2024.02.19

柳川一『三人書房』 乱歩と有名人たちの探偵秘録

 その業績故か、フィクションの中では自身が探偵役を務めることも少なくない江戸川乱歩。本作もそんな作品の一つですが、シチュエーションのユニークさが印象に残ります。乱歩が乱歩になる前、平井太郎と二人の弟が団子坂上で開いていた古本屋・三人書房を舞台とした連作であります。

 三重から上京し、弟の通と敏男の三人で、団子坂上に古本屋「三人書房」を開業していた平井太郎。彼の三重時代からの友人であり、三人書房の二階に居候していた井上青年や通と共に、太郎は探偵小説談義を戦わせる毎日を送っていたのですが――そこにある謎が持ち込まれます。

 恋人の島村抱月の跡を追うように自殺した松井須磨子――その死の衝撃がまだ世間に残っていた折り、太郎たちが買い取った須磨子の随筆集の中に挟まれていた、一通の手紙が事の発端でした。
 「私はやっぱり先生の所へ行かなければならないのです」と書きつつ、相手への想いを綴ったその手紙。それがもし須磨子のものであったとしたら、自殺の意味も大きく変わってくる――そう考えた太郎たちは、手紙の真偽を調べ始めます。

 その際に問題になったのは、手紙の末尾に記された「十二」という数字。本文と関係のないこの数字に何の意味があるのか? 太郎が解き明かしたその意味が示すものとは……


 この表題作「三人書房」から始まる本作は、乱歩が三人書房を営んでいた時代を中心に、彼が探偵役を務める全五編から構成される連作短編集であります。

 浮世絵研究の第一人者が写楽の贋作売買に関わったというスキャンダルの謎を、同じ浮世絵愛好家である宮沢賢治の示唆によって乱歩が解き明かす「北の詩人からの手紙」
 町を騒がす奇妙な娘師(土蔵破り)の出没と、敏男が入れあげる浅草の美人怪力芸人の舞台での失敗が、奇妙な形で交錯する「謎の娘師」
 ある寺の秘仏堂に忍び込んだ盗賊が、化け物を見て逃げ出したという事件を宮武外骨から聞いた乱歩が、寺に関わるある絵師にまつわる謎を横山大観に明かす「秘仏堂幻影」
 高村光太郎の作ったブロンズ像の首ばかりが盗まれ、さらにそのモデルの一人が人が変わったようになってしまった謎を、乱歩が解く「光太郎の〈首〉」

 ここに収められた物語の何よりもユニークな点は、登場人物の多くが、実在の人物であるという点でしょう。乱歩と二人の弟や、上に挙げた宮沢賢治、宮武外骨、横山大観、岡倉天心はもちろんのこと、乱歩の友人の井上も、乱歩のエッセイに記された人物なのですから。
 そんな実在の人物たちがデビュー前後の乱歩と出会い、ある者は乱歩に謎の解決を託し、ある者は共に謎に挑む――有名人探偵ものでは定番の趣向ではありますが、やはり大いに盛り上がるところであります。

 もちろんミステリとしても魅力的であることは間違いなく、特に表題作は、松井須磨子の死の謎にまつわる「暗号」解読と、さらにその先に――という構成の巧みさが印象に残ります。
 また混沌としたムードの浅草を背景に、日常の謎的出来事から展開していく「謎の娘師」なども(乱歩の趣味のおかげである真相に辿り着くのも含め)乱歩らしさの漂う作品であったかと思います。


 その一方で、本作の最大の特徴である乱歩と有名人の邂逅に違和感があるのも正直なところです。史実の上では(私の知る限りでは)関わりのなかった人物と乱歩との取り合わせ自体は興味深いのですが――それが何故表に出なかったのか、という点で本作は説得力が弱いものが多かったのが残念でした。
(また、「秘仏堂幻影」の真相も、さすがに飛躍のしすぎではないかと……)

 さらにいえば、「光太郎の〈首〉」は(既に三人書房を閉めた後の話であることもあって)そもそも乱歩が探偵役を務める必然性も薄いのでは――と、色々厳しいことを書いてしまいましたが、魅力的な題材だけに(そしてこういう趣向が個人的に大好きなだけに)気になってしまった、というのが正直なところです。

 できれば、三人書房時代の語られざるエピソードを見てみたい――そう感じた次第です。


『三人書房』(柳川一 東京創元社ミステリ・フロンティア) Amazon

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2024.02.14

北山猛邦『人魚姫 探偵グリムの手稿』 少年アンデルセンが挑む人魚姫後日譚の謎

 人間の王子を愛し、魔女の力で人間になったものの、想いは叶わず、儚く消えた人魚姫――誰もが知るアンデルセン童話「人魚姫」の後日譚に、少年時代のアンデルセン本人と人魚姫の姉、そしてグリム兄弟の末弟が挑む、奇想天外な物語であります。はたして人魚姫が愛した王子を殺したのは誰なのか?

 父を亡くし憂鬱な日々を送る中、父の形見の人形を落としてしまった少年・ハンス。偶然知り合った画家を名乗る黒衣の青年・ルートヴィッヒと共に、人形を探して海辺に出た彼は、そこに倒れていた美しい少女を見つけます。
 自分の足で歩くのに苦労し、奇矯な言動を取るその少女・セレナをルートヴィッヒの宿に連れて行った二人は、そこで思いもよらぬ話を聞かされることになります。

 半年前に、婚礼の翌日に何者かに殺された王子。その前日に姿を消した口の利けない侍女に嫌疑がかけられたものの、今も真相は不明なままのこの事件を解き明かすために、セレナは海からやってきたというのです。

 そう、姿を消した侍女こそは、人魚姫。かつて海で助けた王子を愛するあまり、魔女と取引して自分の声と引き換えに人間の姿となった彼女は、王子の愛を得られなければ泡となって消えてしまう運命にありました。
 その運命から救うため、彼女の五人の姉たちは魔女から手に入れた短剣を渡し、これで王子を刺すように告げたのですが――しかし愛する人を手にかけることを拒んだ人魚姫は、泡となって消えたのです。

 しかし王子はその直後に何者かに殺され、疑いは人魚姫にかけられてしまいました。この不名誉を放置しておけば、やがて海の中の国の間で大きな争いに繋がりかねない――それを避けるため、五人の姉の一人であるセレナは、魔女に自分の心臓と引き換えに人間にしてもらい、地上にやってきたというのです。
 心臓を失ったセレナが力尽きるまでわずか七日――それを知ったハンスとルードヴィッヒは、彼女を助ける決意を固めます。

 しかし犯行場所は王宮の中、一庶民に過ぎないハンス・アンデルセンが入れるはずもありません。しかしルードヴィッヒ・グリムは、高名な兄という伝手を使い、王宮に入り込んで調査を始めることに……


 歴史上に名を残す有名人が探偵役を務め、謎めいた事件を解決する――そして多くの場合、その時の経験が、彼のその後の業績に大きな影響を与える――という、いわゆる有名人探偵ものというべき作品があります。これまでこうした作品を色々と読んできましたが、しかしその中でもこれだけユニークな作品はちょっとないと断言できます。

 何しろ探偵役はアンデルセン童話のアンデルセンと、グリム童話の(ヤコブとヴィルヘルムの弟のルードヴィッヒ・)グリム、そして題材はアンデルセンの代表作であり、我々もよく知る「人魚姫」なのですから。
 それも「人魚姫」を思わせるとか、擬えたというレベルではなく、「人魚姫」の物語は現実に存在し、人魚姫の姉と共にその後日譚に彼らが巻き込まれるというのですから、その奇想をなんと評すべきでしょうか!?

 しかも事件そのものはガチガチの密室殺人&アリバイ崩しという本格ど真ん中(クライマックスに炸裂する「物理の北山」にはひっくり返りました)。それでいて、魔女が存在する世界観故に魔法による殺人の可能性も慎重に吟味されるのが楽しいのですが――さらにヒロインの命というタイムリミットまで設けられているのには脱帽です。

 アンデルセンたちの物語の合間に、別視点の人魚と魔女の物語が挿入される物語構成も、両者の間に奇妙な齟齬があることからこれは何かあると身構えていたのですが――にもかかわらず、やがて明かされる真実には、そうきたか! と愕然とさせられること請け合いです。
 虚構と現実という二つの世界が交錯する――どころではなく、虚構が歴史と結びつくその瞬間は、まさに歴史ミステリ、いや伝奇ものの醍醐味といってよいでしょう。


 しかし個人的にもっとも心に残ったのは、この様々な意味で複雑怪奇な事件の見届け人となったアンデルセン少年の姿であります。
 愛する父を失い、残った母は虚脱したままに暮らし、学校にも自分の居場所がない――そんな孤独な少年であったアンデルセン。その彼が経験した七日間の冒険は、彼にとっては日常と非日常、庶民と王族、陸と海、現実と虚構――様々な二つの世界が、本来であればあり得ない形で交わるものであったといえるでしょう。

 その交錯から生まれた物語は、確かに悲しみや苦しみが多いものではありました。しかしそこでアンデルセン少年が得たものはそれだけではないことは、結末でルードヴィッヒが描いた一枚の「画」が示してくれます。
 いやそれだけでなく、後にアンデルセンが「人魚姫」という物語で描いたもの――つまり本作で語られたものを、彼がどのような形で「人魚姫」として昇華したのかを思えば、そこに込められた祈りにも似た美しい想いに、胸を熱くせずにはいられないのです。

 有名人探偵ものとして、本格ミステリとして、名作パロディとして、伝奇物語として、そして少年の成長譚として――数多くの顔が高いレベルで結びついた名品であります。


『人魚姫 探偵グリムの手稿』(北山猛邦 徳間文庫) Amazon

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2024.02.11

畠中恵『いつまで』 若だんなタイムスリップ!? 厄災の未来を変えろ

 『しゃばけ』シリーズ第22作は、なんと2006年の『うそうそ』以来、実に17年振りの長編であります。西から若だんなと長崎屋に迫る厄災。姿を消した妖のためにある決断を下した若だんなは、なんと五年後の未来に飛び出すことになります。しかしその間に、長崎屋は思わぬ窮地に陥っていて……

 西からやってきた妖怪医師・火幻を迎えてさらに賑やかになった長崎屋。しかし悪夢を食べる場久が、そして火幻が姿を消し、二人の行方を追う若だんなは、西から来た妖・以津真天の仕業だと知るのでした。
 二人を救うためには悪夢の中に飛び込めという以津真天の言葉に従う若だんなですが――飛び出した先は江戸ながら、なんとなく違和感を感じる世界。それもそのはず、若だんなは五年の時を飛び越えてしまったのであります!

 その間、若だんなは行方不明であったことから両親は商いどころではない状態。しかも騒動の直前に若だんなが発明した、長崎屋の薬の調合を簡単にできる薬升が同業の大久呂屋に盗まれ、調合を真似されたことで、長崎屋の経営は大きく傾いていたのであります。
 ようやく若だんなに再会できた長崎屋の妖たちは大喜びですが、しかし問題は山積み。場久と火幻はどこに行ったのか。長崎屋を救うことはできるのか。そして何よりも、若だんなはどうすれば五年前に帰ることができるのか。(そもそも帰るべきなのか?)

 兄やたちは長崎屋にかかりきり、大久呂屋は血眼になって若だんなを探す中、若だんなと妖たちは広徳寺の寛朝や禰々子の手を借りつつ奔走するのですが……


 長きに渡るシリーズでも三作目の長編となった本作は、若だんなと長崎屋に最大の厄災が迫ることになります。それもその引き金となるのがタイムスリップという意表を突いた展開――狂ってしまった未来を変え、正しい世界に変えるために奮闘するというのは、比較的見られるパターンですが、それがまさかこのシリーズで見られるとは! と驚かされました。(ある意味、時間の流れが非常に緩やかなシリーズということもあり……)

 それにしても本作において(大げさに言えば)歴史が狂うきっかけになるのが、若だんなのタイムスリップというのは突飛なようである意味納得ですが――それと同時に、若だんなと妖たちが明るく暮らす世界というのは長崎屋あってのものだというのも、言われてみればまた納得であります。
 そんな長崎屋が傾いている状態で展開する物語は、物語を支えている柱が傾いている状態。そのために物語全体がなんとも不穏かつ不安な空気に満ちており、長きに渡るシリーズの中でも、ここまでのピンチはほとんどなかったのではないかと感じます。

 そんな状況では長崎屋の妖たちもなんとなく精彩を欠くのですが、そこで大暴れしてくれるのが禰々子と河童一党であります。これまでの物語の中でも、颯爽と登場しては気持ちの良い活躍を見せてくれた禰々子姐さんですが、こういう不安な状況での頼もしさはピカイチ。様々な形で若だんなたちを助けてくれるその姿からは、本作における数少ない希望の光が感じられます。(が、それが終盤、とんでもない状況に繋がっていくのですが……)


 というわけで、若だんなと長崎屋の危機どころか、クライマックスには江戸壊滅の危機にまでスケールアップして展開していくという、長編に相応しい実に賑やかな内容であると同時に、「しゃばけ」らしいある種の苦さに満ちた本作。
 確かに、後半まで本当に先が見えない展開ということもあってか、展開が意表を突きすぎていてスッキリしない部分はなきにしもあらずであります。また、事態が深刻すぎて、今回の事件を引き起こした妖の掘り下げがちょっと足りない(そのために扱いに釈然としない)印象はあるのですが――それでも、シリーズの枠を踏まえつつそれを乗り越え、全く新しい物語を描いてみせたのは、大いに評価できるところです。

(シリーズのヒロイン格のはずなのに出番がほとんどなかった「彼女」が、これ以上若だんなに相応しい人はいない、と思えたのも大きな収穫ではないかと思います)


『いつまで』(畠中恵 新潮社) Amazon


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「ゆんでめて」 消える過去、残る未来
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畠中恵『むすびつき』(その二) 変わるものと変わらぬものの間の願い
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畠中恵『いちねんかん』(その一) 若だんな、長崎屋の主人になる!?(ただし一年間限定
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 畠中恵『もういちど』 二十年目の原点回帰!? 若だんな、もう一度の生
畠中恵『こいごころ』 しゃばけ、久々の純粋な短編集

「みぃつけた」 愉しく、心和む一冊
『えどさがし』(その一) 旅の果てに彼が見出したもの
『えどさがし』(その二) 旅の先に彼が探すもの
畠中恵『またあおう』(その一) 久しぶりの「しゃばけ」外伝集登場!
畠中恵『またあおう』(その二) 後を継いだ者たちの奮闘

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2024.02.09

小島環『唐国の検屍乙女 水都の紅き花嫁』

 宋代を舞台に、戦場帰りの医学少女・許紅花と、髑髏を抱いた変人美少年・高九曜のバディが怪事件に挑むシリーズ第二弾であります。ある日、花に飾られた美しい水死体に遭遇し、その謎を追うことになった二人。しかしそんな中、紅花は祖父が勝手に決めた相手と婚礼を行うことになって……?

 医者一家に生まれて父とともに従軍していた許紅花。しかし医者に取って命ともいえる手を負傷し、ショックで実家に引きこもっていた彼女は、姉の代わりに出かけたある検屍現場で、「髑髏真君」を名乗る驕慢な美少年・高九曜と出会うことになります。
 九曜の言動に戸惑い反発する紅花ですが、死体は殺されたという見解で一致、彼と犯人を探して行動を共にするうちに、その頭脳の冴えに魅せられるようになります。そして宮中にまで及ぶ騒動の末、二人は見事に事件を解決し、紅花は心の傷を克服するのでした。

 そんな前作での冒険を経て絆を深めてきた紅花と九曜が今回遭遇するのは、渠水を流れてきた、白い寒牡丹に彩られた美しい水死体。例によって勝手に九曜が検屍したために犯人の疑いをかけられた二人は、死体の首に突き刺さっていた翡翠の簪を手がかりに、真犯人を探し始めます。

 そんな中、許家に現れた紅花の祖父は、外を飛び回る紅花を一方的に非難し、一族の繁栄のためにもさっさと嫁ぐべきだと、勝手に彼女の結婚を決めてしまうのでした。
 その相手が、顔見知りであり、都の高官である美青年・天佑であると知った紅花。しかし医師としての彼女を理解し、許容してくれる天佑を前にしても、家に縛られることへの紅花の違和感は消えません。

 そんな彼女の想いを無視して祖父は準備を進め、ついに婚礼の日を迎えてしまった紅花。思いあまって家を飛び出し、九曜と共に事件調査を続ける紅花ですが、謎の人物に捕らえられてしまい……


 というわけで、今回も自ら事件に突入し、騒動を大きくしながらも核心に迫っていく九曜と紅花の二人(というか、そんな九曜にくっついていく紅花)を描く本作。
 正直なところ、前作はあるドラマに酷似した内容であったこともあって、どうかなあと思っていましたが、そうした部分はなりを潜め(時々あれ、と思うところはありますが。銛とか)、純粋に二人の活躍を楽しむことができました。

 殺された上に美しく飾られた美青年という実に猟奇的な事件を彩るのは、当時の改革派と守旧派(新法・旧法の争いの前身でしょうか)の対立を背景とした二つの家の争いに加え、その名家の内部の後継争いで――と、いかにもこの時代らしいドロドロしたドラマ。
 さらに九曜の○○○○○が出現、さらに殺人美少年が紅花を狙い――と、賑やかな展開が繰り広げられます。


 しかし、本作のもう一つの主軸となるのは、そうした事件と並行して描かれる紅花の葛藤であることは間違いありません。

 幼い頃から医術と武術を修め、戦場に向かうという、当時の女性からすれば破格の自由な行動を許されてきた紅花。しかしそれはあくまでも他者から許されてきたからに過ぎなかったことが、今回彼女の祖父の登場によって描かれることになります。
 この家父長制の権化のような祖父によって、強引に結婚話を進められる紅花。それはそれで紅花を慮っての行動であるかもしれませんが、しかし彼女自身の「意志」を慮ってのものではない――少なくとも、祖父は彼女自身の意志を考慮するに値するものではないと考えていることを、明確に示します。

 あるいは戦場から帰った直後の、引きこもっていた彼女であればそれは良かったかもしれません。しかし彼女は九曜との出会いを通じて、自分が真に望むものを知ってしまいました。そして九曜を通じて、それを貫くことの素晴らしさを知ってしまいました。
 自分の意志と自由を代償に幸せを得るよりも、たとえ不安定で心身ともに無事でなくとも己の意のままに生きる――それは決して楽な道のりではないからこそ、輝いて見えます。そしてそれを得るために奮闘する紅花の姿もまた、同様に輝くのです。


 とはいえ、物語的にその紅花の選択がうまくいっているように見えないのも正直なところで、行き当たりばったりで痛い目にあったり、周囲の人間の協力(あるいは犠牲)でそれが成り立っていたりするように見えるのは、彼女自身の責任ではないにしても、スッキリはしないところではあります。
 もちろん、そのままならなさも、また一つの真実ではあるでしょう。その先にある真の自由に彼女がたどり着くことができるのか――それはこの先の物語で描かれるのかもしれません。まだちょっと遠そうですが……

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2024.02.07

天野純希『吉野朝残党伝』 南朝の少年兵が見た戦いの形

 南北朝合一後も吉野に潜み、足利幕府に対して戦いを繰り広げてきた吉野朝(南朝)残党。本作はその吉野朝残党にいわば少年兵として加わった多聞をはじめ、様々な人々の視点から足利義教期の混沌とした世界を描く物語であります。南朝再興のため、あらゆる手段を用いる吉野朝残党の向かう先は……

 馬借の下人として幼い頃からこきつかわれてきた少年・多聞。大和の山中で荷を運ぶ最中に何者かの襲撃を受け、そのどさくさに襲ってきた主を殺した彼は、襲撃者を率いる後醍醐帝の後胤・玉川宮敦子と後鳥羽帝の後裔・鳥羽尊秀に出会い、同志に誘われることになります。

 敦子の武術に叩きのめされ、そして人が人として生きていくために幕府を倒すという尊秀の言葉に興味を持ち同志に加わった多聞。彼は数年間の過酷な修練の末、子供ばかりで構成された吉野朝の隠密部隊・菊童子の一員として任務に就くことになります。
 暗殺、奇襲、破壊工作――敦子や尊秀が幕府打倒、吉野朝復興のために様々に動く背後で、多聞たち菊童子は、表に出せない後ろ暗い仕事に従事していくのでした。

 時あたかも万人恐怖と呼ばれた足利義教の独裁政権の頃、吉野朝は時に義教の弟・義昭を迎え、時に鎌倉公方・持氏との連携を模索することになります。それでも次々と幕府方の攻撃の前に劣勢に立たされる中、吉野朝は義教と折り合いの悪い赤松家と手を組み、義教の首を狙うのでした。
 そして訪れる運命の嘉吉元年。その動乱の中で多聞たちが知る真実とは……


 足利尊氏と後醍醐帝の争いをきっかけに二つの皇統が存在するという、この国始まっての事態となった南北朝時代。足利義満によって皇統は再び一つとなったものの、それを認めぬ南朝残党は、その後も数十年に渡り、室町幕府の不安定な状況に乗じて活動を続けてきました。
 いわゆる後南朝とも呼ばれるその一派は、これまでも様々な形でフィクションの題材となってきました。本作はそれを踏まえつつも、歴史小説として、そして何よりもエンターテイメントとしてユニークな作品として成立しています。

 そしてその最大の特徴が、菊童子の存在であることはいうまでもありません。吉野朝の影の戦力として、様々な戦い・政略の背後で動いてきた菊童子――ほとんど忍者のような活躍を見せる彼らの存在は、物語にアクション性と伝奇性を濃厚に与える効果を挙げています。
 しかしそれだけでなく、歴史の表面から見ると散発的な点に見える吉野朝方の、そして反幕府方の動きを、菊童子の存在は裏側で繋ぎ、一本の線として見せることを可能としているのです。それは本作の物語構造の巧みさというべきでしょう。

 それだけではありません。多聞をはじめとして、いずれも身寄りのない、そしてほとんどが庶民の出身である菊童子の視点を通じることで、本作はこの時代の動乱を複層的に描くことを可能にしているといえます。
 南朝と北朝の正統争いも、武士たちの主導権争いも、所詮はそれ以外の人々にとっては雲の上の争い。多聞らの目から描くことにより、本作はその争いを相対化し、主義主張の正しさ(もっともらしさ)とは別の観点から描いているのであります。


 しかし、その菊童子こそは吉野朝のために働く走狗というべき存在ではないのか。何よりも身寄りのない子供たちを自分たちの主義主張に染めて手駒とする、テロリストの少年兵と同様のやり方は許されるのか? 冒頭からつきまとう疑問は、物語が進むにつれて――吉野朝側だけでなく、幕府側・武士の側から義教と対峙するキャラクターが登場する中盤以降、強まっていくことになります。

 その一種の矛盾あるいは負の側面に、本作はどのように答えてみせるのか? それは本作の重要な展開に触れるためにここでは伏せますが、一つだけ言うことができるのは、物語の流れ的にここがクライマックスになるかと思われた嘉吉の乱はあくまでも幕開けに過ぎない、ということであります。
 むしろ本作はその直後に起きた、もう一つの歴史的事件をクローズアップするのですが――その背後で繰り広げられたもう一つの戦いをクライマックスとする展開には大いに驚かされました。

 元々作者は、歴史上の事件を描きつつ、その背後にエンターテイメント的・伝奇的要素を絡めたクライマックスを描いてみせるのに長けた印象がありますが、本作もまた、その系譜に属する作品というべきでしょう。

 正直なところ、一人の人物に全ての罪を着せて終わらせてしまった印象は大きいのですが――皇族と武士と庶民が入り乱れ、殺し合う混沌の時代にこれまでと別の角度から切り込み、そしてその中から思いもよらぬ希望の形までを描いてみせた本作は、やはり作者ならではの大作として大いに評価されるべきと感じます。


 ちなみに少しだけ明かしてしまうと、尊秀という人物は、史実では南朝残党が御所に乱入し剣と神璽を奪った、禁闕の変の首謀者と言われている人物なのですが――それをこう活かしてみせたか、と最後の最後まで脱帽であります。


『吉野朝残党伝』(天野純希 潮出版社) Amazon

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2024.02.05

後藤竜二『野心あらためず 日高見国伝』 乱を起こすものと、それに屈せず歩み続けること

 数々の作品を残してきた児童文学者・後藤竜二が、いわゆる宝亀の乱を題材にし、野間児童文芸賞を受賞した名作であります。かつて大和の人々に奪われた日高見の地に帰還した少年・アビを通じて描かれる、蝦夷と大和の人々の姿とは……

 代々暮らしてきた日高見の地を奪われた末、父は殺され、母は流刑の途中に自分を産んで亡くなった少年アビ。親代わりの老人・オンガと共に流刑地を逃亡し、鮫狩りとして暮らしていた彼は、密かに思いを寄せていた奴婢の少女・宇伽が売られていったことを知ります。そして彼女を追って、アビはオンガと共に、密貿易商人の灘麿の船で、陸奥介・大伴真綱と共に日高見に向かうのでした。

 土地の豪族出身ながら大和でも勢力を振るう存在であり、アビ一族の仇である道嶋家。彼らが力を振るう日高見では、数年前に蝦夷が蜂起して以来、アテルイやモレの抵抗が続き、一触即発の状況が続いていました。
 そんな中、蝦夷出身の郡長官として人々の対立を収めるのに腐心してきた伊治城主の呰麻呂は、恋人のルシメが政略結婚で道嶋家の長男・大楯に嫁がされることになり、大きな衝撃を受けます。しかしルシメは大楯を嫌って婚礼前に出奔、それを恨みに思った大楯は、蝦夷の武力弾圧を強行に主張するようになります。そんな中、伊治城で働くことになったアビは、宇伽と再会するのでした。

 折しも、冷害と戦乱で浮浪民となって伊治城に流入した人々を受け入れる呰麻呂。しかし大楯の陰謀により、農民たちと浮浪民たちは対立、険悪な状況は深まっていきます。一方、陸奥守・紀広純は己の功績のため、伊治城以北に新たな築城を決定。しかしその動きの鈍さに不満を持った大楯は、ある覚悟を固めるのでした。
 そして日高見の動きを利用して紀家の勢力を削ごうとする中央の藤原家の思惑も絡んだ末、ついに決定的な出来事が起きることに……


 宝亀十一年(780年)、陸奥で伊治呰麻呂が起こした反乱である宝亀の乱。詳細は本作の展開に触れることになるので伏せますが、この反乱をきっかけに、後のアテルイたちと坂上田村麻呂の激突をはじめとする、蝦夷と大和の対立が激化していくことになります。
 本作は、この知名度はあまり高くないものの重要な戦いの秘話というべき物語ですが――先祖の地へのアビの帰還という始まりを考えれば、彼が乱の中で活躍する物語と想像する方も多いと思います。アビが、蝦夷を苦しめる大和の暴政に対して立ち上がる物語なのだろうと……

 しかし本作でアビの存在は、むしろ目撃者に近い立場であります。実はこの物語の中心となるのは呰麻呂――蝦夷と大和、貴族と平民、農民と浮浪民という相反する立場の人々に挟まれながらも、平和共存の道を求める男の姿を本作は描きます。
 しかしそんな呰麻呂が、何故乱の首謀者とされたのか? そこに至るまでの人々の思惑の複雑な交錯をこそ、本作は浮き彫りにするのです。

 そして同時に本作は、単純に蝦夷を善、大和を悪として描くものでもありません。
 確かにその中でも大楯は悪役と呼んでよい存在であります。しかし彼は同時に大和側の人々の中でもひどく浮いた存在――その極端な言動を白眼視され、嘲笑されている存在として描かれます。本作の大和側の人々の多くは、蝦夷を蔑視しつつも積極的に排除するわけでもなく、私腹を肥やし、あるいは事なかれで暮らす、そんな存在なのです。

 そしてその一方で、蝦夷も一枚岩ではありません。モレのように大和に戦いを挑む者、あるいは大和の人々の前で頭を低くしてやり過ごす者、そして呰麻呂のように共存を求める者――そんな人々が入り乱れる状況の中では、むしろ乱が起きることの方が不思議に思われます。
 しかしそれでも乱が起きてしまうのは何故か――それの原因である「政治的」動きを本作は丹念に描きます。ドラマチックさとは無縁の、卑小な人間の営みの中で、多くの人々の命に関わる出来事が起きる――そんなやりきれない現実を、本作は描くのです。
(その意味では、ドラマ的にはヒーローとなっておかしくない立ち位置にありながら、結局は状況に翻弄されるしかない大伴真綱の存在は、象徴的といえるかもしれません)


 もちろん本作は、そんな生々しい物語だけに終わるものではありません。そんなやりきれない現実の中でも「野心あらためず」――すなわち他人に屈することなく、己の求める道のために歩み続ける人間の逞しさと、その営みが未来に繋ぐものを、本作は同時に描くのです。
 そして本作においてその役割を担うのが、アビや宇伽、あるいは灘麿といった無名の人々であることを思えば、作者が何に希望を見出していたのか理解できるように思えます。

 それはまた、本作が児童文学の一般的イメージを超える内容でありつつも、それでも児童文学として描かれた意味であるとも感じられるのです。


『野心あらためず 日高見国伝』(後藤竜二 光文社文庫) Amazon

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2024.01.26

コナン・ドイル『霧の国』 啓蒙かプロパガンダか チャレンジャー教授、心霊の世界に挑む

 コナン・ドイル晩年の作品にしてチャレンジャー教授ものの第三作、そして大いなる異色作(というか問題作)であります。今回チャレンジャー教授とマローンたちが挑む驚異は心霊の世界――はたして心霊は、死後の世界は存在するのか? 激烈に反発するチャレンジャー教授ですが……

 新聞の取材で、近頃話題の心霊教会を取材することになったエドワード・マローンと、チャレンジャー教授の娘・イーニッド。初めは心霊の存在を胡散臭く思っていたマローンですが、今は亡き盟友・サマリー教授の霊が現れた事に衝撃を受けます。
 その後も交霊会への出席や霊媒たちとの交流、ロクストン卿も加わっての幽霊屋敷での冒険を経て、マローンは心霊の世界は存在すると確信するようになるのでした。

 しかしチャレンジャー教授は、心霊の存在を真っ向から否定し、心霊主義を激烈に攻撃するのですが……


 『失われた世界』で登場し、それ以降も『毒ガス帯』(本作の後の)『地球の叫び』『物質分解器』でも活躍するチャレンジャー教授。明晰な頭脳と類い希な行動力を持ちつつつも、そのエキセントリックかつ攻撃的な性格から、周囲との間で軋轢を引き起こさずにはいられない名物男であります。

 本作はそんなチャレンジャー教授ものではありますが、物語の実質的な主人公は『失われた世界』以来、チャレンジャー教授の冒険に同行する新聞記者マローンとなります。
 初登場時は血気盛んな青年だった彼も、ある程度の年月を経て落ち着いてきた姿が描かれ、あろうことか(?)チャレンジャー教授の愛娘イーニッドとの間にロマンスを育んでいるのですが――本作はそんな彼が出会う様々な心霊現象と、その存在を信じるに至った彼がチャレンジャー教授を「改宗」させようと奮闘する姿が描かれます。

 という粗筋で何となく想像がつくのではないかと思いまずが、本作は良くいえば心霊主義の啓蒙小説、悪くいえばプロパガンダにほかなりません。当時(でも)色眼鏡で見られていた心霊主義の科学性とその主張の正当性、素晴らしさを謳い上げる――その目的のために描かれているのですから。
 特にその晩年、ドイルが心霊主義に深く傾倒したことはつとに知られていますが、その一つの表れが、本作なのであります。

 正直なところ、当時の読者がどのような反応を見せたかは寡聞にしてわからないのですが、しかし戸惑う読者が多かったのではないか、というのは容易に想像できます。
 個人的にも、「人々を善導する、そして語る事が絶対的に正しい心霊」という存在に大きな疑わしさを感じてしまうだけに、本作を読み通すのはなかなかに骨であったというのが正直なところであります。

 ところがその一方で、本作は二つの点でそれなりに面白い(あるいは興味深い)のもまた事実です。その一つは、小説としての面白さ――正直なところ、心霊主義者たちの主張は(訳文が古いこともあって)辛いのですが、それ以外の部分は意外に面白いのです。

 本作はある種連作短編的に様々なエピソードが描かれるのですが、マローンとロクストン卿の幽霊屋敷探検は、さすがにホラー小説においても数々の佳品を著したドイルならではという迫力であります。(また、交霊会の最中に、得体の知れない類人猿めいた存在が現れる場面の理不尽さもいい)
 また、本作に登場する霊媒の中でも中心的な人物である善良なリンデン氏が警察のおとり捜査にひっかかり告訴されるくだり、またボクサー崩れで霊媒詐欺をもくろむリンデン氏の弟のどうしようもない悪党ぶりなど、なかなか読ませる内容で、この辺りはエンターテイメント作家・ドイルの地力を感じます。

 そしてもう一点は、当時の心霊主義界隈のルポルタージュとしての側面であります。もちろん本作で描かれている個々の内容はフィクションではありますが、本作の目指すところを思えば、それはかなりのところ、当時の「現実」を示すものと思うべきでしょう。
 そしてそれは心霊主義のポジティブな面だけでなく、上で触れた詐欺のような悪用する者やその危険性、また心霊主義に対する世間の目をも克明に描いているのです。
(惜しむらくは、邦訳にその辺りの注釈が乏しく、どこまでが現実でどこまでがフィクションかわからない点ですが……)


 思えば恐竜生存説、エーテル宇宙観、地球生命体説と、異説と呼ばれた科学にその名の通り挑戦してきたチャレンジャー教授。その挑戦者ぶりは、本作も健在であったというべきでしょうか。(結局、いずれも異説は異説だったわけですが……)
 決して万民にはお勧めできませんし、現在ある意味幻の作品となっているのも納得ではありますが、興味深い作品ではあります。


『霧の国』(コナン・ドイル 創元SF文庫) Amazon

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2024.01.24

上田早夕里『播磨国妖綺譚 伊佐々王の記』

 室町時代の播磨国を舞台に、庶民のために活動する法師陰陽師兄弟、律秀・呂秀の物語の続編であります。播磨の物の怪たちを操る謎の妖人・ガモウダイゴの暗躍を止めるべく奔走する兄弟と式神のあきつ鬼。しかし正体不明の敵の力は強大で……

 室町時代は嘉吉の頃、播磨国に、在野の陰陽師・法師陰陽師として活動する蘆屋道満の末裔の兄弟――理詰めの性格で強力な陰陽師の力を持つ薬師の律秀と、人ならざる者を見る力を持つ僧侶呂秀。土地の人々のために働く兄弟は、ある日、寺の井戸にまつわる奇妙な噂を調べる中で、井戸の中に蘆屋道満が封じた式神と出会うことになります。
 恐ろしげな姿をしたこの式神に「あきつ神」という名をつけ、従えることになった呂秀。それ以来、二人と一体は、播磨で起きる様々な怪事に挑むことに……

 という第一作『播磨妖綺譚 あきつ鬼の記』(本作と同時に刊行された文庫版より副題がつく形で改題)を受けて描かれる本作は、連作短編集であった前作に比べ、より物語の連続性を感じさせる内容となっています。
 山中で製鉄を行う農民たちから、川で砂鉄を採っていると何者かに突き飛ばされるという相談を受けて調査に向かった兄弟は、そこで怒れる坊主たちの姿を目撃して――という第一話に始まる本作は、前作でもその姿を見せた謎の陰陽師・ガモウダイゴとの対決が軸となるのです。

 白い狩衣をまとった優美な姿で現れるガモウダイゴ――しかしその行動は、播磨に潜む様々な物の怪を扇動したり、人々の間に害毒を撒いたりと、極めて悪質なものであります。そして兄弟にとっては、かつて母が亡くなった時に現れ、その魂を連れ去ったという因縁を持つ相手でもあります。
 今再び彼らの前に現れたガモウダイゴは、あきつ鬼を我が物にすることを宣言。もちろん呂秀も、そしてあきつ鬼本人もそれに従うはずもありませんが、しかし敵の力は強大です。

 特に本作の副題となっている伊佐々王は、播磨の伝説に残る巨大な鹿の王――かつて仲間を率いて散々に人間の土地を荒らし、朝廷の軍の討伐を受けて激闘の末にようやく退治されたという伝説の存在であります。ガモウダイゴは、このほとんど邪神というべき存在をも蘇らせ、使役しようというのですから、尋常な人間とは思えません。
 はたして彼は何者なのか。そして彼の邪なる力から自分たちを、そしてあきつ鬼や周囲の人々をどうすれば守り、戦えるのか――本作の中心となるのは、そんな兄弟の苦闘であります。

 しかしそんな中にあっても、兄弟の――特に、人ならざるものを見て、言葉を交わす力を持つ呂秀の為すことは変わりません。
 彼らにとっては、人もそれ以外――亡霊や動物、妖怪や神々も、等しくこの播磨に、この世界に在るものたちにほかなりません。そんな隣人である彼らの悩みを解決し、共に平和に、より良く暮らすために、二人は心を砕き、汗を流すのです。
(そしてその在り方は、伊佐々王と人間の不幸な出会い、そして戦いとまさに対極にあるといってよいでしょう)

 たとえその出会いが不幸な行き違いから始まったとしても、衝突を最小限にし、この先共存していけるかもしれない。たとえ人知の及ばぬ自然・超自然の猛威に苦しめられても、助けられる手だてがあるかもしれない。
 相手を倒すためではなく、共存し、救うために力を尽くす――そんな二人の姿は、本作に大きな暖かみと爽やかさをもたらします。

 もちろん、これまで述べてきたように、ガモウダイゴとの戦いが中心になっていく物語の中では、それも時に薄れがちになっていきます。
 それでも、本作の中では番外的なエピソードである「鵜飼と童子」――能の一座(前作にも登場し、兄弟と関わった人々)で努力の末にようやくシテとして鵜飼の翁を演じることになった男が、役をものにするために悩み苦しむ中で、不思議な童子と出会う物語――は、この人間とそれ以外の関係性を、優しくそして切なくも美しく描き、強く印象に残るのです。


 しかし時に人の歴史は、そんな人とそれ以外の繋がりを吹き飛ばすほどの激動をもたらします。本作のラストで語られるのは、播磨を戦乱に包むこととなる、ある大事件の勃発であり――そしてそれは兄弟をも意外な形で巻き込んでいくことになるのですから。
 はたして兄弟は、その中で自分たちの為すことを貫き、そしてガモウダイゴの魔手に打ち勝つことができるのか。本作では残念ながら顔見せレベルで終わった伊佐々王との対峙も含めて、この物語の先に描かれるものを――兄弟の向かう先を期待したいと思います。それはおそらく、この世界に在る者たちの望ましい生き方を描くことになるでしょうから……


『播磨国妖綺譚 伊佐々王の記』(上田早夕里 文藝春秋) Amazon


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2024.01.22

横山起也『編み物ざむらい 二 一つ目小僧騒動』 伝奇ホラーミステリ!? 奇想天外な新たな絵柄の物語

 メリヤス編みが取り柄の青年・感九郎を主人公とした奇想天外な時代小説――第12回歴史時代作家協会文庫書き下ろし新人賞受賞前作に続くシリーズ第二弾であります。感九郎が思わぬ成り行きで参加した、悪党を懲らしめる「仕組み」の仲間の一人で、人気戯作者のコキリが失踪。一つ目小僧に攫われたという噂も流れる中、彼女を探して向かった先で感九郎たちを待つものは……

 持ち前の生真面目さが災いし、不正を告発しようとしてかえって主家と生家から追われてしまった黒瀬感九郎。偶然出会った御前・ジュノ・コキリといった奇妙な面々に誘われた彼は、「仕組み」なる裏稼業に加わり、唯一の取り柄である編み物を活かして悪党を退治するのでした。その中で彼は、自分の中に眠る能力――人の心中にあるわだかまりを解く力に目覚めることに……

 という前作の後もジュノたちの暮らす屋敷に転がり込んで、内職に精を出していた感九郎ですが、本作の冒頭では、突然にコキリが姿を消してしまったことが語られます。
 前作の事件で、コキリと因縁を持つという悪徳医師・久世を制裁しながらも、結局は取り逃がす形となり、それが失踪の原因ではないかと内罰的に気に病んでいた感九郎。そんなこともあって、彼はジュノと共にコキリの行方を探すことになります。

 彼女が一つ目小僧に攫われたらしいという奇妙な噂も流れる中、ようやく彼女が武蔵国五日市宿の大旅籠の離れにいると突き止めた二人。成り行きからついてきた感九郎の許嫁・真魚とともに宿に向かった感九郎とジュノですが、しかしコキリはまたも一つ目小僧に攫われたと騒動になっていたのであります。
 コキリが滞在していた山中の離れ――様々な趣向を凝らした温泉宿で歓待される一行。しかしそこでも次々と奇妙な、そして思わぬ出来事が起きます。離れの隣に立つ「迷い家」という異名で呼ばれる山中の屋敷、辺りから響く異様な叫び声、倒れていく仲間たち、失われた帰り道――その果てに感九郎たちが知る、あまりに意外な真実とは……


 というわけで、一種のクローズドサークルもの的な物語が展開する本作。前作はいわゆる仕事人もの、あるいは不可能ミッションものというテイストであっただけに――そして引き続き感九郎はそこでの仲間たちと行動を共にするだけに――今回も同様の趣向で描かれるとばかり思ってみれば、まさかホラー色、伝奇色も漂うミステリだったとは! と驚かされます。
 特に中盤の、次から次に怪事件が起こり、一体何が起こっているのかわからないままに感九郎たちが翻弄される辺りは、この先一体どこに向かっているのかも全くわからず、(良い意味の)不安にさせられます。

 そしてそんな物語におけるキーパーソンが、コキリであります。前作ではジュノ・感九郎とトリオで「仕組み」を実行した彼女は、どう見ても年若い娘ながら、人気戯作者・乱津可不可の正体と名乗るだけでなく、かつて人魚の肉を食わされたおかげで不老不死になったと自称する、奇妙な人物であります。
 しかし彼女のいうことをどこまで真に受けて良いかは前作の段階では迷うところであります。内容的には(感九郎の「能力」周りの描写はあるものの)比較的地に足のついた世界観の物語だけに、これは眉唾物だと思っていたのですが――ここにきて、彼女の言葉の真実が語られることになります。

 その詳細については伏せますが、その衝撃的な告白に留まらず、さらに――という仕掛けの巧みさには感嘆させられるところで、そこに漂う濃厚な伝奇性も含めて、大いに楽しませていただきました。


 その一方で、○○かと思ったら実は××でした、と腰砕けなオチに終わる展開も多かったり、何よりもコキリの物語のインパクトが大きすぎるためか、感九郎の側の物語の印象が弱まってしまうのは、いささか残念なところではあります。
 特に後者は、感九郎自身だけでなく、コキリへの一つの救いへと繋がっていく要素であるだけに勿体ないと感じさせられます。コキリの過去の重さに比べればを思えば無理もないところではあり、そしてそのどこかアンバランスな物語展開も一つの魅力ではあるのですが……

 そんな部分はありつつも、ある意味普遍的なテーマ――本作においては自分とはなにか、過去と今とはなにかという――を奇想天外な物語の中に織り込み、そして物語が完成した時、それが美しい一つの絵柄として浮かび上がるという前作同様のスタイルは、変わらず魅力的であることは間違いありません。

 さて、第一作を見ていれば、ジュノにもなにやら重い過去がある様子。おそらくは次はそれが描かれるのではないかと思いますが――そんな予想を軽々と超えていくような予感も強くあります。
 今はただ本作の余韻を味わいつつ、次なる物語の絵柄を楽しみにするとしましょう。


『編み物ざむらい 二 一つ目小僧騒動』(横山起也 角川文庫) Amazon


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2024.01.19

白川紺子『花菱夫妻の退魔帖 三』 怨霊を祓うこと 怨霊を理解すること

 大正時代を舞台に、幽霊を見る力を持つ鈴子と、先祖代々ある因縁を抱えた孝冬の花菱夫妻が、様々な幽霊にまつわる事件に挑む連作シリーズの好評第三弾であります。この巻では二人は花菱家の本邸のある淡路島を訪問。そこで幽霊を喰らう怨霊・淡路の君の正体を探る二人ですが……

 ある日突然、神職華族・花菱男爵家の当主・孝冬から求婚された瀧川侯爵の庶子・鈴子。先祖代々淡路の君なる怨霊に憑かれている孝冬は、幽霊を見る力を持ち、淡路の君に気に入られたらしい鈴子を妻に迎えようとしたのですが――幽霊にまつわる事件に巻き込まれるうちに、二人はそれぞれが抱える過去と悩みを知り、本当の夫婦としての絆を深めていくことになります。

 そして本作では、二人は花菱家で当主が先祖代々行っている神事のために、淡路島を訪れることになります。そこで二人が出会うのは、花菱家の分家の人々――孝冬の大叔父の吉衛と、その息子の吉継・喜佐夫妻、そして吉継の子である幹雄・富貴子兄妹であります。

 しかし幹雄と富貴子はともかく、他の人々は孝冬には複雑な、あるいははっきりと冷淡な態度を取ります。花菱家のルーツの地でありながら、孝冬にとってはアウェーでもある淡路で戸惑う鈴子ですが、立ち止まってはいられません。鈴子と孝冬には、淡路の君を祓うという大きな目標があるのですから。
 そのために、幹雄と富貴子の力を借りて、花菱家の過去を調べ、淡路の君の正体を見出そうとする二人。しかしその間にも幽霊絡みの事件に巻き込まれることに……


 これまでは基本的に東京を舞台としてきた本シリーズですが、本作の舞台は淡路。東京で生まれ育った鈴子にとってはほとんど異境のような場所ですが、しかし風光明媚な土地柄と(シリーズの密かな魅力である)食の豊かさは、なかなか魅力的に映ります。
 しかしその一方で人間の方はなかなかそうもいきません。特にいかにも旧家の(前)当主らしい頑迷な態度を見せる吉衛と、京の実家を鼻にかけた喜佐は、孝冬にことある毎に冷たい態度を取り、鈴子の、そして読者の神経を逆撫でしてくれます。
(もっとも、そういう要素を長く引き摺らないのも、本シリーズらしいところですが……)

 しかし本シリーズで時として人間、いや生者以上に印象的なのが、幽霊であります。ある意味その人間の生前の記憶が、場所や物に焼き付いた存在ともいえる幽霊。それだけにその姿は、人間の存在を、時として生前以上に強く示していると感じられます。
 本作に登場する幽霊たち――特に第一話に登場したどこか奇妙な幽霊などは、の点が色濃く感じられ、複雑でどこかもの悲しい人間関係を浮き彫りにすることになります。その姿を見ていれば、鈴子が幽霊もまた一人の人間として扱い、救うために奔走するのが、よく理解できるほどに。

 しかし、そんな幽霊の、そして鈴子の天敵というべき存在が淡路の君であります。幽霊を自らの餌として容赦なく喰らってしまう淡路の君――彼女に喰われた幽霊は、成仏や解放といったものとは無縁に、ただ消えてしまう、まるで最初からいなかったのように存在を抹消されてしまうのですから。
(しかし力で幽霊を祓う術を持たない鈴子たちにとって、危険な怨霊に抗するには淡路の君の力を借りるしかない、というのも皮肉な事実なのですが……)

 そんな淡路の君を祓わんとする二人。しかしそれが容易いものではないことも言うまでもありません。そしてこれまで二人がそうしてきたように、幽霊を祓う――解放することが、相手を理解することと背中合わせであることを思えば、まず淡路の君のことを知らなければならないのです。

 そこで、かねてより花菱家の歴史に興味を持って調べてきた幹雄とともに、調査を始める二人ですが――その中で、淡路の君の「正体」の手がかりが少しずつ浮かび上がり、それを手がかりに推理が積み上げられていく過程が、素晴らしく面白い。
 幽霊や怨霊といった存在とはまた別の意味で、このくだりには強烈に伝奇性というものを感じさせられたところです。


 そしてその中で鈴子がたどり着いた一つの「答え」――それが正しいかどうかはまだわかりませんが、間違いなくそれは、鈴子でなければたどり着けなかったものでしょう。それがこの先、物語に何をもたらすのか、それも大いに楽しみであります。
(そしてこの「答え」はもしかすると、本作にも姿を見せた、あの集団に関わる者の行動にも繋がっているのではないか、などとも考えてしまうのですが……)


『花菱夫妻の退魔帖 三』(白川紺子 光文社キャラクター文庫) Amazon

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