2024.02.22

椎名高志『異伝・絵本草子 半妖の夜叉姫』第6巻 感動、親子の再会 そして理玖の生きる目的

 独自路線を行きつつも、これが見たかった! と言いたくなるような展開が続くコミカライズ版『半妖の夜叉姫』、前巻は親世代復活か!? という引きで終わりましたが、まだまだ意外な展開は続きます。是露を追い、九州に旅立つこととなった夜叉姫一行。その前に、新たな半妖の娘が……

 京で是露の襲撃を受けて辛うじて逃れた中、過去に何が起きたのか、そして自分たちの親が何故姿を消したのか知ったとわたち。さらに「朔」の影響で妖力を失い、苦戦しながらも、彼女たちは是露の配下・魔夜中を打ち破ることに成功します。
 神としての姿を取り戻した魔夜中の加護により力を得たとわたちは、その勢いで是露に挑むものの、流石に相手は大妖――窮地に陥ったその時、犬夜叉・かごめ・りんが現れて……

 と、猛烈に盛り上がったところで終わった前巻でしたが、あくまでもここに現れた犬夜叉たちはかりそめの姿。実際に戦う力はなかったはずなのですが――しかしそこで是露の身に意外な異変が起きることになります。
 しかしそれ以上にこの場面で印象に残るのは、りんの姿でしょう。冷静に考えればここで登場しても戦力にはならないりんですが――しかし彼女が語るとわたちの強さの源は、親と引き離されても決してとわたちは孤独ではなかったことを語るものであり、戦う力を持たない彼女だからこその言葉に大きく頷くしかありません。

 そしてそこに真打ち・殺生丸が登場、ついに是露もその場を逃れるのですが――ここから、この巻のクライマックスの一つというべき場面が描かれることになります。そう、夜叉姫たちとその親たちの束の間の再会、そして別れが……
 ここは一つ一つのやりとりが泣かせの連続なのですが――ここでもその場を攫っていくのが殺生丸。前巻で仄めかされた、殺生丸が置かれたある状況――それを踏まえながらも描かれる、不器用で無愛想な彼なりの妻と子への愛の姿は、もうエモいとかいうレベルではないのであります。


 さて、ここまでがこの巻の三割程度、ここからは新展開となります。肥前国にあるという麒麟丸の根城へと旅することになった三人の夜叉姫と理玖・りおん。堺から西に海路で向かおうとする一行ですが、しかし海に強力な妖怪が出現するようになったため、船が出なくなってしまったというのです。
 そこで海専門の退治屋の船に同乗することになった一行(ここで登場する屍屋の支店のくだりが実に楽しい。足下兄弟か!?)ですが、さてここで登場する海の退治屋を率いるのは――なんと紫織!?

 この紫織、アニメでは第20話に登場しましたが、元々は『犬夜叉』のキャラクター。百鬼蝙蝠の父と人間の母の間に生まれた半妖であり、非常に強力な結界を張る力を持つ少女であります。アニメでは、身寄りのない半妖の子供を匿う隠れ里を作り、子供の頃のせつなが世話になった人物として描かれました。

 それが何故ここで大男を顎で使う海の女に――という気もしますが、しかし元々地黒だった彼女のビジュアルは、妙に似合うのもまた事実であります。
 そして何よりも、半妖の娘としてはとわたちの先輩に当たる彼女が、一種のロールモデルとして活躍するのも、大いに納得できるところでしょう。

 さて、彼女とその一党、そしてとわたち一行の前に現れたのは、ワダツミズチなる女妖。海のメデューサというべきそのビジュアルと能力は、アニメの第26話に登場した海蛇女(元々の名前は「わたつみのたまひ」)がベースでしょう。
 アニメでは悲しい過去の妖怪でしたが、こちらでは特にそういうところもない敵のワダツミズチ。しかしとわたちが総力戦を強いられることになったのですから、かなりの実力者であったことは間違いありません。

 とはいえ、このエピソードで中心となったのは、理玖という印象があります。アニメでは結構立ち位置が曖昧だった理玖ですが、こちらでは早々に殺生丸の協力者として行動、心ならずとはいえ、麒麟丸や是露とは早々に敵対する立場となります。
 しかしそれだけに今の彼の立場は微妙なところにあります。もはや行く先もなく、為すべきこともない理玖。元々、麒麟丸によって作られた存在である彼は、己には心すらないと思い定めていたのですが……

 それがそうではなかったと戦いの中で気付き、そして新たな自分の生の目的を定める姿が、実にいい。そしてそれを形にしてみれば――これにもなるほど、と納得させられるのです。

 そして新たな味方を加えて、いよいよ麒麟丸の城に迫るとわたち。はたしてその前に待つのは――いよいよクライマックスは近いのでしょう。


『異伝・絵本草子 半妖の夜叉姫』第6巻(椎名高志&高橋留美子ほか 小学館少年サンデーコミックス) Amazon

関連記事
椎名高志『異伝・絵本草子 半妖の夜叉姫』第1巻 これぞコミカライズのお手本、椎名版夜叉姫見参!
椎名高志『異伝・絵本草子 半妖の夜叉姫』第2巻 共闘新旧世代 そして親世代の抱える想い

椎名高志『異伝・絵本草子 半妖の夜叉姫』第3巻 夢の胡蝶 その真実
椎名高志『異伝・絵本草子 半妖の夜叉姫』第4巻 史実とのリンク? 思いもよらぬ大物ゲスト登場!?
椎名高志『異伝・絵本草子 半妖の夜叉姫』第5巻

|

2024.02.18

「コミック乱ツインズ」2024年3月号

 「コミック乱ツインズ」2024年3月号は、ちょっと気の早い桜をバックにした若又市の『前巷説百物語』が表紙、『江戸の不倫は死の匂い』が巻頭カラーであります。今回も印象に残った作品を一つずつ取り上げます。

『前巷説百物語』(日高建男&京極夏彦)
 というわけで花を背負って表紙を飾った又市ですが、本編の方は、提灯一つの灯りのみの暗闇の中、登場人物たちの言葉のやり取りが続くという、ちょっと舞台劇的な味わいのある回。主要キャラクターたちが揃ったところで、首を吊ろうとしていたお葉の口から、そののっぴきならない理由が語られることになります。

 聞けば、彼女が慕う音吉がかみさんに殺され、さらに彼女から自分まで殺されかかったところで逆に殺してしまったという状況。そんな八方塞がりのお葉を、後の又市であれば妖怪の仕業にして救ってみせるところですが、今の又市にできるのは、狡かろうが汚かろうが惨めたらしかろうが人は生きてこそ、と『必殺必中仕事屋稼業』の最終回みたいな言葉をかけるくらいしかできません。
 そんな中、この損を三十両で買うと角助が言い出して――いよいよ次回、仕掛けが始まります。


『ビジャの女王』(森秀樹)
 まだまだまだ続くモンゴル軍の総攻撃、三本の攻城塔の一本は倒し、モンゴル軍の突撃戦法を何とか防いではいるものの、やはりビジャ側がジリ貧であることは否めません。そしてついに攻城塔が城壁に取り付き、こういう時に役に立ちそうな火矢の攻撃もしっかりと対策が取られているという危機的な状況で、モズが取った策とは……

 なるほど、確かにちょっと勿体ないですが、こういう風にすればいいのか! と勉強になる(いや、利用する機会はないですが)展開。何とか一矢報いたものの、しかしまだ逆転にはほど遠い状況で、頼みの綱はモンゴル軍の中のインド墨者の働き以外にないと思われますが……


『真剣にシす』(盛田賢司&河端ジュン一・西岡拓哉/グループSNE)
 大坂城で大塩平八郎を相手に繰り広げられるカードゲーム「蔵騒動」もいよいよ佳境。大塩が金と米、銃の札を集めてゲームの勝利と実利を求める一方で、夜市は何故か酒の札を集めるのに拘って――という展開からは明らかに大塩有利に見えますが、夜市の場合はここからが怖いのはいうまでもありません。

 大塩のスカウトも煙に巻き、飄々とプレイを続ける夜市の真意と勝算は――と、白熱の勝負が繰り広げられるのですが、ちょっとルールがややこしくて点数の計算が頭の中で追いつかないのが辛い。ゲーム自体はよくできているのですが、プレイの内容自体は札のやり取りなので、地味に見えてしまうのも勿体ないところです。

 そしてゲームの方は思わぬ展開を迎えたところで、次回最終回――ってここで!? ちょっとどころではなく残念ですが、どのように締めくくるのか見届けたいと思います。


『カムヤライド』(久正人)
 ヤマトタケルの東征に対して、いよいよ激化する蝦夷&国津神連合軍の攻撃。もっともこちらはモンコ・ヤマトタケル・オトタチバナ・タケゥチとたった四人とはいえ、国津神特効持ちが二人に、無敵のタンク役、さらに速度と技術に全振りした攪乱役もいるという構成で、隙はありません。
 コール付きの新フォームを二つも披露と、神薙剣も絶好調ですが――しかしここで(国津)神絶対殺すマンである彼の、意外な弱点が判明することとなります。

 一歩間違えれば文字通り命取りになるこの弱点ですが、それを知りながら何故モンコが放置しているか――その理由が、彼の揺るがないヒーロー精神、いやそれ以上にヤマトタケルへの友情と信頼を示すようで、大いにグッときます。

 が、グッと来るのはそれだけではありません。オオウスを奪われて以来、殺伐とした気配を隠さず、その苛立ちを蝦夷たちにぶつけようとしたオトタチバナ。その彼女にモンコが差し出したのは……
 モンコのキャラクターのある側面が大きな意味を持つこの展開には、そう来たか! と大いに納得&テンションが上がりました。

 飄々としつつも、さらりと人を守り救うことへの固く熱い信念を見せるモンコを見ていると、本作がヒーロー漫画である所以は、単にカムヤライドという変身ヒーローが登場するからだけでないと、改めて感じるのです。


 次号は『ビジャの女王』が表紙、 巻頭カラーは『そぞろ源内』とのことです。


「コミック乱ツインズ」2024年3月号(リイド社) Amazon

関連記事
「コミック乱ツインズ」2024年1月号
「コミック乱ツインズ」2024年2月号(その一)
「コミック乱ツインズ」2024年2月号(その二)

|

2024.02.12

大島幸也『平安とりかえ物語 居眠り姫と凶相の皇子』第3巻

 山本風碧原作の『平安とりかえ物語 居眠り姫と凶相の皇子』の漫画版、第三巻にして最終巻であります。千尋との関係にドキドキが止まらない小夜ですが、ある日発見した暦のずれが、思いも寄らぬ事態に繋がっていくことになります。はたして二人の運命を変えることはできるのか――?

 宿曜師・賀茂信明の病弱な息子と入れ替わることで、陰陽寮に入り、星を見るという夢を叶えた大納言の姫・小夜。そこでふとした事(路上で居眠りしているのを見つかった)から出会った中務省の長官・千尋に、彼女は何故か気に入られてしまうのでした。
 実は千尋は、かつて小夜がその星を占った忌子と言われる親王その人。その時から小夜を忘れられない千尋は、何かと彼女に迫るのですが、小夜は自分の正体がバレていると思っていない&バレていたとしても自分などが好かれるはずがないと、壮絶なすれ違いを演じることに……

 と、傍からは男同士がいちゃついているようにしか見えない(おかげで千尋のお付きからは白眼視される小夜)という展開が続いた本作でしたが、この巻では一気に物語が動き出すことになります。

 星を観ているうちに、暦と星が大きくズレていることに気付いた小夜。それが自分の誤りではないと春分の日に確かめた小夜は、中務省長官――すなわち陰陽寮を所管する千尋とともに、暦博士・賀茂明保を訪ねたものの、けんもほろろの扱いを受けるのでした。
 一方、こういう時に頼りになるかと思われた信明も、千尋に近づきすぎるなと冷たくあしらってきた上に、千尋まで脅しにかかる始末。孤立無援となった小夜ですが、ある出来事をきっかけに、意外な事実に気付くことに……


 凶日に生まれたために凶相の皇子と呼ばれ、父をはじめとする周囲から疎まれて孤独に生きてきた千尋。そもそも千尋が小夜に惹かれるようになったのは、そんな自分に対して、彼女が未来に希望を感じさせる宿曜を読んだからなのですが――しかしそれでも、彼の持って生まれた星は変わるものではありません。
 それでは千尋は凶相の皇子のままなのか。小夜の読んだ宿曜は誤っていたのか――二人(?)の恋の行方以上に気になる星の行方が、ここで物語に大きな動きをもたらすことになります。

 さらに以前からうさんくさかったものが、ここに来てさらにその度合いを増した信明。その彼の行動理由も加え、本作の中心となる三人の運命が、そして彼女たちの行動の因と果が一気に結び付き、大団円へと――それも、本作ならではの要素を活かした形で――突き進んでいくのには、こうして漫画で読んでみても、改めて感心させられました。
(また、漫画でビジュアルとして読むと、信明の胡散臭さが幾層倍にも感じられるわけで……)

 もちろんここで描かれるものは相当に荒唐無稽ではあります。しかし、一人の少女が自分自身の道を貫くために努力し、そしてそれが回り回って一人の青年の孤独を救うという構図は、やはり美しいと言うべきでしょう。
 星を、すなわち未来を読む彼女でも――という結末も洒落ていて、やはりよく出来た「ファンタジー」であると、原作を読んだ時同様に感じた次第です。

 そしてすぐ上で荒唐無稽と申し上げたものの、それを美しい画の力によって、そこに確かにあるものとして描き抜いてみせた筆もまた、大いに好感が持てるものであったことは言うまでもないのです。


『平安とりかえ物語 居眠り姫と凶相の皇子』第3巻(大島幸也&山本風碧ほか KADOKAWA BRIDGE COMICS) Amazon

関連記事
大島幸也『平安とりかえ物語 居眠り姫と凶相の皇子』第1巻
大島幸也『平安とりかえ物語 居眠り姫と凶相の皇子』第2巻 運命の再会――からの思わぬすれ違い!?

山本風碧『平安とりかえ物語 居眠り姫と凶相の皇子』 自分が自分らしく生きるための冒険

|

2024.01.24

上田早夕里『播磨国妖綺譚 伊佐々王の記』

 室町時代の播磨国を舞台に、庶民のために活動する法師陰陽師兄弟、律秀・呂秀の物語の続編であります。播磨の物の怪たちを操る謎の妖人・ガモウダイゴの暗躍を止めるべく奔走する兄弟と式神のあきつ鬼。しかし正体不明の敵の力は強大で……

 室町時代は嘉吉の頃、播磨国に、在野の陰陽師・法師陰陽師として活動する蘆屋道満の末裔の兄弟――理詰めの性格で強力な陰陽師の力を持つ薬師の律秀と、人ならざる者を見る力を持つ僧侶呂秀。土地の人々のために働く兄弟は、ある日、寺の井戸にまつわる奇妙な噂を調べる中で、井戸の中に蘆屋道満が封じた式神と出会うことになります。
 恐ろしげな姿をしたこの式神に「あきつ神」という名をつけ、従えることになった呂秀。それ以来、二人と一体は、播磨で起きる様々な怪事に挑むことに……

 という第一作『播磨妖綺譚 あきつ鬼の記』(本作と同時に刊行された文庫版より副題がつく形で改題)を受けて描かれる本作は、連作短編集であった前作に比べ、より物語の連続性を感じさせる内容となっています。
 山中で製鉄を行う農民たちから、川で砂鉄を採っていると何者かに突き飛ばされるという相談を受けて調査に向かった兄弟は、そこで怒れる坊主たちの姿を目撃して――という第一話に始まる本作は、前作でもその姿を見せた謎の陰陽師・ガモウダイゴとの対決が軸となるのです。

 白い狩衣をまとった優美な姿で現れるガモウダイゴ――しかしその行動は、播磨に潜む様々な物の怪を扇動したり、人々の間に害毒を撒いたりと、極めて悪質なものであります。そして兄弟にとっては、かつて母が亡くなった時に現れ、その魂を連れ去ったという因縁を持つ相手でもあります。
 今再び彼らの前に現れたガモウダイゴは、あきつ鬼を我が物にすることを宣言。もちろん呂秀も、そしてあきつ鬼本人もそれに従うはずもありませんが、しかし敵の力は強大です。

 特に本作の副題となっている伊佐々王は、播磨の伝説に残る巨大な鹿の王――かつて仲間を率いて散々に人間の土地を荒らし、朝廷の軍の討伐を受けて激闘の末にようやく退治されたという伝説の存在であります。ガモウダイゴは、このほとんど邪神というべき存在をも蘇らせ、使役しようというのですから、尋常な人間とは思えません。
 はたして彼は何者なのか。そして彼の邪なる力から自分たちを、そしてあきつ鬼や周囲の人々をどうすれば守り、戦えるのか――本作の中心となるのは、そんな兄弟の苦闘であります。

 しかしそんな中にあっても、兄弟の――特に、人ならざるものを見て、言葉を交わす力を持つ呂秀の為すことは変わりません。
 彼らにとっては、人もそれ以外――亡霊や動物、妖怪や神々も、等しくこの播磨に、この世界に在るものたちにほかなりません。そんな隣人である彼らの悩みを解決し、共に平和に、より良く暮らすために、二人は心を砕き、汗を流すのです。
(そしてその在り方は、伊佐々王と人間の不幸な出会い、そして戦いとまさに対極にあるといってよいでしょう)

 たとえその出会いが不幸な行き違いから始まったとしても、衝突を最小限にし、この先共存していけるかもしれない。たとえ人知の及ばぬ自然・超自然の猛威に苦しめられても、助けられる手だてがあるかもしれない。
 相手を倒すためではなく、共存し、救うために力を尽くす――そんな二人の姿は、本作に大きな暖かみと爽やかさをもたらします。

 もちろん、これまで述べてきたように、ガモウダイゴとの戦いが中心になっていく物語の中では、それも時に薄れがちになっていきます。
 それでも、本作の中では番外的なエピソードである「鵜飼と童子」――能の一座(前作にも登場し、兄弟と関わった人々)で努力の末にようやくシテとして鵜飼の翁を演じることになった男が、役をものにするために悩み苦しむ中で、不思議な童子と出会う物語――は、この人間とそれ以外の関係性を、優しくそして切なくも美しく描き、強く印象に残るのです。


 しかし時に人の歴史は、そんな人とそれ以外の繋がりを吹き飛ばすほどの激動をもたらします。本作のラストで語られるのは、播磨を戦乱に包むこととなる、ある大事件の勃発であり――そしてそれは兄弟をも意外な形で巻き込んでいくことになるのですから。
 はたして兄弟は、その中で自分たちの為すことを貫き、そしてガモウダイゴの魔手に打ち勝つことができるのか。本作では残念ながら顔見せレベルで終わった伊佐々王との対峙も含めて、この物語の先に描かれるものを――兄弟の向かう先を期待したいと思います。それはおそらく、この世界に在る者たちの望ましい生き方を描くことになるでしょうから……


『播磨国妖綺譚 伊佐々王の記』(上田早夕里 文藝春秋) Amazon


関連記事
上田早夕里『播磨国妖奇譚』 人ならざる者の「人の情」を受け止め、解きほぐす物語

|

2024.01.19

白川紺子『花菱夫妻の退魔帖 三』 怨霊を祓うこと 怨霊を理解すること

 大正時代を舞台に、幽霊を見る力を持つ鈴子と、先祖代々ある因縁を抱えた孝冬の花菱夫妻が、様々な幽霊にまつわる事件に挑む連作シリーズの好評第三弾であります。この巻では二人は花菱家の本邸のある淡路島を訪問。そこで幽霊を喰らう怨霊・淡路の君の正体を探る二人ですが……

 ある日突然、神職華族・花菱男爵家の当主・孝冬から求婚された瀧川侯爵の庶子・鈴子。先祖代々淡路の君なる怨霊に憑かれている孝冬は、幽霊を見る力を持ち、淡路の君に気に入られたらしい鈴子を妻に迎えようとしたのですが――幽霊にまつわる事件に巻き込まれるうちに、二人はそれぞれが抱える過去と悩みを知り、本当の夫婦としての絆を深めていくことになります。

 そして本作では、二人は花菱家で当主が先祖代々行っている神事のために、淡路島を訪れることになります。そこで二人が出会うのは、花菱家の分家の人々――孝冬の大叔父の吉衛と、その息子の吉継・喜佐夫妻、そして吉継の子である幹雄・富貴子兄妹であります。

 しかし幹雄と富貴子はともかく、他の人々は孝冬には複雑な、あるいははっきりと冷淡な態度を取ります。花菱家のルーツの地でありながら、孝冬にとってはアウェーでもある淡路で戸惑う鈴子ですが、立ち止まってはいられません。鈴子と孝冬には、淡路の君を祓うという大きな目標があるのですから。
 そのために、幹雄と富貴子の力を借りて、花菱家の過去を調べ、淡路の君の正体を見出そうとする二人。しかしその間にも幽霊絡みの事件に巻き込まれることに……


 これまでは基本的に東京を舞台としてきた本シリーズですが、本作の舞台は淡路。東京で生まれ育った鈴子にとってはほとんど異境のような場所ですが、しかし風光明媚な土地柄と(シリーズの密かな魅力である)食の豊かさは、なかなか魅力的に映ります。
 しかしその一方で人間の方はなかなかそうもいきません。特にいかにも旧家の(前)当主らしい頑迷な態度を見せる吉衛と、京の実家を鼻にかけた喜佐は、孝冬にことある毎に冷たい態度を取り、鈴子の、そして読者の神経を逆撫でしてくれます。
(もっとも、そういう要素を長く引き摺らないのも、本シリーズらしいところですが……)

 しかし本シリーズで時として人間、いや生者以上に印象的なのが、幽霊であります。ある意味その人間の生前の記憶が、場所や物に焼き付いた存在ともいえる幽霊。それだけにその姿は、人間の存在を、時として生前以上に強く示していると感じられます。
 本作に登場する幽霊たち――特に第一話に登場したどこか奇妙な幽霊などは、の点が色濃く感じられ、複雑でどこかもの悲しい人間関係を浮き彫りにすることになります。その姿を見ていれば、鈴子が幽霊もまた一人の人間として扱い、救うために奔走するのが、よく理解できるほどに。

 しかし、そんな幽霊の、そして鈴子の天敵というべき存在が淡路の君であります。幽霊を自らの餌として容赦なく喰らってしまう淡路の君――彼女に喰われた幽霊は、成仏や解放といったものとは無縁に、ただ消えてしまう、まるで最初からいなかったのように存在を抹消されてしまうのですから。
(しかし力で幽霊を祓う術を持たない鈴子たちにとって、危険な怨霊に抗するには淡路の君の力を借りるしかない、というのも皮肉な事実なのですが……)

 そんな淡路の君を祓わんとする二人。しかしそれが容易いものではないことも言うまでもありません。そしてこれまで二人がそうしてきたように、幽霊を祓う――解放することが、相手を理解することと背中合わせであることを思えば、まず淡路の君のことを知らなければならないのです。

 そこで、かねてより花菱家の歴史に興味を持って調べてきた幹雄とともに、調査を始める二人ですが――その中で、淡路の君の「正体」の手がかりが少しずつ浮かび上がり、それを手がかりに推理が積み上げられていく過程が、素晴らしく面白い。
 幽霊や怨霊といった存在とはまた別の意味で、このくだりには強烈に伝奇性というものを感じさせられたところです。


 そしてその中で鈴子がたどり着いた一つの「答え」――それが正しいかどうかはまだわかりませんが、間違いなくそれは、鈴子でなければたどり着けなかったものでしょう。それがこの先、物語に何をもたらすのか、それも大いに楽しみであります。
(そしてこの「答え」はもしかすると、本作にも姿を見せた、あの集団に関わる者の行動にも繋がっているのではないか、などとも考えてしまうのですが……)


『花菱夫妻の退魔帖 三』(白川紺子 光文社キャラクター文庫) Amazon

関連記事
白川紺子『花菱夫妻の退魔帖』 華族から家族へ、「歪み」を乗り越える二人
白川紺子『花菱夫妻の退魔帖 二』 幽霊と相対した時に彼女が願うもの

|

2024.01.18

「コミック乱ツインズ」2024年2月号(その二)

 今年最初の「コミック乱ツインズ」2月号の紹介の続きです。

『風雲ピヨもっこす』(森本サンゴ)
 シリーズ連載の本作ですが、ここ数回、やたらと印象に残るのが、ピヨ一家(?)の母・ピヨでっぷりの存在。ピヨもっこすの様子を見に行った家族が戻ってこないのに業を煮やして自分もやってきたピヨでっぷりですが、今回はその彼女とピヨもっこすの京見物――といっても当然ながら平和に終わるはずがありません。
 押し込み、拐かしと物騒極まりない京ですが、そんな悪党たちよりも一目でより物騒とわかるピヨでっぷりの暴れっぷりが実に素晴らしい。特に三人の押し込みを相手にしてのアクションは、わずか一ページ、いや実質三コマの中で激しい動きを感じさせるもので、漫画表現というもののセンスを感じさせてくれます。

 しかし確かにピヨ一家のサイズ感は謎――女性の方が体が大きくなる種族なのかしら。


『江戸の不倫は死の香り』(山口譲司)
 不義密通が毎回悲惨な結末を招く様を描くエロ残酷物語というべき本作――今回冒頭で描かれるのは、古道具屋を訪れて刀を探す冴えない中年の男。店の主人が出してきた刀を手にした男は、その刀を抜くと――という、見るからに不穏な場面から始まります。
 そして時を遡って描かれるのは、この男、水油商・越後屋の主人・大介の物語。十三歳年が離れた女郎・お兼を妻に迎えた大介ですが、真面目で気が弱く、男っぷりも悪い大介にお兼が満足するはずもなく――と、見ているだけでお腹が痛くなる展開であります。

 そしてその果てに冒頭に繋がるわけですが――基本的に不義密通の果てに人殺しをして獄門、というパターンが多い本作。たまには違うパターンを見たいと思っていましたが、こういうのじゃない、こういうのじゃないんだ……! と心をかきむしられるような結末であります。


『真剣にシす』(盛田賢司&河端ジュン一・西岡拓哉/グループSNE)
 大坂城での大塩平八郎との勝負もいよいよスタート、カードゲーム「蔵騒動」での対決が始まります。
 金・銀・陶磁器・米・銃・酒の六種類の品札を手札・場札にして行われるこのゲーム、要はそれぞれ点数が設定された品札をできるだけ集めて、より高い点数を集めれば勝ち――ではありますが、この場合非常に面白いのは、ゲームで取った品札と同じものをもらうことができる、という点でしょう。
(ちなみに今回の勝負、ちょっと手札と場札の区別が付きにくいところを除けば比較的状況もわかりやすく、ルールの複雑さもちょうど良いくらいで、これまでのゲームの中でも出色かと感じます)

 相手のプレイヤーが大塩平八郎とくればなんとなく想像できますが、彼が狙うのは金と米と銃――ゲームに勝つだけでなく実際に蜂起のための物資までもらえるのですから、彼にとっては一挙両得でしょう。というか、ルール紹介の時点からそんな気がしていましたが、これはどう考えても主催者が大塩を煽っているのでは……
 審判のビジュアル的に京の香りがしますし、天下博徒御前試合を利用して倒幕とか企んでない? といささか心配になってきました。

 それはさておき、ゲームは大塩優勢、それどころか大塩にスカウトされてしまった夜市ですが、今回わざわざ酒の札を集めているのは、前回の描写合わせて考えれば、もちろん伏線なのでしょう。さて、それが次回炸裂するのか?


『殺っちゃえ!! 宇喜多さん』(重野なおき)
 案外楽勝かと思えば激戦が続く三村元親戦、父子ともどもに苦しめられる形になった直家ですが、謀略家の常か、正面からの力押しに弱いということでしょうか。
 もっとも、彼は一人で戦っているわけではありません。昔から彼を支えてきた異母弟・忠家――普段は兄の言動のツッコミ役、というより不用意なことを口にして粛正されかけ役というべき彼が、ついに本領を発揮するようですが……

 直家と対照的な存在として描かれてきた三村元親もこれから前面に出てくるものと思われますし、まだ一山二山はありそうです。


 次号は表紙が『前巷説百物語』、巻頭カラーが『江戸の不倫は死の香り』とのことです。
(しかし今号、いわゆる剣豪が主人公の作品が『鬼役』のみというのが、ある意味本誌らしくてなかなか印象的ではあります)


「コミック乱ツインズ」2024年2月号(リイド社) Amazon


関連記事
「コミック乱ツインズ」2024年1月号

|

2024.01.17

「コミック乱ツインズ」2024年2月号(その一)

 先日1月号が出たと思ったらもう2月号――と、正月が終わったことをしみじみと感じる、今年最初の「コミック乱ツインズ」2月号であります。表紙は『そぞろ源内大江戸さぐり控え帳』、巻頭カラーは『玉転師』、そして新連載は『前巷説百物語』であります。今回も印象に残った作品を一つずつ取り上げます。

『玉転師』(有賀照人&富沢義彦)
 というわけで久々登場の『玉転師』、今回の舞台は江戸を離れて安房白浜――現代でも名物として知られるあわびを巡るお話であります。
 仕事で安房白浜にやってきたものの、あわびを食べたくて仕方がない十郎。しかしあわびは売り切れで落ち込んでいたところに、通りすがりの海女の娘・潮にあわび取りを頼むも――と、結構ツンデレな潮との出会いから、玉転師たちが動くことになります。

 玉転がしが女性を売り飛ばして金を得る稼業なら、玉転師は女性を磨き上げて本人も買い主も(もちろん自分たちも)満たされる稼業。それだけにその売り方・買い方も一通りではありません。今回の結末は特にそれを感じさせますが、美人になりました、好きな人と一緒になりましたというだけでない、自己実現の姿を描いているのに納得いたしました。
 心なしかこれまでよりも力が入って見える描線も印象的で、久々の登場に相応しい回であったかと思います。

 しかしあわび料理――絶対やるとは思いました。


『前巷説百物語』(日高建男&京極夏彦)
 新連載の本作は、久々登場の『巷説百物語』シリーズ――第四作の漫画化であります。原作は京極夏彦、そして作画を担当するのは言うまでもなく日高建男――これまでシリーズを『後巷説百物語』(の前半)まで漫画化してきた、この人しかいないという組み合わせであります。

 日高版の又市は、御行姿も決まったクールなイケメンという印象で実に良かったのですが、『前』では御行になる前の「双六売り」の又市。はたしてどんな姿かと思えば、これが実に威勢だけはいい口先だけの若造感溢れるキャラクター。又市も昔はこんな感じだったのかと感慨深くなります。
 そして顔といえば次々と登場するキャラクターたちも印象に残ります。日高版では初登場の長耳の仲蔵(アニメ版の印象が強いですがこれはこれで)、角助、そして林蔵――って林蔵、『巷説百物語』で登場した時と全然顔が違う! 一体何があったんだ林蔵(この後あるんですよ)というのはともかく、それぞれ「らしい」ビジュアルで楽しませてくれます。
(ちなみに顔といえば、おちかさんのビジュアルがまた絶品なのですが――この先のことを考えるとちょっと……)

 物語は顔見せ&導入編ですが、四度も身請けされた女という魅力的な謎を語っておいてのこの引きは、この先がやはり楽しみであります。


『ビジャの女王』(森秀樹)
 まだまだ続くビジャへのモンゴル軍の総攻撃――三本の攻城塔の一つは倒したものの、残る二本はまだまだ健在。そして対攻城塔の切り札と思われた弩砲は、門から出てきたらすかさず突入するという、結構プリミティブなモンゴル軍の戦法に封じられた形で――と、双方膠着状態であります。

 もちろんインド墨者がこの事態を予想していないとは思えず、残る四人の墨者が陰で動いているはずなのですが――それはまだまだ見えません。そんな状況で印象に残るのは、だいぶ復活した様子のブブとジファルの会話であります。
 先に描かれた過去編を踏まえて、ブブ・ジファル・ラジンの奇縁を語るジファルですが――何を想うかブブが黙して語らぬのに対して、色々と複雑な内面を見せ、そして何よりもブブに対する言葉使いが丁寧なものに変わっていく彼の姿は、注目に値します。

 そして奇縁のもう一人、ラジンも一歩も退かぬ構えですが……


 次回に続きます。


「コミック乱ツインズ」2024年2月号(リイド社) Amazon


関連記事
「コミック乱ツインズ」2024年1月号

|

2024.01.10

木原敏江『完全版 白妖の娘』(その二) あくまでも己の足で立ってみせた二人の物語として

 木原敏江の現時点の最新作である、『白妖の娘』の完全版の紹介の後編であります。旧版に加えられた286ページもの描きおろし。それはどの部分かといえば……

 ここで我ながら酔狂にも各話のページ数を比較してみたのですが、描き下ろしの大半となる260ページ弱は、完全版の下巻に集中――それも旧版の最終巻に収録された5話分のページ数は、第16話が6割増し、それ以降の第17話から第19話にかけては2倍以上、最終話に至っては約3.3倍なのですから、その凄まじさを思うべし。
 巻末のあとがきによれば、そもそもが本作は連載の時点で全5巻を想定していたというのですから、まさにこれこそが本来の形、完全版なのでしょう。

 そしてその内容はといえば、これは圧倒的に登場人物たち――それも直と十鴇だけでなく、玄雪や織草、はては白妖といったメインどころほぼ全員の、過去にまつわる部分が中心となっています。
 もちろん、終盤のクライマックスというべき直の冥界下りの部分も大きく描写が加えられていますが、しかし特に目に付くのは、この過去描写の部分であることは間違いありません。
(これは後半ではありませんが、十鴇に復讐されるあの××貴族にも描写の追加があったのにも驚き――もっともこれは十鴇の姉についてのものと思うべきでしょうか)

 正直なところ、旧版読者としては、物語の筋は変わらずに登場人物の過去話が一気に増えたのに少々驚かされるのですが、しかし内容としては、そのいずれもが、「現在」を語るのに必要な――つまりは何故その人物が現在そのように振る舞うかを語るためのものであると理解できます。
 何よりも、過去の巡る因果の水車に翻弄される人々を、そしてそれでも現在を生き、そしてその先の未来に向かおうとする者を描く物語として、これが必要な部分であることは間違いないでしょう。
(そして現在――これも今回描きおろされた、クライマックスでの直の言葉を聞いた十鴇の表情だけでも、この描きおろしの価値はあったと感じます)


 そしてまた、個人的に大きく唸らされたのは、ラストシーンであります。本作が、岡本綺堂の『玉藻の前』を踏まえたものであることは既に述べましたが、この場面には、『玉藻の前』の結末を意識した描写があると感じられます。
 もちろんそれは私個人の印象かもしれません。しかしあるいはこのまま、旧版と異なる結末を迎えるのでは、と一瞬危ぶんだところから、鮮やかに爽やかに立ち上がってみせるこの描写が素晴らしいことは間違いないでしょう。

 そしてそれは単に大妖に利用された犠牲者ではなく、あくまでも己の意思で以て大妖と行動を共にし、その運命を生き抜いた十鴇と、そんな彼女のために己の全てを擲とうとしながらも、なおそれだけが彼女を愛する形だけではないと理解した直と――あくまでも己の足で立ってみせる二人の物語に相応しい結末であり、そしてそれこそが、玉藻前の伝説を現代に描いてみせた一つの意味であると感じるのです。
 この完全版によって、本作は見事な本歌取りを成し遂げてみせた――そう感じるのです。


 分厚い上下巻セットで五千円超えというスタイルにたじろぐ方も少なくはないと思います。私もそうでした。
 しかし旧版をご覧になり、本作に惹かれた方であれば――あるいは未読でも作者のファン、玉藻前ファンであれば、ぜひ手にとって欲しい、それだけの価値はある作品であります。
(お求めやすい六分冊の電子書籍版も出ていますので……)


『完全版 白妖の娘』上巻+下巻(木原敏江 集英社愛蔵版コミックス) Amazon


関連記事
木原敏江『白妖の娘』第1巻 私は私、の妖狐伝
木原敏江『白妖の娘』第2巻 復讐という「意思」、それぞれの「意思」
木原敏江『白妖の娘』第3巻 陽だけでなく陰だけでないキャラクターたちの魅力
木原敏江『白妖の娘』第4巻 大団円 大妖の前に立つ人間の意思が生んだもの

|

2024.01.09

木原敏江『完全版 白妖の娘』(その一) 驚きの描きおろし286ページ!?

 木原敏江が2018年から2019年にかけて連載した『白妖の娘』の完全版が刊行されました。平安時代を舞台に、一人の少女の復讐譚と九尾の狐伝説が交錯する名作ですが、今回刊行されたものは、連載版になんと286ページ描き下ろしという、まさに「完全版」の名に相応しいものとなっています。

 都の貴族に騙されて死んだ姉の復讐に燃える少女・十鴇と、彼女のために先祖が封印した禁忌の森の白妖の存在を教えた青年・葛城直。妖魔の封印を解いた末、十鴇は白妖の器としてその身を差し出して都に向かい、責任を感じて厳しい修行を積んだ直は、さらに腕を磨くため陰陽師・安倍泰親に弟子入りすることになります。

 直が京で出会った変わり者の青年貴族・藤原玄雪を後見人に、泰親の下で修行に励む一方で、玄雪の親友だった青年・五葉織草を仲間に引き入れ、復讐を果たした十鴇。
 しかし身分だけで他人を判断する貴族たちをひれ伏させるという十鴇の想いと、この国を混沌と恐怖で包もうという白妖の狙いが合わさり、十鴇は玉藻の名で法皇の寵姫にまで上り詰めることになります。そして雨乞い勝負で泰親を破った十鴇は、法皇を操り、女帝の座を狙うのですが……

 という物語自体は、この完全版においても、連載版(以下「旧版」)と全く変わらず、また物語における人々の去就も変わるものではありません。

 もとより本作は岡本綺堂の『玉藻の前』をベースにしつつも、十鴇と直をはじめとする登場人物たちを本作ならではの造形とすることにより、大きく踏み出してみせた作品であります。
 そしてそんな登場人物たちによる物語は極めてエモーショナルであって、そしてその先の結末は何度読んでも涙を堪えきれない、名作の名にふさわしい作品であります。


 しかし、本書が刊行されると聞いた時に思ったのは、「完全版」が刊行される理由もさることながら、どの辺りが完全版となるのか、ということでした。
 まことに失礼ながらこれまで完全版と銘打たれて刊行されたものを思えば、「雑誌連載時のカラーページを収録+数ページ描きおろし」という印象があります。しかも本作は四年前の作品。連載終了からわずかな期間の後に完全版が刊行されるとは――と、疑問に思っていたところに飛び込んできたのは、帯の「新規描きおろし計286p収録!!」の記載であります。

 これは思わず目を疑うほどの分量であります。何しろ、旧版の単行本が大体185ページ前後であったことを考えれば、つまりこの完全版は、単行本一冊以上の追加があるということなのですから!
 そして実際に読んでみれば、なるほどこの描きおろしの分量はもちろん偽りなしの大増版。描きおろしに伴い、それ以外の部分も相当手を加えていることにも驚かされます。

 しかしどの部分がこれほどまでに追加されているのでしょうか。それは――長くなりますので、次回に続きます。


『完全版 白妖の娘』上巻+下巻(木原敏江 集英社愛蔵版コミックス) Amazon


関連記事
木原敏江『白妖の娘』第1巻 私は私、の妖狐伝
木原敏江『白妖の娘』第2巻 復讐という「意思」、それぞれの「意思」
木原敏江『白妖の娘』第3巻 陽だけでなく陰だけでないキャラクターたちの魅力
木原敏江『白妖の娘』第4巻 大団円 大妖の前に立つ人間の意思が生んだもの

|

2024.01.02

TAKUMIサメ男『フォーロン・ホープ 警視庁抜刀隊戦記』第1巻 達人次々死亡!? 抜刀隊設立秘聞

 西南戦争において薩摩軍に押される政府軍の切り札として投入され、戦況を変えたと言われる警視庁抜刀隊。本作は共にその抜刀隊に所属しつつ、対照的な性格の二人の剣士の姿を描く物語であります。幕末に敵味方として対峙した拓磨と礼二郎――二人は、数奇な運命の末に抜刀隊で再会することに……

 数では圧倒的に勝るはずの政府軍が、次々と血祭りに上げられていく西南戦争――その地獄の中でも特に恐れられた西郷軍の雷撃隊の猛者を、ただ一人で逆に叩き斬っていく警視庁抜刀隊所属の青年・石動拓磨。
 その場に現れたもう一人の抜刀隊員・最上礼二郎とともに雷撃隊を壊滅させた拓磨ですが、既に残ったのは二人のみ。二人は決戦を前に、ともに戦ってきた抜刀隊の仲間たちの姿を思い浮かべて……

 と、冒頭から如何にも恐るべき達人に見えた者たちが、さらなる達人たちによってあっさり倒されていく姿に度肝を抜かれる本作ですが――物語は、この西南戦争の死闘を序章に、抜刀隊設立当初に遡って語られることになります。

 明治維新を迎え、邏卒として市民の暮らしを守る、ある意味平穏な日々を送っていた拓磨。しかしある晩、不審な男たちの跡を追った拓磨は、山中の寺で真剣での闘技場が開催されているのを目撃することになります。
 そしてその中に礼二郎――かつて上野戦争で敵として相対したものの、その獣のような気迫が強烈な印象を残した相手がいるのを見た拓磨は、成り行きから彼と多数の相手の戦いの中に踏み込むのでした。

 我を忘れて戦った末、同僚の急報で警官隊が駆けつけた時には、その手を血に染めていた拓磨。しかし死を覚悟した拓磨の前に現れた川路利良は、彼に抜刀隊への入隊を命じるのでした。
 そして抜刀隊に集められた、いずれも一筋縄ではいかない「同僚」たちと対面する拓磨。その中には、幼い頃から川路の下で共に育った妹分の麗、そして礼二郎の姿が……


 冒頭で述べたように、西南戦争で多大な戦果を挙げたという抜刀隊。徴兵制によって集められた近代軍隊が、その経験と士気の差で西郷軍の元士族たちに敗北していった中、臨時に結成された部隊であります。
 文字通り抜刀して近接戦闘を繰り広げるという荒っぽい戦法はいかにもフィクション向きに感じられますが、本作はその抜刀隊に集まった面子が、いずれもはみ出し者というかならず者というか、とんでもない連中ばかりだった! という趣向で展開していくことになります。

 なにしろ、仲間内でも簡単に殺し合うし、そんな奴は容赦なく粛正されるしと、文字通り殺伐とした連中。上で述べたように、いかにも強そうな奴がいきなり殺されるという展開には、またしても驚かされます。
 正直なところ、この第一巻を通じてこの展開が続くのですが――一体誰が死ぬのか、誰が生き残るのかわからないため、誰に感情移入すればいいのかわからないのは、ちょっと困ったところではあります。
(冒頭に拓磨と礼二郎が回想する面子は、まあ終盤まで生き残るのだと思いますが……)


 もちろん、この油断ならない展開が、本作ならではの、刺激的な味わいであることは間違いありません(言うまでもなく、それにはクライマックスから語り起こすというスタイルが大きく作用しています)。

 この巻のラストでは、抜刀隊の初任務である岩倉具視暗殺阻止作戦が描かれますが、この時点でまたもや誰が死んでもおかしくない戦いが展開されます。はたしてこの戦いが――そしてこの物語がどこに落着するのか、この先も何が起きてもおかしくない物語を注視したいと思います。


 ちなみに本作、シリアスに人が死ぬ一方で、コミカルな描写も多いのですが――頭に常に折れた刀身を刺している奴は、笑っていいのかどうなのか、大きく心をかき乱されるところであります。
(これがまた結構強豪っぽいキャラだけに……)


『フォーロン・ホープ 警視庁抜刀隊戦記』第1巻(TAKUMIサメ男&井出圭亮 ヒーローズコミックスわいるど) Amazon

|

より以前の記事一覧