2020.06.20

「コミック乱ツインズ」2020年7月号(その一)

 「コミック乱ツインズ」誌も、号数の上では早くも後半戦の7月号。表紙は『鬼役』、巻頭カラーは『勘定吟味役異聞』ですが――内容の方は、夏の激闘号とでも呼びたくなるような激しい戦いを描いた作品が多く並んでおります。今回も印象に残った作品を一作品ずつご紹介いたしましょう。

『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 ついに余人を交えず決着の時を迎えた入江無手斎と浅山鬼伝斎。破れ寺を舞台に激しく切り結ぶ二人の勝負の行方は……
 と、物語的には二人がひたすら戦うのみというシンプルな今回。(無手斎の追想を除けば)登場人物もほとんど完全にこの二人のみという、ある意味異色の回なのですが――これが実に見事なのであります。

 巻頭カラーページの、落日を背に無手斎の前に立ちはだかる鬼伝斎という、一種荘厳さすら感じさせる画から一転、凄まじい迫力で襲いかかる鬼伝斎――という強烈な掴みから、時間を遡って当日朝の無手斎の死闘を前にしながらも恬然と日常を送る見事な挙措、そして決闘の場に至っての緊迫感溢れるにらみ合い(ここから冒頭の場面へ)という前半部分の丹念な構成にまず感心させられますが、ここから一気呵成の死闘がまた凄まじい。

 その一撃必殺ぶりが伝わってくるような鬼伝斎の豪剣の連続と、一瞬の隙をついての無手斎の反撃、そしてその合間の二人の思想と想念のぶつかり合い――圧巻と言うべきか、息つく暇もないというか、とにかく最強の剣士二人の決着回に相応しい壮絶な剣戟が、ここにはあります。
 この原作を漫画化した意味がここにある――とすら言いたくなる、素晴らしい回でした。いや凄いものを見ました。


『はんなり半次郎』(叶精作&篁千夏)
 狐狼狸(コレラ)の流行に対して、無病息災を祈る夜須礼祭に仮装で参加することとなった求善賈堂の面々と土方。歌舞伎役者の衣装を手がける職人に頼んだ装束を受け取りに向かった半次郎たちですが……

 冒頭、何故か全裸で眼病の手術を行う半次郎という謎のエピソードから始まった(と思ったら全裸に理屈付けがされていたのに吃驚)今回、どうなることやら――と思いきや、その後は半次郎や土方がちょっと目を疑うような凄い格好で暴れまわるというまさかのコスプレ回であります。
 シリアスな事態を前に、半次郎と土方がバラエティ番組なみの被りものをして、真剣な面持ちを見せる――という異次元空間にはもうどんな顔をすればよいのやら。ラストにはもう我々にはすっかりお馴染みのアレも登場して、時事ネタかつ何だかいい話に落とし込んでくるのもスゴいエピソードでした。


『いちげき』(松本次郎&永井義男)
 馴染みの女郎・ソノを自由にするために訪れた女郎屋で、宿敵・伊牟田と対峙することとなった丑五郎。もはや自分たちとソノ以外生あるものはいない女郎屋で、二人の最後の対決が始まることに……

 と、もはや自分の命(とソノ)以外失うものなどなくなった丑五郎と伊牟田の激突という、本作の最終章に相応しい殺伐極まりないシチュエーションで繰り広げられる今回。しかしこの明日なき決闘の前に、丑五郎が初めて伊牟田に自分たちの名――「いちげきひっさつたい」の名乗りを上げるのに泣かされます。
 そしてそれに対して、丑五郎たちの戦いを認め、正面から受けて立つ伊牟田も見事なのですが――そこから始まるマラソンバトルが、格好良さや冷静さとは無縁の、ひたすら泥臭い叩き潰しあいとなるのが、これまた実に本作らしいというほかありません。

 もはやなりふりかまわず、女郎屋を破壊しながら繰り広げられる死闘。その行きつく先は――まだまだ見えません。


 残りの作品は次回紹介いたします。


「コミック乱ツインズ」2020年7月号(リイド社) Amazon


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2020.06.11

たみ『幕末隠密伝 ブレイガール』第1巻 無礼上等、三人の美女が幕末の悪を斬る!

 これまで『さんばか』『クロボーズ』など、個性的な時代漫画を生み出してきた、たみと富沢義彦のコンビが送る新たな作品――幕末の京を舞台に、勝海舟に見込まれた青年剣士と、無礼なくのいち三人組が許せぬ悪を人知れず裁く、痛快アクション時代劇であります。

 尊皇攘夷の嵐が吹き荒れる文久三年の京で評判の南蛮菓子屋・朝陽屋――看板娘のマサナとコザサ、菓子作り担当のアンジュと小此木一真を中心に、今日もも忙しく南蛮菓子を売るこの店の正体は、京の町の情勢を探り、そして市井の名もなき人々を守る公儀隠密零番隊『八咫烏』の根城。かの勝海舟が設置した秘密機関であります。

 伊賀のマサナは忍びの本家 地駆け天飛び軽業無双
 根来のアンジュはからくり上手 わけて銃には覚えあり
 甲賀のコザサは惑いに誘う 古き忍びの元祖なり

 今日も乱暴狼藉を重ねる自称・志士の若侍たちと、彼らと裏で結んだ同心たちによって父を殺され、苦しむ一家の存在を知った一真たち。三人の無礼上等のくノ一は、得意の技を用いて悪党退治に向かうことに……

 時代が動く京都の闇で、悪の笑いがこだまする。声を殺して泣く人の、涙背負って悪事の始末。公儀隠密『八咫烏』。お呼びとあらば、即参上!


 と、一定の年齢以上の方には特徴的なジングルが聞こえてきそうなタイトルの本作。
 内容的にはむしろチャーリーズ・エンジェル+ブライガーといったところか――というのはさておき、三人の美女が法で裁けぬ悪を裏で葬る痛快活劇であります。

 しかし、一定のフォーマットに則った作品のように見えても、常に仕掛けを用意してくるのが本作の原作者。
 この第1巻の前半では、自称志士の武家のドラ息子や、芝居小屋を根城に娘たちを拐かす人買い一味といった、ある意味定番の悪役との対決が描かれますが、後半で彼女たちが対決するのは――なんと壬生浪士組なのですから驚かされます。

 この文久三年は、清河八郎と決別した浪士組が、壬生浪士組として――すなわち新選組の前身として活動していた時代。そしてその局長であった芹沢鴨とその一派が、町の商家で押し借りを行い、町を騒がせていたのは、よく知られた話であります。
 なるほど、芹沢一派であれば三人のくノ一が相手にするのに不足なし――と言いたいところですが、しかしここで描かれるのは彼女たちの意外な苦戦なのです。

 そもそも同じ忍びであっても流派は異なるくノ一三人。八咫烏での活躍で流派の再興を成し遂げようという望みは共通するものの、チームワークや信頼関係というものは、寄せ集めであり、ある意味ライバルである彼女たちには存在しません。
 そしてそれは一真も同様。チームの司令塔であり、上官の立場であっても彼はあくまでも武士――忍びである彼女たちとは立場も考え方も、自ずと異なるのですから。

 そんな三人、いや四人が、集団戦という点においては幕末屈指の相手に苦戦を強いられるのは、むしろ当然と言うべきでしょう。


 そしてまた、元々は武士ではない者たちも在籍し、そして武士であっても破落戸のような行動を見せる壬生浪士組と、武士であっても菓子屋に身をやつし、しかし真の武士たらんと志を抱く一真に率いられる八咫烏――この両者は、ある種の合わせ鏡のようにも感じられます。

 そしてそんな対照的な両者が激突する先に浮かびあがる――それは一真にとっての、八咫烏にとっての真に戦う理由であり、それまでの八咫烏に欠けていたものといえるでしょう。
 この第1巻のラストでようやくその一端が見えた八咫烏が、この先どのような活躍を見せるのか――ようやく勝海舟からの正式な指令を受け、いよいよ新たな任務に挑む彼女たちのこれからの活躍に期待であります。


『幕末隠密伝 ブレイガール』第1巻(たみ&富沢義彦 集英社ジャンプコミックスDIGITAL) Amazon

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2020.06.10

霜島けい『鬼灯ほろほろ 九十九字ふしぎ屋商い中』 怪異譚と人情譚の巧みな融合の一冊

 いわくつきの品物や出来事ばかりが集まる九十九字屋に奉公する霊感少女・るいの奮闘を描くシリーズの好調第6弾であります。前2巻で描かれた冬吾の過去を巡る事件も解決し、この巻では九十九字屋も通常営業――バラエティに富んだあやかし奇譚が描かれることとなります。

 故あって九十九字屋に奉公することになったるいと、無愛想な九十九字屋の主人・冬吾、死んだ拍子に「ぬりかべ」になってしまったるいの父・作蔵、店に出入りする化け猫で美女に化けるナツ――このユニークな面々を中心として描かれてきた本シリーズですが、この巻には全3話が収録されています。

 冒頭の「五月雨長屋」は、とある長屋に現れた幽霊を巡る奇妙な物語であります。
 長屋に一人で暮らしていた弥吉がある晩急死して以来、彼の部屋で起こる怪異。部屋の戸が開かなくなる、弥吉らしい姿が長屋の周囲に現れる、そして部屋にカエルが降ってくる――相次ぐ怪異に音を上げた差配の頼みで、冬吾とるいは長屋に向かうことになります。

 そこで二人が見たのは、弥吉の部屋はおろか、長屋一帯を埋め尽くすカエルの群れ。さらに弥吉の部屋に佇んでいた幽霊の、その顔は……

 長屋に出没する幽霊というのは、怪談話の定番ではありますが、ここでユニークなのは、もちろん幽霊と共に現れるカエルたちの存在。しかも幽霊の姿までもが――と、何とも強烈なビジュアルに驚かされます。
 この辺りの捻り(この現象が生まれたロジックも含めて)は作者ならではと言うべきと感じますが、それ以上に見事なのは、やはり弥吉の幽霊が抱える事情でしょう。それが語られる時、ちょっとユニークで不気味だった怪異譚が、一転切ない人情譚に変わる――本作ならではの一編です。


 一方、表題作の「鬼灯ほろほろ」は、お盆の支度のため、浅草寺の縁日に出かけたるいとナツが出会った、一人の少年にまつわる物語であります。
 混雑の中、るいの財布を掏ってナツに取り押さえられた少年・寛太。幼い頃から片手が開かず、親を亡くしてからは住む家もなく暮らしているという寛太ですが――るいは彼の周囲に、女の亡者の気配を感じるのでした。

 はたして自分には「姉ちゃん」がいると語る寛太。掏摸も彼女の仕業のようですが、しかし亡者を生者のように見ることができるはずのるいの目に、彼女は映らず……

 という見えない守護者テーマの本作ですが、面白いのは、普段はそうした存在が「見える」はずのるいが見ることができないことでしょう。それによって相手の正体のミステリアスさがいや増しているわけですが――その理由と、寛太との結び付きには唸らされます。
 そしてそれが、救う側の存在が同時に救われていた、という人情ものとしての構図を、鬼灯というアイテムをキーに、美しく描いているのが泣かせるのですが――そこで九十九字屋ならではの何ともすっとぼけたオチがつくのも、愉快なところです。


 そしてラストの「辻地蔵」は、大店の一人娘を襲う恐るべき祟り(?)を描く物語。
 近くの辻に立っている地蔵・おしるべ様を倒してしまったという、東雲屋の一人娘・志乃。するとその晩、夢に男が現れ、志乃は「しのわざわい」を受けなければならないと語ったというではありませんか。

 その祟りをもたらしたと思しきおしるべ様を調べに向かったるいは、そこで出会った人物から、おしるべ様が何者であるかを聞かされるのですが……

 子供の他愛もない行動が、思わぬ結果をもたらす様を描いた本作。それ自体は決して珍しい内容ではないかもしれませんが、しかし子供を見守るはずのお地蔵様が子供に祟りを与えるか? という考えてみれば尤もな問いかけから、物語は思わぬ展開を見せることになります。
 そしてその末についに露わになった「しのわざわい」の正体とは――いやはや、何となく怪しいと思ってはいたのですが、こうきたか、と思わずにっこり。それでいて、子供の心としっかり向き合い、正すべき点は正そうと教え諭すおしるべ様(その正体も泣かされます)には、思わず手を合わせたくなってしまうのです。


 以上三話、いずれもスケールは控えめの、日常系の怪談(?)とでも言うべき内容ではありますが――しかしそこに一ひねりも二ひねりも加えて、本作でなければ読めない物語として成立させているのはいつもながらお見事というほかありません。
 怪奇と人情を巧みに融合させた、逸品揃いの一冊であります。


『鬼灯ほろほろ 九十九字ふしぎ屋商い中』(霜島けい 光文社文庫) Amazon

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2020.06.09

黒乃奈々絵『PEACE MAKER鐵』第17巻 二つの出会いが呼ぶ明るい空気 の後はやはり……

 近藤の死と沖田の死という辛すぎる出来事が続いたものの、土方が復活し、少しだけ明るい空気が漂う新選組。しかしいまだ新政府軍との戦いが続く中、何とか周囲の役に立とうと奮闘する鉄之助の前に現れた意外な人物とは?

 近藤の死によって深い絶望の淵に沈み、廃人同様となった末、沖田の死によって自らも死を選ばんとした土方。しかしその沖田の最後の言葉、そして彼を深く案じる鉄之助や斎藤、島田らの想いに応えて土方は復活、久々に新選組にも笑顔は戻ることになったのですが――しかし新政府軍との戦いは未だ続き、白河小峰城を巡る戦いは膠着状態であります。

 そんな中、銃を主体とする戦闘の中で周囲の役に立つべく、兄の遺した銃を使いこなすために奮闘する鉄之助。しかしそれまでとはあまりに勝手の違う戦いに悩む鉄之助ですが――その前に現れたのは、会津の銃士を名乗る三郎なる青年でありました。
 そして彼に誘われて羽鳥村の野戦病院を訪れた鉄之助の前に現れたのは、京で別れた沙夜で……


 ? 一巻くらい読み飛ばしてしまったかな? と思ってしまったこの展開――というのもこの沙夜、あの名前を出すのも厭な鈴に囚われ、ここしばらくは延々といたぶられ続けていたはず。それが何故、いきなり会津で、しかも女医的な立場になっているのか……?

 というこちらの困惑も知らずに、奇跡的な再会を喜ぶ鉄之助。京ではあとわずかで彼女の手を取って共に行けるところだったのを引き裂かれた最愛の人が、自分の目の前に現れたのですから、喜ばないはずはないのですが――さてこれを素直に喜んでよいものか。
 先に述べた通り、鈴に囚われの身であったはずの沙夜。その彼女が、鉄之助が戦いを繰り広げる会津に現れたというのは、偶然であろうはずがありません。そもそも、本作において、明るく盛り上がる展開があった次は、必ずズドンと暗く落ち込む展開があるはずなのですから。


 と、そんなこちらの疑心暗鬼に満ちた失礼極まりない決めつけをぶっ飛ばすような新キャラクターが、この巻には登場します。
 それが上に述べた三郎――左頬に傷を持つ「ハンサム」な長身の青年の正体は、ハンサムはハンサムでも「ハンサムウーマン」。自称「会津の戦乙女」山本八重……!!

 お、おう、この作品の八重はこうなるのか……と驚いたような納得したような、豪放極まりない男装の麗(?)人。彼女の正体を知る前の鉄之助が、銃を教わるために思わず「何でもします」と言ってしまったのに野獣の眼光をギラつかせる姿には、この世界の新島襄ってどんなキャラなんだろう――と思わず未来のことを考えてしまったほどであります。

 それはさておき、陰――というより病的なものを感じさせるキャラクターが多い本作において、珍しい陽性(というか獣性)の塊のような八重。
 これまで暗い展開が続いていただけに、彼女の存在は、上で述べた沙夜との再会も相まって、本作に一気に明るい雰囲気をもたらしたと言えるでしょう。
(鉄之助と沙夜のために骨を折る斎――山口さんや、鉄之助の彼女に驚く土方の姿などもあって……)


 が、やはり本作は本作、明るい展開の次は――であります。白河城の奪還どころか、新政府軍に押された末に、鶴ヶ城――会津若松城に籠城を余儀なくされる会津の人々。
 辛うじて沙夜や城下の人々が逃げ込むだけの時間を八重とともに稼いだ鉄之助(ここでも八重の暴れっぷりが痛快!)ですが、しかしここで鉄之助を待っていたのは、思いもよらぬ地獄絵図だったのであります。

 ここに至る前、城下の惨劇を前にして改めて指摘された鉄之助の致命的な弱点――敵に対する殺意のなさ。それはもちろん只人であれば(そして漫画の主人公であれば)美点であることは間違いありませんが、しかし戦場においては、それは自分を、いや周囲を害しかねない、まさに致命的な欠点となります。

 そしてそれを最も残酷な形で指摘し、そして「克服」させようとするこの展開。
 やはり明るい展開の次には地獄が待っていた――そんな自分の予感が当たってしまったことを恨むほかない、やはり次の巻を読むのが恐ろしくて仕方ない作品であります。


『PEACE MAKER鐵』第17巻(黒乃奈々絵 マッグガーデンビーツコミックス) Amazon

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2020.06.02

石川優吾『BABEL』第6巻 地獄のひえもんとり そして黙示録の死闘!

 もはや八犬伝とは何か、という問いかけを凌駕する勢いで展開する『BABEL』――その薩摩編もいよいよクライマックスであります。激闘の末に薩摩に捕らえられた小文吾、同じく囚われの身の信乃(あと左母二郎)とともに駆り出された「ひえもんとり」。その恐るべき姿とは……

 奇しき因縁から屋久島に流され、そこで琉球の姫君・按司加那志と出会った犬田小文吾。しかし魔に憑かれた島津貴久の軍勢の前に島は蹂躙され、「悌」の宝珠の力に目覚めた小文吾も、奮戦空しく(フランキ砲の連打を喰らって)力尽き、貴久の内城に捕らえることになります。
 一方、伏姫のお告げにより南に向かった信乃(と左母二郎)は、犬の導きで薩摩に辿り着いたものの、早速虜囚の憂き目に。そして彼らは、小文吾と同じくひえもんとりの贄として引きずり出されることになったのです。

 かくてこの巻で展開するのは薩摩武士の恐るべき風習・ひえもんとり――死罪人の腹から肝を奪い合うという、文字通りの肝試しであります。
 が、本作のひえもんとりは、城下全てを狩り場として、そこに罪人たちを解き放ち、それを騎馬武者たちが追いかけるという完全な人間狩り。追跡を逃れて城下から脱出すれば無罪放免、捕らえられればその場で生き肝を食われるという、司馬遼太郎や平田弘史もびっくりのグレートハンティングです。

 実のところ、魔に憑かれた城主による殺人ゲームという点では佐倉編と重なる部分はあるのですが、しかしあちらが囚人同士の殺し合いであったのに対して、こちらは囚人側が完全に無力――別の意味で無力感と残酷さを感じさせるのが悍ましいところであります。


 しかし、この人間狩りから始まるのは驚異の一大バトル。死闘の最中に再び悌の珠の力に目覚めた小文吾、そしてそれと呼応して孝の珠の力を発揮する信乃――二人は、魔の化身たる島津貴久を倒すため、城下の家々の屋根の上を突っ走って大逆襲に転じるではありませんか。
 それに対して、島津側は種子島の銃弾の雨あられ、いやそれどころか城下の兵や民を巻き添えにしてのフランキ砲の連打連打! さらにキリスト教を騙る邪悪は許せんと大友勢が参陣(こんなに頼もしい大友義鎮(たぶん)は初めて見た!)、そこに桜島まで大噴火と、もう大変な状況です。

 この大混戦を普通の作家が描けば収拾がつかなくなりかねませんが、しかしそれを描くのは作者一流の超画力。地獄絵図――というよりもはや黙示録の世界と化した戦いの姿は、一種荘厳さすら感じさせる凄まじさなのであります。


 しかし、それでも戦いは続きます。ここまでやるか!? と言いたくなるような正体を露わにした貴久の怪物ぶりに対して、善の力も集結。いよいよエスカレートする善悪の決戦の行き着くところは――もはや誰にも予想できないとしか言いようがありません。


『BABEL』第6巻(石川優吾 小学館ビッグコミックス) Amazon

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2020.05.31

宮本昌孝『武商諜人』(その三) まぼろしの作品に見る作者の歩み

 宮本昌孝の単行本未収録作品集の全作品紹介のラストは、江戸・明治・現代(!?)を舞台とした、いずれも趣向豊かな三つの作品を紹介いたします。

『金色の涙』
 ようやく子供が出来た知り合いと呑んだ帰りに、何者かに襲われた吉原者の銀次。その相手は、銀次が岡場所の取り締まりの際に捕らえ、余罪から流刑になったはずの女郎・千金と仲間たちでありました。
 何故千金が自分を狙ってきたのか調べ始めた銀次は、意外な事実を知ることに……

 ドラマ化もされた作者の長編『夏雲あがれ』のスピンオフである本作は、同作で青年武士たちを助けて活躍した吉原の好漢・銀次を主人公とした人情ものであります。
 吉原や岡場所といった世界を背景に展開していく物語が進んでいくにつれて明らかになっていくヒロインの真実。その辛くやるせない姿には胸が塞がる思いですが、無情に見えた物語が、結末において見せる一片の救いには、大きなカタルシスがあります。

 本作は色をモチーフとしたアンソロジー『COLORS』に収録された作品ですが、そのタイトル通りの涙が、結末においてある変化を見せる、「泣かせる」物語です。


『明治烈婦剣』
 戊辰戦争で剣豪だった父を失い、辛酸を舐めて育ったけい。華族を次々と失い最後に残った兄を三島通庸のボディーガード・ジェイク沢木に殺された彼女は、仇討ちのために撃剣興行の一座に転がり込み、剣の修行に励むことになります。
 修行を終え、師から与えられた名刀・軒柱を手に東京に出たけいは、師の師である榊原鍵吉のもとに身を寄せつつ、三島の身辺を探るのですが……

 名刀とも妖刀ともいうべき刀・軒柱が、鎌倉から昭和にかけて様々な人々の手を転々とする様を七人の作家が描いた『運命の剣 のきばしら』の明治編に当たる本作は、作者らしい凜然とした女性剣士の仇討ちを描く一編であります。
 戊辰戦争後の会津藩の人々を襲った苦難を背景とする本作は、仇討ちものであるだけに物語には重く辛い展開も少なくないのですが――捨てる神あれば拾う神あり、彼女に味方する人々の善意の存在が、それを上回る爽快な味わいを生み出しています。

 また、短編ながら歴史上の人物を数多く配置してみせる巧みさや、仇が労咳病みの無頼のガンマンという良い意味の過剰さも良いのですが、何よりも主人公の初恋の相手である「四郎」の使い方が見事。
 彼の正体は登場した場面で明白なのですが、その存在に頼ることなく、実に粋な形で(そして史実通りに!)物語をまとめてみせるのには脱帽です。エンターテイメントとしての完成度では、間違いなく本書一でしょう。


『まんぼの遺産』
 祖母の葬儀のために祖母の家に向かった作家の「僕」が、昔からあった黒い長櫃の中から見つけた古文書「御湯放記」。これを書いたのが公人朝夕人の土田氏でないかと推理した「僕」は、霊感のある大学の後輩とともに、文書の解読を始めるのですが……

 巻末に収録されているのは、本書の中でも最も古い1992年の作品――しかも舞台は基本的に現代、今でいうライトノベル誌である「グリフォン」に掲載されたという異色ずくめの作品です。
 祖先の家から見つけた古文書に驚くべき内容が――という導入部はある意味定番ではありますが、本作で描かれるのは、江戸時代のあまりに有名な事件のある真相。それがまた実に脱力ものなのですが――この辺りは作中でも言及される作者の『旗本花咲男』の流れでしょうか。

 実は本作の主人公「僕」は作者自身で、作中で自作や周囲の人間に言及されるというユニークな本作。作中で言及される「室町末期を舞台にした大長編」は、発表時期から見て間違いなく『剣豪将軍義輝』のことでしょう。
 作者が歴史時代小説家としての作者の出世作にして代表作の執筆と並行して、このようなユニークな事件に巻き込まれていた――あ、いや、ユニークな作品を発表していたというのは実に興味深いところであります。

 作者の歴史時代小説家としての歩みを一望の下にした本書の掉尾を飾るのに、相応しい作品であると感じます。


『武商諜人』(宮本昌孝 中公文庫) Amazon

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2020.05.30

宮本昌孝『武商諜人』(その二) 戦国から江戸へ――バラエティー豊かな作品集

 宮本昌孝の単行本未収録作品を中心とした作品集の紹介、その二であります。今回も戦国時代の作品が中心ですが、江戸時代を舞台とした作品も登場することになります。

『恩讐の一弾』
 波多野氏を攻める明智光秀の暗殺に失敗して捕らえられながら、光秀に許された雑賀五郎兵衛。その際に行動を共にしながら一人逃げた竜野善太郎と、本能寺の変の直前に再会した五郎兵衛がとった行動とは……

 今なお様々に評価が分かれる明智光秀の姿を、一人の銃の名手の視点を通じて物語が本作であります。その光秀像は、ある意味定番と言うべき、戦国武将らしからぬ苦悩を抱えたものでありますが――五郎兵衛というフィルターを通すことにより、その光秀の姿に説得力を持たせることに成功していると感じます。

 狙撃手と忍者を中心とした物語だけに伝奇性も高い物語ですが、結末の寂寥感も印象に残ります。


『武商諜人』
 本能寺の変を舞台に、武・商・諜の三つで家康を支えた茶屋四郎次郎の姿を描くと同時に、『剣豪将軍義輝』外伝の趣もある表題作は、収録された『戦国秘史 歴史小説アンソロジー』を取り上げた際に紹介しておりますので、『戦国秘史 歴史小説アンソロジー』(その一) 戦国に生きる者たちを動かしたもの" target="_blank">そちらをご覧いただければと思います。


『龍吟の剣』
 本多忠勝の娘であり、家康から実の娘のように愛された稲姫。家康の養女として真田信幸に嫁いだ稲姫は、得意の笛に似せた懐剣を、輿入れの時に家康から渡されていたのですが……

 真田もののアンソロジーに収録された本作は、真田信之の正室であり、一部では鬼嫁などとも言われる稲姫を主人公とした作品。もちろん本作の稲姫は、いかにも作者らしい、人としての優しさと武門としての気丈さを兼ね備えた人物として描かれることは言うまでもありません。
 本作では関ヶ原前夜の犬伏の別れの後に、孫に会いに来た昌幸を追い払ったという有名なエピソードがクライマックスとなりますが、ここでの姿は、その本作ならではの稲姫像を最も良く表していると言えるでしょう。

 ちなみに貧相な風貌と評されたり疑い深かったり、幸村が一人で損な役回りなのですが、そういえば本書とほぼ同時期に文庫化された『武者始め』収録の『ぶさいく弁丸』でも幸村は醜男扱いでありました。


『秋篠新次郎』
 紀州藩で何者かに殺され、お家断絶となった下級藩士。しかしその友人である藩主の小姓・清水新次郎は、仇討ちを願い出ると、下手人と目される中間の軍蔵を探す旅に出るのでした。
 その旅の途中、軍蔵を追う謎の男たちの存在を知る新次郎。しかし軍蔵は見つからぬまま、江戸に腰を落ち着けた新次郎は、やがて吉原の遊女・秋篠との愛に溺れるようになるのですが……

 ここからは戦国時代以外を舞台とした作品となります。本作は一見単なる中間の主殺しに思えた事件が、徐々に不可解な側面を見せ、結末に至り巨大な真実へと繋がっていくという、ミステリタッチの物語であります。

 この物語を特にユニークなものとしているのは、冒頭で描かれる、主を守って追っ手から逃れる武士たちの姿。
 一見、本編とは全く関わりのないように見えるこの場面が、果たしてどのように物語に繋がるのか――という謎がクライマックスで明かされたかと思えば、さらにそこから意外な結末の一ひねりに繋がっていくのにも驚かされます。

 わかる人であればタイトルでわかるかもしれませんが、直木三十五の作品の題材ともなったある「史実」に繋がる趣向も見事です。


 次回でラストです。


『武商諜人』(宮本昌孝 中公文庫) Amazon

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 宮本昌孝『武者始め』 将の将たる者たちの第一歩

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2020.05.29

宮本昌孝『武商諜人』(その一) 颯爽たる作者の単行本未収録短編集

 『剣豪将軍義輝』発表からほぼ四半世紀、希有壮大かつ爽快な歴史時代小説を次々発表してきた作者の、単行本未収録の短編9編と描き下ろし1編で構成された作品集であります。戦国時代を中心に、江戸、明治とバラエティに富んだ作品が収録された本書の収録作品を一作ずつ紹介していきましょう。

『幽鬼御所』
 北畠具教・具房親子に可愛がられながらも、織田信長に見初められ、三男信孝を生んだ佳乃。時は流れ、信長が北畠家を攻撃した際に、何とか北畠家を救うために佳乃は奔走するのですが――そして時は流れ、関ヶ原合戦の後に……

 巻頭に収められた作品は、本書のために書き下ろされた作品――賤ヶ岳の戦の後に非命に倒れた信孝の母・佳乃を中心に展開する物語であります。
 といっても、信孝の母は記録上は坂氏としか知られていない女性。それを本作は、若き日に北畠具教に恋し、自らも武芸を修めた(そしてそれがきっかけで信長と出会った)女性という、実に作者らしい造形で描きます。

 しかし本作は彼女を中心としつつも、一人の力では抗えない歴史の動きを描くことになります。そして果たして物語がどこに向かうのか、予想がつかぬままに読み進めてみれば、結末に描かれるのはなんと……
 正直なところ、あらすじを紹介するのが難しい物語ではあり、結末も感動と驚き(呆気にとられたと言うべきか)が入り交じった奇妙な後味なのですが――これはそういう意味であったか、と唸らされることは間違いありません。

 そして同時に、懸命に、誠実に生きた者が、どこかで必ず報われる(たとえそれが墓に手向けられた一輪の花であっても)という、実に作者らしい作品であると感じ入った次第です。


『戦国有情』
 桶狭間の戦で信長とともに先駆けし、武名を挙げた四人の赤母衣衆。しかしうち三人は古参の臣に讒言を受けて相手を討って逐電、徳川家に身を寄せるのですが……

 「歴史街道」掲載作のためか、分量的には掌編に近い本作。大きな武勲を残しながらも、運命の悪意に翻弄された若者たちの熱い友情を描く一編であります。
 しかし短くとも、史実にごく僅か残された記録から、そこに生きた者たちの姿を活写するという、見事に歴史小説としての魅力を持った物語です。

(それにしても前作も含め、作者の信長像は『ドナ・ビボラの爪』で描かれたそれが基調に感じられるところであります)


『不嫁菩薩』
 政略で婚約しながらも、幼い頃から強く惹かれ合ってきた信長の嫡男・信忠と信玄の娘・於松。戦国の流れに引き裂かれながらも、なおも純愛を貫いてきた二人ですが、ついに信忠は天目山で武田家を滅ぼすことに……

 戦国最大の悲恋といえば、まず筆頭に挙げられるであろう信忠と於松――戦国のロミオとジュリエットと言うべき二人を、於松の視点から描いたのが本作であります。

 幼い頃のたった一度の出会い(この一種伝奇的な出会いにおける因縁が、後々に影響するのがまた実に作者の作品らしい)を胸に、相手の愛を信じて生きながらも、時にそれを手放してまでも人としての信義を貫こうとする於松。
 その愚直なまでの姿は、もの悲しくはあるものの、同時に強く心を打つものであり――一歩間違えれば強烈な皮肉となりかねない結末の展開も、純愛と至誠を貫いた者の勝利として素直に感じられます。

 ちなみに本作、鬼武蔵として悪名を轟かす森長可が、それとは裏腹(?)の実に格好良い役どころを演じているのも印象に残ります。
(この森長可も含め、過去のある時点で出会った者たちの運命が、後に味方として、あるいは敵として絡み合うという作劇もまた、実に作者らしいと再確認しました)


 次回に続きます(全三回)。


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2020.05.28

大西実生子『フェンリル』第2巻 新たなる仲間とテムジンの求める世界を結ぶもの

 かのテムジン=チンギス・カンが、宇宙からやって来た美女の助けを借りて世界統一に乗り出すという、奇想天外なSF歴史漫画の第2巻であります。

 偶然落ちた湖の底で、青く輝く狼と、美しい裸女に出会った青年テムジン。自らを「地を揺らすもの(フェンリル)」の化身と語る彼女こそは、かつて宇宙からこの星に墜落した金属生命体であり、地球の引力圏から脱するために、テムジンに近づいたのであります。
 テムジンがフェンリルを水中から引き上げようとする最中、集落を襲うタイチュウト族。皆を逃がすために戦った末に力尽きたテムジンに、フェンリルは自らの命を分け与えるのでした。

 復活したテムジンは、タイチュウト族の将を討つと、かつて自分の父の盟友であったケレイト族の長老トオリル・カンの力を借り、タイチュウトと戦うことを決意するのですが……


 かくて、フェンリルの導きによって、世界の王となるべく第一歩を踏み出したテムジン。この巻の冒頭で語られるのは、その彼にトオリル・カンから与えられた兵――三人の蛮戸兵との出会いであります。
 一人が二十騎に匹敵する力を持ちながらも、そのあまりの異文化ぶり、そして何よりも剽悍さでケレイトでも持て余し、獣のような扱いをされていた蛮戸兵。ファーストコンタクトからその力に圧倒されるテムジンですが、しかしその後の彼の反応こそは、ある意味この巻の白眉と言うべきでしょう。

 フェンリルの導きもさることながら、それ以前から、単なる草原の一部族の若者に収まらない、独特の視点を持っていたテムジン。いやその彼の視点は、フェンリルとの出会いによって、遙か世界の彼方まで広がる視野となったと言うべきでしょうか。
 いずれにせよ、彼にとっては生まれも育ちも文化も信仰も異なる、女戦士すら存在する蛮戸兵の存在は、彼が求める多様性の象徴、彼の求める世界の縮図なのであります。

 ほとんど裸一貫から身を起こした若者が、異能の仲間たちの力を借りて戦場に風雲を起こす――というのは、これは古今東西を問わず、国盗りもの、戦国ものの定番であります。
 しかしその定番の中でテムジンの非凡さを浮き彫りにしてみせるのは、これは本作ならではの独自性と言うべきでしょう。

 世界帝国を築いた英雄であると同時に、情け容赦のない征服者としてのイメージも強いチンギス・カンですが――その若き日の姿を描くに、このようなアプローチで描くというのは(その実像がどうであれ)面白い試みであると思います。


 もっともそのテムジンの先進性と器の大きさが、あまりにも優等生に見えてしまうのもまた事実。
 特にここでの敵であるタイチュウト族長のタルグタイが、ビジュアルといい言動といい、あまりにもわかりやすい悪役として描かれているだけに、主人公の優遇ぶりが際立って感じられてしまうのは、残念に感じられるのですが……

 何はともあれ、いよいよ次の巻で描かれるであろうテムジンとタルグタイの激突の中で何が描かれるのか――注目であります。


 ちなみに基本的に歴史上の人物がほとんどの本作の中で(蛮戸兵はともかく)タイチュウト側の弓使い・ラキザミは聞いたことがない名前だと思ったら……


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2020.05.25

瀬川貴次『ばけもの好む中将 九 真夏の夜の夢まぼろし』 大混戦、池のほとりの惨劇!?

 最近は一年に一度の再会なのが少々寂しいところではありますが、『ばけもの好む中将』の最新巻の登場であります。最近は色々不穏な空気が漂っておりましたが、この巻では原点に返って(?)ばけもの好む中将・宣能と、彼に振り回されまくる宗孝の姿がたっぷりと描かれることになります。

 本シリーズは、右大臣の嫡男にして容姿端麗という恵まれまくった人間であるにも関わらず、寝ても覚めても考えるのは怪異のことばかりという宣能と、タイプの異なる十二人の姉がいるほかはごく平凡な中流貴族の宗孝――このコンビが(というか宣能に宗孝が一方的に引っ張られて)京を騒がす怪異を求めて騒動を繰り広げる連作であります。

 最近は冷酷で陰謀家の父の跡を、その後ろ暗い部分まで含めて継がされることとなった宣能が暗黒面に引きずられかけていたりと、重めの展開もあったのですが(そしてその要素は今回も健在なのですが)、今回のメインは二人の怪異巡りとなります。
 もちろん、収録されている二つのエピソードはどちらも実に個性的。毎度毎度の怪異騒動でありつつも、趣向を凝らしたシチュエーションが今回も展開されます。


 というわけで本作の前半に収録されているエピソード「夏衣つれづれ織り」で描かれるのは、宣能の友人であり、同じく中将である宰相の中将・雅平の物語であります。
 当代きっての色好みとして知られる雅平が暑気あたりで倒れた時に介抱されたのは、とある庵の美しい尼御前。たちまち好き心を発揮した雅平は、満更ではない相手の様子に有頂天となるのですが――豈図らんや、その庵こそは、誰も住まう者がいないのに夜明かりが灯り怪しい人影がよぎるという噂で、宣能が訪れようとしていた魔所だったのです。

 さては雅平が恋したあの女性こそは、かつてこの庵に住みながら病で身罷った尼御前の幽魂であったのか――というのが真実であるかどうか、本シリーズの読者であれば百も承知でしょう。
 しかしそこから転じて、雅平を懲らしめるために宣能たちが一計を案じたことで、さらに騒動が拡大して――というのは、実に「らしい」展開。○○に目覚めた宣能や、さらりと投入されたネタ攻撃、そしてラストでさらにややこしい火種が撒かれたりと、相変わらずの賑やかさであります。


 一方、後半の表題作「真夏の夜の夢まぼろし」は、スケールもややこしさも、そして怪異の愉快さ(?)もさらにパワーアップした、実に楽しいエピソードです。

 皇太后の父が立てた別邸「夏の離宮」――小島が浮かぶ広大な池で知られる、この邸宅で開かれる宴に招かれた宣能や宗孝。しかしそこで耳ざとく宣能は、怪異の噂を聞きつけてきたのであります。
 夜な夜な邸内に現れる怪しい人影やうなり声、不気味な物音に、突然姿を消してしまう女房。実はこの離宮が建てられた土地では、かつてとある殿上人が故なき嫉妬から妻を殺害し、さらに自分の子である二人の姉妹を斧で惨殺、自分も自殺したという陰惨極まりない事件があったというではありませんか!

 広い池のほとりで若い男女が恋愛沙汰を繰り広げているところに、斧を手にした殺人鬼(たぶん何かの面を被ってる)が出現する――かはわかりませんが、とにかくこの手の話を宣能が見逃すはずもありません(そして宗孝が引っ張られないはずもありません)。
 そんな中、この宴を訪れていた春若こと東宮は、宗孝の十二の姉である真白と出会い、逢い引きの約束をして有頂天。周囲の監視の目をかいくぐって真白に接近大作戦を企てることになります。さらに禁断の恋(?)に悩む雅平まで加わり、夏の離宮はいよいよ混戦模様に……

 というわけで閉鎖空間での大騒動という、面白くなること間違いなしのシチュエーションで展開するこのエピソード。まさか如何にこの作者とて平安時代に『○○○の○○○』ネタを投入してくるとは思いもよりませんでしたが、終盤の意外な展開の連続で、大いに楽しませていただきました。
 その一方で、黒宣能ともいうべき彼の顔がチラリと描かれたり、シリーズ最大の鬼札というべき十の姉の謎が少しずつ(本当に少しずつ)明かされていったりと、シリーズを通しての物語も、面白さ・楽しさの背後で着実に動いている印象もあります。

 いやそれだけでなく、宣能と宗孝の周囲の人々の人間関係が着実に動いている様からは、時と物語の流れというものを感じさせられます(個人的には「癒やしの君」こと有光中将のエピソードにそれを強く感じました)。
 果たしてその流れがどこに向かうのか――そんなことも大いに気になる作品であります。


『ばけもの好む中将 九 真夏の夜の夢まぼろし』(瀬川貴次 集英社文庫) Amazon

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