2024.02.09

小島環『唐国の検屍乙女 水都の紅き花嫁』

 宋代を舞台に、戦場帰りの医学少女・許紅花と、髑髏を抱いた変人美少年・高九曜のバディが怪事件に挑むシリーズ第二弾であります。ある日、花に飾られた美しい水死体に遭遇し、その謎を追うことになった二人。しかしそんな中、紅花は祖父が勝手に決めた相手と婚礼を行うことになって……?

 医者一家に生まれて父とともに従軍していた許紅花。しかし医者に取って命ともいえる手を負傷し、ショックで実家に引きこもっていた彼女は、姉の代わりに出かけたある検屍現場で、「髑髏真君」を名乗る驕慢な美少年・高九曜と出会うことになります。
 九曜の言動に戸惑い反発する紅花ですが、死体は殺されたという見解で一致、彼と犯人を探して行動を共にするうちに、その頭脳の冴えに魅せられるようになります。そして宮中にまで及ぶ騒動の末、二人は見事に事件を解決し、紅花は心の傷を克服するのでした。

 そんな前作での冒険を経て絆を深めてきた紅花と九曜が今回遭遇するのは、渠水を流れてきた、白い寒牡丹に彩られた美しい水死体。例によって勝手に九曜が検屍したために犯人の疑いをかけられた二人は、死体の首に突き刺さっていた翡翠の簪を手がかりに、真犯人を探し始めます。

 そんな中、許家に現れた紅花の祖父は、外を飛び回る紅花を一方的に非難し、一族の繁栄のためにもさっさと嫁ぐべきだと、勝手に彼女の結婚を決めてしまうのでした。
 その相手が、顔見知りであり、都の高官である美青年・天佑であると知った紅花。しかし医師としての彼女を理解し、許容してくれる天佑を前にしても、家に縛られることへの紅花の違和感は消えません。

 そんな彼女の想いを無視して祖父は準備を進め、ついに婚礼の日を迎えてしまった紅花。思いあまって家を飛び出し、九曜と共に事件調査を続ける紅花ですが、謎の人物に捕らえられてしまい……


 というわけで、今回も自ら事件に突入し、騒動を大きくしながらも核心に迫っていく九曜と紅花の二人(というか、そんな九曜にくっついていく紅花)を描く本作。
 正直なところ、前作はあるドラマに酷似した内容であったこともあって、どうかなあと思っていましたが、そうした部分はなりを潜め(時々あれ、と思うところはありますが。銛とか)、純粋に二人の活躍を楽しむことができました。

 殺された上に美しく飾られた美青年という実に猟奇的な事件を彩るのは、当時の改革派と守旧派(新法・旧法の争いの前身でしょうか)の対立を背景とした二つの家の争いに加え、その名家の内部の後継争いで――と、いかにもこの時代らしいドロドロしたドラマ。
 さらに九曜の○○○○○が出現、さらに殺人美少年が紅花を狙い――と、賑やかな展開が繰り広げられます。


 しかし、本作のもう一つの主軸となるのは、そうした事件と並行して描かれる紅花の葛藤であることは間違いありません。

 幼い頃から医術と武術を修め、戦場に向かうという、当時の女性からすれば破格の自由な行動を許されてきた紅花。しかしそれはあくまでも他者から許されてきたからに過ぎなかったことが、今回彼女の祖父の登場によって描かれることになります。
 この家父長制の権化のような祖父によって、強引に結婚話を進められる紅花。それはそれで紅花を慮っての行動であるかもしれませんが、しかし彼女自身の「意志」を慮ってのものではない――少なくとも、祖父は彼女自身の意志を考慮するに値するものではないと考えていることを、明確に示します。

 あるいは戦場から帰った直後の、引きこもっていた彼女であればそれは良かったかもしれません。しかし彼女は九曜との出会いを通じて、自分が真に望むものを知ってしまいました。そして九曜を通じて、それを貫くことの素晴らしさを知ってしまいました。
 自分の意志と自由を代償に幸せを得るよりも、たとえ不安定で心身ともに無事でなくとも己の意のままに生きる――それは決して楽な道のりではないからこそ、輝いて見えます。そしてそれを得るために奮闘する紅花の姿もまた、同様に輝くのです。


 とはいえ、物語的にその紅花の選択がうまくいっているように見えないのも正直なところで、行き当たりばったりで痛い目にあったり、周囲の人間の協力(あるいは犠牲)でそれが成り立っていたりするように見えるのは、彼女自身の責任ではないにしても、スッキリはしないところではあります。
 もちろん、そのままならなさも、また一つの真実ではあるでしょう。その先にある真の自由に彼女がたどり着くことができるのか――それはこの先の物語で描かれるのかもしれません。まだちょっと遠そうですが……

|

2024.01.29

柿崎正澄『闘獣士ベスティアリウス』 剣闘士と獣たちがローマ帝国と戦った理由

『RAINBOW 二舎六房の七人』など、一般誌で活躍してきた柿崎正澄が、2011年より足掛け八年に渡り「週刊少年サンデー」等で連載してきた、古代ローマが舞台のバイオレンスファンタジーであります。己の自由と守るべき者のために戦う剣闘士たち、彼らとローマ帝国との戦いの行方は……

 暴君ドミティアヌス帝の下、亜人種や獣が住む土地にまで侵攻を続けていたローマ帝国。その結果国を追われた亜人種、罪人、そして身寄りを失った奴隷たちは、闘技場で生死を賭けた死闘を繰り広げていました。

 その中で一人異彩を放つ青年フィン――幼い頃に兵士だった父を喪い天涯孤独の身となった彼は、最後の翼竜族(ワイバーン)・デュランダルを師として腕を磨いていたのでした。
 そんな彼に目をつけ、勝利した者に自由を与えるという試合を組むドミティアヌス。そこで彼の前に現れたのはデュランダルだったのであります。

 フィンの父を殺したのは自分だと告げ、本気で襲いかかるデュランダル。はたして死闘の結末は……


 そんな第一章から始まる本作は、このフィンとデュランダルを中心としつつ、権力者の暴虐に自由と誇りを一度は奪われながらも、同じ立場の人々と、そして亜人種や獣たちと繋がり合い、立ち上がる人々の戦いを、一種の列伝形式で描きます。
 フィンに先立つこと十二年前、ミノタウロスの「兄」と共に闘技場で戦い抜き、自由を勝ち取った剣士・ゼノ。
 人間と亜人が共存する故郷を焼き払われた上に幼なじみのエレインを奪われ、フィンの指導の下に腕を磨き、親友二人と共にローマに乗り込んだ少年・アーサー。
 ローマの正義を信じて戦いながらも裏切られ、家族のために冷酷な処刑者となりながらも、三百年前に封印された伝説の巨人と共に立ち上がる元百人隊長・ルキウスディアス。

 いずれのエピソードも、目を覆わんばかりの暴力と、それをもたらす人間の悪意が紙面に溢れており、読み通すにはそれなりの体力が必要となりますが――それを超える主人公たちの戦う意志とそれがもたらす力、それを振り絞っての傷だらけの勝利の姿は、むしろ爽快さすら感じさせます。
(冷静に考えると、同じシチュエーションが繰り返されている気もしますが――ドミティアヌス、何回命を救われているのか)

 もっともこの辺りは、いわゆる「剣闘士もの」――自由を奪われ、戦闘奴隷にされた者が自らの力で甦り、復讐を果たす物語の定番といえるかもしれません。
 しかし本作の特長の一つは、現実に存在したローマ帝国を舞台としつつ、そこにワイバーンやミノタウロス、ゴーレムといったファンタジー世界の住人たちを登場させることで、物語にも、そしてバトルにも厚みを出してみせる点でしょう。

 もちろん彼らは被侵略民族のメタファーであろうとは思うものの、あり得べからざる存在たちをそこに設定することで、滅び行く者たちの姿を、より印象的にしているとも言えるでしょう。
 そして彼らが歴史上に残らなかったその理由を説明する終盤の展開は、一種の伝奇ものとしての興趣を感じさせるのです。
(というより、伝奇ものとしていえば、ゴーレムの「正体」が明かされた時には猛烈に興奮させられましたが……)


 そしてそれ以上に本作の特長となっているのは、主人公たちの戦いが、決して復讐のため(だけ)のものではないことでしょう。
 復讐のためであれば、自分を直接的にその境遇に落とした者を討てば終わります。あるいは、それを命じさせたドミティアヌスを討てば全てが終わるかもしれません。

 しかし本作の主人公たちはそれをしようとはしません。たとえ戦いで相手を倒したとしても、それは更なる戦いの幕開けであり、そしてその先に待つのは、より数では劣る自分たちの敗北以外ないなのですから。
 それでは、彼らには最後の勝利はないのか。ただ圧倒的な力にすり潰されるのを待つだけなのか。そんな中で彼らは何故戦うのか――全ての物語が結びついた末に、デュランダルの故郷であるアルビオン(ブリタニア)で繰り広げられる最後の戦いで示されるその答えは、見事というほかありません。

 歴史の陰に埋もれながらも、決して消されることのなかった者たちの物語――それが本作であります。


『闘獣士ベスティアリウス』(柿崎正澄 小学館少年サンデーコミックススペシャル全7巻) Amazon

|

2024.01.28

泰三子『だんドーン』第2巻 新たな出会いと大きな悲劇 原動力を失った物語?

 日本警察の父・川路利良の若き日の姿を描く、見た目コミカルその実シリアスな歴史漫画の第二巻であります。斉彬と共に島津に帰った川路に迫る、井伊家の隠密の頭領・怪物タカ。川路は彼女を阻むことができるのか、そしてその後も続く暗闘の行方は――川路を新たな出会いと大きな悲劇が待ちます。

 その才を藩主・斉彬に愛され、西郷隆盛を英雄に仕立て上げることを命じられた島津藩士・川路利良。敬愛する主君の無茶振りに応えるべく奔走する川路は、斉彬の政敵である井伊直弼方と数々の暗闘を繰り広げることとなります。
 そんな中、斉彬の参勤交代に同行して国元に帰った川路と西郷。しかしそれと前後して、井伊家の隠密・多賀者の頭領で怪物と異名をもつ女・タカも潜入していて……

 作中でもタカ自身が「生きては帰れぬ薩摩飛脚」と語っているように、時代劇界隈では忍びに対するガードが異常に堅いことで有名な薩摩。そこに単身あっさりと潜入してしまうタカは、まさに怪物というべきでしょうか。
 しかしそこはさすがに薩摩、というより川路であります。この怪物を罠にはめ、むしろあっさりと捕らえた手腕は、警察は警察でも公安警察の方では(そりゃナポレオンに対するフーシェになれ、などと斉彬に言われるわけで)――というのはさておき、ここは川路の方が上手と思いきや、ここからタカの恐ろしさが描かれることになります。

 川路の詮議を飄々と躱し、周囲の薩摩武士たちを煙に巻くタカ。その不気味なまでの余裕を支えるもの、彼女の背後にいた存在は――なるほどそう来るか! と意表を突かれる存在です。
 これまで斉彬が大好きすぎる川路視点で描かれてきただけにうっかり忘れていましたが、当時の薩摩は決して一枚岩とはいえない状況――斉彬はむしろ父の斉興から疎まれ、それが御家騒動を起こしたほどだったのであります。
(しかしあの人物は騒動の後に死んだと勝手に思いこんでましたが、普通に生きていましたね……)

 そしてその対立の中で西郷を罠にかけたのが、あの小松帯刀! と、流れるように次々と、当時の薩摩周辺の状況、そして人物を――コミカルでキャッチーなネタを散りばめつつ――投入し、物語を成立させているのには感心させられます。
 この先の展開も含めて、描かれている内容は陰湿な暗闘、斉彬言うところの「きたねー政治工作」が大半にもかかわらず、妙にあっけらかんとした味わいがあるのは、この語り口の巧みさにあるというべきでしょうか。


 しかしこの先に待ち受ける「史実」は、さすがにギャグで誤魔化したり流したりするわけにはいきません。そう、川路と西郷が敬愛する人物であり、彼らを動かし、彼らもその期待に応えるべく動いてきた人物が、ここで退場するのですから。
 言い換えれば物語を動かしてきた原動力が失われてしまったという、わずか二巻にして大ピンチの状況から如何に川路たちが立ち上がるのか? それを描くくだりは、ギャグをふんだんに織り交ぜながらも、しかし十分に感動的で――そしてさらにそこからある史実に繋げていくのですから嘆息するほかありません。

 そして弔い合戦とばかりに多賀者を向こうに回して繰り広げられる――そして何故か「俺ちょっとやらしい雰囲気にして来ます!」なことになる(敵側が)――デッドヒートの末に勝利を収めたかにみえた川路たち。
 しかしその先にまつものは――いやはや本当に油断のできない物語であります。


 それにしても、前巻登場した「島田」が、あの島田左近だったとはうかつにも気付かず――史実を思うと、薩摩サイドだけでなく、「敵」方の今後にも気になってしまうところです。


『だんドーン』第2巻(泰三子 講談社モーニングコミックス) Amazon


関連記事
泰三子『だんドーン』第1巻 幕末の川路利良、奔走す!

|

2024.01.17

「コミック乱ツインズ」2024年2月号(その一)

 先日1月号が出たと思ったらもう2月号――と、正月が終わったことをしみじみと感じる、今年最初の「コミック乱ツインズ」2月号であります。表紙は『そぞろ源内大江戸さぐり控え帳』、巻頭カラーは『玉転師』、そして新連載は『前巷説百物語』であります。今回も印象に残った作品を一つずつ取り上げます。

『玉転師』(有賀照人&富沢義彦)
 というわけで久々登場の『玉転師』、今回の舞台は江戸を離れて安房白浜――現代でも名物として知られるあわびを巡るお話であります。
 仕事で安房白浜にやってきたものの、あわびを食べたくて仕方がない十郎。しかしあわびは売り切れで落ち込んでいたところに、通りすがりの海女の娘・潮にあわび取りを頼むも――と、結構ツンデレな潮との出会いから、玉転師たちが動くことになります。

 玉転がしが女性を売り飛ばして金を得る稼業なら、玉転師は女性を磨き上げて本人も買い主も(もちろん自分たちも)満たされる稼業。それだけにその売り方・買い方も一通りではありません。今回の結末は特にそれを感じさせますが、美人になりました、好きな人と一緒になりましたというだけでない、自己実現の姿を描いているのに納得いたしました。
 心なしかこれまでよりも力が入って見える描線も印象的で、久々の登場に相応しい回であったかと思います。

 しかしあわび料理――絶対やるとは思いました。


『前巷説百物語』(日高建男&京極夏彦)
 新連載の本作は、久々登場の『巷説百物語』シリーズ――第四作の漫画化であります。原作は京極夏彦、そして作画を担当するのは言うまでもなく日高建男――これまでシリーズを『後巷説百物語』(の前半)まで漫画化してきた、この人しかいないという組み合わせであります。

 日高版の又市は、御行姿も決まったクールなイケメンという印象で実に良かったのですが、『前』では御行になる前の「双六売り」の又市。はたしてどんな姿かと思えば、これが実に威勢だけはいい口先だけの若造感溢れるキャラクター。又市も昔はこんな感じだったのかと感慨深くなります。
 そして顔といえば次々と登場するキャラクターたちも印象に残ります。日高版では初登場の長耳の仲蔵(アニメ版の印象が強いですがこれはこれで)、角助、そして林蔵――って林蔵、『巷説百物語』で登場した時と全然顔が違う! 一体何があったんだ林蔵(この後あるんですよ)というのはともかく、それぞれ「らしい」ビジュアルで楽しませてくれます。
(ちなみに顔といえば、おちかさんのビジュアルがまた絶品なのですが――この先のことを考えるとちょっと……)

 物語は顔見せ&導入編ですが、四度も身請けされた女という魅力的な謎を語っておいてのこの引きは、この先がやはり楽しみであります。


『ビジャの女王』(森秀樹)
 まだまだ続くビジャへのモンゴル軍の総攻撃――三本の攻城塔の一つは倒したものの、残る二本はまだまだ健在。そして対攻城塔の切り札と思われた弩砲は、門から出てきたらすかさず突入するという、結構プリミティブなモンゴル軍の戦法に封じられた形で――と、双方膠着状態であります。

 もちろんインド墨者がこの事態を予想していないとは思えず、残る四人の墨者が陰で動いているはずなのですが――それはまだまだ見えません。そんな状況で印象に残るのは、だいぶ復活した様子のブブとジファルの会話であります。
 先に描かれた過去編を踏まえて、ブブ・ジファル・ラジンの奇縁を語るジファルですが――何を想うかブブが黙して語らぬのに対して、色々と複雑な内面を見せ、そして何よりもブブに対する言葉使いが丁寧なものに変わっていく彼の姿は、注目に値します。

 そして奇縁のもう一人、ラジンも一歩も退かぬ構えですが……


 次回に続きます。


「コミック乱ツインズ」2024年2月号(リイド社) Amazon


関連記事
「コミック乱ツインズ」2024年1月号

|

2024.01.13

美谷尤『鉄腕ザビエル』第1巻

 おそらくは日本で最も知られている宣教師フランシスコ・ザビエル。戦国時代の日本にキリスト教を伝えたこのザビエルが、超人的な肉体を持った男だった、という設定で繰り広げられるギャグ(?)漫画であります。日本人青年アンジロウが見た、ザビエルの真実とは……

 戦国時代の堺で配下を連れて練り歩くうつけ者・信長。火縄銃に目を留めて買い入れた信長に対し、そこに居合わせた一人の南蛮人は、「剣を持つ取る者は皆剣で滅びる」と説くのでした。
 生意気な、とその南蛮人に対して信長が十丁もの火縄銃を向けた次の瞬間――南蛮人がその拳で大地を打てば、砕かれた土塊が信長や兵たちを吹き飛ばしたではありませんか!
 そう、その南蛮人こそはフランシスコ・ザビエル――厳しい修行を積んだイエズス会の猛者たちの中でも、その膂力を以て知られた豪の者であります。

 そして彼の通訳を務めるアンジロウがザビエルに出会ったのは、遡ること四年前、マラッカの教会での結婚式。そこでザビエルが見せたのは、壊れた椅子を空気椅子でしのぎ、花嫁を奪いにやってきた幼馴染を遠くに放擲し、サイズ違いの指輪を握力で縮め、そして天高く飛び上がると落雷を受け止め――明らかに常人ではない行動でありました。

 そんなザビエルを怪しみ、監視のために彼と行動を共にするうち、布教のためにザビエルと薩摩に上陸したアンジロウ。そこでは島津家を二つに割った合戦の真っ只中――その最中で、図らずも貴久の勝利に貢献してしまったザビエルは、貴久に歓待されるのですが……


 キリスト教を日本に伝えたという業績もさることながら、教科書に載っているあの(誰もが落書きしたくなる)肖像画のインパクトで、多くの人の記憶に残るザビエル。
 本作は、そのザビエルが異能の持ち主だった――というより、力こそパワーの人だったという、ある意味設定の時点で勝利している作品であります。
(ちなみに本作のザビエルは頭頂部を剃ったトンスラにしていませんが、件の肖像画自体後世のもので、正確性については疑問符がついている、ということで)

 元々、本作にもちょこちょこ顔を出す創始者イグナチオ・デ・ロヨラの前半生が軍人だったこともあり、イエズス会は体育会系のノリが強い組織。その特徴である「霊操」が、「体操」で身体を鍛える如く、霊魂を鍛えるべし、という概念であることからも推して測るべきでしょう。
 そしてキリスト教が伝わっていない≒西欧人が足をあまり踏み入れていない地は、何かと危険が大きいことは言うまでもありません。そこで本作のロヨラのように、「宣教師こそが最強でなければならない」という主張が生まれるのも、まあ理解できます。

 が、本作のザビエルはある意味その言葉を忠実に実現してしまった男――地を割り、空を駈け、海(上)を走る、先に述べたように超人的な肉体の持ち主なのであります。そんな彼が、戦国時代の日本という修羅の国に解き放たれたのですから、これはただですむはずがないでしょう
 それも(これは史実通りですが)よりによってあの島津の領地に……


 というわけで、バイオレンスでナンセンスなザビエルの空気を読まない活躍ぶりに、アンジロウ同様ただただ驚かされる本作ですが――正直なところ、まだノリが中途半端という印象があるのも事実ではあります。

 (これは個人の趣味の問題かもしれませんが)現実世界に超人を放り込むのであれば、それはあくまでも限られた存在であってほしいものですし、そしてその超人性にも、一定の理屈はほしいと感じます。
 その意味では、島津貴久がザビエル並みの膂力を誇るのはともかく、(馬というブースターありとはいえ)ザビエルと互角に空中戦を演じるのはどうかなあと思いますし――海上走りの時に付された、無茶苦茶ながら現実に即したロジックをもっと見せてほしいと感じるのです。

 ザビエルの日本で最初に洗礼を行ったベルナルドがさりげなく(?)登場したりと、史実を踏まえてニヤリとさせられる部分は嬉しいのですが、現実は現実として描いたほうが、より本作のザビエルの暴れっぷりが楽しめるのではないか――そう感じたところです。


『鉄腕ザビエル』第1巻(美谷尤 講談社コミックDAYSコミックス) Amazon

|

2024.01.08

岡村星『テンタクル』第5巻 武士を離れた自由の境地へ

 黒船来航直前の時代を舞台に、九州独立の企てを巡る暗闘を描いてきた本作もこの第五巻で完結であります。藩側と蜂起側の全面衝突の中で、自分自身の道を選び、藩を捨てる形となった津春。そのまま蜂起の首謀者である周子とともに佐賀に急ぐ彼を待つものは……

 幕末の福岡藩で繰り広げられてきた暗闘――前藩主と皇族の女性の間に生まれた二刀流の達人・周子を奉じて九州独立を目指す一党と、それを阻もうとする藩側との戦い。その中で親友と師を失った医学生・長岡津春は、周子を仇と狙いつつも、本当に正しい道は何なのか、迷うことになります。
 そして両派の全面衝突の最中、周子の幼い弟・仁緒が深手を負わされたのを見た津春は、戦うことしか知らぬ周囲に反発。仁緒を治療した津春は、成り行きから周子、そして自らの師である真木田とともに逃れることに……

 という意外な展開を経て、これまでの宿敵であった周子と共に佐賀に向かうことになった津春。途中、因習村ならぬ阿片村に踏み込んだ津春は、真木田と仁緒とはぐれることになるのですが――そこで思わぬ成り行きから医術の腕を振るうことになり、己の将来向かうべき道を強く認識することになります。
(そしてその中で周子からの好感度もアップ)

 そして武士の世をひっくり返そうとする商人・深川新左の配下たちに助けられ、無事に佐賀に入った二人。ついに周子の望みが叶うまであと一歩かと思われたものの、福岡藩と通じた佐賀藩の武士たちによって周子の身の証となる刀は奪われてしまいます。そして二人の前には、津春の元上司というべき福岡藩の大目付・曾我が現れ……


 物語の冒頭から、宿敵として相まみえてきた津春と周子。立場は勿論のこと、夢想権之助の杖術と宮本武蔵の二刀流という、用いる武術の流派同士も因縁を持っていた二人が、この物語の終盤に来て行動を共にすることになるわけですが――それは意外ながらも、何故か納得できるものがあります。
 それは人を殺す武士である以前に人を救う医学の徒たらんとする津春と、過去の経験から武士という存在に絶望した周子と――それぞれに、武士という軛から逃れようとするという共通点を持っていたからなのでしょう。

 思えば本作の登場人物には、武士の世を拒否する者たち、あるいは武士でありつつもそこからはみ出した者たち(本作における津春と周子の最強の敵というべき、寺内&十和カップルはその最たるものでしょう)が数多く登場してきました。
 その意味で本作で描かれたのは、似た者同士たちが相争う姿だったのかもしれません。

 しかし多くの者たちがその戦いを当然のものとして、あるいはやむを得ないものとして受け容れた中で、ただ一人それを拒否してみせた者が津春であったことは間違いありません。そしてそれだからこそ、本作の結末はこのような形となったのでしょう。


 正直なことをいえば、かなり駆け足となった感は否めません(新左の配下たちや阿片村の元締め、そして真木田など、面白そうなキャラクターたちがほとんど活躍できなかったのは残念)。そのためもあってか、この最終巻は、登場人物たちが思想をぶつけ合って終わった感もあります。

 そしてまた、ラストシーンの年代を考えれば、まだこれから激しい戦いが彼らを待ち受けていることとなるのですが――それであったとしても、彼らがたどり着いた一つの自由の境地へは、これはこれで美しい結末であることは間違いないのでしょう。


『テンタクル』第5巻(岡村星 白泉社ヤングアニマルコミックス) Amazon

関連記事
岡村星『テンタクル』第1巻 謎また謎に挑む杖術 幕末アクション開幕
岡村星『テンタクル』第2巻 危うし杖術 驚愕の問題児出現
岡村星『テンタクル』第3巻 激突目前、それぞれの「志」
岡村星『テンタクル』第4巻 武士か人間か 物語は大きな展開の時へ

|

2023.12.29

三萩せんや『大正陰陽師 屍鬼の少年と百年の復讐』

 最近はライトノベル・ライト文芸で大人気の大正時代ですが、本作はその大正の東京に、陰陽師が活躍するユニークな作品。表向き世間から姿を消した陰陽師を養成する学び舎設立のため東京に向かった陰陽師の青年が、金色の髪を持つ少年姿の鬼と出会ったことから、思わぬ事件に巻き込まれます。

 明治に入り陰陽寮が廃止され、表向きは姿を消した陰陽師。しかし文字通りこの世の裏側に潜んでいた彼らは、その命脈を保つため、帝都に陰陽師養成の学び舎を立てようとしていたのであります。
 その先触れとして選ばれたのは、奔放な言動によって土御門一門の異端児と見なされていた青年・安倍晴雪。一門を束ねる叔父には頭の上がらぬ彼は、嫌々ながら東京に向かうことになります。

 とある華族の屋敷の離れに居を定めた晴雪は、早速学び舎設置に相応しい場所を探して東京を巡るのですが――そこで見たのは、維新の動乱の影響か、結界がほころびかけ、妖が闇に潜む帝都の姿でした。
 さらに、街で「金色夜叉」なる妖の噂を聞きつけ、目撃場所に向かった晴雪は、そこで金色の髪を持つ少年姿の鬼と遭遇することになります。

 強力な鬼を辛うじて制した晴雪ですが、菊丸と名乗るその鬼は、意外な申し出をしてきます。かつては人間だったものが、百年以上前に謎の陰陽師たち「道摩の血脈」の術によって、鬼に変えられたという菊丸。これまで道摩の血脈を一人ずつ屠ってきた彼は、
晴雪の式神となる代わりに、行方をくらました最後の一人探しに協力してほしいというのであります。

 帝都の結界の異変が、道摩の血脈の仕業と見て、菊丸と協力することにした晴雪。しかし人間の常識を知らない菊丸に手を焼くことに……


 今なおフィクションの世界では根強い人気を持ち、次々と作品が発表されている陰陽師もの。しかしその舞台のほとんどは平安時代であり、明治以降の近代を舞台とする作品は、非常に少ない状況にあります。
 それもそのはず、上で触れたように陰陽寮は明治の初期に廃止、そして陰陽道は迷信として禁止されたため、それ以来「陰陽師」は公的には存在しないことになったのですから。

 しかし、だとすればそれまで存在した陰陽師たちはどこに消えたのか? というのはある意味当然の疑問でしょう。それに対して、陰陽師たちはこの世の裏側の世界――一種の異界に身を潜め、密かにこの世を守護していた、という答えを用意してみせたのが、本作のまずユニークな点であります。

 その一方で、本作は大正の陰陽師だけでなく、もう一人の主人公として、江戸時代から生き続ける鬼――それも生まれついての(?)鬼ではなく、術によって人間から変えられた鬼を設定しているのが目を惹きます。
 人間と人間以外のコンビというのは、バディものでは定番の一つ、陰陽師が「鬼」を連れるのも違和感はありません。しかし陰陽師と鬼がある意味対等の関係で手を組むのが(そして鬼の側が年齢は経ているけれどもその外見同様に無邪気な存在なのが)面白いところであります。


 物語的にはこの晴雪・菊丸コンビが、謎の陰陽師・道摩の血脈に挑むのがメインとなっていき、学び舎設立が背景となってしまうのがいささか残念ではありますし、道摩の血脈についても、存分に描かれたわけではないという印象があります。
 その意味では、今後続編を期待したいところですが――しかし物語の中で陰陽師と鬼が互いを少しずつ理解していく姿はなかなか魅力的ですし、何よりもその中で浮かび上がる晴雪の屈託が、クライマックスのかなり意外などんでん返しに繋がっていくのは、大いに読ませるところであります。
(また、物語中盤の意外なビッグネームの登場にも驚かされました)


 なお、本作は現代を舞台とした同じ作者の『陰陽師学園』の前史に当たる物語とのこと。私は恥ずかしながらそちらは読んでおりませんでしたが、読んでいればさらに楽しめるのかもしれません。


『大正陰陽師 屍鬼の少年と百年の復讐』(三萩せんや マイナビ出版ファン文庫) Amazon

|

2023.12.14

泰三子『だんドーン』第1巻 幕末の川路利良、奔走す!

 交番を舞台に女性警察官たちの姿を描いた『ハコヅメ 交番女子の逆襲』の泰三子の新作は、意外にもというべきかなるほどと言うべきか、「日本警察の父」川路利良を主人公にした物語。何故か藩主・島津斉彬に愛される川路と、空気の読めない男・西郷隆盛のコンビの奔走が始まります。

 下級中の下級武士の家に生まれながらも、他人の想いを読み取る察しの良さをはじめとする才を藩主・島津斉彬に愛され、幼い頃から側に仕えてきた川路利良。
 時あたかも黒船が来航し、日本中が大きく揺れている中――ナポレオンのような英雄によって人々の心を一つしたいと考えた斉彬は、空気が読めないことで有名な庭掃除係の西郷吉之助をその英雄に仕立て上げることを、川路に命じるのでした。

 その後も西郷と共に斉彬から様々な密命を命じられる中で、情報戦や政治工作の才を発揮していく川路。やがて川路と西郷は、将軍継嗣問題で対立する井伊家、そして井伊家の忍び・多賀者と対峙することに……


 「明治時代に警察が出てきたら藤田五郎か川路利良と思え」と言われているという(というか私が言った)川路利良。それだけ歴史ファンの間には知られている人物ではありますが、やはりまだまだそれ以外の方には馴染みのない人物なのでしょう。
 いや、かくいう我々も、上で述べたように、川路といっても明治時代の大警視としての知識・知識がほとんどで、幕末の川路についてはあまりに知るところが少ないことに気付きます。

 本作はそんな川路の幕末時代を描く物語――といっても基本はコメディであります。やたらとノリがよく、そのノリのままに無茶振りしてくる斉彬の命にため息をつきつつも、何を考えているかわからない西郷と共に何やかやで解決(しないこともある)していく川路――そんな彼の奮闘ぶりを、本作はテンポよく描き出すのです。
 といっても舞台は幕末動乱の時代、斉彬の命というのもそれに相応しく、やたら明るく下される割には裏仕事が多く、冷静に考えると笑い事ではないのですが――それをなんだか面白いことをしているようにキャラのリアクションで描いてしまうのは、これは本作のアレンジの巧さというべきでしょうか。

 しかしそんな中で描かれる歴史上の人物たちの姿は、時にハッとさせられるほど本質を掴んでいるように感じられるところで――特に川路と並んでほとんど主人公格の西郷が折りに触れて見せる得体のしれなさは、実際には不明な部分の多いこの「英雄」の正体を見せられたようでゾクゾクさせられるのです。
(「短刀一本でカタがつく話じゃごわはんか?」という言葉の異常な迫力よ)

 といっても中には、「貝合」の道具を手に入れろと言われて、壮絶な勘違いをしてしまった挙げ句、よりによって四ツ目屋に行ってしまうという、普通考えてもやらないような話もあったりして――しかもさすがの井伊の赤鬼も目を逸らす最低のオチ――全く何が飛び出すかわからない作品であります。


 もちろん、面白おかしいだけでは終わりません。将軍継嗣を巡る島津家と井伊家の争いは、当然のことながら表だけでなく裏の世界でも繰り広げられ、川路の前には、井伊家の忍び・多賀者が立ちふさがることになります。

 この多賀者のナンバー2が長野主膳というのがシビれるのですが、その更に上に立つ頭の「怪物」タカのキャラクターは、まだ出番が少ないながらも強烈に印象に残ります
 はたして川路はこの怪物に打ち克つことができるのか――それがある意味物語の最初の山場になるのではないでしょうか。

 おそらくは物語の結末であろう西南戦争までは、まだまだ長い時間があります。そこまでに何が描かれるのか、何が飛び出すのか、楽しみにしたいと思います。
(やはり川路史上最も良く知られたエピソードであるところの、海外視察の時のアレを如何に描くかが、一番気になるわけで……)


『だんドーン』第1巻(泰三子 講談社モーニングコミックス) Amazon

|

2023.12.12

井上祐美子『長安異神伝』 天界の快男児、地上の魔を討つ

 日本の中華ファンタジーの大先達の一人である井上祐美子がデビュー直後に発表した、代表作の一つであります。唐は二代皇帝の時代、長安を騒がす怪事件に挑むのは、硬骨の老廷臣と、謎めいた美丈夫――やがて物語は天界にまで繋がり、唐朝の命運を賭けた戦いが繰り広げられることになります。

 李世民が二代皇帝となった玄武門の変から十年余りが経過した頃、長安のあちこちで見つかる血しぶきの痕。道教と縁浅からぬ縁を持つ諌言大夫の魏徴は、何者かが皇帝を狙う呪詛ではないかと調べを始めたものの、逆に讒言によって謹慎を余儀なくされることになります。
 それでも調べを続ける魏徴は、血の痕が北斗七星の形をなぞっていると見抜き、次の事件が起きると思しき歓楽街に足を運ぶのですが――その前に姿を現した一人の青年の姿に、魏徴は大いに驚くことになります。

 任侠とも浪人とも見える風体ながら、不思議な威厳と魅力を持ち、朝廷の高官である魏徴とも対等に語る青年。二郎と名乗るこの美丈夫は、夜の町で小男から変化した奇怪な化け物をあっさりと叩きのめしてみせるのでした。
 気楽に暮らしていたところを「叔父」の命を受け、事件解決にやってきたという二郎。居候として魏徴の屋敷に堂々と居座る二郎は、魏徴の周囲に内通者がいると見て、調べを始めます。

 そんな中、内通者の疑いがある人物の娘で、儚げな美少女である翠心が、何者かに襲われていたところを救い出した二郎。しかし彼女の存在は、事件に意外な形で関わり……


(以下、物語の核心に触れる部分があるのでご注意下さい)

 というわけで、武侠ものではなく伝奇もの、志怪ものといった味わいの強い本作。舞台は現実の(と言ってよいのか迷いますが)長安、登場人物のうち魏徴は実在の人物であるものの、妖怪や神仙が作中を飛び回る自由な物語世界が展開されていきます。

 そもそも、主人公の青年・二郎からして実は超有名人の大物。この方面がお好きな方であれば、その名前だけで予想がつくことと思いますが、彼の正体は顕聖二郎真君――道教の武神であり、『西遊記』では地上で暴れまわる孫悟空を激闘の末に捕らえ、『封神演義』では楊ゼンとして太公望を助けて活躍した、中国では馴染み深い神であります。

 しかしそれはもちろん中国でのこと、日本ではマニア以外にはそこまで知られていなかった(本作の初版の刊行は1991年、安能務版の『封神演義』の刊行が1988年ということを思えばかなり早い)二郎真君を主役に据えての大活劇というのは、これはそのキャラクターのチョイスに感心するほかありません。
(ちなみに神仙絡みとしてはもう一人、本作のコメディリリーフとして大活躍する東方朔のキャラ立ちも実に楽しい)


 しかし本作の場合は、そうした神仙たちの活躍だけに留まらない、地に足のついた物語を描いていることにも注目すべきでしょう。

 その特徴の一つは、本作の舞台である長安の描写であります。当時世界有数の大都市であった長安――中原からだけでなく、洋の東西を問わず世界各地の人間が集うこの街の姿を、本作は緻密に、そして美しく魅力的に描き出します。
 本作の冒頭に描かれる夕闇迫る姿、そして人気がなくなった夜の闇の中の姿――本作で描かれる長安の様々な顔は、物語の舞台が遠く離れた天界ではなく、あくまでも我々の世界であることを、強く印象付けます。

 そしてまた、そこに暮らす人間たち――老若男女、善人悪人入り乱れた姿をも、本作は描きます。そしてそんな人間の代表が、魏徴であることは言うまでもありません。
 本作では実は人界と天界の両方に足場を持つ魏徴(この設定は『西遊記』に由来していると思われます)ですが、しかしあくまでもそのメンタリティは人間のもの。人間としての喜怒哀楽を顕わにし、そして人間として魔に立ち向かうその姿は、本作が神仙を主人公にしつつも、同時に人間の物語でもあることを教えてくれるのです。

 そしてそんな長安に暮らす魏徴のような人間たちがいるからこそ、二郎は仙界に命じられたからではなく、己の血の半分が人間だからというだけでなく、人界の命を守るために戦ってくれるのだと信じられるのです。


 長安を守る、常とは些か異なる神仙の物語――『長安異神伝』は全五作七巻。続く物語も、いずれご紹介いたします。


『長安異神伝』(井上祐美子 中公文庫) Amazon

|

2023.12.08

伊藤勢『瀧夜叉姫 陰陽師絵草子』第5巻 朱雀門の出会い 博雅と夜叉姫

 「現在」京で起きる怪事の起源というべき「過去」――二十年前の物語もいよいよ佳境となり、この巻では、俵藤太と平将門の死闘が、ついに決着。そして「現在」に戻った物語の中では、意外な二人が意外な形で出会うことになります。この巻の表紙を飾る二人が……

 跳梁する奇怪な賊や魔物たち、夜毎続く悪夢、自分の意志を持つ疽など、京を騒がす様々な怪事。そのいずれもが、二十年前の平将門の乱に繋がっていくことに気付いた晴明と博雅は、将門を討った俵藤太に、その戦いの模様を訊ねることになります。

 かつての好漢ぶりとは打って変わった、心身共に魔人と化した将門。配下に魔物も加え、そして七人の影武者○○○を用いる将門に、さしもの藤太も苦戦を強いられることになります。
 しかも藤太の剛力でも打ち破れぬ、人間離れした肉体を持つ将門を持つ絶体絶命の窮地に、藤太に思わぬ救いの手が……

 と、前巻に比べれば「史実」に近い展開となった二人の死闘の決着ですが、それはあくまでも比較的という意味。決着がついた後の展開とその壮絶な描写は、この奇怪な戦いにある意味相応しいものであったというべきでしょう。
 そしてそんな中で語られる俵藤太の複雑な心中は、これまでにも近い内容が語られていたかと思いますが――ここで藤太と並べて博雅の存在を描く視点には唸らされました。


 そしてこの巻では、これまで以上に博雅の存在がクローズアップされることになります。

 これまでの成り行きを見つめてきた晴明が、いささか中二病的に黒い表情を見せ、この京に守る価値はあるかなどと考えていたところで、その答をも止められた博雅の答えは――黒さ全開の晴明をあっさりとたじろがせるほどの、暴力的なまでに無意識の善意に満ちているのですからたまりません。
 お前本当にそういうところだぞ! とツッコみたくなるほどの、博雅の博雅らしさには、もうニッコリするほかありません。

 しかしこの巻の博雅の最大の見せ場はこの先にあります。いつもの如く(?)笛を吹きながら夜の京をそぞろ歩く博雅がたどり着いたのは朱雀門。そこで笛を手にした鬼面の美女と共に笛を奏でた博雅は、彼女と笛を交換して、さらに心ゆくまで笛を楽しむことに……
 と、これはいささかアレンジはされていますが、(当の『陰陽師』によって知られることになった)博雅の数ある逸話の中でもよく知られる、鬼と名笛・葉二を交換した話にほかなりません。

 実は作中では博雅視点でなく、「鬼」視点で始まっており、彼女が朱雀門の鬼を訪れたことにも理由があるのですが――ここで印象に残るのは、純粋に心から音楽を楽しむ博雅の姿と、そしてその博雅と鬼女の二人が奏でる音が生み出す奇瑞の様でしょう。
 そしてこの短くも(鬼女にとっては結構長い)濃密な時間の末に二人の間に通った感情がなんであったか――それはこの時点ではまだ名付けようもないものではありますが、しかし本作における葉二に新たな意味が与えられたこと、そしてその葉二を博雅が見事に吹き鳴らしたことを思えば、その先に待つものはある程度予感できます。

 しかしこの出会いのくだりは――先に述べたように博雅の逸話を引きつつも――原作にはない、本作オリジナルのエピソードであります。
 これまで描写の点では原作を大きくアレンジしつつも、物語展開においてはほぼ忠実であった本作。それが、ここまで大きく踏み出したか――と驚かされると同時に、原作ではさほど接点があった印象のない二人を、こうして結びつけてみせるかと、その違和感のなさも含めて感心してしまうのです。


 さて、物語の向かう先を大きく変えそうな出会いが描かれた一方で、謎を解くための晴明と博雅の探求は続きます。この巻のラストで二人が向かう先は浄蔵上人のもと――おそらくは一連の事件の謎を解く手掛かりに最も近い人物との出会いによって、いよいよ物語の謎は解けるのでしょうか。


『瀧夜叉姫 陰陽師絵草子』第5巻(伊藤勢&夢枕獏 KADOKAWAヒューコミックス) 

関連記事
伊藤勢『瀧夜叉姫 陰陽師絵草子』第1巻 原作から思い切り傾いた伝奇的晴明伝
伊藤勢『瀧夜叉姫 陰陽師絵草子』第2巻 動と静の対決 そして人が悪い晴明とお人好し博雅の関係性
伊藤勢『瀧夜叉姫 陰陽師絵草子』第3巻 現在と過去を行き交う物語
伊藤勢『瀧夜叉姫 陰陽師絵草子』第4巻 一大アクション、藤太対将門!

|

より以前の記事一覧