2024.02.07

天野純希『吉野朝残党伝』 南朝の少年兵が見た戦いの形

 南北朝合一後も吉野に潜み、足利幕府に対して戦いを繰り広げてきた吉野朝(南朝)残党。本作はその吉野朝残党にいわば少年兵として加わった多聞をはじめ、様々な人々の視点から足利義教期の混沌とした世界を描く物語であります。南朝再興のため、あらゆる手段を用いる吉野朝残党の向かう先は……

 馬借の下人として幼い頃からこきつかわれてきた少年・多聞。大和の山中で荷を運ぶ最中に何者かの襲撃を受け、そのどさくさに襲ってきた主を殺した彼は、襲撃者を率いる後醍醐帝の後胤・玉川宮敦子と後鳥羽帝の後裔・鳥羽尊秀に出会い、同志に誘われることになります。

 敦子の武術に叩きのめされ、そして人が人として生きていくために幕府を倒すという尊秀の言葉に興味を持ち同志に加わった多聞。彼は数年間の過酷な修練の末、子供ばかりで構成された吉野朝の隠密部隊・菊童子の一員として任務に就くことになります。
 暗殺、奇襲、破壊工作――敦子や尊秀が幕府打倒、吉野朝復興のために様々に動く背後で、多聞たち菊童子は、表に出せない後ろ暗い仕事に従事していくのでした。

 時あたかも万人恐怖と呼ばれた足利義教の独裁政権の頃、吉野朝は時に義教の弟・義昭を迎え、時に鎌倉公方・持氏との連携を模索することになります。それでも次々と幕府方の攻撃の前に劣勢に立たされる中、吉野朝は義教と折り合いの悪い赤松家と手を組み、義教の首を狙うのでした。
 そして訪れる運命の嘉吉元年。その動乱の中で多聞たちが知る真実とは……


 足利尊氏と後醍醐帝の争いをきっかけに二つの皇統が存在するという、この国始まっての事態となった南北朝時代。足利義満によって皇統は再び一つとなったものの、それを認めぬ南朝残党は、その後も数十年に渡り、室町幕府の不安定な状況に乗じて活動を続けてきました。
 いわゆる後南朝とも呼ばれるその一派は、これまでも様々な形でフィクションの題材となってきました。本作はそれを踏まえつつも、歴史小説として、そして何よりもエンターテイメントとしてユニークな作品として成立しています。

 そしてその最大の特徴が、菊童子の存在であることはいうまでもありません。吉野朝の影の戦力として、様々な戦い・政略の背後で動いてきた菊童子――ほとんど忍者のような活躍を見せる彼らの存在は、物語にアクション性と伝奇性を濃厚に与える効果を挙げています。
 しかしそれだけでなく、歴史の表面から見ると散発的な点に見える吉野朝方の、そして反幕府方の動きを、菊童子の存在は裏側で繋ぎ、一本の線として見せることを可能としているのです。それは本作の物語構造の巧みさというべきでしょう。

 それだけではありません。多聞をはじめとして、いずれも身寄りのない、そしてほとんどが庶民の出身である菊童子の視点を通じることで、本作はこの時代の動乱を複層的に描くことを可能にしているといえます。
 南朝と北朝の正統争いも、武士たちの主導権争いも、所詮はそれ以外の人々にとっては雲の上の争い。多聞らの目から描くことにより、本作はその争いを相対化し、主義主張の正しさ(もっともらしさ)とは別の観点から描いているのであります。


 しかし、その菊童子こそは吉野朝のために働く走狗というべき存在ではないのか。何よりも身寄りのない子供たちを自分たちの主義主張に染めて手駒とする、テロリストの少年兵と同様のやり方は許されるのか? 冒頭からつきまとう疑問は、物語が進むにつれて――吉野朝側だけでなく、幕府側・武士の側から義教と対峙するキャラクターが登場する中盤以降、強まっていくことになります。

 その一種の矛盾あるいは負の側面に、本作はどのように答えてみせるのか? それは本作の重要な展開に触れるためにここでは伏せますが、一つだけ言うことができるのは、物語の流れ的にここがクライマックスになるかと思われた嘉吉の乱はあくまでも幕開けに過ぎない、ということであります。
 むしろ本作はその直後に起きた、もう一つの歴史的事件をクローズアップするのですが――その背後で繰り広げられたもう一つの戦いをクライマックスとする展開には大いに驚かされました。

 元々作者は、歴史上の事件を描きつつ、その背後にエンターテイメント的・伝奇的要素を絡めたクライマックスを描いてみせるのに長けた印象がありますが、本作もまた、その系譜に属する作品というべきでしょう。

 正直なところ、一人の人物に全ての罪を着せて終わらせてしまった印象は大きいのですが――皇族と武士と庶民が入り乱れ、殺し合う混沌の時代にこれまでと別の角度から切り込み、そしてその中から思いもよらぬ希望の形までを描いてみせた本作は、やはり作者ならではの大作として大いに評価されるべきと感じます。


 ちなみに少しだけ明かしてしまうと、尊秀という人物は、史実では南朝残党が御所に乱入し剣と神璽を奪った、禁闕の変の首謀者と言われている人物なのですが――それをこう活かしてみせたか、と最後の最後まで脱帽であります。


『吉野朝残党伝』(天野純希 潮出版社) Amazon

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2024.02.05

後藤竜二『野心あらためず 日高見国伝』 乱を起こすものと、それに屈せず歩み続けること

 数々の作品を残してきた児童文学者・後藤竜二が、いわゆる宝亀の乱を題材にし、野間児童文芸賞を受賞した名作であります。かつて大和の人々に奪われた日高見の地に帰還した少年・アビを通じて描かれる、蝦夷と大和の人々の姿とは……

 代々暮らしてきた日高見の地を奪われた末、父は殺され、母は流刑の途中に自分を産んで亡くなった少年アビ。親代わりの老人・オンガと共に流刑地を逃亡し、鮫狩りとして暮らしていた彼は、密かに思いを寄せていた奴婢の少女・宇伽が売られていったことを知ります。そして彼女を追って、アビはオンガと共に、密貿易商人の灘麿の船で、陸奥介・大伴真綱と共に日高見に向かうのでした。

 土地の豪族出身ながら大和でも勢力を振るう存在であり、アビ一族の仇である道嶋家。彼らが力を振るう日高見では、数年前に蝦夷が蜂起して以来、アテルイやモレの抵抗が続き、一触即発の状況が続いていました。
 そんな中、蝦夷出身の郡長官として人々の対立を収めるのに腐心してきた伊治城主の呰麻呂は、恋人のルシメが政略結婚で道嶋家の長男・大楯に嫁がされることになり、大きな衝撃を受けます。しかしルシメは大楯を嫌って婚礼前に出奔、それを恨みに思った大楯は、蝦夷の武力弾圧を強行に主張するようになります。そんな中、伊治城で働くことになったアビは、宇伽と再会するのでした。

 折しも、冷害と戦乱で浮浪民となって伊治城に流入した人々を受け入れる呰麻呂。しかし大楯の陰謀により、農民たちと浮浪民たちは対立、険悪な状況は深まっていきます。一方、陸奥守・紀広純は己の功績のため、伊治城以北に新たな築城を決定。しかしその動きの鈍さに不満を持った大楯は、ある覚悟を固めるのでした。
 そして日高見の動きを利用して紀家の勢力を削ごうとする中央の藤原家の思惑も絡んだ末、ついに決定的な出来事が起きることに……


 宝亀十一年(780年)、陸奥で伊治呰麻呂が起こした反乱である宝亀の乱。詳細は本作の展開に触れることになるので伏せますが、この反乱をきっかけに、後のアテルイたちと坂上田村麻呂の激突をはじめとする、蝦夷と大和の対立が激化していくことになります。
 本作は、この知名度はあまり高くないものの重要な戦いの秘話というべき物語ですが――先祖の地へのアビの帰還という始まりを考えれば、彼が乱の中で活躍する物語と想像する方も多いと思います。アビが、蝦夷を苦しめる大和の暴政に対して立ち上がる物語なのだろうと……

 しかし本作でアビの存在は、むしろ目撃者に近い立場であります。実はこの物語の中心となるのは呰麻呂――蝦夷と大和、貴族と平民、農民と浮浪民という相反する立場の人々に挟まれながらも、平和共存の道を求める男の姿を本作は描きます。
 しかしそんな呰麻呂が、何故乱の首謀者とされたのか? そこに至るまでの人々の思惑の複雑な交錯をこそ、本作は浮き彫りにするのです。

 そして同時に本作は、単純に蝦夷を善、大和を悪として描くものでもありません。
 確かにその中でも大楯は悪役と呼んでよい存在であります。しかし彼は同時に大和側の人々の中でもひどく浮いた存在――その極端な言動を白眼視され、嘲笑されている存在として描かれます。本作の大和側の人々の多くは、蝦夷を蔑視しつつも積極的に排除するわけでもなく、私腹を肥やし、あるいは事なかれで暮らす、そんな存在なのです。

 そしてその一方で、蝦夷も一枚岩ではありません。モレのように大和に戦いを挑む者、あるいは大和の人々の前で頭を低くしてやり過ごす者、そして呰麻呂のように共存を求める者――そんな人々が入り乱れる状況の中では、むしろ乱が起きることの方が不思議に思われます。
 しかしそれでも乱が起きてしまうのは何故か――それの原因である「政治的」動きを本作は丹念に描きます。ドラマチックさとは無縁の、卑小な人間の営みの中で、多くの人々の命に関わる出来事が起きる――そんなやりきれない現実を、本作は描くのです。
(その意味では、ドラマ的にはヒーローとなっておかしくない立ち位置にありながら、結局は状況に翻弄されるしかない大伴真綱の存在は、象徴的といえるかもしれません)


 もちろん本作は、そんな生々しい物語だけに終わるものではありません。そんなやりきれない現実の中でも「野心あらためず」――すなわち他人に屈することなく、己の求める道のために歩み続ける人間の逞しさと、その営みが未来に繋ぐものを、本作は同時に描くのです。
 そして本作においてその役割を担うのが、アビや宇伽、あるいは灘麿といった無名の人々であることを思えば、作者が何に希望を見出していたのか理解できるように思えます。

 それはまた、本作が児童文学の一般的イメージを超える内容でありつつも、それでも児童文学として描かれた意味であるとも感じられるのです。


『野心あらためず 日高見国伝』(後藤竜二 光文社文庫) Amazon

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2024.01.18

「コミック乱ツインズ」2024年2月号(その二)

 今年最初の「コミック乱ツインズ」2月号の紹介の続きです。

『風雲ピヨもっこす』(森本サンゴ)
 シリーズ連載の本作ですが、ここ数回、やたらと印象に残るのが、ピヨ一家(?)の母・ピヨでっぷりの存在。ピヨもっこすの様子を見に行った家族が戻ってこないのに業を煮やして自分もやってきたピヨでっぷりですが、今回はその彼女とピヨもっこすの京見物――といっても当然ながら平和に終わるはずがありません。
 押し込み、拐かしと物騒極まりない京ですが、そんな悪党たちよりも一目でより物騒とわかるピヨでっぷりの暴れっぷりが実に素晴らしい。特に三人の押し込みを相手にしてのアクションは、わずか一ページ、いや実質三コマの中で激しい動きを感じさせるもので、漫画表現というもののセンスを感じさせてくれます。

 しかし確かにピヨ一家のサイズ感は謎――女性の方が体が大きくなる種族なのかしら。


『江戸の不倫は死の香り』(山口譲司)
 不義密通が毎回悲惨な結末を招く様を描くエロ残酷物語というべき本作――今回冒頭で描かれるのは、古道具屋を訪れて刀を探す冴えない中年の男。店の主人が出してきた刀を手にした男は、その刀を抜くと――という、見るからに不穏な場面から始まります。
 そして時を遡って描かれるのは、この男、水油商・越後屋の主人・大介の物語。十三歳年が離れた女郎・お兼を妻に迎えた大介ですが、真面目で気が弱く、男っぷりも悪い大介にお兼が満足するはずもなく――と、見ているだけでお腹が痛くなる展開であります。

 そしてその果てに冒頭に繋がるわけですが――基本的に不義密通の果てに人殺しをして獄門、というパターンが多い本作。たまには違うパターンを見たいと思っていましたが、こういうのじゃない、こういうのじゃないんだ……! と心をかきむしられるような結末であります。


『真剣にシす』(盛田賢司&河端ジュン一・西岡拓哉/グループSNE)
 大坂城での大塩平八郎との勝負もいよいよスタート、カードゲーム「蔵騒動」での対決が始まります。
 金・銀・陶磁器・米・銃・酒の六種類の品札を手札・場札にして行われるこのゲーム、要はそれぞれ点数が設定された品札をできるだけ集めて、より高い点数を集めれば勝ち――ではありますが、この場合非常に面白いのは、ゲームで取った品札と同じものをもらうことができる、という点でしょう。
(ちなみに今回の勝負、ちょっと手札と場札の区別が付きにくいところを除けば比較的状況もわかりやすく、ルールの複雑さもちょうど良いくらいで、これまでのゲームの中でも出色かと感じます)

 相手のプレイヤーが大塩平八郎とくればなんとなく想像できますが、彼が狙うのは金と米と銃――ゲームに勝つだけでなく実際に蜂起のための物資までもらえるのですから、彼にとっては一挙両得でしょう。というか、ルール紹介の時点からそんな気がしていましたが、これはどう考えても主催者が大塩を煽っているのでは……
 審判のビジュアル的に京の香りがしますし、天下博徒御前試合を利用して倒幕とか企んでない? といささか心配になってきました。

 それはさておき、ゲームは大塩優勢、それどころか大塩にスカウトされてしまった夜市ですが、今回わざわざ酒の札を集めているのは、前回の描写合わせて考えれば、もちろん伏線なのでしょう。さて、それが次回炸裂するのか?


『殺っちゃえ!! 宇喜多さん』(重野なおき)
 案外楽勝かと思えば激戦が続く三村元親戦、父子ともどもに苦しめられる形になった直家ですが、謀略家の常か、正面からの力押しに弱いということでしょうか。
 もっとも、彼は一人で戦っているわけではありません。昔から彼を支えてきた異母弟・忠家――普段は兄の言動のツッコミ役、というより不用意なことを口にして粛正されかけ役というべき彼が、ついに本領を発揮するようですが……

 直家と対照的な存在として描かれてきた三村元親もこれから前面に出てくるものと思われますし、まだ一山二山はありそうです。


 次号は表紙が『前巷説百物語』、巻頭カラーが『江戸の不倫は死の香り』とのことです。
(しかし今号、いわゆる剣豪が主人公の作品が『鬼役』のみというのが、ある意味本誌らしくてなかなか印象的ではあります)


「コミック乱ツインズ」2024年2月号(リイド社) Amazon


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「コミック乱ツインズ」2024年1月号

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2024.01.04

井上祐美子『乱紅の琵琶 長安異神伝』 武神の抱えた屈託と弱さ

 唐の都・長安を舞台に、地上で暮らす半人半神の武神・顕聖楊二郎真君の活躍を描く『長安異神伝』のシリーズ第二弾であります。かつての悪夢に悩まされる二郎の前に現れたのは、天界から糾問にやって来た将軍と、謎めいた琵琶占いの女芸人。それぞれの運命が交錯する時に起きるものは……

 長安に出没する悪霊たちを滅ぼすという名目で、二郎が諌議大夫の魏徴の屋敷に居候して半年――二郎は先の事件で出会った天界の宝珠の生まれ変わりの美少女・翠心と惹かれ合いながらも仲は進展しないのに悩む一方で、自分の過去にまつわる悪夢に苦しむ日々を送っていました。

 そんなある日、市でごろつきに絡まれていた、琵琶を抱えた美女・崔巧雲を助けた二郎。演奏だけでなく、琵琶で人の心を占うことで評判の崔巧雲は二郎に気のあるそぶりを見せます。
 しかし彼女の正体に気付いた二郎は、東方朔に彼女の住処を調べさせると同時に、彼女と同じくかつて琵琶占いを得意とした芸人の行方探しを魏徴に依頼するのでした。

 そんな中で天界からやって来たのは、長らく地上に滞在する二郎の糾問のためにやってきた韋護将軍。謀反の疑いがあるというのを相手にせず、軽くあしらう二郎ですが、頭が固く神としてのプライドが高い韋護は収まりがつきません。

 一方、崔巧雲に自分のことを占わせた二郎と東方朔たちは、悪夢の源である二郎の過去の戦いの様を見せられることに……


 玉皇大帝の甥で天界随一の実力を持つ武神であり、地上では颯爽たる好男子として、長安の花街でもモテモテの二郎。いかにも非の打ち所がないヒーローぶりですが、しかし初登場の前巻においても、彼は時折屈託めいたものを見せることがありました。
 本作ではそんな二郎の内面が、そしてそんな二郎の過去――天界の武神として活躍していた頃の出来事が、大きくクローズアップされることとなります。

 そしてその神としての二郎の過去に大きく関わってくるのが、本作のゲストキャラクターの一人・韋護であります。仏教における韋駄天であり、『封神演義』においては降魔杵を振るい、二郎神君に当たる楊センと共に太公望の下で活躍した韋護。しかし本作の韋護は、極めて頭が固く地上のことを見下す、二郎の後輩キャラとして登場することになります。
 そんな彼が二郎はもちろんのこと、口から先に生まれたような東方朔にいじられる姿が実に可笑しいのですが、しかし二郎の糾問のためにやってきた――つまり今なお存在する二郎と天界との繋がりを象徴する彼の存在は、本作の台風の目の一つとなります。

 さらにもう一人、本作に波乱を巻き起こすのが、謎めいた琵琶芸人の美女・崔巧雲であります。冒頭から二郎に対して意味深な態度を示す彼女は、人が心に秘めたものを読み取る力を持つ人物であり――そして二郎とは敵対する立場にある存在であります。
 作中では二郎そして韋護と、想像を遙かに上回る実力で大立ち回りを演じる崔巧雲。しかし本作における彼女の存在は、むしろそれとは別の関わりで波乱を起こすことになります。二郎の中の人間的な部分――「心」に関わる部分において。


 こうしたゲストキャラたちがかき回す物語は、二郎の痛快な冒険譚を期待していれば意外にも思えるかもしれません。
 しかし、こと「武」においてはほとんど無敵の力を持つ武神である二郎が、「心」においては決して無敵ではない――それどころか、人間と変わらぬ屈託と弱さを見せる姿は、彼のキャラクターを弱めるどころか、むしろ深める形となっていると感じられます。

 天界から来た最強の武神も我々人間と変わらぬ心を持ち、そして見かけの明るさだけでない屈託を抱える――その事実は、彼もまた我々と変わらぬ涙の味を知る者であり、我々の世界に共に暮らす隣人であることを示しているのですから。

 そしてもう一人、ヒロインとしては受け身の印象が強かった翠心のキャラクターも、本作を通じて大きく肉付けされた印象があります。


 二郎・韋護・崔巧雲そして翠心の四人の心の交錯を中心にして描かれる、シリーズものの第二作としては異色作とも感じられる内容の本作。しかしここで描かれるドラマの豊かさは、本シリーズが、題材の面白さや派手さのみに頼るものでないことを、明確に示すものといえるでしょう。
 その点でも、シリーズの中で大きな意味を持つ作品であります。


『乱紅の琵琶 長安異神伝』(井上祐美子 中公文庫) Amazon


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2023.12.27

コナン・ドイル『勇将ジェラールの回想』 ナポレオン麾下の快男児、戦場往来す

 ホームズもので後世に名を残したコナン・ドイルは、しかし歴史小説家を志向していたことは、ファンには良く知られています。本作はそのドイルの歴史小説の代表作、ナポレオン麾下で活躍した豪傑エティエンヌ・ジェラールの痛快でユーモラスな回顧録であります。

 ナポレオン・ボナパルトが皇帝として欧州に覇を唱えていた頃、その麾下の軽騎兵第十旅団の名物男として知られたエティエンヌ・ジェラール。
 ナポレオンには忠誠無比、ナポレオン軍きっての剣豪として知られ、情誼に厚く女性には騎士道精神で接する――しかし一本気で失敗も多い、八方破れの快男児であります。

 本作はナポレオンの快進撃から数十年後、今は年老いて隠居状態のジェラールが語る、戦場往来の回顧譚という趣向の、全八話の連作集です。
(横溝正史の『矢柄頓兵衛戦場噺』に近い趣向――といえば、歴史時代小説ファンにもわかるでしょうか)

 連隊本部に出頭する途中のジェラールが、ある男爵を探す青年将校と出会い、助太刀として男爵の城に乗り込む「准将が≪陰鬱な城≫へ乗りこんだ顛末」
 皇帝ナポレオン直々に呼び出され、謎めいた密命を受けたジェラールが、夜の森で謎の刺客たちと斬り結ぶ「准将がアジャクショの殺し屋組員を斬った顛末」
 負傷から原隊復帰する途中、ゲリラの罠にかかって絶体絶命のジェラールの前に、思わぬ救いの手が現れる「准将が王様をつかんだ顛末」
 イギリス軍の捕虜となり牢獄に囚われたジェラールが、不屈の闘志で脱走はしたものの、紆余曲折、皮肉な顛末を辿る「王様が准将を捕えた顛末」
 脱走兵を集めて一大勢力を築いた「ミルフラール元帥」なる人物を討伐に向かったジェラールが、旧友と共に挑むも思わぬ苦戦を強いられる「准将がミルフラール元帥に戦闘をしかけた顛末」
 ロシアでの大敗後、周囲の雲行きが変わる中で、ドイツを味方に留めるための親書を手にしたジェラールの苦闘「准将が王国を賭けてゲームをした顛末」
 ナポレオン直々に親書を託され、敵陣の真っ只中を突っ切ってパリへ向かうよう命じられたジェラールが、大奮戦するもその先に待っていたのは――という「准将が勲章をもらった顛末」
 ナポレオン軍の劣勢が続く中、二人の仲間とともに、ナポレオンから極秘の文書を託されたジェラールが、文書を狙う敵と激突する「准将が悪魔に誘惑された顛末」


 時代背景的には1807年から1814年頃まで、まさにナポレオンの絶頂期から没落までの期間に当たりますが、物語はそうした情勢を背景にしつつも、そのまっただ中で活躍した、しかし歴史に残らないジェラールの姿を活き活きと描きます。

 どのエピソードも短編ながら、ジェラールだけではない個性的なキャラクター(特に中盤に登場するイギリス軍のラッセル准男が実に愉快)を配置し、起伏と意外性に富んだ展開で、大いに物語は盛り上がります。
 特に意外性という点については、多くのエピソードでドンデン返しが用意されており、ナポレオンが登場する際には、毎回この人物の端倪すべからざる姿が、ジェラールの目を通じて描かれることになります。

 しかしそんな物語の中で、ジェラール自身は決してスマートな英雄ではなく、いたって単純な荒武者として描かれているのが、本作のユニークな点でしょう。
 実を言えば、第三者の目から見ると彼は明らかにナポレオンや高官たちに利用されているのですが――しかしそんな周囲の思惑もなんのその、思わぬ軍功をもたらす姿には、彼自身の極めて陽性のキャラクターも相まって、何ともいえぬおかしみと痛快さがあります。
 イギリスの読者にとっては(百年近く前の出来事とはいえ)敵であったフランス軍人の活躍を描く物語が喝采を以て迎えられたのは、実にこのような点に拠るのでしょう。

 しかしその一方で、一瞬前まで生きていた戦友が簡単に命を落としていく姿や、兵隊が華々しく戦う一方で蹂躙される土地の人々といった、戦争の重みを物語の中できっちり描いてみせるのは、やはりドイルの作家としての巧みさというべきでしょう。


 さて、本作は先に述べた通り全八話で完結しますが、続編として『勇将ジェラールの冒険』が刊行されています(『回想』『冒険』の順がホームズと逆なのがちょっと混乱しますが……)。
 准将のさらなる冒険についても、いずれまたご紹介したいと思います。


『勇将ジェラールの回想』(コナン・ドイル 創元推理文庫) Amazon

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2023.12.24

輪渡颯介『闇試し 古道具屋 皆塵堂』 幽霊にいかに挑むか? 二人の「探偵」の対決!?

 曰く付きの品物ばかり集まる古道具屋・皆塵堂を舞台としたコミカルな時代ホラーシリーズ、第十一作はシリーズレギュラーの太一郎を主人公として展開します。強力な霊能を持つ太一郎が依頼されたのは、札差の娘・お縫に対する幽霊への対処指南。小さなトラブルメーカーに振り回される彼の運命は……

 旧知の間柄である庄三郎から札差・大和屋の養女お縫を紹介された古道具屋銀杏屋の若旦那・太一郎。売りたい香炉があるというお縫ですが、強い霊感を持つ太一郎は、その香炉に執着している幽霊の存在を感じ取るのでした。
 その香炉の扱いについてお縫から問われた太一郎は香炉を買い取ると答えるのですが、お縫は幽霊の前で予想もしなかった行動を取ることに……

 というわけで、十巻を超えても非常に女っ気の少ない(女性の幽霊はほぼ毎回登場しますが)本シリーズに久々に登場した、物語に大きく絡む生身の女性キャラ・お縫。しかし作者の作品の女性キャラは何故かトラブルメーカーが多いのですが、やはりお縫も例外ではなく、皆塵堂――というより太一郎に面倒事を持ち込むことになります。

 とある武家屋敷に屋敷奉公に出ることになったというお縫。しかしその屋敷には幽霊が出る――というより、幽霊が出るからこそ、彼女はそこに奉公に行く気になったというではありませんか。
 そこで屋敷に行く前に自分が幽霊を相手にやり合うことができるか、腕試ししたいと考えたお縫の審判兼用心棒として、太一郎に声がかけられたのであります。

 実はお縫はシリーズのあるキャラの縁者、その関係で太一郎の話を聞いて幽霊に興味を持ったという、ほとんどとばっちりのような理由で、太一郎はお縫に引っ張り回されて江戸中の幽霊スポットを巡る羽目に――というのが、本作の趣向であります。


 シリーズファンには言うまでもありませんが、太一郎は毎回主人公が変わる本シリーズの記念すべき第一作『古道具屋皆塵堂』の主人公にして、シリーズ最強の霊能力を持つ切り札というべき人物であります。
 単に幽霊を見るだけでなく、遠くからでもその存在を感じる、そして幽霊の正体や意図をも見抜くことができる――幽霊絡みの品物にまつわる事件が中心となる本シリーズにおいては、あまりに便利すぎるキャラクターといえます。

 正直なところ、彼が最初から動けばほとんどの事件が解決してしまう(その辺りを逆手に取った作品もあるのですが)わけで、扱いが段々難しくなってきた感があった――と思いきや、たとえ幽霊の正体や存在がわかっても、大きな危険がなければ見ているだけ、という本作の設定は納得で、なるほどこの手があったかと大いに感心いたしました。

 その一方で面白いのは、いかに太一郎でも幽霊のことがすべてわかるわけではない――相手が伝えようとしていないことまでは読み取れないという点でしょう。この設定において、本シリーズの妙味の一つであるミステリ要素が効いてくることになります。
 さらに、幽霊を見ることと、その幽霊にどう対処するかはまた別の話であります。言い換えれば太一郎の対処が必ずしも正しいわけではなく、お縫の対処の方が正しいこともあるのです。

 というわけで、幽霊という「事件」を如何に解決するかという、二人の「探偵」の知恵比べ的な味わいもあるのが何よりも楽しく、そして実に本シリーズらしいひねりの効かせ方と感じるのです。
(そしてエピソードの中には、えらく意外な「探偵」まで登場することに!)


 正直なことをいえば、いささか苦肉の策という印象がないわけではありませんが、しかし「太一郎の幽霊に対する能力、強くなりすぎ問題」を見事に逆手に取って、起伏と意外性に富んだ物語を描きつつ、それでいてシリーズのいつもの味をきっちり見せてくれる本作。
 変化球にして王道の味わいの快作であります。


『闇試し 古道具屋 皆塵堂』(輪渡颯介 講談社文庫) Amazon

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2023.12.17

『るろうに剣心』 第二十四話「明治十一年五月十四日」

 斎藤の背後にいた大久保利通から事の次第を聞かされる剣心たち。京都で政府転覆のため暗躍する志々雄真実なる男を止めてほしいと語る大久保に、身勝手だと憤る仲間たちだが、剣心は明確な言葉を出さない。そして一週間後、大久保に剣心が回答することになっていた明治十一年五月十四日が訪れる……

 というわけで二クール放映された本作も今回で終幕。激しいバトルは前回まで(激しく殺害された人はいましたが)、今回は基本的に静かな展開で、今後に続く物語が語られることになります。が、内容的には前回・前々回同様、原作をほぼ忠実になぞっているため、原作読者にとっては改めて語りづらいというのが正直なところであります。
(剣心用に首輪・痺れ薬を持ち込む恵のハードなナニっぷりがカットされたのはまあ仕方ないとして――そういえば前回は剣心の鎖プレイ疑惑もカットされましたが、まあこれも残当)
 せめて、抹殺されかかる前の志々雄の姿はここでオリジナルでよいので描いてもよかったのでは――と思いますが、それは今後のために取っておくということなのでしょう。

 そんな原作既読者の重箱の隅つつきは置いておいて改めて見てみると、剣心組の皆さんの大久保・川路に対する反論がいちいちごもっとも過ぎてなかなか楽しい。この中では直接的に新政府に恨みがある左之助は置いておくとしても、ある意味一番フラットな立場の弥彦の「お子様の俺にはよくわかんねーけど(中略)オッサン達ちとおかしいぜ」という言葉が、やはりダイレクトに響くところであります。
 そもそもここでは非常に理想的で高潔な政治家として描かれた大久保も、まあ幕末の頃は極悪非道の限りを尽くした挙げ句に縮地使いの御庭番に手も足も出ずに叩きのめされて逃げ出した色々と後ろ暗いことがあったわけで、まさにその具現化というべき志々雄を、その前任者である抜刀斎に殺させようというのは、まあ明治の御代だというのに随分と幕末思考というほかありません。
(すぐそばに幕末以来まだまだ青春真っ只中で悪・即・斬とか言ってる人がいますが……)

 そして一週間後の明治十一年五月十四日――この日に何が起きたかは作中で描かれていますが、これまで直接的に(リアルタイムでは)歴史上の事件と接点を持ってこなかった物語が、ここにおいて初めて交わるというのはやはり盛り上がるところであります。幕末史の裏側で生きてきた者たちが明治史の表側に一瞬顔を出し、そして再び歴史の裏側に消えていく――それをもって東京編の、そして今回のアニメの最終回とするのは、それなりに納得がいくところではあります。

 そしてエンディングと共に剣心と薫の別れが描かれ(ここで薫の抱きしめ方が原作と違うのが何というか興味深い)、物語はひとまずの終わりを迎えるわけですが――ここで蒼紫・操・比古清十郎・宗次郎・志々雄の台詞が入るのは良いものの、志々雄以外は映像なしでただ流しただけなのは、もうちょっと何とかして欲しかった、というのが正直なところではあります。
 折角の第二期の期待を煽る最高の機会であったのに――と、一番早いTV放送時には二期の発表はされていなかったのである意味仕方ないのですが、それはそれとして。(ジャンプフェスタ合わせとはいえ、これもちょっと)


 と、最終回だというのに厳しいことばかり書いてしまいましたが、今回のアニメ化は、もう少しテンポアップしてよかったのではと思う部分は多々あるものの(二クールで丁度東京編を終わらすためには必要だったというのもわかるのですが)、特に黒碕薫脚本回の原作アレンジの面白さは強く印象に残るところで、今回のアニメ化で何を目指していたかは理解できたところではあります。
 その一方で作画パワー的には色々と不安になる部分も多く、これからバトルに次ぐバトルの京都編は、もっとパワーアップしてほしいと心から願う次第です。
(実は私は旧アニメ版はほぼ観ていないので比較はしませんが、やはり観ている人は絶対比較するので……)


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2023.12.11

『るろうに剣心』 第二十二話「蘇る狼」/第二十三話「牙を剥く狼」

 左之助が何者かの襲撃を受け、意識不明の重体となった。一方、剣心は鎖鎌を使う暗殺者・赤末有人の襲撃を受けるも、これを退ける。道場に戻った彼を待っていたのは、左之助を倒した張本人であり、今は藤田五郎を名乗る元新選組の斎藤一だった。剣心と斎藤、幕末を彷彿とさせる死闘の行方は……

 残すところ数話となった今回のアニメ版、二十二話・二十三話では、おそらくは最後の戦いとなるであろう斎藤一戦が描かれました。今回のアニメ版では冒頭に過去パートで登場した後に、満を持して登場した斎藤ですが――正直なところ、内容的には良くも悪くも原作を忠実になぞったという印象で、さすがにファンの間で語り草の旧アニメ版と比較するのは野暮としても、(もちろんこちらも質的に決して悪いものではなかったものの)普通に映像化された感があります。
 もっとも普通にといいつつ、冒頭の左之助と斎藤の対決シーンをカットして、いきなり倒された左之助が描かれたのは、これはこれで得体のしれない斎藤の強豪感が出ているものの、やはりちょっと勿体なかったかと思います。

 質の悪いファン的には、赤末有人は大丈夫だったのか気になったところですが、特に何事もなく登場。なぜかもっと赤い衣装を着ていた印象を持っていましたが、白と紫という、ちょっと意外なカラーリングが妙に印象に残ります(印象に残るといえば目張りですが――意外とお洒落だったのかしらん)
 むしろ、原作当時から違和感――というかぶっちゃけ恥ずかしかった斎藤の「もう殺す」と、弥彦の「武器破壊」がそのまま残ったのはちょっと残念だったところで、前者はセリフの中でそれなりにこなれていた印象はあったものの、そもそも言葉として普通は出てこない後者はどうにかならなかったのかなあと感じます(「対空」云々もどうかと思いますが、もうキリがない)。

 と、ネガティブなことばかりいきなり書いてしまいましたが、激闘の中で段々箍が外れていく二人の姿はなかなかの迫力で、どう見ても無理がありそうな斎藤の首締めも、あれはあれで(頭がカーッとなってるとやりそうな)妙な説得力があります。
 特に剣心は、一人称が変わるという明確な変化を交えつつ、徐々に抜刀斎時代のメンタリティに近づいていく描写は納得できるものがありましたし、斎藤の方も今回は今となっては猛烈にレアキャラとしかいいようがない、愛想が良くて腰が低い「藤田五郎」モードも含めて、違和感はなかったかと思います。

 しかし、改めて見ると、それまでるろうにとして薫や弥彦たちと接し、それによって(特に前回わざわざアニメオリジナルで描かれたように)かつての人斬り時代の姿からようやく抜け出せたかのように見えた剣心が、当の薫たちの目の前で抜刀斎に戻っていくというのはやはり衝撃的な展開であって、いささか命知らずにもほどがありながら、薫が二人の間に割って入りたくなるのも、それなりに理解できるものがあります。
 そしてその行為が、当の剣心によって拒否されるのですから、なおさらその辛さは強く感じられるわけで……

 さて、実は二人の対決はあくまでも腕試し。あわやというところで川路大警視をお供に登場したのは、大久保利道――というところで、タイトルを見るに、次回が最終回でしょうか。


 しかし改めて見ると、腕試しのはずなのに完全に殺す気になってかかる斎藤は、さすがにどうかと思いますが……
(そりゃ「ひょっとして今でも悪・即・斬とか言ってる?」とか煽られても仕方ない)

 そしてもう一つ、これは本当にどうでもよいことなのですが、愛想の良い時の藤田五郎が蕎麦屋でかけそばを食べる場面、お新香がついてきたのが妙に違和感で――原作ではお新香はなかったのですが、こちらの方が考証的に正しいのかしらん?


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『るろうに剣心』 第二十話「明治剣客浪漫譚 第零幕 前編」/第二十一話「同 後編」

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2023.11.24

『るろうに剣心』 第二十話「明治剣客浪漫譚 第零幕 前編」/第二十一話「同 後編」

 諸国を流浪する中、横浜に立ち寄った剣心。そこで仮面の外国人医師・エルダーが悪徳医師・石津泥庵の用心棒に絡まれていたのを助けたのをきっかけに、剣心はエルダーの素顔を知ることになる。そして、石津に雇われてエルダーを狙う西洋剣士・エスピラールと、剣心は決闘することになるが……

 まさかの第零幕が前後編で描かれることとなったこの第二十話・二十一話。原作は連載終了からだいぶ経ってからの掲載ということで、比較的知名度が低いエピソード(アニメ放映とほぼ同時に、文庫の『るろうに剣心 アナザーストーリーズ』に収録されましたが)ですが、そこにアニメ独自のアレンジを加えることで、魅力的な内容となっていたといえます。

 原作では一話分ということで、かなりあっさりしていましたが、今回は二話分、それも本編の中に挿入される形となったことで、様々なアレンジを施されているのが目を惹きます。
 その一つ目は、剣心とエルダー、そして車夫の男吉の交流。原作では剣心がエルダーと知り合った後、すぐにエルダーの「正体」が描かれ、後はクライマックスの決闘シーンに雪崩れ込むという、かなり慌ただしい展開だったのですが、今回のアニメ版では、三人がアフタヌーンティーしたり、居留地見物に出かけるという場面が用意されています。
 居留地見物の時の、ヘンな役割分担(?)も面白いのですが、目を惹くのは剣心が茶を飲む場面――庭の沈丁花の香りはわかっても、紅茶の香りがわからない剣心に、エルダーが心因性のストレスを見て取るのは、ちょっとドキリとさせられるシーンです(そしてこれが大きな意味を持つのですが、それは後述)。

 しかし、ある意味今回一番インパクトが大きかったのは、エスピラールのキャラクターの大きな変化ではないでしょうか。日本剣術vs西洋剣術というのは、これは時代ものでは一種の定番パターンではありますが、刀身に螺旋の入ったレイピアという如何にもるろ剣らしいケレン味溢れる武器を披露しながらも、原作でのエスピラールは、紙幅の都合もあってあっさり倒される殺し屋という、実に勿体ない扱いでした。

 それがこのアニメ版では、エルダー抹殺を請け負いながらも、むしろ彼女の護衛を務める最強の剣士・人斬り抜刀斎との尋常な勝負を夢見るという、洋の東西は違えど、剣士の魂を持った男として描かれます(原作では自らを剣士ではなく「人を殺す者」と自称しており、明確に立ち位置が異なります)。
 ここでエルダーを人質に剣心との対決を求めながらも、剣心が応じると「手荒い真似、失礼した」と彼女に詫びる礼儀正しさ(これもオリジナル)を見せるのも心憎いのですが、決闘ではオリジナルの奥義トルナード・インフィエールノまで披露。これがまあ、自分の体を極限までねじって放つという、何だかうずまきに呪われてるんでは――と心配になる技というのはさておき、これまた実にるろ剣らしい奥義で満足であります。
(ここで剣心の返しが、奥義の回転に巻き込まれながらその力をカウンターで叩き返すという、リンかけのヘルガのブーメラン・スクエア破りっぽいのがジャンプらしさを感じる――か?)

 そして改心したエスピラールは、横浜を天然痘の脅威から救い、最後はエルダーのボディーガードとして彼女と一緒に旅立つという、原作の没案を活かした結末を迎えて――と、三木眞一郎が声を当てただけはある(微妙に巻き舌の喋りもイイ)、実に美味しい役どころとして昇華されておりました。

 ここで注目すべきは、決闘を終えて意識を取り戻したエスピラールにエルダーが語りかける言葉でしょう。剣心に敗れたことで、最強の剣士を目指すという希望を失ったエスピラールに、目標が大きすぎると道に迷うと――もっと小さな目標、小さな希望を持って生きてはどうかと語るエルダー。エスピラールが剣を振るう理由を見つめ直すきっかけとなった彼女の言葉は、このエピソードの結末に、まことに相応しいものであると感じます。
 そしてそれは、誰もが安心して暮らせる新時代という大きな希望の下に人斬りの刃を振るい、大きすぎる犠牲を払った剣心にも、そのまま当てはまる言葉といえます。この対比の妙には、ただただ唸らされるばかりです。

 そして今回のエピソードは、実は本編の中で、剣心がいつもの仲間たちと茶を飲んで寛いでいる時に話した物語という趣向。ここで、横浜では茶の香りもわからない――つまり茶の味も楽しめなかったものが、今では楽しむことができることを示すこの場面は、剣心が神谷道場で歩みを止めることで、確実に癒やされていることを示しているといえます。

 もっとも、もうすぐその神谷道場から離れることになるのですが……


 それにしても本編と続けてみると、原作の執筆年代が大きく離れる本作は、ギャグのセンスも全く異なっているのが興味深い……


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『るろうに剣心』 第十九話「津南と錦絵」

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2023.11.10

『るろうに剣心』 第十九話 「津南と錦絵」

 内務省爆破を目論む月岡津南と行動を共にする左之助。しかしその前に現れた剣心によって津南の炸裂弾は全て防がれ、左之助も津南を力づくで制止するのだった。しかし意識を取り戻した後、内務省前で自決すると激昂する津南。その後を追った左之助は、津南と拳を交える……

 二話に渡ることとなった月岡津南編、原作から考えると時間的に結構余るのでは――と思いきや、何と今回はほぼ後半全体がオリジナルという展開となりました。

 赤報隊時代の友人である月岡克浩、今は絵師の津南と再会した左之助。しかし津南はニセ官軍として十年前に処刑された相楽隊長の恨みを忘れず、自作の炸裂弾でテロを準備中であり、左之助もそれに誘われて――というのが前回の展開。
 それを受けて、今回津南と左之助が内務省の敷地に侵入してみれば、そこで待ち受けていたのは剣心であります。立ち塞がる剣心に炸裂弾ラッシュをかける津南ですが、剣心に及ぶはずもなく、見るに見かねた左之助が当て身を食らわせて津南の家に連れ帰り、剣心は炸裂弾を処分することに――という展開の後、原作では左之助に諭された津南がテロを断念する結末になるわけですが、今回のアニメではそこに至るまでのさらなる悶着が描かれます。

 意識を取り戻してみれば炸裂弾は全て奪われ、テロの手段はなくなった津南ですが、何と内務省で抗議のため切腹し、明治政府の悪業を告発しながら死んでやると激昂。それが民衆の心を動かし、政府への不信の種になる――と大変なことを言い出した津南は、「そんなに都合良くいくかよ!」と身も蓋もないツッコミを入れた左之助の前から、いきなり煙幕弾で姿を消して家から脱出します。
 しかし津南は、その直後に警官にどこに行く? と誰何されて、「どこへ行けばいいんだろうな……」と切ないことを言ったと思えばまた煙幕! もう煙幕おじさんの異名をつけられそうな勢いの津南をようやく見つけた左之助は、もつれあった末に(たぶん)以前剣心と決闘した河原に転がり落ちます。

 そこでお前は裏切った、俺の十年を返せと好き勝手言う津南にさすがに怒りだした左之助ですが、何と津南は左之助と素手ゴロ勝負を宣言。「お前は俺に勝てたことは一度もないだろう」とあまりに自信満々な津南ですが、実は左之助並みの腕前!? そこに炸裂弾が加わったら猛者人別帳に載ってしまうのでは!? と一瞬思いましたが、もちろんそんはなずはなく、ボッコボコにされることになります。それでもお前は十年間何をしていたと詰る津南に、この十年の間に、薫・弥彦・恵――世の人びとは懸命に新しい時代を生きていると答える左之助。そんな人びとが集まった昨日の宴会こそ、隊長が目指した四民平等の姿だと……
 さらに津南のやろうとしていたことは「無駄だ! 迷惑だよ!!」という左之助の火の玉ストレートに、ついに津南も膝を折ります。そして帰り道、津南は、かつて隊長に「お前はお前のやり方で戦え」と言われたことを思い出し……


 と、かなり力を入れて描かれた今回の津南のエピソード。その過去自体は左之助と重なるとはいえ、人斬りではない、しかし幕末を引きずった彼のドラマは、やはり明治ものとして印象に残るものであることは間違いありません。
 そんな津南と左之助を分けたものは、世間や他者との関わりだったのでしょう。そしてその他者との関わり(平和な共存)こそが相楽隊長の理想であり、前回描かれた原作よりも面子が増えた宴会は、やはりその象徴と感じます。

 そんな中でちょっと異質な(左之助も明治を生きる人々の中に入れていない)剣心は、その頃、炸裂弾を一生懸命埋めていたのですが、ここでも印象的なオリジナルのシーンが描かれます。
 炸裂弾を全て埋めたと思いきや、一発のみを火を付けて空に投げ上げる剣心。炸裂弾を埋めるというのは、ネガティブな過去との決別の象徴だとは思いますが、その炸裂弾が夜空を、暗闇を明るく照らすというのは、過去が現在に光明をもたらす、一つの希望の姿といえるのではないでしょうか。


 さて、Cパートではこれまたオリジナルで内務省の最奥が描かれます。結局剣心と津南の戦いの後のみしか知らない人間たちが、あれは志々雄一派の仕業では!? と慌てるのはちょっと可笑しいのですが、大久保卿は川路大警視に、さらなる警戒を命じて――と、ここで初めて志々雄真実の存在が語られたのは目を惹きます。

 なるほど、これを受けていよいよ斎藤一が――と思いきや、何と次回は第零幕の、それも前編。正直なところ全く予想していませんでしたが、ちょうど来週に零幕収録の文庫が出ますし……


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