2023.11.19

「コミック乱ツインズ」2023年12月号

 号数でいえば今年ラストとなる「コミック乱ツインズ」12 月号は表紙が何と『江戸の不倫は死の香り』、巻頭カラーは『鬼役』。『勘定吟味役異聞』が最終回を迎える一方で、、ラズウェル細木『大江戸美味指南 うめえもん!』がスタートします。今回も印象に残った作品を紹介しましょう。

『ビジャの女王』(森秀樹)
 ジファルの過去編も終わり、今回から再び描かれるのは、ビジャの城壁を巡る攻防戦。そこで蒙古側が繰り出すのは、攻城塔――重心が危なっかしいものの、装甲を固め、火矢も効かないこの強敵を前に、ブブがまだ戦線に復帰しないビジャは窮地に……

 しかし、インド墨者はブブだけではありません。そう、モズがいる! というわけで、これまではその嗅覚を活かした活躍がメインだった彼が、ついに墨者らしい姿を見せます。攻城塔撃退に必要なのは圧倒的な火力、それを限られた空間で発揮するには――ある意味力技ながら、なるほどこういう手があるのかと感心。ビジュアル的に緊張感がないのも、それはそれで非常に本作らしいと感じます。


『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 ついに今回で最終回、「父」吉保の置土産である将軍暗殺の企ての混乱の中で、徳川家の正当な血統の証を手に入れた柳沢吉里。しかしその証も、事なかれ主義の幕閣の手で――と、大名として残る吉里はともかく、ある意味同じ幕臣の手で夢を阻まれた永渕にとっては、口惜しいどころではありません。

 死を覚悟した永渕は、最後に聡四郎に死合を挑み、最終回になって聡四郎は宿敵の正体を知ることになります。聡四郎にとっては降りかかる火の粉ですが、師の代からの因縁もあり、ドラマ性は十分というべきでしょう。
 しかし既に剣士ではなく官吏となった彼の剣は――と、最後の最後の決闘で、彼の生き方が変わったこと、さらにある意味モラトリアムが終わったことを示すのに唸りました。

 そして流転の果てに、文字通り一家を成した聡四郎。晴れ姿の紅さんも美しく(吉宗は相変わらず吉宗ですが)、まずは大団円であります。が、もちろんこの先も聡四郎の戦いは続きます。その戦いの舞台は……
(と、既にスタートしている続編の方はしばらくお休み状態ですが――さて)


『口八丁堀』(鈴木あつむ)
 特別読切と言いつつ先月から続く今回、売られていく幼馴染を救うために店の金に手を付けた男を救うため、店の主から赦免嘆願を引き出した例繰方同心・内之介。しかしその前に切れ者で知られる上司が現れ――という前回の引きに、なるほど今回はこの上司との仕合なのだなと思えば、あに図らんや、上司は軽い調子で内之介の方針を承認します。
 むしろそれで悩むのは内之介の方――はたして法度を字義通りに解釈せず、人を救うために法度の抜け道を探すのは正しいのか? と悩む内之介は、いつもとは逆に自分が責める側で、イメージトレーニングを行うのですが――その相手はなんとあの長谷川平蔵!?

 という意外な展開となった今回。正直にいえば、二回に分けたことで、内之介が見つけた抜け道のインパクトが薄れた気がしますが――しかし、ここで内之介が法曹としての自分の在り方を見つめ直すのは、彼にとっても、作品にとっても、大きな意味があるといえるでしょう。単純なハッピーエンドに終わらない後日談の巧みさにも唸らされます。


『カムヤライド』(久正人)
 東に向けて進軍中、膳夫・フシエミの裏切によって微小化した国津神を食わされ、モンコたちを除いて全滅したヤマト軍。そして合体・巨大化した国津神が出現し――という展開から始まる今回ですが、ここでクローズアップされるのは、フシエミの存在であります。
 かつてヤマトでモンコに命を救われたというフシエミ。その彼が何故モンコの命を狙うのか――その理由には思わず言葉を失うのですが、それを聞いた上でのモンコがかける言葉が素晴らしい。自分の力足らずとはいえ、ほぼ理不尽な怒りであっても、全て受け止め、相手の生きる力に変える――そんな彼の言葉は、紛れもなくヒーローのものであります(そしてタケゥチも意外とイイこという)。

 その一方で、前回のある描写の理由が思わぬ形で明かされるのですが――そこから突然勃発しかかるカムヤライドvs神薙剣。また神薙剣の暴走かと思いきや、そこには意外な理由がありました。ある意味物語の始まりに繋がる要素の登場に驚くとともに、なるほどこれで二人の対決にも違和感がない――という点にも感心させられました。


 次号は創刊21周年特別記念号。今回お休みだった『真剣にシす』が巻頭カラーで登場。『軍鶏侍』は完結とのことです。


「コミック乱ツインズ」2023年12月号(リイド社)


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2023.11.15

富安陽子『博物館の少女 騒がしい幽霊』 ポルターガイストを超えた怪異と母娘の再生

 設定、キャラクター描写、物語展開の妙で大きな反響を呼んだ『博物館の少女』待望の第二弾であります。イカルにが新たに巻き込まれるのは、陸軍卿・大山巌と妻・捨松の屋敷で起きる騒霊現象。事件調査のため、幼い二人の子供の家庭教師として屋敷に入ったイカルが知る怪異の真実とは……

 両親を亡くして東京に出たところで上野の博物館の館長に見出され、博物館の怪異研究所の所長・トノサマこと織田賢司の手伝いをすることになった少女・イカル。そこで収蔵品の行方不明事件に巻き込まれた彼女が、その驚くべき結末を見届けて数カ月後――彼女は新たな怪異絡みの事件に巻き込まれることになります。

 それぞれ薩摩と会津の出身者の結婚ということで大いに世間の話題となった大山巌と山川捨松――その捨松の兄・山川健次郎から、大山邸でポルターガイスト現象が起きていると聞かされたトノサマとイカル。調査を依頼されたトノサマは、イカルを大山家の幼い二人の娘・信子と芙蓉の家庭教師として送り込むのでした。
 かつて捨松が博物館観覧に来た際に言葉を交わしたことはあるものの、あまりに境遇の異なる相手に、緊張と困惑を隠せないイカル。しかし捨松と話すうちに彼女に好感を抱いたイカルは、継母を疎んじる二人の子供の心を開くべく、奮闘することになります。

 それと並行して調査を進める中、大山邸で想像もしていなかった事態が進行していることを知るイカル。捨松は会津戦争で亡くなった姉の、二人の子供は病死した実の母の――それ以外の人々も、それぞれ邸内で異なる亡霊の姿を目撃していたというのです。
 そして、大山邸の前身である、江戸時代の松平家の屋敷の過去を調べる中で、イカルは思わぬ因縁の存在を知ることになります。さらに殺人事件までが発生して……


 文明開化の時代を舞台に、実在の人物を配しつつ、一人の少女の成長と、時を超えた怪異の存在を描いた前作。その前作は時代伝奇ホラーともいうべき意外な展開に驚き感嘆させられましたが、本作の方は、時代ホラーミステリともいうべき内容となっています。

 「騒がしい幽霊」のサブタイトルの通り、大山邸で起きるポルターガイスト現象。ポルターガイストといえば、その家に小さな子供や女性がいるのが定番、まさに大山邸もその条件に当てはまるのですが――しかしもちろん、事態がそんな単純なはずもありません。
 何しろ作中ではポルターガイスト現象はほとんど前座――メインとなるのは、見る人によって現れる者が異なる亡霊という、奇怪極まりない事件なのです。さらにその周囲でも数々の事態が進行し、事件は終盤まで何がどうなっているのかわからない、混沌とした様相を呈するのは、前作同様の面白さです。

 しかしそんな中で、思わぬ形でロジカルに――それも歴史ものとしてニヤリとさせられる形で――事件の一端が解決に導かれていくのが楽しい。こんな些細なことが!? と言いたくなるようなことが手がかり・伏線になるのは、まさにミステリの快感であります。
 その一方で、思わず震え上がるような展開が終盤に待ちかまえていたりと、ホラーとしても実に魅力的なことは言うまでもないところであります。(ホラー要素ではないのですが、老齢で曖昧になっている使用人の描写が、リアルすぎて震えました……)


 しかし、時にそれ以上にこちらの心を大きく揺さぶるのは、大山家の母娘を巡るドラマです。

 海外に留学し、女性教育に力を尽くし、そして愛情で結ばれた夫と対等な関係を結ぶ――当時の女性から見れば破格の先進的な境遇にある捨松。しかし残念ながら、そんな女性でも、いやだからこそ周囲に色眼鏡で見られるのは、変わらぬこの国の姿であります。
 そしてそんな捨松の最も身近にいる信子と芙蓉子も、継母である彼女に馴染めず、それどころか反感を感じている状態にあるのです。

 そんな不幸な母娘のすれ違いの姿を、本作はイカルの目を通じて描きます。いや、もちろん描くのはそれだけではありません。イカルの奮闘を通じて、母娘の関係性が修復され、生まれていく姿を、本作は描くのです。
 そしてそれが、ホラーとしての恐怖の絶頂と重ね合わせて描かれるクライマックスは、これはもう作者ならではの見事な盛り上がりなのであります。


 当時の出来事や人物を盛り込んだ時代ものとして、独創的な怪奇現象を描くホラーとして、巧みな構成で展開するミステリとして――様々な要素がハイレベルで融合した本作。
 レギュラーキャラの思わぬ出自が描かれたりと、シリーズものとしての展開も楽しく、この先の物語も大いに楽しみにしているところです。


『博物館の少女 騒がしい幽霊』(富安陽子 偕成社) Amazon

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2023.11.07

清音圭『化け狐の忠心』第2巻 人と狐の両片思い、これにて完結

 戦国時代のとある国を舞台に、厳しい立場に立たされながらも心正しく生きる領主の嫡男・直澄と、どこまでも真っ直ぐな彼の姿に惹かれてしまった傾国の妖狐・玉藻の想いの行方を描く物語もこれにて完結。自分の存在が直澄を危うくしかねないと知りつつも、彼を巡る陰謀の存在を知った玉藻の選択は……

 かつて数々の国を傾けた末、封印された化け狐・玉藻。戦乱の中で解放された玉藻が再び暴れ回ろうとした矢先、彼女は若武者・梅多直澄と出会うことになります。
 自分を戦乱で焼き出された女性と思いこみ、城に置いた直澄を利用しようとした玉藻ですが――直純が実の父や継母から命を狙われていると知った玉藻は、思わず直純を守ってしまうのでした。

 そんな日々を過ごすうちに、直純から離れがたくなっていく玉藻。しかし、直純の血の繋がらない叔父であり、切れ者として知られる幸満から正体を疑われることとなった玉藻は、化け狐の自分が近くにいれば、直純の立場を危うくすると悟ることに……

 という、狐の美女と人間の武士の間に生まれた想いの行方を描く本作。文字通り玉藻の毒気を抜くほどの清廉さを持つ直澄ですが、それだけに生き馬の目を抜く戦国の世を渡っていくには危なっかしすぎる彼を守るための玉藻の奮闘は、相変わらず続くことになります。

 何しろ直澄の両親自体が彼の最大の敵という状況の上、一見彼の味方のように見える幸満も何やら怪しく、家中での彼の立場はほとんど四面楚歌。そんな彼を救うために、彼を食い物にしようとしていた玉藻が、配下の妖怪たちを動員してまで頑張ってしまうのが、おかしいというか微笑ましというか、何ともニヤニヤさせられるのですが……

 しかしこの巻では、直澄の周囲で怪しげな陰謀が動き始めることになります。自分の嫡男を廃しようとするくらいですから、支配下の国でも人望のない直澄の父――そんな彼を遂に除かんとする動きが出るのですが、彼らが代わりに直澄を戴こうというのが大問題。
 何しろ直澄は自分の命が狙われても相手を信じようとするお人好し、ましてや相手が自分の父親であれば、そんな動きに乗るはずもありません。

 しかしそれでも彼をのっぴきならぬ立場に追い込もうとする奸策の存在を知った玉藻は、見るに見かねて自ら動こうとするのですが――しかし玉藻が直澄を救うためには、自らの化け狐としての力を見せなければなりません。
 しかし化け狐の正体を顕せば、直澄が自分を側に置いておくはずもない――その玉藻の悩みこそが本作の最大のクライマックスであるといえるでしょう。
(この陰謀が、成功した方が直澄にも玉藻にも利があるというのが、また巧みなところであります)

 自分が恋する相手の側にいられることを選ぶか、相手の身と心を守ることを選ぶか? これはある意味、人間と異類の恋愛ものでは定番の、そして究極の選択ではありますが――しかしその答えは常に決まっているのもまた事実。それではその答えを選んだ結果は……


 まあ、直澄と玉藻は両片思いである、というのを思えば、結末は見えているのですが――本作の場合、それは誰もが望む、唯一の結末であることもまた事実でしょう。
 正直なところ、終盤の展開はトントン拍子過ぎる気もするのですが、美しいファンタジーとしては、これでよいのだ、と大きく肯くほかありません。

 むしろ本作の場合は、もっと甘々にしてよかった、というか両片思いの間をもっとじっくり描いてほしい、あるいは物語のその先をもっと描いてほしい、という気持ちにもなるのですが、しかしそれは野暮というものかもしれません。
 単行本の巻末に収められたおまけを見れば、その想いの一端は、十分に満たされるのですから……


『化け狐の忠心』第2巻(清音圭 白泉社花とゆめコミックス) Amazon

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2023.10.11

さいとうちほ『VSルパン』第7巻 『八点鐘』開幕 紳士と美女、対等な冒険の始まり

 前巻で「緑の目の令嬢」編が完結した『VSルパン』は、この巻から「八点鐘」編に突入。薄幸の美女・オルタンスとルパンを思わせる快男児・レニーヌ伯爵が、八つの謎に挑むことになります0。はたして廃墟に響く時計の鐘が意味するものとは……

 狂人の夫と結婚した上、持参金は夫の叔父・エーグルロッシュ伯爵に奪われ、駕籠の鳥の状態の美女・オルタンス。自棄になってつまらぬ男と駆け落ちをしようとしたオルタンスですが――その前に青年貴族レニーヌ公爵が現れ、駆け落ちを妨害するのでした。
 そのまま、彼女を近くの廃墟・アラングル荘に誘うレニーヌ。彼の巧みな手腕で二十年間放置されていた屋敷に入り込んだ二人ですが、突然古時計が動き出し、八時の鐘が鳴り響いたではありませんか。

 そして古時計の中に隠されていた望遠鏡を見つけたレニーヌは、見晴らし台の銃眼から、数百メートル先の塔を覗いてみるのですが、そこにあった恐ろしいものとは……


 不幸な結婚に苦しむ美女と、謎めいた冒険家の紳士、そして怪奇なムード漂う事件――と、冒頭からびっくりするくらいルブラン風味濃厚な第一話「塔のてっぺんで」。
 ここでレニーヌとオルタンスが見つけたのは、無惨にも白骨化した二人の死体。その死体の謎を鮮やかに解いてみせるレニーヌですが、それは同時に、オルタンスの身を自由にすることでもあって――と、ここから『八点鐘』という物語が真にスタートすることになります。

 あまりに鮮やかなレニーヌの手並みを目の当たりにして、一体何者なのかと問うオルタンスに対し、単なる冒険家だと語るレニーヌ。
 しかしレニーヌはそれだけでなく、オルタンスを冒険に誘うのです。
「今日の冒険はあなた自身の人生に関することでした でも他人のためにする冒険だって感動的です」
「救いを求める人があったら力を合わせて救い 犯罪の匂いや苦痛の叫びに気付いたら出かけていくんです」

 もちろんそんな誘いに疑いを抱くのが当然ですが、それに対してもきっちりと「契約」を交わすのがレニーヌの紳士たる由縁です。
 最初の冒険で古時計が八時を打った――すなわち八点鐘を鳴らしたのにちなんで、今後三ヶ月の間に、今日のものも含めて八つの冒険をしましょう。もちろん途中で面白くなくなれば抜けて結構。しかし最後まで付き合ってくれたなら、最後に自分の願い(と言って彼女の唇をじっと見つめる)を聞き届けて欲しい、と……

 いやはや、全八話の連作短編のスタートして、これ以上のものはないくらい魅力的な滑り出しではありませんか!


 しかし本作で真に感動的なのは、レニーヌがオルタンスを「救い出す」のでもなく、「彼女のために」冒険する(してあげる)のでもなく、彼女を冒険に誘うことでしょう。

 ここでレニーヌが「ぼくの相棒におなりなさい」と誘い、いやになったといつでも抜けて良いと語るのに明らかなように、彼とオルタンスはあくまでも対等な関係であり、彼女の主体性・自主性をどこまでも重んじているといえます。
 それは駕籠の鳥として自由を奪われ、そして寄ってくるのも贅沢な生活を送らせる=何かを与えてやるという男だった彼女にとって、何よりの救いであり、その死にかけていた心を甦らせたのではないでしょうか。

 原作の時点で非常にロマンチックで、前章の『緑の目の令嬢』とは別の意味で少女漫画向きの『八点鐘』。しかしこうして本作で読み返してみると、原作で描かれていたものは、今なお全く古びていない、いや新たな輝きを放って感じるのです。


 と、第一話の時点でテンションが上がりまくってしまいましたが、その後のエピソードももちろん魅力的な内容揃いであります。
 カフェで叫び声を上げた男と出会ったことから、無実の男を救うために事態が二転三転、最後は思わぬトリックも飛び出して緊迫したサスペンスが展開する「水瓶」
 オルタンスの妹・ローズが出演する映画を観たレニーヌが、ローズに異常な視線を向ける端役に注意を惹かれる「映画があばく恋」

 元々原作はミステリとしても高く評価されている作品ですが、各話毎に全く趣向の異なる物語を楽しませていただきました。

 そしてこの冒険は残すところあと五つ、少しでも早く次なる冒険を見たいというのが、偽らざる心境であります。
(ちなみに「映画があばく恋」は原作では第四話だったのですが、本来の第三話は次巻に収録されるようで一安心)


『VSルパン』第7巻(さいとうちほ&モーリス・ルブラン 小学館フラワーコミックス) Amazon

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2023.08.18

「コミック乱ツインズ」2023年9月号(その一)

 「コミック乱ツインズ」9月号は、表紙が久々登場の『そば屋幻庵』、巻頭カラーはついに最終回の『暁の犬』であります。今回も印象に残った作品を一つずつ紹介します。

『暁の犬』(高瀬理恵&鳥羽亮)
 というわけで巻頭カラーという最高の形で最終回を迎えた本作。前回丸々使って展開した、佐内にとっては最後の標的にして父の仇である坂東との決戦はなおも続き、今回も実に冒頭14ページにわたり台詞なしの激闘が繰り広げられることになります。

 佐内がこれまでの死闘で編み出した狼走の太刀をも超える真・二胴に対して、己の原点である富田流の霞返しを加味して挑んだ佐内の一撃の行方は……
 ここから先は何を書いてもネタバレとなってしまうのですが毒食らわば皿までの精神で書いてしまえば、ここから先の展開は、原作にはないオリジナル。いや、原作では描けなかった内容というべきでしょうか。

 その詳細はさすがにここでは伏せますが、物語展開はほぼ同一でありながらも、本作が原作とは異なるアナザーエンディングとなった理由――それは、作中で折りに触れて描かれてきた、佐内と周囲の人々の関係性によるものといってよいでしょう。

 剣客にとって、死合の場において頼れる者は己ただ一人。しかし実はそれだけではない、それだけでは生きていけない――本作の佐内は、刺客仲間や相良たち、そしておしまや満枝を通じて、それを学んできたといえます。そしてそれこそが、彼が無明の闇の中に一人消えることなく、暁を迎えることができた理由なのでしょう。

 歴史の流れの中においては、あくまでも佐内たちはただの走狗、名もない剣客に過ぎません。しかし彼はその流れに押し流されることなく、そこに己自身を見出すことができた――ラストの佐内の表情には、その尊さ、素晴らしいさが表れています。まさに大団円というべき、見事な結末であります。
(しかし突き詰めればアナザーエンディングのキーは相良ということに……)


『ビジャの女王』(森秀樹)
 モンゴル軍に奇襲をかけたはずが内通によって逆襲を受け、腹に深々と槍が突き刺さるという瀕死の重傷を負ってビジャに帰ったブブ。彼を救うためには手術しかありませんが、その技術を持つのは、まさに内通者であるジファルその人のみ……

 ジファルがブブを殺そうと思えば容易いこの状況下で、はたしてブブの運命は? という緊迫した状況から始まる今回。インド墨者の一人・モズを助手に執刀するジファルの行動は――と思いきや、意外にも真摯に施術に及び、ちょっと思いもよらぬ真実も明らかになって、希望の光が差し込みます。
 いやそれどころかモズの言葉(この人も大概呑気)に笑みを見せたりと、ジファルはほとんど二重人格者のような態度を示すではありませんか。

 そして一命を取り留め、ジイ(若い頃はなかなかのイケメン)から、ジファルの過去を聞くブブ。実はモンゴル軍に故郷を滅ぼされた亡国の王子だったジファルは、二十年前、わずか十歳の時に、同年代の供・イーブンのみを連れてビジャに亡命したというのですが――直前にイーブンの名を聞いたジファルがいきなり態度を硬化させたりと、何やら相当ワケありの様子です。
 というか気が早い予想で恐縮ですが、このイーブンに該当しそうな人物がここに一人いるわけですが――さて。


『江戸の不倫は死の香り』(山口譲司)
 江戸の不義密通を題材とした物語の第二話は、湯屋の主人・源助と妻のおしずを巡る物語。幼い頃にそば屋の店主・右衛門に引き取られて育てられ、源助に嫁いだおしずですが、実は彼女は右衛門と男女の関係。嫁いだ後も続くその関係を知らずにいた源助が、ついに真実を知ってしまった時……

 と、文書で書くとそれほどでもない今回ですが、釜を炊くおしずの元にやってきた右衛門が――というくだり(風呂に入っていた連中がそれに気付くシチュエーションも含めて)が実に生々しく、その後の周囲の厭なリアクションも含めて、何とも重いものが残る内容です。
(正直なところ、もう少し源助とおしずの姿を描いておいた方が、ラストのインパクトは強まったとは思いますが……)

 第一話は実話ベースであったのに対し、今回は色々と調べていたものの原話を見つけ出すことができず、どうも創作ではないかと思うのですが、いずれにせよ男女の間の生臭さは変わらず感じさせられる作品です。


 次回に続きます。


「コミック乱ツインズ」2023年9月号(リイド社) Amazon

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2023.08.12

清音圭『化け狐の忠心』第1巻

 人間と異類のロマンスは古今を問わず多くの人々を惹きつけるものですが、本作もその一つ。戦国時代のとある国を舞台に、生真面目でお人好しな若武者と、人間に恨みを持つ強大な化け狐の間に、ちょっと変わったドラマが生まれることになります。はたして化け狐が抱くのは忠心か恋心か……

 時は戦国、とある城の落城の混乱の中で、封印から解き放たれた化け狐の玉藻。かつて人間に一族を滅ぼされ、その恨みから数々の国を傾けてきた彼女は、解放されたのをこれ幸いと、再び暴れ回ろうとするのですが――しかしそんな玉藻の前に現れた若武者・梅多直澄は、彼女を戦に巻き込まれた不幸な女性と信じ込むと、彼女を自分の城に連れ帰って住まわせるのでした。

 ひとまず、直澄の近くで周囲の目から隠れて――と考える玉藻ですが、愚直なまでに清廉で生真面目な直澄は、実の父や継母をはじめとする人々に疎まれ、密かに命を狙われる身の上でした。それを知った玉藻は、全く周囲を疑おうとしない直澄を守ろうと奔走するのですが……


 という基本設定の本作は、戦国時代のとある国を舞台としたファンタジー色の強い作品。人間の男性と狐の女性というのは、これはもう一千年以上前からの定番(?)ですが、本作の面白いところは、(今のところ)男性=直澄の方が、全く女性=玉藻が狐であると気付いていないところでしょう。
 ラブコメで、片方が度を超した鈍感で、相手の想いに気付かないというのは定番展開ですが、本作はそれに相手の想いだけでなく、正体までも気付かないという、二つのシチュエーションを重ね合わせているのが、何とも楽しく、切ないところです。

 想いを知られれば相手に拒まれるかもしれないどころか、正体を知られたら確実に相手に拒まれる――恋する相手に自分のことを知ってほしいというのは極めて自然な想いですが、それが叶わない、というよりその時が別れの時というのは、実に悩ましいところであります。

 もっとも、本作のさらに面白いところは、(少なくとも初めは)玉藻の側も直澄に恋心を抱いているわけではない点でしょう。というより、自分の食い物のはずがどうにも危なっかしい相手を、他の連中に取られぬように世話を焼いているうちに、どうにも気になるようになって――という、これも人間と異類の関係性では定番ではありますが、やはり良いものは良いというほかありません。

 そんな何ともくすぐったくも尊い、忠心と恋心のせめぎ合いが、本作の最大の魅力というべきでしょう。


 しかし、ただでさえその立場が危うい直澄の傍らに、化け狐がいるということが明らかになれば――直澄がその事実を知るか知らぬかを問わず――大問題であることは間違いありません。
 そんな危なっかしい状況の中で、また別の意味で危なっかしい二人の関係はどうなってしまうのか――鈍感美青年武士とツンデレ化け狐の行く末を見守りたくなってしまう物語であります。


『化け狐の忠心』第1巻(清音圭 白泉社花とゆめコミックス) Amazon

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2023.07.22

小田桐道明『本阿弥名刀秘録』

 今なお刀剣人気は衰えませんが、本作は豊臣秀吉が天下人となった頃を舞台に、名刀の鑑定で知られた本阿弥光徳を通じて、歴史に名を残す様々な名刀と、それを巡るドラマを描く連作であります。武士の在り方が変わっていく中、名刀の在り方もまた……

 足利尊氏以来、足利将軍の同朋衆として仕え、刀剣の研磨や手入れそして鑑定を生業としてきた本阿弥家。それから二百数十年後、足利幕府は滅びましたが、天下人となった豊臣秀吉に本阿弥家九代光徳が重用され、光徳は本阿弥家中興の祖といわれることになります。

 本作はその光徳が豊臣家の御刀役として名刀と相対する姿を、そしてその名刀にまつわる様々なドラマを描いた全八話の連作であります。

 ある日、秀吉に呼び出され、京の聚楽第に向かった光徳。そこで彼は、秀吉が弟の秀長から献上されたという藤四郎吉光を見せられるのですが――しかしその秀吉の言葉に対し、研ぎが甘く吉光であるかはわからないと反論し、不興を被るのでした。
 その場は千利休に取りなされた(利休から時流を弁えろと窘められるのが何とも皮肉)光徳ですが、刀剣に対する己の目と感覚は裏切れません。命がかかっていることを承知で、刀を研いだ末に光徳が見たものは……

 この序章が一つのパターンとなっているように、本作の物語は、光徳と秀吉の対峙が基本となります。自らも刀を愛するものの、伝統や故事来歴には無頓着、傲岸不遜に振る舞う天下人・秀吉と、彼に仕える一介の御刀役でありながらも、本阿弥家の誇りにかけて、阿諛追従で己を曲げることができない光徳――そんな二人の緊張感に満ちたドラマの中で、数々の名刀の姿が描かれるのです。

その中で描かれる名刀(各話のサブタイトルでもあります)は以下の通り――
 鬼丸国綱
 童子切安綱
 伝光代
 一期一振
 小烏丸
 蕨手刀子
 本庄正宗

 盗掘にあった古墳近くから上古の刀を光徳が見つけ、研いでみれば――という異色作「蕨手刀子」を除けば、いずれもなるほど、と納得するほかないラインナップであります。

 各話のクライマックス(?)は、これら名刀の詳細な図解なのですが、そこに至るまでに、刀の来歴と、そこに絡められた光徳と秀吉のドラマが織り込まれ、各話の分量は決して多いわけではありませんが、重厚な読み応えを感じさせます。


 そして本作のユニークな点は、名刀を描くのと当時に、それと照らして天下人・秀吉の姿を、そしてこの時代の武士の姿を描いている点でしょう。

 天下人としてもはや向かうところ敵なし、一期一振を磨り上げさせたり、古備前の刀を勝手に小烏丸と呼んだりとやりたい放題の秀吉。しかしそんな秀吉でも、油断ならぬ東海の雄・家康や、伝統を背景に陰で嘲笑う公家たちとの関係に頭を悩ます姿が、本作では描かれます。
 そして天下人といっても彼も人間――幼くして病に倒れた子・鶴松への想いは、他の親と変わるところではありません。特にここで病気平癒のため、光徳の守り刀である蕨手刀子を借り受けた時の姿は、それまでとは全く異なるものとして、特に印象に残ります。

 またラストの「本庄正宗」では、本庄繁長――合戦の中でこの刀に斬りつけられ、辛くも兜で防いだという戦場往来の逸話を持つ猛者――が、秀吉の隠居城(後の伏見城)建築の普請奉行を勤めるも経費が足りず、その補填のためにこの名刀を売る姿が描かれます。
 ここで描かされる繁長の姿は、戦国が終わりに近づき、戦いの場から離れざるを得なかった武士と、その武士が手にして振るった武器であった刀と、その両者の変質を示すものというべきでしょう。

 思えば本作で描かれる刀は、その大半が秀吉に献上され、あるいは装飾品として、あるいは褒賞として、あるいは美術品として扱われるものでした。もちろんそれまでも、美術品的に扱われてきた刀は少なくはありませんが、しかしその扱いが、この時代に、大きく変わったことは間違いありません。

 そんな刀たちを見つめてきた光徳は、そしてその主として彼を振り回してきた秀吉は、これらの名刀を描く物語の主人公として、確かに相応しい存在と言うべきでしょう。


『本阿弥名刀秘録』(小田桐道明&大越弘道 小学館ビッグコミックススペシャル) Amazon

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2023.07.18

「コミック乱ツインズ」2023年8月号(その一)

 「コミック乱ツインズ」8月号の巻頭カラーは山口譲司の新連載『江戸の不倫は死の香り』、表紙は『ビジャの女王』。シリーズ連載や特別読切はなしの、レギュラー陣のみの掲載となります。今回も、印象に残った作品を一作ずつ紹介しましょう。

『江戸の不倫は死の香り』(山口譲司)
 というわけでエロティックな作品を得意とする作者の新連載は、タイトルのとおり、江戸時代の不倫――不義密通を題材とした物語。第1話のタイトルは「お熊」――材木問屋・白子屋の主人の娘であるお熊の不義密通が、多くの人々を巻き込む悲劇となっていく様が描かれることとなります。
 と、書けばお分かりになる方も多いかと思いますが、今回のエピソードのモチーフとなるのは、いわゆる「白子屋お熊」――大岡政談や、浄瑠璃の「恋娘昔八丈」のモデルとなった実話であります。

 左前となった白子屋を立て直すため、多額の持参金付きで婿の又四郎を迎えたお熊。しかし手代の忠八と密通していたお熊は醜い又四郎を毛嫌いし、何とか離縁に持ち込もうとします。
 そこで忠八はお熊の母・お常、女中のお久と共に、又四郎に密通の末に心中しようとしたという濡れ衣を着せ、家から追い出そうとするのでした。そしてその相手には、白子屋に来たばかりの女中・お菊を当てることに……

 と、お馴染みの内容ではありますが、作者の筆によって濡れ場が描かれ、さらに原典にはない忠八とお常の不倫関係まであって、何とも生々しいドラマが展開することになります。その一方で結末はかなりあっさり目に感じられますが、しかしある意味ドラマは最小限に、結果のみをスパッと記して「一件落着」とするのは、かえってそのインパクトを強めていると感じます。
 スタイル的にはこのように実話をベースにした連作になるのかなと思いますが、その題材には事欠かないだけに、この先も生々しいドラマが展開しそうです。


『ビジャの女王』(森秀樹)
 モンゴル軍打倒の一策として、水の輸送隊を襲撃したブブ率いるビジャ軍。しかしかねてよりモンゴル側と通じるジファルの内通により奇襲は露見、反撃を受けたビジャ勢は潰走することに……

 というわけで、起死回生を狙いながらも大打撃を受けたビジャですが、最大のダメージはブブが深手を負ったことであります。言葉を失うようなその姿に加え、もはや死相の浮かんだ(作者の筆による説得力十分過ぎる表情!)ブブを救うには外科的手術しかありません。
 しかしその技をビジャで心得ているのは、よりによってバグダードの「知恵の館」で学んだジファルのみ。その気になればブブにとどめを刺すのは容易い状況ですが、ブブはジファルが内通者と疑いつつも、敢えて彼の施術を受けることに……

 と、ブブは自らの命を賭けてジファルの心底を見抜こうとしているのかもしれませんが――これはあまりにも分が悪い賭けであることは言うまでもありません。しかしジファルもまた、これまで「知恵の館」が絡んだことでは、不思議な良心とも純粋さともいうべきものを見せてきた男ではあります。はたして思い切りの良すぎるブブの行動の結果は吉と出るか凶と出るか?


『暁の犬』(高瀬理恵&鳥羽亮)
 いよいよ本作も今回を入れて残すところあと二話。佐内と、二胴の真の遣い手であり、佐内の父の仇である坂東と――もはや雌雄を決するしかない二人の最後の対決の幕が、ついに切って落とされました。
 この先盛り上がるしかない、クライマックス中のクライマックスの始まりであります。もう今回の三十ページ以上、全てが死闘、激闘、血闘の連続、よくぞここまで――というほかない剣戟描写には、こちらもひたすら息を呑んで見つめるしかありません。

 そんなわけで今回は語ることがあまりないのですが(手抜きではありません)、そんな中でも印象に残るのは、一瞬の交錯が生死を分ける中で、相手の剣の本質を読み、それに対して己の剣を切り替える剣客の本能の凄まじさでしょうか。
 仮初めの二胴相手の技であったとはいえ、佐内の必殺剣である狼走の太刀をその場の反応で破る坂東。坂東の真の二胴の本質を知り、現在の到達点である狼走の太刀と己の原点を組み合わせた剣を放つ佐内。二人の剣客が極限の状況下で交わす刃が断つものは……

 次回、巻頭カラーで最終回であります。早く一ヶ月経ってほしい!


 次回に続きます(全二回)


「コミック乱ツインズ」2023年8月号(リイド社) Amazon

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2023.07.04

高橋功一郎『ハナシノブ 凛花捕物帳』第1巻 江戸の謎に挑む頭脳とアクションのヒロインコンビ

 主にスポーツ漫画、特にゴルフもので活躍している(個人的には『剣聖ツバメ』の)作者が、「コミック乱」でシリーズ連載している変格の捕物帳であります。好奇心旺盛な呉服問屋の一人娘と、お付きの女中(実は元忍び)のコンビが、江戸を騒がす怪事件に騒々しく首を突っ込――解決します。

 呉服問屋・坂田屋の一人娘・凛は、正義感が強く頭も回る美少女ながら、好奇心が強すぎるのが玉に瑕。今日も、柳原土手で暴行されて殺された茶屋娘の幽霊が出没し、見物しにいった人間が取り殺されたという噂を聞き、幽霊を目撃しようと張り込みを始めてしまいます。
 そんな凛の行動に頭を悩ましているのは、彼女に可愛がられている下女中のはな。山出しで垢抜けないはなですが、かつて行き倒れた自分を拾ってくれた凛に心酔、彼女が出かける時は必ずついていくものの、それだけに凛の酔狂にはすっかり弱っている状況です。

 そんな中、土手である品物を見つけ、そこから幽霊騒動の真相を見破った凛に迫る魔の手。凛が絶体絶命の窮地に陥った時、はなは隠していたその実力を発揮して……


 そんな第一話に始まる本作は、漫画では比較的珍しい印象の、女性コンビを主人公とした捕物帳(的なミステリ要素のある作品)です。

 実ははなは、風魔忍び――から抜けた父に技を叩き込まれた凄腕。その腕前たるや、今は六代目(おそらく小太郎)の下で江戸を警護している風魔の鳶沢甚内が、常につきまとってスカウトしようとしているほどであります。
 そんなわけで頭脳担当の凛と、アクション担当のはな(といっても自分の実力は凛を含め周囲には秘密にしているのですが)が、それぞれの特技を活かして怪事件の謎を暴き、悪人を退治することになります。

 この巻に収録されているのは全五話+αですが、人々を乱心させる化け狐や商家を次々と襲う髑髏の盗賊団、江戸の夜を騒がす巨大な化け猫の正体暴きがある一方で、江戸に出てきたはなの幼なじみが下手人にされた毒殺事件の真相究明など様々であります。

 正直なことをいってしまえば、本作はミステリ的な側面はかなり弱い印象があります。(その中では、毒殺事件のトリックと犯人を追いつめる策はなかなか面白かったと思います)
 その一方で、はなのアクション描写はかなりの迫力で、武士の剣術とはまた異なる忍びの剣を描いてみせるのに感心いたしました。また、単行本のおまけページで作者が書いているように、懸命にこの時代ならではの題材を追っているのもまた好感が持てます。

 しかし本作の最大の魅力は、凛とはなという、年は近いものの、生まれや育ちが全く異なる二人の少女の友情ではないでしょうか。
 はなは坂田屋でも下女中、本来であれば凛に直接仕えることはないはずの身分であります。そんなはなを凛は何故自分の一番近くに置いているのか、そしてはなは何故凛に仕えているのか――二人の純粋な姿は、作中の悪人たちが自分勝手な理屈で悪業を働くのと比して、眩しく爽やかに感じられます。

 そんな二人が、この先より手強い謎解きに挑むことに期待したいと思います。


『ハナシノブ 凛花捕物帳』第1巻(高橋功一郎 リイド社SPコミックス) Amazon

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2023.06.24

細川忠孝『ツワモノガタリ』第7巻 強者たちの剣談の終わり そして本段突入!

 『ツワモノガタリ』五の段、天然理心流 土方歳三 対 北辰一刀流 坂本龍馬の激闘もいよいよ終盤。相容れぬ男二人の激突が、ついに決着します。そしてその先に待つのは本段 池田屋事件――これまで語ってきた強者たちが、多勢を相手に思う存分その技を振るうことになります。

 新選組の強者たちによる剣談もいよいよ佳境、大トリを務めるのは鬼の副長・土方歳三――その相手となるのは維新の雄・坂本龍馬であります。

 しかしこの二人は、その半生はある意味好対照。農民に生まれながら動乱の時代に武士に成り上がった男と、武士に生まれながら明日を夢見て武士を捨てた男――互いに己の持てる技全てをぶつけ合う戦いは、やがてその思想のぶつかり合いともいうべき域に達することになります。
 「武士」として時代に殉ずることを望む土方に、かつての愚直なまでに理想を追っていた自分の姿を見て、龍馬は初めて本気で土方を斬る覚悟を固め……

 と、ここまで来るとむしろ意地のぶつかり合いというところですが、しかし接点がありそうでなかった二人の間に一つの軸を設定することにより、幕末という時代に輝いた二人の姿を対照的なものとして描く構図は面白いと感じます。

 が、肝心の剣術勝負としてはそこまで個性的なものにならなったという印象もあり、なによりも決着がかなり不透明(というより拍子抜け)なものであったのは残念なところです。実在の人物同士の戦いである以上、どうしても史実との整合性は取らざるを得ないのですが――これは士道不覚悟ものでは?(永倉が)


 さて、この土方の語りを以てその夜の酒席はお開きとなり、新選組の強者たちの物語も終わったかに見えたのですが――しかしその数日後、大きな陰謀の存在が発覚することになります。

 風の強い日に京の町に火をつけ、その混乱に乗じて京都守護職を暗殺、帝を拉致する――肥後の宮部鼎蔵、長州の吉田稔麿らによるこの陰謀を察知した新選組は、会津藩の体勢が整わない中、単独で出撃。敵の本拠を探す中、当たりを引き当てた近藤隊は、わずか十名で池田屋に突入する……
 そう、ここから展開する「本段」こそは「池田屋事件」。新選組の絶頂期を飾る戦いであります。

 池田屋事件といえば、いわゆる新選組ものにおいては最大級のクライマックス。本作においてもそれは変わらないのですが、しかし本作の文法――強者同士の激突というスタイルで、池田屋事件を描くことができるのか!? と思わないでもありません。

 もちろん、一対一ではなく、一対多でも強いのが強者。特にこれまでメインとなることがなかった近藤勇は、ついに出番が来たとばかりの暴れっぷりです。
 多勢をものともせず、むしろ俺一人で十分だとばかりにその剣を振るう近藤の姿は――かつて四の段冒頭で描かれたそれをさらにパワーアップさせたように――まさに我々の抱く「近藤勇」のイメージそのままの、豪快というか、むしろ痛快と言いたくなるほどであります。

 その一方で、沖田はやはり喀血して苦戦することになるのですが、ここで彼を支えるのが、あの人物というのもグッとくる流れ。そして一度は戦線離脱した沖田は、同じく戦線離脱しながら戻ってきた男と対峙して――と、やはりこの段でも一対一の対決が、それもかなり意外な顔合わせが始まるところで、この巻は幕となります。

 しかし本当に意外なのはこの後であります。最終巻となる次巻では、近藤勇が彼に相応しい超大物と激突することになるのですから。ラストまで目が離せない強者たちの激闘を楽しみにしたいと思います。


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