2022.06.21

高橋留美子『MAO』第13巻 彼女の死の謎 彼女の復讐の理由

 御降家の後継者を巡る九百年前からの暗闘と、大正時代に御降家を復興しようとする白眉たちとの戦いと――先の見えない二つの戦いが続く『MAO』。この巻ではその始まりの一端というべき、紗那の死を巡る真実が描かれます。そして表紙を飾る白眉の配下・芽生の過去も……

 御降家の呪い(とは別の理由で?)平安時代から生き続ける夏野が、何者かの命で集める体のパーツ。その最後の一つである右腕を、何と猫鬼が現代で、あの菜花の運命を変えた事故現場で発見、御降家の五色堂の地下に眠っていた謎の男のもとに持っていく――という、不可解かつ衝撃的な場面で終わった前巻。
 ここで体の全てが揃い復活した謎の男は、しかし精神は復活していないのか、人事不省のまま歩み去り、一旦物語から姿を消すことになります。

 それに変わって描かれるのは、摩緒たちの師匠――御降家の当主の娘・紗那の死の真実。これまで摩緒に濡れ衣が着せられていたその前後の事情が、ようやくここで整理されることとなります。
 そのきっかけとなったのは、紗那を殺したのが誰か知りたくないかという百火への夏野の言葉。彼女に託された火の呪具・睨み火で陸軍兵舎を狙い(これはこれでいい度胸)、白眉をおびき出さんとする百火の策は当たり、夏野・百火・摩緒・菜花の前に白眉が現れます。

 そもそも、摩緒が紗那を殺したと言い出したのは白眉。しかし実際には摩緒は殺していないわけで、だとすれば白眉が嘘をついていることは間違いありません。そして夏野は、邪気が紗那を殺したと語るのですが、邪気を操るといえば……
 そう、幽羅子であります。かつて幽閉されていた屋敷を抜け出した時に摩緒と出会い、それ以来彼を慕っていた幽羅子。だとすれば、彼女が嫉妬心から摩緒と結ばれる紗那を殺しても不思議ではありません。そして白眉もそれを認めるのですが……

 しかし本当にそれが真実なのか、わからないのが本作の恐ろしいところ。現在のところ確かなのは、白眉が幽羅子に――ありのままの彼女に惹かれているということだけのように思われます。それも、怒らせて平手打ち食らってニヤニヤするような、ちょっとまずい感じの形で……

 そしてさらに百火の口から語られるのは、実はその晩に宝物殿を焼いたのは、紗那の頼みで動いた百火であったこと、そしてそこで殺されていた師匠の手の中から、青い光の玉が飛び去ったという事実。
 はたして師匠は誰が殺したのか、そして青い光の玉とは――一つ謎が解けたと思えば二つ謎が増える。まだまだ本作の闇は深そうです。


 さて、この巻の後半では、芽生を巡る物語が描かれることになります。不知火の館の延命の庭を守る芽生は、一見常に笑みを絶やさない物柔らかな美少女ですが――しかし庭の中に掘られた穴に人間たちを落として争わせ、その怨念を集めるという人間の蠱毒というおぞましい呪法を行っているのですから、常人であるはずもありません。

 それではそんな彼女が呪術に手を染めた理由は――不自然な旱魃が起きた村に現れて雨乞いをするという少年・流石の登場がきっかけで、彼女の過去が語られることになります。
 その村に乗っ取り屋(いわゆる地上げ屋)が現れたと知った芽生と蓮次、そして呪術の存在を感じ取った摩緒と菜花――それぞれ村に向かった両者を待っていたのは、かつて芽生を襲った悲劇の張本人であり、そして芽生が人間の蠱毒を行う理由だったのです。

 ここで語られる過去を見れば、彼女の行為には一定の正当性があるといえるでしょう。しかしそれは、蓮次が復讐から始まり金目当ての暗殺者と化したように、当初の目的を超えて際限なく暴走し、人として引き返せないところまで行きかねないものであります。
 それを助けるのが、いや導くのが御降家の呪具、呪術だとすれば――やはり御降家は存在してはならないもの、終わらせなければいけないものなのでしょう。そしてそれは、前半で語られた紗那の行動の理由と重なるものでもあるのです。


 さて、この巻のラストでは、廃屋の祟りを祓うことになった摩緒たちですが、その源である古井戸から現れたのは――はたしてこの存在が物語の本筋と絡むのか否か、相変わらず物語の先は読めません。


『MAO』第13巻(高橋留美子 小学館少年サンデーコミックス) Amazon

関連記事
高橋留美子『MAO』第1-2巻 少女が追う現代と大正と結ぶ怪異
高橋留美子『MAO』第3巻 解けゆく菜花の謎と、深まる摩緒の謎
高橋留美子『MAO』第4巻 現代-大正-平安 1000年を結ぶ謎と呪い
高橋留美子『MAO』第5巻 謎が謎呼ぶ三人目と四人目の兄弟子?
高橋留美子『MAO』第6巻 深まりゆくなぞ そして五人目……?
高橋留美子『MAO』第7巻 最後の弟子 そして運命を狂わされた者たちの戦い
高橋留美子『MAO』第8巻 激突する獣たち 菜花大奮闘!
高橋留美子『MAO』第9巻 夏野の過去、幽羅子の過去、菜花のいま
高橋留美子『MAO』第10巻 幽羅子の罠、白眉の目的
高橋留美子『MAO』第11巻 菜花の新たなる力? なおも続く白眉一派との戦い
高橋留美子『MAO』第12巻 菜花のパワーアップ、そして右腕のゆくえ

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

|

2022.06.20

仁木英之『モノノ怪 執』(その三) 作品世界への新たな風となったスピンオフ

 アニメ『モノノ怪』のスピオンオフ小説『モノノ怪 執』の紹介のラストです。今回は「饕餮」「ぬっぺらほふ」の二話をご紹介いたします。

「饕餮」
 九州・月ヶ瀬藩の三老と呼ばれる家柄ながら、かつての島津家との戦いで両親をはじめとする多くの親族を喪い、落魄した山中家の若き当主・甚次郎。同年代の若衆の中でも浮いた存在である彼は、父祖が命を落とした古戦場に、饕餮と呼ばれる怪異が出没すると聞かされ、逆に興味を覚えます。
 国替えとなる先についていくことを認められず、憑かれたように父祖たちの活躍の痕跡を古戦場で求める甚次郎。彼は饕餮によって父祖の最後の戦いを見せられるのですが……

 これもある意味歴史・時代小説の一典型というべき、地方の小藩もの(?)といった趣きのある本作(舞台となるのが九州の月ヶ瀬藩なのは、このサブジャンルの名作である葉室麟『銀漢の賦』のオマージュでしょうか)。
 このサブジャンルの定番として描かれるように、地方に暮らす若者の鬱勃たる想いが中心となる本作ですが、それがモノノ怪に憑かれ、過去の記憶に惑溺する主人公の姿として描かれるのは、本作ならではでしょう。

 何が真であるのか、二転三転した末に甚次郎が掴んだ想いと、それの果てのモノノ怪との戦いの有様が不思議な感動を呼びます。


「ぬっぺらほふ」
 かつて母と姉が行方不明となり、今は父・忠義の叱咤激励の下、大奥に入るために日夜文武に励む楓。刻苦の末、若年寄・堀田掃部に気に入られ、書院番組に抜擢された忠義は、楓の大奥入りへの口利きの条件として、掃部からある怪異退治を命じられるのでした。
 本郷の加賀藩邸近くに現れるというぬっぺらほふ――見目よい男女が通ると置いてけと袖を引く、目鼻も口もない妖――をおびき寄せるため、父に協力する楓ですが……

 ラストを飾る本作に登場するのはぬっぺらほふ――作中でも言及されるようにのっぺらぼうの異称であり、同時に目鼻もない肉の塊であるぬっぺふほふを連想させる名のモノノ怪であります。(のっぺらぼうといえば――それは後で触れます)

 あまりに酸鼻な過去の一幕から一転、どこかコミカルさすら感じさせる姿で大奥入りを目指す楓を中心に展開していく本作ですが、そんな彼女の心の隙間とモノノ怪が出会った時に何が起こるか……
 胸が悪くなるような過去の事件の真相(これはこれで「らしい」という気もします)と、ある意味ストレートなモノノ怪の真と理を描きつつ、そこから楓との関係性で一捻り加える展開にも唸らされます。

 ちなみに「のっぺらぼう」といえば、アニメ『モノノ怪』のエピソードの一つ。「家」に押しつぶされ、自分というものを喪った女性を描いた物語でしたが、さてそれとよく似たタイトルの本作は――その結末には大いにギョッとさせられると同時に、なるほどと納得させられるのです。


 以上全六話――『モノノ怪』という作品の新たなエピソードとして違和感ない内容であると同時に、歴史・時代小説の文法で『モノノ怪』という作品を捉え直す試みとして、大いに楽しませていただきました。(ただ数カ所、用語の使い方の点でちょっと不思議な部分があるのですが、これは意図的なものなのでしょう、やはり)
 第一話で触れたように、薬売りを狂言回しとして展開したアニメ『モノノ怪』とは異なり、各話の主人公を中心に、その視点から展開する内容も、スピンオフとしてみれば、納得がいくものであります。

 また、これは以前作者の『くるすの残光 最後の審判』の文庫解説を書いた時に感じたことですが、作者の作品には、超越者の力による救済を以て事足れりとしないという印象があります。
 その点は、『モノノ怪』という作品の構造と――最終的には薬売りの退魔の剣によるものの、単なる力押しではモノノ怪は倒せず、人の心に関わるモノノ怪の真と理を解き明かす必要があることと、想像以上に相性が良かったと感じます。
(というのは牽強付会に過ぎるかもしれませんが……)

 願わくば、『モノノ怪』という作品世界に新たな風を吹き込んだこのスピンオフの続編も、ぜひ読みたいと思います。モノノ怪が人の世にある限り、薬売りはいつでも、どこにでも現れるのですから……


『モノノ怪 執』(仁木英之 角川文庫) Amazon

関連記事
今週のモノノ怪

「怪~ayakashi~ 化猫」序の幕 ポップでカラフルな凄玉
「怪~ayakashi~ 化猫」二の幕 やっぱり深夜アニメ…
「怪~ayakashi~ 化猫」大詰め もしかして神作品?

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

|

2022.06.19

仁木英之『モノノ怪 執』(その二) 薬売り、史実と邂逅す!?

 仁木英之による『モノノ怪』のスピンオフ小説の紹介の第二回であります。今回は「亀姫」「玉藻前」「文車妖妃」の三話をご紹介いたします。

「亀姫」
 少年の頃から従ってきた主君・加藤嘉明を喪い、その子・明成に仕える堀主水。しかし明成は父と違い、都普請と同時に会津若松城の修築を大々的に進めるように厳命を下し、老臣たちと距離感が生まれることとなります。
 そんな中、藩家老で猪苗代城城主・堀辺主膳の子・石右衛門は、恋人で筆頭家老の娘・善を猪苗代城に棲む怪異・亀姫に仕立て上げ、明成を操ろうと企むのでした。

 その事実を知った主水は、覚悟を決めて会津若松城に乗り込むのですが……

 薬売り、史実と邂逅! と言いたくなってしまう本作。冒頭からしてしれっと薬売りが病の加藤嘉明の枕頭に侍っているのに驚かされますが、何よりも本作の中心となるのは、何と堀主水――歴史・時代小説ファンであればお馴染み、いわゆる会津騒動の中心人物として後世に名を残す実在の人物なのです。

 つまり本作はこの会津騒動の秘史、前日譚というべき物語――アニメ『モノノ怪』が歴史的事実と一定の距離を持った作品であったことは前回述べましたが、本作は第一話の方向性をさらに推し進め、史実の中に立つ薬売りの姿を描いたといえます。もちろんこれも、スピンオフならではの趣向ですが……
 物語の方は、ややクライマックスが慌ただしくなってしまった感はあるものの、美しいモノノ怪の形が印象に残る一編であります。
(ちなみに『怪 ayakashi』の「天守物語」では亀姫の姉が登場しているのもある意味因縁でしょうか)


「玉藻前」
 深川の数町離れた裏店長屋に住む仲の良い友達同士の小春と花。小春の父で浪人の藤川高春は、つくり花師のまとめ役、花の母・桂は、つくり花師――仕事と称し、度々桂のもとを訪れる高春に疑いの目を向ける母に命じられて、仕事の様子を見に行こうとする小春に対し、花はそれを止めようとするのでした。
 そんなある日、不気味な影に追われた小春の前に現れた薬売りは、彼女に二つの賽を渡して……

 妖の中でも大物中の大物である玉藻前=九尾の狐。ネームヴァリューの点では最大のこの存在と薬売りが対決する本作は、しかし意外にもその舞台を下町――人情時代劇の定番中の定番である深川に設定しています。
 しかしそこで展開されるのは、妻子ある浪人と道ならぬ関係となった寡婦、親友同志である二人それぞれの娘といった、人情ものというには少々湿っぽすぎる人間関係なのです。

 はたしてそこにいかにして九尾の狐が絡むのか――と思いきや、物語は終盤で大転回。ここで正体を現す九尾の狐の正体は、まさに本作ならではのものといえるでしょう。
 ここにキーアイテムとして登場してきた賽が絡んで展開する世界は、まさに『モノノ怪』ならではのカラフルで不条理な世界であり――そしてその中を切り開いていく少女たちの想いが印象に残ります。ぜひビジュアルで見てみたい物語であります。


「文車妖妃」
 幼い頃、祖父に連れられて講釈を聞いて以来、物語に取り憑かれた為永春水。以来、講釈師と作家の世界に飛び込んだ春水ですが、なかなか芸は上達せず、苛立ちは募るばかり。彼の近くには、書き損じを食らう小さな妖・文車妖妃が出没するようになります。
 そんなある日、かつての修行仲間であるお文から、柳亭種彦への恋文を託された春水。彼は恋文を渡さずに自分が返事を代筆するようになりますが、そのうちに種彦への恋慕に狂ったお文は……

 再び実在の人物と薬売りが邂逅することとなる本作は、一種の芸道ものもいえそうな作品。後に『春色梅児誉美』で人情本の第一人者と呼ばれることとなる為永春水の若き日を描いた物語であります。
 あらすじだけ見るとほとんど春水の伝記のようですが、己の才のなさにもがく彼のある意味分身というべき文車妖妃は、才も無いのに書くことに取りつかれた人間の執着を喰らいにくるという、何とも胸に刺さる妖です。

 しかし妖としては無害な文車妖妃が、いかにしてモノノ怪となるのか――その理は、まさに人の情とそれに憑かれた者の姿を浮き彫りにしたものであり、『モノノ怪』という作品世界を用いた芸道小説に相応しいものであると感じます。
 結末で語られる薬売りの、二重の意味で意外な言葉も必見です。


 次回でラストです。


『モノノ怪 執』(仁木英之 角川文庫) Amazon

関連記事
今週のモノノ怪

「怪~ayakashi~ 化猫」序の幕 ポップでカラフルな凄玉
「怪~ayakashi~ 化猫」二の幕 やっぱり深夜アニメ…
「怪~ayakashi~ 化猫」大詰め もしかして神作品?

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

|

2022.06.18

仁木英之『モノノ怪 執』(その一) 時代小説の文法で描かれた『モノノ怪』

 十五周年ということで、にわかに慌ただしくなってきたアニメ『モノノ怪』周辺。その先陣を切る形となったのが、このスピンオフ小説『モノノ怪 執』であります。全六話が収録された本作を担当したのは、なんと歴史・時代小説でも活躍する仁木英之。はたして小説で描かれる『モノノ怪』の世界とは……

 2006年、オムニバス『怪 ayakashi』の一編「化猫」で初登場した薬売り。奇抜な化粧と衣装で身を飾ったこの美青年、モノノ怪の気配があるところに、場所・時代を問わずどこからともなく現れては、その形・真・理を見顕して退魔の剣でモノノ怪を斬る、奇妙なゴーストハンターであります。
 この薬売りのキャラクター、和紙のテクスチャを用いた美術、そして怪異の陰の人の心の綾を巧みに織り込んで二転三転するミステリアスな物語が受けて、2007年には『モノノ怪』として五つのエピソードが放送されることとなりました。

 以降、ファンの間では続編を求める声が根強くあったのですが――十五年間沈黙を守った末(その間、蜷川ヤエコによるアニメに忠実な漫画版がありましたが)、今年動きを見せ始めたのは冒頭に触れたとおりであります。
 そして本作は仁木英之による小説ですが、なるほど『僕僕先生』をはじめとする壮大なファンタジー、『くるすの残光』などの伝奇時代小説、人情ファンタジー『黄泉坂案内人』、さらには文アルのノベライズ等を手がけた作者は、うってつけかもしれません。

 私も『モノノ怪』ファン、仁木英之ファンとして大いに本作を楽しみにしていたのですが、その期待は裏切られることはありませんでした。以下、全六話を一つずつ紹介していきましょう。


「鎌鼬」
 新年、管狐の加護を得たという奥三河の村の庄屋のもとを訪れた三河万歳の門付け芸人・徳右衛門。同じく訪れていた熊野神人、傀儡師、角兵衛獅子、そして薬売りとともに宴席に招かれた徳右衛門ですが、自分たちが客間から出られなくなっていることに気付くのでした。
 そこに現れて昨年家宝の管が盗まれたと語ると、最も優れた芸を見せたものが座敷を出て富を得ることができると告げる屋敷の主。かくて、芸人たちの芸比べが始まることに……

 「御久」の文字が見えるような気がするこの第一話。中心となるのが閉鎖空間に閉じ込められた人間たちのエゴのぶつかり合いという、ある意味『モノノ怪』らしい展開が描かれることになりますが――そのぶつかり合いが異能の芸人たちの技比べの形で描かれるというのは、映像で見てみたいと感じます。

 しかし興味深いのは、舞台背景や徳右衛門たち芸人の技の内容や由来を、本作が丹念に史実・現実を踏まえて描いていることでしょうか。アニメの『モノノ怪』は、特に無国籍的とすらいえるようなその美術や設定において、意図的に時代考証との距離感を醸し出していた一方で、本作は、時代小説の文法で『モノノ怪』を書いたという印象があります。
(もっとも、続くエピソードを読んでみれば実は本作が一番アニメに近いという印象なのですが……)

 その意味では確かにスピンオフを感じさせる本作ですが、もう一つ、本作においては完全に徳右衛門視点で物語が進行し、薬売りは完全に傍観者であり、アニメで時折見られた人間味も極力抑え気味という印象があるのも、面白いところです。
 あの決め台詞が登場しないのには最初驚かされましたが、これもまた、スピンオフゆえというべきでしょう。もっとも、芸人たちの中にちゃっかりと混じっていたり、意外に(?)芸達者なところを見せたりと、やっぱり薬売りは薬売りだと思わされるのですが……

 結末とそこに至る過程に、どこかスッキリとしない、考える余地を残す内容といい、実に『モノノ怪』らしい第一話だったというべきでしょうか。


 第二話以降は次回・次々回に紹介いたします。


『モノノ怪 執』(仁木英之 角川文庫) Amazon

関連記事
今週のモノノ怪

「怪~ayakashi~ 化猫」序の幕 ポップでカラフルな凄玉
「怪~ayakashi~ 化猫」二の幕 やっぱり深夜アニメ…
「怪~ayakashi~ 化猫」大詰め もしかして神作品?

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

|

2022.06.02

柳広司『ゴーストタウン 冥界のホームズ』 ホームズとワトスン、死後の「冒険」と「帰還」!?

 シャーロック・ホームズのパスティーシュは無数にありますが、本作はその中でも相当異彩を放つ作品でしょう。なんとライヘンバッハの滝で本当に死んでいたホームズが、ワトスンとともに冥界のロンドンで死者の謎を解くというのですから! さらにあの男も現れ、はたして物語はどこに向かうのか……

 ホームズが宿敵モリアーティ教授とライヘンバッハの滝に姿を消した後のある日、目覚めたワトスンは、自分がベーカー街221Bにいると知ったばかりか、死んだはずのホームズと対面することになります。
 しかしそのホームズはなんと骸骨姿、そればかりか自分自身も犬の姿に変わっていることに気付くワトスン。ホームズによればここは死者の街、冥界のロンドン――ここでは死者たちが、生前自分をどう見ていたか、周囲からどう思われていたかによって、姿が変わるというのです。

 肉体は、頭脳と捜査に使う手足さえあればいいとばかりに、骸骨になったことをむしろ喜び、この死者の街でも探偵を続けているというホームズ。はたして彼のもとには、豚女や首なし紳士、火焔人間など、異形の死者たちがひっきりなしに訪れ、生前抱えていた謎の解明を依頼してくるのでした。

 この街でホームズが出会ったという「バリツ」の達人・カトー(姿は猫)とともに、ホームズの助手を務めることとなったワトスンですが、しかし彼もまた、何故自分が死んだのかという大きな謎を抱えている状態。
 さらに、これまでホームズが謎を解決した依頼者たちに奇怪な異変が起きていることを知ったホームズとワトスンですが――その前に現れたのは、不気味な姿に変じた、あのモリアーティ教授だったのであります

 恐るべき力を振るうモリアーティから辛うじて逃れ、大英博物館に逃げ込んだ二人。しかしそこで、この街にいるはずのない人物に出会うことに……


 これまで、ホームズパスティーシュとしては『吾輩はシャーロック・ホームズである』を、さらに名作そのものの謎を(一種メタフィクション的に)解く物語としては『贋作『坊っちゃん』殺人事件』、『虎と月』といった作品を発表している作者。本作は実に、その両方の系譜を継ぐ作品にあるということができるでしょう。

 そう、本作はあくまでもパロディではなく、あくまでも聖典の隙間を埋める語られざる事件であり、そして同時に、「最後の事件」から「空き家の冒険」までの新たな解釈として――さらにはもう一つ、聖典の『○○○○○』に隠された驚くべき秘密までも解き明かす物語なのであります。

 それにしても、冥界の死者の街という舞台で、聖典と連結してみせる――それも「ホームズ亡き後」という後日譚で終わらず(死後のホームズを描く作品は本作が初ではなかったかと思います)、そこからホームズを復活させてみせるというのは、まさしく豪腕としか言いようがありません。

 それだけでなく、モリアーティの著作として知られる『小惑星の力学』の恐るべき内容や彼の犯罪組織の正体、そして何よりもあの人物の驚くべき謎まで――聖典のそこを拾うか、というレベルまで踏み込んで描くスタイルは、まさしく伝奇ものというべきでしょう。
 聖典というもう一つの「現実」を、イマジネーションによって新たに解釈してみせた物語として……


 元々がアニメ企画だったという性質ゆえか、ミステリとしては少々もの足りない部分は正直なところ否めない内容ではあります(むしろ機転や推理で窮地を切り抜けるイメージ)。また、もう一人の助手であるカトー――ご丁寧に目の周りに仮面のような模様がある猫――が有能すぎるのも、気になるところではあります。

 しかし、作中の出来事と、ある史実の関係性を巧みに用いた上で、物語の力を、そして物語の不滅性をこの上ないほど讃えることでもたらされる大団円は、個人的には極めて好ましいものに感じられます。
(まさに「理性」を上回る「愛」の存在を描いたものとしても……)

 ミステリという性質上、そしてそのあまりに伝奇ものとして限界突破した内容上、詳しい内容に触れるのは難しいのですが、一見、外連の極地のようでいて、ホームズファンであればあるほど楽しめる――そして感動させられる作品であることは間違いありません。


『ゴーストタウン 冥界のホームズ』(柳広司&竹清仁 角川文庫) Amazon

関連記事
柳広司『吾輩はシャーロック・ホームズである』 ホームズになった男が見た世界
柳広司『贋作『坊ちゃん』殺人事件』 坊ちゃん、赤シャツの死の謎に挑む!?
「虎と月」 少年が見た父と名作の真実

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

|

2022.05.28

音中さわき『明治浪漫綺話』第5巻 恋する乙女の最大の敵と最大の理解者?

 異国のヴァンパイアと彼に恋した女学生の波乱万丈の運命を描く本作も、クライマックス目前――鹿鳴館の舞踏会から一転、ヴァンパイアを憎む者の手によって深手を負ったルイスと、その陰で糸引く者によって洋上に拉致された十和。彼女を救うために駆けつけたルイスと東ですが……

 女学院の麗子、女高師のちよたちと鹿鳴館の舞踏会に臨むこととなった十和。色々あったものの舞踏会は無事に終わるかと思われましたが、そこに国粋主義者の爆弾テロが発生、その混乱の中でルイスは銀の弾丸で胸を撃たれてしまうのでした。
 一命を取り留めたものの人事不省の状況のルイス。そんな中で十和はフランスの(元)ヴァンパイア・ハンターであり、スパイでもあったモーリスによって洋上に拉致されてしまい……

 というわけで、十和の家を傾かせた元凶も現れ、いよいよクライマックスといった展開ですが、復活したルイスと彼に従う東は、はっきり言って作中では最強キャラ。そんな二人が本気になって十和を救いに来たのですから、敵う相手がいるはずもありません。
 かくてこの巻の冒頭で十和は救出されるのですが――真の敵は別にいたのです。

 それは世間の目。世間では、十和がモーリスに拉致されていた期間(ルイスが人事不省になっていたこともあり)、彼女はルイスと駆け落ちしていたこととされてしまっていたのであります。
 華族のお嬢様と政府のお雇い外国人のスキャンダルというのは、世の口さがない人々にとっては格好の騒ぎの種。もちろん伊藤総理大臣がバックにいるルイスだけに、やがて政府から否定の発表が出たものの、ルイスは責任を取って教壇を降りることになるのでした。

 そして十和の記憶を消すために、彼女の首を噛もうとするルイスですが――そこに折悪しく現れたのは、十和の婚約者である国門青年!


 そんなわけで、命の危機が迫った以上に十和を苦しめるのが世間の目であるというのが、ある意味実に本作らしい展開ですが、この巻の後半は、この状況下で、自分の想いに戸惑う十和、そしてルイスの姿が描かれることになります。

 これまで長きに渡る生を送ってきたルイスにとっては、このような状況はある程度経験済みといえるでしょう。しかし思春期の十和にとっては、異国のヴァンパイアであり学校の教師である(そして一時期家に寄宿していた)という色々と要素が多いルイスへの想いは、あまりに大きく重いものであります。

 もちろん麗子もちよも、十和の良き理解者として彼女を支え、応援してくれるのですが、いまや十和には家の決めた相手とはいえ婚約者がいるのです。
 しかもこの婚約者の国門青年、名門の出のイケメンで、常に紳士的に十和に接し、悩み多き彼女を何くれとなく支える好青年(十和に嫉妬する元婚約者が家の門に呪いの御札を貼っていくほど)。そしてルイスのことにも非常に理解があり――?

 と、彼女の最大の理解者であるといっても、ここまで来るとさすがに気味が悪くなってくる国門の好青年ぶり。ルイスに嫉妬心を抱かないというのは人間が出来ているから、と理解できても、むしろ十和とルイスを会わせるために積極的に行動するとまで来ては、ちょっとおかしいぞ、と疑いたくなります。

 そしてこの巻のラストで明かされる国門の真実とは……
 なるほど、確かにそれはあり得ることですし、それ自体をどうこう言う気は全くありませんが、だからといって十和がそれに乗ったりしたらかなり最低だぞ、というものであります。
(しかしここでむしろ十和に謝る国門青年、真剣に好青年過ぎます)

 とはいえ、八方丸く収まるには国門の存在は渡りに舟であるわけで――いやはやどうやら次巻が最終巻のようですが、はたしてどのように物語の結末を迎えるのか。
 正直なところ、吸血鬼ものとしてはこれ以上物語の山は描きにくいような気もしますが、ロマンスとしては、はたして――最後まで物語を見届けたいと思います。


『明治浪漫綺話』第5巻(音中さわき KADOKAWAあすかコミックスDX) Amazon

関連記事
音中さわき『明治浪漫綺話』第1巻 要素山盛りの明治吸血鬼伝?
音中さわき『明治浪漫綺話』第2巻 吸血鬼の王、その誕生のメカニズム
音中さわき『明治浪漫綺話』第3巻・第4巻 交錯する二つの物語 そしてヴァンパイアの王の力

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

|

2022.05.15

平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第18章の3「聖の思惑」 第18章の4「宿坊の夜」

 北から来た盲目の美少女修法師・百夜の活躍を描く『百夜・百鬼夜行帖』第十八章は、数奇な運命の下に神になろうとしている少女・むつを、百夜たちが津軽に送るまでの旅が描かれることになります。この第百四話・第百五話では、出羽と早池峰で奇妙な物語が展開します。

「聖の思惑」
 旅の途中、突然出羽国に行きたいと言い出したむつ。出羽三山は女人禁制であるものの、何やら気になることがあるというのですが――しかしその晩、出羽に向かう前に、むつと百夜の周囲に奇怪な現象が起きることになります。
 気がつけばいつの間にか修験者の服装となっており、刺激臭のある煙や、強烈な飢えと乾きに襲われる二人。さらに光る樹を伐り倒させられたり、天狗や餓鬼、巨大な骸骨と対峙することとなったりと、次々に理不尽な状況に放り込まれることに……

 百夜やむつ、二人の師の峻岳坊高星にもわからない、相手の正体とその目的とは?

 と、突然何処ともわからぬ異界に放り込まれた百夜とむつが、次々と正体不明の試練に直面することになる本作。現実世界の方でも二人が消えてしまい、残された高星たちは懸命に捜索に当たることになります。
 考えてみれば、百夜だけでなくその師である高星、そして半ば神になりつつあるむつと、今回の旅の顔ぶれは、超自然的な相手に対してはほとんど最強メンバー。それだけにこの三人であっても対処不能――というか、ただ受け容れるしかない相手の登場には驚かされます。

 しかしこの不可解な現象の意味と、それを起こした者の正体は、わかってみれば、なるほどと思わされるもの。現世の人間には理解し難いものの、異界の側から見れば一定の理があるという、いわば超自然的な合理性というべきものは、本シリーズではしばしば描かれてきましたが、本作にもそれがあります。

 終わってみればどこか民話的な味わいすらある本作ですが、普段はくそじじい的な顔を見せている高星がふと見せる、師としての顔も印象的なエピソードです。


「宿坊の夜」
 むつの希望で早池峰山詣でに向かった百夜一行が、麓の町で泊まることとなった、主のいない宿坊。ただならぬ気配を感じさせる、その宿坊に足を踏み入れた一行を迎えたのは、故郷に帰る旅の娘・しめ、行商人の為造、若い旅の僧の法稔の三人でした。

 そして百夜たちが修法師と知るや、恐ろしい体験を語り始めたしめ。この宿坊は空き家のはずなのに天井から子供の足音が響き、法稔の開けてくれという声に板戸を開けてみても、そこには誰もいなかったというのです。
 そして足音など不審な音は為造の耳にも聞こえ、怯える二人は法稔に妖怪ではと訴えるのですが――彼は狐狸妖怪の類は迷信にすぎないと断じ、経文を唱えることも拒否するのでした。

 そんなところにやってきたという百夜一行が。やがて夜も更けていく中、板戸が激しく叩かれ、法稔をはじめ、ここに集った人々の名を呼ぶ声が……

 雪の山荘ものと幽霊屋敷もののハイブリッドという印象の本作ですが、真相自体は百夜とむつがいる以上すぐに明らかになるものの、その真相に照らし合わせてみると、怪異の意味に納得させられるのは、なかなか恐ろしいものがあります。

 そしてそこから正体を現した怪異の描写もかなりグロテスクなのですが――しかし真に恐ろしいのは、この世の(そしてそれだけでなくあの世の)則に背を向け、他者の手を拒絶した者の末路でしょう。
 正直なところ、百夜たちは厳しすぎるのでは、という印象もあるのですが、逆に彼女たちですら救いようがないとすれば――これほど恐ろしいものはありません。


 しかし本筋には全く関係ないのですが、今回商売の関係で別行動だった左吉が、いなくてもほとんど全く支障がなかったのは……
(驚き役には久保田五郎右衛門がいるので)


『百夜・百鬼夜行帖』(平谷美樹 小学館) 「聖の思惑」 Amazon/ 「宿坊の夜」 Amazon

関連記事
 「冬の蝶 修法師百夜まじない帖」 北からの女修法師、付喪神に挑む
 「慚愧の赤鬼 修法師百夜まじない帖」 付喪神が描く異形の人情譚
 『鯉と富士 修法師百夜まじない帖』 怪異の向こうの「誰」と「何故」
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第4章の1『狐火鬼火』、第4章の2『片角の青鬼』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第4章の3『わたつみの』、第4章の4『内侍所』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第4章の5『白狐』、第4章の6『猿田毘古』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第5章の1『三姉妹』 第5章の2『肉づきの面』 第5章の3『六道の辻』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第5章の4『蛇精』 第5章の5『聖塚と三童子』 第5章の6『侘助の男』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第6章の1『願いの手』 第6章の2『ちゃんちゃんこを着た猫』 第6章の3『潮の魔縁』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第6章の4『四神の嘆き』 第6章の5『四十二人の侠客』 第6章の6『神無月』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第7章の1『花桐』 第7章の2『玉菊灯籠の頃』 第7章の3『雁ヶ音長屋』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第7章の4『青輪の龍』 第7章の5『於能碁呂の舞』 第7章の6『紅い牙』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第8章の1『笑い榎』 第8章の2『俄雨』 第8章の3『引きずり幽霊』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第8章の4『大川のみづち』 第8章の5『杲琵墅』 第8章の6『芝居正月』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第9章の1『千駄木の辻刺し』 第9章の2『鋼の呪縛』 第9章の3『重陽の童』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第9章の4『天気雨』 第9章の5『小豆洗い』 第9章の6『竜宮の使い』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第10章の1『光り物』 第10章の2『大筆小筆』 第10章の3『波』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第10章の4『瓢箪お化け』 第10章の5『駒ヶ岳の山賊』 第10章の6『首無し鬼』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第11章の1『紅い花弁』 第11章の2『桜色の勾玉』 第11章の3『駆ける童』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第11章の4『桑畑の翁』 第11章の5『異形の群(上)』 第11章の6『異形の群(下)』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第12章の1『犬張子の夜』 第12章の2『梅一番』 第12章の3『還ってきた男(上)』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第12章の4『還ってきた男(下)』 第12章の5『高野丸(上)』 第12章の6『高野丸(下)』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第13章の1『百夜の霍乱』 第13章の2『溶けた黄金』 第13章の3『祈りの滝』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第13章の4『四十七羽の鴉』 第13章の5『錆』 第13章の6『あきらめ聖』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第14章の1『あぐろおう』 第14章の2『妖刀』 第14章の3『幽霊屋敷』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第14章の4『強請(上)』 第14章の5『強請(中)』 第14章の6『強請(下)』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第15章の1『白い影(上)』 第15章の2『白い影(中)』 第15章の3『白い影(下)』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第15章の4『水琴』 第15章の5『千鬼夜行』 第15章の6『三つ巴の戦い』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第16章の1『のざらし』 第16章の2『坊主に断られた回向』 第16章の3『百万遍』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第16章の4『鐵次』 第16章の5『白木村のなみ』 第16章の6『首くくり村』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 通算第100話記念特別長編『邪教の呪法』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第18章の1「渡裸の渡し」 第18章の2「九つの目の老人」

 ファー「冬の蝶」/中村茉莉子「花桐」 バラエティに富んだ漫画版『百夜・百鬼夜行帖』

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

|

2022.05.10

田中文雄『魔境のツタンカーメン 死人起こし』 少年王と地底都市に彷徨う女王の亡霊

 紀元前14世紀のエジプトを舞台に、凄腕の墓荒らしを主人公に描かれれる冒険活劇の第二弾であります。「死人起こし」の異名も今は昔、墓荒らしを引退したパキが、あのツタンカーメン王とともに、古代の女王の亡霊が彷徨う地底都市を舞台に再び冒険を繰り広げることになります。

 スメンクカラー王の死に端を発し、クレタ島でのミノタウロスとの対決にまで至った冒険から七年後――今は王室出入りの大商人となったパキ。既に墓荒らしからは足を洗ったパキですが、彼の下にかつての同業者が転がり込んできたことから物語は始まります。
 百数十年前に亡くなったハトシェプスト女王の葬祭殿に忍び込んだものの、その女王の亡霊と遭遇したと泡を食って逃げ出してきたその男を匿ったパキ。しかしパキの方も、持ち船の一つが原因不明のまま消息を絶ち、そちらの対応に追われていたのでした。

 船の航路を追って旅立ったパキですが、向かう先の地域で、動くスフィンクスが娘たちを攫っているという奇怪な噂を聞かされることになります。はたして途中立ち寄った港町で、パキたちはスフィンクスが町を襲撃する様を目撃するのですが――しかしそれが幻術と見抜いたパキは、騒ぎの中で引き寄せられるように水辺に向かった娘たちが、巨大なイモリに襲われている現場に遭遇するのでした。
 娘の一人を辛うじて救い、謎の敵を追って舟を出すも、激しい水流に巻き込まれた末に、浮島に辿り着いたパキたち。その前に現れた人物こそは、何とパキもよく知る少年王・ツタンカーメンその人――!


 と、ここまでが全体の四割程度ですが、かなりインパクトが大きい展開であります。前作も終盤はモンスターホラー的な色彩が強くありましたが、本作はこの滑り出しの部分から、動くスフィンクス、鰐ほどもある巨大なイモリや人間大のカエルと大盤振る舞い。
 そして極めつけがツタンカーメン登場! というわけで、タイトルの意味は、魔境にツタンカーメン的人物がいるのかと思いきや、本当に魔境にツタンカーメンが登場するのですから驚かされます。

 もちろん本来であればテーベにいるはずのツタンカーメンですが、この魔境にいたのは、謎の病に苦しむ王妃アンケセナーメンを救うため。以前より謎の神官・ラクダンバから、唯一この病を止める薬を以前より得ていたツタンカーメンですが、薬が残り少なくなったのにいてもたってもいられず、王宮に影武者を置いてきたというのです。
 その途中に船が沈み、ただ一人浮島に辿り着いたというツタンカーメン。しかしパキと出会ってほどなくして浮島も崩壊し、辛うじて何処かに流れ着いた二人は、謎の宮殿に迷い込むのでした。

 その宮殿がある地こそは、死んだはずのハトシェプスト女王が暮らす地底世界。そこで数々の怪異に遭遇しながらも、消えた自分の船の行方と脱出の方法を探るパキですが、しかし地底世界には想像を絶する秘密が……


 前作『迷宮の獣王』が、エジプト内を転々と移動した末に、クレタ島の地下迷宮が舞台になったのに比べれば、中盤以降の舞台は地底世界にほぼ限定され、地理的広がりは抑えめの本作。
 しかしその分、個々のエピソードや描写は掘り下げられ、歴史ホラーというべき独特の世界観がより明確になったと感じます。

 物語の視点も、前作の後半はパキから離れた部分もあって、その分彼の存在感が薄れてしまった感があるのに対し、本作ではほぼ彼の視点に集中しているのも好印象です。
(もっとも、クライマックスはスケールが広がりすぎて、パキは生き延びるのに精一杯となり、事態収拾の役に立ってない印象があるのは、これは前作同様ですが……)

 ただし、前作が古代エジプトとギリシャ(クレタ)を結びつけるという離れ業を見せたのに対し、本作は――こちらも実は他の文明・神話とのリンクが用意されているのですが――その部分については、少々地味に感じられないでもありません。
 もっともクライマックスには、これまでに登場した以上にとんでもない怪物が出現し、そこからさらに思いもよらぬカタストロフィーに展開していくため、地味という印象は全くないのですが……


 古代エジプトを舞台とした冒険ホラーという、日本ではかなり珍しい作品であったこの「死人起こし」二部作。もし第三作があったのであれば、ツタンカーメンの死とそれに伴う第18王朝末期の混乱が描かれたのではないかと感じますが、それは作者亡き後となっては、単なる夢想に過ぎないでしょう。

 何はともあれ「死人起こし」二部作、これにて大団円であります。


『魔境のツタンカーメン 死人起こし』(田中文雄 アドレナライズ) Amazon

関連記事
田中文雄『迷宮の獣王 死人起こし』 紀元前14世紀、エジプトとギリシャを繋ぐ魔神

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

|

2022.04.25

陶延リュウ『無限の住人 幕末ノ章』第6巻 万次長州へ そして高杉の顔は

 幕末の世に生きる万次を描く本作も、この巻から新展開。新選組との戦いをひとまず終えた万次は、中岡慎太郎とともに長州に向かうことになります。そこで彼を待っていたのは奇兵隊の高杉晋作――しかしその顔は!? 思わぬ出会いと新たな戦いが描かれます。

 坂本龍馬とともに訪れた京で、新選組と幾度となく刃を交えることとなった万次。龍馬・以蔵・彦斎らと共に山南率いる逸番隊と天王山で激突、これを壊滅させた万次は、ひとまず虎口を脱した形となります。
 そして龍馬が海軍操練所閉鎖に伴い会社――すなわち海援隊を設立に向けて奔走し、薩摩の西郷に接近する一方で、万次は長州に向かう中岡慎太郎から用心棒を依頼され、同行することになるのでした。

 思えば長州は万次にとっては因縁の地――かつてアメリカから帰国した際、万次は長州に漂着、野山獄に繋がれ(ほんの数コマですが高須久子が!)、そこで吉田松陰と出会っていたのであります。
 しかし当時の長州藩は下関戦争の敗北に加え、禁門の変を経ての長州征討によって打撃を受け、藩内で佐幕派と勤王派の血で血を洗う争いが続いている状況。その中でも勤王派の旗色が悪く、ほとんど壊滅寸前だったところに、敢えて慎太郎が出向く理由とは……


 一方、新選組は度重なる戦闘の中で失った戦力の補充のために、近藤と平助が江戸に赴くのですが――そこで仲間に加えたのが、北辰一刀流伊東道場の猛者たちであります。
 正直なところ伊東派の面々は、一部の例外を除いて、個人としてはあまり印象に残っていなかったのですが、本作においては皆なかなかの面構え。個人的にはその印象は、むしろ逸番隊よりも逸刀流に近いものを感じさせてくれます。

 しかしそんな面々があっさり近藤たちの下に入るはずもなく、いきなり険悪なムードとなるのですが――何よりもわかりやすい相互理解のために提案されたのは、双方の代表戦。ここで「新選組」側の代表は沖田、一方、伊東側の代表は服部武雄――!
 服部はまさに上に述べた一部の例外、新選組でも二刀流遣いの達人として名を馳せましたが、この二人の激突はまさに名人戦というべきでしょう。剣戟の面ではこの巻のメインというべき激闘は、大いに盛り上がります。

 しかしそれでも、その実力の一部を敢えて伏せてみせる沖田に、何ともいえぬ不穏さも感じるのですが……


 さて、物語は再び万次側に戻り、長州で慎太郎からある男を紹介されるのですが、それこそは高杉晋作。松蔭の弟子の一人であり、そしてこの時期の長州藩の勤王派を一人で支えていたともいうべき人物であります。が、そのビジュアルは――どう見ても尸良。

 これは別に尸良と血縁があるわけでは(たぶん)なく他人の空似ですが、万次も思わず驚くほどのそっくりさんです。
 なるほど「狂」的なイメージのある(そして写真では短髪なこともあって)人物だけに、意外と違和感のない高杉の尸良顔。もっとも性格の方はあまり似ておらず、万次を襲った女刺客と戦った際も、全く容赦はしなかったものの、決して己の快楽のために斬ったりはしない辺り、やはり別人であります。

 とはいえ、であるならば何故同じ顔に――という印象はあるわけで、本作ではこれまでも本編のキャラを思わせるキャラがちょこちょこと顔を出してきましたが、ここまで有名人でというのは初めて。一種のスターシステムとはいえ、やはり違和感は否めません。

 それはさておき、顔に似合わぬ(?)高杉の風雲児ぶりには、万次も感じ入るものがあった様子。それどころか、下関でのクーデター開始早々に刺客によって深手を負った高杉から頼まれ、その影武者を引き受けてしまうのですから驚かされます。
 この辺りは前巻での八百比丘尼との対話もあり、またそもそも万次って意外と人が良いわけですが、武士の理屈とか大義名分とかを嫌う人間だけに、対面してからわずかのうちに、ここまで肩入れするのにも違和感がありますが……(まあ、高杉は他の武士よりもずっと万次に近い人間だとは思います)


 というわけで、これまでとは全く形で歴史に関与することとなった万次ですが、しかし彼を付け狙う怪剣士たちが新たに登場します。あの見廻組の佐々木只三郎率いるその名は「挽斃連」――伊東派が逸刀流だとすれば、こちらは六鬼団を思わせる曲者揃い。
 今は長州の佐幕派に協力しているものの、真の狙いは万次だという彼らの目的は――幕末ノ章、まだまだ先は長そうであります。


『無限の住人 幕末ノ章』第6巻(陶延リュウ&滝川廉治&沙村広明 講談社アフタヌーンコミックス) Amazon

関連記事
陶延リュウ『無限の住人 幕末ノ章』第1巻 万次vs新選組!? 不死身の剣士ふたたび
陶延リュウ『無限の住人 幕末ノ章』第2巻 勢揃い新選組! そして池田屋へ
陶延リュウ『無限の住人 幕末ノ章』第3巻 万次vs総司、そして……
陶延リュウ『無限の住人 幕末ノ章』第4巻 集結、人斬りゴールデンチーム!?
陶延リュウ『無限の住人 幕末ノ章』第5巻 決戦、人斬りチーム+1 vs 逸番隊!

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

|

2022.04.24

田中文雄『迷宮の獣王 死人起こし』 紀元前14世紀、エジプトとギリシャを繋ぐ魔神

 小説家としてはホラーを中心に活躍した田中文雄が、実に紀元前14世紀のエジプトから地中海を舞台に描く冒険ファンタジーであります。名うての墓荒らし・パキが巻き込まれたのは、謎の王・スメンクカラーの死にまつわる陰謀。そして冒険の果てに待つものはクレタ島に潜む獣神の謎……

 紀元前1350年、イクナテン王の改革がエジプト王国に波乱を招いていた頃――王族や貴族専門の墓荒らしにして「死人起こし」の異名を持つパキは、恋人で高級娼婦のハトホルの元に最近通ってくる男の貢物が、どこかの王家の墓の副葬品と気付きます。
 それがもとで兵に追われ瀕死の傷を追った男と、ハトホルを成り行きで助けたパキ。彼は、実はミイラ師だった男の死の間際に、宝の奇怪な由来を聞かされるのでした。

 半年ほど前、偶然出会った一行から、若くして死んだ貴人のミイラ作りを命じられた男。しかしその王の頭には二本の小さな角があり、足の指は蹄状になっていたというのです。そして完成したミイラを貴人の妻らとともに埋葬に向かう途中、隙を見て男は宝物を手に逃げ出したというのですが……

 この貴人が、イクナテンの共同統治者のスメンクカラー王であると見抜き、ハトホルとともにその墓に向かったパキ。彼はそこで王妃メリタテンと出会い、彼女から王を殺したのがアメンの神官ゴランであると聞かされるのでした。
 メリタテンとともに新都アケタテンを訪れたパキたちですが、そこで彼らを待っていたのは、複雑怪奇な宮中の勢力分布とイクナテン暗殺の陰謀。その中に巻き込まれたパキは、メリタテンの依頼でスメンクカラーの心臓をクレタまで届けることになるのですが……


 長きに渡る古代エジプト王国でも、最盛期として知られる第18王朝。その中でイクナテン(アメンホテプ四世)は、王権に匹敵する力を持っていたアメンの神官と真っ向から対立し、数々の改革を行った(そして失敗した)ことで、一際異彩を放つ王です。
 本作はこのイクナテンの時代を舞台に、この王朝の権力闘争と、王家を巡る様々な人々、そしてエジプトと諸外国との関係性を描く、実にユニークな物語であります。

 しかし本作は歴史小説ではなく、むしろ伝奇ホラーというべき側面を強く持つ物語。何しろ、イクナテンの子にして現在ではその記録がほとんど残されていない謎の王・スメンクカラーが、角と蹄状の手足を持つ人物として描かれるのですから。
 あたかも「牛」のような特徴を持つスメンクカラーは何者なのか、そして何故そのような体を持っていたのか? その秘密は物語後半、クレタ島に向かったパキを通じて描かれることになります。

 クレタ島、牛、そして本書のタイトルたる「迷宮の獣王」――その意味するところは明らかでしょう。そう、本作は実に、エジプトを飛び出し、ギリシャ神話の世界にまで繋がっていくのです。


 紀元前数千年の古代文明といえばどうしてもエジプトが浮かびますが、本作の舞台となる時代には、ギリシャではミケーネ文明が、そしてクレタ島ではミノア文明がそれぞれ存在していました。
 冷静に考えればさまで地理的な距離はないにもかかわらず、(フィクションの世界であっても)無関係の存在と考えがちのこのエジプトとギリシャを、伝奇的想像力でもって――世界中に散らばる牛神信仰によって――結びつけてみせた点こそが、本作の最大の魅力と感じます。

 そしてその物語の主人公が、世の権威権力からは一定の距離をおいた、一介の墓荒らしというのもユニークなのですが――この点は逆に権力者の世界の奥深くまでは彼が入れず、後半の陰謀劇が彼の預かり知らぬところで展開することになっているのは、少々残念なところではあります。

 それでも終盤、ギリギリまで出番を抑えた超自然的存在が一気に跳梁するモンスターホラー的クライマックスは、伝奇者としてはたまらないところで、題材の面白さと合わせて、十分満足出来た作品です。


『迷宮の獣王 死人起こし』(田中文雄 アドレナライズ) Amazon

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

|

より以前の記事一覧