2024.09.11

激突、バグ対王道! 松井優征『逃げ上手の若君』第17巻

 単行本の中扉にて懐かしい姿で宣伝されているとおり、アニメも好評放送中の『逃げ上手の若君』ですが、単行本の方では、青野原の戦いがクライマックスを迎えます。数々の強敵を退けたはずが、その先に待ち受けていたとんでもない怪物・土岐頼遠。しかし、その先にもさらなる強敵たちが……

 北畠顕家の下で足利勢との戦いを再開し、見事鎌倉を奪還し、その勢いのまま西進する時行と逃者党。顕家の、そしてその下の奥州武士たちの一筋縄ではいかない個性に振り回されつつも、時行は彼らの人となりを知り、交流を深めていきます。
 そして迎えた青野原の戦いでは、時行と弧次郎が、それぞれかつての宿敵を打ち破り、「一人前」を勝ち取ったのですが――しかし顕家の本隊が、怪物によって壊滅寸前に!

 というところで登場したのは、原作(?)である太平記でその異常な強さを誇った土岐頼遠。本作における頼遠は、部下たちを人間とも思わず、部下たちもそれを当然と受け容れてしまう、「バグ」とまで公式に評されるほどの怪物です。
 部下たちを炸裂弾のように無造作に顕家たちの陣に放り込み、周囲ごと爆散させるという異常な戦法で、圧倒的な戦力差をものともしない頼遠に、あの顕家があわやのところまで追い詰められることに……

 というわけで、これまでにもさまざまな怪物や変態が登場してきた本作の中でも、「一体どうすれば倒せるんだこんなの……」感溢れる怪物・頼遠。これまであれほど頼もしかった奥州勢でさえ押される一方、時行と逃者党も苦戦を強いられるばかりですが――しかし、それで終わるわけはありません。
 今や軍師役を務める雫の策によって、時行たちが彼ららしい形で揺さぶりをかけ、奥州武士たちも反撃開始。そしてそこから顕家が、実に彼らしい大晦日感溢れるド派手な形で(ここで顕家に関するある史実を連想させるのが心憎い!)決めてみせる――痛快とも見事ともいうほかありません。

 そしてそこに現れているのは、頼遠はもちろん、尊氏らとも全く異なる顕家のスタイルであり、理想にほかなりません。「公武合体」「祭り」――二つのキーワードで示されるそれは、まさに本作の顕家ならではのものであり、時行がその下で戦うに相応しい存在だと感じられます。

 頼遠のバグっぷりで戦慄させつつも、終わってみれば顕家たちがある意味正当派の戦い方で勝利した上に、自分たちのあるべき姿を見せた、まさに王道の戦いであったというべきでしょうか。


 しかしもちろん、顕家と足利勢の戦いは続きます。続いてついに姿を現すのは、高師直――太平記でも最大のヒールという印象がありますが、本作でも合理性の権化として、頼遠とは別の意味で、人を人とも思わぬ彼が、ついに動き出します。
 そしてその先陣を切るのは高師冬――仮面をつけてはいるものの、バレバレなその正体は、かつては時行の師であり、郎党であったあの男であります。

 正直なところ郎党時代の彼には、強いは強いけれども、どこか歯がゆい印象もありましたが、しかしその軛が外れた姿は実に強力。味方時代にもっと早くその力を発揮しろよ! と言いたくなるその姿には、ある意味大いに盛り上がるといってよいでしょうか。

 そしてその強豪ぶりが、歴史上諸説ある顕家軍の進路決定に繋がるという展開も、実に面白いのですが――考えさせられるのは、なぜわざわざ、師冬の正体に、このような大きなアレンジを加えたかです。その理由は必ずあるはずですが、今はまだ見えないそれを、楽しみに待ちたいと思います。


 そして、何だか妖しい感じがなきにしもあらずな顕家の時行への妙な優しさや、ある意味完全に少年漫画の域を超えてしまった夏の裏切り騒動を経て、再び師直軍と対峙する顕家たち。
 しかし増援として加わった部隊はむしろ足を引っ張るばかりで、悪い予感ばかりが募ります。そしてそれが早くも当たり、ここであまりにも突然の犠牲が――と思いきや、さらに突然に明かされるある真実が!

 さすがにいくらなんでもちょっと突拍子もなさすぎるのでは、と思いつつ、さてそれをどう料理してみせるのか、早くも次巻が楽しみです。


『逃げ上手の若君』第17巻(松井優征 集英社ジャンプコミックス) Amazon

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2024.08.18

永尾まる『猫絵十兵衛 御伽草紙』第24巻 旅路から江戸へ 「帰ってきた」十兵衛

 約一年ぶりの『猫絵十兵衛 御伽草紙』は、前々巻から続いてきた旅情編(?)がいよいよ完結――長らく江戸を離れていた十兵衛とニタが、いよいよ江戸に帰ってきます。旅先でも江戸でも変わらぬ人の、猫の、妖の姿が、二人を狂言回しに今日も描かれます。

 ふらりと江戸を離れて越後、佐渡を訪れた猫絵師の十兵衛と猫又のニタ。のんびりと旅を続ける二人は、途中で猫絵に奮闘する若き殿様と知り合ったりと、行く先々で様々な人や猫に出会ってきました。
 そしてこの巻の半ばまでは、二人が江戸に帰るまでの旅路が描かれることになります。

 安中で(猫又に)大人気の名物(とニタ)の思わぬ姿が描かれる「名物猫の巻」
 傲慢さが災いして、卒中の療養旅の途中で使用人に放り出された若旦那が、思わぬ猫情に助けられる「報謝猫の巻」
 猫絵の殿様と善光寺の門前町を訪れた二人が、人間の赤子を連れた猫又と出会う「猫絵の殿様篇 参の巻」
 殿様と別れた二人が、名物住職がいるという寺で目の当たりにした思わぬ「説法」の顛末「説法猫の巻」
 何者かの導きで異界に落ち込んだ十兵衛が、奇怪な世界を彷徨った末に出会ったものを描く「青面猫の巻」
 前回の疲れも十兵衛に残る中、本書の表紙を飾る撞木娘の導きで碓氷峠を越える「碓日の坂猫の巻」

 いずれも旅先ならではというべきか、実にバラエティに富んだエピソード揃いですが、その中で個人的に特に印象に残ったのは、「猫絵の殿様篇 参の巻」と「青面猫」です。

 前者は猫絵の殿様といいつつ、むしろ十兵衛たちが出会った風変わりな猫又が主役の物語。可愛がってくれた一家の妻が亡くなり、主人と赤ん坊と共に善光寺詣でに出たものの、主人も旅先で亡くなって残されたのは赤ん坊と猫――というだけで胸が塞がる思いですが、そんな苦難の果てに辿り着いた善光寺で待つものの姿(と猫のリアクション)には、ただ涙涙。泣かせという点では、この巻随一のエピソードです。

 一方後者は、何者かに惹き寄せられるようにニタから離れ、異界に足を踏み入れた十兵衛の姿を描く異色作ですが、注目すべきはその異界の、何とも悪夢めいた不条理な、そしてどこか蠱惑的な姿でしょう。
 元々、作者は一種のダークファンタジーを得意にする作家という印象もあり、これまでも(本作に限らず)時折描いて来た異界の姿には、魅力的なものがありました。その味わいは、このエピソードにおいても変わらず――そしてそれだけに、異界で十兵衛を待つものの意外かつ納得の正体に頬が緩むのです。


 こうして江戸に帰ってきた二人ですが、待つのは相変わらず賑やかな人と猫の姿です。
 長いこと留守にしていた十兵衛が、江戸に帰って最初にすることになった「仕事」を描く「初仕事猫の巻」
 かつて国府台城の姫君が体験したという不思議な猫の掛け軸を巡る物語「国府台城の猫の巻」
 賑やかな花見に出かけた十兵衛とニタが、そこで奇品の鉢植えを売る思わぬ人物と再会する「奇品猫の巻」
 毎度お騒がせの猫又三匹衆が、外で粗相をしたのをきっかけに、大変な騒動に発展する「かしわ猫の巻」

 ここに登場するのは、西浦さんや猫又たちといった、懐かしい顔ぶれですが、まさしく「実家に帰ったような」感覚で、旅は旅で楽しいけれど、帰ってみると普段の日常がまた愛おしい――という、誰しも経験があるであろう、あの感覚を味わうことができます。

 一方、そんな中で異彩を放っているのが「国府台城の猫」。この城があったのは室町後期から末期なので作中から見ても過去の話ですが、その頃に起きたという奇譚を、本作のキャラクターが演じるという一種のコスプレ回といえるかもしれません。
 主演の信夫が演じる姫君が、不思議な掛絵から飛び出してくる猫に惚れ込むも、その猫を現実のものにするためには一ヶ月触れてはならず――という、猫好きには拷問のような話ですが(またここで登場する猫(演:百代)が可愛い!)、地元民でもほとんど知らないような話を採話しているのに、個人的には驚かされたところです。


 さて、こうして江戸に帰ってきた十兵衛とニタですが、一読者としても「帰ってきた」という想いが強くあります。というのも、本書のラストとその一話前は、掲載誌にして約三年間の休載を挟んでいたのですから。
 その間、愛読者としては大いに不安だったのですが、こうして帰ってきたからには(どんなペースでもよいので)また温かい物語たちを、この先も描き続けてほしいと――そう心から願っています。


『猫絵十兵衛 御伽草紙』第24巻(永尾まる 少年画報社にゃんCOMI) Amazon


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永尾まる『猫絵十兵衛 御伽草紙』第17巻 変わらぬ二人と少しずつ変わっていく人々と
永尾まる『猫絵十兵衛 御伽草紙』第18巻 物語の広がりと、情や心の広がりと
永尾まる『猫絵十兵衛 御伽草紙』第19巻 らしさを積み重ねた個性豊かな人と猫の物語
永尾まる『猫絵十兵衛 御伽草紙』第20巻 いつまでも変わらぬ、そして新鮮な面白さを生む積み重ね
永尾まる『猫絵十兵衛 御伽草紙』第21巻 バラエティに富んだ妖尽くしの楽しい一冊
永尾まる『猫絵十兵衛 御伽草紙』第22巻 変わらぬ江戸の空気、新しい旅の空気
永尾まる『猫絵十兵衛 御伽草紙』第23巻 人情・猫情・妖情そして旅情の原点回帰

『猫絵十兵衛御伽草紙 代筆版』 三者三様の豪華なトリビュート企画

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2024.08.13

「コミック乱ツインズ」2024年9月号(その二)

 「コミック乱ツインズ」2024年9月号の紹介の後半です。

『猫じゃ!!』(碧也ぴんく)
 今年の5月号に掲載された碧也ぴんくの猫漫画が嬉しいことに続編登場――江戸の猫絵師といえば今でも知らぬ人のいない歌川国芳を主人公に、猫好き悲喜こもごもが今回も描かれます。

 前回国芳の家にやってきたメス猫のおこま。しかしおこまはどうしても畳一畳の距離を国芳と置いて、なかなか近くで絵に描けない状態(冷静に考えると絵を描くのが前提な時点で既におかしい)なのが悩みの種です。
 しかもおこまは女房のおせいには猫吸いすらさせると知った国芳は、何とかおこまとお近づきになろうとするのですが……

 と、猫飼いの夢にして醍醐味・猫吸いが一つのフックとなっている今回。実際にやってみるとそこまで楽しくなかったりするのですが――しかしそれも一つのネタとしてきっちり描かれているのが楽しい――猫に好かれようとして逆に引かれるというのは、おそらく古今東西の猫好きの共通の悩みであって、思わずあるあると頷いてしまいます。
 そしてラストの国芳の決断(?)もまた……

 主人公とその周りが基本的に野郎どもなのでゴツめのキャラが多い一方で、いかにも美猫のおこまのビジュアル、そして仕草も可愛らしく(その一方でゴツ猫のトラも、また滅茶苦茶猫らしい……)、猫好きには何とも楽しい一編です。

(しかし途中で登場する国芳の弟子で美男の「雪」は、やはり美男で知られた国雪なのでしょうね)


『ビジャの女王』(森秀樹)
 ついに蒙古兵が城内になだれ込み、いよいよクライマックスという感じになってきた本作ですが、前回ブブがオッド姫に語った、ラジンが姉の仇という言葉の意味の一端が、ついに明かされることになります。

 姉が「あるもの」に取り憑かれたことをきっかけに、母と姉とともに放浪を余儀なくされたブブ。しかしその最中にラジンの父・フレグ麾下の蒙古軍に襲われ、ブブの姉は連れ去られて――と、以前突然登場して???となった「あるもの」が、ここで物語に繋がるのか!? と大いに驚かされること請け合いであります。
 しかし今回は全てが語られたわけではなく、ブブの父についても意味深に語られていることを考えると、この辺りはこの先まだまだ絡んでくることになるのでしょう。

 そして後半、物語の舞台はオッド姫が避難した地下街に移るのですが――ここでまたジファルが登場したことで、物語はややこしい方向に転がっていきそうです。


『カムヤライド』(久正人)
 オトタチバナの犠牲(?)で大怪獣フトタマは倒したものの、すっかり忘れられかけていたモンコ。カムヤライドへの変身時にウズメに絡みつかれ、動きを封じられたモンコですが、しかし驚いているのはむしろウズメの方で――という引きから続く今回は、モンコの体の秘密(?)から始まります。

 そもそも、ヒーロー時の変身時を狙うというのは一種の定番ですが、土からできているカムヤライドスーツに対して、土属性の(そして能力を全開にした)ウズメが一体化して――というその変身阻止ロジックが実に作者らしく面白い。しかしそれだけではなく、一体化できちゃったのはスーツだけではなかった!? という展開が巧みです。
 さらにそこから、変身阻止パターンがヒーロー洗脳パターンに繋がっていく――そしてそれが対「神」兵器である神薙剣攻略法となるという、流れるように全てが繋がっていく展開には、気持ちよさすら感じます。

 かくて始まったカムヤライドvs神薙剣のヒーロー対決ですが、操られながらも抵抗してみせるのもヒーローの美学。(一転してマスコットキャラみたいになった)オトタチバナの信頼がその引き金になるというのがまた泣かせますが、本当に泣かせるのはそこからです。
 図らずもこの物語の始まりとなった、開ける者・閉じる者・奪った者の出会いが再び――なるほど、この顔ぶれは! と唸るひまもあらばこそ、畳み掛けるような演出の先に待つものは……

 いやはや、こちらも泣くほかない感動の場面なのですが、次回からwebに移籍というのはちょっと涙が引っ込みました。本誌の楽しみの一つが……


 そんなわけでちょっぴり凹んでいますが、次号は『前巷説百物語』と『そば屋 幻庵』が復活とのことです。


「コミック乱ツインズ」2024年9月号(リイド社) Amazon


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2024.07.16

『逃げ上手の若君』 第二回「やさしいおじさん」

 諏訪頼重に保護されたものの、足利高氏側についた者たちの目は厳しく、鎌倉から出られずにいた時行。そんな中、時行は、兄・邦時が伯父の五大院宗繁の裏切りで捕らえられ、斬首されたことを知る。さらに自分をも捕らえようとする宗繁に対し、時行は頼重の言を受けて仇討ちを狙うが……

 前回に引き続き鎌倉を舞台とする今回は、時行が新たに加わった郎党たちとともに、兄の仇・五大院宗繁を討つまでが描かれます。前回は時行の逃げ上手を描いたとすれば、今回はその逃げ上手の意味――逃げ上手が英雄の資質ともなる、その理由を描いたエピソードといえるでしょうか。
 アニメとして、内容的にはもちろん原作をなぞりつつも、細かいエピソードやキャラクターの登場順を時に入れ替え、アレンジしたセリフやオリジナルのシーンを加える構成は前回同様ですが、それがメリハリの効いたアクション(省エネな場面もあれば、ラフなタッチで驚くほど動きまくる場面もあって)と相まって、アニメならではの、アニメだからこその面白さに繋がっていたと感じます。

 そして今回のメインの敵となる「やさしいおじさん」五大院宗繁は、絵に描いたようなヒューマンダストなわけですが、それを鬼畜大賞(とは)受賞シーンで各分野総ナメで示す演出が楽しい(そんな中で知名度だけ信長に負けるところも。鬼畜大賞1333に信長? という気がしますが)。
 宗繁は原作でおそらく初の漫画化だったということは、間違いなく初のアニメ化ですが、ここでは伊丸岡篤氏の怪演もさることながら、人生の双六を上がるには賽の目が足りない云々言っていたことからの「賽の鬼」を、原作では小ネタとして使われた未来の双六を思わせる描写を絡めて強調してみせるのが面白いところです。

 面白いといえば、原作では第1話のラストで何となく仲間になっていた弧次郎と亜也子が、こちらでは仇討ちの前のタイミングで時行の前に現れるというのはなかなかケレン味があってよいアレンジだったと感じます(いきなり件の双六やってますが)。
 ここで時行と対面した直後、雫・弧次郎との会話の中で時行のことを、亜也子が「かわいかった 持ち運びしたい!」「強くないなら守ってあげなきゃね」と評するのは、オリジナルながら如何にもこの子らしい表現(解釈一致というか)で、実に良かったと思います。

 そしてオリジナルシーンがさらに光るのは、今回のラスト――時行に討たれた宗繁の首が、落ちてくる鞠に重なるようにかつての時行と邦時の会話に入り、その中で邦時が「がんばれ!」という言葉を(結構強引ではあるのですが)かけてくるくだりは泣かせてくれます。
(言うまでもなくこれは、宗繁に売られた邦時が、前回鞠が落ちるのと重ねて首を落とされた演出と対応しているわけですが)

 このようにオリジナルを加えつつ、原作を外れすぎない程度に再構成している点は、原作読者として特に印象に残るのですが、もう一つ印象に残ったのは、焼け野原となり色彩が失われた鎌倉の姿です。
 このシーンではほとんど水墨画のような背景を時行と頼重が歩くのですが――往時の鎌倉とはうって変わった廃墟の姿が、親兄弟も味方も全てを失った時行の心象と重なる中で、今回もう一人の「やさしいおじさん」である頼重の言葉に合わせるように、廃墟に光が差し込むという演出は、わかりやすくも象徴的で実に良かったと思います。

 派手なアクションとともに、こうした静かな見せ方も織り交ぜてくる本作、この先も期待してよさそうです。


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2024.07.12

松井優征『逃げ上手の若君』第16巻 宿敵との再戦、「一人前」を目指す若武者二人!

 アニメもいよいよ放送が始まった『逃げ上手の若君』ですが、単行本最新巻では、鎌倉を再び奪還した時行が、引き続き北畠顕家の下で足利勢との激戦を繰り広げます。戦いの地は青野原――「一人前」を目指す、若武者二人の戦いが描かれます。

 雌伏の時を終え、北畠顕家の下で南朝方として足利勢との戦いを開始した、時行と逃者党。因縁の斯波家長との死闘を終え、再び鎌倉を奪還した時行ですが、鎌倉に腰を落ち着けているわけにはいきません。
 わずか数日で鎌倉を離れ、西へと進軍する南朝方ですが――この巻の前半では、合戦に至るまでのいくつかのエピソードが描かれます。

 その中でも特に印象的なのは、冒頭の北条泰家との別れでしょう。これまで、時行の叔父の「やるぞ」おじさんとして、作中で強烈なインパクトを見せてきた泰家。しかしある意味時行以上の逃げ上手として奮戦してきた泰家も、家長に捕らわれ、心身ともに大きなダメージを負いました。
 そしてここでは、時行が泰家を引退させるべく、ある策(?)を巡らせるのですが――その内容もさることながら、それを受けての泰家の姿が、涙腺を刺激します。

 華々しく戦った末に討ち死にするという、当時の武士の理想を真正面から否定してきた本作。ここで描かれた泰家のリタイア劇もまた、それに相応しいものというべきでしょう。史実との整合性をドラマの余韻に活かしてみせたのも、また見事というほかありません。

 そしてもう一つ印象に残ったのは、途中で兵糧不足に陥った南朝方が、ついに略奪に手を染めるというエピソードです。
 兵糧不足は前巻でも描かれましたが、一度は解消したそれが再び深刻なものとなり、ついに――というのは、少年漫画の主人公が属する軍の所業としては、やはり衝撃的であると同時に、そこから逃げずに、正面から描いて見せたのには、好感が持てます。

 そしてそこから顕家の内面と、奥州武士との絆が描かれるのも巧みなのですが――この略奪での汚れ役に、史実(太平記)がシリアルキラーの結城宗広という、これ以上ない適任を配置してみせたのには、もしかしてこのためにこの人を出したのか!? と感心させられた次第です。
(しかしシレッと大変なことをいう秕は色々と不安すぎるので、やはりなるだけ弧次郎と一緒に配置して、支援Sにしてほしいところです(FE脳))


 さて、こうしたエピソードを経て始まるのは、青野原――後の関ヶ原(の近く)で繰り広げられる、足利勢との大激突です。

 鎌倉を抜いて勢いに乗る南朝勢と、京を守るべく布陣を固める足利勢――加わる将の数も兵の数も多い合戦ですが、ここで注目すべきは、北条時行vs小笠原貞宗、弧次郎vs長尾景忠の二つの対決でしょう。
 時行にとって信濃時代からの最初の敵であり、これまで幾度となく死闘を繰り広げてきた弓の達人・小笠原貞宗。小手指原で弧次郎と激突して以来、上杉憲顕に改造された人間兵器として立ち塞がってきた長尾景忠――それぞれに宿敵というべき相手です。

 既に何度目かわからない対決でありながら、なおも底知れぬ実力を見せる強豪の相手は、いまだ少年というべき二人はあまりにも不利というほかありません。しかしそれでも二人は臆することなく挑みます。強敵との戦いの先に、武士としての未来があると信じて。
 死闘の果てに「一人前」を勝ち取ったとなった二人の姿は、二人の、そして仲間たちの戦いを始まりから見ていた身には、本当に感慨深いというほかありません。

 そしてまた、敵ながらその姿を讃える――そしてその中で、あの胡散臭い人の名を口にするのが泣かせる――貞宗の言葉は、戦いの一つの区切りを告げるものといってよいかもしれません。


 と、そんないい感じで終わるかと思いきや、そこからとんでもない方向に振り切ってみせるのが本作の恐ろしいところであります。

 勝利を重ね、あとは顕家の本隊が勝負を決するのみ、というところまできたと思えば、その本隊を壊滅寸前まで追い込んでいた土岐頼遠――配下たちの生死の感覚をバグらせるほどのフィクションみたいな(フィクションです)戦闘力の前に、さしもの顕家もあわや、というところまで追い込まれます。

 そこに駆けつけた時行たちは、はたしてこの怪物を能く制し得るのか!? 時行たちと奥州勢が総がかりで挑んでもまだ不安が残る戦いの行方は、次巻にて。

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2024.07.08

『逃げ上手の若君』 第一回「5月22日」

 1333年、鎌倉幕府執権の跡継ぎである北条時行は、武芸の稽古を嫌い、逃げ回るばかりの毎日。そんなある日、時行の前に現れた胡散臭い神官・諏訪頼重は、彼がやがて英雄となると告げる。しかしそれからまもなく、足利高により幕府は瞬く間に滅亡。ただ一人残された時行の前に再び頼重が現れる……

 原作の連載も快調な『逃げ上手の若君』のアニメ版がスタートしました。原作連載開始時は、そのあまりにニッチな題材に驚いたものですが、しかし瞬く間に人気となり、こうしてアニメとなったのは欣快の至りであります。
 しかしそうはいってもやはり題材が題材、そしてあの原作の独特のノリをどのようにアニメにするのか――と思いきや、この第一回は、冒頭から「まんが日本の歴史」的ブツを見せるという、ある意味非常に挑発的なことをやってくれるのには、こちらもニッコリするほかありません。

 さて物語の方は、原作第一話をほぼ忠実になぞってはいるものの、本編冒頭の入り方を、弓の稽古から逃げまくる(単行本最新刊の内容を思うとなかなか感慨深い)時行の姿から描くというのは、わずかなアレンジながら良いものであったかと思います。
 その後も、時に原作の台詞を最小限ながらアレンジ・省略したり、同じ台詞であっても、キャラクターの動きやエフェクトを重ねることで、原作に忠実だけれどもそのままではない、という作り方は好感が持てます。
 本来は当たり前と言えば当たりですが、原作で描かれたもの、原作から描かれるべきものをきちんと踏まえた上で、アニメとして何をどう見せるかを考えた跡が窺える作品というのは、やはり(本当は大胆なアレンジが大好きなタチの悪い)原作ファンとしても嬉しいものです。

 ただ少々残念というか、引っかかってしまったのは、その一方でギャグシーンになると途端に原作そのままになってしまうことで――これは原作のギャグシーンの独特のノリを考えると、仕方がない点ではあるのですが、何となく見ているこちらが(原因不明の)気恥ずかしさを感じてしまうところではあります。
 とはいうものの、ギャグシーンの大半を占める頼重の描写については、いちいちギラギラ輝く後光というかエフェクトは、もちろんこれもアニメならではの楽しさではあって、そこに変t――いや、胡散臭いイケメンを演じさせたら実に巧みな中村悠一氏の声も相まって、文句なし。本作の序盤を引っ張る存在である頼重のデビューとしては、ほぼ満点というべきかもしれません。

 そしてまた、今回のクライマックスというべき、頼重が一度は助けた時行を崖から落とし、敵方の武士に時行の存在を告げて――というくだりから始まる時行の「逃げ殺陣」とでもいうべきアクションも実に良かった。
 第一回なので過剰な期待は禁物とは思うものの、普通のバトルシーンとは組み立て方が全く異なるであろうアクションをこうして見せてくれるのであれば、この先も期待できるというものでしょう。


 というわけで、少なくとも原作ファンとしては納得のいく滑り出し、原作を知らない方でも、頼重のインパクトと、アクションのクオリティ、あとはまあ時行の可愛さで結構掴めるのではないかと思えた第一回ですが――これは本当に個人の印象なのですが、気になってしまったのはOPとEDの映像です。

 原作では(もちろんアニメ版でも)厭な感じに即惨殺されたキャラクターが、きっちりOPとEDに顔を出しているのがどうも妙に心に残ってしまうところで、原作ではキャラ的な重みはほとんどない(けれども立ち位置やビジュアル的にそれなりに印象に残る)キャラだけに、OPEDで元気な姿を見ると、毎回微妙な気分になりそうだな――というのは取り越し苦労だとは思いますが、正直な感想ではあります。クライマックスで豪快に裏切った奴が楽しそうに仲間していることについては――まあここでは仕方ないですね、こればっかりは)


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2024.05.26

梶川卓郎『信長のシェフ』第37巻 未来の料理が伝える無限の可能性の世界へ

 連載開始から13年、37巻にして、ついに物語が終幕を迎えます。ケンの奮闘虚しく、ついに起きてしまった本能寺の変。その一方で生まれた大きな歴史の変化は、この先どのような結末をもたらすのか――?
(この先、できるだけネタばらしはしないように努力します――できる範囲で)

 光秀の挙兵の理由を理解し、本能寺の変を未然に防ぐべく奔走するケンと、その動きを察知した光秀――挙兵を目前に、二人の間で繰り広げられる頭脳戦。しかしこと戦いにおいてはやはり一枚上手だった光秀は、ついに京に攻め込み、本能寺は炎に包まれます。
 その一方で、ケンが全てを打ち明けて協力を要請した秀吉が、史実よりもはるかに早く京に到着。はたして歴史は未知の領域に踏み込むのか……

 この巻は、そんな何ともクライマックスに相応しい展開から始まります。はたして信長は本当に本能寺で討たれたのか? 仮に逃れたとしたらどのようにして? いや何よりも、全ての手段を封じられたケンがどうやって危機を伝えたのか?
 いくつもの疑問が浮かびますが、その一つ目については、まあここで触れるのも野暮というものでしょう。むしろ問題は三つ目ですが――ここで鍵となるケンの料理には驚かされます。まさかの初期も初期から持ってくるとは……

 思えば本作においてケンの料理は、難局の打開と、人の心を動かす/救うこと、そしてケン自身のサバイバルに(もちろん、この三つはそれぞれ重なることも多かったわけですが)役立って来ました。
 ここでまず難局の打開にその力を発揮したわけですが、しかしそれだけにとどまりません。中盤以降、思わぬ展開を見せる物語の中で、ケンの料理は再び、いや三度活躍するのです。


 二転三転する状況の中、ある人物を連れ、京を離れることとなったケン。失意と悲しみ、そして喜びという複雑な感情を味わい、死を目前としながらも自分の信念を決して曲げないこの人物に、ケンは料理を作らせてほしいと申し出ます。
 その料理を通じてケンがこの人物に伝えようとしたこと――それは、未来から来たケンだからこそ語ることができる、この世界が持つ無限の可能性を告げるメッセージであります。

 既に「結果」である未来から来たケンが、それを不確定なものにしてしまいかねない可能性を肯定する――一見矛盾したものに感じられますが、しかしこの場合は違和感がありません。
 何よりも、この料理が、他の誰よりも頑なであった人物の心を大きく動かす様は、クライマックスに相応しいと感じます。

 そしてその人物の願いを背負い、単身秀吉軍に立ち向かうケン(こう書くと嘘のようですが、本当なのだから仕方がない)。ここでケンが繰り広げるのは、これまでも幾度がケンが戦場で見せてきた、料理を、料理法を生かしたサバイバル術であります。
 いやはや、最後の最後までのこの大盤振る舞いには、快哉を叫ぶしかありません。


 正直なところ、物語の結末としては、個人的にはちょっと苦手な展開ではあります。特に最終回は、戦国転生ものか! と思わないでもありません。(いや、元々そういうものだと言われれば返す言葉はないのですが)

 しかし、本能寺の変を越えた先で、ケンがいなければそこになかったはずのもう一つの命の存在を描く――それによって、この世界の大きな歴史と、個人の小さな歴史の変化を結びつけて物語の実質的な終幕とするのは、本作ならではの、まことに後味の良い結末というべきでしょう。
 また大きな謎として描かれた、現代から来た箱の正体も、一瞬「ん? これだけ⁉︎」と思わされますが――ケンがこの箱の中身を知っていれば、それを受け入れて結末が変わったかもしれないことを思えば、粋な使い方と感じます。

 色々な意味で決して平坦ではなく、紆余曲折を経てたどり着いた物語の結末。それは人を食ったように意外で、しかし納得の行くものでした。先に述べた私の小さな拘りなど、「様を見ろ」と言われてしまいそうな……

 タイムスリップ時代劇として、まさに歴史に残る作品の大団円であります。


 ちなみに連載誌のサイトでは、単行本未収録のおまけ漫画が二編掲載されています。実に楽しい内容で(必ず本編を読んでから!)、こちらも必読です。


『信長のシェフ』第37巻(梶川卓郎 芳文社コミックス) Amazon

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 『信長のシェフ』第12巻 急展開、新たなる男の名は
 梶川卓郎『信長のシェフ』第13巻 突かれたケンの弱点!?
 梶川卓郎『信長のシェフ』第14巻 長篠への前哨戦
 梶川卓郎『信長のシェフ』第15巻 決戦、長篠の戦い!
 梶川卓郎『信長のシェフ』第16巻 後継披露 信忠のシェフ!?
 梶川卓郎『信長のシェフ』第17巻 天王寺の戦いに交錯する現代人たちの想い
 梶川卓郎『信長のシェフ』第18巻 歴史になかった危機に挑め!
 梶川卓郎『信長のシェフ』第19巻 二人の「未来人」との別れ、そして
 梶川卓郎『信長のシェフ』第20巻 ケン、「安心」できない歴史の世界へ!?
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 梶川卓郎『信長のシェフ』第27巻 本願寺への道? ケン、料理人から××へ!?
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 梶川卓郎『信長のシェフ』第33巻 対面! 最後の現代人
 梶川卓郎『信長のシェフ』第34巻 ついにわかった犯人と動機!? ケンと光秀の攻防始まる
 梶川卓郎『信長のシェフ』第35巻 動くか秀吉 ケンと勘兵衛の和睦交渉
 梶川卓郎『信長のシェフ』第36巻 炎の本能寺! ついに武器を手にしたケン

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2024.04.21

輪渡颯介『捻れ家 古道具屋 皆塵堂』 曰く付きの建物連発、消えた若旦那は何処に

 快調に巻を重ねる『古道具屋皆塵堂』最新作は、皆塵堂版「変な家」というべき、建物にまつわる怪談。飲み仲間の若旦那と奇妙な建物に迷い込み、自分だけ帰還した職人・念次郎。皆塵堂の面々とともに、若旦那の行方を追う念次郎ですが、まだまだ建物にまつわる怪異は終わらず……

 中秋の名月の晩、飲み仲間である取引先の若旦那・松助と飲み歩いていた筆職人の念次郎。しかし二人が気付いてみれば、そこは見覚えのない料理屋の一室――三人分の膳が出ていたものの、自分たち以外の人間は見当たらず、しかも料理屋の中を歩き回っても、元の部屋に戻ってしまうではありませんか。
 実は幼い頃から二階に気をつけろ等、奇妙な教えを受けてきたという松助。背に腹はかえられず、出口を求めて二階に登った二人ですが、そこでも状況は変わらないどころか、松助はどこかに消え、念次郎は煙に巻かれて意識を失うのでした。

 そして意識を取り戻してみれば、季節外れの桜の枝と、見覚えのない掛け軸を手に、ただ一人外で寝ていた念次郎。偶然通りかかった皆塵堂の大家・清左衛門に助けられ、事のあらましを語った念次郎は、こういう事件なら――と、皆塵堂に行くよう促されるのでした。

 やがて、松助の祖父そして父がそれぞれ十八年おきに行方不明となり、死体で発見されていたことを知る念次郎ですが、何やら知っているらしい松助の叔父は、理由を明かさずに江戸中を探している様子。
 念次郎も、皆塵堂の面々の助けを借りながら松助の行方を探すものの、何故か目が覚めた時に見覚えのない建物の中にいて、幽霊に出会ったりと、恐ろしい目に何度も遭う羽目になります。

 はたして松助の行方は、そして彼の家系に、かつて何が起こったのか……?


 というわけで、今回のテーマは「建物」。時空が捻れたような料理屋、封印された長屋、幽霊が現れる風呂屋、勤める者が次々と倒れていく大店――直接的な怪異もあれば、間接的なものもありますが、建物だから近寄らなければいい、というわけにもいかないのが恐ろしい。
 そこに「在る」曰く付きの建物に、知らぬ間に引き寄せられていくのには、何ともいえぬ湿度の高い不気味さがあります。

 もっとも、そこに絡むのが皆塵堂のお馴染みの面々のおかげで、物語に暢気な味わいがあるのはいつものことではあります。
 特に今回は、勘当された(元)若旦那・円九郎が、準主役的な出番の多さで登場。ダメなやつには基本的に容赦のないシリーズですが、いつまでも反省しない彼のいい加減さに、「こいつならいいや」的に厭な目に遭いまくる姿には、同情したり笑ったり――と何ともユーモラスです。

 しかし、皆塵堂側が可笑しいからといって、怪異の側は全く手を抜かず大真面目なのも、また本シリーズならではであります。
 特に今回は、一歩間違えれば、いや過去に何度も人死が起きている、洒落にならない展開(終盤に明かされる、そのロジックが地味に恐ろしい!)。そんな中で現れる幽霊は何者なのか――少しずつ謎が明らかになっていく過程もまた、本作の醍醐味でしょう。


 ただ本作は、ちょっと残念なところもシリーズ定番ではあります。

 いつもながらに霊感が冴え渡るシリーズレギュラーの太一郎は、そもそもの料理屋の謎自体はある理由から解き明かせないものの、それ以外については相変わらずの千里眼ぶり。途中の事件など、彼一人でほとんど全てを解き明かしてしまうのは、さすがにやりすぎに感じられます。

 前作はその辺りをうまく回避していましたが、彼の能力をいかに封じるかが、物語の面白さに繋がってくるというのは、やはり困ったもの。
 物語もキャラクターも楽しめる作品だけに、その点は(シリーズのファンだからこそ)どうにも勿体なく感じてしまうのです。


 ちなみに本作は、これまでシリーズで不明だった作中年代が初めて特定できる記念すべき作品――と喜んでいるのは私だけかもしれませんが、年表マニア的には嬉しいことです。


『捻れ家 古道具屋 皆塵堂』(輪渡颯介 講談社文庫) Amazon

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2024.04.15

「コミック乱ツインズ」2024年5月号(その一)

 「コミック乱ツインズ」2024年5月号は、表紙が『そぞろ源内 大江戸さぐり控え帳』、巻頭カラーは『鬼役』、そして特別読み切りが一挙三作掲載されています。今回も、印象に残った作品を一つずつ紹介します。

『江戸の不倫は死の香り』(山口譲司)
 家族同然に付き合っていた友人の治兵衛に、妻のおまつを寝取られた小間物屋の源七。しかし潔く離縁した源七は、入り婿だったため、二人の娘を残して家を出て去るのでした。
 その後、我が物顔に出入りしてはおまつといちゃつく治兵衛。しかしおまつが重い病に罹った後、治兵衛は彼女の二人の娘――盲目のおゆうとまだ幼いおかつたちに目をつけて……

 不義が露呈してもやけにあっさり夫が引き下がった――と思いきや、個人的に本作史上最も胸糞悪い展開となった今回。これはさぞかし凄惨な復讐が――と思わず期待してしまいますが、意外な結末を迎えることになります。
 これはさぞかし例繰方も頑張ったのだろうな、と今号の特別読み切りを思い浮かべたりしましたが、前回に続き、変化球のエピソードというべきでしょうか。なんかいい話っぽくまとめても、やっぱり最低の話ですが!


『猫じゃ!!』(碧也ぴんく)
 今号の特別読み切りその一は、何と本誌初登場となる碧也ぴんくによる猫漫画。作品の大半が歴史ものながら、江戸ものは比較的少ない印象の作者(もっとも最新作は江戸もの)ですが、今回の題材は猫大好きの浮世絵師――そう、歌川国芳であります。

 浮世絵を学びたいと、国芳の門を叩いた七歳の河鍋周三郎。しかしやたらとゴツくて荒んだ印象の国芳は、ろくに絵も教えずに出歩いてばかり。しかも畳の隙間に米粒をくっつけるという奇行まで見せます。
 さすがに呆れてきた頃、周三郎は町で他の猫と喧嘩しているトラ猫を目撃するのですが……

 と、今や江戸で猫といえばこの人、というべき超有名人を題材とした本作。当然、同じ題材の作品も数多くありますが、本作はまだ幼い子供の目から描くことで、国芳の奇人ぶりと、それと背中合わせの人情(?)を浮き彫りにしてみせます。
 特に、冒頭からひたすら怖かった国芳が「碧也スマイル」というべき顔を見せるシーンは実に印象的。河鍋少年の登場や、猫の名前がおこまだったりと、ニヤリとできるところも含めて、流石、安心して読める作品です。
(にしても「肝は据わっておる」と自称する河鍋くん、そりゃあ貴方はそうでしょうとも……)


『ビジャの女王』(森秀樹)
 いよいよクライマックスの蒙古軍とビジャの攻防戦――ついに残り一本となった攻城塔のバランスを崩し、城壁を壊しつつ侵入経路を作るという蒙古軍の奇策が炸裂したのには、さすがに飄々としたモズも首を傾けたまま固まっています。
 が、そこで蒙古軍の作戦の思わぬ穴が判明、なるほど、そりゃそうだよなあ――と思わされつつ、更なる混沌とした状勢に繋げていくのはお見事です。

 ここで妨害策に出たモズですが、しかしその内容があまりに当然過ぎるのが災いして――という展開は、本当に迂闊すぎて、これも策の一つではないかと疑いたくもなります。流石にそれは深読みという気がしますが、いずれにせよ、もう後がない両軍の決着もあとわずかでしょう。


『殺っちゃえ!! 宇喜多さん』(重野なおき)
 自らの身を囮にして相手に出来た隙を、自らの肉親に突かせるという、ちょっと暗殺大名らしからぬ戦法で、ついに三村元親を追い詰めた宇喜多直家。

 このクライマックスの状況で、毎回四コマギャグをやるのが凄いのですが(特に自分でも落ち着かない直家とか)――やはり今回のクライマックスは直家が語る、ある意味身も蓋もない、しかし彼だからこその戦国大名観と、それと表裏一体というべき、元親が悟った彼の敗因でしょう。
 ギャグを織り交ぜながらも、戦国という時代と、その中で生きる戦国大名の精神性を描いて見せる様は、やはりさすがと感じます。

 しかし今回のオチは、微笑ましくはあるものの、やはり以前の直家の所業を見るとちょっと素直には笑えない気も……


 長くなりましたので次回に続きます。


「コミック乱ツインズ」2024年5月号(リイド社) Amazon


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2024.04.11

松井優征『逃げ上手の若君』第15巻 決着、二人の少年の戦い そしてもう一人の少年

 捲土重来を期して北畠顕家の下での戦いを開始した時行と逃者党。その前に立ち塞がるのは、奥州総大将兼関東執事として鎌倉を守る斯波家長であります。杉本寺で周到な防御を固め、あらゆる策で時行に揺さぶりをかける家長との対決の行方は――いま、二人の少年の戦いが決着します。

 「中先代の乱」が敗北に終わり、一度は伊豆に逃れたものの、南朝に帰参し、北畠顕家の下で再起した時行と逃者党。二年ぶりの戦いの緒戦では、かつての関東庇番衆の一人、今は奥州総大将兼関東執事となった家長と激突、勝利を飾るのでした。
 しかしその策士ぶりに磨きをかけた家長は、鎌倉の杉本寺で防御を固め、顕家と時行を待ち受けます。短期決戦を望む顕家は力攻めを決意、時行はその先鋒を務めることに……


 というわけで、この巻の前半で描かれるのは、顕家・時行と家長の決戦である杉山寺の戦い。かつては庇番衆最年少であり、未熟な部分も感じられた家長も、その長い役職名に相応しい実力でもって、時行たちを待ち構えます。
 それも、狭く急な石段の上で待ち構えるという単純明快かつ強固な陣構えだけでなく、捕らえた時行の叔父・泰家を人質に取ることで時行の動揺を誘い、そこにドーピングにドーピングを重ねた長尾景忠が襲いかかるという周到な策。逃げるも戦うもならず、時行たちは絶体絶命の状態に陥ることになるのですが……

 捨てる神あれば拾う神あり。どう見ても新たな仲間だったあのキャラがついに参戦、滅茶苦茶にケレン味たっぷりなアクションで初陣を飾ります。さらに顕家が、それ以上に美しいんだか何だかわからない秘技を披露――新キャラが大活躍して状況を変えるという、新章の冒頭として理想的な展開となります。

 しかしこの先を決めるのは、両軍の大将である二人の少年です。それぞれに大切な人々の想いを背負ってきた時行と家長が、それぞれの持てる力を出し尽くしてぶつかり合う様は、ただ激しく美しく、そして切なく映ります。
 人を食ったようなギャグやパロディを連発しつつも、その中で真摯な人の想いの交錯を真正面から描いてみせる――これは、そんな本作の魅力の一つが存分に描かれた名勝負というべきでしょう。

 そしてその先に家長が見た未来も、これまたいきなりなパロディのようでいて、家長がその生を燃焼し尽くしたことを逆説的に描いているのに、また唸らされるのです。


 そして二年ぶり再びの鎌倉帰還を飾った時行ですが、この巻の後半で描かれるのは、軍の食糧難を解決するために顕家立案で行われる狩猟大会。
 これがまた幕間のコミカルなエピソードかと思いきや(いやその通りではあるのですが)、その中で様々なキャラクターの顔が描かれるのですから油断できません。

 そしてその中でも強くスポットが当てられているのが雫と亜也子――ともに長きに渡り最も近くで時行を支えてきた二人が、時行に対する想いを垣間見せるくだりは、少年漫画らしいドキドキ展開のようでいて、不安定な未来にためらう少女たちが一歩踏み出す姿を瑞々しく描いて、爽やかな後味を残します。
(今の所、イヤミな方言キャラの南部師行をさり気なく立ててみせる展開も実に巧い)


 このように、とにかくキャラの動かし方・見せ方の巧みさに感心させられるこの巻なのですが、最後の最後に、それが極めつけの爆弾となって投下されることになります。

 時行の前に現れた同年代の少年――かつて鎌倉東勝寺の小坊主として北条家滅亡をその目で見届けたというその少年(まさかの第一話からの伏線!)が、父との関係に悩んでいるというのを励ます時行。
 その言葉に力を得て、父と会う決心をつけたその少年の名は……

 いやはや、ここで! ここでこうくるか! と絶句するしかない展開であります。
 史実では時行とほとんど交錯することのないこの人物が、この先物語でどのような動きを見せるのか、またもや未来が気になるヒキなのです。


 しかし時行生存を知った尊氏、「許るさーん!!」と言い出しそうな勢いで……


『逃げ上手の若君』第15巻(松井優征 集英社ジャンプコミックス) Amazon

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