2023.11.28

出口真人『前田慶次かぶき旅』第14巻 西軍敗北の立役者!? そのうつけ者の顔は

 豊前細川家を舞台に、細川忠興相手にかぶいてみせた慶次。仲間たちと別れた慶次ですが、その前に現れたのは莫逆の友・奥村助右衛門ではありませんか。そして二人が向かう先は、周防岩国――関ヶ原での西軍敗北の立役者(?)というべき人物を前に、慶次の行動は……

 豊前細川家で、伊賀の忍びに操られた細川忠興の罠を正面から粉砕し、細川家の兄弟喧嘩を粋に裁いてみせた慶次。その後、共に戦ってきた仲間たちは肥後に去り、ただ権一のみを供に豊前に残っていた慶次ですが――そこに襲いかかる刺客たちを蹴散らしたのは、慶次の莫逆の友にして前田家の(元)家老・奥村助右衛門! 今は隠居した彼は、慶次に会うために豊前までやって来たのであります。

 そして旧交を温める二人がそこから向かうのは、周防岩国。今は岩国にいる天下一のうつけ殿――関ヶ原で西軍を敗北させた張本人・吉川広家の顔を見に行こうというのです。はたして、歴史を動かした男の顔とは……


 これがまあ、吉川広家というより鎌倉幕府初代将軍! という感じなのですが、それはさておき――いざ現れた広家は、城にも戻らず、旅籠で芸妓の膝の上で「イヤじゃイヤじゃ」言っているという、まさに自他共に認めるうつけ殿であります。
 が、もちろんわざわざ慶次が会いに来ようという人間が、単なるうつけなはずもありません(会って早々、ツッコミで慶次に冷や汗かかせる人物は初めて見た気がします)。

 そもそも関ヶ原の戦の際、広家が家康と内通したのは、毛利家を後に残すため。そのために汚名を着せられるのは承知の上で、持てる手段を尽くして家康と通じたのですから、並みの覚悟と手腕でできるはずもありません。
(まあ、史実では家康に通じるのは毛利の重臣たちのある程度の総意だったようですが……)
 何よりも彼は、かつて自分に国を救うことを願い、そして関ヶ原の際には彼らを助けて国を救った女芸人の死に涙を流せる人物――愛した女性のために涙を流せるというのは、本作における「漢」の条件の一つであります。

 しかしそんな人物であっても、御家存続のためには節を曲げ、同胞から裏切り者呼ばわりされなければならないのが戦国という時代。そんな彼に対し、嵩にかかって嘲るような連中がいるのも、また世の習いというべきかもしれません。
 そして、そんな輩によって小姓が殺されても、一度は膝を屈しそうになった広家ですが――そこに慶次がいたのですから、ただで済ませるはずがありません。広家もまた、そんな慶次に触発されて立ち上がることに……

 というところで次巻に続く本作。はたして毛利の運命は、そしてそこで広家は如何なる役割を果たすのか。戦いは始まったばかりであります。


 ちなみに本作の慶次は、これまで肥後加藤家・薩摩島津家・筑前黒田家・豊前細川家と九州諸国を漫遊してきましたが、この巻でついに本土に上陸。これはいよいよ家康の寿命もストレスで縮みそうであります。
(というか、第1巻の時点で本多正信が「やがて毛利や上杉を目覚めさせるやも知れませんな」と言ったとおりになりつつあるわけで……)


『前田慶次かぶき旅』第14巻(出口真人&原哲夫・堀江信彦 徳間書店ゼノンコミックス) Amazon

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2023.11.23

陶延リュウ『無限の住人 幕末ノ章』第9巻 龍馬四面楚歌、そして流される万次

 万次たち剣士が死闘を繰り広げる一方で、着々と進んでいく歴史の流れ。薩長同盟を成功させた龍馬が次に狙うのは、大政奉還――しかしそれは、これまで手を組んできた薩長を敵に回すことに繋がるのでした。幕府を含め、四面楚歌の龍馬を守ろうとする万次ですが……

 自分の預かり知らぬところで不死力解明実験が繰り返されていたことを知った綾目歩蘭。幕府側で血仙蟲を生み出していた江戸城地下の万次の腕を破却した彼女は、あとわずかで国外に出られるというところで、生きていた佐々木只三郎――いや佐々木源八の手で、無惨な最期を遂げることになります。
 一方、その悲劇を知らずに奔走していた龍馬と万次は、挽斃連の襲撃を受け、龍馬を庇おうとして万次は共倒れに。しかしその場に現れた総司が、万次と龍馬を助けるのですが……

 というわけで、知らぬ事とは言いながら、新選組にとっては宿敵である龍馬を助けてしまった総司。そしてその直後に血を吐いて倒れた総司を新選組の屯所に連れて行った二人は、そのまま連行されてしまうのですが――土方の機転(?)と、思わぬ人物の助けでその場は逃れたものの、なおも龍馬の受難は続きます。

 前巻では犬猿の仲である薩長同盟を成立させた龍馬ですが、次なる策・大政奉還の策は険しい道のり。考えてみれば、ようやく手を組んで幕府に互する力を得ながらも、その力を行使しない(させない)ために大政奉還をさせようというのですから、薩長にとって面白かろうはずもありません。
 双方が龍馬を敵視する、いや、その命すら狙う一方で、元々龍馬は幕府にとってもお尋ね者――まさに四面楚歌であります。

 しかしその幕府側の急先鋒というべき新選組も、既に一枚岩ではありません。そう、伊東甲子太郎一派が御陵衛士として新選組から分派、この伊東の思想が龍馬のそれと近かったことから、伊東は龍馬への接近を企み――と、龍馬を巡って京の情勢は複雑に動くことになります。

 当然、龍馬の用心棒である万次にとっては、気の休まらない日々が続くわけですが――ここでの万次は完全に龍馬に振り回されている、というより歴史の流れに振り回されている状態という印象があります。
 仕方ないといえば仕方ないところですし、これはこれで実は万次らしい(正伝の頃から、基本的に周囲に振り回されて貧乏くじを引くのが万次でしたし)のですが、やはり少々味気ないという印象は否めません。
(一時は行動を共にした高杉晋作の呆気ない退場も、歴史にキャラクターが流されている印象を強めます)

 むしろその一方で、ある意味元気なのは(元を含めた)新選組の側でしょう。新選組と御陵衛士、つまりは近藤・土方派と伊東派が暗闘を繰り広げる中で、思わぬ目立ち方をするのは藤堂平助――作品によって結構描かれ方が異なる平助ですが、本作の平助は、かなり黒い部分を抱えた人物(ここで語られる彼の過去の行動には些か驚きました)として描かれることになります。
 特に、御陵衛士にスパイとして入り込んでいたことで知られる斎藤一との対決は、その展開の意外さと、ある意味本作らしいなりふり構わなさから、この巻の隠れた名勝負という印象があります。

 とはいえ、何と言っても最も派手に動くこととなったのは総司でしょう。歩蘭の死により薬が手に入らなくなり、しかし剣を振るうことと引き換えとなる肺の摘出手術は拒否した末に、ついに土方から江戸帰還を命じられた総司。
 一度は江戸に向かった総司が、その途中で見かけてしまったのは、龍馬の手配書き――かつて自分が知らずに助けた男が、幕府の敵であったことを知ってしまった総司は、江戸帰還を拒否して暴走を開始します(ここでのアクロバット縄解きが凄まじい)。その暴走の先にあるものは……


 かくて薩摩・新選組(あと見廻組)・御陵衛士・そして総司が、それぞれの想いから追う龍馬。その龍馬は、隠れ家としている近江屋にひとまず腰を落ち着けるのですが――いよいよ運命の時が迫る中、誰が龍馬を斬るのか。そしてその時、万次は――物語は一つの、そして大きなクライマックスに差しかかったといえるでしょう。


『無限の住人 幕末ノ章』第9巻(陶延リュウ&滝川廉治&沙村広明 講談社アフタヌーンコミックス) Amazon

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2023.11.21

高橋留美子『MAO』第18巻 遭遇、華紋と白眉 そして新御降家の若者の歩む道

 土の術者・大吾の「復活」を期に、千年前に御降家で起きたことの一端が、次々と明らかになっていく『MAO』。その一方で、白眉率いる新御降家の術者たちも、様々な動きを見せます。この巻では、御降家と新御降家の面々の対峙が様々な形で描かれることになります。

 一千年前の御降家の後継者争いで、真っ先に命を奪われたはずが、奇怪な形で大正の世に復活した大吾。その大吾の五体を集めていた夏野、そして大吾の死に絶望した紗那と、様々な形で大吾はその後の出来事に影響を及ぼしていたことが判明するのですが――まだ全貌がわかるのは先のようであります。

 そんな中、世間を騒がす連続一家皆殺し事件。その真犯人は、手にした人間を妖に変え、周囲の者たちを襲わせる呪具・化生の匣でした。
 かつて御降家で白眉が管理していたものが、御降家崩壊の混乱の中で失われた化生の匣。封印から解かれて次々と犠牲者を出す匣を再び封じようとする摩緒たちと、再び掌中に収めようとする白眉の命で匣を追う新御降家の蓮次と流石と――この両者と匣との、三つ巴の戦いが繰り広げられることになります。

 ここで印象に残るのは、なんといっても化生の匣の悍ましさでしょう。人を妖に変えるという恐るべき力を持つ呪具というだけでなく、己の意志すら持ち、犠牲者を増やすために取り憑く相手を選んで行動する――そしてその気になれば人間だけでなく、様々な生物を操るその姿は、まさしく怪物と呼ぶに相応しい存在感があります。
(そして戦いの舞台である女子寮での描写が実に厭で怖い……)

 この匣を巡り、摩緒・菜花・華紋・百火と、蓮次・流石そして白眉の対峙する様がまた面白い。それぞれの術を活かしてのバトルもいいのですが、何よりも、意外にも大正では初顔合わせだった華紋と白眉の会話の中で、それぞれのキャラクターが浮き彫りになっていく様が、まさしく「白眉」というべきであります。
 そして千年経っても、敵味方になっても、先輩と話す時には一応「さま」をつける、御降家の人間関係が妙におかしい……
(もっとも「敬語でめちゃくちゃディスってくる」のですが)


 さて、そんな御降家の面々がそれぞれの自己を強烈に確立しているのに対して、まだまだ術の面でも人格の面でも危なっかしいのが新御降家の面々。それをある意味最もよく象徴しているのが、針を使った金の術の遣い手・かがりであります。

 御降家の流れを汲む呪い屋の名門(?)に生まれながらも、自分を遙かに上回る姉・綾女にコンプレックスを持ち、白眉の下についたかがり。そのむしろ幼いといってよい性格と中途半端に物騒な術には、何をしでかすかわからない怖さがあったのですが――強さと、そして自己承認を求める心に逸る彼女の矛先は、ついに姉に向けられることになります。
 芽生の人間蠱毒の邪気を利用して己の針をパワーアップさせ、ついに姉を倒したかがり。そして綾女の治療に訪れた摩緒と菜花は、図らずも姉妹の争いの間に挟まることになります(姉妹の言い争いに、冷静にツッコミを入れる二人の姿が妙におかしい)。

 精神性が完成されているという点ではむしろ摩緒たちに近い綾女に対して、目先の安易な力(人間蠱毒でパワーアップした針はその象徴でしょう)に飛びつくかがり。
 本作の新御降家の面々の多くは、それぞれ程度の差はあれ普通の若者であったものが、御降家と関わりあったために徐々に、そして強く呪いの世界に踏み込んでいく姿が描かれていきますが――今回、かがりは後戻りできない一歩に踏み出してしまったというべきでしょう。

 物語全体の謎に絡むものではありませんが、物語に関わるキャラクター像を描く上で、印象に残るエピソードであります。


 さて、この巻の終盤からは、大正になっても陰惨な人身御供の風習を続ける村を舞台に、流石と摩緒・菜花の対峙が描かれることになります。

 上で述べた新御降家の面々の中でも、例外的に生まれつき呪術に触れ、それが逆に不気味なほどあっけらかんとした精神性をもたらしている流石。
 金のためであれば平然と人を傷つける流石は、ある意味御降家の人間の在るべき姿なのかもしれませんが、それが摩緒とは正反対の立ち位置であることは言うまでもありません。両者の対決の行方は、次巻に続きます。


『MAO』第18巻(高橋留美子 小学館少年サンデーコミックス) Amazon

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2023.11.20

山本功次『大江戸科学捜査 八丁堀のおゆう 抹茶の香る密室草庵』 シリーズ初、待望の(?)密室殺人!?

 江戸で起きた事件を現代の科学で捜査する『大江戸科学捜査 八丁堀のおゆう』、その第十弾は、おゆう待望の(?)密室殺人。衆人環視の茶室で起きた殺人事件の謎に、おゆうと鵜飼、そして千住の先生が挑みます。何かと茶に絡む事件の真実とは……

 源七親分とともに、行方不明になった公事宿の客・徳左衛門を探すことになったおゆう。しかし徳左衛門はほどなくして川から死体で発見され、おゆうたちは事件として調べを始めるのですが――その矢先に鵜飼とおゆうは、南町奉行所の内与力・戸山から呼び出されるのでした。
 茶問屋の清水屋に招かれて、他の茶問屋とともに、根津の寮を訪れた戸山。ところが、その清水屋が茶室で殺されたというのです。

 しかし当の戸山が、清水屋が躙り口から茶室に入るのを目撃したほかは、誰かが茶室に出入りすればすぐわかる状況であったにも関わらず、茶室に出入りした人間はゼロ。そんな事件を内々に事件を捜査することになったおゆうたちですが、いわば密室殺人という状況に捜査は難航することになります。
 それならばと千住の先生こと現代の友人・宇田川を招いて調査を行ったおゆうは、寮の中で意外なものを発見するのでした。

 さらに最初に殺された徳左衛門が、茶問屋に茶を買いたたかれて苦しんでいた茶農家であったことを知ったおゆう。一連の事件の背後には、茶問屋に対する冥加金の値上げがあることを知ったおゆうですが――彼女たちが事件を追って向かう先々には、同様に事件を調べる謎の武士が現れるのでした。
 さらに拐かしまで発生し、いよいよ複雑さを増していく事件。おゆうは清水屋の寮に秘密が隠されていると睨むのですが……


 冒頭で触れた通り、記念すべき第十弾となった本作で描かれるのは、シリーズ初の密室殺人。初というのはかなり意外な気もしますが、現代ではミステリマニアだったおゆうが、自分が密室殺人を手がけることになって、(不謹慎を承知でも)テンションが上がるのは何となく納得できます。

 しかもその舞台が茶室というのが面白い。出入り口が限られた狭い空間で、如何にして殺人が行われたのか――しかも、奉行所の内与力をはじめとする衆人環視の下で、というのはなかなかに魅力的な謎ではありませんか。
 もちろん、それに対して正攻法(?)で挑むばかりではないのが本シリーズ――密室は本当に密室だったのか確認するため、ファイバースコープを持ち出すのは序の口、地中レーダーまで投入するやり過ぎ感は、本シリーズならではの魅力といえるでしょう。

 もっとも、科学捜査だけで全てが解決するわけではないのは、これまで同様であります。むしろ捜査によって深まってしまった謎を解決するのは、あくまでもおゆうの頭の冴え――特に今回は複数の事件が錯綜した上に、謎の(時代設定を考えれば何者かは想像がつくかと思いますが……)お忍びっぽい武士まで参戦するという、ある種の賑やかさが楽しいところです。


 しかしもちろん本作の最大の魅力は、先に述べた密室殺人のトリックであることは間違いありません。詳しくは明かせませんが、なるほど、これもまた一つの密室――といいたくなるような設定の妙には唸らされました。
 そしてそれだけで終わらず、最後まで残った謎の意外な真相も実に面白く、まずミステリ味としては、シリーズでも屈指の内容といってよいのではないでしょうか。

 そしてもう一つ本シリーズのお楽しみといえば、ラストの「えっ」と驚かされる一捻りですが――さすがに鵜飼のモノローグは苦しくなってきたかな、と思いきや、今回はその先に別の人物のモノローグが……
 実は作中で「おや?」と思っていた部分がここに来て見事に決まり、あっと驚く新展開。おゆうを巡るドラマも、まだまだ盛り上がりそうであります。


『大江戸科学捜査 八丁堀のおゆう 抹茶の香る密室草庵』(山本巧次 宝島社文庫) Amazon

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2023.11.14

桃山あおい『物怪円満仕置録』 五十四番目の関所が見張るものは

 昨日ご紹介した『新月の皇子と戦奴隷 ~ダ・ヴィンチの孫娘~』の桃山あおいによる、くらげバンチ 第18回くらげマンガ賞奨励賞受賞作の時代伝奇活劇であります。江戸時代、記録に残らない関所・円満関を舞台に、関の番士である少女・湯羅が、恐るべき物怪と対決する姿を描きます。

 時は享保、江戸時代に各地にあった関所のうち、記録に残された五十三に含まれない五十四番目の関所・円満(えんまん)関。武州郊外にあったこの関は、手配中の凶賊であっても素通りさせてしまうため、円満素通りとなどと陰口を叩かれる宿であります。
 その責任者である伴頭・骨ヶ原閻の下で番士を務める少女・黒鉄湯羅は鰻を頭から生で食べてしまうような変わり者(?)。今日も変わらぬ関所の毎日に退屈していた湯羅ですが、そこに異常な「もの」が持ち込まれます。

 それは二日前に村人たちが根切りにあったという武州渡貫村で発見された、村人たちの遺体――いずれも腹のみを切り裂かれ、肝が抜かれた骸、そして全身の皮を剥がれた子供の骸でした。
 骸の状況から、この遺体は唐の悪鬼・画皮の群れの仕業と見抜いた骨ヶ原。折しも関所に現れた子供を、画皮が化けたものとして捕らえた骨ヶ原と湯羅ですが、そこで現れた敵の正体とは……


 記録に存在しない、江戸幕府五十四番目の関所という、何とも興味をそそる円満関を舞台にした本作。
 江戸時代の関所が本来であれば検問のために置かれたものであるにも関わらず、「人間」は誰であろうと素通りさせてしまうこの関所が見張るものは――それは言うまでもありませんが、なるほど面白い設定であります。
(作中の描写によれば、高輪の大木戸と箱根関所の間にあるということで、なるほど江戸の最終防衛ラインだと想像できます)

 さて、本作はその円満関の近隣で人を喰らってきた物怪との対決を描く物語ですが、冒頭で四匹の物怪が描かれたにも関わらず、関所に現れた物怪が化けたと思しき人間は一人だけ。はたして残りは――という捻りも面白く、そこから一気に突入するバトルと、そこに重ね合わせて描かれる湯羅(好きな方であれば、名前からその出自は何となく想像できるでしょう)のドラマもなかなか盛り上がるところであります。

 いかに記録に残らぬ存在とはいえ、幕府の機関である関所を舞台に、湯羅のようなキャラクターをどう配置するか、というのは工夫のしどころですが、そこをクリアしつつ、一種の人情を絡めて盛り上げるのは、本作の工夫といえるでしょう。
(クライマックスで明かされるダブルミーニングにも納得)


 そんなわけで、短いながらもなかなか面白い作品ではあるのですが、唯一これはどうかなあ、と思っていたのは、比較的デフォルメの効いた絵柄にもかかわらず、妙に残酷描写がリアルな点でしょうか。
 冒頭で切り裂かれた人体をカラーで描いた部分だけでもなかなかキツいのですが、中盤のある描写は、これを正面から描くのか――と引いたというのが正直なところではあります。
(ちなみに作者のpixivで冒頭部分が掲載されていますが、「※流血表現注意」の記載とともに、R-18G扱いになっています)

 もちろん内容的にそういうシーンがあるのは仕方ないのですが、結果として読者を狭める結果になるのは、ちょっと勿体ないと感じてしまったのが正直なところであります。


『物怪円満仕置録』(桃山あおい くらげバンチ掲載) 掲載サイト


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2023.10.30

藤田和日郎『黒博物館 三日月よ、怪物と踊れ』第6巻 大団円 そして「怪物」たちが選んだ道

 『黒博物館』シリーズ第三弾も、これにて完結であります。ついに開催されたヴィクトリア女王のプランタジネット舞踏会に現れる六人の美しき暗殺者――これに挑むはただ一人、エルシィのみ。はたして血戦の行方は、そして戦いが終わった時、エルシィとメアリーは――いま、物語は大団円を迎えます。

 プランタジネット舞踏会で女王の命を狙う〈7人の姉妹〉と戦うために生み出された「人造人間」エルシィ。その誕生に隠された重大な秘密を知ったメアリーはエルシィを戦いの運命から解き放とうとするのですが――時同じくして自分の記憶を取り戻したエルシィは、己の使命を果たすため、かつての姉妹たちに宣戦布告するのでした。
 メアリーとエルシィ、そして彼女たちを見守るパーシーやエイダ、ジャージダ――様々な人々の想いと共に、いま舞踏会が始まります。

 かくてこの最終巻では、舞踏会に向かうエルシィとティモシー卿邸のメイドたちの別れから始まり、後はラストまでほとんど全てが舞踏会――すなわち、エルシィと姉妹たちの血戦がほぼ全編に渡って描かれることになります。

 〈悲哀〉〈陰気〉〈冷血〉〈憂鬱〉〈執着〉〈嘆き〉――ついにその姿を現した姉妹たち(一人一人のコスチュームが素晴らしい!)を前に、見事なまでのかませ犬っぷりを発揮した近衛兵の皆さんに替わり、ただ一人、女王を守るために立ちふさがったエルシィ。かくてここからはエルシィと妹たちの舞踏――いや闘いの時間であります。

 基本となる回転剣術は同じながら、それぞれ手にする得物と戦法は異なる六人相手に繰り広げられる闘いは、まさしく作者の真骨頂。装飾を凝らした衣装をまとっての激しく複雑な動きの闘いを、ここまできっちりと「見える」形で描いてみせるのは、これはもう作者ならではというほかありません。

 そしてバトルだけでなく、その妹たち――かつての同門としてまさしく姉妹同然に育った者たちとの対峙の中で、エルシィと彼女たちを分けたものが、言い換えればエルシィの成長が描かれるのも泣かせるところであります。

 メアリーとの出会いがなければ、彼女もまたその中にいたであろう姉妹たち。エルシィと妹たちとの違いは、真っ暗な宇宙の中で、地球を、すなわち自分の生の中心とすべき者を見つけることができたか否か――言い換えれば己が命の遣り取り以外で他者と結びつくことができたか否かの違いなのだと感じます。
(連載当時はちょっと違和感のあった、最終回でエルシィが女王に返した言葉の意味も、今であれば納得できます)


 というわけで、闘いの盛り上がりととそれを繰り広げる者の高ぶりがシンクロして、まさに本作のクライマックスに相応しい内容となったこの最終巻なのですが――敵が六人というのは、ちょっと多かったかな、というのが正直な印象ではあります。
(何だかちょっと強引じゃない!? という仕掛けを用意する敵もいたりして……)
 これは仕方ないことではありますが、バトルの間はメアリーたちが完全に驚き役にならざるを得ず、それが連続するのは――と、ひねくれた読者としては言いたくなってしまうのです。

 しかしそんなひねくれた読者も号泣必至なのが結末であります。
 舞踏会にまつわる物語を語り終えたメアリーと、それから七年後に語られる後日譚――それが描くもののは、物語が皆の期待どおりの結末を迎えたことと同時に、「怪物」と呼ばれた女性たちがその「怪物」とどのように向き合ったか、でした。

 自分が自分らしくあるために生き、そのために「怪物」と呼ばれた女性たち。しかしそれでも、いやそれだからこそ私は私らしく生きていく――そう高らかに謳い上げる姿は、本作の結末に誠に相応しいというほかありません。


 犯罪や事件にまつわる証拠品という、時代の暗部の象徴をモチーフとしながら、人の心の最も輝かしい部分を描き出してきたこの『黒博物館』シリーズ。その現時点で最大長編の結末に相応しい幕切れであります。


『黒博物館 三日月よ、怪物と踊れ』第6巻(藤田和日郎 講談社モーニングコミックス) Amazon

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2023.10.09

山本巧次『満鉄探偵 欧亜急行の殺人』

 『八丁堀のおゆう』をはじめとする時代ミステリを得意としつつ、その経歴を活かして鉄道ミステリでも活躍する作者が、満鉄こと戦前の南満州鉄道を舞台に描くミステリであります。満鉄の内部調査員――満鉄探偵が追うのは社内の書類紛失事件。しかし事件は殺人に発展し、さらに軍を巻き込んだ大事に……

 満鉄の資料課に勤務しつつ、社内で起きた不祥事の内部調査員というもう一つの顔を持つ青年・詫間耕一。総裁の松岡洋右から今回彼が調査を命じられたのは、社内の書類紛失――社内で様々な書類が行方不明になっているという事件でした。

 どうやら満鉄に出入りしている満州浪人・塙の仕業と睨んだ耕一ですが、何と塙は自宅で何者かに撲殺された姿で発見され、詫間も憲兵隊に連行されることになります。
 諸澄少佐率いる特務機関の横槍ですぐに釈放された耕一ですが、もちろん調査を止めるわけにはいきません。松岡から相棒として付けられた正体不明の青年・辻村と共に調査を続ける耕一は、塙が憲兵隊と特務にマークされているロシア人・ボリスコフと接触していたことを知ります。

 大連を離れるボリスコフを追って、同じ欧亜急行に乗り込んだ耕一と辻村。同じく乗客となっていた諸澄少佐、調査の行く先々に現れる謎の美女・春燕らの姿に、落ち着かない時間を過ごす耕一ですが――そんな中で匪賊の一団が列車を襲撃。そしてその最中に大事件が……


 今は亡き幻の鉄道として、満州を舞台とした作品ではほとんど必ず題材となる満鉄。しかし本作は、どちらかというと背景として使われることが多い印象のある満鉄を、その内部――それも上層部ではなく一調査員を主人公として描く、かなりユニークな作品であります。
(そもそも、戦時ではない「平和な」満州を題材とする点も、一種の独自性といえるかもしれません)

 そしてそこで描かれる事件も、社内の書類紛失事件という小さな発端から始まったと思えば容疑者が殺され、さらには鉄道ミステリらしく(?)車内での密室殺人が発生と盛りだくさん。
 特に密室殺人は、元々動く密室である列車内の個室という二重の密室、しかも匪賊の襲撃の最中という緊急事態での殺人という凝りようで、なかなか楽しませてくれます。

 しかし物語において殺人事件以上に大きなウェイトが割かれるのはスパイ戦――満州で各国のスパイが活発に活動を行っていたのは常識(?)ですが、本作の背景となるのはこのスパイ戦であります。
 憲兵隊や陸軍特務まで乱入しての虚々実々の駆け引きの中に足を踏み入れた耕一は、探偵ではあってもスパイの世界は素人。そんな彼の目を通じて描かれるスパイ戦は、それだけに新鮮な印象もあります。


 もっとも、それだけにそのスパイ戦の全容を把握している諸澄少佐が――特に物語のメインとなる鉄道乗車中に――物語を完全にリードすることになり、耕一はその後をついていくという構図となっているのが、いささか気になるところではあります。

 また、犯人がやたらこき下ろされるのが個人的には気になったところで――確かに小人物ではあるものの、それだけに動機には理解できるところもあって、むしろそれを断罪する耕一の方の行動原理が「仕事」以上のものでない(さらに厳しい言い方をすれば「走狗」である)だけに、何ともすっきりしないものが残りました。

 もう一点、登場人物が日本人ばかりなので、折角の満州が舞台の物語なのに、日本視点だけで物語が進んでしまう点は、ラストでまあ解消されてはいるのですが……
 というわけで、独自性はありつつも、引っかかる点もそれなりにある作品であります。


『満鉄探偵 欧亜急行の殺人』(山本巧次 PHP文芸文庫) Amazon

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2023.10.03

藤田和日郎『黒博物館 三日月よ、怪物と踊れ』第5巻 今明かされる衝撃の真実 そしてフランケンシュタインという物語

 雑誌連載の方は一足先に大団円を迎えましたが、単行本の方は今こそクライマックス。ついにメアリーがエルシィの「正体」を知った一方で、エルシィもまた、己が何者であったか思い出すことになります。はたして舞踏会を目前に、二人は何を選ぶのか……

 女王陛下のプランタジネット舞踏会に送り込まれる〈7人の姉妹〉を迎え撃つため、その一人の身体と村娘の頭を繋ぎ合わせて生まれたエルシィと、彼女の貴婦人修行の教師に選ばれたメアリー・シェリー。
 本番前の予行として参加した舞踏会で、暗殺者の末妹であるジャージダの襲撃を受け、追い込まれたエルシィは、あることをきっかけに別人のような動きを見せてジャージダを撃退――一方メアリーは、息子のパーシーとエルシィの接近に悩みつつも、エルシィの「正体」に疑問を抱き、その真実を探ることを決意するのでした。

 そしてある疑惑を深めたメアリーは、エルシィの生みの親であるディッペル博士の研究室に乗り込むのですが――というわけで、ここからがこの巻の最初のクライマックス。メアリーの小説のフランケンシュタインよろしく死体からエルシィを生み出した博士に、メアリーはある「事実」を突きつけることになります。
 その「事実」についてはここでは述べません。しかし物語当初から微かに違和感を感じていたにもかかわらず、設定的に何となく納得していた点を一気にクローズアップしてみせた時――ほとんどミステリのトリックが明かされた瞬間のような衝撃を受けることは、間違いありません。

 しかし衝撃を受けるのはそれだけではありません。そこで明かされた「犯人」のあまりに非道な行為は、読んでいる我々も、それを聞いたメアリーと同じような表情になるほどのものなのですから。
 しかし、そこからのメアリーの行動は、これまでの彼女の奮闘と苦しみを見てきたからこそ、喝采を上げたくなるのもまた、間違いありません。
(尤も、暴を以て暴に易うが自立の証と読めなくもないのは――もちろん誤読なのですが――どうにもモヤモヤするところですが)


 さて、メアリーが真実に直面する一方で、エルシィもまたほぼ同時期に、己の真実を知ることになります。その時、彼女が何を選ぶのか――本作はその重要極まりない場面を、本作を構成するもう一つの要素と結びつけることで、この上なく感動的に描きます。
 真実を知ったものの、はたしてエルシィに如何に向き合うべきか、答えのないままに帰ってきたメアリー。かつて『フランケンシュタイン』を発表した時の世間の態度を思い出し、迷い続けるメアリーが、そこで見た光景とは……

 いうまでもなく、本作の重要なモチーフであり、作中で様々な意味を持たされている『フランケンシュタイン』という物語。それは人造人間エルシィのイメージの原点であり、メアリーがエルシィと関わるきっかけであり、そしてすぐ上で触れたようにメアリーにとっての大きな成果にしてトラウマであります。
 そしてここで『フランケンシュタイン』にもう一つ、新たな意味が加わります。ここで与えられた意味とは……

 これまた詳細は触れませんが、ここでどうしても思い出してしまうのは、誰もが知る物語を新たな角度から見つめ直し、語り直してみせた作者の『月光条例』。あちらでは物語の登場人物を一度狂わせることでその物語の意味を問うてみせたわけですが、本作は「人造人間」自身に人造人間の物語を触れさせることで、それと同じ効果を挙げてみせたと感じます。
(そしてそれが共に陰の存在である「月」をモチーフにしているのは実に興味深い――というのは蛇足ですが)


 いずれにせよメアリーは、そしてエルシィもまた、自分の意志で決断し動き始めました。その決断の先にある結末は――次巻、バッキンガム宮殿に舞台を移して、いよいよ最終章であります。


『黒博物館 三日月よ、怪物と踊れ』第5巻(藤田和日郎 講談社モーニングコミックス) 

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2023.10.02

三好昌子『無情の琵琶 戯作者喜三郎覚え書』

 京を舞台に、美と妖と情を描く時代小説を発表してきた作者の最新作であります。戯作者を夢見る呉服屋の三男坊が、不可思議な力を持つ美貌の琵琶法師と出会う時、妖と因縁の物語の幕が上がることになります。

 江戸時代中期の京で、周囲の反対にもめげず戯作者を目指す呉服屋の三男坊・喜三郎。しかしある日、父に呼ばれた彼は、酒屋・一蝶堂の娘・千夜に婿入りするように命じられます。
 商売上手の美人として知られながらも、許婚になった男が次々命を落としたため「婿殺し」と呼ばれる彼女に恐れをなして、「心魔の祓い」を行う顔馴染みの清韻和尚を訪ねる喜三郎。そこで見知らぬ美貌の琵琶法師の琵琶の音を耳にした彼は、あり得べからざる幻の景色を垣間見るのでした。

 その幻はさておき、清韻に自分の縁談について相談する喜三郎ですが、無情と名乗る琵琶法師は、苦しんでいるのは千夜の方であり、彼女を救わなければならないと語り、釈然としないながらも喜三郎は縁談を受ける羽目になります。

 その最中に、以前から自分が手に入れようとしていた、主が亡くなって以来閉まっている祇園の芝居小屋・鴻鵠楼を、千夜が買おうとしていると知る喜三郎。さらに鴻鵠楼では、夜毎灯籠に火が灯り、鳴り物の音が聞こえるという怪事が起きているというではありませんか。
 なりゆきから千夜とともに夜の鴻鵠楼を訪れることとなった喜三郎は、その怪異を目の当たりにするのですが……


 戯作者志望の喜三郎が、不可思議な魔力の籠もった琵琶を手にした琵琶法師・無情とともに出会う怪異の数々を描く、全四話構成の本作。
 この第一話「鴻鵠楼の怪」で、無情の琵琶の力で鴻鵠楼の怪異の正体と、千夜の秘めた想いを知った喜三郎は、千夜から鴻鵠楼の再建を任されることになるのですが――その後も様々な怪異に出会うことになります。

 かつて子供を拐かされ、探し続けた母親が非業の死を遂げた辻に建てられた地蔵像が壊されて以来、幼子の拐かしが連続する「子隠の辻」
 茶道具屋で持ち合わせがないと侍が置いていった刀を抜いた店の嫡男が狂乱して周囲に切りつけ、その後も触れた者を刀が狂わせていく「蜘蛛手切り」

 いずれもこの世のものならざる怪異を描く物語でありながらも、しかしその中心にあるのは、異界の魔ではなく人間の情。それだからこそ、物語から受ける印象は恐ろしさよりもむしろ哀しさであり――その中で、自分勝手な若者であった喜三郎は少しずつ成長していくことになります。
 そしてそんな彼に対して、直接教え諭すことはないものの、どこか見守り、導く態で接する存在が、無情であります。物語に登場する怪異に秘められた想いを形にし、導いていく彼の琵琶――まさしく「無情の琵琶」が物語を動かすことになります。

 しかしそんな無情も、見かけは美貌の若者でありながらも年齢は清韻よりも上であり、時にその長髪が黒から白に、白から黒にと一瞬で変わるという、自身が怪異のような存在であります。
 最終話「呼魂の琵琶」では、そんな無情の過去と、ついに再建された鴻鵠楼のこけら落としが描かれるのですが――ここで描かれるもの悲しくも美しい因縁と情の姿は(作者のファンであればある程度予想できる構図ではあるものの)、物語の掉尾を見事に飾るものとして印象に残ります。

 実は本作は、物語から十数年後、功成り遂げた喜三郎が、兄に対して秘められた過去の出来事と、そこから生まれた想いを語るという構成を取ります。その上で終章で示される意外な真実も鮮やかに決まる、作者らしい佳品であります。


『無情の琵琶 戯作者喜三郎覚え書』(三好昌子 PHP文芸文庫) Amazon

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2023.08.23

高橋留美子『MAO』第17巻

 御降家の後継者候補の最後の(?)一人というべき大五の復活により、さらに混迷を極めることになった『MAO』。大五の復活に関わっていたと思しき夏野は何者なのか。真実を求めて不知火を追った摩緒は、思わぬ言葉を聞かされることに……

 一千年前、御降家の五人の後継者候補の中で、真っ先に何者かに命を奪われた大五。しかし何者かがバラバラになった五体を集めたことにより、彼は己の意識を持たぬままに、大正の世に復活することになります。
 猫鬼が糸を引くと思しきその復活の謎も解けぬ間に姿を消した大五ですが――ここで問題となるのは、同じ土の術者である夏野の存在です。

 一千年前、病に侵されて余命幾ばくもない状態で、何者かとの取引によって体を維持してきた夏野。以来、大正の世に至るまで、彼女はその何者かの命じるままに、大五のそれであろう体の一部を集めてきました。
 そしてこの巻の冒頭では、新御降家の一人である双馬と摩緒・菜花の戦いに加わる形となった夏野が、思わぬ「正体」を見せることとなります。

 これまでの描写から、読者にとってはある程度予想がついていた夏野の正体ですが、しかし本来であれば真っ先に気付いてしかるべき摩緒たち術者が、これまで気付いていなかったというのは、考えてみれば確かに不思議な話。大五の復活を考えれば、彼女に力を貸していたのは猫鬼とも考えられますが、しかし本当にそうなのか……?


 そしてそんな状況からさらに謎は深まります。御降家最後の日のことを調べるため、不知火の口から当時の状況を聞き出すべく策を巡らす摩緒。策は当たり、不知火と対峙する摩緒と菜花、夏野、華紋ですが――そこで不知火は、姉弟子であり華紋の恋人であった真砂の死について、思わぬ「真実」を語るのです。真砂を殺した妖は、紗那が操ったものであると。

 その理由として不知火が語る、紗那は決して清らかな天女などではなく、嫉妬や憎悪の念を持つ人間に過ぎないという言葉は、もちろん彼の邪推に過ぎないのかもしれません。
 それでも、人間の持つ昏い想い――表の顔からは想像もつかぬ陰の部分をこれまで様々な形で描いてきた作者の筆によれば、それもあるいは真実なのかもしれないと感じさせられれます。

 しかし、その言葉の毒に触れて怒りの感情を露わにした摩緒が、後で菜花に語るその理由も、人間の心の自然として理解できるものであります。
 そしてその一方で、彼の言葉の裏側にあるものを察しつつ、それでも彼の言葉に頷いてしまう――そんな菜花の姿もまた人間らしいなあと、そしてそんな不器用な二人の姿に、微笑ましさと好もしさを感じるのです。


 そしてこの巻の終盤では、人間を妖に変え、周囲の人間たちを襲わせるという悍ましい呪具・化生の箱が出現。その箱を追って、摩緒たちと、新御降家が対決することになります。
 犠牲者を求めて次から次へと居場所を変えていく箱を先に見つけるのはどちらの側か――戦いは続きます。

(ちなみにここで、蓮次と流石、華紋と百火というコンビがそれぞれ登場するのですが、どちらも妙に息が合っているのが、ちょっと楽しいところではあります)


『MAO』第17巻(高橋留美子 小学館少年サンデーコミックス) Amazon

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