2024.12.31

2024年に語り残した歴史時代小説(その二)

 今年まだ紹介できていなかった作品の概要紹介、後編です。

『了巷説百物語』(京極夏彦 KADOKAWA)
 ついに登場した『巷説百物語』シリーズ完結編は、長い間待たされた甲斐のある超大作。千代田のお城に巣食っているでけェ鼠との対決は思わぬ方向に発展し、壮絶な決着を迎えることになります。

 そんな本作の魅力は、何と言ってもオールスターキャストでしょう。山猫廻しのお銀や事触れの治平ら、お馴染みの化け物遣いの面々に加えて、西のチームや算盤の徳次郎が集結――その一方で化け物遣いと対峙する存在として、嘘を見破る洞観屋の藤兵衛、化け物を祓う中禅寺洲斎が登場、さらに謎の悪人集団・七福連も登場し、幾重にも勢力が入り乱れた戦いが繰り広げられます。

 とにかく、過去の登場人物や事件まで全てを拾い上げ、丹念に織り上げた物語は大団円にふさわしい本作ですが、その一方で過去の作品の内容と密接に関わっている部分もあり、単独の作品として読む場合にはちょっと評価が難しいのは否めないところでもあります。


『円かなる大地』(武川佑 講談社)
 アイヌを題材とした作品といえば、その大半が明治時代以降を舞台としていますが、本作は戦国時代というかなり珍しい時期を題材に、その舞台だからこその物語を描いてみせた雄編です。

 些細なきっかけから、蝦夷の戦国大名・蠣崎家から激しい攻撃を受けることとなったシリウチコタンのアイヌたち。悪党と呼ばれるアイヌ・シラウキによって人質にされた蠣崎家の姫・稲は、女性たちをはじめアイヌに対してあまりにも無惨な所業に出る和人を止めるため、ある手段に出ることを決意します。
 しかし、籠城を続けるシリウチコタンが保つのは十五日程度、その間に目的を果たすべく、稲姫とシラウキを中心に、国や人種の境を越えた人々が集い、旅に出ることに……

 戦国時代の一つの史実を題材に、アイヌと和人の間で悲惨な戦いを避けるべく奔走した人々を描く本作。作中でアイヌが置かれた状況のあまりの過酷さに重い気持ちになりつつ、主人公たちが目的を達成できるよう、これほど感情移入して応援した作品はかつてなかったと思います。

 しかし本作は、単純にアイヌと和人を善悪に分けるのではなく、そのそれぞれの心に潜むものを丹念に描いていきます(悪役と思われた人物の思わぬ言葉にハッとさせられることも……)。
 作者はこれまで、戦国ものを描きつつも、武器を取って戦う者たちの視点からではない、また別の立場から戦う者の視点から物語を描いてきました。本作はその一つの到達点と感じます。


『憧れ写楽』(谷津矢車 文藝春秋)
 ここからは最近の作品。来年の大河ドラマの題材が蔦屋重三郎ということで、蔦屋だけでなく彼がプロデュースした写楽を題材とする作品も様々に発表されています。

 その一つである本作は、写楽の正体は斎藤十郎兵衛だけではない、という当人の言葉を元に、老舗版元の若き主人である鶴屋喜右衛門が喜多川歌麿と共にその正体を追う時代ミステリですが――しかし謎を追う過程で喜右衛門がぶつかるのはどこか我々にも見覚えのある「壁」や「天井」です。
 それだけに重苦しい展開が続きますが、だからこそ、その先に描かれる写楽の存在に託されたものが胸に響きます。


『イクサガミ 人』(今村翔吾 講談社文庫)
 Netflixで岡田准一主演で映像化という、仰天の展開が予定されている『イクサガミ』。当初予定の三作では終わりませんでしたが、しかし三作目の本作を読めば、いいからまだまだやってくれ! と言いたくもなります。
 いよいよ「蠱毒」も終盤戦、東京に入れるのは十名までというルールの下、残り僅かな札を求めて強豪たちが集結――前半の島田宿では、まだこれほどの使い手がいたのか! と驚かされるような面子が集結し、激闘を展開します。
 その一方で、主催者側の隠された意図もちらつきはじめ、いよいよ不穏の度を増す戦いは、東京を目前とした横浜でクライマックスを迎えます。文字通り疾走感溢れる決戦の先に何が待つのか――来年刊行される最終巻には期待しかありません。

 最後にもう一作品、『篠笛五人娘 十手笛おみく捕物帳 三』(田中啓文 集英社文庫)については、近々にご紹介の予定ですので、ここでは名前のみ挙げておきます。

それでは良いお年を!

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2024.12.30

2024年に語り残した歴史時代小説(その一)

 今年も残すところあと二日。こういう時は一年の振り返りを行うものですが――既に読んでいるにもかかわらず、まだ紹介していない作品が(それも重要なものばかり)かなりありました。そこで今回は二日に分けてそうした作品に触れていきたいと思います。(もちろん、今後個別でも紹介します……)

『佐渡絢爛』(赤神諒 徳間書店)
 いきなりまだ紹介していなかったのか、と大変恐縮ですが、今年二つの賞を取り、年末のベスト10記事でも大活躍の本作は、その評判に相応しい大作にして快作です。

 元禄年間、金鉱が枯渇しかけていた佐渡で、謎の能面侍による連続殺人が続発。赴任したばかりの佐渡奉行・荻原重秀は、元吉原の雇われ浪人である広間役に調査を一任し、若き振矩師(測量技師)がその助手を命じられることになります。水と油の二人は、衝突しながらもやがて意外な事件のカラクリを知ることに……

 と、歴史小説がメインの作者の作品の中では、時代小説色・エンターテイメント色が強い本作ですが、しかし作者の作品を貫く方向性はその中でも健在です。何よりも、ミステリ・伝奇・テクノロジー・地方再生・青年の成長といった様々な要素が、一つの作品の中で全て成立しているのが素晴らしい。
 「痛快時代ミステリー」という、よく考えると不思議な表現が全く矛盾しない快作です。


『両京十五日 2 天命』(馬伯庸 ハヤカワ・ミステリ)
 今年のミステリランキングを騒がせた超大作の後編は、前編の盛り上がりをさらに上回る、まさに空前絶後というべき作品。明朝初期、皇位簒奪の企てを阻むため、南京から北京へと急ぐ皇太子と三人の仲間たちの旅はいよいよ佳境に入る――というより、上巻ラストの展開を受けて、三方に分かれることになった旅の仲間たちが、冒頭からいきなりクライマックスを繰り広げます。

 地位や身の安全よりも友情を取るぜ! という男たちの侠気が炸裂したかと思えば、そこに恐るべき血の因縁が絡み、そして絶対的優位な敵に挑むため、空前絶後の奇策(本当にとんでもない策)に挑み――と最後まで楽しませてくれた物語は、最後の最後にそれまでと全く異なる顔を見せることになります。
 そこでこの物語の「真犯人」が語る犯行動機とは――なるほど、これは現代でなければ描けなかった物語というべきでしょう。エンターテイメントとしての魅力に加えて、深いテーマ性を持った名作中の名作です。


『火輪の翼』(千葉ともこ 文藝春秋)
 『震雷の人』『戴天』に続く安史の乱三部作の完結編は、これまで同様に三人の男女を中心に描かれた物語ですが、その一人が乱を起こした史思明の子・史朝義という実在の人物なのもさることながら、前半の中心となるのがその恋人である女性レスラー(!)というのに驚かされます。

 国の腐敗に対し、父たちが起こした戦争。しかしそれが理想とかけ離れた方向に向かう中、子たちはいかにして戦争を終わらせるのか。安史の乱という題材自体はこれまで様々な作品で取り上げられていますが、これまでにない主人公・切り口からそれを描く手法は本作も健在です。

 ただ、歴史小説にはしばしばあることですが、結末は決まっているだけに、主人公たちの健闘が水の泡となる展開が続くのは、ちょっと辛かったかな、という気も……


『最強の毒 本草学者の事件帖』(汀こるもの 角川文庫)
『紫式部と清少納言の事件簿』(汀こるもの 星海社FICTIONS)
 前半最後は汀こるものから二作品を。『最強の毒』は、偏屈者の本草学者と、男装の女性同心見習いが数々の怪事件に挑む――というとよくあるバディもの時代ミステリに見えますが、随所に作者らしさが横溢しています。
 まず表題作からして、これまで時代ものではアバウトに描かれてきた「毒」に、本当の科学捜査とはこれだ! とばかりに切込むのが痛快ですらあるのですが――しかし真骨頂は人物造形。作者らしいセクシャリティに関わる目線を随所で効かせた描写が印象に残ります(特にヒロインの男装の理由は目からウロコ!)

 一方、後者は今年数多く発表された紫式部ものの一つながら、主人公二人の文学者としての「政治的な」立場を、ミステリを絡めて描くという離れ業を展開。フィクションでは対立することの多い二人を、馴れ合わないながらも理解・共感し、それぞれの立場から戦うシスターフッドものの切り口から描いたのは、やはりさすがというべきでしょう。


 以下、次回に続きます。

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2024.12.04

呪いと鎮魂の間に舞う 瀬川貴次『もののけ寺の白菊丸 桜下の稚児舞』

 とある曰く付きの寺を舞台に繰り広げられるホラーコメディ待望の続編が刊行されました。帝の御落胤ながら、故あって寺に預けられた十二歳の白菊丸が寺で巻き込まれる騒動はまだまだ続きます。今回はなりゆきから稚児舞の舞い手に選ばれた白菊丸が悪戦苦闘する羽目になるのですが、その裏には……

 帝の最初の子として生まれながらも、母の身分が低かったことから存在を隠され、密かに育てられてきた白菊丸。十二になった年に大和国の勿径寺に預けられ、稚児となった彼は、そこで封印されている大妖怪・たまずさと出会います。
 実は勿径寺は、京から焼け出されたもののけ縁の品が封印された寺。たまずさに妙に気に入られ、自分も懐いた白菊丸は、そんなもののけたち絡みの事件に次々と巻き込まれることに……

 という設定で描かれた前作では、いい加減ながら非常に強い法力を持つ定心和尚、稚児たちのカリスマで白菊丸も憧れる千手丸といった寺の人々、そして正体はあの九尾の狐とも噂される白い獣の大妖・たまずさなど、個性的な人々(?)が登場――作者らしい、時におどろおどろしく基本おかしい、テンション高い物語が展開しました。
 そのノリはそのままに、新たなキャラクターたちを迎えて、物語は展開します。

 奇病に倒れて医者にも見放され、定心和尚を頼ってきた近くの村の悪名高い地主。しかしその正体は奇病ではなく何者かの呪いであり、定心の法力で返された呪いは意外な人物の元に返されることに……
 という第一話において、思わぬ形で呪いと関わることになった白菊丸は、その後、夜の境内を闊歩する巨大なザトウムシのような土地神と遭遇し、それが神楽に聞き惚れている姿を目撃します。

 それを聞いた定心和尚は、たまずさが解放されたことが原因と考え、かねてから進めていた<勿径寺/花の寺計画>の一貫として、鎮魂の法会を開き、桜の下で稚児舞を行うことを発案。たまずさ解放に責任のある(?)白菊丸もその一人に選ばれてしまうのでした。
 舞など全くやったことはないにも関わらず舞い手に選ばれてしまい、悪戦苦闘を続ける白菊丸ですが、その周囲では怪異が相次ぎます。その影には、「呪い」を請け負うある男の存在がが……


 全四話構成の本作ですが、第四話である表題作が全体の半分を占め、前三話はそこに至るまでのプロローグという印象が強い構成となっています。そして物語の内容を一言で表せば、呪いと鎮魂の物語といえるでしょう。

 舞台となるのはおそらく鎌倉時代――戦乱で宇治の寺が焼かれ、そこに封じられていたもののけたち縁の品が勿径寺に移されているという設定があるので――いまだ呪いが力を持つものと信じられ、同時に死者の怨念・無念が力を持つと信じられていた時代です。このように、呪いの実効性と鎮魂の必要性が人々に信じられていたからこそ、本作は成立する物語といえます。

 もっとも本作の場合、呪いを積極的に仕掛ける人物が登場することから、物語はさらにややこしくなります。呪いを引き受ける謎の青年、背中に「禍」の字を染めた衣を着たその名は禍信居士――事の善悪を問わず、依頼を受ければ呪詛を請け負う彼は本作の敵役ではありますが、ターゲットに妙な拘りを持っているのがユニークです。
 もっともその拘りを含めて定心和尚からは生暖かい目で見られてしまうのも、また本作らしいところですが……


 そんな新キャラクターが存在感を発揮する一方で、たまずさはちょっとおとなし目で、ほとんど白菊丸の保護者役に徹していたため、前作ほどの危険性と、それと背中合わせの魅力を感じられなかったのはやや寂しいところではあります。
 もっとも彼女の正体については、九尾の狐かと思えばはっきり異なる点もあり、まだまだ気になる存在であることは間違いありません。

 今回描かれた厄介事は実質的には解決しておらず、まだ尾を引くことを予感させます。この先描かれるであろう物語もまた、楽しみになります。


『もののけ寺の白菊丸 桜下の稚児舞』(瀬川貴次 集英社オレンジ文庫) Amazon

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2024.11.23

意外な面々が迫るあの日の惨劇の真相 高橋留美子『MAO』第22巻

 『MAO』第22巻は、前巻から続く生人形との戦いから。そして菜花の想いと摩緒の想いを描くエピソードに続いて、物語の核心の一つ――平安時代に起きたあの日の惨劇の真相に、意外な面々が迫ることになります。

 巷を騒がす、生人形による連続殺人。御降家の人形師によるというその生人形を追う摩緒たちは、生人形の動力が、白眉の鉄の案山子から盗まれたものであったことを知って――と、白眉の新御降家ではない第三者の仕業であったこの事件ですが、そこに白眉が現れたことで、混沌とした戦いが繰り広げられることになります。

 摩緒たちと白眉の戦いは、これまで幾度繰り広げられたかわかりませんが、しかしそんな中でも進歩していくのが人間と言うべきか、木剋金で不利なはずの華紋が、技の内容で白眉と互角に戦ってみせるのが印象に残りました。

 そしてこの巻では、この後に菜花が巻き込まれた二つの事件が描かれます。ある日から大量の鼠を喰らうようになり、蛇のような姿と化した女性、調伏しに来た祈祷師に取り憑いて暴れまわる鬼の腕――いずれも摩緒たちのような熟練者にとっては大した事のない相手ですが、しかし菜花にとっては強敵です。
 それでも彼女が逃げずに立ち向かうのは、そんな相手に負けない強さを手にするため――そして摩緒と共に戦うため。その想いで地血丸を手に戦う菜花ですが、しかしその力を思うように使いこなすにはまだ力が足りません。

 そして摩緒と共に戦ってた後者はともかく、偶然遭遇したこともあって前者とただ一人で戦っていた彼女を助けることとなったのはなんと幽羅子。相変わらず真意の読めぬ彼女ですが、その彼女から先日摩緒と会ったことを聞かされたことから――そしてそれを摩緒から聞かされていないことから――激しく菜花は動揺します。

 この辺りの、バトルものと恋愛ものという相反する物語を、キャラクターの感情でもって結びつけ、動かしてみせるという展開には、作者にとっては自家薬籠中の物というべきでしょう。
 とはいえ、菜花が自分の感情をぶつけるには摩緒は重すぎる過去(しかも現在進行形)の持ち主、そして当の摩緒は極め付きの鈍感というわけで、それなりに微笑ましくあるこの両片思いは、まだまだ先が長そうです。


 しかし、そんな悠長なことを言っていられないのは陰謀を巡らせる側です。自分の目的のために夏野を使って大五を蘇らせた猫鬼ですが、しかし大五は己の意のままにならず、それどころか夏野の瞳に魂を宿して、自分自身の目的のために動いている様子。それならばその目的――御降家崩壊の日の真実、いや紗那の死の真相を彼に知らせればよいと考えた猫鬼は、真相を知るであろう唯一の人物である幽羅子を標的に定めたのです。

 かくしてこの巻の終盤では、猫鬼・夏野・幽羅子・白眉という面々によって、「あの日」の真実の一端が語られることになります。

 非常に入り組んでおり、かつ断片的に語られているのでややこしいのですが、当初摩緒の仕業と思われた紗那の死は、実は幽羅子の邪気によるものであり、しかしそれは紗那が望んだことでした。その理由は、愛する大五に先立たれた悲しみと幽羅子は語ったのですが――しかし大五の死は狂言であり、それを紗那も知っていたのです。

 それでは紗那はなぜ自ら死を望んだのか? それを幽羅子が知ると考えた猫鬼は、白眉を引き込んで幽羅子を謀り、ある行動を取らせます。そしてそこに現れた夏野が指摘した事実は、これまでの前提を一変させることに……


 というわけで、またもや波乱含みとなったところで次の巻に続くことになります。

『MAO』第22巻(高橋留美子 小学館少年サンデーコミックス) Amazon

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2024.11.22

薄幸の貴公子の次は肉体派オヤジ!? 出口真人『前田慶次かぶき旅』第17巻

 中国路を行く前田慶次の旅はまだまだ続きます。思わぬ成り行きから小早川秀詮のもとに向かうことになった慶次は、余命幾ばくもない秀詮のために粋な計らいをすることになります。そして次なる武将は福島正則――今なお豪腕を誇る正則が語る想いとは……

 吉川広家の元で出会った毛利輝元の娘・古満姫を、かつての夫である小早川秀詮に会わせるために一肌脱ぐことになった慶次。
 関ヶ原での裏切りから「天下一の不忠者」と呼ばれる秀詮ですが、しかしその内実は、若さに似合わぬ傑物だった――と、前巻で語られたわけですが、この巻でも冒頭から、徳川家康と黒田如水をして「惜しい」と言わしめるほどの秀詮のいくさ人ぶりが語られます。

 しかし、秀詮の余命はあとわずか――そして今なお彼を慕う古満姫も、堂々と彼と別れを惜しむわけにはいかない立場にあります。
 もちろん、だからといって、慶次がそんな二人に手をこまねいているはずもありません。いつもの横紙破りとは一味異なる、粋なやり方で機会を用意する慶次ですが――それを受けての二人のやりとりは、まことに切なくも、しかし美しく凛としたもの。この別れの姿は、この巻の名場面の一つというべきでしょう。


 さて、秀詮そして古満姫と別れを告げ、旅を続ける一行の前に現れたのは、線の細い薄幸の貴公子とは正反対の、ごっつい肉体派オヤジ――そう、秀吉子飼いの中でも武断派で鳴らす福島正則です。
 吉川から小早川へ、自分の領地・安芸広島をすっ飛ばして慶次が向かったのに腹を立てた正則。彼は、伝説のかぶき者も何事やあらんとばかりに、自分の下に呼びつけ、力比べをして取り拉いでやろうとしていたのです。

 いやはや、全くもって正則ならやりそう、という展開ですが、その結果がどうなるかは言うまでもありません。この物語の頃、史実では正則は約40歳、慶次は約70歳――いくら何でもという気もしますが、本作はいわば講談。これくらいは大アリでしょう。

 そしてぶつかった後は酒盛りで親交を深めるのも言うまでもありませんが、しかしその中で正則は意外な側面を見せることになります。
 上で述べたように、秀吉子飼いでありながらも、関ケ原では東軍で戦った正則。そこに至るまでに、彼に何があったのか――本作はそれを語るに、豊臣秀次の悲劇を描きます。

 秀吉とは従兄弟であり、その秀吉に天下を取らせるために戦ってきた正則。しかし天下を取った後の秀吉の行動は、己の血を憎むかのように、血縁に対して過酷に過ぎるものでした。
 その筆頭が秀次であったわけですが――それを恨むことなく、従容と運命を受け入れた秀次の最期に、武人の本懐を見た正則。そしてその彼もまた、武人としての己を貫くために、天下を取ろうとする家康の下で戦った……

 明快なようで屈折した正則の想いですが、そんな想いの根底には、タイプとしても立場としても正反対であった小早川秀詮とある意味共通する、血縁者だからこその秀吉への複雑な愛憎があったというのは、興味深い視点です。
 その一方で、正則が秀詮とはまた異なる彼なりの道を選んだ理由に、信長と秀吉と出会った幼き日の思い出があった――という展開も、彼に爽やかかつ切ない陰影を与えているといえます。


 さて、安芸広島での冒険はまだ少し続くようですが、次の巻では村上海賊との出会いが描かれるとのこと。
 この調子で、家康のいる伏見に行くまで旅は続くのではないか、という気がしてきましたが、それもまたよし。この豪傑譚の締めくくりが今から楽しみになっているところです。


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2024.09.23

長徳の変・酒呑童子・刀伊の入寇を結びつける者 町井登志夫 『枕爭子 突撃清少納言』

 『諸葛孔明対卑弥呼』『爆撃聖徳太子』など、歴史小説では斬新な視点から史実に大穴を開けてきた作者。その最新作は、清少納言と長徳の変、そして酒呑童子と刀伊の入寇という、一見まるで無関係に見える要素を結びつけ、壮大な物語を展開する、またもや途方もない作品です。

 兄・伊周にそそのかされ、花山法皇に矢を射た藤原隆家。この事件に乗じて動いた藤原道長により、伊周は臣下の身にありながら大元帥法を行ったと濡れ衣を着せられ、中央から排斥されることになります。
 一方、大陸では遼に押される女真族の長が、娘のリルにある秘命を託し、日本に送り出します。日本と女真の運命を左右する秘命を……

 そして、出会うはずのない男女が出会ったことにより、歴史は大きく動き出します。大江山に棲み着き、京を脅かす異族を、一度は退けた藤原保昌と源頼光。しかし遠く海の向こうに追い払ったはずの異族は、新たな力を得て再び日本に迫ります。
 大宰府を襲った異族に立ち向かうのは、異族の長とは奇怪な因縁で結ばれた藤原隆家。そして一連の事件の中で、清少納言は如何なる役割を果たすのか!?


 長徳の変、酒呑童子、刀伊の入寇――この三つを結びつけ、一つの巨大な物語を作り上げてみせた本作。
 同じ平安時代中期とはいえ、時間的には若干ずれている出来事を結びつけるという、ほとんど三題噺のような趣向ですが、この三つを結びつける(というか、この三つに首を突っ込む)のが清少納言とまでくれば、もはや脱帽。

 なるほど、清少納言は隆家の姉・定子に仕えていたので長德の変はいいとして、後の二つは!? となりますが――当代随一の知識人にして(本作では)とてつもないバイタリティの持ち主だから、と断言されては、もう納得するほかありません。

 とはいえ、描かれる出来事の大半について、実際には清少納言も同時代人以上の繋がりがないため、伝奇ものとして見ても、説得力という点では、作者の過去の作品に比べるとかなり苦しいものがあることは否めません。
 それでも、この国の歴史を日本という「場所」のみに留めず、海の向こうとの関わりを含めて描く視点が変わらないのは、嬉しく感じられます。


 しかしそうした点はあるものの、「鬼」を(たとえ国内の人間にも責任はあるとはいえ)住む土地を失って海を渡って日本に住み着き、そこから日本を侵略しようとする存在と描く設定には、すっきりしないものを感じます。
 いや、それだけであればともかく、その「鬼」たちと日本人の間に生まれた子供たちが行き場をなくし、テロリスト的な存在と化したのに対して、日本側の登場人物が「郷に入っては郷に従えばよかったのに」的な言葉をかけるのは、相当にグロテスクなのではないでしょうか。

 本作の清少納言は、先に述べたように突飛なキャラクターではあるものの、「戦う男」――つまり戦いに逸り、戦いのみを解決手段とする男性に対して、文化を通じて他者と接する女性として描かれていると感じます。
 その点は興味深いのですが、しかしその文化の扱いについて、もう少し書き方があったのではないか――そう感じます。

 もちろん、守るべき土地や守るべき文化があるという大前提は理解できるものの、いまご時世に、この設定をあまり無邪気に楽しんではいられなかった、というのが正直なところではあります。


『枕爭子 突撃清少納言』(町井登志夫 祥伝社文庫) Amazon

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2024.08.27

陶延リュウ『無限の住人 幕末ノ章』第10巻 最後の激突 そして幕末から明治へ

 長きにわたり描かれてきた幕末絵巻も、ついにこの第十巻を以て完結となります。大政奉還を成功させたものの、諸勢力から狙われる龍馬を近江屋で守る万次。しかしそこに修羅と化した沖田総司が襲いかかります。大切な者を喪った万次の最後の戦いの行方は……

 薩長同盟に次いで大政奉還を成功させ、無血革命へと大きく時代を動かしてみせた坂本龍馬。しかしその立役者として、龍馬は幕府のみならず、武力倒幕を目指していた薩長からも命を狙われることになります。

 一方、知らぬこととはいえ、自分がその龍馬の命を助けてしまったことを知った沖田は大暴走、療養のために一度は江戸に向かったもののUターンし、京で辻斬りを始めるのでした。
 そして総司・新選組・見廻組から追われることになった龍馬は、万次とともに近江屋にひとまず隠れるものの……

 というわけで、ついに来てしまった運命の慶応3年11月15日。この日に何が起きたのか、それはいうまでもないでしょう。
 かくしてこの巻の前半では、近江屋での死闘が描かれることになります。本作においては、龍馬には万次がついていることはいうまでもありません。並みの相手であれば引けを取るはずもない万次ですが、しかしそこに総司が現れたことで、残酷な結末を迎えることになります。

(ちなみに龍馬に手を下した人間については見廻組の今井や新選組の原田など、諸説ありますが、本作では律儀にそれを全部採用しているのがちょっとおかしい)

 かつては凛を守って逸刀流や幕府の手の者たちと渡り合い、見事彼女に仇討ちの本懐を遂げさせた万次。しかし、それはあくまでも僥倖だったのかもしれません(冷静に考えれば結構凛に守られたり救われたりしてましたしな)。
 そしてその事実に否応なく直面させられた万次が取った行動とは……


 そして、江戸で沖田が療養している屋敷での万次と総司の激突を以て、本作は終わりを迎えることになります。

 友を喪い怒りに燃える万次が勝つか、死を目前にして透徹した心境の総司が勝つか? 万全の態勢で臨んだ万次ですが、迎え撃つ総司の方も思わぬ(本当に何故ここに……)得物を手にして一歩も引かない――いやむしろ万次を圧倒します。
 この、狭い屋内を舞台にしての変態武器を用いての剣戟は、実に「らしい」――本作のラストを飾るに相応しいものといえるかもしれません。

 そして意外といえば意外、納得といえば納得のその結末もまた……

(意外といえば、應榮が誰の子孫かというのはちょっと意外というか、結局押し切ったんだなあ――というか)


 幕末の物語は終わり、明治の物語へ――正篇の結末に繋がって完結した本作。

 すぐ上で触れたように、ラストバトルは納得のいくものでありましたし、また物語的にもここで終わるのが適切であろうとは思いますが――しかし、これまで描かれてきた様々な人々の運命が、あっさりと一コマで片付けられてしまうのは、それはそれで非常に勿体ないという印象は否めません。
 特に物語前半にあれだけ暴れまわった土方についてはほとんど触れられず――というのは、これも物語の流れ上仕方ないのですが、やはり残念ではあります。

 正篇とは大きく異なり、幕末の史実――大きな歴史のうねりに関わることとなった万次。しかしそれは終わってみれば結局、巻き込まれただけ、という印象が残るのは、これも仕方はないとはいえ、索漠たる印象が残ります。
 もちろん万次にとってみればそれはいい迷惑、自分は必死に切り抜けてきただけということなのだと思いますが――正篇での目的を貫き通した彼の姿を思うと、この物語の意味をどう捉えたものか、少々悩んでしまうのです。

 そんな中、陶延リュウの作画は大きな収穫であったと思います。四季賞では武侠ものを発表していたこともあり、次回作にも強く期待しているところです。


『無限の住人 幕末ノ章』第10巻(陶延リュウ&滝川廉治&沙村広明 講談社アフタヌーンコミックス) Amazon


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2024.08.20

高橋留美子『MAO』第21巻 三つのエピソードが見せる物語の厚み

 少々意外なキャラクターが表紙を飾る『MAO』第21巻は、御降家継承を巡る因縁と謎は小休止となり、御降家の遺産を中心とした短編エピソードの連続となります。

 土の術者・大五の復活とその背後の猫鬼の暗躍により、一層混沌としていく御降家の弟子たちと新御降家の戦い。そんな中、幽羅子は摩緒にどこまでが真実かわからぬ「本心」と「真実」を語り、彼を悩ませます。

 そんな重苦しい状況で、摩緒は気分転換的に(?)菜花と共に、御降家の呪術を継ぐ宝生家に往診に向かうのですが……
 新御降家のかがりの実家であり、以前彼女から呪いを受けた姉・綾女。この巻の表紙を飾る綾女から、摩緒たちは、かつて彼女が受けた呪いの依頼の、いわば後始末を頼まれることになります。

 親友でもある使用人の少女を騙す、悪い男にかけた呪いが効かないと再度訪ねてきた令嬢。しかし彼女の家で出会った相手の男は、呪いによって確かに異形に変じていて――という奇妙な状況で描かれるのは、はたして誰が誰を呪ったのか、という謎です。
 シチュエーションから考えればその答えはほぼ明白でしょう。しかしかがりの呪いで視力を喪った代わりに綾女が見る力を得た、人の背後の「暗い影」の存在が、このエピソードにアクセントを与えています。

 そこで描かれるものは、この呪いを軸とする物語にも、一つの救いがあると示しているように感じられるのです。


 続いて描かれるのは、村々で相次ぐ、子供たちの集団行方不明事件――昼日中から子供たちが、大人の制止も振り切ってどこかに引き寄せられるように去ってしまうという、ハーメルンの笛吹きを思わせる事件です。

 そして事件の背後にあった御降家の呪具・子寄せの笛を巡り、摩緒と新御降家の蓮次と芽生が激突することに――と、これまで幾度も描かれてきた呪具争奪戦が展開するのですが、ここでは御降家ゆかりの者たちでない、「普通の人間」の悪意が描かれることになります。

 そもそも、その名の通り子供を操り、招き寄せるこの笛は、強力ではある(操られて、誘拐を警戒する大人たちに集団で襲いかかる子供たちの姿が凄まじい)ものの、用途は限定的であるはず。
 しかしその用途の先にあるものは――と、暗澹たる気持ちになったところに、意外な犯人像と背後関係が明らかになったところから、物語は意外な方向に展開していきます。

 そもそも新御降家側から派遣されたのが蓮次と芽生という、ともに幼い頃に大人によって運命を狂わされた二人である点が、一種のヒントでもあるわけですが――このエピソードの結末は、御降家と新御降家がある種の棲み分けを見せると同時に、両者の決して越えられない溝をも示している点が、印象に残ります。

 たとえ一部でも通じ合うところがあったとしても、結局はどちらかが倒れるまで戦うしかないのか――物語の本筋には絡まないものの、そこで続く戦いの行方を予感させる意味で、重要なエピソードといえるでしょうか。


 そしてこの巻の後半では、奇怪な生人形を巡るエピソードが展開します。

 とある男爵が手に入れたという見事な生人形のお披露目に参加した華紋。しかし数日後、男爵は自室であばら骨が何本も折れた姿で発見され、生人形は姿を消していたのでした。そして調査に向かった華紋が現場で感じ取ったのは、強い金の気だったのです。
 その後、幾つかの家が生人形を手に入れたと知り、確かめに行った華紋が見たものは、先日見たものとは異なる人形であり、しかもその家の人間も健在――しかしいずれの家も、御降家の人形師から買ったと語っていて……

 という謎めいた導入のこのエピソードですが、上で触れた殺人が起きた家と起きなかった家の違いというひねりは面白いものの、真相自体は、ここまで読んできた読者にはある程度予想はつくかと思います。

 が、全く予想できなかったのは、その背後に、かつて本作で描かれたある戦いがあったことであります。具体的には第6巻と相当以前ですが、そこで描かれたものがここに繋がってくるというのは、長編漫画だからこその醍醐味というべきでしょうか。


 冒頭に触れた通り、本筋にはほとんど触れないエピソードが続く巻でしたが、それはそれで面白いのは、本作の物語としての厚みというものなのかもしれません。

『MAO』第21巻(高橋留美子 小学館少年サンデーコミックス) Amazon

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2024.08.05

仁木英之『モノノ怪 鬼』(その二) 異例のヒロインが持つ「強さ」と「弱さ」

 『モノノ怪』の仁木英之によるスピンオフ小説の第二弾『モノノ怪 鬼』の紹介の後編です。歴史小説的文法で描かれる長編エピソードという点に留まらない本作のもう一つの特徴。それは……

 しかし、本作にはここまで述べてきた以外にも、もう一つの特徴があります。それは本作の実質的な主人公であり、そしてヒロインである「鬼御前」こと小梅の存在です。

 先に述べた通り、実在の(実際に伝承が残っている)人物である小梅――というより鬼御前。実は伝承では「鬼御前」の通称のみで、本名は残されていないのですが――そこでは夫の鑑直と共に日出生城に依り、わずかな手勢で勇猛を以て知られる島津勢を相手に奮戦したといわれる女性とされています。

 この鬼御前は身の丈六尺(180cm)近い長身だったということですが――図らずも××女ブームに乗る形に、というのはさておき、その規格外の人物像は、本作でも存分に活かされています。
 しかし彼女の最大の特長であるその「強さ」は、『モノノ怪』に登場するヒロインには、極めて珍しいものと感じられます。

 これまで『モノノ怪』に登場したヒロイン、モノノ怪に関わった女性の多くは、儚げな――望むと望まざるとに関わらず、ある種の「弱さ」を抱え、運命に翻弄される存在であったといえるでしょう。
 それはモノノ怪を生み出すのが人の情念や怨念によるものであることを考えれば――そしてまた、物語の背景となる時代を考えれば――むしろ必然的にそうなってしまうということかもしれません。

 それに対して本作の小梅は、並の男では及びもつかない力を持ち、そしてその力に相応しく、自分の行くべき道を自分で選ぶ強い意志を持つ女性――この時代の女性としては、破格というほかない人物。そんな彼女は、第一話で描かれたように、モノノ怪を討つ側であっても、生み出す側ではないと思えます。
 しかし、それであるならば、登場するモノノ怪をサブタイトルとする『モノノ怪』において、第四話のそれは何故「鬼御前」なのか――?

 実にそこに至るまでの本作の物語は――人々の誰もが巨大な歴史の流れに翻弄された時代、誰かを守るために誰かを傷つけなければならない時代に現れるモノノ怪を描く物語は――その理由を描くためのものといってよいかもしれません。
 そこには同時に、「強い」者の中には「弱さ」はないのか。そしてそもそも「弱さ」はあってはならないのか? ――そんな問いかけと、その答えが存在するとも感じられます。

 そして最後まで読み通せば、小梅もまた、『モノノ怪』のヒロインに相応しい女性であると――すなわち、過酷な運命に翻弄されながらも、なおも自分の想いを抱き続けた女性であると理解できるでしょう。
(もう一つ、『モノノ怪』という物語において、「解き放」っているのは、薬売りだけではないということもまた……)


 スピンオフ小説ならではの異例ずくめの趣向で物語を描きつつも、それでもなお、確かに『モノノ怪』と呼ぶべき物語を描いてみせた本作。
 異色作にして、だからこそ『モノノ怪』らしい――『モノノ怪』の作品世界を広げるとともに、そして同時にその奥深さを証明した作品といってもよいかもしれません。

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2024.08.04

仁木英之『モノノ怪 鬼』(その一) 歴史小説的文法で描く初の長編エピソード

 ついに新作劇場版も公開された『モノノ怪』。その完全新作ノベル――仁木英之によるスピンオフ小説の第二弾が本作です。今回舞台となるのは、九州平定を狙う島津家に抗う人々が暮らす地・玖珠。そこに現れる四つのモノノ怪を巡る、連作スタイルの長編です。

 九州で大きな勢力を持っていた大友家が耳川で島津家に惨敗して数年。以降、九州制覇を目論む島津家は各地を併呑しながら北上を続け、広大な山に囲まれ、「侍の持ちたる国」として自立してきた玖珠郡にもまた、その軍勢が目前に迫ります。
 しかし玖珠郡の諸侯をまとめる古後摂津守は、この地の有力者である帆足孝直と仲違いして久しく、島津に対する態度も足並みが揃わない危機的な状況――さらに、周囲の山には、いつしか人を食らう妖・牛鬼が棲み着き、人々を苦しめていたのです。

 そんな中、元服したばかりの帆足家の嫡男・鑑直は、山中で一人の美しい少女・小梅に出会います。
 自分よりも身体が大きく、腕力も武芸の腕も上回り、周囲からは「鬼御前」と呼ばれる小梅。しかし鑑直はそんな彼女に惹かれ、やがて二人は相思相愛となるのですが――実は小梅こそは、古後摂津守の長女だったのです。

 父同士の不仲にも引かず、自分たちの想いを貫くため、力を合わせて牛鬼を退治せんとする鑑直と小梅。そんな二人の前に、奇妙な風体の薬売りが現れて……


 戦国時代も末期、本土では秀吉が天下統一に向けて快進撃を続けていた1580年代後半、九州で繰り広げられた島津家と諸侯の戦い。本作の題材となっているのはその一つ、日出生城の戦いをクライマックスとする、玖珠郡衆と島津家の戦いです。
 そう、本作の背景は、かなり知名度は低い(フィクションの題材となったことはほとんどないのではないでしょうか)ものの、歴とした史実――さらにいえば、物語全体を通じて登場する鑑直と小梅(正確には後述)も、彼らの父たちも実在の人物なのです。

 同じ作者による前作『モノノ怪 執』においても、江戸時代を舞台に、史実の事件や実在の人物が題材となったエピソードがありましたが、戦国時代を舞台に、さらに史実と密着して描かれる本作のアプローチは、それをより推し進めたものといえるかもしれません。
 前作が時代小説の文法で『モノノ怪』を描いたとすれば、本作は歴史小説の文法で『モノノ怪』を描いた――そう評すべきでしょうか。


 そんな本作では、冒頭の「牛鬼」に続き、以下の物語が描かれます。
 鑑直と小梅の婚礼が行われる中、小梅の妹・豆姫に近づいた元島津家重臣の若侍・伊地知が、古後家をはじめ周囲を煙に巻き、狂わせていく「煙々羅」
 島津家の総大将・新納忠元の軍勢が玖珠に迫る中、島津家で勢力を急進してきた鬼道を操る怪僧が生み出した屍人の兵が玖珠を苦しめる「輪入道」
 島津の総攻撃を前に鑑直と共に小梅が日出生城に籠り奮闘する中、新たなモノノ怪が生まれる「鬼御前」

 このあらすじを見ればわかるように、本作にはこれまでにない、大きな特徴があります。それは本作が全四話構成であり、四話で一つの物語を成していること――つまりは本作は長編エピソードなのです。

 アニメの『モノノ怪』は、分量的には中短編であり、そして個々の物語は(稀に過去のエピソードのキャラクターが登場することはあれど)それぞれ独立したものとして描かれていました。
 それに対して本作は、玖珠という地を舞台にした連続した一つの物語であり、アニメにも小説にもなかった、これまでにない趣向といえるでしょう。
(そしてそれだけ薬売りも一つ所に長居するわけで、結構玖珠の人々に親しまれている様子なのが、ちょっとおかしい)


 しかし本作には、更なる特徴があります。それは――長くなりましたので明日に続きます。


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