2022.06.23

野田サトル『ゴールデンカムイ』第30巻 五稜郭決戦に消えゆく命 そして決戦第二ラウンドへ!

 連載は大団円を迎えましたが、まだまだ単行本が完結するまで油断できないのがこの『ゴールデンカムイ』。残すところは本書を入れてわずか二冊ですが、この巻でも驚くほどの加筆修正が施されています。いよいよ始まった五稜郭包囲戦の中、次々と失われていく命。はたして最後に残るのは?

 刺青人皮が示す黄金の在処、五稜郭に集うことになった生き残りの全勢力。先に五稜郭に入った杉元・アシリパ・白石と土方一派、さらにソフィアとパルチザンに対して、鶴見も第七師団を招集、鯉登父の駆逐艦まで加わっての全面対決は、もはや戦争というレベルにまでエスカレートすることになります。
 アイヌのために残された土地の権利書、そして土方のアイヌとの繋がりからようやく発見された黄金――長きに渡り求めてきたものをついに発見したアシリパたちは、決して退けない戦いに挑むのですが……

 と、まさしく死闘がひたすら続くこの巻。ここでは名前は挙げませんが、一人、また一人とキャラクターが退場していくのは、もはや仕方がないこととはいえ、やはり胸が痛みます(もっともそんな中、新たに、そして最高のタイミングで駆けつける律儀すぎるマタギには胸が躍るのですが)。

 しかしそんな死と暴力の最中でも、一人一人のキャラクターの輝きを見せてくれるのが本作の魅力であります。
 特にこの巻の序盤、キラウシが懸命に戦う姿は、彼がほとんど巻き込まれてここまで来たようなキャラクターだからこそ、彼の中に生まれた希望を感じさせる名場面だったと感じます。
(そしてその想いが、ある人物の最期に繋がる無情さもまた……)


 しかしこの巻で圧倒的なのは、冒頭に述べたように単行本における加筆修正シーンでしょう。それこそ細かいところまで挙げれば数限りないのですが(例えば上のキラウシのシーンも、わずか一つの台詞を追加しただけで印象がさらに強くなっています)、やはり数ページにわたる追加部分は、特に強烈に印象に残ります。

 その一つは、五稜郭の元陸軍訓練所での鶴見と鯉登との対峙であります。かつて鯉登が鶴見に命を救われ、彼に心酔するきっかけとなった地で、彼のつく嘘と――いや、嘘をつかずにはいられない彼の心(この辺り、連載最終回時の雑誌附録を見ているとニヤリ)と正面から対峙する鯉登の言葉は、途中で一部が薩摩弁になる部分も含めて、彼のこれまでのドラマが凝縮されているようで、胸に迫るものがあります。
(そしてアッここに繋がるのか――と驚かされるのですが、それはまだ先)

 そしてもう一つ胸に刺さったのは、実に6ページにわたり、ソフィアの内面を、過去を描いた場面であります。
 五稜郭で斃れたパルチザンの仲間たちの名前を呼ぶ姿から始まり、彼女の脳裏に浮かぶ、かつてのロシア皇帝暗殺の場面。そこでは、ウイルクが顔に傷を負うこととなったもう一つの理由、そしてその理由がソフィアの心に終生残った傷の理由と通底するものであったことが、語られることになります。

 そんな彼女が背負ったものを顕わにした果てにソフィアが呼んだのは――いやはや、このページを見たときには、思わず声が出そうになりました。個人的にはこの巻のハイライトと感じた次第です。


 さて、そんな数多くの生と死が描かれた五稜郭決戦も、この巻の後半でアシリパと杉元たちが五稜郭から脱出したことで、否応なしに終わりを迎えることになります――が、それは最終決戦が終わったという意味ではありません。
 決戦の第二ラウンドの舞台、それは函館駅に向かう列車の中。逃亡中偶然出会った列車に乗り込んだ杉元たちが見たものは、中にすし詰めになった第七師団の第二陣たちだったのであります。

 鶴見たちも追いつき、もはや逃げ場のない車内、そして頭巾ちゃんとの対決を終えた尾形も乗り込み、もはや大混乱の中、暴走列車は地獄へと一直線に向かうことになります。
 その先に待つものは――いよいよ次巻大団円であります。


『ゴールデンカムイ』第30巻() Amazon

関連記事
 『ゴールデンカムイ』第1巻 開幕、蝦夷地の黄金争奪戦!
 『ゴールデンカムイ』第2巻 アイヌの人々と強大な敵たちと
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第3巻 新たなる敵と古き妄執
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第4巻 彼らの狂気、彼らの人としての想い
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第5巻 マタギ、アイヌとともに立つ
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第6巻 殺人ホテルと宿場町の戦争と
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第7巻 不死の怪物とどこかで見たような男たちと
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第8巻 超弩級の変態が導く三派大混戦
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第9巻 チームシャッフルと思わぬ恋バナと
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第10巻 白石脱走大作戦と彼女の言葉と
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第11巻 蝮と雷が遺したもの
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第12巻 ドキッ! 男だらけの地獄絵図!?
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第13巻 潜入、網走監獄! そして死闘の始まりへ
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第14巻 網走監獄地獄変 そして新たに配置し直された役者たち
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第15巻 樺太編突入! ……でも変わらぬノリと味わい
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第16巻 人斬りとハラキリとテロリストと
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第17巻 雪原の死闘と吹雪の中の出会いと
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第18巻 ウラジオストクに交錯する過去と驚愕の真実!
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第19巻 氷原の出会いと別れ さらば革命の虎
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第20巻 折り返し地点、黄金争奪戦再開寸前?
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第21巻 二人の隔たり、そして二人の新たなる旅立ち
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第22巻 原点回帰の黄金争奪戦再開
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第23巻 谷垣とインカラマッ 二人のドラマの果てに
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第24巻 海賊の理想 そして全ては札幌を目指す
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第25巻 殺人鬼の意外な正体!? そして全勢力激突寸前!
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第26巻 ほとんどトーナメントバトルの札幌決戦!
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第27巻 解かれゆく謎と因縁 そして鶴見の真意――?
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第28巻 「ノラ坊」と「菊田さん」――意外な前日譚!
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第29巻 解かれたなぞ そして最終決戦開始!

 『ゴールデンカムイ公式ファンブック 探究者たちの記録』 濃すぎる作品の濃すぎるファンブック!

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

|

2022.06.16

宮内悠介『かくして彼女は宴で語る 明治耽美派推理帖』 事件の中に浮かぶ「美」と「現実」の相剋

 明治時代末期に実在した耽美派の芸術家たちの集い「パンの会」。この会合を舞台に、木下杢太郎を始めとする芸術家たちが様々な怪事件を語り合い、謎解きに頭を悩ますという趣向の連作ミステリであります。この謎を解くのは誰か、そして謎の先にあるものは……

 明治41年、医学か芸術かに迷いながらも、友人たちと芸術活動に勤しむ木下杢太郎。彼は北原白秋、吉井勇、石井柏亭、山本鼎、森田恒友ら、詩人・歌人・洋画家といった面々で、ベルリンの芸術家運動の名にちなんだ「パン(牧神)の会」を結成することになります。
 隅田川をパリのセーヌ川に見立て、川沿いの洋食店「第一やまと」で第一回の会合を開いた木下たち。その宴席で、杢太郎はかつて森鴎外から聞いた奇妙な事件のことを語るのでした。

 当時、団子坂で盛んに行われていた菊人形展で、混雑していたにもかかわらず、いつの間にか乃木将軍の菊人形に日本刀が突き立てられていたというこの事件。鴎外が関係者たちから話を聞いて回ったにもかかわらず、謎のままだったこの事件の謎解きに頭を悩ます一同ですが、そこで店の給仕・あやのが口を開くのでした。
 彼女が語る事件の真相とは……


 という第一回「菊人形遺聞」から始まる全六回の本作。これは既にあちこちで紹介されていることでもあり、何よりも作者がこの回の解説で明言していることなので書いてしまえば、本作はアイザック・アシモフの『黒後家蜘蛛の会』を範に取った作品であります。
 様々なバックグラウンドの紳士たちが集まる会合で謎解きが行われ、彼らでは解けなかった謎を、横で話を聞いていた給仕が鮮やかに解決する――そんな一種の安楽椅子探偵もののスタイルを、本作は踏襲しているのです。

 以降、本作で描かれるのは……
 磯部忠一を語り手に、印刷局に勤める男・武富とその妻、そして二人の幼馴染の三人が浅草を訪れ、男二人で上った浅草十二階から、武富が謎めいた転落死を遂げた真相を解き明かす第二回「浅草十二階の眺め」
 栗山茂を語り手に、彼がさる華族で外交官の邸を訪問した晩にそこで起きた、生まれたばかりの子供が無残な姿で発見された事件を描く第三回「さる華族の屋敷にて」
 山本鼎を語り手に、数年前の東京勧業博覧会を友人と訪れた彼が台湾館の喫茶室で遭遇した、銃殺事件の犯人の奇妙な行動を描く第四回「観覧車とイルミネーション」
 石川啄木を語り手に、日露戦争終結の頃に鳴るはずのない時刻にニコライ堂の鐘が鳴り、人死があったという事件を与謝野晶子が追う第五回「ニコライ堂の鐘」
 森鴎外が遭遇した陸軍士官学校の校長自決と、士官学校生や教官が見た奇怪な夢、そして北原白秋と吉井勇が四谷の細民窟で出会った少女の怪死事件が交錯する最終回「未来からの鳥」

 密室ものあり、猟奇殺人あり、日常の謎的内容ありと、語られる内容も様々であれば、語り手や探偵役(調査役)も様々かつ実在、そして背景に描かれる風物や出来事も全て史実通りと、実にバラエティに富んだ、そしてこの時代が好きな人間であればたまらない内容となっています。


 しかし本作の真に見事な点は、ミステリとしてのみで終わるのではなく――というよりもミステリという形式を十二分に活かしつつも――そこからさらに「美」というものの在り方、そして杢太郎自身の美に対する葛藤を描くところにあると感じます。

 実のところ、本作で描かれる事件はそのほとんどにおいて、直接的間接的に「美」に関わるものといえます。
 しかし先に述べたとおり、この時代の風物や出来事に関わる事件の内容が、当時の社会の「現実」を描いたものであるとすれば――それは「美」とは、杢太郎たちのパンの会が求める「美」とは対極にあるといえるでしょう。そう、パンの会は、美のための美を求める耽美派の集まりなのですから。
 「現実」の中で起きる「美」に関わる事件――そこに生じるのは必然的に両者の相剋であるといえます。そしてそれは同時に、両者の間で揺れる杢太郎の姿に重ね合わされることになるのです。さらにその構図が、ある意味本作最大の謎であるあやのの正体(仰天かつ納得!)を結びつく時――本作は、杢太郎の物語は一つの結末を迎えるのです。

 ミステリというよりも、それを一種の手段として「美」を、その周囲にある「現実」――人間の姿、社会の姿と、その相剋を描く本作。
 その手法には、些か難解な部分もあるのも事実ですが――しかしその点を含めて、いやその点こそが逆に本作をして見事にこの時代の「現実」を浮き彫りにした時代ミステリとして成立させているとも感じられるのです。


『かくして彼女は宴で語る 明治耽美派推理帖』(宮内悠介 幻冬舎) Amazon

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

|

2022.06.15

久正人『カムヤライド』第7巻 真古事記の地獄 第三のヒーロー誕生!?

 古墳時代の変身ヒーローの活躍を描く本作も、気がつけば早くも第7巻。この巻のメインとして表紙を飾るのは、この巻より登場の新ヒーロー(?)であります。その誕生の鍵を握る真古事記とは、そしてそれがもたらす地獄のような真実とは……

 モンコ/カムヤライドが新たな力を得て復活した一方で、それぞれの思惑を秘めて動く各勢力。そんな中でヤマトタケルことオウスの皇子は、父・オシロワケの命で、兄・オオウスとともに伊勢に向かうことになります。
 そこで待っていた叔母・ヤマトヒメが二人に見せるのは、彼女がヤマトオオクニタマと呼ぶ巨大な骸骨で……

 という衝撃的なヒキで終わった前巻ですが、この巻でヤマトヒメから語られるヤマトオオクニタマにまつわる真実――いわば真古事記は、さらなる衝撃をもたらします。

 200年前の天孫降臨――天から落ちてきた「もの」の落下時の被害、そして汚染された土から生まれた国津神たちによって、壊滅的な打撃を受けた日向のヤマト族。最後の手段として、落下で生まれた穴の探索を行ったヤマト族は、落ちてきた「もの」の骨と肉を発見、その肉で巨人を生み出し、後の初代大王・イワレビコが乗り込んだのであります。

 そしてその巨人・ヤマトオオクニタマは国津神たちを蹴散らして東征を続け、やがてヤマトの地で新たな国を作った……
 しかしそれで終わったわけではありませんでした。ヤマトオオクニタマの――それに用いた「肉」の呪いか、イワレビコとその子孫八代(欠史八代……)は人ではなくなり、先々代の大王の代になって、ようやくその影響はなくなったのです。

 しかし今度は各地で国津神の復活などの変事が発生、あの「肉」を使い、神を殺す――しかし後代まで続く呪いを防ぐ新兵器の開発計画が、それも二つ進められたのです。
 その一つは、「肉」で鎧を作り、それを人に纏わせる計画――と、ここで思わぬ形でカムヤライドの正体の一端が明かされることになりますが(ちなみにこの事実自体は雑誌掲載時にも描かれていましたが、その前後の事情は単行本描き下ろしで追加)、しかしそれはここでの本題ではありません。

 問題はもう一つの計画――イワレビコの子孫に「肉」を食べさせるという計画で生き残り、人外の力を得たただ二人の成功例こそが、オオウスとオウスだったのです。
 そしてそれに留まらず、さらに語られる真実――オウスが慕ってきた兄・オオウスはその実験の結果暴走、そしてその果てにオウスによって……

 ここで明かされる地獄のような真実は、これまでの描写(たとえば第5巻冒頭など)を見れば確かに――だったわけですが、当然オウスがそれを受け容れられるはずもありません。
 しかしそれを証明する悪魔のような証拠の前に彼の記憶の封印は解かれ、そこから生まれたものこそが――この巻の表紙を飾る第三のヒーロー「神薙剣」!

 しかし悪魔の実験から生まれ、既にオウスの意思すら呑み込んだように見えるこの存在を、ヒーローと呼んでよいものでしょうか。
 現に、ヤマトヒメが目論む神薙剣強化計画への協力を命じられたオトタチバナ(色々あった末に、怪獣退治の専門家として地方巡業中)は、オウスの変貌と、人を兵器として用いんとするこの計画に、あからさまに反発を見せるのですが……

 しかし戦を防ぐためと言われれば、黒盾隊を率いる彼女に拒否はできません。かくてヤマトヒメとオウスいや神薙剣、そしてオトタチバナたちは、モンコを追って菟田に向かうことに。
 そしてその動きをある手段(妙に怪しげなところがあると思いきや、こんな事だったとは!)で察知した天津神側も、自分たちが求めるものが菟田にあると知り、動き出したではありませんか。


 一気に事態は動き出し、最終決戦ムードすら漂い始めた状況。そんな中、主人公たるモンコは――ノツチの悪巧みに巻き込まれ、球技「殖す葬る(ブエスボウル)」に参加することに!?
 この非常時に一体――と思いきや、バンデラスじゃなかったマリアチ率いる敵チームの助っ人には思いもよらぬ二人が参加、ある意味こちらも決戦ムード。いやいやしかし……

 シリアスにもほどがある展開の直後の、落差のありすぎる状況に唖然としつつ、次巻に続くことになります。
(いや、次巻の冒頭ではもっと唖然とすることになるのですが……)


『カムヤライド』第7巻(久正人 リイド社SPコミックス) Amazon

関連記事
久正人『カムヤライド』第1巻 見参、古代日本の「特撮」ヒーロー
久正人『カムヤライド』第2巻 出雲の激闘決着! そして2号戦士登場!?
久正人『カムヤライド』第3巻 激突二大ヒーロー! そして敵幹部襲来!!
久正人『カムヤライド』第4巻・第5巻 猛襲天津神! そしてヒーローの原点と新たなる力
久正人『カムヤライド』第6巻 激走超絶バイク! そしてそれぞれに動き出すものたち

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

|

2022.06.14

「コミック乱ツインズ」2022年7月号

 号数では今年も折り返しに入った「コミック乱ツインズ7月号」は、『そば屋幻庵』が巻頭カラー、新連載の『不便ですてきな江戸の町』が巻中カラー。その他、新連載で『そぞろ源内 大江戸さぐり控え帳』のほか、『軍鶏侍』が掲載されています。今回も印象に残った作品を一つずつ紹介します。

『そば屋 幻庵』(かどたひろし&梶研吾)
 相変わらすびっくりするくらい美しい藤丸姐さんが表紙を飾っていますが(本編には未登場)、今回のヒロインは牧野家の女中のおみつ。買い物帰りに白玉(これがまた本当に美味しそう)に惹かれていたところを玄太郎に見つかり、一緒に辻占煎餅を食べるおみつですが、二日以内に五回転ぶと牧野家にも大災厄が及ぶという占いが……

 思わぬことで窮地に陥ったおみつと牧野家を救うために、玄太郎が幻庵として作った蕎麦は――これがまた猛烈に旨そうなのですが、何よりも印象に残るのは、御家の危機とはいえ、おみつを親身に気遣う玄太郎と牧野家の人々。『勘定吟味役異聞』でイヤな上司を見ているだけに(?)、実に暖かく感じます。


『そぞろ源内 大江戸さぐり控え帳』(叶精作&天沢彰)
 今回からスタートの本作は、タイトルから察せられるように平賀源内を主人公とした探偵もの。まだ高松藩士だった頃、江戸留学中の源内が、その本草学の知識と頭脳の冴えで様々な事件に挑む物語となるようです。
 第一回のサブタイトルは「血を吸う女」――知り合いの同心・浅間和之助から、立て続けに三人見つかった全身から体の血を抜かれた死体の謎解きを依頼された源内が、妖しげな美女に接近することになります。

 初回ながら次々とレギュラーらしきキャラが登場、それが全員顔見知りなのでこれまでにシリーズ連載されていたのかと思ってしまったりしましたが、この時期の源内を主人公とするのはなかなか面白い。
 また面白いといえば、優等生的なイメージのある杉田玄白が、「人を刻んだ後は甘い物がうまい!!」とかいいだす変態監察医系キャラなのも実にユニークであります。


『ビジャの女王』(森秀樹)
 王の死によって、後継者を決めるべく開かれたビジャロマ会議。継承権を持つも明らかにクズのヤヴェ王子と、持たないオッド姫とどちらを後継者とするか、会議は紛糾を続けます。ここでヤヴェを推すジファルの策によってあっさりと民衆はヤヴェに靡き、勝負あったかに見えたのですが……
 以前描かれたジファルの弱点というか良心を意外な人物が動かし、意外な展開に繋がっていくと思いきや、さらにラストにどんでん返しが待ち受ける今回。おそらくラストに登場したのは、前回もチラリと登場したあのキャラだと思いますが、さて事態はどう転ぶことでしょうか。


『かきすて!』(艶々)
 娘三人の江戸への旅から、旅芸人かと思いきや実は隠密だったおナツ一人の江戸からの旅と、意外な方向に物語が展開した本作。第二シリーズの初回というべき今回は、東海道を西に進むおナツが、途中の宿場で特産品を作る父娘と関わり合うことになります。
 その特産品というのが、わかる人には一発でわかるアレで、ナツがある意味大変な目に遭うのが気の毒というか実に可笑しいのですが――おナツ一人になることで、物語の展開も身軽になったのは良かったと思います。


『仕掛人めし噺 藤枝梅安歳食記』(武村勇治&池波正太郎(原案))
 深川と神田明神下を舞台とする今回、梅安たちは全く登場せず、主人公を務めるのはまさかの音羽の半右衛門とおくら。ある意味非常にスピンオフらしい展開ですが、すっぽんと鰻、登場する料理はこれまで以上に旨そうに見えます。
 が、最も印象的なのはそのオチ。こうくる!? と驚かされつつ、何だか可愛らしく見えてしまった時点で、本作の勝ちでしょう。


『列士満』(松本次郎)
 初陣で水戸天狗党討伐に投入されるも、いきなり夜襲を受けて壊滅寸前となった幕府の陸軍歩兵隊。その中で、仲間を逃して一人奮戦するスエキチですが、敵の隊長に大苦戦することに――という今回、スエキチと天狗党の、緊迫感があるんだかのんびりしているんだかわからない妙な空気感の戦いは、この作者ならではというべきでしょう。
 しかしクライマックス、夜の山で繰り広げられる一騎打ち(その理由がまたスゴい)の不穏な迫力はさすがの一言。結末の苦さ虚しさも印象に残ります。


 次号は『暁の犬』『カムヤライド』『勘定吟味役異聞』が連載再開であります。


「コミック乱ツインズ」2022年7月号(リイド社) Amazon

関連記事
「コミック乱ツインズ」2022年1月号(その一)
「コミック乱ツインズ」2022年1月号(その二)
「コミック乱ツインズ」2022年1月号(その三)
「コミック乱ツインズ」2022年2月号(その一)
「コミック乱ツインズ」2022年2月号(その二)
「コミック乱ツインズ」2022年3月号(その一)
「コミック乱ツインズ」2022年3月号(その二)
「コミック乱ツインズ」2022年4月号(その一)
「コミック乱ツインズ」2022年4月号(その二)
「コミック乱ツインズ」2022年4月号(その三)
「コミック乱ツインズ」2022年5月号(その一)
「コミック乱ツインズ」2022年5月号(その二)
「コミック乱ツインズ」2022年5月号(その三)
「コミック乱ツインズ」2022年6月号(その一)
「コミック乱ツインズ」2022年6月号(その二)

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

|

2022.06.04

ジョン・ディクスン・カー『火刑法廷』 驚愕の大転回 毒殺魔伝説と忍び寄る不死者の影

 怪奇色の強い不可能犯罪もの、あるいは歴史ミステリの印象が強いジョン・ディクスン・カーが、実在の毒殺魔を題材に描いたホラーミステリ、伝奇ミステリの名品であります。1920年代、フィラデルフィア郊外で起きた奇怪な密室からの消失事件。その背後には不死者の影が――?(作品の趣向に触れる部分があります。ご注意下さい)

 ある週末の晩、フィラデルフィア郊外の別荘に向かっていた編集者スティーヴンズ。殺人実録を得意とする作家ゴーダン・クロスの新作の原稿を列車の中で読もうとした彼は、その中にあった十九世紀に処刑された毒殺犯の写真が、自分の妻マリーと同姓同名、瓜二つであったことに衝撃を受けます。

 一方その晩、スティーヴンズを尋ねてきた隣人マーク・デスパードは、一週間以上前の仮面舞踏会の晩に亡くなった叔父・マイルズが毒殺された疑惑があると告げます。
 舞踏会の晩に叔父が口にした飲み物の中に大量の砒素が含まれていたと語り、叔父の遺体を改めて調べるため、厳重に密閉された納骨堂を開けたいというマーク。スティーヴンズはそれに協力するのですが……

 しかし葬儀の時には確かにマイルズの遺体が収められていたにもかかわらず、霊廟の棺の中は空。そしてマークはさらに、叔父が亡くなった晩、十七世紀の毒殺魔・ブランヴィリエ侯爵夫人のドレスを着た女性が、彼に飲み物を渡したのを使用人が目撃したと語るのですが――しかしその女性は、あるはずのないドアを開けて外に出ていったというのです。

 さらに事態は警察の介入を招き、当日のアリバイなどより細かい捜査が進められるのですが――その中でスティーヴンズはマリーへの恐ろしい疑惑を募らせていくころになります。そしてそれを裏付けるように、マリーはゴーダン・クロスの原稿を抜き取って、何処かに姿を消してしまい……


 特にその初期の作品では、濃厚な怪奇趣味とケレン味溢れる不可能殺人ものが印象に残るカー。本作も(一応)その系譜に属する作品と言ってよいかもしれません。
 本作の中心となる謎は犯人と死体、いずれも密室からの消失ですが――特に犯人消失は、毒殺魔のドレスを来た女性がそこにあるはずのない、後で探してもどこにもないドアを抜けて消えるというシチュエーションは、語り口の妙もあり、ゾクゾクさせられます。

 しかしそれ以上にゾクゾクさせられるのは、作中で語られる不死者伝説の存在です。ここで登場する不死者は、吸血鬼やゾンビのようないわゆる生ける死者ではなく、むしろ一種の転生者――はるか昔に亡くなったはずの人間の精神が、別の(自分の子孫や良く似た)人間の中で蘇り、生前と同様に振る舞うという存在であります。

 そしてその不死者として囁かれるのが、十七世紀の実在の毒殺魔・ブランヴィリエ侯爵夫人(マリー・ドブレー)。愛人ゴーダン・サンクロワから毒薬の使用法を学び、父親をはじめ親族などを次々毒殺、サンクロワの死後に事が露見した末に、毒殺者を裁く「火刑法廷」にかけられ、処刑された人物です。
 本作では、その後、彼女の魂があたかも後世の人間の中で幾度か復活、同様の毒殺事件を起こしたという説を語り、十七世紀、十九世紀、そして現代のマリー・ドブレーとの関係を仄めかすのであります。

 さらに現代のマリーが砒素に関心を示していたこと、事件当日の晩にスティーヴンズが不自然な睡魔に襲われて彼女のアリバイがないこと――さらにマリーが漏斗に異常に恐怖心を示すこと、事件の起きたデスパード家の先祖がブランヴィリエ侯爵夫人捕らえていたことなど、様々な形で不気味な暗合が示されることになります。(侯爵夫人と漏斗の関係についてはドイルの『革の漏斗』でも語られています)
 この辺りの、過去の歴史の話と思っていたものが、突然自分事として目の前に現れる辺りの呼吸は、実に見事と感じます。

 そして読者の側の疑念も最高潮となったところで、意外な探偵役が登場、快刀乱麻を断つ名推理によって――思わぬ波乱があったものの――見事に合理的な謎解きが示されることになります。この辺り、特に件の幻のドアの謎解きなど、実に楽しいのですが……


 しかし本作の名を不朽のものとしたのは、最終章の数ページでしょう。そこで示されるものが何であるか――それはここでは触れませんが、作者の作品であること自体が一種のトリックともいうべき、凄まじい大転回には、ただ絶句させられるばかりなのです。

 同様の趣向は、後年様々な作品で見られるように思いますが、その嚆矢という印象もある本作。わずか数ページで作品の印象が(もしかしたらジャンルも)変わってしまう――そんな恐るべき名品であります。


『火刑法廷』(ジョン・ディクスン・カー ハヤカワ・ミステリ文庫) Amazon

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

|

2022.05.27

町田とし子『紅灯のハンタマルヤ』第1巻 丸山遊郭の娘たち、人ならぬ怪異を討つ!?

 江戸時代、海外に唯一開かれた窓であった長崎を舞台に、長崎奉行所の同心、そして丸山遊郭の太夫と三人の禿が人ならぬ怪異を討つ退魔活劇であります。人ならぬ怪異に抗する力を持つのは、同じ力を持つ者。だとすれば太夫と禿たちは……

 19世紀初頭の長崎の奉行所に江戸から赴任してきた同心・相模壮次郎。しかし着任して間もない彼が出くわしたのは、全身の血を抜かれ、「ミルラ」状態となった人間の死体でした。
 その現場で、あることに気付いた相模がその足で向かったのは「山」――すなわち丸山遊郭。その中の遊女屋・まるた屋を訪ねた相模は、見世の菊花太夫に、禿たちの貸し出しを要請するのでした。

 そしてその晩、郭の若い衆に化けて、死体が発見された店の若旦那の応対をしたものの、正体がばれて窮地に陥る相模。その前に駆けつけた禿たちが見せた力とは……


 江戸時代の鎖国下にあって、出島という唯一海外との貿易を許されていた長崎。その極めて特異な性質(と、それに伴う独特の制度)のため、この江戸時代の長崎は、数え切れないほどのフィクションの舞台になってきました。
 そして多くの場合、それらの作品の中で大きなウェイトを占めるのが丸山遊郭とその遊女の存在。何故なら、彼女たちの客は日本人だけでなくオランダ人や清国人も含まれ、出島や唐人屋敷といった、一般の日本人が立ち入りを禁止されていた場所にも、足を踏み入れていたのですから。

 本作はそんないくつもの意味で特異な地であった長崎と丸山遊郭を舞台とする物語ですが――その最大の特徴が、その遊郭の遊女と禿たちが、異国から渡ってきた妖退治を行うことであるのは、言うまでもありません。
(丸山の遊女たちが裏の顔として隠密を持つという作品はこれまで目にしたことがありましたが、妖退治を行うという作品には、初めて触れた気がします)

 人間離れした美しさを持つ菊花太夫、芸事は下手だが人懐っこい雛あられ、三味線が得意で普段は頭巾をかぶっている清、引っ込み思案で顔にシミのあるこもれび――それぞれの特技を持って、人ならぬ妖を打倒する個性的な美(少)女たち。
 しかし、人ならぬもの――それも異国から渡ってきたものに対して、常人の力が通用するはずもありません。そう、実は彼女たちもまた――なのであります。
(第一話でその一端が明かされるシーンのインパクトたるや――その後の、雛あられと清が見開きで見せるアクションも実に格好良い)

 そしてそんな彼女たちの妖退治が、あくまでも長崎奉行所の指揮/依頼の下で行われるのもユニークなところであります。
 長崎奉行所の同心として彼女たちとの繋ぎをつけ、そして陣頭指揮を取る相良。基本的に妖への止めとなるモノを使用できるのは彼のみという設定も良いのですが――何よりも、相良と太夫や禿たちとの関係が、一種チャーリーズ・エンジェル的であるのが、印象に残ります。

 いや、本作の場合、それよりももっと危うい関係と言えるかもしれません。何故なら相良の場合は、自分の役目以上に、彼女たちの身の上を慮り、彼女たちに(恋愛的な意味でなく)感情移入している節がありありとあるのですから……


 この巻のラストのエピソードでは、菊花太夫の正体の一端と、彼女と禿たちの関係性が語られ、妖との戦いが決して綺麗事では済まされないものであることが浮き彫りとなっていく本作。
 そんな中で、相良が、禿たちが、太夫がいかにして妖と戦い、いかなる運命を辿るのか――また一つ、先が楽しみな作品が増えました。


 細かいこと(?)を言えば、他は全員きちんと剃っているのに、相模だけ月代を剃っていないのが目について仕方ないのですが、これはまあ仕方がないということで……
(パイロット版を読んだ後だと、余計な疑いをかけたくなるのですが、これはまあ考えすぎとして)


『紅灯のハンタマルヤ』第1巻(町田とし子 講談社シリウスKC) Amazon

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

|

2022.05.20

平谷美樹『貸し物屋お庸謎解き帖 桜と長持』 帰ってきたお庸! 少女店主の奮闘再び!

 かつて白泉社招き猫文庫で第四弾まで刊行されながら、レーベルの終了とともに中断していた『貸し物屋お庸』が復活しました。貸し物屋(レンタル屋)の出店を営む、口は悪いが情に厚い江戸っ子娘・お庸が、貸し物にまつわる様々な事件解決のために奔走する連作であります。

 「無いものはない」という看板で知られる江戸有数の貸し物屋・湊屋。お庸は若年ながらその両国出店を預かり、日夜威勢よく奮闘する少女であります。
 元々は大工の棟梁の娘だったものが押し込みに両親を殺され、仇討ちに力を借りた代金代わりに、湊屋の主・清五郎の下で働くことになったお庸。以来、清五郎に付けられた手代の松之助とともに、お庸は小さくとも一店の主として奮闘してきました。

 基本的には客の要望に応じて品物を貸し、代金を取る貸し物屋。しかし貸した物が返ってこなかったり、犯罪などに使われては大問題――その上、生来の好奇心と義侠心も手伝って、これまでお庸は様々な客とその貸し物にまつわる事件や騒動に首を突っ込み、解決してきました。
 その対象範囲は、市井の謎から歴とした犯罪、はては亡魂や物の怪が関わるものまで様々(そもそも、生まれずに亡くなったお庸の姉が半ば守護霊状態なのです)。男以上の口の悪さを発揮しつつ、心の内には清五郎への思慕を秘めて、今日もお庸は大奮闘……


 という『貸し物屋お庸』シリーズでしたが、本作は出版社を変え『謎解き帖』となったとはいえ、物語の内容・スタイル的には全く変わらず――いわばシリーズ第五弾というべき作品となっています。
(第四弾のエピソードなどにもそのまま言及しているのにはちょっと驚きました)
 しかし元々が短編連作スタイルということもあり、ここから読んでも全く問題や違和感はなし。貸し物屋という独特の稼業、そしてお庸の尖ったキャラが、かえって初めての読者にも受け入れやすい物語として成立しているのではないかと感じます。

 さて、そんな本作に収められているのは全六話。
 同業者から、長持の借り主の住所氏名がデタラメだったと調べを依頼されたお庸が、長持の中に桜の花びらを見つけたことから景迹を巡らせる表題作「桜と長持」
 遠眼鏡を借りていった若い男の態度に不審を抱いたお庸が用途を探ってみれば実は男はストーカー、しかしつきまとっている相手は実は――という「遠眼鏡の向こう」
 余興のためといって小猿の面を借りていった客の家で妙なことが起きていると知り、調べに向かったお庸が不思議な出来事に遭遇する「小猿の面」
 店で借りられたつぐらが捨て子に使われたと知ったお庸が、赤子が捨てられた長屋の面々と共に親を探す「つぐらの損料」
 嘘をついて歯がちびた下駄を借りていった相手の正体を探る中で、下駄が使われる用途と思わぬ真実が明かされる「ちびた下駄」
 大晦日に、長らく会っていなかった息子と会うために膳と器を借りにきた老人に付き添うことになったお庸が知る真実「大歳の客」

 最初の二編が中編と言ってよい長さ、以降は短編という印象の六話ですが、いずれも共通するのは、ちょっとしたきっかけから始まる謎解きの面白さと、その背後にある人の情・想い、そしてそれに触れたお庸の成長――それを、人情ものからジェントル・ゴースト・ストーリーまで様々な形で、本作は描いていくことになります。

 エピソードの中には、必ずしも完全なハッピーエンドに終わらない、苦い現実の姿を見せるものも幾つかあるのですが――しかしその現実を受け止め、それでも結果を少しでも救いのあるものに変えようとするお庸の姿が、強く印象に残ります。

 そして印象に残るといえば、「遠眼鏡の向こう」以降本作全般で活躍する、そしてこの先もレギュラーになりそうなキャラクターが今回登場します。
 「遠眼鏡の向こう」の内容にも関わるのでここでは詳細は伏せますが、本人だけでなく、所属するコミュニティの存在も含めて(特に後者については、少々理想化されている印象はあるものの、このような形で描かれるのはかなり珍しいのではないかと感じます)、この先も気になる存在になりそうです。


 さて、第四弾までの展開では、どうやらお庸の出自に何やら秘密を匂わせるものが描かれましたが、復活第一作の本作ではそれはお預け。おそらくそれは、今後再び描かれることになるのでしょう。
 再び走り始めたお庸の向かう先を、今度こそ最後まで見届けたいと、心から思います。


『貸し物屋お庸謎解き帖 桜と長持』(平谷美樹 大和書房だいわ文庫) Amazon

関連記事
『貸し物屋お庸 江戸娘、店主となる』 貸し物が生み出すモノと人のドラマ
『貸し物屋お庸 娘店主、奔走する』 プロとして、人として
平谷美樹『貸し物屋お庸 娘店主、捕物に出張る』 物語を貫く縦糸登場?
平谷美樹『貸し物屋お庸 娘店主、想いを秘める』 お庸の成長と彼らの正体と

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

|

2022.05.18

「コミック乱ツインズ」2022年6月号(その二)

 「コミック乱ツインズ」2022年6月号の紹介の続きです。

『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 今回はちょっといつもと違う、玄馬主人公回ともいうべき内容。水城家の隠居(聡四郎の父)の命で、水城家の新たな所領の状況を確認しに行った玄馬が、年貢をお目こぼししてもらおうとする名主から接待攻めに――と、何やら意外な展開であります。それも食べ物だけでなく、何と艶っぽい方面まで……

 もちろんそんな誘惑に負けず、毅然としてこれを跳ね除ける玄馬ですが、単なる拒絶ではなく、その理由がまた彼らしく一途で爽やかなもの。逆に誘惑してきたほうが心から絆されてしまう辺り、これが玄馬という若武者の魅力でしょう(そして聡四郎はさらに責任重大に……)
 しかし玄馬の活躍はそれだけではありません。旅の帰路に謎の刺客たちに襲われる玄馬ですが、金で雇われた連中に遅れを取る彼ではありません。まさに一閃というべき彼の殺陣は、聡四郎ともまた異なる迫力で目を奪われます。

 そしてその刺客を送り込んだのは紀伊国屋配下に使嗾された間部家ですが――しかしそんな無駄なことをしている間に、紀伊国屋の方は将軍家継暗殺のための策を巡らせているのですから、やはり格が違うというべきでしょうか。


 まだまだ紹介したい作品はあるのですが、何ぶん大変な数なので、ちょっと短めで失礼します。


『列士満』(松本次郎)
 『いちげき』を完結させた作者の次なる作品は、やはり幕末に戦った、武士ならざる身の者――幕府の陸軍歩兵隊を描く物語。その第一回では、彼らの陣である水戸天狗隊討伐が描かれるのですが、これが逆に夜襲を受けて這々の体で逃げ惑うことに……
 というわけで格好良くない連中が泥臭く奮闘する様がさすがとしか言いようのない本作。状況説明がほとんど全くなしで始まるのでついて行けない人もいるのでは――とちょっと心配になりますが、互いに撃ち合った後に敵味方でスコスコ弾詰めしているシーンの妙なおかしさが印象に残ります。
(あと「本編に於いても史実に於いても全く無名のこの男」という表現)


『雑兵物語 明日はどっちへ』(やまさき拓味)
 前回は本能寺の変が描かれましたが、そこで思わぬ相手を斃すことになった捨丸と春が、今回なりゆきから加わることとなったのは、瀬田城城主・山岡景隆の重臣・巨樹賢明の下。民百姓のことを重んじ、血を流さずとも戦は出来るはずという信念で、明智軍に談判に向かう賢明ですが……
 瀬田城攻防戦という地味な史実を題材としつつも、そこで無惨に流された血を克明に描いてみせる今回。「大将ッ 戦は血を流すものだぜッ」という最高に格好良い台詞とともに身を張った捨丸の行動が、ある史実に繋がるクライマックスには痺れます。しかし今回の結末は、作品自体の終わりに繋がりかねないものでしたが、さて……


『殺っちゃえ!! 宇喜多さん』(重野なおき)
 仇敵・島村盛実と妻の父・中山信正を共に討つように命じられた直家。まあ直家的に答えは目に見えているわけですが――そこに至るまでの脳内まで目に見える形で描いてしまうのには脱帽です。
 しかし正面からでは苦戦必至の相手を片付けるのに直家が選んだ手段は――これまた目に見えているもの。しかしその結果が作中でどのように描かれることになるのか、大いに気になります。


『玉転師』(有賀照人&富沢義彦)
 女を磨いた上で高く売る、玉転がしならぬ玉転師の活躍を描く特別読切第二弾、今回磨く相手は夜鷹(だけ)ではなく――という変化球が楽しい展開です。
 主人公チームも磨く相手も、幾人も登場する女性たちそれぞれの表情も印象に残りますが(特にラスト一ページ前のあるコマ!)、もう一人、絶対あの人だろうと思っていたらやっぱりそうだったあの人も、別の意味で印象に残るのでした。


 次号は『そば屋幻庵』が登場のほか、新連載で『不便で素敵な江戸の町』(はしもとみつお)と『そぞろ源内 大江戸さぐり控え帳』(叶精作)がスタート。その代わり、『勘定吟味役異聞』『暁の犬』『カムヤライド』はお休みなのは残念……


「コミック乱ツインズ」2022年6月号(リイド社) Amazon

関連記事
「コミック乱ツインズ」2022年1月号(その一)
「コミック乱ツインズ」2022年1月号(その二)
「コミック乱ツインズ」2022年1月号(その三)
「コミック乱ツインズ」2022年2月号(その一)
「コミック乱ツインズ」2022年2月号(その二)
「コミック乱ツインズ」2022年3月号(その一)
「コミック乱ツインズ」2022年3月号(その二)
「コミック乱ツインズ」2022年4月号(その一)
「コミック乱ツインズ」2022年4月号(その二)
「コミック乱ツインズ」2022年4月号(その三)
「コミック乱ツインズ」2022年5月号(その一)
「コミック乱ツインズ」2022年5月号(その二)
「コミック乱ツインズ」2022年5月号(その三)

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

|

2022.05.08

山崎峰水『くだんのピストル』弐 時代を打破する力に魅せられた二人の青年

 人の心を読み取る力を持つ少年・くだんを狂言回しとした獣人幕末時代漫画、二ヶ月連続刊行の単行本第二巻は、表紙の高杉晋作と、もう一人――岡田以蔵を中心に描かれることになります。剣術が時代に取り残されていく中、二人の青年はピストールの力に魅せられることに……

 桜田門外の変が起きた年、九州豊後の山中で一人剣を振るっていた岡田以蔵。藩命で武者修行にやってきた彼は、修行先の道場で相手を半殺しの目に遭わせ、一人山に入って獣相手に剣を磨いていたのです。
 しかし最後の相手に選んだ巨大なイノシシには剣が通じないどころか、剣を踏み折られ、絶体絶命となった以蔵。その彼を結果的に救ったのは、山の民の猟師たちの鉄砲――そして山の民たちと共に以蔵の前に現れたのは、あのくだんだったのです。


 主人公とも狂言回しともいうべきくだん以外、ほとんどのキャラクターが擬人化した犬として描かれる本作。その第二巻の前半に登場するのは、第一巻でもわずかに顔を見せていた岡田以蔵――ハイエナをモチーフとした顔が実に似合う(といっては申し訳ないのですが)青年剣士であります。

 しかし幕末四大人斬りの一人などと言われ、凄まじい剣の腕を披露する――特に豊後の道場での相手を叩き潰した後に文字通り獣のような表情を見せた場面、一度も触れさせずにスズメバチの群れを全て叩き落とす場面は印象的――以蔵ですが、しかし本作では意外な側面を見せることになります。

 それは己の剣の無力さを、そして銃の強さを知ること――如何に己が剣を持った相手には無敵であっても、飛び道具を前にしてはその技は無に等しい。以蔵はそのことをくだんとの出会いで以て痛感するのです。
 それは象山のようなテクノロジー志向からでも、くだんのようなどこか運命的なものでもなく、純粋に戦闘で勝利するためではありますが――しかし新たな力が自分に必要であることを直感してのものである点には変わりはありません。

 そしてもう一人、この巻でピストールの力に目覚め、求めるようになるのが、表紙の高杉晋作です。
 後年の狂的な人物のイメージとはいささか異なり、ダックスフンドがモチーフという、穏やかさを感じさせる本作の晋作ですが――この巻で描かれるのは、彼が往くべき道を見失い、彷徨う姿であります。

 象山の塾を離れた後に師事した吉田松陰はあっさり処刑され、操船術を学ぼうとすれば船酔い、剣術を極めようと思えば聖徳太子流の佐藤一(!)なる人物に一撃で敗れ――己の道に散々迷った晋作。
 しかし町でくだんの描いた猫絵を見たことで、自分の未来は銃とともにあることに気付き、松代で蟄居する佐久間象山のもとを訪ねることに……

 と、剣術の限界に気付き、ピストールの力を求めるようになる二人の若者。冒頭の桜田門外の変で描かれているように、剣術が既存の武士階級を――彼らが支配する時代を象徴しているとすれば、ピストールはそれを打破する新たな力の象徴だといえるでしょう。
 しかしそれが真実なのか。仮に真実だとして、その力は彼らに与えられるのか、そして彼らが旧来の力の打破を成し遂げることができるのか――それはこの先描かれることになるのでしょう。


 そして現時点でもう一人、ピストールを求める者が本作にはいます。それは言うまでもなくくだんその人ですが――この巻のラストではふたたび彼に物語の焦点が移り、コロリの大流行で死の街となった江戸に戻ってきたくだんの姿が描かれることとなります。
(前巻で松陰と行動を共にした後のことが描かれなかったのは、ちょっと意外でしたが……)

 この江戸の姿に不気味な既視感があるのにはさておき、奇妙なすたすた坊主――これがまた素顔を隠しているだけにものすごく曰く有りげに感じられる――と行動することとなったくだん。
 人の(心の)声を聞く力で以て、その名のとおりの不吉な予言を行ってみせるくだんが求めるものは――コロリ以上に不気味な病が流行を始める中、物語は東禅寺事件へと繋がっていくことを予告して続くことになります。


『くだんのピストル』弐(山崎峰水&大塚英志 KADOKAWA角川コミックス・エース) Amazon

関連記事
山崎峰水『くだんのピストル』壱 少年の目に映った幕末を生きる者たちの姿

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

|

2022.05.05

小島環『唐国の検屍乙女』 少女は事件現場で自分を見出す

 デビュー以来、中国を舞台とした歴史ものを発表してきた作者の新作は、北宋を舞台に医学を修めた少女・許紅花と、変人美少年・高九曜のバディが奔走するミステリであります。戦場から心身の傷を負って帰ってきた紅花は、妓楼での検屍を引き受けたことがきっかけで思いもよらぬ冒険に飛び込むことに……

 1042年の北宋は開封で、実家に引き籠っていた紅花。医者一家に生まれて自分も医学と武術を修めた彼女は、名医と謳われた父とともに、二年前から西夏戦線に従軍していたのですが――そこで父を庇って負傷、右手に震えが生じるようになり、もう治療はできないと、人生に絶望していたのです。
 そんなある日、依頼で妓院での検屍に行っていた姉が、憤然として帰ってきたのを知った紅花。「髑髏真君」なる人物に言いがかりをつけられたと憤る姉に代わり、検屍を行うことになった紅花ですが――妓楼で見たものは、髑髏を小脇に抱え、役人たちに罵詈雑言を喚き散らす美少年・九曜の姿でした。

 そして紅花が検屍することになったのは、江湖随一と謳われた名妓・蛍火の死体。役人たちは事故による死と結論づけていたのに対し、殺人と判断した九曜の傲岸不遜な九曜の態度に戸惑う紅花ですが――しかし自分も同じ殺人という結論にたどり着くのでした。
 それがきっかけで互いに興味を持ち、事件解決のために共に行動することになった紅花と九曜。そして調査を進める中、何者かのメッセージが届き、二人は同様の手口の事件が起きているという後宮に潜入することに……


 これまで、基本的に中華「風」ではなく、実際の中国史を題材とした作品を描いてきた作者。本作もまたその例に漏れず、北宋とその西北に位置する西夏との戦いが、物語の背景となります。
 そもそもこの西夏との戦いで紅花が負傷、後遺症で医師の道を断念したことが物語の発端ですし、最初の殺人の被害者である蛍火は西夏の出身、そして後宮での事件も――と、この時代ならではのものであるのが印象に残ります。(個人的には、「アフガニスタンに行っておられましたね」がこうなるのかと感心しました)

 そんな歴史ものとしての背景を持つ本作ですが、物語のスタイルは、バディもののミステリというべきでしょう。
 本作における九曜と紅花のコンビ――天才ながら傲岸不遜、奇矯極まりない高機能社会不適合者の探偵役と、その相棒である常識人(の医師)というのは、これは定番中の定番のスタイルにも見えます。しかし本作のユニークな点は、紅花も九曜に負けない観察眼の持ち主として描かれていることでしょう。

 そう、少なくとも検屍という点では、紅花は九曜に劣らぬ腕と眼の持ち主であり、そして自分の見たものを、先入観に囚われず客観的に判断するだけの知性を持っているのです。それだからこそ他者を基本的に自分より下の存在と見做す九曜も彼女に興味を持ち、半ば(いや八割方)強引に相棒として事件に引っ張り込むことになるのであります。


 しかし本作の最大の魅力は、そんな九曜との冒険の中で、紅花が自分自身を見つめ直し、そして本当の自分自身として立ち上がる姿を描く点にあると感じます。

 これまで述べてきたように、戦場での負傷で医者としての道を断念せざるを得なかった紅花。しかし彼女にとって医師の道は――特に従軍してのそれは――父も母も姉も携わる家業であると同時に、女性である自分が自分自身の足で立つための、自己実現の手段でもあったといえます。
 それが喪われるということは、彼女にとっては自分が自分として生きることができなくなるということであり、自分の価値が(彼女の中では)無になったということにほかならないのですから。(それを裏付けるような、父親の弟子であるイケメン・劉天佑の初対面時の態度がキツい)

 しかし彼女は九曜との出会いによって、自分自身の新たな才能を見出すことになります。それが彼女にとってどれだけの支えと救いになったか――それは言うまでもないでしょう。だからこそ彼女と九曜の冒険は、どれだけ危険と隣り合わせであろうとも、どこか胸踊る感覚と、爽やかさがあるのです。

 が、それに加えて、彼女自身も気づかなかったような彼女自身の真実が、九曜によって顕わになるのもまたユニークな点なのですが――なるほど、本作の帯の「私もあなたに暴かれていく」とはよく言ったものだと感心します。


 正直なところ、人物配置や物語展開(特にクライマックス)に強い既視感がある点には戸惑ってしまうのですが、この先のコンビの冒険を見てみたいと思わされることは間違いない作品であります。


『唐国の検屍乙女』(小島環 講談社タイガ) Amazon

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

|

より以前の記事一覧