2022.06.24

安田剛士『青のミブロ』第3巻 対決、五人の暗殺者 正義vs正義!?

 新選組に加わった京の三人の少年の目を通じて描かれる異色の新選組伝の第三巻であります。会津藩の者ばかりを狙う辻斬り五人を追うことになった壬生浪士組(ミブロ)。その一員として下手人を追うにおとはじめですが、逆に待ち伏せを受けて窮地に陥ります。はたして反撃の機会は……

 同じ地元からミブロに加わった少年である太郎、そしてはじめと、紆余曲折はありながらも距離を縮めてきたにお。そんな中、芹沢・近藤以下ミブロの面々は、京都守護職たる会津藩藩主・松平容保と対面の機会を得るのですが――そこで会津藩から、会津藩士ばかりを狙い、その目を抉っていくという暗殺者退治を依頼されることになります。

 ミブロの面々が五人組だという彼らを捕らえるべく腕を撫す一方で、におとはじめはこの暗殺者に対して情報を持っているらしい大店の跡取りの少年・世都と対面。しかしその帰りに、暗殺者に待ち伏せを受けて……

 しかし、におたちが子供と見て説得にかかる暗殺者。隣の清国のように、いまこの国が外国に狙われていること、そしてミブロの面々がそれをにおたちに教えず、無知につけこんでいると語る暗殺者、いや倒幕の志士ですが――しかしそれでにおが退くはずもありません。
 他の四人の情報を聞き出すため、無謀にも殺さず捕らえると言い出すにおですが、何とそこに暗殺者がもう一人出現。はじめがそちらと対峙している間に、におは最初の一人と対峙するものの、到底敵うべくもなく……

 というわけで、単なる破落戸や悪党ではなく、ある意味自分の思想、自分の正義を持つ相手と、初めて対峙することとなったにお。しかし思想――とまではいえないまでも、自分自身の正義という点でははっきりと自己を確立しているのがにおというキャラクターの特徴であり強みであります。

 たとえ一見正論を言っているようでいても、自分よりも遥かに上の腕前であっても、自分自身の正義と照らして、偽りや矛盾があれば絶対に屈しない――そんなにおの姿勢は、ここでも崩れることはありません。
 ありませんが、それでも敵わない相手は敵わないわけで――この辺り、一歩間違えればにおが口先だけの理想論キャラになってしまうのが悩ましいところですが、しかしそこをフォローするのは兄貴分たちの役目というところでしょうか。

 その兄貴分である沖田と土方の姿勢――におのことを否定するのでも矯めようとするのでもなく、彼の方向性を受け止め、伸ばそうという姿は、理想の先輩像であることは間違いありません。
 そしてそれを受けて改めて自分の原点を確かめ、まだまだ未熟で八方破れながらも、なおも前に進もうとするにおの姿も、青春ものの主人公としてみれば納得いくものがあります。

 さらに、そんなにおのことを口では散々言いながらも、その最大の長所がどこにあるかを直感的に認め、一度は及ばなかった相手を前に自分自身の真の力を見せるはじめの姿も、実にイイ。
 そして近藤も芹沢も、それぞれ「らしさ」を見せて暗殺者を対峙し、そしてラストはオールスターキャストを揃えつつも、近藤の信頼の下、におが一皮むけた強さを見せる――と、実にいい形で五人の暗殺者編は決着することになります。


 正直なところ、先に述べたようなにおの良くも悪くも青臭いキャラクターは、読者によって好き嫌いがハッキリ出るものだと感じます。
 また、時にミブロの面々のキャラクターが賑やかすぎて、物語の枠をはみ出して暴走しそうな危なっかしさもあるのですが――それでも長所短所併せ持った本作の空気は実に楽しく、その空気にもっと触れてみたいと思わされるのは、間違いがないところではあります。

 青春ものとしての新選組をどこまで貫くことができるか――この先の展開を待ちたいと思います。


『青のミブロ』第3巻(安田剛士 講談社週刊少年マガジンコミックス) Amazon

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2022.06.23

野田サトル『ゴールデンカムイ』第30巻 五稜郭決戦に消えゆく命 そして決戦第二ラウンドへ!

 連載は大団円を迎えましたが、まだまだ単行本が完結するまで油断できないのがこの『ゴールデンカムイ』。残すところは本書を入れてわずか二冊ですが、この巻でも驚くほどの加筆修正が施されています。いよいよ始まった五稜郭包囲戦の中、次々と失われていく命。はたして最後に残るのは?

 刺青人皮が示す黄金の在処、五稜郭に集うことになった生き残りの全勢力。先に五稜郭に入った杉元・アシリパ・白石と土方一派、さらにソフィアとパルチザンに対して、鶴見も第七師団を招集、鯉登父の駆逐艦まで加わっての全面対決は、もはや戦争というレベルにまでエスカレートすることになります。
 アイヌのために残された土地の権利書、そして土方のアイヌとの繋がりからようやく発見された黄金――長きに渡り求めてきたものをついに発見したアシリパたちは、決して退けない戦いに挑むのですが……

 と、まさしく死闘がひたすら続くこの巻。ここでは名前は挙げませんが、一人、また一人とキャラクターが退場していくのは、もはや仕方がないこととはいえ、やはり胸が痛みます(もっともそんな中、新たに、そして最高のタイミングで駆けつける律儀すぎるマタギには胸が躍るのですが)。

 しかしそんな死と暴力の最中でも、一人一人のキャラクターの輝きを見せてくれるのが本作の魅力であります。
 特にこの巻の序盤、キラウシが懸命に戦う姿は、彼がほとんど巻き込まれてここまで来たようなキャラクターだからこそ、彼の中に生まれた希望を感じさせる名場面だったと感じます。
(そしてその想いが、ある人物の最期に繋がる無情さもまた……)


 しかしこの巻で圧倒的なのは、冒頭に述べたように単行本における加筆修正シーンでしょう。それこそ細かいところまで挙げれば数限りないのですが(例えば上のキラウシのシーンも、わずか一つの台詞を追加しただけで印象がさらに強くなっています)、やはり数ページにわたる追加部分は、特に強烈に印象に残ります。

 その一つは、五稜郭の元陸軍訓練所での鶴見と鯉登との対峙であります。かつて鯉登が鶴見に命を救われ、彼に心酔するきっかけとなった地で、彼のつく嘘と――いや、嘘をつかずにはいられない彼の心(この辺り、連載最終回時の雑誌附録を見ているとニヤリ)と正面から対峙する鯉登の言葉は、途中で一部が薩摩弁になる部分も含めて、彼のこれまでのドラマが凝縮されているようで、胸に迫るものがあります。
(そしてアッここに繋がるのか――と驚かされるのですが、それはまだ先)

 そしてもう一つ胸に刺さったのは、実に6ページにわたり、ソフィアの内面を、過去を描いた場面であります。
 五稜郭で斃れたパルチザンの仲間たちの名前を呼ぶ姿から始まり、彼女の脳裏に浮かぶ、かつてのロシア皇帝暗殺の場面。そこでは、ウイルクが顔に傷を負うこととなったもう一つの理由、そしてその理由がソフィアの心に終生残った傷の理由と通底するものであったことが、語られることになります。

 そんな彼女が背負ったものを顕わにした果てにソフィアが呼んだのは――いやはや、このページを見たときには、思わず声が出そうになりました。個人的にはこの巻のハイライトと感じた次第です。


 さて、そんな数多くの生と死が描かれた五稜郭決戦も、この巻の後半でアシリパと杉元たちが五稜郭から脱出したことで、否応なしに終わりを迎えることになります――が、それは最終決戦が終わったという意味ではありません。
 決戦の第二ラウンドの舞台、それは函館駅に向かう列車の中。逃亡中偶然出会った列車に乗り込んだ杉元たちが見たものは、中にすし詰めになった第七師団の第二陣たちだったのであります。

 鶴見たちも追いつき、もはや逃げ場のない車内、そして頭巾ちゃんとの対決を終えた尾形も乗り込み、もはや大混乱の中、暴走列車は地獄へと一直線に向かうことになります。
 その先に待つものは――いよいよ次巻大団円であります。


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2022.06.21

高橋留美子『MAO』第13巻 彼女の死の謎 彼女の復讐の理由

 御降家の後継者を巡る九百年前からの暗闘と、大正時代に御降家を復興しようとする白眉たちとの戦いと――先の見えない二つの戦いが続く『MAO』。この巻ではその始まりの一端というべき、紗那の死を巡る真実が描かれます。そして表紙を飾る白眉の配下・芽生の過去も……

 御降家の呪い(とは別の理由で?)平安時代から生き続ける夏野が、何者かの命で集める体のパーツ。その最後の一つである右腕を、何と猫鬼が現代で、あの菜花の運命を変えた事故現場で発見、御降家の五色堂の地下に眠っていた謎の男のもとに持っていく――という、不可解かつ衝撃的な場面で終わった前巻。
 ここで体の全てが揃い復活した謎の男は、しかし精神は復活していないのか、人事不省のまま歩み去り、一旦物語から姿を消すことになります。

 それに変わって描かれるのは、摩緒たちの師匠――御降家の当主の娘・紗那の死の真実。これまで摩緒に濡れ衣が着せられていたその前後の事情が、ようやくここで整理されることとなります。
 そのきっかけとなったのは、紗那を殺したのが誰か知りたくないかという百火への夏野の言葉。彼女に託された火の呪具・睨み火で陸軍兵舎を狙い(これはこれでいい度胸)、白眉をおびき出さんとする百火の策は当たり、夏野・百火・摩緒・菜花の前に白眉が現れます。

 そもそも、摩緒が紗那を殺したと言い出したのは白眉。しかし実際には摩緒は殺していないわけで、だとすれば白眉が嘘をついていることは間違いありません。そして夏野は、邪気が紗那を殺したと語るのですが、邪気を操るといえば……
 そう、幽羅子であります。かつて幽閉されていた屋敷を抜け出した時に摩緒と出会い、それ以来彼を慕っていた幽羅子。だとすれば、彼女が嫉妬心から摩緒と結ばれる紗那を殺しても不思議ではありません。そして白眉もそれを認めるのですが……

 しかし本当にそれが真実なのか、わからないのが本作の恐ろしいところ。現在のところ確かなのは、白眉が幽羅子に――ありのままの彼女に惹かれているということだけのように思われます。それも、怒らせて平手打ち食らってニヤニヤするような、ちょっとまずい感じの形で……

 そしてさらに百火の口から語られるのは、実はその晩に宝物殿を焼いたのは、紗那の頼みで動いた百火であったこと、そしてそこで殺されていた師匠の手の中から、青い光の玉が飛び去ったという事実。
 はたして師匠は誰が殺したのか、そして青い光の玉とは――一つ謎が解けたと思えば二つ謎が増える。まだまだ本作の闇は深そうです。


 さて、この巻の後半では、芽生を巡る物語が描かれることになります。不知火の館の延命の庭を守る芽生は、一見常に笑みを絶やさない物柔らかな美少女ですが――しかし庭の中に掘られた穴に人間たちを落として争わせ、その怨念を集めるという人間の蠱毒というおぞましい呪法を行っているのですから、常人であるはずもありません。

 それではそんな彼女が呪術に手を染めた理由は――不自然な旱魃が起きた村に現れて雨乞いをするという少年・流石の登場がきっかけで、彼女の過去が語られることになります。
 その村に乗っ取り屋(いわゆる地上げ屋)が現れたと知った芽生と蓮次、そして呪術の存在を感じ取った摩緒と菜花――それぞれ村に向かった両者を待っていたのは、かつて芽生を襲った悲劇の張本人であり、そして芽生が人間の蠱毒を行う理由だったのです。

 ここで語られる過去を見れば、彼女の行為には一定の正当性があるといえるでしょう。しかしそれは、蓮次が復讐から始まり金目当ての暗殺者と化したように、当初の目的を超えて際限なく暴走し、人として引き返せないところまで行きかねないものであります。
 それを助けるのが、いや導くのが御降家の呪具、呪術だとすれば――やはり御降家は存在してはならないもの、終わらせなければいけないものなのでしょう。そしてそれは、前半で語られた紗那の行動の理由と重なるものでもあるのです。


 さて、この巻のラストでは、廃屋の祟りを祓うことになった摩緒たちですが、その源である古井戸から現れたのは――はたしてこの存在が物語の本筋と絡むのか否か、相変わらず物語の先は読めません。


『MAO』第13巻(高橋留美子 小学館少年サンデーコミックス) Amazon

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2022.06.20

仁木英之『モノノ怪 執』(その三) 作品世界への新たな風となったスピンオフ

 アニメ『モノノ怪』のスピオンオフ小説『モノノ怪 執』の紹介のラストです。今回は「饕餮」「ぬっぺらほふ」の二話をご紹介いたします。

「饕餮」
 九州・月ヶ瀬藩の三老と呼ばれる家柄ながら、かつての島津家との戦いで両親をはじめとする多くの親族を喪い、落魄した山中家の若き当主・甚次郎。同年代の若衆の中でも浮いた存在である彼は、父祖が命を落とした古戦場に、饕餮と呼ばれる怪異が出没すると聞かされ、逆に興味を覚えます。
 国替えとなる先についていくことを認められず、憑かれたように父祖たちの活躍の痕跡を古戦場で求める甚次郎。彼は饕餮によって父祖の最後の戦いを見せられるのですが……

 これもある意味歴史・時代小説の一典型というべき、地方の小藩もの(?)といった趣きのある本作(舞台となるのが九州の月ヶ瀬藩なのは、このサブジャンルの名作である葉室麟『銀漢の賦』のオマージュでしょうか)。
 このサブジャンルの定番として描かれるように、地方に暮らす若者の鬱勃たる想いが中心となる本作ですが、それがモノノ怪に憑かれ、過去の記憶に惑溺する主人公の姿として描かれるのは、本作ならではでしょう。

 何が真であるのか、二転三転した末に甚次郎が掴んだ想いと、それの果てのモノノ怪との戦いの有様が不思議な感動を呼びます。


「ぬっぺらほふ」
 かつて母と姉が行方不明となり、今は父・忠義の叱咤激励の下、大奥に入るために日夜文武に励む楓。刻苦の末、若年寄・堀田掃部に気に入られ、書院番組に抜擢された忠義は、楓の大奥入りへの口利きの条件として、掃部からある怪異退治を命じられるのでした。
 本郷の加賀藩邸近くに現れるというぬっぺらほふ――見目よい男女が通ると置いてけと袖を引く、目鼻も口もない妖――をおびき寄せるため、父に協力する楓ですが……

 ラストを飾る本作に登場するのはぬっぺらほふ――作中でも言及されるようにのっぺらぼうの異称であり、同時に目鼻もない肉の塊であるぬっぺふほふを連想させる名のモノノ怪であります。(のっぺらぼうといえば――それは後で触れます)

 あまりに酸鼻な過去の一幕から一転、どこかコミカルさすら感じさせる姿で大奥入りを目指す楓を中心に展開していく本作ですが、そんな彼女の心の隙間とモノノ怪が出会った時に何が起こるか……
 胸が悪くなるような過去の事件の真相(これはこれで「らしい」という気もします)と、ある意味ストレートなモノノ怪の真と理を描きつつ、そこから楓との関係性で一捻り加える展開にも唸らされます。

 ちなみに「のっぺらぼう」といえば、アニメ『モノノ怪』のエピソードの一つ。「家」に押しつぶされ、自分というものを喪った女性を描いた物語でしたが、さてそれとよく似たタイトルの本作は――その結末には大いにギョッとさせられると同時に、なるほどと納得させられるのです。


 以上全六話――『モノノ怪』という作品の新たなエピソードとして違和感ない内容であると同時に、歴史・時代小説の文法で『モノノ怪』という作品を捉え直す試みとして、大いに楽しませていただきました。(ただ数カ所、用語の使い方の点でちょっと不思議な部分があるのですが、これは意図的なものなのでしょう、やはり)
 第一話で触れたように、薬売りを狂言回しとして展開したアニメ『モノノ怪』とは異なり、各話の主人公を中心に、その視点から展開する内容も、スピンオフとしてみれば、納得がいくものであります。

 また、これは以前作者の『くるすの残光 最後の審判』の文庫解説を書いた時に感じたことですが、作者の作品には、超越者の力による救済を以て事足れりとしないという印象があります。
 その点は、『モノノ怪』という作品の構造と――最終的には薬売りの退魔の剣によるものの、単なる力押しではモノノ怪は倒せず、人の心に関わるモノノ怪の真と理を解き明かす必要があることと、想像以上に相性が良かったと感じます。
(というのは牽強付会に過ぎるかもしれませんが……)

 願わくば、『モノノ怪』という作品世界に新たな風を吹き込んだこのスピンオフの続編も、ぜひ読みたいと思います。モノノ怪が人の世にある限り、薬売りはいつでも、どこにでも現れるのですから……


『モノノ怪 執』(仁木英之 角川文庫) Amazon

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2022.06.19

仁木英之『モノノ怪 執』(その二) 薬売り、史実と邂逅す!?

 仁木英之による『モノノ怪』のスピンオフ小説の紹介の第二回であります。今回は「亀姫」「玉藻前」「文車妖妃」の三話をご紹介いたします。

「亀姫」
 少年の頃から従ってきた主君・加藤嘉明を喪い、その子・明成に仕える堀主水。しかし明成は父と違い、都普請と同時に会津若松城の修築を大々的に進めるように厳命を下し、老臣たちと距離感が生まれることとなります。
 そんな中、藩家老で猪苗代城城主・堀辺主膳の子・石右衛門は、恋人で筆頭家老の娘・善を猪苗代城に棲む怪異・亀姫に仕立て上げ、明成を操ろうと企むのでした。

 その事実を知った主水は、覚悟を決めて会津若松城に乗り込むのですが……

 薬売り、史実と邂逅! と言いたくなってしまう本作。冒頭からしてしれっと薬売りが病の加藤嘉明の枕頭に侍っているのに驚かされますが、何よりも本作の中心となるのは、何と堀主水――歴史・時代小説ファンであればお馴染み、いわゆる会津騒動の中心人物として後世に名を残す実在の人物なのです。

 つまり本作はこの会津騒動の秘史、前日譚というべき物語――アニメ『モノノ怪』が歴史的事実と一定の距離を持った作品であったことは前回述べましたが、本作は第一話の方向性をさらに推し進め、史実の中に立つ薬売りの姿を描いたといえます。もちろんこれも、スピンオフならではの趣向ですが……
 物語の方は、ややクライマックスが慌ただしくなってしまった感はあるものの、美しいモノノ怪の形が印象に残る一編であります。
(ちなみに『怪 ayakashi』の「天守物語」では亀姫の姉が登場しているのもある意味因縁でしょうか)


「玉藻前」
 深川の数町離れた裏店長屋に住む仲の良い友達同士の小春と花。小春の父で浪人の藤川高春は、つくり花師のまとめ役、花の母・桂は、つくり花師――仕事と称し、度々桂のもとを訪れる高春に疑いの目を向ける母に命じられて、仕事の様子を見に行こうとする小春に対し、花はそれを止めようとするのでした。
 そんなある日、不気味な影に追われた小春の前に現れた薬売りは、彼女に二つの賽を渡して……

 妖の中でも大物中の大物である玉藻前=九尾の狐。ネームヴァリューの点では最大のこの存在と薬売りが対決する本作は、しかし意外にもその舞台を下町――人情時代劇の定番中の定番である深川に設定しています。
 しかしそこで展開されるのは、妻子ある浪人と道ならぬ関係となった寡婦、親友同志である二人それぞれの娘といった、人情ものというには少々湿っぽすぎる人間関係なのです。

 はたしてそこにいかにして九尾の狐が絡むのか――と思いきや、物語は終盤で大転回。ここで正体を現す九尾の狐の正体は、まさに本作ならではのものといえるでしょう。
 ここにキーアイテムとして登場してきた賽が絡んで展開する世界は、まさに『モノノ怪』ならではのカラフルで不条理な世界であり――そしてその中を切り開いていく少女たちの想いが印象に残ります。ぜひビジュアルで見てみたい物語であります。


「文車妖妃」
 幼い頃、祖父に連れられて講釈を聞いて以来、物語に取り憑かれた為永春水。以来、講釈師と作家の世界に飛び込んだ春水ですが、なかなか芸は上達せず、苛立ちは募るばかり。彼の近くには、書き損じを食らう小さな妖・文車妖妃が出没するようになります。
 そんなある日、かつての修行仲間であるお文から、柳亭種彦への恋文を託された春水。彼は恋文を渡さずに自分が返事を代筆するようになりますが、そのうちに種彦への恋慕に狂ったお文は……

 再び実在の人物と薬売りが邂逅することとなる本作は、一種の芸道ものもいえそうな作品。後に『春色梅児誉美』で人情本の第一人者と呼ばれることとなる為永春水の若き日を描いた物語であります。
 あらすじだけ見るとほとんど春水の伝記のようですが、己の才のなさにもがく彼のある意味分身というべき文車妖妃は、才も無いのに書くことに取りつかれた人間の執着を喰らいにくるという、何とも胸に刺さる妖です。

 しかし妖としては無害な文車妖妃が、いかにしてモノノ怪となるのか――その理は、まさに人の情とそれに憑かれた者の姿を浮き彫りにしたものであり、『モノノ怪』という作品世界を用いた芸道小説に相応しいものであると感じます。
 結末で語られる薬売りの、二重の意味で意外な言葉も必見です。


 次回でラストです。


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2022.06.18

仁木英之『モノノ怪 執』(その一) 時代小説の文法で描かれた『モノノ怪』

 十五周年ということで、にわかに慌ただしくなってきたアニメ『モノノ怪』周辺。その先陣を切る形となったのが、このスピンオフ小説『モノノ怪 執』であります。全六話が収録された本作を担当したのは、なんと歴史・時代小説でも活躍する仁木英之。はたして小説で描かれる『モノノ怪』の世界とは……

 2006年、オムニバス『怪 ayakashi』の一編「化猫」で初登場した薬売り。奇抜な化粧と衣装で身を飾ったこの美青年、モノノ怪の気配があるところに、場所・時代を問わずどこからともなく現れては、その形・真・理を見顕して退魔の剣でモノノ怪を斬る、奇妙なゴーストハンターであります。
 この薬売りのキャラクター、和紙のテクスチャを用いた美術、そして怪異の陰の人の心の綾を巧みに織り込んで二転三転するミステリアスな物語が受けて、2007年には『モノノ怪』として五つのエピソードが放送されることとなりました。

 以降、ファンの間では続編を求める声が根強くあったのですが――十五年間沈黙を守った末(その間、蜷川ヤエコによるアニメに忠実な漫画版がありましたが)、今年動きを見せ始めたのは冒頭に触れたとおりであります。
 そして本作は仁木英之による小説ですが、なるほど『僕僕先生』をはじめとする壮大なファンタジー、『くるすの残光』などの伝奇時代小説、人情ファンタジー『黄泉坂案内人』、さらには文アルのノベライズ等を手がけた作者は、うってつけかもしれません。

 私も『モノノ怪』ファン、仁木英之ファンとして大いに本作を楽しみにしていたのですが、その期待は裏切られることはありませんでした。以下、全六話を一つずつ紹介していきましょう。


「鎌鼬」
 新年、管狐の加護を得たという奥三河の村の庄屋のもとを訪れた三河万歳の門付け芸人・徳右衛門。同じく訪れていた熊野神人、傀儡師、角兵衛獅子、そして薬売りとともに宴席に招かれた徳右衛門ですが、自分たちが客間から出られなくなっていることに気付くのでした。
 そこに現れて昨年家宝の管が盗まれたと語ると、最も優れた芸を見せたものが座敷を出て富を得ることができると告げる屋敷の主。かくて、芸人たちの芸比べが始まることに……

 「御久」の文字が見えるような気がするこの第一話。中心となるのが閉鎖空間に閉じ込められた人間たちのエゴのぶつかり合いという、ある意味『モノノ怪』らしい展開が描かれることになりますが――そのぶつかり合いが異能の芸人たちの技比べの形で描かれるというのは、映像で見てみたいと感じます。

 しかし興味深いのは、舞台背景や徳右衛門たち芸人の技の内容や由来を、本作が丹念に史実・現実を踏まえて描いていることでしょうか。アニメの『モノノ怪』は、特に無国籍的とすらいえるようなその美術や設定において、意図的に時代考証との距離感を醸し出していた一方で、本作は、時代小説の文法で『モノノ怪』を書いたという印象があります。
(もっとも、続くエピソードを読んでみれば実は本作が一番アニメに近いという印象なのですが……)

 その意味では確かにスピンオフを感じさせる本作ですが、もう一つ、本作においては完全に徳右衛門視点で物語が進行し、薬売りは完全に傍観者であり、アニメで時折見られた人間味も極力抑え気味という印象があるのも、面白いところです。
 あの決め台詞が登場しないのには最初驚かされましたが、これもまた、スピンオフゆえというべきでしょう。もっとも、芸人たちの中にちゃっかりと混じっていたり、意外に(?)芸達者なところを見せたりと、やっぱり薬売りは薬売りだと思わされるのですが……

 結末とそこに至る過程に、どこかスッキリとしない、考える余地を残す内容といい、実に『モノノ怪』らしい第一話だったというべきでしょうか。


 第二話以降は次回・次々回に紹介いたします。


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2022.06.15

久正人『カムヤライド』第7巻 真古事記の地獄 第三のヒーロー誕生!?

 古墳時代の変身ヒーローの活躍を描く本作も、気がつけば早くも第7巻。この巻のメインとして表紙を飾るのは、この巻より登場の新ヒーロー(?)であります。その誕生の鍵を握る真古事記とは、そしてそれがもたらす地獄のような真実とは……

 モンコ/カムヤライドが新たな力を得て復活した一方で、それぞれの思惑を秘めて動く各勢力。そんな中でヤマトタケルことオウスの皇子は、父・オシロワケの命で、兄・オオウスとともに伊勢に向かうことになります。
 そこで待っていた叔母・ヤマトヒメが二人に見せるのは、彼女がヤマトオオクニタマと呼ぶ巨大な骸骨で……

 という衝撃的なヒキで終わった前巻ですが、この巻でヤマトヒメから語られるヤマトオオクニタマにまつわる真実――いわば真古事記は、さらなる衝撃をもたらします。

 200年前の天孫降臨――天から落ちてきた「もの」の落下時の被害、そして汚染された土から生まれた国津神たちによって、壊滅的な打撃を受けた日向のヤマト族。最後の手段として、落下で生まれた穴の探索を行ったヤマト族は、落ちてきた「もの」の骨と肉を発見、その肉で巨人を生み出し、後の初代大王・イワレビコが乗り込んだのであります。

 そしてその巨人・ヤマトオオクニタマは国津神たちを蹴散らして東征を続け、やがてヤマトの地で新たな国を作った……
 しかしそれで終わったわけではありませんでした。ヤマトオオクニタマの――それに用いた「肉」の呪いか、イワレビコとその子孫八代(欠史八代……)は人ではなくなり、先々代の大王の代になって、ようやくその影響はなくなったのです。

 しかし今度は各地で国津神の復活などの変事が発生、あの「肉」を使い、神を殺す――しかし後代まで続く呪いを防ぐ新兵器の開発計画が、それも二つ進められたのです。
 その一つは、「肉」で鎧を作り、それを人に纏わせる計画――と、ここで思わぬ形でカムヤライドの正体の一端が明かされることになりますが(ちなみにこの事実自体は雑誌掲載時にも描かれていましたが、その前後の事情は単行本描き下ろしで追加)、しかしそれはここでの本題ではありません。

 問題はもう一つの計画――イワレビコの子孫に「肉」を食べさせるという計画で生き残り、人外の力を得たただ二人の成功例こそが、オオウスとオウスだったのです。
 そしてそれに留まらず、さらに語られる真実――オウスが慕ってきた兄・オオウスはその実験の結果暴走、そしてその果てにオウスによって……

 ここで明かされる地獄のような真実は、これまでの描写(たとえば第5巻冒頭など)を見れば確かに――だったわけですが、当然オウスがそれを受け容れられるはずもありません。
 しかしそれを証明する悪魔のような証拠の前に彼の記憶の封印は解かれ、そこから生まれたものこそが――この巻の表紙を飾る第三のヒーロー「神薙剣」!

 しかし悪魔の実験から生まれ、既にオウスの意思すら呑み込んだように見えるこの存在を、ヒーローと呼んでよいものでしょうか。
 現に、ヤマトヒメが目論む神薙剣強化計画への協力を命じられたオトタチバナ(色々あった末に、怪獣退治の専門家として地方巡業中)は、オウスの変貌と、人を兵器として用いんとするこの計画に、あからさまに反発を見せるのですが……

 しかし戦を防ぐためと言われれば、黒盾隊を率いる彼女に拒否はできません。かくてヤマトヒメとオウスいや神薙剣、そしてオトタチバナたちは、モンコを追って菟田に向かうことに。
 そしてその動きをある手段(妙に怪しげなところがあると思いきや、こんな事だったとは!)で察知した天津神側も、自分たちが求めるものが菟田にあると知り、動き出したではありませんか。


 一気に事態は動き出し、最終決戦ムードすら漂い始めた状況。そんな中、主人公たるモンコは――ノツチの悪巧みに巻き込まれ、球技「殖す葬る(ブエスボウル)」に参加することに!?
 この非常時に一体――と思いきや、バンデラスじゃなかったマリアチ率いる敵チームの助っ人には思いもよらぬ二人が参加、ある意味こちらも決戦ムード。いやいやしかし……

 シリアスにもほどがある展開の直後の、落差のありすぎる状況に唖然としつつ、次巻に続くことになります。
(いや、次巻の冒頭ではもっと唖然とすることになるのですが……)


『カムヤライド』第7巻(久正人 リイド社SPコミックス) Amazon

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2022.06.11

あずま京太郎『THE KING OF FIGHTERS外伝 炎の起源 真吾、タイムスリップ! 行っきまーす!』第1巻 いま描かれる660年の因縁!

 突然どうした、というチョイスかもしれませんが、格闘ゲームの最大手の一つ、ザ・キング・オブ・ファイターズ(KOF)シリーズのスピンオフにして、660年の過去を描く物語であります。現代まで続く草薙家と八神家の因縁の源とは――現代からタイムスリップしてしまった矢吹真吾が見届けます。

 以前のKOFで八神庵に負わされた傷も癒え、草薙京の父・柴舟の下で修行に励む矢吹真吾。そんなある日、自主練中に謎の空間に引きずり込まれた真吾が意識を取り戻してみればそこは見覚えのない場所――それどころか、見たこともないような不気味な怪物が襲いかかってくるのでした。
 自分の技も通じず、窮地に陥った彼の前に現れたのは真っ赤な炎を操る男――怪物を焼き払ったその男は、八尺瓊と名乗るのでした。

 訳のわからぬまま八尺瓊についていった真吾はそのまま、八尺瓊邸の牢に放り込まれることに。そこでようやく自分がタイムスリップしたことに気付いた真吾は、今が鎌倉幕府が倒れた後の時代だと知るのですが……


 1994年稼働の第1作から今年の第15作まで、長きに渡り展開してきたKOFシリーズ。そのストーリーの中心には、一つの伝奇的設定があります。

 シリーズの(初代)主人公である草薙京とその宿命のライバル・八神庵――彼らは共に約1800年前に「オロチ」なる存在を封印した「三種の神器」と呼ばれる家系のうち、草薙家・八尺瓊家の末裔。
 しかし約660年前にオロチの力に魅せられた八尺瓊家の者がオロチの封印の一部を解き、さらに妻が草薙家に殺されたと騙された末にオロチと血の契約を結び、八神と名を改めた――大まかにいえば、これが両者の、いや両家の因縁の始まりなのです。

 そして本作はまさにその瞬間を描く物語なのですが――それを見届けるのが真吾というのが、なるほど、と感心させられます。
 KOF97が初登場の真吾は、京に憧れて押しかけ弟子になった(京的にはパシリにした)という設定のキャラクター。別に京や庵のように手から炎を出せるわけでもない、ちょっと体が頑丈なだけの本当にごく普通の高校生なのであります。

 しかし何かと事件に巻き込まれやすい京の近くにいるためか、真吾も様々な戦いに首を突っ込み、ついにはKOF XIでは京と庵の緩衝役としてチームを組むことに――まあ、その結果、暴走した庵から京を庇って深手を負い、以降大会に出場していないのですが……
(ちなみに本作では、この時の傷(とKOF97ドラマCDで山崎竜二に刺された時の傷)にある意味が与えられているのが実に面白い)

 それはともかく、物語の渦中近くにいながら、あくまでも立場は傍観者の一般人的という彼のスタンスは、本作のような物語には非常にマッチしているというべきでしょう。
 まあ、庵は(京も)『THE KING OF FANTASY 八神庵の異世界無双 月を見るたび思い出せ!』で異世界転生しているので、今回は別のキャラの方が――というのはともかく。


 さて、そんな本作ですが、キワモノめいたタイトルに対して、内容の方はかなりしっかりとしている印象があります。オロチの誘惑に堕ちる前の八尺瓊とはどのような存在だったのか、いやそもそも歴史の中で(陰で)草薙・八尺瓊両家は何をしていたのか――そんな部分がきっちり描かれているのは、ファンとして嬉しい限りです。(何故形の上では八尺瓊家がどこの者とも知れぬ真吾を一応保護しているのか、という説明も面白い)

 そしてその中で、真吾が懸命に自分なりの道を、自分なりの戦いを見つけようと努力するという、成長物語としての側面が描かれているのも、好印象であります。
 もっとも、お前あれだけ京や庵の近くにいて、八神=八尺瓊って知らなかったのか!? などとも思いますが、そこは先に述べたように、一般人代表としての役割なのでしょう。
(そもそも初出が30年近く前の設定、最近のファンは知らないのかも……)

 この巻の時点では、まだまだ660年前の因縁そのものの真実は描かれておらず、それは最終巻であろう次巻に送られていますが、それがどのように描かれるのか楽しみになる――KOFファンにはオススメできる作品です。


 ちなみに作中に「鎌倉幕府が滅びてから争いばかり」「武力を持ちながら戦に加担せぬ我々は公家側からも将軍側からも良く思われてはいない」という台詞があるのを見ると、本作は後醍醐帝と足利尊氏が対立し、幕府ができる直前が舞台のように思われます。
 仮に庵が初登場した1995年から660年前とすると1335年と、見事に平仄が合うのですが――KOFで年代を云々するのは野暮とはいえ、興味深いところではあります。


『THE KING OF FIGHTERS外伝 炎の起源 真吾、タイムスリップ! 行っきまーす!』第1巻(あずま京太郎&SNK 講談社マガジンポケットコミックス) Amazon

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2022.06.08

松井優征『逃げ上手の若君』第6巻 新展開、逃者党西へ

 逃げて逃げて(作中時間で)早くも二年が経過した『逃げ上手の若君』。信濃を舞台とした合戦を経て、結束を固めた諏訪神党の決起の時は近い――と思われたところに、次々と新キャラが顔を見せることになります。さらに足利の手が迫り、時行たちは一転京に向かうことに……

 帝の命により親北条勢力討伐を開始した国司・清原信濃守と守護・小笠原貞宗に対し、総力を挙げて戦いを挑んだ諏訪神党。諏訪頼重直属の諏訪神党三大将も加わっての激闘の中で、時行と逃者党は伝令の役目を与えられ、戦場を駆けることになります。
 目まぐるしく変わる戦況は、最終的には諏訪神党が撤退、大きく領地を奪われたものの将クラスは誰も討ち取られず、かえって結束を固める結果となったのでした。

 そんな戦いの後、この巻の冒頭で新たに登場するのは「神」――諏訪の現人神の座を継いだ諏訪頼継。頼重の子・時継のそのまた子、つまり頼重の孫であります。
 頼重、孫がいるのにあんな感じなの!? とドン引きしたのはともかく、頼継は時行よりもさらに幼い少年。そんな頼継にとって、時行は自分の祖父たちの関心を自分から奪っていった憎い相手――というわけで、諏訪追放をかけた勝負を挑んでくるのですが……

 が、その勝負が、自分が逃げる側とはいえ鬼ごっこなのはマズかった。この勝負はあっさり決着するのですが、しかし自分も父親のように頼重を慕う時行にとっては、頼継は兄弟のような存在。そんな共通点もあって二人は心を通わせ、時行には新たな味方(?)ができたようです。


 そして次なる新顔は、何と北条家の生き残り、時行の叔父の北条泰時。この泰時、一門が皆自決した時に一人生き延びてきた――というのはさておき、思っていることが全て顔に出てしまう面白叔父さんであります。

 しかしこの状況下で鎌倉を脱出し、東北で残党を糾合して二年間戦ってきた人物が、単なる面白キャラであるはずがありません。
 なるほど戦闘力は大して高いわけではありませんし(しかし弧次郎とどっこい――これはむしろ弧次郎が低いのか)、馬鹿にされたら殺すの鎌倉武士とは思えないほどプライドは低い。

 それでも、色々な意味で生き残りのために全振りしたかのようなスキル構成は、彼もまたこの時代の武士なのだな、と感心させられるのです。(そしてこういう武士のバリエーションを出して作品そのものも)

 さて、何やらデカい計画を考えているらしい泰家の登場で前進したかに見える北条家復興ですが、しかしもちろん敵はこの国を掌中に収めようという相手だけに、このままうまくいくはずもありません。
 泰時の諏訪来訪と時を同じくして風間玄蕃の前に現れた不気味な天狗面の男。彼こそは足利直属の忍集団「天狗衆」――かつて尊氏の挙兵時に京の情報を迅速に伝達し、新田義貞の鎌倉攻めを助けたとも言われる相手の出現に、もはや安全ではなくなった諏訪から、時行は離れざるを得なくなります。

 そこで彼が向かう先は京――折しも泰家が「計画」の打ち合わせに向かうのに合わせ、時行は逃者党とともに京に入ることに――というわけで、この巻のラスト1/3からは京での物語が始まることとなります。


 ――が、京に入ったと思えば(調子に乗った玄蕃が博打で身ぐるみ剥がされたので助けるために)いきなり双六勝負が始まることになります。
 そしてその相手となるのは、人様にざぁこざぁこ言うようなイキった上に奇天烈な服を着た少女・魅摩。しかしやたらと婆娑羅なのも道理、なんと彼女の父は元祖婆娑羅なあの人物なのですから――間接的とはいえ、いきなり京らしい大物登場であります。

 それはさておき魅摩は神力の使い手、しかも双六では時行が力を発揮する場もない――というわけで、ここで出番が回ってきたのは、頼重の娘である雫。しかし同じ神力の使い手とはいえ、格上の相手を前に明らかに分が悪い……
 と思いきや、えっ君たち一体何してるの? と唖然とするような戦法を繰り出す雫。もう公式が薄い本になったような展開ですが、これまで弧次郎や亜也子にスポットが当たってきたように、ここで雫にスポットが当たるのは納得ではあります。


 何はともあれ思わぬ緒戦をくぐり抜けた時行たちですが、最初がこれではこの先何が待っているか予想もつきません。個人的には、これまで名前しか出ていない楠木正成の存在が気になるところですが――さてこの先どうなるか。この先の展開にも期待できそうであります。


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2022.06.05

唐々煙『煉獄に笑う』第14巻 そして三成は往く 曇サーガここに完結

 本作だけで約9年、『曇天に笑う』から数えれば約11年――ついに『煉獄に笑う』完結の時がやってきました。前代未聞の八本首の形態と化したオロチに最後の戦いを挑むのは、天正曇天三兄弟と、秀吉・家康・光秀らの連合軍。持てる力の全てを結集して挑む戦いの行方は……

 真の信長を器としてついに復活したオロチ。オロチ封印の最後の希望、三本の巻物の最後の一本を安土城に突入して見事奪取した佐吉ですが――しかし信長がその意識を残した故か、オロチは牡丹すら知らない形態、八岐大蛇状の怪物に変化するのでした。
 この絶望的な状況下でも、封印の準備に入る牡丹と、彼女を守るべく陣を敷く連合軍。そしてそこに死んだと思われていた芭恋も姿を現し、佐吉・芭恋・阿国の天正曇天三兄弟――石田三成が復活!

 というわけで、今度こそオールスターキャストで臨む最後の最後の決戦が繰り広げられるこの最終巻。
 佐吉・芭恋・阿国の三人(あと後世でいうゲロ吉)に、秀吉・家康・光秀、さらに左近に紀之介(吉継)といった武将たち、百地丹波と浯衛門、桜花と一波、鬼平太、国友の勇真に芦屋弓月と安倍家一門(そしてもう一人)、牡丹――これまでの物語で戦い抜き、生き抜いてきた者たちが恩讐を乗り越えて集うだけで、もう感動的としかいいようがありません。

 たとえほとんど怪獣クラスのオロチの首たちであっても、彼らであれば――と思いたくなる(そして実際どうにかしてしまう)面々が戦う間に、牡丹が死力を振り絞って封印の陣を張る――これで勝利まで後一歩と思いきや、しかし史上最悪のオロチの強さはまだまだ先がありました。
 中心の首が雲を食らった末に全方向に放った熱線(?)によって戦線は一瞬にして崩壊、そしてその首に牡丹と佐吉が飲み込まれてしまったではありませんか。

 そして首の中で佐吉が見たものは、オロチに飲み込まれた安土城の一部と、オロチの中でなおも己の姿を保つ織田信長その人。
 刀を失い、文字通り徒手空拳で信長と対峙することとなりながらも、なおも心は折れない佐吉。そして彼のために芭恋と阿国は、オロチの中に刀を届けるべく奮闘を繰り広げます。あの曇の護り刀を……


 本作において最後の『曇天に笑う』とのリンクというべき護り刀の因縁も登場し、いよいよ終局に向かう物語。しかしそこで描かれたものは――まさか、と言いたくなるような展開であります。ここまで来て、こんなことになるとは――と唖然とさせられる中で、物語は容赦なく展開していくことになります。
 しかしこれもまた、彼らが、石田三成が選んだ道。その果てにある結末であれば、これはもう本作の結末として受け容れるしかない、ということは間違いないでしょう。少なくともエピローグの展開を見れば、だからこその「石田三成」であったか、と舌を巻くしかないのですから。

 そして登場人物それぞれが収まるところに収まったエピローグの最後に待つもの――この『煉獄に笑う』という物語の冒頭にリンクして(今見返すと、絵はもちろん違うものの、台詞は同じなのが感慨深い。だからあのアングルだったのか、とも)描かれる結末には、大きく頷くしかないのであります。

 ちなみにこの単行本は、最終話に連載時に比べて、実に30ページ近い描き足しが為されており、完全版と呼ぶに相応しい内容となっています。ここまでくれば、まさに大団円と呼ぶしかないでしょう。


 冒頭に記した通り『曇天に笑う』から数えて11年、そして単行本総計で24巻という分量となった、この曇サーガともいうべき物語。その中でも本作が質・量ともにその中核を成すことは間違いありません。
 今読み返してみても伊賀のくだりはちょっと長かったな――などと思ったりはしますが、しかしそこまで描き込んだからこその、この最終巻の展開であったことは間違いないでしょう。

 このサーガをほぼリアルタイムで読むことができて良かった――心からそう思った次第です。


『煉獄に笑う』第14巻(唐々煙 マッグガーデンコミックス Beat'sシリーズ) Amazon

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 唐々煙『煉獄に笑う』第12巻 最終決戦開始! 大団円への前奏曲
 唐々煙『煉獄に笑う』第13巻 クライマックスまったなし かぶき者還る!

 「曇天に笑う」第1巻
 「曇天に笑う」第2巻 見えてきた三兄弟の物語
 「曇天に笑う」第3巻 曇天の時代の行く先は
 「曇天に笑う」第4巻 残された者たちの歩む道
 「曇天に笑う」第5巻 クライマックス近し、されどいまだ曇天明けず
 「曇天に笑う」第6巻 そして最後に笑った者
 「曇天に笑う 外伝」上巻 一年後の彼らの現在・過去・未来
 唐々煙『曇天に笑う 外伝』中巻 急展開、「その先」の物語
 唐々煙『曇天に笑う 外伝』下巻 完結、三兄弟の物語 しかし……
 唐々煙『泡沫に笑う』 鎌倉から明治へ、二人の道の先に待つもの

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