2022.05.15

平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第18章の3「聖の思惑」 第18章の4「宿坊の夜」

 北から来た盲目の美少女修法師・百夜の活躍を描く『百夜・百鬼夜行帖』第十八章は、数奇な運命の下に神になろうとしている少女・むつを、百夜たちが津軽に送るまでの旅が描かれることになります。この第百四話・第百五話では、出羽と早池峰で奇妙な物語が展開します。

「聖の思惑」
 旅の途中、突然出羽国に行きたいと言い出したむつ。出羽三山は女人禁制であるものの、何やら気になることがあるというのですが――しかしその晩、出羽に向かう前に、むつと百夜の周囲に奇怪な現象が起きることになります。
 気がつけばいつの間にか修験者の服装となっており、刺激臭のある煙や、強烈な飢えと乾きに襲われる二人。さらに光る樹を伐り倒させられたり、天狗や餓鬼、巨大な骸骨と対峙することとなったりと、次々に理不尽な状況に放り込まれることに……

 百夜やむつ、二人の師の峻岳坊高星にもわからない、相手の正体とその目的とは?

 と、突然何処ともわからぬ異界に放り込まれた百夜とむつが、次々と正体不明の試練に直面することになる本作。現実世界の方でも二人が消えてしまい、残された高星たちは懸命に捜索に当たることになります。
 考えてみれば、百夜だけでなくその師である高星、そして半ば神になりつつあるむつと、今回の旅の顔ぶれは、超自然的な相手に対してはほとんど最強メンバー。それだけにこの三人であっても対処不能――というか、ただ受け容れるしかない相手の登場には驚かされます。

 しかしこの不可解な現象の意味と、それを起こした者の正体は、わかってみれば、なるほどと思わされるもの。現世の人間には理解し難いものの、異界の側から見れば一定の理があるという、いわば超自然的な合理性というべきものは、本シリーズではしばしば描かれてきましたが、本作にもそれがあります。

 終わってみればどこか民話的な味わいすらある本作ですが、普段はくそじじい的な顔を見せている高星がふと見せる、師としての顔も印象的なエピソードです。


「宿坊の夜」
 むつの希望で早池峰山詣でに向かった百夜一行が、麓の町で泊まることとなった、主のいない宿坊。ただならぬ気配を感じさせる、その宿坊に足を踏み入れた一行を迎えたのは、故郷に帰る旅の娘・しめ、行商人の為造、若い旅の僧の法稔の三人でした。

 そして百夜たちが修法師と知るや、恐ろしい体験を語り始めたしめ。この宿坊は空き家のはずなのに天井から子供の足音が響き、法稔の開けてくれという声に板戸を開けてみても、そこには誰もいなかったというのです。
 そして足音など不審な音は為造の耳にも聞こえ、怯える二人は法稔に妖怪ではと訴えるのですが――彼は狐狸妖怪の類は迷信にすぎないと断じ、経文を唱えることも拒否するのでした。

 そんなところにやってきたという百夜一行が。やがて夜も更けていく中、板戸が激しく叩かれ、法稔をはじめ、ここに集った人々の名を呼ぶ声が……

 雪の山荘ものと幽霊屋敷もののハイブリッドという印象の本作ですが、真相自体は百夜とむつがいる以上すぐに明らかになるものの、その真相に照らし合わせてみると、怪異の意味に納得させられるのは、なかなか恐ろしいものがあります。

 そしてそこから正体を現した怪異の描写もかなりグロテスクなのですが――しかし真に恐ろしいのは、この世の(そしてそれだけでなくあの世の)則に背を向け、他者の手を拒絶した者の末路でしょう。
 正直なところ、百夜たちは厳しすぎるのでは、という印象もあるのですが、逆に彼女たちですら救いようがないとすれば――これほど恐ろしいものはありません。


 しかし本筋には全く関係ないのですが、今回商売の関係で別行動だった左吉が、いなくてもほとんど全く支障がなかったのは……
(驚き役には久保田五郎右衛門がいるので)


『百夜・百鬼夜行帖』(平谷美樹 小学館) 「聖の思惑」 Amazon/ 「宿坊の夜」 Amazon

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2022.05.10

田中文雄『魔境のツタンカーメン 死人起こし』 少年王と地底都市に彷徨う女王の亡霊

 紀元前14世紀のエジプトを舞台に、凄腕の墓荒らしを主人公に描かれれる冒険活劇の第二弾であります。「死人起こし」の異名も今は昔、墓荒らしを引退したパキが、あのツタンカーメン王とともに、古代の女王の亡霊が彷徨う地底都市を舞台に再び冒険を繰り広げることになります。

 スメンクカラー王の死に端を発し、クレタ島でのミノタウロスとの対決にまで至った冒険から七年後――今は王室出入りの大商人となったパキ。既に墓荒らしからは足を洗ったパキですが、彼の下にかつての同業者が転がり込んできたことから物語は始まります。
 百数十年前に亡くなったハトシェプスト女王の葬祭殿に忍び込んだものの、その女王の亡霊と遭遇したと泡を食って逃げ出してきたその男を匿ったパキ。しかしパキの方も、持ち船の一つが原因不明のまま消息を絶ち、そちらの対応に追われていたのでした。

 船の航路を追って旅立ったパキですが、向かう先の地域で、動くスフィンクスが娘たちを攫っているという奇怪な噂を聞かされることになります。はたして途中立ち寄った港町で、パキたちはスフィンクスが町を襲撃する様を目撃するのですが――しかしそれが幻術と見抜いたパキは、騒ぎの中で引き寄せられるように水辺に向かった娘たちが、巨大なイモリに襲われている現場に遭遇するのでした。
 娘の一人を辛うじて救い、謎の敵を追って舟を出すも、激しい水流に巻き込まれた末に、浮島に辿り着いたパキたち。その前に現れた人物こそは、何とパキもよく知る少年王・ツタンカーメンその人――!


 と、ここまでが全体の四割程度ですが、かなりインパクトが大きい展開であります。前作も終盤はモンスターホラー的な色彩が強くありましたが、本作はこの滑り出しの部分から、動くスフィンクス、鰐ほどもある巨大なイモリや人間大のカエルと大盤振る舞い。
 そして極めつけがツタンカーメン登場! というわけで、タイトルの意味は、魔境にツタンカーメン的人物がいるのかと思いきや、本当に魔境にツタンカーメンが登場するのですから驚かされます。

 もちろん本来であればテーベにいるはずのツタンカーメンですが、この魔境にいたのは、謎の病に苦しむ王妃アンケセナーメンを救うため。以前より謎の神官・ラクダンバから、唯一この病を止める薬を以前より得ていたツタンカーメンですが、薬が残り少なくなったのにいてもたってもいられず、王宮に影武者を置いてきたというのです。
 その途中に船が沈み、ただ一人浮島に辿り着いたというツタンカーメン。しかしパキと出会ってほどなくして浮島も崩壊し、辛うじて何処かに流れ着いた二人は、謎の宮殿に迷い込むのでした。

 その宮殿がある地こそは、死んだはずのハトシェプスト女王が暮らす地底世界。そこで数々の怪異に遭遇しながらも、消えた自分の船の行方と脱出の方法を探るパキですが、しかし地底世界には想像を絶する秘密が……


 前作『迷宮の獣王』が、エジプト内を転々と移動した末に、クレタ島の地下迷宮が舞台になったのに比べれば、中盤以降の舞台は地底世界にほぼ限定され、地理的広がりは抑えめの本作。
 しかしその分、個々のエピソードや描写は掘り下げられ、歴史ホラーというべき独特の世界観がより明確になったと感じます。

 物語の視点も、前作の後半はパキから離れた部分もあって、その分彼の存在感が薄れてしまった感があるのに対し、本作ではほぼ彼の視点に集中しているのも好印象です。
(もっとも、クライマックスはスケールが広がりすぎて、パキは生き延びるのに精一杯となり、事態収拾の役に立ってない印象があるのは、これは前作同様ですが……)

 ただし、前作が古代エジプトとギリシャ(クレタ)を結びつけるという離れ業を見せたのに対し、本作は――こちらも実は他の文明・神話とのリンクが用意されているのですが――その部分については、少々地味に感じられないでもありません。
 もっともクライマックスには、これまでに登場した以上にとんでもない怪物が出現し、そこからさらに思いもよらぬカタストロフィーに展開していくため、地味という印象は全くないのですが……


 古代エジプトを舞台とした冒険ホラーという、日本ではかなり珍しい作品であったこの「死人起こし」二部作。もし第三作があったのであれば、ツタンカーメンの死とそれに伴う第18王朝末期の混乱が描かれたのではないかと感じますが、それは作者亡き後となっては、単なる夢想に過ぎないでしょう。

 何はともあれ「死人起こし」二部作、これにて大団円であります。


『魔境のツタンカーメン 死人起こし』(田中文雄 アドレナライズ) Amazon

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2022.04.25

陶延リュウ『無限の住人 幕末ノ章』第6巻 万次長州へ そして高杉の顔は

 幕末の世に生きる万次を描く本作も、この巻から新展開。新選組との戦いをひとまず終えた万次は、中岡慎太郎とともに長州に向かうことになります。そこで彼を待っていたのは奇兵隊の高杉晋作――しかしその顔は!? 思わぬ出会いと新たな戦いが描かれます。

 坂本龍馬とともに訪れた京で、新選組と幾度となく刃を交えることとなった万次。龍馬・以蔵・彦斎らと共に山南率いる逸番隊と天王山で激突、これを壊滅させた万次は、ひとまず虎口を脱した形となります。
 そして龍馬が海軍操練所閉鎖に伴い会社――すなわち海援隊を設立に向けて奔走し、薩摩の西郷に接近する一方で、万次は長州に向かう中岡慎太郎から用心棒を依頼され、同行することになるのでした。

 思えば長州は万次にとっては因縁の地――かつてアメリカから帰国した際、万次は長州に漂着、野山獄に繋がれ(ほんの数コマですが高須久子が!)、そこで吉田松陰と出会っていたのであります。
 しかし当時の長州藩は下関戦争の敗北に加え、禁門の変を経ての長州征討によって打撃を受け、藩内で佐幕派と勤王派の血で血を洗う争いが続いている状況。その中でも勤王派の旗色が悪く、ほとんど壊滅寸前だったところに、敢えて慎太郎が出向く理由とは……


 一方、新選組は度重なる戦闘の中で失った戦力の補充のために、近藤と平助が江戸に赴くのですが――そこで仲間に加えたのが、北辰一刀流伊東道場の猛者たちであります。
 正直なところ伊東派の面々は、一部の例外を除いて、個人としてはあまり印象に残っていなかったのですが、本作においては皆なかなかの面構え。個人的にはその印象は、むしろ逸番隊よりも逸刀流に近いものを感じさせてくれます。

 しかしそんな面々があっさり近藤たちの下に入るはずもなく、いきなり険悪なムードとなるのですが――何よりもわかりやすい相互理解のために提案されたのは、双方の代表戦。ここで「新選組」側の代表は沖田、一方、伊東側の代表は服部武雄――!
 服部はまさに上に述べた一部の例外、新選組でも二刀流遣いの達人として名を馳せましたが、この二人の激突はまさに名人戦というべきでしょう。剣戟の面ではこの巻のメインというべき激闘は、大いに盛り上がります。

 しかしそれでも、その実力の一部を敢えて伏せてみせる沖田に、何ともいえぬ不穏さも感じるのですが……


 さて、物語は再び万次側に戻り、長州で慎太郎からある男を紹介されるのですが、それこそは高杉晋作。松蔭の弟子の一人であり、そしてこの時期の長州藩の勤王派を一人で支えていたともいうべき人物であります。が、そのビジュアルは――どう見ても尸良。

 これは別に尸良と血縁があるわけでは(たぶん)なく他人の空似ですが、万次も思わず驚くほどのそっくりさんです。
 なるほど「狂」的なイメージのある(そして写真では短髪なこともあって)人物だけに、意外と違和感のない高杉の尸良顔。もっとも性格の方はあまり似ておらず、万次を襲った女刺客と戦った際も、全く容赦はしなかったものの、決して己の快楽のために斬ったりはしない辺り、やはり別人であります。

 とはいえ、であるならば何故同じ顔に――という印象はあるわけで、本作ではこれまでも本編のキャラを思わせるキャラがちょこちょこと顔を出してきましたが、ここまで有名人でというのは初めて。一種のスターシステムとはいえ、やはり違和感は否めません。

 それはさておき、顔に似合わぬ(?)高杉の風雲児ぶりには、万次も感じ入るものがあった様子。それどころか、下関でのクーデター開始早々に刺客によって深手を負った高杉から頼まれ、その影武者を引き受けてしまうのですから驚かされます。
 この辺りは前巻での八百比丘尼との対話もあり、またそもそも万次って意外と人が良いわけですが、武士の理屈とか大義名分とかを嫌う人間だけに、対面してからわずかのうちに、ここまで肩入れするのにも違和感がありますが……(まあ、高杉は他の武士よりもずっと万次に近い人間だとは思います)


 というわけで、これまでとは全く形で歴史に関与することとなった万次ですが、しかし彼を付け狙う怪剣士たちが新たに登場します。あの見廻組の佐々木只三郎率いるその名は「挽斃連」――伊東派が逸刀流だとすれば、こちらは六鬼団を思わせる曲者揃い。
 今は長州の佐幕派に協力しているものの、真の狙いは万次だという彼らの目的は――幕末ノ章、まだまだ先は長そうであります。


『無限の住人 幕末ノ章』第6巻(陶延リュウ&滝川廉治&沙村広明 講談社アフタヌーンコミックス) Amazon

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2022.04.24

田中文雄『迷宮の獣王 死人起こし』 紀元前14世紀、エジプトとギリシャを繋ぐ魔神

 小説家としてはホラーを中心に活躍した田中文雄が、実に紀元前14世紀のエジプトから地中海を舞台に描く冒険ファンタジーであります。名うての墓荒らし・パキが巻き込まれたのは、謎の王・スメンクカラーの死にまつわる陰謀。そして冒険の果てに待つものはクレタ島に潜む獣神の謎……

 紀元前1350年、イクナテン王の改革がエジプト王国に波乱を招いていた頃――王族や貴族専門の墓荒らしにして「死人起こし」の異名を持つパキは、恋人で高級娼婦のハトホルの元に最近通ってくる男の貢物が、どこかの王家の墓の副葬品と気付きます。
 それがもとで兵に追われ瀕死の傷を追った男と、ハトホルを成り行きで助けたパキ。彼は、実はミイラ師だった男の死の間際に、宝の奇怪な由来を聞かされるのでした。

 半年ほど前、偶然出会った一行から、若くして死んだ貴人のミイラ作りを命じられた男。しかしその王の頭には二本の小さな角があり、足の指は蹄状になっていたというのです。そして完成したミイラを貴人の妻らとともに埋葬に向かう途中、隙を見て男は宝物を手に逃げ出したというのですが……

 この貴人が、イクナテンの共同統治者のスメンクカラー王であると見抜き、ハトホルとともにその墓に向かったパキ。彼はそこで王妃メリタテンと出会い、彼女から王を殺したのがアメンの神官ゴランであると聞かされるのでした。
 メリタテンとともに新都アケタテンを訪れたパキたちですが、そこで彼らを待っていたのは、複雑怪奇な宮中の勢力分布とイクナテン暗殺の陰謀。その中に巻き込まれたパキは、メリタテンの依頼でスメンクカラーの心臓をクレタまで届けることになるのですが……


 長きに渡る古代エジプト王国でも、最盛期として知られる第18王朝。その中でイクナテン(アメンホテプ四世)は、王権に匹敵する力を持っていたアメンの神官と真っ向から対立し、数々の改革を行った(そして失敗した)ことで、一際異彩を放つ王です。
 本作はこのイクナテンの時代を舞台に、この王朝の権力闘争と、王家を巡る様々な人々、そしてエジプトと諸外国との関係性を描く、実にユニークな物語であります。

 しかし本作は歴史小説ではなく、むしろ伝奇ホラーというべき側面を強く持つ物語。何しろ、イクナテンの子にして現在ではその記録がほとんど残されていない謎の王・スメンクカラーが、角と蹄状の手足を持つ人物として描かれるのですから。
 あたかも「牛」のような特徴を持つスメンクカラーは何者なのか、そして何故そのような体を持っていたのか? その秘密は物語後半、クレタ島に向かったパキを通じて描かれることになります。

 クレタ島、牛、そして本書のタイトルたる「迷宮の獣王」――その意味するところは明らかでしょう。そう、本作は実に、エジプトを飛び出し、ギリシャ神話の世界にまで繋がっていくのです。


 紀元前数千年の古代文明といえばどうしてもエジプトが浮かびますが、本作の舞台となる時代には、ギリシャではミケーネ文明が、そしてクレタ島ではミノア文明がそれぞれ存在していました。
 冷静に考えればさまで地理的な距離はないにもかかわらず、(フィクションの世界であっても)無関係の存在と考えがちのこのエジプトとギリシャを、伝奇的想像力でもって――世界中に散らばる牛神信仰によって――結びつけてみせた点こそが、本作の最大の魅力と感じます。

 そしてその物語の主人公が、世の権威権力からは一定の距離をおいた、一介の墓荒らしというのもユニークなのですが――この点は逆に権力者の世界の奥深くまでは彼が入れず、後半の陰謀劇が彼の預かり知らぬところで展開することになっているのは、少々残念なところではあります。

 それでも終盤、ギリギリまで出番を抑えた超自然的存在が一気に跳梁するモンスターホラー的クライマックスは、伝奇者としてはたまらないところで、題材の面白さと合わせて、十分満足出来た作品です。


『迷宮の獣王 死人起こし』(田中文雄 アドレナライズ) Amazon

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2022.04.19

畠中恵『もういちど』 二十年目の原点回帰!? 若だんな、もう一度の生

 昨年、二十周年を迎えた『しゃばけ』シリーズ。その記念すべき第二十作目は、ある意味原点回帰の物語――何しろ、若だんなが赤ん坊に戻り、育ち直すことになるのですから! 思わぬ形でもう一度の人生を送ることになった若だんなを巡り、妖たちも今まで以上に奮闘することになります。

 二百年に一度の天の星の代替わりの影響で、雨が降らず夏前から暑い日が続く江戸。体が丈夫ではない若だんなが少しでも体を休められるように、根岸で保養する準備を進める兄やと妖たちに、思わぬ障害が立ち塞がります。
 それは人間たちが雨乞いで招いた龍神たちが隅田川に集まり、川が大荒れになってしまったこと。根岸まで舟で行こうとしていた一行は、?々子河童を通じて龍神に話をつけてもらうのですが――息子可愛さに長崎屋が大量の酒を龍神に寄進したのが、大変な事態を招いてしまうことになります。

 というのも酒に酔っ払った龍神たちが空で川で大暴れ(このシーンの異界めいた迫力が素晴らしい!)。その騒ぎに巻き込まれて若だんなたちの舟が転覆、水中で起きていた星の代替わりに巻き込まれた若だんなは、赤子に戻ってしまったではありませんか!
 頭の中身はこれまでの若だんなのままながら、喋ることも動くこともできなくなってしまった若だんなを、妖たちは根岸で密かに育てることになるのですが……


 という原点回帰にもほどがある表題作から始まる本作。幸いというべきか、若だんなの成長は普通の子供よりもはるかに早く、大人に戻るのもそこまで時間がかからないはず――とはいうものの、(妖とは縁のない長崎屋の旦那を含めて)周囲にこんなことを知られては大騒ぎであります。

 かくて、江戸を転々としながら、若だんなを育てることとなった妖たちですが、良いこともあります。いかなる理由か、若だんなの体は健康そのものになったのです。
 最初の(?)人生では子供の頃から病弱だった若だんなですが、その分を取り戻すように元気に走り回る若だんなと、それに付き合って(振り回されて)大騒ぎする妖たち――という形で、本作は展開していくことになります。

 五つくらいに成長し、わざと悪いことをしたくなったと家を飛び出した若だんなが、近頃根岸の辺りで子供が鬼に攫われるという噂を知り、村の大人たちが不審な動きをしているのと合わせて謎を解こうとするも、事態は思わぬ方向に展開していく「おににころも」
 十二歳くらいに育った若だんなが、思い切り遊んで下さいと送り出された両国の盛り場で、宮地芝居の斬られ役の浪人に剣の弟子入りをするも、浪人が最近江戸を騒がす人斬りの盗人と事を構えることになり、その騒動に巻き込まれる「ひめわこ」
 ようやく元の年齢近くに戻り、長崎屋に帰ってきた若だんな。近く嫁取りすることになった幼なじみの栄吉の許嫁が起こした悶着の中で、妖の蒼玉が入っていた巾着が行方不明なり、それを探すうちに、栄吉の縁談の裏を知ってしまう「帰家」
 毎回、町で違う相手を追いかけているという深編み笠で藍色の着物を着た男が起こしている騒動に巻き込まれた若だんなが、妖たちに頼んで男を探すものの、追い詰めた相手は不可解にも姿を消し、さらにその背後の複雑な事情に巻き込まれてしまい――という最終話「これからも」


 ラスト二話ではほとんど通常営業に近い若だんなですが、そこに至るまでに、周囲の言いつけに逆らって家の外に飛び出してしまう幼子になったり、遊びに出かけた先で剣術修行に夢中の少年になったりと、これまでの若だんなからは思いもよらぬ姿に「成長」するのが、本作の一番の見どころでしょうか。

 考えてみれば幼い頃から病弱で、そして良い子だった若だんな。当たり前の子供が経験してきたものを全く経験してこなかったというのが何とも切ないのですが――しかし別の人生を味わっても、そこでも妙な騒動に巻き込まれ、妖とともに謎解きに挑むのは相変わらずなのが微笑ましいところであります。

 しかしそうなると気になってしまうのが、元の年齢に戻った時に何が起こるかですが、それを示す物語の結末で描かれる若だんなの姿には――おそらくこれまで一度も見せたことがないような姿だけに――何ともいえぬ後味が残ります。

 それでも、若だんなの周囲には、これまで同様、これからも可笑しくも頼もしい妖たちがいる。これまで同様、これからも彼らと一緒の、謎と騒動に満ちた、微笑ましくもほろ苦い日々が待っている――それを示すこの結末は、二十周年という一つの節目に、相応しいものだと強く感じます。


『もういちど』(畠中恵 新潮社) Amazon

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 「ころころろ」(その二) もう取り戻せない想いを追いかけて
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 『すえずえ』 若だんなと妖怪たちの行く末に
 畠中恵『なりたい』 今の自分ではない何かへ、という願い
 畠中恵『おおあたり』 嬉しくも苦い大当たりの味
 畠中恵『とるとだす』 若だんな、妙薬を求めて奔走す
 畠中恵『むすびつき』(その一) 若だんなの前世・今世・来世
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 畠中恵『またあおう』(その二) 後を継いだ者たちの奮闘

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2022.04.15

坂ノ睦『明治ココノコ』第3巻 突入、黒き楼閣 激突、黒白の狐

 明治の東京を舞台に、元九尾の狐であるビャクと、彼の「尾」たちが物の怪の成れの果てであるニゴリモノと対決する妖怪漫画の第3巻であります。浅草に出現し、次々と怪異を巻き起こす謎の漆黒の楼閣に挑むことになったビャクたち。楼閣に突入したビャクは、そこで己の尾の一本と対峙することに……

 かつて天狐によって封印され、己の八本の尾を奪われた九尾の狐。今は力の多くを失い、ビャクと名乗る少年姿となった彼は、天狐の命で、川路利良配下の特別警察隊として、ニゴリモノと対決することとなります。
 そしてビャクに協力するのは、彼のかつての「尾」たち――いまは一本一本が意思を持ち、それぞれ特技を持った狐の物の怪となった彼らとともに、ビャクは次々と事件を解決していくのでした。

 そんなある日、浅草に出現した漆黒の楼閣。いつの間に建築されたのか誰も知らず、そして誰もそこにあることに違和感を持たないという、明らかに怪しげな建物ですが――その周囲では殺人・自殺・怪死・失踪と、胡乱な事件のオンパレード。
 そしてその背後に物の怪、いやニゴリモノの存在があるとくれば、ビャクも黙ってはいられません(もっとも彼の場合、怒りの理由が少々異なるのですが……)。

 しかし天狐が見せたこの楼閣の正体は、辛うじて帝都に生き残った物の怪を引き寄せ、そしてニゴリモノに変化させてしまうという、恐るべき魔塔。そしてその塔の中心には、尾の一人であるコクがいたのです。
 かくてこの楼閣を叩き潰し、コクを連れ戻すべく、総出で出撃することになったビャクと七人の尾の面々のですが――彼らも物の怪である以上、楼閣の魔力には抗えません。そこで天狐の力を借り、時間制限ありではあるもののパワーアップしたビャクたちは楼閣に足を踏み入れるのですが……


 というわけで、前巻のラストからスタートし、一巻以上をかけて描かれるこの「黒き楼閣」編。楼閣のモデルはまず間違いなく浅草十二階こと凌雲閣かと思いますが(ただし本作は実際に造られる十数年前が舞台)、どこか薄暗いイメージもある凌雲閣を、文字通り魑魅魍魎が蠢く魔塔として描くのはなかなかユニークであります。

 その楼閣での戦いは、これまで限定的な能力に留まっていたビャクと尾たちが、ドーピングとはいえ力の一部を取り戻して、繰り広げるだけあってなかなかの盛り上がり。そしてそのクライマックスに待つのは、謎の黒幕に力を貸し、この楼閣で物の怪をニゴリモノに変えていた尾の一本・コクとビャクとの対決であります。

 これまで、他の尾がまがりなりにもビャクに力を貸していたのに対し、唯一明確に彼に反発し、尾に戻るのであればニゴリモノになる方がマシ、とまで言っていたコク。
 どう考えてもビャクとの対決は避けられない情勢でしたが、ここまで大事になるとは正直予想外でした。

 何はともあれ、そんな二人であるだけに、この対決は一種の思想対決の色彩を帯びることになります。
 物の怪が物の怪であることの誇りを重んじるビャクと、物の怪がニゴリモノになることを一種の進化と考えるコク――この両者の対峙は、(ビャクはこのような表現には怒ると思いますが)明治維新/文明開化というパラダイムシフトを前にした人間たちの精神を、ある意味象徴化したものと感じられます。

 もちろんそれはこれまでも物語の中に存在していた構図ではあります。しかしこれまで登場したニゴリモノがほとんど完全に怪物化していた一方で、コクが自分の意思というものを保っていることで、ようやくこの構図が見えやすくなったと感じます。
 もっとも、相変わらず人間たちには迷惑過ぎる理屈で、ほとんど全く共感できないというのが正直なところなのですが……
(冒頭の浅草グルメのエピソードが、コクへの切り返しに繋がる辺りは巧みなのですが)


 さて、この楼閣での戦いもいよいよ決着か、と思いきや、ラストでは物の怪とも何ともつかぬ黒幕が不気味な姿を見せ、ここからが本題という印象。この黒幕と因縁があるらしいあの人物も参戦し、この「黒き楼閣」編もいよいよクライマックスであります。
(それにしても明治12年という舞台設定がいかにも不穏過ぎる……)

 そしてラストに登場した、日本刀使いで先の戦いでも活躍したという、ちょっとマイペースの警部はやはり……?


『明治ココノコ』第3巻(坂ノ睦 小学館ゲッサン少年サンデーコミックス) Amazon

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2022.03.25

山崎峰水『松岡國男妖怪退治』単行本未収録分 あるいは『黒鷺死体宅配便』収録分

 異色の幕末時代劇『くだんのピストル』もいよいよ4月に単行本第1巻が発売予定の大塚英志・山崎峰水コンビ。その『松岡國男妖怪退治』について、『黒鷺死体宅配便』単行本に収録されたエピソードのご紹介であります。時系列的に初期のものと、最新(最後?)のものと、2篇取り上げます。

 現代を舞台に、死者にまつわる異能を持った青年たちが、死体たちの願いを叶えていくホラー『黒鷺死体宅配便』のスピンオフである本作は、明治時代を舞台に、若き日の柳田(松岡)國男を主人公とした連作。
 松岡と田山録弥(花袋)、そして本編では主人公の背後霊(?)として登場する少年・やいちと、その育ての親である笹山和尚が、数々の怪異に挑む物語であります。

 この『松岡國男妖怪退治』の単行本は現時点で第4巻まで刊行されていますが、今回ご紹介するのは冒頭に述べたとおり『黒鷺死体宅配便』に収録された――それ故『松岡國男妖怪退治』の単行本には収録されていないエピソードです。

 その一つ目は、『黒鷺死体宅配便』第6巻に収録されたエピソード――浅草十二階下の娼婦猟奇殺人を描いた物語であります。

 犯人が逮捕されても、次々と同様の手口で殺人者が現れるという奇怪な事件に興味を抱き、たまたま東京を訪れたやいちと調査を始めた松岡。
 その過程で、人類学者の坪井正五郎が提唱する重ね録りによる観相法――すなわち人間の顔は人格を現すという観点から、殺人者たちの顔を重ね録りした写真を作ってみれば、そこに映っていたものは!

 という流れから、この手の事件ではお馴染みのあの人物が登場するのですが、何故この人物が、それもこのような形で現れるのか――その謎解きの豪快さも楽しいこのエピソード。
 上述の坪井正五郎だけでなく、松岡が柳谷なる所以というべき柳田こうなど、実在の人物への目配せも「らしい」というべきでしょう。


 一方、内容的にシリーズの最終編ともいうべき物語が、『黒鷺死体宅配便』第26巻収録の「昭和編」です。
 舞台は昭和11年、笹山和尚が呪いの茄子という触れ込みの奇怪な形の茄子を持ち込んできたことから、今や学者として官僚として功成り遂げた柳田國男は、またもや奇怪な事件に巻き込まれることになるのであります。

 『多重人格探偵サイコ』を思い出させる猟奇殺人、赤マント伝説、貰い子殺し――そしてそこから思いもよらぬ存在が出現するこのエピソード、全3話(分量的には単行本の約6割)というだけあって、物語の情報量はかなりのもの。
 昭和11年という時代を反映して、特高警察は首を突っ込んでくる、軍部は暗躍する――と、ノリは本シリーズらしくコミカルかつ派手な部分はありつつも、描かれるのは大塚伝奇というべき内容であるのがたまりません。

 そしてまた、シリーズ的にも、いまや青年となった(というか年齢的には中年か)やいちや、すっかりお馴染みのビジュアルになった柳田、年は取ったがまあ相変わらずの笹山といったレギュラー陣(田山は既に――ですが)のその後も興味深いのですが、それだけではありません。

 何しろヒロインとなる女性新聞記者の姓が、『黒鷺』のヒロイン・佐々木碧と同じ佐々木であり、ラストには――という展開で、さらにそのまた後には『黒鷺』本編に意外な繋がることが暗示(というより明示)されることになるのですから、この繋がり方にはさすがに驚かされました。
 そういえばやいちは本編でも碧のことも助けていたな――などと、スピンオフであった物語が、ここに来て本編に回帰していったという印象があります。

 そんなわけで何度か述べたとおり、シリーズのラストエピソードという印象が強いこの「昭和編」ですが、今後の大塚作品で大きな意味を持つであろう大陸に繋がっていくことが仄めかされたりとまだまだ気になるところは多くあります。

 あまり期待しすぎると痛い目に遭うことは十分に理解しつつも、やはりこの先の展開も気になってしまうところなのであります。


『黒鷺死体宅配便』(山崎峰水&大塚英志 ) 第6巻 Amazon/ 第26巻 Amazon

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2022.03.23

出口真人『前田慶次かぶき旅』第9巻 いくさ人&示現流剣客団を待つ意外な強敵!?

 訪れた先の薩摩で、島津義弘や東豪重位らと意気投合した慶次一行。しかし島津を己の天下統一の障害と考えた家康の策略で、島津は思わぬ窮地に陥ることになります。この事態を解決すべく立ち上がった慶次たちですが、その前に強敵が立ち塞がって……

 九州でのあばれ旅の末に薩摩に到着、島津義弘と対面した慶次たち。島左近と義弘の感動の再会も挟みつつ、すっかり意気投合した面々ですが、そこに家康の奸計が襲いかかることになります。

 そもそも本作の舞台となるのは関ヶ原の戦直後。家康が征夷大将軍になったという報に、義久と旧豊臣方勢が揺れるというくだりを見て、そういえばそんな時代だったか――と思い出しましたが、何はともあれ、家康が天下獲りへの野望を隠さなかった時代であります。
 そんな家康にとって目の上のこぶといえば島津。もっとも本作の島津は、義弘だけでなく慶次・宗茂・左近という西軍生き残り(というか死んだはずのも含めて)オールスター状態なのですから、警戒しない方がおかしいのですが――この巻では、ついに家康お得意の謀略が牙を剥くことになります。


 突如何者かに拉致された、太守・島津義久の主治医・許三官(許儀後)。実は許三官には、秀吉の朝鮮出兵時に、秀吉の狙いを明に密かに伝え、しかしそれが露見して殺されかけた過去があったのです。
 その時には家康が秀吉にとりなして難を逃れたのですが――今になって家康はその事実を利用し、九州の大名たちに、島津が裏切り者という印象を植え付けようとしていたのであります。

 実はこの許三官の行動は史実。もっとも、そこに島津の意図がどこまで働いていたかはわかりませんが――いずれにせよ、この点を物語に取り入れた上で、家康の謀略の材料として使ってくるというのは、実に面白い着眼点と感じます。
 もっとも、義久はバレてもあまり気にしていないというかスケールがデカすぎるのですが……(しかし義久がここで言うとおりの行動を取ったら、それはそれで慶次は怒ると思います)

 とはいえ、ここで家康の企みを放置しておくわけにはいきません。かくて東郷重位と夕月師弟をはじめとする示現流剣士団は、決死隊として徳川配下となった武田忍軍が潜むルソン船に突入することになります。
 もちろん、そんな状況を知った慶次たちが黙っているはずもありません。慶次がノリノリで先陣を切ったのに加え、最近は(というか最初から)面白キャラ扱いだったエンリケも海賊の本領を発揮、一堂大暴れ――と思いきや、今回の敵は意外な強敵だったのであります。

 基本的によほどのネームドキャラでない限り、慶次無双で一蹴される本作。しかも陰働き主体の忍びであれば、相手になるはずがない――と思いきや、この武田忍びの面々はやたらとゴツい上に戦力が高く、しかもクレバーなのであります。
 特に頭目は、慶次ら伝説のスーパーいくさびと人の力を理解した上で、それに対応した戦法を使ってくるという難敵なのです。

 もっとも、この忍びたちに相打ち覚悟の火計を仕掛けられても、「これはまさに焼け落ちる城に敵将の首を取りに行く要領じゃな!!」とか宗茂が言い出すように、いくさ人側はいくさ人側で普通に適応していて、本当にたちが悪いのですが……


 かくてこの巻のメインとなるいくさ人&示現流剣士団vs武田忍びの死闘は、先が読めない乱戦となって想像以上に盛り上がるのですが――ラストには、ある出来事が待ち受けています。
 この展開は、身も蓋もないことをいってしまえば、読者としてはすぐに予想できるものなのですが――しかしもちろん、これは慶次に大きな衝撃を与えることになります。

 それがこの先慶次の旅にいかなる影響を与えるのか、それはまだわかりません。そしてこの先、慶次がいかなる行動を取るのかもまた……


『前田慶次かぶき旅』第9巻(出口真人&原哲夫・堀江信彦 徳間書店ゼノンコミックス) Amazon

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2022.03.22

高橋留美子『MAO』第12巻 菜花のパワーアップ、そして右腕のゆくえ

 御降家の遺産を悪用する白眉一派との戦いが激化する中、血を吸う妖刀を守り刀として手にすることとなった菜花。しかしその力に慣れる間もないまま、次々と奇怪な敵は襲いかかります。苛火虫を操る蓮次の凄惨な過去、人を喰うカバンの怪――その中で菜花が知った刀の真の力とは?

 「血の流れない」殺人事件を引き起こしていた妖刀・地血丸を手に入れた摩緒と菜花。紆余曲折を経てこの妖刀の主となった菜花ですが、いかに猫鬼の血を持つとはいえ、血を吸う――いや菜花の血を放つようになった妖刀を使ってただで済むはずもなく、使うたびに消耗し、摩緒から血を分け与えられる羽目になるのでした。
 そんな中、再び襲ってきた苛火虫使いの蓮次を追い、白眉のアジトに乗り込んだ摩緒と菜花、百火。その前に現れた蓮次は、己の過去を語り始め……

 と、蓮次の過去話から始まる本書。自らの育ての親を殺して家に火を点け、その後も自分と同様に子供が貰われていった先の家に火をつけていた蓮次ですが――その過去については、正直なところ予想通りといえばそのとおりですが、やはり凄惨さという点では目を覆わんばかりのものがあります。
 このアジトの庭に作り上げられた人間の蠱毒というべき地獄めいた存在と合わせて、人間性の剥き出しになった負の部分を不意ににつきつけてくる点は、本作――というより作者ならではというべきでしょうか。

 その一方で、そんな蓮次の境遇を受け止めつつも、今は金のために暗殺を続ける彼の所業を、百火が明確に否定してみせるのには、ホッとさせられるものがあります。
 正直なところ摩緒や御降家の五人の中では最も単純明快なキャラクターという印象のある百火ですが、それだけに直感的に理非を判断できるというべきでしょうか。

 それはさておき、ここで摩緒と百火に対し、蓮次と白眉側の木の術者・芽生、さらに水の不知火の式神が加わって大乱戦、二人を助けるために菜花は再び地血丸を振るったものの、またも血を失って倒れることに……


 そしてこの菜花の苦闘は、次のエピソードにも続くことになります。町で続発する、服だけを残して人間が消える蒸発事件――その犯人が鞄から現れる大きな手であると知り、調査に向かうという夏野に、菜花が同行することになるのです。
 そして鞄の手を利用して人を攫っていた妖怪たちと対峙することになった二人ですが、菜花は夏野と分断されて大ピンチ。菜花があと一歩というところまで追い詰められたその時……

 と、菜花のパワーアップイベントで終わるかに思われたこのエピソードですが、注目すべきは夏野の存在。以前、華紋と彼女自身が語ったところによれば、平安時代に病で死にかけていた彼女は謎の存在と契約を交わし、何者かの体の一部を、長きに渡り集めている身の上にあります。
 彼女が契約を交わした相手は何者なのか、何のために体を集めているのか。そして彼女は本当に五色堂に集められた五人のうちの一人なのか? ――謎また謎の本作の中でも、もしかすると彼女は最大の謎の持ち主かもしれません。

 そしてその彼女が探す右腕が、ついにこの巻のラストで登場するのですが――しかしその見つかった場所が、そして見つけ出した者が大問題。またもや謎が謎を呼んでしまった印象がありますが、しかし本当に問題なのはさらにその先であります。
 この巻のラストシーンで描かれたものが何を意味するのか? あるいは物語のパワーバランスを覆すことになるのではないかという予感すらする、インパクト十分のヒキであります。


『MAO』第12巻(高橋留美子 小学館少年サンデーコミックス) Amazon

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2022.03.16

「コミック乱ツインズ」2022年4月号(その二)

 「コミック乱ツインズ」4月号の紹介の続きであります。

『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 前回、柳沢吉保の息のかかった徒目付・永渕啓輔の使嗾した破落戸三人を叩きのめし、敢えてその三人を突き出すことで大事にした聡四郎。それは、これだけ権力の闇に首を突っ込みながらも聡四郎が勘定吟味役を続けられるその理由、つまり謎の支援者を洗い出すためだったのですが――しかしそれが図らずも江戸城中の話題となってしまいます。

 命令も聞かないくせに騒動を起こす聡四郎におかんむりの白石は置いておくとして、同役の勘定吟味役たちは聡四郎の剣の腕を知らなかったのか!? と今更驚かされましたが、考えてみれば彼の戦いは政の裏で繰り広げられていたわけで、それも当然なのかもしれません。もっとも聡四郎の方も、徒目付としてしれっと呼び出してきた永渕のことを、これまで幾度も死闘を繰り広げたにもかかわらず、どこかで会ったような気がする――で済ましてしまうのですから、人の目というのは当てにならないものなのでしょう。
 にしても特命を受けた主人公に上から圧力がかけられる、というのは定番の展開ですが、逆にその圧力がかからないのは何故か、という角度から物語を描いてみせるのは本作ならでは。その一方で、間部家を操って聡四郎を狙おうという紀伊国屋の企みが進行しているわけですが……

 ちなみに今回、見開き2ページを横に断ち切って聡四郎と白石の会話を描いたり、ラスト3ページ連続でこの暗闘に加わる面々の顔ぶれが描かれたりと、力の入った構図の面白さも印象に残るところです。


『儘に慶喜』(日高たてお)
 漫画版『巷説百物語』などを発表してきた作者が描くのは、徳川慶喜を中心に据えた幕末史ともいうべき物語。徳川最後の将軍である慶喜は、幕府崩壊後も生き延び、約30年ほど静岡で暮らしましたが、本作はその悠々自適に暮らす慶喜の姿から始まり、そこに至るまでの幕末の流れが語られることになります。

 山岡鉄舟の西郷隆盛会談から江戸無血開城、旧幕臣の駿府移住まで――鉄舟、勝海舟、大久保一翁、清水次郎長、渋沢栄一など慶喜と直接関わりのあった人物だけでなく、果ては石松まで飛び出す意外史という趣きで描かれる本作。しかし驚かされるのは、その中で慶喜がほとんど何もしないことでしょうか。
 考え、動くのは鉄舟や海舟など周囲の人物、慶喜はデンと構えている――といえば聞こえはいいですが、見ようによっては周囲に任せっきりという状況。確かにそれでは近藤勇も恨み言の一つもいいたくもなるでしょう。

 その一方で印象に残るのは、静岡に暮らす慶喜が、折りに触れて富士に向ける視線であります。徳川幕府の中心であったであった男が今なお日本の中心であり続ける山に向ける視線――そこには、不動の中心であることの意味と重みを知る者ならではの、そしてだからこそ自分自身を韜晦しなければならなかった者の想いが感じられるのです。

 ちなみに、リアルなタッチと漫画的なデフォルメが共存するのが作者の絵柄の印象的なところですが、それはもちろん本作でも健在。最初のコマで自転車を漕ぐ慶喜の顔を見ただけで、作者の作品とわかるのが、何とも楽しいところであります。


『ビジャの女王』(森秀樹)
 宰相ジファルの暗躍によって蒙古軍に捕らえられたものの、相棒の墨蝗の助けで脱出に転じ、ビジャにまでたどり着いたブブ。しかし蒙古軍の追撃はなおも続き、蒙古兵がビジャに入り込む事態に……
 という緊迫した状況の中で展開されるのは、上半身裸で目元だけ出た仮面姿の巨漢という、インパクト絶大な謎の敵とブブの激突。フロントスープレックスやバックドロップも飛び出す超巨漢同士の激突はブブの勝利に終わり、侵入した蒙古兵もビジャ兵が撃退に向かったことで、まずは一安心です(が、実は普通に生きていた仮面の男の正体が気になります)。

 そしてビジャが一つの危機を乗り切った一方で、後半は急展開。バグダードがラジンの父フレグの手に寄って陥落、凄絶な大虐殺が行われた中で、オッド姫の運命にもかかわる事態に繋がっていくことになります。その一方、蒙古側にも思わぬ新キャラが登場、ビジャと蒙古、対峙する双方の先行きが見通せない状態に――というところで、続きます。


 もう一回続きます。


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