2024.12.19

「コミック乱ツインズ」 2025年1月号(その二)

 号数の上ではもう1月、「コミック乱ツインズ」1月号の紹介の後半です。

『老媼茶話裏語』(小林裕和)
 『戦国八咫烏』(懐かしい)による本作は、タイトルのとおり「老媼茶話」を題材とした怪異ものです。「老媼茶話」は18世紀中期に会津の武士が著したもので、タイトルのとおり村の老媼が茶飲み話で語った物語を書き留めた、というスタイルの奇談集です。
 本作はその巻の五「猪鼻山天狗」――後に月岡芳年が浮世絵の題材ともしているエピソードを題材としています。

 猪鼻山に住み着き、空海に封じられた大頭魔王なる妖が周囲の人々を悩ましていると知った武将・蒲生貞秀。貞秀は配下の中でも武勇の誉れ高い土岐元貞に、妖を退治するよう命じます。勇躍山を登り、魔王堂の前についた元貞に襲いかかったのは、巨大な動く仁王像――しかし元貞は全く恐れる風もなく仁王像に斬りつけた上、文字通り叩きのめします。さらに元貞の前には阿弥陀如来が現れるものの、元貞は全く動じず一撃を食らわせるのでした。
 そして山の妖を倒したと貞秀の前に帰還した元貞。しかしその時……

 と、原典の内容を踏まえた物語を展開させつつ、本作はそこで語られなかった事実を描きます。誰もが称賛する配下の猛将・元貞に対して、貞秀が密かに抱いていた心の陰の部分を――と思いきや、それだけでなくもう一つのどんでん返し、原典に描かれた物語のさらに先が語られるという、なかなか凝った構成の作品となっているのです。

 このように、江戸奇談・怪談を題材とした作品でもあまり用いられたことのない題材、そして二度に渡るどんでん返しと、ユニークな作品であることは間違いないのですが――しかしその一方で、クライマックスに登場するのがあまりにも漫画チックな存在で、物語の雰囲気を一気に崩した感があるのが、なんとも残念なところです。
(もう一つ、原典の非常に伝奇的なネタがばっさりオミットされてしまうのも、個人的に残念なところではありますが)


『ビジャの女王』(森秀樹)
 城内に侵入し、地下の娼館街に隠れたオッド姫を追ったモンゴル兵たちも全滅し、ひとまず危機から逃れたビジャ。さらにビジャを包囲するラジンの元に、モンゴルのハーン・モンケからの使者が訪れ、事態は思わぬ方向に展開していきます。

 かつて自分と争ったモンケの娘・クトゥルンを惨殺したラジン。殺らなければ殺られる状況下ではあったとはいえ、いかに実力主義のモンゴルであっても、あれはさすがにやりすぎだったようです。
 かくて、ビジャを落とせば兵の命は助けるという条件でモンケの召還(=処刑)を受け入れることになったラジンですが――しかし彼が黙って死を受け入れるはずがありません。副官の「名無し」に謎の密命を授け(何のことだがわからんと真顔で焦る名無しに、すかさずフォローを入れるのがおかしい)、自分はむしろ意気揚々と去っていきます。

 なにはともあれ、ビジャにとっては最大の強敵が去ったわけですが、しかしモンゴルの包囲は変わらず、そして城内にもまだ侵入した兵が残っている状態。それでもビジャが負けなかったことは間違いありませんが――まだまだ大変な事態は続きそうです。


『江戸の不倫は死の香り』(山口譲司)
 次号では表紙&巻頭カラーと、何気に本誌の連載陣でも一定の位置を占めている本作。今回の舞台となる土屋相模守の下屋敷では、数年前に病で視力を失い隠居した先代・彦直が暮らしていたのですが――その彦直の世話のため、下女のりんがやってきたことから悲劇が始まります。
 婿養子である彦直に対して愛が薄く、ほとんど下屋敷にやって来ることもない正室。そんな中で、心優しいりんに彦直は心惹かれ、やがて二人は愛し合うようになったのです。しかしそれを知った正室は……

 いや、確かに正室はいるものの実質的には純愛に近く、これはセーフでは? と思わされる今回ですが(いつもの話のように、正室を除こうとしたわけでもなく……)しかし待ち受けているのは地獄のような展開。りんがいつもつけていた糸瓜水が仇となった上に、終盤でのある人物の全く容赦のない言葉には愕然とさせられます。
 ラストシーンこそ何となく美しく見えますが、いつも以上に胸糞の悪い結末です。
(こういう時こそ損料屋を呼ぶべきでは!? などと混乱してしまうほどに)


 次号は『雑兵物語 明日はどっちへ』(やまさき拓味)が最終回、特別読切で『すみ・たか姉妹仇討ち』(盛田賢司)と『猫じゃ!!』(碧也ぴんく)が登場の予定です。


「コミック乱ツインズ」2025年1月号(リイド社) Amazon

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2024.12.17

助産師と陰陽師、新たな命のために奮闘す 木之咲若菜『平安助産師の鬼祓い』

 古今東西を問わず、新しい命のために心身を振り絞る一大事である出産。本作は、平安時代を舞台にその出産を助ける助産師を主人公とした、第6回富士見ノベル大賞入選作です。産神の祝福を授ける助産師の異名を持つ少女・蓮花が、青年陰陽師・安倍晴明と共に難事に挑みます。

 関わるお産は安産になることから、年若いものの「産神の祝福を授ける助産師」と周囲から呼ばれる典薬寮管轄の「助産寮」所属のの助産師・蓮花。実は彼女は、生まれつき体の内外に蠢く微細な「鬼」が視える特異体質の持ち主でした。
 そんな彼女は、あるお産で、妊婦に巣食った鬼に手を焼き、祈祷の手伝いに来ていた陰陽師の青年――安倍晴明に助けを求めたことをきっかけに、彼と知り合うのでした。

 そんなある日、蓮花はその評判を買われ、異例の抜擢を受けることになります。帝の子を宿した女御――右大臣藤原師輔の娘・安子の出産の担当として、彼女は指名されたのです。
 ただでさえ気性が激しいと噂される上に、その直前に師輔のライバルである中納言・藤原元方の娘が男児を出産し、プレッシャーに悩む女御。しかしその姿を垣間見た蓮花は、女御を心身ともに支えることを改めて誓います。

 そんな中、宮中で鬼を操る怪しげな男を目撃し、彼が女御に害意を抱いていると知る蓮花。自分の力の秘密を見抜き、晴明の過去をも知るらしいその男に対するため、蓮花は晴明に助けを求めます。
 しかし謎の男の邪悪な罠は蓮花に迫り、彼女は思わぬ窮地に……


 最近の中華風/和風ファンタジーのトレンドの一つと言ってもよいと思われる後宮医術もの。様々な意味で題材に事欠かない後宮を舞台としつつ、お仕事小説的な色彩を与えられる(そして過度に性愛的な要素を避けられる)点が理由かと思いますが――それはさておき、本作もその系譜にある作品といえます。

 しかし本作の特にユニークな点が、その医術が産科であることなのは言うまでもないでしょう。子供を産むという後宮の最も重要な役割に密着しながらも、物語の主役として描かれることは少ない、お産を助ける存在をメインに据えることで、本作は独自のドラマ性を――出産そのものの困難さに立ち向かう主人公の奮闘と、皇位に関わる赤子の出産を巡る陰謀劇を、並行して描くことに成功しています。

 そして本作がさらにユニークなのは、主役級のキャラクターとして安倍晴明が登場していることからわかるように、本作が「和風」の異世界ではなく、史実を背景にしていることでしょう。
 もちろん、史実には平安時代に助産師という役職はなかったわけで、その点は大きなフィクションではあります。しかしそこは物語の根本を支える大きなifと考えるべきでしょう。
(なにより、陰陽寮の陰陽師がいるのだから助産寮の助産師がいても、というのには妙な説得力があります)


 しかし本作が魅力的なのは、設定や物語展開の妙もさることながら、主人公である蓮花のキャラクターにあると感じます。
 生まれつき人間の体内の「鬼」を見ることができるという異能を持ちながらも、それに頼るのではなく、自分の仕事への熱意で――かつて経験した悲しい出来事を背負い、無力であった自分を乗り越えるために、そして何よりも同じ悲しみを感じる人を一人でも減らすために、彼女は助産師として奮闘します。
 そんな彼女の真っ直ぐな部分は、一歩間違えれば息苦しくなりかねないところですが、適度に抜けた部分を描く筆も相まって、素直に共感できる、思わず応援したくなるキャラクター造形になっていると感じます。

 そしてそんな彼女に興味を抱き、力を貸す晴明のキャラクターも、他の作品のそれとは異なる独自の設定なのですが、蓮花の人物像と共鳴し合い、本作ならではのハーモニーを生み出しています。

 なお、本作に登場する「鬼」は、いってみえば人を病にするという「疫鬼」に近いものなのですが、描写的にはむしろウィルス的な存在なのがユニークです。
 そのため、蓮花の対処も、むしろ衛生的なそれであったり、陰陽師たちの鬼を祓う術がウィルスごとに違うワクチンを用意することを思わせるものである点に不思議な説得力があり、面白いところです。


 というわけで、類作が多い題材を用いつつも、独自の設定とストーリー展開、好感の持てるキャラクター像が印象的な、完成度の高い本作ですが――これが作者のデビュー作であることには驚かされます。

 時代背景的にもまだまだ様々な題材が考えられるだけに、ぜひ続編にも期待したいところです。


『平安助産師の鬼祓い』(木之咲若菜 富士見L文庫) Amazon

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2024.12.12

正義の快速船、いま出航! 早川隆『幕府密命弁財船・疾渡丸 一 那珂湊 船出の刻』

 海に囲まれている国を舞台としつつも、さほど多くはない海を舞台とした歴史時代小説。その中に快作が加わりました。江戸時代を舞台に、諸国を旅しながら、各地の湊の平和を守ることを目的とした快速弁財船と、その個性豊かな乗組員たちの活躍を描くシリーズの開幕です。

 江戸時代は慶安年間、父を海で亡くして孤児となり、寺で暮らす那珂湊の少年・鉄平は、湊の河口近くで高い塀に囲まれた造船所に興味を持ちます。そこで秘密の船を建造していると考えた鉄平は、海への強い憧れから、建造を差配する船大工の頭領・岩吉に直訴し、炊として現場で働くことになるのでした。

 実はここで造られていた弁財船こそは、商船を装って諸国を旅し、湊の平和を乱すものたちを摘発する幕府の密命を帯びた弁財船――様々な新技術を導入した快速船・疾渡丸。幕府の隠密としてこの任に当たる仁平、そして彼にスカウトされた凄腕の船頭・虎之介ら、いずれも一芸に秀でた者たちを迎えて、疾渡丸はついに完成の日を迎えます。

 その一方、那珂湊を牛耳る商人・坂本屋嘉兵衛は、自分の手の及ばぬ疾渡丸を敵視。さらに外国人商人を装う幕府の隠密・鄭賢を捕らえたことをきっかけに、造船所襲撃を企てます。その動きを察知した虎之介たちは、疾渡丸の緊急出港を決定するのですが……


 天網恢恢疎にして漏らさず――法の目をかいくぐって悪事を働く者を誰かに懲らしめてほしいというのは、古今東西を問わず大衆の夢。そしてそれを叶えるヒーローは、時代ものの世界でも様々な形で描かれてきました。
 本作もその一つではあるのですが、いうまでもなく他と全く異なる特徴は、その中心にあるのが密命弁財船であることです。

 江戸時代前期、海運の発展と経済の発展が直結していた時代、ある意味当然のようにそれに伴って起きる湊での犯罪や陰謀。それを取り締まるには、船を以てするに如くはない――その考えの下、幕府が密命弁財船を造るというのがまず面白いですが、さらにそれが取り外し式の帆など、当時の日本の船舶では革新的なアイディアを投入した快速船というのは胸踊ります。

 そして船という舞台が魅力的なのは、様々な人間が、様々なプロフェッショナルが乗り合わせていることでしょう。本作においても、船頭を務める破天荒な好漢・虎之介、密命の中心人物でありつつも船の上では一歩引いてみせる隠密・仁平、謎の明国人・鄭賢、連絡手段である鳩を操る鳥飼いの姉妹など、船に乗るのは多士済済――その面々が、持てる特技を活かして活躍する様は、職人芸を見る時の気持ちよさがあります。


 しかし本作の巧みなのは、その設定の新奇性だけでなく、様々な登場人物が織りなすドラマも疎かにしない点でしょう。

 例えば、本作の前半のエピソードの中心人物である船大工の岩吉は、かつて自らも船頭として活躍しながらも、ある出来事が元で海を離れ、船大工になった男。作中で語られるその出来事の説得力もさることながら、それがこの弁財船の名である疾渡(はやと)丸に繋がっていくのには思わず膝を打ちます。
 さらに、実は岩吉とは血縁関係にある人物がラストに見せる粋な計らいには、胸が熱くなりました。

 そしておそらくは虎之介と並び、全編を通じての中心人物となるであろう鉄平は、初めて海に出る少年という設定ですが、それだからこそ読者に近い目線の登場人物として、その成長に期待が持てます。
 また、陰謀論を題材とした(!)後半のエピソードでは、彼のニュートラルな視線が複雑な事態を解きほぐす鍵ともなっており、物語においてその存在は貴重といえるでしょう。
(この陰謀論、あまりに突飛で説得力がないのが気になりましたが――しかしそれだからこそ、ここでは意味があるというべきかもしれません)


 さて、大海原に乗り出した疾渡丸ですが、まだまだ本作での冒険は肩慣らしといったところでしょう。本来の任務に当たるであろう、次巻は既に発売されており、こちらも近日中に紹介したいと思います。


『幕府密命弁財船・疾渡丸 一 那珂湊 船出の刻』(早川隆 中公文庫) Amazon

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2024.11.27

最終決戦開始 男たちの奮闘! 椎名高志『異伝・絵本草子 半妖の夜叉姫』第8巻

 このところ泣かせる展開の連続だったコミカライズ版『半妖の夜叉姫』ですが、いよいよ最終決戦に突入することになります。妖霊星に憑かれた麒麟丸を倒し、犬夜叉を救うため、麒麟丸の本拠に到着した三姫たちですが――この巻は男性陣の活躍が目立つ!?

 博多の海を埋め尽くした幽霊船団の中、是露の乗る母船に乗り込み、激闘を繰り広げた三姫。その最中、己の心を見つめ直した是露は自ら消滅を選び、ついに一つの戦いが決着しました。
 その結果、虹色真珠から解放されたかごめとりん、そして犬夜叉とついに涙の対面を果たした三姫。しかし犬夜叉の身には妖霊星の欠片が深く食い込み、立っていることがやっと――そんな状況に、三姫は自分たちで麒麟丸、そして妖霊星と戦うと告げるのでした。

 そんなわけで、この巻の冒頭で描かれるのは、弥勒や珊瑚、楓のもとに帰ってきた犬夜叉・かごめ・りんの再会。親子の再会は非常に泣かせるものがありましたが、犬夜叉と弥勒の戦友同士の再会もグッと来るところで、特に一目で犬夜叉の状態を見抜いての弥勒のリアクションは、この二人の長年の仲を感じさせます。
(しかしこの様子だと、弥勒と珊瑚は参戦しないようで、残念と言えば残念)

 一方、決戦の地・肥前の麒麟丸の城に到着した三姫一行ですが、気付けばかなりの大所帯――三姫に理玖とりおん、琥珀と翡翠、
竹千代(阿久留が憑依)と雲母(あと冥加)、さらにそこに殺生丸と邪見も加わり、なんと十人強のパーティーです。

 これだけの人数がいれば、いかに麒麟丸とて――と思いますが、彼女たちの前に、理玖も知らなかったという麒麟丸の秘密部隊の一員にして小姓頭の冥道丸が立ち塞がります。
 「冥道」という、『犬夜叉』世界では意味を持つ言葉を冠し、アニメでは時の風車の守護者でありながらも、作中では単発の敵キャラに留まっていた感のある冥道丸。しかしこちらでは麒麟丸の腹心に相応しい強力な能力の使い手として、これだけの面々を向こうに回して一歩も引かず暴れ回るのです。

 しかし、その強敵との戦いの中で、大いに印象に残ったのが、翡翠と琥珀です。
 弥勒と珊瑚の子である翡翠は、琥珀の下で妖怪退治屋として活動する少年ながら、これまでは、せつなに気のあるところ以外はあまり印象に残らなかったキャラクターでした。

 アニメに比べると合流が遅かったことや、弥勒との確執がないことがその一因かもしれませんが――しかしここで彼はある役割を果たすことになります。
 それを「活躍」と呼んでいいかは意見が分かれるかもしれませんが――その最中で描かれる、子供時代のせつなとのエピソードには、彼の善き部分が描かれ、グッとくること必至です。

 そしてグッとくるといえばもう一人――琥珀の一世一代の活躍がここで描かれます。本作においては(アニメも含めて)、親世代と子世代の中間の立ち位置で、どうにも割りを食っていた感のある琥珀。そんな彼が、ここで『犬夜叉』からの年月を感じさせるドラマを展開するのがたまりません。
 それはもしかすると(かつて原作者が彼に対して語っていたことを考えると)、描きすぎなのかもしれません。しかし「あれから」の琥珀を描くに、避けては通れない部分を敢えて正面から描き、そして彼の「勝利」を描くのには、ただただ頭が下がるとしか言いようがないのです。
(そして決着シーンで、本作では触れられていない、しかしかつて琥珀と同じ苦しみを抱えていた、あのキャラクターの存在を確かに感じさせる演出の見事さ!)


 もちろん三姫も、アニメ版とはまた異なる(そして考えてみれば本作にはこちらの方が相応しいという印象もある)禍一族と激闘を繰り広げるという見せ場があったのですが、やはりこの巻の主役は翡翠と琥珀――そしてもう一人、決して前面には出ないものの、それが逆にその成長を感じさせるようになった殺生丸だったという印象があります。

 この巻のラストではいよいよその殺生丸と麒麟丸が対峙、因縁の対決が始まることになります。
 しかしもちろん、三姫たちも親たちに負けてはいないはず。殺生丸の戦いと同様、いやそれ以上に、この先の彼女たちの戦いが大いに楽しみです。


『異伝・絵本草子 半妖の夜叉姫』第8巻(椎名高志&高橋留美子ほか 小学館少年サンデーコミックス) Amazon

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2024.11.21

幕末を生きた「敗者」たちへの祈りの物語 赤神諒『碧血の碑』

 デビュー以来戦国ものを中心に活躍し、最近では江戸時代を舞台とした作品を発表してきた作者が、ついに幕末ものに挑戦しました。それも歴史上の「敗者」たちの記憶を留める「場所」に焦点を置いたユニークな短編集――それぞれの地で懸命に生きた人々の姿を描いた物語が収められています。

 「三条大橋で京娘と恋をしてこい」と、敬愛する近藤勇から突然の命を受けた沖田総司。任務一筋で奥手な自分を気遣ってのことだろうと考えた総司は、それから毎日三条大橋に通うようになります。
 しかし簡単に京娘が捕まるはずもなく、虚しく日々を重ねた末に彼が声をかけたのは、以前体調を崩した際に身分を偽って診察を受けた町医者の娘・沙羅でした。

 これが運命であったものか、互いに強く惹かれ合い、三条大橋で逢瀬を重ねる二人。しかし二人は互い隠し事を抱えていました。総司は、沙羅が嫌悪する新選組の人斬りであることと、三条大橋に立つもう一つの理由を。そして沙羅は、総司の身が病魔に犯されていることを。
 そんな中、二人は一緒に祇園祭に出かける約束をするのですが……


 この「七分咲き」に続く作品もまた、幕末の荒波に翻弄された末に「敗者」となった人々を、その縁の地に基づいた視点で描きます。

 養浩館での福井藩主・松平慶永との初引見において、いきなり破天荒な行動を取り、以来君臣の垣根を超えた交わりを結んだ橋本左内。慶永を支えながらも、安政の大獄で若くして散った左内が養浩館に遺したものを描いた「蛟竜逝キテ」
 朝廷と幕府の融和のためと、政略結婚で江戸城に入った和宮。夫・徳川家茂の深い愛に包まれながらも、義母・天璋院篤姫との確執に苦しんだ末に、己の役目に目覚めた和宮が江戸城の運命を変える「おいやさま」
 立身出世の野望を胸に、「横須賀製鉄所」建設を請け負った若きフランス人技師ヴェルニー。幕府側の担当者である風変わりなサムライ・小栗上野介を軽んじていたヴェルニーが、やがて深い友情を結び、悲劇を乗り越えて二人の夢に向かう「セ・シ・ボン」

 いずれの作品も、冒頭に述べたとおり歴史の「敗者」の物語であり、必然的に「悲劇」であるといえます。しかしその一方で、これらの物語は決して悲しさややるせなさだけで終わるものではありません。

 運命の恋を失い、己に課せられた任を果たすことなく倒れた沖田総司。敬愛する主君と共に夢見た国を形にすることなく逝った橋本左内。同じ平和な国を夢見て深く愛し合った夫を失い、生まれ育った地の人々と対峙した和宮。日本のはるかな未来のために奔走しながらも、罪なくして散ることとなった小栗上野介。
 確かに彼らは皆、己の望むものを得られなかった、自分の目で見ることはできなかったかもしれません。しかし、彼らの生は無駄だったのか? 彼らは何も遺すことはなかったのか? その問いに本作は答えます。「断じて否」と。

 彼らは運命に翻弄されて悩み苦しみ、そして志半ばに去ることになった――しかし、それでも己がやるべきことを全うし、己自身であることを貫きました。そして、たとえ自身は実を結ぶことはなかったとしても、それでも続く人々の間に様々なものを残し、その残像は彼らが生きた場所に刻み込まれている――たとえそれに気づく者は少ないとしても。
 だからこそ、本作の物語はどれも辛く哀しくも、しかしどこか透き通るような爽やかさを湛え、時に希望を感じさせてくれるのです。

 作者は、これまでのその作品の中で、そうした人々を描いてきました。しかし、現在まで続くこの国の在り方を巡り、数多くの人々が志を抱いて懸命に生きたこの幕末という時代は、その作品の題材に相応しいのではないか――そう感じさせられました。


 なお、本作には全編を通じて蟷螂という共通するモチーフが登場します。物語によって語られる意味は異なりますが、しかし私にとっては(第四話で語られるように)それは「祈り」の象徴であると感じられます。
 激動の時代を駆け抜け、散っていった人々への祈り――それは、本作の掉尾を飾る第五の物語、己が罪に問われることも覚悟の上で、「敗者」を弔い、祈りを捧げる碧血碑を立てた柳川熊吉を描いた「函館誄歌」に繋がっていきます。

 「敗者」への「祈り」の物語――ただ悲しみ、悼むだけではなく、彼らが確かに生きていたことを記し、彼らが成し遂げようとしたことが受け継がれ、未来に花開くことを祈る。本作に収められたのは、そんな想いが込められた物語なのです。


『碧血の碑』(赤神諒 小学館) Amazon

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2024.11.18

「コミック乱ツインズ」2024年12月号(その一)

 今月の「コミック乱ツインズ」は表紙が二ヶ月連続の『鬼役』、巻頭カラーは『ビジャの女王』となります。レギュラー陣の他、シリーズ連載は『よりそうゴハン』『古怪蒐むる人』が掲載されています。今回も印象に残った作品を一つずつご紹介します。

『ビジャの女王』(森秀樹)
 オッド姫が地下の娼館街に隠れたものの、ジファルの手引きでそこに乱入したモンゴル兵たち。その一人でありジファルと繋がるドルジの槍がオッド姫に襲ったところで続いた今回、別の意味で襲いかかろうとしたドルジの魔手から姫を救ったのは何と――と、意外なキャラが活躍しながらも、惜しくもここで退場することになります。
 ブブの怒りは大爆発、ドルジを文字通り粉砕し、娼館街の女主人たちによってモンゴル兵も片付けられ、新たな味方も加わって――とこの場は一件落着ですが、喪われた命は帰りません。ここで墨者の弔い(懐かしい)をするブブの姿が印象に残ります。

 しかし最大の危機は去ったかに見えたものの、天には不吉な赤い月が。そしてブブとオッド姫が目の当たりにした異変とは――まだまだ戦いは続きます。


『不便ですてきな江戸の町』(はしもとみつお&永井義男)
 いよいよ本作も今回で最終回。色々あった末にすっかりと江戸時代に馴染んだ島辺と会沢、特に島辺はこの時代で出会ったおようと愛し合うようになって――と、いつまでも続きそうだった日常は、ある日起きた火事で一変することになります。
 長屋の人々も避難したものの、かつて島辺に贈られた思い出のかんざしを探して火に巻かれるおよう。おようを追ってきた島辺は、彼女を連れてタイムトンネルのある祠まで逃げるのですが……

 というわけで、不便ですてきなどとは言っていられない、江戸のおっかない面が描かれることになった最終回。もう火事から逃げるには未来(現代)に行くしかありませんが、しかし島辺はともかく、おようは――本当にこれで良かったのかしら!? という豪快なオチではありますが(大変さは島辺たちの比じゃないと思います)が、これはこれで大団円なのでしょう。


『殺っちゃえ!! 宇喜多さん』(重野なおき)
 最近、宇喜多さんの快進撃が続いていましたが、そういえば主君の浦上宗景は――と思っていたらタイトルが「忘れちゃいけないこの男」で吹き出した今回。しかし宗景がパリピのフリしてかなり陰湿なのは今まで描かれてきた通りで、いよいよ直家追い落としにかかることになります。
 家臣の明石行雄を直家のもとに送り込み、色々と探らせる宗景ですが――この後の歴史を考えると、これが結構逆効果だったのでは、という気がしないでもありません。しかしここで毛利と敵対する尼子に接近していることが明らかになってしまったのは、直家にとってはプラスにはならないでしょう。

 しかしこう言ってはなんですが、ローカルだった話が一気に表舞台の歴史と繋がった感があり(あの有名武将も登場!)、いよいよここからが本番、という気もいたします。


 残りの作品は次回にご紹介いたします。


「コミック乱ツインズ」2024年12月号(リイド社) Amazon

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2024.11.16

平安伝奇! 陸奥に潜む紅い瞳の鬼 さいとうちほ『緋のつがい』第1巻

 『とりかえ・ばや』『輝夜伝』と平安ものの長編を発表してきた作者の最新作は、やはり平安時代、それも末期を舞台とした伝奇色の強い物語。平家に家を滅ぼされた姫・瑠璃が落ち延びた陸奥で出会ったのは、紅い瞳の血を吸う鬼――自分と「つがい」になろうとする相手に抗う瑠璃の運命は……

 源守綱の娘に生まれ、平和に暮らしてきた瑠璃姫。しかし、凶事の起きる前に彼女の前に決まって現れる青い目の幽霊を目撃した日、惨劇が起きます。
 専横を極める平家に対する鹿ヶ谷の陰謀に兄が連座したことで、軍勢に取り囲まれる屋敷。瑠璃は乳兄妹で守役の三守らわずかな供と、母が生まれた陸奥に落ち延びる錦毛虎ことになります。

 瑠璃の母の一族に縁があるという玉響宮に向かう一行ですが、その途中で襲いかかってきたのは紅い瞳の男・少彦率いる一党。身代わりとなって瑠璃を逃がす三守ですが――彼を置いて行けずに戻った瑠璃が見たのは、少彦に血を吸われ、三守をはじめ供の者たちが肌を紅藤色に変えて死んでいる姿でした。
 そして瑠璃にも襲いかかる少彦。しかしそこに現れたもう一人の紅い瞳の男・暁は、弟である少彦を追い払い、瑠璃を救います。その暁に、三守を救って欲しいと頼む瑠璃ですが、その代わりに暁は「おまえの天命をくれるか?」と問いかけます。

 三守のためにそれを受け入れた瑠璃。しかしそれは、暁と「つがい」になることを意味していたのです。
 そのまま暁の治める絶壁の渓谷の上の地に連れ去られ、彼の城に幽閉される瑠璃。そこで彼女は、暁たち紅い瞳の民のことを聞かされることになります。そして三守とも再会した瑠璃ですが、再び青い目の幽霊が現れ……


 このように第一巻、いや瑠璃と暁が出会う第一話までの時点で、一気に駆け抜けるように物語が展開していく本作。「つがい」とはまた刺激的なフレーズですが、本作の紹介文には「禁断の異類婚姻譚、開幕!」と掲げられており、やはりそれが物語の焦点になることがうかがえます。

 そもそも本作の「異類」――紅い瞳の民、「紅つ鬼」(あかつき)は、一言で表せば吸血鬼。人の血を吸うことによって命永らえ、それによって同族を(あるいは配下を)増やし、人間よりも遥かに強靭な力を持つ存在です。
 しかし日の下でも自由に行動し、紅い瞳を除けば常人と変わることはない――それどころか暁は土地の民から「紅頭巾の上様」と慕われているほど――謎めいた民として描かれます。
(その出自が語られる場面で、なんとなく不穏なビジュアルがありましたが……)

 しかし、瑠璃に対してあくまでも紳士的に振る舞う暁に対して、己の欲のままに行動する少彦のような男もおり――いや、暁の方が少数派であり、人間に対する態度について、同じ紅つ鬼いや兄弟の間でも路線対立が生じているというのは、ある意味定番ではありますが、やはり魅力的な設定です。

 平家に生家を滅ぼされた挙げ句、このような魔界に足を踏み入れることになった瑠璃こそ災難ですが――しかし彼女の瞳、月夜に青く輝く瞳にも、何やら因縁がある様子。いや、それよりも何よりも、冒頭で描かれていた活動的な姿を見ていれば、彼女がこのまま黙って周囲に翻弄されているだけとは思えません。

 この巻の時点で、暁と少彦、三守、そして京に居た頃から彼女に目を付けていたらしい謎の藤原氏の男と、彼女の周囲は個性的な男性ばかりで、そちらとの展開も大いに気になります。(しかし何故か、三守が可哀想なことになるのだけははっきりわかる……)
 しかし彼女は、男の下で黙って守られるだけの存在であるとは、つまり「天命」に翻弄されるだけの存在では決してないでしょう。

 これまで作者がその作品の中で描いてきた女性たち――苦境の中でも自分自身として起ち、毅然として自分の道を選ぶ女性たちの中に、瑠璃も加わることは間違いありません。
 まだまだ物語は謎だらけの中、瑠璃がこの先どのような道を行くのか――また先が楽しみな物語が登場しました。


『緋のつがい』第1巻(さいとうちほ 小学館フラワーコミックス) Amazon

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2024.10.25

一冊まるごとクライマックス! 中将vs多情丸 瀬川貴次『ばけもの好む中将 十三 攫われた姫君』

 何と一月おいてすぐの刊行となった『ばけもの好む中将』最新巻は、前巻の衝撃のラストを受けて、一冊まるごとクライマックスというべき展開が繰り広げられます。宗孝の姉・真白と間違えられて凶賊・多情丸に攫われた初草を救い出すべく、夜の都を奔走する宣能と宗孝。一方、多情丸の過去の悪行がいよいよ明るみに出て……

 京の裏社会の顔役であった黒龍王の跡を継ぎ、数々の悪事を重ねる多情丸。彼はその支配を盤石のものとするため、さらには己の情欲を満たすために、宗孝の十の姉・十郎太を狙います。
 そのために宗孝の姉たちを人質にせんと企む彼の計画は、姉たちの強運と、多情丸の子分たちの間抜けさで失敗続きだったのですが――それがついにとんでもない事態を招くことになります。

 牛車の中から、真白こと十二の君を攫った多情丸の手下たち。しかし十二の君と思いきや、それは彼女の牛車を借りて家に帰る途中の初草――つまり宣能の妹だったのです。右大臣から裏仕事を請け負う多情丸が、その右大臣の娘を攫ってしまった――これはもう、予測不能な事態です。

 そんな中、最愛の妹が怨敵に攫われた知った宣能は怒りも露わに実力行使に走り、宗孝も初草を助け、そして宣能の暴走を止めるべく行動を共にします。
 一方、多情丸の一の配下である狗王は意外極まりない真実を語り、さらに真白と春若までも初草を追って……


 と、これまで長きにわたって描かれてきた宣能と多情丸の因縁は、本作において初草の誘拐を機に、一気に直接対決になだれ込んでいきます。しかしそれだけに留まらず、さらに様々なドラマが一気に動き出すことになります。

 何しろ、本作の冒頭で狗王が語る事実からして爆弾級です。いや、確かになにやら曰くありげだとは思っていましたが、そことここが繋がるの!? と言いたくなるような展開には、息を呑むばかり。
 その一方で、春若が真白にひた隠しにしてきたアレが明らかになる場面は、あらあらまあまあと生暖かい眼差しになってしまうのです。

 そんなシリアスとコミカルが入り乱れる中で、しかし最もインパクトを残すのは宣能の暴れっぷりでしょう。確かに宣能の肩書は左近衛中将という武官ではありますが、しかし貴族のそれはあくまでも名誉職のようなもので――と思いきや、これが強い、本当に強い!
 特に中盤で描かれる彼の立ち回りは、シリーズのクライマックスにふさわしい、まさしく無双としか言いようのない大活躍。そしてそんな彼の陰に隠れがちですが、宗孝も負けじとなかなか派手なムーブを魅せてくれます。


 しかし、本作の、そして本シリーズのクライマックスは、その先に待ち受けています。

 一足先に多情丸の隠れ家に忍び込んだ春若たちのおかげで、ピタゴラスイッチのように多情丸の情婦が恐怖を募らせ――というのは本シリーズらしいコミカルさですが、しかしその先には、全くもって笑い事ではない恐ろしい出来事が描かれることになります。
 そしてその直後、隠れ家を探してやってきた宗孝が見たものは……

 ここか、ここでこう描くのか! と、詳細を伏せた状態でこちらばかりテンションを上げて恐縮ですが、本シリーズで満を持して登場するアレの使い方の見事さ(そしてそこに居合わせるのが宗孝というのがまた巧い!)に、ただただ脱帽するばかりです。


 さらに、もう一つのどんでん返しまで用意され、驚きの連発に目を白黒させているうちに、物語は幕を迎えます。
 その盛り上がりはもちろんのこと、これまで縦糸として描かれ、物語に重苦しい色彩を与えていたストーリーに一つの結末が描かれたことで、シリーズ全体も落着してしまったようにも見えますが、まだ描かれるべきものが残されていることはいうまでもありません。

 もちろん、本当の結末までそれほど残すところはないのでしょう。しかし、この物語にとってある意味最も重要な、大きな問題がまだ残されています。
 はたしてそれをいかにして乗り越えてみせるのか――この先こそが本当のクライマックスでしょう。その時が今から待ち遠しくてなりません。


『ばけもの好む中将 十三 攫われた姫君』(瀬川貴次 集英社文庫) Amazon

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瀬川貴次『ばけもの厭ふ中将 戦慄の紫式部』 平安ホラーコメディが描く源氏物語の本質!?

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2024.10.22

舞台は再び前線へ 梁と魏それぞれの事情 栗美あい『白花繚乱 白き少女と天才軍師』第4巻 

 梁と北魏の戦いを名将と白衣の少女を通じて描く『白花繚乱』も、気がつけばもう第四巻。物語の舞台は建康から再び魏との戦いの最前線に移ります。梁も魏もそれぞれに事情を抱える中で繰り広げられる駆引きは、魏の要衝・合肥を巡って加熱します。その中で、祝英台の活躍は……

 江南城からの撤退戦の中で行方不明となった梁山伯の捜索を直訴するために、戦況報告に向かう陳慶之とともに王都・建康に向かった祝英台。そして皇帝と謁見した祝英台は、皇帝の近臣たちの陰湿な妨害を受けながらも、豪放な将軍・曹景宗の助けもあり、皇帝から願ったものを勝ち取りました。
 そしてこの巻の冒頭ではもう一つの願い、すなわち陳慶之の願い――白装束の騎馬隊を作るための白馬三百頭の最初の一頭に、祝英台は乗ることになります。

 成り行きから皇帝と同乗することになった祝英台は、そこで一つの命を受けます。軍略は並ぶ者がない一方で、騎乗はからっきしの陳慶之のために、共に馬に乗ってほしい、と。
 それに従い、陳慶之と共に再び最前線に向かうことになった祝英台。しかしその直後、建康では前皇帝・東昏侯の残党がテロを行い、祝英台たちも残党との戦いに巻き込まれて……

 と、周囲の文官どもはさておき、非常にフレンドリーで物わかりの良い(良すぎて不安になるくらいの)皇帝の登場で、陳慶之たちの戦いに強力なバックアップが得られた一方で、梁の国内も一枚岩ではないことが明らかとなった建康でのエピソード。そしてこの残党の一件がきっかけとなって、皇帝は魏との再戦を陳慶之に命じます。
 一方、一枚岩ではないのは魏の側も同じ。気弱な皇帝が周囲から操られる中、自ら率先して梁と戦うことを望む中山王ですが、彼が戦功を挙げるのを危ぶむ者たちによって、彼自身が前線に出ることを阻まれます。


 かくして、それぞれに国内に不安を抱えながら、国境で再度激突する梁と魏。梁の主力として、韋叡の軍は、魏の要衝である合肥攻略に向かうものの、みすみす魏がそれを許すはずもありません。
 そこで皇帝から韋叡を助けることを命じられた陳慶之の軍略が発揮されることになるのですが――というわけで、この巻の後半では、再び舞台は戦場に戻ることになります。

 ちょっと身も蓋もないことを言ってしまえば、史実においては、この戦いでは韋叡が梁側の中心でした(というか陳慶之はこの頃、まだ前線に出ていなかったのでは……)。
 そんな中で陳慶之を、そして祝英台を活躍させるには――というステージを用意してみせたここでの展開には、なかなか感心させられました。

 さらに祝英台は、あの楊大業を向こうに回して、白馬に乗っての颯爽たる活躍が――と、ちょっと活躍しすぎな印象もありますが、上で述べたように本来では韋叡が主役だった戦場での二人の活躍を描くには、これくらい派手な方が良いのかもしれません。

 もっとも、その韋叡の見せ場はこれから来るわけですが――その模様は次巻になります。


『白花繚乱 白き少女と天才軍師』第4巻(栗美あい&田中芳樹 秋田書店プリンセス・コミックス) Amazon

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2024.10.17

「コミック乱ツインズ」2024年11月号

 今月の「コミック乱ツインズ」は表紙を『鬼役』、巻頭カラーを『江戸の不倫は死の香り』が飾ります。また、久々に『雑兵物語 明日はどっちへ』が登場です。印象に残った作品を一つずつご紹介します。

『ビジャの女王』(森秀樹)
 ビジャを守る城壁も崩れ、ついにモンゴル兵21名が侵入してしまった状況で、オッド姫を巡る攻防が描かれる今回。ブブの策で姫を地下の娼館街に隠したものの、そこは姫の一族と因縁のある女主人が――と、以前この女主人が出てきた際には、いかにもこの機に乗じて意趣返しを、という雰囲気もありましたが、特にそんなことはなく、姫を娼婦たちに隠して兵の目を欺こうとしています。
 さらに数の上ではこちらが上と、モンゴル兵たちを取り囲む女主人と娼婦たち。一方、地上では、ある兵の目撃証言から、ブブがジファルとモンゴルの繋がりに気付きます。そしてそのジファルと繋がるモンゴル兵・ドルジの行動が思わぬ方向に展開し……

 と、城壁でモズが意外と粘る一方で繰り広げられる地下の戦いですが、(これはこちらの読解力の問題かと思いますが)女主人と兵士たちの場面と、ドルジの場面の繋がりが今ひとつわかりにくく感じられました。
(ドルジは兵士たちの中にいるのか、それとも単独行動をしているのか?)


『殺っちゃえ!! 宇喜多さん』(重野なおき)
 娘が嫁いだ松田家をターゲットとした直家の謀略はいよいよ佳境。最大の障害だった軍師兄弟の一方を殺害、一方を離反させ、そして武の要であった伊賀久隆も調略成功――と、もはや松田家は丸裸に近い状態です。
 為すすべもなく籠城する松田親子ですが、悪いことは重なるもので、思わずそんなことある!? と言いたくなるような展開が……

 というわけで、直家の前に立ち塞がってしまった普通の武将の姿を描く残酷劇も、今回で幕となります。おそらくはこの時代、どこにでもあった滅亡の姿だと思いますが、しかしそこに直家の娘が嫁いでいたことにより、苦い苦い後味が加わっていることは言うまでもありません。
 直家の非情さを語る際にしばしば引き合いに出されるエピソードではありますが(娘の方も直家を嫌い抜いていたという一種のエクスキューズはあれ)、そこから逃げず真正面に、しかも入れられるところにはギャグを織り交ぜて描き切ったのは、お見事というべきでしょう。

 戦いが終わった後の直家の述懐も、彼の複雑な人物像をうかがわせて、何ともいえない余韻を残します。


 『前巷説百物語』(日高建男&京極夏彦)
 「周防大蟆」の第三回、前半ではいよいよ仇討ちが迫る中、又市と仲蔵は、林蔵の持ってきた仇討ちの裏事情を聞かされ、そこからどんな仕掛けを用意するか頭を抱える――という展開になります。今回も原作に忠実でありながらも、細かい台詞や描写にアレンジを加えて、独自の味わいを出しています。
 特に林蔵の口はもの凄い回転率で――原作以上にチャラい印象を受けます。目をディフォルメしたキャラクターデザインも相まって、本作におけるコメディリリーフ感が強くあります。これだけ見ていると、とても「これで終いの金比羅さんや」と格好良い決め台詞を使うようになるようには思えませんが、そんな彼がこの先どのように変化していくのか、大いに気になります。

 といいつつ、ファンとしてはこの三人がわちゃわちゃ楽しげに好き勝手なことを言い合っているのが本当に楽しく、何よりも有り難いのですが……(特に『了巷説百物語』を読んだ後ではなおさら)


『雑兵物語 明日はどっちへ』(やまさき拓味)
 本編前のページでの参戦記録が有り難い今回、こうして見ると結構勝ち組についているにもかかわらず、いまだに芽の出ない春と捨丸は、秀吉の大坂築城でのあまりに苦すぎる経験から逃亡し、今回は小牧・長久手の戦いで家康の配下に加わることになります。家康と秀吉の最初で最後の戦いの中、春は戦の前から異常な言動を見せ始めて……

 と、戦場では捨丸の後ろで縮こまっていることの多い春が、今回は目を吊り上げ、狂ったように得物を振り回して池田恒興に襲いかかります。毎回戦場を生々しく描いてきた本作ですが、その中でも目を背けたくなるような凄惨な姿で暴走する春の姿が、今回の山場であることは間違いありません。
 もちろん、この暴走には理由があるのですが――さて、いよいよ次回は最終回、物語にどのように結末を付けるのか注目です。


 次号では「古怪蒐むる人」が登場とのことです。


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