2025.01.02

新年最初の映画に『ゴールデンカムイ』を

 故あって新年は祝えないのですが、一年の初めらしく賑やかであまり難しいことを考えないで済む(そして記事のネタになる)ものを観たい――と考えて思い出したのが、まだ観ていなかった映画版『ゴールデンカムイ』。丁度続編も発表されたことだしと思って見ましたが、想像以上の作品でした。

 『ゴールデンカムイ』といえば、明治時代の北海道を舞台に、アイヌの黄金を巡って不死身の風来坊とアイヌの少女、生きていた土方歳三と脱獄囚、第七師団の反乱部隊らが入り乱れて争奪戦を繰り広げる一大活劇。私の大好物な内容であって、当然ながら原作は全巻読んでブログの記事にもしていました。
 そんなファンではあるものの、映画は今まで観ていなかったのは、本作に限らずあまり日本の漫画の映画化に興味が持てないためだったのですが――いざ見てみれば、なかなか良くできた作品だったのは嬉しい驚きでした。

 内容的には、本作は原作の第1巻から第3巻の前半までとかなり序盤を題材にしています。
 杉元とアシリパそして白石の出会い、アイヌの黄金の在り処を隠した刺青人皮と脱獄囚の存在の説明、黄金を探す鶴見中尉一派の暗躍と捕らわれた杉元の戦い、第三勢力である土方歳三一味の登場――この『ゴールデンカムイ』という長い物語を描く上での、基本設定というべき内容が中心となっています。

 今こうして観てみると、まだこの時期はだいぶ抑え気味の内容だった――というか変態脱獄囚が登場せず、第七師団の兵士との戦いがメインになるので、ある意味当然なのですが(その分クライマックスで変態枠として二階堂兄弟が暴れた、ということはないでしょうが……)、しかしそれをメリハリの効いたアクションで盛り上げてくれるのが、まず嬉しいところです。
 冒頭の二〇三高地の戦いはそれなりに物量を用意して迫力を出していましたし、随所に登場する動物のCGも違和感も小さかったかと思います。。そして何よりもクライマックスのバトルシークエンスは(それ自体は原作でもあったものですが)、随所をボリュームアップさせて見応えあるものにした上で、クライマックスに原作以上に格好良い(そして杉元との関係性を示すかのような)アシリパの弓のシーンが用意されていたのに唸りました。


 しかしそれ以上に感心させられたのは、ストーリーの整理の仕方です。先に述べたように本作は原作ではまだ冒頭部分を題材としたもの――長編の週刊連載では得てしてこの時期はまだ作品のカラーが固まっておらず、描写や設定なども後から見ると微妙に違和感や物足りなさがあることもしばしばです。
 その点を本作は、原作のかなり先の方からも描写や設定――例えば鶴見が語る反乱計画の資金源や、鶴見が見せるアイヌの金貨の存在、土方とウィルクの関係など――を引用して補って見せているのは、やって当然とはいえやはり盛り上がるものです。

 そしてこうした描写の補完だけでなく、ストーリーの整理の仕方も納得できるものでした。例えば杉元が黄金を必要とする理由について、原作では冒頭で描かれた(しかしアシリパに語るのは相当後になった)のに対して、本作では終盤に描くことで、より印象的なものとしていたのには感心しました。
(ここも、原作ではかなり離れた時期に描かれていた、杉元が婚礼の時に寅次を投げ飛ばす場面と寅次が二〇三高地で杉元を投げ飛ばして助ける場面、この二つを連続して見せることで、対比が明確になるのもいい)

 そしてそのくだりの後に改めて杉元とアシリパの相棒としての決意を描き、その先で、これまで引っ張ってきた「オソマ」を初めてアシリパが――という場面で締めるのが巧みというべきでしょう。もちろんこのくだりは原作にもありまずが、この流れで描くことで、ギャグを交えながらも、杉元とアシリパの相互理解の深まりが、より明確になっているのですから。
(このくだりを生身でやると、かなり悪趣味にもなりかねないだけに一層……)


 もっとも、やはり気になる点はあります。例えばアイヌと和人の関係などは原作に比べるとかなりサラッと流された(それでも白石の問題発言が残っていたのは頑張ったといっていいものか)のは引っかかるところで、コタンでのアシリパとの会話も、ここをカットしちゃうの!? と驚いたのも事実です。

 また、個人的には予告編の段階から気になっていた、杉元や第七師団の服装が妙に綺麗だったのはやはり違和感が残りました。また、白石の漫画チックなキャラクターは実写で見るとかなり浮いていた印象は否めません。
(もう一つ、もう少し土方たちの出番が欲しかったところですが、これはむしろ原作では少し先の場面を持ってきて増やしているので仕方ない)

 とはいえビジュアル面については想像以上に良かった点も多く、さすがにこれは無理があるキャスティングではと心配した山崎賢人の杉元はほとんど違和感がありませんでしたし(時々、ハッとする程原作写しの目線があったり)、また山田杏奈演じるアシリパのあか抜けなさの絶妙なラインは、なるほど可愛い女の子でもこんな環境を走り回っていればこうなるかと、不思議に納得させられました。
 そして出番は少ないながらも、月島の存在感が絶妙(原作ではまだモブ扱いだった初登場シーンのインパクト!)と感じたのは、これは原作時点から好きなキャラだったためかもしれませんが……


 総じてみれば、原作から色々な意味でマイルドになったな、と感じる点はあれど、プラスマイナスでみればだいぶプラスの本作――新年に見るに丁度よい作品であっただけでなく、この後のドラマ版、そして映画の続編も、素直に期待が高まったところです。

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2024.12.30

2024年に語り残した歴史時代小説(その一)

 今年も残すところあと二日。こういう時は一年の振り返りを行うものですが――既に読んでいるにもかかわらず、まだ紹介していない作品が(それも重要なものばかり)かなりありました。そこで今回は二日に分けてそうした作品に触れていきたいと思います。(もちろん、今後個別でも紹介します……)

『佐渡絢爛』(赤神諒 徳間書店)
 いきなりまだ紹介していなかったのか、と大変恐縮ですが、今年二つの賞を取り、年末のベスト10記事でも大活躍の本作は、その評判に相応しい大作にして快作です。

 元禄年間、金鉱が枯渇しかけていた佐渡で、謎の能面侍による連続殺人が続発。赴任したばかりの佐渡奉行・荻原重秀は、元吉原の雇われ浪人である広間役に調査を一任し、若き振矩師(測量技師)がその助手を命じられることになります。水と油の二人は、衝突しながらもやがて意外な事件のカラクリを知ることに……

 と、歴史小説がメインの作者の作品の中では、時代小説色・エンターテイメント色が強い本作ですが、しかし作者の作品を貫く方向性はその中でも健在です。何よりも、ミステリ・伝奇・テクノロジー・地方再生・青年の成長といった様々な要素が、一つの作品の中で全て成立しているのが素晴らしい。
 「痛快時代ミステリー」という、よく考えると不思議な表現が全く矛盾しない快作です。


『両京十五日 2 天命』(馬伯庸 ハヤカワ・ミステリ)
 今年のミステリランキングを騒がせた超大作の後編は、前編の盛り上がりをさらに上回る、まさに空前絶後というべき作品。明朝初期、皇位簒奪の企てを阻むため、南京から北京へと急ぐ皇太子と三人の仲間たちの旅はいよいよ佳境に入る――というより、上巻ラストの展開を受けて、三方に分かれることになった旅の仲間たちが、冒頭からいきなりクライマックスを繰り広げます。

 地位や身の安全よりも友情を取るぜ! という男たちの侠気が炸裂したかと思えば、そこに恐るべき血の因縁が絡み、そして絶対的優位な敵に挑むため、空前絶後の奇策(本当にとんでもない策)に挑み――と最後まで楽しませてくれた物語は、最後の最後にそれまでと全く異なる顔を見せることになります。
 そこでこの物語の「真犯人」が語る犯行動機とは――なるほど、これは現代でなければ描けなかった物語というべきでしょう。エンターテイメントとしての魅力に加えて、深いテーマ性を持った名作中の名作です。


『火輪の翼』(千葉ともこ 文藝春秋)
 『震雷の人』『戴天』に続く安史の乱三部作の完結編は、これまで同様に三人の男女を中心に描かれた物語ですが、その一人が乱を起こした史思明の子・史朝義という実在の人物なのもさることながら、前半の中心となるのがその恋人である女性レスラー(!)というのに驚かされます。

 国の腐敗に対し、父たちが起こした戦争。しかしそれが理想とかけ離れた方向に向かう中、子たちはいかにして戦争を終わらせるのか。安史の乱という題材自体はこれまで様々な作品で取り上げられていますが、これまでにない主人公・切り口からそれを描く手法は本作も健在です。

 ただ、歴史小説にはしばしばあることですが、結末は決まっているだけに、主人公たちの健闘が水の泡となる展開が続くのは、ちょっと辛かったかな、という気も……


『最強の毒 本草学者の事件帖』(汀こるもの 角川文庫)
『紫式部と清少納言の事件簿』(汀こるもの 星海社FICTIONS)
 前半最後は汀こるものから二作品を。『最強の毒』は、偏屈者の本草学者と、男装の女性同心見習いが数々の怪事件に挑む――というとよくあるバディもの時代ミステリに見えますが、随所に作者らしさが横溢しています。
 まず表題作からして、これまで時代ものではアバウトに描かれてきた「毒」に、本当の科学捜査とはこれだ! とばかりに切込むのが痛快ですらあるのですが――しかし真骨頂は人物造形。作者らしいセクシャリティに関わる目線を随所で効かせた描写が印象に残ります(特にヒロインの男装の理由は目からウロコ!)

 一方、後者は今年数多く発表された紫式部ものの一つながら、主人公二人の文学者としての「政治的な」立場を、ミステリを絡めて描くという離れ業を展開。フィクションでは対立することの多い二人を、馴れ合わないながらも理解・共感し、それぞれの立場から戦うシスターフッドものの切り口から描いたのは、やはりさすがというべきでしょう。


 以下、次回に続きます。

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2024.12.13

忍者バトルの中の陰のドラマ性 白土三平『カムイ外伝』第一部

 先日何となく読み返したので、今回は白土三平の『カムイ外伝』から第一部を紹介します。大作『カムイ伝』のスピンオフであり、同作のメインキャラクターの一人である抜け忍カムイの孤独な逃避行を描く、忍者漫画の名品です。

 『カムイ伝』において、非人部落・夙谷に生まれ、自由のために強くなる道として忍びとなり、しかしその非人間的な掟に失望して抜け忍となったカムイ。忍びとしての天才的な能力と、変移抜刀霞斬りや飯綱落しといった必殺の秘術によって、彼は次々と現れる刺客を倒していきます。しかし、彼の求める自由はどこに行っても得られず、そして追っ手もまた執拗に彼に迫る――と、いうのが、全編を貫く設定となります。

 ちなみに、今回わざわざ第一部と区切っているのは、第一部(1965-67年に「週刊少年サンデー」に不定期連載)と第二部(1982-1987年に「ビッグコミック」に連載)の間に大きく時間的な隔たりがあり、そして作者の作風・画風の変化と、後述する物語の方向性等、ある意味別作品といってもよい違いがあるからにほかなりません。
(身も蓋もないことを言えば、第一部は全二十回と手頃な分量な点もありますが……)

 さて、基本設定は先に述べたとおりですが、第二部が(掲載誌の違い等もあって)忍者ものというよりも、カムイを狂言回しに、身分制度など社会の在り方に苦しむ様々な階層の人々を描く歴史劇という趣きが強いのに対して、第一部はカムイと追っ手の対決をメインとした忍者バトルものの性格がメインとなっています。

 先に挙げた発表時期には、作者は平行して『ワタリ』『サスケ』、そして(個人的に大好きな)『真田剣流』『風魔』といった忍者アクションを矢継ぎ早に少年誌に連載しており、本作もまた、この作者の少年忍者漫画の名作群の一角を担うものであることは間違いありません。

 特にカムイは、左右どちらの手で抜くかわからせぬまま、すれ違いざまに逆手抜刀を一閃する変移抜刀霞斬り、空中で相手の体を捕らえ、もろともに逆さに落下して相手の脳天を砕く飯綱落しと、実にヒロイックな必殺技(飯綱落としなど、特に後世のゲームでは忍者の体術のアイコンとなった感があります)を持っているのが大きな特徴といえます。
 作者の少年漫画として円熟した筆も相まって、ここで繰り広げられる内容は、今の目で見てもバトルものとしての醍醐味を十二分に感じさせるものであることは、改めて驚かされました。


 しかし、それは、決して本作がドラマ性の薄い、バトルのみの作品であることを意味するわけではありません。先に述べた第二部とは方向性の違いはあれど、非人出身にして抜け忍という、この時代、二重の重荷を背負わされたカムイの旅路はどこまでも重く、索漠としたものがあります。

 時に視力を失い農村に身を寄せても下人として奴隷のように扱われ(そして村人たちのために戦えばその力を忌避され)、時に誰が追っ手かわからぬ疑心暗鬼の中で不要な犠牲者を出し……
 もちろん、旅の中で知り合った漂白の技術者集団である黒鍬者の親方のように理解者はいるものの(しかしこの辺りは『カムイ伝』の展開を考えると、作者がどこに理想を抱いていたか感じられるように思います)、その使う技とは裏腹に、どこまでもヒーローたり得ない逃亡者であるカムイの物語の苛烈さは、少年漫画のフォーマットの中にあるからこそ、より鈍く重い光を放つと感じられます。
(普通こういう時に彼を支えてくれそうな鳥や犬といった動物の供も、容赦なくどんどん退場していく……)

 そして、その陰のドラマ性とでもいいたくなる部分は、敵役である追っ手たちにおいても存分に描かれており――特に序盤に登場し、飯綱落とし破りを狙うものの、それぞれ悲惨な結末を辿る姉弟忍者、中盤の山場である追っ手集団の一員であり、一度はカムイの助けで抜け忍となったものの、神経をすり減らして暴走する若い下忍など、強く印象に残ります。

 抜け忍という概念(名称ではなく)がいつからあるかはわかりませんが、少なくともその抜け忍を主人公とした物語の上流にあると同時に、その代名詞的な作品であることは間違いありません。


 そしてやはりここまで来たら第二部も(全編ではないにせよ)いずれ紹介したいと思います。個人的に好きな「剣風の巻」など……


『カムイ外伝』第一部(白土三平 小学館ビッグコミックススペシャル『カムイ伝全集 カムイ外伝』第1-2巻所収) Amazon

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2024.11.19

「コミック乱ツインズ」2024年12月号(その二)

 号数の上では今年最後の「コミック乱ツインズ」12月号の紹介の続きです。

『よりそうゴハン』(鈴木あつむ)
 売れない絵師・歌川芳芳と妻のヨリを主人公とした江戸グルメまんがの本作、最近は同じ作者の作品では『口八丁堀』の方が目立っていた感がありましたが、こちらはこちらでやはり味があります。
 今回は長屋に越してきた嘉兵衛とイネの老夫妻を招いてのサツマイモ料理二品が描かれます。なんば煮とサツマイモ炒め、シンプルながらそれだけに実に旨そうな料理もいいのですが、やはり印象に残るのはゲストキャラクターの二人でしょう。

 言ってしまえば嘉兵衛は認知症の気がある老人で、話しているうちに段々とその内容が怪しくなっていく(それに合わせて瞳の描写が変わっていくのが恐ろしくも、どこかリアル)のですが――イネや主人公夫婦の包み込むようなリアクションによって、切なさを描きつつも、悲しさまでは感じさせないのに唸りました。
 イネのことを語る終盤の嘉兵衛のセリフも、典型的な認知症のそれなのですが、しかしその中に温かみを感じさせる言葉を交えることで、二人がこれまで歩んできた道のりを感じさせるのが巧みです。ラストページの美しい幻のような二人の姿も印象に残るエピソードでした。


『前巷説百物語』(日高建男&京極夏彦)
 「周防大蟆」の第四回、いよいよ岩見平七による、疋田伊織への仇討ちが描かれるわけですが――今回は又市たちは(表向き)登場せず、それどころか既に敵討ちが、つまり仕掛けが終わった後に、志方同心と目撃者たちのやり取りによってその顛末が語られることになります。
 それもそれを裏付けるのは、町中の無責任な噂などではなく、仇討ちに立ち会った同心の、いわばオフィシャルな発言。その内容がまた、まず伊織のビジュアルなど大げさな噂は否定しておいて、しかし一番信じがたい、大蛙の出現は事実だと告げる構成は、巧みというべきでしょう。

 ちなみにここで原作にない(はず)異臭が立ち込めるという演出(?)が入るのも面白いのですが――しかし原作にない、この漫画版ならではの描写で印象に残るのは、何と言っても仇人である伊織を目の当たりにした時の、平七の表情でしょう。仇を前にしたとは思えないその表情の意味は――それも含めて、事の真相は次回以降に続きます。


『古怪蒐むる人』(柴田真秋)
 何かと怪異に縁を持ってしまう役人・喜多村による怪異見聞記、今回は「怪竈の事」というサブタイトル通り、竈にまつわる怪異が描かれます。
 知人の山田に、屋敷の下女の弟・甚六が古道具屋で買った竃から、汚い法師が手をのばすと相談された喜多村。早速甚六の長屋に出向いて話を聞いてみると、竃で飯を炊こうとすると、中から二つの目が睨みつけ、さらに竃から二本の腕が出るというのです。そこで竃を買ったという古道具屋に向かった喜多村は、主人の立ち会いの下、ある試みをするのですが……

 と、怪異的にはシンプルながら、その描写がなかなかに迫力に満ちた今回。無害そうで、きっちり実害がある怪異も恐ろしいのですが、それに対して果断な行動に出る喜多村も結構恐ろしいように思います。


 次号はレギュラー陣の他、特別読み切りで小林裕和の『老媼茶話裏語』が登場。「老媼茶話」といえば江戸時代の奇談集ですが、今号の『古怪蒐むる人』といい、こちらの路線を重視しているということでしょうか。個人的にはもちろん大歓迎です。
(まあ、そもそも『前巷説百物語』が連載されているわけで……)


「コミック乱ツインズ」2024年12月号(リイド社) Amazon

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2024.11.15

未発見死体の謎を解け! 山本巧次『大江戸科学捜査 八丁堀のおゆう 殺しの証拠は未来から』

 『大江戸科学捜査 八丁堀のおゆう』シリーズ最新刊は、何と現代の四ツ谷で発見された江戸時代の人骨を巡る捜査。ちょうどおゆうの活躍する時代で起きたらしい殺人事件を調査することになったおゆうですが、事件は謎が謎を呼び、意外な方向へと展開していきます。

 現代では元OL、江戸時代では腕利きの女岡っ引きであるおゆう。彼女がコロナ禍の現代の東京で友人の宇田川から見せられたのは、四ツ谷の工事現場で発見されたという人骨でした。
 刺し傷があり、謎の金属片とともに埋まっていたその人骨は、年代測定の結果、ちょうどおゆうの活躍して頃に殺されて埋められたと思しいというのです。

 科学分析でいつも世話になっている宇田川の頼みだけに断れず、江戸時代の四ツ谷近辺を調べ始めるおゆうですが、その辺りは武家屋敷も多く、さっぱり収穫はなし。その上、周辺を縄張りにする悪徳岡っ引きに目をつけられる始末です。

 そんな中、同心の伝三郎から、行方不明になったという紙問屋の若旦那探しを頼まれたおゆうですが――その若旦那には旗本の奥方と不義密通したという噂があり、しかもその旗本の屋敷は四ツ谷にあるというではありませんか。
 いやな予感に調べてみれば、奥方は若旦那が行方不明になったのと同じ頃に変死していたという事実が判明。しかしそれ以上の調査は進まず、おゆうは人骨と一緒に発見された金属片の方を追うことになります。

 奔走した結果、金属片の出処らしきものが明らかになり、関係する人間を追うおゆう。しかしその矢先、彼女は何者かの襲撃を受けて……


 これで十一作目となる本シリーズですが、なんと言っても今回の最大の特徴は、現代で発見された江戸時代の殺人の遺体と遺留品から事件を解明するという趣向でしょう。
(発見された遺体がおゆうの時代のものというのは都合のよい事実かもしれませんが、それは物語の大前提として)

 タイムパラドックスは存在しない、つまり歴史は変えられない世界なので、殺人を防ぐことはできないのですが、せめて犯人を捕らえ、この時代ではまだ見つかっていない死体の謎を解くことはできるかも――といっても、もちろんそれが容易いことではないのはいうまでもありません。

 失踪した紙問屋の若旦那がその遺体なのかと思えばどうやらそうではなく、しかしその失踪事件が密接に絡んで、事件は複雑化していきます。
 元々この件はレギュラーの宇田川が持ち込んだものですが、彼が黙って見ているはずもなく「千住の先生」として江戸に乗り込んできた挙げ句、彼をライバル視する伝三郎と角つき合わせたり――と、シリーズファン的にも楽しい展開が続きます。

 そんな紆余曲折の末に、事件の背後の巨大な犯罪の存在が明らかになるのですが、それが時代ものにはありそうであまりなく、それでいて現代人にはすぐに理解できるもの――真面目な話、これを題材にした時代小説は、今までほとんどないのでは――なのにも感心させられます。
(ここでおゆうの元経理部という経歴が生きるのも楽しい)

 しかし相手のしていることはわかっても、まだまだ硬い犯人の壁を突き崩すために、おゆうたちが取った手段とは――これがまたちょっと豪快すぎて驚くのですが、これはもう現代が発端の事件だからと思うことにしましょう。
 その果てに本物が――とか、今回の事件がとんでもないところに繋がったりと、暴走気味のオチも、これはこれで実に愉快ではあります。


 シリーズ恒例のラストも、おゆうを巡る鞘当ての要素が加わったことで、思わぬ方向に展開したりと、シリーズの巻数が二桁を数えても、まだまだこういう盛り上げ方もあるのか、と全編に渡って楽しめる快作です。


『大江戸科学捜査 八丁堀のおゆう 殺しの証拠は未来から』(山本巧次 宝島社文庫) Amazon

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2024.11.07

滅び行く名家を救え! 若き向井正綱の戦い 諏訪宗篤『海賊忍者』

 第15回小説野性時代新人賞受賞は、戦国時代後期の実在の人物・向井正綱の若き日を描く物語。伊賀の忍者にして志摩の海賊である正綱が、織田信長の圧力を受ける北畠具教とその娘・雪姫のため、数々の戦いを繰り広げます。(本作の結末について、ある程度触れますのでご注意下さい)

 武田信玄に海賊衆として仕える父・正重を持ちつつも、故あって家を出て、誰にも仕えず暮らす正綱。ある日、甲賀衆に襲われる少女を助けた正綱は、彼女が北畠具教の愛娘・雪姫であり、北畠家に圧力を加える織田家の非道を幕府に訴えようとしていたことを知ります。
 姫に惹かれ、北畠家に加勢することを決めた正綱は、北畠家の勇将・鳥屋尾満栄とともに、信長包囲網を築くべく、武田信玄の下へ密使として向かいます。

 さらに、信玄が起った時のため、水軍の増強に奔走する正綱。熊野水軍を味方につけ、反撃の機会を窺う正綱ですが、時運は巡らず、北畠家はますます追い詰められていくのでした。
 そして雪姫と信長の子・具豊(信雄)の婚礼が近づく中、ついに運命の日が……


 伊勢の海賊出身であり、父は今川義元や武田信玄に水軍として仕えた正綱。正綱については、過去に隆慶一郎の『見知らぬ海へ』などで描かれていますが、彼を忍者として描いたのは本作が初めてではないでしょうか。

 正綱が忍者として活動したという記録はないはずですが、向井氏の出身は伊賀と伊勢の国境の地であり、この点から彼を忍者に結びつけることにより、彼に自由な活躍の場を与えたのは、本作のユニークな工夫でしょう。
 それによって本作の正綱は、北畠家のために戦う中で、当時信長の下で志摩を支配していた九鬼嘉隆と戦い、武田信玄と対面し、北畠具教に剣を学び(正綱を「狐」と呼び色々な意味で可愛がる具教が面白い)、秘密裏に水軍増強に奔走し――と、縦横無尽の活躍を見せることになります。

 登場した際は、家を出てから特に目的もなく生き、戦いの中で敵の命を奪うことも厭う少年だった正綱。しかしこの数々の冒険の中で、彼は己が生きる目的、戦う意味を見つけ、覚悟を背負った男として成長していくことになります。


 そしてその背景となるのが、信長支配下の北畠氏の姿です。代々伊勢国司であった名門・北畠氏ですが、信長の侵攻を受け、和睦はしたものの彼の次男・茶筅丸を養子とし、具教の娘をその妻にすることを強いられました。
 その果てに――となるわけですが、本作はまさにその北畠氏の落日の姿を、正綱の目を通じて描く物語でもあります。

 この辺り、信長のやり方は(戦国時代にはよくあること、といえばそれまでですが)かなり悪辣で、悪役として描くにはぴったりなのですが――しかし悩ましいのは、史実に従えば悲劇にしかならないものを、どのようにフィクションとして描き切るかというのは、大事な点です。

 その点を本作は――ある点は史実通りに描きつつ、またある点、本作においてはより重要な史実をスルーした結末となっています。
 いや、本作の結末に繋がる史料や伝説(ここで具教の「狐」呼びが活きる)もあるのですが、定説をかなりきっぱりとスルーしたのには、正直なところ驚かされました。

 これは願望混じりの勝手な予想となり恐縮ですが、正綱の将来に繋がる部分が描かれていないこともあり、本作には続編が構想されているのではないか――ある意味結末の見えている物語を(その予想は覆されたわけですが)、まだデビューから日が浅いとは思えない筆力によって最後まで緊張感溢れる形で見せてくれただけに、予想で終わらないでほしいと願っている次第です。


『海賊忍者』(諏訪宗篤 KADOKAWA) Amazon

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2024.10.30

朝鮮の巫女と日本の小説家の挑む怪異 戸川四餡『黒巫鏡談』第1巻

 どの国にも民間信仰は存在しますが、特に朝鮮のシャーマニズム・巫俗は、その中でもしばしばフィクションに取り上げられる印象があります。本作は、1930年代の朝鮮を舞台に、朝鮮総督府が存在を秘匿する異端の巫女と、トラブルに進んで首を突っ込む小説家が巻き込まれる奇怪な事件を描くユニークな漫画です。

 一九三七年、朝鮮は京城を訪れたのは、日本で売れない怪奇小説を書いている小説家・巖谷鏡水。彼は、古書店街でたまたま目についた書物――民俗学者が朝鮮の土着信仰について記した「朝鮮の巫女」の、最後のページに手書きで記された「黒衣の巫女」に興味を惹かれ、わざわざ日本からやって来たのです。
 京城への列車内で黒衣をまとう少女と出会い、小説のモデルに――と考えた鏡水でしたが、しかし彼の話を聞いた朝鮮総督府の警官である友人・立花は、険しい表情で関わらないよう忠告します。

 そんな忠告もどこへやら、町に出て黒衣の巫女を探す鏡水は、不気味な世界に迷い込み、何者かに襲われる羽目に。その時、彼を救ったのは列車内で出会った黒衣の少女・崔月子でした。
 彼女こそが黒衣の巫女だと知り、巫堂(ムーダン)としての仕事に強引に同行を申し出る鏡水。月子も彼が「呼ばれる」体質であることを見抜き、同行を許可します。

 そして、以前に巫堂が儀式を行った末に何者かに顔の皮を剥がされて殺された場で、鬼神を招く儀式を執り行う月子。現れた鬼神に対し、月子は別人のような異様な力で戦いを挑み……


 冒頭に述べたように朝鮮独特のシャーマニズムである巫俗。その中心となる巫堂(ムーダン)と呼ばれるシャーマンは、つい最近、日本でも公開された韓国映画『破墓/パミョ』でも大きく取り扱われています。

 本作の主人公・崔月子もその巫堂ではありますが――しかし「黒巫」と呼ばれるだけに、並みの存在ではありません。彼女はその身に「トケビ」なる存在を宿し、魔物に対してはその力を発揮して、文字通り叩き潰す――何しろ手にした得物(?)が、いわゆるネイルハンマー(釘抜き付きハンマー)なのですから凄まじい。
 トケビの、無数の蛸の足を生やしたようなシルエットも相まって、月子の巫堂としての姿は、強烈な印象を残します。

 しかし強烈なのはそれだけではありません。黒衣の巫女とは、朝鮮を支配しながらも現地の超自然的な存在に悩まされる朝鮮総督府からの依頼を受けて活動する巫堂であり、朝鮮の文化・信仰を否定する総督府にとっては暗部ともいうべき存在。そしてその任につく月子は、抗日活動家であり、無惨な死を遂げた父を持つ娘なのです。

 もちろん、この時代の朝鮮を舞台とするのに、日本による支配を描くことは避けては通れませんが、それをこのような形で描いてみせるとは――その踏み込み方には驚かされます。
 そしてこの点、自分の小説のことしか頭にない鏡水の存在も、物語に相応しいとも相応しくないともいえるでしょう。黒巫として「仇」の依頼で戦うことに複雑な思いを抱く月子に対して、その黒巫としての活躍を純粋に称賛する――その無神経さは、彼女の心を傷つけると同時に、救いにもなっているのですから。

 深い「恨」を持ち、その具現化ともいえるトケビを心に宿す月子と、「恨」を持たない極楽とんぼの鏡水――そんな対照的な二人は、互いを補い合う存在なのかもしれません。
(もっとも、鏡水も立花との対決シーンでは、意外な鋭さを見せるのですが――このシーンの妙なテンションは必見です)


 そして結成された奇妙なバディは、この巻の終盤で、済州島を巡る奇怪な事件に挑むことになります。海女の島でもあり、本土とはまた異なる習俗を持つ済州島で起きる怪事とは、その正体は何なのか――何が飛び出すかわからない物語だけに、今後の展開が大いに気になるというものです。


『黒巫鏡談』第1巻(戸川四餡 KADOKAWA HARTA COMIX) Amazon

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2024.10.24

ホワイダニットの妙が光る貸し物譚 平谷美樹『貸し物屋お庸 夏至の日の客』

 白泉社招き猫文庫時代から数えれば通算九作目と、作者の単行本化された連作シリーズの中では最長となった『貸し物屋お庸』の最新巻です。江戸のレンタルショップ・湊屋の両国出店を任されたお庸が、今回も貸し物にまつわる様々な事件に首を突っ込むことになります。

 大工だった両親が盗賊に殺されたことをきっかけに、主の清五郎のもとで湊屋の出店を任されるようになったお庸。それ以来、彼女は持ち前の好奇心と気風の良さで、店に訪れる様々な人々に絡んだ事件や騒動の数々を解決してきました。
 今日も、手代の松之助や、怪しい客の素性を調べる追いかけ屋で陰間の綾太郎と共に、お庸は様々な謎に挑んでいきます。

 というわけで、本作にはお庸の奮闘を描く全五篇の物語が収録されています。
 親の代から世話になってきた名棟梁が年を取って寝込みがちになったと知り、屋敷にいながらにして花見を楽しんでもらおうとお庸たちが奔走する「花の宴」
 按摩の家に貸した炬燵の中に猫が住み着いたと思いきや、思いもよらぬその正体が明らかになり、一転して恐ろしい事態にお庸が巻き込まれる「炬燵の中」
 一年前の夏至の日に、ギヤマンの杯を借りてすぐに返した若き蘭学者の不審な行動を巡り、お庸たちが真相を追う「夏至の日の客」
 湊屋の吉原揚屋町の出店に「赤ん坊を貸してくれ」と現れた遊女に対し、その理由をお庸が解き明かす「揚屋町の貸し物」
 家に幽霊が出るようになったので引っ越しをするという常連客の話を聞いたお庸が、幽霊出現の謎を解く「宿替え始末」

 今回も、人情ものあり、ミステリあり、ホラーありと、いかにも本シリーズらしい盛りだくさんの内容ですが、個人的に特に印象に残ったのは「花の宴」と「揚屋町の貸し物」でした。

 「花の宴」は、仕事はきっちりこなすが遊びも派手という名棟梁が、息子に跡目を譲って隠居して以来、どうにも元気がない(作中で疑われるその理由もスゴいのですが)のを励ますために、本人に気付かれないうちに庭に花見の準備をしてしまう――という、大げさにいえば一種の不可能ミッションもの。
 その難題に挑むお庸たちの細工も楽しいのですが、そこに関わる人々それぞれのプロフェッショナルぶりと心意気が実に気持ちよい、巻頭にふさわしい一篇です。

 一方、「揚屋町の貸し物」は、貸し物屋に遊女が赤ん坊を、それも三人も借りたいと言ってくるという、前代未聞の導入が強烈に印象に残ります(しかし、その気になればそれにも対応できるという湊屋……)。しかも、遊女が名乗った名前は別人のものとわかり、遊女の行動の理由はますます謎めいてきて――と、極めてユニークな一種のホワイダニットものとなっています。
 その謎解きの末に、遊女が口にした理由にはハッと胸を突かれ――そこから終盤の(ある意味反則ではあるのですが)に至り、物語のトーンが全く変わる展開には脱帽です。

 貸し物屋だから成立する設定と、ホワイダニットの妙、そして物語展開の巧みさが見事に融合した、本作でも随一、いやシリーズでも有数の名品と言えるでしょう。


 このように、巻を重ねても、まだまだシリーズとしての可能性を感じさせる物語が飛び出してくる『貸し物屋お庸』。この先も大いに期待してしまうのですが――ただ一つ寂しいのは、お庸が清五郎への恋心を完全に封印してしまった点でしょうか。
 それももちろん彼女の成長の姿ではありますが、しかし仕事以外にも前向きに突き進んでいく彼女の姿も見てみたい、というのも正直な気持ちです。

 今回はなりを潜めていたさる大名家のちょっかいも合わせて、今後のドラマを展開してくれた――というのは、まことに贅沢な望みかもしれませんが、それだけ魅力があるシリーズであることは間違いありません。


『貸し物屋お庸 夏至の日の客』(平谷美樹 だいわ文庫) Amazon

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2024.10.23

夏祭りが呼ぶ騒動 二人の絆に亀裂が!? 霜月りつ『神様の用心棒 うさぎは祭りの夜に舞う』

 既に秋祭りの時期となり、今頃の紹介でまことに恐縮ではありますが、快調『神様の用心棒』シリーズ第六弾は、夏祭りが舞台となります。宇佐伎神社の夏祭りのため、大いに盛り上がる兎月たちですが、ツクヨミが意外な態度を見せたことで、思わぬ事態となります。

 箱館戦争で命を落としながらも、明治の世に函館山の宇佐伎神社の神・ツクヨミによって蘇り、神社の用心棒として暮らす兎月の活躍を描いてきた本シリーズ。
 シリーズではこれまで、基本的に毎回一作に一つの季節が舞台となってきましたが、本作は前作に引き続き夏の物語が描かれます。

 その冒頭の「七夕怪談」は、サブタイトルのとおり、七夕が題材の怪談です。
 函館の住人たちが七夕の笹を取りに行く雑木林で最近相次いでいる幽霊の目撃談。ついに行方不明者まで出たという訴えに、林に向かった兎月の前に、身体から笹を生やした土気色の肌の女が現れ――という直球の怪談ですが、何と言えぬ不気味な余韻を残すのが、怖い時は容赦ない、本シリーズらしいといえるでしよう。

 そんなエピソードに続いて描かれる「夏祭りことはじめ」では、本作のメインとなる、夏祭りにまつわる物語が描かれます。夏祭りの季節を前に、神社の祭りを盛り上げようと盛り上がる、兎月に大五郎、パーシバルたち。特に大五郎は大張り切りですが――しかし肝心のツクヨミが、そんな人間たちに反発します。
 自分たちは祭りを盛り上げ、神社に多くの人に来てもらおうとしているのに――と驚く兎月たちですが、ツクヨミにはツクヨミの想いがあって……

 と、いうエピソードですが、実は本作の帯には、「神様と兎月の絆に亀裂が――!?」という、なんとも気になる惹句が書かれていました。
 これまで互いにツッコミ合うのは日常茶飯事だったツクヨミと兎月ですが、「亀裂」とは穏やかではありません。一体何が――とハラハラしていたところ、蓋を開けてみたらこの展開だったわけですが、しかしこれはこれで、深刻な問題であることは間違いありません。

 特に、町おこしのためにこれまでの風習が変えられたり、新たに作られたりというのは、現代でも無縁ではない話。いや、そんなことよりも、自分が相手のためと考えていることは、本当に相手の望むものなのか――というシンプルな話なのかもしれませんが、いずれにせよ、神様と人間のギャップが、思わぬところで露呈したといえるでしよう。

 果たして、この亀裂をどうやって埋めるのか――というのはここでは述べませんが、やはり本作らしい結末のエピソードです。


 これに続くのは、兎月がお葉と出かけた盆踊りの晩に、優しい奇跡が起こる「遠い盆唄」――そしてパーシバル所蔵の、手にした者に不思議な事が起きるという夫婦茶碗によって兎月たちが不思議な世界に入り込む「ほたる野の茶碗」という二つのエピソード。
 どちらも短いですが心に残る、切なくも優しい物語で、今はここにいない人の幸せを願う想いが印象的です。
(しかし、盆踊りに「あの人」が顔を見せなかったのは、さすがに機会を譲ったのか、まだまだこちらにいる気満々なのか……)


 そしてラストの「夏祭り始末」では、いよいよ夏祭りの模様が描かれます。大五郎組の気合の入った支度や、お葉やパーシバルの協力で始まった祭りですが、しかし客の入りはなかなか思うに任せない状況。それどころか、とんでもない横槍まで入って――と荒れ模様です。

 この騒動がどのような結末となるか、言うだけ野暮というものですが、「夏祭りことはじめ」でのツクヨミの懸念を吹き飛ばし、神様と人間を繋ぐかのようなクライマックスは、やはりお見事というべきでしょう。
 と思いきや、後々のシリーズに影響を与えそうな展開まであって、笑ったり泣いたり驚いたりと、やはり最後まで『神様の用心棒』らしい内容だったといえます。


 さて、この結末を受けて、神様と人間の物語が、今後どのような展開を迎えるのか――それが描かれるであろう次作以降も、楽しみにしたいと思います。


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2024.10.13

猛襲フトタマ-1.0! その地の名は走水 久正人『カムヤライド』第11巻

 掲載媒体は変わったものの、物語はいよいよクライマックスに突入した『カムヤライド』。新たなる戦いに突入し、さらなる波乱が予感されるこの巻では、天津神二人が身を捨てて立ちはだかることになります。因縁のあるその一人・フトタマと対峙し、怒りに燃えるオトタチバナは――いよいよ運命の時が迫ります。

 天津神のうち二人を撃破したモンコたちの前に立ち塞がる新たな敵――それは国津神を自在に操り、東国の蝦夷たちと結んだ謎の人物、その名も「ノミ様」でした。
 はたしてその正体は、かつてモンコの前身と疑われたノミの宿禰なのか? だとしたらどのようにして蘇り、そして東国で何を企むのか――かくしてモンコは東国に向かうヤマトタケルの軍に同行しますが、敵の奇手の前に兵を失い、残るは彼ら二人とオトタチバナ、タケゥチのみとなります。

 そんな中、神薙剣とカムヤライドの間の、いや、二人の基となった存在の間の意外な関係が明らかになるのですが――それはまた、天津神が戦う理由にも繋がるものでした。
 そして、フトタマとウズメは、先に散っていった仲間二人と同様、己の肉体を包むスーツを脱ぎ捨て、背水の陣でモンコたちに挑みます。

 決戦の地の名は、走水……


 神話に登場する姿とは全く異なるとはいえ、ヤマトタケルとオトタチバナという名が登場する本作において、いつかはこの地が出るのだろうかと密かに恐れていた走水。
 記紀神話においては、東征途中のヤマトタケルの船が水神の怒りによって嵐に遭い、それを鎮めるためにオトタチバナがその身を沈めた地であります。

 すなわち、オトタチバナとの別れの地ですが――果たして本作においてそれを如何に描くのかとハラハラしていれば、こちらの予想を遥かに上回る展開が描かれることになります。
 地の属性であるウズメがカムヤライドを思わぬ形で抑える、いや押さえる一方で、モンコたちの船を襲うフトタマ。自らの水の力を全開にしたその姿――背びれのある巨体を二本の足で支え、口からは巨大な奔流を放つ姿を何と表すべきか。これはやはり、フトタマ-1.0というべきでしょうか。

 そんなことはさておき、かつて自分を黒盾隊に導き、強い絆で結ばれたワカタケをフトタマに奪われた――フトタマから見れば自分の分身を元に戻した――ことから激しい敵意を燃やすオトタチバナにとっては、相手がどのような姿を取ろうが黙っていられるはずがありません。
 フトタマを倒し、ワカタケを奪い返すため、オトタチバナ・メタルに変身した彼女は――えっ!?

 と、とんでもない形で神話が再現されるのには、本当にどんな顔をすれば良いかわからなくなってしまうのですが――ここからそうくるか! と言いたくなってしまうような展開に持っていくのには脱帽です。ほとんどギャグのような状況から、己の能力を活かして逆転してみせる――そのロジカルな展開もイイのですが、その根底にあるのが、モンコのヒーローとしての、いや人としての想いを語る言葉であるのに痺れます。

 人一倍人間臭かったヤマトタケルが人の感情を持たぬ神薙剣と化し、そしてオトタチバナまでもが復讐に逸って変貌しかける中、あくまでも人であることを貫こうとするモンコ。
 そんな彼の姿は前巻でも描かれましたが、この巻の冒頭でも描かれるそれは、物語が殺伐さと混迷の度合いを深める中、得難く、そして輝きを増して感じられます。

 そしてついに逆襲に転じるオトタチバナ――と思いきや、この巻はもう終了。体感ではほんの一瞬に感じられるほどの勢いとテンションで突っ走ったこの巻ですが、次巻ではさらに思わぬ展開と熱い盛り上がりが――というのはここでは伏せて、少々待つとしましょう。


『カムヤライド』第11巻(久正人 リイド社SPコミックス) Amazon

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