2022.05.14

辻灯子『帝都雪月花』『帝都雪月花 昭和怪異始末記』 おかしなコンビの妖怪騒動記

 昭和初期の帝都・東京を舞台に、おんぼろ道場の一人娘・和佳と飼い猫(実は猫又)の寅吉、そして自称妖怪退治屋の青年・秀真を中心に繰り広げられるコミカルな騒動を描く、四コマ漫画とショートコミックの二部作であります。

 まだ震災の爪痕も生々しく残る昭和二年のある日――東京の片隅でおんぼろ道場を営む瓜生家の娘・和佳は、ここ数日行方知れずの飼い猫・寅吉が、洋装の青年に頭から食われるという夢を見て目を覚まします。
 その後父と銀座に出かけた彼女は、そこで夢に現れた青年を目撃。神代秀真と名乗ったその青年は、寅吉の正体が猫又だったと明かし、自分の生業が妖怪退治だと語るのでした。

 この家には妖気が凝っていると告げ、住み込みで対応すると提案する秀真。かくして彼を間借人として置くことになった瓜生家ですが、妖怪騒動はその後も続き……


 という設定で展開するこの『帝都雪月花』シリーズ。じゃじゃ馬かつ締まり屋の和佳と、飄々とした毒舌家の秀真という主役コンビの設定は、普通の(?)妖怪もののように感じられるかもしれませんが、基本的に物語に漂うムードはかなり緩めで、どこか、いやかなりすっとぼけた味わいがあります。

 そもそも普通であればヒーロー役になりそうな秀真自身、妖怪なのか人間なのかちょっと得体の知れない青年。何しろ妖怪退治の方法というか、妖怪を捕らえてどうするのかと思えば、食べてしまう(!)というとんでもないヤツなのですから。(そのほかにも分身が勝手に外をほっつき歩いたり……)
 そんな秀真を前にしてもほとんど動ぜず、普通に(?)ツッコミを入れたり、妖怪よりも家の財政状況に血道を挙げる和佳もある意味ただものではないヒロインというべきでしょう。

 そんな和佳を守ろうとしつつも相手にされず、秀真からは食い物として狙われ――と、実は主人公二人に振り回される猫又の寅吉が一番常識人というシチュエーションも、何とも愉快であります。
 とはいえ、その寅吉自身が油の舐め過ぎで瓜生家の家計を圧迫している(和佳の頭痛の種になっている)のですが……
(もっとも本作では、貧乏なのに次から次へと曰く付きの骨董品に手を出して騒動を起こす和佳の父が、ダメ人間第一位でしょう)

 ちなみに冒頭に述べたとおり、本作の舞台は昭和二年。この時代ならではの事件(史実)そのものが物語の題材となることはありませんが、この時代ならではの風物・風俗がふんだんに背景に散りばめられているのは、なかなか魅力的であります。


 さて本シリーズは、冒頭で軽く触れたように一作目の『昭和余禄』が四コマ漫画、二作目の『昭和怪異始末記』が一話12ページのショートコミックという、いささか変則的な構成となっています。
 実のところ一作目については、ストーリー要素と四コマギャグの部分の食い合わせに今ひとつ部分もあったのですが、二作目はページに余裕があるためか、その辺りは比較的解消されていたかと思います。


 物語的には、作中にそれまで登場してこなかった和佳の母も顔を出して、いささか切ないながらも、まずは大団円を迎えた本作。
(ちなみに一作目の、和佳のフレンドリーファイアオチも愉快)

 最後まで和佳と秀真がほとんどイイ感じにならないというのもまた本作らしい感じで良く、深刻さというのとは縁遠い、肩の力を抜いて読める作品であります。


『帝都雪月花』(辻灯子 芳文社まんがタイムコミックス) Amazon
『帝都雪月花 昭和怪異始末記』(辻灯子 芳文社まんがタイムコミックス) Amazon

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2022.05.09

細川忠孝『ツワモノガタリ』第1巻 格闘技漫画の手法で描く幕末最強決定戦開始!

 歴史上のある人物とある人物が戦った時、どちらが強いのか? あるいは、あの流派とこの流派とどちらが強いのか? というのは何時の世も大いに興味をそそられるものですが、本作はその幕末剣術版――新選組の強者たちが、これまで戦った中で最強の相手との戦いを語る剣術漫画の始まりであります。

 元治元年(1864年)のある晩――新選組屯所にて賑やかに飲み明かす近藤・原田・斎藤・山南・土方の面々。この面々に酒が入れば当然というべきか、真剣を抜いた斬り合いが始まりかねない剣呑な空気の中、近藤が座興に提案したのは、「この国において最強の剣客は誰か?」という議論でありました。

 かくて、これまで新選組が斬ってきた中で最も強かった相手について語ることになった場で、口火を切ったのは遅れてきた沖田。そして彼が挙げた名は、芹沢鴨……


 この物語の舞台となっているのは先に触れたとおり1864年、そのいつ頃かまではこの巻ではわかりませんが、池田屋事件や禁門の変が起きた、ある意味新選組の絶頂期ともいえる時期であります。
 そして芹沢が粛清されたのはその前年というわけで、まだ記憶に新しい――それも封印すべき記憶を持ち出されて、ここで一同がちょっとたじろぐのは可笑しいのですが、しかし沖田の対決した相手として、これ以上相応しい者がいないのは間違いないでしょう。

 というわけでこの第一巻では、一の段として「天然理心流 沖田総司 対 神道無念流 芹沢鴨」が全編に渡って描かれることとなります。ここでまず注目すべきは、この対決を描くに当たり、そこに至るまでの経緯はさらりと流し、ひたすらどちらが勝つか、剣戟バトルが繰り広げられるというその構成でしょう。

 そしてそのバトルの内容も、単純に沖田と芹沢という二人の強さ比べに留まらず、段のタイトルに冠されているように、それぞれの流派の特徴を踏まえて描かれる点が、本作の最大の特色であり魅力と感じます。
 そう、本作は、時代もの・歴史ものというよりも、格闘技ものの手法で描かれていると言ってもよいでしょう。

 考えてみれば、幕末という時期は、戦国から江戸時代初期と並ぶほど(フィクションにおいて)剣術が注目された時期であるにもかかわらず、流派ごとの剣術の内容に着目した作品は少なかったように感じます。
 それはおそらく、剣術の技術の上の勝敗よりも生き死にというさらに決定的な勝敗の基準があることと、そしてそれ以上に、戦いの理由が単純な強さ比べでなく、それぞれの主義主張にあるためではないかと感じます。

 それを本作は、可能な限り純度の高い剣術勝負として描いている点が、大いに面白く感じられたところです。(いかにも格闘技漫画らしいナレーションの多用には評価が分かれるかもしれませんが……)

 もちろん、剣術を用いるのが個々の人間である以上、そこにはその人間の個性や人生というものが表れるのは当然のことではあります。しかし本作はそれも流派の特徴と結びつけて描くのが実に面白い。そしてそれでいて漫画らしいケレン味もきっちり用意されているのが嬉しいところであります。

 特にこの巻の最大のクライマックスというべき沖田の三段突きの描写――このあまりに有名な技を描くのに、その内容・使用シチュエーションについて、ドラマチックな要素を残しつつも理詰めに描くことによって、「格闘技漫画の必殺技」感を生み出しているのがたまらないのです。


 そしてまた本作は、最近流行りの歴史(含む神話)上の最強バトルもののように、異世界やパラレルワールドが舞台ではなく、あくまでも幕末の史実を踏まえた物語である点にも、注目すべきでしょう。
 史実という現実の中で描くことによって、リアリティだけでなく、よりキャラ描写やドラマに魅力を与えることができる――そう信じている身としては、これは何よりも嬉しい点であります(そしてそれを担保しているのが山村竜也氏という万全の体制)。

 もっともこの点は、ややもすれば読者にニッチな印象を与えかねず、匙加減が難しいのかもしれませんが――この辺りは、二の段以降のマッチメイクにも期待というところでしょうか。


 ――と、ついつい気が早いことを書いてしまいましたが、実はこの第一巻の時点では、一の段はまだ決着に至っていません。
 沖田独自の必殺剣を以てしてもいまだ倒れぬ怪物・芹沢に、天然理心流の奥義は通じるのか? 猛烈に気になる場面で終わっているだけに、この続きを少しでも早く読みたいものです。


『ツワモノガタリ』第1巻(細川忠孝&山村竜也 講談社ヤンマガKCスペシャル) Amazon

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2022.05.02

松浦だるま『太陽と月の鋼』第4巻 師たる「天狗」が語る「敵」の過去

 愛する妻・月を巡り、奇怪な通力を操る者たちとの戦いの渦に巻き込まれた武士・竜土鋼之助の物語――最新巻では彼と月との生活を壊した「敵」というべき土御門晴雄の過去が、その師というべき者の口から語られることになります。晴雄が秘めた恐るべき通力とは、そして彼の求めるものとは……

 奇怪な術者によって妻・月を奪われ、未来を見る通力を持つ旅の巫女・明の助けを借りて、月を追って旅立った鋼之助。しかし市井の占い師や芸人たちが次々と襲いかかる中、逃げるように江戸を飛び出した二人は、小塚原刑場でさらに恐るべき敵と遭遇します。
 その敵――あらゆる虫を操る女・斑の攻撃に苦しめられる中、月を護るために金属を操るという通力に目覚めた彼は、辛くも斑を撃破するも、力を使い果たして倒れることになります。それを助けた明も自分の通力が暴走したところを、二人組の売卜に救われ……

 と、未来を見通す通力を発現させた明が、「現代」を目撃するという印象的な場面で終わった前巻ですが、しかしこれは人の身には過ぎたる力。あまりの情報量ゆえか、壊れかけた彼女の心を救ったのは、売卜たちの師匠と呼ばれる存在――人の身ながらどこか天狗めいた印象を与える一人の男でした。
 その男の名は、高山嘉津間……

 ときて、おおっ! と身を乗り出す方は、あまり多くないかもしれません。高山嘉津間とは、またの名を寅吉――天狗小僧寅吉と呼ばれ、平田篤胤がその言葉を聞き書きした『仙境異聞』は、数年前に話題になりましたので、こちらはご存知の方も多いと思います。
 幼い頃に神仙(天狗)に伴われて山中で修行、異界などに赴き、帰ってきたという寅吉。高山嘉津間というのは、彼が師から与えられた、いわば天狗としての名であります。(ちなみに本作の嘉津間には、『仙境異聞』の挿絵の面影があるのも楽しい)

 さて、この嘉津間に救われた鋼之助と明は、嘉津間が壺中天と称する壺の穴を通じて、常陸にある結界の中の彼の隠れ家に誘われることになります。そこで二人は、嘉津間から「敵」である土御門晴雄の過去とその力を聞かされることに……


 というわけで、実にこの巻のメインとなるのは、嘉津間と晴雄の物語であります。
 晴雄の父であり陰陽頭である・晴親に招かれ、京の土御門家を訪れた嘉津間。彼がそこで見たものは、己の強すぎる通力を暴走させて苦しむ気弱な少年・晴雄の姿でありました。晴親の依頼で、晴雄にその力との向き合い方を教えることとなった嘉津間は、晴雄を常陸の岩間山に誘うことになります。

 これまで、わずかな場面で描かれた晴雄は、十代半ば(ちなみに今回、嘉津間の語りによって設定年代が明らかに)という若さながら、ひどく落ち着いた、得体のしれぬ器の大きさを感じさせた人物。一方、ここで描かれる彼の姿は、その数年前とはいえ、年相応というにはいささか幼すぎるものがあります。
 その間を繋ぐものが、ここで嘉津間の口から語られるのですが――しかしこの巻から垣間見えるのは、己の強すぎる力に戸惑い、周囲からの疎外感を感じつつも、自分と同様に(そして嘉津間もかつてそうであったように)疎外される通力を持った人々にとっての「星空」でありたいと望む、純粋な少年の姿なのです。

 その姿たるや、同様の経験を持つ明が「ついつい晴雄さまの肩を持っちまうなあ」と語るほどなのですが――しかし彼の元服が近付くにつれて、晴雄の行動には不審なものが現れ、嘉津間を戸惑わせることとなります。
 はたしてその背後にあるものは何か? それはまだわかりませんが、この巻でほのめかされるのは、かつて晴雄が施したという泰山府君の法が絡んでいるということ。この法は確か……


 と、鋼之助たちはほとんど聞き役に回っていたこの巻ですが、もう一つ描かれることとなったのは、月の秘めた恐るべき力の正体であります。今は鋼之助の命を人質のようにして、晴雄の腹心・夜刀川に伴われ、「各地の」殺生石を巡ることを強いられている彼女ですが、そこで命じられた殺生石の封印を解くとは……

 その中で描かれる彼女の力とそれが齎すものには、まさか!? と驚くほかないのですが、しかしそれ以上に謎なのははたして殺生石を解くことが、晴雄の目的と一体どのように繋がるのか、ということでしょう。

 何はともあれ、月と、ある意味それと正反対の力である明と、晴雄と――月と太陽そして星、はたしてその繋がりはこの先どのような形で描かれることになるのか。そしてその中で鋼之助はどのような役割を果たすのか?
 謎だらけで始まった物語は、ようやくその真の姿を見せ始めたように感じられます。


『太陽と月の鋼』第4巻(松浦だるま 小学館ビッグコミックス)  Amazon

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2022.04.20

青木朋『天上恋歌 金の皇女と火の薬師』第5巻 ひとまずの別れ そして舞台は戦場へ

 金の皇女アイラが宋で繰り広げてきた恋と冒険を描いてきた本作も、この第5巻で一つの節目を迎えます。宋の秘密兵器開発も絡んだ宋の後継者争いに巻き込まれ、白凛之が仕える皇太子のために力を貸すことになったアイラ。一方、遼との戦いが激化する中、思わぬ事態から物語の舞台は金に移ることに……

 親善大使として宋に残って暮らす中、康王とともに宋の火薬を使った新兵器の秘密にまつわる争いに巻き込まれたアイラ。初めは自分たちが新兵器を開発しているという第三皇子のウン王の言葉を信じた二人ですが、真実は皇太子が担当している新兵器開発を、ウン王が妨害していたと知ることになります。

 さらにウン王の妨害はエスカレートし、放火により焼け落ちてしまう工廠。皇帝に直訴しようとしたアイラも、円珠の秘密を握ったウン王が康王を揺さぶったために断念することに……


 というわけで、口封じに自分に毒を盛ろうとまでしてきたウン王の卑劣な策略にもめげず、凛之たちを助けるため奔走するアイラたちの姿が描かれるこの巻の前半。

 しかし新兵器のために最も重要な原材料が焼け落ちてしまい大ピンチという状況に、さすがにアイラが協力できるはずもなく――とおもいきや、という展開はいかにもお話的に感じますが、なるほどこういう効用があったのか! という打開策は、女性主人公ならでは――といっても許されるでしょうか。
(恥ずかしながら、現代でも使用されているとは知りませんでした……)

 さて、不承不承手を康王も力を貸して、ついに迎えた皇帝の親閲式での新兵器お披露目ですが――その成否もさることながら、ここで印象に残るのは、皇帝の側近くに仕える者たちの顔ぶれであります。
 宰相にして最高実力者の蔡京、その息子で徽宗の最側近の蔡居安、宦官ながら軍事のトップの童貫――とこの時代を舞台にした物語ではお馴染みの面々。特に童貫はこういうビジュアルになるのか! と感心させられます。

 しかしもう一人気になるのは、皇帝の秘書というべき内省夫人の閻月琴――怜悧な美人という印象の彼女は、なんと凛之の元許嫁! この月琴、どうやら宮廷のかなり後ろ暗い部分にも関わっているらしく、凛之との過去も含めて、この先、注目のキャラというべきでしょうか。
(ちなもに凛之の真の姓が今回語られましたが、この時代でこの姓、そして今は没落しているということは、彼の縁者は……)


 さて、皇帝と皇族だけでなく、この国を実際に動かしている者たちの登場に、本作が歴史ものであることを再確認させられた思いですが、この巻の後半では、さらに歴史が動き始めることになります。
 いよいよ遼を圧倒する金軍を率いる、アイラやウジュ、オリブたちの父である金国皇帝。その父が病に倒れたという思わぬ報せに、アイラは急遽金に帰国することになるのです。

 しかし遼と金・宋の戦いがいよいよ佳境に入った上、もともと金と宋も(特に後者は)互いを窺い合う状況。そんな中で皇帝が病に倒れたと知られるわけにはいかないのは言うまでもありません。
 かくて、凛之はもちろんのこと、宋の人々には祖母が倒れたという名目で宋を離れたアイラ。しかし蔡居安は、康王を見舞いに向かわせるという名目で、(康王本人にはそれと知らせぬまま)、金の内情を探らんと企むのでした。

 一方、金が遼に攻勢を強める中、宋のみ手をこまねいているわけにはいきません。金との盟約に従い、遼の首都・燕京を攻めることとなった宋軍ですが、その決め手として、凛之たちも新兵器を携えて戦場に向かうこととなるのです。


 これまでは宋の国内、それも皇室が中心ということで、作中では直接的にはほとんど描かれてきませんでしたが、アイラの物語の背後では、三つの国の激しい戦いが繰り広げられてたのは史実が示すとおり。
 この巻の後半の展開は、その戦いが、ここからアイラ自身の物語に関わってくるということなのでしょう。

 そして歴史の中で金と宋という国が、そしてそこに暮らす人々がどのような運命を辿るかも――そしてその過酷さも、我々は知っています。そこでアイラが、凛之が、登場人物たちがどのような役割を果たし、どのような結末を迎えるのか――いよいよ物語は佳境に近づいているというべきでしょうか。


『天上恋歌 金の皇女と火の薬師』第5巻(青木朋 秋田書店ボニータコミックス) Amazon

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2022.04.07

伊藤勢『瀧夜叉姫 陰陽師絵草子』第3巻 現在と過去を行き交う物語

 もはや漫画版というより伊藤勢版と言ったほうが正しい気がする『瀧夜叉姫』第3巻であります。同時多発的に起きていた怪異の数々はついに一つの過去に集約され、現在と過去、二つの時代を舞台に、物語は展開していくことになります。

 この巻の冒頭で語られるのは、後に一族が様々な鬼と関わる源経基の夢の中に、夜毎現れては彼の体中に太い釘を打っていく女の怪。これで、この物語において怪異や奇怪な事件に巻き込まれた人々は、五人目になります。

 「盗らずの盗人」に襲われた小野好古と俵藤太
 蘆屋道満でも手をつけかねる奇怪な瘡に悩む平貞盛
 盗らずの盗人を引き連れた姫との因縁があるらしい浄蔵
 そして夜毎の呪詛に悩まされる源経基

 これだけ怪事が続けば、さすがに晴明もとぼけているわけにもいかず、そして晴明と博雅の前に現れた賀茂保憲が、晴明秘蔵の酒を奪う――じゃなくて藤原師輔が五頭の蟒蛇に襲われたことを語るに至り、ついに彼らの共通点が、晴明と保憲の口から語られることになります。
 そう、二十年前、新皇を称して関東で乱を起こした平将門と関わりがあったという共通点が……


 というわけで、ついに語られることとなった将門公の名。この巻の後半ではいわゆる平将門の乱に至るまでと、その結末(の一部)が、かなりのページ数を割いて語られることになります。

 関東において、平氏の一族の内紛が続発し、そしてその中心にあった将門がついに蜂起、新皇を名乗って坂東八州を攻め従えた末に討ち滅ぼされた――要約すれば数行ですが、しかしそこには数々の人々が関わり、そして彼らの思惑が複雑に絡み合っています。
 その絡み合った糸を本作は丹念に描いていくのですが――そこに見え隠れするのは将門公ではなく、彼と共に行動したという興世王の姿。この正体不明の人物を、本作は乱の火に油を注いだ地獄の道化師として描きます。

 この興世王の不気味さと凶人ぶりたるや、胸が悪くなるほどですが、しかしそのデザインたるや、そうきたか、と言いたくなるようなもの。
 この巻で表紙を飾りつつも、本編の出番はごく僅か――しかしもちろんインパクトは抜群――の将門公と合わせ、この先描かれるであろう本格的な暴れぶりが今から恐ろしい、と言うべきでしょうか。

 そして過去といえば、この乱の直後に京で起きた、百鬼夜行による惨劇もまた、この巻では描かれることになります。
 この百鬼夜行は、第1巻の冒頭、幼い晴明たちが遭遇したものであり、そしてここで描かれたのはその直後の出来事という繋がりが見えてくるのも興味深いのですが――この辺りの物語の全体像が見えてくるのは、まだ先であります。


 その全体像ももちろん気になるわけですが、しかしそれはそれとして見逃せないのは、やはり本作ならではの晴明と博雅の関係性でしょう。

 原作ではスルーされてきた、一介の得業生と殿上人(というより皇族)という二人の身分の大きな違い。本作はそれををクローズアップし、ある種の緊張を孕んだやりとりを描きます。
 表面上(?)博雅の身を気遣う晴明と、晴明のことは開けっぴろげに信頼する博雅と――それぞれ一方通行なような微妙に通じ合っているような二人の関係。しかしそれはそれで気のおけない間柄が浮き彫りになっていて、原作とはベクトルが異なりつつも、実に「らしい」関係だと感じます。

 そして考えてみれば、原作そのままではないにもかかわらず「らしさ」が濃厚に感じられるというのは、本作全般に漂う空気でもあるわけで、主人公二人はまさにそれを体現しているとでもいうべきでしょうか。

 それにしてもこの巻の終盤、源経基の屋敷で、梁の上の呪詛を探すために平然と博雅の肩を踏み台にする晴明と、それを事もなげに許す博雅というくだりがあるのですが――人前でこれをやるというのは、ある意味大変ないちゃつきっぷりなのでは……


『瀧夜叉姫 陰陽師絵草子』第3巻(伊藤勢&夢枕獏 KADOKAWAヒューコミックス) Amazon

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2022.03.29

鶴淵けんじ『峠鬼』第5巻 鬼に秘められた謎? そして地球で一番高い山へ!

 まだ神々が辛うじて人の前に姿を現していた時代、一言主と会うために旅を続ける役小角とその弟子・妙と善の旅も新展開であります。一言主がいるという「地球で一番高い山」――その驚くべき正体を知り、かの地に向かうため、月夜見命のもとを目指す一行。しかしその途中、意外な者たちと出会うことに……

 姿を隠した一言主と会うための各地の神器を求める旅の末、一言主の座す葛城山に戻ってきた小角。しかし葛城山の頂上には、一言主の姿は既になかったのであります。

 そこで道を分かった老師との激闘を辛うじてくぐり抜けた小角は一言主が「地球で一番高い山」にいると知るのですが――しかしそれがどこなのか、そしてどうすれば行くことができるのか? 
 その答えを知るために神在月の出雲に向かった一行は大国主命と対面、向かうべき地が、夜空に輝く「月」だたと知るのでした。

 というわけで、全く思いもよらぬ地を目指すことになった小角一行。我々現代人のセンスからすると、「地球で」にカウントして良いものか疑わしい気もしますが、月は地球の一部だったというジャイアント・インパクト説もあるわけで、それはそれで納得です。
 そして日本神話で月の神といえばそのものズバリ、月読命(本作では月夜見命)がいるわけですが、しかし大国主命たちが国津神である一方で、月夜見命は天津神。いわば宿敵同士で、大丈夫かと思っていたら……

 と、実はこの巻の冒頭で描かれるのは、後に言う天孫降臨によって繰り広げられた国津神と天津神の戦い。そこで描かれる、「今」とはうって変わった大国主命の姿にも驚かされますが、さらに衝撃的なのは、天津神たちのデザインです。本作における国津神たちは、動物や昆虫をモチーフとしていましたが、天津神はこうなるのか――と大いに驚かされました。


 さて、何はともあれ、その時の因縁を元に出雲の深山におわす月夜見命に渡りをつけてもらった小角一行ですが、その途中、思わぬ者たちの襲撃を受けることになります。

 それは鬼たち――つまり善と同類ですが、しかし本作の鬼は、人喰いを行った末に角が生えた、異形の者たちであったはず。そして、小角たちはこの「歩の鬼」の里に連れて行かれるのですが……
 しかしそこで待っていたのは、これまで出会った鬼とは全く異なる、角があるほかは人間と何ら変わりの無い者たち。そして本当に普通の人間であるその頭・義学から、小角は意外な真実を聞かされることになります。

 物語のタイトルに冠された言葉であり、メインキャラの一人である善の背負った呪われた宿命である鬼という存在。しかし数々の神々が登場する本作では、正直なところその存在感は薄れがちであったように感じます。
 それがここに来て、意外な形でクローズアップされるとは――まだまだこの物語には謎が多いと痛感させられます。


 そしてようやく月夜見命と対面する一行ですが――ここで登場する月夜見命のビジュアル(特にその出現シーンの強烈さたるや!)と、その言動は、その語る内容に負けず劣らずのインパクトがあります。

 本作に登場する神々は、時に人間と似た姿を取り、人間と意思疎通が可能でありながらも、明らかに人と異なるメンタリティを持つ存在として描かれてきました。その点はこの月夜見命も同様ですが、そのレベルが一段高い、とでも表することができるでしょうか。
 「神」をテーマとした物語の中でも、本作はそのセンスにおいて飛び抜けたものがありますが、それを再確認させられた思いです。

 それはさておき、この月夜見命の力により、三人は新たな道に向かうことになるのですが――ここでまさか! という展開に。いやはやこれは大変なことになってしまった――これはもう、そう申し上げるほかありません。


 そしてこの巻の巻末には、幕間として、第2巻に登場した東宮を主人公としたエピソードが掲載されています。

 東宮というだけにやんごとない身の上ながら、今は僧形で吉野離宮に住まう彼の過去とその心中にあるものを、彼の兄との複雑な関係と絡めて描くこのエピソード。
 東宮と兄が誰なのかは明白ですが、本作はこの先、東宮を中心に大きな展開を迎えることになります。そしてそれが小角たちの運命にいかなる影響を与えることになるのか――全く予想がつかないだけに、この先の展開が気になって仕方ないのです。
(個人的には、本作の舞台となる年がここではっきりわかったのが嬉しかったり……)


『峠鬼』第5巻(鶴淵けんじ KADOKAWAハルタコミックス) Amazon

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2022.03.21

千葉ともこ「長相思」 二人の酒客が酒に見たもの

 唐代の安史の乱を題材とする『震雷の人』でデビューを飾った作者が、その少し前の時期を舞台として描く短編であります。杜甫に長安でのことを問われた李白が語る、ある「美少年」との出会いとは……

 酒の席で、李白が言い出した降霊に付き合うこととなった杜甫。亡くなったある女の話をしてその魂魄を呼ぶという李白は、十五年前の長安での出来事を語り始めます。

 とある老医師を探して西市を歩いていた中、さる名門から吏員の家に嫁いだばかりだったという女を看取ることとなった李白。青梅花が描かれた紙を託されたものの、誰に渡すかは聞けなかった李白は、馴染みの妓女から、粋人で知られる名門の当主・崔宗之を紹介されることになります。

 崔宗之の案内で訪れた酒楼で、女が別の相手に求婚しようとしていたことを知った李白は、崔宗之の助けでその相手を突き止めるのですが――その正体は思いもよらぬ人物。
 李白はその人物から聞いた真相を織り込んだ詩を詠み、崔宗之を通じて皇帝に献上しようとするのですが……


 本作のタイトルである「長相思」は、長く互いに想い続けることの意ですが、ここでいうのは李白の詩の一つ――長安での過ぎ去った愛の記憶を詠う切ない作品であります。
 その誕生秘話というべき本作は、杜甫と李白ともう一人の人物が降霊を行う「現在」と、杜甫がその際に語る十五年前の長安での出来事が並行して語られるという、なかなか凝った構成の一編です。

 謎めいた出来事の真相を解き明かそうとすると同時に、世に受け容れられようともがく李白の姿が語られる――そしてそれは、冒頭で立身のために長安に向かおうとする杜甫への、ある種の餞別とも感じられるのですが――一方で、本作が描くのはもう一人の天才の姿。
 それこそが「当代一の美少年」と謳われた崔宗之――実に、日本の清酒「美少年」の由来となった人物であります。

 李白とは対照的に名門の出身、そして己の地位と才を恃んだ傲岸な人物として描かれる彼のキャラクターそのものも面白いのですが――さらに印象に残るのは、そんな正反対の、そして不器用な点では共通する二人の交流と、彼らを待つままならぬ運命でしょう。

 ともに当時の名だたる酒客と称された彼らが、酒に何を求めたのか、酒に何を見たのか――そんなことを考えさせられます。


 ちなみに杜甫の詩「飲中八仙歌」は、彼ら二人を含む八人の酒客を謳った有名な作品ですが、本作はその「飲中八仙歌」を題材とする連作の第一作とのこと。

 まだ現時点では本作が発表されているのみですが、この先描かれるであろう物語も期待したくなる――そんな逸品です。


「長相思」(千葉ともこ 「小説新潮」2021年6月号所収) Amazon

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2022.02.25

士貴智志『どろろと百鬼丸伝』第6巻 木曽路に集う親と子たちの姿

 醍醐の隣国・木曽路で、多宝丸の助けも会って妖刀似蛭を倒し、耳を取り戻した百鬼丸。どろろを間において和解した兄弟ですが、そこに二人の父・醍醐景光と妖馬・ミドロ号が姿を現すことになります。新たな犠牲者が出る中、親と子の相剋が様々な形で描かれることに……

 国境でのばんもんから、隣国の木曽路領に文字通り流れた百鬼丸とどろろ。そこで邪悪な長者・サンセウ太夫、そして姉の仇である太夫を付け狙う田之介と出会った百鬼丸は、太夫に憑いた妖怪を斬ることになります。
 そして田之介のもとにあった死霊憑きの妖刀・似蛭と対峙した百鬼丸は、生きていた多宝丸の言葉で辛くも似蛭に勝利。己の耳を取り戻した上、やはり生きていた寿海とも再会して……

 と、これまで幾筋も描かれていたキャラクターたちのドラマが、木曽路において一点に集まった感のある本作。そしてこの巻では、一巻丸々を使って、この木曽路で様々な親と子の姿が描かれることとなります。


 力を貸した形になったものの、一度命をやり取りしたわだかまりはそう簡単には解けない多宝丸と百鬼丸――と思いきや、どろろが間に入ったことで不思議と空気が和らぎ、少しずつ歩み寄り始めた二人。
 そうなれば共に寿海に助けられ、片や父と、片や師と仰ぐ者同士――ある意味、血の繋がった兄弟であるという以上に――その心の距離は近いといえるのかもしれません。

 そしてそこにもう一人の親が現れます。それはどろろの父親である火袋――本作においては生まれてすぐに川に流された百鬼丸を救い、寿海に託したという因縁を持つ彼が、数奇な運命の果てにどろろと再会することになるのです。
 が、その次の瞬間、あまりにも無惨な形で引き裂かれる二人。そして引き裂いたのは、ミドロ号に乗った醍醐景光……


 というわけで、この木曽路の地に集うことになった、数奇な運命の親子たち。
 醍醐景光と百鬼丸
 醍醐景光と多宝丸
 寿海と百鬼丸
 火袋とどろろ
 ミドロ号と仔馬
 血の繋がった親子、あるいは血の繋がりはなくとも心の繋がった親子、そして血の繋がりはあっても心の繋がらぬ親子――様々な形の親子が一同に会し、その因縁が幾重にも絡まり合い、親が子と、親が親とぶつかり合う姿は、ただ圧巻であります。

 そしてその中心に在るのが、醍醐景光であることは言うまでもありません。百鬼丸を生贄に死霊の力を得た景光は、これが赤子の時以来の対面だったかと思いますが――過去の行為を悪びれない、というのはまだしも、むしろあれだけのことをしていながら、ある意味普通の親が子に接するような態度を見せるのがおそろしい。
 既にその身は人間ではないようですが、むしろ真に人間ではないのはその心なのか――という印象を受ける景光の存在は、百鬼丸の育ての親である寿海とは実に対照的というべきでしょうか。

 そしてそんな景光に対して、ある意味百鬼丸以上に反発し、敵愾心を燃やすのが多宝丸であります。彼の子として長きに渡り暮らし、百鬼丸ほどでないにせよ、その身を死霊に捧げてきた――それにもかかわらず、結局心が繋がっていなかったことが、多宝丸にとってどれだけ許せないことであったか。
 この巻で見せる彼の激情は、その悲しみと絶望の深さを感じさせて余りあるものがあります。

 正直なところ、景光と息子たちに比べると、ミドロ号と仔馬のドラマが――こちらも親と子という点では複雑なものを持つ助六の存在を絡めつつも――少々影が薄くなってしまったのは、いささか複雑ではありますが……


 何はともあれ、百鬼丸と多宝丸それぞれが己の真の敵を見極めることとなったこの巻。その一方で、どろろはこの先どこに向かうのか(どろろの中のあれは一体……)というのも気になるところであります。

(そして魂念力という言葉を見て、鳥海尽三の小説版を思い出したり……)


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2022.02.18

上田秀人『辻番奮闘記 四 渦中』の解説を担当しました。

 本日発売の『辻番奮闘記 四 渦中』(上田秀人 集英社文庫)の解説を担当しました。平戸松浦藩の藩士・斎弦ノ丞が「辻番」として奮闘を繰り広げるシリーズ、約二年ぶりの新刊です。

 時は江戸時代前期、島原の乱後――外様大名への締め付けを強める幕府へのポイント稼ぎのため、辻番を強化することとした松浦藩。その一人として選ばれた斎弦ノ丞は、乱のきっかけとなった寺沢家と松倉家が引き起こした事件に相次いで巻き込まれることになります。
 一歩間違えれば松浦家を巻き込みかねないこれらの事件の影響を最小限に食い止め、出世した弦ノ丞は、平戸に帰国することになりますが――折しも松浦家が新たに長崎警固の助役を命じられることになったことから、その下調べとして長崎に派遣されるのでした。

 しかしそこでも騒動に巻き込まれた弦ノ丞は、なんとなんと長崎奉行から長崎辻番を命じられることに――というのが、シリーズ第三作までの物語。本作ではこの展開を受けて、斎弦ノ丞と仲間たちの長崎での奮闘が、いよいよ本格的に始まることになります。

 ここで舞台となる長崎は、平戸にあったオランダ商館が長崎に移転され、にわかに活気付いた時期。それに加えて島原の乱の余波で、日本脱出を試みる切支丹たち、あるいは幕府への怨念を抱く浪人たちが流入して、一気に治安が悪化――と、何が起きてもおかしくない町になった、というシチュエーションがユニークであります。
 それに加えて、松浦藩と長崎を結ぶある暗部(これが史実ながらこれまであまりフィクションの題材となったことのない事件)がクローズアップされ、それがさらに江戸にまで繋がり――と、地方(外様大名)と中央(幕閣)との間の緊張関係が今回も描かれていくことになります。


 解説ではこの辺りの題材選びの妙、構成の面白さ等に触れましたが、もう一つ、昨年が作者が『将軍家見聞役元八郎 竜門の衛』でデビューしてから二十周年という一つの節目であることに着目しました。
 現在が作者にとって新たなフェーズにあること、そしてそこにおいて何が描かれようとしているのか、という点に持論を展開しています。

 初めての上田作品の解説ということで、そして二十年来のファンとしての想いも込めて、これまでの振り返りも入ったちょっぴり概論的な内容――といいましょうか、解説の方もぜひご覧いただければ幸いです。 どうぞよろしくお願いいたします。


『辻番奮闘記 四 渦中』(上田秀人 集英社文庫) Amazon

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2022.02.16

「コミック乱ツインズ」2022年3月号(その一)

 「コミック乱ツインズ」3月号は、表紙及び巻頭カラーが、連載100回の『鬼役』。特別読み切りは有賀照人&富沢義彦『玉転師』であります。今回も印象に残った作品を一つずつ紹介いたします。

『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 権力の座から転がり落ちつつある中で、金からも縁遠くなってきた間部越前守。玉落ち――すなわち家臣に扶持米を支払った直後の手元不如意の状態に付け入るように、紀伊国屋の配下が近寄ります。
 一方、紀伊国屋本人は、死の床の柳沢吉保から、将軍家継暗殺を命じられることになります。しかし江戸城内の奥も奥に居る将軍暗殺とは、いくら紀伊国屋でもさすがに渋い顔であります(渋い顔で済むのだからスゴいといえばスゴいですが)。現在進行形の米相場の操作といい、相変わらず本作のジョーカーというべきでしょうか。

 一方、我らが聡四郎はといえば、給料日後に楽しく一杯――って、その辺の煮売屋に裃付けて入るのにはさすがに驚きますが、しかしここで食べる煮物がやたら美味そう……(さすがは『そば屋幻庵』の作者)
 というのはさておき、その聡四郎をゆさぶるため、町の破落戸を誘導したのは、何だか久々な気がする永渕。しかしそこらの破落戸相手に聡四郎が屈するはずもなく、ステゴロ殺法炸裂! ある意味剣術よりも痛そうな技の連発で破落戸を鎮圧し、自らの身分を明かして自身番に引き渡した聡四郎に対し、永渕は表の顔である目付として対峙しようと――あっ、目付として働くシーンほとんどないからこの人の職忘れてた、というところで次回に続きます。


『玉転師』(有賀照人&富沢義彦)
 創意溢れる時代ものをはじめとして、ユニークな漫画を次々と仕掛ける富沢義彦が、私の世代的には『舞って!セーラー服騎士』の有賀照人と初めて組んで描くのは、玉転がし(女衒)ならぬ玉転師――「玉」を磨いて売る三人組を描く短編であります。

 破落戸に一両で買われた少女・お篠を助けた狂歌師・稲城東豪。素手の武術の達人・十郎、元・明和三美人の一人で介添え女のお芳と組んで玉転師を名乗る東豪は、お篠を外見だけでなく内面まで磨き上げ、竹細工物の大店の跡取りの嫁の座につけようとするのですが……

 というわけで、一風変わった、そしてちょっと艶っぽい裏稼業ものというべき本作。艶っぽい話も裏稼業ものも、本誌にはこれまで様々な作品が掲載されていますが、さすがにベテラン同士がコンビを組んだだけに、画も物語も水準をだいぶ上に行く印象であります。
(それにしても明和三美人の中でも蔦屋お芳を出してくる辺りが、実にこの原作者らしい)

 ただ、いかにも曰く有りげな三人のキャラが、お芳以外あまり掘り下げられていないのは勿体無いところで、善玉とも悪玉ともつかぬ玉転師たちのさらなる登場を期待したいところであります。

 ちなみに富沢義彦原作の時代ものは、先日発売された「週刊漫画ゴラク」2022年2/18号で、こちらは以前から組んでいる、たみを作画に『辰女 浮世絵人情絵巻』が掲載されています。
 こちらもちょっと艶っぽい人情ものですが、主人公の設定がやはりこの原作者ならではのひねりの効かせ方で、一読をお勧めします。


『殺っちゃえ!! 宇喜多さん』(重野なおき)
 主たる浦上宗景から、同族の浮田国定討伐を命じられた直家。ここは一気に仕留めて名を挙げるチャンス――と思いきや、名城たる砥石城に依る国定に大苦戦。この回の冒頭でいきなり四年経っていたのには驚きました。

 というわけで十代後半を丸々費やした浮田国定討伐ですが、戦を繰り返しながらも国力を蓄えてきた直家はついに勝利。しかし長きに渡り多大な犠牲を出した直家は、正攻法では埒が明かないと気付き――と、ここでアレに目覚めてしまうのか!? という不安と期待を感じつつ、次回に続きます。


 長くなりましたので、後半はまた明日。


「コミック乱ツインズ」2022年2月号(リイド社) Amazon

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「コミック乱ツインズ」2022年1月号(その三)
「コミック乱ツインズ」2022年2月号(その一)
「コミック乱ツインズ」2022年2月号(その二)

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