奪われたものを取り戻すことと、他者から奪うこと 士貴智志『どろろと百鬼丸伝』第11巻
原作を大きく離れ始め、もはやどこに向かうのか想像もつかない新釈『どろろと百鬼丸』、この第11巻では、前半に第10巻から続く「孤絶の岬の段」、後半に多宝丸を主役とした「霧纏いし魔城の伝」が収録されています。それぞれ運命に逆らい己の道を行く息子たちを見る醍醐景光は何を思うのか……
どろろの父・火袋が隠した黄金の行方を追う、火袋の元子分にして今は野盗の頭領であるイタチ。黄金の在処を教える代わりに、その黄金を世の中に役立てくれというどろろの願いを受け入れたイタチですが、しかし道案内の少女(!)不知火に騙された野党たちは、死霊・海坊主の餌食となります。実は不知火と妹の二胡は、かつて侍に殺された弟を蘇らせるため、海坊主に人の魂を食わせていたのです。
そんな中、八年に一度生じる、流氷が凍りついた道を辿り白骨岬に向かうどろろ一行。しかしその途中、死霊の気配を察知した百鬼丸は海坊主に戦いを挑み……
というわけで、サメの妖怪との対決そして黄金を巡る侍たちとの死闘が描かれた原作とは異なり、百鬼丸と海坊主の対決がクライマックスとなる「孤絶の岬の段」。しかしそれ以上に強調されるのは、自分が奪われたものを取り戻すために、他者から奪うことは許されるのか、という問いかけです。
弟の命を取り戻すために、数多くの人々の命を奪ってきた不知火。奪う相手を選んでいると語る彼女に対して、どろろはその行いの中のエゴを――さらにいえばそんな状況に人を追い込む世の無情を指弾します。
それは、これまで様々なものを失ってきたどろろだからこそ言えることであるかもしれません。しかしそれは同時に、己の身体を取り戻すために、死霊とはいえ他者を討ってきた百鬼丸の行いを看過しているという矛盾を孕みます。
はたしてその矛盾がこの先裁かれることがあるのでしょうか。琵琶法師が語る不吉とも取れる言葉、百鬼丸が海坊主から取り返した部位の謎が、あるいはそれに関わってくるのかもしれません。
そしてこの巻の後半で描かれるのが、問題作「霧纏いし魔城の伝」です。
身分を隠して醍醐軍に紛れ込んでいた際、醍醐景光の不可解な行動と、それが姿を見せなくなった正室・お縫の方のためではないか、と耳にした多宝丸。その真偽を問う彼の前に現れた少年足軽のペラ助ことアケビは、景光が人里離れた地に築いた岩城、通称「死禁城」の存在を語ります。
城というより塔のような姿を見せ、巨大な蛇状の妖怪の襲撃を受け続けながらも揺るぎない死禁城。アケビを供に、奇怪な妖怪や死人たちが蠢く道を抜け、この魔城にたどり着いた多宝丸の前に、景光が姿を現すのですが……
という、原作を知る人間ほど混乱させられる完全オリジナルのこのエピソード。はたしてこの城は何なのか、そしてもはや天下獲りにあるとは思えない、異常なまでの魂念力を見せる景光の目的は――それは前巻そしてこの巻にわずかに登場した、謎の生人形に関わるものなのでしょうか。
そして生人形の正体が多宝丸の予想した通りであれば、景光の行動は、この巻の前半で描かれたものと通底するのかもしれません。
(ただしその場合、多宝丸の予想には大きな矛盾が生じるのですが……)
いずれにせよ、もはや死霊退治している場合ではないとすら思わされる、大きすぎるスケールを誇示する景光に対して、百鬼丸の力は及ぶのでしょうか。おそらくは全編のクライマックスが近づく中、大きく心乱される展開です。
しかしアケビ(どこかで見たことがあるようなないような、謎のデザインと名前のキャラ)に「あにき」と呼ばれて心を動かしてしまう多宝丸は、どれだけどろろを引きずっているのでしょうか。
(そしておそらくアケビの正体も……)
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