2020.08.09

金子ユミ『千手學園少年探偵團 図書室の怪人』 永人の前の呪いと謎と問いかけと

 大正時代、良家の子弟が集まる名門私立・千手學園に突然放り込まれた少年・檜垣永人と仲間たちが繰り広げるユニークな探偵譚の第二弾であります。今日も奇怪な呪いの噂が飛び交う學園で、永人が見た真実とは、そして突然示された人生の岐路での永人の選択は……

 浅草で母と暮らしていたところを、突然千手學園に通わされることとなった永人。実は彼は大蔵大臣の庶子――実家とは無縁の扱いだったものの、學園に通っていた檜垣家の嫡男・蒼太郎が謎の失踪を遂げたことから、彼の代わりに引っ張り出されたのであります。
 學園の奇妙な噂や人間関係、自分に対する嘲りや好奇の目に反発する永人。しかし彼の型にはまらない破天荒な行動は、やがて周囲の人々を惹き付けていくこととなります。

 かくて、双子の兄で探偵小説好きの来碕慧、その弟で寡黙に兄を支える昊、用務員一家の一人娘で學園内では男装している乃絵――そんな面々と成り行きから(本人は非常に不本意ながら)少年探偵團として活動することとなった永人は、學園の奇怪な噂の裏側にあるものを次々と暴いていくことに……

 というわけで、本作においても、永人たちは次々と奇妙でユニークな事件に挑むことになります。

 図書室の書架の間で迷子となり衰弱死した生徒の魂が二つの目になってさまようという図書室の怪人の騒動に巻き込まれた永人が、思わぬ秘密の存在を知る「図書室の怪人」
 絵画展で特選を受賞し銀行のロビーに飾られることとなった生徒の絵画が、写生会の最中に忽然と消失する「美術室の想い人」
 薔薇の花が恋した生徒の恋人を食らったという噂が残る温室で見つかった、人型に盛り上げられた薔薇の花びらの怪と、奇妙な言動を見せる絶世の美少年の想いが意外な形で交錯する「温室の地図」

 どの事件においても、背景となる學園の噂の奇妙さ・奇怪さや、登場するゲストキャラクターたちの個性の強さ(特に「温室の地図」の美少年・比井野のキャラクターはあまりに強烈!)など、前作でも魅力的であった要素は、今回も健在。そしてそれとともに謎解き部分の面白さも、大仕掛けなトリックあり、人間の心理の綾ありと、よりパワーアップした感があります。

 そして何よりも、謎や難物たちにべらんめえ調にぶつかっていく永人の言動が実にいいのですが――しかし本作は、単純明快で、痛快一辺倒の物語で終わるわけでは決してありません。むしろそれとは反対に、重く苦い後味を感じさせる部分が少なくないのです。


 謎に挑み、解き明かすの過程で、そしそのて真相において永人が垣間見るもの――それこそは、ひどく生々しく、そして秘め隠された人の情であります。それは、当時の日本のエスタブリッシュメントを輩出する学び舎には不釣り合いな、毒々しい欲望と本音であり――その存在は、複雑な立場に在る永人の心を大きくかき乱すことになります。
 そう、事件の数々を通じて永人が対峙するのは、自分の生きたいように生きられない世の中のままならなさであり、そして自儘に振る舞い持たざる者を嘲り見下す人々の存在です。そしてそれらこそは、永人もまた苦しめられてきたものにほかなりません。そんな中において、どうすれば胸を張って、自分らしく自由に生きていくことができるのか――それは特に永人の年頃においては普遍的な問いかけであるかもしれませんが、しかし本作においては、その時代背景と謎の数々を通すことにより、より鋭く厳しいものとして浮き彫りになっているのです。


 しかし本作は、その問いかけを投げかけるだけで終わってしまうわけでは――今の現実が絶対であると語るだけでは終わりません。
 本作の掉尾を飾る「回廊の白蛇」――浅草の母のもとに帰れるという檜垣家の「姉」の言葉に揺れる永人の想いと、それを目撃したものは呪われるという、深夜に寄宿舎の廊下を這い回る巨大な白蛇の謎を巡る物語の中で描かれるのは、その答えの一端であり、そして永人が歩むべき道なのですから。

 もちろんその内容をここで述べることはできませんが、本作で数少ない本物の「大人」(散々永人を振り回す陰謀家の生徒会長・東堂を感じ入らせる場面は圧巻!)の口から語られるそれは、永人にとって、そして我々にとっても一つの希望であり――そしてそれこそが本作が学び舎を舞台として描かれる所以であると、述べることはできるでしょう。

 そして永人の學園生活は――すなわち探偵團の活動は、この先も続くことになります。
 しかしまだまだ學園には奇怪な謎が蠢き、東堂たちの腹の中もまだまだ底が知れません。そんな中で永人が何を見るのか――9月に発売予定の第三弾にも期待が高まります。


『千手學園少年探偵團 図書室の怪人』(金子ユミ 光文社キャラクター文庫) Amazon

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2020.08.07

諸星大二郎『無面目・太公望伝』 神とは何か、人とは何かという問いかけへの二つの答え

 数多い作者の中国ものの中でも、特にファンの評価が高い二編――前漢の武帝の時代に一人の神の辿る運命を描く『無面目』、それより遡った殷周の時代に名軍師として知られる呂尚の姿を描く『太公望伝』、どちらも古代中国を舞台に、人と神の存在をそれぞれの視点から描いた物語であります。

 一作目の『無面目』とは、顔に目のない――いや口も鼻も耳もない存在、渾沌のこと。この物語は、天地開闢のことを論じていた南極老人と東方朔の二人の神仙が、その頃から瞑想に耽っている渾沌に、当時のことを尋ねてみようと訪ねたことから始まります。
 しかし渾沌に会ったはいいものの、口のない彼は話すことはできません。そこで東方朔は、自分の知るある男をモデルに渾沌に顔を描いてしまうのですが――何とその顔は実物となった上に、下界に興味を持った混沌は瞑想していた山から下りてしまったのです。

 人界のことに馴れぬため、ちょっとしたことから獄に繋がれてしまう混沌。ところが彼が武帝お気に入りの方士・欒大と瓜二つであったことから――そう、東方朔は彼をモデルにしたのです――彼と周囲の運命が大きく動き出すことになります。
 当時宮廷で勢力を二分していた皇太子・劉拠派と、武帝の寵姫・李夫人の兄である李兄弟派――そのうち皇太子派によって、李兄弟に近い欒大の替え玉に据えられてしまった渾沌。はじめは成り行きに流されるばかりであった彼は、やがて神の視点から、人間たちの権力闘争に興味を覚えていきます。

 やがて自分を利用しようとしていた者たちを逆に利用し、ゲーム感覚で人々を惑わせ、陥れて権力と財をほしいままとする渾沌。酷吏の江充と結び、両派が巫蠱による暗殺合戦を行っていたことから引き起こされた「巫蠱の獄」は、国中を疑心暗鬼に陥れ、やがて兵乱にまで繋がることとなります。
 そんな中、神の力を持つ者として、江充も帝をも恐れず振る舞う渾沌ですが、あることがきっかけで死を恐れるようになり……

 中国神話に様々な姿で現れる、まさに渾沌とした存在である混沌。しかし最もよく知られるのは、荘子の「渾沌七竅に死す」ではないでしょうか。
 目鼻口耳のない渾沌のためを思ってそれら七つの孔を開けたところ、逆に渾沌は死んでしまった――という一種の寓話ですが、本作はこの短い文章をベースとしつつ、前漢の武帝の時代の史実を絡めて縦横無尽に物語を展開していくことになります。

 何よりもユニークなのは、いうまでもなく渾沌――ある種の純粋な知性として瞑想に耽っていた彼が、七つの孔を得て人間たちの中で暮らすうちに、やがて人間以上に人間臭く、宮廷の権力闘争の中でのし上がっていくという皮肉でしょう。
 この辺りは、一種のピカレスクロマンの味わいすらありますが――しかし物語はそれだけに終わりません。

 人間の顔をした神としてこの世に恐れるものなどなかったはずの渾沌が唯一恐れたもの。そして彼を絶望させたものとは何であったか――宮廷での彼の姿とは正反対でありながら、しかし同様に極めて人間的な存在となった彼の辿る運命は、荘子に記されたそれとは大きく異なりつつも、しかし同じ皮肉さと虚しさ、そして物悲しさを感じさせるのです。

 神とは何か、人とは何か――その問いに、伝奇物語の形で見事な答えを示した一編です。


 もう一遍の『太公望伝』は、いうまでもなく周の文王の軍師として殷の紂王を討つのに多大な功績を挙げた太公望こと呂尚の物語ですが――しかし彼が文王に見出されるまでを描いているのがユニークな作品です。
 殷に捕らえられて生贄となる運命から九死に一生を得た呂尚が、放浪する中で出会った謎の「神」。「神」の導きで鈎も餌もない釣り針で龍を釣り上げた彼は、その不思議な体験が忘れられず、その後も「神」と出会うために放浪を続けるのですが……

 上に述べた偉業を成し遂げながら、しかしその前歴は極めて謎の多い太公望。本作はその彼を、老齢に至るまで悩み多く、どこか締まらない、そして実に人間臭い人物として描き出します。その姿には、既にいい年になってしまったこちらとしては身につまされるものが少なくないのですが――それだけに、魂の遍歴の末に彼が知った「神」の正体は、大いに感動的に感じられます。

 そしてそれはまた、『無面目』とはまた異なる角度から描かれた、神とは何か、人とは何かという問いかけへの答えとも感じられるのです。


 神と人の存在を描きながらも、全く異なる物語であり、しかし同時にその根底にどこか通じるものを感じさせる――そんな不思議な二つの物語であります。


『無面目・太公望伝』(諸星大二郎 潮出版希望コミックス) Amazon

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2020.07.19

「コミック乱ツインズ」2020年8月号(その一)

 今月の「コミック乱ツインズ」は、『はんなり半次郎』が表紙&巻頭カラー。『そば屋 幻庵』が久々に復活、『政宗さまと景綱くん』が最終回、その他『かきすて!』『不便ですてきな江戸の町』掲載と、ちょっといつもと変わった顔ぶれであります。今回も印象に残った作品を紹介します。

『はんなり半次郎』(叶精作&篁千夏)
 陶器の継ぎの話をしているところに、求善賈堂に現れた絵師・川原登与助(慶賀)。彼は半次郎に細かく砕いた大皿の、それも二枚分が混じった破片を持ち込み、復元を依頼してきたのでした。一度は無理と思われながら、小夜の努力で見事復元された二枚の絵皿――と、その時乱入してきたのは芹沢鴨、田中伊織(と土方)。芹沢はその皿に、かつてシーボルトが入手した江戸城本丸の見取り図が記されていると決めつけるのですが……

 川原、芹沢、田中(何故このチョイス……)さらには終盤にあと二人と、実在の人物祭りの今回(土方は毎回登場していますが)。お話的には結構シンプルなのですが、半次郎のキャラとシーボルトにまつわる史実を絡めて、ある種の女性の生き方を浮き彫りにしてみせた展開には感心いたしました。
 しかしここに登場した実在の女性は、えらい苦労を背負ったわけではありますが……(そしてうち一人は、後世の漫画やアニメに思わぬ影響を与えた、というのは余談)


『そば屋 幻庵』(かどたひろし&梶研吾)
 そば職人の網五郎から、下総で見つけた「新しい豆」を手に入れた玄太郎。炒ってもゆでても旨いこの豆を使って、新しい蕎麦を作り出そうとする玄太郎ですが、なかなかうまくいかず……
 というわけで、千葉県民にとってはお馴染みすぎるあの豆に玄太郎が挑む今回。なかなか蕎麦を食べてくれない孫のためという下心もあって、あの手この手を試す玄太郎ですが――あ、これは絶対美味しそうという蕎麦が完成するのはいつもの通りなのですが、読んでいて夜中でも蕎麦が食べたくなるのは本当に困る。いや困らない。

 にしてもこちらの登場人物は、皆瞳が明るくてよいなあ――と、『勘定吟味役異聞』との違いに改めて驚かされますが、そちらは次号から新展開で連載再開であります。


『暁の犬』(高瀬理恵&鳥羽亮)
 自分と益子屋、そして唐津藩の関わりが、かつて亡父が江戸家老・拝郷の依頼で家中の罪人の首を斬ってみせたことから始まったと知った佐内。今の自分が、言ってみれば親の代の関わりによって動かされていると知った佐内は、さらに根岸から「おぬしは一体何の為に人を斬る?」と尋ねられて……

 前半で描かれる父・友右衛門の峻厳苛烈な生き方(そして益子屋と拝郷の大人の器量)も印象に残りますが、やはり注目すべきは、後半での自分が何の為に人を斬るのか――言い替えれば、自分の生き方とは何かという問いかけに揺れる佐内の姿でしょう。
 これまで一貫して描かれてきたように、(おしまさんには年相応の顔も見せつつも、)普段はどこか老成した――虚無的とはまた微妙に異なる――雰囲気を漂わせる佐内。それでいて人斬りという血腥い仕事を淡々とこなす彼の姿は、ある種の違和感を生み出していたのですが――何故人を斬るのか、という問いかけは、根岸だけでなく我々の疑問でもあります。

 もちろんそれは金のためであることは間違いありませんが、しかしそれだけのために、恨みもない相手を、自らの身を危険に晒して斬ることができるのか。佐内にとってはそれが当たり前のこととして、彼なりに納得していたわけですが――しかしラストで、何だかそんな彼の心を揺るがせそうな新キャラクターが!
 いかにも○○○○面したキャラを前に、どうする佐内、どうする相良!?(お約束)


 長くなりましたので次回に続きます。


「コミック乱ツインズ」2020年8月号(リイド社) Amazon

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2020.07.15

藤田かくじ『徳川の猿』第2巻 新たなる天狗、その名は相馬……

 太平の時代に次々とテロを引き起こす謎の集団「天狗」に立ち向かう、女性ばかりのカウンターテロ部隊「猿」の死闘を描くバイオレンスアクション漫画の第2巻であります。天狗たちの策謀が激化、巧妙化する中、猿たちの戦いの行方は……

 父の仇討ちのために訪れた江戸で「天狗」のテロに巻き込まれ、「猿」の一員であり、目・耳・口が不自由ながら皮膚感覚のみで異常な戦闘力を発揮する異形の娘・月に助けられた少女剣士・鈴。父が天狗に殺されたことを知った彼女は、自らも猿の一員に――という名目の、月の飯炊きに――加わるのでした。

 猿のメンバーは、月とその妹分であり、鳴らす太鼓の振動で月に情報を送る犬千代に加え、お家を取り潰され今は銭湯で働くくノ一の服部小虎、銭を撃つ銃を操る女岡っ引きのゼニ、表の顔は骨接ぎ師の暗殺者・梅蘭、そして自称・正義の味方の仮面の剣士・獅子丸と実に個性的。
 そして敵である天狗の側も、トーマス・ラッフルズをスポンサーに、モリアーティ少年や正体不明の金髪美女「うつろ舟の女」と妙にワールドワイドな顔ぶれで、この両者によるド派手な戦いが繰り広げられることになります。


 さて、第1巻(とこの巻の冒頭)では、天狗のテロ活動もかなり無計画に感じられるものが多かった――もちろん、そういうものの方が恐ろしかったりもするのですが――のですが、この巻ではより巧妙に、そして大規模になった感があります。

 上で述べたように、幹部クラスは国際色豊かな天狗。しかしこの巻の前半に収録されたエピソードでは、日本人を幹部――十二天狗の一人に取り込もうと策謀することになります。その人物の名は、相馬大作――そう、津軽公暗殺を狙った南部藩士・下斗米秀之進であります。
 そしてこの下斗米秀之進と縁のある人物が、実は猿の中に一人おります。それは獅子丸こと潮――何故なら秀之進と潮はともに、平山兵原(行蔵)の弟子なのですから!

 文政の三蔵と呼ばれた兵法家であり、その行住坐臥においてあまりに苛烈な修行を行ったことで知られる奇人・平山兵原。その彼が対ロシアのために育て上げた「兵器」である(という大いにそそられる設定の)獅子丸。
 そんな彼女であっても、秀之進は単なる同門以上の感情を抱く相手。果たしてその彼女が、天狗の一員となった秀之進と戦うことができるのか?

 と、大いに気になってしまう戦いは、ちょっと思わぬ方向に向かっていくのですが――ド派手なアクションに留まらない、なかなか読ませるエピソードであることは間違いありません。

 そしてこの巻の後半では物語はさらにスケールアップ。というのも、舞台となるのは何と江戸城――時の将軍・徳川家斉を主とするこの江戸城大奥での任務、それも鳥居耀蔵と水野忠邦の依頼によるものに、猿たちは挑むことになるのですから。

 最も寵愛を受けるお美代の方をはじめとする女たちを操る怪僧・日啓(真の名をロシアの怪僧・グレゴリオ抹殺!)。
 その日啓暗殺の任を引き受け、協力者である中臈・お眠の手引きで大奥に入り込んだ鈴・月・犬千代・梅蘭ですが、しかしそこで待ち受けていた思わぬ強敵の前に、あわや猿全滅の危機が……


 と、この巻に収録されているのはこの大奥編の途中まで。主人公格であり、あまりに強烈なキャラクターでありながら、これまでその素性が不明だった月の因縁の相手が登場し、これから戦いはいよいよ盛り上がるものと思われますが――一点だけ気になってしまう点もあります。

 それは、登場するキャラクターや題材に、あまり必然性がないように感じられるものが少なくないところであります。
 月が戦いのたびに脱ぐのは、皮膚感覚を高めるためという理屈で納得できるのですが、例えばこの巻でいえば獅子丸がなぜあんなに肌も露わな姿なのか(しかもそういうものに絶対五月蠅そうな平山門下だというのに)。

 その他にも、何故猿の指揮官は女装した遠山金四郎なのか、何故天狗にモリアーティ少年がいるのか等々――面白いは面白いのですが、では何故これが、と考えてみた時に、何か理屈は欲しいなあと思ってしまうのです。

 これはもちろん、五月蠅いマニアの言いがかりではあり、気にしないで楽しむのが正しいのかもしれませんが……


『徳川の猿』第2巻(藤田かくじ 双葉社アクションコミックス) Amazon


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2020.07.11

細川雅巳『逃亡者エリオ』第5巻 彼らの戦いの理由、彼らが戦いに見出したもの

 エリオと仲間たちの戦い、カスティージャ王位を巡るエンリケとペドロの戦いもいよいよ決戦であります。この最終巻をほとんど全て使って描かれるのはこの決戦の模様――その最中で描かれるエリオたちにとっての戦いの意味は、そしてペドロの向かう先は……

 カスティージャ王位を巡り、いよいよ激しさを増すエンリケとペドロの戦い。自らに指図する母マリアを追放し、ただ一人王としての道を征こうとするペドロと、彼に一度は大敗を喫しながらも、仲間たちと再起を図るエンリケ――対象的な二人の戦いは、ついに決戦の日を迎えることとなりました。
 以前ペドロと結び、エンリケ軍を苦しめた英国のエドワード黒太子がペドロと決別した今こそ好機と、エンリケとエリオ、バルド、デボラ、ゴルディ――固い絆で結ばれた仲間たちは、モンティエルの地でついに対峙することになります。

 と、ここまでくれば、もはやできることは激突あるのみ。エンリケとペドロの一騎打ちから始まった戦いは乱戦に発展し、その中で描かれるのは、戦いに臨む者たちの想い――一人ひとりがエリオと出会った時に比べて変わったもの、変わらぬものを描くエピソードが続くことになります。

 それはすなわち、何のために戦うのか、戦いの中に何を見出すのか? を問うことでもあります。
 厳格な法の守護者であったバルド、「先生」の命じるまま暗殺を繰り返していたデボラ、ひたすら戦いの生を送ってきたゴルディ、そして何よりも拳を弟の血で染めて以来運命に逆らってきたエリオ。この戦いは、彼らにとっての戦いの意味を問うものでもあるのです。

 そして戦いの末、ついに追い詰められたペドロ。これまでとは違った形でエンリケと対峙することを余儀なくされながらも、なおも王として戦おうとするペドロの前に立ったエリオの言葉とは……

 「逃亡者」という言葉をタイトルに冠しつつも、結果的には物語のかなりの部分で、それとは無縁に見えてしまったエリオの生き方(せめてエンリケ軍が大敗を喫した戦いのエピソードが、もう少し詳細に語られれば……)。
 やはり王位を巡る戦いという巨大な歴史の中では、個人の逃亡というものは目立たなくなってしまうものなのか――というこちらの想いは、ここに来て、意外な形で否を突きつけられることになります。

 エリオにとって、逃亡は負けではない。逃亡もまた、己に対して生き方を強いる運命を否定する手段、すなわち戦い方の一つである――そんなことを思わせる彼の言葉に、なるほどそうであったか! と大いに感心させられた次第であります。


 正直なところ、前巻同様、この巻でもかなり駆け足な印象は否めず、とにかく乱戦また乱戦で終わった感はあります。
 上でも触れたように重要な戦いの内容が回想シーンで終わったのも(レギュラーの一人がここで退場しているだけに)残念なところですし、何よりもせっかく新デザインとなったキャラクターたちの活躍をもっと見たかった、という気持ちは強くあります。

 特にデボラなど、新コスチューム自体が彼女の生き方の変化を大きく表すもの――ということ自体は、一話を使って明確に描かれているのですが――だけに、勿体無いと感じます。
(正直なところ馴染めなかったエリオのオールバックも、また印象が変わったかも――というのは考え過ぎかもしれませんが)

 しかしそれでも、ギリギリのところで本作は描くべきものを――各自の戦う意味とその変化を――きっちり描いて終わったことは間違いありません。
 特にデボラについては、彼女自身の内面を描いたものに加えてもう一話、彼女を近くから見つめてきた、しかし非常に意外なキャラクターの視点から描かれているのには――私自身が〇〇好きということもあって――大いに感心した次第です


 かくて終わりを告げた本作。毎回のように人死が――それも景気よく首や胴が飛んで――出た物語ではありますが、その結末はキャラクター一人ひとりが辿り着くべきところに辿り着いた、爽快なものであったと感じます。
 まずは大団円――そう言いたいと思います。


『逃亡者エリオ』第5巻(細川雅巳 秋田書店少年チャンピオン・コミックス) Amazon

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 細川雅巳『逃亡者エリオ』第4巻 弟殺しの真実 そして運命への抵抗へ

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2020.07.10

細川雅巳『逃亡者エリオ』第4巻 弟殺しの真実 そして運命への抵抗へ

 14世紀のカスティージャの王位争いを背景に、監獄帰りの青年エリオと仲間たちの戦いを描く本作も、同時発売されたこの第4巻・第5巻で以て完結となります。まずご紹介する第4巻で描かれるのは、エリオの過去編の続き――彼が監獄に送られることとなった弟殺しの真実であります。

 無実の罪を着せられたララを助けたのをきっかけに、彼女の兄であるエンリケとペドロの王位争いに巻き込まれることとなったエリオ。ペドロに追い詰められたエンリケを助けて窮地を脱した彼は、エンリケらの求めに応じて、自らの過去を語り始めることになります。

 5年前、武術の達人である厳格な父・ビクトルの下で、王衣――王族の護衛を務める武術使いとなるべく、修行していたエリオと弟のパブロ。王位選抜の闘技会に参加することとなった二人は、過酷な予選の末、自分たちを含めた8人によるトーナメントに参加することのなります。
 二人以外の参加選手は、戦場仕込みの技を操る傭兵に、代々王位を務める名門の達人、幼い姿で残酷な技を操る少年や得体の知れぬ美少女と多士済々。

 その第一回戦でそれぞれ勝利を収めたエリオとパブロですが、しかしその戦いぶりは大きく異なります。方や、相手の身に不必要なダメージを与えることなく倒そうとし、試合が終わればノーサイドのエリオ。方や、容赦なく相手を叩き潰し、勝負が着いた後にも相手の命を奪うパブロ。

 そしてこの二人の戦い方は、その生き方の象徴ともいえるもの。お人好しと言えるほど相手のことを慮るエリオと、ただひたすらに力を求め、孤高に生きるパブロと――対象的な兄弟ながら、エリオはそんなパブロを愛し、彼の身を案じるのでした。
 しかしそんな二人に対して、王位としての指名を果たせと厳しく接するビクトル。そしてそれがついにパブロを激昂させ、骨肉の悲劇が演じられることに……


 物語冒頭から触れられていたエリオの罪――弟殺し。それだけに結末は決まっているとはいえ、どのような経緯を経てそこに至るのかが、この過去編の眼目といえるでしょう。
 そして描かれたその悲劇の引き金は、表向きはパブロの暴走に見えますが――しかしそれは、使命や運命といったものに縛られ、己の未来を決められた少年の心の叫びというべきものと感じられます。

 あるいは彼が一人であれば、結果はまた違ったかもしれません。しかし同じものを背負っているはずのエリオはどこまでも明るく人々を助け、それでいて自分には手を差し伸べない――それはあくまでも弟の自由を重んじるがゆえだったのですが――ことが、パブロを凶行に走らせたといえるでしょう。
 だとすれば、その幕を引いたエリオが、運命に――すなわち、自分以外の者に自分の生き方を決められることに激しく反発するのは、むしろ当然とも感じられます。


 と、エリオの過去としては納得の内容だったのですが、一つの物語として見ると、かなり駆け足に感じられたのも正直なところであります。
 このトーナメントの陰に、ララの母の命を狙ったペドロの母・マリアの存在が在ったり、デボラの師である暗殺者の元締め「先生」の弟子がトーナメントに参加していたりと、盛り上がる要素があっただけに、せめてトーナメントがもう少し進んでも――という印象は否めません。

 この過去編の、トーナメントの参加キャラもなかなか個性的であっただけに、結果的にここでフェードアウトになってしまったのも、何とももったいなく感じられるところであります。
(特に、いかにも「先生」の弟子らしかったけれども実は、というあのキャラ)。


 何はともあれ、この巻の終盤で舞台は「現在」に戻り、さらに数年の月日が流れることとなります。
 ペドロに戦いを挑んだものの、敗残の身となったエンリケが、乾坤一擲の大勝負を見せようとする中、それぞれ成長し、新コスチュームとなったエリオと仲間たちは、いよいよ最後の戦いに臨むことに……

 と、残すところはあと1巻、最終第5巻も近々にご紹介いたします。


『逃亡者エリオ』第4巻(細川雅巳 秋田書店少年チャンピオン・コミックス) Amazon

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2020.07.05

岡村星『テンタクル』第1巻 謎また謎に挑む杖術 幕末アクション開幕

 時は幕末、福岡藩で側用人・黒田の元から宝刀を奪った賊を追う命を受けた津春と聡吾。二刀流を操る少女を得意の杖で撃退し、二人が取り返した刀には、想いもよらぬ秘密が隠されていた。その秘密を知ったことをきっかけに相次ぐ人死にと謎の数々。恐るべき事態に巻き込まれた津春の運命は……

 恥ずかしながら連載時にはチェックしていなかったのですが、単行本発売時の「本格幕末ミステリー×異色アクション」という謳い文句に、一も二もなく手に取った本作。なるほど、どこから何が飛び出してくるかわからない、驚きに満ちた物語でありました。

 冒頭から描かれるのは、藩の追っ手を次々と斬殺して逃亡する遣い手を追う二人の青年――一人は医学生の津春、もう一人は城下一の剣士・聡吾。二人は目の前に現れた二刀使いの美少女を得意の杖術で倒したものの、処遇を巡って二人が争う間に、少女には逃げられてしまうことになります。
 それでもそもそもの目的であった刀を取り返した二人ですが――その刀には思わぬ秘密が。その晩、刀の持ち主である側用人の黒田に呼び出された二人ですが、二人に自分の目論みが露見したことを悟った黒田はその場で切腹を遂げることに……


 と、第一話の時点で次から次へと想定外の事態が飛び出す本作。
 さらに第二話では城内に潜んだ真の「敵」の巨大すぎる野望が示され、第三話では更なる秘密の存在と恐るべき刺客の手腕と哀しい別れ、そして第四話では刺客との死闘と「敵」の行動の真意(?)が語られ――と、毎回毎回ラストに衝撃的すぎるヒキが用意されているのですから、息つく暇がありません。

 正直なところ、この巻の時点では、この衝撃的な「事実」の提示に終始している感が強く、「本格幕末ミステリー」というには未だしという印象は否めないのですが、しかしここまで大風呂敷を広げてくれれば、その謎解きが楽しみにならないはずがありません。

 一方、残る「異色アクション」の方ですが――こちらは現時点でなかなかのものであります。そもそも「異色」の理由は何かと言えば、それは主人公の用いるのが刀ではなく、杖である点にと言ってよいでしょう。
 そう、津春の武器は杖――彼は神道夢想流杖術の遣い手なのです。

 神道夢想流杖術といえば、宮本武蔵と死闘を繰り広げたという夢想権之助が生み出した流派。一度は敗れた権之助が、再度立ち会った際に武蔵を破ったという伝承もある武術であります。
 そもそも聡吾はともかく、性格的に向かぬ津春が追っ手に選ばれたのは、このように神道夢想流杖術が、二刀流の天敵とも言うべき流派だから、という設定の時点でシビれるのですが――その独特の動きは、時代ものでメインに扱われることが珍しい技だけに、大いに興味をそそるものがあります。
(基本的に人を殺さぬ技が、津春の性格にマッチしているのも良いと思います)


 さて、「謎」は配置され、それを飾るアクションも用意されました。後はそれを動かして、どのような物語が紡がれるのか――先が全く読めないだけに、楽しみも大きな作品であります。


『テンタクル』(岡村星 白泉社ヤングアニマルコミックス) Amazon

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2020.07.02

ブラッドリー・ハーパー『探偵コナン・ドイル』 ジャックを生み出したもの、ドイルが生み出したもの

 『緋色の研究』を発表したばかりのコナン・ドイルに前首相から舞い込んできた依頼――それはホワイトチャペルを騒がす連続殺人事件の調査に関するものだった。ホームズのモデルである恩師ベル博士、現場に詳しい男装の女性作家マーガレットとともに、「切り裂きジャック」に挑むドイルだが……

 歴史上の実在の人物が探偵役となって事件に挑む、いわゆる有名人探偵ものは枚挙に暇がありませんが、史上最も有名な探偵の生みの親であるコナン・ドイルも、幾度かそうした物語の主人公として(あるいは登場人物として)顔を見せています。
 この非常にストレートな訳題の本作も、もちろんそんな作品の一つ。そして本作でドイルが挑むのは、ホームズ自身が幾度もパスティーシュの中で対決している史上最も有名な殺人鬼・切り裂きジャックなのですから、期待するなという方が無理でしょう。


 初のホームズ譚『緋色の研究』を発表したものの、この先も犯罪小説を書くことに躊躇いを感じていたドイル。そんな彼のもとに舞い込んだのは、前首相グラッドストーンからのロンドンへの招待状でありました。
 内容を示さぬ依頼に興味を抱いたドイルの前に現れたのは、グラッドストーンの個人秘書・ウィルキンズ。かねてよりホワイトチャペルでの慈善活動に力を入れてきた前首相は、近頃連続する残忍な売春婦殺しに心を痛め、科学的な推理によって事件を解決する小説を執筆したドイルに白羽の矢を立てたというのです。

 到底自分の手には負えないと思いつつ、断る口実に、自分の恩師でありホームズのモデルでもあるジョゼフ・ベル博士も一緒ならばと条件をつけたドイルですが、しかしベル博士はあっさりと受諾。
 そしてもう一人、案内人としてホワイトチャペルに住み、貧民の生活に詳しい男装の女性作家マーガレット・ハークネスを仲間に加えた三人は、後に「切り裂きジャック」と呼ばれる殺人鬼を追うことになるのですが……


 というわけで、ドイル自身は「探偵」というよりむしろその助手――すなわちワトスン役を務め、上に述べたとおりホームズのモデルであるベルが探偵役となる本作。そこに実在の作家(恥ずかしながら本作を読むまで存じ上げなかったのですが……)であるマーガレットが加わり、個性的な「三銃士」の冒険が繰り広げられることになります。

 しかし切り裂きジャックとその殺人については――何よりもその最大の謎が未解決ではあるものの――かなり詳細に記録が残され、研究が進んでいます。
 そのために、ジャックの二度目の犯行後から最後の犯行までと並行して展開していく本作においては、大きくフィクションとして膨らませるのは難しい部分があるのも事実であります。

 その点に対して本作は、事件そのものだけではなく、事件の舞台となった土地を、そしてそこに生きた人々と、事件が起こした波紋を、丹念に描くことによって応えていくことになります。
 それはややもすれば事件の背景事情や周辺部分として扱われがちなものといえるかもしれません。しかし本作を読み進めていくうちに、それを知ることが、切り裂きジャックの殺人を理解する上で不可欠であり――そして何が切り裂きジャックという存在を生み出したかの答えでもあるように感じられます。

 もちろん、ジャックは言ってみれば一人の快楽殺人者に過ぎないのでしょう。しかし、その彼に犠牲者を与え、育て上げ、そして跳梁を許してきた要因が確かに存在するのであり――本作でドイルが追うのはジャックだけでなく、その要因の存在なのです。
 そしてその存在を――「最暗黒のロンドン」の姿を最もよく知るマーガレットが、本作において単なる「ヒロイン」にとどまらない、大きな位置を占めるのも実に納得できるのであります。


 そしてまた驚かされるのは、性別・人種・職業に対する差別をはじめとして、ここに描かれたものたちが、まさに現代の、今我々の暮らすこの時代のニュースに連日姿を見せるものであることであります。
 これには大いに暗澹たる気持ちにさせられるというほかないのですが――しかしその中で、本作は一つの希望を描くのです。

 本作の舞台となるのは、ホームズ譚第一作目の『緋色の研究』と第二作目の『四つの署名』の間の時代であります。そこでドイルが見たものが、その後の彼にどのような影響を与えたのか――言い替えればそこから何が生み出され、そこに何が込められているのか?
 結末で描かれるそれを目にした時、本作を手に取るような方であれば、必ずや胸を熱くすることでしょう。人間悪が、社会の腐敗が存在したとしても、それを許さず、戦いを挑む者が確かに存在する――それを本作は高らかに謳い上げてみせるのですから。


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2020.06.13

輪渡颯介『祟り神 怪談飯屋古狸』 凶盗と首縊りの木と――魚屋と!?

 怪談を聞かせると無代になる飯屋・古狸。古狸に今日も通う虎太は、かつて盗賊・蝦蟇蛙の吉一味に住人が皆殺しにされた店で行方不明になった若旦那の謎を調べるため、その家に泊まることになる。さらに、神木が切り倒されて以来、奇怪な首縊りが相次ぐ社を調べることになった虎太だが……

 怪談+ミステリ+コメディ(+猫)を描かせれば右に出るものがいない――というより斯界唯一の作者の新シリーズ『怪談飯屋古狸』、待望の第2弾であります。

 行方不明になった怪談マニアの父を探す兄弟が営む飯屋・古狸――父の手掛かりを得るため、怪談を聞かせるか怖い話に出た場所を訪れると無代になるという奇妙なルールがあるこの店に通うのは、主人公で檜物職人修行中の虎太であります。
 無職だった以前とは違い飯代の心配はなくなったものの、店主兄弟の妹で看板娘のお悌目当てにせっせと通い続ける虎太。しかし正義感と腕っ節は強いものの、大の怖がりで強い霊感持ち、おまけに阿呆のおかげで、虎太は大騒動に巻き込まれて――というのが、本シリーズの基本設定であります。

 さて、本作のメインとなるのは、押し入った先の人間は皆殺しにするという凶行を繰り返しながら、未だに捕らえられていない、盗賊・蝦蟇蛙の吉一味にまつわる空き店の怪であります。
 住人が一味に皆殺しにされて以来、住む人もない店で肝試しをするといって行方不明になった若旦那。古狸の常連であり、実は定町廻りの同心・千村の口利き(というか命令)で、虎太はこの店に岡っ引きの権左と泊まり込む羽目になります。

 その晩見た不気味な夢がきっかけで、若旦那の行方はわかったものの、今度は権左が持ち込んだ「首縊りの木」を調べることになった虎太。
 神木の欅が切り倒されて以来、切り倒した男を皮切りに、次々と人々がその隣の松の木で首を吊るという社で、早速恐ろしい体験をしてしまった虎太ですが……


 というわけで、今回も非常に洒落にならない物件に次々と関わることにまってしまう虎太。本人にとってはたまったものではないのですが、彼が次々と恐ろしい体験をして悲鳴を上げる羽目になるのは、こちらにとっては期待通りであります。
 シチュエーション自体は陰惨極まりないものの、関わる人間の妙にすっとぼけた個性のおかげで、怖いけれども後味は悪くない――というのは作者の作品の特徴ですが、本作でもその個性は十分発揮され、怖いのだけれど楽しいという、ちょっと矛盾した気持ちで、最後までひっぱられていってしまうのです。

 特に今回楽しいのは、団子こと千村の存在でしょう。普段は着流し姿で団子ばかり食べているものの、店には隠したその正体は町奉行所の切れ者同心である(ご丁寧にわざわざ店の外でこっそり着替えてくる)千村。
 前作である事件に巻き込まれ、千村に助けられた虎太は、それ以来頭が上がらず、今回のようにこき使われたりもするのですが――本来であれば手下には困らないはずの千村が、わざわざ虎太に声をかけてくる理由というのが、ロジカルなようで本作ならではの無茶苦茶さで実に面白いのです。

 そして散々危ない目に遭わせておいて、「俺が虎太に期待しているのは、こういうのじゃないんだよなあ」といけしゃあしゃあと言ってくるのも愉快なところで、なるほど作者の作品でお馴染みの、主人公を振り回すイイ性格のキャラ枠は、今回はこの人か――とニヤニヤしてしまった次第です。

 また、本シリーズの、いや作者の作品の面白さといえばミステリ的な仕掛けの部分ですが――あまり踏み込んでは書きませんが、冒頭で語られる夜毎出現する女幽霊のエピソードも含め、バラバラのピースがピタリピタリとはまり合って、一つの怪奇な因縁の姿が浮かび上がっていくのは、もちろん本作でも健在であります。


 そしてもう一つ――本作のゲストキャラについても触れておくべきでしょう。探索の途中、あるきっかけで虎太が知り合ったのは、鬼のように怖い面と巨体で、しかし猫大好きの通りすがりの魚屋。
 そう、作者のファンであればよくご存知のあの男が、本作で思わぬ――そして非常に「らしい」――形で登場してくれるのです。

 一歩間違えれば虎太とかぶるキャラだけにちょっと心配しましたが、十分節度ある登場で一安心。クロスオーバー好きとしては、何とも嬉しいファンサービスであります。


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2020.05.11

細川雅巳『逃亡者エリオ』第3巻 そして物語は逃亡者の過去へ!

 監獄帰りの好漢エリオ・サンチェスが、無実の罪を着せられた少女を助けて逃避行を繰り広げる本作も急展開。カスティージャの王位を巡る争いに巻き込まれたエリオと仲間たちの運命は、そしてついに語られるエリオの過去とは……

 地獄の監獄から自由の身になった直後、殺人者の汚名を着せられた貴族の少女・ララを助け、二人で逃避行することとなったエリオ。その戦いは、やがてララの父の友人の騎士・ゴルディ、ララを追ってきた警吏長バルド、暗殺者デボラをも仲間に加え、ララの異母兄である時のカスティージャ王・ペドロ1世を敵に回したものとなっていくことになります。

 そして同じくララの異母兄であり、ペドロ1世と対立するトラスタマラ伯エンリケに手を貸し、処刑寸前のエンリケの母を救出に向かったエリオ一行ですが、目的は果たせず逃亡することに。
 しかしその前に、ゴルディと因縁を持つペドロの腹心・アルブルケルケが、そしてデボラの暗殺術の師である「先生(マエストロ)」が立ち塞がることに……


 そんなわけで逃亡の意味がこれまでとは大きく変わることとなった本作ですが、新たな仲間たちも早速因縁の対決を迎え、主人公であるエリオの出番が減ってしまったように感じられます(デボラと先生戦できっちり存在感を見せるのですが)。
 しかしこの後、物語は第2章とも言うべき展開に突入することになります。何とかペドロ1世の追っ手を振り払い、エンリケのもとに身を寄せたエリオが、求めに応じて語り始めた過去――いわば彼が逃亡者になる前の物語が、ここから始まるのです。

 「現在」から5年前、父・ビクトルの下で弟のパブロとともに、王族の護衛たる武術のプロ「王衣」になるべく修行を続けていたエリオ。父に似て人助け好きのエリオと、自分以外のために力を振るうことに否定的なパブロ――対照的な二人は、ともに王衣選抜の闘技会に参加することになります。
 そこで待ち受けるのは、名門の武人や歴戦の傭兵をはじめ、いずれも一癖も二癖もある腕利きたち。そして候補者たちによるトーナメント開催――と思いきや、そこに自由を餌にされた武装囚人たちが乱入、一転バトルロイヤルに……


 と、本作らしくあれよあれよという間に物語は進み、気が付けばこれまた本作らしく、人の命が何よりも軽いバトル展開に突入していくのにはさすがに驚かされましたが、なるほどこう来たか、と感心させられたのも事実です。

 段々「逃亡者」のタイトルが重くなってきた感もありますが、この舞台でどこまで少年漫画的なバトルものを描けるか――これはこれで楽しみなところではあります。


『逃亡者エリオ』第3巻(細川雅巳 秋田書店少年チャンピオン・コミックス) Amazon

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