2023.11.24

『るろうに剣心』 第二十話「明治剣客浪漫譚 第零幕 前編」/第二十一話「同 後編」

 諸国を流浪する中、横浜に立ち寄った剣心。そこで仮面の外国人医師・エルダーが悪徳医師・石津泥庵の用心棒に絡まれていたのを助けたのをきっかけに、剣心はエルダーの素顔を知ることになる。そして、石津に雇われてエルダーを狙う西洋剣士・エスピラールと、剣心は決闘することになるが……

 まさかの第零幕が前後編で描かれることとなったこの第二十話・二十一話。原作は連載終了からだいぶ経ってからの掲載ということで、比較的知名度が低いエピソード(アニメ放映とほぼ同時に、文庫の『るろうに剣心 アナザーストーリーズ』に収録されましたが)ですが、そこにアニメ独自のアレンジを加えることで、魅力的な内容となっていたといえます。

 原作では一話分ということで、かなりあっさりしていましたが、今回は二話分、それも本編の中に挿入される形となったことで、様々なアレンジを施されているのが目を惹きます。
 その一つ目は、剣心とエルダー、そして車夫の男吉の交流。原作では剣心がエルダーと知り合った後、すぐにエルダーの「正体」が描かれ、後はクライマックスの決闘シーンに雪崩れ込むという、かなり慌ただしい展開だったのですが、今回のアニメ版では、三人がアフタヌーンティーしたり、居留地見物に出かけるという場面が用意されています。
 居留地見物の時の、ヘンな役割分担(?)も面白いのですが、目を惹くのは剣心が茶を飲む場面――庭の沈丁花の香りはわかっても、紅茶の香りがわからない剣心に、エルダーが心因性のストレスを見て取るのは、ちょっとドキリとさせられるシーンです(そしてこれが大きな意味を持つのですが、それは後述)。

 しかし、ある意味今回一番インパクトが大きかったのは、エスピラールのキャラクターの大きな変化ではないでしょうか。日本剣術vs西洋剣術というのは、これは時代ものでは一種の定番パターンではありますが、刀身に螺旋の入ったレイピアという如何にもるろ剣らしいケレン味溢れる武器を披露しながらも、原作でのエスピラールは、紙幅の都合もあってあっさり倒される殺し屋という、実に勿体ない扱いでした。

 それがこのアニメ版では、エルダー抹殺を請け負いながらも、むしろ彼女の護衛を務める最強の剣士・人斬り抜刀斎との尋常な勝負を夢見るという、洋の東西は違えど、剣士の魂を持った男として描かれます(原作では自らを剣士ではなく「人を殺す者」と自称しており、明確に立ち位置が異なります)。
 ここでエルダーを人質に剣心との対決を求めながらも、剣心が応じると「手荒い真似、失礼した」と彼女に詫びる礼儀正しさ(これもオリジナル)を見せるのも心憎いのですが、決闘ではオリジナルの奥義トルナード・インフィエールノまで披露。これがまあ、自分の体を極限までねじって放つという、何だかうずまきに呪われてるんでは――と心配になる技というのはさておき、これまた実にるろ剣らしい奥義で満足であります。
(ここで剣心の返しが、奥義の回転に巻き込まれながらその力をカウンターで叩き返すという、リンかけのヘルガのブーメラン・スクエア破りっぽいのがジャンプらしさを感じる――か?)

 そして改心したエスピラールは、横浜を天然痘の脅威から救い、最後はエルダーのボディーガードとして彼女と一緒に旅立つという、原作の没案を活かした結末を迎えて――と、三木眞一郎が声を当てただけはある(微妙に巻き舌の喋りもイイ)、実に美味しい役どころとして昇華されておりました。

 ここで注目すべきは、決闘を終えて意識を取り戻したエスピラールにエルダーが語りかける言葉でしょう。剣心に敗れたことで、最強の剣士を目指すという希望を失ったエスピラールに、目標が大きすぎると道に迷うと――もっと小さな目標、小さな希望を持って生きてはどうかと語るエルダー。エスピラールが剣を振るう理由を見つめ直すきっかけとなった彼女の言葉は、このエピソードの結末に、まことに相応しいものであると感じます。
 そしてそれは、誰もが安心して暮らせる新時代という大きな希望の下に人斬りの刃を振るい、大きすぎる犠牲を払った剣心にも、そのまま当てはまる言葉といえます。この対比の妙には、ただただ唸らされるばかりです。

 そして今回のエピソードは、実は本編の中で、剣心がいつもの仲間たちと茶を飲んで寛いでいる時に話した物語という趣向。ここで、横浜では茶の香りもわからない――つまり茶の味も楽しめなかったものが、今では楽しむことができることを示すこの場面は、剣心が神谷道場で歩みを止めることで、確実に癒やされていることを示しているといえます。

 もっとも、もうすぐその神谷道場から離れることになるのですが……


 それにしても本編と続けてみると、原作の執筆年代が大きく離れる本作は、ギャグのセンスも全く異なっているのが興味深い……


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『るろうに剣心』 第十九話「津南と錦絵」

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2023.11.10

『るろうに剣心』 第十九話 「津南と錦絵」

 内務省爆破を目論む月岡津南と行動を共にする左之助。しかしその前に現れた剣心によって津南の炸裂弾は全て防がれ、左之助も津南を力づくで制止するのだった。しかし意識を取り戻した後、内務省前で自決すると激昂する津南。その後を追った左之助は、津南と拳を交える……

 二話に渡ることとなった月岡津南編、原作から考えると時間的に結構余るのでは――と思いきや、何と今回はほぼ後半全体がオリジナルという展開となりました。

 赤報隊時代の友人である月岡克浩、今は絵師の津南と再会した左之助。しかし津南はニセ官軍として十年前に処刑された相楽隊長の恨みを忘れず、自作の炸裂弾でテロを準備中であり、左之助もそれに誘われて――というのが前回の展開。
 それを受けて、今回津南と左之助が内務省の敷地に侵入してみれば、そこで待ち受けていたのは剣心であります。立ち塞がる剣心に炸裂弾ラッシュをかける津南ですが、剣心に及ぶはずもなく、見るに見かねた左之助が当て身を食らわせて津南の家に連れ帰り、剣心は炸裂弾を処分することに――という展開の後、原作では左之助に諭された津南がテロを断念する結末になるわけですが、今回のアニメではそこに至るまでのさらなる悶着が描かれます。

 意識を取り戻してみれば炸裂弾は全て奪われ、テロの手段はなくなった津南ですが、何と内務省で抗議のため切腹し、明治政府の悪業を告発しながら死んでやると激昂。それが民衆の心を動かし、政府への不信の種になる――と大変なことを言い出した津南は、「そんなに都合良くいくかよ!」と身も蓋もないツッコミを入れた左之助の前から、いきなり煙幕弾で姿を消して家から脱出します。
 しかし津南は、その直後に警官にどこに行く? と誰何されて、「どこへ行けばいいんだろうな……」と切ないことを言ったと思えばまた煙幕! もう煙幕おじさんの異名をつけられそうな勢いの津南をようやく見つけた左之助は、もつれあった末に(たぶん)以前剣心と決闘した河原に転がり落ちます。

 そこでお前は裏切った、俺の十年を返せと好き勝手言う津南にさすがに怒りだした左之助ですが、何と津南は左之助と素手ゴロ勝負を宣言。「お前は俺に勝てたことは一度もないだろう」とあまりに自信満々な津南ですが、実は左之助並みの腕前!? そこに炸裂弾が加わったら猛者人別帳に載ってしまうのでは!? と一瞬思いましたが、もちろんそんはなずはなく、ボッコボコにされることになります。それでもお前は十年間何をしていたと詰る津南に、この十年の間に、薫・弥彦・恵――世の人びとは懸命に新しい時代を生きていると答える左之助。そんな人びとが集まった昨日の宴会こそ、隊長が目指した四民平等の姿だと……
 さらに津南のやろうとしていたことは「無駄だ! 迷惑だよ!!」という左之助の火の玉ストレートに、ついに津南も膝を折ります。そして帰り道、津南は、かつて隊長に「お前はお前のやり方で戦え」と言われたことを思い出し……


 と、かなり力を入れて描かれた今回の津南のエピソード。その過去自体は左之助と重なるとはいえ、人斬りではない、しかし幕末を引きずった彼のドラマは、やはり明治ものとして印象に残るものであることは間違いありません。
 そんな津南と左之助を分けたものは、世間や他者との関わりだったのでしょう。そしてその他者との関わり(平和な共存)こそが相楽隊長の理想であり、前回描かれた原作よりも面子が増えた宴会は、やはりその象徴と感じます。

 そんな中でちょっと異質な(左之助も明治を生きる人々の中に入れていない)剣心は、その頃、炸裂弾を一生懸命埋めていたのですが、ここでも印象的なオリジナルのシーンが描かれます。
 炸裂弾を全て埋めたと思いきや、一発のみを火を付けて空に投げ上げる剣心。炸裂弾を埋めるというのは、ネガティブな過去との決別の象徴だとは思いますが、その炸裂弾が夜空を、暗闇を明るく照らすというのは、過去が現在に光明をもたらす、一つの希望の姿といえるのではないでしょうか。


 さて、Cパートではこれまたオリジナルで内務省の最奥が描かれます。結局剣心と津南の戦いの後のみしか知らない人間たちが、あれは志々雄一派の仕業では!? と慌てるのはちょっと可笑しいのですが、大久保卿は川路大警視に、さらなる警戒を命じて――と、ここで初めて志々雄真実の存在が語られたのは目を惹きます。

 なるほど、これを受けていよいよ斎藤一が――と思いきや、何と次回は第零幕の、それも前編。正直なところ全く予想していませんでしたが、ちょうど来週に零幕収録の文庫が出ますし……


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2023.11.08

和月伸宏『るろうに剣心 明治剣客浪漫譚・北海道編』第9巻 五稜郭決戦 全面対決三番勝負!

 アニメ版はそろそろ終盤ですが、漫画の方はいよいよ絶好調。札幌での死闘に続いて、函館で繰り広げられるのは、物語の当初から登場していた劍客兵器・凍座部隊との全面対決であります。それぞれ人智を超えた力を持つ劍客兵器には、さしもの剣心たちも苦戦必至。三つの激闘の行方は……

 札幌で官吏たちを次々と暗殺していた髏號・雹辺双と、新選組・御陵衛士の生き残りの激闘は、それぞれに全力を出し切った末に斎藤らが勝利。しかしその帰路に現れた劍客兵器・伊差川糸魚の襲撃を受けた斎藤は、深手を負うことになります。

 一方、その函館では、五稜郭の露天獄に拘束された凍座ら劍客兵器の裁定に来た山県有朋が、劍客兵器壊滅の命を下すのですが――これはあまりにも認識不足としかいいようのない決定。ついにその真の実力を露わにした劍客兵器たちの前にただの兵隊たちが及ぶはずもなく、あわや全滅という状況に追い込まれるのですが――もちろんそこに駆けつけるのは剣心たち!
(勢ぞろいで駆けつけた姿を描く見開きが格好良い!)

 かくてこの巻で描かれるのは、剣心チームvs劍客兵器函館隊の全面対決――
 相楽左之助&“明王”悠久山安慈vs地號・土居潜具羅
 “刀狩”沢下条張&“大鎌”本条鎌足vs偽號・権宮剛豪&恵號・天智実命
 緋村剣心&“天剣”瀬田宗次郎vs異號・凍座白也

 どれを見ても先が読めないカードですが、やはり気になるのは、元・十本刀組の動きでしょう。かつての敵が頼もしい仲間に、というのは少年漫画の王道ですが、しかし十本刀は一部の例外を除いて悪人揃い。はたしてそんな面子と剣心たちの共闘がうまく働くのか?

 そんな中で安心して見ていられる――いや、何よりも夢のタッグとなったのは、左之助とその例外である安慈のコンビでしょう。明治政府への怒りから道を誤ったものの、悪人というのとはまた異なる安慈。実力的にも、本気を出せば作中屈指の――って、滅茶苦茶パワーアップしてる!

 元祖二重の極みをマップ兵器に使うわバリアーに使うわ、攻防一体の滅茶苦茶な強さにもう仰天。これに対する土居の戦型・土遁暴威蟲(これで「ぐらぼいず」と読める人間はいないと思う……)は土や岩を操る技だけに、それを砕ける和尚は実に有利だと思われます。
 唯一の(?)弱点であるメンタル面も、左之助という支えがあれば大丈夫。何よりも、志々雄亡き後の自省の日々が、彼の精神を強くしたのでしょう。

 かくてダブル二重の極みで快勝(オーバーキル)と思いきや、鉄拳いや岩腕制裁しそうな異形の姿から、まさかのスポーティーな感じに――意外な展開であります。


 一方、張&鎌足は、この面子の中では明らかに実力に不安があるものの、改心してなさそうという点では一番という、何が飛び出すかわからないコンビ。対する権宮&天ちー組は、やたらと軽い陽キャと顔も見せない陰キャと、対照的な組み合わせで、これまた何が飛び出すかわかりません。
 いや、飛び出すのは例によって面白すぎる張の殺人奇剣。張というか新井赤空は何を考えていたんだ!? というツッコミも空しい怪剣を見れば、張も絶好調だとわかります。

 これに大鎖鎌というトリッキーな動きの鎌足も加われば、名前も得物も豪快タイプの権宮は、いかに天ちーのフォローがあっても不利は否めませんが――勝負を決めるのは武器の性能だけでも、武術の腕前だけでもないのもまた事実。
 互いに全てを出し合った悪人勝負の行方は……


 そしてある意味最もどうなるかわからないのが剣心&宗次郎vs凍座戦。実力的には味方では間違いなくトップの二人ですが、しかし凍座も得体の知れぬ実力の持ち主――というより、銃撃を生身で受け止めてビクともしない異常な体の持ち主であります。
 だとすれば、そんな相手に刀が効くのか――どう見ても(宗次郎の)負けイベントの予感がひしひしといたします。

 全面対決三番勝負はいずれも決着は次巻に持ち越しですが、しかし今のところいずれも剣心チームが苦戦中。はたしてこの状況を覆すことができるのか――全く先は見えない状況であります。


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2023.11.04

『るろうに剣心』 第十八話「左之助と錦絵」

 赤べこの妙から頼まれ、月岡津南なる絵師の錦絵を買いに絵草紙屋に行った左之助。そこで津南が描いた赤報隊の相楽隊長の絵を見た左之助は、津南が赤報隊時代の友人だと気付く。津南のもとを訪ねた左之助だが、彼は密かに炸裂弾を準備し、内務省へのテロを計画していた。協力を求められた左之助は……

 今回描かれるのは、原作では番外編と銘打たれた左之助主役編、というより、原作きってのオーバーテクノロジーの持ち主であり、後に(間接的に)志々雄真実の野望を挫く男・月岡津南の登場編であります。
 ――と、アレなファンからネタ的に扱われることの多い津南ですが、今回は原作に幾つかのオリジナルシーンを追加することで、なかなか印象的な物語となっています。

 物語の展開は、上で触れた通り、赤べこの妙に頼まれた幕末の隻腕の剣士・伊庭八郎の錦絵を頼まれた左之助が、店で自分たちの姿が描かれた相楽総三の錦絵を見つけて、月岡津南=以前の仲間だった月岡克浩だったと気付き――という、原作そのままのもの。
 左之助が喧嘩屋というアンダーグラウンドな稼業を営みつつも(内心はともかく)結構明るく楽しくやっていた一方で、津南は錦絵師という職に就きながらも、たった一人で孤独に爆弾テロを計画していた、という対比がなかなか印象的な構図であります。

 もちろん、仮に津南の炸裂弾が軍艦を数発で沈没させるほどでも、たとえ中央官庁の中でもさらに中枢の内務省だとしても、官庁を一つ焼き払って後は周囲の蜂起待ちというやり方で国が転覆するはずもなく(まあ、慌てて志々雄一派が蜂起して大変なことになった可能性もありますが)、その辺りは実は作中屈指のクレバーさを持つ左之助が危惧する通りだというほかないのですが――しかし、それも幕末の修羅場を、幼い頃に経験してしまった(幼い頃にしか経験していない)が故の哀しさというべきなのかもしれません。

 この辺り、ある意味ガキ大将がそのまま大人になったような左之助に対し、変に考えすぎて大人になってしまった津南で対照的という気もしますが――ここで印象に残るのは、アニメオリジナルの回想シーンであります。
 相楽隊長に銃の腕を褒められつつも、これからは武器を持つのではなく勉学に励め、新しい赤報隊を作れと諭されるくだりは、彼の火薬の素養の由来を描くだけでなく、相楽の理想と、その相楽の死によって津南の現実とが哀しくも乖離してしまったことをを浮かび上がらせるのですから。
(しかしここで火薬でなく銃のスキルツリーを伸ばしていたら、リボルバーでガン=カタ絵師が誕生していたのか……)

 そしてその晩、左之助が神谷道場を借りて宴会を開き、津南を招くのも、原作ではいつもの面子+妙と燕だったのを、こちらでは左之助の舎弟や近所の人たち、そして恵を招くという形になっているのが面白い。ここで舎弟たちと恵の和解が描かれるのも目を惹きますが、一番印象に残るオリジナルシーンは、やはり津南が剣心を絵に描くくだりでしょう。
 ここで初めて、剣心がかつての維新志士であることを知り、一瞬敵意を燃やす津南ですが――気持ちを落ち着けたように描いた剣心の姿は、顔に十字傷がある他は、目も口もないのっぺらぼう。これに対して津南は「俺は見たものを描く。この男は見えん。その笑みの下にあるものが、傷の奧にあるものが見えん」と語るのですが、これは津南がその芸術家の感性でもって、剣心の本質を捉えてしまったのでは――と思えば、何ともゾクリとさせられるではありませんか。

 さて、宴もお開きとなり、客は帰っていつもの面子は道場で眠りについた中で、立ち上がる津南と左之助。あるいはこのアニメ版で左之助がいつもの面子に加えて様々な人々を招いたのは、津南に社会との関わりを感じさせるためだったのかも――とも思いましたが、しかし時既に遅く(?)津南はテロルに向かい、そして左之助も行動を共にします。
 しかし剣心がそれに気づかぬはずもなく――というところで次回に続くというのはちょっと驚かされるところで、原作では全三話だったもののちょうど二話目までで続くとは、次回は一体どうするのか。もちろん、オリジナル描写でドラマをさらに掘り下げてくれるのであれば、大歓迎であります。

 こうして今回見直してみると、原作の中でもかなり「明治もの」的な味わいが濃厚に感じられるエピソードであるだけに……


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2023.11.03

やまざき貴子『LEGAの13』第6巻 大団円 繋がりあう人びとの運命

 中世のヴェネチアとフィレンツェを舞台に繰り広げられてきた恋と錬金術の大ロマンもいよいよこの巻で完結であります。行方不明の父を追うレガーレが知ることになるのは、自分の意外な出生の秘密。その秘密を知ったレガーレの選択は――様々な伏線が一気につながり、意外な大団円が待ち受けます。

 元首に軟禁され、黄金を作らされていたヴェネチアから仲間たちとともに脱出し、行方不明の父・ゲオルグを探してフィレンツェまでやってきたレガーレ。
 そこで腐れ縁の怪人物・コルヴォや、最愛のアルフォンシーナと再会したレガーレは、ついにゲオルグと再会するのですが、しかし彼はレガーレなど見向きもしない状態で……

 というわけで、父の態度に疑問を抱きつつ、あくまでもその姿を追うレガーレを待っていたのは、自分の出生にまつわる意外すぎる真実。どうやらゲオルグが実の父ではないこと、そしてベアトリーチェなる女性が母らしいことがこれまで語られてきましたが――その真実がついに語られるのです。

 そしてその中に浮かび上がるのは、運命に翻弄されながらも懸命に生きたベアトリーチェの姿。しかしそんな彼女と周囲の人々は、当時のイタリアの情勢も絡み、非道な悪人たちの犠牲になったのであります。
 すべてを知ったレガーレは母の後を継ぐのか。そして過去の復讐に乗り出すのか――レガーレの仲間たちも巻き込み、最後の冒険(悪巧みともいう)が始まります。


 物語が始まって以来、ほとんどノリと勢いに流されるまま生きてきたレガーレ。そのためもあって――というのは厳しい言い方かもしれませんが、物語自体も、どのような結末となるのか、この巻に入るまでわからなかったように感じます。

 しかしそれが全て計算の上――これまで綿密に張り巡らせてきた伏線を踏まえていたものであったことが、この巻の怒濤の展開の中で明らかになります。
 レガーレだけでなく、コルヴォ、クラリーチェ、ゲオルグ、ジアン――レガーレを取り巻く人びとの運命が実は一本の精緻な糸で繋がり、美しい環を描いていたことを知った時の驚きたるや……
(第1巻だけに登場したレガーレの先輩が、実は非常に重要なキャラだったのにも仰天)

 そして未読の方のために詳細に触れられないのは残念ですが、この巻の展開がまた、ほとんどジャンルが変わってしまうほどの疾風怒濤ぶり。ここでこう来るのか!? こう来るしかないか! と言いたくなるような盛り上がりには、ただただ胸が熱くなりました。
 もちろんそんな中でも最後までレガーレはレガーレなのですが――だからこそこの物語は大団円を迎えられたと感じます。

 そんな彼が作り上げた13種の薬のうち、ここに至るまで効果が不明だったものが、最後の最後にその効果(その皮肉なこと!)を鮮やかに表すシーンにも、ただただ拍手喝采であります。


 そして全てが終わった末に待つ結末に、心の底から笑顔が浮かぶ本作。波瀾万丈にして豪華絢爛、そして軽妙洒脱――見事な中世ロマンスでありました。


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2023.10.29

真園めぐみ『やおよろず神異録 鎌倉奇聞』 鎌倉初期に展開する人と神の物語

 鎌倉時代初期を舞台に、人と精霊と神の入り交じる世界で、運命に翻弄される二人の青年を描く物語であります。精霊の恵み豊かな遠谷の地で生まれた幼なじみ同士の真人と颯。しかし遠谷が謎の武士の一団に襲われたことから、二人の運命が大きく動き出します。

 鎌倉幕府二代将軍の時代、神が姿を現し、精霊の恵み豊かな遠谷に生まれ、今は薬の行商で各地を回る青年・真人と、彼の幼なじみで、鎌倉で商人として暮らす颯。村の掟で、村祭りのために帰郷した二人ですが――しかし祭りを目前としたある日に、村を奇怪な物の怪を連れた正体不明の武士が襲撃し、村長の屋敷の人々を殺害するのでした。
 その時、村の神社にいた二人ですが、殺した人間たちの身を使って神域を穢した武士たちは神社の結界の中に入り込み、祀られていた御神刀を奪うのでした。

 精霊神の力を借りて己の力を増すことができる真人は、その場に現れた金色の神の力を借りて物の怪たちを倒したものの、体力を消耗し尽くした末に意識を失うことに。そして意識を取り戻した時、真人は颯が武士たちに連れ去られたと聞かされて……


 源頼朝と北条政子の間に生まれ、鎌倉幕府第二代将軍となりながらも、いわゆる鎌倉殿の13人に実権を奪われた源頼家。本作はその頼家の時代を背景に描かれる時代ファンタジーであります。
 この時代を舞台とするフィクションは決して多いわけではありませんが、その中でも本作が特にユニークなのは、人の世界以上に、神や精霊の世界を描くことでしょう。

 人が暮らす世界の傍らに存在し、時に人に恵みをもたらし、あるいは害をもたらす精霊や神。本作の主人公・真人は、生まれつきそれらの存在を鮮明に見る力を持ち、そしてその力を借りることによって、人並み外れた力を発し、そして物の怪や狂った神を祓い、鎮める力を持つのであります。

 しかしその力故に、真人はその生き方を他者から決められる運命にあります。遠谷の人々の暮らしを支える清香人参を育てるために必要な神の恵み――その神を迎え、送り出すために必要とされる「室守」の役目を背負うことを、村長をはじめとする村人たちから、彼は求められているのです。

 真人が余所者の血を引き、そして既に両親を亡くしているために、室守の役目を押しつけられたと信じる颯。しかし真人は、自分が引き受けなければ颯がその役目を命じられると、甘んじて受けることに――と、二人の想いの微妙なすれ違いもさることながら、神や精霊が当たり前にいる世界でも、微妙にオメラス的な犠牲によって成り立つ閉鎖的な村という生々しさが、妙に印象に残ります。

 と、物語はこの遠谷が謎の武士団の襲撃を受け、真人も室守どころではなくなる辺りから大きく動き出すのですが――ここから真人と颯の運命は、先に触れた頼家と北条家らとの対立と密接に絡んでいくことになります。
 この世界に二本あるという、神を斬る剣。その一本は北条時房が持ち、もう一本は――と、政治の世界とは最も縁遠いように見える神(を斬る剣)が、この時代の政治と関わっていく様はなかなかにユニークです。

 そしてそれ以上に、後半明かされるあるキャラクターの内面がなかなかに重く、そこからどんどん深みにはまっていくドラマが、なかなかに読ませるところであります。


 しかし、正直なところ本作の第一印象は、本作ならではの固有名詞とルールが多い! ということに尽きます。

 精霊・精霊神・凝・怨穢・流れ神・隠れ・淵祇・山神・堕神・和魂・荒魂――全体の二割行かない辺りまででこれだけの本作独自(の使い方の)の用語が登場し、その説明が入るのは、正直にいってついていくのがやっと。
 物語の本筋にはそれほどかからずに入るのですが、そこに至るまでが長く感じられたのは、この固有名詞と説明の多さによるものでしょう。
(あるいは本作、元々は異世界ものだったのでは――などと意地悪な想像をしたくなるほど)

 そのために人によっては冒頭で躓きかねないのが残念なところではありますが、裏を返せば借り物ではない、本作ならではの世界を作り上げているということでもあります。
 真人と颯のドラマは、この上巻の時点で一つの帰結を見るのですが、さて下巻で何が描かれるのか――それはまたいずれ。


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2023.10.27

『るろうに剣心』 第十七話「決着」

 雷十太の飛飯綱で右腕に深手を負った由太郎。怒りに燃える剣心は、由太郎らの見守る中、雷十太と対決する。飛飯綱と纏飯綱の連携に追い詰められたかに見えた剣心だが、飛龍閃の一撃が雷十太を打ち破る。しかし心身に深い傷を負い独逸に旅立つ由太郎に、かける言葉もない剣心たちだが、弥彦は……

 いよいよ雷十太編も今回がラスト。作者が監修に入ったこのアニメ版の真価が問われることとなる(言いすぎ)回であります。はたしてその結果は――基本的に原作の流れを忠実に踏まえつつも、しかし随所に施されたアレンジで、印象としては大きく踏み出した内容となっておりました。

 前回、飛飯綱の不意打ちで右腕を負傷した剣心ですが、しかし同じ右腕の負傷であれば剣術は絶望的となった由太郎の方が重い。原作ほどでないにせよ、かなりの怒りが感じられる姿で雷十太戦に向かう剣心ですが――おっ、と思わされたのは、ここで戦いを見守るのが、左之助・薫・弥彦に加えて、由太郎である点でしょう。
 原作では直接戦いを見ていない(病院にいた)由太郎ですが、ここで一度は師と仰いだ雷十太の姿を見ることは、これはこれで残酷ではあるものの、大きな意味があるといえるでしょう。

 そして雷十太戦は――今回のアニメ版らしい動きの良さで飯綱連打を放つ雷十太と、それを超機動で躱す剣心の攻防がなかなか見応えがありましたが、注目すべきは決まり手であります。同じ飛天御剣流・飛龍閃ではあるものの、原作では柄頭の一撃一発でKOだったのが、アニメ版ではそこから追い打ちで(刀を鞘に納めながらの)一撃、さらに龍槌閃チックに鐺でもう一撃と、強敵に相応しいフィニッシュぶり(単に容赦がなかっただけかもしれない)。その後の弥彦を人質にとって逆に弥彦に煽られるという最高に格好悪い雷十太のムーブは変わらないものの、元祖うぐぅを晒して廃人になることもなく、まずはマシな結末であったといえるでしょう。
(Aパートで始末されたのはさておき)

 しかしこの回の真の見所はこの先にあります。右腕の傷を癒やすために世界で一番医学が進んだ独逸(まあ、ポーラールートとかあるし……)に向かうことになった由太郎の傷ついた心に、弥彦の手厳しい叱咤激励が火をつける――という原作通りの展開もいいのですが、驚かされたのはその次――剣心と薫の会話の話題の中心となったのはなんと雷十太だったのであります。
 「剣の才能は確かだった。だがなまじ才能があったから、剣の本質を問うことなく、ただただ技だけを追い求めてしまった」とまでここで剣心に言わしめる雷十太。確かにガード不能の飛び道具を連打するのは、(この後も含めて)本作の誰もがなしえなかった偉業ではありますが、そこで留まってしまい、剣とは、剣術とは何かを考えることをしなかった。おそらくは雷十太にとっては、それを考えること自体が道場剣法の惰弱さに繋がるものと見做したのだと思いますが――だからこそ彼は徒に攻撃性に流れ、頻りに殺人剣を称揚することになったのでしょう。そんなことに拘らなければ、本当に新しい剣術を明治の世に根付かせることができたかもしれないのに……

 そして剣心は語ります。「人を殺めなかった、その一線を越えなかったことが救いなのだと、あの男が気付けばよいのだが」と。雷十太の虚勢を決定的に暴くことになった、人を斬っていないという事実が、このような形で彼にとっての救いとして語られるとは――脱帽であります。


 しかし本作は実はこれだけで終わりません。Cパート――おそらくは雷十太が敗れ、剣心たちが立ち去ったその後、雷十太は人斬りという経験を積むため、もう誰でもいいと路傍の地蔵に祈る娘と老婆に血走った目を向けるのですが――まさかここで経験を積んでしまうのか!? とちょっぴり不安になったところで、彼の刃が断ったモノは……
 その皮肉な、しかし何とも示唆的なモノの前に膝を屈し、身も世もない泣き声をあげる雷十太。それは一人の剣客の心が折れた末の絶望ではなく、新たな剣客の産声だったと思いたいものです。


 というわけで、雷十太を雷十太として描きつつ、しかしそのキャラクターを救ってみせるという離れ業を見せてくれた今回。やがては真の剣客となった彼が北の大地に姿を現す――かどうかは知りませんが、ある種の希望を見せてくれたことは間違いありません。

 そして次回、雷十太に並ぶオーバースペックを持つ男が……


(しかし原作にある台詞なのですが、いま左之助が「真打登場」というと、どうにもおかしい)


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『るろうに剣心』 第十六話「理想の男」

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2023.10.20

『るろうに剣心』 第十六話「理想の男」

 自分の誘いを断った剣心に襲いかかる雷十太だが、剣心に刀を折られ、その場は引き下がる。翌日、神谷道場を訪れ、弥彦に勝負を挑む由太郎。しかし彼の竹刀の持ち方がデタラメなのを見た薫は、由太郎に剣術を教える。道場に馴染んでいくものの、雷十太の下で強くなりたいと語る由太郎だが……

 雷十太編の第二回となった今回、アバンがほぼ丸々前回の振り返りだったのはもったいない気もしますが、本編では冒頭から雷十太が凄まじい勢いで剣心に襲いかかります。この辺りの、力任せのような、ちゃんと技があるような――という動きはなかなか面白いですが、刀を折られて引き下がるのは、ギリギリ大物の対面を守ったムーブというべきでしょうか。

 しかし今回のメインは、雷十太よりも弟子の由太郎の方。前回はイキリまくった小僧という感じでしたが、今回はそんな彼が何故強さを求め、雷十太の弟子になったか、そして神谷道場の人びととの交流が描かれることになります。
 そもそも由太郎が神谷道場に足を踏み入れることになったのは、弥彦と勝負するためでしたが、そこで竹刀の持ち方を知らないことがバレてしまう――という展開は、それだけで彼が置かれている境遇や彼のキャラクターが現れていて、今見ても秀逸と感じます。

 そんな彼が、薫や弥彦と交流するうちに――というのは実に微笑ましくも、それ自体が雷十太の思想のアンチテーゼとなっているのが興味深いのですが、しかし彼が強くなろうとする理由は、それなりに「明治」を感じさせるものといえるでしょう。
 士族の出でありつつも商人の道を選び、そして強盗に襲われても土下座するしかない――そんな父を見返し、士族として生きるためというのは、ある意味弥彦とは対照的な理由。そこで彼が出会ったのが雷十太ではなく、剣心たちであったなら――この先の展開を見れば、そう思わざるを得ません。

 そう、雷十太にとっては由太郎はスポンサーの子に過ぎず、そして知り合ったきっかけである強盗から救ったのも、仕込みだった――やっぱり比留間兄弟並みの悪知恵の持ち主だった雷十太ですが、しかし技だけは一流。『るろうに剣心』の中でも純粋な遠距離剣術(という言葉があるのかどうか)である「飛飯綱」がついに炸裂であります。
 仕掛けがあるわけではなく(少なくとも原作の時点では)、純粋に剣の振りだけで旋風を起こして空を裂き斬るこの技を、独学で会得したらしいのは驚きですが、しかし剣心に放ったのは避けられ、由太郎に当たってしまったのは色々な意味で大誤算。原作のように「生き地獄を味わわせてやる」とまでは言われなかったものの、抜刀斎の地が出た剣心を前に、ついに冷や汗タラリ――次回、本当に地獄を味わうことになるのか、それともアニメオリジナル描写で面目を保つのか、雷十太というキャラクターの未来がかかっているだけに必見です。


 と、途中で気付いたのですが、原作で神谷道場を襲撃した弟子四人は、このアニメ版ではカット。なくてもそれなりに繋がる展開なので、スピードアップのためなのかもしれませんが(そしてこういうアレンジは大歓迎なのですが)――ということは本作の雷十太、もしかして同志ゼロ?
 一部にはそれなりにあった人望も失われた(ように見えてしまう)雷十太が、次回どのような決着を迎えるのか、心配というか楽しみというか……


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2023.10.15

『るろうに剣心』 第十五話「その男・雷十太」

 出稽古に向かった薫と共に前川道場を訪れた剣心。だがそこに剣術の行く末を憂うと称する壮漢・石動雷十太が現れ、道場破りを仕掛けてきた。師範を叩きのめして看板を奪おうとする雷十太と対峙する剣心だが、雷十太は自ら引き下がるのだった。後日、剣心を招いた雷十太は、自分の存念を述べるが……

 いま一番北海道編への登場が待ち望まれると言われ(というか私が言った)、かつ今回のアニメ版への登場が危ぶまれた男・石動雷十太が、今回から無事に登場であります。
 キャラクターのコンセプトとしては面白かった(そして何気に刀から飛び道具を放つという、作品全体を通じても珍しい技の使い手だった)ものの、何故かあらぬ方向に突き進んでいき、最後はなんとも締まらない結末を迎えた雷十太。そのために作者からは失敗扱いされていたこともあり、ファンからは妙に愛されているものの、作者自身が監修に当たっている今回のアニメ化では、なかったことにされるのでは――と個人的には心配していたのですが、こうして登場するということは、おそらく描写や扱いにもそれなりの変化があるということなのでしょう。

 それを裏付けるように――といってよいかはわかりませんが、今回の脚本を担当したのは、おそらく作者の次にるろ剣に精通しているであろう黒碕薫。内容的には原作に忠実ながら、ほとんどの台詞に手が加わり、細かい描写に変化があったことで、印象が変わった場面もありました。
 もちろんその影響を一番受けたのは雷十太であります。特に、前川道場での剣心との試合で必殺の秘剣・飯綱(ここでの太刀筋の描写はなかなか面白かった)を躱されて自ら退いた後、帰り道で冷や汗タラリ――という原作での一幕がなくなったのは、何気に大きかったと思います。

 それにしても今回アニメで見直してみると、雷十太という男は、道場破りという時代遅れの蛮行――特に今回、原作とは違い、折れた竹刀で意識を失った前川の顔を攻撃しようとするという、やりすぎな行動が印象に残ります――を働く一方で、塚山家に剣術師範として入り込んでいる(そしておそらくそこを足がかりに自らの目的を果たそうとしている)辺り、単なる暴力バカではなく、一種の社会性が感じられるのが面白いところであります。
 塚山家で剣心を迎えた際も、道場破りの際のいかにも古流の剣術家らしい天狗めいた格好から一転、羽織袴姿で現れるなど、これまでの敵とは一風変わったどこかクレバーな部分があるのが、ユニークであります。
(もっとも原作ではこの先がアレだったので、振り返ってみれば社会性や知性といっても、比留間兄のソレと同レベルに見えてしまうわけですが……)

 いずれにせよ、これまでの刃衛や蒼紫といった強敵とは、平和な明治の世において戦いに執着するという点では等しいのですが――しかし幕末の影を色濃く背負っている二人とは異なり、むしろそこから遥かに過去の古流剣術を称しつつも、剣術の行く末を憂うというある意味未来を見据えた持論を唱える雷十太。
 さらにいえば、西洋銃火器にも負けぬ剣術を目指すというのは、ある意味、後の劍客兵器にも通じる思想が――というのは牽強付会に過ぎますが、これまでだけでなく、この先も含めて、『るろうに剣心』という作品に登場する敵キャラクターの中でも異彩を放っている存在であることは間違いありません。

 もちろん、それが結局は――だったのが大問題だったわけですが、はたして今回のアニメ版ではその辺りに変化をつけてくるのか。この先の展開が大きく気になっている次第です。


 ちなみに原作では前川宮内に「まえかわみやうち」とふりがなが付いていた前川師範、今回は「まえかわくない」となっていたのは、やはりこちらの方が正しいということなのでしょう……(何気に江戸二十傑から地味に十二傑と八人ランクアップしていたのもちょっと面白い)

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2023.10.10

やまざき貴子『LEGAの13』第5巻

 恋と冒険と錬金術の伝奇絵巻もクライマックス目前、父を探してフィレンツェを訪れたレガーレの前に現れるのは、懐かしい人々の姿であります。しかしそれだけでなく、いよいよ動き出す彼を巡る因縁。はたしてレガーレに秘められた謎とは……

 権力者の間で翻弄された末、離島に軟禁されて錬金術の研究をする羽目になったレガーレ。しかし軟禁先の屋敷の主ネピ・ロマーノは何とレガーレの父・ゲオルグの旧友。さらにそこでレガーレはクリストバルとピエロの二人の友人に再会するのでした。
 そこで偶然蘇生薬を創り出したレガーレは、魔女としてあわや処刑されかけたところを、元首夫人の計らいで脱出。彼は、ネピや友人たちと共に、行方不明の父が目撃されたというフィレンツェに向かうことに……

 というわけで、舞台をヴェネチアからフィレンツェに移し、終章に向けて動き始めたこの物語。この巻の冒頭に収録されたエピソード「葡萄屋敷の娘」は、旅の途中にレガーレたちが立ち寄った葡萄園のじゃじゃ馬娘を巡る番外編的エピソードですが、そこでレガーレは、父らしき人物が目撃されたフィレンツェ近くの教会の存在を知ることになります。

 そこで次のエピソード「エセ錬金術師」では、ついにフィレンツェに到着したレガーレが、父の目を惹こうと錬金術師として大道芸を演ずることになります。
 が、レガーレの前に現れたのはゲオルグではなく、コルヴォ・ポポラーレ――ある時は神父、ある時は大使、ある時は投資家と様々な顔を持つ怪人物であり、レガーレを波乱の人生に引っ張り込んだ張本人であります。

 しかし考えてみれば第三巻の最初のエピソード以来、しばらく顔を見せていなかったコルヴォですが――そのエピソードで尼僧院にて不埒な振る舞いに及んでいた司祭たちを告発しようとして逆に殺されかけ、表向きは死んだことにして身を潜めていたというのですから穏やかではありません。
 今はフィレンツェのとある寡婦の家に滞在しているというコルヴォですが、レガーレの冒険を黙ってみているはずもなく、あれやこれやと口を出してくるのですが……

 と、一癖も二癖もある人物が登場する本作においても、極めつけに胡散臭いポポラーレの復活で、さらに賑やかになった物語。海賊に育てられた過去があったり、レガーレにしか見えないはずの幽霊(?)の少女・クラリーチェを見ることができたりと謎の多いコルヴォですが、しかし裏世界の事情に異常に詳しかったりと、頼りになる人物であることは間違いありません。

 ここでも独自にゲオルグの行方を調べるなど大活躍ですが――しかしレガーレを付け狙う頬に傷持つ暗殺者・ジアン・ガレアッツォが、コルヴォの顔を見て驚いたことから、意外な方向に物語は展開します。
 何やら暗殺者自身、複雑な過去を持つようですが、それがレガーレと、そしてコルヴォとどのように結びつくのか――ここではまだ全てが明らかにはなりませんが、レガーレの母と思われる女性の存在が語られたことで、さらに謎が深まるのです。
(ちなみにこのエピソード、上に述べたこととは関係なく、本作では屈指の鬱エンドであります……)


 そしてラストの「花咲く都の花盗人」で登場するのは、レガーレの最愛の人・アルフォンシーナ――本作を通じてのヒロインというべき人物なのですが、しかしやはり久々の登場となった彼女は、何故か男装してフィレンツェの貴族たちから宝石を盗む怪盗アルフォンソを名乗っているという、イメチェンにもほどがある姿で登場することになります。
(ちなみにこの怪盗、前巻でちゃんと伏線が描かれているのが心憎い)

 しかし彼女はヴェネチアの前元首の娘。結婚を嫌って尼僧院(上で触れたもの)に入ったものの、父が陰謀で失脚して後ろ盾がなくなり――という状況だったはずが、一体いかなる理由で怪盗になったのか?
 それにはもちろん理由があるのですが――とはいえ、端正に物語を構築している本作にしては少々乱暴なのは否めませんが――しかし一番大事なことは、レガーレが心から愛し愛される相手と再会できたことであります。

 もちろんレガーレもアルフォンシーナも、為すべきことがあります。そのために今は一時別れたとしても、必ずまた巡り会える――そう感じられることは、これまでの苦難を思えば、大いに希望の光に満ちあふれていると感じられるのです。


 さて、コルヴォとアルフォンシーナが再登場し、いよいよ役者が揃った本作。結局この巻でも謎は増え続けていますが、いよいよ次巻最終巻にて、全ての謎が怒濤のごとく解き明かされることになります。
 その次巻の紹介は、また近日中に。


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