激突、バグ対王道! 松井優征『逃げ上手の若君』第17巻
単行本の中扉にて懐かしい姿で宣伝されているとおり、アニメも好評放送中の『逃げ上手の若君』ですが、単行本の方では、青野原の戦いがクライマックスを迎えます。数々の強敵を退けたはずが、その先に待ち受けていたとんでもない怪物・土岐頼遠。しかし、その先にもさらなる強敵たちが……
北畠顕家の下で足利勢との戦いを再開し、見事鎌倉を奪還し、その勢いのまま西進する時行と逃者党。顕家の、そしてその下の奥州武士たちの一筋縄ではいかない個性に振り回されつつも、時行は彼らの人となりを知り、交流を深めていきます。
そして迎えた青野原の戦いでは、時行と弧次郎が、それぞれかつての宿敵を打ち破り、「一人前」を勝ち取ったのですが――しかし顕家の本隊が、怪物によって壊滅寸前に!
というところで登場したのは、原作(?)である太平記でその異常な強さを誇った土岐頼遠。本作における頼遠は、部下たちを人間とも思わず、部下たちもそれを当然と受け容れてしまう、「バグ」とまで公式に評されるほどの怪物です。
部下たちを炸裂弾のように無造作に顕家たちの陣に放り込み、周囲ごと爆散させるという異常な戦法で、圧倒的な戦力差をものともしない頼遠に、あの顕家があわやのところまで追い詰められることに……
というわけで、これまでにもさまざまな怪物や変態が登場してきた本作の中でも、「一体どうすれば倒せるんだこんなの……」感溢れる怪物・頼遠。これまであれほど頼もしかった奥州勢でさえ押される一方、時行と逃者党も苦戦を強いられるばかりですが――しかし、それで終わるわけはありません。
今や軍師役を務める雫の策によって、時行たちが彼ららしい形で揺さぶりをかけ、奥州武士たちも反撃開始。そしてそこから顕家が、実に彼らしい大晦日感溢れるド派手な形で(ここで顕家に関するある史実を連想させるのが心憎い!)決めてみせる――痛快とも見事ともいうほかありません。
そしてそこに現れているのは、頼遠はもちろん、尊氏らとも全く異なる顕家のスタイルであり、理想にほかなりません。「公武合体」「祭り」――二つのキーワードで示されるそれは、まさに本作の顕家ならではのものであり、時行がその下で戦うに相応しい存在だと感じられます。
頼遠のバグっぷりで戦慄させつつも、終わってみれば顕家たちがある意味正当派の戦い方で勝利した上に、自分たちのあるべき姿を見せた、まさに王道の戦いであったというべきでしょうか。
しかしもちろん、顕家と足利勢の戦いは続きます。続いてついに姿を現すのは、高師直――太平記でも最大のヒールという印象がありますが、本作でも合理性の権化として、頼遠とは別の意味で、人を人とも思わぬ彼が、ついに動き出します。
そしてその先陣を切るのは高師冬――仮面をつけてはいるものの、バレバレなその正体は、かつては時行の師であり、郎党であったあの男であります。
正直なところ郎党時代の彼には、強いは強いけれども、どこか歯がゆい印象もありましたが、しかしその軛が外れた姿は実に強力。味方時代にもっと早くその力を発揮しろよ! と言いたくなるその姿には、ある意味大いに盛り上がるといってよいでしょうか。
そしてその強豪ぶりが、歴史上諸説ある顕家軍の進路決定に繋がるという展開も、実に面白いのですが――考えさせられるのは、なぜわざわざ、師冬の正体に、このような大きなアレンジを加えたかです。その理由は必ずあるはずですが、今はまだ見えないそれを、楽しみに待ちたいと思います。
そして、何だか妖しい感じがなきにしもあらずな顕家の時行への妙な優しさや、ある意味完全に少年漫画の域を超えてしまった夏の裏切り騒動を経て、再び師直軍と対峙する顕家たち。
しかし増援として加わった部隊はむしろ足を引っ張るばかりで、悪い予感ばかりが募ります。そしてそれが早くも当たり、ここであまりにも突然の犠牲が――と思いきや、さらに突然に明かされるある真実が!
さすがにいくらなんでもちょっと突拍子もなさすぎるのでは、と思いつつ、さてそれをどう料理してみせるのか、早くも次巻が楽しみです。
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