2025.01.05

明治に生きる新撰組――原田・斎藤・山崎は誠を貫けるか!? 矢野隆『至誠の残滓』

 主役になることは少ないものの、新撰組では人気者の一人である原田左之助。本作は、幕末を生き延びていた原田をはじめ、明治の世を生きる新撰組隊士三人を描くハードボイルドタッチの物語です。原田、斎藤一、そして山崎烝(!)――もがきながらもそれぞれの誠を求める三人の向かう先は!?

 東京の片隅にある古物屋「詮偽堂」――その主人・松山勝の正体は、幕末に上野で戦死したはずの元新撰組十番組組長・原田左之助。病身の妻を抱える原田は、高波梓の名でやはり密かに生き延びていた山崎烝と時に酒を酌み交わしながら、静かに暮らしていたのですが――そこにもう一人の元新撰組隊士が現れます。
 それは、かつて三番組組長であり、今は警官となっている藤田五郎こと斎藤一。新撰組時代から斎藤と反りの合わなかった原田は邪険に扱おうとしますが、妻の薬代のため、長州閥と結んで悪事を働く士族の調査を引き受けることに……


 この表題作から始まる本作は、原田・山崎・斎藤の三人が主人公を務める全七話の連作集として構成されています。明治の新撰組といえば、今では即、斎藤一が連想される(次点で永倉新八)わけですが、その斎藤だけでなく、原田と山崎が登場するというのがユニークな点です。
 原田といえば、上野戦争で戦死せずに生き延び、満州に渡って馬賊となったという巷説のある人物だけに、明治以降に登場する作品は皆無ではないのですが――山崎は非常に珍しいといえます。彼については死亡の記録がしっかり残っているだけに、実は生きていたというのは難しいのですが、そこは本作独自の理由を設定している点が面白いところです。

 さて、こうして明治の世に姿を現した新撰組隊士三人ですが、それぞれ実に「らしい」キャラクターとして描かれているのが嬉しくなります。
 難しいことを考えずに直情径行で突っ込む原田、冷徹で非情に見えて内に熱い信念を持つ斎藤、荒事は苦手だけれども監察で鍛えた人間観察眼を持つ山崎――それぞれのキャラクターは決して斬新というわけではありませんが、それだけに納得のいく言動には、新撰組ファンであれば必ずや満足できるでしょう。


 しかし、本作の舞台となる明治11年から18年においては、彼らが活躍した時代は既に過去のものです。それどころか、幕末での新撰組に恨みを持つ者が新政府にも少なくない状況で、かつての自分の名を名乗ることもできず(特に死んだはずの二人は)、彼らは新たな名でそれぞれの生活を営んでいるのです。

 そんな中で、果たして彼らはかつての誠の志を抱いて、生きていくことができるのか――本作はそれを鋭く問いかけるのです。

 特に中盤以降、斎藤そして山崎は、ある人物に絡め取られてその走狗として生きることを余儀なくされます。その人物とは山縣有朋――長州出身の軍閥の首魁ともいうべき男であり、後には元老として絶大な権力を振るった存在です。
 当然というべきか、この時代を描くフィクションでは悪役になることの多い山縣ですが、本作においてもそれは同様――斎藤たちを操り、数々の陰謀を巡らせる、何を考えているのか山崎にすら読ませない不気味な存在として、作中に君臨するのです。

 この明治政府の闇の象徴ともいうべき存在を前にしては、所詮は一人の人間である斎藤も山崎も、無力な存在に過ぎません。それでも己の中の誠と折り合いをつけ、この時代を生き延びようとする彼らの戦いは何ともドライかつ重く、それが本作のハードボイルドな空気を形作っています。

 果たしてこの山縣の闇に、原田までもが飲み込まれてしまうのか。そして彼らはかつての誠を失い、走狗として死ぬまで戦い続けることになるのか……
 それでも山縣が企む最後の陰謀に対して意地を見せる三人ですが――そんな緊迫感溢れる終盤において、読者は本作を誰が書いたのか、改めて思い知らされることになります。

 作者はデビュー作の『蛇衆』以来、様々な形で「戦う者」「戦い続ける者」を描いてきました。
 見ようによってはやり過ぎに感じられるかもしれない本作のクライマックスは、しかしそんな作者のまさしく真骨頂。あまりにも作者らしい展開であり、そしてその先に待ち受ける結末とともに、新撰組ファン、そして作者のファンとしては、思わず笑顔で頷いてしまうのです。

 たとえ時代が変わっても、一度は己を殺すことになっても、決して消えない、変わらない――そんな熱い想いを持った男を描いた快作です。

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2024.12.30

2024年に語り残した歴史時代小説(その一)

 今年も残すところあと二日。こういう時は一年の振り返りを行うものですが――既に読んでいるにもかかわらず、まだ紹介していない作品が(それも重要なものばかり)かなりありました。そこで今回は二日に分けてそうした作品に触れていきたいと思います。(もちろん、今後個別でも紹介します……)

『佐渡絢爛』(赤神諒 徳間書店)
 いきなりまだ紹介していなかったのか、と大変恐縮ですが、今年二つの賞を取り、年末のベスト10記事でも大活躍の本作は、その評判に相応しい大作にして快作です。

 元禄年間、金鉱が枯渇しかけていた佐渡で、謎の能面侍による連続殺人が続発。赴任したばかりの佐渡奉行・荻原重秀は、元吉原の雇われ浪人である広間役に調査を一任し、若き振矩師(測量技師)がその助手を命じられることになります。水と油の二人は、衝突しながらもやがて意外な事件のカラクリを知ることに……

 と、歴史小説がメインの作者の作品の中では、時代小説色・エンターテイメント色が強い本作ですが、しかし作者の作品を貫く方向性はその中でも健在です。何よりも、ミステリ・伝奇・テクノロジー・地方再生・青年の成長といった様々な要素が、一つの作品の中で全て成立しているのが素晴らしい。
 「痛快時代ミステリー」という、よく考えると不思議な表現が全く矛盾しない快作です。


『両京十五日 2 天命』(馬伯庸 ハヤカワ・ミステリ)
 今年のミステリランキングを騒がせた超大作の後編は、前編の盛り上がりをさらに上回る、まさに空前絶後というべき作品。明朝初期、皇位簒奪の企てを阻むため、南京から北京へと急ぐ皇太子と三人の仲間たちの旅はいよいよ佳境に入る――というより、上巻ラストの展開を受けて、三方に分かれることになった旅の仲間たちが、冒頭からいきなりクライマックスを繰り広げます。

 地位や身の安全よりも友情を取るぜ! という男たちの侠気が炸裂したかと思えば、そこに恐るべき血の因縁が絡み、そして絶対的優位な敵に挑むため、空前絶後の奇策(本当にとんでもない策)に挑み――と最後まで楽しませてくれた物語は、最後の最後にそれまでと全く異なる顔を見せることになります。
 そこでこの物語の「真犯人」が語る犯行動機とは――なるほど、これは現代でなければ描けなかった物語というべきでしょう。エンターテイメントとしての魅力に加えて、深いテーマ性を持った名作中の名作です。


『火輪の翼』(千葉ともこ 文藝春秋)
 『震雷の人』『戴天』に続く安史の乱三部作の完結編は、これまで同様に三人の男女を中心に描かれた物語ですが、その一人が乱を起こした史思明の子・史朝義という実在の人物なのもさることながら、前半の中心となるのがその恋人である女性レスラー(!)というのに驚かされます。

 国の腐敗に対し、父たちが起こした戦争。しかしそれが理想とかけ離れた方向に向かう中、子たちはいかにして戦争を終わらせるのか。安史の乱という題材自体はこれまで様々な作品で取り上げられていますが、これまでにない主人公・切り口からそれを描く手法は本作も健在です。

 ただ、歴史小説にはしばしばあることですが、結末は決まっているだけに、主人公たちの健闘が水の泡となる展開が続くのは、ちょっと辛かったかな、という気も……


『最強の毒 本草学者の事件帖』(汀こるもの 角川文庫)
『紫式部と清少納言の事件簿』(汀こるもの 星海社FICTIONS)
 前半最後は汀こるものから二作品を。『最強の毒』は、偏屈者の本草学者と、男装の女性同心見習いが数々の怪事件に挑む――というとよくあるバディもの時代ミステリに見えますが、随所に作者らしさが横溢しています。
 まず表題作からして、これまで時代ものではアバウトに描かれてきた「毒」に、本当の科学捜査とはこれだ! とばかりに切込むのが痛快ですらあるのですが――しかし真骨頂は人物造形。作者らしいセクシャリティに関わる目線を随所で効かせた描写が印象に残ります(特にヒロインの男装の理由は目からウロコ!)

 一方、後者は今年数多く発表された紫式部ものの一つながら、主人公二人の文学者としての「政治的な」立場を、ミステリを絡めて描くという離れ業を展開。フィクションでは対立することの多い二人を、馴れ合わないながらも理解・共感し、それぞれの立場から戦うシスターフッドものの切り口から描いたのは、やはりさすがというべきでしょう。


 以下、次回に続きます。

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2024.12.26

列車砲を輸送せよ! 軍事冒険小説にしてロードノベルの快作 野上大樹『ソコレの最終便』

 かつて霧島兵庫の筆名で作品を発表してきた作者による本作は、今年の細谷正充賞受賞作の一つにして、終戦直前の満州を舞台に特命を受けて駆ける装甲列車を描く軍事冒険小説です。ソ連軍が迫る中、七日間で二千キロ先の地まで巨大列車砲を輸送する「ソコレ」に乗った者たちの死闘が繰り広げられます。

 昭和二十年八月九日、日ソ中立条約を破棄して満州国に侵攻を開始したソ連軍。その大混乱の中、田舎町・牡丹江に駐屯していた朝倉九十九大尉率いる一〇一装甲列車隊「マルヒト・ソコレ」に、関東軍総司令官直々の特命が下ります。
 特命――それは、輸送中に空襲を受けて国境地帯で立ち往生してしまった日本軍唯一の巨大列車砲を回収し、本土防衛に用いるため大連港に送り届けよ、というものでした。

 部隊の部下たちとともにただちに現地へ急行し、列車砲と砲兵隊に合流した九十九。しかし本当の苦難の道のりはそこから始まります。
 日本への輸送船が出航するのは七日後――それまでに、T34戦車部隊を擁するソ連軍の猛攻が続く中、大連へと辿り着かなければならない。しかも、往路の橋が敵の侵攻を防ぐために落とされたため、北へ、西へと、実に二千キロの迂回路を取らなければならないのです。

 既に製造から二十年が経過した老ソコレに鞭打ちながら進む一行。その道中では、エリート軍医や老整備士、避難民の赤ん坊までも加わりながら、大連を目指します。悲惨な戦場を突破するたびに仲間を次々と失い、人も機械も傷ついていく旅路の果てに待つものは……


 十九世紀後半に実用化され、第二次世界大戦まで特に欧州を中心に運用された列車砲。鉄路さえあれば迅速に移動可能な超遠距離砲台という魅力的なコンセプトは、しかしその射程以上の航続距離を持つ航空戦力の発達や弾道ミサイル等の登場による巨砲兵器の退潮、運用に必要な人員と物資の多さ――そして何よりも、鉄路がなければ移動が不可能という致命的な欠点により、急速に歴史の表舞台から消えていきました。
 その点では(このような表現が適切かはわかりませんが)、列車砲は一種のロマン兵器であり、鉄路に輸送を依存する時代を過ぎて消えていった(しかしその名前の物々しさが印象に残る)装甲列車ともども、時代の徒花という印象が強くあります。だからこそ、本作のような物語の「主役」に相応しいとも言えるでしょう。

 本作は、日本軍がその列車砲――九〇式二四センチ列車カノンを満州の虎頭要塞に配備していたという史実を背景としつつ、ソ連軍の猛攻を掻い潜って目的地を目指す軍事冒険小説にして、鉄路という鉄道の制約を活かしたロードノベルの快作です。

 軍事冒険小説――特に不可能ミッションものの魅力といえば、不可能と評される状況の過酷さ、そしてそれに挑む主人公と仲間たちの個性と奮闘ぶりでしょう。その点、本作は列車という多くの人間が乗り合わせるという舞台設定ならでは多士済々ぶりが魅力の一つといえます。
 重い過去を背負いながらも諧謔味を見せる主人公・九十九を初め、「仏」と呼ばれる専任曹長、明朗で生真面目な偵察警戒班班長、随所でエネルギッシュに活躍する砲兵少尉といった軍人たち。それだけでなく、人類愛に燃える若き看護婦や、ある理由で人生を投げ出した整備の名人など、本来であればこの場に居合わせなかったであろう人々が列車という限られた空間の中で織りなす群像劇が展開されます。

 物語の中では、痛快な戦果といったものはほとんどなく、目を覆いたくなるような悲惨な戦禍が数多く描かれます。しかし、それだからこそ、極限の状況下で顕れる(本作の場合は主に善き)人間性が一際印象に残るのです。

 また、本作では、主役であるソコレが中盤で――というサプライズや、クライマックスで繰り広げられるソ連軍との決戦の構図など、戦争ものとして新しいアイディアが盛り込まれているのも目を引くところです(特に前者については、作者の世代的にある意味当然のようにたどり着いたアイディアなのではないかと想像します)。


 しかしその一方で非常に残念なのは、物語の展開がわかり易すぎる点です。この舞台で研究者肌の軍医が登場すればアレの関わりだな、といった具合に、このジャンルに触れたことがある読者であれば容易に予測できてしまう要素や、ここでこれが描かれたということは後で意味を持つな、というように伏線があまりにも明白な部分(先述のサプライズも、正直なところ予想の範囲内ではありました)など――物語展開の意外性に乏しいために、本作が類型的な内容に見えてしまうのは、勿体ないとしか言いようがありません。

 冒頭で触れたように、本作は作者が単行本化に際して筆名を改め、心機一転を図った一作。それだけに、文句のつけようのない作品を期待したかったというのは、厳しすぎる評価かもしれませんが、偽らざる心境でもあります。
(霧島兵庫名義で発表された『信長を生んだ男』などもよくできていただけに……)


『ソコレの最終便』(野上大樹 ホーム社) Amazon

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2024.12.23

『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀4』 第12話「魔族の誇り」

 再び魔界に降り立った殤不患の前に現れ、共闘を持ちかける凜雪鴉。封印された裂魔弦を救い出し、浪巫謠の行方を知る二人だが、その前に刑亥が現れる。葛藤の末、魔王の征く道の障害になるとして、刑亥は三つの魔宮印章の力で不完全ながら魔神の力を宿し、三人に襲いかかる……

 第4期も全13話だと思いきや、もう最終回でちょっと驚いた今回。最終章が控えているとはいえ、残り一話で何を描くのか――と思っていましたが、冒頭から今期本当に久しぶりの殤不患と凜雪鴉の再会は、やはり胸躍るものがあります。
 それにしてもメリー・ポピンズよろしく降りてきた殤不患を平然と出迎える凜雪鴉といい、(睦天命に聞いていたであろうとはいえ)魔界で待ち受けていた凜雪鴉を見ても驚かない殤不患といい、どちらもそれぞれのことをある意味信頼している感じなのが微笑ましい。しかし冷静に考えれば、殤不患は魔界についてほとんど知らない状況――そもそも浪巫謠が魔族との混血なのを初めて聞いたくらいなのですから。

 それでも、ほとんど全く動じないのが殤不患の殤不患たる所以。生まれがどうであれあいつは人として正しい道を志してた、流れている血が何色だろうと関係ない――こんな好漢過ぎる殤不患に、妙にマジな顔で反応を見ていた(ように澱んだ目には見えた)凜雪鴉もニッコニコ。「一度友誼を結べば、人も魔物も関係なしか。全くお前は私の見込んだ通りの男だよ」とやたらと馴れ馴れしく殤不患に近付いたと思えば(初見で見逃していましたが、よく見るとさりげなく殤不患と背中合わせに寄りかかる凜雪鴉)、殤不患の方も「よせやぁい」と言わんばかりのリアクション。
 拙者、互いに主義主張は正反対で馴れ合わないけれども、相手の能力や信念には深く信頼していて、いざ戦いの時には背中を預けられる関係性大好き侍――という向きにはたまらない描写ではないでしょうか。

 そんなわけで冒頭でもう満腹になってしまったのですが、この後、えらく雑に(本当に雑に)裂魔弦を逢魔漏から解放した凜雪鴉たちの前に現れたのは刑亥――前回、凜雪鴉の出自に驚きつつ、勝利のためとはいえ魔族に新たな道を強いる魔王と、ある意味魔族の核である享楽を求める凜雪鴉と、両者の間で揺れていた刑亥ですが、ついに魔族の未来を選び、凜雪鴉抹殺に動き出したのです。

 しかしもはや刑亥=ポンコツという印象がついたところに、主人公二人+裂魔弦という状況で、彼女に勝ち目があるとは思えませんが――そこで取り出したのは三つの魔宮印章。四つ揃うと新たな魔神が現れるというのは、使うと魔神に転生できるということのようですが、刑亥は三つという不完全な状態ながらこれを己に使用、半分異形の姿と化して襲いかかります。しかしこれ、神蝗盟の二人がブーケ代わりに置いていったものにガチギレして文字通り放り投げた凜雪鴉の失策なわけですが、それを一瞬で見抜いた殤不患はさすがというか何というか……

 不完全とはいえさすがに今回のラスボス、主人公サイドでは最強クラスの三人を向こうに回してむしろ圧倒する刑亥。しかしこんな時に頼りになるのが凜雪鴉です。切り札としてしれっと取り出したのは、神蝗盟カップルが置いていった二振りの神誨魔械(同じブーケ代わりでも、印章は捨ててもこっちは持ってるのな……)。そうきたか! とこちらが驚いているところに、久々のウォウウォウをBGMに裂魔弦と怒雷斧を手にした殤不患が道を切り開き(ここで萬将軍の技を借りる殤不患と、その動きに重なる萬将軍のシルエット!)、そして玲瓏劍を手にした凜雪鴉が刑亥に肉薄し――第一期ラスト以来、本当に久しぶりの天霜・煙月無痕が炸裂! いや、以前は舐めプの寸止めだったものが初めて完全な形で、しかも神誨魔械でもってクリーンヒット、その威力は無痕どころか豪快に真っ二つ……

 かくて斃れた刑亥ですが、凜雪鴉に作中ほとんど初の本気の剣を使わせたのは、以て瞑すべきと評すればよいでしょうか(「殺無生にあの世で自慢するといい」などと、この期に及んでなお引き合いに出され、辱められる殺無生くん……)。その一方で、悪党は殺さない凜雪鴉が初めて完全に斬ったことには、色々と考えさせられるものがありますが……

 しかし刑亥は捨て石の役割を果たしたと言うべきか、その間に魔王と阿爾貝盧法は地上侵攻の準備を固め――そして禍世螟蝗はついに嘲風に自らの正体を明かし(ここで幽皇としての静かな喋りから、徐々にはま寿司のハロウィン限定音声のようなドスの効いた声にかわっていくのがお見事)、娘に神蝗盟の法師としての紋章を与え、それぞれに最後の戦いに臨む態勢を整えます。
 もっとも嘲風の場合、与えられたのがよりによって空席になっていた蠍の紋章の上に、間違った魔法少女(謎の指ハートマークポーズ付き)のようなビジュアルなのが、原作者的に不安ですが……

 そして物語の真の決着は全くつかないまま、二ヶ月後の劇場版、最終章に続く!


関連サイト
公式サイト

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2024.12.20

またしてもの将軍位争いに振り回される男 ゆうきまさみ『新九郎、奔る!』第18巻

 駿河での跡目争いも決着し、ようやく京に帰ってきた新九郎。しかし不在の間に彼のいる場所は将軍義尚の下にはなくなり、再び失職――と思いきや、そんなことは言っていられないような事態となります。その渦中に思わぬ形で引き込まれることになった新九郎の明日はどっちでしょうか。

 駿河守護の跡目を巡る龍王丸方と小鹿新五郎方の争いは、全面衝突に発展した末、新九郎が後見を務める甥の龍王丸側の勝利に終わります。その後始末も終わり、実に久方ぶりに京に帰ってきた新九郎。しかし彼の本来の主である義尚は、新九郎不在の間、ほぼ鈎の陣で六角氏と対陣中――そこに不参加だった上に、何かと口うるさい新九郎は、ついに義尚と対面することもできず、陣を去ることになります。

 かくて再び無職となってしまった新九郎ですが、しかしその身は既に次代の将軍位争いに巻き込まれていました。既に余命幾ばくもない状態となってしまった義尚の次を窺うのは、堀越公方・足利政知の子である清晃と、足利義視の子である義材――駿河に滞在していた際に政知と縁が生まれ、所領を与えられた新九郎は、望むと望まざるとにかかわらず、清晃派となってしまったのです。

 義尚が倒れれば、次の将軍を定めるのは大御所である義政。しかしこの怪人物の意図を余人のスケールで計れるはずもなく、周囲は散々振り回されることになります。
(そんな中でも、清晃方のために「何か」やっているのが、新九郎の成長というかなんというか)
 そんな中、突然新九郎は義材に呼び出されて……


 というわけで、駿河での奔走が終わったと思いきや、京で二人の将軍候補の間を奔走する羽目となった新九郎。物語が始まって以来、ずっと足利家は将軍位争いをしているなあという感じですが、これが史実なので仕方がない。そしてそんな中で、生真面目で融通の効かない新九郎が周囲の思惑に振り回されるというのもこれまで通りではあります。

 しかし今回の争いは、上で述べたように新九郎は既に政知から所領を得てしまっているからには清晃派にならざるを得ないはず。さらにかつて応仁の乱の折、義材の父・義視のために自分の兄が横死する羽目になったことを思えば、悩むまでもないかと思われたのですが――ここで義材が、足利家の人間とは思えないほど「いいヤツだーっ!!」なのは歴史の皮肉というべきでしょうか。

 この先も新九郎の運命は二転三転、この巻の終盤では、ちょっと予想外の方向に転んでいくのですが――いやはや、新九郎ともども、読者もいいように振り回されている気持ちになるのは、これは作者の技というものでしょう。


 そしてそんな作者の技をこの巻で最も強く感じたのは、この巻の冒頭で示される、新九郎と義尚の関係性の描写です。
 先に述べた通り、義尚への目通りも叶わなくなってしまった新九郎ですが、だからこそ彼が果たそうとしたのは、かつて義尚と交わした約束――木彫りの馬ではなく本物の馬を献じること。なるほど、これがきっかけで新九郎と義尚の絆が甦るのだな、などと予想していれば、そのすぐ先に待ち受けるものに驚かされることになります。

 そんな、ここで馬がドラマに繋がらないとは!? と愕然としていたところに――と、この先の展開は伏せますが、ほとんど不意打ちのように描かれる展開の巧みさには、もはや痺れるしかないのです。
(痺れるといえば、中風で倒れた義政の、ギリギリ感のある天丼描写もまた凄まじいのですが……)

 これまで何度も何度も唸らされてきましたが、ただでさえドラマチックな(しかしとてつもなく入り組んだ)史実を、漫画として見せてくる作者の漫画の巧さに、また改めて唸らされてしまった次第です。


『新九郎、奔る!』第18巻(ゆうきまさみ 小学館ビッグコミックス) Amazon


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2024.12.18

「コミック乱ツインズ」 2025年1月号(その一)

 号数の上では早くも2025年に入った今月の「コミック乱Twins」1月号、巻頭カラー&表紙は久々登場の『そば屋幻庵』です
。今回ほとんどレギュラー陣ですが、特別読切として『老媼茶話裏語』(小林裕和)が掲載されています。今回も、印象に残った作品を一つずつ紹介しましょう。

『そば屋幻庵』(かどたひろし&梶研吾)
 冒頭から非常に旨そうな力蕎麦(作中で言われている通り、柚子が実に良いかんじです)が登場する今回ですが、この力蕎麦、近々行われる力石大会の応援を込めたもの。しかしこれを食べた石工職人の岩蔵は、かねてから娘のお照と交際している天文学者の鈴平が気に入らず、大会で十位以内に入らないと交際は認めない、しかも自分のところの若い職人・剛太が一位になったら、そちらにお照をやる、などと言い出して……

 と、とんだ横暴親父もあったものですが、まあ職人としては、娘は手に職を持った男に嫁がせたいというのもわからないでもありません。しかし鈴平も、剛太も実に好青年で、一体この勝負の行方が気になるのですが――これが実にあっけらかんと意表を突いたオチがつくのが楽しい。悪人もなく、誰かが割りを食うわけでもない、本作らしい気持ちの良い結末です。(ただ、そばが冒頭のみだったのは残念)


『前巷説百物語』(日高建男&京極夏彦)
 「周防大蟆」編もこの第五回で最終回、前回は立合いの同心たちの口から、仇討ちの場に現れた大ガマの怪と仇討ちの結末が語られましたが、実は大ガマの存在はあくまでも目眩まし、真の仕掛けは――というわけで、又市と山崎の会話で、それが明かされます。
 前回、同心の口から、ガマは見届け人に退治され、そして岩見平七は見事に疋田伊織を相手に仇を討ったと語られましたが、前者はともかく、後者は望まれた結末ではなかったはず。それでは仕掛けは失敗したのかといえば――思いもよらぬトリックの存在が語られます。

 正直なところ大ガマ自体は(後年の又市の仕掛けと比べると)決して出来のいい仕掛けではないわけですが、本当の仕掛けはその先に、というのが面白い。そしてその中身は又市の青臭い、しかし後々にまで続いていく想いに支えられたものであったことが印象に残ります。
 もちろんこれは原作そのままではあるのですが、又市がこの仕掛けに辿り着くまでに、調べ、迷い、悩む姿が描かれるのは漫画オリジナルで、この時代なればのこその描写というべきでしょう。
(ちなみに問題のお世継ぎに対する山崎の言葉が、原作からはかなり大きく異なっているのはちょっと引っかかりますが、このずっと後に登場するある人物の存在を連想させるのは興味深いところです)

 それにしても今回冒頭に登場するおちかさんが、くるくる変わる表情など、相変わらず実に良いのですが――良ければ良いほど、この先を想像してしまい...…


『殺っちゃえ!! 宇喜多さん』(重野なおき)
 前回、一応主君である浦上宗景の奸計により、存在が毛利家にロックオンされてしまった直家。今回はその毛利家がメインとなり、直家はオチ要員で一コマ登場するのみというちょっと珍しい回となっています。

 そんな今回登場するのは、毛利元就の次の代の毛利家を支える「三本の矢」――毛利輝元・吉川元春・小早川隆景の三人。そして三人が直家をいかに攻めるか語り合うその場には、なんとあの三村元親が――と、ある意味タイムリーなビジュアルが懐かしいですが、この三人(というより隆景)を前にしてはレベルが違いすぎるのが哀れです。

 それはさておき、実際に直家を攻めるのは誰か――と思いきや、ここで登場するのは「四本目の矢」こと毛利元清! えらく渋好みのキャラですが、実際に直家とは死闘を繰り広げた好敵手ともいうべき人物です。
 しかし登場するなり突然自虐的過ぎることを言い出すのですが、これがなんとまあ史実とは……(隆景が理解者っぽいのも史実)


 残る作品は、次回紹介します。


「コミック乱ツインズ」2025年1月号(リイド社) Amazon

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2024.12.16

黒幕? 伊達政宗のスカウト わらいなく『ZINGNIZE』第12巻

 超絶豪快バイオレンス忍法活劇『ZINGNIZE』第12巻は、様々な登場人物の視点から、物語が描かれる舞台背景・時代状況を振り返るという趣もある内容。これまでに比べるとバトル少なめではありますが、しかしとんでもない展開連発であることは間違いありません。

 高坂甚内を腕利きの刺客たちが追う状況の中、宗旨替えしたか高坂に賞金をかけた黒幕である本多正信・正純父子を襲う二人の刺客。その前に立ち塞がった奇怪な術使いの顔は、かつて服部半蔵に粉砕されたはずの小幡道牛で――という衝撃的な引きで終わった前巻。
 この巻の冒頭では、その二人の刺客の正体――オネエ言葉のコウモリ男が霧隠才蔵、謎のルチャ侍(礼儀正しい)が猿飛佐助であったのが明らかになっただけでなく、戦いに割って入った槍使いの刺客が後藤又兵衛という豪華すぎる顔ぶれが勢揃い。この時代の伝奇ものファン的にはもう鼻血の出そうな面子です。

 その結果として、道牛のことなどは有耶無耶に終わりましたが、それもまあ本作らしい。むしろ本多正信周りで気になるのは、彼が本能寺の変の直後に目撃した、服部半蔵の群れとそれを従える大久保長安の存在であるわけですが……


 さて、自分の首をかけて場外乱闘が繰り広げられているとも知らずにいた高坂(冷静に考えたら回想シーン以外で登場するのは久しぶり?)の前に現れたのは、ボー・ガルダンを連れたサー・カウラーではなく、伊達成実を連れた伊達政宗。久々の登場ですが、実は彼こそが本作における最大の黒幕(かもしれない)ことが、ここで語られます。

 関ケ原の戦で勝利を収め、天下を手にした家康と、彼にとっては目の上のこぶである大坂の豊臣秀頼――険悪極まりない関係となった徳川と豊臣の対立は、松平忠輝(前巻から後ろ姿しか登場しないものの、異様に格好良い)の仲介で一旦は収まりました。
 しかしその忠輝の付家老は大久保長安、そして忠輝の正室の父であり、イスパニア勢力との結びつきが囁かれる男こそ伊達政宗なのです。

 以前も高坂と復活太田道灌の戦いに乱入した政宗は、豊臣家の箔とイスパニアの技術力、長安の経済力を手に天下を窺っている――いかにも伝奇ものらしい企みといえばその通りですが、しかし史実を繋ぎ合わせるとその絵図が浮かぶのもまた事実ではあります。

 そして本作の政宗は、高坂をもスカウトせんとするのですが――あまりのお耽美ぶりに(?)ドン引きされたりして今回はあっさり引き下がったものの、今後とも政宗は長安と並び、本作の台風の目であることは間違いないでしょう。


 さて、その一方で長安からの命令と高坂への想いの間で悶々とする(本当にそんな感じの)お菊ですが、四条河原の阿国の興行を突如襲った巨大カラクリ相手に大奮戦を繰り広げます。
 その中で、戦いに巻き込まれたメガネっ子を救い出すお菊ですが――なにげにこの巻の表紙を飾っている(にもかかわらず正体不明の)彼女は高坂の知り合いらしく? というところで次巻に続きます。

 第一部に比べるとより歴史の動きに密着した、そして数多くのキャラクターが入り乱れて先が全く見えない展開ですが、それもまた時代伝奇の醍醐味。振り回されるままに、この先の物語を楽しみたいと思います。


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2024.12.15

『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀4』 第11話「魔王の秘密」

 ついに姿を現した魔王・阿契努斯。その素顔は凜雪鴉と瓜二つだった。そして魔王は、同盟を結ぼうという禍世螟蝗の求めに応じて、窮暮之戰の真実を語る。一方、地上では任務を果たした殤不患が、魔剣目録を丹翡に託して再び魔界に向かおうとしていた。浪巫謠を救い出すために……

 ついにその素顔を現した魔王。しかしその素顔は――という、さすがに驚天動地のヒキで終わった前回。その驚きも覚めやらぬまま、冒頭ではこの『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』という物語の根幹に関わる真実が語られることになります。

 そもそも、禍世螟蝗が魔王と手を組もうというのは、魔族に東離を差し出すかわりに西幽の安寧を得て、世界の一方の覇者となろうという、およそ人間とは思えぬ企てによるもの。その同盟者たる魔王に対して、禍世螟蝗は窮暮之戰で魔王が軍を退き――そして以後二百年、地上侵攻を行わなかったその理由を問います。
 自らの最大の秘密である、禍世螟蝗=幽皇という素顔を示した相手に対し、同盟の証として魔王が語った真実。それは人間との戦いの中で、彼らに魔族にはない同胞を、弱者を労り慈しむ心――そして人間同士を結びつける心である「仁」があることを知った魔王が、魔族には互いを結びつける心をがないことを悟ったことによるものでした。このままではたとえ一度は地上を制したとしても、魔族たちが欲望のままに争っている隙に、仁の心で結びついた人々が立ち上がり、地上を奪還するだろう――そう気付いた魔王は、魔族たちを結びつける心性を育むために兵を退き、魔界に魔神を放って魔族たちが互いを必要とするように仕向けたというのです。
 そしてそれに先駆けて自らも変わるべく、己の中の欲望である「愉悦」と「享楽」の心を切り捨て、地上に捨ててきたと……

 いやはや、魔王が窮暮之戰の後に変わってしまったのは、地上で仁愛の心にでも触れたからかしらと思っていましたが、当たらずとも全然遠いというか、きっかけは同じでも目指すところは大違い。自分たちの地上侵攻のため、いや自分が永劫の支配者になるために、魔族の精神を改めようとしていたからだった――というとてつもない理由でした。
 そして問題の凜雪鴉との瓜二つ問題も、実は魔王の魂の一部が転生したものだったから(らしい)という驚愕の真実。しかし魔王にとってはその魂はゴミ同然の部分、地上に捨てたそれが犬や猿に生まれ変わっていても知ったことではない――とまで言われては、さしもの凜雪鴉も、歯をギリっと噛み締め、拳をワナワナと震えさせざるを得ません。(ここで異飄渺の顔だったおかげでイメージは崩れませんでしたが……)

 しかし魔王まで地上の女性と子を成していたら境遇被りで浪巫謠の立場がありませんでしたが、いずれにせよ魔族が碌でもないことは間違いありません。そして浪巫謠の繭を回収に向かった阿爾貝盧法を前に、人間モードになり、新たな名乗りを上げてノリノリで暴れまわる聆牙改め裂魔弦はやる気満々でしたが――あっさりと刑亥の術で封じられ、その間に阿爾貝盧法に繭を奪われてしまうのでした。そして彼は自分のものを含めた四つの魔宮印章を示して語ります。浪巫謠こそが魔神の器に相応しいと……
 四つの魔宮印章で新たな魔神が生まれるというのは以前から言われていましたが、また巨大な奴が出てくるとか思ったら、少し異なるシステムなのでしょうか。いやそれ以上に、あの阿爾貝盧法が素直に魔王の覇道に手を貸すとは到底思えないのですが……


 さて、そんな魔界と西幽が風雲急を告げる事態になっているとも知らず、東離の宮殿では呑気に観兵式の打ち合わせの真っ最中。そして吉の方角が西と聞いた皇弟殿下は、こともあろうに鬼歿之地で観兵式をやると決めて聞きません。もうこれはどう考えても、観兵式の最中にアトミックバズーカを打ち込まれるフラグだとしか思えません。

そんなポンコツのどうしようもない企てが進んでいるとも知らず、最後の神誨魔械を見つけるという目的を果たした殤不患は、魔剣目録を丹翡に託して魔界に旅立ちます。なるほど、「実際はあまり強くない」「世間知らずなので騙されやすい」のを除けば(それ第一期と第二期がややこしくなった理由)、その手のものの扱いに慣れている護印師に魔剣を託すのは、理に叶っているのかもしれません。
 そしてごく僅かな、しかし深い想いの籠もった言葉を睦天命と交わし、魔界に再び降りていく殤不患。行け! 人間には「侠」の心があることを見せてやれ!


 そしてさすがに凜雪鴉のことが気になって来た(チョロい)刑亥が見たもの――それは、自分自身を相手におちょくれるなんてもう最高! と歓喜に震える凜雪鴉の姿。彼女の声なき「へ、変態だ!」という声が聞こえたような気がします。


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『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀4』 第10話「託された心」

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2024.12.09

『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀4』 第10話「託された心」

 殤不患の頼みで、謎の少年に稽古をつける捲殘雲。その頃丹翡たちは、鬼歿之地にあって邪気を浄化する祠の中で、遂に最後の神誨魔械を見つける。一方、魔界では阿爾貝盧法の手引きにより、魔王と禍世螟蝗が会見に臨もうとしていた。しかし遂に姿を現した魔王の顔は……

 残すところ三分の一を切って、なお物語が落着するところが見えない本作。特に敵方は幹部クラスがほぼ退場という状況ですが……

 そんな中である意味一番よくわからない動きをしているのが殤不患ですが、前回その頼みで謎の少年――公式サイトによれば任少游に捲殘雲は稽古をつけます。といっても任少游の技はつぎはぎだらけのでたらめ、捲殘雲から見ても未熟ですが、そんな相手に捲殘雲は何故強さを求めるのか、ひいては勝利することの意味を問いかけ、何を以て勝利とするか、道は一つではないことを語ります。
 ここで捲殘雲が語る内容は、初めて登場した時の、江湖で腕と名を上げることしか考えていなかった彼であれば、全く考えてもいなかったことでしょう。そして彼がそう考えるに至ったきっかけを与えたのは、まず間違いなく殤不患と思われます。これは小説版の『東離劍遊紀』で明確ですが、本作が、実は捲殘雲という青年が好漢の何たるかを知り、それを目指していく物語でもあることを思えば――ここで捲殘雲が求めるものが、任少游に託されたことには、大きな大きな意味があることでしょう。

 自分の故郷を求めて、逢魔漏を用いて様々な世界を渡り歩いている任少游――捲殘雲との出会いを経て、自分自身の武術、名付けて「拙剣無式」を会得することを目指すと決めた彼の正体が何者であるか、それは我々の予想通りだと思います。だとすればいささか奇妙な関係にも思われますが、さて……
(というか刃無鋒といい、どれだけ捲殘雲からいただいているんですか殤不患)

 そんな思わぬところで未来の大侠が生まれた(?)とは知らず、睦天命がその鋭敏な感覚で植物の存在を察知し、向かった先にあったのは、この鬼歿之地にあるとは思えないオアシスのような場所。そしてそれを成立させていた清浄な気を放っていたのは石造りの祠――その中に安置されていた最後の神誨魔械を、ついに殤不患は手にするのでした。

 さて、ついに丹翡たちが目的を果たした一方で、護印師の偉い人は予想通り朝廷の説得に失敗。いや、これは危機感の全く無い朝廷の人間がいけないのですが、そんな連中に対して護印師たちは自分の力で鬼歿之地に陣地を作ると宣言――かなり無茶をしている感がありますが、新たに鬼歿之地に向かう護印師たちの中には、かの萬軍破将軍の元部下たちが加わっていたのがアツい。将軍の遺志を受け継ぎ、魔界の脅威に立ち向かおうという彼らの決意は、これも「託された心」なのでしょう。

 一方、何だか繭になってずっと寝ているので当初思ったよりは存在感が薄れてきた浪巫謠ですが、そんな彼に迫るのは悍狡の群れ。哀れ黒い人も休德里安も、骸になってしまえば餌と同じ、さらに繭まで襲いかかってきた悍狡を前にしては、聆牙は手も足も出ない――と思いきや、何だか不吉なことを言い出したので、これはもしや!? と思いきや、本当に手足が出た!
 いや、あの状態から変形して手足が出るのかと焦ったら、なんかいきなり小西克幸の声で喋る(当たり前)イケメンに変化! 魔界パワーを吸収してパワーアップしたらしく、こればかりは楽器らしいというべきか、妖糸を放ってノリノリで大暴れする美麗の魔人の姿は、天工詭匠ロボに並ぶサプライズというか、再び武侠とは――と深遠なる問いに頭を悩ますことになりそうです。

 そんなヒーロー側が何だかよくわからない状況になっている一方で、手勢がどんどん失われていく禍世螟蝗猊下は、異飄渺の凜雪鴉に長々と実は気付いていましたよアピール。実は本当に気付いていないんじゃないかとハラハラさせられましたが一安心、しかし自分の手駒であれば別に正体が誰でも構わん的なことをインチキキセル野郎に対して言い出すのには、大変な不安が残ります。
 そしてその大物ぶりを発揮して、異飄渺の凜雪鴉を連れて魔界に赴く禍世螟蝗。阿爾貝慮法と刑亥の導きで魔宮に足を踏み入れた二人の前に、魔王がついにその姿を現すのですが、刑亥も知らなかったその素顔は――凜雪鴉!?


 というわけで、聆牙イケメン化が今回のハイライトかと思いきや、最後の最後に全てを攫っていった魔王様。殤不患と凜雪鴉、二人の主人公のルーツ的なものが同じ回で何となく描かれたわけですが、風来坊主人公好きとしては、別に出自はわからなくても――と思います。もちろん、そういう人間は少数派だと理解していますので、黙って成り行きを見守ります。


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2024.12.02

『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀4』 第9話「覚醒」

 繭状態のところに襲いかかってきた休德里安を、半ば無意識のうちに斃した浪巫謠。一方、深手を負った霸王玉と花無蹤は、神蝗盟より互いとの暮らしを選び、任務を放棄して姿を消し、凜雪鴉を苛立たせる。そして睦天命たちを連れて地上に戻った殤不患は、捲殘雲に奇妙な頼みをするのだが……

 サブタイトルのとおり、冒頭に浪巫謠のさらなる魔族化が描かれる今回。前回、どう考えても死亡フラグを打ち立てていた休德里安は、やはりあっさりと散るのですが、それが浪巫謠に敵と認識されてではなく、彼が夢うつつの中で禍世螟蝗と戦っているつもりで暴れたいたら、その攻撃をくらってある意味とばっちり的に殺されたというのが哀れです。
 ちなみにこの夢うつつの中では、禍世螟蝗の巻き添えで殤不患と睦天命も死んでいるようですが――それは夢の中で阿爾貝盧法が告げるように、彼が魔族だから周囲の人々を不幸にしてしまうのでしょうか。魔族にだって愛情はあるんだーっと、一番言って欲しがってるのは阿爾貝盧法のような気もしますが……

 さて、愛情といえば歪んだ愛情では右に出る者のない嘲風は、凜雪鴉によってやはり西幽に戻されていましたが――浪巫謠を取り戻すために西幽の全軍で魔界を攻めると言い出したものの、さすがに周囲からは可哀想な人を見る目で扱われる始末。ある意味無力化したともいえますが、これが凜雪鴉の企みなのでしょうか。

 そして愛情といえば、意外なところで花開いた愛情が一つ――前回、互いの力を合わせた芙爾雷伊との決死の戦いの中で、互いの真価を認めあい、何だかイイ感じになっていた霸王玉と花無蹤。二人は、なんとせっかく手に入れた魔宮印章と禍世螟蝗から託された神誨魔械を異飄渺の凜雪鴉に返却してしまいます。
 二人が、忠誠心よりも使命よりも大切な人を見つけたので寿退職して東離で静かに暮らします! と言い出したのには、さすがの凜雪鴉も「話を聞け!」と異飄渺の演技を忘れて叫びますが、もはや固い絆で結ばれた二人には届きません。空間転移術(便利)で二人が魔界から消えた後には、ワナワナ震える凜雪鴉が残されるのみ――と、凜雪鴉がこうなるのは久々ですが、彼が大悪党をハメること以上に、彼の見込みが狂って冷静さをかなぐり捨てて荒れる様は、大変気持ちが良いものです。心の底からザマあと言いたいと思います。
(しかし絶対に凜雪鴉の餌食になると思っていた花無蹤が見事に笑傲江湖してしまうとは、全く予想が外れて感服しました)

 一方、魔界でかつての仲間たちと再会した殤不患は、そのまま魔界の奥に殴り込み! はせず、前回とは逆パターンで(嵩張りそうな天工ロボを引き上げつつ)鬼歿之地に戻ります。当分ウォウウォウはお預けのようで残念ですが……
 そこで第二期にあっさり騙された護印師の偉い人に東離の宮廷を動かすように頼み(たぶん無理)自分たちは本来の任務である、最後の神誨魔械を探すことにした殤不患ですが――捲殘雲が見つけてきた謎の洞窟が、彼に奇妙な行動を取らせます。

 捲殘雲に防瘴気マスクを被ってここで待っていて、やって来た若僧の相手をしてやってほしいという殤不患。捲殘雲相手に三拝して殤不患が去った後、はたしていずこからか現れた幼さを残した剣士が捲殘雲に戦いを挑みます。しかし捲殘雲相手に軽くあしらわれた彼は、弟子入りを志願。共感性羞恥に震える捲殘雲も、殤不患の頼みとあらば仕方なく、共に稽古することになるのですが――どう見ても正体がバレバレのこの若僧の正体は如何に、というよりどうやってここに来たのか。気になると言えば、次回のナレーションではまるで捲殘雲が遺志を託しそうな勢いで、むしろこちらが心配です。


 にしても主人公(の片割れ)が全く知らぬ間に、魔宮貴族と神蝗盟という二大敵組織が幹部ほぼ全滅しているとは、意表を突いた展開です。
 何となく魔界編は第四期でカタが付きそうな気がしますが、それでは完結編では何が描かれるのか。残り四話の行方が気になります。


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