2024.02.29

瀬川貴次『紫式部と清少納言 二大女房大決戦』 奇妙なバディ、宮中の霊鬼に挑む!?

 いま書店では紫式部や源氏物語、平安時代の関連書籍が様々並んでいますが、平安ホラーコメディの名手が送る本作もその一つ。彰子の女房として出仕した紫式部が、宮中で皇后・定子の霊鬼騒動に巻き込まれ、そこに清少納言が参戦――と、副題通りの、そしてそれにとどまらない快作です。

 源氏物語でその筆名を上げたものの、故あって執筆を中断していた紫式部。しかし中宮・彰子の女房として宮中に招かれた彼女は、彰子の父の藤原道長から、源氏物語執筆の催促を受けることになります。
 源氏物語の続きをダシに、帝の関心を彰子に向けさせようという道長に内申反発しつつも、先輩女房である赤染衛門の強い勧めもあり、やむなく執筆を再開する式部。

 しかし夜更けまで執筆していた彼女の部屋で怪異としか思えぬ現象が起きた上、白い靄のようなものまで目撃してしまったのです。噂によれば、亡き皇宮・定子の霊が宮中を彷徨っているというのですが……

 そんな騒ぎもあり、また恋愛経験の乏しさ(?)もあって、執筆に行き詰まってしまった式部ですが、そこで彼女が思い出したのは、少し前に目撃した光景でした。
 定子が亡くなって零落し、尼になったという清少納言。その屋敷の前で彼女を嘲った男たちを一喝した少納言が印象に残っていた式部は、定子在りし頃の宮中の様子を聞き出そうと考えたのです。

 素性を隠して接近し、気難しい少納言に源氏物語を腐されて憤激しつつも、当時の様子を聞くことができた式部。しかしうっかり定子の霊鬼の噂を口走ってしまったことから、少納言がエキサイト――二人揃って、霊鬼の正体を見極める羽目に……


 ほぼ同時代人であり、そして共に現代に至るまでその文学作品が残っていることもあり、並び称されることが多い紫式部と清少納言。本作のタイトルは、その状況を表しているともいえます。
 その一方で、仕えた相手が一条天皇の中宮と皇后と、いわばライバル関係にあった二人。さらに紫式部が日記の中で清少納言をこき下ろしていることもあって、フィクションの中では、この二人はライバルあるいは険悪な関係として描かれることが多い状況です。本作の副題はそれを表している、かどうかはわかりませんが……

 例えばその典型である岡田鯱彦の『薫大将と匂の宮』のように、その場合は大抵清少納言が損な役回りとなります。しかし本作は二人を対等な立場、というよりそれぞれの立場に敬意を持って描くのです。

 本作の紫式部は、基本的に等身大の女性として描かれるキャラクターであります。
 愛する娘を女手一つで育てるため、慣れない宮仕えで奮闘する。自分の作品である源氏物語に振り回されながらも、作品を愛し評価に一喜一憂する。霊鬼の存在を信じ、恐れる――もちろん豊かな才能は持つものの、彼女はあくまでも「普通の」女性なのです。

 一方の清少納言は、宮中から退き、侘び住まいに暮らしながらも、気持ちは枯れずに強い自負心を持つ人物。他人に対しても他人の作品に対しても歯に衣着せぬ言葉をぶつけ、そして今は亡き主人を騙る(?)霊鬼も恐れない――そんな「強い」女性であります。
 もちろん紫式部に比べて清少納言の方がどう見てもアクが強いキャラクターですが、それは決して悪いのでも劣っているのでもない。あくまでも一つの個性である――そんな本作の視点から描かれる清少納言の存在感は爽快ですらあります。

 思えば作者は『ばけもの好む中将』シリーズにおいて、時に陰に陽に、自分自身の生きる道を求め、それを貫こうとする女性たちの姿を描いてきました。その姿勢は、本作においても健在といえるでしょう。
 そしてクライマックスで明かされる霊鬼の正体(これがまた、「歴史ミステリ」として実に見事なのですが)と、それに対する言葉にもその姿勢は明確に示されています。本作は二大女房という奇妙なバディの活躍を通じて、懸命に己の生を生きようとする/生きた女性たち全てに向けた大いなる肯定の物語である――そういってもよいかもしれません。

 個性豊かな(そして史実を巧みに拾った)二大女房のキャラクター、そして巧みな平安ホラー色&コメディ色と、作者らしさが横溢する本作。意外すぎる(そしてある意味適任すぎる)人物の解説も含め、実に内容の濃い一冊であります。


 ちなみに本作には実はもう一人、第三の女房――和泉式部が登場します。タイトルには入っていないものの、二人とは全く異なる、そして凄まじく説得力のあるそのキャラ造形は必見。これは確かにモテる……!


『紫式部と清少納言 二大女房大決戦』(瀬川貴次 集英社文庫) Amazon

|

2024.02.28

平谷美樹『貸し物屋お庸謎解き帖 髪結いの亭主』

 白泉社招き猫文庫で四作、そしてこのだいわ文庫で四作目、通算八作目となり、長期シリーズとなってきた『貸し物屋お庸』。江戸のレンタルショップを舞台に、品物を借りに来る客たちの人間模様が、そしてそれにまつわる幾つもの謎が、今回も描かれることになります。

 故あって貸し物屋・湊屋の両国出店を預かっている少女・お庸。顔は可愛いが口は悪い、そして好奇心とおせっかい焼きでは右に出るもののない彼女は、手代の松之助や店を手伝う陰間長屋の面々を振り回しつつ、今日も威勢よく働いております。

 そんなある日、店にやって来たのは、台箱(髪結いの道具を入れる箱)を借りたいという初老の男。以前髪結いをしていたが、今は棒手振りをしているという男は、髪結いを再開するために道具を借りにきたというのですが――お庸の勘は、何やら裏の事情があることを感じとるのでした。
 そこで男の様子を調べた追いかけ屋(店が詐欺にかけられたり、品物が犯罪に使われたりするのを避けるため、客の身辺調査を行う役)によって、おかしな状況が判明するのでした。

 折角借りた台箱を使うこともなく、住処に置きっぱなしだという男。しかも男は棒手振りの傍ら、面体を隠して、普段商売に行くのとは別の町を歩いているというではありませんか。
 はたして男は何のために台箱を借りたのか。そして男は何のために町を歩いているのか――やがてお庸は、男の過去にまつわる、ある事情を知ることに……

 本書はそんな表題作「髪結いの亭主」から始まります。髪結いの亭主といえば、妻に働かせて自分は左うちわの男を指す言葉ですが、さて本作では――と、一種の「日常の謎」が描かれることになります。
 そしてその謎の先にあるのは、何ともほろ苦く、そして切ない事情――ある一つの事実から、男の行動の意味が明らかになっていくミステリ味はもちろんのこと、そこに強く漂う人情味も含めて、ある意味本シリーズらしいエピソードといえるでしょう。


 そして本書には、この他に以下の四編、全部で五編が収録されています。

 割れた鼈甲櫛を拾った少年の枕元に若い女の幽霊が出現、少年が櫛を店に持ち込んだことをきっかけに、お庸が人のエゴのぶつかり合いに巻き込まれる「割れた鼈甲櫛」
 幼なじみの叔父が、店から上物の釣り竿を借りたものの、家に置いたまま毎夕出かけていくという謎に挑む「六尺の釣り竿」
 火の用心の拍子木を借りに来た元鳶の親方とお庸の短い道行きを描く「火の用心さっしゃりやしょう」
 法事で親戚が集まるので大火鉢を借りたいという呉服屋にお庸が感じた小さな違和感が大事件に発展する「凶刃と大火鉢」

 今回も人情あり、幽霊との対峙あり、事件の謎解きありと、バラエティに富んだ内容であります。(特に本物の幽霊が登場するのは、本シリーズならではの特色の一つでしょう)
 正直なところ、ちょっと内容的に小粒かな、という印象もあるのですが、しかしどのエピソードも、作中にキラリと光るものがあるのは間違いありません。

 特に「火の用心さっしゃりやしょう」は、掌編といっていい分量ながら、個人的には今回のベストと感じる作品です
 若い衆が自分愛用の拍子木を忘れてきてしまったので、代わりを借りに来たという隠居した鳶の親方。若ぇ者を鍛えるという親方を面白がり、番屋まで同行することになったお庸は、言葉を交わしながら夜道を行くのですが……

 実は同様の趣向のエピソードは以前にもあったのですが、もちろんこちらはまた別の一捻りが加わった内容。もの悲しいようで、どこか粋さを感じさせる結末が印象に残ります。

 また、「凶刃と大火鉢」は、本書の掉尾を飾るのに相応しいオールスターキャストのエピソード。これまでお庸を支えてきた面々が力を合わせてのクライマックスは、ある意味彼女のこれまで辿ってきた成長の道のりを示すものかもしれません。

 その一方で気になるのは、主の清五郎に対するお庸の想いの変化であります。他の面ではまだまだ大人らしさよりも自分らしさ優先のお庸ですが、はたして彼女は彼女はこのまま「成長」して終わってしまうのか。まだまだ先が気になる物語です。


『貸し物屋お庸謎解き帖 髪結いの亭主』(平谷美樹 だいわ文庫) Amazon


関連記事
平谷美樹『貸し物屋お庸謎解き帖 桜と長持』 帰ってきたお庸! 少女店主の奮闘再び!
平谷美樹『貸し物屋お庸謎解き帖 百鬼夜行の宵』 賑やかな味わいの中の少女の限界と成長
平谷美樹『貸し物屋お庸謎解き帖 五本の蛇目』

『貸し物屋お庸 江戸娘、店主となる』 貸し物が生み出すモノと人のドラマ
『貸し物屋お庸 娘店主、奔走する』 プロとして、人として
平谷美樹『貸し物屋お庸 娘店主、捕物に出張る』 物語を貫く縦糸登場?
平谷美樹『貸し物屋お庸 娘店主、想いを秘める』 お庸の成長と彼らの正体と

|

2024.02.27

都筑道夫『新顎十郎捕物帳』

 久生十蘭が生み出した極めて特異な捕物帳ヒーロー・顎十郎。その設定を受け継いで都筑道夫が描く、新たな顎十郎の活躍であります。ユニークな探偵がトリッキーな事件の数々に挑む、時代ミステリの名編ぞろいの連作短編集です。

 与力である叔父・森川庄兵衛の伝手で北町奉行所例繰方の役についている仙波阿古十郎――顔の半分を顎が占めているような異相で、ついたあだ名が顎十郎の阿古十郎ですが、しかし実は素晴らしく頭の回転の早い推理名人。
 難事件に弱った庄兵衛が謎解きを持ち込んでくると、御用聞きのひょろ松をお供にスッパリと謎を解いては、叔父から小遣いをせしめる――というのが、久生十蘭の『顎十郎捕物帳』であります。

 残念ながら今ではいささかマイナーな部類ではあるものの、今の目で見てもミステリとして見ても実によくできたこの『顎十郎捕物帳』。それにかねてから惚れ込み、自身の『なめくじ長屋捕物さわぎ』のルーツの一つと公言している作者が、作者の遺族の了承を受けて手掛けたのが本書。
 文体などは作者自身のものを用いていますが、登場人物や背景となる時代設定は原典のものを用いて、新たなエピソードを描いたというべき作品であります。
(ちなみに顎十郎、原典の後半では奉行所を辞めて駕籠かきになるというとんでもない展開なのですが、「新」の方はさすがに奉行所時代のお話となっています)

 さて、その原典譲りのミステリとしての面白さは、冒頭の「児雷也昇天」から発揮されています。
 湯島天神の境内の小屋でかかっていた児雷也の芝居の上演中に起きた怪事件。児雷也が大蛇の精の菖蒲太夫を斬り、捕手を妖術できりきり舞いさせて逃げおおせる――そんな内容そのままに、児雷也演じる市川登美五郎が、菖蒲太夫演じる岩井珊瑚を舞台上で本当に斬り殺し、蟇になって、飛び去って消えたというのです。

 話に尾ひれがついた部分はあるものの、珊瑚が斬り殺され、登美五郎が舞台から消えたというのは事実。何のかんの文句を言いながら乗り出した顎十郎ですが、やがて新たな殺人が起きて――という一編であります。
 この冒頭のまさしく外連味たっぷりな謎の提示も嬉しいのですが、それだけに留まらず、新たな事件が起き、そしてそこから、そもそも何故顎十郎が――というところまで踏み込んでみせる本作。凝った構成が実に面白い(そして話の落とし方もなんとも愉快な)、幕開けに相応しい内容です。

この作品を含めて、本書に収録されているのは全七篇。こちらもユニークな時代ミステリ揃いであります。
 大盗・伏鐘の重三郎が江戸に帰ってきた噂が流れる中、浅草寺一帯が消えてしまったのを見たと語る男が現れる「浅草寺消失」
 高輪東禅寺の英吉利領事館で、副領事の袂時計が消失した謎を解くため、顎十郎が出馬する「えげれす伊呂波」
 盗賊を追っていたひょろ松が誤って別人を殺し、死骸を両国の見世物小屋に隠したという疑いを晴らす「からくり土佐衛門」
 迎えに来た駕籠に乗せられていった先で姫君に憑いた狐を落とすことになったのが、意外な顛末をたどる「きつね姫」
 二人の女性の幽霊が出るという旗本屋敷に拐かされた娘を取り返しに向かった先で、当主が被害者の密室殺人が起きる「幽霊旗本」
 南町同心・藤波友衛とともにとある武家屋敷に拉致された顎十郎が、「あるはずのないものがあったり、あるはずのものがなくなった」謎を解く羽目になる「闇かぐら」

 いずれもあらすじの時点で一筋縄ではいかないのがわかる――だからこそミステリとして素晴らしく楽しい名品ばかりであります。

 特に、原典でも二度登場し、とんでもない大掛かりな事件を引き起こした伏鐘の重三郎がまたもやとんでもない事件を起こす「浅草寺消失」、原典でも顎十郎の(一方的な)ライバルとして登場する藤波友衛と呉越同舟、共に謎を解くことになる「闇かぐら」など、シリーズの設定を踏まえつつ、捻った展開が実に面白い。
 また、いかにも幕末らしい設定の「えげれす伊呂波」は、ミステリファンは思わずニッコリのオチも楽しく――と、仕掛けが満載された作品揃いです。

 意表を突いた謎の解決(それ自体がいずれもフェアで実に面白いのですが)だけに終わらず、そこからさらに物語に隠された謎と仕掛けが浮かび上がる、凝った構成の作品がほとんどというのも、作者の気合の入りようが窺えるようで楽しい本書。
 後半六作品を収録した第二弾、そして原典そのものの、いずれ近いうちにご紹介できればと思います。


『新顎十郎捕物帳』(都筑道夫 講談社文庫) Amazon

|

2024.02.19

柳川一『三人書房』 乱歩と有名人たちの探偵秘録

 その業績故か、フィクションの中では自身が探偵役を務めることも少なくない江戸川乱歩。本作もそんな作品の一つですが、シチュエーションのユニークさが印象に残ります。乱歩が乱歩になる前、平井太郎と二人の弟が団子坂上で開いていた古本屋・三人書房を舞台とした連作であります。

 三重から上京し、弟の通と敏男の三人で、団子坂上に古本屋「三人書房」を開業していた平井太郎。彼の三重時代からの友人であり、三人書房の二階に居候していた井上青年や通と共に、太郎は探偵小説談義を戦わせる毎日を送っていたのですが――そこにある謎が持ち込まれます。

 恋人の島村抱月の跡を追うように自殺した松井須磨子――その死の衝撃がまだ世間に残っていた折り、太郎たちが買い取った須磨子の随筆集の中に挟まれていた、一通の手紙が事の発端でした。
 「私はやっぱり先生の所へ行かなければならないのです」と書きつつ、相手への想いを綴ったその手紙。それがもし須磨子のものであったとしたら、自殺の意味も大きく変わってくる――そう考えた太郎たちは、手紙の真偽を調べ始めます。

 その際に問題になったのは、手紙の末尾に記された「十二」という数字。本文と関係のないこの数字に何の意味があるのか? 太郎が解き明かしたその意味が示すものとは……


 この表題作「三人書房」から始まる本作は、乱歩が三人書房を営んでいた時代を中心に、彼が探偵役を務める全五編から構成される連作短編集であります。

 浮世絵研究の第一人者が写楽の贋作売買に関わったというスキャンダルの謎を、同じ浮世絵愛好家である宮沢賢治の示唆によって乱歩が解き明かす「北の詩人からの手紙」
 町を騒がす奇妙な娘師(土蔵破り)の出没と、敏男が入れあげる浅草の美人怪力芸人の舞台での失敗が、奇妙な形で交錯する「謎の娘師」
 ある寺の秘仏堂に忍び込んだ盗賊が、化け物を見て逃げ出したという事件を宮武外骨から聞いた乱歩が、寺に関わるある絵師にまつわる謎を横山大観に明かす「秘仏堂幻影」
 高村光太郎の作ったブロンズ像の首ばかりが盗まれ、さらにそのモデルの一人が人が変わったようになってしまった謎を、乱歩が解く「光太郎の〈首〉」

 ここに収められた物語の何よりもユニークな点は、登場人物の多くが、実在の人物であるという点でしょう。乱歩と二人の弟や、上に挙げた宮沢賢治、宮武外骨、横山大観、岡倉天心はもちろんのこと、乱歩の友人の井上も、乱歩のエッセイに記された人物なのですから。
 そんな実在の人物たちがデビュー前後の乱歩と出会い、ある者は乱歩に謎の解決を託し、ある者は共に謎に挑む――有名人探偵ものでは定番の趣向ではありますが、やはり大いに盛り上がるところであります。

 もちろんミステリとしても魅力的であることは間違いなく、特に表題作は、松井須磨子の死の謎にまつわる「暗号」解読と、さらにその先に――という構成の巧みさが印象に残ります。
 また混沌としたムードの浅草を背景に、日常の謎的出来事から展開していく「謎の娘師」なども(乱歩の趣味のおかげである真相に辿り着くのも含め)乱歩らしさの漂う作品であったかと思います。


 その一方で、本作の最大の特徴である乱歩と有名人の邂逅に違和感があるのも正直なところです。史実の上では(私の知る限りでは)関わりのなかった人物と乱歩との取り合わせ自体は興味深いのですが――それが何故表に出なかったのか、という点で本作は説得力が弱いものが多かったのが残念でした。
(また、「秘仏堂幻影」の真相も、さすがに飛躍のしすぎではないかと……)

 さらにいえば、「光太郎の〈首〉」は(既に三人書房を閉めた後の話であることもあって)そもそも乱歩が探偵役を務める必然性も薄いのでは――と、色々厳しいことを書いてしまいましたが、魅力的な題材だけに(そしてこういう趣向が個人的に大好きなだけに)気になってしまった、というのが正直なところです。

 できれば、三人書房時代の語られざるエピソードを見てみたい――そう感じた次第です。


『三人書房』(柳川一 東京創元社ミステリ・フロンティア) Amazon

|

2024.02.14

北山猛邦『人魚姫 探偵グリムの手稿』 少年アンデルセンが挑む人魚姫後日譚の謎

 人間の王子を愛し、魔女の力で人間になったものの、想いは叶わず、儚く消えた人魚姫――誰もが知るアンデルセン童話「人魚姫」の後日譚に、少年時代のアンデルセン本人と人魚姫の姉、そしてグリム兄弟の末弟が挑む、奇想天外な物語であります。はたして人魚姫が愛した王子を殺したのは誰なのか?

 父を亡くし憂鬱な日々を送る中、父の形見の人形を落としてしまった少年・ハンス。偶然知り合った画家を名乗る黒衣の青年・ルートヴィッヒと共に、人形を探して海辺に出た彼は、そこに倒れていた美しい少女を見つけます。
 自分の足で歩くのに苦労し、奇矯な言動を取るその少女・セレナをルートヴィッヒの宿に連れて行った二人は、そこで思いもよらぬ話を聞かされることになります。

 半年前に、婚礼の翌日に何者かに殺された王子。その前日に姿を消した口の利けない侍女に嫌疑がかけられたものの、今も真相は不明なままのこの事件を解き明かすために、セレナは海からやってきたというのです。

 そう、姿を消した侍女こそは、人魚姫。かつて海で助けた王子を愛するあまり、魔女と取引して自分の声と引き換えに人間の姿となった彼女は、王子の愛を得られなければ泡となって消えてしまう運命にありました。
 その運命から救うため、彼女の五人の姉たちは魔女から手に入れた短剣を渡し、これで王子を刺すように告げたのですが――しかし愛する人を手にかけることを拒んだ人魚姫は、泡となって消えたのです。

 しかし王子はその直後に何者かに殺され、疑いは人魚姫にかけられてしまいました。この不名誉を放置しておけば、やがて海の中の国の間で大きな争いに繋がりかねない――それを避けるため、五人の姉の一人であるセレナは、魔女に自分の心臓と引き換えに人間にしてもらい、地上にやってきたというのです。
 心臓を失ったセレナが力尽きるまでわずか七日――それを知ったハンスとルードヴィッヒは、彼女を助ける決意を固めます。

 しかし犯行場所は王宮の中、一庶民に過ぎないハンス・アンデルセンが入れるはずもありません。しかしルードヴィッヒ・グリムは、高名な兄という伝手を使い、王宮に入り込んで調査を始めることに……


 歴史上に名を残す有名人が探偵役を務め、謎めいた事件を解決する――そして多くの場合、その時の経験が、彼のその後の業績に大きな影響を与える――という、いわゆる有名人探偵ものというべき作品があります。これまでこうした作品を色々と読んできましたが、しかしその中でもこれだけユニークな作品はちょっとないと断言できます。

 何しろ探偵役はアンデルセン童話のアンデルセンと、グリム童話の(ヤコブとヴィルヘルムの弟のルードヴィッヒ・)グリム、そして題材はアンデルセンの代表作であり、我々もよく知る「人魚姫」なのですから。
 それも「人魚姫」を思わせるとか、擬えたというレベルではなく、「人魚姫」の物語は現実に存在し、人魚姫の姉と共にその後日譚に彼らが巻き込まれるというのですから、その奇想をなんと評すべきでしょうか!?

 しかも事件そのものはガチガチの密室殺人&アリバイ崩しという本格ど真ん中(クライマックスに炸裂する「物理の北山」にはひっくり返りました)。それでいて、魔女が存在する世界観故に魔法による殺人の可能性も慎重に吟味されるのが楽しいのですが――さらにヒロインの命というタイムリミットまで設けられているのには脱帽です。

 アンデルセンたちの物語の合間に、別視点の人魚と魔女の物語が挿入される物語構成も、両者の間に奇妙な齟齬があることからこれは何かあると身構えていたのですが――にもかかわらず、やがて明かされる真実には、そうきたか! と愕然とさせられること請け合いです。
 虚構と現実という二つの世界が交錯する――どころではなく、虚構が歴史と結びつくその瞬間は、まさに歴史ミステリ、いや伝奇ものの醍醐味といってよいでしょう。


 しかし個人的にもっとも心に残ったのは、この様々な意味で複雑怪奇な事件の見届け人となったアンデルセン少年の姿であります。
 愛する父を失い、残った母は虚脱したままに暮らし、学校にも自分の居場所がない――そんな孤独な少年であったアンデルセン。その彼が経験した七日間の冒険は、彼にとっては日常と非日常、庶民と王族、陸と海、現実と虚構――様々な二つの世界が、本来であればあり得ない形で交わるものであったといえるでしょう。

 その交錯から生まれた物語は、確かに悲しみや苦しみが多いものではありました。しかしそこでアンデルセン少年が得たものはそれだけではないことは、結末でルードヴィッヒが描いた一枚の「画」が示してくれます。
 いやそれだけでなく、後にアンデルセンが「人魚姫」という物語で描いたもの――つまり本作で語られたものを、彼がどのような形で「人魚姫」として昇華したのかを思えば、そこに込められた祈りにも似た美しい想いに、胸を熱くせずにはいられないのです。

 有名人探偵ものとして、本格ミステリとして、名作パロディとして、伝奇物語として、そして少年の成長譚として――数多くの顔が高いレベルで結びついた名品であります。


『人魚姫 探偵グリムの手稿』(北山猛邦 徳間文庫) Amazon

|

2024.02.11

畠中恵『いつまで』 若だんなタイムスリップ!? 厄災の未来を変えろ

 『しゃばけ』シリーズ第22作は、なんと2006年の『うそうそ』以来、実に17年振りの長編であります。西から若だんなと長崎屋に迫る厄災。姿を消した妖のためにある決断を下した若だんなは、なんと五年後の未来に飛び出すことになります。しかしその間に、長崎屋は思わぬ窮地に陥っていて……

 西からやってきた妖怪医師・火幻を迎えてさらに賑やかになった長崎屋。しかし悪夢を食べる場久が、そして火幻が姿を消し、二人の行方を追う若だんなは、西から来た妖・以津真天の仕業だと知るのでした。
 二人を救うためには悪夢の中に飛び込めという以津真天の言葉に従う若だんなですが――飛び出した先は江戸ながら、なんとなく違和感を感じる世界。それもそのはず、若だんなは五年の時を飛び越えてしまったのであります!

 その間、若だんなは行方不明であったことから両親は商いどころではない状態。しかも騒動の直前に若だんなが発明した、長崎屋の薬の調合を簡単にできる薬升が同業の大久呂屋に盗まれ、調合を真似されたことで、長崎屋の経営は大きく傾いていたのであります。
 ようやく若だんなに再会できた長崎屋の妖たちは大喜びですが、しかし問題は山積み。場久と火幻はどこに行ったのか。長崎屋を救うことはできるのか。そして何よりも、若だんなはどうすれば五年前に帰ることができるのか。(そもそも帰るべきなのか?)

 兄やたちは長崎屋にかかりきり、大久呂屋は血眼になって若だんなを探す中、若だんなと妖たちは広徳寺の寛朝や禰々子の手を借りつつ奔走するのですが……


 長きに渡るシリーズでも三作目の長編となった本作は、若だんなと長崎屋に最大の厄災が迫ることになります。それもその引き金となるのがタイムスリップという意表を突いた展開――狂ってしまった未来を変え、正しい世界に変えるために奮闘するというのは、比較的見られるパターンですが、それがまさかこのシリーズで見られるとは! と驚かされました。(ある意味、時間の流れが非常に緩やかなシリーズということもあり……)

 それにしても本作において(大げさに言えば)歴史が狂うきっかけになるのが、若だんなのタイムスリップというのは突飛なようである意味納得ですが――それと同時に、若だんなと妖たちが明るく暮らす世界というのは長崎屋あってのものだというのも、言われてみればまた納得であります。
 そんな長崎屋が傾いている状態で展開する物語は、物語を支えている柱が傾いている状態。そのために物語全体がなんとも不穏かつ不安な空気に満ちており、長きに渡るシリーズの中でも、ここまでのピンチはほとんどなかったのではないかと感じます。

 そんな状況では長崎屋の妖たちもなんとなく精彩を欠くのですが、そこで大暴れしてくれるのが禰々子と河童一党であります。これまでの物語の中でも、颯爽と登場しては気持ちの良い活躍を見せてくれた禰々子姐さんですが、こういう不安な状況での頼もしさはピカイチ。様々な形で若だんなたちを助けてくれるその姿からは、本作における数少ない希望の光が感じられます。(が、それが終盤、とんでもない状況に繋がっていくのですが……)


 というわけで、若だんなと長崎屋の危機どころか、クライマックスには江戸壊滅の危機にまでスケールアップして展開していくという、長編に相応しい実に賑やかな内容であると同時に、「しゃばけ」らしいある種の苦さに満ちた本作。
 確かに、後半まで本当に先が見えない展開ということもあってか、展開が意表を突きすぎていてスッキリしない部分はなきにしもあらずであります。また、事態が深刻すぎて、今回の事件を引き起こした妖の掘り下げがちょっと足りない(そのために扱いに釈然としない)印象はあるのですが――それでも、シリーズの枠を踏まえつつそれを乗り越え、全く新しい物語を描いてみせたのは、大いに評価できるところです。

(シリーズのヒロイン格のはずなのに出番がほとんどなかった「彼女」が、これ以上若だんなに相応しい人はいない、と思えたのも大きな収穫ではないかと思います)


『いつまで』(畠中恵 新潮社) Amazon


関連記事
しゃばけ
「ぬしさまへ」 妖の在りようと人の在りようの狭間で
「ねこのばば」 間口が広くて奥も深い、理想的世界
「おまけのこ」 しゃばけというジャンル
「うそうそ」 いつまでも訪ね求める道程
「ちんぷんかん」 生々流転、変化の兆し
「いっちばん」 変わらぬ世界と変わりゆく世界の間で
「ころころろ」(その一) 若だんなの光を追いかけて
「ころころろ」(その二) もう取り戻せない想いを追いかけて
「ゆんでめて」 消える過去、残る未来
「やなりいなり」 時々苦い現実の味
「ひなこまち」 若だんなと五つの人助け
「たぶんねこ」 若だんなと五つの約束
『すえずえ』 若だんなと妖怪たちの行く末に
畠中恵『なりたい』 今の自分ではない何かへ、という願い
畠中恵『おおあたり』 嬉しくも苦い大当たりの味
畠中恵『とるとだす』 若だんな、妙薬を求めて奔走す
畠中恵『むすびつき』(その一) 若だんなの前世・今世・来世
畠中恵『むすびつき』(その二) 変わるものと変わらぬものの間の願い
畠中恵『てんげんつう』 妖より怖い人のエゴと若だんなの成長
畠中恵『いちねんかん』(その一) 若だんな、長崎屋の主人になる!?(ただし一年間限定
畠中恵『いちねんかん』(その二) あっという間に過ぎ去る一年間の果てに
 畠中恵『もういちど』 二十年目の原点回帰!? 若だんな、もう一度の生
畠中恵『こいごころ』 しゃばけ、久々の純粋な短編集

「みぃつけた」 愉しく、心和む一冊
『えどさがし』(その一) 旅の果てに彼が見出したもの
『えどさがし』(その二) 旅の先に彼が探すもの
畠中恵『またあおう』(その一) 久しぶりの「しゃばけ」外伝集登場!
畠中恵『またあおう』(その二) 後を継いだ者たちの奮闘

|

2024.02.09

小島環『唐国の検屍乙女 水都の紅き花嫁』

 宋代を舞台に、戦場帰りの医学少女・許紅花と、髑髏を抱いた変人美少年・高九曜のバディが怪事件に挑むシリーズ第二弾であります。ある日、花に飾られた美しい水死体に遭遇し、その謎を追うことになった二人。しかしそんな中、紅花は祖父が勝手に決めた相手と婚礼を行うことになって……?

 医者一家に生まれて父とともに従軍していた許紅花。しかし医者に取って命ともいえる手を負傷し、ショックで実家に引きこもっていた彼女は、姉の代わりに出かけたある検屍現場で、「髑髏真君」を名乗る驕慢な美少年・高九曜と出会うことになります。
 九曜の言動に戸惑い反発する紅花ですが、死体は殺されたという見解で一致、彼と犯人を探して行動を共にするうちに、その頭脳の冴えに魅せられるようになります。そして宮中にまで及ぶ騒動の末、二人は見事に事件を解決し、紅花は心の傷を克服するのでした。

 そんな前作での冒険を経て絆を深めてきた紅花と九曜が今回遭遇するのは、渠水を流れてきた、白い寒牡丹に彩られた美しい水死体。例によって勝手に九曜が検屍したために犯人の疑いをかけられた二人は、死体の首に突き刺さっていた翡翠の簪を手がかりに、真犯人を探し始めます。

 そんな中、許家に現れた紅花の祖父は、外を飛び回る紅花を一方的に非難し、一族の繁栄のためにもさっさと嫁ぐべきだと、勝手に彼女の結婚を決めてしまうのでした。
 その相手が、顔見知りであり、都の高官である美青年・天佑であると知った紅花。しかし医師としての彼女を理解し、許容してくれる天佑を前にしても、家に縛られることへの紅花の違和感は消えません。

 そんな彼女の想いを無視して祖父は準備を進め、ついに婚礼の日を迎えてしまった紅花。思いあまって家を飛び出し、九曜と共に事件調査を続ける紅花ですが、謎の人物に捕らえられてしまい……


 というわけで、今回も自ら事件に突入し、騒動を大きくしながらも核心に迫っていく九曜と紅花の二人(というか、そんな九曜にくっついていく紅花)を描く本作。
 正直なところ、前作はあるドラマに酷似した内容であったこともあって、どうかなあと思っていましたが、そうした部分はなりを潜め(時々あれ、と思うところはありますが。銛とか)、純粋に二人の活躍を楽しむことができました。

 殺された上に美しく飾られた美青年という実に猟奇的な事件を彩るのは、当時の改革派と守旧派(新法・旧法の争いの前身でしょうか)の対立を背景とした二つの家の争いに加え、その名家の内部の後継争いで――と、いかにもこの時代らしいドロドロしたドラマ。
 さらに九曜の○○○○○が出現、さらに殺人美少年が紅花を狙い――と、賑やかな展開が繰り広げられます。


 しかし、本作のもう一つの主軸となるのは、そうした事件と並行して描かれる紅花の葛藤であることは間違いありません。

 幼い頃から医術と武術を修め、戦場に向かうという、当時の女性からすれば破格の自由な行動を許されてきた紅花。しかしそれはあくまでも他者から許されてきたからに過ぎなかったことが、今回彼女の祖父の登場によって描かれることになります。
 この家父長制の権化のような祖父によって、強引に結婚話を進められる紅花。それはそれで紅花を慮っての行動であるかもしれませんが、しかし彼女自身の「意志」を慮ってのものではない――少なくとも、祖父は彼女自身の意志を考慮するに値するものではないと考えていることを、明確に示します。

 あるいは戦場から帰った直後の、引きこもっていた彼女であればそれは良かったかもしれません。しかし彼女は九曜との出会いを通じて、自分が真に望むものを知ってしまいました。そして九曜を通じて、それを貫くことの素晴らしさを知ってしまいました。
 自分の意志と自由を代償に幸せを得るよりも、たとえ不安定で心身ともに無事でなくとも己の意のままに生きる――それは決して楽な道のりではないからこそ、輝いて見えます。そしてそれを得るために奮闘する紅花の姿もまた、同様に輝くのです。


 とはいえ、物語的にその紅花の選択がうまくいっているように見えないのも正直なところで、行き当たりばったりで痛い目にあったり、周囲の人間の協力(あるいは犠牲)でそれが成り立っていたりするように見えるのは、彼女自身の責任ではないにしても、スッキリはしないところではあります。
 もちろん、そのままならなさも、また一つの真実ではあるでしょう。その先にある真の自由に彼女がたどり着くことができるのか――それはこの先の物語で描かれるのかもしれません。まだちょっと遠そうですが……

|

2024.02.07

天野純希『吉野朝残党伝』 南朝の少年兵が見た戦いの形

 南北朝合一後も吉野に潜み、足利幕府に対して戦いを繰り広げてきた吉野朝(南朝)残党。本作はその吉野朝残党にいわば少年兵として加わった多聞をはじめ、様々な人々の視点から足利義教期の混沌とした世界を描く物語であります。南朝再興のため、あらゆる手段を用いる吉野朝残党の向かう先は……

 馬借の下人として幼い頃からこきつかわれてきた少年・多聞。大和の山中で荷を運ぶ最中に何者かの襲撃を受け、そのどさくさに襲ってきた主を殺した彼は、襲撃者を率いる後醍醐帝の後胤・玉川宮敦子と後鳥羽帝の後裔・鳥羽尊秀に出会い、同志に誘われることになります。

 敦子の武術に叩きのめされ、そして人が人として生きていくために幕府を倒すという尊秀の言葉に興味を持ち同志に加わった多聞。彼は数年間の過酷な修練の末、子供ばかりで構成された吉野朝の隠密部隊・菊童子の一員として任務に就くことになります。
 暗殺、奇襲、破壊工作――敦子や尊秀が幕府打倒、吉野朝復興のために様々に動く背後で、多聞たち菊童子は、表に出せない後ろ暗い仕事に従事していくのでした。

 時あたかも万人恐怖と呼ばれた足利義教の独裁政権の頃、吉野朝は時に義教の弟・義昭を迎え、時に鎌倉公方・持氏との連携を模索することになります。それでも次々と幕府方の攻撃の前に劣勢に立たされる中、吉野朝は義教と折り合いの悪い赤松家と手を組み、義教の首を狙うのでした。
 そして訪れる運命の嘉吉元年。その動乱の中で多聞たちが知る真実とは……


 足利尊氏と後醍醐帝の争いをきっかけに二つの皇統が存在するという、この国始まっての事態となった南北朝時代。足利義満によって皇統は再び一つとなったものの、それを認めぬ南朝残党は、その後も数十年に渡り、室町幕府の不安定な状況に乗じて活動を続けてきました。
 いわゆる後南朝とも呼ばれるその一派は、これまでも様々な形でフィクションの題材となってきました。本作はそれを踏まえつつも、歴史小説として、そして何よりもエンターテイメントとしてユニークな作品として成立しています。

 そしてその最大の特徴が、菊童子の存在であることはいうまでもありません。吉野朝の影の戦力として、様々な戦い・政略の背後で動いてきた菊童子――ほとんど忍者のような活躍を見せる彼らの存在は、物語にアクション性と伝奇性を濃厚に与える効果を挙げています。
 しかしそれだけでなく、歴史の表面から見ると散発的な点に見える吉野朝方の、そして反幕府方の動きを、菊童子の存在は裏側で繋ぎ、一本の線として見せることを可能としているのです。それは本作の物語構造の巧みさというべきでしょう。

 それだけではありません。多聞をはじめとして、いずれも身寄りのない、そしてほとんどが庶民の出身である菊童子の視点を通じることで、本作はこの時代の動乱を複層的に描くことを可能にしているといえます。
 南朝と北朝の正統争いも、武士たちの主導権争いも、所詮はそれ以外の人々にとっては雲の上の争い。多聞らの目から描くことにより、本作はその争いを相対化し、主義主張の正しさ(もっともらしさ)とは別の観点から描いているのであります。


 しかし、その菊童子こそは吉野朝のために働く走狗というべき存在ではないのか。何よりも身寄りのない子供たちを自分たちの主義主張に染めて手駒とする、テロリストの少年兵と同様のやり方は許されるのか? 冒頭からつきまとう疑問は、物語が進むにつれて――吉野朝側だけでなく、幕府側・武士の側から義教と対峙するキャラクターが登場する中盤以降、強まっていくことになります。

 その一種の矛盾あるいは負の側面に、本作はどのように答えてみせるのか? それは本作の重要な展開に触れるためにここでは伏せますが、一つだけ言うことができるのは、物語の流れ的にここがクライマックスになるかと思われた嘉吉の乱はあくまでも幕開けに過ぎない、ということであります。
 むしろ本作はその直後に起きた、もう一つの歴史的事件をクローズアップするのですが――その背後で繰り広げられたもう一つの戦いをクライマックスとする展開には大いに驚かされました。

 元々作者は、歴史上の事件を描きつつ、その背後にエンターテイメント的・伝奇的要素を絡めたクライマックスを描いてみせるのに長けた印象がありますが、本作もまた、その系譜に属する作品というべきでしょう。

 正直なところ、一人の人物に全ての罪を着せて終わらせてしまった印象は大きいのですが――皇族と武士と庶民が入り乱れ、殺し合う混沌の時代にこれまでと別の角度から切り込み、そしてその中から思いもよらぬ希望の形までを描いてみせた本作は、やはり作者ならではの大作として大いに評価されるべきと感じます。


 ちなみに少しだけ明かしてしまうと、尊秀という人物は、史実では南朝残党が御所に乱入し剣と神璽を奪った、禁闕の変の首謀者と言われている人物なのですが――それをこう活かしてみせたか、と最後の最後まで脱帽であります。


『吉野朝残党伝』(天野純希 潮出版社) Amazon

|

2024.02.05

後藤竜二『野心あらためず 日高見国伝』 乱を起こすものと、それに屈せず歩み続けること

 数々の作品を残してきた児童文学者・後藤竜二が、いわゆる宝亀の乱を題材にし、野間児童文芸賞を受賞した名作であります。かつて大和の人々に奪われた日高見の地に帰還した少年・アビを通じて描かれる、蝦夷と大和の人々の姿とは……

 代々暮らしてきた日高見の地を奪われた末、父は殺され、母は流刑の途中に自分を産んで亡くなった少年アビ。親代わりの老人・オンガと共に流刑地を逃亡し、鮫狩りとして暮らしていた彼は、密かに思いを寄せていた奴婢の少女・宇伽が売られていったことを知ります。そして彼女を追って、アビはオンガと共に、密貿易商人の灘麿の船で、陸奥介・大伴真綱と共に日高見に向かうのでした。

 土地の豪族出身ながら大和でも勢力を振るう存在であり、アビ一族の仇である道嶋家。彼らが力を振るう日高見では、数年前に蝦夷が蜂起して以来、アテルイやモレの抵抗が続き、一触即発の状況が続いていました。
 そんな中、蝦夷出身の郡長官として人々の対立を収めるのに腐心してきた伊治城主の呰麻呂は、恋人のルシメが政略結婚で道嶋家の長男・大楯に嫁がされることになり、大きな衝撃を受けます。しかしルシメは大楯を嫌って婚礼前に出奔、それを恨みに思った大楯は、蝦夷の武力弾圧を強行に主張するようになります。そんな中、伊治城で働くことになったアビは、宇伽と再会するのでした。

 折しも、冷害と戦乱で浮浪民となって伊治城に流入した人々を受け入れる呰麻呂。しかし大楯の陰謀により、農民たちと浮浪民たちは対立、険悪な状況は深まっていきます。一方、陸奥守・紀広純は己の功績のため、伊治城以北に新たな築城を決定。しかしその動きの鈍さに不満を持った大楯は、ある覚悟を固めるのでした。
 そして日高見の動きを利用して紀家の勢力を削ごうとする中央の藤原家の思惑も絡んだ末、ついに決定的な出来事が起きることに……


 宝亀十一年(780年)、陸奥で伊治呰麻呂が起こした反乱である宝亀の乱。詳細は本作の展開に触れることになるので伏せますが、この反乱をきっかけに、後のアテルイたちと坂上田村麻呂の激突をはじめとする、蝦夷と大和の対立が激化していくことになります。
 本作は、この知名度はあまり高くないものの重要な戦いの秘話というべき物語ですが――先祖の地へのアビの帰還という始まりを考えれば、彼が乱の中で活躍する物語と想像する方も多いと思います。アビが、蝦夷を苦しめる大和の暴政に対して立ち上がる物語なのだろうと……

 しかし本作でアビの存在は、むしろ目撃者に近い立場であります。実はこの物語の中心となるのは呰麻呂――蝦夷と大和、貴族と平民、農民と浮浪民という相反する立場の人々に挟まれながらも、平和共存の道を求める男の姿を本作は描きます。
 しかしそんな呰麻呂が、何故乱の首謀者とされたのか? そこに至るまでの人々の思惑の複雑な交錯をこそ、本作は浮き彫りにするのです。

 そして同時に本作は、単純に蝦夷を善、大和を悪として描くものでもありません。
 確かにその中でも大楯は悪役と呼んでよい存在であります。しかし彼は同時に大和側の人々の中でもひどく浮いた存在――その極端な言動を白眼視され、嘲笑されている存在として描かれます。本作の大和側の人々の多くは、蝦夷を蔑視しつつも積極的に排除するわけでもなく、私腹を肥やし、あるいは事なかれで暮らす、そんな存在なのです。

 そしてその一方で、蝦夷も一枚岩ではありません。モレのように大和に戦いを挑む者、あるいは大和の人々の前で頭を低くしてやり過ごす者、そして呰麻呂のように共存を求める者――そんな人々が入り乱れる状況の中では、むしろ乱が起きることの方が不思議に思われます。
 しかしそれでも乱が起きてしまうのは何故か――それの原因である「政治的」動きを本作は丹念に描きます。ドラマチックさとは無縁の、卑小な人間の営みの中で、多くの人々の命に関わる出来事が起きる――そんなやりきれない現実を、本作は描くのです。
(その意味では、ドラマ的にはヒーローとなっておかしくない立ち位置にありながら、結局は状況に翻弄されるしかない大伴真綱の存在は、象徴的といえるかもしれません)


 もちろん本作は、そんな生々しい物語だけに終わるものではありません。そんなやりきれない現実の中でも「野心あらためず」――すなわち他人に屈することなく、己の求める道のために歩み続ける人間の逞しさと、その営みが未来に繋ぐものを、本作は同時に描くのです。
 そして本作においてその役割を担うのが、アビや宇伽、あるいは灘麿といった無名の人々であることを思えば、作者が何に希望を見出していたのか理解できるように思えます。

 それはまた、本作が児童文学の一般的イメージを超える内容でありつつも、それでも児童文学として描かれた意味であるとも感じられるのです。


『野心あらためず 日高見国伝』(後藤竜二 光文社文庫) Amazon

|

2024.01.26

コナン・ドイル『霧の国』 啓蒙かプロパガンダか チャレンジャー教授、心霊の世界に挑む

 コナン・ドイル晩年の作品にしてチャレンジャー教授ものの第三作、そして大いなる異色作(というか問題作)であります。今回チャレンジャー教授とマローンたちが挑む驚異は心霊の世界――はたして心霊は、死後の世界は存在するのか? 激烈に反発するチャレンジャー教授ですが……

 新聞の取材で、近頃話題の心霊教会を取材することになったエドワード・マローンと、チャレンジャー教授の娘・イーニッド。初めは心霊の存在を胡散臭く思っていたマローンですが、今は亡き盟友・サマリー教授の霊が現れた事に衝撃を受けます。
 その後も交霊会への出席や霊媒たちとの交流、ロクストン卿も加わっての幽霊屋敷での冒険を経て、マローンは心霊の世界は存在すると確信するようになるのでした。

 しかしチャレンジャー教授は、心霊の存在を真っ向から否定し、心霊主義を激烈に攻撃するのですが……


 『失われた世界』で登場し、それ以降も『毒ガス帯』(本作の後の)『地球の叫び』『物質分解器』でも活躍するチャレンジャー教授。明晰な頭脳と類い希な行動力を持ちつつつも、そのエキセントリックかつ攻撃的な性格から、周囲との間で軋轢を引き起こさずにはいられない名物男であります。

 本作はそんなチャレンジャー教授ものではありますが、物語の実質的な主人公は『失われた世界』以来、チャレンジャー教授の冒険に同行する新聞記者マローンとなります。
 初登場時は血気盛んな青年だった彼も、ある程度の年月を経て落ち着いてきた姿が描かれ、あろうことか(?)チャレンジャー教授の愛娘イーニッドとの間にロマンスを育んでいるのですが――本作はそんな彼が出会う様々な心霊現象と、その存在を信じるに至った彼がチャレンジャー教授を「改宗」させようと奮闘する姿が描かれます。

 という粗筋で何となく想像がつくのではないかと思いまずが、本作は良くいえば心霊主義の啓蒙小説、悪くいえばプロパガンダにほかなりません。当時(でも)色眼鏡で見られていた心霊主義の科学性とその主張の正当性、素晴らしさを謳い上げる――その目的のために描かれているのですから。
 特にその晩年、ドイルが心霊主義に深く傾倒したことはつとに知られていますが、その一つの表れが、本作なのであります。

 正直なところ、当時の読者がどのような反応を見せたかは寡聞にしてわからないのですが、しかし戸惑う読者が多かったのではないか、というのは容易に想像できます。
 個人的にも、「人々を善導する、そして語る事が絶対的に正しい心霊」という存在に大きな疑わしさを感じてしまうだけに、本作を読み通すのはなかなかに骨であったというのが正直なところであります。

 ところがその一方で、本作は二つの点でそれなりに面白い(あるいは興味深い)のもまた事実です。その一つは、小説としての面白さ――正直なところ、心霊主義者たちの主張は(訳文が古いこともあって)辛いのですが、それ以外の部分は意外に面白いのです。

 本作はある種連作短編的に様々なエピソードが描かれるのですが、マローンとロクストン卿の幽霊屋敷探検は、さすがにホラー小説においても数々の佳品を著したドイルならではという迫力であります。(また、交霊会の最中に、得体の知れない類人猿めいた存在が現れる場面の理不尽さもいい)
 また、本作に登場する霊媒の中でも中心的な人物である善良なリンデン氏が警察のおとり捜査にひっかかり告訴されるくだり、またボクサー崩れで霊媒詐欺をもくろむリンデン氏の弟のどうしようもない悪党ぶりなど、なかなか読ませる内容で、この辺りはエンターテイメント作家・ドイルの地力を感じます。

 そしてもう一点は、当時の心霊主義界隈のルポルタージュとしての側面であります。もちろん本作で描かれている個々の内容はフィクションではありますが、本作の目指すところを思えば、それはかなりのところ、当時の「現実」を示すものと思うべきでしょう。
 そしてそれは心霊主義のポジティブな面だけでなく、上で触れた詐欺のような悪用する者やその危険性、また心霊主義に対する世間の目をも克明に描いているのです。
(惜しむらくは、邦訳にその辺りの注釈が乏しく、どこまでが現実でどこまでがフィクションかわからない点ですが……)


 思えば恐竜生存説、エーテル宇宙観、地球生命体説と、異説と呼ばれた科学にその名の通り挑戦してきたチャレンジャー教授。その挑戦者ぶりは、本作も健在であったというべきでしょうか。(結局、いずれも異説は異説だったわけですが……)
 決して万民にはお勧めできませんし、現在ある意味幻の作品となっているのも納得ではありますが、興味深い作品ではあります。


『霧の国』(コナン・ドイル 創元SF文庫) Amazon

|

より以前の記事一覧