白凜之の過去、そして信念を貫いた代償 青木朋『天上恋歌 金の皇女と火の薬師』第10巻
記念すべき第十巻ですが、物語の方は更なる激動の展開に突入します。宋と遼の間の密約を知り、追求する白凜之と皇太子。しかしその背後には、思いもよらぬ巨大な存在が待ち受けていました。再び歴史が動き出す中、己の信じるところを貫いた凜之を待つ、残酷な運命は……
再び親善使節として宋を訪れた際、行方をくらましている遼皇帝・アグーとの対面を可能とする割符の存在を知ったアイラ。数々の冒険の末に割符を発見したアイラと康王ですが、その結果、アグーに宋の毒物兵器を横流ししている者がいることを知ります。
その名は、蔡大学士――権力を恣にする蔡京の子にして、皇帝の寵臣。この国の権力の中枢に居る彼の名を知って驚く二人は、さらに意外な真実を知るのでした。
一方、かつての婚約者である閻月琴という後ろ盾を得て、研究に打ち込む白凜之は、その彼女が毒物兵器を密かに作り、横流しに加担していたことを知ることになります。
かつて、女性ながら学問に強い興味を抱き、優秀な技術者であった司馬公奇に弟子入りした月琴。そこで公奇の息子・嚴――白凜之と出会い、そして許嫁同士となった二人ですが、運命の変転で引き離されたのでした。
それがようやく再会し、共に働くようになったと思いきや、再び立場を違えた二人。それでも、自分の信念を貫く凜之ですが……
前巻では出番がかなり少なかったのに対し、この巻では再び前面に登場することになった白凜之。これまで彼の過去については断片的に語られるのみでしたが、今回、その過去の全容が描かれることになります。
尊敬する父・公奇との生活と月琴との出会い。公奇の死と一族の没落。月琴との婚約解消と出家。そこでの皇太子との偶然の出会い――そして出家しても続けてきた研究を皇太子に見出され、彼は物語冒頭に登場した姿となったのです。
彼の運命の変転のきっかけとなったのは、西夏の鉄騎兵に父が殺されたことであり、それが凜之の兵器研究の原動力でもあったのですが――しかしアイラと出会ったことで、彼の心に変化が生じました。
はたして金の人々に対して兵器を用いることが――敵対することが正しいのか? これまでの物語を見れば、十分頷ける凜之の考えの変化ですが、そんな彼からすれば、月琴の行動は、看過できるものではありません。
しかし月琴の背後にいたのは、蔡大学士をも上回る巨大な存在。それでも己の信じるところを貫こうとした凜之ですが――それはまさに蟷螂の斧というほかなかったのです。
もちろん、宋という国の立場から考えれば、凜之の方が異端であることは間違いありません。しかしそれでもなお、凜之が直面することになった真実には――それは現代の我々だからこそ感じられるものかもしれませんが――人の道に背くものとして、違和感と嫌悪感を感じることは否めません。
(まあ、身も蓋もないことを言ってしまえばこの展開によって、この先の宋側の人々の運命に対して、読者の同情心を薄れさせるのは、なるほどと思ってしまうのですが……)
しかし、こうした場合、人として正しい道を歩もうとした者がどのような運命を辿ることになるか、我々は様々な物語を通じて知っています。
というより、この巻のラストで描かれた凜之の姿は、「あっ、これ水滸伝で見たやつだ!」となるのですが――さて、水滸伝のように、窮地の彼に助けは現れるのか。
いずれにしても、この先の彼はどこに向かって歩むのか――更に言ってしまえば、彼は誰につくのか。何とも気になるこの巻のラストなのです。
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