2024.09.25

大団円 紫式部が最後まで貫いたもの 森谷明子『源氏供養 草子地宇治十帖』

 長きに渡り描かれてきた、紫式部(香子)を主人公とした平安時代ミステリシリーズも、ついに本作で完結を迎えます。出家し、宇治の庵で一人静かに暮らす香子の周囲で起きる不審な出来事。その一方、遠く九州では異国の脅威が迫り……

 娘の賢子も立派に女房として独り立ちし、自分は出家して余生を送ることを決意した香子。宇治に庵を結び、穏やかな日々を送る香子ですが、源氏物語の続編を望む人々の声は絶えず、東宮位を返上した小一条院の妃・延子からも、続きを促す便りが届きます。

 そんな中、香子の元に常陸と名乗る婦人と、その娘・竹芝の君が訪れます。かつて延子の父・藤原顕光の召人であり、その際に竹芝の君を産んだ常陸は、行き場のない娘を庵に置いてもらえないかと頼みに来たのです。
 快く引き受けた香子ですが、その後、小一条院が宇治を訪れたのと時を同じくして、周囲に不穏な空気が漂います。

 香子の周囲で、猫や馬、さらには下人が、何者かによって毒を盛られる事件が発生。常陸から譲り受けた薬の成分に毒物が含まれていたことから、香子は自分の周囲に犯人がいるのではないかと疑い始めるのでした。

 一方、長年香子に仕え、現在は武士の夫と共に太宰府で暮らす阿手木の暮らしは、刀伊の突然の来襲によって平穏を破られることになります。海からの賊を相手に必死の戦いを繰り広げる武士たちですが、被害は広がるばかり。そんな中、阿手木は自分たちに仕える童の小仲の動きに不審を覚えるのですが……


 『千年の黙』『白の祝宴』『望月のあと』と、作者の作品では、これまで源氏物語や紫式部日記を題材に、紫式部の姿を濃厚なミステリ味と共に描いてきました。本作は残る宇治十帖を題材とした待望の続編にして完結編です。
 光源氏亡き後の世界を舞台に、彼の次の世代である薫と匂宮を中心に展開される宇治十帖。宇治に隠棲する香子がそれを描く中、事件に巻き込まれるというのが、今回の趣向となります。

 物語はその模様を、時に時系列を入れ替えつつ、香子だけでなく、彼女の死後の賢子、さらには藤原実資といった様々な人々の視点から描きます。
 それに加え、ほぼ同時期に遠く離れた九州で起きた、日本史上に残る大事件――いわゆる「刀伊の入寇」を、シリーズでもお馴染みの阿手木の視点で描くという、離れ業にも驚かされます。

 さらに、瑠璃姫やゆかりの君といった、これまでのシリーズで活躍した女性たちも登場するオールスターキャストの華やかさは、完結編にふさわしいものといえるでしょう。


 しかし本作の魅力は、そうしたイベント的な要素だけではありません。これまでの作品がそうであったように、本作もまた、ある視点が貫かれています。それは一人の女性からの視点――運命に傷つき、途方に暮れながらも、それでも何とか生きたいと願い、歩を進める女性からの視点が、本作の最大の魅力ではないでしょうか。

 貴族という一見恵まれた立場に生まれても、家のために、そして自分が生きていくために結婚しなければならない。それでも相手の男にとって自分は唯一の女性ではなく、それを当然のこととして受け入れなければならない。
 そして時には、わずかに残された自分の意思など問題にもしない巨大な力に翻弄されることもある……

 そんな過酷な運命を背負わされた女性たち。本シリーズは、そんな女性たちの姿を描くだけではなく、物語が彼女たちを救う姿をも同時に描いてきました。そしてそれは本作においても変わることはありません。
 宇治で起きる謎めいた事件と、源氏物語――並行して進行する「現実」と「虚構」が交錯し、絡み合った時に生まれる救いの姿。そこには、本作ならではの感動があるのです。


 正直なところ、物語の複雑な構成や、シリーズ読者(そしてこの時代に一定の知識を持った読者)を前提とした人物配置など、無条件に評価しにくい点があることは否めません。

 それでも本作は、これまで作中で描かれてきたテーマを最後まで貫き――そして同時に「源氏物語」成立にまつわる謎をも描ききってみせました。最後の最後に、源氏物語とは縁の深い(そして物語の継承の象徴ともいうべき)あの人物が登場するのも楽しく、大団円という言葉が相応しい作品であることは間違いありません。


『源氏供養 草子地宇治十帖』(森谷明子 創元推理文庫) Amazon


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2014.01.27

Manga2.5版「猫絵十兵衛御伽草紙」 動きを以て語りの味を知る

 このブログでもこれまでずっと取り上げて参りました、猫絵師の十兵衛と猫又のニタのコンビを中心に描かれるちょっと不思議な人情噺「猫絵十兵衛 御伽草紙」が、Manga2.5でリリースされました。Gyaoでは第1話が無料配信されておりましたので、さっそくチェックしてみました。

 Manga2.5とは、公式サイトによれば「マンガ原稿を素材に、色・アニメーション・音声・音響効果・字幕・BGMを付加した 革新的なコンテンツとして動画配信するモーションコミックの新しいブランドです(人気マンガそのものを動画化したモーション・コミック)」とのこと。

 私は今回初めて見ましたが、その印象を簡単に言ってしまえば、漫画から吹き出しを取り去って、その部分を音声化し、基本的に一コマ単位で画面に映し出したもの…といったところでしょうか。
 動き自体はそれほど大きくついているわけではありませんが、特に本作で言えば、猫の描写(歩いてくる場面や飛び跳ねる場面)に動きが取り入れられていたのが、ちょっと面白いところです。

 さて、今回視聴したのは、「猫参りの巻」。目を病んで伏せてしまった老人の飼い猫が、毎日どこかに出かけていくその先は…というこのお話、原作単行本では第1巻第1話、つまり「猫絵十兵衛御伽草紙」という作品全体の、記念すべき第1話であります。

 そんなこともあって原作自体何度も読み返していたこともあり、内容自体はよく知っていたのですが、それだけにこのManga2.5というメディアの特徴が感じられたように思います。

 それは、想像以上に語りのメディアだったと申しましょうか――

 Manga2.5という形式では、オーディオドラマなどとは異なり、漫画のコマというビジュアルはもちろん存在するのですが、上に述べたとおり、それはコマ単位で切り取られた、ある意味動きを失った状態。
 その中で物語の動きを感じさせるのは、基本的に登場人物の台詞のみ…というわけで、モーションコミックの中で、通常よりも台詞の重みが感じられるというのは、ちょっと面白いものだと感じました。

 もっとも今回のエピソードは、かなり「静」の内容。さらに言ってしまえば、題材が昔話的ということもあって、特に「語り」の印象を強く受けたのかもしれません。
(逆に言えば、それだけ本作がこの表現形式に適しているということかもしれませんが…)

 その点もあって、今回モーションコミック化された残り4話の方も大いに気になっているところではあります。


 さて、最後になりましたが声のキャストの方は、十兵衛が増田俊樹、ニタが杉田智和。
 個人的にはニタの声はもっとおっさんくさくかつ脳天気な印象があったのですが、蓋を開けてみると杉田氏のちょっとぶっきらぼうな口調が意外と悪くない印象。
 人間姿から逆算してのキャストかな、という印象はありましたが、いずれにせよ、どちらもさほど違和感はなかったかと思います。


「猫絵十兵衛 御伽草紙」(永尾まる原作 ハピネット) 特集ページ


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2013.07.07

「ダッチ・シュルツの奇怪な事件」 クトゥルー+ギャングの伝奇ホラー再び

 1935年、ニューヨークでラッキー・ルチアーノと激しい抗争を繰り広げるダッチ・シュルツの背後には、奇怪な魔術の影があった。ある事情からルチアーノのシュルツ暗殺の依頼を引き受けた日本人青年・モトは、シュルツの秘密を探るため、叔父が入院しているという精神病院に向かうのだが…

 ここしばらく非常に元気なクトゥルー神話界隈ですが、個人的にその中で最も注目しているのは、創土社の「The Cthulhu Mythos Files」シリーズであります。
 日本人作家による神話作品を対象に、旧作の復刊から新作アンソロジーまで、実に読み応えのあるシリーズなのですが、その最新巻は「チャールズ・ウォードの系譜」。ハワード・フィリップス・ラヴクラフトの「チャールズ・ウォードの奇怪な事件」にオマージュを捧げた三人の作家の作品が収められたアンソロジーであります。

 そしてその中でもこのブログ的に取り上げるべきは、1935年のニューヨークのギャングたちの抗争を背景に、暗黒神と奇怪な魔術の力を振るうギャング王ダッチ・シュルツとの戦いを描いた朝松健のアクション伝奇ホラーたる本作でありましょう。

 何しろ本作は、その仕掛け、オマージュとしての構造が凄い。
 古都プロヴィデンスを舞台にした忌まわしい妖術事件の顛末を描いた原典から、一転ニューヨークのギャング抗争を舞台にするというのは、飛躍も甚だしいようですが、しかし物語の背景に存在するのは原典の重要な構成要素であり、そして本作の物語自体が、原典の続編、後日譚という構造。

 さらに本作はラヴクラフトの別の作品レッドフックの恐怖」を受けた内容であり、そして作者が以前にアンソロジー「秘神界」に発表したクトゥルー+ギャングものの逸品「聖ジェームズ病院」の後日譚であり、さらに主人公は作者のクトゥルー+ナチスもの「邪神帝国」の一編に登場したあの…と、全編これアイディアと遊び心の固まりのような作品なのです。
(ちなみに「レッドフック」と「チャールズ・ウォード」は、ラヴクラフトにとってネガティブな記憶しかないニューヨークと、生涯愛したプロヴィデンスと、舞台となる都市の関わりという点ではある種の対比関係にある作品である点が興味深い)

 さらに邪神に挑む主人公チームの構成もまた見所の一つであります。
 やむを得ない事情からシュルツ暗殺行に加わることとなった謎の日本人青年・モトの相棒となるのは、死から甦ったという凄腕の南部ガンマン・ヴァージニアンと、後にローズマリー・ウッドハウスが住むことになるアパートに暮らす自称大魔術師アドリアン・マルカトー。
 上で触れた「聖ジェームズ病院」で邪神の魔力を操るギャングに挑んだのが、若き日のエリオット・ネスと邪神狩人マイケル・リー、そして米国放浪時代のあの大作家だったように、今回もまた実に個性的かつ豪華なメンバーではありませんか。
(ちなみに、シュルツを支える魔術とマルカトーのそれでは、流派(?)が明確に異なるという描写がなされているのが個人的には嬉しい)

 そんな彼らが挑む事件の詳細については、短編ゆえ深くは触れませんが、本作のクライマックスである精神病院での冒険――シュルツが毎週、何キロもの新鮮な肉を土産に見舞い、日に何ガロンもの輸血を行うという彼の叔父「J・C」氏との対決――は、作者一流の原典の料理結果として大いに堪能させていただきました。


 それにしても「チャールズ・ウォードの奇怪な事件」という作品、神話体系との関わりは比較的薄いという印象がありますが、しかし一個の怪奇小説として見れば、古の魔術、怪異に魅入られた青年、古都に秘められた歴史、再生する死者と、様々な要素で構成された作品です。
 本作と、ここでは触れませんでしたが他の二作――立原透耶「青の血脈 肖像画奇譚」とくしまちみなと「妖術の螺旋」――が、その要素のどれを踏まえたものか…舞台や時代のみならず、その点によって、これだけ(原典ともまた)異なった印象の作品が誕生するというのも、実に興味深いことです。


「ダッチ・シュルツの奇怪な事件」(朝松健 創土社「チャールズ・ウォードの系譜」所収) Amazon
チャールズ・ウォードの系譜 (The Cthulhu Mythos Files 6)


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2013.07.04

「大正の怪談実話ヴィンテージ・コレクション」 怪談ブームの時代から

 昨年刊行され、好事家を大いに喜ばせたであろう「昭和の怪談実話ヴィンテージ・コレクション」の姉妹編というべき一冊が刊行されました。昭和とくれば次は当然大正、というわけで、「大正の怪談実話ヴィンテージ・コレクション」であります。

 わずか14年と短い大正時代ですが、しかしその間には泉鏡花らによる怪談会が幾度にもわたって開かれた、怪談の勃興期、怪談ブームの時代であった…
 というのは、本書の編者でもある東雅夫氏の文章の完全な受け売りですが、しかし本書はその何よりの証拠とも言うべきものでしょう。

 本書は、大正時代に刊行された怪談集や怪談関連記事からよりすぐりを収録したもの。その採録元は以下の通り――

「妖怪実話」(山内青陵・水野葉舟)
「霊怪の実話」(水野葉舟)
「活ける怪談 死霊生霊」(寺澤鎭)
「怪談 不思議物語」(神田伯龍(五世))「怪異草紙」(畑耕一)
「西洋の怪談」(牧緑人)
「変態心理」大正13年8月号 恐怖心理と怪談の研究(座談会「恐怖を感じた経験と印象」)

 いやはや、本書でなければ原書に当たるしかないような、今となっては幻としか言いようのないものばかり。それをこういう形で復活させてくれるというのは、毎度のことながら本当にありがたいことであります。


 …もっとも、純粋に怪談集として見た場合には、「昭和の…」以上に厳しいことは否めません。
 いかに怪談ブームの時代とはいえ、やはり短い大正時代、そしてメジャーどころを敢えて外した本書では、類話やそもそも怪談ではないものも数多く含まれている状況で、好事家としては「興味深い」としか言いようのないものが多い…というのが正直なところではあります。

 いや、実際に本書は、社会における怪談の受容やその変化という点から見ると、なかなかに面白い一冊であることは間違いありません。また、震災時に、武器を持った自警団に襲われそうになった話など、今となってみれば全く別の意味で興味深いものも含まれているのも目を引くところです。


 そして、それでもやはり面白い怪談が読みたかった…という向きには、畑耕一の「怪異草紙」がお奨めできます。
 怪奇を愛好する末に怪談会に辿り着いた一人の青年の目を通して当時の怪談事情とも言うべきものを描き出す中編小説(でよいのかしらん)「怪談」もさることながら、「踊る男」「奇術以上」「恐ろしい電話」の三つの短編が、一種の職業怪談として、今の目で見てもなかなかに個性的で面白い。
 特に喜劇役者が初日の前夜、稽古帰りの人気の絶えた町で出会った怪異を描く「踊る男」は、どこかユーモラスなシチュエーションが、一転不気味な世界に変わり、そして意外な結末に至ると、まず傑作と呼んで良いのではないでしょうか。


 さて、昭和、大正とくれば当然次は明治。ここまで来たのであれば、ぜひ明治編もお願いしたいところであります。

「大正の怪談実話ヴィンテージ・コレクション」(東雅夫編 メディアファクトリー幽クラシックス) Amazon
大正の怪談実話ヴィンテージ・コレクション (幽BOOKS 幽ClassicS)

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2012.05.01

「アバンチュリエ」第3巻 アルセーヌ・ルパン三つの顔

 新「アルセーヌ・ルパン」伝とも言うべき森田崇の「アバンチュリエ」第3巻が発売されました。
 今回は表紙を見ればわかるように「あの探偵」が登場。怪盗対名探偵のファーストコンタクトが描かれることとなりますが…

 この第3巻に収録されたエピソードは、「ハートの7」、「遅かりしHerlock Sholmes」、「赤い絹のスカーフ」の3編。
 このうち、やはり2つ目にどうしても目が行ってしまいますが、どうしてどうして、3編とも実に面白く、そして「ルパンらしい」エピソードであります。

 まず最初の「ハートの7」は、解決編とも言うべき部分が収録されています。
 小説家の「私」の屋敷で続発する怪事件。「ハートの7」にまつわる事件の数々は、やがて同じ名を持つ新造潜水艦の設計図流出事件にまで波及して…

 と、ルパンと、彼の伝記作家となる「私」との出会いを描く本作は、硬軟幾重にも入り組んだ事件像も魅力的なのですが、個人的に印象に残るのは、愛国者としてのルパンが描かれ――そしてそれが、シリーズの特色の一つとも言える、第一次大戦期を舞台とした国際冒険ものに繋がっていく点であります。

 ルパンシリーズは――主人公がそうであるように――様々な顔を持つ作品ですが、そのうちの一つの端緒がここに描かれていることは、やはり記憶しておくべきことでしょう。

 そして2編目は、いよいよルパン最大の強敵の登場編。そう、イギリスが誇る名探偵ハーロック・ショームズ氏の登場であります。

 名前からしてシャーロック・ホームズをモデルとしてることが明確であり、事実、原作が邦訳される場合は、ほとんどの場合「ホームズ」名で訳出されるこの人物を、あえて「ショームズ」とするのは、いかにも本作らしい拘りだなあと感心いたします。
 しかし、それでいてここで描かれるのは、我々が心に抱く「あの名探偵」のイメージそのまま、となっているのもまた、さすがと言うべきでしょう。

 本作においては、文字通りすれ違うに留まる両雄なのですが、お互いを傷つけずに(「アオッ!!!」はありますが)それぞれの強烈なキャラクター性が明確に描き出され、むしろ実にうまい形で共演させたものだと感心いたします。
 もちろんこれは原作の時点でそうなのですが、しかしこれには、上で述べたとおり、あまりにイメージそのままの――それでいて「敵役」らしい味付けも加わっていて――ビジュアルも大きいと、断言させていただきます。

 さて本作は、名探偵登場編であると同時に、第1話に登場したヒロイン・ネリー嬢の再登場編でもあるのですが(二人の「再会」シーンは、ルパンの人間臭さに一つの焦点を当てて描いてきた本作ならではの名/迷シーン!)、しかしそれだけにとどまりません。

 本作の中核となる謎は、アンリ4世とルイ16世という、二人の有名な王にまつわる暗号解読。
 ルパンシリーズは、「ハートの7」に見られるように「現代」の国際情勢を描くエピソードも多いのですが、このように、「過去」にまつわる、一種伝奇的歴史冒険ミステリ譚も少なくないのです。
 イベント性の高い内容でありつつも、そこに伝奇ミステリの味わいも加わった、実に盛りだくさんのエピソードなのです。

 そしてラストの「赤い絹のスカーフ」は、ルパンファンの間でも非常に人気の高いミステリの名作。
 ルパンが宿敵ガニマール警部を呼びつけ、ある証拠品から(その時点では起きているかもわからない)殺人事件の概要を推理、その解決を警部にゆだねる、というトリッキーな冒頭部からして引き込まれますが、ラストに待ち受ける大どんでん返しには完全に脱帽。
 上で述べてきたように、冒険小説的要素も強いルパンシリーズですが、純粋にミステリとしても優れたものがあることを、改めて認識させられた次第です。

 しかしそれにとどまらず、このエピソードでは、怪盗という稼業を己の運命だと嘯くルパンの意思と、それに抗しようとするガニマールの覚悟が対比して描かれるのもまた見事。 原作を忠実に描きつつも、その上でさらにキャラクターを掘り下げ、さらに魅力あるものとして提示してみせる本作の真骨頂と言えるかもしれません。

 いつものことながら「ルパンって面白い!」と思わされる本作。新刊を読み終えてすぐに…いや、読んでいる最中から、、次の巻が楽しみでならないのです。

「アバンチュリエ」第3巻(森田崇 講談社イブニングKC) Amazon
アバンチュリエ(3) (イブニングKC)


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2011.10.21

「ドリフターズ」第2巻 異世界の国盗り、始まる

 何処とも知れぬ異世界で死闘を繰り広げる死んだはずの偉人たち――平野耕太の意欲作「ドリフターズ」の、待ちに待った第2巻が発売されました。
 巨大な敵に立ち向かうための覇道を歩み出した「漂流者」(ドリフターズ)の行く末は――

 関ヶ原の戦での死闘から一転、異世界に迷い込んだ島津豊久。そこで同様に迷い込んできた織田信長、那須与一と出会った豊久は、成り行きから、人間に搾取されるエルフの村を救うことになります。

 あたかも西洋ファンタジーのようなこの世界においては、彼のように異世界から迷い込んだ者たちが、他にも幾人も存在するのですが――しかし、彼らはその性格を大きく異にする二つのグループに分かれます。

 一つは、豊久同様、生身の人間としてこの世界にやってきた「漂流者」。
 もう一つは、生前とはうって変わった魔人の如き異能を持ち、生者への怨念をたぎらせた「廃棄物」。

 今、この世界の人間たちを滅するため大規模な侵攻を始めた黒王なる存在に率いられた廃棄物たちに立ち向かえるのは、漂流者のみ。かくて、豊久たちの戦いが始まる…

 と言いたいところですが、オークの大軍勢やドラゴンを率いた廃棄物に挑むには、豊久たちが如何に強者であろうとも無謀の極み。
 戦うためにまず必要なのは、戦力、軍隊! というわけで、豊久は――というより信長は――エルフを率いて、国盗りの戦いに乗り出すことになるのであります。

 第1巻が、漂流者と廃棄物、両者の顔見せ的な色彩が強く、いまだ豊久らとは会ってもいないものの、様々な漂流者たちの存在が描かれたのに対し、この第2巻では、ほとんど豊久・信長・与一のトリオの活躍のみが描かれることとなります。

 信長曰く戦闘民族の血を発揮し、一軍の将として戦場を駆ける豊久、その軍師格として実に楽しげに戦いを支配する信長、かつての主が得意としたようなゲリラ戦術を見せる与一…
 場所と相手は本来のそれとは異なっても、その持てる能力をフルに発揮して行われる彼らの戦いは、彼らの伝説からイメージされるほどは決して綺麗ではない、いやむしろ汚いとすら言えるものではありますが、それだからこそ、こちらに響くものもあります。

 そしてまた、単なる格好良さにとどまらないドラマがあるのもまた、本作の、いやヒラコー作品の魅力。
 知らず知らずのうちに、豊久に自分の息子・信忠の姿を見る信長と、それを明確に拒絶しながらも、逆に信長に父性を感じてしまう豊久のくだりなど、実にいい。
 マイペースに見える与一も、かつての主・義経に愛憎複雑な想いを抱いているようにも感じられ――そして当の義経が、今は黒王側に居るという皮肉――彼らの戦いが殺伐としたものであるほど、その彼らの人間くささが、グッと来るのであります。


 尤も――これは多分に言いがかり的ではありますが――「ヘルシング」でもそうであったように、この辺りの人物配置やドラマ描写が綺麗にまとまりすぎている、作者の意図がはっきり見えてしまう辺りには、好悪が分かれるかも知れませんが…


 閑話休題、いよいよこの世界で最大の帝国(その創始者が、あのチョビ髭のおじさんらしい、というのがまた面白い)相手に、国の切り取りを仕掛けた漂流者三人。
 この巻のラストでは、彼らの真の敵である廃棄物の一番手、ジャンヌ・ダルクとジル・ド・レイが出現、豊久と与一相手に異能バトルを展開と、いよいよ盛り上がるばかりであります。

 果たしてこの物語がどこに向かっているのか、それはまだまだ全くわかりませんが、この盛り上がりに身を任せて、漂流者たちの大暴れにひたすら胸躍らせるのが、正しいと申せましょう。


 それにしても…無花果云々という言葉を発した黒王の正体は、やはりあの方なのでしょうね。

「ドリフターズ」第2巻(平野耕太 少年画報社YKコミックス) Amazon
ドリフターズ 2巻 (ヤングキングコミックス)


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2011.10.15

「UN-GO」 第01話「舞踏会の殺人」

 「終戦」後の日本の復興特需の中、不正疑惑により逮捕間近の加納グループ社長・加納信実が自宅で盛大なパーティーを開くこととなった。父であるメディア王・海勝麟六の名代として出席した梨江は、そこで「敗戦探偵」の異名を持つ結城新十郎と助手の因果に出会う。そして、信実が自らの無罪を主張する演説を始めんとした時、彼の背中にナイフが…

 坂口安吾の「明治開化 安吾捕物帖」を原案とする「UN-GO」の放送が今週から始まりました。
 本来であれば近未来を舞台とした本作はこのブログの守備範囲外ですが、原案がこの作品であれば話は別…と、既に何回か取り上げており、第1話も試写会の感想で触れているのですが、やはり実際の放送を踏まえて――そしてこのブログ的な観点から原案に触れつつ――紹介するとしましょう。


 さて、この第1話「舞踏会の殺人」は、原案でも第1話である「舞踏会殺人事件」がベースとなったエピソード。
 舞台設定や人物配置、事件の内容などは当然ながら(?)原案を踏まえたものとなっていますが、まず最初に、人物配置を比較して見れば――
 本作/原案(カッコ内は職業)
結城新十郎(探偵)/結城新十郎(探偵)
因果(探偵助手?)/花廼屋因果(戯作者)
虎山泉(検事)/泉山虎之介(剣術使い)
海勝麟六(メディア王)/勝海舟(隠居政治家)
海勝梨江(海勝の娘)/加納梨江(加納の娘)
加納信実(商社会長)/加納五兵衛(政商)
加納敦子(加納の妻)/加納アツ子(加納の妻)
速水星玄(警察官)/速水星玄(警視総監)
小野一刀(議員)/上泉善鬼(総理大臣)
神田政彦(銀行家)/神田正彦(政商)
と、基本的に原案を踏襲していることがわかります。

 しかしながら(これもある意味当然ながら)事件の背景事情は、大きく異なることとなります。原案の方の加納は、政府の国産製鉄所を巡り、時の総理と結んで建設を進めようとする人物であるのに対し、本作の加納は、終戦後の復興特需に関する不正疑惑で逮捕寸前という姿が描かれます。

 原案の方は、明治の政治家と政商の癒着に仮託して、第二次大戦直後の疑獄事件(執筆年代的に昭和電工事件辺りでしょうか)をモデルにして舞台・人物を設定したものと思われますが、こちらの加納には、上り調子の印象を受けます。
 その一方で、本作の加納は、検察・警察にマークされ逮捕寸前の、明らかに斜陽の人物。この辺りの事情が犯行の動機に繋がってくる辺りは実にうまいものだと感じますが、この加納像の違いは、原案と本作と、どちらも「戦後」を舞台としつつも、その先の未来に対する希望の有無に起因するように感じる…というのは、うがった見方でしょうか。

 そしてこの世界観、「戦後」に対する視線は、何よりも、犯行の背景・動機が全て明かされた後の、犯人の叫びに現れているように感じられるのであります。
(個人的には「みんな戦争が悪い」とストレートに口に出して言ってしまうのには違和感を感じましたが、おそらくその印象も込みで言わせているのでありましょう。もちろん最後に触れるように安吾のあの文章にもかけているのではありますが…)

 さすがに30分弱で舞台背景と登場人物の紹介、事件の発生から解決までを描くのはいささか駆け足の印象もなくはありませんが、本作の特異性・独自性を、この犯人の叫びの中に乗せて宣言してみせるのは、さすが…と感心いたしました。

 そしてもう一つ感心したのは、新十郎が解明した事件の真相が、海勝麟六の「配慮」により包み隠され、結局は表に出ることなく、手柄は麟六の方に行ってしまう点であります。
 こうした構図は、社会派ミステリでは決して珍しいものではありません。しかしながら、原案の方では、勝海舟が虎之介からの情報で推理し、一度は解明した事件を、新十郎の推理がひっくり返し、真相が明かされるのがパターンとなっており、この辺りの構図の逆転は、原案読者には特に面白く感じられるのではないでしょうか。

 なるほど、「敗戦探偵」とはこれにもかけてのことか、とニヤリとさせられました。


 そしてもう一つ――ラストの会話が、安吾の「堕落論」をベースにしたものであることはあまりにも明確ではありましょう。
 しかし単に今回の内容に当てはめて引用するだけでなく、新十郎と梨江の会話として再構築してみせたこの会話からは、同時に、これまでも虚構の中に人間の現実の生の在り方を見つめ、その厳しさと小さな希望を描き出してきた、いかにも會川昇らしい視点をも提示してみせたと――そう感じられた次第です。



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2011.09.27

「いかさま博覧亭」同人ドラマCD いかにもな感触のCD化

 基本的にこのブログでは同人作品は取り扱わないことにしているのですが(きりがなくなってしまうためと、誰にでも手に入るというわけではないため)、何事にも例外は、というわけで、今回は「いかさま博覧亭」の同人ドラマCDを取り上げましょう。

 同人作品、と言いつつも、本作は限りなくオフィシャルに近い作品であります。
 作者がタッチしているのはもちろん(?)のこと、脚本も声優も皆プロ。おまけにAmazonで普通に買えてしまう…というわけで、「いかさま博覧亭」ファンとしては、これを見逃すわけにはいかぬ、と取り上げる次第です。

 まずキャスティングはと言えば――
榊:平川大輔
蓮花:石川綾乃
柏:喜多村英梨
蓬:豊崎愛生
八手:早見沙織
杉忠:小西克幸

と、最近の声優にはうとい三田さんでも半分以上知ってるメンツであります。
 主役たる榊の声は、オーランド・ブルームの吹き替えでおなじみの平川大輔ですが、うんちくとぼやきの苦労人ぶりをなかなかに好演。
 このドラマCDではかなり出番の多かった柏役の喜多村絵梨(個人的には「アオキキヲク」の人ですが。作者的にも)も、しっかり者の少年声をきっちりと…
 と、原作ファンにもほとんど全員納得のキャスティングであります(あ、瀬戸大将は勝手にもっと子供声だと思ってましたが…)。

 そしてストーリーの方も、ある意味本作らしいというべきか、特段気張ったところもなく、オリジナルながら、原作の一エピソードと言われても全く違和感ない内容であります。

 おかしな縁から、商人の娘の狐憑き騒動に巻き込まれた榊たち博覧亭の面々の活躍を描いたストーリーですが、冒頭の偽妖怪騒動が伏線となって、事件の謎が解き明かされていくあたりなど、いかにも博覧亭らしい感触で思わずニヤリ。
 ポンポンとノリのいい会話とドタバタギャグで展開しながらも、意外とクレバーな(?)物語展開は、やはり博覧亭のそれであります。
(原作にはほとんど登場してこなかった八丁堀の同心が――実にらしい感じで――話にちらと顔を見せるのも、楽しいところです)

 もっとも、個人的には下ネタがちょっと多いように思いましたが、レギュラーの中に四つ目屋がいるから仕方ない…のか?


 と、一口に言ってしまえば、原作ファンであれば買って損はない一枚。いかにもドラマCD的にベタな展開や演出がひっかかる部分もありますが、そこも味と捉えておきましょう。

 個人的には、もっともっとこうした展開がされてもおかしくないと思っていた作品だけに、同人作品と言いつつも、きっちりとしたクオリティで作られたこのドラマCDの登場は、実に嬉しく感じられました。


 と…ドラマCDのお約束、最後に収められた出演者トークが本作にも収録されているのですが、これは苦しかった。

 「もし自分が妖怪になるとしたら何がいいか」というテーマなのですが、何が苦しいといって、普通の人は「妖怪」でお題を振られても、「何それ何がいるの」って反応になるのか――とイヤと言うほど感じさせられたところが。
 こんなところで榊=妖怪馬鹿の悩みを体験させてくれるとは、これまた本作らしい。って、絶対狙ったわけではないと思いますが…

 ちなみにそんな中で、かつて演じた役とはいえ、朱の盆を挙げた小西克幸の好感度が個人的にはグンと上がった次第です。

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2010.07.16

「ドリフターズ」第1巻 死をも超えた豪傑たちの激突

 関ヶ原の戦で、本隊を逃すべく捨てがまりとなって敵将の首を狙う島津豊久。死闘の末に、無数の傷を負い戦場を彷徨う彼は、いつの間にかどことも知れぬ世界にいた。そこで彼を待っていたのは、織田信長と那須与一…彼ら漂流物(ドリフターズ)と呼ばれる者たちの異世界での戦いが始まる。

 このブログで取り上げるのは反則かもしれませんが、まあいいじゃないですか。死んだはずの歴史上の有名人・豪傑たちが、異世界で激突を繰り広げる平野耕太の新作「ドリフターズ」第一巻であります。

 私は基本的に雑誌連載作品は単行本派なので、第一話のみ読んで楽しみに待っておりましたが、期待通りこれはとんでもない物語。
 関ヶ原の戦で、井伊直政相手に捨てがまりを敢行して命を落としたかに見えた島津豊久――しかし彼は死の直前、謎の男の手により、何処とも知れぬファンタジー世界に送り込まれていたのであった!
 という冒頭部分、わざわざ島津豊久をチョイスしてくるセンスに驚かされたわけですが(ビジュアル的にえらく現代的に見えるのは、うーんこの時代の薩摩の文化ってよく知らないしなぁ…)、しかしそれからの展開はそれに輪をかけてとんでもない。

 瀕死の重傷を負った彼を拾い、助けたのは、本能寺の炎に消えたはずの織田信長と、女とも見まごう美青年・那須与一。
 見たこともない世界に出現した「漂流物」(ドリフターズ)と呼ばれる豊久たち三人は、戸惑いながらも成り行きからエルフの村を解放…と、ここまでで、それぞれが(ヒラコー的ギャグを交えながらも)持ち味を出していて、もうニヤニヤするほかないのですが、ここからがむしろ本番、であります。

 時同じくして、北方では「漂流物」と対峙する「廃棄物」を率いる、黒王なる存在が侵略を開始。
 その配下の廃棄物の面々は、土方歳三、ジャンヌダルク、皇女アナスタシア、そして九郎判官義経――
 一方、その場に集った漂流物は、ハンニバルとスキピオ、ワイルドバンチ強盗団(おそらくはブッチ・キャシディとサンダンス・キッド)、さらに紫電改のエースパイロット・菅野直まで乱入して、もう一体どうしたらよいのかわからないようなテンションであります。


 …正直なところ、歴史上の有名人たちが死から復活して一同に会する、あるいはこの世界の人間が超越的存在のコマとして異世界で戦わされる、という物語は、本作が初めてではありません。
 SFファンであれば、その先駆となる作品を幾つか挙げることができるでしょう。

 しかしそんなこととは関係なしに本作が素晴らしく面白いのは、平野耕太以外であれば思いつかないであろう漂流物・廃棄物双方の顔ぶれと、その彼らを違和感なく動かし、存在させてみせる描写力にあることは、言うまでもないでしょう。
 ドリームチームが必ずしも強いとも、その試合が面白いとも限りませんが、しかしメンバー一人一人の力に監督の采配がきっちりと噛み合えば、それはもう無敵に決まっています。


 そしてそれ以上に、個人的に嬉しいのは、本作においても、前作「ヘルシング」同様、平野耕太流人間賛歌と言うべきものが、節々に感じられる点であります。

 どれほど人の命が、尊厳が軽んじられる世界にあろうとも、それでもなお、己の身命を賭して、その理不尽に抗う、人間の好もしい戦いの姿――
 それは、本作でも、エルフを虐げる者に怒る豊久の姿に、砦を蹂躙する黒王軍に激高する菅野直の姿に、見て取ることができます。(それにしても、菅野の「てめえ…この野郎 この野郎手前ェ!!」から、ハンニバルの「ゼロじゃないさ」に続く場面の熱さは尋常ではない)

 もちろん、人間がそれほど善き面だけで構成されているわけでは、もちろんありません。廃棄物はともかく、漂流物の中にも、容易に暴走しそうな面々は含まれています。
 それも含めて――この、死をも超えてしまった一種の極限状況下でどのような人間模様が描き出されるのか、その点にも大いに期待しているのです。

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2008.07.11

「源内妖変図譜 雷電霹靂の夜」 源内流乱学復活!

 江戸を騒がす奇怪な焼死事件。その犠牲者はいずれも田沼意次派の幕閣の家族だった。田沼の依頼によって、気まぐれな平賀源内に代わり調査に乗り出した中川淳庵と杉田玄白は、奇怪な獣の姿を目撃するが――平賀源内の乱学は、如何にこの事件に挑むか!?

 このドラマCD「源内妖変図譜 雷電霹靂の夜」は、私にとってはなかなかに感慨深い作品であります。あの「大江戸乱学事始」がここに復活を遂げたのですから…!

 と、「大江戸乱学事始」とは何かと申し上げれば、それはかつて電撃文庫で刊行された、伝奇時代小説シリーズであります。大沼弘幸氏と、(故・)わたなべぢゅんいち氏の手になるこのシリーズは、平賀源内を中心に、杉田玄白、中川淳庵、山田浅右衛門といった面々が、様々な怪異に立ち向かうという内容で、傲岸不遜な源内のキャラクターもユニークで、なかなかに興味深い内容でありました。

 しかし刊行レーベルの読者層に合わなかったか、残念ながら二作のみの刊行で途絶していたのですが――豈図らんや、それがドラマCDとなって復活するとは! 世の中、何があるか全くわからないものです。

 最初に本作のことを耳にしたときは、同様の設定を使った別シリーズか、あるいはシリーズリスタートかとも思ったのですが、聞いてみれば、源内の古馴染みの退魔巫女兼花魁のお妖、源内の小姓の力弥など、シリーズオリジナルのキャラも健在、小説版の内容への言及もあり、はっきりと「大江戸乱学事始」の続編と言って間違いないと思います。

 さて、本作自体の内容について言及が遅れましたが、さすがに大沼氏が脚本を担当しているだけあって、キャラの言動も全く違和感なく、またストーリー的にもそつなくまとまっていて、一時間前後というさほど長くない時間の中で、きっちりと物語世界を構築されていたかと思います。
 歴史上の事実や、登場人物の説明(史実・オリジナル含めて)など、煩雑になりそうな部分も、力弥による語りでさらっとこなされているのもうまいものだと感心いたしました。

 内容的には、火浣布の扱い方が定番のそれ――からは一ひねりしてあるのですが――にかなり近かったのが気になりましたが、これはある意味、源内ものの定番なので仕方ないところでしょう(火浣布製造の時期をきちんと史実に合わせて物語を作っているのは好感が持てます)。

 さて、CDドラマということで本作のキャストはと言えば、

平賀源内 関智一
杉田玄白 高木渉
中川淳庵 山口勝平
山田浅右衛門 松本保典
お妖 三石琴乃
力弥 高山みなみ

 と、ベテランどころで固めた布陣。主役三人は演劇ユニット「さんにんのかい」(現在休止中)つながりということでしょうか、掛け合いも堂に入ったものでした。
 個人的には、どうもがらっぱちなキャラクターの印象が強い高木氏が、主役トリオの良心ともいえる温厚篤実な杉田玄白を見事に演じきっていたことに大いに感心させられたことです(やはりプロは素晴らしい…)。

 本作の続編、「源内妖変図譜」第二弾についても、近日中に紹介したいと思います。


「源内妖変図譜 雷電霹靂の夜」(ウォーターオリオン CDソフト)

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