する怪異は洒落にならないほど怖く、そしてそこに絡む悪人たちもまた、皆真剣に邪悪です。
 だからこそ、作者の作品は真剣に怖い怪談にしてユーモア時代小説であるという、離れ業を成し遂げているわけですが――それにしても今回の備前屋は本当に胸糞が悪い、としか言いようがありません。最凶の怪異に相応しい最悪の因縁というべきでしょうか。


 さて、封印から解かれたお此の髪ですが、彼女が狙うべき相手がまだ三人残っていると徳五郎は語ります。うち二人は先代の配下だった青八・赤八と呼ばれていた男たち、そしてもう一人は、お此たちを置いて蒸発した夫だと。
 しかし彼女の怨念の深さを考えれば、この三人だけで済むとは限りません。現に茂蔵も襲われているのですから――というわけで、徳五郎の依頼もあり、皆塵堂の面々は、お此の髪が収められた箱を探すことになります。そして茂蔵も、勤め先を休んで、代わりに皆塵堂で働きながら箱を探す羽目に……


 という第一話「朽ち祠」の紹介だけでずいぶんと長くなってしまいました。続きは次回。


『髪追い 古道具屋 皆塵堂』(輪渡颯介 講談社文庫) Amazon

関連記事
 「古道具屋 皆塵堂」 ちょっと不思議、いやかなり怖い古道具奇譚
 「猫除け 古道具屋 皆塵堂」 帰ってきたコワくてイイ話
 「蔵盗み 古道具屋皆塵堂」 人情譚と怪異譚、そしてミステリの隠し味
 「迎え猫 古道具屋皆塵堂」 猫が招いた幽霊譚?
 輪渡颯介『祟り婿 古道具屋皆塵堂』 怪異を信じない男と怪異を見せたくない男たち
 輪渡颯介『影憑き 古道具屋皆塵堂』 亡魂という究極の人情
 輪渡颯介『夢の猫 古道具屋皆塵堂』 これで見納め!? オールスターキャストの猫騒動
 輪渡颯介『呪い禍 古道具屋 皆塵堂』 帰ってきた皆塵堂、帰ってきたコワ面白い物語!?

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

|

2022.04.27

東直輝『警視庁草紙 風太郎明治劇場』第2巻 敵たる「警視庁」こそを描く物語

 山田風太郎の記念すべき明治もの第一作である『警視庁草紙』――その漫画版待望の続巻であります。不平士族たちが起こした岩倉具視暗殺未遂。思わぬなりゆきで、警視庁よりも早くその下手人たちを見つけ出さなければならなくなった兵四郎たちですが、はたしてそううまくいくでしょうか?

 隣家で起きた奇怪な密室殺人の容疑者にされた三遊亭圓朝を救い、警視庁の鼻を明かすため、三河町の半七や冷酒かん八とともに動いた元八丁堀同心の千羽兵四郎。
 その最中に、事件の背後に元旗本の娘・雪を巡る男たちの愛憎があったことを知った兵四郎は、この事件を題材に怪談を仕立て上げて、ひとまず丸く収めることに成功して……

 という第一章「明治牡丹燈籠」に続く、「黒闇淵の警視庁」がメインとなるこの第二巻。前巻のラストでは、牛鍋屋で泥酔した挙げ句、人一人斬り殺した土佐士族の一件が描かれ、これが嵐の前兆ではないかと兵四郎が考える姿が描かれましたが――はたしてその予感は的中することとなります。

 赤坂仮御所から馬車で帰宅しようとしたところを、赤坂喰違坂で刺客たちの襲撃を受け、辛うじて命永らえた岩倉具視。右大臣襲撃に激怒した大久保利通の命で下手人捕縛に動きだした警視庁ですが――それが兵四郎たちに思わぬ影響を与えることになったのです。

 というのも前話のヒロイン・お雪の夫・源次郎は、岩倉暗殺を狙っており、今回の企てに間違いなく加わっている人物。ここで源次郎が捕らえられれば、そこから芋蔓式に圓朝、そして兵四郎たちがお縄になりかねない上に、お雪も自害しかねないのであります。
 かくてお雪のため、そして自分たちのために下手人たちを探す羽目になった兵四郎たち。しかし組織も人員も遥かに上の警視庁を出し抜いて見つけられるはずもなく、兵四郎が頼ったのは「隅の御隠居」こと元江戸南町奉行・駒井相模守で……


 と、前巻ではほのめかされる程度であった兵四郎たちの知恵袋である隅の御隠居がついに登場するこのエピソード。
 警視庁に抗する元同心と元岡っ引き・元下っ引きの上にいるのが元町奉行というのはある意味道理ですが――しかし何やら維新とともに旧幕の役人たちはどこかに吹き飛んでしまった印象が勝手にあるなかで、こうした人物配置を用意してみせるのは、やはり見事というほかありません。

 そしてその一方で、兵四郎たちにとっては敵方に当たる警視庁側の描写もいよいよ気になってくるところで、特に幕末ファンにとっておっと思わされるのは、やはり藤田五郎巡査の「活躍」であります。
 前巻でもちょい役ですが顔を見せていたこの人物が誰であるか、多くの人がご存知かと思いますが――今となっては定番となった感のある、明治を舞台とした作品でのこの人物の登場は、この原作が嚆矢ではないものの、初期のものであることは間違いないでしょう。

 この漫画版での藤田氏は、むしろ飄々としたものを感じさせる容姿と言動ながら、時に凄みを感じさせるという存在感で、この後の第三章冒頭での出番も、実にいい感じであります。(そしてこの場面で登場する元見廻組の「今井」巡査も……)

 今更ではありますが、本作はそのタイトルが示すとおり、実は敵方たる「警視庁」こそがメインとなる物語。警視庁の面々を如何に描くかというのは、本作の成否にもかかわってくるのですが――それはいまのところ成功していると感じます。


 さて、第一章に比べるとトリックや仕掛けといった点ではちょっと薄味であったものの、時代のうねりに翻弄される人々を描くという点においては、なかなか印象に残るものがあったこのエピソード。
 特に原作からアレンジされた結末は、時代の闇の中に消えた者たちへの鎮魂の念と、兵四郎の屈託を感じさせる巧みなものであったと感じます。

 そして前巻同様、今回も物語の大筋は変えぬまま、その場に登場する人物の顔ぶれや台詞を語る者、描写の時系列を巧みに入れ替えて、独立した漫画としての面白さを生み出しているのにも、大いに好感が持てるところです。
(しかし半七の口調は相変わらず違和感……)

 さて、この巻の後半からは第三章「人も獣も天地の虫」がスタート。警視庁による地獄(私娼)摘発が、鎮台兵との思わぬ衝突を招き、そしてさらに事態は兵四郎の恋人・お蝶の周囲にまで波及し――と、これまたまだ先は見えないものの、これから何が起きるのか、そしてそこで兵四郎と警視庁がいかに動くのか、早くも大いに興味をそそられる展開なのです。

『警視庁草紙 風太郎明治劇場』第2巻(東直輝&山田風太郎 講談社モーニングコミックス) Amazon

関連記事
東直輝『警視庁草紙 風太郎明治劇場』第1巻 漫画として生まれ変わった山風明治もの第1作

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

|

2022.04.22

野田サトル『ゴールデンカムイ』第29巻 解かれたなぞ そして最終決戦開始!

 連載の方はいよいよ残すところあと一話、読者が全員固唾を呑んでいる『ゴールデンカムイ』。全話をネット上で一挙公開という思い切ったキャンペーンも話題ですが、それでも欲しい単行本の方は、本書を入れて残り三巻であります。ついに明かされるアイヌの黄金の行方とは、そして最終決戦の行方は……

 揃った刺青人皮から、ついに刺青の秘密を解き明かしたアシリパと鶴見。その一方で、杉元と菊田、そして尾形の弟・花沢勇作を巡る過去の因縁が語られ、思わぬ形で杉元と鶴見がすれ違っていたことが描かれました。
 そして過去も現在も、全ての因縁が集う黄金の在処こそは五稜郭だった――と判明したところで、物語の舞台は最後の地・函館に移ることになります。

 冒頭こそ焼きイカに舌鼓をうつヒマもありましたが(もしかしなくても最後のグルメか……)、時間的に余裕があるかと思いきや、既に第七師団は各地から五稜郭に集結を開始していたことを知った杉元たち。

 しかしまだ金塊の正確な隠し場所もわからず、しかも見つけ出しても分量的にすぐ運び出すのは不可能というほかありません。やむなく五稜郭に篭城を決意したものの、戦力的にさすがに無茶ではと思いきや、そこにソフィアとパルチザンの猛者たちがやってくる――という冒頭部分から、既に痺れる展開であります。
(そして同時に尾形と頭巾ちゃんも同時に五稜郭に向かっているのもまた……)

 そんな開戦目前でも、なおも一行は金塊を探し続け、ついに厳重に梱包された品物をアシリパは見つけるのですが、その正体はなんと――なるほど、こう来たか! と唸らされるものでありました。

 確かに白石たちがガクッとくるのもわかるのですが、しかし戦わずしてアイヌが自分たちの文化を守る手段として、これ以上のものはないと感じます。そして当時の状況からして、決してあり得ないものではないというのがまた心憎い。
 そしてまた、鶴見が呪いとして放った言葉を、アシリパが自分たちへの救いとして受け止め直すのもまた、グッとくるところであります。
(もちろん、実際にはそうなってはいないという現実はあるのですが、大事なのはこの物語の時点で、物語の中で成立し得る希望であったということでしょう)


 と、一気に大団円ムードが高まったところで、いきなりそれをぶち壊しにする砲弾の雨。なんと駆逐艦まで持ち出してきた第七師団の攻撃開始で、否応なしに最終決戦が始まることとなります。
 パルチザンを加えても圧倒的な戦力差がある中で、いかにして杉元は、いや土方は持ちこたえようとするのか? ここで永倉が、そして門倉が、いかにもらしいあるいはらしくない動きでそれぞれ活躍するのもまた、グッと決戦ムードを感じさせるところです。
(それにしても永倉、史実との絡みでここで早々に脱落するかと思いきや……)

 そしてその一方で、五稜郭に隠されたものに、いわばもう一段奥があることが明かされることになります。そのきっかけも実にイイのですが、ここで土方の回想から――全土方ファンの脳に刻み込まれるパワーワード「爽やかニシパ」とともに――彼の真意が明かされるのも、これまたグッときます。
 初登場時はもうちょっと裏がありそうなキャラクターに感じられたものの、しかしやっぱり爽やかニシパは義の人だった! というのは、やはりファンには嬉しいものであります。


 かくてついに最初の目的をはたした杉元とアシリパ。しかし純粋に喜ぶ杉元に対して、アシリパの目に浮かぶものは、喜びだけのようには見えません。そしてそんな人々の想いを呑みこむように、ついに描き下ろしで真の目的(用途?)を明らかにした鶴見の号令一下、第七師団の突撃が始まることになります。

 敵も味方もあっけなく斃れていく中も降り注ぐ艦砲射撃。対して函館山に隠された土方の奥の手とは――その意外かつ痛快な正体が明らかになったところで、この巻は幕となります。
 残すところはわずか二巻、最終決戦はここからが本番であります。


『ゴールデンカムイ』第29巻(野田サトル 集英社ヤングジャンプコミックス) Amazon

関連記事
 『ゴールデンカムイ』第1巻 開幕、蝦夷地の黄金争奪戦!
 『ゴールデンカムイ』第2巻 アイヌの人々と強大な敵たちと
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第3巻 新たなる敵と古き妄執
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第4巻 彼らの狂気、彼らの人としての想い
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第5巻 マタギ、アイヌとともに立つ
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第6巻 殺人ホテルと宿場町の戦争と
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第7巻 不死の怪物とどこかで見たような男たちと
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第8巻 超弩級の変態が導く三派大混戦
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第9巻 チームシャッフルと思わぬ恋バナと
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第10巻 白石脱走大作戦と彼女の言葉と
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第11巻 蝮と雷が遺したもの
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第12巻 ドキッ! 男だらけの地獄絵図!?
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第13巻 潜入、網走監獄! そして死闘の始まりへ
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第14巻 網走監獄地獄変 そして新たに配置し直された役者たち
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第15巻 樺太編突入! ……でも変わらぬノリと味わい
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第16巻 人斬りとハラキリとテロリストと
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第17巻 雪原の死闘と吹雪の中の出会いと
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第18巻 ウラジオストクに交錯する過去と驚愕の真実!
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第19巻 氷原の出会いと別れ さらば革命の虎
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第20巻 折り返し地点、黄金争奪戦再開寸前?
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第21巻 二人の隔たり、そして二人の新たなる旅立ち
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第22巻 原点回帰の黄金争奪戦再開
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第23巻 谷垣とインカラマッ 二人のドラマの果てに
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第24巻 海賊の理想 そして全ては札幌を目指す
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第25巻 殺人鬼の意外な正体!? そして全勢力激突寸前!
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第26巻 ほとんどトーナメントバトルの札幌決戦!
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第27巻 解かれゆく謎と因縁 そして鶴見の真意――?
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第28巻 「ノラ坊」と「菊田さん」――意外な前日譚!

 『ゴールデンカムイ公式ファンブック 探究者たちの記録』 濃すぎる作品の濃すぎるファンブック!

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

|

2022.04.18

「コミック乱ツインズ」2022年5月号(その三)

 「コミック乱ツインズ」2022年5月号の紹介のその三、ラストであります。

『ビジャの女王』(森秀樹)
 ビジャが辛うじて蒙古軍の攻撃を退けてきた一方で、蒙古軍に敗れた末に大破壊・大虐殺が行われたバグダード。ビジャにとって大きな痛手となったのは、そこで治療していたオッド姫の父・ハマダン王が、蒙古軍に捕らわれたことであります。はたしてビジャを包囲するラジン軍に引き渡され、磔台に晒し者にされるハマダン王。問題は、その王の安否ですが――と思いきや、意外とハマダン王に関してはあっさりと決着(?)し、今回はなんとジファルの描写がメインとなります。
 ビジャの若き宰相でありながら、王位の簒奪を狙い、蒙古軍と内通して利用せんと企むジファル。その言動は典型的な裏切り小才子という印象でしたが――今回描かれるのは、それとは全く異なる彼の顔なのです。

蒙古軍に完膚なきまでに蹂躙されたバグダードにあった当時世界一の学び舎であり知識の宝庫「知恵の館」――蒙古軍に焼かれ、学者たちも皆殺しの憂き目に遭うことになったそここそは、かつてジファルも学んだ場所。それを知ったジファルは、涙を流して激怒し、蒙古皆殺しを叫ぶではありませんか。
 そしてブブが見せるインド墨家の科学力に素直に尊敬の念を抱き、万が一の時のために自分が写本した学問の書を彼に託し、人類の発展に役立てるよう頼むジファル。もしかしてジファルは実は結構イイやつ、もしくはバグダードを焼かれて目が覚めたのか!? と思いきや、ビジャを簒奪し、蒙古軍を利用して成り上がろうという野心はそのまま……

 今回のサブタイトル「善と悪のジファル」のとおり、大きな二面性を見せたジファル。しかし彼にとってはどちらも自分、二つの顔が矛盾なく尊大しているようですが――典型的などとはとんでもない、複雑なキャラクターを露わにしたジファルもまた、本作の重要人物であることは間違いありません。


『殺っちゃえ!! 宇喜多さん』(重野なおき)
 城を手に入れ浦上宗景の命をこなして信頼を勝ち取った末に、重臣・中山信正の娘と結婚するよう命じられる直家。とりあえずこれで当時の武士としては立派に一人前となり、政略結婚とはいえ妻との間には娘たちも生まれ――と、良いことずくめのようですが、「政略結婚」「娘」と宇喜多的にはズンと重いワードが並びます。

 それはまだ先のこととして、気持ちは通じ合ってはいないものの、それなりに彼のことを理解している妻と、タイプは全く違うもののそれなりに人物であるらしい義父とそつなく付き合ってきた直家ですが、そんなところに宗景からの新たな指令が。それは最近宗景から距離を起き始めた島村盛実の抹殺――直家にとっては仇である盛実を討つ大義名分が出来たと燃える直家ですが、しかし宗景は抹殺対象にもう一人の人物の名を挙げて……

 と、まさに大義親を滅すという状況になってしまった直家。後世のイメージからすれば、喜んでやりかねないような気もしますが、さて……


『カムヤライド』(久正人)
 前回、驚愕の「殖す葬る」対決が描かれた本作。一回で終わりかと思いきや、ノツチの家を急襲した黒盾隊がトラップに翻弄されている間も、まだまだ激闘は続きます。

 ノツチとマリアチ、どちらのチームも戦力になる人間とならない人間がハッキリと分かれる中、モンコを監視に来てマリアチチームの助っ人になった大王の密偵・タケゥチは話術(?)・体術で活躍。もう一人の助っ人にして実は天津神のコヤネは、ぞっこんのモンコに見とれて役に立たずと、もうやりたい放題です(そしてまたキノが例のポーズを)。
 と、本当にどうするんだこれ、という状況ですが、まだまだ試合はエスカレート。手段を選ばないことでは定評のある師匠の能力バトルみたいなトラップ設置から、ついにモンコが、そしてコヤネが……

 いやはや、まだ前回の方がまともに野球(野球言うな)していたというおそろしいことになってしまった今回。しかしそんな中でもタケゥチは目的のものを見つけ、そしてラストにはついに二人が互いの正体を(?)と、次回は死闘待ったなしの状況であります。ここにさらにオウスも加わればどういうことになるのか――本当の戦いはここからです。

 しかしトレホ親方さぁ……


 次号は『雑兵物語 明日はどっちへ』(やまさき拓味)が掲載。『列士満』(松本次郎)、『江戸時代のちいさな話』(笹井さゆり)と新連載もスタートします。


「コミック乱ツインズ」2022年5月号(リイド社) Amazon

関連記事
「コミック乱ツインズ」2022年1月号(その一)
「コミック乱ツインズ」2022年1月号(その二)
「コミック乱ツインズ」2022年1月号(その三)
「コミック乱ツインズ」2022年2月号(その一)
「コミック乱ツインズ」2022年2月号(その二)
「コミック乱ツインズ」2022年3月号(その一)
「コミック乱ツインズ」2022年3月号(その二)
「コミック乱ツインズ」2022年4月号(その一)
「コミック乱ツインズ」2022年4月号(その二)
「コミック乱ツインズ」2022年4月号(その三)

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

|

2022.04.17

「コミック乱ツインズ」2022年5月号(その二)

 「コミック乱ツインズ」2022年5月号の紹介その二であります。

『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 謎の支援者をあぶり出すため、聡四郎が町で絡まれた破落戸たちを叩きのめし、敢えて自分の名を出してみたら思わぬ波紋が――という展開となった前回。読者にはそれが誰の差し金かわかっているのですが、しかし聡四郎にとってはとんでもない大物が関わっていることしかわからないという、これはこれで実に尻の座りの悪い状況であります。

 しかしそんな中でもお役目は果たさねばならないのが勤め人の大変なところ。聡四郎は、元々のお役目である米相場高騰の原因を探ることになりますが――といっても町を歩き回るだけでそうそう簡単に掴めるはずもなく、むしろ役に立ったのは、家に帰ってからの紅さんの言葉。そこで聡四郎は紀伊国屋に向かうのですが――いやいや、基本的に宿敵の元に飛び込むとは博打打ちすぎでは、と心配になります。案の定、うかつに敵を増やすことには定評がある聡四郎らしく、ここで紀文の配下が独自に動くことに……

 そうとは知らず、師・入江無手斎の特訓に協力する聡四郎。本作の迫力担当(?)というべき無手斎だけあって、片手とは思えぬ強烈な技を見せて聡四郎をたじろがせますが、しかしそれ以上に畏れるべきは、宿敵であり自分が倒した鬼伝斎の技をも取り入れるその柔軟性ではないでしょうか。
 そして特訓につきあわされた上に怒られるというちょっと理不尽な目にあった聡四郎ですが、しかしその教えは思わぬ形ですぐに役立つことに――と、新たな強敵の出現を描きつつ、次回に続きます。


『かきすて!』(艶々)
 娘三人の江戸に向かう旅日記としてスタートした本作ですが、既に江戸に到着して久しく、ここ数回は三人娘が江戸で出会った事件が描かれています。今回もそのパターンと思いきや……

 男に騙され、悲惨な最期を迎えたというお町。彼女とは幼馴染だった三人娘のおゆきとおはるは、お町の妹とともに、お町を騙した男を懲らしめるため、幽霊騒動を仕掛けることに――という今回の展開。
 これはどう考えても失敗してマズいことになるパターンでは、と思っていたところに、同じく三人娘のナツに何やら意味深なシーンが描かれ――という展開を受けて、ラストに思いもよらぬ大どんでん返しが描かれることになります。

 正直に言ってかなり唐突な展開に驚きましたが、おそらく本作でほとんど初めてであろうアクションシーンのキレもよく、これはこれでアリかな、という気もいたします。しかしこの展開は最終回かな、と思いきや、次回もあるようで、三人旅から今度は一人旅に変わるということでしょうか。


『しくじり平次』(所十三&野村胡堂)
 ヤンキー漫画と恐竜漫画のベテランによる特別読み切りは、前作から(おそらく)7年ぶりに登場の、漫画版『銭形平次捕物控』であります。

 雪の夜の翌朝、山谷の寮で何者かに刺し殺された姿で見つかった遊女屋・佐野喜の主・弥八。因業で周囲から数多くの恨みを買い、誰に殺されてもおかしくない人物でしたが、三輪の万七親分にしょっぴかれたのは、以前平次の下っ引きをしていた田圃の勝太郎だったのです。
 吉原で火事があった際、言い交わした仲だった妓を見世の納戸に閉じ込めて死なせた弥八を殺すと公言し、事件当日も近くで目撃されていたことから、圧倒的に不利な立場の勝太郎。平次は寮の周囲の人々から聞き込みを始めるのですが……

 原作の「雪の夜」を基本的に忠実に漫画化した本作ですが、ここで描かれる平次は、タイトルに相応しくというべきか、かなり三枚目的な色彩の強いキャラクター。下女のお鶴から話を聞き出す際に一緒に折り鶴を折るくだりや、お馴染み三輪の万七親分と漫才のようなやり取りをしながら推理の穴を突いていく場面など、何ともユーモラスな味わいがあり、親しみやすさという点では群を抜いています。

 そんな味付けをしつつも、原作ではちょっと勘に近かった謎解きを、トリックは基本的にそのままに、一ひねり加えてみせる点なども巧みな本作。「しくじり平次」という原作にあるもう一つの、そしてあまり知られていない呼び名を冠してあえて銭投げを外しつつ、読後感の良い人情推理として成立させてみせた作品です。


 次回でラストです。


「コミック乱ツインズ」2022年5月号(リイド社) Amazon

関連記事
「コミック乱ツインズ」2022年1月号(その一)
「コミック乱ツインズ」2022年1月号(その二)
「コミック乱ツインズ」2022年1月号(その三)
「コミック乱ツインズ」2022年2月号(その一)
「コミック乱ツインズ」2022年2月号(その二)
「コミック乱ツインズ」2022年3月号(その一)
「コミック乱ツインズ」2022年3月号(その二)
「コミック乱ツインズ」2022年4月号(その一)
「コミック乱ツインズ」2022年4月号(その二)
「コミック乱ツインズ」2022年4月号(その三)

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

|

より以前の記事一覧