2022.06.22

横田順彌『日露戦争秘話 西郷隆盛を救出せよ』 バンカラ快男児、シベリアの大地を駆ける

 これまで竹書房文庫で復刊されてきた横田順彌の「中村春吉秘境探検記」、最後の長編が登場しました。日露の対決も近づく中、シベリアで生存していることが判明した西郷隆盛を救出するため、バンカラ快男児が決死行に挑む冒険小説であります。

 明治34年、宮内大臣・田中光顕に突然呼び出された中村春吉。田中と対面した春吉は、信じがたい言葉を聞かされることになります。
 西南戦争で命を落としたはずの西郷隆盛がロシアに生存している――それだけでも驚くべき内容であるところに、西郷が今はシベリアに幽閉されていることを知った明治天皇から救出の勅命が下され、その白羽の矢が春吉に立ったというのであります。

 信じがたい話ではありますが、尊敬する西郷の救出、それも明治天皇の勅命によってとあらば、春吉が拒むはずもありません。かくて春吉は勇躍海を渡り、商業視察を名目にシベリアに足を踏み入れることになります。
 原住民との交流、猛獣との対決などの冒険を繰り返しつつ、シベリアを往く春吉。その前に、難攻不落の骸骨監獄・幽霊監獄が立ち塞がり……


 自転車世界一周無銭旅行を繰り広げた実在の快人・中村春吉。押川春浪の天狗倶楽部とも交流が深かった彼を主人公に、横田順彌は「中村春吉秘境探検記」というシリーズを展開してきました。
 これまで竹書房文庫で復刊された短編集『幻綺行』と長編『大聖神』では、海外で知り合った雨宮志保、石峰省吾ら仲間とともに世界を巡る春吉が、様々な怪物や事件に遭遇する姿が描かれましたが、本作は時系列的にはこの二冊の前に位置する物語となります。

 そのために志保と省吾は登場しない――さらにいえば、春吉の代名詞というべき自転車世界一周無銭旅行出発前である――本作ですが、それ以上に最大の特徴は、SF要素のない、純粋な(という言い方が正しいかはわかりませんが)冒険小説という点でしょう。
 先に触れたとおり、世界中で春吉が遭遇する様々な怪物との戦いや事件を描いた前二作ですが、その背景には必ずSF的要素が織り込まれておりました。それに対して本作はそうした要素はなく、西郷隆盛生存説という伝奇的アイディアこそあるものの、あとはひたすらに現実の枠内での冒険が描かれるのです。
(これは初出のレーベルが、懐かしの光栄歴史キャラクターノベルズであるためかもしれません)

 というとスケールが小さいように見えるかもしれませんが、さにあらず。現実といっても、あくまでもこの世ならぬものが登場しないということであって、盗賊団との対決あり、二度に渡る牢獄破りあり、猛獣との交流あり(ネコかわいいよネコ)と、春吉の桁外れの暴れっぷりが存分に堪能できるのですから。
 その暴れっぷりたるや、押川春浪の海底軍艦シリーズで、やはりロシアに幽閉された西郷隆盛を救出するために、獅子をお供に大暴れした蛮勇侠客・段原剣東次を彷彿とさせるものがあります。(というよりそのオマージュであろうとは思いますが……)

 何はともあれ、SF的という縛り抜きの方が、春吉の冒険は純粋に楽しめるのではないか――というのは言いすぎかもしれませんが、実在の人物であるにもかかわらず、春吉という主人公が、史実・伝奇・空想科学の枠などお構いなしに暴れまわるポテンシャルの持ち主であることは間違いないでしょう。

 残念ながら本シリーズは本作でもって結果として終了した形となりますが、横田順彌の明治SF長編でまだ復刊されていない

がゲスト出演している『火星人類の逆襲』『人外魔境の秘密』もぜひ復刊していただきたいものです(後者には春吉とは一字違いの探検家・中村直吉も登場するので――というのは強引ですが)。


 ちなみに本書は本編のほか、エッセイ「中村春吉波瀾の人生」、ショート・ショート/短篇5篇(うち未収録4篇)を併録。エッセイ以外は本編と全く関係ないボーナストラックではありますが、作者の熱烈なファンにはありがたいプレゼントでしょう。

 そしてもう一つ、このシリーズといえば、新刊なのに古本にしか見えないその凝りに凝った(凝りすぎた)装丁ですが、今回は全く普通――と思いきや、意外な(?)ところでそれっぽさを出しているのに脱帽です。(『幻綺行』でも施されている仕掛けではありますが……)


『日露戦争秘話 西郷隆盛を救出せよ』(横田順彌 竹書房文庫) Amazon

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2022.06.14

「コミック乱ツインズ」2022年7月号

 号数では今年も折り返しに入った「コミック乱ツインズ7月号」は、『そば屋幻庵』が巻頭カラー、新連載の『不便ですてきな江戸の町』が巻中カラー。その他、新連載で『そぞろ源内 大江戸さぐり控え帳』のほか、『軍鶏侍』が掲載されています。今回も印象に残った作品を一つずつ紹介します。

『そば屋 幻庵』(かどたひろし&梶研吾)
 相変わらすびっくりするくらい美しい藤丸姐さんが表紙を飾っていますが(本編には未登場)、今回のヒロインは牧野家の女中のおみつ。買い物帰りに白玉(これがまた本当に美味しそう)に惹かれていたところを玄太郎に見つかり、一緒に辻占煎餅を食べるおみつですが、二日以内に五回転ぶと牧野家にも大災厄が及ぶという占いが……

 思わぬことで窮地に陥ったおみつと牧野家を救うために、玄太郎が幻庵として作った蕎麦は――これがまた猛烈に旨そうなのですが、何よりも印象に残るのは、御家の危機とはいえ、おみつを親身に気遣う玄太郎と牧野家の人々。『勘定吟味役異聞』でイヤな上司を見ているだけに(?)、実に暖かく感じます。


『そぞろ源内 大江戸さぐり控え帳』(叶精作&天沢彰)
 今回からスタートの本作は、タイトルから察せられるように平賀源内を主人公とした探偵もの。まだ高松藩士だった頃、江戸留学中の源内が、その本草学の知識と頭脳の冴えで様々な事件に挑む物語となるようです。
 第一回のサブタイトルは「血を吸う女」――知り合いの同心・浅間和之助から、立て続けに三人見つかった全身から体の血を抜かれた死体の謎解きを依頼された源内が、妖しげな美女に接近することになります。

 初回ながら次々とレギュラーらしきキャラが登場、それが全員顔見知りなのでこれまでにシリーズ連載されていたのかと思ってしまったりしましたが、この時期の源内を主人公とするのはなかなか面白い。
 また面白いといえば、優等生的なイメージのある杉田玄白が、「人を刻んだ後は甘い物がうまい!!」とかいいだす変態監察医系キャラなのも実にユニークであります。


『ビジャの女王』(森秀樹)
 王の死によって、後継者を決めるべく開かれたビジャロマ会議。継承権を持つも明らかにクズのヤヴェ王子と、持たないオッド姫とどちらを後継者とするか、会議は紛糾を続けます。ここでヤヴェを推すジファルの策によってあっさりと民衆はヤヴェに靡き、勝負あったかに見えたのですが……
 以前描かれたジファルの弱点というか良心を意外な人物が動かし、意外な展開に繋がっていくと思いきや、さらにラストにどんでん返しが待ち受ける今回。おそらくラストに登場したのは、前回もチラリと登場したあのキャラだと思いますが、さて事態はどう転ぶことでしょうか。


『かきすて!』(艶々)
 娘三人の江戸への旅から、旅芸人かと思いきや実は隠密だったおナツ一人の江戸からの旅と、意外な方向に物語が展開した本作。第二シリーズの初回というべき今回は、東海道を西に進むおナツが、途中の宿場で特産品を作る父娘と関わり合うことになります。
 その特産品というのが、わかる人には一発でわかるアレで、ナツがある意味大変な目に遭うのが気の毒というか実に可笑しいのですが――おナツ一人になることで、物語の展開も身軽になったのは良かったと思います。


『仕掛人めし噺 藤枝梅安歳食記』(武村勇治&池波正太郎(原案))
 深川と神田明神下を舞台とする今回、梅安たちは全く登場せず、主人公を務めるのはまさかの音羽の半右衛門とおくら。ある意味非常にスピンオフらしい展開ですが、すっぽんと鰻、登場する料理はこれまで以上に旨そうに見えます。
 が、最も印象的なのはそのオチ。こうくる!? と驚かされつつ、何だか可愛らしく見えてしまった時点で、本作の勝ちでしょう。


『列士満』(松本次郎)
 初陣で水戸天狗党討伐に投入されるも、いきなり夜襲を受けて壊滅寸前となった幕府の陸軍歩兵隊。その中で、仲間を逃して一人奮戦するスエキチですが、敵の隊長に大苦戦することに――という今回、スエキチと天狗党の、緊迫感があるんだかのんびりしているんだかわからない妙な空気感の戦いは、この作者ならではというべきでしょう。
 しかしクライマックス、夜の山で繰り広げられる一騎打ち(その理由がまたスゴい)の不穏な迫力はさすがの一言。結末の苦さ虚しさも印象に残ります。


 次号は『暁の犬』『カムヤライド』『勘定吟味役異聞』が連載再開であります。


「コミック乱ツインズ」2022年7月号(リイド社) Amazon

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2022.06.11

あずま京太郎『THE KING OF FIGHTERS外伝 炎の起源 真吾、タイムスリップ! 行っきまーす!』第1巻 いま描かれる660年の因縁!

 突然どうした、というチョイスかもしれませんが、格闘ゲームの最大手の一つ、ザ・キング・オブ・ファイターズ(KOF)シリーズのスピンオフにして、660年の過去を描く物語であります。現代まで続く草薙家と八神家の因縁の源とは――現代からタイムスリップしてしまった矢吹真吾が見届けます。

 以前のKOFで八神庵に負わされた傷も癒え、草薙京の父・柴舟の下で修行に励む矢吹真吾。そんなある日、自主練中に謎の空間に引きずり込まれた真吾が意識を取り戻してみればそこは見覚えのない場所――それどころか、見たこともないような不気味な怪物が襲いかかってくるのでした。
 自分の技も通じず、窮地に陥った彼の前に現れたのは真っ赤な炎を操る男――怪物を焼き払ったその男は、八尺瓊と名乗るのでした。

 訳のわからぬまま八尺瓊についていった真吾はそのまま、八尺瓊邸の牢に放り込まれることに。そこでようやく自分がタイムスリップしたことに気付いた真吾は、今が鎌倉幕府が倒れた後の時代だと知るのですが……


 1994年稼働の第1作から今年の第15作まで、長きに渡り展開してきたKOFシリーズ。そのストーリーの中心には、一つの伝奇的設定があります。

 シリーズの(初代)主人公である草薙京とその宿命のライバル・八神庵――彼らは共に約1800年前に「オロチ」なる存在を封印した「三種の神器」と呼ばれる家系のうち、草薙家・八尺瓊家の末裔。
 しかし約660年前にオロチの力に魅せられた八尺瓊家の者がオロチの封印の一部を解き、さらに妻が草薙家に殺されたと騙された末にオロチと血の契約を結び、八神と名を改めた――大まかにいえば、これが両者の、いや両家の因縁の始まりなのです。

 そして本作はまさにその瞬間を描く物語なのですが――それを見届けるのが真吾というのが、なるほど、と感心させられます。
 KOF97が初登場の真吾は、京に憧れて押しかけ弟子になった(京的にはパシリにした)という設定のキャラクター。別に京や庵のように手から炎を出せるわけでもない、ちょっと体が頑丈なだけの本当にごく普通の高校生なのであります。

 しかし何かと事件に巻き込まれやすい京の近くにいるためか、真吾も様々な戦いに首を突っ込み、ついにはKOF XIでは京と庵の緩衝役としてチームを組むことに――まあ、その結果、暴走した庵から京を庇って深手を負い、以降大会に出場していないのですが……
(ちなみに本作では、この時の傷(とKOF97ドラマCDで山崎竜二に刺された時の傷)にある意味が与えられているのが実に面白い)

 それはともかく、物語の渦中近くにいながら、あくまでも立場は傍観者の一般人的という彼のスタンスは、本作のような物語には非常にマッチしているというべきでしょう。
 まあ、庵は(京も)『THE KING OF FANTASY 八神庵の異世界無双 月を見るたび思い出せ!』で異世界転生しているので、今回は別のキャラの方が――というのはともかく。


 さて、そんな本作ですが、キワモノめいたタイトルに対して、内容の方はかなりしっかりとしている印象があります。オロチの誘惑に堕ちる前の八尺瓊とはどのような存在だったのか、いやそもそも歴史の中で(陰で)草薙・八尺瓊両家は何をしていたのか――そんな部分がきっちり描かれているのは、ファンとして嬉しい限りです。(何故形の上では八尺瓊家がどこの者とも知れぬ真吾を一応保護しているのか、という説明も面白い)

 そしてその中で、真吾が懸命に自分なりの道を、自分なりの戦いを見つけようと努力するという、成長物語としての側面が描かれているのも、好印象であります。
 もっとも、お前あれだけ京や庵の近くにいて、八神=八尺瓊って知らなかったのか!? などとも思いますが、そこは先に述べたように、一般人代表としての役割なのでしょう。
(そもそも初出が30年近く前の設定、最近のファンは知らないのかも……)

 この巻の時点では、まだまだ660年前の因縁そのものの真実は描かれておらず、それは最終巻であろう次巻に送られていますが、それがどのように描かれるのか楽しみになる――KOFファンにはオススメできる作品です。


 ちなみに作中に「鎌倉幕府が滅びてから争いばかり」「武力を持ちながら戦に加担せぬ我々は公家側からも将軍側からも良く思われてはいない」という台詞があるのを見ると、本作は後醍醐帝と足利尊氏が対立し、幕府ができる直前が舞台のように思われます。
 仮に庵が初登場した1995年から660年前とすると1335年と、見事に平仄が合うのですが――KOFで年代を云々するのは野暮とはいえ、興味深いところではあります。


『THE KING OF FIGHTERS外伝 炎の起源 真吾、タイムスリップ! 行っきまーす!』第1巻(あずま京太郎&SNK 講談社マガジンポケットコミックス) Amazon

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2022.06.07

千葉ともこ『震雷の人』文庫版の解説を担当いたしました

 SNSでは少し前から告知しておりましたが、本日発売の『震雷の人』(千葉ともこ 文春文庫)の解説を担当いたしました。2020年、第27回松本清張賞受賞作であり、中国唐代の安史の乱を背景に、この大乱に巻き込まれた兄妹の数奇な運命を描いた歴史ロマンであります。

 中国河北・平原郡の軍大隊長の張永、その親友で平原郡太守・顔真卿の甥・顔季明、そして張永の妹で季明の許嫁の采春――それぞれに明るい未来を夢見る三人の運命は、安禄山の蜂起により、大きく狂うことになります。
 常山太守の父を支えて奔走する季明。しかし彼は籠城戦の末に敗れて捕らえられた末、賊に下るのを拒み、その命を散らすことになったのです。

 武術自慢の采春はこの悲報を受けて単身出奔し、燕王を名乗る安禄山を討つために洛陽に潜入。一方、張永は故郷を守るために軍に残り、燕軍と戦いを繰り広げることとなります。
 全く異なる道を歩むことになった兄妹の運命は、やがて思わぬ形で交錯することに……


 という本作は、冒頭に述べたとおり2020年に単行本が刊行された作品。私は題材や物語展開はもちろんのこと、作中で描かれた、理不尽な権力・暴力・圧力に「武」ではなく「文」で抗う人々の姿に惚れ込み、個人的にその年の歴史・時代小説のベストに挙げさせていただいた作品であります。
 その『震雷の人』が文庫化されるに当たり、解説を担当することが出来たのはもう本当に望外の喜びだったのですが――ゲラを手にして大いに驚かされることになりました。

 冒頭から知らないエピソードが描かれている!

 そう、この文庫版は、単行本の内容に大幅な加筆修正が行われています。冒頭と結末の他、物語の途中でも新たなエピソードを加え、それだけでなく随所で台詞や描写の修正が行われているのであります。
(冒頭については、こちらで一部読めますのでご覧下さい)

 文庫化など版が改まった際に加筆修正が行われると大喜び侍としては、たまらない趣向だったのですが――しかし今回行われている加筆修正は、単純なボリュームアップではなく、より物語の主題を明確化し、掘り下げるためのものであります。
 文庫解説では、その辺りに触れさせていただきましたが、基本的に体温が高めの文章になったのは、我が意を得たりというのはあまりにも僭越ですが、加筆修正を経た作品の内容が、今の自分の心に直撃したから、というほかありません。

 文庫版を手に取った方の心にも、直撃することを願っております。


 何はともあれ、今まで本作に触れたことがなかった方はもちろんのこと、単行本をご覧になった方も、ぜひ改めてこの文庫版をご覧いただきたい――『震雷の人』という物語はこういう物語だったのか! と新たな感動があることは請け合います。


 ちなみに蛇足ながら一つだけ言い訳いたしますと、今回の解説では、姉妹作である『戴天』に全く言及しておりません。実は締切の関係で、解説を書いている段階で『戴天』に触れることが出来なかったという理由なのですが……
 もっとも、今回の解説はこれ以上足し引きできない文章だと思っているので、それはそれで頭を抱えたと思います。


『震雷の人』(千葉ともこ 文春文庫) Amazon

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千葉ともこ『戴天』(その二) 権力と人の関係性が生む恐怖 それでも叫ぶ人々

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2022.05.24

ゆうきまさみ『新九郎、奔る!』第10巻 舞台は駿河から京へ そして乱の終わり

 ずいぶんと骨っぽくなった新九郎の横顔が表紙の『新九郎、奔る!』第10巻は、前巻での今川家の御家騒動の後始末(?)と、京に帰った新九郎の姿が描かれることになります。相変わらず無位無冠無役の三冠王のまま奮闘する新九郎に待つのは、如何なる明日なのか――?

 義兄である今川義忠の横死がきっかけの後継者争いの中で、姉の伊都と甥・龍王丸を守るために調停役に志願した新九郎。しかし対する小鹿新五郎派にはあの太田道灌がつき、大苦戦を強いられることになります。
 ようやく調停に漕ぎ着けたものの、道灌からは「しかし小僧、自分の力で勝ったのではないぞ。 その幕府の御威光のおかげだということを忘れるな!」などと言われ(言われてない)悔しさを噛みしめることに……

 かくて新九郎にとっては苦い表舞台デビューとなったこの御家騒動ですが、しかしあくまでもこの調停は一つの区切りに過ぎません。新五郎が当主代行となり、しかし龍王丸はいまだ当主を名乗れぬままという、双方にとってある意味中途半端な状況で、血の気の多いこの時代の武士が黙っているはずもないのです。
 伊都と龍王丸を狙い、二人が身を寄せた代官屋敷を襲う何者かの兵。そしてその中で、新九郎の家来が犠牲に――?

 と、いきなり緊迫した展開となったこの巻ですが、しかし転んでもただでは起きなくなったのは、今回の経験を経ての新九郎の成長でしょうか。これから自分は京に戻らなければならない中で、伊都たちを守りつつ、家督争いを有利に進める、自分だけができるその手段とは……
 なるほど、こう来るか! という新九郎の一石三鳥の妙手には感心しますが、しかし策を思いつくのと実行することはまた別物であります。

 さらに自分や父も暮らす京の伊勢貞宗邸に戻ってみれば、色々あって幼い将軍義尚も何故かひとつ屋根の下に――となんだかややこしい状況になっているではありませんか。

 元々父が大御所義政に睨まれている一方で、自分は義尚に懐かれている新九郎。義政と義尚の二重体制がまさかこんなところで新九郎に累を及ぼすとは――と驚かされましたが、この辺りの新九郎の家庭の(?)事情と、幕府の事情を並行して、そして絡み合わせて描く趣向は、元々本作の特徴ですが、改めて感心させられました。
(そしてここで不意打ちで投入されるつげオチが可笑しい)

 そして本作ならではの趣向といえば、以前の荏原のエピソードがそうであったように、中央(京)のみではなく、地方のみでもなく、その両者を有機的に絡めつつ、この時代の武士の――政治の在り方を描く手法は、もちろんここでも健在です。
 冷静に考えれば、中央だけでも、地方だけでも存在し得ない当たり前ではあります。しかしその当たり前に、物語として一定の流れをつつ描いてみせるという作者の歴史作家としての手腕に――そしてその主人公に後の北条早雲を選ぶという着眼点に――何度めかの感心をしたところです。

 そして、その中央と地方の関係の最たるものであり、そしてそれを徹底的に狂わせたのが、本作の冒頭から描かれてきた応仁の乱であることは言うまでもありません。
 この巻において、この乱がついに終結することになるのですが――しかしそれではこの乱とは一体何だったのか? その一端を示すものとして、伊都が語る「この大乱で討ち死にした守護大名はゼロなんだって!」という言葉が、印象に残ります。(その後には「無関係な戦で討ち死にしたうちのが馬鹿みたいじゃない!!」と続くのですが)

 もちろん死ななかったのは守護大名のみ、そのほかは武士も庶民も、無数の犠牲が出たことは言うまでもありません。そしてその一人――かつて今出川殿(足利義視)のために兄が無残な死を遂げた新九郎が、まさに都落ちしていく今出川殿にぶつける言葉は、そんな時代への怒りとやるせなさの吐露として、印象に残るのです。


 そしてその乱の終わりは、新九郎自身の身の上にも影響を与えるようなのですが――いよいよ彼も無位無冠無役の三冠王からの脱出なるか、気になるところです。そしてもう一つの乱が終局に向かう関東の情勢もまた……(練馬とか豊島というワードが出てくると胸がときめく八犬伝ファン)

 ちなみにこの巻でほとんどヒロインといってよい印象であったのが伊都ですが――その彼女に対する義政の言葉は(この時代からすれば当然のものだったのかもしれませんが)、この時代の女性の生きづらさを象徴するものとして、こちらも印象に残ったところであります。


『新九郎、奔る!』第10巻(ゆうきまさみ 小学館ビッグコミックススペシャル) 

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2022.05.17

「コミック乱ツインズ」2022年6月号(その一)

 号数の上ではもう今年も半分になった「コミック乱ツインズ」6月号は、表紙『侠客』、巻頭カラーが『ビジャの女王』。新連載が『列士満』と『江戸時代のちいさな話』、シリーズ連載・読み切りで『風雲ピヨもっこす』『雑兵物語 明日はどっちへ』『玉転師』が掲載と、フレッシュな誌面です。今回も印象に残った作品を一つずつ取り上げましょう。

『ビジャの女王』(森秀樹)
 新展開突入といった印象の今回、これまで幾度か言及されてきたオッド王女の兄・ヤヴェ王子が登場するのですが――そもそもこの王子、この非常事態に今までどこにいたかといえば初めからビジャにいたのですが、これまであまりの不行跡で廃嫡同然に幽閉されていたという状態。貧弱なのに凶暴というどうしようもない人物ですが、そのビジュアルも目つきの悪いうらなりという感じで、これだけ魅力のない人物も珍しいほどであります。

 それでも王亡き後の継承権を持つ王子、しかしこの非常事態に――というわけで重臣たちも頭を抱えますが、ここでジファルの提案で円卓会議が開催されることになります。参加者の大多数によって決定というこの時代には民主的にも見えるシステムですが、ジファルが甘言を弄して重臣たちの間には動揺が広がり、そしてヤヴェ自身もラジンと結んでやろうというどうしようもない状態に……
 しかしそのラジンの側にも身内の敵が――と、この先、再び嵐の予感であります。


『仕掛人めし噺 藤枝梅安歳食記』(武村勇治&池波正太郎(原案))
 本編の合間を縫って描かれる本作、今回は小杉さん登場後――小杉さんが梅安と彦さんの二人をお気に入りの店に連れてくるというエピソード。この店、原作にも登場する鮒宗ですが、子供時代に浪々の身の父とともに極貧に喘いでいた小杉さんが、いかにも曰く有りげな鮒宗の主人に救われたという過去が描かれることになります。
 梅安と彦さんがひと目で鮒宗の主人が只者ではないと見抜く辺りもいいのですが、やはり印象に残るのは料理と、後は妙に可愛い子供時代の小杉さんでしょうか。今ではこんなゴツくなったのに……


『暁の犬』(高瀬理恵&鳥羽亮)
 水野家の御家騒動も行き着くところまで行き、ついに二胴部隊による拝郷家老襲撃という最終手段を使うに至った反お国替え派。家老の命は辛うじて守られたものの、警護の藩士に幾人もの犠牲が――むしろ全滅でなかっただけよかったと思いますが、しかし人死にが出るほどの御家騒動が(あと、無関係の人間を実験台にする殺人部隊を抱えているのも)明るみになれば、御家がタダでは済みません。
 かくてこの二胴の殺人部隊壊滅に向けた動きが進む中、佐内は敵の中核であり、かつて自分を襲撃してきた――そして何よりも父の仇と目される怪剣士・川越恭之介を抑える役目を依頼されるのでした。これにはもちろん佐内も異論はないどころか、立木野らの助勢を断り、一対一の勝負を望む気合いの入れようであります。

 と、そんなことを密談場所の船宿で、終始覚悟の決まりまくった据わった目で語る佐内に対して、他の舟は出払っているので待とう――と飲み会の帰りに巧妙に二人きりになろうとする奴みたいなことを言い出す相楽。いや、久松さんも一緒なのですが、そこで彼らは、佐内にこの仕事を依頼した理由――佐内の父と二胴の刺客の因縁と、それが佐内の剣客としての魂にどのように働くか、それを測っていたという事実を語るのでした。

 それにしても今回の相楽、頼りになる先輩というか兄貴分というか、いつもと違う――という感じですが(でも顔とか首とか触る必要ないよね……)、それに対して、彼も驚くほど覚悟が決まりまくった返事を佐内は返します。
 しかしもはや無関係などとはいえないほどこの件が、そして自分自身が満枝さんと関わっていることを自覚した佐内は、この先何を思うのでしょうか?
(少なくとも、自分が満枝さんを残して亡くなったら、また益子屋が余計なことしそうだしね……)


 やはり長くなりましたので次回に続きます(今回は二回に収めます……)


「コミック乱ツインズ」2022年6月号(リイド社) Amazon

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2022.05.16

劇団☆新感線『神州無頼街』 幕末伝奇! 痛快バディvs最凶カップル、大激突!

 一昨年、新型コロナの影響で公演延期となった『神州無頼街』が、帰ってきました。富士の裾野に築かれた無頼の街を舞台に、クールな腕利きの医者と口八丁手八丁の口出し屋が、正体不明の侠客一家が目論む大陰謀に立ち向かう、幕末伝奇大活劇であります。

 時は幕末、所は清水湊――清水次郎長親分の快気祝いに名だたる親分衆が集まる中、突如現れた男・身堂蛇蝎。妻の麗波、息子の凶介、娘の揚羽を引き連れ、傍若無人に振る舞う蛇蝎に激昂する親分衆は、突如もがき苦しみだし、倒れていくのでした。。
 そこに駆けつけた町医者・秋津永流の手当で次郎長は助かったものの、親分衆は全滅。これ事態を引き起こしたのが、この国にいるはずのない毒蟲・蠍だと見抜いた永流は、蛇蝎に対してある疑いを抱くのでした。

 一方、清水湊をうろついては他人の事情に勝手に口を出し金をせびる「口出し屋」の草臥は、蛇蝎一家の凶介が自分の幼なじみ・甚五と瓜二つだったのに驚くのですが――向こうは草臥のことなど知らず、それどころか逆に刃を向けてくるではありませんか。
 蛇蝎一家を中心に次々と起こる奇怪な事件と不穏な動き――これに対して、永流と草臥は、蛇蝎を探るため、彼が築いたという富士山麓の無頼の街に向かうことを決意します。しかしそこで待ち受けていたものは、彼ら二人の隠された過去に繋がる謎と秘密の数々だったのであります。やがて二人は、この国を揺るがす蛇蝎一家の大陰謀と対峙することに……


 というわけで、42周年興行として上演の運びとなった『神州無頼街』。私も二年待ちましたが、無事観劇することができました。
 物語的には、「無茶苦茶強い正体不明の流れ者が、さらに強くて悪い奴の陰謀を叩き潰すために大暴れする」という、皆大好きなスタイルの本作。しかも今回は、その主人公が二人――つまりバディものなのが最大の魅力でしょう。

 一見クールながら心優しく、医者ながら武芸の腕も立つ永流(福士蒼汰)。そして口から先に生まれたようなお調子者ながら、やはりバカ強い草臥(宮野真守)。そんな二人が、それぞれ実に気持ちよさそうに、物語の中を飛び回ることになります。
 特に歌手としても活躍している宮野真守は、劇中歌の多くを実に気持ちよさそうに歌いまくり。元々歌も踊りもふんだんに投入されているのが劇団☆新感線ですが、今回は特にその度合いが大きかったように感じるのは、このムードメイカーの大活躍があってのことでしょう。

 そして忘れてはいけないのは、本作が時代伝奇ものであること。そもそもタイトルからして古き良き時代伝奇小説の証である(?)「神州」というワードを掲げているわけですが、幕末伝奇とくれば――という二大ネタがどちらも投入されているのがまず嬉しい。
 しかしそれはあくまでもいわば前フリであって、メインはさらにスケールの大きな、とんでもない展開が用意されていたのには、正直に申し上げて唖然としました。
(ちなみに「神州」らしくというべきか、ニヤリとさせられるような用語や場面も幾つか登場するのにも注目)

 しかし本作で最大のインパクトを感じさせるのは、主人公たちが挑む強敵――身堂蛇蝎と妻・麗波であることは間違いありません。
 死と暴力が人間の形をしているような、しかしどこか茶目っ気のある蛇蝎、そして彼を支える妖艶華麗な美女――では終わらない麗波と、強烈極まりないこの二人。そんなカップル好演/怪演/熱演する二人――新感線初登場の高嶋政宏と常連の松雪泰子に目を奪われました。

 特にこの二人こそが、上で触れたとんでもない展開の仕掛人なのですが――いやはや、これまで色々と時代伝奇ものを見てきましたが、ここまで凄まじいことを企んだ奴は見たことがありません。間違いなくいのうえ歌舞伎、いや新感線の舞台史上でも最凶最悪のカップルであることは間違いないでしょう。


 しかし正直なところ、この強烈すぎるカップルの前に、主人公たちの存在感がいささか薄れがちに感じられたのも事実。
 また――この辺りは内容の詳細に触れかねないためにぼかしますが――作中に登場した二つの「家族」の存在が、物語展開や主人公たち(というか草臥)とあまり有機的に結びついていないという印象もありました。

 そんな勿体無い部分はあったものの、本作が新感線の二年遅れのアニバーサリーイヤーに相応しい、ド派手でケレン味たっぷりの時代伝奇活劇であったことは間違いありません。
 特に主人公コンビはこの一作で終わるのはもったいない――彼らの痛快なバディぶりを、是非また見てみたいと心から思います。


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2022.04.26

張六郎『千年狐 干宝「捜神記」より』第7巻 大乱闘のその先の真実と別れ

 齢千年の狐・廣天を狂言回しに、中国の怪談集『捜神記』を題材にして描く『千年狐』、その神異道術場外乱闘編もいよいよこの巻で完結であります。並み居る強豪(?)を倒してついに術比べ大会の勝者となった廣天たち。しかし主催者・商荘に対し、廣天が突きつける真実とは……

 いきなり住居を失った末に多額の借金を背負い、すったもんだの末に、豪商・商荘が治める山里に文字通り流れ着いた廣天と神木、宋定伯と医者。そこで商荘が道士たちを集めて賞金と副賞の山を賭けた道術大会を催そうとしていたことを知った廣天たちは、これに飛び入り参加することになります。

 易断の名人の典風、隠形の術を得意とする怪人・黄極君、禁呪使いの美女・娟玉、不吉な未来を告げる周南、一切が謎の人の楊道和――いずれもただならぬ雰囲気を漂わせた面々ですが、口八丁手八丁でこれを退けた(?)廣天たちは見事に優勝、するのですが……
 いざ商荘と対面した廣天(と神木、医者)は、賞金も山も不要、その代わりに商荘と話がしたいと言い出すのでした。はたして廣天の真意とは――?


 というわけで喉から手が出るほど欲しかったはずの賞金と山を不要と言い出した廣天ですが、彼女が求めるのはただ一つ、屋敷の奥にいる者――すなわち、商荘の新妻と直接話をすること。その理由はひとまず置くとして、確かに商荘の妻、いや商荘自身の周囲には、不審な点が数々ありました。

 禁足地である山中の遺跡に並ぶ、不気味な像は何なのか。その山に夜に入り込んで商荘と妻は何をしていたのか。そして何よりも、人前に姿を見せない(そしてやたら背が高く奇妙な姿をした、ポポポとか言いそうな)彼の新妻とは何者なのか?
 そのほかにも、商荘の里では幽鬼が存在しないこと、意味有りげな態度を見せる商荘の使用人など、考えれば不審な点ばかりであります。

 いやそもそも、商荘は本当に道士たちを金持ちらしい気紛れだけで集めたのか――言い換えれば、道士に何をさせようとしていたのか? この巻の前半では、時にひどく冷然と、容赦ない態度で他人に臨む――かつて冥府で阿紫をド詰めした時のように――廣天が、商荘に迫ることになります。
 その果てに描かれるものは、もはや妖怪退治というより憑き物落としというべきもの。そしてその果てに商荘が語るものは……


 かくて意外な結末を迎えることになった道術大会ですが、しかし物語はそれで終わるわけではなく、むしろここからが本番とすら言えます。
 ある理由からあの山に向かうこととなった廣天と商荘、そして道術大会の参加者たち。呉越同舟、目的のためにそれぞれの特技を活かして進む一行ですが、しかし商荘以外には慣れぬ地で、思わぬ暴風雨に襲われ、大混乱を来してしまうのでした。

 そしてその中でもまた、参加者たちそれぞれのドラマが描かれ、それがまた味わい深いのですが――特にその中の一人にまつわる真実には、必ずや度肝を抜かれることになるでしょう。
 それが誰であるのか、それは物語の興を削ぎかねないために伏せますが――以前さらりと描かれた人物や出来事が思わぬ形で後に繋がっていくという、本作ならではの構造の妙に、今回もまた唸らされたとしか言いようがありません。
(そういえば最初から草食ってたなあ……)

 そしてそれが鬼面人を驚かす態の意外性に終わるのではなく、本作の(特にこのシリーズの)底流にあった「血縁関係」「他者との情愛」――突き詰めれば「人間」と「人間」の関係に繋がっていくのも素晴らしい。
 さらにまたそれが、「人間」ならざる廣天と、あるキャラクターとの決別に繋がっていくという展開は――胸が痛むものの、しかしそれも一つの結末として頷けるのです。


 スタート時には、思わぬトーナメントバトル展開に驚かされ、本当に大丈夫かと心配になったこの神異道術場外乱闘編。しかし完結してみれば、きっちりとバトルものらしい展開を描きつつも、テンポの良いギャグを随所に――かなりシリアスな展開が続いたこの巻においても――散りばめ、本作らしい、本作ならではの物語になったかと思います。

 そして千年狐が次に向かう先は――サブタイトルだけ見れば原点(原典?)回帰の予感ですが、さてどうなることでしょうか。
 一つだけわかるのは、どんな形になるにせよ、決して期待は裏切らないものになるだろうということであります。


『千年狐 干宝「捜神記」より』第7巻(張六郎 KADOKAWA MFコミックスフラッパーシリーズ) Amazon

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2022.04.17

「コミック乱ツインズ」2022年5月号(その二)

 「コミック乱ツインズ」2022年5月号の紹介その二であります。

『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 謎の支援者をあぶり出すため、聡四郎が町で絡まれた破落戸たちを叩きのめし、敢えて自分の名を出してみたら思わぬ波紋が――という展開となった前回。読者にはそれが誰の差し金かわかっているのですが、しかし聡四郎にとってはとんでもない大物が関わっていることしかわからないという、これはこれで実に尻の座りの悪い状況であります。

 しかしそんな中でもお役目は果たさねばならないのが勤め人の大変なところ。聡四郎は、元々のお役目である米相場高騰の原因を探ることになりますが――といっても町を歩き回るだけでそうそう簡単に掴めるはずもなく、むしろ役に立ったのは、家に帰ってからの紅さんの言葉。そこで聡四郎は紀伊国屋に向かうのですが――いやいや、基本的に宿敵の元に飛び込むとは博打打ちすぎでは、と心配になります。案の定、うかつに敵を増やすことには定評がある聡四郎らしく、ここで紀文の配下が独自に動くことに……

 そうとは知らず、師・入江無手斎の特訓に協力する聡四郎。本作の迫力担当(?)というべき無手斎だけあって、片手とは思えぬ強烈な技を見せて聡四郎をたじろがせますが、しかしそれ以上に畏れるべきは、宿敵であり自分が倒した鬼伝斎の技をも取り入れるその柔軟性ではないでしょうか。
 そして特訓につきあわされた上に怒られるというちょっと理不尽な目にあった聡四郎ですが、しかしその教えは思わぬ形ですぐに役立つことに――と、新たな強敵の出現を描きつつ、次回に続きます。


『かきすて!』(艶々)
 娘三人の江戸に向かう旅日記としてスタートした本作ですが、既に江戸に到着して久しく、ここ数回は三人娘が江戸で出会った事件が描かれています。今回もそのパターンと思いきや……

 男に騙され、悲惨な最期を迎えたというお町。彼女とは幼馴染だった三人娘のおゆきとおはるは、お町の妹とともに、お町を騙した男を懲らしめるため、幽霊騒動を仕掛けることに――という今回の展開。
 これはどう考えても失敗してマズいことになるパターンでは、と思っていたところに、同じく三人娘のナツに何やら意味深なシーンが描かれ――という展開を受けて、ラストに思いもよらぬ大どんでん返しが描かれることになります。

 正直に言ってかなり唐突な展開に驚きましたが、おそらく本作でほとんど初めてであろうアクションシーンのキレもよく、これはこれでアリかな、という気もいたします。しかしこの展開は最終回かな、と思いきや、次回もあるようで、三人旅から今度は一人旅に変わるということでしょうか。


『しくじり平次』(所十三&野村胡堂)
 ヤンキー漫画と恐竜漫画のベテランによる特別読み切りは、前作から(おそらく)7年ぶりに登場の、漫画版『銭形平次捕物控』であります。

 雪の夜の翌朝、山谷の寮で何者かに刺し殺された姿で見つかった遊女屋・佐野喜の主・弥八。因業で周囲から数多くの恨みを買い、誰に殺されてもおかしくない人物でしたが、三輪の万七親分にしょっぴかれたのは、以前平次の下っ引きをしていた田圃の勝太郎だったのです。
 吉原で火事があった際、言い交わした仲だった妓を見世の納戸に閉じ込めて死なせた弥八を殺すと公言し、事件当日も近くで目撃されていたことから、圧倒的に不利な立場の勝太郎。平次は寮の周囲の人々から聞き込みを始めるのですが……

 原作の「雪の夜」を基本的に忠実に漫画化した本作ですが、ここで描かれる平次は、タイトルに相応しくというべきか、かなり三枚目的な色彩の強いキャラクター。下女のお鶴から話を聞き出す際に一緒に折り鶴を折るくだりや、お馴染み三輪の万七親分と漫才のようなやり取りをしながら推理の穴を突いていく場面など、何ともユーモラスな味わいがあり、親しみやすさという点では群を抜いています。

 そんな味付けをしつつも、原作ではちょっと勘に近かった謎解きを、トリックは基本的にそのままに、一ひねり加えてみせる点なども巧みな本作。「しくじり平次」という原作にあるもう一つの、そしてあまり知られていない呼び名を冠してあえて銭投げを外しつつ、読後感の良い人情推理として成立させてみせた作品です。


 次回でラストです。


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2022.04.16

「コミック乱ツインズ」2022年5月号(その一)

 今月の「コミック乱ツインズ」は、表紙が『勘定吟味役異聞』、巻頭カラーが『はんなり半次郎』。また、久々に『かきすて』が登場です。今回も印象に残った作品を一つずつ紹介していきます。

『はんなり半次郎』(叶精作&篁千夏)
 求善賈堂のいつもの面々に助けを求めてきた、祇園の料亭の次板・太郎左。店の主人が患い込み、太郎左が恋仲の店の娘と結婚して暖簾を継ぐはずが、既に暖簾分けされた兄弟子の藤吉が現れて、料理勝負することになったというのですが――料理の腕はどう考えてもあちらが上。弱りきっている太郎左に、半次郎は南蛮渡来の食材と調味料の数々を提供して……

 本作で骨董品ネタと並んで多かった印象のある南蛮渡来の風物ネタに料理ネタが絡んだ、読んでいてお腹が空く今回。正直なところ、これは腕の勝負ではなく、食材と調味料の差で勝負しているようにしか見えないのですが――まあ話の裏はほとんど見えている状態でしたし、展開として非常に爽やかなのでこれはこれでOKでしょう。

 ……と、最終ページまで来てひっくり返ったのですが、本作は今回が最終回。これから明るい未来が来るかもしれないから頑張ろう的なラストですが、そこで半次郎たちとニコニコしている土方はこの後――と思うと、ちょっと落ち着かない気分になったというのが正直なところです。


『暁の犬』(高瀬理恵&鳥羽亮)
 二胴の暗殺者との激突に向け、己の生を擲つ覚悟で剣を磨いていた最中の佐内のもとに飛び込んできた悲報。それは数日前から行方不明となっていた根岸が、恐れていた通りの姿で見つかったという報せでした。その発見場所に向かった佐内が見たのは、根岸が、おびき出しに使われた馴染みの女とともに、こう、二胴の実験台にされた後で……(露骨に描かれなくても、顔や体の位置関係でどんな状態かわかってしまうのがキツい)
 しかしここで真の鬼っぷりを感じさせたのは、彼らの雇用主たる益子屋。この惨憺たる有様のところに、根岸の妻女を招いて根岸と対面させるという――いやいや、もう少し色々な意味で整えてからにしましょうよ!

 それはさておき、これは曲がりなりにも彼の許嫁である満枝が、同様に自分を誘き出すための犠牲にされかねないという、佐内にとっては最も恐ろしい事態を示すものでもあります。そうとは知らず、最近ろくに食事も取っていないという佐内のために甲斐甲斐しく手料理を作って待つ満枝ですが、彼女が心配すぎる(さりとて事情を打ち明けるわけにもいかない)佐内に頭から怒鳴りつけられ、一人家路を辿ることに――と、これはかなりマズいシチュエーションではありませんか。
 はたして惨劇がまたも繰り返されるのか!? と不安になりましたが、これは彼女のことも知っているあの人の手配りでしょうか――本作でひたすらシブく仕事をキメてきたあの人がここでもナイスフォロー。まずはホッと一息であります。

 しかし、状況は佐内一人の思惑など関係ない場所で動き始めます。元々この暗闘は、水野忠邦家中での勢力争い――その片割れであり、二胴の暗殺者たちを擁する二本松・大道寺派が決着を急ぎ、ラストには思わぬ大殺陣が展開することになります。一歩間違えれば佐内の戦いも全く事情が変わりかねないこの状況がどちらに転ぶことになるのか――クライマックスは目前という印象であります。

 ちなみに今回、水野忠成の用人・土方なる人物が登場しましたが、時代ものでは悪役が多い土方縫殿助のことでしょう。本作では結構普通のおじさんでしたが……


『仕掛人 めし噺 藤枝梅安歳食記』(武村勇治&池波正太郎(原案))
 前回からスタートしたグルメスピンオフ、今回描かれるのは、梅安の相棒といえばもちろんこの人、彦さんとの二人旅。タイミング的には本編の「殺しの四人」と「秋風二人旅」の間のエピソード――というか「秋風二人旅」の冒頭の語られざる物語であります。

 といっても内容の方は、梅安と彦さんがお伊勢参りの前後に芋川うどんを、伊賀のぼたん鍋を食べまくるという食デート回。いやはや、こんなに楽しく生きてるんだったら仕掛けなんて手を染めなくてもいいのに――と勝手なことを考えてしまいますが、そこで彦さんがフッと重い影を覗かせたところで、ラストは「秋風二人旅」に繋がって終わります。

 前回の内容も考えると、このまま本編の流れを追いながら、その合間の梅安たちの食の姿が描かれるということになる様子で、これはなかなか楽しい企画です。


 恐縮ですが長くなりますので次回に続きます(全三回予定)。


「コミック乱ツインズ」2022年5月号(リイド社) Amazon

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