2020.07.06

白鷺あおい『シトロン坂を登ったら 大正浪漫 横濱魔女学校』 魔女の卵にして○○たちの冒険

 『大正浪漫 横濱魔女学校』という副題がそのまま示すとおり、大正時代に、横浜の魔女養成学校を舞台とした一風変わったファンタジー――と思いきや、実は○○ものでもあるという、実にユニークな作品の開幕編であります。横浜に出没する巨大な化け豹の正体を追う、三人の女学生の活躍や如何に!?

 大正の横浜にある横濱女子仏語塾。一見普通の女学校であるこの学校は、実は魔女が創立し、魔女を育成する魔女学校――フランス語の授業はもちろんですが、薬草学や占い、そして何よりダンスという名の箒による飛行術の授業まである、立派な学校なのです。
 その横濱仏語塾に通う丸顔に鼈甲縁の眼鏡の少女・花見堂小春が本作の主人公。故あってダンスはちょっと苦手ですが、夢二風の美女の藤村宮子、見かけは十歳そこそこの樹神透子といった親友たちと、元気に勉学に励む毎日であります。

 さて、本作の物語の始まりは、小春の年上の甥で新聞記者の周太郎が持ち込んできた怪事件の噂。何と横浜のあちこちで、人の言葉を喋る豹が目撃され、中には襲われた者までいるというのであります。
 周太郎の頼みで化け豹のことを調べることとなった小春たちですが、なかなか手がかりは見つからない中、彼女たちはとある富豪が屋敷に作った西洋絵画の展示室を見学に行くことになります。そこで見事な熱帯の密林を描いた絵を見学した小春たちですが、実はこの絵には、描かれた獣たちが動くという噂が……


 というわけで、横浜に出没する化け豹と曰くつきの絵画、この二つを軸に展開していくことになる本作。なるほど、これは小春たち魔女の卵が、その術を使ってこれらの事件解決に挑むお話なのだな――というこちらの予想は、半分当たり、半分外れることになります。
 何故なら――(以下、内容の詳細に触れることになりますのでお気をつけ下さい)


 何故なら、小春たち三人をはじめ、この横濱仏語塾に通う生徒の多くは「妖魅」――簡単にいえば妖怪変化の類。小春は抜け首、透子は幽谷響、宮子は――と、それぞれが特異な能力を持つ妖魅の眷属なのです。
 なるほど、いくら開明な土地柄であり、文明開化からも相当時が経っているとはいえ、さすがに魔女学校に子を通わせる親は少ないのでは――と最初に思いましたが、こうした出自であれば、ある意味納得であります。

 何はともあれ、こうした設定を背景とする本作は魔女もの(?)にして妖怪もの――というより、彼女たちの活躍は魔女として以上に妖魅としての力を発揮しての場合が多いため、実際には変格の妖怪ものという印象が強くあります。
(そしてまた、このジャンルでも賑やかなヒロインたちが中心というのはかなり珍しく、それだけでも十分に個性的と言えるでしょう)

 さらに物語は終盤、化け豹の正体を巡る物語から一転、まさかの××××ものとなるのですが――これはさすがに伏せておきましょう。ウィリアム・ハドソンのある作品を背景とするこの展開は、意外でありつつも、「魔女」という点で、小春たちの物語と重なる部分があるのも、また興味深いところであります。


 と、予想だにしなかった要素や展開が盛り込まれた、実にユニークな物語である本作。
 正直なところ、それらの要素が有機的に活かし合っているとは言い難い印象もあり(特に魔女学校ものと上記の××××ものの組み合わせなど……)、また物語的にも大きく次の巻以降に引いているのもちょっと気になるところではありますが――しかしそれでもなお、本作ならではの魅力があるのは間違いありません。

 予告では三部作とのことですが――それであれば残り二作でどのような物語が描かれることになるのか。本作のラストでまた意外な展開があっただけに、ますます先が読めない物語になることを期待したいと思います。


『シトロン坂を登ったら 大正浪漫 横濱魔女学校』(白鷺あおい 創元推理文庫) Amazon

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2020.07.01

久正人『ジャバウォッキー』第6-7巻 エジソンと石油と来るべき「明日」と

 リリー・アプリコットとサバタ・ヴァンクリフの冒険も、いよいよ最後のエピソードを迎えることとなりました。第6巻から第7巻にかけて収録の「ETERNAL FLAME」――ラストに相応しく繰り広げられる壮絶な三つ巴の死闘とその先の巨大な陰謀の物語の紹介であります。

 アメリカとの休戦協定調印のためにニューヨークを訪れたイフの城のトップ、モンテ・クリスト三世を襲った何者かの銃弾。その犯人がルイジアナ州のモンコなる地に関係していると知ったリリーとサバタは、早速現地に飛ぶことになります。
 途中出会ったバッファロー・ビル(!)のワイルド・ウエスト・ショー一座に潜り込んだ二人は、「何か」を採掘して潤っているという新興の町外れにあった秘密工場に潜入。しかし潜入者は彼女たちだけでなく、バッファロー・ビルたちも既に潜入していたのであります。

 彼らの正体はアメリカのスパイ組織CIA――Crusaders In Americaのメンバー。このモンコで石油を使った「何か」を造り出そうとしている者がいること、そしてそれが宿敵・有翼の蛇教団であることを知った二人は、CIAと手を組み、探索を始めるのですが……
 果たして「役に立たない」石油を使って恐竜たちが何をしようとしているのか? その謎に辿り着く前にエジソンの放った産業スパイ・99部隊が工場を強襲、イフの城&CIA・有翼の蛇教団・99部隊の三つ巴の大乱戦が始まるのですが……


 西部劇(というよりイーストウッド)味漂うこのエピソードで展開するのは、エジソンをゲストに迎えての、石油とそれを用いる「ある発明」を巡る戦い。
 いかにも本作らしく、史実で伝わるネガティブ面をぐぐっと広げて造形されたエジソンの姿は、むしろ痛快ですらあるのですが――しかしそんな彼の行動が、物語の、いや歴史の行方を大きく変えることになるとは!

 「ある発明」の正体については中盤で判明するのですが、しかしそれはまだ物語の謎の半分。それでは何故有翼の蛇教団が(彼らにとっては不要である)それを発明していたのか――その真実はまさに圧巻というほかありません。
 このエピソードのタイトルであるETERNAL FLAME――永遠の火種とは何なのか、そしてそれが燃え移った先にあるものは――これまでも任務を成功させながらも苦い後味が残るエピソードはありましたが(やはり未来に繋がる物語であった「RED STAR」など)、しかしここで描かれたものは、かつてないスケールでもって、我々の(そう、我々自身の)「明日」にも重くのし掛かってくるのであります。


 とはいえリリーとサバタはひとまずは任務を終えて生き延び、途中ギクシャクした二人の関係も明るい「明日」を予想させて――本作はここに結末を迎えることとなります。

 正直なところ、有翼の蛇教団との、そして何よりもサバタの宿敵中の宿敵であるジャンゴとの決着はついておらず、その点には――掲載誌が途中で休刊、その後は配信にて連載という状況はあったものの――食い足りなさは残りますが、この結末は、これはこれで「らしい」と言うべきかもしれません。

 もっとも、ここで燃え移った火種の辿り着くところ、そしてジャンゴの「20世紀が楽しみだ」という言葉の意味は、続編・後日談である『ジャバウォッキー1914』で描かれることとなるわけですが――それはまた、時を改めてご紹介させていただきます。


『ジャバウォッキー』(久正人 泰文堂アース・スターコミックス) 第6巻 Amazon / 第7巻 Amazon

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2020.06.30

久正人『ジャバウォッキー』第5-6巻 有翼の蛇と黄燐マッチと白鯨と

 進化した二足歩行の恐竜が人類の歴史の影で暗躍する19世紀末を舞台に、人間の女スパイと恐竜のガンマンが、人間と恐竜の未来のために奮闘する伝奇アクションのラスト3巻、3エピソードを一挙に紹介いたします。

 人間と恐竜の間で世界の平和を守る――「明日を救う」ために活動するイフの城のエージェントとして活躍するリリーとサバタ。
 すっかりコンビとして息の合った二人が第5巻以降で挑むのは、恐竜による人間支配を企む「有翼の蛇教団」――以前もアダムの肋骨を巡る事件で対決した彼らの陰謀を粉砕するため、二人は世界を股にかけた冒険を繰り広げることとなります


 第4巻末から第5巻にかけて収録される「MATCH/POMP」で描かれるのは、「たった一発の狙撃で地球上全ての恐竜を殺す」計画を画策する(マンダムな感じの)怪人サックスマンとの対決であります。
 黄燐マッチ事業に失敗し、財産を失ったのは恐竜のせいと信じ込む狂的な実業家・アングレームを抱き込んだサックスマン。アングレームを捕らえてその荒唐無稽な計画を聞きだしたリリーとサバタですが、計画の背後には、恐ろしい真の狙いがあったのです。

 計画を阻むために敵の本拠に急いだ二人の前に現れるサックスマンを倒したものの、彼は傀儡に過ぎず……

 バーナード彗星、パリ万博、黄燐マッチ――と、この時代ならではのガジェットを散りばめて描かれるこのエピソードは、ある意味これまでで最も規模の大きい陰謀が描かれていると言えるでしょうか。
 それに相応しく敵の正体も――なのですが、無茶苦茶な個性を発揮するアングレームが全てを持っていった印象もあります(さすがにあの身体能力はいかがなものか――というのは野暮でしょうか)。もちろん、ラストはサバタがきっちりと決めてくれるのですが……


 続いて第6巻にかけて展開する「BUCK&DICK」の題材は、あのモビーディック――言うまでもなくあの『白鯨』でエイハブ船長と死闘を繰り広げたモビーディックですが、しかしその正体が、実はリオプレウロドンだった、というのは、まさに本作ならではの仕掛けでしょう。

 沈没船を巡る詐欺の陰にモビーディックの存在があると知り、調査に乗り出すリリーとサバタ。二人とモビーディック専門家のスターバックは乗っていた潜水艦をモビーディックに撃沈され、孤島に漂着することになります。
 そして、捕らえられたリリーとスターバックは、有翼の蛇教団の守銭奴にして狂信者・キンスキが主催する恐竜闇賭博場の賭けのネタにされ、徒手空拳でモビーディックに挑むことに……

 闇賭博場で繰り広げられる恐竜たちの狂気のギャンブル、これまでにない巨獣・モビーディックとの死闘と見所の多いこのエピソードですが、何と言っても印象に残るにはゲストキャラのスターバック。
 このスターバックは『白鯨』に登場した一等航海士ですが、本作で描かれるその姿は何と女性――しかもエイハブ船長を(一方的に)愛していたという設定なのであります。そんな彼女は、モビーディックへの強い思い入れもあって、リリーと事ある毎に対立、それが物語の原動力ともなっていきます。

 もっとも、激しく対立していた二人が最後には強い女の友情で結ばれる――というのは定番ではありますが、格好つけまくっているようでいてどこか抜けているサバタとの対比で描かれるその姿はどこまでも痛快。そしてそれが、スターバックの「解放」に繋がっていくドラマも泣かせます。
 もちろんサバタの方も、キンスキとの最後の賭けを見事に決めて見せるのですが、今回ばかりは二人に大きく譲った感があります。

 そしてもう一つ、個人的に面白かったのは、イフの城の潜水艦の航海長がコンラッドの『闇の奥』のマーロウであったこと。
 『白鯨』もそうですが、他の物語の内容が「現実」の出来事として作中に取り入れられているのは、伝奇ファンとしては何とも嬉しい趣向であります。


 と、エピソード2つの紹介までで随分長くなってしまいました。中途半端で恐縮ですが、残る第6巻から第7巻にかけて収録のラストエピソード「ETERNAL FLAME」は、次回ご紹介いたします。


『ジャバウォッキー』(久正人 泰文堂アース・スターコミックス) 第5巻 Amazon / 第6巻 Amazon

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2020.06.23

廣嶋玲子『妖怪の子預かります 10 千弥の秋、弥助の冬』 大団円 そして「子」は成長して――

 謳い文句のついに大団円! と不穏極まりない言葉にドキッとさせられますが、その言葉に偽りはなく、『妖怪の子預かります』シリーズ第10巻目にして、区切りとなる作品であります。徐々におかしくなっていく千弥と、そんな彼に苛立ちを隠せない弥助。ついに決別した二人の運命は……

 今日も変わらず、妖怪の子預かり屋として奮闘する弥助。しかし彼と共に暮らす千弥は、異常なまでに過保護な態度が目立つようになります。いや、以前から過保護だったのは間違いありませんが、いまの千弥はまるで弥助が幼く体が弱かった頃のように扱うなど、度が過ぎるのです。
 その上、物忘れが激しかったり、ぼうっとしていたりと、明らかに不審な様子の千弥。当然心配する弥助に対して、何でもないと言うだけの千弥ですが――そんな千弥の行動が、妖怪の子に危害を加えかねないものとなったことから、ついに弥助の怒りが爆発することになります。

 それでも何とか和解した二人ですが、その後も続く千弥の異常な行動。そしてついに決定的な瞬間が訪れ、千弥は弥助の前から姿を消すことに……


 これまで弥助のことになると過保護ではあるものの、それ以外では普段は冷徹とすらいえるほど落ち着いた態度を見せていた千弥。そんな彼の弥助に対する態度が徐々におかしくなっていき、それどころか日常生活までも――と、不穏極まりない展開から始まる本作。
 作中でもさらりと触れられているように、この辺り、年配の親を持つ読者であればグサリとくるような描写なのですが――しかしその理由がなんであるか、これまでシリーズを読んできた読者であればよく知っています。

 前々作において、月夜公に執着するあまりに千弥を逆恨みした狂気の女妖・紅珠――彼女の毒に倒れた弥助を救うため、千弥はかつて捨て去った自分の目玉を取り戻し、その力を振るったことがありました。しかしそれは妖怪にとっては致命的な、誓いを破る行為――その報いが、現れたのであります。

 過去のある出来事から一度は全てを失って抜け殻のようになった千弥に救われ、そして救った弥助。一時は共依存のような状態だった二人ですが、しかし弥助が妖怪の子預かり屋として奮闘するうち、その関係は徐々に落ち着いたものとなっていきました。
 それがここに来て、千弥の中から弥助の存在が、最も残酷な形で奪われていくとは――これまでユーモラスで楽しげな妖怪たちを描くと同時に、辛く重く残酷なこの世の有様を描いてきた本シリーズですが、ここに来てその最たるものが描かれたというべきでしょうか。

 もちろん、そんな二人を、周囲の人々と妖々が放っておくはずもありません。
 特に弥助にとっては天敵であった――しかしある意味作中で最も男を上げた――久蔵、そして千弥とは倶に天を戴かざる間柄であった(しかしその実、誰よりも心の奥底で結びついている)月夜公、この二人が弥助と千弥のために誰よりも心を砕く様は、大いに胸に響く名シーンであります。
(にしても、いつもながら千弥と月夜公の間の感情は重すぎる……)

 いや、この二人だけでなく、これまで弥助に関わった者たち、弥助に助けられた者たちが総登場で力を貸す姿は、まさに大団円に相応しいものであるといえるでしょう。
 その果てに何が待つ結末――それは実のところ、予想できなくもなかったのですが――あ、この物語であればこれ以外ない、というもので、一抹の物悲しさを遺しつつも、それ以上に力強い希望を与えてくれるのです。

 これまでどこか歪んだ、擬似的な親子関係にあった千弥と弥助。しかし「子」であった弥助が、妖怪の子預かり屋となることによって「親」となり、大きく成長する姿を、本シリーズは描いてきました。
 その物語のひとまずの締めくくりとして、この結末はいささか皮肉ではあるかもしれませんが、大いに頷けるものであるといえるでしょう。


 さて、ひとまずの締めくくり、と書いたのは、『妖怪の子預かります』は本作までを第一シーズンとし、次作から第二シーズンを開始する意向とのこと。そうであるならば、千弥と弥助の――いや、弥助と千弥の新たな物語に、心より期待したいと思います。

(にしてもラストの申し出は――月夜公、本当に感情が重い男よ)

『妖怪の子預かります 10 千弥の秋、弥助の冬』(廣嶋玲子 創元推理文庫) Amazon


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2020.06.21

「コミック乱ツインズ」2020年7月号(その二)

 白熱の激闘が続く「コミック乱ツインズ」7月号の紹介後編であります。今回紹介する作品も、激闘死闘の連続であります。

『暁の犬』(高瀬理恵&鳥羽亮)
 文字通りの死闘の末に、ターゲットの一人を倒した佐内と根岸のコンビ。報酬を受け取りに益子屋を訪れた二人ですが、佐内は益子屋に、依頼人である水野家江戸家老・拝郷との関係を問うことになります。そして同じ頃、BL侍こと水野家徒目付・相良も、拝郷に益子屋との関係を問うのですが……

 言われてみればなるほど不思議ではある、益子屋と拝郷の出会いが語られる今回。大藩の家老と口入れ屋――それも裏稼業まで持っている男(怖いなあ人材派遣会社)が、直接の繋がりを持っているのは、尋常ではありませんが、そこに更に、佐内の父・小野寺友右衛門が関わるのですから見逃せません。
 これまでは凄惨な骸となった姿ばかり印象に残る友右衛門ですが、在りし日の姿は、佐内から甘さを抜いた渋みを足したような壮漢。そしてその腕前は――まさしく剛剣と呼ぶべき凄まじさであります。

 そして自分と水野家の関わりが、ある種因縁めいたものと知った佐内ですが……


『カムヤライド』(久正人)
 アマツ・ミラール、アマツ・ノリットの急襲に、甚大な被害を受けたヤマト。我等がカムヤライドは深手を負い、オトタチバナ・メタルも倒れた窮地で、黒盾隊を率いてミラーるに挑むヤマトタケルは、出雲に現れた国津神の一部である剣で反撃に転じるのですが――しかしその剣は、かつてイズモタケルを怪物に変えかけた代物。人間が手にすれば、国津神の一部として吸収されてしまう――はずが、逆に剣を吸収したかのような異形の姿に……

 光の巨人――ではないものの、そんな感じになりそうなヤマトタケルにミラールが畏れを感じる一方、カムヤライドは、己の体を全く顧みない、最終回のようなバトルでノリットに肉薄。その執念すら感じさせる凄まじさがノリットを捉えたかに見えたとき――それぞれの前に思わぬ存在が現れることになります。

 と、大波乱の末にひとまず水入りとなったヤマトでの戦い。思わぬ絆が生まれた一方で、さらに深まった謎もあり――そしてヒーローたちは深手を負ったままという状態で、この先物語はどこに向かうのか。特にモンコを巡る物語が気になるところであります。


『政宗さまと景綱くん』(重野なおき)
 ついに秀吉との面会を乗り切った政宗。しかし天下は既に秀吉の手に収まり、そしてその後も天運は政宗に味方せず、ついに大坂の陣に――と、いきなりこの回だけで25年の時が流れることとなりました。
 そして景綱も病に倒れ、戦国最後の戦というべき大坂の陣に政宗と共に臨むのはその息子・重綱――というわけで次回最終回であります。
(しかしこの展開だと、次回は同時に『真田魂』の最終回になるのでは……)


『仕掛人 藤枝梅安』(武村勇治&池波正太郎)
 ようやく小杉さんを捕まえ、一安心して温泉でのんびりしていた梅安ですが、そこに白子屋の配下・山城屋の刺客5人が襲いかかり、露天風呂はたちまち野郎大乱闘の場に――と色々な意味で危険極まりない展開から始まった今回。
 結局、小杉さんが右脇腹というかなりマズい位置を刺されながらも、敵の大半を仕留めるという大活躍を見せますが、もちろんその場に留まるわけにもいかず、また小杉さんの治療も必要であります。

 そんな中、梅安への刺客カップルの片割れ、田島一之助は、自分を置いて女に走った北山への怒りと、やけ食いのおかげで胃痙攣か何かを起こして勝手に窮地に――と、そこに偶然通りかかったのは、小杉さんとともに宿を変えた梅安。
 素性が判れば殺し合うしかない関係でありながら、相手の素性を知らぬまま、医者と患者という関係になった梅安と一之助。そこに北山が現れ、またもや修羅場の予感で次回に続きます。


 次号は久々に『そば屋幻庵』(かどたひろし&梶研吾)が登場。『勘定吟味役異聞』は次回休載ですが、壮絶な殺陣を描いた今号の次では人情ものとは――凄い描き分けだと感心いたします。


「コミック乱ツインズ」2020年7月号(リイド社) Amazon


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2020.06.19

ゆうきまさみ『新九郎、奔る!』第4巻 地方から見る応仁の乱の空間的、時間的広がり

 若き日の北条早雲――伊勢新九郎の青春を描く『新九郎、奔る!』もこの第4巻で新章に突入。都を離れ、父の名代として所領である荏原に入った新九郎を待つのは、意外な事態――これまでとは異なる苦難に新九郎は挑むことになります。

 京で暮らすようになってほどなく勃発した応仁の乱に巻き込まれ、戦火の中で元服した新九郎。彼なりに乱と向き合おうとする新九郎ですが――今出川様に仕えていた兄・八郎が、主に従って京を離れようとした時、伯父の盛景に殺害されるという事件が、新九郎に大きな衝撃を与えることになります。
 そしてその悲劇から数年、少しだけ逞しくなった新九郎は、父の名代として、領地の東荏原に向かうことになったのであります。

 実はこの頃には(細川勝元の策の結果)応仁の乱は洛中から地方に飛び火し、各地の守護と土地の諸勢力の争いが激化。
 備中と備後の国境の荏原はその争いとは直接の関係はなかったものの、備後で勃発した乱の余波がいつこちらに来るかわからない――そんな状況で、京を離れられない父に代わり、新九郎は荏原での対応に当たることになったのです。

 しかしいざ荏原に着いてみれば、父の領地である東荏原と、伯父(あの盛景)の領地である西荏原の境界が曖昧な上、年貢の取り分も不明瞭。何よりも、父が――そして新九郎が東荏原の領主として民に認識されていないのであります。
 これは父が京での政争に明け暮れて、領地を顧みなかったためではあるのものの、当然そのままにはしておけません。何とか状況を打開しようとする新九郎ですが、空回りするばかりで……


 これまで、応仁の乱の最中の京洛という、歴史が音を立てて動くど真ん中で――もちろんその視点は、中心から少しずらした本作独特のものではあったのですが――描かれてきた本作。しかしこの巻は、そこから大きく外れた地方が舞台となります。
 正直なところ、いきなりミクロな展開となるのではないか、地味なお話になるのではないか――とも読む前は思ったのですが、もちろんそんな心配は無用のものでありました。

 もちろん、この巻の物語が、いきなり領主の名代という大役を背負わされた、そして京洛という、深いようで狭い世界しか知らなかった少年・新九郎の成長物語として面白いのは言うまでもありません。
 しかし何よりも感心させられるのは、一旦中央から離れた地方に舞台を移すことで、室町時代後期の世相・社会像の変化を――その引き金となった応仁の乱の広がりという点を含めて――物語と有機的に絡めて提示してみせた点であります。

 応仁の乱と言った場合、どうしても連想してしまうのは、その引き金となった複雑怪奇な室町政界の有様と、文字通り京洛が灰燼に帰することとなった激しい戦いの様相でしょう。
 しかし乱はそこだけで行われたものではなく、それだけに終わったものでもない――そんな乱の空間的、時間的広がりを、本作はこの荏原での物語と絡めて、巧みに描いてみせるのです。

 そしてその先にあるのが、新九郎が大活躍する戦国の世であることは言うまでもありませんが――その縮図を、荏原における伊勢家内部の争いという、一種過激なホームドラマとして描いてみせるのも、また本作らしいところであるといえるでしょう。


 おそらくは、この荏原での新九郎の経験が、後の北条早雲としての国造りに役立つことになるのだとは思いますが――さてそこに至るまでに何があるのか。ヒロイン的なキャラクターの登場もあり、新九郎のこの先が、今まで同様、いやそれ以上に気になってしまうのであります。


『新九郎、奔る!』第4巻() Amazon

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2020.06.08

賀来ゆうじ『地獄楽』第10巻 三つ巴の大乱戦の果ての更なる混沌と絶望

 狂気の島での天仙たちとの死闘もついに決着――と思いきや、待ち受けていたのは更なる混沌と地獄。先発上陸組の死罪人と浅ェ門、天仙、そして追加上陸組の浅ェ門と石隠れ衆――三つ巴の死闘が繰り広げられる中で生み出された更なる混沌を前に、果たして人間たちに打つ手はあるのか……

 四人の天仙との死闘――辟餌服生の斎での決戦を、誰一人欠けることなく(一人欠けたと思ったらちゃっかり戦線復帰して)勝利した先発上陸組。
 後は仙薬を奪取して脱出するのみ――と思いきや、天仙たちのリーダー・蓮の真の目的は、日本全土の人々を丹に変え、完璧な丹を作り出す神獣「盤古」を生み出すことにあったことを佐切は知ることになります。

 そしてそんな中、ついに追加上陸組――山田浅ェ門殊現・十禾・清丸・威鈴、そして石隠れ衆が蓬莱に乱入。悪を斬ることに狂的な情熱を燃やす殊現の指揮の下、圧倒的な数と力を持つ彼らは、天仙や怪物たち、さらには先発上陸組にまで襲いかかって……


 というわけで、第4巻ラストでの登場以来、先発上陸組の物語が進むのと並行して、各巻のラストに顔を出すのが定番(?)となっていた追加上陸組が、この巻でついに本格始動。
 普段の顔は好青年ながら、悪を前にすれば狂人としか言いようのない苛烈さを見せる殊現以下、実力のみで選ばれた四人の浅ェ門と、命令とあらば平然と死を選ぶ石隠れ衆――殺意の塊のような面々を前に、既に満身創痍の先発上陸組は不利というも愚かな状況であります。

 そしてついにその殊現の前に立つのは、既に片手片目を失った厳鉄斎。剣豪として、ある意味浅ェ門たちと最も近い存在である厳鉄斎ですが、それだけに殊現の贄(つまり噛ませ)に最も相応しい彼の前に、ついに殊現の真の力が示されることになります。
 絶対的な力の差に圧倒される厳鉄斎の運命は……


 という一方で、三つ巴の大混戦をさらに混沌としたものと変えていくのが、石隠れ衆のリーダー的存在である「画眉丸」――もちろんあの画眉丸ではなく、彼の次の代の画眉丸――の存在です。
 実は一人の名ではなく、いわば屋号であった「画眉丸」の名。石隠れの筆頭、そして象徴として、代々受け継がれてきたのが、その名だったのであります。

 そして抜け忍となった当代の画眉丸を殺し、正式に画眉丸の名を継ぐために次代の画眉丸は動いているのかと思いきや――彼の目的はただ、最愛の画眉丸を里に連れ戻すこと。
 そう、次代の画眉丸=シジャこそは、画眉丸に異常な執着と愛情を持ち、画眉丸を殺し画眉丸に殺されることを夢見る正真正銘のド変態。それ以外には使命も主命も人類の運命も関係ない、彼の重すぎる愛の暴走は、この戦いの大きな不確定要素として機能することになります。

 しかし、事態をさらに混沌とさせ、絶望的なものに変える存在が、この巻の終盤に出現することになります。

 先発上陸組も追加上陸組も、全ての人間の努力を無にするかのような――いや、天仙たちの思惑すら粉砕してしまうような――存在を、極楽浄土と地獄が同時に現出したかのような状況を前にして、はたして打つ手はあるのか?
 ここからが真のクライマックスであります。(と、断言できないところが本作の面白くも恐ろしいところではありますが……)


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 賀来ゆうじ『地獄楽』第9巻 天仙との死闘終結 そしてその先の更なる絶望

 菱川さかく『地獄楽 うたかたの夢』 死罪人と浅ェ門 掬い上げられた一人一人の物語

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2020.06.01

小山ゆう『颯汰の国』第4巻 卑劣なる敵の罠 そして明かされた出自

 主家を取り潰され、幕府に一矢報いるべく奮闘を繰り広げる高山藩の人々の姿を描く『颯汰の国』の最新巻であります。奇想天外な策で自分たちの居場所を得たものの、それを叩き潰し、そして琴姫を奪うべく攻撃を繰り返す敵の魔手は、陰湿な形で迫ることに……

 ある日突然に幕府によって取り潰され、藩主は切腹を命じられた高山藩。これに対し、佐々木颯汰をはじめとする藩の人々は、藩主の若君と琴姫を盛り立てて幕府に一矢報いるべく、隣り合った幕府の直轄領から横暴な代官を追放――土地の人々と協力して、新たな国を作るのでした。

 しかしもちろん、これがただで済むはずはありません。開城の使者となった好色な大名・横山宗長は、土地を奪還し、何よりも琴姫を奪うべく、執拗に攻撃を仕掛けてくることになります。
 周囲の人々の助けを借りて、その迎撃の中心人物となり、次々と奇策でもって宗長の攻撃を打ち破っていく颯汰。しかし戦闘の最中に、琴姫に忍びの魔手が迫ることに……


 時に自分たちの手を血に染めながらも、これまではほとんど犠牲を出すこともなく、自分たちの国を守ることに成功してきた颯汰たちですが、この巻では、ついに数々の犠牲が出ることになります。
 颯汰たちによって、これまで散々煮え湯を飲まされてきた宗長。しかし残忍さや執念深さ、奸悪さといった人間性の悪を煮詰めたようなこの男は、直接的な攻撃ではなく、搦め手で――すなわち兵ではなく忍びを使った攻撃を仕掛けてきたのであります。

 兵の攻撃の背後から忍びを放ち、琴姫誘拐を狙う。土地の人々の家に夜な夜な放火して回る――特に後者は地味といえば地味ですが、いつ自分たちが被害に遭うかわからないという点、そして何よりも颯汰たちと彼らに協力する土地の人々の間に亀裂を生じさせるという点で、実に厭らしく、そして効果的な策であります。

 なるほど、戦国時代の遺風をそのまま残したような宗長ならではの策ではありますが――しかし非戦闘員までも巻き込んだ策は卑劣というほかありません。
 そして非戦闘員は、何も土地の人々のみではありません。琴姫のおつきの者たち、そして何よりも颯汰の父もまた、戦闘においては戦う手段を持たぬ者なのですから。

 そしてその颯汰の父が、己の無力さに苦しむ姿は、この巻において最も精神的にキツい展開と言えるでしょう。
 戦闘員ではなく、いわば文官として仲間に加わり、普段は土地の人々に学問を教えている颯汰の父。そんな彼にとって、周囲の者が襲われてもロクに刀を振るうこともできず、そして教え子である土地の人々が襲われても防ぐことができず、そして敵意までも向けられる境遇がどれだけ辛いものであるか――察するに余りあるものがあります。

 そしてそんな中に、最愛の「息子」である颯汰までもが……


 と、この巻の後半では、ついに周囲の人々に――いや何よりも颯汰自身に、彼の出自が明らかになるという展開が描かれることになります。

 家康の落胤という彼の出自自体は既に作中で描かれ、読者である我々には周知の事実でありましたが――しかしそれが限られた人々とはいえ、明らかになった時に何が起きるか。
 切り札となるのか、それとも――少なくとも、この事実が今後の台風の目となることだけは確かでしょう。


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2020.05.27

武内涼『源平妖乱 信州吸血城』 霊宝を巡る絶望の死闘

 京の殺生鬼を壊滅させたものの、自分たちも大打撃を受けた義経ら畿内の影御先。濃尾の影御先に身を寄せた義経と巴は、邪鬼と結ぶ立川流の寺院を急襲するが、そこに待ち受けていたのは不死鬼・黒滝の尼の罠だった。木曾義仲らに辛うじて救われた義経たちだが、影御先の霊宝を狙う敵の魔手が迫る……

 平安時代を舞台に血吸い鬼たちとの死闘を描く『源平妖乱』待望の続巻であります。
 古代に海を渡り日本に渡来した血を吸う鬼たち――人を殺さず人と共存する不殺生鬼と、人を吸い殺し仲間を増やさんとする殺生鬼、そして一度死んだ殺生鬼が復活し邪悪な力を得た不死鬼。このうち、殺生鬼と不死鬼(合わせて邪鬼と呼称)を敵とし、人知れず死闘を繰り広げてきた者たちが「影御先」であります。(東欧世界でクルースニックと呼ばれる者、と明言されているのが熱い)

 本作の主人公・源義経は、恋人を殺した殺生鬼・熊坂長範を追って鞍馬山を下り、影御先に参加した若者。長範の娘であり、長範を母の仇と狙う静らとともに京の邪鬼を倒し、仇を討った――のが前作の物語でありました。
 しかしその代償に畿内の影御先も壊滅、義経は静らと別れて濃尾の影御先に加わり、それから一年後の物語が本作となります。

 邪教として名高い真言立川流が、邪鬼と結び、勢力を拡大していることを知った濃尾の影御先たち。彼らは立川流の、邪鬼たちの根城と目される熊井長者の屋敷に急襲をかけるのですが――地下の破戒壇に突入した義経たちは、邪鬼たちを取りまとめる謎の魔人・黒滝の尼の罠と仲間の裏切りにより、一転窮地に立たされます。

 一方、屋敷の外を固める巴たちの前には、半ば不死鬼、半ば餓鬼(死人の血を吸い、異形と化した邪鬼)という怪物・屍鬼王が出現。血吸い鬼としての弱点を持たない屍鬼王に、影御先は次々と屠られていくことになります。
 義経と弓使いの娘・氷月は仲間たちの犠牲により辛うじて地底の地獄を脱出、巴も異変に駆けつけた木曾義仲・今井兼平ら、木曾の荒武者たちによって救出されたものの、濃尾の影御先はほぼ壊滅状態となるのでした。

 しかしそれでも彼らは戦いを止めるわけにはいきません。影御先の秘宝である四種の霊宝のうち、戸隠山に隠された豊明の鏡、そして東の影御先が守る小角聖香を狙い、黒滝の尼が動き出したのですから。
 かくて身を休める間もなく、義経・氷月・巴らは、絶望的な戦いに挑むことに……


 というわけで、冒頭から結末まで、ほとんど全編に渡り、影御先と血吸い鬼の死闘が描かれる本作。基本的な設定は既に前作に語られている分、本作では思い切りバトルに振った印象で、一時たりとも息は抜けません。
 特に本作の前半部分、熊井長者屋敷地下は、何が飛び出すかわからない、まさしく地底魔城というべき地獄。罠の詰まったまさに敵の根城で、しかも味方と様々な形で分断されての戦いは、主人公側が苦闘を強いられることが非常に多い作者の作品の中でも、屈指の絶望度と言うべきでしょう。

 一方、そんな中で数少ない救いとなっているのが、木曾義仲と今井兼平の存在です。
 言うまでもなく、木曾義仲は河内源氏の出身で、義経とは従兄弟同士――後に義経同様平家に対して挙兵し、朝日将軍とも呼ばれた人物。そして今井兼平は義仲の乳兄弟であり、四天王とも呼ばれた勇将であります。
 そんな彼らの後の姿はここでは置いておくとして――本作の義仲は、不器用でぶっきら棒な荒武者ながら、心は熱く温かいものを持った好漢。そして兼平は冷静沈着ながら民を愛し慈しむ心を持つ人物として描かれます。

 そんな二人の姿は、邪悪な人外の魔物や、人間でも醜い権力や金の亡者たちが蠢く物語の中で、数少ない「生きた人間」として描かれ、こちらの胸を熱くさせてくれるのです。


 その他、徐々に明らかになる黒滝の尼の伝奇的な正体や、いわば本作版のゾンビというべき餓鬼や様々な動物の血吸い鬼の登場、そして最終兵器ともいうべき四種の霊宝の存在と――ぎっしりと詰め込まれたアイディアと起伏に富んだ展開で、最後まで一気に読まされてしまう本作。

 まさにこれぞ時代伝奇と言うべき内容なのですが、黒滝の尼という、明確に「悪」との戦いに終始した印象が強く、前作にあった、血吸い鬼という存在を通した人間性への問いかけとも言うべき要素が薄く感じられた――そしてそのために義経の戦いがさらに苦く感じられた感は否めません。

 まだまだ邪鬼たちとの戦いが続く中、義経が武士として、人として辿り着く道はどこにあるのか――この先の物語で、険しくとも希望の光が描かれることを期待したいと思います。


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2020.05.17

「コミック乱ツインズ」2020年6月号(その一)

 号数の上では今年ももう半分過ぎたことになる「コミック乱ツインズ」誌、表紙&巻頭カラーは単行本第7巻が発売された『仕掛人 藤枝梅安』、センターカラーは同じく第6巻が発売された『いちげき』であります。掲載作品はレギュラー陣のみですが、今号はかなりの充実ぶりという印象であります。

『仕掛人 藤枝梅安』(武村勇治&池波正太郎)
 梅安vs白子屋の激突を描く「梅安乱れ雲」編もこれで第3話、冒頭でようやく彦さんが登場して安心しましたが、メインとなるのはようやく出会った梅安と小杉さんであります。

 出会うなり痛烈な顔面パンチを食らわせる梅安ですが、これも友を思うが故。暴走する小杉さんを引き留めて、のんびり二人で温泉に浸かりながら江戸に帰ることにした梅安ですが――そこに忍び寄るのは山城屋の配下五人であります。
 呑気に温泉に浸かっていて丸腰どころか丸裸の状態では、さしもの手練れ二人も大ピンチ――というところで次回に続きます。

 ところで二人で温泉といえば思い出すのは(思い出すな)、一部で話題の白子屋の刺客カップル・北山&田島ですが、故あって今月は別行動。これが後々思わぬ事態を招くのです――それはまた今後のお楽しみであります。


『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 本人の任とはほとんど無関係なところで、将軍位を巡って紀伊と尾張で繰り広げられる暗闘に巻き込まれることになった聡四郎。しかし今回正式に白石からの命で尾張吉通を暗殺した側女と側用人を追うことになるのですが――やはりどう考えても勘定吟味役の任ではないものの、何はともあれ(紀文たちが密かについてきたとも知らず)京都出張へ……

 と、聡四郎の出立とほぼ時同じくして江戸で荒れ狂うのは鬼伝斎の邪剣。次々と道場破り――というより道場潰しを繰り返す鬼伝斎に、ついに無手斎は果たし状を叩きつけ、最後の戦いに臨むことになります。
 ここで印象に残るのは、決闘の前に相模屋を訪れた無手斎を前にした紅さんの応対。死闘を目前に控えた相手への細やかな気遣いはさすがというべきで、師も弟子の嫁と太鼓判を押すのももっともだと思います。
(しかしこの会話が、ある意味今後の伏線ではあるのですが……)


『軍鶏侍』(山本康人&野口卓)
 軍鶏侍最初の活躍の相手であった親友・秋山精十郎の忘れ形見・園に仇として刃を向けられた源大夫――という場面から始まった今回ですが、源大夫がこれくらいで動じるはずもなく、むしろ園の方が躊躇い、刃を引くことに。
 そしてその園の前に現れたのは、(おそらく前回「凄腕の刺客」とだけ呼ばれていた)秋山家からの刺客。ポッと出のわりには異常に強く、丁寧な口調でキャラ立ちしたこの刺客は、園を子供扱いすると源大夫に挑戦を……

 というわけで源大夫が女性に刃を向けるはずもなく、源大夫が秘剣「蹴殺し」を披露するのは刺客相手となった今回。弟子二人に秘剣の正体を教えつつ、真剣勝負に臨むという余裕っぷりですが、ここで描かれる秘剣の姿にはなるほど、と思わされます。
 が、むしろ源大夫の教えはここから。一般に剣豪ものであれば何よりも尊ばれる「秘剣」を、彼は何と評したか……その内容には大いに唸らされましたし、今回の結末の爽やかさも、そんな源大夫の精神性ゆえと言ってよいのでしょう。


 次回に続きます。


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 「コミック乱ツインズ」2020年4月号
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