2024.10.08

『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀4』 第1話「帰郷」

 無界閣に消えた浪巫謠を思い、打ちひしがれる殤不患。そんな彼に対し、凜雪鴉は失望したと姿を消す。一方、阿爾貝盧法と刑亥と共に魔界を行く浪巫謠は、父から試練として魔物をけしかけられる。そして魔界に関心を抱く禍世螟蝗は、斥候として覇王玉と花無蹤の二人を送り込もうとしていた。

 第三期以来、実に三年ぶりの登場となった第四期。その初回である今回は、第三期の最終話からほとんどそのまま続く形で、三つの勢力の動向が描かれることとなります。

 まずは主人公サイドですが――激しく落ち込んでいるのは、西幽来の親友である浪巫謠を崩れ落ちる無界閣に置き去りにしてしまった(と思い込んでいる)殤不患。睦天命に合わせる顔もない――などと言ったらまた滅茶苦茶怒られると思いますが――と沈む彼を、捲殘雲は静かに見守ります。というか、酒場の払いを持ったり、呼びに来た護印師(?)への態度といい、いつの間にか大侠の風格が出てきたな捲ちゃん……

 一方、全く優しく接しないのは凜雪鴉です。今のお前は退屈だ、面白味に欠ける。行く先々で騒動を引き起こす厄介者のお前だからこそ興を唆られてきた。血湧き肉躍る冒険譚がここで幕引きというならもうこれ以上つきまとう理由もない――一見、落ち込んでいる人間に容赦なく追い打ちをかけているように見えますが、この場合はツンデレな叱咤激励の影が感じられます。いつかまた血の滾りが抑えきれなくなったら、その時はまた一緒に世間を引っ掻き回してやろうじゃないか、とまで言っていますし……(完全に同類扱いなのはさておき)

 さて、その浪巫謠はといえば、父にして母の仇である阿爾貝盧法、そしてその配下となった刑亥と共に魔界に赴いたわけですが――いよいよ本格的に描かれることとなった魔界は、さぞかし強豪がひしめく弱肉強食の地獄に違いない! と思いきや、これが刑亥が驚くほど寂れた地に変貌していました。というのも、窮暮之戰の人間界侵攻が中途半端に終わったばかりに、侵攻用に召喚した魔神を養わなければならなくなり、毎週生贄を用意しなければならなくなったとか……
 何かの寓話のような話ですが、別の意味で弱肉強食になってしまった魔界の皆さん、殤不患が神誨魔械を持って行ったら喜ばれるんじゃないでしょうか。

 そんな状況もどこ吹く風と歩みを進める魔界伯爵ですが、いまだ生々しい死骸が転がる地にやってくると、浪巫謠に試練と称して魔物退治を命じます。人間には倒せないというその魔物の実力や如何に……

 そしてもう一つ、蠢くのは禍世螟蝗一派です。第三期ラストで驚くべきその正体を明かした禍世螟蝗ですが、いよいよ本格的に魔界への侵攻を決意したものか、斥候を送り込もうと企みます。一体どうやってと思いきや、そこに顔を出したのは鬼奪天工――第三期で時空の狭間に落ち込んだ婁震戒の前に現れ、面白片腕サイボーグに改造した老科学者です。その時は、うっかり七殺天凌を馬鹿にしたばかりに置いてけぼりをくらったこの怪人物が、ついに人物紹介に載る身分に昇格しました。

 いつ元の世界に戻ってきたかはしりませんが、その技術を用いて禍世螟蝗が送り込むのは二人の幹部――というか幹部二人しか残っていないような気もしますが――、その名も覇王玉と花無蹤! 片や蜂の紋章を持つ西幽最強の女傑、片や蜘蛛の紋章を持つ計略自慢の盗賊と、正反対のキャラクターの持ち主ですが、予想通り相性は最悪です。そんな二人を競わせて成果を上げようという禍世螟蝗ですが、どう考えても惨事の予感がします。
(特に自意識過剰っぽい計略自慢の盗賊は、誰がどう見てもアイツの餌食のために出てきたとしか)


 なにはともあれ、これで三つの勢力のうち、二つはすぐに魔界でかち合いそうですが、残る主人公たちはどうするのか――というより殤不患はいつ復活するのか。
 今回がTVシリーズとしてはラストとのことですので、集大成となるような展開に期待したいと思います。


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『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀3』 第11話「遠い歌声」
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2024.09.19

兇賊ジゴマに挑んだ女性文学者が切り開いた道 三上幸四郎『蒼天の鳥』

 第69回江戸川乱歩賞受賞作は、大正末期の鳥取を舞台に、実在の作家と虚構の兇賊が交錯する物語――娘とともに『兇賊ジゴマ』の活動写真を観に行った先で、そのジゴマに男が刺殺される現場を目撃してしまった女流作家が、その後も自分の周囲に出没するジゴマの影に挑むことになります。

 女性の地位向上を目指し、「新しい女」の潮流を訴える作家・田中古代子。作品が中央文壇に認められたことを契機に、彼女は本格的に作家活動を行うため、娘の千鳥と内縁の夫・涌島とともに、故郷の鳥取県気高郡浜村から東京への移住を計画していました。
 そんな折、かつて一世を風靡した活動写真『兇賊ジゴマ』が鳥取で上映されると知り、古代子は娘を連れて出掛けていきます。

 ところが、上映中に館内で火事が発生、取り残された古代子と千鳥が目撃したのは、舞台上に立つ「ジゴマ」の姿――そしてそのジゴマは、館内にいた男を刺殺したではありませんか。
 自分たちにも襲いかかってきたジゴマを無我夢中で退け、浜村まで逃げ帰った二人。しかしその後、その周囲には謎の男たちが出没するようになります。

 そして再び姿を現す「ジゴマ」と、さらなる殺人事件の発生。古代子は否応なく一連の謎に立ち向かわざるを得なくなるのですが……


 日本では明治末期に公開され、大ブームを巻き起こした『ジゴマ』。変装の名人である悪漢・ジゴマを主人公にしたこの作品は、ある意味本国フランス以上の人気を誇った末に、公序良俗に反するという理由で、国から上映禁止とされました。
 それから十年以上を経た大正末期を舞台とする本作は、その「ジゴマ」が現実世界に飛び出し、さらに主人公・古代子と娘を襲うという、何とも不可解かつ魅力的な謎に始まる物語です。

 しかし「ジゴマ」が現実に現れたという最大の謎は脇に置くとしても、そもそも何故ジゴマは鳥取の中心からは離れた小さな村に現れるのか。いや、何故ジゴマは古代子がこの町に住んでいることを知っていたのか? その不気味さが、古代子を追い詰め、苦しめることになります。

 幸い、古代子は決して孤独ではありません。社会運動家であり警察や特高にも屈せず活躍してきた夫・涌島や、作風は違えど自分と同じ女性文学者で親友の尾崎翠、さらには故郷の幼馴染たちが、彼女を支えてくれます。何より、まだ幼いながらも文学の才能を見せる千鳥を守りたいという想いが、彼女に力を与えるのです。

 そして涌島の活躍もあり、徐々に明らかになる「ジゴマ」一味の正体と、その恐るべき陰謀。その一味を一網打尽にするため、古代子も立ち上がります。彼女らしく、そして彼女でなければできない形で……

 間違いなく本作のクライマックスであるこの場面は、シチュエーションの巧みさもあって大いに盛り上がりますが、しかし何よりも胸を打つのは、そこで語られる古代子の想いと覚悟であることは間違いありません。

 現代よりもはるかに強く、女性に対する偏見と差別が横行していたこの時代に、女性のために立ち上がった古代子。そんな彼女が、自分の前に立ちふさがる怪人の理不尽な脅威に対して、女性として――そしてもう一人の「怪人」として挑む。その姿は、いささかストレート過ぎるきらいはあるものの、しかし強く胸を打つものであることは間違いありません。


 と、ここで恥を忍んで白状しますと、私は古代子の史実について全く知らなかった――というよりも(一体どこを見ていたのか)古代子や千鳥、涌島や翠が実在の人物であることに気付きませんでした。
 その彼女たちの事績を知っていれば、物語はさらにドラマチックに感じられたのかもしれません。しかし、いささか言い訳めきますが、それを知らなかったからこそ、物語の結末に記された、彼女たちのその後の姿が、より鮮烈に心に残ります。

 あるいは、彼女たちは一種の時代の徒花であったようにも感じられるかもしれません。しかし、彼女たちが切り開いた道の先に今がある――本作はその一つの象徴である、というのは贔屓の引き倒しかもしれません。
 それでも本作が、この時代に彼女たちが確かに生きた事実を、虚構を通じて描いてみせた物語――ミステリにして歴史小説の佳品であることは間違いないと感じるのです。


『蒼天の鳥』(三上幸四郎 講談社) Amazon

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2024.08.24

ゆうきまさみ『新九郎、奔る!』第17巻 全面衝突、しかし合戦だけでは終わらぬもの

 いよいよ駿河編もこの第17巻で決着となります。龍王丸方と小鹿新五郎方の対立は、ついに武力による全面衝突に発展、はたしてその中で新九郎は如何に戦うのか――そして戦いは終わったとしても、その後も新九郎の奔走は終わらないのです。

 甥の今川龍王丸の後見人として駿河に入ったものの、既に勢力を固めていた小鹿新五郎範満を戴く一派との折衝に手を焼く新九郎。新五郎本人には対立を深める意図はなかったものの、一派の暴走により、ついに取り返しのつかない全面衝突が始まります。
 かくて、龍王丸の座す丸子と、小鹿邸のある駿府と、両所の間で始まった合戦。そんな中、新九郎は駿府を奇襲すべく、水路を利用して敵地へ……

 と、主人公が前面に立って動き出し、前巻ラストから一気に合戦もの(?)的空気を醸し出す物語ですが、丸子と駿府の状況は表向き一進一退。しかしその背後では、様々な(主に新九郎が仕掛けた)駆け引きが――というわけで、力押しのみでは絶対に終わらないのが、実に本作らしいところといえるでしょう。

 同じ勢力の中でも、時には同じ一族の中でも利害が異なる者を巧みに分断し、自陣に引き入れ、最良のタイミングで動かす――言葉にすると随分と悪辣かつ難易度高く感じられますが、都では長きに渡り行われてきたこの駆け引きを、新九郎は門前の小僧とはいえ実戦でやってみせるのです。
 しかしそこに違和感やチートさを感じないのは、彼のこれまでの苦節を、そしてこれまで彼が目の当たりにしてきたものを、丹念に丹念に描いて来た積み重ねがあるからにほかなりません。

 まさに小鹿新五郎が語ったように「京で生きてきた侍のえげつなさ」を甘く見ていたものの敗北は、必然だったのかもしれません。
(ここで「宴」が象徴的に使われるのもまたお見事)


 しかし結局は一国の中の争い――一族が、朋輩が争った後味の悪さはいうまでもありません。特に龍王丸側には、敵方の大将となった小鹿孫五郎の弟の竹若丸とその母代わりである新五郎の妻・むめが人質となっていたのですから。
 ここで今川家と小鹿家の人々が仲睦まじく寄り添う本書の口絵ページを見ると、ストレスで胃に穴が空きそうになる――というのはさておき、戦場の合戦の有様だけでなく、その後の状況を如何に収めるか(そして収められないとどうなるか)も描いてみせるのは、本作の面目躍如というべきでしょう。

 しかし新九郎も結局は外様――外様だからこそできることがあっても、できないこともあるという状況で、あの方が降臨されるという展開もまた巧みです。
(そしてここでまた、むめとの対比が生きているように見えるのも巧みです)
 何はともあれ、龍王丸もわずかながら成長の証を見せ(ここでちょっと面白い人物解釈があるのですが、この辺りは年代的な齟齬を整理したものなのでしょう)、ひとまずは新九郎の駿府での役目も終わることになります。


 しかし、そこで堀越公方と新たな縁ができ、さらにそれには京の側の深謀遠慮が――というところで、新九郎が京に戻った後の物語に繋がっていくのも心憎い。

 前巻でも触れられていたように、新九郎の本来の主である足利義尚は、六角氏征伐のために鈎の陣に滞在中。駿府に一年以上滞在する羽目になったために、鈎に居ることができなかった新九郎の立場は、当然大きく変わってしまうのですが――さてそれがこの先、彼の運命にどのような影響を及ぼすのか。

 新九郎にとってはトラブルメーカーでしかないあの人物の登場もあって、何とも気になるところで次巻に続きます。


『新九郎、奔る!』第17巻(ゆうきまさみ 小学館ビッグコミックス) Amazon

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ゆうきまさみ『新九郎、奔る!』第13巻 ついに借財ゼロ、三冠王返上!?
ゆうきまさみ『新九郎、奔る!』第14巻 新九郎、社会的に色々と成長す!?
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ゆうきまさみ『新九郎、奔る!』第16巻 都生まれ都育ち、時代の申し子の力を見よ

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2024.08.22

夢路キリコ&冲方丁『シュヴァリエ』 衒学風味溢れる変身ヒーロー西洋伝奇 

 2006年にアニメが放映された『シュヴァリエ』に対して、並行する形で2005年から2009年に「マガジンZ」誌に連載された漫画版が本作です。同じ舞台、同じ登場人物を用いながら、また異なる物語を展開したこの漫画版――異能を持つ「詩人」たちに挑む異形の姉弟の戦いを描く伝奇アクションです。

 時は18世紀、ルイ15世の時代――パリでは「詩人」と称する者たちが大量殺人を繰り広げ、パリ市警はその対処に追われていました。その一人、デオン・ド・ボーモンは、昼行灯とバカにされている怠け者――しかしその正体はルイ15世直属の機密局の一員。
 ひとたび「詩人」が出現するや、彼は今は亡き実姉リア・ド・ボーモンの霊をその身に降ろし、女性剣士シュバリエ・スフィンクスとして「詩人」を滅ぼしていたのです。

 従士のロビン、機密局の同僚であるダグラスやダランベールと共に、「詩人」たちを倒していくデオンですが、次々と特異な能力を持つ高位の「詩人」たちが出現、戦いは激しさを増していきます。
 さらに国の政を一手に握る王の愛妾ポンパドール夫人の幼い娘・ソフィアの身には奇怪な「革命の詩」が浮かび、王を悩ませます。そんな中、謎の錬金術師サン・ジェルマン伯爵も独自の動きを見せ、混迷が深まる中、デオンの戦いの行方は……


 というわけで、本作は異能バトル+変身ヒーローものの骨格に、原作者らしい西洋伝奇ものの衒学風味をたっぷりと振りかけた作品です。
 原作者の西洋伝奇といえば『ピルグリム・イェーガー』が浮かびますが――ちなみに作中でちらりと、予言によりローマが焼かれたことが語られるのが興味深い――舞台的にはそれから約230年後を舞台に、やはり一種の予言を巡る戦いが描かれます。

 何といっても面白いのは、伝奇ものだけに(?)登場人物の多くが実在の人物ということですが――特に主人公のデオン・ド・ボーモンは、王の密偵(外交官)にして竜騎兵隊長、シュヴァリエ(騎士)の称号を得た猛者でありつつも、自らを「女性」と称し、女物のドレスを着て暮らしたという実在の人物。
 そんな一種の怪人を、姉リア(ちなみに史実では、デオンが諜報活動で女装した際に、この名を名乗っています)の霊を降ろして「変身」する剣士として描いた時点で、本作は勝利しているといってよいかと思います。

 そして彼の周囲の人々も、史実での事績を踏まえつつ、アレンジされたもので、この人物が本作ではこうなるか、と驚かされるのは、伝奇ものの醍醐味というべきでしょう。

 さてデオンたちの敵である「詩人」は、人々の血肉を犠牲にすることによって人外の力を得る怪人たち。
 序盤は比較的力押しながらも、中盤以降は一人一芸の異能力を得た上位種が登場して戦いも能力バトルもの的となります。そしてさらなる上位種はタロットの大アルカナを象徴にし、一種の分身である「導きの獣」を連れている――というキャラクター性も魅力です。


 ただし、この「詩人」とのバトルの、そして物語の仕掛けの中心に、アナグラムや掛詞をはじめとした文字を用いた仕掛けの数々が用意されているのが痛し痒し。
 趣向としては非常に面白いものの、いずれもフランス語がベースとなっているため、ほとんど内容に馴染みがない――よりはっきりいってしまえば、ほとんど理解できないのは、こちらの不勉強恥じつつも、残念に感じられます。

 単行本で読んだ場合にはサイズ的なものもあって、さらに読み取りにくくなっているのも厳しいところで――ここは物語の肝であるだけに、非常に勿体なく(といってもちょっと解消しようがないのですが)感じた次第です。

 もう一つ、あくまでもバトルが中心のために、全8巻かけた割にはあまり物語が進んでいない(結局リアにまつわる謎のほとんどが解けていない)のも残念な点ではあります。
 豪華な衣装を身につけたキャラクターが、複雑怪奇な能力を発揮して戦うバトルを描きながらも、見事にわかりやすい夢路キリコの作画が素晴らしかっただけに、こちらも何とも勿体なく感じられます。

 もっとも、一番勿体ないのは、結局漫画で描かれたのはフランス編のみ――本当の戦いはこれからだ、とばかりに、デオンたちが海外に旅立ったところで物語が終わっていることですが……


 などと厳しいことも言いつつも、今でもまだ数少ない西洋伝奇ものとして大いに評価されるべき本作。近日中に小説版も、そしていずれアニメ版も取り上げたいと思います。


『シュヴァリエ』(夢路キリコ&冲方丁 講談社マガジンZコミックス全8巻) Amazon

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2024.07.29

木原敏江『それは常世のレクイエム~夢みるゴシック~』 ホラー界の二大「怪物」に挑む少女とバイロン卿

 少女漫画界の大ベテランが、19世紀のイギリスを舞台に、ホラー界の二大有名人を題材に描くホラーミステリであります。あの大詩人バイロンとともに、型破りな貴族の少女・ポーリーンが、二つの怪事件に挑みます。

 時は19世紀の初め、貴族ではあるものの孤児院育ちという一風変わった境遇の少女・ポーリーンは、数少ない親友のグレイスが怪死したことに衝撃を受けます。
 少し前まで恋をしたと幸せ一杯だったものの、突然別人のように憔悴、自分の恋人は怪物だったと語っていたグレイス。ポーリーンは葬儀に現れた人気絶頂の詩人バイロンこそがその恋人と思い込んで噛みつくのでした。

 しかしグレイスの恋人は名家ブランドン家の伯爵・トレミー――その事実を知ったポーリーンは、当のトレミーに何ともいえぬ不気味さを感じます。そして彼の周囲でグレイスの他にも何人もの女性が亡くなっていることを知ったポーリーンは、バイロンとともに調査を始めるのでした。
 バイロンが語るには、トレミーには、かつて一度命を失いながらも、死体を繋ぎ合わせて蘇ったという噂があるというのですが……


 19世紀イギリスでロマン派の詩人として一世を風靡するとともに、その放埒な生活で知られたバイロン卿。ホラー好き的にはディオダディ荘の夜ですが、本作は実にそこで生まれた二つの怪物を題材としています。
 上で紹介した「それは怪奇なセレナーデ」はこのようにフランケンシュタインですが、続く表題作「それは常世のレクイエム」は、当然(?)吸血鬼テーマです。

 ある日、スコットランドの貴族エドレッド・リッズデイルから求婚を受けたポーリーン。しかしエドレッドの正体は、一千年前から生き続ける吸血鬼――その事実を知ったポーリーンと彼女を守ろうとするバイロンですが、人智を超えた力を持つ相手に苦戦を強いられます。
 かつてエドレッドに姉を殺された青年や、エドレッドの存在を知る謎の女占い師も絡み、物語は意外な方向に展開していくことになるのです。


 さて、フランケンシュタイン(の怪物)も吸血鬼も、非常に有名な存在であることはいうまでもありません。その意味では新味のない題材ですが、しかし本作はそこに一捻りも二捻りも加えることで、大きな独自性と意外性を生み出しています。
 トレミーは本当に死体を繋ぎ合わせて復活したのか、そしてグレイスたちは何故命を落としたのか。エドレッドは如何にして吸血鬼と化したのか、そしてどうすれば倒すことができるのか――作中に散りばめられた数々の謎は、この独自性と意外性が具象化したものといってもよいかもしれません。


 しかし本作の魅力はそれだけではありません。本作で最も大きな光を放つのは、主人公であるポーリーンの個性なのですから。

 名門貴族の娘が市井のギャンブラーと駆け落ちして生まれたポーリーン。その後ある出来事で両親を同時に喪った彼女は孤児院で育ち、そして祖父に見出されて実家に帰ってきたという、特異な生い立ちの少女です。
 それ故か、貴族の令嬢としては異例のバイタリティを持つ彼女ですが、弱い者を労り、理不尽には怒り、そして苦難にあっても決して諦めない――そんな心の強さと正しさ、そして明るさを持つ女性でもあります。

 その美貌も相まって、エルドレッドだけでなく、第一話ではトレミーにも求婚されている――そしてバイロンにも好意を寄せられているポーリーン。実に少女漫画の主人公に相応しいキャラクターですが、しかし彼女の真っ直ぐな心は、内容的には非常に陰惨な物語を様々な意味で救っているといえます。

 本作に登場する「怪物」は、決して怪物として生まれてきたわけではなく、残酷な運命でそう変えられてしまった存在です。そんな彼らにとっての救いは、「愛」の存在にほかならない――それを与えるのがポーリーンとは限らないのですが、彼女の存在は、本作においてはそうした人間の「愛」、善き心を代表するものなのです。
(第二話で、彼女が自分の中にある「愛」の由来を語るシーンは、本作でも最も感動的なシーンでしょう)


 有名すぎる題材を扱いながらも、そこに大きな独自性と意外性を与え、魅力的なキャラクターとコミカルな味付け、そして美しいロマンスの香りを加えて作り上げられた本作――作者ならではの味わいの名品です。

 なお、本作には鎌倉時代の日本を舞台とした続編(といっても大きくテイストの変わる別作品)がありますが、こちらもいずれ紹介したいと思います。


『それは常世のレクイエム~夢みるゴシック~』(木原敏江 秋田書店プリンセス・コミックス) Amazon

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2024.07.23

『戦国妖狐 千魔混沌編』 第1話「千鬼夜行」

 人と闇が共に暮らす村に身を寄せることになった真介と千夜。全ての記憶を失っていた千夜だが、とまどいながらも村の娘・月湖と触れ合ううちに子供らしさを見せるようになる。その身に千体の闇が眠らせた千夜を、月湖の両親をはじめ、村の住人たちは優しく受け入れるが、やはて決定的な悲劇が……

 少々出遅れましたが、18日から放送が開始されたアニメ版『戦国妖狐』の第二部「千魔混沌編」。第一部の「世直し姉弟編」が一クールだったのに対し、こちらは二クールを予定とボリュームは倍――内容的にも、前章の終盤に描かれた様々な伏線や、登場人物の去就が描かれる(そして史実とのリンクも描かれる)、いってみればこちらが本編と呼んでよいかと思います。

 その第1話に当たる今回は――第一部では基本的に漫画をカタワラに置いて比較しながら観ていましたが、今回はそんな厭らしいやり方はせずに、原作は記憶程度に留めて観ることにします――通算14話に当たるものの、前話までの展開とは直接繋がらないように見える、謎多き状況からスタートします。

 第一部から引き続き登場するのは真介と千夜のみ、真介はふるまいは剣士らしくなったように見えますが――しかし酒をかっくらって肝心な時に役に立たず、後で落ち込むというダメな大人っぷりも――第一部のラストで無事生き延びてから時間も経ち、修行も積んだということなのでしょう。
 しかしわからないのはもう一人の千夜。第一部の終盤で、父親の神雲ともども山の神に封印されたはずの彼(だけ)が何故解放されていて、何故真介と行動を共にしているのか? 一応真介とは接点がありましたが……

 月湖の回想によれば二人揃って空から落ちてきたようですが、さてどういう状況でそんなことになったのか――それはもちろんこれから語られるのでしょうが、何が起きているのかわからない状況で、これまでからの変化と、それに伴う謎に胸を躍らせるのは、これはもう新章の醍醐味というべきでしょう。それが味わえた時点で、この回はもう合格――というのは採点甘すぎかもしれませんが、それも正直な気分ではあります。
 そしてまた、千夜がその圧倒的な力に覚醒して闇の盗賊団を蹴散したタイミングで「戦国妖狐 第二部」「千魔混沌編」とバーンと示されるのは、素直に格好良い演出で気分が上がります。

 しかし、ここで彼の「内面」が描かれたことで、初めて気付かされる千夜というキャラクターの特徴は、彼を評する「千魔混沌」の語が示す通り、霊力改造人間として融合した千体の闇たちのパーソナリティが、いまだに彼の中に残っていることでしょう。霊力改造人間に、融合された闇のパーソナリティが残っているかどうかはまちまちのようですが(第一部では灼岩と芍薬が併存していましたが、あれは彼女特有の不安定な状態の賜物のような)、いずれにせよ絶大な力を持ちながらもどこか不安定な状態は、この先の千夜の道行きに大きな影響を及ぼすのでしょう……

 と思っていたら、後半ですぐに待ち受けている地獄のような展開――いや、千夜がもたらしてしまった地獄。決して人が死なない物語ではない――それどころか、死ぬ時には簡単に人が死ぬ物語ですが、しかしこうも早くあっさりととは、さすがに驚かされます。
 それがまた、明らかに過失ながら、もっとうまく力を扱えていれば犠牲は出なかったという厭な感じで絶妙なバランスなのが、またやりきれなさを感じさて実にキツい。その後の、これまた力余って文字通り「村を焼く」シーンよりも、印象としては辛いものがあります。

 冒頭で記憶を失っていると思ったら、そんな自分を温かく迎えてくれた地を、自分のせいでいきなり失うという、一話のうちに慌ただしくも過酷すぎる経験をした千夜のメンタルが不安になります。
(そんな状況を結構平然と受け止めてる村の子供たち、時代が時代とはいえメンタルが強すぎて怖い……)
 しかし彼以上に過酷な運命となった月湖が思わぬ決断をして――と、結末に意外な展開が待っているのも、新章第一話として合格でしょう。も一ついえば、途中でさらりと第一部ラストの不気味な五人組のことが仄めかされるのも、今後の展開を想像させて良い感じであります。


 そしてラストのクレジットの時に流れていた曲、アツい曲調からしてこれがオープニング曲なのだと思いますが、結構直球なタイトルで、これはこれでなかなか良いと思います。


『戦国妖狐 千魔混沌編』上巻(フリュー Blu-rayソフト) Amazon

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2024.07.22

土橋章宏『最後の甲賀忍者』 目指せ、はみ出し者たちの逆転勝利

 伊賀と並び称される甲賀忍者。しかし江戸時代に入ってからの彼らは、存在感を発揮していたとは言い難いものがあります。本作はそんな甲賀忍者たちが、幕末に新政府軍の一員として戦っていたという意外な史実を踏まえた、忍者アクション小説です。

 戦国時代に活躍しながらも、太平の時代では身分と領地を奪われ、百姓同然に暮らしてきた甲賀忍者の末裔たち。幕府に幾度復権を働きかけても無視されてきた彼らは、幕府が大政奉還し、新政府の間で大きな戦が始まろうとする中、新政府側につくことを決めるのでした。
 しかし甲賀といっても忍びの術は失われて久しい状況。そこで甲賀の人々は、甲賀の暗部と呼ばれ避けられてきた朧入道なる忍びに、従軍する若者たちの修行を依頼することになります。

 その修行に志願した、親のいない鬼っ子として周囲に嫌われてきた血気盛んな青年・山中了司。しかし彼だけでなく、修行で同じ組となった面々も曲者揃いであります。
 了司の幼馴染みで大人しい金左衛門、名家の息子でプライドが高い伴三郎、名忍者の末裔の剽軽者・当作、おっさん薬術師の勘解由――同じ甲賀の人間でも生まれ育ちも違う面々は、喧嘩ばかりでチームワークも滅茶苦茶。それでも必要に迫られて力を合わせ、何とか朧入道の修行を終えた五人は、新政府軍の一員として出陣することになります。

 しかしなかなか戦場に立つこともできず、戦功を上げる機会も持てない状況に、忍びの技を用いてあの手この手で手柄を狙う五人。
 その果てに、幕末最強を謳われた庄内藩を向こうに回すことになった五人の運命は……


 戦国時代が終わり、江戸で徳川家に仕えた者たちとは異なり、平民身分として甲賀に暮らした、いわゆる甲賀古士。本作はその甲賀古士にまつわる史実を踏まえつつ、了司をはじめとする五人の忍者の戦いを描いた活劇です。

 もっとも、ここで甲賀古士がその厳しい名前に相応しい秘伝を伝えていればいいのですが、ついていても、百年以上を経るうちに、彼らも一般人と大して変わりのない人間になっているというのが現実。
 本作では、そんな彼らがいわば忍者講座の中で、忍者としての基礎を叩き込まれる姿を全体の四割程度を割いて描きますが――その部分が同時に、忍者にあまり詳しくない読者への解説的役割を果たしているのは、ちょっと面白いところです。

 そしてその先がいよいよ本番、新政府軍に加わった彼らの戦いが描かれる――と思いきや、戦場に出るまでが一苦労。しかしその果てに彼らが挑むの戦いは、傑物として知られた河井継之助のガトリング砲奪取や、幕末最強として知られた庄内藩への奇襲の先鋒役だったりと、実にドラマチックであります。

 考えてみれば、はみだし者たちが努力を重ねて、意外な形で遥かに格上の相手に逆転勝利を収める――というのは、これは最も盛り上がるドラマのスタイルの一つ。本作はまさにそのスタイルであり、そこに賑やかなキャラクターたちの騒動を交えつつ描く手法は、やはり作者らしい作品だと感じます。


 もっとも、うるさいことを言えば気になってしまうところはあります。

 特に、実際には甲賀忍者の中には幕府に百人組として仕官した者たちがいたわけで――彼らもまあ、忍者らしい勤めがあったわけでもなく、幕末には百人組も廃止されているわけですが――彼らの存在が、全く触れられないわけではないものの、ほぼスルーされているのは、ひっかかってしまうところです。
(もちろん、物語展開上そうならざるを得ないのは百も承知ですが……)

 しかしそれ以上に、皮肉な味ももちろん漂うものの、基本的に「色々あったけど俺たち頑張ったよな」で終わるのは、それでこの戦いをあっさり片付けてよいのかな――と、これは好みの問題かもしれませんが、ちょっと驚かされた次第です。
 作中で了司が、河井継之助の思想に、自分たちに通じるものを見出すくだりがなかなか良かっただけに――もちろん、彼らは精神的な自治を勝ち取った、と理解すべきだとは思うのですが。

(さらにもう一ついえば、作中で明らかに死亡フラグを立てたキャラが、その後全く何もなかったのも、ちょっと驚きましたが……)


『最後の甲賀忍者』(土橋章宏 角川春樹事務所) Amazon

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2024.07.19

天野頌子『晴明の娘 白狐姫、京の闇を祓う』 妖狐の姫の生い立ちと活躍

 陰陽師といえばもはや安倍晴明が代名詞となっていますが、本作はその晴明に娘が、それも祖母譲りの美貌と妖力を持った白狐姫がいたという設定の物語――現代を舞台とした『よろず占い処 陰陽屋シリーズ』の作者が、本物の(?)陰陽師の物語に挑戦した作品です。

 安倍晴明と妻・宣子の間に生まれた待望の娘・煌子――しかし彼女は狐の耳と尻尾を持って生まれてきた妖狐でした。実は晴明の母である信太森の白狐・葛の葉の血が、孫に当たる煌子に現れたというのです。
 煌子を信太森で引き取ろうと安倍家に現れた葛の葉の勧めを、しかし晴明たちは断り、煌子を屋敷の中で育て始めるのでした。

 そして両親と二人の兄の愛を一身に受け、美しくもおてんばに育った煌子。しかし家の中だけでの生活に我慢できない煌子は、父や兄にせがんで、男装で外出するのようになります。
 ところが、生まれながらに強大な妖力を持つために、妖怪たちに狙われる煌子。幾度か危ない目に遭いながらも、彼女はその力を発揮して次々と妖怪たちを従え、自分の式神としていきます。

 やがて彼女は「白狐姫」として、妖怪たちの間でその名を知られるようになって……


 安倍晴明に、吉平と吉昌という二人の息子がいたことは(フィクションで時々取り上げられることもあり)比較的知られているかと思います。
 本作はその二人以外に晴明に子供が、しかも二人の下に妹がいた――というだけでなく、祖母からの隔世遺伝で狐っ娘だった、というユニークなアイディアの物語です。

 しかも煌子の場合、外見だけでなく、その妖力の大きさまで祖母譲りというのも愉快なところで――連れている妖怪も、小は管狐から上は鞍馬山の大天狗(この大天狗が式神になる経緯が愉快)まで、さらに妖怪ではないけれどもあの渡辺綱までお供に、という豪華すぎる顔ぶれです。

 本作はそんな煌子が、妖怪に襲われあわやという状態だった少年・道長を救い出す場面から始まりますが、そこから物語は時間を遡り、煌子の誕生から「いま」に至るまでの過去が描かれるという構成となっています。

 そしてそこでは、煌子の生い立ちや活躍――だけでなく、この時代の様々な文化風俗も織り交ぜて描かれるのがなかなか面白いところです。
 誕生や裳着といったイベントから、陰陽寮/陰陽師の日常、あるいは五節舞のような儀式まで――煌子が成長し、様々なことを学ぶのに合わせて描かれることで、そんな平安独自の要素が、初心者にもわかり易く、そして物語に無理なく織り込まれているのに感心しました。

 そして物語の約2/3を過去編に費やした後、残る1/3では、出産を間近に控えた女御を守るために、煌子のみならず、安倍家が総出で奮闘する姿が描かれます。
 女御のもとに死霊のみならず生霊が現れ、何者かの呪詛が仕掛けられるという混沌とした状況の中、ちょっとしたパニックもの的事態が発生して――というクライマックスは、なかなか盛り上がます。


 ただ個人的に残念だったのは、大天狗や綱、道長、さらには安倍家の男性陣も(そして最後に登場する敵も)含めて、煌子の周囲の男性キャラは結構な人数がいたものの、それぞれあまり強い個性が感じられなかった点です。
 もちろんあくまでも煌子が主人公ではあるために仕方はないのかもしれませんが、皆ネームバリューはそれなり以上にある彼らの存在が、作中で生かされていたかといえば微妙なところです。

 そんなこともあり、煌子の破天荒な暴れぶりは面白いものの、全体を通してどこか物足りない印象が残ったのは、勿体ない話ではあります。


『晴明の娘 白狐姫、京の闇を祓う』(天野頌子 ポプラ文庫ピュアフル) Amazon

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2024.07.17

「コミック乱ツインズ」2024年8月号

 今月の「コミック乱ツインズ」は、表紙が『鬼役』、巻頭カラーが『江戸の不倫は死の香り』。いつもよりもページ数が少ないですが、今回も印象に残った作品を一つずつ紹介します。

『ビジャの女王』(森秀樹)
 インド墨家の策により父からの攻撃中止命令が出たのも無視して、ビジャ総攻撃を続行するラジンに、ものすごい勢いでブブが矢を放って――という場面から始まった今回、あまりの弓勢にさしものラジンも焦りを隠せないところに、ブブはさらに矢を放ちます。
 これまでいかなる時も冷静沈着だった彼が、(ほとんど無言ながら)ここまで感情を示したことはなかったように思いますが――ブブはここで初めてオッド姫にある因縁を語ります。なるほど、ここでジファルの過去話の描写と関わるのか、と納得です。
(敵の攻勢に対して、後ろに下がることを拒否したオッドが、これを聞いてブブに従うのもイイ)

 しかし戦況は決して思わしいものではありません。限られた数とはいえ、既に城内には蒙古兵が突入した状況で、何が起こるかわかりませんが――ある意味墨攻的にはここからが本番であります。


『口八丁堀』(鈴木あつむ)
 頻度が結構高い特別読切から、ついにシリーズ連載となった本作、今号から三回連続掲載ですが――その初回は、与力たちの会話を通じて、内之介の御仕置案が軽め、特に死罪を避けようとする理由が描かれます。

 かつて見習い時代に幼馴染と結ばれ、待望の一子が生まれた内之介。しかしその直後に起きた惨劇が、彼の全てを変えることになって――と、これはもしかして『江戸の不倫は死の香り』案件かと思えば、それがさらなる悲劇を呼ぶのに驚かされる今回。なるほど前回、子殺しの犯人に怒りを燃やし、そして子供らしき墓に語りかけている内之介の姿が描かれましたが、こう繋がるか、と納得です。

 しかし今回、これまでのように言葉で切り結ぶ場面はなく、ひたすらシリアスな(悪くいえば普通の時代もの的な)展開で終始してしまったのは痛し痒しの印象。特にいまSNSで初期の回を宣伝しているのを見るに、仕方ないとはいえ、シリーズ連載の初回にこの内容は勿体無いな、とは感じたところです。


『古怪蒐むる人』(柴田真秋)
 幕府の役人・喜多村一心を狂言回しとした怪異譚、シリーズ連載の第二話は「龍馬石」。知人から屋敷に招かれた喜多村が見せられた、龍馬石なる目のような黒い部分がある石――その石が屋敷に来て以来、水に関する怪異が次々と起こるというではありませんか。
 対処を相談された喜多村は、「目」が動くのを見て、一計を案じるのですが……

 第一話では旅先で喜多村が遭遇した怪異が描かれましたが、今回の描写を見るに、彼はその手の経験が豊富な人物と認識されている様子。そんな彼が謎の石にどう挑むのか――面白いのはその「結果」でしょう。
 内容そのものもさることながら、その描かれたビジュアルが出色で、そこから繋がるあっけらかんとした(どこか岡本綺堂の怪談を思わせる)結末も、むしろ爽やかすら感じさせます。


『前巷説百物語』(日高建男&京極夏彦)
 二つ目のエピソード「周防大蟆」に入った今回のメインとなるのは、えんま屋の裏仕事のメンバーの一人・山崎寅之助。正月早々、彼のことを呼びに来た又市との会話が前半描かれ、後半は彼らも加わったえんま屋の面々に、今回の依頼が語られることになります。

 今回はまだその実力と技は伏せられている山崎ですが、荒事専門の浪人でありながら、差料を持たない奇妙な男。そんな彼と又市の、一見とりとめのない会話は、実に京極作品らしい分量の多さですが、それを山崎の実に味のある表情と共に描くことによって、読み応えのあるものにしているのが、この漫画版ならではの魅力でしょう。(それにしても、面長で鼻と口が印象的な山崎の顔、これは……)
 そんな中で、原作にない又市の青臭い台詞と、それに対する山崎のリアクションがまた実にイイのであります。

 そしてもう一つ原作にプラスアルファで楽しかったのは、又市が前話から今回までに片付けた四つの仕事のくだりです。この仕事そのものは原作通りなのですが、そこに付されたカットは本作のオリジナル。特に業突く張りの質屋の件は、これ一体何があったの!? と一コマだけで滅茶苦茶気になる、ナイスカットというべきでしょう。


 次号は特別読切で碧也ぴんくの『猫じゃ!!』が掲載されるとのこと。初登場時も楽しかった作品だけに、再登場は嬉しいところです。


「コミック乱ツインズ」2024年7月号(リイド社) Amazon

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2024.07.13

藤堂裕『Xinobi 乱世のアウトローたち』第1巻

 忍者は時代漫画の中でも様々な時代、様々な形で描かれてきましたが、本作は忍者たちが最も活躍した戦国時代を舞台に、しかし決して派手でも颯爽ともしていない生の姿を描いた作品。漫画版『信長を殺した男』の作者による、北条家に仕えた悪党(アウトロー)・風間一党の物語の開幕です。

 諸勢力が激しく争う戦国時代の関東でも、特に諸勢力の激突する戦場となってきた、武蔵国のとある村――一年前、合戦に巻き込まれて父と母を失い、妹を攫われた少年・善太は、今また合戦で北条方の国衆に、残った家まで壊されてしまうのでした。
 激高して食らいついたものの、もちろん敵うはずなく殺されかけた善太は、しかしそこに割って入った一人の飄々とした男に救われることになります。

 彼が率いるのは、合戦で様々な裏の仕事に携わる悪党(アウトロー)たち。北条家に仕える彼らは、長尾家との合戦で、北条家の武士たちが到着するよりも早く、敵方の城を落としてのけます。
 その男――風間出羽守小太郎に憧れ、仲間入りを望む善太。しかしまだ子供だと相手にされず追い払われかけた彼は、思わぬ事態に巻き込まれて……


 忍者が諸流ある中でも、その活躍の華々しさと剽悍ぶりが記録に残っていることで知られている風間(風魔)の忍び。本作は、この最も戦国時代の忍びらしい忍びを題材としています。
 しかし、これだけメジャーである故に、風魔忍びは、これまでフィクションの世界では様々な形で描かれてきました。それをいま、敢えて主役に据えるに当たり、本作はその姿を「リアル」に描くというアプローチを取ります。

 超人的な身体能力を持つわけでも、人智を超えた技を用いるわけでもない。武士が陽だとすれば陰、いや闇として、汚れ仕事を請け負ってきた者たち――そんな悪党として、本作は忍者を描きます。
 この辺り、一歩間違えれば非常に地味な、あるいは泥臭い内容になりかねませんが、それを忍びでも武士でもない、ごく普通の少年のニュートラルな視点から描くことにより、リアリティとドラマ性を両立させているのは、本作の特徴の一つでしょう。

 この時代、農民は(特に善太のように庇護してくれる者もない者は)、支配階級である武士と武士の間の争いに巻き込まれ、ひたすら翻弄されるほかありません。
 そんな身の上から脱出するために、善太が忍びという世の則から外れた存在に加わろうとする導入も、それなりに説得力があるといえるでしょう。
(説得力といえば、小太郎レベルでも、腕利きの忍び数人を同時に相手にすれば危ない、というパワーバランスにも、不思議な説得力があります)


 もっとも、既存の社会制度で底辺にあった人間が、アウトローたちの中に入って成長していく――という構図自体は、特に青年誌においては定番パターンの一つではあり、その意味では新味は少ないかもしれません。

 しかし時代設定、舞台設定の面白さは、それを補ってあまりあるものがあります。
 というのも、本作の舞台となるのは桶狭間の戦から四ヶ月後――北条・今川・武田の三者間の同盟で取られていたバランスが一気に崩れ、長尾家(上杉家)が北条領に侵攻し、武田も信頼できないという状況にあるのですから。

 そしてそんな混沌とした状況下だからこそ、忍びの活躍の余地があります。はたしてその中で風魔忍びたちは、そして善太はどう戦い抜くのか。この先、本作ならではの物語が描かれることに期待したいと思います。


『Xinobi 乱世のアウトローたち』第1巻(藤堂裕 集英社ヤングジャンプコミックス) Amazon

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